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特開2023-91546海洋無脊椎動物用餌料、海洋無脊椎動物用餌料の製造方法、海洋無脊椎動物の養殖方法、殻長促進方法及び脂肪酸含有量向上方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023091546
(43)【公開日】2023-06-30
(54)【発明の名称】海洋無脊椎動物用餌料、海洋無脊椎動物用餌料の製造方法、海洋無脊椎動物の養殖方法、殻長促進方法及び脂肪酸含有量向上方法
(51)【国際特許分類】
   A23K 50/80 20160101AFI20230623BHJP
   A23K 10/30 20160101ALI20230623BHJP
   A23K 10/16 20160101ALI20230623BHJP
   A01K 61/30 20170101ALI20230623BHJP
   A01K 61/50 20170101ALI20230623BHJP
   A01K 61/51 20170101ALI20230623BHJP
【FI】
A23K50/80
A23K10/30
A23K10/16
A01K61/30
A01K61/50
A01K61/51
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021206344
(22)【出願日】2021-12-20
(71)【出願人】
【識別番号】506141225
【氏名又は名称】株式会社ユーグレナ
(71)【出願人】
【識別番号】304026696
【氏名又は名称】国立大学法人三重大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088580
【弁理士】
【氏名又は名称】秋山 敦
(74)【代理人】
【識別番号】100195453
【弁理士】
【氏名又は名称】福士 智恵子
(74)【代理人】
【識別番号】100205501
【弁理士】
【氏名又は名称】角渕 由英
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 健吾
(72)【発明者】
【氏名】中島 綾香
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 智広
【テーマコード(参考)】
2B005
2B104
2B150
【Fターム(参考)】
2B005GA07
2B005LB07
2B104AA16
2B104AA17
2B104AA22
2B104AA25
2B104AA26
2B104AA27
2B104AA38
2B104DA03
2B150AA07
2B150AB05
2B150AE01
2B150AE40
2B150CE26
(57)【要約】
【課題】アワビ類やウニ類などに対する海洋無脊椎動物用餌料、海洋無脊椎動物用餌料の製造方法、海洋無脊椎動物の養殖方法、殻長促進方法及び脂肪酸含有量向上方法を提供する。
【解決手段】ユーグレナ属に属する微細藻類を含有することを特徴とする海洋無脊椎動物用餌料、ユーグレナ属に属する微細藻類を固形化する固形化工程を行うことを特徴とする海洋無脊椎動物用餌料の製造方法、海洋無脊椎動物にユーグレナ属に属する微細藻類を給餌することを特徴とする海洋無脊椎動物の養殖方法及び殻長促進方法、ユーグレナ属に属する微細藻類を給餌することで海洋無脊椎動物の可食部に含まれる脂肪酸の含有量を向上させることを特徴とする脂肪酸含有量向上方法である。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ユーグレナ属に属する微細藻類を含有することを特徴とする海洋無脊椎動物用餌料。
【請求項2】
前記海洋無脊椎動物がアワビ類又はウニ類であることを特徴とする請求項1に記載の海洋無脊椎動物用餌料。
【請求項3】
前記微細藻類が脱脂ユーグレナ藻体であることを特徴とする請求項2に記載の海洋無脊椎動物用餌料。
【請求項4】
前記海洋無脊椎動物の殻長促進のために用いられることを特徴とする請求項3に記載の海洋無脊椎動物用餌料。
【請求項5】
前記海洋無脊椎動物の可食部に含まれる脂肪酸の含有量を向上させるために用いられることを特徴とする請求項3に記載の海洋無脊椎動物用餌料。
【請求項6】
前記脂肪酸がオレイン酸又はリノール酸であることを特徴とする請求項5に記載の海洋無脊椎動物用餌料。
【請求項7】
ユーグレナ属に属する微細藻類を固形化する固形化工程を行うことを特徴とする海洋無脊椎動物用餌料の製造方法。
【請求項8】
海洋無脊椎動物にユーグレナ属に属する微細藻類を給餌することを特徴とする海洋無脊椎動物の養殖方法。
【請求項9】
海洋無脊椎動物にユーグレナ属に属する微細藻類を給餌することを特徴とする殻長促進方法。
【請求項10】
ユーグレナ属に属する微細藻類を給餌することで海洋無脊椎動物の可食部に含まれる脂肪酸の含有量を向上させることを特徴とする脂肪酸含有量向上方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アワビ類やウニ類などの海洋無脊椎動物用餌料、海洋無脊椎動物用餌料の製造方法、海洋無脊椎動物の養殖方法、殻長促進方法及び脂肪酸含有量向上方法に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳類、鳥類、魚類等の生物を飼育するに際し、特に、食用、観賞用等、商業的に価値ある生物を飼育するに当たり、健康及び体格の管理が非常に大切となる。食用となる海洋動物の中でも、アワビやウニなどの海洋無脊椎動物は、極めて貴重な水産資源である。
【0003】
地球温暖化に伴う海水温の上昇による海藻類の減少により、アワビの棲息地が減少している。エゾアワビやクロアワビの成貝の高水温期(8月)の限界水温は28℃、稚貝は25℃、24℃であり、海水温の上昇に弱い。また、アワビの生育に必要な海藻類も同様の水温帯を適水温とするため、生息地そのものが消滅することが危惧されている。さらに、海洋酸性化の影響により、幼生にとって貝殻の形成が困難になる可能性も示されている。
【0004】
特許文献1には、海洋無脊椎動物、特にアワビ等の貝類の成長を簡便かつ効率的に促進させ、それらの生産性の向上を図る目的で、サケ成長ホルモンとアルギン酸とを含むゲル形態の飼料を、アワビ等の貝類の稚貝に投餌させる技術が記載されている。
【0005】
ウニは、エサの減少と、殻形成の困難により減少している。キタムラサキウニの高水温期(8月)の限界水温は25℃であり、海水温の上昇に弱い。また、生育に必要な海藻類も同様の水温帯を適水温とするため、生息地そのものが消滅することが危惧されている。さらに、海洋酸性化の影響により、幼生にとって殻の形成が困難になる可能性も示されている。
【0006】
特許文献2には、ウニの可食部に含まれるオレイン酸、α-リノレン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)およびドコサヘキサエン酸(DHA)である脂肪酸の含有量を調整することを目的として、ウニにマメ科の植物を給餌して飼育する技術が記載されている。
【0007】
一方で、食糧、飼料、燃料等としての利用が有望視されている生物資源として、ユーグレナ(属名:Euglena,和名:ミドリムシ)が注目されている。特許文献3には、ユーグレナ由来の成分を含有し、哺乳類、鳥類、魚類に投与される生物用飼料添加剤が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005-095104号公報
【特許文献2】特開2020-156418号公報
【特許文献3】特開2014-027929号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
また、近年、海岸における岩礁域等で、コンブやワカメその他種類の海藻が著しく減少して繁茂しなくなる「磯焼け」と呼ばれる現象が多発している。磯焼けは、アワビやウニ等の経済的な価値の高い水産資源の収穫量を低下させるだけではなく、身入りや味などの品質の低下を招く原因となっている。
【0010】
したがって、貴重な水産資源であるアワビやウニなどの海洋無脊椎動物に対する有効な餌料が望まれている。特許文献3の技術では、ユーグレナ由来成分を魚類に投与していたが、海洋無脊椎動物に対する検討はなされていなかった。
【0011】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、アワビ類やウニ類などに対する海洋無脊椎動物用餌料、海洋無脊椎動物用餌料の製造方法、海洋無脊椎動物の養殖方法、殻長促進方法及び脂肪酸含有量向上方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、鋭意研究した結果、ユーグレナがアワビ類やウニ類などの海洋無脊椎動物に対して良好な餌料となることや、ユーグレナに海洋無脊椎動物に対する殻長促進作用や脂肪酸含有量向上作用があることを見出した。
【0013】
したがって、前記課題は、ユーグレナ属に属する微細藻類を含有することを特徴とする海洋無脊椎動物用餌料により解決される。
このとき、前記海洋無脊椎動物がアワビ類又はウニ類であると良い。
このとき、記微細藻類が脱脂ユーグレナ藻体であると良い。
このとき、前記海洋無脊椎動物用餌料が前記海洋無脊椎動物の殻長促進のために用いられると良い。
このとき、前記海洋無脊椎動物用餌料が前記海洋無脊椎動物の可食部に含まれる脂肪酸の含有量を向上させるために用いられると良い。
このとき、前記脂肪酸がオレイン酸又はリノール酸であると良い。
【0014】
また、前記課題は、本発明の海洋無脊椎動物用餌料の製造方法によれば、ユーグレナ属に属する微細藻類を固形化する固形化工程を行うこと、により解決される。
【0015】
また、前記課題は、本発明の海洋無脊椎動物の養殖方法によれば、海洋無脊椎動物にユーグレナ属に属する微細藻類を給餌することを特徴とする、により解決される。
【0016】
また、前記課題は、本発明の殻長促進方法によれば、海洋無脊椎動物にユーグレナ属に属する微細藻類を給餌すること、により解決される。
【0017】
また、前記課題は、本発明の脂肪酸含有量向上方法によれば、ユーグレナ属に属する微細藻類を給餌することで海洋無脊椎動物の可食部に含まれる脂肪酸の含有量を向上させること、により解決される。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、アワビ類やウニ類などに対する海洋無脊椎動物用餌料、海洋無脊椎動物用餌料の製造方法、海洋無脊椎動物の養殖方法、殻長促進方法及び脂肪酸含有量向上方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】(左)クロアワビによるユーグレナ配合飼料(固化飼料)の摂餌、(右)クロアワビにより摂餌された固化飼料。
図2】ユーグレナ配合飼料の組成を示す表である。
図3】飼育6ヶ月間の生存曲線である。
図4】飼育6ヶ月間の飼育水の状況、(左上)水温、(右上)pH、(左下)溶存酸素濃度、(右下)アンモニア態窒素濃度。
図5】飼育6ヶ月間の殻長および個体重の変化、(左)殻長、(右)個体重。
図6】各飼料の栄養成分組成を示す表である。
図7】各飼料の遊離アミノ酸組成を示す表である。
図8】各飼料の脂肪酸組成を示す表である。
図9】飼育6ヶ月間の各飼料給餌アワビ個体の栄養成分組成を示す表である。
図10】飼育6ヶ月間の各飼料給餌アワビ個体の遊離アミノ酸組成を示す表である。
図11】飼育6ヶ月間の各飼料給餌アワビ個体の脂肪酸組成を示す表である。
図12A】アワビ摂餌誘引微細藻類スクリーニングの開始時を示す図である。
図12B】アワビ摂餌誘引微細藻類スクリーニング結果を示す図である。
図13A】アワビ摂餌誘引微細藻類スクリーニングの開始時を示す図である。
図13B】アワビ摂餌誘引微細藻類スクリーニング結果を示す図である。
図14】ユーグレナについてのアワビ摂餌誘引試験の結果を示す図である。
図15】キタムラサキウニ摂餌誘引微細藻類スクリーニング試験の概要を示す図である。
図16】キタムラサキウニ摂餌誘引微細藻類スクリーニング結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態について、図1乃至図16を参照しながら説明する。本実施形態は、アワビ類やウニ類などの海洋無脊椎動物用餌料、海洋無脊椎動物用餌料の製造方法、海洋無脊椎動物の養殖方法、殻長促進方法及び脂肪酸含有量向上方法に関するものである。
【0021】
<海洋無脊椎動物>
本実施形態において、「海洋無脊椎動物」とは、無顎類、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類といった脊椎を有する動物以外の動物であって、海洋に棲息する動物をいう。海洋無脊椎動物としては、例えば、軟体動物門(Mollusca)、棘皮動物門(Echinodermata)、節足動物門(Arthropoda)、刺胞動物門(Cnidaria)、環形動物門(Annelida)等に属する海洋性の無脊椎動物が挙げられる。海洋無脊椎動物の中でも、ユーグレナ属に属する微細藻類を体内に取り込むことができる海洋無脊椎動物、特に固形餌料を摂餌することができる海洋無脊椎動物が好ましい。
【0022】
海洋無脊椎動物の種類としては、例えば、アワビ、トコブシ、サザエ、フジツボ、カキ、ホタテガイ等、エビ、カニなどの甲殻類、ウニ類等を含むことができ、中でも特にアワビ類が好ましい。ただし、これらに限定されるものではなく、淡水に生息するタニシ、カワニナ等の無脊椎動物も対象とすることができる。
【0023】
(アワビ類)
「アワビ類」とは、軟体動物門の腹足網に属する巻貝類の総称であり、例えば、クロアワビ、メガイアワビ、マダカアワビ、エゾアワビ等のアワビ属類、トコブシ等のトコブシ属類などの巻貝類が含まれる。
【0024】
(ウニ類)
「ウニ類」とは、棘皮動物門のウニ網に属する、棘皮動物の総称であり、例えば、ムラサキウニ、キタムラサキウニ、バフンウニ、エゾバフンウニ、アカウニなどが含まれる。また、ウニの可食部とは、卵巣または精巣からなる生殖腺である。
【0025】
<ユーグレナ>
本実施形態において、「ユーグレナ」とは、分類学上、ユーグレナ属(Euglena)に分類される微生物、その変種、その変異種及びユーグレナ科(Euglenaceae)の近縁種を含む。ここで、ユーグレナ属(Euglena)とは、真核生物のうち、エクスカバータ、ユーグレノゾア門、ユーグレナ藻綱、ユーグレナ目、ユーグレナ科に属する生物の一群である。
【0026】
ユーグレナ属に含まれる種として、具体的には、Euglena chadefaudii、Euglena deses、Euglena gracilis、Euglena granulata、Euglena mutabilis、Euglena proxima、Euglena spirogyra、Euglena viridisなどが挙げられる。ユーグレナとして、ユーグレナ・グラシリス(E. gracilis),特に、ユーグレナ・グラシリス(E. gracilis)Z株を用いることができるが、そのほか、ユーグレナ・グラシリス(E. gracilis)Z株の変異株SM-ZK株(葉緑体欠損株)や変種のE. gracilis var. bacillaris、これらの種の葉緑体の変異株等の遺伝子変異株、Astasia longa等のその他のユーグレナ類であってもよい。
【0027】
ユーグレナ属は、池や沼などの淡水中に広く分布しており、これらから分離して使用しても良く、また、既に単離されている任意のユーグレナ属を使用してもよい。ユーグレナ属は、その全ての変異株を包含する。また、これらの変異株の中には、遺伝的方法、たとえば組換え、形質導入、形質転換等により得られたものも含有される。
【0028】
(ユーグレナ藻体)
本実施形態では、ユーグレナとしてユーグレナ藻体を用いることが可能である。ユーグレナ藻体として、遠心分離,濾過又は沈降等によって分離したユーグレナ生細胞をそのまま用いることができる。ユーグレナ生細胞は、培養槽から収穫後そのままの状態で使用することもできるが、水若しくは生理食塩水で洗浄するのが好ましい。また、ユーグレナ藻体が水などの液体に分散した分散液の状態で用いてもよい。本実施形態において、ユーグレナ生細胞を凍結乾燥処理やスプレー乾燥処理して得たユーグレナの乾燥藻体(ユーグレナ粉末)をユーグレナ藻体として用いると好適である。
【0029】
更に、ユーグレナ生細胞を超音波照射処理や、ホモゲナイズ等の機械処理を行うことにより得た藻体の機械的処理物をユーグレナ藻体として用いてもよい。また、機械的処理物に乾燥処理を施した機械的処理物乾燥物をユーグレナ藻体として用いてもよい。さらに、ユーグレナ藻体を、例えば無極性溶媒により脱脂処理を施した脱脂ユーグレナ粉末を用いることも可能である。
【0030】
<海洋無脊椎動物用餌料>
本実施形態に係る海洋無脊椎動物用餌料は、ユーグレナ属に属する微細藻類を含有する。海洋無脊椎動物用餌料は固形化するためにアルギン酸粉末や、餌料成分として通常用いられる添加物を含んでもよく、例えば、抗生物質、ビタミン、ミネラル類等が例示される。
【0031】
本実施形態に係る海洋無脊椎動物用餌料は、海洋無脊椎動物の殻長促進のために用いることが可能である。ここで、殻長とは、巻貝の最も上の部分にあたる貝殻の成長する出発点である殻頂から、貝殻の最も下にある水管の先までの部分であり、アワビ類の殻の最も長い部分の長さであり、殻高と同義である。
【0032】
本実施形態に係る海洋無脊椎動物用餌料は、海洋無脊椎動物の可食部に含まれる脂肪酸の含有量を向上させるために用いることが可能である。ここで、海洋無脊椎動物の可食部に含まれる脂肪酸としては、特に限定されるものではないが、例えば、オレイン酸又はリノール酸、リノレン酸、EPA、DHAのようなn-3系列の不飽和脂肪酸が挙げられる。
【0033】
<海洋無脊椎動物用餌料の製造方法>
本実施形態に係る海洋無脊椎動物用餌料の製造方法は、ユーグレナ属に属する微細藻類を固形化する固形化工程を行うことを特徴とする。固形化工程は、ユーグレナ属に属する微細藻類をアルギン酸粉末などを用いて固形化することで行われる。
【0034】
<海洋無脊椎動物の養殖方法、殻長促進方法、脂肪酸含有量向上方法>
本実施形態に係る海洋無脊椎動物の養殖方法は、海洋無脊椎動物にユーグレナ属に属する微細藻類を給餌することを特徴とする。海洋無脊椎動物の養殖方法は、ユーグレナ属に属する微細藻類を給餌すること以外は、通常の方法を採用することが可能である。海洋無脊椎動物にユーグレナ属に属する微細藻類を給餌することで、海洋無脊椎動物の生存率を向上させることができ、また、海洋無脊椎動物の個体の大きさである殻長の成長を促進させたり、海洋無脊椎動物の可食部に含まれる脂肪酸の含有量を向上させたりすることが可能である。
【0035】
つまり、本実施形態に係る海洋無脊椎動物の養殖方法は、海洋無脊椎動物にユーグレナ属に属する微細藻類を給餌することを特徴とする。さらに、本実施形態に係る脂肪酸含有量向上方法は、ユーグレナ属に属する微細藻類を給餌することで海洋無脊椎動物の可食部に含まれる脂肪酸の含有量を向上させることを特徴とする。ここで、含有量を向上させる対象となる脂肪酸としては、特に限定されるものではないが、例えば、オレイン酸又はリノール酸が挙げられる。この目的を達成するため、海洋無脊椎動物の可食部に含まれるオレイン酸又はリノール酸の含有量が、通常、海洋無脊椎動物の可食部に含まれるオレイン酸又はリノール酸、リノレン酸、EPA、DHAのようなn-3系列の不飽和脂肪酸の含有量を超えるまでユーグレナ属に属する微細藻類を給餌すればよい。
【実施例0036】
以下、具体的実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0037】
(ユーグレナ粉末)
ユーグレナ・グラシリス粉末(ユーグレナ藻体、(株)ユーグレナ製)は、ユーグレナの生細胞に乾燥処理及び機械的処理がなされたユーグレナの死滅藻体(ユーグレナ死細胞)である。
【0038】
(脱脂ユーグレナ粉末)
脱脂ユーグレナ粉末は、ユーグレナ藻体の培養時に嫌気発酵によってワックスエステルを高含有化させたのち、ヘキサン等の有機溶剤でユーグレナ粉末からワックスエステルを抽出し調製した。
【0039】
<試験1:ユーグレナ粉末配合飼料によるアワビ養殖試験>
試験1では、ユーグレナ粉末又は脱脂ユーグレナ粉末を加えたクロアワビ養殖用のアルギン酸固化飼料を開発した(図1)。この固化飼料を用いて6ヶ月間の給餌試験を閉鎖式循環水槽にて行った。
【0040】
(閉鎖循環式飼育水槽における試験飼料投与実験)
i)アワビ養殖試用飼料験組成について
アワビ稚貝を用いた摂餌誘引試験を行なったところ、ユーグレナを顕著に摂食したことから(クロレラと同等の活性)、図2に示した脱脂および無処理のユーグレナ粉末をマックフィールド社のアワビ飼育飼料に0.5%(w/w)添加して育成試験を行った。なお、飼料は伊那食品工業株式会社のアルギン酸粉末を用いて固形化した。
【0041】
ii)飼育状況
ii)-1:生残率
半年の給餌試験終了時の死個体状況は、固形配合飼料(MF)食群:38個体/100個体(62%)、ユーグレナ(EU)食群:18個体/100個体(82%)、脱脂ユーグレナ(DE)食群:54個体/100個体(46%)(括弧内は生残率を示す)であった(図3)。これらの結果からユーグレナ(EU)食の給餌は生残率を高めるが、脱脂するとその効果は激減することが示唆された。つまり、脂質成分が生残率の向上に寄与していることが推測された。
【0042】
ii)-2:飼育水パラメーター:飼育水温、pH、溶存酸素、アンモニア態窒素
飼育水温17.4℃、pH8.2~8.3、溶存酸素7.1~7.8mg/L、アンモニア態窒素0.05mg/L以下付近をそれぞれ推移し、給餌試験期間中の安定した環境であった(図4)。各水質項目の測定方法について下記に示す。
【0043】
・水温:デジタル水温計(Tetra)
・pH:ポータブル水質計pH(東亜ディーケーケー(株)DM-32p)
・溶存酸素:ポータブル水質計pH(東亜ディーケーケー(株)DM-32p)
・アンモニア態窒素:ポータブル中濃度アンモニア態窒素測定器(ハンナインスツルメンツジャパン(株)HI96715)
・総硬度、カルシウム、硝酸および亜硝酸濃度:テトラテスト5in1(水質試験紙)
【0044】
ii)-3:各群個体の成長変化
図5に半年間の殻長および体重変化を示した。殻長、体重共に3群間で有意な差は確認できなかった。脱脂個体の殻長が徐々に大きくなる傾向が見られたが、恐らく本結果は個体死の増加による飼育スペースにおける個体密度が他の2郡に比べ低くなったことが原因であると考えられた。
【0045】
(養殖試験に用いた飼料の栄養成分組成および6ヶ月飼育個体の栄養成分の違い)
試験飼料分析
養殖試験において使用した飼料栄養成分組成を図6に、遊離アミノ酸組成を図7に、脂肪酸組成を図8にそれぞれ示した。カロリー数がユーグレナ(EU)食群、脱脂ユーグレナ(DE)食群で若干高いのは、固形配合飼料(MF)食に2%添加している影響と推測される。タンパク組成がユーグレナ(EU)食、脱脂ユーグレナ(DE)食で若干高く、脂質はユーグレナ(EU)食で倍量含まれていた(図6)。炭水化物は、脱脂ユーグレナ(DE)食で固形配合飼料(MF)、ユーグレナ(EU)食の1.1~1.2倍であった(図6)。飼料中の遊離アミノ酸は、ほぼ検出されなかった(図7)。遊離脂肪酸については、ユーグレナ(EU)食でC14:0のミリスチン酸が高く検出された(図8)。
【0046】
(6ヶ月飼育個体分析)
3種類の飼料で飼育した個体の栄養分析は、等量エネルギー給餌試験の個体では、脱脂ユーグレナ(DE)食給餌群ではタンパク量が若干高くなった(図9)。逆に、炭水化物量が固形配合飼料(MF)食およびユーグレナ(EU)食給餌群の半分となった(図9)。アルギニンは含有量が多いが、鴻巣らは、アルギニンはアワビの旨味に大きく関与していないと報告している(食品工業学会誌20,432-439(1973))。またアワビの甘味に寄与するグリシン、アラニン、グルタミン酸は、飼料間では差がなかった(図10)。脂肪酸組成(図11)については、脂肪含有量が非常に少ないので、味に大きな違いを与える因子としては考えにくいが、脱脂ユーグレナ(DE)食群でオレイン酸、リノール酸が高くなることはヒトの舌に存在する油脂受容体(CD36、GPR120)を介して旨味を強く感じることに僅かながらも貢献する可能性が有る。
【0047】
(試験1のまとめ)
ユーグレナ食はアワビ個体の生残率向上に寄与することが推察された。また、脱脂ユーグレナには殻長促進が見られたため、ユーグレナと併用することで飼料には良質な飼料素材である。
【0048】
<試験2:アルギン酸固形化クロレラ及びユーグレナ食給餌における腸内細菌叢の変化>
試験2では、ユーグレナ給餌によるクロアワビおよびムラサキウニ個体の腸内細菌叢の変化を次世代シーケンサーにより検討した。ユーグレナ給餌による腸内細菌叢の変化をクロアワビ(三重県尾鷲産)およびキタムラサキウニ(岩手県洋野町産)を用いて行った。
【0049】
環境に馴化させるため、クロアワビには試験食切り換え前まで市販固形飼料(マックフィールド社製)を、キタムラサキウニには海藻(アラメ)をそれぞれ給餌した。2週間の馴化後、ユーグレナ粉末またはクロレラ粉末を5%(w/v)となるようにアルギン酸で固めた固形飼料に切り替えた。アルギン酸の影響も考えられたことからアルギン酸食を与えた群も設定し、試験前の給餌サンプル群を含め各生物種4サンプルで腸内細菌装叢の変化を検討した。また,それぞれの飼育試験期間中の開始点と終点の環境細菌叢も同時に行った。
【0050】
次世代シーケンサー解析は、MiSeqを用いて2×300bpの条件で株式会社生物技研に委託した。細菌の同定には遺伝子長が約1.5kbpの16S rRNAにある細菌の種類ごとに配列が異なるV領域が9か所(V1~V9)のV3-V4領域に対する特異的プライマーを設計し、PCRを行い、次世代シークエンサーを用いて高速かつ大量にDNA配列を読み取った。
【0051】
その結果、クロアワビおよびキタムラサキウニともに、ユーグレナおよびクロレラ給餌で共通してeuglenozoa、chlorophytaが優先種となった。それぞれの給餌により増殖を活性化されたのか特定できないが、腸内細菌叢のプロフィールがユーグレナ粉末給餌により変化した。
【0052】
<試験3:摂餌誘引微細藻類スクリーニング>
試験3では、各種微細藻類について、クロアワビやキタムラサキウニを誘引するか否かを検討した。各種の微細藻類粉末5gを50mL遠心管に採取し、40mL(8倍量)のBligh&Dyer法に順次,脂溶性成分を抽出した。抽出した脂溶性成分はロータリーエバポレーター(湯浴40℃)を用いて減圧下濃縮した。その後、100mg/mLとなるようにアビセル板(TLC cellulose Merrk-Millipore)に100μLをアプライした(直径36mmの円)。アプライ完了後、アビセル板をスキャナーで取り込んだ。
【0053】
クロアワビは殻長22~26mmの個体を、キタムラサキウニは直径30~40mmの個体をそれぞれ選抜し、摂餌誘引試験開始前日24時間絶食させた。直径30mmの円状に試料をアプライしたアビセル板を飼育水槽に沈めた後、クロアワビ個体を10個体、キタムラサキウニ個体を8個体各水槽に放ち、24時間の摂食行動を開始させた。24時間後、アビセル板を回収し、乾燥後、スキャナーにて接触状況を撮影した。ウニにより削り取られたアビセル板に塗布されたセルロース面をImage Jソフトにより数値化後、接触前のアプライ面積に対して削りとられた面積の割合を以下の算出式により求め、微細藻類の摂餌誘引能をランク付けした。
【0054】
摂餌誘引活性(%)=((削りとられた面積)/(接触前のアプライ面積))×100
ランク付けは-:摂餌誘引活性0-5%、+:摂餌誘引活性5-20%、++:摂餌誘引活性3040%、+++:摂餌誘引活性50-70%、++++:摂餌誘引活性80-100%
【0055】
結果を図12A乃至図16に示す。クロアワビ及びキタムラサキウニの両方でユーグレナが効果的に誘因作用を示すことがわかった。
図1
図2
図3
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図5
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図7
図8
図9
図10
図11
図12A
図12B
図13A
図13B
図14
図15
図16