(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023090530
(43)【公開日】2023-06-29
(54)【発明の名称】ポリマー-酸化グラフェン複合材料、ポリマー-酸化グラフェン複合材料の作製方法、及び光電変換デバイス
(51)【国際特許分類】
H01L 31/0352 20060101AFI20230622BHJP
H10K 30/50 20230101ALI20230622BHJP
【FI】
H01L31/04 342A
H01L31/04 168
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021205518
(22)【出願日】2021-12-17
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度 国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構「太陽光発電主力電源化推進技術開発/太陽光発電の新市場創造技術開発/壁面設置太陽光発電システム技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504133110
【氏名又は名称】国立大学法人電気通信大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】沈 青
(72)【発明者】
【氏名】丁 超
(72)【発明者】
【氏名】李 玉勝
(72)【発明者】
【氏名】李 花
(72)【発明者】
【氏名】劉 東
【テーマコード(参考)】
5F151
5F251
【Fターム(参考)】
5F151AA09
5F151AA11
5F151CB13
5F151FA04
5F151GA03
5F251AA09
5F251AA11
5F251CB13
5F251FA04
5F251GA03
5F251XA55
(57)【要約】
【課題】エネルギー変換効率の向上に寄与する新たなポリマー-酸化グラフェン複合材料とその作製方法を提供する。
【解決手段】ポリマーと酸化グラフェンの複合体が溶剤に分散されたポリマー-酸化グラフェン複合材料において、前記ポリマーは、ポリメチルメタクリレート、ポリスチレン、スピロビフルオレン(spiro-MeOTAD)、ポリビニルアルコール、ポリ(アクリルアミド)、ポリ(e-カプロラクトン)、ポリ乳酸、及び、ポリ(ラクチド-cо-グリコリド)の中から選択され、前記溶剤は、イソプロパノール、酢酸エチル、アセトン、クロロホルム、及び、テトラヒドロフランの中から選択される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリマーと酸化グラフェンの複合体が溶剤に分散されたポリマー-酸化グラフェン複合材料であって、
前記ポリマーは、ポリメチルメタクリレート、ポリスチレン、スピロビフルオレン(spiro-MeOTAD)、ポリビニルアルコール、ポリ(アクリルアミド)、ポリ(e-カプロラクトン)、ポリ乳酸、及び、ポリ(ラクチド-cо-グリコリド)の中から選択され、
前記溶剤は、イソプロパノール、酢酸エチル、アセトン、クロロホルム、及び、テトラヒドロフランの中から選択される、
ポリマー-酸化グラフェン複合材料。
【請求項2】
イソプロパノール、酢酸エチル、アセトン、クロロホルム、及び、テトラヒドロフランの中から選択される溶剤と、
前記溶剤に分散された、ポリメチルメタクリレートと酸化グラフェンの複合体と、
を含むポリマー-酸化グラフェン複合材料。
【請求項3】
イソプロパノール、酢酸エチル、アセトン、クロロホルム、及び、テトラヒドロフランの中から選択される溶剤に、ポリメチルメタクリレート、ポリスチレン、スピロビフルオレン(spiro-MeOTAD)、ポリビニルアルコール、ポリ(アクリルアミド)、ポリ(e-カプロラクトン)、ポリ乳酸、及び、ポリ(ラクチド-cо-グリコリド)の中から選択されるポリマーの粉末を溶解し、
前記ポリマーの粉末が溶解した溶剤に酸化グラフェンの粉末を添加し、超音波処理してポリメチルメタクリレートと酸化グラフェンの複合体が分散された懸濁液を得る、
ポリマー-酸化グラフェン複合材料の作製方法。
【請求項4】
イソプロパノール、酢酸エチル、アセトン、クロロホルム、及び、テトラヒドロフランの中から選択される溶剤に、ポリメチルメタクリレート粉末を溶解し、
前記ポリメチルメタクリレート粉末が溶解した溶剤に酸化グラフェンの粉末を添加し、超音波処理して、ポリメチルメタクリレートと酸化グラフェンの複合体が分散された懸濁液を得る、
ポリマー-酸化グラフェン複合材料の作製方法。
【請求項5】
前記溶剤にポリメチルメタクリレート粉末を添加し、前記ポリメチルメタクリレート粉末が溶解するまで室温で攪拌する、
請求項4に記載のポリマー-酸化グラフェン複合材料の作製方法。
【請求項6】
前記ポリメチルポリメタクリレート粉末と前記酸化グラフェンの粉末の重量比は、5/1から2/1である、
請求項4または5に記載のポリマー-酸化グラフェン複合材料の作製方法。
【請求項7】
第1電極と、
第2電極と、
前記第1電極と第2電極間に設けられた光活性層と、
前記光活性層と前記第1電極の間、または前記光活性層と前記第2電極の間に配置されるポリマー-酸化グラフェン複合材料層と、
を有する光電変換デバイス。
【請求項8】
前記第1電極と前記光活性層の間に設けられる正孔ブロック層または電子輸送層と、
前記第2電極と前記光活性層の間に設けられる正孔輸送層と、
を有し、前記ポリマー-酸化グラフェン複合材料層は、前記光活性層と前記正孔輸送層の間に配置される、
請求項7に記載の光電変換デバイス。
【請求項9】
前記第1電極と前記光活性層の間に設けられる電子輸送層、
を有し、
前記光活性層は正孔輸送層としての機能を有し、
前記ポリマー-酸化グラフェン複合材料層は、前記光活性層と前記電子輸送層の間に設けられる、
請求項7に記載の光電変換デバイス。
【請求項10】
前記ポリマー-酸化グラフェン複合材料層は、ポリメチルメタクリレート、ポリスチレン、スピロビフルオレン(spiro-MeOTAD)、ポリビニルアルコール、ポリ(アクリルアミド)、ポリ(e-カプロラクトン)、ポリ乳酸、及び、ポリ(ラクチド-cо-グリコリド)の中から選択されるポリマーと、酸化グラフェンとの複合材料層である、
請求項7から9のいずれか1項に記載の光電変換デバイス。
【請求項11】
前記光活性層は、硫化鉛のコロイド量子ドットで形成されている、
請求項7から10のいずれか1項に記載の光電変換デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリマー-酸化グラフェン複合材料、ポリマー-酸化グラフェン複合材料の作製方法、及び光電変換デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
高い光電変換効率を有するナノ結晶構造として、ハロゲン化鉛ペロブスカイト半導体が注目されている。ハロゲン化物ペロブスカイト結晶を用いた光デバイスは、溶液塗布による作製が可能であり、低コストで製造することができるが、安定性を向上することがひとつの課題となっている。ペロブスカイト太陽電池を安定して動作させるために、様々な正孔輸送材料が研究されている。
【0003】
有機ハロゲン化鉛ペロブスカイトを用いた太陽電池で、ペロブスカイト層と正孔輸送層の間にポリメチルメタクリレート(PMMA)層を挿入して、エネルギー変換効率を改善する構成が提案されている(たとえば、非特許文献1参照)。一方で、硫化鉛(PbS)量子ドットを用いた太陽電池で、光吸収層とアノードの間に酸化グラフェン層を挿入して正孔輸送層として機能させる構成や(たとえば、非特許文献2参照)、酸化グラフェンとPEDOT:PSS(ポリエチレンジオキシチオフェン:ポリスチレンスルホン酸)の複合体を正孔輸送層に用いる構成が提案されている(たとえば、非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】J. Phys. Chem. C 2017, 121, 1562-1568
【非特許文献2】Organic Electronics 2018, 58, 270-275
【非特許文献3】Nanoscale, 2016, 8, 1513-1522
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、エネルギー変換効率の向上に寄与する新たなポリマー-酸化グラフェン複合材料と、その作製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
一実施形態では、ポリマーと酸化グラフェンの複合体が溶剤に分散されたポリマー-酸化グラフェン複合材料において、
前記ポリマーは、ポリメチルメタクリレート、ポリスチレン、スピロビフルオレン(spiro-MeOTAD)、ポリビニルアルコール、ポリ(アクリルアミド)、ポリ(e-カプロラクトン)、ポリ乳酸、及び、ポリ(ラクチド-cо-グリコリド)の中から選択され、
前記溶剤は、イソプロパノール、酢酸エチル、アセトン、クロロホルム、及び、テトラヒドロフランの中から選択される。
【0007】
別の実施形態では、ポリマー-酸化グラフェン複合材料の作製方法は、
イソプロパノール、酢酸エチル、アセトン、クロロホルム、及び、テトラヒドロフランの中から選択される溶剤に、ポリメチルメタクリレート、ポリスチレン、spiro-MeOTAD、ポリビニルアルコール、ポリ(アクリルアミド)、ポリ(e-カプロラクトン)、ポリ乳酸、及び、ポリ(ラクチド-cо-グリコリド)の中から選択されるポリマーの粉末を溶解し、
前記ポリマーの粉末が溶解した溶剤に酸化グラフェンの粉末を添加し、超音波処理してポリマーと酸化グラフェンの複合体が分散された懸濁液を得る。
【発明の効果】
【0008】
エネルギー変換効率の向上に寄与する新たなポリマー-酸化グラフェン(GO:Graphene Oxide)複合材料と、その作製方法が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施形態のポリマー-GO複合材料の作製工程の模式図である。
【
図2】PMMA-GO複合材料を用いて作製した試料の模式図である。
【
図3】
図2の試料のフーリエ変換赤外分光(FTIR)スペクトルを、PMMAのみの試料、及びGOのみの試料のFTIRスペクトルとともに示す図である。
【
図4】塗布、アニール後のPMMA-GO層の原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)像である。
【
図5】実施形態の試料の光吸収スペクトルを、比較例の試料の光吸収スペクトルと比較して示す図である。
【
図6】実施形態の試料の光電子収量分光(PYS:Photoelectron Yield Spectroscopy)スペクトルを、比較例の試料のPYSスペクトルと比較して示す図である。
【
図7】実施形態のPMMA-GO層を光電変換デバイスに適用したときのバンド構造図である。
【
図8】空間電荷制限電流(SCLC)測定に用いる試料の模式図である。
【
図10】SCLC測定法により得られた量子ドット層の正孔移動度を示す図である。
【
図11】SCLC測定法により得られた量子ドット層の欠陥密度を示す図である。
【
図12】実施形態のPMMA-GO複合材料を適用した光電変換デバイスの模式図である。
【
図13】
図12のデバイスのC
-2-V特性を、PMMA-GOコーティング無しの光電変換デバイスのC
-2-V特性と比較して示す図である。
【
図14】実施形態のPMMA-GO複合材料を適用した別の光電変換デバイスの模式図である。
【
図16】実施形態のPMMA-GOコートを用いた光電変換デバイスのエネルギー変換効率(PCE:Power Conversion Efficiency)を、PMMA-GOコーティングのないデバイスのPCEと比較して示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下で、図面を参照して本発明の実施形態を説明する。以下の説明は、本発明の技術思想を具体化するための例を示すものであって、本発明を下記の構成や数値に限定するものではない。
【0011】
図1は、実施形態のポリマー-GO複合材料15の作製工程を示す模式図である。実施形態では、ポリマーとしてPMMAを用い、PMMA-GO複合材料15を作製する。PMMA-GO複合体を分散する溶剤として、イソプロパノール、酢酸エチル、アセトン、クロロホルム、及び、テトラヒドロフランなどを用いることができる。下記の実施形態では、イソプロパノールを用いてPMMA-GO複合材料15を作製する。
【0012】
10mLのイソプロパノール11に、10mgのPMMA粉末12を加えて、PMMA粉末12が完全に溶解するまで室温で攪拌する。実際の試料の作製工程では、10mgのPMMA粉末12を10mLのイソプロパノール11に溶解させるために、室温で2時間攪拌した。PMMA粉末は、様々のサイズのPMMA粉末が市販されている。実施形態では、平均分子量が約15,000のPMMA粉末を用いる。
【0013】
次に、PMMA粉末12が溶解したイソプロパノール液13に、5mgのGO粉末14を添加し、30分~90分、好ましくは40分~80分、さらに好ましくは、50分~70分、超音波処理を実施する。これにより、イソプロパノール中にPMMA-GOの複合体が分散した懸濁液であるPMMA-GO複合材料15が得られる。GO粉末は、様々なナノパウダーが市販されており、実施形態では、東京化学工業株式会社製の平均サイズ6~14μmのGOナノパウダーを使用する。
【0014】
PMMA-GO複合体は、イソプロパノール中に分散したPMMAと、GOとの共重合体である。添加するPMMA粉末12とGO粉末14の量は、イソプロパノール11の量に応じて調整可能である。PMMA粉末12とGO粉末14の重量比は、5/1~2/1であり、5/1~5/2の範囲で混合してもよい。
【0015】
図1の方法で得られたPMMA-GO複合材料15は、室温で大気中に30分以上放置しても、懸濁液の色、状態等に変化はなく、PMMA-GO複合体の安定性と、懸濁液中の分散の安定性が確認されている。
【0016】
PMMA等のポリマーとGOを組み合わせることで、グラフェンの優れた性質、すなわち、特異なバンド構造により広い波長範囲の光に対して一定の吸収があり、電子の移動度が非常に高いという特性を光電変換デバイスに与えることができる。PMMA-GO複合体の存在と、その光学的、及び電気的な特性を評価するために、
図1の方法で作製したPMMA-GO複合材料15を用いて試料を作製する。
【0017】
<PMMA-GO層の確認>
図2は、PMMA-GO複合材料15を用いて作製した試料20の模式図である。ガラス基板21上に、硫化鉛(PbS)のコロイド量子ドット(CQD)液を塗布し、CQD層23を形成する。PbS量子ドットは、近赤外領域に広い吸収スペクトル範囲をもち、太陽電池の光活性層や赤外発光素子、光検出器などに適用可能である。
【0018】
PbSのCQD層23の上に、100μLのPMMA-GO複合材料15を滴下して、1秒間そのままにする。次に、5000rpm/sの立ち上げ、及び、5500rpmの速度で、15分間スピンコートする。スピンコートの後、直ちにホットプレートを用いて70℃で2分間アニールする。これにより、CQD層23の上に、厚さ10nm程度のPMMA-GO層24が形成される。PMMA-GO層24の上に、ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)の正孔輸送層25をスピンコートにより形成する。
【0019】
PMMA-GO複合体の存在を確認するために、CQD層23と正孔輸送層25の間にPMMA層を設けた試料と、CQD層23と正孔輸送層25の間にGO層を設けた試料を作製する。前者の試料は、非特許文献1の構成に対応し、後者の試料は、非特許文献2の構成に対応する。
【0020】
図3は、実施形態のPMMA-GO層24を有する試料のFTIRスペクトルを、PMMA層を用いた試料、及びGO層を用いた試料のFTIRスペクトルと併せて示す。実施形態の試料のFTIRスペクトルにおいて、1635cm
-1にC=C結合のピークが観察され、3419cm
-1にPMMA固有の-OH基の伸縮振動が観察される。また、2990cm
-1と2950cm
-1に、脂肪族炭素に固有の軸ひずみC-H
x結合の振動が観察される。
図3の結果から、PMMAとGOが結合したPMMA-GO層24が形成されていることが確認される。
【0021】
図4は、スピンコート及びアニール後のPMMA-GO層のAFM像である。
図4の(A)と(B)は、同じ試料の異なる面内位置でのAFM像である。CQD層23の上に、PMMA-GO複合体が分散された実施形態のPMMA-GO複合材料15を塗布し、アニールすることで、CQD層23の表面はほぼ完全にPMMA-GO層24で覆われる。また、CQD層23の表面がPMMA-GO層24によって平坦化されていることがわかる。このAFM像から、実施形態のPMMA-GO複合材料15で形成されたPMMA-GO層24は、CQD層23のPbS量子ドットの界面を保護しつつ、正孔輸送層25とのコンタクトを改善することが確認される。
【0022】
図5は、実施形態の試料Cの光吸収スペクトルを、比較例の試料A及び試料Bの光吸収スペクトルとともに示す。横軸は光子エネルギー(eV)、縦軸は吸収係数αである。実施形態の試料Cは、PbSのCQD層23にPMMA-GOコーティングを施し、アニールした後に、アセトニトリル(ACN)洗浄を行った試料である。比較例の試料Aは、ACN洗浄もPMMA-GOコーティングも行わない試料であり、PbS量子ドットのCQD層23の上に、正孔輸送層25が形成されている。比較例の試料Bは、PMMA-GOコーティングなしで、ACN洗浄を行った試料である。
【0023】
試料Bは、PMMA-GOコーティングなしにCQD層23をACNで洗浄処理しているため、アーバックエネルギーEuが31meVに増大している。これに対し、実施形態の試料Cでは、PMMA-GO層24でCQD層23が保護されているので、ACN洗浄が実施されても、アーバックエネルギーEuは23meVと低い。試料Aは、PMMA-GOコーティングされていないが、ACN洗浄が行われていないため、CQD層23へのダメージが少なく、アーバックエネルギーEuは24meVと低い。
【0024】
アーバックエネルギーは、吸収係数αが急激に減少する領域でのスペクトルテールの傾きで表される。アーバックエネルギーが小さいほど、すなわち吸収係数αの立ち上がりが急峻なほど、原子配列の乱れが少なく、欠陥が少ない。
図5の結果から、実施形態のPMMA-GO層24によりCQD層23が保護され、欠陥の発生が抑制されていることがわかる。
【0025】
図6は、実施形態の試料CのPYSスペクトルを、比較例の試料A及び試料BのPYSスペクトルとともに示す。
図5と同様に、試料Cは、PMMA-GOコーティングの後、ACN洗浄を施した試料である。試料Aは、PMMA-GOコーティングもACN洗浄も行わない試料、試料BはPMMA-GOコーティングなしにACN洗浄を行った試料である。横軸は価電子帯付近のエネルギー、縦軸は状態密度である。
【0026】
PMMA-GOコーティングなしにACN洗浄した試料Bは、ACN洗浄を行わない試料Aと比較して、CQD層23の価電子帯近くの状態密度、すなわち、正孔のトラップ準位密度が増大している。これに対し、実施形態の試料Cは、CQD層23の界面にPMMA-GO層24を導入したことで、ACN洗浄を行っても、CQD層23における正孔のトラップ準位密度が大きく低減されている。この測定結果から、実施形態のPMMA-GO層24は、QD層を保護するだけでなく、PbS量子ドットの表面をパッシベーションしていることがわかる。
【0027】
図7は、実施形態のPMMA-GO層24を光電変換デバイスに適用したときのバンド構造図である。
図2の試料20の構成を基本として、PbSのCQD層23の下に、正孔ブロック層または電子輸送層としてZnOを配置する。正孔輸送層25として、PbS-エチレンジオチール(EDT)層を用いる。CQD層23と正孔輸送層25の間にPMMA-GO層24を導入することで、正孔輸送層25とCQD層23の界面に、正孔輸送に有利な勾配エネルギーレベルが形成される。PMMA-GO層24と正孔輸送層25での高い正孔移動度により、デバイスの電流取出し率が大きく向上する。
【0028】
<電気特性の評価>
図8は、空間電荷制限電流(SCLC)測定に用いる試料30の模式図である。試料30は、少数キャリアとして正孔を取り出すデバイス構造をもつ。試料30は、第1電極31の上に、正孔ブロック層32、PbSのCQD層33、PMMA-GO層34、及び正孔輸送層35がこの順で積層されている。正孔輸送層35の上に、第2電極36が設けられている。
【0029】
第1電極31として、厚さ400nmの酸化インジウムスズ(ITO)を用いる。正孔ブロック層32として、厚さ40nmのPEDOT:PSS層を用いる。CQD層33はPbS量子ドットの層であり、厚さは450nmである。PMMA-GO層34は、PMMA-GO複合材料15を塗布、アニールすることにより得られた厚さ10nmの層である。PMMA-GO層34のアニール後に、表面をACN洗浄して、正孔輸送層35を形成する。正孔輸送層35は、厚さ40nmのPEDOT:PSS層である。第2電極36は、厚さ100nmの金(Au)の層である。これらの層の厚さは設計値であり、許容範囲内の製造誤差を含む。
【0030】
図9は、試料30のSCLC測定結果を、比較例のSCLC測定結果とともに示す。試料Cは、
図8の試料30である。比較例の試料Aは、PMMA-GOコーティングもACN洗浄も行わない試料である。比較例の試料Bは、PMMA-GO層を形成せずにACN洗浄して得られた試料である。
【0031】
図9の横軸は電圧(V)、縦軸はSCLCの電流密度(J)である。注入障壁が低く、デバイス内に電荷が多く存在する場合、それらが空間電荷となって電界が緩和される。この電界緩和により電流制限が支配的になっているときの電流はSCLCと呼ばれる。
図9から、実施形態の試料CはSCLCの電流密度が低いのに対し、PMMA-GO層なしにACN洗浄を行った試料BのSCLCの電流密度は高い。
【0032】
図9のJ-V特性に基づいて、空間電荷制限領域の正孔の移動度と欠陥密度が自動計算される。
図10と
図11は、
図9のSCLC測定法により得られた、CQD層23の正孔移動度と欠陥密度をそれぞれ示す。
図10を参照すると、実施形態の試料Cでは、PMMA-GO層34の導入により、正孔輸送層35の正孔キャリア密度が増加し、正孔輸送が促進されている。
【0033】
ACN洗浄のない試料Aは、PMMA-GO層24がなくてもCQD層23へのダメージが少ないため、正孔キャリア密度が高く、試料Cに近い正孔移動度が得られる。一方、PMMA-GO層34なしにACN洗浄された試料Bは、ACNによりCQD層23がダメージを受け、十分な正孔キャリア密度が得られない。実施形態の試料Cの正孔移動度は試料Bの正孔移動度の2.4倍である。
【0034】
図11を参照すると、実施形態の試料Cでは、PMMA-GO層34によりCQD層33が保護され、かつ、表面が不動態化されているため、CQD層33の欠陥密度が低い。PMMA-GO層34なしにACN洗浄を受けた試料Bは、ACNによりCQD層23がダメージを受け、CQD層33の欠陥密度が高い。ACN洗浄のない試料Aは、PMMA-GO層24がなくてもCQD層23へのダメージが少ないため、試料Bと比較すると、欠陥密度は低いが、実施形態の試料Cには及ばない。
【0035】
図9~
図11から、実施形態のPMMA-GO層24を用いることでPbSのCQD層23と正孔輸送層25との界面がパッシベーションされ、界面欠陥密度の低減と、正孔移動度の向上が実現されていることが確認された。界面の欠陥密度が少ないということは、界面での再結合が抑制され、正孔の収集効率が向上することを意味する。
【0036】
<光電変換デバイスへの適用>
図12は、実施形態のPMMA-GO複合材料15を用いて作製された光電変換デバイス50の模式図である。光電変換デバイス50は、たとえば、太陽電池デバイスである。光電変換デバイス50は、第1電極51の上に、ZnO層52、PMMA-GO層54、CQD-EDT層53、及び第2電極56がこの順で積層されている。
【0037】
第1電極51は、フッ素ドープ酸化スズ(FTO)などの透明導電膜で形成される。ZnO層52の厚さは50nmであり、正孔ブロック層として用いられる。PMMA-GO層54は、実施形態のPMMA-GO複合材料15をスピンコートし、アニールすることで形成されており、厚さは10nmである。PMMA-GO層54は、電子に対する障壁となり、また、正孔の輸送を促進できる。PMMA-GOをCQD-EDTの下層に入れることで、CQD層へのダメージを抑制することができる。一般に、CQD-EDT層を作製するプロセスでは何度もACNを使うため、CQD光活性層にダメージを与える。PMMA-GOをCQD-EDTの下層として導入することでこのダメージを抑制できる。さらに、CQD光活性層とCQD-EDT層の界面でのエネルギー準位をアライメントすることにより、正孔を効率よく取り出せる。CQD-EDT層53は、光活性層と正孔輸送層の機能を併せ持ち、厚さは250nmである。第2電極56は、厚さ100nmのAu電極である。
【0038】
図13は、
図12の光電変換デバイス50のC
-2-V特性(データ点E)を、PMMA-GO層なしのデバイスのC
-2-V特性(データ点D)と比較して示す。ここで、Cは空乏層に生じる容量であり、公知のインピーダンス法により測定可能である。C
-2-V特性の傾きと、1/C
2=0の軸との交点は、空乏層の両端の電位差を示す内蔵電圧である。
【0039】
実施形態の光電変換デバイス50では、PMMA-GO層54を導入することで、正孔輸送層として機能するCQD-EDT層53の正孔密度が、3.02×10
16cm
-3から4.91×10
16cm
-3に増加している。これにより、正孔輸送層のキャリア移動度が向上する。
図13から、実施形態のPMMA-GO層54は、CQD-EDT層53を用いる場合にも正孔移動度向上の効果を奏することがわかる。
【0040】
図14は、実施形態のPMMA-GO複合材料を適用した光電変換デバイス60の模式図である。光電変換デバイス60は、たとえば、太陽電池デバイスである。光電変換デバイス60は、第1電極61の上に、ZnO層62、CQD層63、PMMA-GO層64、CQD-EDT層65、及び第2電極66がこの順で積層されている。
【0041】
第1電極51は、フッ素ドープ酸化スズ(FTO)などの透明導電膜で形成される。ZnO層52の厚さは50nmであり、正孔ブロック層として用いられる。CQD層63はPbSの量子ドットの層であり、光活性層(または光吸収層)として機能する。CQD層63の厚さは450nmである。PMMA-GO層64は、実施形態のPMMA-GO複合材料15をスピンコートし、アニールすることで形成されており、厚さは10nmである。CQD-EDT層65は正孔輸送層であり、厚さは50nmである。第2電極66は、厚さ100nmのAu電極である。
【0042】
図15は、
図14の光電変換デバイス60の電流-電圧特性を示す。図中の白丸は順方向走査のデータ点、黒丸は逆方向走査のデータ点である。光を照射した状態で、電位を0.0Vから0.7Vの間で走査する。順方向走査と逆方向走査の両方の測定結果を示す。開放端電圧Voc、すなわち電流密度がゼロになるときの電圧値は、順方向走査、逆方向走査ともに0.65Vである。短絡電流密度Jsc、すなわち電圧がゼロのときの電流密度は、順方向走査で32.3mA/cm
2、逆方向走査で31.9mA/cm
2である。非特許文献1、及び2で報告されている短絡電流密度は22.5mA/cm
2程度であるから、実施形態の光電変換デバイス60の短絡電流密度は非常に高い。
【0043】
フィルファクタ(FF)は順方向走査で71.3%、逆方向走査で71.6%である。フィルファクタは、最適動作点での出力(最大出力)を、開放端電圧と短絡電流の積で割った値であり、Pmax/Voc×Iscで表される。フィルファクタは100%に近づくほど好ましいが、実施形態の光電変換デバイス60は、70%を超えるフィルファクタを達成する。順方向走査のPCEは14.79%、逆方向走査のPCEは14.84%である。PCEは得られる電気エネルギー(パワー)を、入射した光のエネルギーで除算したものである。非特許文献2で示されているPCEは12.87%、非特許文献3で示されているPCEは9.7%であるから、実施形態の光電変換デバイス60のPCEは、大幅に改善されている。
【0044】
図16は、実施形態のPMMA-GO複合材料15を用いて作製された光電変換デバイス60のPCEを、PMMA-GOコーティングもACN洗浄も行わないPbS量子ドットの光電変換デバイスのPCEと比較して示す。上述のとおり、実施形態の光電変換デバイス60は、順方向と逆方向の平均で14.82%のPCEを示す。これに対し、PMMA-GO層を設けないデバイス構成(W/O)では、実施形態の構成よりもPCEが低い。PMMA-GO層を用いることにより、正孔収集効率が増加しPCEが改善されることがわかる。
【0045】
以上説明したように、PMMA-GO複合体の薄膜でCQD層と正孔輸送層の界面をパッシベーションすることで、高効率の量子ドット太陽電池が実現される。実施形態のPMMA-GO複合材料15の作製手順は簡易である。PMMA-GO複合材料15を塗布、アニールするだけで、正孔移動度を向上する薄膜を簡単に形成することができる。実施形態のPMMA-GO複合材料15は、太陽電池だけでなく、量子ドットを用いた光電子デバイス全般に適用可能であり、有機ELデバイス、赤外発光素子等にも適用可能である。
【0046】
PMMA-GO複合材料15の作製に用いる溶剤として、イソプロパノールに替えて、酢酸エチル、アセトン、クロロホルム、またはテトラヒドロフランを用いてもよい。これらの溶剤で、PMMAとGOが分散した懸濁液を得ることができる。また、PMMAの他に、GOと複合体を形成してキャリア移動度を向上できるポリマーとして、ポリスチレン、スピロビフルオレン(spiro-MeOTAD)、ポリビニルアルコール、ポリ(アクリルアミド)、ポリ(e-カプロラクトン)、ポリ乳酸、ポリ(ラクチド-cо-グリコリド)を用いてもよい。これらのポリマーを上述した溶剤に溶解し、ポリマーが溶解した溶液にGOを混合して超音波処理することで、ポリマー-酸化グラフェン複合体の懸濁液を得ることができる。この懸濁液を塗布、アニールして得られるポリマー-GO薄膜を、光活性層と正孔輸送層の界面、または光活性層と電子輸送層の界面のパッシベーションに用いることで、光電変換デバイスの特性を向上することができる。
【符号の説明】
【0047】
11 イソプロパノール
12 PMMA粉末
13 PMMA粉末12が溶解したイソプロパノール液
14 GO粉末
15 PMMA-GO複合材料15
20、30 試料
31、51、61 第1電極
32 正孔ブロック層
33、63 CQD層(光活性層)
34、54、64 PMMA-GO層
35 正孔輸送層
36、56、66 第2電極
50、60 光電変換デバイス
52、62 ZnO層(電子輸送層)
53 CQD-EDT層