IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人理化学研究所の特許一覧

特開2023-89268B型肝炎治療用組成物、及びB型肝炎ウイルスの複製活性の評価方法
<>
  • 特開-B型肝炎治療用組成物、及びB型肝炎ウイルスの複製活性の評価方法 図1
  • 特開-B型肝炎治療用組成物、及びB型肝炎ウイルスの複製活性の評価方法 図2
  • 特開-B型肝炎治療用組成物、及びB型肝炎ウイルスの複製活性の評価方法 図3
  • 特開-B型肝炎治療用組成物、及びB型肝炎ウイルスの複製活性の評価方法 図4
  • 特開-B型肝炎治療用組成物、及びB型肝炎ウイルスの複製活性の評価方法 図5
  • 特開-B型肝炎治療用組成物、及びB型肝炎ウイルスの複製活性の評価方法 図6
  • 特開-B型肝炎治療用組成物、及びB型肝炎ウイルスの複製活性の評価方法 図7
  • 特開-B型肝炎治療用組成物、及びB型肝炎ウイルスの複製活性の評価方法 図8
  • 特開-B型肝炎治療用組成物、及びB型肝炎ウイルスの複製活性の評価方法 図9
  • 特開-B型肝炎治療用組成物、及びB型肝炎ウイルスの複製活性の評価方法 図10
  • 特開-B型肝炎治療用組成物、及びB型肝炎ウイルスの複製活性の評価方法 図11
  • 特開-B型肝炎治療用組成物、及びB型肝炎ウイルスの複製活性の評価方法 図12-1
  • 特開-B型肝炎治療用組成物、及びB型肝炎ウイルスの複製活性の評価方法 図12-2
  • 特開-B型肝炎治療用組成物、及びB型肝炎ウイルスの複製活性の評価方法 図13
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023089268
(43)【公開日】2023-06-27
(54)【発明の名称】B型肝炎治療用組成物、及びB型肝炎ウイルスの複製活性の評価方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/686 20180101AFI20230620BHJP
   C12N 15/51 20060101ALI20230620BHJP
   C12Q 1/6897 20180101ALI20230620BHJP
   C12Q 1/70 20060101ALI20230620BHJP
   C12Q 1/6876 20180101ALN20230620BHJP
   C12N 15/85 20060101ALN20230620BHJP
   C12N 5/10 20060101ALN20230620BHJP
【FI】
C12Q1/686 Z ZNA
C12N15/51
C12Q1/6897 Z
C12Q1/70
C12Q1/6876 Z
C12N15/85 Z
C12N5/10
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023070046
(22)【出願日】2023-04-21
(62)【分割の表示】P 2021137731の分割
【原出願日】2017-08-10
(31)【優先権主張番号】P 2016158252
(32)【優先日】2016-08-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.プルロニック
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 感染症実用化研究事業 肝炎等克服実用化研究事業ii 「次世代生命基盤技術を用いたB型肝炎制圧のための創薬研究」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小川 健司
(57)【要約】
【課題】安価、安全かつ迅速にHBV DNA複製を短時間で可視化、数値化できるHBVの複製活性評価システムとそれを用いた評価方法を開発し、提供する。また、従来の抗HBV薬とは作用機序が異なる新規HBV複製阻害用組成物を開発し、提供する。
【解決手段】本発明は、HBV-Polの末端タンパク質領域内に存在するTxYモチーフのリン酸化を阻害するリン酸化阻害剤からなるHBV-Pol活性阻害剤を有効成分とするB型肝炎治療剤を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
B型肝炎ウイルスにおける複製活性の評価方法であって、
宿主細胞内で遺伝子発現誘導が可能なプロモーター、及び、B型肝炎ウイルス由来のイプシロン配列を含む核酸、を含むベクターであって、
前記核酸は、前記イプシロン配列の3’末端側にイントロンを含む任意のレポーター配列を含み、前記プロモーターの下流に発現可能な状態で配置されている、前記ベクター、
宿主細胞内で遺伝子発現誘導が可能なプロモーターの下流に、B型肝炎ウイルスのP遺伝子が発現可能な状態で配置されたB型肝炎ウイルスポリメラーゼ発現ベクター、及び、
宿主細胞内で遺伝子発現誘導が可能なプロモーターの下流に、B型肝炎ウイルスのC遺伝子が発現可能な状態で配置されたB型肝炎ウイルスコアタンパク質発現ベクター、
を宿主細胞内に導入する導入工程、
導入工程後の宿主細胞を培養する培養工程、
培養工程後の宿主細胞からDNAを抽出する抽出工程、及び
レポーターマイナス鎖DNA中のレポーター配列を検出できるようにデザインされた、フォワードプライマー及びリバースプライマーからなるプライマーペアを用いて、前記ベクターのレポーター配列の遺伝子産物を検出する検出工程であって、前記遺伝子産物は、抽出工程で得られたDNA中に含まれ得る、pre-mRNA由来のレポーターマイナス鎖からイントロンが除去されたレポーター配列である、前記検出工程、
を含む前記方法。
【請求項2】
前記導入工程において、宿主細胞内で遺伝子発現誘導が可能なプロモーターの下流に、B型肝炎ウイルスのX遺伝子が発現可能な状態で配置されたB型肝炎ウイルスXタンパク質発現ベクターをさらに宿主細胞内に導入する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
フォワードプライマー又はリバースプライマーのいずれか一方が、レポーター配列中のエクソン連結部位を跨ぐようにデザインし、それによってレポーターマイナス鎖DNA中のレポーター配列のみが増幅される、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
レポーターマイナス鎖がB型肝炎ウイルスのマイナス鎖DNAに相当する、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
B型肝炎ウイルス由来のイプシロン配列を含む核酸が、宿主細胞内での発現時に鋳型となり、RNAポリメラーゼIIによってレポータープレゲノムRNAが合成され、その際にpre-mRNAスプライシングによりポーター配列内のイントロンが除去される、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
B型肝炎ウイルスの複製反応が進行した場合に限りレポーターマイナス鎖DNAが生成し、レポーターマイナス鎖DNAの合成量は、B型肝炎ウイルスポリメラーゼの逆転写活性によりプレゲノムRNAを鋳型としたマイナス鎖DNAの合成量を反映する、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MAPキナーゼ阻害物質を有効成分として含むB型肝炎治療用組成物、B型肝炎ウイルスにおける複製活性の評価システム及びそのシステムを用いた複製活性の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
B型肝炎は、B型肝炎ウイルス(本明細書では、しばしば「HBV」と表記する)の感染により発症するウイルス性肝炎である。B型肝炎は、HBV感染者の血液や体液を介して伝播することから、出産時にHBV感染者の母親の血液を介してその子供が感染する垂直感染(母児感染)や、性的接触、刺青、輸血や集団予防接種における注射器の使いまわしや針刺し事故等による水平感染が主な感染経路として知られている(非特許文献1)。
【0003】
HBV感染は、一過性感染と持続感染に大別される。5歳以上で感染した場合には、免疫能が十分発達していることから、HBV感染は、通常、持続感染に移行することはなく、一過性感染の形をとり、その後、終生免疫を獲得する。しかし、約20~30%は急性B型肝炎を発症し、そのうち1%が劇症化すると推定されている。一方、持続感染者は、母児感染が大部分を占めるが、その他、医療行為や家族内感染等の理由で、自己の免疫システムが未熟な3歳以下で感染した場合にも成立し得る。HBVの持続感染患者は、HBVキャリアとよばれ、そのうち10~15%が慢性肝炎を発症し、肝硬変や肝癌に進展することがある。HBVキャリアの数は、日本では150万人、また全世界では3~4億人と推計されている(非特許文献2)。
【0004】
現在、慢性B型肝炎の治療薬には、ラミブジンやエンテカビルに代表される核酸アナログ製剤が汎用されている。これらの治療薬は、血中ウイルス量を減少させる点や、肝硬変、肝細胞癌の発生や進行を遅延できる点において、一定の効果を上げている。しかし、肝細胞内のHBV DNAを排除できないため、薬剤の投与を中止すると血中HBV DNAが再上昇し肝炎が再燃してしまう。そのため治療薬の長期投与が必要となる。また、前記核酸アナログ製剤を使用した長期治療時の再燃は、薬剤耐性ウイルスの出現を伴う。それが慢性B型肝炎治療を一層困難なものにしている(非特許文献3及び4)。
【0005】
上記理由により、従来の核酸アナログ製剤とは作用機序の異なる新規HBV治療薬の開発が望まれている。そのような治療薬の開発には、HBVの感染やHBV複製を正確に定量し、評価できる実験系が必須となる。HBV感染やHBV複製を解析する評価系は複数存在するが、いずれも感染性のあるウイルスを使用する点から安全面や大量の試料を扱いづらいという問題がある。さらに、現段階でHBVを効率的に感染させることのできる細胞は、ヒト肝細胞初代培養系、又は高価なHepaRG(登録商標)細胞に限られており、使用可能な細胞に大きな制限がある。また、HBVのレセプターとされるNTCPを過剰発現させた細胞でも感染は成立するものの感染効率は非常に低く、HBVのゲノムを挿入した株化細胞(HepG2.2.15、HepAD38等)を用いても複製の検出までには7~12日間という長時間の培養を要する。それ故にスループット性に欠けるという大きな問題がある。このようなHBVの感染実験の問題点が、HBVに対する新規創薬を困難にしている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Aspinall E.J. et al., 2011, Occup Med (Lond), 61: 531-540.
【非特許文献2】Fattovich G., et al., 2008, J Hepatol, 48: 335-352.
【非特許文献3】Lau D.T. et al., 2000, Hepatology, 32: 828-834.
【非特許文献4】Koumbi L., 2015, World J Hepatol, 7: 1030-1040.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、感染性のあるウイルスを用いることなく、一般的な細胞を使って、安価、安全かつ迅速にHBV DNA複製を短時間で可視化、数値化できるHBVにおける複製活性の評価システムとそれを用いた評価方法を開発し、提供することである。
【0008】
本発明の別の目的は、前記HBV複製活性評価システムをスクリーニング方法に応用して、従来の抗HBV薬とは作用機序が異なる新規抗HBV化合物を単離し、再燃性B型肝炎にも有効なB型肝炎治療剤として提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明者らは、感染性のあるウイルスを用いずに一般的な細胞を使って、HBVのゲノム複製を短時間で可視化し、その活性を数値化できるHBV複製活性評価システムを構築した。
【0010】
また、このHBV複製活性評価システムを用いて、糸状菌抽出物ライブラリーから抗HBV天然化合物を探索した結果、濃度依存的にHBVの複製を阻害する化合物としてハイポセマイシンを得た。ハイポセマイシンはMAPK(mitogen-activated protein kinase)経路で寄与するMAPKキナーゼ(本明細書ではしばしば「MAPKK」と表記する)の阻害物質であるが、MAPKキナーゼ阻害物質にHBV複製阻害活性があることは従来全く知られていなかった。そこで、4種の公知MAPKキナーゼ阻害物質についてHBV複製阻害活性を検証したところ、全てのMAPKキナーゼ阻害物質がその活性を有することが明らかとなった。また、HBV感染宿主細胞に恒常活性型MEK-1を過剰発現させると、HBV複製が著しく促進された。この結果から、宿主細胞内のMAPKキナーゼ活性がHBVの複製に重要な役割を果たしていることが示された。さらに、HBV由来のタンパク質のアミノ酸配列を解析した結果、いずれのHBVジェノタイプにもHBV-Polの末端タンパク質領域(Terminal protein region)内にMAPKキナーゼのリン酸化モチーフであるTxY(Tはスレオニン残基、xは任意のアミノ酸残基、Yはチロシン残基を示す)が存在することから、MAPKキナーゼが当該リン酸化モチーフをリン酸化してHBV-Polを活性化すると考えられ、MAPKキナーゼによるHBV-Polのリン酸化をMAPKキナーゼ阻害物質が阻害してHBV-Polが不活化されることでHBVの複製が阻害されると推測された。
【0011】
本発明は上記新たな知見に基づくもので、以下を提供する。
【0012】
(1)HBVポリメラーゼ(HBV-Pol)の末端タンパク質領域内に存在するTxYモチーフ(xは任意のアミノ酸残基である)のスレオニン残基(T)及びチロシン残基(Y)におけるリン酸化を阻害する工程を含む、HBVの複製阻害方法。
【0013】
(2)MAPK(mitogen-activated protein kinase)キナーゼ阻害物質を含む、HBV複製阻害用組成物。
【0014】
(3)前記MAPKキナーゼ阻害物質が式1で示すハイポセマイシン(Hypothemycin)、式2で示すトラメチニブ(Trametinib)、式3で示すPD98059、及び式4で示すPD184352からなる群から選択されるいずれか一以上である、(2)に記載のHBV複製阻害用組成物。
【0015】
【化1】
【0016】
(4)MAPKキナーゼ阻害物質を含む、B型肝炎治療用組成物。
【0017】
(5)B型肝炎治療用核酸アナログと併用される、(4)に記載のB型肝炎治療用組成物。
【0018】
(6)HBV由来のイプシロン配列を含み、前記イプシロン配列の3’末端側にイントロンを含む任意のレポーター配列を一以上含む核酸。
【0019】
(7)前記イプシロンの3’末端側にB型肝炎ウイルス由来のダイレクトリピート1配列をさらに含み、前記レポーター配列が前記イプシロン配列と前記ダイレクトリピート1配列間に含まれる、(6)に記載の核酸。
【0020】
(8)B型肝炎ウイルス由来の第1イプシロン配列、ダイレクトリピート2配列、ダイレクトリピート1配列、及び第2イプシロン配列を5’末端側から上記順序で含み、前記レポーター配列が前記各配列間の任意の位置に含まれる、(6)に記載の核酸。
【0021】
(9)宿主細胞内で遺伝子発現誘導が可能なプロモーター、及び前記プロモーターの下流に発現可能な状態で配置された(6)~(8)のいずれかに記載の核酸を含むベクター。
【0022】
(10)(9)に記載のベクターによって形質転換された宿主細胞。
【0023】
(11)HBVの複製活性を評価するためのHBV複製活性の評価システムであって、(9)に記載のベクター、宿主細胞内で遺伝子発現誘導が可能なプロモーターの下流に、HBVのP遺伝子が発現可能な状態で配置されたHBV-Pol発現ベクター、及び宿主細胞内で遺伝子発現誘導が可能なプロモーターの下流に、HBVのC遺伝子が発現可能な状態で配置されたHBc発現ベクターを含む、前記評価システム。
【0024】
(12)宿主細胞内で遺伝子発現誘導が可能なプロモーターの下流に、HBVのX遺伝子が発現可能な状態で配置されたHBx発現ベクターをさらに含む、(11)に記載の評価システム。
【0025】
(13)イントロンが除去されたレポーター配列を検出可能なように設計されたプライマーペアをさらに含む、(11)又は(12)に記載の評価システム。
【0026】
(14)HBV複製活性の評価方法であって、(9)に記載のベクター、宿主細胞内で遺伝子発現誘導が可能なプロモーターの下流に、HBVのP遺伝子が発現可能な状態で配置されたHBV-Pol発現ベクター、及び、宿主細胞内で遺伝子発現誘導が可能なプロモーターの下流に、HBVのC遺伝子が発現可能な状態で配置されたHBc発現ベクターを宿主細胞内に導入する導入工程、導入工程後の宿主細胞を培養する培養工程、培養工程後の宿主細胞からDNAを抽出する抽出工程、及び抽出工程で得られたDNA中に含まれ得る、前記ベクターのレポーター配列の遺伝子産物であって、イントロンが除去されたレポーター配列を検出する検出工程を含む前記方法。
【0027】
(15)前記導入工程において、宿主細胞内で遺伝子発現誘導が可能なプロモーターの下流に、HBVのX遺伝子が発現可能な状態で配置されたHBx発現ベクターをさらに宿主細胞内に導入する、(14)に記載の方法。
【0028】
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2016-158252号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0029】
本発明のHBV複製活性評価方法によれば、感染性のあるウイルスを用いずに一般的な細胞を使って、安価、安全かつ迅速にHBVのゲノム複製を短時間で可視化し、その活性を数値化できる。また、本発明のHBV複製活性評価方法をスクリーニング手段として用いることで、HBV複製阻害活性を有する抗HBV化合物の探索が可能となる。
【0030】
本発明のMAPKキナーゼ阻害物質を含むHBV複製阻害用組成物又はB型肝炎治療用組成物によれば、従来のB型肝炎治療用核酸アナログとは異なる作用機序を有するHBV複製阻害用組成物又はB型肝炎治療用組成物、並びにHBV複製阻害方法を提供することができる。
【0031】
また、本発明のB型肝炎治療用組成物を従来のB型肝炎治療用核酸アナログと併用することで抗HBV活性の相乗効果が期待できる。
【0032】
さらに、本発明のMAPKキナーゼ阻害物質を含むHBV複製阻害用組成物又はB型肝炎治療用組成物は、薬剤耐性HBVに対しても抗HBV活性を示すことからB型肝炎の有効な治療薬となり得る。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】A:HBVのゲノムDNA構造の概念図である。中心部の黒太線で示す部分が約3.2KbからなるHBVの不完全環状二本鎖ゲノムDNA(rcDNA)である。グレーの太線は、HBVのゲノムDNAにコードされる4種の遺伝子のORF(open reading frame)で、CはC遺伝子、PはP遺伝子、SはS遺伝子、そしてXはX遺伝子の位置を示す。外縁の細黒線は、HBVのゲノムDNAの(-)鎖を鋳型に合成されるmRNAのうち、最長の3.5kb mRNAであるプレゲノムRNA(pregenomic RNA:本明細書ではしばしば「pgRNA」と表記する)を示している。B:pgRNA構造の概念図である。図中、DR1及びDR2は、それぞれダイレクトリピート1及び2配列を、またεはε配列を示す。本発明のHBV複製活性を評価する核酸(HBV複製活性評価核酸)は、このpgRNAの塩基配列を基礎として作製された。
図2】A:本発明のHBV複製活性評価核酸の一例を示す概念図である。B:Aで示すHBV複製活性評価核酸が発現ベクターに組み込まれたHBV複製活性評価ベクターを細胞内に導入し、発現させたときのレポーターpgRNAの概念図である。レポーターpgRNAでは、レポーター配列内のイントロンがpre-mRNAスプライシングによって除去されている。C:Bで示すレポーターpgRNAを鋳型にHBV-Polの逆転写活性によって合成されたレポーターマイナス鎖DNA(reporter (-)DNA)の概念図である。HBV複製活性評価核酸とレポーターマイナス鎖DNAはイントロンの有無によって区別することができる。
図3】本発明のHBV複製活性評価システムを構成する各種発現ベクターの一例を示す概念図である。A:本発明のHBV複製活性評価ベクターの一例であるpBB-intronの概念図である。B:HBV-PolをコードするP遺伝子の発現ベクターであるpCI-HBV-Polの概念図である。C:HBcをコードするC遺伝子の発現ベクターであるpCI-HBcの概念図である。D:HBxをコードするX遺伝子の発現ベクターであるpCI-HBxの概念図である。
図4】A:アガロースゲル電気泳動の結果である。HBV複製活性評価ベクターを、図に示す組み合わせのHBVタンパク質発現ベクター(C:HBc、P:HBV-Pol、X:HBx)と共にHeLa細胞に遺伝子導入した後、DNA抽出を行い、レポーターマイナス鎖DNAを特異的に検出するプライマーペアでPCRを行ったときのPCR産物(131bp)を示す。B:レポーターマイナス鎖DNAの検量線を示す図である。細胞から抽出したDNAを段階希釈し、リアルタイムPCRを用いて作成した。C:Aの実験で用いたDNAサンプルでリアルタイムPCRを行い、Bの検量線によって定量解析した結果である。D:HBVタンパク質(HBc、HBV-Pol、及びHBx)の発現量とDNA複製との相関をリアルタイムPCRで定量解析した結果を示す図である。
図5】本発明のHBV複製活性評価方法を用いたエンテカビルによるHBV DNA複製阻害効果を示す図である。
図6】糸状菌培養抽出物ライブラリーから単離した天然化合物のHBV DNA複製、ゲノムDNA(G3PDH exon8)量、ミトコンドリアDNA(ND5)量に対する効果を示す図である。
図7】MAPKキナーゼ阻害物質によるHBV DNA複製阻害効果を示す図である。4種類の異なるMAPKキナーゼ阻害物質(PD98059、PD184352、トラメチニブ、ハイポセマイシン)及び陽性対照用の抗HBV剤であるエンテカビルがHBV DNA複製に及ぼす影響を示す(n=3、* P<0.01、** P<0.001、*** P<0.00001)。
図8】本発明のHBV複製活性評価方法を用いて、野生型(Wt)、恒常的活性型(2E及び2D)、及びドミナントネガティブ変異型(2A)のヒトMEK1発現ベクターをそれぞれHeLa細胞に導入したときの各種MEK1発現によるHBV DNA複製、ゲノムDNA(G3PDH exon8)量、ミトコンドリアDNA(ND5)量、pgRNA及び宿主mRNA転写におよぼす影響を示す図である。
図9】A:ジェノタイプCのHBV-Polの各領域を示す概念図である。B及びC:HBV-Polにおいて推定されるジェノタイプA~HにおけるTxYモチーフの塩基配列の比較である。末端タンパク質領域内のTxYモチーフ(TKY)はジェノタイプA~Hの全てにおいて保存されているが、スペーサー領域内のTxYモチーフ(284TAY286)はジェノタイプCのみ認められた。
図10】A:ジェノタイプCのHBV/C-Polに基づく非リン酸化型変異体HBV/C-Polの概念図である。B:非リン酸化型変異体HBV/C-Polによる恒常活性型MEKの強制発現によるHBV複製の促進活性を示す図である。
図11】ハイポセマイシンとエンテカビルの組み合わせによるHBV DNA複製阻害活性の相乗効果を示す図である。
図12-1】薬剤耐性HBV-Polの概念図である。Lはロイシン、Tはスレオニン、Sはセリン、Mはメチオニン、Iはイソロイシン、そしてGはグリシンを示す。
図12-2】薬剤耐性HBV-PolのHBV複製活性に対するMAPKキナーゼ阻害物質による阻害効果の結果を示す図である。
図13】各種欠失型HBV複製活性評価ベクターを、HBVタンパク質発現ベクターCP(C:HBc、P:HBV-Pol)又はCPX(C:HBc、P:HBV-Pol、X:HBx)と共にHeLa細胞に遺伝子導入したときのレポーターpgRNAの逆転写に及ぼす影響を示す図である。図中、Δε1はpBB-intron(Δε1)を、ΔDR2はpBB-intron(ΔDR2)を、ΔDR1(2)はpBB-intron(ΔDR1(2))を、そしてΔε2はpBB-intron(Δε2)を、それぞれ欠失型HBV複製活性評価ベクターΔpBB-intronとしてHeLa細胞に導入したことを示す。
【発明を実施するための形態】
【0034】
1.B型肝炎ウイルスポリメラーゼ活性阻害剤(HBV-Pol活性阻害剤)
1-1.概要
本発明の第1の態様は、B型肝炎ウイルスポリメラーゼ(本明細書では、しばしば「HBV-Pol」と表記する)の活性阻害剤である。本発明のHBV-Pol阻害剤は、HBV-Polにおける活性化部位のリン酸化を阻害するリン酸化阻害剤からなる。本発明のHBV-Pol阻害剤によれば、HBV-Pol活性を阻害することで、HBVの複製を阻害することができる。
1-2.定義
「B型肝炎ウイルス(hepatitis B virus:HBV)」は、ヘパドナウイルス科オルソヘパドナウイルス属に属するDNAウイルスで、B型肝炎の原因ウイルスである。HBVは、遺伝子配列の違いにより8種類の遺伝子型(ジェノタイプ A、B、C、D、E、F、G、及びH)が知られている。これらの遺伝子型には、地域分布や病態面で差異が見られる。例えば、日本では、従来ジェノタイプC(本明細書では、しばしば「HBV/C」と表記する。他のジェノタイプについても同様とする。)感染者が大半を占め、次いでHBV/B感染者が多くみられていたが、近年ではHBV/A感染者が増加している。一方、欧米ではHBV/AやHBV/Dの感染者が多くみられる。HBV/Aでは、急性肝炎罹患後の約20~30%が慢性肝炎に移行することが知られているが、HBV/BやHBV/Cは急性肝炎罹患後の慢性化率は低い。
【0035】
「B型肝炎ウイルスポリメラーゼ」(HBV polymerase:HBV-Pol、又はHBV-DNA Pol)とは、HBVゲノムのP遺伝子にコードされた逆転写酵素活性を有するDNAポリメラーゼであり、HBVの複製に関与する(Summers J., & Mason W.S., 1982, Cell, 29:403-415)。HBV-Polのアミノ酸配列もジェノタイプによってわずかに異なる。例えば、HBV/AのHBV-Pol(本明細書では、しばしば「HBV/A-Pol」と表記する。他のジェノタイプについても同様とする。)は配列番号1で示すアミノ酸配列からなり、HBV/B-Polは配列番号2で示すアミノ酸配列からなり、HBV/C-Polは配列番号3で示すアミノ酸配列からなり、HBV/D-Polは配列番号4で示すアミノ酸配列からなり、HBV/E-Polは配列番号5で示すアミノ酸配列からなり、HBV/F-Polは配列番号6で示すアミノ酸配列からなり、HBV/G-Polは配列番号7で示すアミノ酸配列からなり、そしてHBV/H-Polは配列番号8で示すアミノ酸配列からなる。
【0036】
HBV-Polは、そのアミノ酸配列中に機能上必須な3つの領域(末端タンパク質領域、逆転写酵素領域、RNaseH領域)を包含する(図9A)。
【0037】
「末端タンパク質領域(Terminal protein region)」は、HBV-PolのN末端側に存在し、例えばジェノタイプCでは183個のアミノ酸で構成される。この領域は、ウイルス複製に関与するダイレクトリピート1(DR1)付近に結合し、逆転写反応時のプライマーとして機能すると考えられている(Bartenschlager R. & Schaller H., 1988, EMBO J., 7:4185-4192)。末端タンパク質領域は、後述するHBV-Polの活性化部位であるTxYモチーフを含んでいる。
【0038】
「逆転写酵素領域(Reverse transcriptase region)」は、末端タンパク質領域のC末端側に存在し、例えばジェノタイプCでは344個のアミノ酸で構成される。レトロウイルスにおける逆転写酵素のアミノ酸配列と高い相同性を示す領域で、HBV複製時には、HBVゲノムから転写されたプレゲノムRNAを鋳型として、この領域の逆転写活性によりHBV DNAの(-)鎖が合成される。さらにこの(-)鎖を鋳型としてDNAポリメラーゼ活性によりHBV DNAの(+)鎖が合成される。
【0039】
「RNase H領域(RNase H region)」は、HBV-PolのC末端側に存在し、例えばジェノタイプCでは153個のアミノ酸で構成される。この領域は、HBV DNAの複製時に逆転写反応の鋳型として利用されたプレゲノムRNAを分解する活性を有する領域である。
【0040】
上記3領域以外にも、末端タンパク質領域と逆転写酵素領域間にスペーサー領域(Spacer region)が存在する。この領域は、HBV-Polの機能上、必須な領域ではない。
1-3.構成
本発明のHBV-Pol活性阻害剤は、HBV-Polにおける活性化部位のリン酸化を阻害するリン酸化阻害剤からなる。
【0041】
HBV-Polにおける活性化部位は、HBV-Polの末端タンパク質領域内に存在するTxYモチーフである。「TxYモチーフ」とは、T(スレオニン)残基、x(任意のアミノ酸残基である。例えば、リジン[K]、グルタミン酸[E]、プロリン[P]、及びグリシン[G]等のアミノ酸残基が挙げられる。)、及びY(チロシン)残基の3アミノ酸残基からなる保存配列である。HBV-Polでは、例えば、ジェノタイプCにおいては開始メチオニンを1位としたときに120位~122位の位置に存在する(図9A及びB)。ジェノタイプCには、末端タンパク質領域以外にもスペーサー領域内の284位~286位の位置にTxYモチーフ様配列が1つ存在する(図9A及びC)。しかし、後述の実施例の結果から、この配列はリン酸化されず、HBV-Polの活性には直接関与していない。したがって、活性化部位ではないと考えられる。
【0042】
末端タンパク質領域内のTxYモチーフにおけるT残基及びY残基がリン酸化されることでHBV-Polが活性化され、HBVの複製時におけるDNAポリメラーゼとして機能すると考えられる。したがって、本発明のHBV-Pol活性阻害剤は、TxYモチーフにおけるT残基及びY残基のリン酸化を阻害する効果を有する物質(リン酸化阻害剤)であればよい。そのようなリン酸化阻害剤には、例えば、TxYモチーフをリン酸化するキナーゼの触媒活性を阻害する物質や、TxYモチーフに結合してキナーゼとTxYモチーフとの結合を阻害する物質等が挙げられる。
【0043】
HBV-Pol活性阻害剤の標的となるキナーゼは、TxYモチーフにおけるT残基及び/又はY残基をリン酸化可能な限り、その種類は問わない。一般に、TxYモチーフは、ERK(Extracellular signal-Regulated Kinase)、p38、JNK(c-Jun N-terminal Kinase)等のMAPK(Mitogen-Activated Protein Kinase)ファミリーの活性化部位として知られている。このMAPK中のTxYモチーフをリン酸化してMAPKを活性化する因子がMAPKキナーゼ(MAPK Kinase:MAPKK)である。MAPKキナーゼには、MEK1(MAPKK1)、MEK2(MAPKK2)、MKK3(MAPKK3)、MKK4(MAPKK4)、MKK5(MAPKK5)、MKK6(MAPKK6)、及びMKK7(MAPKK7)等が含まれる。後述する実施例で示すように、HBV-PolもTxYモチーフがMAPKキナーゼによってリン酸化されて活性化すると考えられる。したがって、MAPKキナーゼは、本発明のHBV-Pol活性阻害剤の標的キナーゼとなり得る。
【0044】
本発明のHBV-Pol活性阻害剤が標的キナーゼの触媒活性を阻害するキナーゼ阻害物質で構成される場合、そのキナーゼ阻害物質は、MAPKキナーゼ阻害物質であればよい。MAPKキナーゼ阻害物質には、例えば、以下の式1で示すハイポセマイシン(Hypothemycin)、式2で示すトラメチニブ(Trametinib)、式3で示すPD98059、式4で示すPD184352、及び式5で示すU-126等が挙げられる。
【0045】
【化2】
【0046】
2.B型肝炎ウイルス複製阻害方法(HBV複製阻害方法)
本発明の第2の態様は、B型肝炎ウイルス複製阻害方法(HBV複製阻害方法)である。本発明の方法は、HBV-Polの末端タンパク質領域内に存在するTxYモチーフのスレオニン残基及びチロシン残基におけるリン酸化を阻害する工程(阻害工程)を含む。
【0047】
前記阻害工程は、HBVに感染した細胞に前記TxYモチーフにおけるスレオニン残基及びチロシン残基のリン酸化を阻害可能な物質を投与する工程である。そのような物質の具体例として、前記第1態様に記載のHBV-Pol活性阻害剤が挙げられる。特にMAPKキナーゼ阻害物質が好適である。例えば、前述の式1~式5で示す公知のMAPKキナーゼ阻害物質が挙げられる。
【0048】
前述のように、HBV-Polは、末端タンパク質領域内に存在するTxYモチーフのスレオニン残基及びチロシン残基のリン酸化により活性化すると考えられる。HBV-PolはHBVの複製に関与するため、TxYモチーフにおける両アミノ酸残基のリン酸化を阻害すれば、HBVの複製が阻害される。本発明は、このような機序に基づくHBV複製阻害方法である。
3.B型肝炎ウイルス複製阻害用組成物(HBV複製阻害用組成物)
3-1.概要
本発明の第3の態様は、B型肝炎ウイルス複製阻害用組成物(HBV複製阻害用組成物)である。本発明のHBV複製阻害用組成物は、第1態様に記載のHBV-Pol活性阻害剤、特にMAPキナーゼ阻害物質を必須の有効成分とし、HBVのゲノムDNAの複製を阻害してHBVの増殖を抑制できる。それ故、抗HBV用組成物として利用することができる。
3-2.構成
3-2-1.構成成分
本発明のHBV複製阻害用組成物の構成成分について説明をする。
(1)有効成分
本発明のHBV複製阻害用組成物は、必須の有効成分として第1態様に記載のHBV-Pol活性阻害剤、特にMAPKキナーゼ阻害物質を包含する。
【0049】
有効成分は、第1態様に記載のHBV-Pol活性阻害剤のみでもよいが、他の公知の抗HBV剤を2種以上組み合わせた組み合わせ組成物としてもよい。また、第1態様に記載のHBV-Pol活性阻害剤も1種のみならず、複数種、例えばハイポセマイシンとトラメチニブの2種を含んでいても構わない。
【0050】
前記公知の抗HBV剤は、特に限定はしないが、B型肝炎治療用核酸アナログ等は好適である。B型肝炎治療用核酸アナログには、例えば、エンテカビル(Entecavir:ETV)、ラミブジン(Lamivudine:LAM)、アデホビル(Adefovir)、テノホビル(Tenofovir)、テルビブジン(Telbivudine)、クレブジン(clevudine)等が挙げられる。いずれもHBVの逆転写酵素活性を阻害するHBV複製阻害用組成物である。後述する実施例8で示すように、第1態様に記載のHBV-Pol活性阻害剤は、エンテカビル、ラミブジン等のB型肝炎治療用核酸アナログとは作用機序が異なるため、両者の組み合わせによってHBV複製阻害に対する相乗効果を得ることができる。
【0051】
HBV複製阻害用組成物に含まれる有効成分の含有量は、特に限定はしない。一般に含有量は、有効成分の種類、剤形、並びに後述する他の構成成分である溶媒や担体の種類によって異なる。したがって、それぞれの条件を勘案して適宜定めればよい。単回適用量のHBV複製阻害用組成物に有効量の有効成分が含有されていればよい。ただし、有効成分の薬理効果を得る上で被験体にHBV複製阻害用組成物を大量に投与する必要がある場合には、被験体の負担軽減のために数回に分割して投与することもできる。この場合、有効成分の量は、総合量で有効量を含んでいればよい。「有効量」とは、有効成分としての機能を発揮する上で必要な量であって、かつそれを適用する被験体に対して有害な副作用をほとんど又は全く付与しない量をいう。この有効量は、被験体の情報、適用経路、及び適用回数等の様々な条件によって変わり得る。したがって、HBV複製阻害用組成物を医薬として使用する場合、有効成分の含有量は、最終的には、医師又は薬剤師等の判断によって決定される。
【0052】
本明細書において「被験体」とは、第1態様に記載のHBV-Pol阻害剤、本態様のHBV複製阻害用組成物、又は第4態様に記載のB型肝炎治療用組成物の適用対象物をいう。例えば、細胞(培養細胞を含む)、組織、器官、又は個体である。個体の場合、好ましくはヒト個体であり、B型肝炎感染者は特に好ましい。
【0053】
本明細書において、「被験体の情報」とは、被験体の特徴や状態に関する様々な情報である。例えば、被験体がヒト個体の場合には、年齢、体重、性別、全身の健康状態、疾患の有無、疾患の進行度や重症度、薬剤感受性、併用薬物の有無及び治療に対する耐性等が挙げられる。
(2)溶媒
本発明のHBV複製阻害用組成物は、必要に応じて薬学的に許容可能な溶媒中に溶解することができる。「薬学的に許容可能な溶媒」とは、製剤技術分野において通常使用する溶媒をいう。例えば、水若しくは水溶液、又は有機溶剤が挙げられる。水溶液には、例えば、生理食塩水、ブドウ糖又はその他の補助剤を含む等張液、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液が挙げられる。補助剤には、例えば、D-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム、その他にも低濃度の非イオン性界面活性剤、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等が挙げられる。有機溶剤には、エタノールが挙げられる。
(3)担体
本発明のHBV複製阻害用組成物は、必要に応じて薬学的に許容可能な担体を含むことができる。「薬学的に許容可能な担体」とは、製剤技術分野において通常使用する添加剤をいう。例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、充填剤、乳化剤、流動添加調節剤、滑沢剤、ヒト血清アルブミン等が挙げられる。
【0054】
賦形剤には、例えば、単糖、二糖類、シクロデキストリン及び多糖類のような糖、金属塩、クエン酸、酒石酸、グリシン、ポリエチレングリコール、プルロニック、カオリン、ケイ酸、又はそれらの組み合わせが挙げられる。
【0055】
結合剤には、例えば、植物デンプンを用いたデンプン糊、ペクチン、キサンタンガム、単シロップ、グルコース液、ゼラチン、トラガカント、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、セラック、パラフィン、ポリビニルピロリドン又はそれらの組み合わせが挙げられる。
【0056】
崩壊剤としては、例えば、前記デンプンや、乳糖、カルボキシメチルデンプン、架橋ポリビニルピロリドン、アガー、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、アルギン酸若しくはアルギン酸ナトリウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド又はそれらの塩が挙げられる。
【0057】
充填剤としては、ワセリン、前記糖及び/又はリン酸カルシウムが例として挙げられる。
【0058】
乳化剤としては、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルが例として挙げられる。
【0059】
流動添加調節剤及び滑沢剤としては、ケイ酸塩、タルク、ステアリン酸塩又はポリエチレングリコールが例として挙げられる。
【0060】
上記の他にも、必要であれば医薬組成物等において通常用いられる可溶化剤、懸濁剤、希釈剤、分散剤、界面活性剤、無痛化剤、安定剤、吸収促進剤、増量剤、付湿剤、保湿剤、湿潤剤、吸着剤、矯味矯臭剤、崩壊抑制剤、コーティング剤、着色剤、保存剤、防腐剤、抗酸化剤、香料、風味剤、甘味剤、緩衝剤、等張化剤等を適宜含むこともできる。
【0061】
担体は、被験体内で酵素等による前記有効成分の分解を回避又は抑制する他、製剤化や投与方法を容易にし、剤形及び薬効を維持するために用いられるものであり、必要に応じて適宜使用すればよい。
3-2-2.剤形
本発明のHBV複製阻害用組成物の剤形は、特に限定しない。被験体の体内で有効成分を失活させることなく目的の部位にまで送達される形態であればよい。
【0062】
具体的な剤形は、後述する適用方法によって異なる。適用方法は、非経口投与と経口投与に大別することができるので、それぞれの投与法に適した剤形にすればよい。
【0063】
例えば、投与方法が非経口投与であれば、好ましい剤形は、対象部位への直接投与又は循環系を介した全身投与が可能な液剤である。液剤の例としては、注射剤が挙げられる。注射剤は、前記賦形剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、pH調節剤等と適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化することができる。
【0064】
投与方法が経口投与であれば、好ましい剤形は、固形剤(錠剤、カプセル剤、ドロップ剤、トローチ剤を含む)、顆粒剤、粉剤、散剤、液剤(内用水剤、乳剤、シロップ剤を含む)が挙げられる。固形剤であれば、必要に応じて、当該技術分野で公知の剤皮を施した剤形、例えば、糖衣錠、ゼラチン被包錠、腸溶錠、フィルムコーティング錠、二重錠、多層錠にすることができる。
【0065】
なお、上記各剤形の具体的な形状、大きさについては、いずれもそれぞれの剤形において当該分野で公知の剤形の範囲内にあればよく、特に限定はしない。本発明のHBV複製阻害用組成物の製造方法については、当該技術分野の常法に従って製剤化すればよい。
3-2-3.適用方法
本発明のHBV複製阻害用組成物の適用方法は、経口投与でも、非経口投与でもよい。一般に経口投与法は全身投与であるが、非経口投与法は、さらに局所投与と全身投与に細分できる。局所投与には、例えば、筋肉内投与、皮下投与、組織投与、及び器官投与が該当し、全身投与には、循環器内投与、例えば、静脈内投与(静注)、動脈内投与及びリンパ管内投与が該当する。本発明のHBV複製阻害用組成物を局所投与する場合には、注射等で肝臓に直接投与すればよい。また、全身投与する場合には、静注等の循環器内に投与すればよい。投与量は、有効成分が奏効する上で有効な量であればよい。有効量は、前述のように被験体情報に応じて適宜選択される。
【0066】
また、本発明のHBV複製阻害用組成物は、他の2種以上の公知の抗HBV剤、特にB型肝炎治療用核酸アナログと併用することもできる。
4.B型肝炎治療用組成物
4-1.概要
本発明の第4の態様は、B型肝炎治療用組成物である。本発明のB型肝炎治療用組成物は、第1態様に記載のHBV-Pol活性阻害剤、特にMAPKキナーゼ阻害物質を必須の有効成分とし、HBV感染後のHBVの複製を阻害することでHBVの増殖を抑制し、B型肝炎を治療することができる。
【0067】
本明細書において「治療」とは、疾患の罹患に伴う症状の緩和又は除去、及び/又は疾患の進行の阻止又は抑制、並びに疾患の治癒をいう。本明細書において「疾患」とは、断りのない限り、B型肝炎を意味する。
4-2.構成
第3及び第4態様は、用途のみが異なる。すなわち、第3態様に記載のHBV複製阻害用組成物が宿主細胞内におけるHBVの複製阻害を目的とするのに対して、本態様のB型肝炎治療用組成物は、そのHBVの複製阻害を通して、B型肝炎感染者における治療を目的とする。したがって、本態様における基本構成は、第3態様のHBV複製阻害用組成物における「3-2.構成」に記載の内容と実質的に同一である。それ故、ここでは、その具体的な説明は省略する。
4-3.B型肝炎治療方法
本発明のB型肝炎治療用組成物を被験体に投与することで、B型肝炎を治療することができる。このようなB型肝炎治療用組成物を用いたB型肝炎治療方法は、B型肝炎治療用組成物の有効成分である第1態様に記載のHBV-Pol活性阻害剤、特にMAPキナーゼ阻害物質の活性を利用しており、それ故に、前記第2態様のHBV複製阻害方法と同様に、HBV-Polの末端タンパク質領域内に存在するTxYモチーフのスレオニン残基及びチロシン残基におけるリン酸化を阻害する工程(阻害工程)を含む。
5.B型肝炎ウイルスポリメラーゼ活性促進剤(HBV-Pol活性促進剤)
5-1.概要
本発明の第5の態様は、B型肝炎ウイルスポリメラーゼ活性促進剤(HBV-Pol活性促進剤)である。本態様のHBV-Pol活性促進剤は、第1態様のHBV-Pol活性阻害剤とは逆の作用効果を示すものであって、HBV-Polの末端タンパク質領域に存在する活性部位をリン酸化する化合物からなる。
【0068】
本発明のHBV-Pol活性促進剤によれば、HBVに感染した細胞に投与することで、HBV-Polを活性化し、宿主細胞内のHBV複製量を増大させることができる。
5-2.構成
本発明のHBV-Pol活性促進剤は、HBV-Polにおける活性化部位、すなわちTxYモチーフにおけるT残基及び/又はY残基をリン酸化する化合物からなる。
【0069】
HBV-Polは、末端タンパク質領域内のTxYモチーフのリン酸化によって活性化される。前述のようにTxYモチーフをリン酸化する化合物には、例えば、MAPKキナーゼが挙げられる。したがって、HBV-Pol活性促進剤はMAPKキナーゼで構成されていればよい。MAPKキナーゼの具体例としては、前述のようにMEK1(MAPKK1)、MEK2(MAPKK2)、MKK3(MAPKK3)、MKK4(MAPKK4)、MKK5(MAPKK5)、MKK6(MAPKK6)、及びMKK7(MAPKK7)等のMAPKKファミリーが挙げられる。なお、MAPKキナーゼは、変異を導入した恒常活性型MAPKキナーゼであってもよい。例えばヒトMEK1であれば218位と222位のセリン(S)をグルタミン酸(E)に置換した恒常活性型MEK1や218位と222位のセリン(S)をアスパラギン酸(D)に置換した恒常活性型MEK1が挙げられる。
6.B型肝炎ウイルス複製活性化剤
6-1.概要
本発明の第6の態様は、B型肝炎ウイルス複製活性化剤(HBV複製活性化剤)である。本態様のHBV複製活性化剤は、第5態様に記載のHBV-Pol活性促進剤を必須の有効成分とし、HBV感染後の宿主細胞内でのHBVゲノムDNAの複製を促進して、その増殖を増強できる。したがって、本発明のHBV複製活性化剤は、第3態様のHBV複製阻害用組成物とは逆の作用効果を有する。
【0070】
一般に、HBVは感染効率が極めて低く、効率的に感染する細胞は、ヒト肝細胞初代培養系、又はHepaRG系細胞に限られており、HBV感染効率が向上した株化細胞は存在しない。HBV感染細胞が限定されていることが、HBV感染の研究やB型肝炎治療用組成物の開発の遅延原因となっていた。本発明のHBV複製活性化剤を用いることで、HBVの増殖活性や感染効率を向上させることが可能となり、HBV感染の研究やB型肝炎治療用組成物の開発に寄与し得る。
6-2.構成
本発明のHBV複製活性化剤は、有効成分として第5態様に記載のHBV-Pol活性促進剤を包含する。
【0071】
有効成分は、第5態様に記載のHBV-Pol活性促進剤のみであってもよいが、他の公知のHBV増殖促進剤を2種以上組み合わせた組み合わせ組成物としてもよい。また、第5態様に記載のHBV-Pol活性促進剤も1種のみならず、複数種、例えばMEK1とMKK3の2種を含んでいても構わない。
【0072】
本発明のHBV複製活性化剤に含まれる有効成分の含有量は、第3態様のHBV複製阻害用組成物の有効成分含有量に準ずる。
7.B型肝炎ウイルス複製活性評価核酸(HBV複製活性評価核酸)
7-1.概要
本発明の第7の態様は、B型肝炎ウイルスにおける複製活性を評価することのできる核酸分子(HBV複製活性評価核酸)である。本発明のHBV複製活性評価核酸は、HBVのプレゲノムRNA(pgRNA)をコードする遺伝子の構造を模したレポーター遺伝子であって、pgRNAを鋳型としたHBV-Polの逆転写活性によるマイナス鎖DNAの合成量を定量できるように構築されている。
7-2.HBVの複製機構について
HBVのゲノムは、図1Aで示すようにプラス鎖((+)鎖)がマイナス鎖((-)鎖)に対して短く、それ故に、一部に一本鎖構造を有する約3.2Kbの不完全二本鎖環状DNA(relaxed circular DNA:rcDNA)を有する。HBVは、HBV特異的な未知のレセプターを介して宿主肝細胞内に侵入し、感染が成立した後、宿主細胞の核内で内在性のDNAポリメラーゼによって一本鎖部分が修復されて完全二本鎖DNA(covalently closed circular DNA:cccDNA)となる。このcccDNAの(-)鎖が鋳型となり、宿主細胞由来のRNAポリメラーゼII(RNA pol II)により、長さの異なる4種(3.5kb、2.4kb、2.1kb、及び0.7kb)のmRNAが合成される。このうち最長の3.5kb mRNAは、プレゲノムRNA(pgRNA)と呼ばれ、HBVゲノムDNAの鋳型となる。
【0073】
pgRNAの5’及び3’両末端には、図1Bで示すようにHBVカプシド形成シグナルであるイプシロン(RNA encapsidation signal epsilon:本明細書ではしばしば「ε」と表記する。)配列が存在する。HBV-Polは、このε配列と相互作用して、HBcが形成するヌクレオカプシド内に取り込まれる。ヌクレオカプシド内では、HBV-Polの逆転写領域による逆転写活性と末端タンパク質領域によるプライマー機能により、pgRNAを鋳型にHBVの(-)鎖DNAが合成される。逆転写後のpgRNAは、HBV-PolのRNase H領域のRNase H活性により5’末端の17塩基を残して速やかに分解される。
【0074】
(-)鎖DNA合成後に残ったプレゲノムRNAの5’末端は、(-)鎖DNAのダイレクトリピート2(Direct Repeat 2:本明細書では、しばしば「DR2」と表記する)に対合する。これをプライマーとして(-)鎖DNAを鋳型に(+)鎖DNAの合成が開始される。この合成は途中で停止し、ヌクレオカプシドが外被に包まれて細胞外に放出される。
7-3.構成
本発明のHBV複製活性評価核酸の構造の一例を図2Aで示す。HBV複製活性評価核酸は、HBVのレポーターpgRNA(図2B)をコードする遺伝子あり、その基本構成はHBVゲノムDNAに基づく。本発明のHBV複製活性評価核酸は、必須の構成要素として、HBVのpgRNAに由来するイプシロン配列(ε配列)、及びその3’末端側に位置し、イントロンを含む任意のレポーター配列を含む。また、選択的構成要素として、HBVのpgRNAに由来するダイレクトリピート1配列を含む。さらに、必要に応じてダイレクトリピート2配列、及び/又は別のイプシロン配列を含むこともできる。
【0075】
「ダイレクトリピート1(Direct Repeat 1:本明細書では、しばしば「DR1」と表記する)配列」は、例えばジェノタイプCでは配列番号9で示す11塩基からなる配列で、pgRNA上では図1Bで示すように5’末端側及び3’末端側の2カ所に存在する。本明細書では、5’末端側DR1配列、及び3’末端側DR1配列のそれぞれを第1DR1配列、及び第2DR1配列と表記する。
【0076】
「ダイレクトリピート2(Direct Repeat 2:本明細書では、しばしば「DR2」と表記する)配列」は、上記DR1配列と同じ配列番号10で示す11塩基からなる配列で、pgRNA上では図1Bで示すように後述する第1ε配列と前記第2DR1配列間に存在する。
【0077】
「イプシロン(ε)配列」は、pgRNA上では図1Bで示すようにDR1配列のすぐ下流に存在している。εはジェノタイプによって異なる塩基配列からなる。具体的には、ジェノタイプAは配列番号11で示される61塩基からなる塩基配列、ジェノタイプB~Fは配列番号12で示される61塩基からなる塩基配列、ジェノタイプGは配列番号13で示される61塩基からなる塩基配列、及びジェノタイプHは配列番号14で示される61塩基からなる塩基配列である。
【0078】
pgRNAにおいてε配列はセルフフォールディングによって図1Bで示すようなステム構造、バルジ構造、そしてループ構造からなる二次構造を形成している。前述のようにε配列は、HBVカプシド形成シグナルとして機能し、HBV-Polは、このε配列と相互作用してヌクレオカプシド内に取り込まれる。本明細書では、pgRNAにおいて、第1DR1配列の下流に位置するε配列を第1ε配列、そして第2DR1配列の下流に位置するε配列を第2ε配列と表記する。このうち第1ε配列はHBV複製の活性上、必須であることが本願実施例により明らかとなっている。
【0079】
HBV複製活性評価核酸におけるDR1配列、DR2配列、ε配列は、いずれのジェノタイプ由来の配列であってもよい。
【0080】
「レポーター配列」は、本発明のHBV複製活性評価核酸において特有の配列で、任意の塩基配列内にpre-mRNAスプライシングによって除去可能なイントロンを少なくとも1つ含んだ構造を有する。レポーター配列の塩基配列は特に限定されない。例えば、pgRNAの第1ε配列とDR2配列間に由来する塩基配列やpgRNAのDR2配列と第1DR1配列間に由来する塩基配列であってもよいし、任意の遺伝子配列であってもよい。またイントロンを含んだ塩基長も特に限定はしない。例えば、150塩基以上、200塩基以上、250塩基以上、300塩基以上、350塩基以上、400塩基以上あればよい。上限も限定はしないが、1000塩基以下、900塩基以下、800塩基以下、700塩基以下、600塩基以下、500塩基以下で足りる。レポーター配列内のイントロンの塩基長も特に限定はしないが、30塩基以上、40塩基以上、50塩基以上、60塩基以上、70塩基以上、80塩基以上、90塩基以上、100塩基以上、110塩基以上、120塩基以上、130塩基以上、140塩基以上、150塩基以上、160塩基以上、170塩基以上、180塩基以上、190塩基以上、又は200塩基以上、300塩基以下、290塩基以下、280塩基以下、270塩基以下、260塩基以下、又は250塩基以下の範囲内であればよい。
【0081】
HBV複製活性評価核酸から転写されるレポーターpgRNAは、図2Bに示すように全体としてpgRNAを模した構造を有する。例えば、レポーターpgRNAがε配列、及びDR1配列を含む場合、5’末端側からε配列(第1ε配列に相当)、及びDR1配列(第2DR1配列に相当)の順序で配置することができる。また、レポーターpgRNAがε配列及びDR1配列に加えて、DR2配列、及び別のε配列を含む場合、各配列は、5’末端側からε配列(第1ε配列に相当)、DR2配列、DR1配列(第2DR1配列に相当)、及び別のε配列(第2ε配列に相当)の順序で配置することができる。イントロンを含むレポーター配列の位置は、特に限定されないが、例えば、ε配列とDR1配列間(「第1ε/第2DR1配列」に相当)、ε配列とDR2配列間(「第1ε/DR2配列」に相当)、及び/又はDR2配列とDR1配列間(「DR2/第2DR1配列」に相当)に配置することができる。レポーター配列以外の前記第1ε/DR2配列、又はDR2/第2DR1配列には、スペーサー配列を含んでいてもよい。スペーサー配列の塩基配列は特に限定されない。また、それぞれの配列間のスペーサー配列は、塩基配列も塩基長も同じである必要はない。好適なスペーサー配列は、pgRNAにおいて同位置に存在する塩基配列である。例えば、第2DR1/第2ε配列は、pgRNAにおける第2DR1/第2ε配列と同じ塩基配列にすればよい。また、レポーター配列以外の第1ε/DR2配列、又はDR2/第2DR1配列についても同様にpgRNAにおけるそれと同じ塩基配列とすることができる。ただし、複製活性評価核酸では、それらの塩基配列をDNA変換する必要がある。すなわち塩基配列中のU(ウラシル)をT(チミン)に置換すればよい。
【0082】
HBV複製活性評価核酸は、後述する第8態様に記載のHBV複製活性評価ベクターのような適当な遺伝子発現系に組み込むことでその機能を発揮し得る。前述のように、HBVは、cccDNAの(-)鎖を鋳型として宿主細胞のRNA pol IIによりpgRNAを合成する。その後、HBVは、HBV-polの逆転写活性によって、合成されたpgRNAを鋳型にHBVの(-)鎖DNAを再合成する。本発明のHBV複製活性評価核酸も、宿主細胞内での発現時に鋳型となり、RNA pol IIによってレポーターpgRNA(図2B)が合成されるが、その際にpre-mRNAスプライシングによって、レポーター配列内のイントロンが除去(スプライスアウト)される(図2B)。その後、レポーターpgRNAを鋳型として、HBV-polの逆転写活性によって図2Cに示すDNAが合成される。本明細書においては、このレポーターpgRNAから逆転写反応によって合成されるDNAを、「レポーターマイナス鎖DNA」又は「レポーター(-)鎖DNA)」と称する。このレポーター(-)鎖DNAは、HBVの(-)鎖DNAに相当する。つまり、HBVの複製反応が進行した場合に限り、レポーター(-)鎖DNAが生じることになるため、レポーター(-)鎖DNAの合成量はHBV-Polの逆転写活性によりpgRNAを鋳型とした(-)鎖DNAの合成量を反映することとなる。ここで、HBV複製活性評価核酸には、レポーター配列内にイントロンが存在するのに対して、レポーター(-)鎖DNAのレポーター配列内にはイントロンが存在しない。それ故に、鋳型となったHBV複製活性評価核酸と新たに複製されたレポーター(-)鎖DNAは、イントロンの有無によって識別可能である。したがって、宿主細胞内のイントロンが除去されたレポーター配列を検出することによって、HBVの複製活性を定量することが可能となる。具体的には、後述するレポーターマイナス鎖DNA検出用プライマーペアを用いて検出することが可能である。
8.B型肝炎ウイルス複製活性評価ベクター(HBV複製活性評価ベクター)
8-1.概要
本発明の第8の態様は、B型肝炎ウイルスにおける複製活性を評価することのできるベクター(HBV複製活性評価ベクター)である。本発明のHBV複製活性評価ベクターは、第7態様に記載のHBV複製活性評価核酸を発現可能な状態で含む発現ベクターで構成される。このHBV複製活性評価ベクターは、後述する第9態様のHBV複製活性評価システムにおける中心的な発現ベクターであり、この発現ベクターから発現されるレポーターpgRNAの逆転写によって生じるレポーターマイナス鎖DNAを検出することで、HBVの複製活性を定量することが可能となる。
8-2.構成
本態様におけるHBV複製活性評価ベクターは、発現ベクターであり、必須の構成要素として、プロモーター及び、第7態様に記載のHBV複製活性評価核酸を含んでいる。
【0083】
「発現ベクター」とは、遺伝子や遺伝子断片を発現可能な状態で含み、その遺伝子等の発現を制御できる発現単位を包含するベクターをいう。本明細書において「発現可能な状態」とは、プロモーターの制御下にあるプロモーター下流域に、発現すべき遺伝子を配置していることをいう。本明細書においては第7態様に記載のHBV複製活性評価核酸を発現可能な状態で含むベクターをいう。ベクターには、プラスミドベクター、ウイルスベクター等が知られるが、いずれのベクターも利用することができる。通常は、遺伝子組換え操作の容易なプラスミドベクターで足りる。発現ベクターは、市販の哺乳動物細胞用発現ベクターを利用してもよい。例えば、Promega社のpCIベクターやpSIベクター等が挙げられる。また、発現ベクターは、哺乳動物細胞と大腸菌等の細菌間とで複製可能なシャトルベクターであってもよい。
【0084】
本態様のHBV複製活性評価ベクターにおけるプロモーターは、宿主細胞内で遺伝子発現誘導が可能なプロモーターである。HBV複製活性評価ベクターを導入する宿主細胞は、原則として哺乳動物細胞、特にヒト又はチンパンジー由来の細胞であることから、それらの細胞内で下流の遺伝子を発現できるプロモーターであればよい。例えば、CMVプロモーター(CMV-IEプロモーター)、SV40初期プロモーター、RSVプロモーター、EF1αプロモーター、Ubプロモーター等が挙げられる。
【0085】
HBV複製活性評価ベクターでは、第7態様に記載のHBV複製活性評価核酸がプロモーターの下流に発現可能な状態で配置されている。プロモーターが活性することで複製活性評価核酸の発現が誘導される。
【0086】
HBV複製活性評価ベクターは、上記必須の構成要素に加えて、エンハンサー、ターミネーター、マルチクローニングサイト、選抜マーカー、複製起点等を含んでいてもよい。
【0087】
HBV複製活性評価ベクターは、原則として哺乳動物細胞内では一過性発現で足りるため、哺乳動物細胞用の複製起点は不要である。しかし、HBV複製活性評価ベクターをシャトルベクターとして大腸菌等の細菌内で発現させる場合には、その複製起点が必須となる。複製起点は、公知の配列を利用することができる。例えば、大腸菌用の複製起点であればf1 origin等を利用すればよい。
9.B型肝炎ウイルス複製活性評価システム(HBV複製活性評価システム)
9-1.概要
本発明の第9の態様は、B型肝炎ウイルスにおける複製活性を評価することのできるシステム(HBV複製活性評価システム)である。本態様のHBV複製活性評価システムは、HBVの複製機構を模したアッセイ系で、第8態様に記載のHBV複製活性評価ベクターの他、いくつかの補助遺伝子を含む発現ベクターで構成される。それらの発現ベクターを宿主細胞に導入し、培養後、細胞内の第8態様に記載のHBV複製活性評価ベクター由来のレポーターpgRNAの逆転写によって生じるレポーターマイナス鎖DNAを検出、定量することによって、HBVの複製活性を数値化して評価することができる。
9-2.構成
HBV複製活性評価システムは、第8態様に記載のHBV複製活性評価ベクター、及びHBVのC遺伝子及びP遺伝子の発現ベクターを必須構成要素とし、HBVのX遺伝子の発現ベクター及びレポーターマイナス鎖DNA検出用プライマーペアを選択的構成要素とする。以下、HBV複製活性評価ベクター、HBc発現ベクター、HBV-P発現ベクター、HBx発現ベクター、そしてレポーターマイナス鎖DNA検出用プライマーペアのそれぞれの構成要素について説明をする。
【0088】
(1)HBV複製活性評価ベクター
HBV複製活性評価ベクターの構成は、第8態様に記載の通りである。したがって、ここでの具体的な説明は省略する。
【0089】
(2)HBc発現ベクター
「HBc発現ベクター」は、HBVにおけるC遺伝子を発現可能な状態で包含する発現ベクターである。「C遺伝子」はHBVのヌクレオカプシドを構成するコアタンパク質HBcをコードするHBVの複製に必須の遺伝子である。C遺伝子もジェノタイプによって異なる塩基配列からなる。例えば、HBV/AのHBc(本明細書では、しばしば「HBc/A」と表記する。他のジェノタイプについても同様とする。)は配列番号16で示すアミノ酸配列からなり、HBc/Bは配列番号17で示すアミノ酸配列からなり、HBc/Cは配列番号18で示すアミノ酸配列からなり、HBc/Dは配列番号19で示すアミノ酸配列からなり、HBc/Eは配列番号20で示すアミノ酸配列からなり、HBc/Fは配列番号21で示すアミノ酸配列からなり、HBc/Gは配列番号22で示すアミノ酸配列からなり、そしてHBc/Hは配列番号23で示すアミノ酸配列からなる。C遺伝子は、前記各HBcをコードする塩基配列で構成される。一例として、配列番号18で示すHBc/Cをコードする配列番号24で示す塩基配列からなるジェノタイプCのC遺伝子、又はそれに基づいて人工的に設計された配列番号25で示すヒトコドン最適化配列が挙げられる。
【0090】
HBc発現ベクターは、含有するC遺伝子を宿主細胞内で発現可能な発現ベクターであればよい。基本構成は、前記HBV複製活性評価ベクターに準じてよい。C遺伝子の発現に使用するプロモーターも、HBV複製活性評価ベクターと同様に、原則として哺乳動物細胞内で下流の遺伝子を発現誘導可能なプロモーターとする。また、市販の哺乳動物細胞用発現ベクターを利用することもできる。例えば、Promega社のpCIベクターやpSIベクター等が挙げられる。
【0091】
(3)HBV-P発現ベクター
「HBV-P発現ベクター」は、HBVにおけるP遺伝子を発現可能な状態で包含する発現ベクターである。「P遺伝子」は、前述のようにHBVのDNAポリメラーゼHBV-PolをコードするHBVの複製に必須の遺伝子である。前述のように、HBV-Polには、A~Hの8種のジェノタイプが知られており、それぞれのアミノ酸配列も配列番号1~8で示すように異なるが、HBV-P発現ベクターが含むP遺伝子はいずれのHBV-Polをコードする塩基配列で構成されていてもよい。一例として、配列番号26で示すHBV/C-PolをコードするP遺伝子の塩基配列、又はそれに基づいて人工的に設計された配列番号27で示すヒトコドン最適化配列が挙げられる。
【0092】
HBV-P発現ベクターは、含有するP遺伝子を宿主細胞内で発現可能な発現ベクターであればよい。基本構成は、前記HBV複製活性評価ベクターに準じてよい。P遺伝子の発現に使用するプロモーターも、HBV複製活性評価ベクターと同様に、原則として哺乳動物細胞内で下流の遺伝子を発現誘導可能なプロモーターとする。また、市販の哺乳動物細胞用発現ベクターを利用することもできる。例えば、Promega社のpCIベクターやpSIベクター等が挙げられる。
【0093】
(4)HBx発現ベクター
「HBx発現ベクター」は、HBVにおけるX遺伝子を発現可能な状態で包含する発現ベクターである。「X遺伝子」はHBVにおける他の遺伝子の転写をトランス活性化するタンパク質HBxをコードする遺伝子である。X遺伝子もジェノタイプによって異なる塩基配列からなる。例えば、HBV/AのHBx(本明細書では、しばしば「HBx/A」と表記する。他のジェノタイプについても同様とする。)は配列番号28で示すアミノ酸配列からなり、HBx/Bは配列番号29で示すアミノ酸配列からなり、HBx/Cは配列番号30で示すアミノ酸配列からなり、HBx/Dは配列番号31で示すアミノ酸配列からなり、HBx/Eは配列番号32で示すアミノ酸配列からなり、HBx/Fは配列番号33で示すアミノ酸配列からなり、HBx/Gは配列番号34で示すアミノ酸配列からなり、そしてHBx/Hは配列番号35で示すアミノ酸配列からなる。X遺伝子は、前記各HBxをコードする塩基配列で構成される。一例として、配列番号30で示すHBx/Cをコードする配列番号36で示す塩基配列、又はそれに基づいて人工的に設計された配列番号37で示すヒトコドン最適化配列が挙げられる。HBx発現ベクターは、HBV複製活性評価システムに必須の構成要素ではないが、HBxの存在により、HBc及びHBV-Polによる逆転写活性を促進することができるので、必要に応じてHBV複製活性評価システムに加えることができる。
【0094】
HBx発現ベクターは、含有するX遺伝子を宿主細胞内で発現可能な発現ベクターであればよい。基本構成は、前記HBV複製活性評価ベクターに準じてよい。X遺伝子の発現に使用するプロモーターも、HBV複製活性評価ベクターと同様に、原則として哺乳動物細胞内で下流の遺伝子を発現誘導可能なプロモーターとする。また、市販の哺乳動物細胞用発現ベクターを利用することもできる。例えば、Promega社のpCIベクターやpSIベクター等が挙げられる。
【0095】
なお、HBV複製活性評価ベクター、HBc発現ベクター、HBV-P発現ベクター、HBx発現ベクターの各発現ベクターに含まれる遺伝子は、それぞれが異なる発現ベクターに包含されていてもよいし、2以上の遺伝子が1つの発現ベクターに包含されていてもよい。例えば、1つの発現ベクターにC遺伝子及びP遺伝子が包含されている場合、C遺伝子及びX遺伝子が包含されている場合、P遺伝子及びX遺伝子が包含されている場合、C遺伝子、P遺伝子及びX遺伝子が包含されている場合が挙げられる。あるいは、HBV複製活性評価ベクターに、C遺伝子、P遺伝子、X遺伝子のいずれか一以上が包含されていてもよい。また、1つの発現ベクター内で2以上の遺伝子を発現させる場合、それぞれの遺伝子は、同一のプロモーター制御下に配置されていてもよいし、異なるプロモーター制御下に配置されていてもよい。例えば、1つの発現ベクターにC遺伝子及びP遺伝子が包含されている場合、C遺伝子とP遺伝子が同一のCMVプロモーター制御下に配置される場合や、C遺伝子がCMVプロモーター制御下に配置され、P遺伝子がSV40プロモーター制御下に配置される場合が挙げられる。
【0096】
(5)レポーターマイナス鎖DNA検出用プライマーペア
「レポーターマイナス鎖DNA検出用プライマーペア」は、前記HBV複製活性評価ベクターに含まれるレポーター配列中のイントロンの有無を核酸増幅法によって検出可能なように構成されている。プライマーペアの設計は、特に限定はしない。例えば、レポーターマイナス鎖DNA中のレポーター配列のみが増幅されるようにデザインしてもよい。
【0097】
レポーターマイナス鎖DNA中のレポーター配列、すなわちイントロンが除去されたレポーター配列のみが増幅されるようにデザインするためには、フォワードプライマー又はリバースプライマーのいずれか一方が、レポーター配列中のエクソン連結部位を跨ぐようにデザインすればよい。このときエクソン連結部位を伸長方向に2~3塩基跨ぐようにデザインすれば、非特異的増幅によるバックグラウンドを低下することができるので便利である。例えば、フォワードプライマーがエクソン連結部位を跨ぐようにデザインするのであれば、フォワードプライマーの3’末端側の2~3塩基のみを下流のエクソンの5’末端の2~3塩基となるようにデザインすればよい。
【0098】
なお、HBV複製活性評価ベクター、HBc発現ベクター、HBV-P発現ベクター、及びHBx発現ベクターを構成する各HBV由来の遺伝子のジェノタイプは、任意のジェノタイプの組合せでもよいが、同一ジェノタイプの遺伝子を用いることが好ましい。例えば、HBV複製活性評価ベクターに包含される複製活性評価核酸がジェノタイプCであった場合、HBc発現ベクターに包含されるC遺伝子、HBV-P発現ベクターに包含されるP遺伝子、及びHBx発現ベクターに包含されるX遺伝子のそれぞれは、異なるジェノタイプ由来であってもよいが、複製活性評価核酸と同じジェノタイプCであることが好ましい。
【0099】
本発明のHBV複製活性評価システムは、キットとして利用することもできる。その場合、上記必須構成要素や選択的構成要素の他に、DNA抽出試薬、核酸増幅用試薬、スピンカラム、及び使用説明書等を含んでいてもよい。
10.B型肝炎ウイルス複製活性評価方法(HBV複製活性評価方法)
10-1.概要
本発明の第10の態様は、B型肝炎ウイルスにおける複製活性を評価するための方法(HBV複製活性評価方法)である。本発明のHBV複製活性評価方法によれば、感染性のあるHBVウイルスを使用することなく、ヒト以外の哺乳動物由来の、また肝細胞以外の様々な細胞を利用して、安全、安価かつ迅速に、ハイスループットでHBVの複製を解析することができる。
10-2.方法
本態様におけるHBV複製活性評価方法は、必須の工程として導入工程、培養工程、抽出工程、及び検出工程を含む。以下、それぞれの工程について説明をする。
(1)導入工程
「導入工程」は、第9態様に記載のHBV複製活性評価システムにおけるHBV複製活性評価ベクター及び各発現ベクターを宿主細胞内に導入する工程である。本工程で、HBV複製活性の評価が可能な細胞系が調製される。
【0100】
導入すべき必須の発現ベクターは、HBV複製活性評価ベクター、HBc発現ベクター、及びHBV-P発現ベクターであり、HBx発現ベクターは、必要に応じて導入すればよい。発現ベクターの導入比率は、限定しないが、C、P、及びX遺伝子間では、C遺伝子が最も多く、次いでP遺伝子、そしてX遺伝子となるようにすることが好ましい。一例として、C:P:X=9:3:1の比率が挙げられる。またHBV複製活性評価核酸と他の遺伝子の導入比率も限定はしないが、HBV複製活性評価核酸は最多であることが好ましい。例えば、HBV複製活性評価核酸:C+P+X=1:1の比率が挙げられる。
【0101】
宿主細胞は、哺乳動物細胞であればよい。好ましくはHBVの宿主であるヒト又はチンパンジー由来の細胞である。由来細胞種は問わない。HBVの感染細胞である肝細胞以外の各種器官や組織由来の細胞を利用することができる。また宿主細胞は、細胞株系又は初代培養細胞系のいずれであってもよい。宿主細胞の具体例としては、HeLa細胞、HEK293細胞、NIH3T3細胞、CHO細胞等が挙げられる。
【0102】
各発現ベクターの宿主細胞への導入方法は、特に限定はしない。Green & Sambrook、2012、Molecular Cloning: A Laboratory Manual Fourth Ed.、Cold Spring Harbor Laboratory Press、Cold Spring Harbor、New York等に記載された当該分野で公知の遺伝子導入方法(形質転換方法)を用いればよい。例えば、リポフェクチン法(PNAS、1989、86: 6077;PNAS、1987、84: 7413)、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法(Virology、1973、52: 456-467)、DEAE-Dextran法等を利用して導入すればよい。
(2)培養工程
「培養工程」は、導入後の宿主細胞を培養する工程である。本工程では、導入した発現ベクターよりHBc、HBV-Pol、及びHBxの各種タンパク質を発現させて、HBV複製活性評価核酸に由来するレポーターpgRNAを逆転写することで、細胞内にレポーターマイナス鎖DNAが生産されるようにする工程である。
【0103】
本工程で用いる培地は、細胞培養において一般的に用いられる当該分野で公知の培地であればよい。通常は、標準細胞培養用培地で足りる。ここでいう「標準細胞培養用培地」とは、主として哺乳動物由来の様々な種類の細胞の培養に用いられる汎用性の高い基本培地をいう。具体的には、例えば、イーグルMEM(Eagle Minimum Essential Medium)、DMEM(Dulbecco's Modified Eagle Medium)、ハムF10(Ham's Nutrient Mixture F10)培地、ハムF12(Ham's Nutrient Mixture F12)培地、M199培地、高性能改良199培地(High Performance Medium 199)、RPMI-1640(Roswell Park Memorial Institute-1640)培地、DMEM/F12(Dulbecco's Modified Eagle Medium/ Ham's Nutrient Mixture F12)培地が挙げられる。DMEM/F12培地の場合、その混合比率は、特に制限しない。好ましくは、構成成分の重量濃度比でDMEMとF12を6:4~4:6の範囲で混合すればよい。
【0104】
標準細胞培養用培地の具体的な組成については、当該分野で公知であり、それ故、適当な文献(例えば、Kaech S. and Banker G., 2006, Nat. Protoc., 1(5): 2406-2415)に記載の組成に基づいて調製すればよい。又は、Thermo Fisher Scientifics社, Wako Pure Chemical Industries社等の各メーカーで市販の培地を用いてもよい。
【0105】
本工程で細胞を培養する方法は、宿主細胞の種類及び由来に応じた当該分野で公知の培養方法で行えばよい。通常は、細胞を細胞培養用培地に播種した後、5%CO2下、37℃で培養すれば足りる。
【0106】
培養期間は、宿主細胞の種類及び由来に応じて多少異なるが、本工程の上記目的を達成するためには、通常12時間~72時間、好ましくは24時間~48時間でよい。
(3)抽出工程
「抽出工程」は、培養工程後の宿主細胞からDNAを抽出する工程である。本工程では、宿主細胞からHBV複製活性評価核酸に由来するレポーターpgRNAの逆転写によって合成されたレポーターマイナス鎖DNAを含むDNAを抽出することを目的とする。
【0107】
DNAの抽出方法は、培養細胞からDNAを抽出する当該分野で公知の方法を用いればよい。例えば、Green & Sambrook(前述)に記載の方法で抽出すればよい。また、各メーカーで市販されている哺乳動物細胞からの核酸抽出キット等利用することもできる。
(4)検出工程
「検出工程」は、抽出工程で得られたレポーターマイナス鎖DNAにおけるイントロンが除去されたレポーター配列を検出する工程である。本工程で、イントロンが除去されたレポーター配列を検出し、定量することによって、HBV複製活性を定量解析することができる。
【0108】
抽出工程で得られたDNAには宿主細胞のゲノムDNA、導入工程で導入したHBV由来の各種遺伝子やHBV複製活性評価核酸、そしてHBV複製活性評価核酸由来のレポーターpgRNAの逆転写によって合成されたレポーターマイナス鎖DNA等が混在している。本工程では、このうちレポーターマイナス鎖DNAのイントロンが除去されたレポーター配列のみが特異的に検出される。
【0109】
検出方法は、レポーターマイナス鎖DNAのイントロンが除去されたレポーター配列を検出できる方法であれば、特に限定はしない。例えば、プライマーペアを用いてレポーター配列を増幅する核酸増幅法や、プローブを用いてエクソンの連結部位を検出するハイブリダイゼーション法が挙げられる。
【0110】
(4-1)核酸増幅法
「核酸増幅法」とは、プライマーペアを用いて、標的核酸の特定の領域を核酸ポリメラーゼによって増幅させる方法をいう。例えば、PCR法、NASBA法、ICAN法、LAMP(登録商標)法(RT-LAMP法を含む)が挙げられる。好ましくはPCR法である。特に、抽出工程で得られたDNA中に存在するレポーターマイナス鎖DNAの量を測定する場合、リアルタイムPCR法のような定量的核酸増幅法を用いることが望ましい。
【0111】
プライマーペアは、上記のレポーターマイナス鎖DNA検出用プライマーペアを用いればよい。レポーターマイナス鎖DNA中のレポーター配列のみが増幅されるプライマーペアが好ましい。
【0112】
リアルタイムPCRの反応条件は、当該分野で公知の方法を用いればよく、Green & Sambrook(前述)に記載の方法を参考にすればよい。一般には、公知のPCR法を基礎として、増幅する核酸断片の塩基長及び鋳型用核酸の量、並びに使用するプライマーの塩基長及びTm値、使用する核酸ポリメラーゼの至適反応温度及び至適pH等により変動するため、これらの条件に応じて適宜定めればよい。一例として、通常、変性反応を94~95℃で5秒~5分間、アニーリング反応を50~70℃で10秒~1分間、伸長反応を68~72℃で30秒~3分間行い、これを1サイクルとして15~40サイクルほど繰り返し、最後に68~72℃で30秒~10分間の伸長反応を行うことができる。市販のキットを使用する場合には、原則としてキットに添付のプロトコルに従って行えばよい。
【0113】
リアルタイムPCRで用いられる核酸ポリメラーゼは、DNAポリメラーゼ、特に熱耐性DNAポリメラーゼである。このような核酸ポリメラーゼは、様々な種類のものが市販されており、それらを利用することもできる。
【0114】
(4-2)ハイブリダイゼーション法
「ハイブリダイゼーション法」とは、検出すべき標的核酸の塩基配列の全部又は一部に相補的な配列を有する核酸断片をプローブとして用い、その核酸と該プローブ間の塩基対合を利用して、標的核酸若しくはその断片を検出、定量する方法である。ハイブリダイゼーション法には検出手段の異なるいくつかの方法が知られているが、標的核酸のレポーターマイナス鎖DNAがDNAであることから、例えば、サザンハイブリダイゼーション法、RNAマイクロアレイ法、表面プラズモン共鳴法又は水晶振動子マイクロバランス法が好適である。
【0115】
「サザンハイブリダイゼーション法」は、DNAを解析する最も一般的な方法である。試料より抽出したDNAを変性条件下でアガロースゲル若しくはポリアクリルアミドゲル等による電気泳動によって分離し、フィルターに転写(ブロッティング)する。その後、標的DNA特異的な塩基配列に相補的な配列を含むプローブを用いて、その標的DNAを検出する。プローブを蛍光色素や放射性同位元素のような適当なマーカーで標識することで、例えば、ケミルミ(化学発光)撮影解析装置(例えば、ライトキャプチャー;アトー社)、シンチレーションカウンター、イメージングアナライザー(例えば、FUJIFILM社:BASシリーズ)等の測定装置を用いて標的DNAを定量することも可能である。サザンハイブリダイゼーション法は、当該分野において周知著名な技術であり、例えば、Green, M.R. and Sambrook, J.(前述)を参照すればよい。
【0116】
プローブは、レポーターマイナス鎖DNA中のレポーター配列のみにハイブリダイズするプローブや、イントロンに特異的にハイブリダイズするプローブと一方のエクソンのみ又はレポーター配列全体にハイブリダイズするプローブの組み合わせ等を利用できるが、前者のプローブが好ましい。レポーターマイナス鎖DNA中のレポーター配列のみにハイブリダイズするプローブとして、例えば、レポーター配列においてmRNA-スプライシング後のエクソン連結部に相補的な塩基配列を有し、ストリンジェントな条件下では一方のエクソンのみにハイブリダイズできないように塩基配列をデザインすればよい。
【実施例0117】
<実施例1:HBV複製活性評価方法の確立>
(目的)
感染性のあるHBVを用いることなく、一般的な細胞を使用してHBVのゲノム複製を短時間で可視化、及び数値化できる安全、安価、かつ迅速なHBV複製活性評価方法を構築する。(方法)
(1)HBV複製活性評価ベクター(pBB-intron)の作製
ジェノタイプCのHBV pgRNAにおける第1DR1配列及び第1ε配列を含む5'末端の99塩基(HBV pgRNAの32位~130位に相当)と、DR2配列、第2DR1配列及び第2ε配列を含む3'末端の349塩基(HBV pgRNAの3013位~3215位及び1位~146位に相当)の間、すなわち第1ε/DR2配列(HBV pgRNAの131位~3012位に相当)を、イントロンを含む320塩基のレポーター配列と置換して、本発明の第7態様に記載の配列番号15で示すHBV複製活性評価核酸を作製した(図2A)。このレポーター配列は、pCRE-MetLuc2ベクター(Clontech社)の483部位~453部位(31塩基対)、pCIベクター(Promega社)の857部位~989部位(133塩基対)及びpCRE-MetLuc2ベクターの452部位~337部位(116塩基対)の塩基配列に由来する。
【0118】
作製したHBV複製活性評価核酸の上流にCMVプロモーター(742塩基対)及びTATA-box(46塩基対)を、下流には合成polyAシグナル配列(49塩基対)挿入し、これら全ての配列をpCIベクターのバックボーン(ファージf1オリジン、アンピシリン耐性遺伝子及び複製起点のみを含む)に挿入して本発明の第8態様に記載のHBV複製活性評価ベクターであるpBB-intronを作製した(図3A)。
【0119】
このHBV複製活性評価ベクターを宿主細胞に導入すると、宿主細胞のRNA-pol IIによってmRNAが合成される。このmRNAは、pre-mRNAとして合成された後、レポーター配列中のイントロンが宿主細胞内でpre-mRNAスプライシングによって直ちに除去される。イントロンがスプライスアウトされた成熟mRNAがレポーターpgRNAに相当する(図2B)。レポーターpgRNAは、次述のHBV-P発現ベクター、HBc発現ベクター、そしてHBx発現ベクターから発現されるHBV-Pol、HBc、及びHBxの働きによって逆転写されることによって、元のHBV複製活性評価ベクターのレポーター配列とは異なる、すなわちイントロンが除去されたレポーター配列を含むレポーターマイナス鎖DNAが合成される(図2C)。
(2)HBV-P発現ベクターの(pCI-HBV-P)作製
HBVの配列番号26で示すP遺伝子に基づいて人工的に設計された配列番号27で示す配列をpCIベクター(Promega社)のCMVプロモーター制御下に挿入して本発明の第8態様に記載のHBV-P発現ベクターであるpCI-HBV-Pを作製した(図3B)。
(3)HBc発現ベクター(pCI-HBc)の作製
HBVの配列番号24で示すC遺伝子に基づいて人工的に設計された配列番号25で示す配列をpCIベクター(Promega社)のCMVプロモーター制御下に挿入して本発明の第8態様に記載のHBV-C発現ベクターであるpCI-HBcを作製した(図3C)。
(4)HBx発現ベクター(pCI-HBx)の作製
HBVの配列番号36で示すX遺伝子に基づいて人工的に設計された配列番号37で示す配列をpCIベクター(Promega社)のCMVプロモーター制御下に挿入して本発明の第8態様に記載のHBx発現ベクターであるpCI-HBxを作製した(図3D)。
(5)HBV複製活性評価方法
HeLa細胞にHBV複製活性評価ベクターと、HBV-P発現ベクター、HBc発現ベクター及びHBx発現ベクターを様々な組み合わせで導入した(導入工程)。組み合わせのパターンは、図4Aに記載の通りである。HeLa細胞への遺伝子導入には、エレクトロポレーション法を用いた。エレクトロポレーターNepa21(ネッパジーン社)により、10 μgのDNAを125V/2.5ms plus lengthの条件で、約1×106個のHeLa細胞に導入した。HBc発現ベクター:HBV-P発現ベクター:HBx発現ベクターの比率は9:3:1とし、組み合わせにより導入しない発現ベクターがある場合には、その導入しない発現ベクターと同比率の空ベクター(pCI)を導入した。HBV複製活性評価ベクターと他の発現ベクターの総和の比率は、1:1(5μg:5μg)とし、導入しない発現ベクターについては、その比率分のpCIを導入した。
【0120】
さらに、逆転写されたレポーターマイナス鎖DNAの量が、細胞内におけるHBc、HBV-Pol、及びHBxの機能を反映しているか否かを確認するために、HBc/HBV-P/HBxの各発現ベクターの比率(HBc:HBV-P:HBx=9:3:1)を変えずに、HBV複製活性評価ベクター:HBc/HBV-P/HBx発現ベクターの比率を1:O(5μg:pCI 5μg)、1:O.004(5μg:0.02μg)、1:O.016(5μg:0.08μg)、1:0.062(5μg:0.31μg)、1:0.25(5μg:1.25μg)、及び1:1(5μg:5μg)と段階的に変化させた際の、逆転写反応への影響をレポーターマイナス鎖DNA量により解析した。
【0121】
遺伝子導入後のHeLa細胞は、2mLの10% FBS添加したDMEMで5% CO2存在下にて37℃で48時間培養した(培養工程)。
【0122】
培養後、HeLa細胞からをDNeasy Mini(Qiagen社)用いてDNAを抽出した。プライマーには、配列番号38で示す塩基配列からなるフォワードプライマーと配列番号39で示す塩基配列からなるリバースプライマーのプライマーペアを用いた。このフォワードプライマーは3'末端の2塩基が下流側のエクソンにおける5’末端の2塩基に一致するが、イントロンの5’末端の2塩基とは一致しない。したがって、イントロンが除去されたレポーター配列を有するレポーターマイナス鎖DNAが存在する場合にのみプライマーとして機能し、レポーターマイナス鎖DNAを鋳型として131塩基のDNA断片が増幅される。
【0123】
また、図4Aに記載の組み合わせで各発現ベクターを導入した細胞由来のDNAについて、PCR後のPCR産物を2%アガロースゲルで泳動分離し、エチジウムブロマイドで染色した。
【0124】
さらに、検量線の作成のために、HBc:HBV-P:HBxの各発現ベクターの比率が9:3:1、かつHBV複製活性評価ベクター:HBc/HBV-P/HBx発現ベクターの比率が1:1となるように、導入したHeLa細胞由来のDNAを段階希釈して、鋳型DNAを調製し、リアルタイムPCRを行った。
(結果)
図4に実施例1の結果を示す。
【0125】
Aは、各組み合わせで発現ベクターを導入した細胞に由来するPCR産物を2%アガロースゲル電気泳動後、エチジウムブロマイドで染色した結果である。CはC遺伝子を含むHBc発現ベクターを、PはP遺伝子を含むHBV-P発現ベクターを、そしてXはX遺伝子を含むHBx発現ベクターを示す。+はHeLa細胞への導入を、‐は未導入を示す。レポーターマイナス鎖DNAに由来する131bpのPCR産物は、HBc発現ベクター及びHBV-P発現ベクターを導入したときにのみ認められた。よって、pgRNAの逆転写には、HBc及びHBV-Polが必須であることが明らかとなった。また、HBxは、pgRNAの逆転写に必須ではないものの、HBcとHBV-Polによる逆転写を著しく促進することが確認された。
【0126】
Bは、段階希釈したDNAのリアルタイムPCRの結果により作成した検量線である。この図が示すように、R2=0.9996の精密な検量線が得られ、逆転写されたレポーターマイナス鎖DNAの量はリアルタイムPCRによって定量可能であることが立証された。
【0127】
Cは、リアルタイムPCRとBの検量線を用いた定量解析結果である。上記Aで用いたDNAサンプルをリアルタイムPCRで増幅した後、上記Bで示す検量線で定量解析した結果である。Aのアガロースゲル電気泳動による解析結果とほぼ同様の結果が得られた。
【0128】
Dは、HBVタンパク質(HBc、HBV-P、HBx)の発現量とHBV DNA複製、すなわちレポーターマイナス鎖DNAの量との相関を示す図である。pgRNAの逆転写は、HBVタンパク質の発現量に従って指数関数的に増加した。この結果から、本発明のHBV複製活性評価システムを用いたHBV複製活性評価方法によれば、宿主細胞内のHBVタンパク質の働きを反映し、逆転写の活性、すなわち複製の活性を測定し、定量化できることが明らかとなった。
<実施例2:エンテカビルを用いたHBV複製活性評価方法の検証>
(目的)
本発明のHBV複製活性評価システムを用いて、既存の抗HBV薬であるエンテカビルの効果を検証する。
(方法)
実施例1に記載のHBV複製活性評価方法に準じて、HeLa細胞にHBV複製活性評価ベクターと、HBV-P発現ベクター、HBc発現ベクター及びHBx発現ベクターを導入した。HBc:HBV-P:HBxの各発現ベクターの導入比率は9:3:1とし、HBV複製活性評価ベクターとHBc+HBV-P+HBxの発現ベクターの導入比率は、1:1(5μg:5μg)とした。導入工程後のHeLa細胞に2mLの10% FBS添加したDMEMを加え、0.1mL/wellで96 well-plateに分注した後、各培地に0.04μM/well、0.08μM/well、0.16μM/well、0.31μM/well、0.63μM/well、1.25μM/well、2.50μM/well、及び5.00μM/wellのエンテカビルを加え、5%CO2存在下にて37℃で24時間培養した。エンテカビルは、強力な核酸アナログ製剤であり、HBV-Polに作用して逆転写を阻害することが知られている(Billich A., 2001, Curr Opin Investig Drugs., 2(5):617-21)。
【0129】
培養後、各ウェルに2% NP-40/Proteinase Kを加えてHeLa細胞からDNAを抽出し、実施例1の方法に準じてリアルタイムPCRを行った。
(結果)
リアルタイムPCRで増幅した後、実施例1で作成した検量線(図4B)でレポーターマイナス鎖DNAを定量解析した結果を図5に示す。レポーターマイナス鎖DNAは、エンテカビルの濃度に依存してその量を減じた。この結果は、エンテカビルの濃度依存的にHBV DNAの複製が阻害されたことを示唆している。したがって、本発明のHBV複製活性評価システムを用いることで、感染性を有するHBV粒子を使用することや、またHBVを産生することなく、従来法に比して24時間という極めて短時間にHBVの複製過程を定量化できることが立証された。
<実施例3:HBVの複製を選択的に阻害する糸状菌由来天然化合物の探索>
(目的)
本発明のHBV複製活性評価システムを用いて、HBVの複製を阻害する新規の抗HBV化合物を探索する。
(方法)
(1)抗HBV活性を有する天然化合物の探索
本発明のHBV複製評価システムを用いて、糸状菌培養抽出物ライブラリー(ExMyco:ハイファジェネシス社)から抗HBV活性を有する天然化合物の探索を実施した。
【0130】
HeLa細胞にHBV複製活性評価ベクター、及びHBV-P、HVc及びHBxの各発現ベクターを実施例2に記載のHBV複製活性評価方法に記載の比率で導入後、0.25%の糸状菌培養n-ブタノール抽出物を添加した培養液を含む96ウェルプレートで5%CO2下にて37℃で培養した。24時間後に培養液にWST-8(Nacalai社)を添加して、さらに2時間培養し、吸光度450nm/650nmの測定により細胞生存率を評価した。
【0131】
培養液を除去した後、50μLのBuffer A(10mM HEPES、1.5mM MgCl2、10mM KCl、0.5mM DTT、0.05% NP40、pH7.9)処理によって細胞質中のDNAを回収し、実施例1の方法に準じてリアルタイムPCRを実施した。800抽出物(200株、4培養液)の一次スクリーニングの結果、HBV DNAの複製(逆転写)を25%以上阻害し、細胞障害活性が80%以下の162抽出物を一次ヒットとして選択した。
【0132】
次に、一次ヒットした162抽出物を段階希釈して評価系に添加し、抗HBV活性と細胞障害活性を比較検討した結果、4種類の培地(GP培地、MV8培地、KGC培地、SC培地)いずれで培養しても濃度依存的にHBV DNAの複製を阻害し、細胞障害活性は示さない抽出物を産生する1糸状菌株(FA233株)が得られた。さらに、このFA233株をKGC培地で大量培養し、シリカゲルクロマトグラフィー及びHPLCを用いて抗HBV活性を有する化合物を単離した後、その化合物を段階希釈して抗HBV活性と細胞障害活性について再検証した。
(結果)
図6に結果を示す。前記化合物は、HBV DNAの複製を濃度依存的に阻害した(図6A)。しかし、ゲノムDNA (G3PDH exon8)やミトコンドリアDNA (ND5)の量には影響しなかった(図6B,C)。そこで、この化合物をHBV DNAの複製阻害剤として選択した。
<実施例4:HBV DNA複製阻害剤の同定>
(目的)
実施例3で得られたHBV DNA複製阻害剤の化学構造を同定する。
(方法)
NMR試料を10mg/CDCl3 35mm heightで約0.4 mL調製した。続いて、各種NMR(H-1, C-13, DEPT, COSY, HSQC, HMBC, 及びNOESY)をJEOL ECA 500(JEOL RESONANCE社)にて測定した。
(結果)
NMRの測定結果及び参考文献に記載の文献値との比較結果を表1に示す。表中、litは、参考文献(Agatsuma T., et al. 1993, Chem. Pharm. Bull., 41: 373-375)を意味する。
【0133】
【表1】
【0134】
各種NMR測定データからシグナルの帰属を行った結果、上記文献に記載のハイポセマイシンの帰属との一致(C-13で0.1以下、H-1で0.04以下)を示した。したがって、実施例3で得られた化合物は、式1で示すハイポセマイシン(Hypothemycin)であると結論付けた。
【0135】
【化3】
【0136】
<実施例5:MAPKキナーゼ阻害物質によるHBV複製阻害効果の検証>
(目的)
実施例4でHBV DNA複製阻害剤として同定されたハイポセマイシンは、古典的MAPK経路で重要な役割を担うMEK、すなわちMAPK/ERKキナーゼ(MAPKK)の阻害剤として知られている(Fukazawa H, et al., 2010, Biol Pharm Bull., 33(2):168-73)。しかしながら、MAPKK阻害剤に抗HBV薬としての薬効があることは、これまで全く知られていない。
【0137】
そこで、ハイポセマイシンによるHBV DNA複製の阻害活性を再検証すると共に、他の公知のMAPKK阻害剤もハイポセマイシンと同様にHBV複製阻害活性を有するかを本発明のHBV複製活性評価システムを用いて検証する。
(方法)
HeLa細胞にHBV複製活性評価ベクター、及びHBV-P、HBc及びHBxの各発現ベクターを実施例2に記載のHBV複製活性評価方法の比率で導入後、MAPKK阻害剤を5μM添加して、5%CO2下にて37℃で培養した。MAPKK阻害剤には、ハイポセマイシンの他、PD98059、PD184352、及びトラメチニブの4種を用いた。また、MAPKK阻害剤無添加を陰性対照とし、MAPKK阻害剤ではないが、抗HBV薬として公知のエンテカビルをHBV複製阻害活性の陽性対照として、5μM添加し、同条件で培養した。24時間後に培養液から実施例1に記載の方法に準じてDNAを抽出し、リアルタイムPCRを行った。
(結果)
図7に結果を示す。検討した4種のMAPKK阻害剤は、いずれも5μMの濃度で有意なHBV DNA複製阻害活性を示した。この結果から、MAPKK阻害剤が抗HBV薬として有効であるという新規知見が確認された。
<実施例6:MAPKキナーゼのHBV DNA複製に対する作用効果>
(目的)
実施例5の結果からMAPKK阻害剤がHBV DNA複製阻害活性を有することが明らかとなった。この結果は、MAPKキナーゼ活性がHBV DNA複製において重要な役割を担っていることを強く示唆している。そこで、MAPKキナーゼのHBV DNA複製に対する影響について検証する。
(方法)
細胞内で様々なヒトMEK1を強制発現させてMAPKキナーゼのHBV DNA複製に対する影響を検証した。具体的には、HeLa細胞に実施例2に記載のHBV複製活性評価方法の比率でHBV複製活性評価ベクター、及びHBV-P、HBc及びHBxの各発現ベクターを導入すると共に、野生型(Wild type:「Wt」と表記)、恒常的活性型(S218E/S222E:「2E」と表記、S218D/S222D:「2D」と表記)、又はドミナントネガティブ変異型(K97A/S222A:「2A」と表記)の各種ヒトMEK1発現ベクターをそれぞれ導入した。各種発現ベクターを導入後、5%CO2下にて37℃で培養した。培養24時間後に各培養液から実施例1に記載の方法に準じてDNAを抽出し、リアルタイムPCRを行い、MAPKキナーゼ(MEK)の発現によるHBV DNA量、ゲノムDNA量、ミトコンドリアDNA量に及ぼすMEK1発現の影響を検証した。
(結果)
図8に結果を示す。恒常的活性型ヒトMEK1を強制発現させた細胞(2D、2E)では、HBV複製が10倍近く促進されることが明らかとなった(図8A)。特に恒常的活性型の2Dでは45倍以上も促進された。一方、ヒトMEKの強制発現は、ゲノムDNA(図8B)及びミトコンドリアDNA(図8C)の量には影響しなかった。さらにレポーターpgRNAや宿主mRNA(G3PDH)の転写にも影響を与えなかった。
【0138】
以上の結果から、宿主細胞内のMEK活性がHBV DNAの複製に重要であることが確認された。
<実施例7:MAPKキナーゼによるHBVタンパク質のリン酸化>
(目的)
MAPKキナーゼがHBV DNAの複製を促進する機序を解明するために、MAPKキナーゼ活性がのHBV DNAの複製のどこで作用しているかを検証する。
(方法)
MAPKキナーゼであるMEKは、古典的MAPKシグナル伝達経路において重要な役割を果たすリン酸化酵素である。MEKの基質であるMAPKファミリー(ERK、JNK1及びp38)には、「TxYモチーフ」と呼ばれる3アミノ酸からなる保存された配列が存在し、このモチーフ内のT残基とY残基がMEKによってリン酸化を受けることでMAPKファミリーが活性化される(Morrison D.K., 2012, MAP kinase pathways. Cold Spring Harb Perspect Biol., 4(11))。したがって、HBVにおいてもHBV DNAの複製に関与するいずれかのHBVタンパク質がMEKによるリン酸化を受けていることが推測された。
【0139】
HBV DNAの複製に関与するHBVタンパク質(HBc、HBV-Pol、及びHBx)のアミノ酸配列を解析した結果、HBV-Polの末端タンパク質領域における120~122位の位置、及びスペーサー領域における284位~286位の位置に、TxYモチーフが存在することが明らかとなった(図9A)。末端タンパク質領域のTxYモチーフ(120TKY122)は、検証したジェノタイプA~Fの全てに保存されていたのに対し、スペーサー領域のTxYモチーフ(284TAY286)はジェノタイプC(HBV/C)にのみ認められた(図9B)。
【0140】
そこで、HBV/CのHBV-Polにおいて、TxYモチーフにおけるTをA(アラニン)に、またYをF(フェニルアラニン)に置換した3種の変異型HBV/C-Pol(TAYF-1、TAYF-2、及びTAYF-1/2)をコードする変異型P遺伝子を作製した(図10A)。
【0141】
「TAYF-1」は末端タンパク質領域の120TKY122に換えて120AKF122を含む変異型HBV/C-Polであり、「TAYF-2」はスペーサー領域の284TAY286に換えて284AAF286を含む変異型HBV/C-Polであり、そして「TAYF-1/2」は末端タンパク質領域の120TKY122とスペーサー領域の284TAY286に換えて、それぞれ120AKF122284AAF286を含む変異型HBV/C-Polである。TAYF-1、TAYF-2、及びTAYF-1/2の各変異型HBV/C-Polをコードする遺伝子を包含する発現ベクターをそれぞれHBV/C-P-TAYF-1、HBV/C-P-TAYF-2、及びHBV/C-P-TAYF-1/2とした。
【0142】
HBV複製評価については、実施例1に記載のHBV複製活性評価方法と同様に、HBV複製活性評価ベクター、及び野生型HBV/C-P(Wt)若しくは各変異型HBV-P、HBc及びHBxの各発現ベクターを実施例2と同一の比率で導入すると共に、恒常的活性型ヒトMEK1を強制発現する2D発現ベクターを5μM導入し、5%CO2下にて37℃で培養した。培養24時間後に各培養液から実施例1に記載の方法に準じてDNAを抽出し、リアルタイムPCRを行い、HBV複製活性を検証した。
(結果)
図10Bにその結果を示す。末端タンパク質領域の120TKY122に変異を導入したTAYF-1及びTAYF-1/2では、野生型(Wt)のHBV/C-Pを導入した時の恒常活性型MEK1の強制発現によるHBV複製の促進活性と比較して、その活性が顕著に抑制されることが明らかとなった。一方、スペーサー領域の284AAF286のみに変異を導入したTAYF-2では、そのような抑制は認められなかった。これらの結果から、HBV-Polは、末端タンパク質領域に位置する120TKY122が宿主細胞のMAPKキナーゼによってリン酸化されることにより活性化されることが示唆された。
【0143】
実施例6及び7の結果から、ハイポセマイシンをはじめとするMAPKK阻害剤は、MAPKKの活性阻害を介して、その基質であるHBV-Polのリン酸化を阻害することでHBV-Polの活性化を抑制し、HBV DNAの複製を阻害することが示唆された。
<実施例8:HBV DNA複製阻害における公知抗HBV薬とMAPKK阻害剤による相乗効果>
(目的)
公知の抗HBV薬とMAPKK阻害剤を組み合わせて用いたときの、HBV DNAの複製阻害効果を検証する。
(方法)
公知の抗HBV薬には、HBV複製時における逆転写阻害剤として知られるエンテカビルを用いた。また、MAPKK阻害剤には、ハイポセマイシンを用いた。
【0144】
本発明のHBV複製活性評価方法は、原則として実施例1に記載の方法に準じた。また、各発現ベクターの導入比率は、実施例2に記載の比率に準じた。発現ベクター導入後の細胞には10% FBS添加したDMEMと共に、0μM、1.25μM、2.50μM、及び5.00μMのエンテカビルとハイポセマイシンによる全ての組み合わせ(4×4=16通り)で添加した後、5% CO2存在下にて37℃で培養した。
【0145】
24時間後に培養液から実施例1に記載の方法に準じてDNAを抽出し、リアルタイムPCRを行った。
(結果)
図11に相乗効果の結果を示す。いずれの濃度であってもエンテカビル単独、又はハイポセマイシン単独で添加したときよりも、両者を添加した場合には濃度異存的にHBV DNAの複製阻害効果が増強することが判明した。この結果から、ハイポセマイシンとエンテカビルはHBV DNAの複製阻害効果を相乗的に増強することが明らかとなった。
<実施例9:核酸アナログ薬剤耐性HBVに対するMAPKK阻害剤のHBV DNA複製阻害効果>
(目的)
核酸アナログ耐性HBVの出現原因となる変異型HBV-Polに対するMAPKK阻害剤のHBV DNA複製阻害効果を検証する。
(方法)
背景技術の章で記載したように、エンテカビルやラミブジンのような核酸アナログからなる従来の抗HBV薬は、長期投与により薬剤耐性HBVの出現を引き起こす。このような薬剤耐性HBVの出現原因として、HBV-Polにおける逆転写酵素(RT)領域内の変異が報告されている。例えば、図12Aで示すように、RT領域内に位置する204位のメチオニン(M)がイソロイシン(I)にアミノ酸置換したM204I変異を有するラミブジン耐性HBV(LAMr)、RT領域内に位置する180位のロイシン(L)がメチオニンに、184位のTがグリシン(G)に、202位のセリン(S)がIに、そして204位のMがIに、計4アミノ酸置換したL180M/T184G/S202I/M204I変異を有するエンテカビル耐性HBV(ETVr)等が知られている。
【0146】
そこで、M204I変異、及びL180M/T184G/S202I/M204I変異を導入した変異型HBV-Pol発現ベクターを常法により作製し、それぞれHBV-P-LAMr、及びHBV-P-ETVrとした。MAPKK阻害剤にはハイポセマイシンを用いた。薬剤耐性HBVに対する陰性対照用として、既存の抗HBV薬であるエンテカビルを用いた。
【0147】
HBV複製評価については、実施例1に記載のHBV複製活性評価方法と同様に、HBV複製活性評価ベクター、及び野生型HBV-P若しくは各変異型HBV-P(HBV-P-LAMr又はHBV-P-ETVr)、HBc及びHBxの各発現ベクターを実施例2と同一の比率で導入すると共に、ハイポセマイシン又はエンテカビルを0.000μM、0.020μM、0.039μM、0.078μM、0.156μM、0.313μM、0.625μM、1.250μM、2.500μM、そして5.000μMで導入し、5%CO2下にて37℃で培養した。培養24時間後に各培養液から実施例1に記載の方法に準じてDNAを抽出し、リアルタイムPCRを行い、HBV複製活性の阻害効果を検証した。
(結果)
図12BにHBV複製活性の阻害効果の結果を示す。エンテカビルは、野生型HBV-Polによる逆転写を濃度依存的に抑制した(b)が、ラミブジン耐性変異型HBV-Polの逆転写活性に対する抑制効果は弱く(d)、またエンテカビル耐性変異型HBV-Polの逆転写活性はほとんど抑制できなかった(f)。一方、ハイポセマイシンは、野生型(a)と2種の薬剤耐性変異型HBV-Pol(HBV-Pol-LAMr(c)、及びHBV-Pol-ETVr(e))による逆転写活性をいずれも濃度依存的に抑制した。これらの結果から、ハイポセマイシン等のMAPKK阻害剤によるHBV複製阻害作用は、核酸アナログによる抗HBV活性、すなわちHBV-Polの逆転写活性の抑制に基づくHBV複製阻害作用とは、作用機序が異なることを立証している。
【0148】
慢性B型肝炎治療において、現在問題視されているのは、「再燃」、すなわちウイルスの再活性化である。特にエンテカビルに代表される核酸アナログ製剤の長期投与による治療での再燃は、薬剤耐性HBVの出現を伴い、その後の治療を著しく困難とする。HBV-Polの末端タンパク質領域内に存在するTxYモチーフにおけるT及びY残基のリン酸化を阻害する物質、例えば、MAPKK阻害剤は、核酸アナログ製剤とは作用機序がことなることから、現在公知の薬剤耐性HBVの出現を伴う再燃にも適用可能であり、その効果も期待できる。
【0149】
したがって、本発明のMAPKK阻害剤等を有効成分とするB型肝炎治療剤は、新規抗HBV薬として極めて有用であることが強く示唆された。
<実施例10:欠失型HBV複製活性評価ベクターを用いたHBV複製評価実験>
(目的)
各種欠失型HBV複製活性評価ベクター(ΔpBB-intron)を用いてHBV複製評価実験を実施し、pBB-intronに含まれるHBVゲノム由来配列の中で、pgRNAの逆転写に重要な役割を担う配列を特定する。
(方法)
以下に示す4種類のΔpBB-intronを調製した。
【0150】
(1)pBB-intron(Δε1):実施例1で作成したpBB-intronから第1ε配列を欠失させた第1ε欠失型pBB-intron
(2)pBB-intron(ΔDR2):実施例1で作成したpBB-intronからDR2配列を欠失させたDR2欠失型pBB-intron
(3)pBB-intron(ΔDR1(2)):実施例1で作成したpBB-intronから第2DR1を欠失させたDR1(2)欠失pBB-intron
(4)pBB-intron(Δε2):実施例1で作成したpBB-intronから第2ε配列を欠失させた第2ε欠失型pBB-intron
pBB-intron(ΔpBB-intronに対して野生型pBB-intronと表記する)及び前記4種類のΔpBB-intronのいずれか1つをHBVタンパク質CP(C:HBc、P:HBV-Pol)又はCPX(C:HBc、P:HBV-Pol、X:HBx)と共にHeLa細胞に遺伝子導入し、培養24時間後にDNAを抽出してリアルタイムPCRにより逆転写されたレポーターHBV DNA量を定量した。数値は、リアルタイムPCRで定量した宿主(HeLa細胞)のゲノムDNA量(G3PDH exon8)との比率で表す。
(結果)
図13に結果を示す。5'末端側に位置する第1ε配列を欠失させたpBB-intron(Δε1)では、レポーターHBV DNAがほぼ完全に消失しており、第1ε配列がpgRNAの逆転写に必須の要素であることが示された。また、3'末端側に位置する第2DR1配列を欠失させたpBB-intron(ΔDR1(2))では、産生されるレポーターHBV DNAの量が減少していることから、第2DR1配列はpgRNAの逆転写に必須ではないものの、重要な役割を果たす可能性が示された。一方、DR2配列を欠失させたpBB-intron(ΔDR2)や第2ε配列を欠失させたpBB-intron(Δε2)では、産生されるレポーターHBV DNAの量が野生型pBB-intron(wt)と有意差がなかった。この結果は、DR2配列及び第2ε配列は、少なくともpgRNAの逆転写において、特段重要ではないことが明らかとなった。
【0151】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12-1】
図12-2】
図13
【配列表】
2023089268000001.xml