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  • 特開-アントラキノン類活物質 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023092820
(43)【公開日】2023-07-04
(54)【発明の名称】アントラキノン類活物質
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/18 20060101AFI20230627BHJP
   H01M 8/02 20160101ALI20230627BHJP
   C07C 59/66 20060101ALN20230627BHJP
【FI】
H01M8/18
H01M8/02
C07C59/66
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021208049
(22)【出願日】2021-12-22
(71)【出願人】
【識別番号】000006208
【氏名又は名称】三菱重工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304000836
【氏名又は名称】学校法人 名古屋電気学園
(74)【代理人】
【識別番号】110000785
【氏名又は名称】SSIP弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】平山 航一郎
(72)【発明者】
【氏名】木薮 敏康
(72)【発明者】
【氏名】森田 靖
(72)【発明者】
【氏名】村田 剛志
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 彩
(72)【発明者】
【氏名】岡田 茂満
【テーマコード(参考)】
4H006
5H126
【Fターム(参考)】
4H006AA01
4H006AA03
4H006AB91
4H006BP30
4H006BR70
4H006BS20
5H126BB10
(57)【要約】
【課題】レドックスフロー電池の過電圧を低減可能なアントラキノン類活物質を提供する。
【解決手段】レドックスフロー電池のアントラキノン類活物質は、下記化学式で表される化合物を含み、
【化1】
前記R、R、R、Rの少なくとも1つが水酸基又はアルコキシ基である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化学式で表される化合物を含む、レドックスフロー電池のアントラキノン類活物質であって、
【化1】
前記R、R、R、Rの少なくとも1つが水酸基又はアルコキシ基であるアントラキノン類活物質。
【請求項2】
前記R又はRの一方が水酸基であり、他方がアルコキシ基である、請求項1に記載のアントラキノン類活物質。
【請求項3】
前記R、R、R、Rはそれぞれ、水酸基又はアルコキシ基のいずれかである、請求項1または2に記載のアントラキノン類活物質。
【請求項4】
前記アルコキシ基の少なくとも1つはO(CHCOOH(nは1~6の自然数)である、請求項1~3のいずれか1項に記載のアントラキノン類活物質。
【請求項5】
前記R、R、R、Rは水酸基及びアルコキシ基以外の官能基若しくは水素又はハロゲンである、請求項1~4のいずれか1項に記載のアントラキノン類活物質。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、レドックスフロー電池用のアントラキノン類活物質に関する。
【背景技術】
【0002】
レドックスフロー電池は、電解液タンクの容量に応じて電力貯蔵量を自在に設計できるため、大電力の貯蔵に適した電池であり、自然エネルギーを含めた電力需給平準化への適用が期待されている。レドックスフロー電池は、充放電を行うセルと、電力貯蔵を担う電解液タンクとで構成され、ポンプで電解液を循環させて充放電を行う点を特徴とする。
【0003】
現在では、電解液の活物質としてバナジウムを使用するレドックスフロー電池が主流であるが、近年のバナジウム価格の高騰等に起因して、有機物や金属錯体を活物質として使用するレドックスフロー電池の開発が行われている。例えば、特許文献1には、負極活物質にアントラキノン又はナフトキノンを使用するレドックスフロー電池が記載され、スルホ基を有する多数のアントラキノンが例示されている。特許文献2には、活物質そのものではないが、レドックスノンイノセント配位子を金属中心に配位した配位化合物を含有する組成物を活物質として使用するレドックスフロー電池が記載されており、レドックスノンイノセント配位子として、アントラキノンの1位~8位に様々な官能基が結合した多数のアントラキノンが例示されている。また、非特許文献1及び2にも、アントラキノンの1位~8位に様々な官能基や元素が結合した化合物が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6574382号公報
【特許文献2】特表2019-514170号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】K.Lin,Q.Chen,M.R.Gerhardt,L.Tong,S.B.Kim,L.Eisenach,A.W.Valle,D.Hardee,R,G.Gordon,M,J.Aziz,M.P.Marshak,Science,349(2015) 1529-1532
【非特許文献2】D.G.Kwabi,K.Lin,Y.Ji.F.Kerr,M.Goulet,D.D.Porcellinis,D.P.Tabor,D.A.Pollack,A.Aspuru-Guzik,R.G.Gordon,M.J.Aziz,Joule 2,19(2018) 1894-1906
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1及び2には、アントラキノンの1位~8位に様々な官能基や元素が結合した化合物が記載されているが、特定の位置に特定の置換基を導入した活物質をレドックスフロー電池で使用すると、レドックスフロー電池の過電圧(抵抗)が高くなり、その結果としてエネルギー効率が低下するといった課題があった。
【0007】
上述の事情に鑑みて、本開示の少なくとも1つの実施形態は、レドックスフロー電池の過電圧を低減可能なアントラキノン類活物質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本開示に係るアントラキノン類活物質は、下記化学式で表される化合物を含む、レドックスフロー電池のアントラキノン類活物質であって、
【化1】
前記R、R、R、Rの少なくとも1つが水酸基又はアルコキシ基である。
【発明の効果】
【0009】
本開示の発明者らの研究によれば、アントラキノン骨格の1位、4位、5位又は8位に水酸基又はアルコキシ基を導入した構造の化合物をレドックスフロー電池の負極活物質として使用すると、過電圧が大きい傾向があることが分かった。これに対し、本開示のアントラキノン類活物質を使用すれば、アントラキノン骨格の2位、3位、6位又は7位に水酸基又はアルコキシ基が結合していることにより、カリウムイオンへの配位が前者の構造の活物質への配位に比べて弱いと考えられるので、前者の構造の活物質を使用した場合に比べて、レドックスフロー電池の過電圧を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】各実施例及び各比較例の化合物を負極のアントラキノン類活物質として用いたレドックスフロー電池の過電圧の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示の実施形態によるアントラキノン類活物質(以下の説明では、「アントラキノン類」を付ける必要が特にない限り、単に「活物質」という)について説明する。以下で説明する実施形態は、本開示の一態様を示すものであり、この開示を限定するものではなく、本開示の技術的思想の範囲内で任意に変更可能である。
【0012】
<本開示の活物質の基本構造>
本開示の活物質は、放電された状態でレドックスフロー電池の負極側の電解液に溶解する活物質であり、下記化学式(1)で表される化合物を含んでいる。この化合物をレドックスフロー電池の負極側の活物質として用いたとき、酸化還元反応により、この化合物と、アントラキノン骨格の9位及び10位に二重結合された酸素原子を水酸基に変換した還元体とのいずれかに変換される。具体的には、レドックスフロー電池が放電動作を行うときは、還元体がこの化合物へ変換される酸化反応が起こり、レドックスフロー電池が充電動作を行うときは、この化合物が還元体へ変換される還元反応が起こる。
【0013】
【化2】
【0014】
化学式(1)において、アントラキノン骨格の1位~8位にそれぞれ結合するR~Rのうち、R、R、R、Rの少なくとも1つが水酸基又はアルコキシ基(-OR)である。アルコキシ基において酸素原子に結合するRは1~6個の炭素原子を有し、4~6個の炭素原子を有する場合は、直鎖状又は分岐を有する構造を有している。Rを構成する炭素原子同士の結合は一重結合に限定するものではなく、二重結合又は三重結合を含んでいてもよい。また、Rはエーテル結合を含んでもよい。さらに、Rを構成する炭素の少なくとも1つには、水素に代えて、ハロゲンや任意の官能基、例えば、スルホン基、アミノ基、ニトロ基、カルボキシル基、ホスホリル基、チオール基、アルキルエステル等が結合してもよい。
【0015】
後述する実施例において具体的にあきらかになることであるが、本開示の発明者らの研究によれば、アントラキノン骨格の1位、4位、5位又は8位に水酸基又はアルコキシ基を導入した構造の化合物をレドックスフロー電池の負極活物質として使用すると、過電圧が大きい傾向があることが分かった。
【0016】
<本開示の活物質のバリエーション>
本開示の活物質の上記基本構造では、R、R、R、Rの少なくとも1つが水酸基又はアルコキシ基であればよく、どちらの官能基がいくつ結合しているのかを限定していないが、R又はRの一方が水酸基であるとともに他方がアルコキシ基である構造の化合物をレドックスフロー電池の負極活物質として使用してもよい。後述する実施例で明らかになることであるが、本開示の発明者らの研究によれば、このような構造の化合物をレドックスフロー電池の活物質として使用すると、レドックスフロー電池の過電圧が極めて小さい傾向があることがわかった。このため、このような構造の化合物を活物質として使用すれば、レドックスフロー電池の過電圧を低減することができる。
【0017】
、R、R、Rのそれぞれが水酸基又はアルコキシ基のいずれかである構造の化合物をレドックスフロー電池の負極活物質として使用してもよい。後述する実施例で明らかになることであるが、本開示の発明者らの研究によれば、R又はRの一方が水酸基であるとともに他方がアルコキシ基である構造の化合物をレドックスフロー電池の活物質として使用した場合に比べれば、この構造の化合物をレドックスフロー電池の活物質として使用した場合の過電圧低下の効果はやや劣るものの、R、R、R、Rの少なくとも1つが水酸基又はアルコキシ基である構造を有しない化合物と比べれば、過電圧低下の効果は見られる。このため、このような構造の化合物を活物質として使用すれば、レドックスフロー電池の過電圧を低減することができる。
【0018】
、R、R、Rの少なくとも1つに結合したアルコキシ基を、カルボキシル基を有するO(CHCOOH(nは1~6の自然数)としてもよい。活物質がカルボキシル基を有することにより、負極側の電解液への溶解性を向上させることができる。
【0019】
上述したいずれの化合物に対しても、アントラキノン骨格の1位、4位、5位又は8位に水酸基が結合していると、電解質中のカリウムイオンと上述の6員環構造を形成する可能性があるので、アントラキノン骨格の1位、4位、5位又は8位に水酸基が結合していないことが好ましく、これらに位置には、水酸基及びアルコキシ基以外の官能基若しくは水素又はハロゲンが結合していることが好ましい。
【実施例0020】
<実施例の概要>
正極活物質としてフェロシアン化カリウム三水和物及びフェリシアン化カリウムを用いるとともに負極活物質として下記表1にまとめた実施例1~6並びに比較例1及び2の化合物を用いた場合において、レッドクスフロー電池における過電圧を測定した。
【0021】
【表1】
【0022】
<各化合物の入手及び合成方法>
実施例1の化合物(2,6-ジヒドロキシアントラキノン(2,6-DHAQ))は、東京化成工業株式会社から、製品コードA1894として入手可能である。実施例2の化合物(2,6-ビス(3’-カルボキシプロピルオキシ)-9,10-アントラキノン)は、東京化成工業株式会社から、製品コードD5764として入手可能である。
【0023】
実施例3の化合物は、下記化学反応式(2)で表される手順で合成した。合成の概略は、出発物質としての2,6-DHAQから、一方の水酸基の水素がブタン酸エチルに置換されたアルコキシ基を有する中間物質が合成され、この中間物質から、実施例3の化合物が合成される。
【0024】
【化3】
【0025】
1Lナスフラスコに40.0g(167mmol)の2,6-DHAQと、500mLのN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)を入れ、攪拌しながら23.1g(167mmol)の炭酸カリウムを加え、次いで、23.9mL(167mmol)の4-ブロモブタン酸エチルを加えた。その後、昇温を開始し、100℃にて17時間攪拌した。放冷した後、600mLの蒸留水を加えて、析出物を吸引濾過し、濾上物を蒸留水で洗浄した。濾液(pH>9)を攪拌しながら、6Mの塩酸を加えた。濾液のpHが3未満となり、塩酸を加えても二酸化炭素が発生しなくなるまで塩酸を加えた後、室温で1時間攪拌した。析出物を200mLの遠沈管に移し、遠心分離して沈殿物を分離した。沈殿物を吸引濾過して蒸留水で洗浄し、次いで80℃で6時間真空乾燥し、原料と中間物質の混合物11.4gを得た。得られた固体を粉砕して粉末状にし、200mLのクロロホルムに懸濁させた。吸引濾過により不溶物を除き、200mLのクロロホルムを用いて可溶物が全て溶けきるまで洗浄した。この操作により未反応の原料11.1gを回収した。濾液を再度吸引濾過して不溶物を完全に除き、濾液を減圧濃縮した。残渣を蒸留水に懸濁させて吸引濾過、洗浄し、80℃で4時間真空乾燥して、6.96gの中間物質を赤褐色固体として得た(収率は12%)。
【0026】
次に、1Lナスフラスコに6.96g(19.6mmol)の中間物質を入れ、190mLのイソプロピルアルコールと380mLの蒸留水を入れた。ここに、4.48g(79.9mmol)の水酸化カリウムを加えて昇温を開始し、60℃にて20時間攪拌した。放冷した後、550mLの蒸留水を加え、2L三角フラスコに移し、攪拌しながらpHが3未満になるまで2M塩酸を加えた。2時間攪拌した後、遠心分離により沈殿物を分離した。上澄み液と沈殿物とをそれぞれ吸引濾過し、濾上物を蒸留水で洗浄した。濾上物を80℃で4時間真空乾燥して、6.25gの実施例3の化合物を得た(中間物質からの収率は98%)。
【0027】
実施例4の化合物である2,3,6,7-テトラヒドロキシアントラキノン(2,3,6,7-THAQ)は、下記化学反応式(3)の第1段階と、下記化学反応式(4)の第2段階と、下記化学反応式(5)の第3段階とから合成される。
【0028】
【化4】
【0029】
500mLビーカーに、42gの氷と100mLの濃硫酸とを入れた。反応溶液の温度が5℃を超えないように注意しながら、25.1g(182mmol)の1,2-ジメトキシベンゼン(東京化成工業株式会社から入手可能)と17.3mL(309mmol)のアセトアルデヒドとの混合溶液を攪拌しながら反応溶液に2.5時間かけて滴下した後、室温で22時間攪拌した。この反応溶液を、350mLのエタノールを入れた1000mL三角フラスコに注ぎ、60mLのメタノールで洗い込みをした。析出物を吸引濾過し、濾上物を160mLのエタノールと320mLの蒸留水とで洗浄した後、60℃で5時間真空乾燥を行い、22.3gの白色固体を得た(化学反応式(3)の収率は75%)。
【0030】
15.1g(46.3mmol)の上記白色固体を1Lナスフラスコに入れ、750mLの酢酸に懸濁させて、85.4g(287mmol)の二クロム酸ナトリウム2水和物を加えた。反応溶液を油浴上で5時間加熱還流した。反応後に放冷、静置して得られた析出物を吸引濾過した。濾上物を蒸留水で洗浄し、70℃で4時間真空乾燥して、12.4gの黄色固体を得た(化学反応式(4)の収率は82%)。
【0031】
18.8g(57.3mmol)の上記黄色固体を1Lナスフラスコに入れ、250mLの47%臭化水素酸に懸濁させて、油浴上で、150℃で6日間加熱還流した。6日間の間、90mLの47%臭化水素酸を添加した。反応溶液を放冷した後、沈管に移して遠心分離して上澄み液を除いた。残渣に400mLの蒸留水を加えて分散させ、再度遠心分離を行い、上澄み液を取り除いた。不溶物を吸引濾過した後に蒸留水で洗浄し、濾上物を70~80℃で13時間真空乾燥して、15.1gの実施例4の化合物を得た(化学反応式(5)の収率は97%)。
【0032】
実施例5の化合物は、下記化学反応式(6)の第1段階と、下記化学反応式(7)の第2段階とから合成される。
【0033】
【化5】
【0034】
1Lナスフラスコに、8.13g(29.9mmol)の2,3,6,7-THAQと、400mLのDMFとを入れた。ここに、18.26g(217mmol)のカリウムエトキシドを加えて攪拌しながら65℃に昇温した。その後、42.1g(305mmol)の炭酸カリウムと、43.8mL(306mmol)の4-ブロモブタン酸エチルとを加え、95℃にて24時間攪拌した。放冷した後、240mLの蒸留水を加えて析出物を吸引濾過し、濾上物を蒸留水で洗浄し、80℃で1.5時間真空乾燥して、6.70gの黄色固体を得た(化学反応式(6)の収率は31%)。
【0035】
500mLナスフラスコに、6.70g(9.19mmol)の上記黄色固体を入れ、100mLのイソプロピルアルコールと200mLの蒸留水とを加えた。ここに、6.70g(119mmol)の水酸化カリウムを加えて昇温を開始し、60℃にて18時間加熱攪拌した。放冷した後、300mLの蒸留水を加えて不溶物を吸引濾過により取り除き、攪拌しながらpHが3未満になるまで6M塩酸を加えた。1時間攪拌した後、遠心分離により沈殿物を分離した。沈殿物を蒸留水で洗浄しながら吸引濾過により回収し、濾上物を70℃で2.5時間真空乾燥して、5.08gの目的物を得た(化学反応式(6)の収率は90%)。
【0036】
実施例6の混合物は、下記化学反応式(8)で表される手順で合成した。この合成の概略は次の通りである。出発物質としての2,3,6,7-THAQから、2つの水酸基の水素がブタン酸エチルに置換されたアルコキシ基を有する中間混合物が得られ、この中間混合物から、実施例6の混合物が得られる。
【0037】
【化6】
【0038】
1Lナスフラスコに、19.8g(72.7mmol)の2,3,6,7-THAQと、280mLのDMFとを入れた。ここに、19.9g(144mmol)の炭酸カリウムと、20.7mL(144mmol)の4-ブロモブタン酸エチルとを加えた。その後、昇温を開始し、100℃にて23時間攪拌した。放冷した後、150mLの蒸留水を加えて析出物を吸引濾過した。濾液に6M塩酸をpHが3~4程度になるまで攪拌しながら加え、析出物を遠心分離及び吸引濾過により回収した。この析出物に対して、クロロホルムを用いたソックスレー抽出を行った。抽出液を減圧濃縮することで、5.04gの中間混合物を得た(収率は14%)。
【0039】
5.15gの中間混合物を500mLナスフラスコに入れ、ここに、90mLのイソプロピルアルコールと180mLの蒸留水を加えた。さらに4.62g(82.3mmol)の水酸化カリウムを加えた後に昇温を開始し、60℃にて20時間加熱攪拌した。放冷した後、300mLの蒸留水を入れた1Lビーカーに注ぎ、攪拌しながらpHが3未満になるまで2M塩酸を加えた。1時間攪拌した後、遠心分離によって沈殿物を分離した。この沈殿物を蒸留水で洗浄しながら吸引濾過によって回収し、濾上物を70℃で2.5時間真空乾燥して、3.71gの実施例6の混合物を得た(中間混合物から混合物の収率は81%)。
【0040】
比較例1の化合物(1,3,5,7-テトラヒドロキシアントラキノン(1,3,5,7-THAQ))は、下記化学反応式(9)で表される手順で合成した。100mLナスフラスコに、3.00g(19.5mmol)の3,5-ジヒドロキシ安息香酸(東京化成工業株式会社から入手可能)と39mLの濃硫酸とを入れ、120℃にて2時間攪拌した。放冷した後、100gの氷を入れた300mLビーカーにこの反応液を注ぎ、遠心分離を行なって上澄液をデカンテーションにより除き、残渣を100mLの蒸留水で希釈して吸引濾過した。濾上物を蒸留水で洗浄し、75℃で2時間真空乾燥して、2.15gの目的物を得た(収率は81%)。
【0041】
【化7】
【0042】
比較例2の化合物は、比較例1の化合物を出発物質として、下記化学反応式(10)の第1段階と、下記化学反応式(11)の第2段階とから合成される。
【0043】
【化8】
【0044】
100mLナスフラスコに、500mg(1.84mmol)の1,3,5,7-THAQと25mLのDMFとを入れた。ここに、1.23g(14.6mmol)のカリウムエトキシドを加えて20分攪拌した。その後、2.87g(20.8mmol)の炭酸カリウムと2.63mL(18.3mmol)の4-ブロモブタン酸エチルとを加え、95℃にて20時間攪拌した。放冷した後、15mLの蒸留水を加えて析出物を吸引濾過し、濾上物を蒸留水で洗浄し、60℃で3時間真空乾燥して、889mgの黄色固体を得た(化学反応式(10)の収率は90%)。
【0045】
200mLナスフラスコに、870mg(1.19mmol)の上記黄色固体を入れ、25mLのイソプロピルアルコールと50mLの蒸留水を加えた。ここに、838mg(14.9mmol)の水酸化カリウムを加えて昇温を開始し、60℃にて17時間加熱攪拌した。放冷した後、150mLの蒸留水を入れた300mLビーカーにこの反応溶液を注ぎ、不溶物を吸引濾過により取り除いた。濾液に2mLの酢酸を加えてpHを4未満とし、室温で30分攪拌した。析出物を吸引濾過及び水洗後、濾上物を60℃で3時間真空乾燥して、714mgの目的物を得た(化学反応式(11)の収率は97%)。
【0046】
<電解液の調製>
正極電解液は、2.53g(6.00mmol)のフェロシアン化カリウム三水和物を1.0mol/Lの水酸化カリウム水溶液に溶解させて30mLにメスアップすることによって調製した。負極電解液は、表1に記載した添加量の実施例1~6並びに比較例1及び2の化合物又は混合物を1.0mol/Lの水酸化カリウム水溶液に溶解させて25mLにメスアップすることによって調製した。
【0047】
<実験装置の構成>
測定に用いたレドックスフロー電池は、本開示の発明者ら自身が製作したものを使用した。このレドックスフロー電池は、イオン交換膜(Nafion(登録商標),NR-212)によって正極側のセルと負極側のセルとが隔離された構成を有している。各セルには、電解液が流通する流路として、21mm×21mmの蛇行流路が形成されている。各セルには、カーボンペーパー製の多孔質電極(20mm×20mm)が設けられている。
【0048】
<実験方法>
各電解液はシュレンクフラスコに収容し、不活性ガス(窒素)を5分間以上バブリングして溶存酸素を除去した。各シュレンクフラスコは、アルミブロック恒温槽(ALB-121,株式会社サイニクス)を用いて30℃に保温した。ポンプ(スムーズフローポンプQI-100-VF-P-S,株式会社タクナミ)を用いて、各電解液を各セルの流路に65mL/minで流通させて、各セルと各シュレンクフラスコとの間を循環させた。
【0049】
各セルに設けられた集電体(導電性カーボン樹脂によって本開示の発明者らが製作したカーボンセパレータ)に充放電装置(ACD-01,アスカ電子株式会社)をケーブルで電気的に接続し、電流値を400mA(電流密度100mA/cm)とし、上限電圧を1.4Vとし、カットオフ電流密度を2mA/cmとした定電流定電圧充電で、理論容量の50%まで充電した。電流密度33mA/cmで充電し、通電から1分後の電圧を取得して、これを充電電圧とした。充電深度(SOC)50%における開回路電圧(OCV)と充電電圧との差の絶対値を、充電時の過電圧と定義した。放電についても通電から1分後の電圧を放電電圧とし、OCVとの差を放電時の過電圧と定義した。充電時の過電圧と放電時の過電圧とを平均して、充放電における過電圧とした。
【0050】
<実験結果>
過電圧の測定結果を図1に示す。アントラキノン骨格の1位及び5位に水酸基が結合した比較例1及び2の化合物に比べて、アントラキノン骨格の2位及び6位に水酸基又はアルコキシ基のいずれかが結合した実施例1~3の化合物及びアントラキノン骨格の2位、3位、6位、7位に水酸基又はアルコキシ基のいずれかが結合した実施例4~6の化合物の過電圧が低いことがわかった。この結果から、アントラキノン骨格の2位、3位、6位又は7位に水酸基又はアルコキシ基が結合している化合物をレドックスフロー電池の負極の活物質に用いることにより、レドックスフロー電池の過電圧を低減することができると言える。アントラキノン骨格の2位、3位、6位、7位に水酸基又はアルコキシ基のいずれかが結合した化合物よりも、アントラキノン骨格の2位及び6位に水酸基又はアルコキシ基のいずれかが結合した化合物の方が、その効果が大きいと言うこともできる。
【0051】
上記各実施形態に記載の内容は、例えば以下のように把握される。
【0052】
[1]一の態様に係るアントラキノン類活物質は、
下記化学式で表される化合物を含む、レドックスフロー電池のアントラキノン類活物質であって、
【化9】
前記R、R、R、Rの少なくとも1つが水酸基又はアルコキシ基である。
【0053】
本開示の発明者らの研究によれば、アントラキノン骨格の1位、4位、5位又は8位に水酸基又はアルコキシ基を導入した構造の化合物をレドックスフロー電池の負極活物質として使用すると、過電圧が大きい傾向があることが分かった。これに対し、本開示の活物質を使用すれば、アントラキノン骨格の2位、3位、6位又は7位に水酸基又はアルコキシ基が結合していることにより、カリウムイオンへの配位が前者の構造の活物質への配位に比べて弱いと考えられるので、前者の構造の活物質を使用した場合に比べて、レドックスフロー電池の過電圧を低減することができる。
【0054】
[2]別の態様に係るアントラキノン類活物質は、[1]のアントラキノン類活物質であって、
前記R又はRの一方が水酸基であり、他方がアルコキシ基である。
【0055】
本開示の発明者らの研究によれば、アントラキノン骨格の2位及び6位の一方に水酸基を導入するとともに他方にアルコキシ基を導入した化合物をレドックスフロー電池の活物質として使用すると、レドックスフロー電池の過電圧が極めて小さい傾向があることがわかった。このため、このような構造の化合物を活物質として使用すれば、レドックスフロー電池の過電圧を低減することができる。
【0056】
[3]さらに別の態様に係るアントラキノン類活物質は、[1]または[2]のアントラキノン類活物質であって、
前記R、R、R、Rはそれぞれ、水酸基又はアルコキシ基のいずれかである。
【0057】
本開示の発明者らの研究によれば、上記[2]の構造の化合物をレドックスフロー電池の活物質として使用した場合に比べれば、この構造の化合物をレドックスフロー電池の活物質として使用した場合の過電圧低下の効果はやや劣るものの、上記[1]の構造を有しない化合物と比べれば、過電圧低下の効果は見られる。このため、このような構造の化合物を活物質として使用すれば、レドックスフロー電池の過電圧を低減することができる。
【0058】
[4]さらに別の態様に係るアントラキノン類活物質は、[1]~[3]のいずれかのアントラキノン類活物質であって、
前記アルコキシ基の少なくとも1つはO(CHCOOH(nは1~6の自然数)である。
【0059】
このような構成によれば、カルボキシル基を有することにより、活物質の電解液への溶解性を向上させることができる。
【0060】
[5]さらに別の態様に係るアントラキノン類活物質は、[1]~[4]のいずれかのアントラキノン類活物質であって、
前記R、R、R、Rは水酸基及びアルコキシ基以外の官能基若しくは水素又はハロゲンである。
【0061】
このような構成によれば、カリウムイオンに活物質が強く配位することはないので、レドックスフロー電池の過電圧を低減することができる。
図1