(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023092757
(43)【公開日】2023-07-04
(54)【発明の名称】ステータ、ステッピングモータ、ムーブメントおよび時計
(51)【国際特許分類】
H02K 37/16 20060101AFI20230627BHJP
【FI】
H02K37/16 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021207955
(22)【出願日】2021-12-22
(71)【出願人】
【識別番号】000005038
【氏名又は名称】セイコーグループ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(72)【発明者】
【氏名】須笠 幹重
(72)【発明者】
【氏名】▲徳▼田 幸子
(72)【発明者】
【氏名】木下 伸治
(57)【要約】
【課題】本発明は、ステータ、ステッピングモータ、時計用ムーブメントおよび時計の提供を目的とする。
【解決手段】本発明に係るステータは、軟磁性合金により形成された母材から形成されており、ロータ用貫通孔が設けられ、かつ前記ロータ用貫通孔の周囲に磁路が設けられたステータであって、前記磁路の一部に該磁路を構成する軟磁性合金より低透磁率の微細結晶領域からなる拡散領域を有し、前記拡散領域を設けた部分の前記磁路の非磁性化率が90%以下であることを特徴とする。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟磁性合金により形成された母材から形成されており、ロータ用貫通孔が設けられ、かつ前記ロータ用貫通孔の周囲に磁路が設けられたステータであって、
前記磁路の一部に該磁路を構成する軟磁性合金より低透磁率の微細結晶領域からなる拡散領域を有し、前記拡散領域を設けた部分の前記磁路の非磁性化率が90%以下である、ステータ。
【請求項2】
前記母材を構成する軟磁性合金の平均結晶粒径がdであり、前記拡散領域の平均結晶粒径がd1である場合、d1<(3/7)dの関係を有する、請求項1に記載のステータ。
【請求項3】
前記母材は、第1面および前記第1面に対向する第2面を有し、
前記拡散領域は、前記母材の板厚方向に沿って前記第1面から前記第2面側に向かうにつれて、前記板厚方向に対する垂直方向の断面積が小さくされている、請求項1又は請求項2に記載のステータ。
【請求項4】
前記軟磁性合金がFe-Ni合金であり、前記拡散領域がCr拡散領域である、請求項1~請求項3のいずれか一項に記載のステータ。
【請求項5】
請求項1~請求項4のいずれか一項に記載のステータと、
前記ロータ用貫通孔内に回転可能に配設されたロータと、
前記ステータに設けられたコイルと、を備えた、ステッピングモータ。
【請求項6】
請求項5に記載のステッピングモータと、前記ステッピングモータの動力を伝達する輪列を備えた時計用ムーブメント。
【請求項7】
請求項6に記載の時計用ムーブメントを備えた時計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステータ、ステッピングモータ、ムーブメントおよび時計に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、モータ駆動装置により時針や分針等の表示針を回転駆動するアナログ電子時計が利用されている。モータ駆動装置は、表示針を回転駆動するステッピングモータ及び該ステッピングモータを回転駆動するための駆動手段を有している。
ステッピングモータは、ロータ用貫通孔及びロータの停止位置を決める位置決め部(内ノッチ)を有するステータと、ロータ用貫通孔内に回転可能に配設されたロータと、ステータに当接する磁心と、磁心に巻回されたコイルとを有している。
【0003】
駆動回路からコイルに極性の異なる駆動パルスを交互に供給することにより、ステータに極性の異なる漏洩磁束を交互に発生できる。そして、この交互磁束によりよりロータを180度ずつ所定の一方向(正方向)に回転させると共に、位置決め部に対応する位置にロータを停止することができる。
【0004】
一般的に、ロータを駆動させる漏洩磁束を得やすくするため、ロータ用貫通孔周りの2か所(180度間隔)において、幅を狭くした幅狭部を有することで磁束を飽和させやすくした一体型のステータが用いられている。
ロータを駆動させる漏洩磁束を得やすくするための技術として、まずステータを、磁路の断面積が最小となるロータ用貫通孔周り2か所(180度間隔)で切断することで2分割する。次に、当該切断箇所に、低透磁率材料または非磁性材料よりなるスリット材を挿入した上で溶接し、接合することで、幅狭部の透磁率を低減させた、いわゆる二体型のステータが知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来技術では、以下のような点で課題が残されている。
上述のロータ用貫通孔周りの2か所に幅狭部を形成した一体型のステータの場合、ロータの駆動原理として、まず幅狭部を磁束飽和させてステータを磁気的に分割し、2つの磁極片とした後に、ロータへ漏洩磁束が流れロータが回転する。つまり、電流供給時のコイルから発せられる磁束が幅狭部で消費されてしまう(幅狭部の磁束飽和のために電力が消費されてしまう)ため、幅狭部への磁束損失が生じる問題があった。
【0007】
幅狭部を設けた場合、ロータ自体からの磁束についても幅狭部で消費されることとなる。このため、磁気ポテンシャルのピークが得られにくくなり、ロータを磁気的に停止し、保持するための保持力が低下してしまう。その結果、ロータを位置決め部に対応する位置に停止させる動作が不安定となり、さらには、ロータが180度を超えて回転(脱調)してしまうおそれもある。
このような幅狭部を設けたステータにおいて、幅狭部での磁束損失を低減するために、本発明者らは、特開2021-145474号公報に記載されている構造を提案している。この構造では、幅狭部の一部に元素拡散により微細結晶領域となる拡散領域を形成し、ステータ母材の板厚方向に沿った前記拡散領域の深さを規定している。この構造により、ステッピングモータとしての最小駆動電力の低減化を狙っている。
【0008】
ところで、腕時計の時刻修正等において、反時計方向に針を動作させる場合がある。
例えば、海外に渡航した場合に時差を生じるが、海外の現地時刻に針位置を修正するには、針を逆転させて時刻表示を修正する必要がある。
【0009】
図8は、針の逆転動作を行うために、時計の駆動回路から逆転パルスを与える場合、一定範囲の電圧と一定範囲の動作周波数において正常に運針したか、否かを測定した結果を示す。
図8は、周波数を~300Hzまでの範囲で種々の値に変更するとともに、動作電圧を~3.2Vまでの範囲で変更し、各周波数と各動作電圧の場合の測定結果をマトリックス状に表示したグラフである。
図8において、正常に逆転運針した場合は1を表示し、否の場合は0を表示している。なお、通常の逆転運針可能な時計は数分の一程度の逆転パルスを付与するため、
図8に示す結果に用いた測定条件は過酷な条件であり、この測定は加速試験に相当する。
【0010】
本発明者は、上述の幅狭部に拡散領域を設ける場合、拡散領域の深さと非磁性化率の関係について研究している。非磁性化率とは、非磁性体のB-H曲線の面積に対する、磁性体のB-H曲線の面積とステータのB-H曲線との面積の差、の割合(%)である。
先の特開2021-145474号公報にも記載の通り、拡散領域の深さと非磁性化率には相関関係があり、非磁性化率が高いほど、最小駆動電力の低減率は高くなる。
そこで本発明者は、
図8に示す逆転運針の条件とステータにおける上述の非磁性化率との関係について研究した。
【0011】
図9は、逆転運針が正常に動作しない数を逆転NG数として、非磁性化率と逆転NG数の関係を求めた結果を示す。
本発明者らの研究によれば、非磁性化率が高いほど、最小駆動電力の低減率が高くなることを認識しているが、逆転動作において、非磁性化率がある値以上に高くなると顕著に逆転NG数が多くなることを知見した。
【0012】
本発明は、上述の問題に鑑み、ロータの回転駆動の安定性を向上させることが可能であるとともに、逆転動作時の安定性を向上させたステータ、ステッピングモータ、ムーブメントおよび時計の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
「1」前記課題を解決するため、本発明の一形態に係るステータは、一体の軟磁性合金により形成されており、ロータ用貫通孔が設けられており、かつ前記ロータ用貫通孔の周囲に磁路が設けられたステータであって、前記磁路の一部に該磁路を構成する軟磁性合金より低透磁率の微細結晶領域からなる拡散領域を有し、前記拡散領域を設けた部分の前記磁路の非磁性化率が90%以下であることを特徴とする。
【0014】
本形態では、磁路における非磁性化率を90%以下とするので、逆転運針時の異常を抑制できるステータを提供できる。また、拡散領域を設け、磁路の非磁性化率を90%以下とすることで最小駆動電力の低減化を推進することができ、品質を向上させたステータを提供できる。
【0015】
「2」前記ステータにおいて、前記母材を構成する軟磁性合金の平均結晶粒径がdであり、前記拡散領域の平均結晶粒径がd1である場合、d1<(3/7)dの関係を有する。
【0016】
本形態では、母材を構成する軟磁性合金の平均結晶粒径より小さい平均結晶粒径の拡散領域を設け、磁路の非磁性化率を90%以下とすることで最小駆動電力の低減化を確実に推進することができ、品質を向上させたステータを提供できる。
【0017】
「3」前記ステータにおいて、前記母材は、第1面および前記第1面に対向する第2面を有し、前記拡散領域は、前記母材の板厚方向に沿って前記第1面から前記第2面側に向かうにつれて、前記板厚方向に対する垂直方向の断面積が小さくされている構成を採用できる。
【0018】
本形態では、板厚方向に垂直方向の断面積を第1面から第2面に向かうにつれて小さくした拡散領域を設けることで、ステータの非磁性領域からの漏洩磁束をロータに作用させてロータを駆動できる。
【0019】
「4」前記ステータにおいて、前記軟磁性合金がFe-Ni合金であり、前記拡散領域がCr拡散領域である構成を採用できる。
【0020】
本形態では、磁路がFe-Ni合金からなることで透磁率の高い磁路を構成することができ、Cr拡散領域を利用し、容易に漏洩磁束を利用することができる。拡散領域にCrを含むことで、レーザー照射によるCrの溶融拡散を利用し、目的の拡散領域を得ることができる。
【0021】
「5」本発明の一形態に係るステッピングモータは、「1」~「4」のいずれかに記載のステータと、前記ロータ用貫通孔内に回転可能に配設されたロータと、前記ステータに設けられたコイルと、を備えた構成を採用できる。
【0022】
本形態では、ステータの磁路における非磁性化率を90%以下とするので、逆転運針時の異常を抑制できるステッピングモータを提供できる。
【0023】
「6」本発明の一形態に係る時計用ムーブメントでは、「5」に記載のステッピングモータと、前記ステッピングモータの動力を伝達する輪列を備えた構成を採用できる。
【0024】
本形態では、ステータの磁路における非磁性化率を90%以下とするので、逆転運針時の異常を抑制できる時計用ムーブメントを提供できる。
【0025】
「7」本発明の一形態に係る時計では、「6」に記載の時計用ムーブメントを備えた構成を採用できる。
【0026】
本形態では、ステータの磁路における非磁性化率を90%以下とするので、逆転運針時の異常を抑制できる時計を提供できる。
【発明の効果】
【0027】
本形態によれば、ステータの磁路における非磁性化率を90%以下とするので、逆転運針時の異常を抑制できるステータを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】実施形態に係るステータを有するステッピングモータを用いた時計を示すブロック図である。
【
図2】実施形態に係るステッピングモータの概略構成例を示す斜視図である。
【
図3】実施形態に係るステータの正面模式図である。
【
図4】実施形態に係るステッピングモータの正面模式図である。
【
図5】従来構造のステータのB-H曲線と実施形態の構造を有するステータのB-H曲線を示すグラフである。
【
図6】母材の板厚に対する拡散領域の深さと非磁性化率の関係を示すグラフである。
【
図7】ステッピングモータの最小駆動電力と、ステータの非磁性化率の関係を示すグラフである。
【
図8】一定範囲の電圧と一定範囲の動作周波数において逆転パルスを印加した場合に逆転動作が正常に運針したか否かを表した図である。
【
図9】逆転運針が正常に動作しない数を逆転NG数として、非磁性化率と逆転NG数の関係を示したグラフである。
【
図10】非磁性化率とロータ停止角の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施形態に係る時計、時計用ムーブメント、ステッピングモータ、ステータの一例を挙げ、図面を参照しながら説明する。また、以下の説明に用いる図面では、各部材を認識可能な大きさとするため、各部材の縮尺を適宜変更し表示している場合がある。
【0030】
「時計、時計用ムーブメント、ステッピングモータ、ステータの第1実施形態」
図1は、第1実施形態に係るステッピングモータ、時計用ムーブメントを用いた時計1を示すブロック図である。本実施形態では、時計の一例としてアナログ電子時計を例示し説明する。
図1に示すように、時計1は、電池2、発振回路3、分周回路4、制御回路5、パルス駆動回路6、ステッピングモータ7、およびアナログ時計部8を備える。
また、アナログ時計部8は、輪列11、時針12、分針13、秒針14、カレンダ表示部15、時計ケース81、および時計用ムーブメント82(以下、ムーブメント82という)を備える。なお、本実施形態では、時針12、分針13、秒針14、カレンダ表示部15のうち1つを特定しない場合、指針と記載する。
【0031】
発振回路3、分周回路4、制御回路5、パルス駆動回路6、およびステッピングモータ7、および輪列11は、ムーブメント82の構成要素である。ステッピングモータ7、および輪列11が備えられるモジュールを機構モジュールと呼称できる。
一般に、時計1の時間基準などの装置からなる時計の機械体をムーブメントと称する。電子式のものをモジュールと呼ぶことがある。時計としての完成状態では、ムーブメントに、例えば、文字板、指針が取り付けられ、時計ケースの中に収容される。
【0032】
電池2は、例えばリチウム電池、いわゆるボタン電池である。なお、電池2は、太陽電池と、太陽電池によって発電された電力を蓄電する蓄電池であってもよい。電池2は、電力を制御回路5に供給する。
【0033】
発振回路3は、例えば水晶の圧電現象を利用し、その機械的共振から所定の周波数を発振するために用いられる受動素子である。ここで、所定の周波数は、例えば32[kHz]である。
分周回路4は、発振回路3が出力した所定の周波数の信号を所望の周波数に分周し、分周した信号を制御回路5に出力する。
【0034】
制御回路5は、分周回路4が出力する分周された信号を用いて計時を行い、計時した結果に基づいて、駆動パルスを生成する。なお、制御回路5は、指針を正転方向に運針させる場合、正転用の駆動パルスを生成する。制御回路5は、指針を逆転方向に運針させる場合、逆転用の駆動パルスを生成する。制御回路5は、生成した駆動パルスをパルス駆動回路6に出力する。
パルス駆動回路6は、制御回路5が出力する駆動指示に応じて、指針それぞれに対して駆動パルスを生成する。パルス駆動回路6は、生成した駆動パルスをステッピングモータ7に出力する。
【0035】
ステッピングモータ7は、パルス駆動回路6が出力する駆動パルスに応じて指針(時針12、分針13、秒針14、カレンダ表示部15)を運針させる。
図1に示す例では、例えば、時針12、分針13、秒針14、およびカレンダ表示部15のそれぞれに1つステッピングモータ7を備えている。
【0036】
時針12、分針13、秒針14、カレンダ表示部15のそれぞれは、ステッピングモータ7からの動力が輪列11を介し伝達されて運針される。
時針12は、パルス駆動回路6がステッピングモータ7を駆動することによって12時間で1回転する。分針13は、パルス駆動回路6がステッピングモータ7を駆動することによって60分間で1回転する。秒針14は、パルス駆動回路6がステッピングモータ7を駆動することによって60秒間で1回転する。カレンダ表示部15は、例えば日付を表示する部分であり、パルス駆動回路6がステッピングモータ7を駆動することによって24時間で表示を変更する。
【0037】
次に、本実施形態に係るステッピングモータ7の概略構成について説明する。
図2は、本実施形態に係るステッピングモータ7の概略構成を示す斜視図である。
図2に示すようにステッピングモータ7は、ステータ201、ロータ202、磁心208、コイル209、およびネジ220を備える。
図3に示すようにステータ201は、アーム型のヨークを構成するための細長い磁性板材(母材)201Aによって構成され、磁性板材201Aの長さ方向両端側には取付片201B、201Cが一体形成されている。
【0038】
ステータ201の長さ方向途中部分には、ロータ用貫通孔203が形成され、取付片201B、201Cにはネジ孔218a、ネジ孔218bが形成されている。
ロータ202は、ロータ用貫通孔203に回転可能に配置されている。
コイル209は、磁心208の周囲に巻回されている。
ステッピングモータ7をアナログ電子時計に用いる場合、ステータ201と磁心208は、ネジ220によってムーブメント82の地板に固着され、互いに磁気的に接合される。なお、本実施形態では磁気的接合のためネジ固定としたが、磁気的接合できればネジ固定に限らない。
【0039】
ここで、
図3を用いてステータ201について更に説明する。
図3は、本実施形態に係るステータ201の正面模式図である。
図3において、ステータ201の長手方向をy軸方向、短手方向をx軸方向とする。
図3に示すように、ロータ用貫通孔203には、切り欠き部204、205が形成されている。また、ステータ201には、ロータ用貫通孔203のX軸方向両端側に位置するように幅狭部210、211が形成されている。
ステータ201を構成する磁性板材201Aは、例えばFe-Ni(鉄-ニッケル)合金などの高透磁率材料により構成される軟磁性合金の板材によって形成されている。また、幅狭部210、211は、非磁性領域である。非磁性領域の詳細構造については後に詳述する。
【0040】
ステッピングモータ7を時計に用いる場合、ステータ201の各サイズの一例を以下に記載する。ロータ用貫通孔203の穴径は、約1.5~2mmである。幅狭部210、211の一番細い箇所の幅は、約0.1mm~0.2mmである。ステータ201の厚みは、約0.5mm±0.1mmである。長手方向の長さは、約10mmである。
【0041】
次に、
図4を用いて本実施形態に係るステッピングモータ7の概要について説明する。
図4は、本実施形態に係るステッピングモータ7の正面模式図である。
図4に示すステッピングモータ7は、ロータ用貫通孔203、ステータ201、ロータ202、磁心208、コイル209、および幅狭部210、211を備えている。
【0042】
ステータ201には、ロータ用貫通孔203の周囲に磁路Rが形成されている。ロータ202は、ロータ用貫通孔203内に回転可能に配設された2極のロータである。磁心208は、ステータ201と接合されている。コイル209は、磁心208に巻回されている。
【0043】
幅狭部210、211は、ロータ202の安定位置確保のためロータ用貫通孔203に設けられる切り欠き部204、205に干渉しない部分に設けられている。コイル209は、第1端子OUT1、第2端子OUT2を有している。
【0044】
ロータ用貫通孔203は、輪郭が円形とされた貫通孔の対向部分に複数(
図4の例では2つ)の半月状の切り欠き部(内ノッチ)204、205を一体形成した円孔形状とされている。これら切り欠き部204、205は、ロータ202の停止位置または静止安定位置を決めるための位置決め部として構成されている。例えば、切り欠き部(内ノッチ)204は、ロータが所定位置になると、そのポテンシャルエネルギーが低くなり、ロータの位置を安定させる作用をもたらす。
【0045】
ロータ202は、2極(S極及びN極)に着磁されている。
コイル209が励磁されていない状態では、ロータ202は、
図4に示すように前記位置決め部に対応する位置、換言すれば、ロータ202の磁極軸Aが、切り欠き部204、205を結ぶ線分と直交するような位置(角度θ
0位置)に安定して停止(静止)している。
【0046】
ロータ用貫通孔203の周囲に設けられた磁路Rの一部(
図4の例では2箇所)に、非磁性領域の幅狭部210、211が形成されている。ここで、ステータ201における幅狭部の断面の幅を断面幅tとし、磁路に沿った方向の幅をギャップ幅wとする。幅狭部210、211は、断面幅tとギャップ幅wとにより画定された領域に形成されている。
以下の説明では、ステータ201において、幅狭部211の外周を点a1、幅狭部211内を点b1、幅狭部211の近傍且つ磁路Rの外周と内周との間を点cと表示できる。
【0047】
次に、本実施形態に係るステッピングモータ7の動作を、
図4を参照して説明する。
まず、パルス駆動回路6(
図1参照)から駆動パルス信号をコイル209の端子OUT1、OUT2間に供給して(例えば、第1端子OUT1側を正極、第2端子OUT2側を負極)、
図4の矢印方向に電流iを流すと、ステータ201には破線矢印方向に磁束が発生する。
【0048】
本実施形態では、非磁性領域である幅狭部210、211が形成されており、非磁性領域の磁気抵抗は増大している。そのため、従来の「幅狭部」に相当する領域を磁気飽和させる必要がなく、容易に漏洩磁束を確保でき、その後、ステータ201に生じた磁極とロータ202の磁極との相互作用によって、ロータ202は
図4の矢印方向に180度回転し、磁極軸が角度θ
1位置で安定的に停止(静止)する。
なお、ステッピングモータ7を回転駆動することによって通常動作(本発明の各実施の形態はアナログ電子時計であるため運針動作)を行わせるための回転方向(
図4では反時計回り方向)を正方向とし、その逆(時計回り方向)を逆方向としている。
【0049】
次に、パルス駆動回路6から、逆極性の駆動パルスをコイル209の端子OUT1、OUT2に供給して(駆動とは逆極性となるように、第1端子OUT1側を負極、第2端子OUT2側を正極)、
図4の反矢印方向に電流を流すと、ステータ201には反破線矢印方向に磁束が発生する。
その後、前述と同様に、非磁性領域である幅狭部210、211が形成されていることから、容易に漏洩磁束を確保でき、ステータ201に生じた磁極とロータ202の磁極との相互作用によって、ロータ202は前記と同一方向(正方向)に180度回転し、磁極軸が角度θ0位置で安定的に停止(静止)する。
【0050】
以後、このように、コイル209に対して極性の異なる信号(交番信号)を供給することによって、前記動作が繰り返し行われ、ロータ202を180度ずつ矢印方向に連続的に回転させることができる。
【0051】
このように、ロータ用貫通孔203の周囲に形成されている磁路Rの一部に非磁性領域である幅狭部210、211が形成されているため、当該領域で消費される磁束を大幅に低減でき、ロータ202を駆動させる漏洩磁束を効率よく確保できる。
また、「幅狭部」とされている箇所に、非磁性領域である幅狭部210、211を形成して低透磁率化することにより、ロータ202自体から発せられる磁束についても当該領域での消費が抑制される。その結果、磁気ポテンシャルの損失を防止することができ、ロータ202を磁気的に停止(静止)・保持させるための保持力を高めることができる。
【0052】
また、従来では「幅狭部」とされていた箇所にOUT1側(負極)の磁束で飽和させて回転させた後、OUT2側(正極)で回転させるにはOUT1側(負極)の際に生じた残留磁束を打ち消す必要があった。しかしながら、本実施形態によれば、当該領域での残留磁束を大幅に低減できるため、残留磁束打ち消しに要する時間が不要となり、回転を収束させるまでの時間を短縮できる。このため、本実施形態によれば、高速運針を行う際の動作安定性を維持することができ、駆動周波数を上げることができる。
【0053】
図3の一部に非磁性領域を有する幅狭部210、211の部分拡大断面を示す。ステータ201を構成する磁性板材201Aの一方の表面(第1面)201a側(一例として輪列面側)から磁性板材201Aの厚さ方向に沿って他方の表面(第2面)201b側(一例として地板面側)に向かうにつれて、板厚方向に垂直な方向の断面積が徐々に小さくなる拡散領域(溶融凝固部)206が形成されている。
拡散領域206の底部206aは下窄まり形状を有するが、底部206aは他方の表面201bには到達されていない。このため、
図3において底部206aの下方側には磁性板材201Aを構成する高透磁率材料によって構成される磁気結合部201cが形成されている。
【0054】
図3に示すように拡散領域206の上部側には磁性板材201Aの表面201aから若干上方に突出する露出部206cが形成されている。
拡散領域(溶融凝固部)206は、例えば、磁性板材201Aの表面側に形成したクロムペーストにレーザーを照射し、クロムペーストを溶融させてクロムを磁性板材201A側に拡散溶融させ、溶融部分を凝固させることで形成したものである。
【0055】
拡散領域206の概形はくさび状であり、第2面201bに近い拡散領域206の幅は、第1面201aにおける拡散領域206の幅より小さい。また、磁性板材201Aの板厚をh1と表記でき、磁性板材201Aの板厚方向に沿った拡散領域206の深さをh2と表記できる。
磁性板材201AをFe-Ni合金系の38パーマロイ(軟磁性合金)から構成した場合、磁性板材201Aを構成する軟磁性合金の平均結晶粒径は42μm程度となる。
これに対し、クロムを拡散させて形成した拡散領域206の平均結晶粒径は、Cr拡散時の熱処理条件等を調整し、平均結晶粒を微細化できる。クロムを拡散させて拡散領域206を形成する場合、クロム重量比15%以上となる拡散領域を形成できるようにクロム拡散を行うことが好ましい。
【0056】
ここで、拡散領域206の平均結晶粒を16μm以下程度、即ち、約3/7以下にすると最小駆動電力の低減効果が大きく、1/4以下にすると、最小駆動電力の低減効果を得る上でより好ましい。このことは、本発明者らが先に出願した特開2021-145474号に記載の試験結果により判明している。
従って、拡散領域206の平均結晶粒径をdと表記し、磁性板材(母材)201Aを構成する軟磁性合金の平均結晶粒径をd1と表記すると、d1<(3/7)dの関係を有することが好ましい。また、d1<(1/4)dの関係を有することがより好ましい。
【0057】
なお、磁性板材201Aに拡散領域206を形成する場合、クロムの拡散による拡散領域206に限定されるものではなく、周期律表においてクロム(Cr)近傍の元素である、銅(Cu)、マンガン(Mn)、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)の1つを配置し、配置した箇所にレーザーを照射して拡散領域(微細結晶領域)を形成しても、本実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0058】
以上説明のステータ201は、
図2を基に先に説明したようにステッピングモータ7に組み込まれ、
図1に示すように時計1のムーブメント82に組み込まれ、時計1が構成される。
【0059】
このように、本実施形態のステータ201は、ステータ201が特定の軟磁性合金から一体に形成されていて接合部がないため、従来の二体型ステータのようなスリット部を有していない。このため、本実施形態によれば、スリット部を形成する手順がないため、スリット部の形成時の機械的ストレスによる変形が発生しない。この結果、本実施形態のステータ201を有するステッピングモータ7によれば、ロータ202とステータ201との間の距離に誤差が発生しにくいため、静止位置ズレなどが発生し難い特徴を有する。
【0060】
<ステータの残留磁束の説明>
次に、ステータの残留磁束密度について説明する。
図5は、従来構造のステータのB-H曲線と本実施形態の構造を有するステータのB-H曲線を示す図である。
図5において、横軸は磁界[A/m]であり、縦軸は磁束密度[T(テスラ)]である。
拡散領域206を有していない従来のステータのB-H曲線g110において、残留磁束密度は、点g111と点g112の大きさである。
【0061】
本実施形態の拡散領域206を有しているステータ201のB-H曲線g120において、残留磁束密度は、点g121と点g122の大きさである。このように、本実施形態のステータ201は、従来構造のステータと比較して残留磁束密度が低下している。
また、本実施形態のステータ201のB-H曲線g120の面積は、従来のステータのB-H曲線g110の面積より小さい。従って本実施形態のステータ201は、従来のステータよりヒステリシス損が少ない。
【0062】
これにより、本実施形態によれば、従来のステータと比較して、非磁性化率を向上させることができる。この結果、本実施形態によれば、後述するように、本実施形態のステータ201を有するステッピングモータ7の消費電力を低減することができる。これにより、本実施形態によれば、消費電力を低減することができるので、ステッピングモータ7の品質を向上させることができる。
【0063】
<非磁性化率>
次に、拡散領域206の深さと非磁性化率の関係について説明する。
図6は、磁性板材201Aの板厚に対する拡散領域206の深さと非磁性化率の関係を示す図である。
図6において、横軸は板厚に対する拡散領域206の到達深さの割合(%)であり、縦軸は非磁性化率(%)である。なお、板厚に対する拡散領域206の到達深さの割合とは、
図3に示す磁性板材201Aの板厚h
1に対する拡散領域206の深さh
2の割合である。また、非磁性化率とは、非磁性体のB-H曲線の面積に対する、磁性体のB-H曲線の面積とステータのB-H曲線の面積との差、の割合(%)である。
【0064】
図6に示すように、板厚に対する拡散領域206の深さと非磁性化率の関係は、線形近似でき、ほぼ比例関係であり、到達深さの割合が増加すると非磁性化率も増加する。
図4からは、拡散領域206が深い程、非磁性化率を増加させることができることを確認できる。
【0065】
ただし、以下に説明する理由により非磁性化率は90%以下であることが好ましい。
図4を基に先に説明したように、コイル209が励磁されていない状態において、ロータ202は、
図4に示すように位置決め部に対応する位置、換言すれば、ロータ202の磁極軸Aが、切り欠き部204、205を結ぶ線分と直交するような位置(角度θ0位置)に安定して停止(静止)している。
【0066】
パルス駆動回路6から駆動パルス信号をコイル209の端子OUT1、OUT2間に供給して、
図4の矢印方向に電流iを流すと、ステータ201には破線矢印方向に磁束が発生する。
本実施形態では、ステッピングモータ7を回転駆動することによって通常動作(本発明の実施形態はアナログ電子時計であるため運針動作)を行わせるための回転方向(
図4では反時計回り方向)を正方向とし、その逆(時計回り方向)を逆方向とする。
本実施形態では、上述のように逆方向に回転するように調整した駆動パルス信号をコイル端子に供給する。また、駆動パルス信号の供給後はロータ202が完全に停止するまでの揺動運動によってコイル209に発生する逆起電圧を観察し、ロータ202が逆方向に回転したか否かを判定する。
【0067】
図8は、以上説明した基準に基づき、周波数300Hzまで一定間隔の周波数で周波数を低い値から高い値に調整しつつ、印加する動作電圧~3.2Vまで0.2V間隔で調整しつつ印加した場合、
図3、
図4に示す構成のステッピングモータ7が示した逆転動作の動作マップを示す。
【0068】
図8において、符号1は、逆転動作時に正常運針したことを示し、符号0は正常運針しない異常ケースを示している。なお、通常の時計においては、数分の一の低い周波数で運針するが、ここではより高い周波数を使用し、高速回転させてステッピングモータ7が安定するか否かを検査しているので、
図8に示す結果は条件の厳しい加速試験結果であると説明できる。
【0069】
図9は、逆転運針が正常に動作しない数を逆転NG数として、非磁性化率と逆転NG数の関係を求めた結果を示す。
本発明者らの研究によれば、特開2021-145745号に記載のように、非磁性化率が高いほど、最小駆動電力の低減率が高くなることを認識しているが、
図8に示すように、逆転動作時において、非磁性化率がある値以上に高くなると顕著に逆転NG数が多くなることを知見した。
【0070】
図9に示すように、非磁性化率が90%を超えると、逆転NG数が増加するので、幅狭部210、211に拡散領域206を形成する場合、非磁性化率が90%以下となるように拡散領域206の深さh
2を決定することが好ましい。非磁性化率と拡散領域206の深さの関係は
図6に示すようにほぼ比例関係となる。このため、非磁性化率を90%以下とするために拡散領域206の深さは90%以下の範囲とすることが好ましい。
【0071】
なお、特開2021-145745号の
図9に示した非磁性化率と最小駆動電力の関係を
図7に示した。
図7に示すように、本発明者らが明らかにしている非磁性化率と最小駆動電力の低減率との関係から、拡散領域206の深さを磁性板材201Aの板厚の3/4以上とすることが望ましいことが分かっている。
このため、
図6に示す拡散領域の深さと非磁性化率の関係から、拡散領域の深さを磁性板材201Aの板厚の3/4以上とするためには、非磁性化率で言えば、60%以上とすることが好ましい。このため、逆転動作時の安定性を確保しつつ、ステッピングモータ7として最小駆動電力の優れた低減効果を得るために、非磁性化率は60%以上90%以下の範囲であることが好ましい。
【0072】
図10は、上述の時計1において、幅狭部210の非磁性化率とロータ停止角の関係を求めた結果を示すグラフである。ロータの停止角とは、コイル無通電時にロータが静止した角度を示す。この試験に用いたロータ202は、
図4に示すように2極に着されたロータであり、ロータ202を構成する磁石のN極またはS極の磁極の向きをステータ201の長さ方向軸を0°とした場合の仰角(
図4ではθ
0に相当)をロータ停止角としている。
【0073】
図10に示すように、非磁性化率が90%を超えると、ロータ停止角は50°を下回って急激に小さくなることが分かる。ロータ停止角が50°を下回って小さくなると、逆転動作時に逆転パルスをコイル209に印加してステータ201から発せられる磁束に対し、ロータ202の対向する磁石磁束との回転に要するトルクが小さくなるので、逆転NG数が増加すると考えられる。
【符号の説明】
【0074】
R…磁路、1…時計、6…パルス駆動回路、7…ステッピングモータ、11…輪列、82…時計用ムーブメント、201…ステータ、201A…磁性板材(母材)、201a…表面(第1面)、201b…表面(第2面)、202…ロータ、203…ロータ用貫通孔、204…切り欠き部、205…切り欠き部、206…拡散領域、208…磁心、209…コイル、210、211…幅狭部。