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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023000902
(43)【公開日】2023-01-04
(54)【発明の名称】肌状態の評価方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 8/08 20060101AFI20221222BHJP
   A61B 8/14 20060101ALI20221222BHJP
【FI】
A61B8/08
A61B8/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021101968
(22)【出願日】2021-06-18
(71)【出願人】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】向江 志朗
(72)【発明者】
【氏名】上田 有紀
(72)【発明者】
【氏名】原 祐輔
【テーマコード(参考)】
4C601
【Fターム(参考)】
4C601BB03
4C601DD18
4C601EE11
4C601JB28
4C601JB40
4C601JB46
4C601JB48
4C601JB49
4C601JC06
(57)【要約】
【課題】簡易で迅速な皮膚内部組織の測定に基づく肌状態の評価方法を提供する。
【解決手段】皮膚に照射した超音波の反射波から、前記皮膚の深さ方向、及び面内方向の3次元画像データを構築し、前記3次元画像データから基底膜の位置を特定し、前記基底膜から所定の深さまでの範囲を評価空間と決定し、前記評価空間におけるコラーゲンの密度または線維状態を定量化する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚に照射した超音波の反射波から、前記皮膚の深さ方向、及び面内方向の3次元画像データを構築し、
前記3次元画像データから基底膜の位置を特定し、
前記基底膜から所定の深さまでの範囲を評価空間と決定し、
前記評価空間におけるコラーゲンの密度または線維状態を定量化する、
肌状態の評価方法。
【請求項2】
前記評価空間の一定体積中に含まれるコラーゲンの割合をコラーゲンの前記密度または分布量として定量化する、
請求項1に記載の肌状態の評価方法。
【請求項3】
前記3次元画像データにフィルタリング処理を施して特定パターンを抽出し、
前記評価空間の全ピクセルに対する、前記特定パターンを含むピクセルの割合を、前記コラーゲンの分布量として算出する、
請求項2に記載の肌状態の評価方法。
【請求項4】
年齢別のコラーゲンの平均分布量をあらかじめ取得し、
前記平均分布量と、測定された前記コラーゲンの前記分布量とに基づいて、前記肌状態を評価する請求項2または3に記載の肌状態の評価方法。
【請求項5】
前記評価空間のパワースペクトルの一次元空間周波数分布を求め、
前記一次元空間周波数分布をフィッティングし、
フィッティングラインの傾きをコラーゲン線維の強さを示す値として決定する、
請求項1に記載の肌状態の評価方法。
【請求項6】
前記一次元空間周波数分布は、前記評価空間内の面内強度分布をフーリエ変換して得られる2次元空間周波数領域の全方向での空間周波数分布の平均を表す、
請求項5に記載の肌状態の評価方法。
【請求項7】
年齢別の前記フィッティングラインの平均傾きをあらかじめ取得し、
前記平均傾きと、測定された前記フィッティングラインの傾きとに基づいて、前記肌状態を評価する請求項5または6に記載の肌状態の評価方法。
【請求項8】
前記3次元画像データに一次微分フィルタを用いたエッジ検出を行い、
前記皮膚の表面と水平に広がるフィルタリング除去された領域を表皮層として検出し、
前記表皮層から前記皮膚の深さ方向に向かって最初に現れる強度のピーク位置を、前記基底膜と決定する、
請求項1~7のいずれか1項に記載の肌状態の評価方法。
【請求項9】
前記反射波に基づいて前記皮膚の深さ方向の音響インピーダンスを計算し、前記音響インピーダンスを一回微分して得られる変化率に現れる2つ目のピーク位置を、前記基底膜と決定する、
請求項1~7のいずれか1項に記載の肌状態の評価方法。
【請求項10】
請求項2~4のいずれかの方法で決定されるコラーゲンの分布量を第1の軸で表し、
請求項5~7のいずれかの方法で決定される前記フィッティングラインの傾きを、前記第1の軸と直交する第2の軸で表し、
前記コラーゲンの分布量と前記フィッティングラインの傾きを4つの象限のいずれかにプロットし、
前記プロットに基づいて前記肌状態を評価する、
肌状態の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肌状態の評価方法に関し、特に、超音波による皮膚内部のコラーゲン状態の評価に関する。
【背景技術】
【0002】
コラーゲンはタンパク質の一種であり、生体組織の柔軟性や弾力性に関与する。特に、皮膚に含まれるコラーゲンは、肌のハリや強さに大きく影響する。皮膚のうち、表皮層の直下にある真皮層では、その70~80%がコラーゲン線維で形成されている。コラーゲン線維は、コラーゲン分子の規則的な配列が束状に集まったものである。コラーゲン線維が細く脆いと、しわ、たるみなどの外観上の変化となって表れる。コラーゲン分布量が多いと、皮膚にハリと強度がある。皮膚のコラーゲン状態を正しく保つことで、若く健康な肌を維持することができる。
【0003】
皮膚内部に超短パルス光を照射して発生した第2高調波(SHG光)を検出し、SHG光画像に基づいて皮膚内部のコラーゲンの粗密を定量化する方法が提案されている(たとえば、特許文献1参照)。一方、皮膚等の薄い層構造に超音波を照射し、物性の異なる組織境界からの反射波から音響インピーダンスを計算して、層の界面または厚さを推定する方法が提案されている(たとえば、特許文献2及び3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第5707226号公報
【特許文献2】特許第6361001号公報
【特許文献3】特開2020-174856号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
SHG顕微鏡を用いた測定は、高分解能で皮膚内部のコラーゲン線維を可視化することができるが、システム構成が大掛かりであり、測定と解析に時間がかかる。音響顕微鏡を用いる手法は、SHG顕微鏡と同程度の超高分解能のイメージングはできないが、簡易かつ短時間の測定と解析が可能である。上述した特許文献2は、皮膚の深さ方向の画像の構築を目的としており、特定の層に含まれる生体組織の分析、評価はできていない。特許文献3は、反射波の音響インピーダンスを2回微分して得られる変曲点から、角層の位置または厚さを推定しているが、角層よりも内部の層に含まれる生体組織の分析、評価は実現されていない。
【0006】
本発明のひとつの側面として、簡易で迅速な皮膚内部組織の測定に基づく肌状態の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様において、肌状態の評価方法は、
皮膚に超音波を照射して反射波を測定し、
前記反射波の強度から、前記皮膚の深さ方向、及び面内方向の3次元画像データを構築し、
前記3次元画像データから基底膜の位置を特定して、前記基底膜から所定の深さまでの範囲を評価空間と決定し、
前記評価空間におけるコラーゲンの密度または線維状態を評価する。
【発明の効果】
【0008】
簡易で迅速な皮膚の内部組織の測定に基づく肌状態の評価方法が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】測定対象の皮膚の形態を説明する図である。
図2】肌状態の評価方法の基本動作を示すフローチャートである。
図3】超音波の照射と反射波の取得を説明する図である。
図4】反射波の強度分布から生成されたx-z面の画像データの一例である。
図5】基底膜の特定を説明する図である。
図6】3次元データに基づくコラーゲン状態の定量化を説明する図である。
図7】コラーゲン分布量の定量化を説明する図である。
図8】コラーゲン分布量の定量化のフローチャートである。
図9】コラーゲン分布量と年齢の関係をプロットした図である。
図10】コラーゲン線維の強さ(または太さ)の定量化のフローチャートである。
図11】パワースペクトルの一次元空間周波数分布の取得を説明する図である。
図12】パワースペクトルの指数関数へのフィッティングを説明する図である。
図13】コラーゲン線維の強さを表す指標と年齢の関係をプロットした図である。
図14】音響顕微鏡を用いた実施形態の測定結果をSHG顕微鏡による測定結果と比較して示す図である。
図15】定量化された指標に基づく肌状態評価の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下で、図面を参照して、肌状態評価の具体的な手法を説明する。実施形態では、皮膚に超音波を照射して得られる反射波から3次元画像データを構築して、コラーゲンに関する情報を抽出する。超音波の照射と反射波の測定は、一般的な音響インピーダンス顕微鏡を使用して行われる。実施形態では、コラーゲンに関する情報の一例として、コラーゲンの分布量と、コラーゲン線維の強さ(太さ)を定量化する。
【0011】
図1は、測定対象となる皮膚の形態を説明する図である。皮膚は外側から順に、表皮、真皮、皮下組織の3層構造をもつ。表皮の最表層に、厚さ20μm程度の角層があり、角層の下に表皮層がある。真皮は、表皮と皮下組織の間にあり、主要な構成成分であるコラーゲン線維の他に、ヒアルロン酸などのグリコサミノグリカン等が含まれている。真皮層は、ハリ、弾性、水分保有などの機能を果たすことで、皮膚の機械的特性と形態的特性を維持する。実施形態では、皮膚の表面から300μm程度の深さまで超音波測定する。測定結果を解析して、表皮よりも深い真皮層において主要構成成分であるコラーゲンの密度(分布量)またはコラーゲン線維の強さを定量化する。皮膚内部のコラーゲン状態を多角的に定量化することで、肌状態の客観的な評価が高い精度で可能になる。
【0012】
超音波を利用するのは、SHG顕微鏡と比較して測定時間と解析時間が短く、汎用の音響顕微鏡で測定が可能だからである。後述するように、測定対象者の皮膚の所定領域を超音波で走査し、皮膚内部からの反射波に基づいてコラーゲン状態を特定して、SHG顕微鏡による測定結果と一致した測定結果を得る。
【0013】
図2は、実施形態の肌状態の評価方法の基本動作を示すフローチャートである。まず、測定対象者の皮膚に超音波を照射して反射波を測定する(S1)。測定対象者の皮膚の一例として、頬の皮膚を測定する。対象者の頬に、音響顕微鏡のプローブ先端の音響窓を押しあてて測定してもよいし、固定の測定プレート上に頬を押し当てた状態で測定してもよい。皮膚表面の微細な凹凸と、プローブの音響窓または測定プレートとの間の隙間を埋めるために、水、ゲル等のカプラントを頬に塗った状態で測定するのが望ましい。
【0014】
図3は、超音波の照射と反射波の取得を説明する図である。20~320MHz程度の超音波パルスを生体内に送ると、物性が異なる組織界面からの反射波を得ることができる。皮膚の表面をx-y面、深さ方向をz方向とする。皮膚表面から生体内に送られた超音波は、カプラントと皮膚の界面、角層と表皮層の界面、表皮と真皮の界面等で反射されて、反射波が得られる。
【0015】
音響顕微鏡はパーソナルコンピュータ(PC)に接続されている。超音波を頬に対して2次元走査して得られる反射波は、プローブの内部または測定プレートの直下に設けられた受信器で受信され、電気信号に変換されてPCに入力される。PCにて、反射波をフーリエ変換し、フーリエ変換後の反射信号から音響インピーダンスを計算する。皮膚内部の組織界面からの音響インピーダンスの抽出精度を高めるため、測定プレート、カプラント等の参照物質からの参照波形と、組織界面からの反射波との相互相関の最大値をとってもよい。相互相関の最大をとることで、反射波に対する皮膚内部からの干渉や、皮膚表面の凹凸の影響を低減して、精度良く音響インピーダンスを求めることができる。
【0016】
図2に戻って、反射波の信号強度もしくは音響インピーダンスから、3次元画像データを構築する(S2)。3次元とは、図3に示したように、皮膚表面と平行なx-y面内と、皮膚の深さ方向(z方向)の3軸である。x-y面内の反射波は、超音波を皮膚に対して2次元走査することで得られる。深さ方向のデータは、反射波の波形、および音響インピーダンスのz方向の強度プロファイルで得られる。信号強度もしくは音響インピーダンスの強度を3次元にマッピングすることで、3次元画像データが得られる。
【0017】
一例として、2.4×2.4mmの領域で、皮膚表面から300μmの深さまでの範囲で、45000の反射波から3次元データを構築する。ピクセル単位にすると、(x,y,z)=(300,150,200)ピクセルである。分解能は、(Δx,Δy,Δz)=(8,16,15)μmである。
【0018】
図4は、構築した3次元画像データにおけるx-z面の画像の一例を示す。x方向に走査した超音波の反射波の信号強度を、濃淡データとしてx-z面内のピクセルにマッピングしたものである。この画像データのうち、細かい波模様を形成する画像領域Aが、コラーゲンの存在を示す。超音波の一部がコラーゲン線維で反射されることで、反射波の強度を濃淡にマッピングした画像データ上に細かい波模様が現れる。模様のない平坦な領域Bは、反射信号がほとんど得られない領域、すなわち、コラーゲン線維の存在が少ない領域である。
【0019】
図2に戻って、3次元画像データから基底膜の位置を特定し、基底膜から所定の深さまでの範囲を評価空間として決定する(S3)。基底膜は、表皮と真皮の間に位置し、細胞外マトリクス分子で形成された薄い膜状の構造体である。実施形態の肌状態の評価では、基底膜直下、すなわち、真皮上層に存在する線維性のコラーゲンを評価する。通常の皮膚内部のコラーゲン評価では、皮膚の最表面から所定の深さまで、とあらかじめ設定された深さで測定が行われている。これに対し、実施形態では、基底膜から所定の深さを評価空間とする。基底膜の位置、すなわち表皮の厚さは測定対象者や年齢によってばらつき、また、コラーゲン線維を形成するI型コラーゲンは基底膜直下に存在することから、基底膜を基準として評価空間を設定する。
【0020】
図5は、基底膜の特定を説明する図である。基底膜の位置は、特許文献3に記載されるように、2回微分の手法で特定してもよい。ただし、基底膜からの反射波は、角層と表皮層の界面から得られる反射波と比較して小さいため、2回微分の方法で基底膜を特定するのが困難な場合がある。一つの方法として、反射波を1回微分した波形から基底膜を特定する。
【0021】
基底膜にもコラーゲンは含まれるが、基底膜に含まれるコラーゲンは、真皮を形成する線維性のI型コラーゲンと異なり、非線維性のIV型コラーゲンである。物性の異なる基底膜と真皮の界面では、音響インピーダンスが増加する方向へ変化する。反射波を1回微分した強度プロファイルにおける2つ目のピークを、基底膜の位置と特定してもよい。一つ目のピークは、カプラントと角層との界面位置を示す。
【0022】
あるいは、ステップS2で生成した3次元画像データに基づいて、基底膜の位置を特定してもよい。S2で生成した3次元画像データに、一次微分フィルタによるエッジ検出等のフィルタリング処理を施して、画像内の波状の縞模様を抽出する。このエッジ検出で、信号のない領域、あるいは信号変化が所定のレベル以下の領域が除去される。
【0023】
図5は、フィルタリング処理後の画像データである。x-z面内で、信号変化の小さい領域が白抜きされ、波状の縞模様のパターンが残る。フィルタリング処理後の画像で、測定面と平行に走る信号のない大きなうねりは、表皮層を表す。除去されずに残った縞模様のパターンは、コラーゲン線維の存在を示す。エッジ検出後のデータで、除去された表皮層を表す領域から深さ方向に輝度(信号強度)をたどり、最初に輝度のピークが現れる深さ位置を、基底膜の位置とする。エッジ検出と深さ方向の輝度ピークの検出は、汎用の画像処理ソフトウエアおよびPython等のプログラミング言語をベースにしたソフトウェア・パッケージで実施可能である。基底膜から所定の深さまでの範囲、たとえば基底膜直下の40~120μmの空間を評価空間とする。
【0024】
図2に戻って、評価空間におけるコラーゲンの状態を測定、評価する(S4)。コラーゲン状態の測定、評価には、コラーゲン状態の定量化が含まれる。
【0025】
図6は、3次元データに基づくコラーゲン状態の定量化を説明する図である。ステップS2で生成した3次元画像データから、コラーゲンが存在する領域を特定する。ステップS3のように、3次元データに画像処理を施して基底膜の位置を特定し、基底膜直下の所定の範囲を評価空間とする。評価空間内のコラーゲンの状態を特徴付けする。コラーゲン状態の特徴量として、コラーゲンの分布量、コラーゲン線維の強さ(太さ)などを定量化する。
【0026】
一般に、コラーゲンの分布量が多い方が肌にハリがある。また、コラーゲン線維が太く集まっているほうが、肌に剛性がある。以下で、コラーゲン分布量とコラーゲン線維の強さの具体的な定量化の手法を説明する。
【0027】
<コラーゲンの分布量の定量化>
図7は、コラーゲン分布量の定量化を説明する図である。コラーゲンの分布量を表す指標として、体積充填率(VFF:Volume Filling Factor)を用いる。VFFは、評価空間内の全ピクセル数に対する、コラーゲンが占めるピクセル数の比である。評価空間のどの部分をコラーゲンが占めるかは、図5のように画像処理した3次元データから求めることができる。
【0028】
基底膜直下の評価空間、すなわちVFFの計算体積として、基底膜直下の80±40μmの範囲を設定する。一例として、評価空間はピクセル単位で(x,y,z)=(300,150,50)とすると、評価空間のピクセル総数は、2,250,000である。この中で、フィルタリング処理で除去されずに残ったピクセルを、コラーゲンのピクセルとしてカウントする。これにより、一定体積中のコラーゲンの割合が求められる。
【0029】
図8は、コラーゲン分布量の定量化のフローチャートである。3次元画像データから特定パターンを抽出する(S11)。特定パターンは、この例では、コラーゲン線維を示す波状のパターンである。
【0030】
評価空間内の総ピクセル数に対する特定パターンに含まれるピクセル数の割合を、コラーゲンの分布量として算出する(S12)。算出された分布量を用いて肌状態を評価するために、基準データを用意しておく(S13)。基準データとして、年齢別のコラーゲンの平均分布量を取得しておいてもよい。測定されたコラーゲン分布量を、年齢別のコラーゲンの平均分布量と比較することで、肌状態が実年齢よりも若い、老けている、同世代の平均的な状態である、等を評価することができる。
【0031】
図9は、コラーゲン分布量と年齢の関係をプロットした図である。20歳から69歳までの84名の男女を測定し、各人の測定結果から計算したVFFを年齢に対応づけてプロットしている。測定部位はすべて頬であり、同じ音波顕微鏡を用いて反射波測定を行い、上述した画像処理後のデータに基づいて基底膜を特定し、同じサイズの評価空間でVFFを計算している。
【0032】
図9から、年齢とVFFの間には中程度の逆相関があり、加齢とともにコラーゲン分布量が小さくなることがわかる。この図で、相関係数rは、-0.459±0.005、相関係数のp値、すなわち、相関がないのに偶然または誤って相関係数rが-0.459±0.005になる確率は0.001(0.1%)未満である。
【0033】
コラーゲンの状態をコラーゲン分布量として定量化することで、肌状態を客観的に評価することができる。なお、図8のフローのステップS13は、S11の前に実施しておいてもよい。
【0034】
<コラーゲン線維の強さ>
もうひとつの評価指標として、コラーゲン線維の強さ(または太さ)を定量化する。コラーゲン線維が太く、大きな束である場合、コラーゲン線維は強いと評価できる。コラーゲン線維が細く、脆い場合、コラーゲン線維が弱っていると評価できる。コラーゲン線維の強さをどのように定量化するかがひとつの課題である。
【0035】
図10は、コラーゲン線維の強さ(または太さ)の定量化のフローチャートである。まず、評価空間内のパワースペクトルP(k)の1次元空間周波数分布を求める(S21)。パワースペクトルP(k)の1次元空間周波数分布は、たとえば強化空間内の所定の深さでの面内強度分布をフーリエ変換して得られる。より具体的には、図6に示す3次元画像データのうち、評価空間内のx-y面内の強度分布をフーリエ変換して、まず、2次元の空間周波数データに変換する。
【0036】
図11は、2次元空間周波数データからパワースペクトルの1次元空間周波数分布の取得を説明する図である。横軸はx方向の空間周波数k、縦軸はy方向の空間周波数kである。右側のインジケータは、2次元周波数空間でのパワースペクトルPの対数である。
【0037】
フーリエ変換された周波数領域のパワースペクトルP(k)は、
【0038】
【数1】
で表される。ここでFTはフーリエ変換を表し、
【0039】
【数2】
は輝度分布、kは空間周波数である。
【0040】
図11の2次元空間周波数分布から1次元空間周波数分布を得るために、全方向、すなわちあらゆる角度
【0041】
【数3】
での輝度分布の平均をとる。すなわち、パワースペクトルP(k)は、
【0042】
【数4】
と表される。
【0043】
次に、1次元空間周波数分布のパワースペクトルP(k)を指数関数(べき関数)にフィッティングして、指数関数の傾きpを、コラーゲン線維の強さ(粗密)を表す値として決定する(S22)。
【0044】
図12は、パワースペクトルP(k)の指数関数(べき関数)へのフィッティングを説明する図である。黒点は1次元化されたパワースペクトル、背景の灰色の点集合は角度平均前のデータである。矢印の左側のx-y面内の輝度分布を表す画像データを、上述のようにフーリエ変換して、全方向に平均化した1次元空間周波数のパワースペクトルP(k)を取得する。このパワースペクトルP(k)を指数関数にフィッティングすると、矢印の右側に示すフィッティングカーブが得られる。横軸は1次元空間周波数k、縦軸はパワースペクトルP(k)の対数強度である。P(k)は1/kpに比例する。
【0045】
【数5】
【0046】
フィッティングカーブの傾きpを、コラーゲン線維のテクスチャ(CFT:Collagen Fiber Texture)を表す指標とする。傾きpは、コラーゲン線維の太さ、細さのバランスを表す。空間周波数の小さい領域、すなわちコラーゲン線維が太く粗い領域で対数強度は大きい。空間周波数が高い、すなわちコラーゲン線維が細く空間密度が高い領域で対数強度は小さい。
【0047】
図13は、コラーゲン線維の強さを示す指標であるCFTと年齢の関係をプロットした図である。上述のように、CFTは、評価領域の空間周波数と、反射波の対数強度の関係を表す指数関数の傾きである。CFTが大きいときは、指数関数の傾きが急である。CFTが小さいときは、指数関数の傾きが平坦である。
【0048】
指数関数の傾きpが急峻である場合、コラーゲン線維の太さ、細さのバランスが良好であり、コラーゲン状態が良いことを示す。すなわち、コラーゲン線維の太い束が存在する部分では空間周波数は低く、コラーゲン線維が密に存在する。傾きpが平坦な場合は、コラーゲン線維の太さ、細さのバランスがくずれて、コラーゲン状態が劣化していることを示す。コラーゲン線維が太く粗く存在するはずの領域からパワースペクトルが得られず、コラーゲン線維の内部で線維が切れる、あるいは欠落していることを示す。
【0049】
CFTは、年齢とともに減少する傾向がある。VFFの測定評価と同じ20歳から69歳までの84名の超音波測定結果からCFTを計算して、年齢に対してプロットしたところ、弱い逆相関がみられる。相関係数rは、-0.356±0.045、相関係数のp値、すなわち、相関がないのに偶然または誤って相関係数rが-0.356±0.045になる確率は0.001+0.059-0.001である。コラーゲン線維のCFT値を、肌状態の評価に十分に使用できることがわかる。
【0050】
上記では、評価しやすいように反射波のパワースペクトルの対数強度を用いたが、対数強度に代えて、正規化された相対強度、あるいは音響インピーダンスの強度そのものを用いてもよい。評価空間の空間周波数と反射波強度との関係を表す関数は、指数関数が最適ではあるが、指数関数に限定されず、フィッティングラインを記述する適切な関数を用いてもよい。
【0051】
図10に戻って、年齢別のCFTの平均値(空間周波数の関数としての反射波強度の平均傾き)をあらかじめ取得しておく(S23)。測定され算出されたCFT値を、あらかじめ取得された年齢別の平均CFT値と比較して、肌状態を評価する(S24)。これにより、皮膚内部のコラーゲンの状態を客観的に評価することができる。
【0052】
図14は、音響顕微鏡を用いた実施形態の測定結果を、SHG顕微鏡による測定結果と比較して示す図である。図14の(A)は、音響顕微鏡を用いて得られた実施形態の測定結果、(B)はSHG顕微鏡による測定結果である。図14の(A)で、20歳代の被測定者の肌内部の画像データ(x-z断面)では、フィルタリング除去された領域、すなわち信号変化の乏しい領域は少なく、コラーゲン線維の存在が多いことが視覚的にわかる。
【0053】
60歳代の被測定者の肌内部の画像データ(x-z断面)では、フィルタリング除去された領域、すなわち信号変化の乏しい領域が増大し、コラーゲン線維が減少していることが視覚的にわかる。それぞれの画像データに基づいて、客観的な数値として定量化されたVFF値は、20歳代では0.7、60歳代では0.5となる。同様に、20歳代のCFT値は3.1、60歳代のCFT値は2.5である。
【0054】
図14の(B)で、SHG顕微鏡で超短パルスを被測定者の頬に照射して得られた画像によると、20歳代では、太く密に束になったコラーゲン線維が観察され、60歳代ではコラーゲン線維が細く、貧弱になっている。
【0055】
図14の(A)と(B)を比較すると、画像データの状態で、コラーゲン線維が占める場所と割合、粗密が一致している。したがって、音波顕微鏡の測定結果から生成される画像データだけでも、コラーゲン線維状態の視覚的な評価は可能である。
【0056】
コラーゲン状態を定量化したVFF値またはCFT値を用いることで、視覚的に認識されるコラーゲン状態を、客観的な数値として示すことができる。VFF値、及びCFT値が示すコラーゲン状態は、SHG顕微鏡による観察結果とよく整合している。すなわち、加齢とともにコラーゲン分布量(VFF)が小さくなり、コラーゲン線維が細く薄くなっている(CFT値の減少)。音響顕微鏡により加齢の傾向を、精度よく客観評価できることがわかる。
【0057】
図14の測定で、音波顕微鏡を用いた測定結果(A)は、測定時間2分、解析時間2分の合計4分で得られている。SHG顕微鏡を用いた測定結果(B)を得るのに、測定時間60分、解析時間20分の、合計80分もかかっている。音響顕微鏡を用いた実施形態の手法は、SHG計測の1/20の時間で実現される。この測定結果は、実施形態の手法による実用的でスピーディな解析の可能性を示している。
【0058】
図15は、定量化された指標に基づく肌状態評価の一例を示す。横軸にコラーゲンの分布量(VFF値)、縦軸にコラーゲン線維の強さ(CFT値)をとり、測定結果から計算されたVFF値とCFT値を4象限にプロットする。原点は、たとえば、VFF値とCFF値の全体平均値とする。VFF値、CFF値ともに平均以上の場合、第1象限にプロットされ、肌状態が良好と評価される。
【0059】
CFT値は平均以上だがVFF値が平均に達しないときは、第2象限にプロットされ、皮膚内部のコラーゲン量の増強が必要と評価される。VFF値は平均以上だがCFT値が平均に達しないときは、第4象限にプロットされ、コラーゲン線維の強化が必要と評価される。CFT値、VFF値ともに平均に達しないときは、第3象限にプロットされ、コラーゲン量が不足し、かつコラーゲン線維が脆弱であると評価される。この場合、コラーゲン量の増大とコラーゲン線維の強化の双方が望まれる。
【0060】
図15の客観評価に基づいて、サプリメントの服用、スキンケアの方法などを適切にアドバイスすることができる。
【0061】
以上、特定の実施形態に基づいて本発明を説明してきたが、本発明は上述した例に限定されない。音響顕微鏡を用いることは、短時間の簡易な肌評価に有用であるが、上述した実施形態のVFFまたはSFTに基づく評価手法、基底膜を特定して評価空間を設定する手法は、SHG顕微鏡やOCT(Optical Coherence Tomography:光干渉断層撮影)を用いた皮膚測定にも適用できる。構築された3次元画像データに対するフィルタリング処理と、基底膜の特定は「python」、「openCV-Phthon」といったプログラミング言語とソフトウェア・パッケージを用いて自動化してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明によれば、皮膚内部のコラーゲンの状態を多角的に定量化して、肌状態の高精度で客観的な評価が可能になる。実施形態の測定、評価手法は、美容、皮膚診療の分野で有用に用いることができる。
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