(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023089512
(43)【公開日】2023-06-28
(54)【発明の名称】シアル酸含有糖鎖解析方法及びシアル酸含有糖鎖解析装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20230621BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20230621BHJP
【FI】
G01N27/62 V
G01N27/62 D
G01N33/50 U
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021204045
(22)【出願日】2021-12-16
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 雅樹
【テーマコード(参考)】
2G041
2G045
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041FA06
2G041GA03
2G041GA05
2G041GA08
2G041GA09
2G045DA30
2G045FB06
2G045FB07
(57)【要約】 (修正有)
【課題】シアル酸含有糖鎖の解析の効率改善及び精度向上を図る。
【解決手段】シアル酸結合様式特異的修飾を受けたシアル酸含有糖鎖を含む試料をマススペクトルデータに基いて、シアル酸含有糖鎖を解析する方法であって、マススペクトルデータから同位体ピーククラスター毎に代表ピークを検出するステップ(S2)と、シアル酸の個数及びシアル酸以外の糖鎖組成が同一であると推定される複数のイオンピークを含む異性体ピーククラスターを検出するステップ(S3)と、検出された代表ピークについて糖鎖組成を推定するステップ(S4)と、一つのクラスターに含まれるピークとマススペクトルにおいて観測されるピークとの対応を示すアノテーションを付加したマススペクトルを作成して表示部に表示するステップ(S5)と、推定された糖鎖組成候補を異性体ピーククラスターに対応付けた組成候補一覧表を作成して表示部に表示するステップ(S6)と、を有する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シアル酸結合様式に特異的な修飾を受けたシアル酸含有糖鎖又は該糖鎖により修飾された分子を含む試料を質量分析することで得られたマススペクトルデータに基いて、前記シアル酸含有糖鎖を解析する解析方法であって、
前記マススペクトルデータから同位体ピーククラスター毎に代表ピークを検出するピーク検出ステップと、
前記ピーク検出ステップにおいて検出された代表ピークから、シアル酸の個数及びシアル酸以外の糖鎖組成が同一であると推定される複数のイオンピークを含む異性体ピーククラスターを検出するピーククラスター検出ステップと、
前記ピーク検出ステップにおいて検出された代表ピークについて、所定の糖鎖探索条件に従って糖鎖組成を推定する組成推定ステップと、
前記ピーククラスター検出ステップにおいて検出された異性体ピーククラスター毎に、一つの異性体ピーククラスターに含まれるピークとマススペクトルにおいて観測されるピークとの対応を示すアノテーションを付加したアノテーション付きマススペクトル、又は、前記ピーククラスター検出ステップにおいて検出された異性体ピーククラスター毎に、一つの異性体ピーククラスターに含まれるピークの質量電荷比値をまとめたピーク一覧表、を作成して表示部に表示する第1の表示処理ステップと、
前記組成推定ステップにおいて得られた糖鎖組成候補を、前記ピーククラスター検出ステップにおいて検出された少なくとも一つの異性体ピーククラスターに対応付けた組成候補一覧表を作成し、前記アノテーション付きマススペクトル又は前記ピーク一覧表と同時に又は切り替え可能に前記表示部に表示する第2の表示処理ステップと、
を有するシアル酸含有糖鎖解析方法。
【請求項2】
前記アノテーション付きマススペクトル及び前記ピーク一覧表は、シアル酸の数及びシアル酸以外の組成が同一でシアル酸の種類のみが相違する複数の異性体ピーククラスターの間での、シアル酸の結合様式が同じであるピークの対応付けを示す情報、を含む、請求項1に記載のシアル酸含有糖鎖解析方法。
【請求項3】
ユーザーによる、前記表示部に表示された前記アノテーション付きマススペクトル、前記ピーク一覧表、前記組成候補一覧表のいずれかにおける、任意の異性体ピーククラスターに含まれる任意のピークをプリカーサーイオンとして選択する操作、を受け付けるプリカーサーイオン選択ステップと、
前記試料に対し、前記プリカーサーイオン選択ステップにおいて選択されたプリカーサーイオンをターゲットとするMS/MS分析を実行するMS/MS分析実行ステップと、
を有する、請求項1又は2に記載のシアル酸含有糖鎖解析方法。
【請求項4】
前記アノテーション付きマススペクトル、前記ピーク一覧表、又は前記糖鎖組成候補一覧表を表示したあとに、ユーザーによるピーク検出条件を変更する操作、を受け付けるピーク検出条件再設定ステップ、をさらに有し、
テップ、を有し、
変更後のピーク検出条件の下で前記ピーク検出ステップ以降の各ステップの処理を実施することで再解析を行う、請求項1~3のいずれか1項に記載のシアル酸含有糖鎖解析方法。
【請求項5】
シアル酸結合様式に特異的な修飾を受けたシアル酸含有糖鎖又は該糖鎖により修飾された分子を含む試料を質量分析することで得られたマススペクトルデータに基いて、前記シアル酸含有糖鎖を解析する解析装置であって、
前記マススペクトルデータから同位体ピーククラスター毎に代表ピークを検出するピーク検出部と、
前記ピーク検出部により検出された代表ピークから、シアル酸の個数及びシアル酸以外の糖鎖組成が同一であると推定される複数のイオンピークを含む異性体ピーククラスターを検出するピーククラスター検出部と、
前記ピーク検出部により検出された代表ピークについて、所定の糖鎖探索条件に従って糖鎖組成を推定する組成推定部と、
前記ピーククラスター検出部により検出された異性体ピーククラスター毎に、一つの異性体ピーククラスターに含まれるピークとマススペクトルにおいて観測されるピークとの対応を示すアノテーションを付加したアノテーション付きマススペクトル、又は、前記ピーククラスター検出部により検出された異性体ピーククラスター毎に、一つの異性体ピーククラスターに含まれるピークの質量電荷比値をまとめたピーク一覧表を作成するとともに、前記組成推定部により得られた糖鎖組成候補を、前記ピーククラスター検出部により検出された少なくとも一つの異性体ピーククラスターに対応付けた組成候補一覧表を作成し、前記アノテーション付きマススペクトル又は前記ピーク一覧表と前記組成候補一覧表とを同時に又は切り替え可能に表示部に表示する表示処理部と、
を備えるシアル酸含有糖鎖解析装置。
【請求項6】
前記アノテーション付きマススペクトル及び前記ピーク一覧表は、シアル酸の数及びシアル酸以外の組成が同一でシアル酸の種類のみが相違する複数の異性体ピーククラスターの間での、シアル酸の結合様式が同じであるピークの対応付けを示す情報、を含む、請求項5に記載のシアル酸含有糖鎖解析装置。
【請求項7】
前記表示部に表示された前記アノテーション付きマススペクトル、前記ピーク一覧表、又は前記組成候補一覧表のいずれかにおいて、ユーザーによる、任意の異性体ピーククラスターに含まれる任意のピークの選択操作を受け付けるプリカーサーイオン選択受付部と、
前記試料に対し、前記プリカーサーイオン選択受付部により受け付けたプリカーサーイオンをターゲットとするMS/MS分析を実行するMS/MS分析実行部と、
をさらに備える、請求項5又は6に記載のシアル酸含有糖鎖解析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析を利用して糖鎖を解析する方法及び装置に関し、さらに詳しくは、シアル酸の結合様式を含めたシアル酸含有糖鎖の解析が可能である解析方法及び解析装置に関する。なお、ここでいう「糖鎖」は単独で存在する糖鎖のみならず、タンパク質、ペプチド、脂質、核酸などの生体分子を修飾している状態の糖鎖、つまりは糖鎖の修飾体を含むものとする。
【背景技術】
【0002】
生命科学や創薬・医療等の分野において糖鎖の解析は一つの大きなテーマであり、その中でも、シアル酸を含む糖鎖においてそのシアル酸の結合様式を把握することは、糖鎖構造解析における一つの重要な作業である。こうした背景の下で、結合様式の相違を含めたシアル酸含有糖鎖の構造解析を質量分析を利用して効率良く行うために、シアル酸の結合様式に特異的な化学修飾の手法が従来開発されている。例えば特許文献1、非特許文献1には、SALSA(Sialic Acid Linkage-Specific Alkylamidation)法と名付けられたシアル酸結合様式特異的修飾法が開示されている。
【0003】
SALSA法は、α2,3-シアル酸及びα2,6-シアル酸を構成するカルボン酸がアミンと反応してアミドを形成する際の反応の相違を利用して、各々のシアル酸をイソプロピルアミド化及びメチルアミド化する方法である。この誘導体化によって、α2,3-シアル酸とα2,6-シアル酸とでは28Daの質量差が生じるため、質量分析の結果に基いてα2,3-シアル酸とα2,6-シアル酸とを識別することが可能である。
【0004】
特許文献1には、SALSA法を前処理法とした質量分析により得られたマススペクトルデータを利用して糖鎖を解析する方法が開示されている。該文献に記載の解析方法では、マススペクトルにおいて28Da間隔で以て検出されたシアル酸含有糖鎖由来の三本のシアル酸結合様式異性体イオンピークに対し、単糖の種類と個数とを探索条件とした探索を総当たり的に行うことで糖鎖組成を推定する。そして、その推定により得られた糖鎖組成候補の中から、2個以上のシアル酸を含有し且つ最も大きな質量電荷比を示すピークに対し2個以上のα2,6-結合を含む組成を妥当性が高い組成候補として抽出し、その妥当性が高い組成候補と、それ以外の、シアル酸含有糖鎖異性体としては妥当性が疑わしい組成候補とを、視覚的に区別して一覧表形式で表示することが可能である(例えば特許文献1の
図6、
図8等参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】西風 隆司、ほか5名、「デファレンティエイション・オブ・シアリル・リンケージ・アイソマーズ・バイ・ワン-ポット・サイアリック・アシッド・デリバタイゼイション・フォー・マス・スペクトロメトリー-ベースド・グリカン・プロファイリング(Differentiation of Sialyl Linkage Isomers by One-Pot Sialic Acid Derivatization for Mass Spectrometry-Based Glycan Profiling)」、アナリティカル・ケミストリー(Analytical Chemistry)、2017年、Vol.89、pp.2353-2360
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
SALSA法のような結合様式特異的修飾を実施した試料を質量分析した場合、当然のことながら、そうした前処理を実施していない試料を質量分析した場合と比較すると、マススペクトルにおいて観測されるピークの数は増える。そのため、糖鎖組成等が相違する複数の異なる種類のシアル酸含有糖鎖が試料中に存在する場合や、さらには、シアル酸の数やシアル酸以外の糖鎖構造は同一であるもののシアル酸の種類が相違するシアル酸含有糖鎖が試料中に存在する場合には、マススペクトルにおいて観測されるピークの数はかなり多くなり、異なる種類のシアル酸含有糖鎖由来の異性体イオンピークが入り混じって観測され得る。
【0008】
そうした場合、シアル酸含有糖鎖の組成候補の一覧表に掲載される組成候補の数も非常に多い。その組成候補の一覧表は、推定された糖鎖組成候補を元のピークのm/z値の順に並べたものであるため、上述したようにマススペクトル上のピークの数が多くマススペクトルが複雑になると、該マススペクトル上のピークと組成候補一覧表中の各糖鎖組成候補との対応付けが分かりにくくなる。そのため、ユーザー(解析担当者)にとっては、例えば、マススペクトルにおいて一つの異性体ピーククラスターに属すると推測される28Da間隔で並ぶ複数のピークにそれぞれ対応する糖鎖組成候補が何であるのかを、組成候補一覧表で確認しにくい、或いは、組成候補一覧表において複数の糖鎖組成候補が存在しているピークと同じ異性体ピーククラスターに属すると推測される他のピークの糖鎖組成候補が何であるのかを把握しにくい、といった問題が生じる。こうしたことから、ユーザーによる解析作業の効率が低下し、解析作業に時間が掛かったり、見間違い、見落とし等の作業ミスが起こり易い。
【0009】
本発明はこうした課題を解決するために成されたものであり、その主たる目的は、シアル酸含有糖鎖を解析する作業の効率を改善するとともに、ミスを起こりにくくして解析の精度を向上させることができるシアル酸含有糖鎖解析方法及びシアル酸含有糖鎖解析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係るシアル酸含有糖鎖解析方法の一態様は、シアル酸結合様式に特異的な修飾を受けたシアル酸含有糖鎖又は該糖鎖により修飾された分子を含む試料を質量分析することで得られたマススペクトルデータに基いて、前記シアル酸含有糖鎖を解析する解析方法であって、
前記マススペクトルデータから同位体ピーククラスター毎に代表ピークを検出するピーク検出ステップと、
前記ピーク検出ステップにおいて検出された代表ピークから、シアル酸の個数及びシアル酸以外の糖鎖組成が同一であると推定される複数のイオンピークを含む異性体ピーククラスターを検出するピーククラスター検出ステップと、
前記ピーク検出ステップにおいて検出された代表ピークについて、所定の糖鎖探索条件に従って糖鎖組成を推定する組成推定ステップと、
前記ピーククラスター検出ステップにおいて検出された異性体ピーククラスター毎に、一つの異性体ピーククラスターに含まれるピークとマススペクトルにおいて観測されるピークとの対応を示すアノテーションを付加したアノテーション付きマススペクトル、又は、前記ピーククラスター検出ステップにおいて検出された異性体ピーククラスター毎に、一つの異性体ピーククラスターに含まれるピークの質量電荷比値をまとめたピーク一覧表、を作成して表示部に表示する第1の表示処理ステップと、
前記組成推定ステップにおいて得られた糖鎖組成候補を、前記ピーククラスター検出ステップにおいて検出された少なくとも一つの異性体ピーククラスターに対応付けた組成候補一覧表を作成し、前記アノテーション付きマススペクトル又は前記ピーク一覧表と同時に又は切り替え可能に前記表示部に表示する第2の表示処理ステップと、
を有する。
【0011】
また上記課題を解決するために成された本発明に係るシアル酸含有糖鎖解析装置の一態様は、シアル酸結合様式に特異的な修飾を受けたシアル酸含有糖鎖又は該糖鎖により修飾された分子を含む試料を質量分析することで得られたマススペクトルデータに基いて、前記シアル酸含有糖鎖を解析する解析装置であって、
前記マススペクトルデータから同位体ピーククラスター毎に代表ピークを検出するピーク検出部と、
前記ピーク検出部により検出された代表ピークから、シアル酸の個数及びシアル酸以外の糖鎖組成が同一であると推定される複数のイオンピークを含む異性体ピーククラスターを検出するピーククラスター検出部と、
前記ピーク検出部により検出された代表ピークについて、所定の糖鎖探索条件に従って糖鎖組成を推定する組成推定部と、
前記ピーククラスター検出部により検出された異性体ピーククラスター毎に、一つの異性体ピーククラスターに含まれるピークとマススペクトルにおいて観測されるピークとの対応を示すアノテーションを付加したアノテーション付きマススペクトル、又は、前記ピーククラスター検出部により検出された異性体ピーククラスター毎に、一つの異性体ピーククラスターに含まれるピークの質量電荷比値をまとめたピーク一覧表を作成するとともに、前記組成推定部により得られた糖鎖組成候補を、前記ピーククラスター検出部により検出された少なくとも一つの異性体ピーククラスターに対応付けた組成候補一覧表を作成し、前記アノテーション付きマススペクトル又は前記ピーク一覧表と前記組成候補一覧表とを同時に又は切り替え可能に表示部に表示する表示処理部と、
を備える。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るシアル酸含有糖鎖解析方法及びシアル酸含有糖鎖解析装置の上記態様では、ユーザーは、各異性体ピーククラスターに含まれる複数のピークを、表示部に表示されたアノテーション付きマススペクトル又はピーク一覧表により直観的に把握することができる。そのうえで、ユーザーは、一つの異性体ピーククラスターに含まれる複数のピークにそれぞれ対応する糖鎖組成候補を組成候補一覧表により容易に認識し、例えば複数挙げられている候補のいずれが妥当であるかを検証するために必要なMS/MS分析のプリカーサーイオンを決定することができる。
【0013】
このようにして、本発明によれば、シアル酸の結合様式を含めてシアル酸含有糖鎖を解析する作業の効率を改善することができる。また、そうした解析作業の際のミスを起こりにくくして、解析の精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明に係るシアル酸含有糖鎖解析装置を含む糖鎖解析システムの一実施形態のブロック構成図。
【
図2】本実施形態の糖鎖解析システムにおける解析処理の手順を示すフローチャート。
【
図3】本実施形態の糖鎖解析システムで表示されるアノテーション付きマススペクトルの一例を示す図。
【
図4】
図3に示したアノテーション付きマススペクトルに対応するピーク一覧表の一例を示す図。
【
図5】
図4に示したピーク一覧表中の一部のピークについての糖鎖組成候補一覧表の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明において、シアル酸含有糖鎖により修飾された分子とは例えば、シアル酸含有糖鎖により修飾されたタンパク質、ペプチド、脂質、核酸などの生体分子である。
【0016】
また、本発明において前提となる、シアル酸結合様式に特異的な修飾とは、典型的には、上述した特許文献1、非特許文献1に開示されているSALSA法であるが、それに限るものでなく、例えばα2,3-結合型、α2,6-結合型、さらにはα2,8-結合型などの少なくとも2以上の異なるシアル酸の結合様式を質量差によって識別するためのシアル酸結合様式特異的な化学修飾(誘導体化)を行うものであればよい。
【0017】
また、シアル酸含有糖鎖等を含む試料に対して質量分析を行う質量分析装置の方式は、特に限定されないが、例えば、イオントラップ型質量分析装置、リニアイオントラップ型質量分析装置、TOF/TOF型質量分析装置、四重極-飛行時間型(Q-TOF型)質量分析装置、四重極-イオントラップ型質量分析装置、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析装置などが利用可能である。
【0018】
以下、本発明に係るシアル酸含有糖鎖解析方法を実施するための解析装置を含む糖鎖解析システムの一実施形態について、添付図面を参照して説明する。
図1は、この糖鎖解析システムの概略ブロック構成図である。
【0019】
図1に示すように、本システムは、試料に対して質量分析を実行する質量分析部1と、質量分析部1を制御する分析制御部2と、質量分析により得られたデータに対し解析処理を実行するデータ解析部3と、ユーザーインターフェイスである入力部4及び表示部5と、を備える。
【0020】
データ解析部3は、機能ブロックとして、データ格納部30と、ピーク検出部31と、糖鎖探索条件設定部32と、異性体ピーククラスター検出部33と、糖鎖組成推定部34と、糖鎖組成フィルタリング部35と、アノテーション付きマススペクトル作成部36と、糖鎖組成候補一覧表作成部37と、表示処理部38と、プリカーサーイオン選択受付部39と、を含む。糖鎖探索条件設定部32は下位の機能ブロックとして、糖鎖探索条件保存部320を含む。
【0021】
質量分析部1は特にその方式を問わないが、後述するようにMS/MS分析を実施する場合には、イオントラップやコリジョンセルなど、衝突誘起解離(CID)等によりイオンを解離させる機能を有する質量分析装置が用いられる。
【0022】
また、質量分析部1は質量分析装置単独ではなく、液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)を用いてもよいし、或いは、液体クロマトグラフで成分分離された溶出液を分取・分画して複数の試料を調製し、その複数の試料をそれぞれ質量分析装置で質量分析する構成でもよい。
【0023】
本システムにおいて、データ解析部3の実体はパーソナルコンピューター又はより性能の高いワークステーションであり、そうしたコンピューターにインストールされた専用のデータ処理プログラムを該コンピューターにおいて動作させることで、
図1に示したような各機能ブロックの機能が実現されるようにすることができる。この場合、入力部4はコンピューターに付設されたキーボードやポインティングデバイス(マウスなど)であり、表示部5は同じくコンピューターに付設されたモニターである。
【0024】
以下、本実施形態の糖鎖解析システムにおけるシアル酸含有糖鎖の解析の手順を、実験例を交えながら
図2~
図5により説明する。
図2は、データ解析部3を中心として実施される糖鎖解析処理の手順を示すフローチャートである。また、
図3~
図5は、その解析処理の過程で表示部5に表示され得るグラフや表の一例である。
【0025】
本実施形態の糖鎖解析システムによりシアル酸含有糖鎖の解析を行う際には、シアル酸含有糖鎖を含む又はシアル酸含有糖鎖で修飾された分子(糖ペプチド、糖脂質など)を含む試料に対し、シアル酸結合様式特異的化学修飾による前処理を実施する。そして、その処理済みの試料を質量分析部1で質量分析する。シアル酸結合様式特異的修飾法としては、例えば非特許文献1等に記載されているSALSA法を用いることができる。上述したようにSALSA法では、糖鎖に含まれるシアル酸がα2,3-結合型である場合とα2,6-結合型である場合とで、それ以外の糖鎖組成は全く同じであっても、修飾体の質量は互いに28Daだけ相違したものとなる。上記質量分析によって取得された所定のm/z範囲に亘るマススペクトルデータが、質量分析部1からデータ解析部3に送られてデータ格納部30に格納される。
【0026】
マススペクトルデータに基く解析処理が開始されると、まず、糖鎖探索条件設定部32は、所定の糖鎖探索条件設定画面を表示部5の画面上に表示し、糖鎖探索条件をユーザーに入力させる(ステップS1)。但し、ユーザーの入力に依らず、デフォルトで定まっている糖鎖探索条件が自動的に設定されるようにしてもよい。また、糖鎖探索条件のほかに、マススペクトルデータからピークを検出するためのピーク検出条件を併せてユーザーに入力させるようにすることができる。入力された又はデフォルトで定まっている糖鎖探索条件やピーク検出条件は、糖鎖探索条件保存部320に保存される。
【0027】
上記糖鎖探索条件は、例えば、使用するシアル酸結合様式特異的修飾法、糖鎖組成推定の際の質量許容精度、想定するイオン種、探索対象とする糖残基(シアル酸も含む)の種類及び個数などを含むものとすることができる。ピーク検出条件は、例えば、ピークとして認識する際の閾値である信号強度又はSN比などを含むものとすることができる。
【0028】
実質的な解析が開始されると、ピーク検出部31は、データ格納部30に保存されている解析対象のマススペクトルデータを読み出し、上記ピーク検出条件に従ってモノアイソトピックイオンピークを、同位体ピーククラスター毎の代表ピークとして検出する。一般的に糖鎖のような生体由来の分子では、例えば1Da間隔で現れる複数の同位体イオンピークの中でm/z値が最小であるピークをモノアイソトピックイオンピークとして検出することができる。そして、検出された各イオンピークのm/z値を求め、ピークリストを作成する(ステップS2)。なお、モノアイソトピックイオンピークのm/z値の代わりに複数の同位体イオンピークの平均(重心)のm/z値を求めてもよい。即ち、同じ糖鎖由来の同位体イオンピーク群毎に、その群を代表するm/z値を求めればよい。
【0029】
本発明者が行った実験例では、ウシ胎児の血中糖タンパク質であるフェチュイン(fetuin)を修飾するN型糖鎖を、タンパク質分解酵素の一つであるPNGaseを用いて切断した上で濃縮した糖鎖混合物を試料とした。この試料に含まれるシアル酸をSALSA法によりシアル酸結合様式特異的に修飾し、さらに、糖鎖の還元末端をアントラニル酸(Anthranilic acid)でラベル修飾することにより、分析対象のサンプルを調製した。なお、ラベル修飾は、負イオンモードでのイオン化を促進するための前処理である。そして、上記前処理で得られたサンプルを、マトリックス支援レーザー脱離イオン化イオントラップ飛行時間型質量分析装置(MALDI-IT-TOFMS)を用い負イオンモードにより質量分析し、マススペクトルデータを取得した。
【0030】
また、上記実験例では糖鎖探索条件を次のように定めた。
シアル酸結合様式特異的修飾法:SALSA法
糖鎖組成推定用質量許容精度:m/z 0.2
イオン種:プロトン脱離イオン
探索対象とする糖残基の種類及び個数: Hexoseが3~15個、HexNAcが2~14個、フコース(dHex)が0~2個、Neu5Ac(シアル酸)が0~5個、Neu5Gc(シアル酸)が0~5個
【0031】
図3に示すマススペクトルは、上記実験例における質量分析によって取得されたマススペクトルデータから、上記ステップS2において検出されるモノアイソトピックイオンピークのみを抽出して描いたものである。
【0032】
次に、異性体ピーククラスター検出部33は、ステップS2で作成されたピークリストに挙げられているピークから、シアル酸の個数、及び、シアル酸以外の糖鎖組成がそれぞれ同一であると推定される複数のピークを含む異性体ピーククラスターを検出する(ステップS3)。
【0033】
具体的には、ここでは、シアル酸結合様式特異的修飾の前処理にSALSA法が使用されているため、SALSA法に対応して、異性体ピーククラスター検出部33は、α2,6-シアル酸とα2,3-シアル酸とのm/z差28Da間隔で隣接するイオンピークの組をピークリストから検出し、その各組がそれぞれ、シアル酸の個数、及びシアル酸以外の糖鎖組成が同一であるシアル酸含有糖鎖の結合異性体で構成される、異性体ピーククラスターであると判断する。その検出に用いるピーク間隔の許容誤差は例えばm/z 0.1とすることができる。当然のことながら、一つの組の異性体ピーククラスターに含まれるイオンピークの本数は、そのシアル酸含有糖鎖に含まれるシアル酸の個数、そのシアル酸の結合様式等に応じて異なる。
【0034】
図3に示したマススペクトルでは、異性体ピーククラスターとして、いずれも1価のイオンに由来する、m/z値がm/z 2734.0、m/z 2762.1、m/z 2790.1である3本のピークを含む第1の異性体ピーククラスター(SIALIC#1)、m/z値がm/z 3038.1、m/z 3066.2、m/z 3094.2、m/z 3122.2である4本のピークを含む第2の異性体ピーククラスター(SIALIC#2)、及び、m/z値がm/z 3082.2、m/z 3110.2である2本のピークを含む第3の異性体ピーククラスター(SIALIC#3)の3組が、異性体ピーククラスターとして検出された。
【0035】
ここで、上記異性体ピーククラスターのうち、第2の異性体ピーククラスターSIALIC#2に含まれるピークの一部と、第3の異性体ピーククラスターSIALIC#3に含まれるピークの一部とは、N-アセチルノイラミン酸(Neu5Ac)とN-グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc)との質量差に相当する16Da間隔で並んでいる。これは、第3の異性体ピーククラスターSIALIC#3が、第2の異性体ピーククラスターSIALIC#2に含まれるピークに対応するイオンに存在するN-アセチルノイラミン酸がN-グリコリルノイラミン酸に置換された糖鎖組成を有する可能性を示唆している。
【0036】
次いで、糖鎖組成推定部34は、ステップS2において作成されたピークリストに挙げられている各ピークについて、糖鎖探索条件保存部320に保存されている糖鎖探索条件に従って糖鎖組成を推定し、糖鎖組成候補を求める(ステップS4)。具体的には、指定されている糖残基の種類及び個数の下で、所定の質量精度範囲内でイオンピークのm/z値に合致する糖鎖組成を総当たり的に探索する。糖鎖組成候補が得られた場合、候補が1個に絞り込まれるとは限らず、複数個の候補が得られることもある。
【0037】
続いて、アノテーション付きマススペクトル作成部36は、ステップS3において検出された異性体ピーククラスターに含まれる各ピークをマススペクトル上で観測されるピークに対応付けるアノテーション表示を付加したマススペクトルを作成する。表示処理部38は、そのアノテーション付きマススペクトルを表示部5の画面上に表示する(ステップS5)。
【0038】
図3では、上述したモノアイソトピックイオンピークのみを記載したマススペクトルにアノテーション表示100が付加されている。
図3中に示すように、アノテーション表示100は、一つの異性体ピーククラスターに含まれる複数のピークの中の最も小さいm/z値から最も大きいm/z値までのm/z範囲をカバーする横棒と、各ピークのm/z値の位置に対応する縦棒とを組み合わせたクラスター指示マーク101を含む。従って、このクラスター指示マーク101における縦棒の数から、ユーザーは直観的に、その異性体ピーククラスターにおけるシアル酸含有数を見積もるのに有用な構成ピーク数を把握することができる。
【0039】
また、マススペクトルにおいて複数のクラスター指示マーク101が各々配置されている縦方向の位置は、そのマーク101に対応する異性体ピーククラスターに含まれるピークの信号強度の総和に対応しており、その信号強度の総和が大きいほど、縦方向の上の位置にクラスター指示マーク101が配置されている。即ち、
図3の例では、含まれるピークの信号強度の総和が最も大きい第2の異性体ピーククラスターSIALIC#2に対応するクラスター指示マーク101が、上下方向に最も高い位置に表示されている。一方、含まれるピークの信号強度の総和が最も小さい第3の異性体ピーククラスターSIALIC#3に対応するクラスター指示マーク101は、上下方向に最も低い位置に表示されている。第2の異性体ピーククラスターSIALIC#2に対応するクラスター指示マーク101と、第3の異性体ピーククラスターSIALIC#3に対応するクラスター指示マーク101とではm/z範囲が重複しているが、上述したように、異性体ピーククラスターに含まれるピークの信号強度の総和などの強度指標に基く順位付けに従ってクラスター指示マーク101を表示する位置をずらすことで、そのマーク101の表示の重なりを避けることができる。
【0040】
また、糖鎖探索条件でシアル酸の種類が複数設定されている場合、シアル酸の数及びシアル酸以外の糖鎖組成が同一であって、シアル酸の種類のみが相違する異性体ピーククラスター同士は互いに関連する異性体ピーククラスターであると判定される。例えば、上述したように、シアル酸の種類としてNeu5AcとNeu5Gcとが設定されている場合、その糖残基の質量差は16Daであるから、16Da間隔で並ぶピークは、シアル酸の数とシアル酸以外の糖鎖組成とが同一であり、且つシアル酸の種類のみがNeu5AcとNeu5Gcとで異なる、異種シアル酸結合異性体ピークであると推定される。その場合、
図3に示されているように、m/z値が小さいほうの第2の異性体ピーククラスターSIALIC#2に対応するクラスター指示マーク101の縦棒から、m/z値が大きいほうの第3の異性体ピーククラスターSIALIC#3に対応するクラスター指示マーク101の縦棒へ向かう矢印マーク102が描かれ、且つ質量差ΔmがNeu5AcとNeu5Gcの質量差である16Daであることを示すアノテーション103が付加される。これにより、ユーザーは、第2の異性体ピーククラスターSIALIC#2に含まれるピークと第3の異性体ピーククラスターSIALIC#3に含まれるピークとの関係を、視覚的に容易に把握することができる。
【0041】
但し、上述したような異種シアル酸結合異性体ピークの検出は、このステップS5において実施する必要はなく、ステップS3において異性体ピーククラスターが検出された以降、ステップS5の処理が終了するまでの間であれば、いずれのタイミングで実施しても構わない。
【0042】
アノテーション付きマススペクトル作成部36は、上述したアノテーション付きマススペクトルの代わりに又は該マススペクトルと併せてピーク一覧表を作成し、これを表示部5の画面上に表示してもよい。このピーク一覧表は、ステップS3において検出された異性体ピーククラスター毎に、含まれるピークのm/z値をリスト化するとともに、上述した、シアル酸の数及びシアル酸以外の糖鎖組成が同一であって、シアル酸の種類のみが異なる互いに関連する異性体ピーククラスターの間で対応するピークの関係を明記した表である。
【0043】
図4は、
図3に示したアノテーション付きマススペクトルに対応するピーク一覧表である。このピーク一覧表200において、「Peak Index」は、特定の様式で結合しているシアル酸の個数に対応している数字(番号)であり、異なる種類のシアル酸の置換体を有するとして関連付けられた複数の異性体ピーククラスターが存在する場合、その関連付けられた複数の異性体ピーククラスターに含まれる全てのピークのうちでm/z値が最も小さいピークを含む異性体ピーククラスターに含まれるピークには、m/z値の昇順に1, 2,…とPeak Indexを割り振る。また、異なる種類のシアル酸の置換体を有するとして関連付けられたピーク、つまりシアル酸の種類が異なる以外、シアル酸の個数とシアル酸以外の糖鎖組成とが同一であると推定されるピークには、同一のPeak Indexを割り当てている。
【0044】
図4の例では、互いに関連している第2及び第3の異性体ピーククラスターSIALIC#2、SIALIC#3に含まれるピーク中で、m/z値が最も小さいピークは、第2の異性体ピーククラスターSIALIC#2中のm/z 3038.1であるピークであり、このピークにPeak Index=1が割り当てられる。そして、同じ第2の異性体ピーククラスターSIALIC#2の中で2番目にm/z値の小さなm/z 3066.2であるピークに、Peak Index=2が割り当てられる。なお、第2の異性体ピーククラスターSIALIC#2中のPeak Index=2のピークは、2-2と記述するものとしている。
【0045】
N-アセチルノイラミン酸がN-グリコリルノイラミン酸に置換したイオンであると推定される第3の異性体ピーククラスターSIALIC#3中の、m/z値が最も小さなm/z 3082.2であるピークのPeak Indexは、このピークに対応付けられた、つまりはシアル酸の置換元である第2の異性体ピーククラスターSIALIC#2中のピークと同一のPeak Indexである2とされる。また、ピーク一覧表200中のRelation欄には、互いに関連する異性体ピーククラスターの間のピークの関係を示す情報が付加されている。即ち、Relation欄には、ピーク間の異種のシアル酸の対応関係を示す情報として、異性体ピーククラスターを示す番号とPeak Index、及び、ピーク間の質量差が記載されている。
【0046】
図3に示したアノテーション付きマススペクトル、又は
図4に示したピーク一覧表のいずれにおいても、ユーザーは、各々の異性体ピーククラスターに含まれるピークの数や各ピークのm/z値を一目で把握することができる。また、ユーザーは、シアル酸の数及びシアル酸以外の糖鎖組成が同一であって、シアル酸の種類のみが異なる複数の異性体ピーククラスター同士の関連性、特にその複数の異性体ピーククラスターに含まれるピーク同士の関連性を容易に把握することができる。
【0047】
そこで、ユーザーは入力部4により、表示されているアノテーション付きマススペクトル又はピーク一覧表において、興味のある異性体ピーククラスターを一又は複数選択指示する(ステップS6)。例えば、アノテーション付きマススペクトルでは、ポインティングデバイスにより任意のクラスター指示マーク101を指示することで、そのマーク101に対応する異性体ピーククラスターを選択することができる。また、ピーク一覧表では、SIALIC#欄の一つをポインティングデバイスにより指示することで同様の選択が可能である。
【0048】
上記選択の操作を受けて、糖鎖組成候補一覧表作成部37は例えば、選択された異性体ピーククラスターに含まれる各ピークに対応してステップS4において推定された糖鎖組成候補を収集し、異性体ピーククラスター中の各ピークに対応付けた糖鎖組成候補一覧表を表示する。或いは、糖鎖組成候補一覧表作成部37は、ステップS3で検出された全ての異性体ピーククラスターの糖鎖組成候補の一覧表を表示してもよい。その場合、その一覧表の中で、選択されたピーククラスターに含まれる各ピークに対応して推定された糖鎖組成候補をそれ以外の候補とは識別可能であるように強調して表示すればよい。表示処理部38は、この糖鎖組成候補一覧表を、その時点で表示部5に表示されているアノテーション付きマススペクトル又はピーク一覧表と同時に、同一ウインドウ又は別のウインドウに表示する。或いは、アノテーション付きマススペクトル又はピーク一覧表に代えて、つまり表示を切り替えることで糖鎖組成候補一覧表を表示してもよい(ステップS7)。
【0049】
図5は、
図3又は
図4において、第2及び第3の異性体ピーククラスターSIALIC#2、SIALIC#3が選択された場合に表示される糖鎖組成候補一覧表300である。実際には、
図5において上に記載した表と下に記載した表とは、aaの位置で横方向に繋がっている。つまり、これは横に長い表である。第2の異性体ピーククラスターSIALIC#2と第3の異性体ピーククラスターSIALIC#3とは互いに関連付けられているから、その第2及び第3の異性体ピーククラスターSIALIC#2、SIALIC#3の両方が選択された場合のみならず、それらのいずれか一方のみが選択された場合にも、自動的にその両方の異性体ピーククラスターに対応する糖鎖組成候補一覧表を作成及び表示するようにしてもよい。
【0050】
図5に示すように、この糖鎖組成候補一覧表300では、二つの異性体ピーククラスターSIALIC#2、SIALIC#3に含まれる全てのピークがPeak Index毎に分類されたうえで、各ピークに対して推定された糖鎖組成候補が網羅的にリストアップされている。また、糖鎖組成候補は、シアル酸以外の糖鎖組成が同一であるもの毎に分類されている。
【0051】
具体的には、
図5の例では、二つの異性体ピーククラスターSIALIC#2、SIALIC#3に各々含まれるピークの全てに対し、シアル酸の個数が3で且つシアル酸以外の糖鎖組成がHex6HexNAc5であるシアル酸含有糖鎖、又は、シアル酸の個数が3で且つシアル酸以外の糖鎖組成がHex5HexNAC5dHex1であるシアル酸含有糖鎖が糖鎖組成候補として推定されている。また、一部のピークに対してのみ、糖鎖組成が異なる(本例では、Hex5HexNAC7及びHex6HexNAc3dHex1)シアル酸含有糖鎖も糖鎖組成候補として推定されている。
【0052】
一例を挙げると、第3の異性体ピーククラスターSIALIC#3中のPeak Index 2であるピーク(m/z 3082.2)に対しては、シアル酸以外の糖鎖組成がHex6HexNAc5であるとした場合に、シアル酸組成及び結合様式の組合せとして、NeuAc(α2,3-)2NeuGc(α2,6-)1と、NeuAc(α2,6-)1NeuAc(α2,3-)1NeuGc(α2,3-)1、という2種類の糖鎖組成候補が推定されている。このイオンピークがこれら2種類の糖鎖の混合物に由来するものか、或いはいずれか一方の糖鎖に由来するものであるかは、後述するように、そのイオンピークをプリカーサーイオンとしたMS/MS分析を行うことによって把握可能である。
【0053】
なお、アノテーション付きマススペクトル又はピーク一覧表において、ユーザーが異性体ピーククラスターを選択指示した場合、選択された異性体ピーククラスターやそれに対応する又は関連付けられているピークがアノテーション付きマススペクトルやピーク一覧表において目立つように、それらに対応する文字が強調表示されるようにしてもよい。
【0054】
或るピークについて複数の糖鎖組成候補が推定されているか否かに拘わらず、アノテーション付きマススペクトル、ピーク一覧表、又は糖鎖組成候補一覧表のいずれかにおいてユーザーが任意のピークをプリカーサーイオンとして指示する操作を行うと、プリカーサーイオン選択受付部39は、指示されたイオンピークをMS/MS分析のプリカーサーイオンとして選択する(ステップS8)。
【0055】
この選択の情報は分析制御部2に送られ、分析制御部2は、選択されたプリカーサーイオンをターゲットとするMS/MS分析、具体的には、CID等のイオン解離手法を用いたプロダクトイオンスキャン測定を実施するように質量分析部1を制御する。これにより、質量分析部1は、シアル酸結合様式特異的修飾を受けた糖鎖が含まれる試料に対するMS/MS分析を実行し、MS/MSスペクトルデータを取得する(ステップS9)。
【0056】
MS/MSスペクトルには、目的とするシアル酸含有糖鎖由来の複数のプロダクトイオンピークが観測されるから、そのピークのm/z値に基いてユーザーは、複数の糖鎖組成候補のうちのいずれが妥当であるのか、或いは一つの糖鎖組成候補が妥当であるのかを検証することができる(ステップS10)。
【0057】
以上のようにして、本実施形態の糖鎖解析システムによれば、シアル酸含有糖鎖の、シアル酸結合様式を含めた構造解析を効率良く行うことができる。
【0058】
上記実施形態の説明では、ステップS4において各ピークに対応して推定された糖鎖組成候補の全てを
図5に示したような糖鎖組成候補一覧表300に掲載するようにしたが、特定の制約条件や仮定に従って糖鎖組成候補を絞り込み、その絞り込まれた糖鎖組成候補とそれに漏れた糖鎖組成候補とを視覚的に容易に識別可能な形式で表示するようにしてもよい。その場合、糖鎖組成フィルタリング部35が、予め設定された絞り込み条件に従って糖鎖組成候補を判定し、糖鎖組成候補一覧表作成部37は絞り込みの結果に基いて糖鎖組成候補の表示を変更すればよい。
【0059】
糖鎖組成フィルタリング部35における絞り込み条件は、適宜に定めることができ、例えば、特許文献1に記載された条件とすることができる。特に糖鎖組成候補の数が多い場合には、妥当性が高い候補とそうでない候補とを識別したうえで表示することで、ユーザーが確認する負担を軽減することができる。
【0060】
また、例えばピークの信号強度が全体に低い等の理由により、本来は観測される筈の糖鎖由来のイオンピークがステップS2において検出されないと、異性体ピーククラスターも適切に検出されず、糖鎖組成推定に支障をきたす場合がある。このような場合、ユーザーは例えばピーク検出条件を変更することによって、ステップS2において検出されるモノアイソトピックイオンピークの数を増やすと、糖鎖組成推定が適切に行われることがあり得る。
【0061】
なお、上記実施形態はあくまでも本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加等を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【0062】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0063】
(第1項)本発明に係るシアル酸含有糖鎖解析方法の一態様は、シアル酸結合様式に特異的な修飾を受けたシアル酸含有糖鎖又は該糖鎖により修飾された分子を含む試料を質量分析することで得られたマススペクトルデータに基いて、前記シアル酸含有糖鎖を解析する解析方法であって、
前記マススペクトルデータから同位体ピーククラスター毎に代表ピークを検出するピーク検出ステップと、
前記ピーク検出ステップにおいて検出された代表ピークから、シアル酸の個数及びシアル酸以外の糖鎖組成が同一であると推定される複数のイオンピークを含む異性体ピーククラスターを検出するピーククラスター検出ステップと、
前記ピーク検出ステップにおいて検出された代表ピークについて、所定の糖鎖探索条件に従って糖鎖組成を推定する組成推定ステップと、
前記ピーククラスター検出ステップにおいて検出された異性体ピーククラスター毎に、一つの異性体ピーククラスターに含まれるピークとマススペクトルにおいて観測されるピークとの対応を示すアノテーションを付加したアノテーション付きマススペクトル、又は、前記ピーククラスター検出ステップにおいて検出された異性体ピーククラスター毎に、一つの異性体ピーククラスターに含まれるピークの質量電荷比値をまとめたピーク一覧表、を作成して表示部に表示する第1の表示処理ステップと、
前記組成推定ステップにおいて得られた糖鎖組成候補を、前記ピーククラスター検出ステップにおいて検出された少なくとも一つの異性体ピーククラスターに対応付けた組成候補一覧表を作成し、前記アノテーション付きマススペクトル又は前記ピーク一覧表と同時に又は切り替え可能に前記表示部に表示する第2の表示処理ステップと、
を有する。
【0064】
(第5項)また、本発明に係るシアル酸含有糖鎖解析装置の一態様は、シアル酸結合様式に特異的な修飾を受けたシアル酸含有糖鎖又は該糖鎖により修飾された分子を含む試料を質量分析することで得られたマススペクトルデータに基いて、前記シアル酸含有糖鎖を解析する解析装置であって、
前記マススペクトルデータから同位体ピーククラスター毎に代表ピークを検出するピーク検出部と、
前記ピーク検出部により検出された代表ピークから、シアル酸の個数及びシアル酸以外の糖鎖組成が同一であると推定される複数のイオンピークを含む異性体ピーククラスターを検出するピーククラスター検出部と、
前記ピーク検出部により検出された代表ピークについて、所定の糖鎖探索条件に従って糖鎖組成を推定する組成推定部と、
前記ピーククラスター検出部により検出された異性体ピーククラスター毎に、一つの異性体ピーククラスターに含まれるピークとマススペクトルにおいて観測されるピークとの対応を示すアノテーションを付加したアノテーション付きマススペクトル、又は、前記ピーククラスター検出部により検出された異性体ピーククラスター毎に、一つの異性体ピーククラスターに含まれるピークの質量電荷比値をまとめたピーク一覧表を作成するとともに、前記組成推定部により得られた糖鎖組成候補を、前記ピーククラスター検出部により検出された少なくとも一つの異性体ピーククラスターに対応付けた組成候補一覧表を作成し、前記アノテーション付きマススペクトル又は前記ピーク一覧表と前記組成候補一覧表とを同時に又は切り替え可能に表示部に表示する表示処理部と、
を備える。
【0065】
第1項に記載のシアル酸含有糖鎖解析方法及び第5項に記載のシアル酸含有糖鎖解析装置によれば、ユーザーは、各異性体ピーククラスターに含まれる複数のピークを、表示部に表示されたアノテーション付きマススペクトル又はピーク一覧表により直観的に把握することができる。そのうえで、ユーザーは、一つ又は複数の異性体ピーククラスターに含まれる複数のピークにそれぞれ対応する糖鎖組成候補を組成候補一覧表により簡便に認識し、例えば不確定である糖鎖組成を検証するために必要なMS/MS分析のプリカーサーイオンを決定することができる。これにより、シアル酸含有糖鎖の構造を解析する作業の効率を改善することができる。また、そうした解析作業の際のミスを起こりにくくして、解析の精度を向上させることができる。
【0066】
(第2項、第6項)第1項に記載のシアル酸含有糖鎖解析方法及び第5項に記載のシアル酸含有糖鎖解析装置において、前記アノテーション付きマススペクトル及び前記ピーク一覧表は、シアル酸の数及びシアル酸以外の組成が同一でシアル酸の種類のみが相違する複数の異性体ピーククラスターの間での、シアル酸の結合様式が同じであるピークの対応付けを示す情報、を含むものとし得る。
【0067】
シアル酸の種類は、典型的には、N-アセチルノイラミン酸、N-グリコリルノイラミン酸、デアミノノイラミン酸などである。
第2項に記載の解析方法及び第6項に記載の解析装置によれば、シアル酸の種類のみが相違する複数の異性体ピーククラスターの間でのピークの対応付けをユーザーが容易に把握することができる。それによって、例えばN-アセチルノイラミン酸からN-グリコリルノイラミン酸への置換などの、生体内で生じる現象の有無などを簡便に確認することができる。
【0068】
(第3項)第1項又は第2項に記載のシアル酸含有糖鎖解析方法は、さらに、
ユーザーによる、前記表示部に表示された前記アノテーション付きマススペクトル、前記ピーク一覧表、前記組成候補一覧表のいずれかにおける、任意の異性体ピーククラスターに含まれる任意のピークをプリカーサーイオンとして選択する操作、を受け付けるプリカーサーイオン選択ステップと、
前記試料に対し、前記プリカーサーイオン選択ステップにおいて選択されたプリカーサーイオンをターゲットとするMS/MS分析を実行するMS/MS分析実行ステップと、
を有するものとし得る。
【0069】
(第7項)また、第5項又は第6項に記載のシアル酸含有糖鎖解析装置は、
前記表示部に表示された前記アノテーション付きマススペクトル、前記ピーク一覧表、又は前記組成候補一覧表のいずれかにおいて、ユーザーによる、任意の異性体ピーククラスターに含まれる任意のピークの選択操作を受け付けるプリカーサーイオン選択受付部と、
前記試料に対し、前記プリカーサーイオン選択受付部により受け付けたプリカーサーイオンをターゲットとするMS/MS分析を実行するMS/MS分析実行部と、
をさらに備えるものとし得る。
【0070】
なお、上記プリカーサーイオン選択ステップでは、表示部の画面上でポインティングデバイスによるクリック操作等によって簡便に、プリカーサーイオンとするピークを選択することができる。
【0071】
一般的に、或る一つのピークに対して複数の糖鎖組成候補が推定されている場合、いずれの糖鎖組成候補が正確であるのかを検証するには、そのピークについてのMS/MS分析を実施し、得られたプロダクトイオンの質量電荷比を確認する必要がある。第3項に記載の解析方法及び第7項に記載の解析装置によれば、ユーザーは、例えば組成候補一覧表においてMS/MS分析を行う必要があるピークを把握し、簡便な操作で以てそのピークに対応するイオンをプリカーサーイオンに設定したMS/MS分析を実行することができる。これにより、シアル酸含有糖鎖の構造解析をより一層効率良く行うことができる。
【0072】
(第4項)第1項~第3項のいずれか1項に記載のシアル酸含有糖鎖解析方法は、
前記アノテーション付きマススペクトル、前記ピーク一覧表、又は前記糖鎖組成候補一覧表を表示したあとに、ユーザーによるピーク検出条件を変更する操作、を受け付けるピーク検出条件再設定ステップ、をさらに有し、
変更後のピーク検出条件の下で前記ピーク検出ステップ以降の各ステップの処理を実施することで再解析を行うものとし得る。
【0073】
第4項に記載の解析方法によれば、例えば、マススペクトルにおいて観測されるピークの信号強度が低い或いはSN比が悪い等の要因によって、異性体ピーククラスターが検出できないような場合に、ユーザーがピーク検出条件を適宜変更して再度解析を実施することができる。それにより、試料の状態が悪いような場合であっても、糖鎖解析の効率を高めることができる。
【符号の説明】
【0074】
1…質量分析部
2…分析制御部
3…データ解析部
30…データ格納部
31…ピーク検出部
32…糖鎖探索条件設定部
320…糖鎖探索条件保存部
33…異性体ピーククラスター検出部
34…糖鎖組成推定部
35…糖鎖組成フィルタリング部
36…アノテーション付きマススペクトル作成部
37…糖鎖組成候補一覧表作成部
38…表示処理部
39…プリカーサーイオン選択受付部
4…入力部
5…表示部