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特開2023-88839物性値予測方法、物性値予測装置、鉄スラブの冷却方法、及び鋼材の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023088839
(43)【公開日】2023-06-27
(54)【発明の名称】物性値予測方法、物性値予測装置、鉄スラブの冷却方法、及び鋼材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22D 11/124 20060101AFI20230620BHJP
   G06F 17/13 20060101ALI20230620BHJP
   B22D 46/00 20060101ALI20230620BHJP
   B22D 11/16 20060101ALI20230620BHJP
【FI】
B22D11/124 L
G06F17/13
B22D46/00
B22D11/16 104P
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022155400
(22)【出願日】2022-09-28
(31)【優先権主張番号】P 2021202988
(32)【優先日】2021-12-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松永 有仁
(72)【発明者】
【氏名】小澤 典子
【テーマコード(参考)】
4E004
5B056
【Fターム(参考)】
4E004KA12
5B056BB03
(57)【要約】
【課題】計算予測変数を短時間で、且つ、精度よく予測可能な物性値予測方法及び物性値予測装置を提供すること。
【解決手段】本発明の一実施形態である予測計算処理では、処理部が、複数の基底ベクトルの中から選別された基底ベクトルを用いて第1物理方程式の次元を削減し、2階微分の拡散項を1階微分の項に変換することにより、第2物理方程式を生成し、第2物理方程式における第二種境界条件及び第三種境界条件を第二設定境界値として設定し、設定された第二設定境界値に従って第2物理方程式を解くことにより計算予測変数を算出する。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2階微分の拡散項を含む、計算対象物内の複数の計算点における物性値を計算予測変数として算出するための第1物理方程式における、第二種境界条件及び第三種境界条件を第一設定境界値として設定する第一ステップと、
前記第一ステップにおいて設定された第一設定境界値に従って前記第1物理方程式を解くことにより複数の計算点における前記計算予測変数の時系列情報を算出する第二ステップと、
前記第二ステップにおいて算出された計算予測変数の時系列情報から互いに直交する複数の基底ベクトルを算出する第三ステップと、
前記第三ステップにおいて算出された複数の基底ベクトルの中から選別された基底ベクトルを用いて前記第1物理方程式の次元を削減し、2階微分の拡散項を1階微分の項に変換することにより、第2物理方程式を生成する第四ステップと、
前記第2物理方程式における第二種境界条件及び第三種境界条件を第二設定境界値として設定する第五ステップと、
前記第五ステップにおいて設定された第二設定境界値に従って前記第2物理方程式を解くことにより複数の計算点における前記計算予測変数の時系列情報を算出する第六ステップと、
を含むことを特徴とする物性値予測方法。
【請求項2】
前記第四ステップは、ガウス・グリーンの定理を2階微分の拡散項に適用することによって2階微分の拡散項を1階微分の項に変換するステップを含むことを特徴とする請求項1に記載の物性値予測方法。
【請求項3】
前記第五ステップは、前記第一設定境界値の最小値以上最大値以下の範囲内で前記第二設定境界値を設定するステップを含むことを特徴とする請求項1に記載の物性値予測方法。
【請求項4】
前記第六ステップは、基底ベクトルの境界計算点に対応する値と、境界計算点に設定されている熱流束と、隣り合う境界計算点の中点が囲む領域の面積との積を各基底ベクトルで足し合わせることにより、前記第2物理方程式の境界面での離散化を行う離散化ステップを含むことを特徴とする請求項1に記載の物性値予測方法。
【請求項5】
前記離散化ステップは、空間位置が特定できるように空間座標に対応した形式に逆配置変換により基底ベクトルを変換し、変換された基底ベクトルの境界計算点の位置に対応する基底ベクトルの要素を基底ベクトルの境界計算点に対応する値として導出する導出ステップを含むことを特徴とする請求項4に記載の物性値予測方法。
【請求項6】
前記導出ステップは、変換された基底ベクトルの境界計算点の位置を予め記憶しておき、記憶されている位置に基づいて基底ベクトルの境界計算点に対応する値を導出するステップを含むことを特徴とする請求項5に記載の物性値予測方法。
【請求項7】
前記第1物理方程式は熱拡散方程式であり、前記計算予測変数は鉄スラブの内部温度であることを特徴とする請求項1に記載の物性値予測方法。
【請求項8】
2階微分の拡散項を含む、計算対象物内の複数の計算点における物性値を計算予測変数として算出するための第1物理方程式における、第二種境界条件及び第三種境界条件を第一設定境界値として設定する第一手段と、
前記第一手段によって設定された第一設定境界値に従って前記第1物理方程式を解くことにより複数の計算点における前記計算予測変数の時系列情報を算出する第二手段と、
前記第二手段によって算出された計算予測変数の時系列情報から互いに直交する複数の基底ベクトルを算出する第三手段と、
前記第三手段によって算出された複数の基底ベクトルの中から選別された基底ベクトルを用いて前記第1物理方程式の次元を削減し、2階微分の拡散項を1階微分の項に変換することにより、第2物理方程式を生成する第四手段と、
前記第2物理方程式における第二種境界条件及び第三種境界条件を第二設定境界値として設定する第五手段と、
前記第五手段によって設定された第二設定境界値に従って前記第2物理方程式を解くことにより複数の計算点における前記計算予測変数の時系列情報を算出する第六手段と、
を備えることを特徴とする物性値予測装置。
【請求項9】
請求項1に記載の物性値予測方法を用いて鉄スラブの内部温度を予測し、予測された内部温度に基づいて鉄スラブを冷却するステップを含むことを特徴とする鉄スラブの冷却方法。
【請求項10】
請求項9に記載の鉄スラブの冷却方法を利用して鋼材を製造するステップを含むことを特徴とする鋼材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物性値予測方法、物性値予測装置、鉄スラブの冷却方法、及び鋼材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
製鉄分野における連続鋳造プロセスのような鉄スラブ表面を冷却水等によって冷却して鉄スラブを凝固させるプロセスでは、鉄スラブの内部温度に応じて冷却水量等を調整する必要があることから、鉄スラブの内部温度予測が重要である。ここで、鉄スラブが凝固する際、鉄スラブの表面は固体状態であるが、内部は流体状態である。このため、一般に、流体の流れの速さを計算する以下の数式(1)に示すナビエストークス方程式と流体の温度を計算する以下の数式(2)に示す熱移流拡散方程式を解くことにより、鉄スラブの内部温度を予測する。数式(1),(2)において、uは速度ベクトル、tは時間、∇は空間微分演算ベクトル、ρは密度、Pは圧力、νは動粘性係数、Sは速度ソース項、Tは温度、αは熱拡散係数、Sは温度ソース項を示す。また、鉄スラブの内部において対流が支配的でない場合には、以下の数式(3)に示す熱拡散方程式を解くことにより、鉄スラブの内部温度を予測することもできる。数式(1)~(3)は、偏微分方程式であるため、計算領域に格子点を配置し、時間方向に分割して有限差分法、有限要素法、及び有限体積法等の数値解析法により計算することができる。
【0003】
【数1】
【0004】
【数2】
【0005】
【数3】
【0006】
ところで、上記数式(1)~(3)を用いて鉄スラブの内部温度を予測する場合には、計算領域が大きく、各格子点の解析自由度が大きいため、計算時間が膨大になる。このため、鉄スラブの内部温度の予測結果を鉄スラブの冷却制御に利用しようとした場合、制御時間に対して計算時間が間に合わず、適切な冷却制御を行うことができない。このような背景から、特許文献1には、計算時間を短くするために、事前に物理方程式で計算した計算結果を用いて解析自由度を小さくする方法が提案されている。具体的には、特許文献1に記載の方法は、流体方程式と熱移流拡散方程式を用いて事前に計算を実施し、計算結果を用いて次元削減行列によって元の解析自由度より解析自由度を削減した低次元モデル(次元削減モデル)を作成し、作成した低次元モデルを計算に用いることによって計算量を減らすことにより、計算速度を短縮させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2012-216173号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、第2種境界条件及び第3種境界条件を変更することができないので、第2種境界条件及び第3種境界条件を変更する必要がある場合、計算予測変数を精度よく算出することができない。詳しくは、計算領域の境界の速度を変更する場合、特許文献1に記載の方法は、次元変換行列を用いて低次元モデルを復元して計算領域の境界の速度を変更し、同じく次元変換行列を用いて低次元化して計算領域の境界条件を変更する。ここで、一般に、境界の速度を変更する境界条件は、第1種境界条件又はディリクレ境界条件と呼ばれ、以下に示す数式(4)で表される。なお、数式(4)において、uは速度や温度等の計算予測変数、fは設定境界値、Γは境界を示す。また、熱拡散方程式の場合には、第1種境界条件を変更するものは温度となる。また、ファン設定変更で境界風速を変更する場合には第1種境界条件を利用する。
【0009】
【数4】
【0010】
一方、鉄スラブの冷却の場合、空気や冷却水等の冷却媒体によって鉄スラブ表面から“熱”が奪われ、鉄スラブは凝固する。このため、境界条件としては、単位面積あたりの熱の移動量を表す熱流束を変更することが必要である。ここで、熱流束を変更する境界条件は、第2種境界条件又はノイマン境界条件と呼ばれている。第2種境界条件は、以下に示す数式(5)で表される。なお、数式(5)において、uは速度や温度等の計算予測変数を示し、鉄スラブの冷却の場合は温度を指す。また、nは境界の法線ベクトルを示し、∇u・nは法線方向の計算予測変数の勾配を表す。また、鉄スラブの冷却の場合には、鉄スラブの表面温度と環境温度と熱伝達率を用いた、以下の数式(6)に示すニュートン冷却の法則により熱流束を計算し、境界条件とする場合もある。その際の境界条件は、第3種境界条件又はロビン境界条件と呼ばれる。なお、数式(6)において、uは温度等の計算予測変数、nは境界の法線ベクトル、hは熱伝達率、uは環境温度を示す。
【0011】
【数5】
【0012】
【数6】
【0013】
上述のように、第2種境界条件及び第3種境界条件は、計算予測変数の境界法線方向の勾配(1階微分)に対して与えることが第1種境界条件と異なる。従って、計算予測変数を算出する物理方程式が2階微分の拡散項を含むが、1階微分の項を含まない場合、特許文献1に記載の方法では、第1種境界条件は変更できるが、1階微分を含む第2種境界条件及び第3種境界条件は変更できない。このため、鉄スラブの冷却のような境界での熱流速を考慮すべき問題の場合には、特許文献1に記載の方法では、熱流束の境界値を変更できず、鉄スラブの内部温度を精度よく予測することができない。
【0014】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであって、その目的は、計算予測変数を短時間で、且つ、精度よく予測可能な物性値予測方法及び物性値予測装置を提供することにある。また、本発明の他の目的は、鉄スラブを目標温度に精度よく冷却可能な鉄スラブの冷却方法を提供することにある。また、本発明の他の目的は、歩留まりよく鋼材を製造可能な鋼材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明に係る物性値予測方法は、2階微分の拡散項を含む、計算対象物内の複数の計算点における物性値を計算予測変数として算出するための第1物理方程式における、第二種境界条件及び第三種境界条件を第一設定境界値として設定する第一ステップと、前記第一ステップにおいて設定された第一設定境界値に従って前記第1物理方程式を解くことにより複数の計算点における前記計算予測変数の時系列情報を算出する第二ステップと、前記第二ステップにおいて算出された計算予測変数の時系列情報から互いに直交する複数の基底ベクトルを算出する第三ステップと、前記第三ステップにおいて算出された複数の基底ベクトルの中から選別された基底ベクトルを用いて前記第1物理方程式の次元を削減し、2階微分の拡散項を1階微分の項に変換することにより、第2物理方程式を生成する第四ステップと、前記第2物理方程式における第二種境界条件及び第三種境界条件を第二設定境界値として設定する第五ステップと、前記第五ステップにおいて設定された第二設定境界値に従って前記第2物理方程式を解くことにより複数の計算点における前記計算予測変数の時系列情報を算出する第六ステップと、を含むことを特徴とする。
【0016】
本発明に係る物性値予測方法は、上記発明において、前記第四ステップは、ガウス・グリーンの定理を2階微分の拡散項に適用することによって2階微分の拡散項を1階微分の項に変換するステップを含むことを特徴とする。
【0017】
本発明に係る物性値予測方法は、上記発明において、前記第五ステップは、前記第一設定境界値の最小値以上最大値以下の範囲内で前記第二設定境界値を設定するステップを含むことを特徴とする。
【0018】
本発明に係る物性値予測方法は、上記発明において、前記第六ステップは、基底ベクトルの境界計算点に対応する値と、境界計算点に設定されている熱流束と、隣り合う境界計算点の中点が囲む領域の面積との積を各基底ベクトルで足し合わせることにより、前記第2物理方程式の境界面での離散化を行う離散化ステップを含むことを特徴とする。
【0019】
本発明に係る物性値予測方法は、上記発明において、前記離散化ステップは、空間位置が特定できるように空間座標に対応した形式に逆配置変換により基底ベクトルを変換し、変換された基底ベクトルの境界計算点の位置に対応する基底ベクトルの要素を基底ベクトルの境界計算点に対応する値として導出する導出ステップを含むことを特徴とする。
【0020】
本発明に係る物性値予測方法は、上記発明において、前記導出ステップは、変換された基底ベクトルの境界計算点の位置を予め記憶しておき、記憶されている位置に基づいて基底ベクトルの境界計算点に対応する値を導出するステップを含むことを特徴とする。
【0021】
本発明に係る物性値予測方法は、上記発明において、前記第1物理方程式は熱拡散方程式であり、前記計算予測変数は鉄スラブの内部温度であることを特徴とする。
【0022】
本発明に係る物性値予測装置は、2階微分の拡散項を含む、計算対象物内の複数の計算点における物性値を計算予測変数として算出するための第1物理方程式における、第二種境界条件及び第三種境界条件を第一設定境界値として設定する第一手段と、前記第一手段によって設定された第一設定境界値に従って前記第1物理方程式を解くことにより複数の計算点における前記計算予測変数の時系列情報を算出する第二手段と、前記第二手段によって算出された計算予測変数の時系列情報から互いに直交する複数の基底ベクトルを算出する第三手段と、前記第三手段によって算出された複数の基底ベクトルの中から選別された基底ベクトルを用いて前記第1物理方程式の次元を削減し、2階微分の拡散項を1階微分の項に変換することにより、第2物理方程式を生成する第四手段と、前記第2物理方程式における第二種境界条件及び第三種境界条件を第二設定境界値として設定する第五手段と、前記第五手段によって設定された第二設定境界値に従って前記第2物理方程式を解くことにより複数の計算点における前記計算予測変数の時系列情報を算出する第六手段と、を備えることを特徴とする。
【0023】
本発明に係る鉄スラブの冷却方法は、本発明に係る物性値予測方法を用いて鉄スラブの内部温度を予測し、予測された内部温度に基づいて鉄スラブを冷却するステップを含むことを特徴とする。
【0024】
本発明に係る鋼材の製造方法は、本発明に係る鉄スラブの冷却方法を利用して鋼材を製造するステップを含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係る物性値予測方法及び物性値予測装置によれば、計算予測変数を短時間で、且つ、精度よく予測することができる。また、本発明に係る鉄スラブの冷却方法によれば、鉄スラブを目標温度に精度よく冷却することができる。また、本発明に係る鋼材の製造方法によれば、歩留まりよく鋼材を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1図1は、本発明の一実施形態である物性値予測装置の構成を示すブロック図である。
図2図2は、図1に示す処理部の構成を示すブロック図である。
図3図3は、本発明の一実施形態である予測計算処理の流れを示すフローチャートである。
図4図4は、境界計算点及び隣り合う境界計算点の中点が囲む領域の面積を説明するための図である。
図5図5は、選別基底ベクトル要素の導出方法を説明するための図である。
図6図6は、微小体積を説明するための図である。
図7図7は、2次元計算形状を示す図である。
図8図8は、第1設定境界値を示す図である。
図9図9は、熱伝達率を変更した第2計算予測変数の計算例を示す図である。
図10図10は、第1計算予測変数及び第2計算予測変数の計算時間を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態である物性値予測装置の構成及びその動作について説明する。
【0028】
〔構成〕
まず、図1を参照して、本発明の一実施形態である物性値予測装置の構成について説明する。
【0029】
図1は、本発明の一実施形態である物性値予測装置の構成を示すブロック図である。図1に示すように、本発明の一実施形態である物性値予測装置1は、物理方程式を解くことにより鉄スラブの内部温度の予測値を算出する装置であり、入力部2、通信部3、データ格納部4、処理部5、及び出力部6を備えている。なお、本実施形態では、物性値予測装置1は、物理方程式を解くことにより鉄スラブの内部温度の予測値を算出することとしたが、本発明は本実施形態に限定されることはなく、2階微分の拡散項を含む微分方程式で構成される物理方程式を解くことにより各種物性値を算出する処理全般に適用できる。
【0030】
入力部2は、キーボード、マウスポインタ、タッチパネル等の入力装置により構成され、各種情報を処理部5に入力する。入力部2から処理部5に入力する情報としては、処理部5に対する予測計算処理の実行指令や予測計算処理において処理部5が使用する各種値等を例示できる。予測計算処理において処理部5が使用する各種値のうち、入力部2から入力(変更)可能な値としては、計算対象物の形状、物性値、初期値、境界条件、予測計算処理を行う際の計算格子数、緩和係数等のパラメータを例示できる。
【0031】
通信部3は、LANケーブル等の有線装置や無線装置を介して、計測装置や制御装置等の他の処理装置と接続されている。通信部3は、接続されている他の処理装置との間で情報通信を実行する。
【0032】
データ格納部4は、不揮発性の記憶装置により構成され、通信部3を介して取得した計測データや処理部5の予測計算データを格納する。処理部5の予測計算データには、予測計算結果のみならず境界条件や物性値等の予測計算処理に必要なデータも含まれる。
【0033】
処理部5は、CPU等の演算処理装置、DRAM等の主記憶装置、及びハードディスクドライブやソリッドステートドライブ等の補助記憶装置を備えている。処理部5は、予測計算処理を高速化するためのアクセラレータとしてグラフィックボードを備えている場合もある。アクセラレータは、予測計算処理を高速化するための多数のコアを有する演算装置であればグラフィックボードに限らない。
【0034】
処理部5は、データ格納部4から予測計算処理に必要な計測データを取得し、取得した計測データを用いて各種予測計算処理を実行する。処理部5は、通信部3を介して計測装置から直接計測データを取得する場合もある。また、処理部5は、出力部6に予測計算データを出力すると共に、データ格納部4に予測計算データを保存する。処理部5は、通信部3を介して予測計算データを利用する制御装置等の装置に対して直接予測計算データを送信する場合もある。
【0035】
本実施形態では、処理部5は、図2に示すように、演算処理装置が主記憶装置に記憶されているコンピュータプログラムを実行することにより、第1予測変数生成部51、第1境界条件変更部52、基底ベクトル生成部53、選別基底ベクトル生成部54、第2予測変数生成部55、及び第2境界条件変更部56として機能する。これら各部の機能について後述する。
【0036】
このような構成を有する物性値予測装置は、以下に示す予測計算処理を実行することにより、鉄スラブの内部温度を短時間で、且つ、精度よく予測する。以下、図3を参照して、予測計算処理を実行する際の処理部5の動作について説明する。
【0037】
〔予測計算処理〕
図3は、本発明の一実施形態である予測計算処理の流れを示すフローチャートである。図3に示すフローチャートは、入力部2を介して処理部5に対して予測計算処理の実行指令が入力されたタイミングで開始となり、予測計算処理はステップS1の処理に進む。
【0038】
ステップS1の処理では、第1予測変数生成部51が、入力部2から入力された情報に基づいて予測計算処理において用いる鉄スラブの計算形状、初期条件、物性値を設定する。なお、現実の鉄スラブは3次元形状であるが、計算形状は1次元形状、2次元形状、及び3次元形状のいずれでも構わない。そして、第1予測変数生成部51は、入力された計算形状に基づいて第1物理方程式の偏微分方程式を空間方向に離散化し、数値計算を行うための計算点を作成する。ここで、第1物理方程式は、熱拡散方程式のような2階微分の拡散項を含むが、1階微分の項を含まない物理方程式である。本実施形態では、数式(3)の熱拡散方程式を第1物理方程式として用いるが、2階微分の拡散項を含む物理方程式であればこれに限らない。
【0039】
なお、数式(3)の熱拡散方程式における熱拡散係数αは入力部2で設定される物性値である。第1物理方程式は、解析的に解けないことが多いため、計算形状の空間に計算点を設け、偏微分方程式を空間方向に離散化することによって計算する。計算形状と計算点は入力部2で設定する。本実施形態では、互いに直交するx座標、y座標、及びz座標の3次元で各座標の間隔が均等な格子状となる計算点を作成するが、各座標の間隔が異なるように設置された計算点でも構わないし、非格子構造でも構わない。計算形状が1次元形状や2次元形状であったとしても、x座標、y座標、及びz座標のうちのいずれかの変数を0として扱えばよいため、計算形状は1次元形状でも2次元形状でも構わない。これにより、ステップS1の処理は完了し、予測計算処理はステップS2の処理に進む。
【0040】
ステップS2の処理では、第1境界条件変更部52が、ステップS1の処理において設定された計算形状の表面にある境界計算点の境界条件を設定する。具体的には、第1境界条件変更部52は、複数の境界計算点のそれぞれについて、数式(5)に示す第2種境界条件又は数式(6)に示す第3種境界条件の設定値となる第1境界設置値を設定する。第1の境界設定値は、全て同じであっても、局所的に異なっていても構わない。これにより、ステップS2の処理は完了し、予測計算処理はステップS3の処理に進む。
【0041】
ステップS3の処理では、第1予測変数生成部51が、ステップS1及びステップS2の処理において設定された情報に従って第1物理方程式を計算することにより、時系列データとなる第1計算予測変数(数式(3)を用いる場合は鉄スラブの内部温度)を算出する。なお、第1物理方程式の計算条件は1つでも構わないが、複数の計算条件で第1物理方程式を計算した方が後述する第2計算予測変数で予測可能な範囲が拡大する。複数の計算条件は、第1境界設定値や熱拡散係数αを変更することによって設定できる。計算条件が複数ある場合には、第1境界設定値や熱拡散係数αの一部又は全てを変更して設定する。設定された計算条件に基づいて有限体積法、有限要素法、及び有限差分法等の数値計算手法によって離散化された第1物理方程式を解くことによって第1計算予測変数を計算することができる。これにより、ステップS3の処理は完了し、予測計算処理はステップS4の処理に進む。
【0042】
ステップS4の処理では、第1予測変数生成部51が、ステップS3の処理において算出された第1計算予測変数をその計算条件と紐づけして主記憶装置、補助記憶装置、及びデータ格納部4に保存する。これにより、ステップS4の処理は完了し、予測計算処理はステップS5の処理に進む。
【0043】
ステップS5の処理では、第1予測変数生成部51が、設定された全ての計算条件について第1計算予測変数を計算したか否かを判別する。判別の結果、全ての計算条件で第1計算予測変数を計算した場合(ステップS5:Yes)、第1予測変数生成部51は、予測計算処理をステップS6の処理に進める。一方、全ての計算条件で第1計算予測変数を計算していない場合には(ステップS5:No)、第1予測変数生成部51は、予測計算処理をステップS3の処理に戻す。
【0044】
ステップS6の処理では、基底ベクトル生成部53が、固有直交分解(Proper Orthogonal Decomposition:POD)や主成分分析と呼ばれる手法を用いて、ステップS5の処理においてデータ格納部4に保存された第1計算予測変数及びその計算条件のデータから基底ベクトルΨiを生成する。具体的には、まず、基底ベクトル生成部53は、設定された全ての計算条件について計算した時系列データである第1計算予測変数について、各時刻における計算点の数値を配置変換法則に従って1次元に変換することにより、以下の数式(7)に示すデータ行列Dを作成する。
【0045】
【数7】
【0046】
配置変換法則は、温度データのようなスカラー変数であれば、座標x,y,zの温度T111、座標x1,y1,z2の温度T112といったようにz方向、y方向、及びx方向の順番で並べる。速度データのようなベクトル変数であれば、座標x1,y1,z1のx方向速度vx1、y方向速度vy1、z方向速度vz1、座標x1,y1,z2のx方向速度vx、y方向速度vy、z方向速度vxといったようにz方向、y方向、及びx方向のx方向速度成分、y方向速度成分、及びz方向速度成分の順番で並べる。配置変換法則が決まっていれば、配置変換の方法は問わない。
【0047】
数式(7)に示すデータ行列Dはスカラー変数のデータ行列であり、上の添え字はスナップショット、下の添え字は計算点の番号を示している。空間の次元が1次元、2次元、及び3次元のいずれであっても操作は変わらない。本実施形態では、列方向に計算点、行方向にスナップショットとなる配置で説明する。行と列を入れ替えた行方向にスナップショット、列方向に計算点となるデータ行列であっても、転置すると本実施形態で説明するデータ行列となるため一般性を失わない。また、データ行列のスナップショット方向は、必ずしもタイムステップ通りに並べる必要はなく順不同で構わない。複数の計算条件で計算している場合においても、計算した計算条件毎に並べる必要はない。
【0048】
次に、基底ベクトル生成部53は、データ行列Dとデータ行列Dの転置行列Dとの行列積の分散共分散行列を作成する。空間領域の計算点の数は時系列方向の分割数より多くなることが多い。そのため、本実施形態では、基底ベクトル生成部53は、Snapshot PODと呼ばれる以下の数式(8)に示す時系列方向の分散共分散行列Aを作成する。次に、基底ベクトル生成部53は、数式(8)に示す分散共分散行列Aを固有直交分解することにより、固有値λ及び固有ベクトルΦを算出する。ここで、固有値λ及び固有ベクトルΦは以下の数式(9)に示す関係を満足する。固有値λとそれに対応する固有ベクトルΦはスナップショットの数だけ生成される。数式(9)においてiは対応する固有値λと固有ベクトルΦを表す添え字を示す。
【0049】
【数8】
【0050】
【数9】
【0051】
最後に、基底ベクトル生成部53は、固有値λ及び固有ベクトルΦとデータ行列Dを用いて、以下に示す数式(10)から基底ベクトルΨiを生成する。この基底ベクトルΨiは、自身との内積は1、自身以外の基底ベクトルとの内積は0となる直交性を有する。基底ベクトルΨiは、スナップショットの数と同じだけ生成される。これにより、ステップS6の処理は完了し、予測計算処理はステップS7の処理に進む。
【0052】
【数10】
【0053】
ステップS7の処理では、選別基底ベクトル生成部54が、ステップS6の処理において生成された基底ベクトルΨiの中からr個の基底ベクトル(選別基底ベクトル)Ψiを選別する。具体的には、基底ベクトルΨiによれば、対応する固有値λの大きさによって、その計算系において基底ベクトルΨiがどの程度強い影響度を有するかを知ることができる。このため、全体の固有値λの総和に対して選別された基底ベクトルΨiの固有値λの総和が99.9%以上となるように、r個の基底ベクトルΨiを選別する。また、複数の計算条件を設定している場合、計算条件によって第1物理方程式による予測計算結果の主要な効果が異なると考えられるため、基底ベクトルΨiとして計算条件の数以上の基底ベクトルΨiを選別するとよい。また、解析自由度を減らし、計算時間を短縮することが目的であるため、最低限スナップショットの数より少ない数の基底ベクトルΨiを選別するとよい。また、スナップショットの数が計算点の数より少ない場合には、計算点の数より少ない基底ベクトルΨiを選別するとよい。これにより、ステップS7の処理は完了し、予測計算処理はステップS8の処理に進む。
【0054】
ステップS8の処理では、第2予測変数生成部55が、ステップS7の処理において選別されたr個の選別基底ベクトルΨiを用いて第2物理方程式を構築する。具体的には、まず、第2予測変数生成部55は、第1計算予測変数uの平均値とr個の選別基底ベクトルΨiの基底行列ξにその重みaiをかけたものとを線形結合して以下に示す数式(11)のように第1計算予測変数uを展開する。
【0055】
【数11】
【0056】
ここで、選別基底ベクトルΨiを列方向に並べた選別基底行列Ψと選別基底ベクトルΨiの重み行列aを用いて数式(11)の右辺第2項を表すと以下に示す数式(12)のようになる。
【0057】
【数12】
【0058】
選別基底行列Ψと重み行列aは以下に示す数式(13),(14)のように表される。
【0059】
【数13】
【0060】
【数14】
【0061】
また、選別基底行列Ψは、直交ベクトルで構成されているため、その転置行列Ψとの間には以下の数式(15)に示す関係がある。ここで、数式(15)中のIはr×rの単位行列を示す。
【0062】
【数15】
【0063】
そこで、第2予測変数生成部55は、数式(12)を第1物理方程式に代入して次元削減モデルを構築する。本実施形態では、第1物理方程式である数式(3)の熱拡散方程式に数式(12)を代入し、選別基底ベクトルΨiの重みaiを計算予測変数とする方程式を構築すると以下に示す数式(16)のようになる。
【0064】
【数16】
【0065】
さらに、数式(16)に選別基底行列Ψの転置行列Ψを左からかけると数式(17)が得られる。
【0066】
【数17】
【0067】
数式(17)の計算予測変数は、時間tに依存する選別基底ベクトルΨiの重みである。また、空間微分である∇は選別基底行列Ψにかけられており、選別基底行列Ψは時間変化しない値のため、数式(17)は選別基底ベクトルΨiの重みaiを変数とする常微分方程式となっている。また、選別基底ベクトルΨiの重みaiは選別基底ベクトルΨiと同じ数だけ存在する。選別基底ベクトルΨiは、選別基底ベクトル生成部54により計算点の数より少ない数に設定されているので、数式(17)の変数の数は第1物理方程式の変数の数より少なくなる。変数が少なく解析自由度が小さくなっているため、数式(17)の計算時間は第1物理方程式の計算時間より短くなる。
【0068】
但し、数式(17)は、2階微分の拡散項を含むが、1階微分の項を含まないので、特許文献1に記載の方法により第1種境界条件を変更することはできるが、1階微分を含む第2種境界条件及び第3種境界条件を変更することはできない。そこで、本実施形態では、第2予測変数生成部55は、ガウス・グリーンの定理を2階微分の拡散項に適用することにより1階微分の項を作成する。具体的には、数式(17)全体の積分を取ると、以下に示す数式(18)が得られる。数式(18)において、dvは計算点が囲む微小領域、Vは計算形状の空間を示す。
【0069】
【数18】
【0070】
この数式(18)に以下の数式(19)に示すガウス・グリーンの定理を適用して式変更を行うと、以下に示す数式(20)が得られる。なお、数式(19)において、x,yは計算形状上の変数、dsは境界表面で隣接する境界計算点が囲む面積であり、Sは第1設定境界値を設定する計算形状の表面を示す。
【0071】
【数19】
【0072】
【数20】
【0073】
また、数式(20)において計算形状表面で面積分する項と計算形状で体積分する項をまとめると、数式(21)が得られる。
【0074】
【数21】
【0075】
数式(21)の右辺第1項は以下に示す数式(22)で表され、第2種境界条件及び第3種境界条件が必要とする計算変数の勾配となっている。
【0076】
【数22】
【0077】
従って、数式(21)の右辺第1項を利用することにより第2種境界条件及び第3種境界条件を設定することができる。具体的には、第2種境界条件の場合、数式(5)を代入することにより数式(21)は以下に示す数式(23)のように変形できる。
【0078】
【数23】
【0079】
同様に、第3種境界条件の場合には、数式(6)を代入することにより以下に示す数式(24)のように変形できる。
【0080】
【数24】
【0081】
数式(23)及び数式(24)は選別基底ベクトルΨiによって次元が削減されているため、計算予測変数の数は選別基底ベクトルΨiの数rとなる。以下では、数式(23)及び数式(24)を第2物理方程式と呼ぶ。これにより、ステップS8の処理は完了し、予測計算処理はステップS9の処理に進む。
【0082】
ステップS9の処理では、第2境界条件変更部56が、ステップS8の処理において構築された第2物理方程式における熱流束、熱伝達率、環境温度等の第2境界設定値を設定する。第1設定境界値が1つである場合、第2設定境界値も同じ値にすることが望ましい。一方、第1設定境界値が複数ある場合には、第2境界設定値の熱流束又は第2設定境界値から算出される熱流束が、第1設定境界値から算出される熱流束の最小値以上最大値以下の範囲内とすることが望ましい。これにより、ステップS9の処理は完了し、予測計算処理はステップS10の処理に進む。
【0083】
ステップS10の処理では、第2予測変数生成部55が、ステップS9の処理において設定された第2境界設定値に基づいて第2物理方程式を解くことにより第2計算予測変数を算出する。以下では、第2種境界条件及び第3種境界条件での第2物理方程式の数値計算方法について述べる。
【0084】
まず、第2種境界条件での第2物理方程式の計算方法について説明する。数式(23)について計算空間の離散化を行うと、数式(25)が得られる。数式(25)中の添え字のx,y,zはそれぞれx方向、y方向、及びz方向の微分を表す。
【0085】
【数25】
【0086】
数式(25)の右辺第1項は、選別基底ベクトルΨi図4に示す境界計算点Pに対応する値である。fは各境界計算点Pを示す添え字である。数式(25)の右辺第1項では、選別基底ベクトルΨiの境界計算点Pに対応する値と、境界計算点Pに設定されている熱流束と、図4に示す隣り合う境界計算点Pの中点が囲む領域の面積ΔSとの積を各選別基底ベクトルΨiで足し合わせ、第2物理方程式の境界面での離散化を行っている。選別基底ベクトルΨiは1次元ベクトル(図5(b),(c))である。配置変換法則の逆操作である逆配置変換法則を行うことにより、空間位置が特定できるように空間座標に対応した形式に選別基底ベクトルΨiを変換したx,y,z座標の変換選別基底ベクトル(図5(d))を生成する。そして、変換選別基底ベクトルの境界計算点P(図5(d)に示す配列位置P1~P4の要素)に対応する選別基底ベクトル要素(図5(c)に示す位置P5,P6の要素(値))を取り出す。なお、変換選別基底ベクトルの境界計算点Pの位置を境界配列位置として予め逆配置変換法則から導出して記憶しておき、記憶した境界配列位置に基づいて選別基底ベクトル要素を取り出してもよい。このような方法によれば、毎回逆配置変換を行う必要がなくなるので、計算コストを削減すると共に計算の高速化することができる。なお、境界配列位置は、格子形状(図5(a))に応じて変化するので、格子形状と境界配置位置との関係を示すテーブルを作成しておくとよい。また、逆配置変換法則から導出するのではなく、境界を含むメッシュの配置位置を規定する配置変換法則の内容を解析することにより境界配置位置を特定しておくようにしてもよい。
【0087】
数式(25)の右辺第2項は、選別基底行列Ψの勾配とデータ行列要素平均の勾配との積に図6に示す微小体積Δvをかけたものである。選別基底行列Ψの勾配は選別基底ベクトルΨi毎に逆配置変換法則で空間座標に変換することにより求められる。そして、選別基底ベクトルΨiを配置変換法則に従って1次元に配置しなおし、全選別基底ベクトルΨiで同じ操作を行い、選別基底行列の勾配を計算する。データ行列要素平均は、データ行列Dのスナップショット方向で各要素Ψの算術平均をとることにより求める。データ行列要素平均の勾配は、逆配置変換法則により空間座標に変換して勾配を算出し、配置変換法則で1次元に並べなおすことにより求める。微小体積Δvは、図6に示すように、隣り合う計算点のそれぞれの中点が囲む体積で、x方向、y方向、z方向の計算点の間隔がそれぞれの方向で均等の場合には、全ての計算点で同一の微小体積になる。式(25)右辺第2項には熱拡散係数αが掛けられている。
【0088】
数式(25)の右辺第3項は、選別基底行列Ψの勾配の転置行列と選別基底行列Ψと、選別基底ベクトルΨiの重みaiを体積分したものである。選別基底行列Ψの勾配の計算方法は、数式(25)の右辺第2項の勾配の計算方法と同じである。選別基底行列の勾配の転置行列と選別基底行列の勾配との積である勾配基底行列積に選別基底ベクトルΨiの重みaiをかけて体積分する。体積分する上での微小領域は図6に示すように注目計算点の隣り合う計算点の中点が囲む領域体積である。
【0089】
数式(25)の右辺第4項は、ソース項と基底行列の転置行列の積である。ソース項には、熱拡散方程式であれば発熱の生成項等が入る。ソース項は、計算点毎にソース項設定値を有する。計算点毎にソース項設定値を変えてもよいし、同じであってもよい。ソース項設定値は、配置変換法則で1次元に変換され、選別基底行列Ψの転置行列と積を取り、図6に示す微小体積Δvが掛けられている。
【0090】
上記の方法によって空間上離散化された数式(25)は、選別基底ベクトルΨiの重みaiを変数とする時間発展の常微分方程式となっており、前進オイラー法、ルンゲクッタ法等の計算方法で計算できる。また、数式(25)の下線部は時間に寄与しない箇所である。このため、常微分方程式を解く前に下線部の値を事前に計算することによって計算時間を短縮することができる。各時刻で求められた選別基底ベクトルΨiの重みaiは、数式(12)を利用して元の変数に復元する。この復元された変数が第2計算予測変数となる。
【0091】
次に、第3種境界条件での第2物理方程式の計算方法について説明する。数式(24)を空間離散化した数式を以下の式(26)に示す。
【0092】
【数26】
【0093】
数式(26)が数式(25)と異なるところは、右辺第2項であり、数式(25)における熱流束が数式(26)では第3種境界条件となるh(u-usf)で記述されている。ここで、添え字のfは各境界計算点を示す添え字であり、usfは境界計算点上の計算予測変数を表す。usfは計算予測変数であるため、時間発展の方程式を解く各時間ステップの計算値となる。このため、各時間ステップで数式(12)の計算を行ってuを求め、uのうち、境界計算点に対応するusfを選び出す。なお、数式(26)の下線部は、時間に依存しない項のため、事前に計算することによって計算速度を向上させることができる。これにより、ステップS10の処理は完了し、予測計算処理はステップS11の処理に進む。
【0094】
ステップS11の処理では、処理部5が、出力部6に予測計算データを出力するか否かを判別する。判別の結果、出力部6に予測計算データを出力する場合(ステップS11:Yes)、処理部5は、ステップS12の処理として出力部6に予測計算データを出力した後、予測計算処理をステップS12の処理に進める。一方、出力部6に予測計算データを出力しない場合には(ステップS11:No)、処理部5は予測計算処理をステップS13の処理に進める。
【0095】
ステップS13の処理では、処理部5が、通信部3に予測計算データを出力するか否かを判別する。判別の結果、通信部3に予測計算データを出力する場合(ステップS13:Yes)、処理部5は、ステップS14の処理として通信部3に予測計算データを出力した後、予測計算処理をステップS15の処理に進める。一方、通信部3に予測計算データを出力しない場合には(ステップS13:No)、処理部5は予測計算処理をステップS15の処理に進める。
【0096】
ステップS15の処理では、処理部5が、データ格納部4に予測計算データを保存するか否かを判別する。判別の結果、データ格納部4に予測計算データを保存する場合(ステップS15:Yes)、処理部5は、ステップS16の処理としてデータ格納部4に予測計算データを保存した後、予測計算処理をステップS17の処理に進める。一方、データ格納部4に予測計算データを保存しない場合には(ステップS15:No)、処理部5は予測計算処理をステップS17の処理に進める。
【0097】
ステップS16の処理では、処理部5が、第2計算予測変数の計算を継続するか否かを判別する。判別の結果、第2計算予測変数の計算を継続する場合(ステップS16:Yes)、処理部5は予測計算処理をステップS9の処理に戻す。一方、第2計算予測変数の計算を継続しない場合には(ステップS16:No)、処理部5は予測計算処理をステップS18の処理に進める。
【0098】
ステップS17の処理では、処理部5が、第1計算予測変数を再計算するか否かを判別する。判別の結果、第1計算予測変数を再計算する場合(ステップS17:Yes)、処理部5は予測計算処理をステップS2の処理に戻す。一方、第1計算予測変数を再計算しない場合には(ステップS17:No)、処理部5は一連の予測計算処理を終了する。
【0099】
以上の説明から明らかなように、本発明の一実施形態である予測計算処理では、処理部5が、複数の基底ベクトルの中から選別された基底ベクトルを用いて第1物理方程式の次元を削減し、2階微分の拡散項を1階微分の項に変換することにより、第2物理方程式を生成し、第2物理方程式における第二種境界条件及び第三種境界条件を第二設定境界値として設定し、設定された第二設定境界値に従って第2物理方程式を解くことにより計算予測変数を算出するので、計算予測変数を短時間で、且つ、精度よく予測することができる。また、本発明の一実施形態である予測計算処理を利用することにより、鉄スラブを目標温度に精度よく冷却することができる。さらに、歩留まりよく鋼材を製造することができる。
【実施例0100】
本実施例では、図7に示す鉄スラブの2次元計算形状について、第3種境界条件に従って第1計算予測変数及び第2計算予測変数を計算した。第1計算予測変数の計算条件を以下の表1に示す。また、図8に第1設定境界値を示す。図8に示すように、計算形状の下方の境界部の熱伝達率h2が0と80と異なる2つの第1境界設定値で計算を行った。また、基底ベクトルは、第1計算予測変数を利用して作成し、固有値が上位の8つの選別基底ベクトルを利用した。第2計算予測変数生成部の計算条件を以下の表2に示す。
【0101】
【表1】
【0102】
【表2】
【0103】
図8に示す第1境界設定値と同じ設定境界値を第2境界設定値として第2計算予測変数を計算した結果を図9に示す。図9(a)は下方の熱伝達率を80と設定した境界条件で、図9(b)は下方の熱伝達率を0と設定したものである。第3種境界条件を変更し第2計算予測変数が計算できていることが確認できる。また、図10に第1計算予測変数及び第2計算予測変数生成部の計算時間を示す。第1計算予測変数の計算時間と比較して第2計算予測変数の計算時間は1/100以下となっている。これにより、大幅に計算時間が短縮できることが確認できた。
【0104】
以上、本発明者らによってなされた発明を適用した実施形態について説明したが、本実施形態による本発明の開示の一部をなす記述及び図面により本発明は限定されることはない。すなわち、本実施形態に基づいて当業者等によりなされる他の実施形態、実施例、及び運用技術等は全て本発明の範疇に含まれる。
【符号の説明】
【0105】
1 物性値予測装置
2 入力部
3 通信部
4 データ格納部
5 処理部
6 出力部
51 第1予測変数生成部
52 第1境界条件変更部
53 基底ベクトル生成部
54 選別基底ベクトル生成部
55 第2予測変数生成部
56 第2境界条件変更部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10