(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023090670
(43)【公開日】2023-06-29
(54)【発明の名称】コロイド量子ドット液、光電変換デバイス、及びコロイド量子ドット液の作製方法
(51)【国際特許分類】
H10K 30/50 20230101AFI20230622BHJP
H10K 30/40 20230101ALI20230622BHJP
H01L 31/0352 20060101ALI20230622BHJP
【FI】
H10K30/50
H10K30/40
H01L31/04 342A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022195908
(22)【出願日】2022-12-07
(31)【優先権主張番号】P 2021205517
(32)【優先日】2021-12-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度 国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構「太陽光発電主力電源化推進技術開発/太陽光発電の新市場創造技術開発/壁面設置太陽光発電システム技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504133110
【氏名又は名称】国立大学法人電気通信大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】沈 青
(72)【発明者】
【氏名】丁 超
(72)【発明者】
【氏名】李 玉勝
(72)【発明者】
【氏名】李 花
(72)【発明者】
【氏名】劉 東
【テーマコード(参考)】
5F151
【Fターム(参考)】
5F151AA07
5F151AA11
5F151FA03
5F151FA06
5F151FA08
(57)【要約】
【課題】表面制御されたコロイド量子ドット液とその作製方法を提供する。
【解決手段】コロイド量子ドット液は、ハロゲン化ホルムアミジニウム(FA)またはハロゲン化メチルアンモニウム(MA)を含有するブチルアミン(BTA)溶液と、前記ブチルアミン溶液の中に分散されたコロイド量子ドットと、を含み、前記コロイド量子ドットは、FAイオンまたはMAイオンが吸着したペロブスカイト型ハロゲン化鉛化合物によって表面が不動態化された硫化鉛の量子ドットである。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハロゲン化ホルムアミジニウム(FA)またはハロゲン化メチルアンモニウム(MA)を含有するブチルアミン(BTA)溶液と、
前記ブチルアミン溶液の中に分散されたコロイド量子ドットと、
を含み、前記コロイド量子ドットは、FAイオンまたはMAイオンが吸着したペロブスカイト型ハロゲン化鉛化合物によって表面が不動態化された硫化鉛の量子ドットである、
コロイド量子ドット液。
【請求項2】
前記ペロブスカイト型ハロゲン化鉛化合物は、1MLから数MLの厚さである、
請求項1に記載のコロイド量子ドット液。
【請求項3】
前記ブチルアミン溶液の中に分散された前記コロイド量子ドットの含有量は、2000wt.%~3500wt.%である、
請求項1または2に記載のコロイド量子ドット液。
【請求項4】
第1電極と、
第2電極と、
前記第1電極と前記第2電極の間に設けられたコロイド量子ドット層と、
を有し、
前記コロイド量子ドット層は、請求項1に記載のコロイド量子ドット液を塗布、アニールして得られた層であり、前記硫化鉛の量子ドットと、前記量子ドットの界面に形成されたFA(MA)PbX3(X=I,Br,Cl)の結晶シェルとを有する、
光電変換デバイス。
【請求項5】
前記光電変換デバイスのエネルギー変換効率は13.1%以上である、
請求項4に記載の光電変換デバイス。
【請求項6】
前記光電変換デバイスのキャリア拡散長は190nm以上である、
請求項4または5に記載の光電変換デバイス。
【請求項7】
ハロゲン化鉛(PbX2;X=I,Br,Cl)で表面を不動態化した硫化鉛(PbS)のコロイド量子ドットの粉末を準備し、
前記コロイド量子ドットの粉末を、ハロゲン化ホルムアミジニウム(FA)またはハロゲン化メチルアンモニウム(MA)を含むブチルアミン(BTA)溶液に分散して、FAイオンまたはMAイオンが吸着したペロブスカイト型ハロゲン化鉛化合物を表面に有する硫化鉛量子ドットのコロイド量子ドット液を取得する、
コロイド量子ドット液の作製方法。
【請求項8】
前記FAイオンまたはMAイオンが吸着した前記ペロブスカイト型ハロゲン化鉛化合物の厚さは、前記ブチルアミン溶液に含まれる前記ハロゲン化ホルムアミジニウムまたは前記ハロゲン化メチルアンモニウムの濃度を調整することで制御される、
請求項7に記載のコロイド量子ドット液の作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コロイド量子ドット液、光電変換デバイス、及びコロイド量子ドット液の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高い光電変換効率を有するナノ結晶構造として、ハロゲン化鉛ペロブスカイト半導体が注目されている。ハロゲン化物ペロブスカイト結晶を用いた光デバイスは、溶液塗布による作製が可能であり、低コストで製造することができる。
【0003】
ペロブスカイト前駆体を用いたリガンド置換と、これに続くアニーリングにより、コロイド量子ドット(Colloidal Quantum Dot:CQD)の表面に薄いペロブスカイトシェルを形成する方法が提案されている(たとえば、非特許文献1参照)。溶液の塗布、アニールにより形成されたCQD膜を、ハロゲン化ホルムアミジニウムを含有するアセトニトリル(ACN)溶液で後処理し、再度アニールすることで、CQDの表面に薄いペロブスカイトシェルを形成する方法が提案されている(たとえば、非特許文献2参照)。また、非特許文献1と同様の方法で生成された3つのカチオンを含む表面パッシベーション用のCs0.05(MA0.17FA0.83)Pb(I0.9Br0.1)ペロブスカイトが報告されている(たとえば、非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Nano Lett. 2015, 15, 7539-7543
【非特許文献2】Joule 2020, 4. 1543-1556
【非特許文献3】ACS Nano 2020, 14, 384-393
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1、及び非特許文献3の方法は、溶液中でペロブスカイト前駆体をリガンド置換するので、ペロブスカイトシェルの厚さの制御が難しく、電荷移動度や性能が不安定である。非特許文献2の方法は、有害なACN溶液を用い、処理が複雑で、複数回のアニール処理を要する。また、CQD膜の表面をACN溶液で洗浄する際に、表面リガンドが取り去られて、余計な欠陥が形成される可能性がある。
【0006】
一つの側面で、本発明は、表面制御されたコロイド量子ドット液とその作製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
一実施形態では、コロイド量子ドット液は、
ハロゲン化ホルムアミジニウム(FA)またはハロゲン化メチルアンモニウム(MA)を含有するブチルアミン(BTA)溶液と、
前記ブチルアミン溶液の中に分散されたコロイド量子ドットと、
を含み、前記コロイド量子ドットは、FAイオンまたはMAイオンが吸着したペロブスカイト型ハロゲン化鉛化合物によって表面が不動態化された硫化鉛の量子ドットである。
【0008】
別の実施形態では、コロイド量子ドット液の作製方法は、
ハロゲン化鉛(PbX2;X=I,Br,Cl)で表面を不動態化した硫化鉛(PbS)のコロイド量子ドットの粉末を準備し、
前記コロイド量子ドットの粉末を、ハロゲン化ホルムアミジニウム(FA)またはハロゲン化メチルアンモニウム(MA)を含むブチルアミン(BTA)溶液に分散して、FAイオンまたはMAイオンが吸着したペロブスカイト型ハロゲン化鉛化合物を表面に有する硫化鉛量子ドットのコロイド量子ドット液を取得する。
【発明の効果】
【0009】
簡便な方法で表面制御されたコロイド量子ドット(CQD)液と、その作製方法が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施形態のCQD液の作製方法のフローチャートである。
【
図2】CQD液を用いたCQD層形成の模式図である。
【
図3】PbS-FAPbX
3とPbS-PbX
2のX線光電子分光(XPS)のスペクトルを示す図である。
【
図4】PbS-FAPbX
3とPbS-PbX
2のフーリエ変換赤外分光(FT-IR)のスペクトルを示すである。
【
図5】PbS-FAPbX
3とPbS-PbX
2のX線回折(XRD)パターンを示す図である。
【
図6】作製したPbS―FAPbX
3のCQDと、参考例のPbS-PbX
2のCQDの高分解能透過型電子顕微鏡(high-resolution transmission electron microscopy:HRTEM)像である。
【
図7】実施形態のCQD液で作製された太陽電池デバイスの模式図である。
【
図8】実施形態の太陽電池デバイス、及び参考例の太陽電池デバイスの電流-電圧特性と、エネルギー変換効率(PCE)を示す図である。
【
図9】実施形態の太陽電池デバイス、及び参考例の太陽電池デバイスの過渡光起電力特性示す図である。
【
図10】PbS-FAPbX
3とPbS-PbX
2の光吸収スペクトルの図である。
【
図11】PbS-FAPbX
3とPbS-PbX
2の過渡吸収応答を示す図である。
【
図12】インピーダンス法によるPbS-FAPbX
3のキャリア寿命の測定を示す図である。
【
図13】空間電荷制限電流(SCLC)法によるキャリアの移動度と欠陥密度の測定結果を示す図である。
【
図14】電子を少数キャリアとする光電変換デバイスの試料とSCLCの測定結果を示す図である。
【
図15】正孔を少数キャリアとする光電変換デバイスの試料とSCLCの測定結果を示す図である。
【
図16】実施形態のCQDの内蔵電圧を示す図である。
【
図17】実施形態のCQDの最大電力点条件での空乏層幅を示す図である。
【
図18】実施形態のCQDと非特許文献1のCQDの性能を比較した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<CQD液の作製>
図1は、実施形態のCQD液の作製方法のフローチャートである。まず、ハロゲン化鉛で表面を不動態化(passivate)した硫化鉛(PbS)のCQDの粉末を準備する(S1)。ハロゲン化鉛は、一般式PbX
2(X=I,Br,Cl)で表現され、ハロゲン元素として、ヨウ素(I)、臭素(Br)、塩素(Cl)が用いられる。PbX
2で表面が不動態化されたPbSのコロイド量子ドットを、「PbS-PbX
2 CQD」と呼ぶ。
【0012】
PbS-PbX2 CQDは、以下の手順で作製される。オレイン酸がリガンド吸着されたPbS CQDのオクタン溶液12mL(20mg/mL)を、20mLのN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)溶液に滴下しながら、攪拌する。20mLのDMF溶液には、0.1MのPbI2と、0.04MのPbBr2と、0.06Mの酢酸アンモニウムが溶解している。
【0013】
12mLのPbS CQDオクタン溶液をすべて滴下した後、この混合物を4分間攪拌し続ける。上部のオクタン相を除去し、DMF相をオクタンで3回洗浄する。次に、DMF相に15mLのトルエンを添加して、表面がPbX2(X=I,Br)で保護されたPbS-PbX2 CQDを沈殿させてDMFと分離する。7500rpmで5分間の遠心分離により、沈殿物を収集する。
【0014】
沈殿物であるPbS-PbX2 CQDは、PbS CQDの表面に吸着していたオレイン酸を、PbX2とリガンド置換したものであり、CQD表面のPbX2は、1モノレイヤ(ML)から数MLの薄い層を形成する。収集されたPbS-PbX2 CQDを、真空オーブン内で、室温で30分乾燥させて、PbS-PbX2 CQDの粉末を得る。
【0015】
次に、得られたPbS-PbX2 CQDの粉末を、ハロゲン化FAまたはハロゲン化MAを含むBTA(ブチルアミン)溶液に分散して、表面にペロブスカイト型ハロゲン化鉛化合物を有するPbS量子ドットのCQD液を取得する(S2)。BTA溶液中のPbS量子ドットの表面に存在するペロブスカイト型のハロゲン化鉛化合物を、適宜、「ハロゲン化鉛ペロブスカイトブリッジ」と呼ぶ。ハロゲン化鉛ペロブスカイトブリッジには、カチオンとしてFAイオンまたはMAイオンが吸着しており、PbS量子ドットの表面は、FA(MA)PbX3で表現されるハロゲン化鉛ペロブスカイトブリッジで不動態化されている。
【0016】
BTA溶液に含まれるハロゲン化FAまたはハロゲン化MAの量によって、CQD表面に形成されるFA(MA)PbX3ペロブスカイトブリッジの量、または厚さを制御することができる。一例として、2mg/mL(20wt.%)のヨウ化ホルムアミジニウム(FAI)を含むBTA溶液に、PbS-PbX2 CQDの粉末を分散すると、CQD表面を覆うPbX2にFA+イオンが吸着して、1ML~数MLのFAPbX3ペロブスカイトブリッジが形成される。BTA溶液に含まれるハロゲン化FAまたはハロゲン化MAの量は、求めるFAPbX3ブリッジの厚さに応じて、5wt.%~40wt.%、好ましくは、10wt.%~30wt.%の範囲で適宜決定される。ハロゲン化FAまたはハロゲン化MAを含むBTA溶液に分散されるPbS-PbX2 CQDの粉末11の濃度は、2000wt.%~3500wt.%である。
【0017】
上述したCQD液の作製方法は、有害なACN溶液を用いずに、簡便な手法で量子ドット表面のハロゲン化鉛ペロブスカイトブリッジの厚さを制御することができる。得られたCQD液を塗布してアニールするだけで、FA(またはMA)PbX3の薄い結晶マトリックス(これを「シェル」と呼ぶ)で覆われた量子ドットの層を形成することができる。
【0018】
図2は、実施形態のCQD液13を用いた量子ドット層形成の模式図である。上述したように、ハロゲン化FAまたはハロゲン化MAを含むBTA溶液12中に、PbS-PbX
2 CQDの粉末11を分散して、FA(MA)PbX
3ペロブスカイトブリッジで表面が不動態化されたPbSのCQD液13を得る。このCQD液13を、基板21の表面にスピンコートし、65℃~75℃で、数分から10分のアニールをすることで、FA(MA)PbX
3ペロブスカイトシェルで覆われたPbSのCQD層23が形成される。アニールにより、FAまたはMAが吸着したPbX
3が結晶化され、PbS量子ドットの粒界を埋めるFA(MA)PbX
3のシェルが形成される。後述するように、PbS量子ドット界面のFA(MA)PbX
3シェルは、キャリアの移動度を高く維持し、エネルギー変換効率の向上に寄与する。
【0019】
図3は、PbS-FAPbX
3とPbS-PbX
2のXPSスペクトルを示す。測定に先立って、2種類の試料を作製した。ひとつは、
図2のように、基板21の表面に実施形態のCQD液13をスピンコートし、70℃で5分間アニールしてPbS-FAPbX
3 CQD層を形成した試料である。もうひとつは、FAまたはMAと反応していないPbS-PbX
2のCQD液を基板21に塗布、アニールし、同じ条件でPbS-PbX
2 CQD層を形成した試料である。基板21はガラス基板であり、CQD層の厚さは双方ともに450nmである。
【0020】
図3の(a)は、Pb 4fスペクトルであり、高結合エネルギー側のピークが4f5/2ピーク、低結合エネルギー側のピークが4f7/2ピークである。
図3の(b)は、N 1sスペクトル、(c)はI 3dスペクトル、(d)はBr 3dスペクトルである。
図3の(a)、(c)、(d)から、PbS-FAPbX
3とPbS-PbX
2で、Pb、I、及びBrの結合エネルギーのピーク波形がほぼ同じであり、ハロゲン化鉛の存在が確認される。
【0021】
図3の(b)で、PbS-FAPbX
3のXPSスペクトルは窒素(N)の結合エネルギーピーク(401eV)を示していることから、PbS-FAPbX
3試料におけるFAの存在が確認される。PbS-FAPbX
3のPb 4f信号は、PbS-PbX
2のS 2p信号の1.5倍の強度を示し、全信号の32%がFAPbI
3からの信号である。
【0022】
図4は、PbS-FAPbX
3と、PbS-PbX
2のFT-IRスペクトルを示す。PbS-FAPbX
3の試料は、1700cm
-1での強いC=N伸縮振動と、3500cm
-1から3100cm
-1でのN-Hx振動を示す。これらの振動は、FA
+カチオン、すなわちHC(NH
2)
2
+の典型的な振動である。また、PbS-FAPbX
3のFT-IRスペクトルに現れる2950cm
-1から2850cm
-1でのC-Hx振動は、ハロゲン化鉛で表面が不動態化されたCQD(PbS-PbX
2 CQD)の粉末から、オレイン酸が完全に除去されていることを示す。
【0023】
さらに、光イオン化断面積の理論計算により、PbS-FAPbX3のPb 4f信号の強度と、I 4d信号の強度を比較したところ、I/Pbの化学量論比は3.1となった。このことからも、PbS量子ドットの周囲に、有機カチオンを有するPbX3ペロブスカイトシェルが形成されていることが確認される。
【0024】
図5は、PbS-FAPbX
3とPbS-PbX
2のXRDパターンを示す。PbS-FAPbX
3とPbS-PbX
2のXRDでは、1ML~数MLの非常に薄いFAPbX
3シェルとPbX
2シェルは解像できていない。
【0025】
図3~
図5の測定結果から、
(1)実施形態のCQD液13に含まれている量子ドットの表面は、FAまたはMAが吸着したハロゲン化鉛で不動態化されていること、及び、
(2)CQD液13を塗布、アニールして得られる量子ドットの層は、量子ドットの界面に非常に薄いハロゲン化鉛ペロブスカイトの結晶マトリックス(シェル)が形成されていること、
がわかる。
【0026】
図6の(a)は、実際に作製した実施形態のPbS-FAPbX
3 CQDのHRTEM像、
図6の(b)は、FAまたはMAと反応させていない参考例のPbS-PbX
2 CQDのHRTEM像である。
図6の(a)では、(200)結晶面に沿って接続されたエピタキシャルCQDのクラスタが観察される。隣り合うPbS量子ドット間のおおよその界面位置を「I/F」で示す。また、
図6の(a)では、FAPbX
3ペロブスカイトの(220)結晶面の格子縞が観察される。隣接する2つのPbS量子ドットの界面での格子間隔は、個々の量子ドットの(200)結晶面での格子間隔と同じである。
【0027】
図6の(a)で観察される格子縞は、FAPbX
3ペロブスカイト結晶の透過光と、その結晶が存在する格子面からの回折光とによる結像に起因し、格子の面間隔に対応した幅のストライプとなって表れる。この結果は、非特許文献3で報告されている結果と一致する。
【0028】
図6の(a)のHRTEM像は、PbS量子ドットの表面のペロブスカイト層(シェル)のエピタキシャル成長が、電荷中性(200)結晶面に沿って量子ドットの融合を促進することを示唆している。
図6の(b)のPbS-PbX
2膜では、エピタキシャル成長で融合または接続される量子ドットは観察されていない。
図6の(a)及び(b)から、PbS量子ドットの表面に、FAPbX
3ペロブスカイトの薄いシェルが形成されて、PbS量子ドットを接続していることが確認される。
【0029】
量子ドットの界面に形成されたFA(MA)PbX3のシェルは、量子ドットの層が適用される光電変換デバイスの界面でのキャリアの再結合を抑制し、エネルギー変換効率の向上に寄与する。以下で、太陽電池デバイスを例にとって、性能改善の効果を説明する。
【0030】
<光電変換デバイスの構成と特性>
図7は、実施形態のCQD液13を用いて作製された太陽電池デバイス100の模式図である。太陽電池デバイス100は、光電変換デバイスの一例である。太陽電池デバイス100は、第1電極101、電子輸送層102、光活性層103、正孔輸送層104、及び第2電極105が、この順で積層されている。CQD液13は、光活性層103の形成に用いられ、上述したように塗布、アニールすることで、FA(MA)PbX
3の結晶シェルに覆われたPbS量子ドットの層が形成される。
【0031】
第1電極101は、フッ素ドープ酸化スズ(FTO)などの透明導電膜で形成され、負極として用いられる。電子輸送層102は、PbSの伝導帯の最下端エネルギーよりも低い伝導帯エネルギーを有する材料で形成され、たとえば、厚さ50nm程度のZnOで形成される。光活性層103は、実施形態のCQD液13を用いて形成された、厚さ450nm程度のPbS-FAPbX3量子ドット層である。
【0032】
正孔輸送層104は、PbSの価電子帯の最上端エネルギーよりも高い価電子帯エネルギーを有する材料で形成され、たとえば、エチレンジオキシチオフェン(EDT)で処理(置換)されたPbS量子ドットの層を用いる。第2電極は、金(Au)等の良導体で形成され、正極として用いられる。
【0033】
太陽電池デバイス100は、(a)光活性層103における量子ドットと量子ドットの間の界面、(b)光活性層103の量子ドットと正孔輸送層104の間の界面、(c)光活性層103の量子ドットと電子輸送層102の間の界面、など、複数の界面を有する。一般には、界面でキャリアが再結合すると、光起電力、光電流、曲線因子(フィルファクタ)が低下し、エネルギー変換効率が下がる。これに対し、実施形態のCQD液13を塗布し、アニールして形成された光活性層103は、界面(a)~(c)に、高い光吸収率を持つFA(MA)PX3のシェルが存在することで、13%を超える高いエネルギー変換効率(PCE)を達成することができる。
【0034】
<電流-電圧特性とPCEの評価>
図8は、実施形態の太陽電池デバイス100の電流-電圧特性とPCEを、参考例の太陽電池デバイスの特性とともに示す。参考例の太陽電池デバイスは、
図3~5の測定と
図6(b)の観察で用いたのと同じPbS-PbX
2 CQD液で光活性層が形成されている。測定結果から、同じ印加電圧で、実施形態の太陽電池デバイス100のほうが、参考例の太陽電池デバイスよりも高い電流密度が得られる。太陽電池デバイス100の短絡電流密度Jscは31.1mA/cm
2、開放端電圧Vocは、0.64Vである。これらの値は、非特許文献1で示されている短絡電流密度21.8mA/cm
2、及び、開放端電圧0.61Vを大きく上回っている。開放端電圧Vocと短絡電流Iscから求められる太陽電池デバイスの曲線因子は、65.9である。曲線因は、最適動作点での出力(最大出力)を、開放端電圧と短絡電流の積で割った値であり、Pmax/Voc×Iscで表される。
【0035】
参考例の太陽電池デバイスに関し、PbS量子ドットの表面がPbX2で不動態化されていることで、短絡電流密度Jscは29.1mA/cm2、開放端電圧Vocは0.63Vと、非特許文献1の特性値よりも高い値を示す。しかし、実施形態の太陽電池デバイス100には及ばない。エネルギー変換効率(PCE)についても、参考例の太陽電池デバイスのPCEは約11%であり、非特許文献1で実現されているPCE8.95%よりも高い。実施形態の太陽電池デバイス100は、参考例よりもさらに高い13.1%のPCEを達成している。
【0036】
非特許文献1の特性と比較して、参考例、実施形態ともに高い電流密度とPCEが達成されているのは、あらかじめ表面がPbX2で不動態化された量子ドットを材料に用いているからと考えられる。
【0037】
<欠陥の評価>
図9は、実施形態の太陽電池デバイス100の過渡光起電力特性(図中のデータ点A)を、参考例の太陽電池デバイスの特性(図中のデータ点B)とともに示す。開回路条件下で、過渡光起電力を測定、評価する。横軸は時間(ミリ秒)、縦軸は正規化電圧(V)である。開放端電圧Vocは、図中に示す多項式で表される。多項式中のτは各時間領域におけるキャリア寿命である。
【0038】
光活性層の形成後の区間Iでは、PbS-FAPbX3とPbS-PbX2の双方で、固有欠陥(トラップ)による再結合が抑制されている。実施形態では、PbS量子ドットの周囲にFAPbX3ペロブスカイトシェルが形成されており、参考例では、PbS量子ドットの周囲に、PbX2シェルが形成されてる。
【0039】
区間IIでは、実施形態のPbS-FAPbX3では、光活性層103でトラップされた正孔と、ZnO電子輸送層102に注入された電子との界面再結合が、参考例よりも抑制されている。区間IIIでは、ZnO層とPbS量子ドット層のそれぞれで、欠陥が関与しない、電子と正孔との直接再結合が増加する。区間IIとIIIで、参考例の構成の減衰が速く、実施形態の光活性層103に欠陥が少ないことが示される。
【0040】
図10は、PbS-FAPbX
3とPbS-PbX
2の光吸収スペクトルを示す。横軸は光子エネルギー(eV)、縦軸は吸収係数αである。吸収係数αは、光が媒質中を1cm進んだときに、強度がどれだけ小さくなるかを示す。
図10の光吸収スペクトルは、
図3~
図5と同じ試料を用いて測定されている。
【0041】
媒質のバンドギャップに相当する光子エネルギーの位置で、吸収係数αは指数関数的に減少する。実施形態のCQD液13で形成された光活性層103の方が、参考例のPbS-PbX2量子ドットで形成された光活性層よりも、光学吸収端での立ち上がりが急峻、すなわち、アーバックエネルギーEuが小さい。アーバックエネルギー(Urbach energy)は、吸収スペクトルのテールの傾きで表され、アーバックエネルギーが小さい方が、原子配列の乱れ、すなわち欠陥が少ない。
【0042】
実施形態のCQD液13で形成したPbS-FAPbX3量子ドット層のアーバックエネルギー(24meV)は、参考例のPbS-PbX2量子ドット層のアーバックエネルギー(37meV)よりも小さく、欠陥が少ないことが示されている。
【0043】
<キャリア特性の評価>
図11は、PbS-FAPbX
3とPbS-PbX
2の過渡吸収応答(スペクトル)を示す。横軸は時間(ピコ秒)、縦軸は過渡吸収変化ΔAである。過渡吸収応答から、光励起状態のキャリアの状態がわかる。実施形態のCQD液13で形成されたPbS-FAPbX
3量子ドット層では、参考例のPbS-PbX
2量子ドット層よりも励起キャリアの寿命が長く、欠陥準位による再結合は36%減少し、量子ドット間でのキャリア移動速度は1.3倍に増大している。
【0044】
図12は、インピーダンス法によるPbS-FAPbX
3量子ドット層のキャリア寿命τの測定を示す。
図12の横軸はインピーダンスの実部(Re)、縦軸はインピーダンスの虚部(Im)である。キャリア寿命τは、インピーダンススペクトルから求められる再結合反応抵抗Rrec(Ω)と、電気化学容量Cμ(uF)の積で表される(τ=Rrec×Cμ)。キャリア寿命τが大きいほど、再結合して消滅するまでの時間が長い。
【0045】
実施形態のPbS-FAPbX3量子ドット層を有する太陽電池デバイス100に、10mV程度の小振幅の交流電圧(周波数ω)を印加し、出力電流から、入力電圧の同相成分(正弦波成分)と直交成分(余弦波成分)を取り出す。同相成分は出力電流の実部(Re)、直交成分は出力電流の虚部(Im)である。出力電流の実部と虚部を、それぞれ入力電圧の振幅で除算して、インピーダンスの実部と虚部をプロットすることで、インピーダンススペクトルが得られる。
【0046】
インピーダンススペクトルの半円の横軸に沿った直径は、周波数ωに依存しない抵抗の大きさを示す。キャパシタンスCは周波数ωに依存して半円に沿って変化する。半円の頂点の周波数ω0は、ω0=1/RCの関係を満たす。このインピーダンススペクトルから再結合反応抵抗Rrecと電気化学容量Cμを求めることができる。求めた再結合反応抵抗Rrecは267.1Ω、電気化学容量Cμは6.2×10-8uFである。キャリア寿命τは16.6×10-6秒である。
【0047】
図13は、空間電荷制限電流(SCLC:Space Charge Limited Current)法によるキャリアの移動度と欠陥密度の測定結果を示す。キャリア拡散長L
Dを計算するためには、キャリア寿命τとともに、キャリアの移動度μが必要である。キャリア拡散長L
Dは、下記の式で表される。
【0048】
【数1】
ここで、kBはボルツマン定数、Tは温度、qは電気素量である。キャリア寿命τが長いほど、そして、移動度μが高いほど、キャリア拡散長L
Dは長くなる。
【0049】
図13の左端の縦軸は移動度、右端の縦軸は欠陥密度を示す。実施形態のPbS-FAPbX
3と、参考例のPbS-PbX
2のそれぞれで、電子と正孔の移動度、及び欠陥密度を測定している。SCLC法で電子と正孔のキャリア移動度と欠陥密度を測定するために、少数キャリアとして電子を取り出すデバイス試料と、正孔を取り出すデバイス試料を作製し、それぞれの試料でSCLC(空間電荷制限電流)を測定する。
【0050】
図14と
図15は、
図13の根拠となるSCLC測定のための試料とSCLC測定結果を示す。
図14(a)で、少数キャリアとして電子を取り出すデバイス試料を作製する。第1電極として厚さ500nmのFTOを用い、FTOの上に、電子輸送層として厚さ50nmのZnO層を形成する。ZnO層の上に光活性層として、実施形態ではPbS-FAPbX
3量子ドット層を形成し、参考例としてPbS-PbX
2量子ドット層を形成する。これらのPbSの量子ドット層は、図中で「PbS-CQD」と表記されており、厚さは450nmである。PbS-CQD層の上に、正孔ブロック層として厚さ50nmのZnO層を形成する。ZnO正孔ブロック層の上に、厚さ100nmのアルミニウム(Al)電極を形成する。この試料を用いて、SCLCの電流密度-電圧(J-V)特性を測定する。
【0051】
注入障壁が低く、デバイス内に電荷が多く存在する場合、それらが空間電荷となって電界が緩和される。この電界緩和により電流制限が支配的になっているときの電流はSCLCと呼ばれる。
図14(b)に示すSCLCの測定結果から、空間電荷領域の電子の移動度μeが以下の式で計算される。
【0052】
【数2】
ここで、Rohmはオーミック領域の抵抗、dは空乏幅の厚さ、qは電気素量、n
0は平衡キャリア濃度、μはキャリア移動度、Aはデバイスの面積、ε
0は真空の誘電率、εはPbS CQD層の誘電率、θは総キャリア密度に対する自由キャリア密度の比率である。θは、
図14(b)のTFL領域の電流密度(J
TFL)と、チャイルド領域の電流密度(J
Child)の近似式を用いて、J
TELとJ
Childの比率を計算することで評価される。SCLC欠陥密度、Ntは、次式で計算される。
【0053】
【数3】
ここで、PbS CQD層の誘電率εを18.3としている。
【0054】
図15(a)で、少数キャリアとして正孔を取り出すデバイス試料を作製する。第1電極として厚さ400nmのITOを用い、ITOの上に、正孔ブロック層として厚さ40nmのポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)膜を形成する。PEDOT膜の上に光活性層として、実施形態ではPbS-FAPbX
3量子ドット層を形成し、参考例ではPbS-PbX
2量子ドット層を形成する。これらのPbSの量子ドット層は、図中で「PbS-CQD」と表記されており、厚さは450nmである。PbS-CQD層の上に、正孔輸送層として厚さ40nmのPEDOT層を形成する。PEDOT正孔輸送層の上に厚さ100nmのAu電極を形成する。
【0055】
図15(a)の試料を用いて、SCLCのJ-V特性を測定する。
図15(b)のJ-V特性から、空間電荷領域の正孔の移動度μ
hが自動計算される。
図14及び
図15のJ-V特性の測定結果から、
図13のキャリアの移動度と欠陥密度が求められる。
【0056】
図13に戻り、実施形態のPbS-FAPbX
3の試料で測定された電子の移動度μeは、9.1×10
-3cm
2/V・s、正孔の移動度μ
hは、8.4×10
-4cm
2/V・sである。これに対し、参考例のPbS-PbX
2の試料で測定された電子の移動度μeは、3.6×10
-3cm
2/V・s、正孔の移動度μ
hは、2.9×10
-4cm
2/V・sである。実施形態のPbS-FAPbX
3を用いた試料の電子移動度μeの値は、参考例の153%、正孔移動度μ
hの値は、参考例の190%である。
【0057】
測定されたキャリア寿命τと、正孔の移動度μhを用いて、上記の式から求められるキャリア拡散長LDは190nmである。これは、非特許文献1に示されているキャリア拡散長Ldiffの値60nmの3倍以上である。実施形態のCQD液を用いることで、キャリア特性を大きく改善できることがわかる。
【0058】
図16は、実施形態のPbS-FAPbX
3 CQDの内蔵電圧Vbiを示す。
図17は実施形態のPbS-FAPbX
3 CQDの最大電力点(MPP)条件での空乏層幅を示す。内蔵電圧Vbiは、空乏層内の電界により発生する空乏層両端の電位差である。空乏層に生じる容量をCとして、1/C
2を電圧Vに対してプロットしたときの傾きと横軸(x軸)との交点が内蔵電圧Vbiである。
【0059】
実施形態の太陽電池デバイス100の内蔵電圧Vbiは0.72Vであり、非特許文献1で示されている内蔵電圧0.71Vと同程度である。一方、MPP条件での空乏層幅は160nmであり、非特許文献1で示される120nmよりも広い。MPP条件で空乏層が深いのは、バンドギャップの大きいFAPbX3ペロブスカイトシェルの存在による。実施形態のCQD液13を用いることで、十分に空乏化された量子ドット層が実現されることがわかる。
【0060】
図18は、実施形態のPbS-FAPbX
3 CQDの性能を、非特許文献1のCQDの性能と比較して示す。実施形態では、
図1、及び
図2に示す方法で作製されたCQDを用い、XサイトにBrとIの少なくとも一方が含まれる。非特許文献1では、上述したようにペロブスカイト前駆体を用いて溶液中でリガンド置換して作製されたPbS-MAPbBI
3 CQDを用いている。表中で「公知のCQD」として示される数値は、非特許文献1の中に示されている値である。
【0061】
実施形態のPbS-FAPbX3 CQDの短絡電流密度と開放端電圧は、公知のCQDの短絡電流密度と解放端電圧よりも高い。曲線因子は公知のCQDよりわずかに低い。これは、短絡電流密度を増加させるために、試料で450nmの厚いCQD光活性層を形成したため、キャリアの輸送抵抗が増加し、曲線因子が少し低下したためである。公知のCQD層の厚さは約200nmである。同じCQD層の厚さであれば、実施形態の曲線因子の方が大きい。エネルギー変換効率(PCE)は公知のCQDのPCEを大きく上回っている。また、上述した参考例のPbS-PbX2 CQDのPCEも、公知のCQDのPCEを上回る。
【0062】
キャリア拡散長、内蔵電圧、MPP条件での空乏層幅のすべてが、公知のCQDの特性値を上回る。形成されるCQD層23の厚さは、実施形態のCQD液13を用いることで厚く形成することができ、デバイス設計に応じて、100nm~1000nm、好ましくは200nm~800nmの範囲で適切に形成される。
【0063】
実施形態のCQD液13を用いて形成されたCQD層23は、一度のアニールで量子ドットの界面に、厚さ制御された1ML~数MLの厚さのFA(MA)PbX3ペロブスカイト結晶シェルを形成できる。形成されたFA(MA)PbX3ペロブスカイト結晶シェルは、高いドット間輸送を維持しながら、優れた表面パッシベーション効果を発揮する。実際に作製した試料で得られたPCEは13.1%、キャリア拡散長は190nmであるが、BTA溶液12に含まれるハロゲン化FAまたはハロゲン化MAの濃度、BTA溶液12に分散されるCQDの粉末11の量、CQD液13を用いたCQD層23の成膜条件などを最適化することで、13.1%以上のPCEと、190nm以上のキャリア拡散長が期待される。
【0064】
実施形態のCQD液13の作製方法によると、非常に薄いペロブスカイトブリッジを形成するステップが簡素化され、プロセス全体で有害なACN液を用いる必要がない。CQD液13は、太陽電池デバイスだけではなく、電気を光に変換する有機ELデバイスなど、その他の光電変換デバイスに適用されてもよい。
【符号の説明】
【0065】
11 PbS-PbX2 CQDの粉末
12 BTA溶液
13 CQD液
21 基板
23 CQD層
100 太陽電池デバイス(光電変換デバイス)
101 第1電極
102 電子輸送層
103 光活性層
104 正孔輸送層
105 第2電極