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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023093059
(43)【公開日】2023-07-04
(54)【発明の名称】二次電池診断システム
(51)【国際特許分類】
   H01M 10/42 20060101AFI20230627BHJP
   H01M 10/052 20100101ALI20230627BHJP
   H01M 10/48 20060101ALI20230627BHJP
   H01M 4/38 20060101ALI20230627BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20230627BHJP
   H01M 10/44 20060101ALI20230627BHJP
   H01M 10/0568 20100101ALI20230627BHJP
【FI】
H01M10/42 Z
H01M10/052
H01M10/48 P
H01M4/38 Z
H01M4/36 D
H01M10/44 P
H01M10/0568
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021208463
(22)【出願日】2021-12-22
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、防衛装備庁、安全保障技術研究推進制度委託事業「船舶向け軽量不揮発性高エネルギー密度二次電池の開発」産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】川治 純
(72)【発明者】
【氏名】上田 克
【テーマコード(参考)】
5H029
5H030
5H050
【Fターム(参考)】
5H029AJ05
5H029AK03
5H029AL03
5H029AL06
5H029AL07
5H029AL08
5H029AL11
5H029AL18
5H029AM02
5H029AM03
5H029AM04
5H029AM05
5H029AM07
5H029AM09
5H029HJ14
5H029HJ18
5H029HJ19
5H030AA01
5H030AA10
5H030BB01
5H030FF42
5H030FF43
5H030FF44
5H050AA07
5H050BA16
5H050BA17
5H050CA07
5H050CA08
5H050CA09
5H050CB03
5H050CB07
5H050CB08
5H050CB09
5H050CB11
5H050CB29
5H050DA03
5H050HA14
5H050HA18
5H050HA19
(57)【要約】
【課題】2種類の活物質を含む負極を有するリチウムイオン電池に適用した二次電池診断システムであって、負極の活物質の利用率の変化を精度よく判定し、充放電条件へ反映させることで、電池の寿命向上を実現する手法の提供を目的とする。
【解決手段】二種類の活物質を含んだ負極を有するリチウムイオン電池の運用データを取得し、少なくとも活物質毎の利用率(m)を含むリチウムイオン電池の劣化特徴量を導出する算出部と、算出部で導出した劣化特徴量に基づいてリチウムイオン電池の運用条件を更新する制御部と、を有する二次電池診断システムであって、算出部が、リチウムイオン電池の運用データに基づいて、電池容量の充電率依存性と、電圧の緩和過程の時定数の分布状態に関する関数群とを導出する第一の工程と、第一の工程で得た電池容量の充電率依存性及び関数群を用いて、活物質毎の利用率(m)を導出する第二の工程と、を実行する。
【選択図】図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
二種類の活物質を含んだ負極を有するリチウムイオン電池の運用データを取得し、少なくとも前記活物質毎の利用率(m)を含む前記リチウムイオン電池の劣化特徴量を導出する算出部と、
前記算出部で導出した前記劣化特徴量に基づいて前記リチウムイオン電池の運用条件を更新する制御部と、を有する二次電池診断システムであって、
前記算出部が、前記リチウムイオン電池の前記運用データに基づいて、電池容量の充電率依存性と、電圧の緩和過程の時定数の分布状態に関する関数群とを導出する第一の工程と、
前記第一の工程で得た前記電池容量の充電率依存性及び前記関数群を用いて、前記活物質毎の利用率(m)を導出する第二の工程と、を実行することを特徴とする二次電池診断システム。
【請求項2】
請求項1に記載の二次電池診断システムであって、前記活物質毎の利用率(m)の時間変化率の比が所定値以上になった場合に、前記制御部は、この比を低減させるように、前記運用条件を更新する工程を実行することを特徴とする二次電池診断システム。
【請求項3】
請求項1に記載の二次電池診断システムであって、前記運用条件の更新が上限電圧、下限電圧、及び充放電レートのうち少なくとも1つの調整であることを特徴とする二次電池診断システム。
【請求項4】
請求項1に記載の二次電池診断システムであって、前記算出部で導出する前記劣化特徴量が、容量ずれ(δ)及び時定数の分布状態を示すパラメータ(β)の少なくとも一方をさらに含むことを特徴とする二次電池診断システム。
【請求項5】
請求項4に記載の二次電池診断システムであって、各活物質の特性情報が記録されたメモリをさらに有し、
前記劣化特徴量を導出する工程が、i)活物質毎に利用率(m)、容量ずれ(δ)、及び時定数の分布状態を示すパラメータ(β)を仮定する工程と、ii)前記仮定した値と、前記メモリに格納された前記各活物質の特性情報とを用いて、電池容量の充電率依存性及び電圧の緩和過程の時定数の分布状態に関する関数群を予測する工程と、iii)前記予測した関数群と前記運用データから得た関数群の誤差を最小化するように、前記劣化特徴量を決定する工程を含むことを特徴とする二次電池診断システム。
【請求項6】
請求項5に記載の二次電池診断システムであって、前記各活物質の特性情報は、単位重量あたりの容量q(Ah/g)、容量Q(Ah)、電極電位V(V)、容量変化に対する電位変化ΔV/Δq(Vg/g)、及び電気抵抗R(Ω)のいずれかの情報を含むことを特徴とする二次電池診断システム。
【請求項7】
請求項5に記載の二次電池診断システムであって、電圧の緩和過程の時定数の分布状態を示すパラメータ(β)を決定する過程において、二次電池の開回路電圧V_0、時間t、及び緩和時定数τの分布状態を示すパラメータ(β)を含む連続関数f(τ)を用いて、電圧の時間変化を表す関数V(t)を下記の式によって表し、測定した電池電圧の経時変化データとの比較に基づいて、前記活物質毎の前記パラメータ(β)および利用率(m)を決定することを特徴とする二次電池診断システム。
[数1]
V(t)=V_0+∫dτf(τ)exp(-t/τ)
【請求項8】
請求項1に記載の二次電池診断システムであって、前記リチウムイオン電池を一定の電圧まで放電後、放電電流をゼロとして電圧の緩和過程のデータを取得して、前記算出部は、当該データに基づいて前記関数群を導出することを特徴とする二次電池診断システム。
【請求項9】
請求項1に記載の二次電池診断システムであって、前記負極はシリコンを含む活物質と炭素を含む活物質とを有することを特徴とする二次電池診断システム。
【請求項10】
請求項9に記載の二次電池診断システムであって、シリコンの利用率(m)の時間変化率が炭素の利用率(m)の時間変化率の2倍を超えた場合に、前記制御部は、両者の時間変化率を均一化するために充放電時の下限電圧を高めることを特徴とする二次電池診断システム。
【請求項11】
請求項1に記載の二次電池診断システムであって、使用する電解質の揮発温度が100℃以上であることを特徴とする二次電池診断システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の活物質を含んだ負極を有する二次電池を診断する二次電池診断システムに関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池は、非水電解質二次電池の一つであり、エネルギー密度が高いため、携帯機器のバッテリーや、近年では電気自動車のバッテリーとしても用いられている。ただし、リチウムイオン電池は、使用に伴い劣化し、電池容量が減少することが知られている。
【0003】
リチウムイオン電池では、正極の活物質としてリチウム金属酸化物、負極の活物質として黒鉛などの炭素材が用いられるのが一般的である。リチウムイオン電池の正極および負極は、微小な活物質粒子群にバインダ(結着剤)や導電剤等を加えてスラリー(混合体)化した後、金属箔に塗布して形成する。
【0004】
充電時には、正極の活物質から放出されたリチウムイオンが負極の活物質に吸蔵され、放電時には負極の活物質に吸蔵されたリチウムイオンが放出され正極の活物質に吸蔵される。このように、リチウムイオンが電極間を移動することで電極間に電流が流れる。
【0005】
このようなリチウムイオン電池では、(1)正極活物質の電気的な孤立、(2)負極活物質の電気的な孤立、及び(3)電極間を往来するリチウムイオンの固定化、によって容量が減少する。
【0006】
電気容量などの各種初期特性を向上させるために、複数の活物質材料を含む負極(以下、複合負極)を用いたリチウムイオン電池が広く検討されている。一例として、負極活物質として、グラファイトなどの炭素系負極材料とSi金属、Si-M合金、SiOxなどのシリコン系材料を選択した複合負極を挙げることができる。ただし、炭素系負極材料とシリコン系負極材料とでは、充電、放電時の活物質の体積変化率が異なることが知られており、シリコン系負極材料の体積膨張量が電極内のバインダの結着力を上回ると、シリコン系負極材料が選択的に構造破壊し、上記(2)が進行する。一旦、反応可能なシリコン系負極材料の利用率(電極内に含まれる負極材料のうち、実際に電池反応に使用される負極材料の割合)が減少すると、残った負極材料に充放電電流が集中するので、より大きな体積変化が生じ、さらに構造破壊による劣化が顕著となる。そして、最終的に複合電極内での電気導電経路が遮断され、電池容量が急落することになる。
【0007】
容量急落の抑制には、充放電に伴う負極利用率を活物質毎に分離評価し、シリコンの利用率に応じて充放電条件を制御することが有効である。これに関し、複合電極内の活物質毎の反応性を評価する技術として、特許文献1ないし3を挙げることができる。
【0008】
特許文献1には、「第1および第2の負極活物質を含む電極体を有する二次電池と、二次電池を充電可能に構成された充電装置と、制御装置とを備える。制御装置は、電極体の内部における電荷担体の濃度分布が偏ることに起因する二次電池の劣化度合いを示す評価値を二次電池に入出力される電流に基づいて算出し、評価値の積算値が許容値を超える場合に積算値が許容値未満である場合よりも二次電池への充電電力を抑制するように充電装置を制御する。第1の負極活物質への電荷担体の挿入量増加に伴う第1の負極活物質の膨張量は、第2の負極活物質への電荷担体の挿入量増加に伴う第2の負極活物質の膨張量よりも大きい。制御装置は、二次電池の活物質モデルに基づいて、二次電池に入出力される電流から第1の負極活物質を流れる電流と第2の負極活物質を流れる電流とを別々に算出することによって評価値を算出する」ことが開示されている。具体的には、主に炭素系負極材料とシリコン系負極材料とを有する複合電極において、二次電池の電流レートとSOCとそれぞれの負極活物質に流れる電流の分配比率の相関性をあらかじめテーブル化し、実運用時の電流レート、SOCから電流の分配比率を算出し、ハイレート劣化の度合いを示す評価パラメータの算出精度を向上し、これを基に電池への充電条件を制御することが開示されている。
【0009】
特許文献2には、「本発明は2種類以上の活物質を混合した電極を使用した二次電池に対して、その劣化状態を非破壊かつ簡便な方法で、各活物質の劣化率および電池容量に対する電位を診断することを目的とする。本発明における二次電池の劣化診断方法は、前記二次電池の充放電特性を取得し、メモリに格納された複数の活物質の情報を取得し、前記複数の活物質の情報と前記充放電特性から前記正極または負極の混合比を決定し、前記混合比に基づいて当該二次電池の充放電特性を予測し、前記予測された充放電特性と前記二次電池の充放電特性を比較し、前記予測された充放電特性と前記二次電池の充放電特性が一致した場合、前記混合比を用いて予測された前記混合正極の電位または前記混合比を用いて予測された前記混合負極の電位に基づいて劣化パラメータを算出することを特徴とする。」と記載されている。これは、事前に取得されてメモリに格納された複数の活物質(特許文献2中では主に正極材料)の情報から複合電極における活物質の混合比を導出し、実運用中の電池における正極、負極の劣化状態を予測するものである。このメモリに格納される情報として、「前記活物質の情報は、単位重量あたりの容量q(Ah/g)、容量Q(Ah)、電極電位V(V)、容量変化に対する電位変化ΔV/ΔQ(V/Ah)またはΔV/Δq(Vg/Ah)、電位変化に対する容量変化ΔQ/ΔV(Ah/V)またはΔq/ΔV(Ah/Vg)、充電率SOC、比熱c(J/Kg)または熱容量C(J/K)、電気抵抗R(Ω)のいずれかの情報であることを特徴とする」ことが記載されている。
【0010】
特許文献3には、「正極及び負極の少なくとも一方の電極に複数の種類の活物質を含む電池のシミュレーション装置であって、前記電極を複数の種類の活物質粒子で代表させ、前記活物質夫々の閉回路電位が同一であるとして、所定の時刻における前記複数の活物質毎の印加電流比を演算する第1ステップ実行部と、前記第1ステップ実行部において演算した前記印加電流比に基づいて、前記所定の時刻における前記活物質夫々の反応物質濃度を演算する第2ステップ実行部と、を有することを特徴とする電池のシミュレーション装置。」と記載されている。そして、複合電極内でのリチウムイオン濃度を精密に予測するために構成する複数の活物質に流れる電流比率を演算した後、その演算結果に則り活物質内部のリチウムイオン濃度を正確に予測できるシミュレータを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2020-126753号公報
【特許文献2】再公表2014-128902号公報
【特許文献3】特開2017-062191号公報
【特許文献4】特開2014-196943号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Journal of Power Sources 264(2014)140-146.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述の通り、容量急落の抑制に向けて、活物質毎の利用率を正確に分離評価する必要があるが、既存の公知技術では、それを達しえないことが課題である。
特許文献1では、シリコンおよび炭素を用いた複合負極における活物質毎に流れる電流分配比率を、事前に取得したデータテーブルと温度、SOCの実測値から導出するが、得られる分配比率からは、負極内で生じる構造破壊による、シリコンの電気的孤立化の度合を評価することが困難であり、結果として、構造破壊によるシリコン利用率低下傾向を予測、抑制することは困難である。
【0014】
特許文献2では、事前にメモリに格納された複数の活物質の情報と充放電曲線の情報から複数の活物質の混合比を導出することができるとされており、実際に充放電の電位が大きくことなる正極材料(LiMnとLi(Ni1/3Co1/3Mn1/3)O)を含んだ複合正極における混合比の導出による電池性能診断が報告されている。ここでは、複合負極の充放電曲線は、仮定した混合比で割りつけた単独の充放電曲線に仮定した混合比を重みとして割り付け、足し合わせたものとなっているが、実際の複合電極の劣化は電極の位置によって偏りがあると考えられ、単純な相加平均とはならない。そのため、本文献で記載の方法のみでは、混合比率の正確な分離は困難である。さらに、活物質の混合数が増えたり、両極ともに複合電極を用いる場合などは、評価するパラメータ数に対する電池データ量が不足するため、正確な評価がより困難となる。
【0015】
特許文献3は、異なる活物質の閉回路電圧が等しいと仮定して電流分配率およびリチウムイオン濃度を予測しているが、電池の劣化に応じた電流分配率の変化などは考慮さえておらず、実際の電池データから、複合電極内の活物質毎の劣化度の違いを評価できるものではない。
【0016】
以上を鑑み、本発明は、複数の活物質を含む負極に適用した二次電池システムにおいて、複合電極の利用率の変化を精度よく判定し、充放電条件へ反映させることで、寿命向上を実現する手法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
前記の課題を解決するために、本発明を以下のように構成した。
二種類の活物質を含んだ負極を有するリチウムイオン電池の運用データを取得し、少なくとも前記活物質毎の利用率(m)を含むリチウムイオン電池の劣化特徴量を導出する算出部と、算出部で導出した劣化特徴量に基づいてリチウムイオン電池の運用条件を更新する制御部と、を有する二次電池診断システムであって、算出部が、リチウムイオン電池の運用データに基づいて、電池容量の充電率依存性と、電圧の緩和過程の時定数の分布状態に関する関数群とを導出する第一の工程と、第一の工程で得た電池容量の充電率依存性及び関数群を用いて、活物質毎の利用率(m)を導出する第二の工程を実行することを特徴とする。
尚、その他の手段は、発明を実施するための形態の中で説明する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、リチウムイオン電池の充放電中の運用データから、複数の活物質の利用率の時間変化を精度よく導出することができるようになる。その結果、例えばシリコン系負極材料と黒鉛系負極材料とを含む負極を有するリチウムイオン電池において、シリコン系負極材料の劣化を早期に検知し、それを充放電条件にフィードバックし、寿命の伸長を実現する。
本発明に関連する更なる特徴は、本明細書の記述、添付図面から明らかになるものである。また、上記した以外の、課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明に係る二次電池診断システムの診断対象であるリチウムイオン電池を概念的に示す図。
図2】本発明に係る二次電池診断システムの診断対象であるリチウムイオン電池の断面構造を概念的に示す図。
図3】リチウムイオン電池内の電極断面を概念的に示す図。(a)は単独の活物質からなる電極、(b)は二つの活物質から構成される複合電極、(c)は充放電により劣化した複合電極。
図4】特徴量算出に用いる放電曲線解析の一例を示す図。
図5】特徴量算出に用いる放電曲線解析の一例を示す図。
図6】特徴量算出に用いる通電前後の電池電圧の時間変化の一例を示す図。
図7】単独の活物質からなる電極の劣化前後の反応不均一化を概念的に示す図。
図8】本発明の二次電池システムの一例を、概念的に示す図。
図9図7の算出部が実行する処理の流れを示したフロー図。
図10】二つの活物質を有する複合電極の劣化前後の反応不均一化を概念的に示す図。
図11】本発明を適用した実施例、及び比較例における定格放電容量と容量維持率を示す図表。
図12】実施例及び比較例における、サイクル数に対する容量維持率の変化を示すグラフ。
図13】実施例及び比較例における放電曲線を示すグラフ。
図14】実施例及び比較例における、負極活物質利用率の推移を示す図表。
図15】実施例及び比較例における、負極活物質利用率低減率の比の推移を示す図表。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための形態(以下においては「実施形態」と表記する)を、適宜、図面を参照して説明する。
ただし、本発明の複数の活物質材料を有する負極を用いたリチウムイオン電池と、前記リチウムイオン電池の劣化特徴量を導出する算出部と、算出部からの情報に基づいて運用条件を規定する制御部を直ちに説明するのは、理解が容易ではない点もある。
【0021】
そのため、まず、<リチウムイオン電池の構造および構成材料>、<電池劣化に関わるパラメータ>を先に説明する。続いて、本発明の<複数の活物質毎の特徴量算出>に必要な関数群のコンセプトを説明する。
その後、本発明の実施形態である二次電池診断システムを説明する。
【0022】
<リチウムイオン電池の構造および構成材料>
図1および図2を参照して、リチウムイオン電池の一形態の構造について説明する。
図1は、リチウムイオン電池の断面の一例を、概念的に示す図である。
図1において、セル(電池セル、二次電池)100は、電極占有部分1と、正極端子(タブ)2と、負極端子(タブ)3と、電解液4と、セパレータ5と、外装材6とを備えている。外装材6は、ラミネートフィルム、もしくは、それに類する素材で構成されている。
【0023】
図2は、図1のセルの蓄電要素(蓄電機構の構成要素)の断面の一例を、概念的に示す図である。
図2において、セルの蓄電要素は、正極11と負極12とセパレータ5を備えている。なお、電池としての電解液4は、正極11、負極12、セパレータ5等の微孔に含浸されている。そのため、電解液4は、図2には表記されていない。
また、図2において、蓄電要素は、正極11と負極12とがセパレータ5を挟んで交互に配置されている。セパレータ5は、例えば、ポリプロピレンが用いられる。ただし、セパレータ5としてポリプロピレン以外にも、ポリエチレンなどのポリオレフィン製の微孔性フィルムや不織布などを用いることもできる。なお、図1及び図2は、リチウムイオン電池の断面の一例及びセルの蓄電要素の断面の一例について概念的に示す図であり、各構成部材の位置関係や大きさについては図示されたものに限定されるものではない。
【0024】
正極11、負極12、それぞれ、適切な金属の集電箔に、適切な電極活物質、導電剤、結着剤などの混合体を塗布して作製されたものである。
本発明の対象とするリチウムイオン電池のセルでは、材質、形状、製造方法などに制限されることなく、任意の集電体を使用することができる。
【0025】
<正極11>
正極11の集電箔には、厚さが10~100μmのアルミニウム箔、厚さが10~100μm、孔径0.1~10mmのアルミニウム製穿孔箔、エキスパンドメタル、発泡金属板などのいずれかが用いられる。また、前記の材質も、アルミニウムの他に、ステンレス鋼、チタンなども適用可能である。
正極11の電極活物質は、反応種を内部に含むものが望ましい。リチウムイオン電池の反応種は、リチウムイオンである。この場合、電極活物質は、リチウムイオンを可逆的に挿入脱離可能なリチウム含有化合物を含んでいる。
正極11の電極活物質の種類は、例えば、コバルト酸リチウム、マンガン置換コバルト酸リチウム、マンガン酸リチウム、ニッケル酸リチウム、オリビン型リン酸鉄リチウムなどのリン酸遷移金属リチウム、LiNiCoMn(ここで、w、x、y、zは0または正の値)が挙げられる。
【0026】
<負極12>
負極12の集電箔には、厚さが10~100μmの銅箔、厚さが10~100μm、孔径0.1~10mmの銅製穿孔箔、エキスパンドメタル、発泡金属板などが用いられる。
また、材質も銅の他に、ステンレス鋼、チタンなども適用可能である。
負極12の電極活物質は、リチウムイオンを可逆的に挿入脱離可能な物質を含んでいる。負極12の電極活物質の種類は、例えば、天然黒鉛や、天然黒鉛に乾式のCVD法もしくは湿式のスプレー法によって被膜を形成した複合炭素質材料、エポキシやフェノール等の樹脂材料もしくは石油や石炭から得られるピッチ系材料を原料として焼成により製造される人造黒鉛、シリコン(Si)、シリコンを混合した黒鉛、難黒鉛化炭素材、チタン酸リチウムLiTi12などを用いることができる。
【0027】
<複合電極>
本発明に係る二次電池システムではリチウムイオン電池の正極および負極のうち少なくとも負極が複数の活物質材料を有する複合電極である。図3はリチウムイオン電池内の電極断面を概念的に示す図であり、(a)は単独の活物質からなる電極、(b)は二つの活物質から構成される複合電極である。そして(c)は、(b)の複合電極が、充放電により劣化した状況を示している。正極11、負極12が複合電極である場合、その活物質としては、前記の材料が二種以上含まれている。
【0028】
<電解液>
発電要素(発電機構の構成要素)には、正極11、負極12、セパレータ5のほかに電解液4がある。
リチウムイオン電池の場合、電解液は、例えば、エチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、ブチレンカーボネート(BC)、ジメチルカーボネート(DMC)、エチルメチルカーボネート(EMC)、ジエチルカーボネート(DEC)、メチルプロピルカーボネート(MPC)、エチルプロピルカーボネート(EPC)等の非プロトン性有機系溶媒などを用いることができる。
【0029】
あるいは、前記の2種以上の混合有機化合物の溶媒に、六フッ化リン酸リチウム、四フッ化ホウ酸リチウム、過塩素酸リチウム、ヨウ化リチウム、塩化リチウム、臭化リチウム、LiB[OCOCF、LiB[OCOCFCF、LiPF(CF、LiN(SOCF、LiN(SOCFCF等のリチウム塩を溶解した電解液が挙げられる。
あるいは、前記の2種以上の混合リチウム塩を溶解した電解液が挙げられる。
【0030】
前述の電解液の構成溶媒は一般的に揮発性が高く、電解液の揮発温度は25℃未満であることが多い。これに加え、本発明の実施形態の一つでは、揮発温度を例えば100℃以上まで高めたリチウムイオン伝導性の液体を用いることもできる。具体的には、イオン液体、および、溶媒和イオン液体を挙げることができる。尚、揮発温度は、該当の電解液の熱重量測定において、室温での重量に対して重量減少率が一定量、例えば、2%になるときの温度として定義することができる。このような揮発温度の高い電解液を用いることで、環境温度上昇や充放電に伴う発熱に対しての電解液の安定性が向上したり、高温での電解質の揮発化による電池膨張、性能低下を抑制できるため、望ましい。
【0031】
イオン液体はカチオンおよびアニオンで構成される。イオン液体としては、カチオン種に応じ、イミダゾリウム系、アンモニウム系、ピロリジニウム系、ピペリジニウム系、ピリジニウム系、モルホリニウム系、ホスホニウム系、スルホニウム系などに分類される。イミダゾリウム系イオン液体を構成するカチオンには、例えば、1-ethyl-3-methylimidazoliumや1-butyl-3-methylimidazolium(BMI)などのアルキルイミダゾリウムカチオンなどがある。アンモニウム系イオン液体を構成するカチオンには、例えば、N,N-diethyl-N-methyl-N-(2-methoxyethyl)ammonium(DEME)やtetraamylammoniumなどのほかに、N,N,N-trimethyl-N-propylammoniumなどのアルキルアンモニウムカチオンがある。ピロリジニウム系イオン液体を構成するカチオンには、例えば、N-methyl-N-propylpyrrolidinium(Py13)や1-butyl-1-methylpyrrolidiniumなどのアルキルピロリジニウムカチオンなどがある。ピペリジニウム系イオン液体を構成するカチオンには、例えば、N-methyl-N-propylpiperidinium(PP13)や1-butyl-1-methylpiperidiniumなどのアルキルピペリジニウムカチオンなどがある。ピリジニウム系イオン液体を構成するカチオンには、例えば、1-butylpyridiniumや1-butyl-4-methylpyridiniumなどのアルキルピリジニウムカチオンなどがある。モルホリニウム系イオン液体を構成するカチオンには、例えば、4-ethyl-4-methylmorpholiniumなどのアルキルモルホリニウムなどがある。ホスホニウム系イオン液体を構成するカチオンには、例えば、tetrabutylphosphoniumやtributylmethylphosphoniumなどのアルキルホスホニウムカチオンなどがある。スルホニウム系イオン液体を構成するカチオンには、例えば、trimethylsulfoniumやtributhylsulfoniumなどのアルキルスルホニウムカチオンなどがある。これらカチオンと対になるアニオンとしては、例えば、bis(trifluoromethanesulfonyl)imide(TFSI)、bis(fluorosulfonyl)imide、tetrafluoroborate(BF4)、hexafluorophosphate(PF6)、bis(pentafluoroethanesulfonyl)imide(BETI)、trifluoromethanesulfonate(トリフラート)、acetate、dimethyl phosphate、dicyanamide、trifluoro(trifluoromethyl)borateなどがある。これらのイオン液体を単独または複数組み合わせて使用してもよい。
【0032】
イオン液体に電解質塩を含めてもよい。電解質塩として、溶媒に均一に分散できるものを使用できる。カチオンがリチウム、上記アニオンからなるものがリチウム塩として使用することができ、例えば、リチウムビス(フルオロスルホニル)イミド(LiFSI)、リチウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(LiTFSI)、リチウムビス(ペンタフルオロエタンスルホニル)イミド(LiBETI)、リチウムテトラフルオロボレート(LiBF)、リチウムヘキサフルオロフォスファート(LiPF)、リチウムトリフラートなどが挙げられるが、これに限られない。これらの電解質塩を単独または複数組み合わせて使用してもよい。
【0033】
エーテル系溶媒は、溶媒和電解質塩と溶媒和イオン液体を構成する。エーテル系溶媒として、イオン液体に類似の性質を示す公知のグライム(R-O(CHCHO)-R’(R、R’は飽和炭化水素、nは整数)で表される対称グリコールジエーテルの総称)を利用できる。イオン伝導性の観点から、テトラグライム(テトラエチレンジメチルグリコール、G4)、トリグライム(トリエチレングリコールジメチルエーテル、G3)、ペンタグライム(ペンタエチレングリコールジメチルエーテル、G5)、ヘキサグライム(ヘキサエチレングリコールジメチルエーテル、G6)を好ましく用いることができる。また、エーテル系溶媒として、クラウンエーテル((-CH-CH-O)(nは整数)で表される大環状エーテルの総称)を利用できる。具体的には、12-クラウン-4、15-クラウン-5、18-クラウン-6、ジベンゾ-18-クラウン-6などを好ましく用いることができるが、これに限らない。これらのエーテル系溶媒を単独または複数組み合わせて使用してもよい。溶媒和電解質塩と錯体構造を形成できる点で、テトラグライム、トリグライムを用いることが好ましい。
【0034】
リチウムイオン電池において、テトラグライムが適している理由は、これがリチウムイオンに対して還元安定性に優れる配位構造をとるためである。
溶媒和電解質塩としては、LiFSI、LiTFSI、LiBETI等のリチウム塩を利用できるが、これに限らない。不揮発性電解質の溶媒として、エーテル系溶媒および溶媒和電解質塩の混合物を単独または複数組み合わせて使用してもよい。
不揮発性電解質の溶媒の還元電位は前記負極活物質の還元電位よりも0.5V以上、好ましくは0.2V以上低いことが望ましい。
【0035】
不揮発性電解質の溶媒における主溶媒の重量比率は特には限定されないが、電池安定性および高速充放電の観点から半固体電解液中の溶媒の総和に占める主溶媒の重量比率は30%~70%、特に40%~60%、さらには45%~55%であることが望ましい。また、エーテル系化合物以外に、溶媒和イオン液体を形成する溶媒としてスルホラン及び/又はその誘導体を挙げることができる。スルホラン及び/又はその誘導体を含む溶媒和イオン液体を用いると、スルホラン及び/又はその誘導体とリチウムイオンとで固有の配位構造をとるため、半固体電解質層中でのリチウムイオンの輸送速度が速くなる。したがって、粘度を高くするにつれて二次電池の入出力特性が低下するエーテル系溶媒及び電解質塩を有する溶媒和イオン液体とは異なり、溶媒和イオン液体の粘度を高くしても、溶媒和イオン液体を有する二次電池の入出力特性の低下を抑制することができる。
【0036】
スルホランの誘導体としては、スルホラン環を構成する炭素原子に結合する水素原子がフッ素原子やアルキル基等により置換されたものが挙げられる。具体例として、フルオロスルホラン、ジフルオロスルホラン、メチルスルホラン等の材料群から適宜選択して用いることができる。これら溶媒に対して、六フッ化リン酸リチウム、四フッ化ホウ酸リチウム、過塩素酸リチウム、ヨウ化リチウム、塩化リチウム、臭化リチウム、LiB[OCOCF、LiB[OCOCFCF、LiPF(CF、LiN(SOCF、LiN(SOCFCF等のリチウム塩を溶解した電解液が挙げられる。あるいは、前記の2種以上の混合リチウム塩を溶解した電解液が挙げられる。
【0037】
<低粘度有機溶媒>
低粘度有機溶媒は、半固体電解質溶媒の粘度を下げ、イオン伝導率を向上させる。半固体電解質溶媒を含む半固体電解液の内部抵抗は大きいため、低粘度有機溶媒を添加して半固体電解質溶媒のイオン伝導率を上げることにより、半固体電解液の内部抵抗を下げることができる。低粘度有機溶媒は、例えばエーテル系溶媒および溶媒和電解質塩の混合物の25℃における粘度140Pa・sより粘度の小さい溶媒であることが望ましい。低粘度有機溶媒として、炭酸プロピレン(PC)、リン酸トリメチル(TMP)、ガンマブチルラクトン(GBL)、炭酸エチレン(EC)、リン酸トリエチル(TEP)、亜リン酸トリス(2,2,2-トリフルオロエチル)(TFP)、メチルホスホン酸ジメチル(DMMP)等が挙げられる。これらの低粘度有機溶媒を単独または複数組み合わせて使用してもよい。低粘度有機溶媒に上記の電解質塩を溶解させてもよい。
【0038】
リチウムイオン電池において、炭酸プロピレンが良好な理由は、リチウムグライム錯体塩の粘度を下げて高イオン伝導度化し、還元安定性に優れるリチウムグライム錯体構造を乱さないためである。これにより、電池の内部抵抗を下げ、高容量な電池を作製することができる。
【0039】
図1に示すように、正極(11:図2)、負極(12:図2)の集電箔には、それぞれの端子としての金属のタブ(2,3:図1)が接続されている。タブ部分だけがラミネートフィルムの外部に露出するように外装材6を封止する。この構造により、タブの部分から、リチウムイオン電池のセル100の外部に電気的な接続が可能となる。
【0040】
<電池劣化に関わるパラメータ>
電池の容量や抵抗値が運用中に悪化する「電池劣化」に関し、様々な要因が挙げられるが、大別すると、i)正極およびii)負極活物質の利用率低下、iii)電解質の活物質表面での被膜形成による容量ずれ、を挙げることができる(非特許文献1)。ここで正極および負極の利用率とは、電極中に含まれる活物質のうち、電池反応に寄与できる活物質の比率と定義する。また、容量ずれは、被膜に取り込まれたリチウムイオンの電気量[Ah]に相当する。非特許文献1では、単独の活物質からなる正極(添字p)および負極(添字n)における利用率と容量ずれをそれぞれ、m,mn,δ,δとし、活物質固有の特性値である重量当たりの容量q、qと合わせて、以下のような基本式が成立する。
【0041】
[数1]
cell=m×q-δ=m×q-δ
【0042】
[数2]
cell(Qcell)=V(q)-V(q
【0043】
非特許文献1では、事前に正極、負極それぞれの単極データ(各活物質の特性情報データ)を取得しておき、上記パラメータと単極データから電池全体の放電曲線を予測し、その後、運用中の電池の放電曲線と比較し差分が最小化するようにして、上記のパラメータを導出している。
【0044】
図4および5に上記手法において取得した単独の活物質電極からなる電池の放電曲線およびその解析結果の一例を示す。図4はリチウムイオン電池の放電曲線の一例である。図の横軸は放電量であり、0は満充電状態に対応する。縦軸は電池電圧である。図4では正極にLiNiMnCo、負極に黒鉛を用いたリチウムイオン電池の例を示した。
【0045】
図5は、リチウムイオン電池の初期状態と劣化状態の放電曲線の一例であり、図の横軸は放電量であり、縦軸は電池電圧の変化率すなわち放電量Qによる電圧Vの微分の絶対値|dV/dQ|である。図5に示したように、電池電圧の変化率には極値が存在する。この極値は正極電位の変化率の極値、または負極電位の変化率の極値に帰属されることが、例えば非特許文献1に記載されている。
【0046】
図4および図5で示した電位Vや微分係数|dV/dQ|は、正極および負極の電位、あるいは、その容量微分の差分で示すことができる。そのため、あらかじめ正極ないし負極の充電状態と電位の情報を取得して起き、図4および図5に対して最小二乗法等によりフィッティングすることで、正極ないし負極の劣化状態を把握することができる。
【0047】
ここで、複合電極を含んだリチウムイオン電池の場合の劣化パラメータについて説明する。例として、シリコン(Si)および炭素(C)を含む混合負極を用いたリチウムイオン電池における基本式について説明する。SiおよびCに係る劣化パラメータをmn(C)、n(Si)、δn(Si)、δn(C)、とし、SiとCの製造時の混合比(固定値)をαとすると、〔式1〕および〔式2〕は以下のようにそれぞれの活物質の影響の和として示される。
【0048】
[数3]
cell=m×q-δ=α×mn(C)×qn(C)+(1-α)×mn(Si)×qn(Si)-(δn(Si)+δn(C)
【0049】
[数4]
cell(Qcell)=V(q)-V(α×qn(C)+(1-α)×qn(Si)
【0050】
特許文献2では、混合電極において、複数の活物質の混合比を仮定して、それぞれの放電曲線の相加平均として、複合電極の放電曲線を決定し、図4および図5と同様のプロセスを経て、それぞれの劣化パラメータを特定することを述べているが、未知の変数が増えることにより、フィッティングによる各パラメータの決定精度が悪化することが課題である。未知変数が増える場合、異なる視点での方程式を増やすことによって、決定精度を高めることができる。そこで、本発明では、電圧緩和過程の時定数の分布状態に着目し、複合電極により増えた劣化パラメータの高精度フィッティングを検討する。以下に、電圧緩和過程に関わる時定数とその分布状態について説明する。
【0051】
<電圧緩和過程に関わる時定数とその分布状態>
リチウムイオン電池が動作するには、電極内の活物質にてイオンの放出/貯蔵反応が生じる必要がある。こうしたイオンの放出/貯蔵反応は瞬時に起きるわけではなく、反応が進行するには一定の時間τを有する。この時間τは緩和時定数とよばれる。二次電池において通電開始後もしくは通電終了後から時間tが経過したときの二次電池の電圧V(t)は、図6のように通電開始後および通電終了後、緩和過程を経て変化する。緩和時定数τを用いると、その際の挙動は、次式で表されることが知られている。
【0052】
[数5]
V(t)=A+B×exp(-t/τ)
ここでA、Bは実験により求まる定数である。
【0053】
一般に、二次電池の充放電時の劣化は、電極内に偏りを以て進行し、すなわち電池内に劣化ムラが生じる。劣化ムラが生じると、緩和時定数τの値は電極の劣化状態に応じて異なった値をとるようになる。例えば、電極内の劣化の進行した部位に存在する活物質は、その表面に電解液の分解物が厚く堆積していることが知られている。一般に、堆積した分解物はイオンの運動を阻害するため、劣化が進行した活物質ではイオンの放出/貯蔵反応に長い時間を要するようになる。このことは、電極内の劣化が進行した部位では、緩和時定数τが増大することを意味する。反対に、電極中で劣化の進行していない部位では緩和時定数τの値は変化しない。
【0054】
このように、二次電池の電極内部に劣化度がそれぞれ異なるn(2≦n)個の部位が形成された場合、各部位における緩和時定数はτ_1、・・・、τ_nのように異なった値をとる。そのため、例えば、何らかの方法でこれらの緩和時定数τ_1、・・・、τ_nを測定し、緩和時定数の分布状態を求めれば、二次電池の劣化ムラを定量的に評価することができる。ここで、緩和時定数の分布状態とは、図7に示すように、測定した緩和時定数τ_1、・・・、τ_nの値を基にヒストグラム化したものを指す。なお、図7(a)は劣化の進行していない二次電池の緩和時定数分布を示し、図7(b)は劣化の進行した二次電池の緩和時定数分布を示す。
【0055】
図7に示すヒストグラムの作成方法としては、例えば、複数の区間τ_a≦τ<τ_b、τ_b≦τ<τ_c、・・・を設定し、測定した緩和時定数τ_1、・・・、τ_nが各区間にそれぞれ何個含まれるかを計算すればよい。ヒストグラムの形状と劣化ムラとを対応付けるには、例えば、ヒストグラムの広がりに着目すればよい。この理由は、劣化ムラが増大すると測定される緩和時定数の値の幅が広くなるためであり、これに伴って緩和時定数の分布状態(もしくは対応するヒストグラムの形状)は幅広い分布形状へと変化するためである。
【0056】
次に、二次電池の特性量から緩和時定数τ_1、・・・、τ_nを取得する方法を示す。そのために、通電開始後もしくは終了後から時間tが経過したときの、電圧V(t)の時間変化を考える。劣化ムラの生じた二次電池の電圧V(t)は、劣化度の異なるn個の部位の電圧V_1(t)、・・・、V_n(t)を足し上げることで求まる。これは次式のように表される。
【0057】
[数6]
V(t)=V_1(t)+V_2(t)+・・・+V_n(t)
=Σ_mV_m(t)
=Σ_mA_m+Σ_mB_m×exp(-t/τ_m)
ここで、数学記号Σ_mはV_1~V_nまでの和をとることを意味しており、V(t)をn個の多項式で近似することを意味する。なお、2行目から3行目への式変形では、V_m(t)が定数A_m、B_mを用いて以下で与えられることを用いた(〔式5〕参照)。
【0058】
[数7]
V_m(t)=A_m+B_m×exp(-t/τ_m)
【0059】
以上の〔式6〕と〔式7〕が、劣化ムラの生じた二次電池における電圧の時間変化を表す式である。電池電圧に対する類似の式は、特許文献4でも提示されている。
【0060】
電極内部に形成されたn個の劣化部位の緩和時定数τ_1・・・τ_nの値を求めるには、電圧の計算値V(t)と測定された電池電圧の時間変化とを比較し、両者が一致するように〔式6〕と〔式7〕に含まれるパラメータA_1・・・A_n,B_1・・・B_n,τ_1・・・τ_nの値を最適化すればよい。しかしながら、この方法を実施するには事前に劣化部位の個数nを測定しなくてはならない。そのためには二次電池を解体して電極を分析する必要が生じるが、解体した二次電池は再度利用できないため、仮に劣化部位の個数nが求まったとしても、それを基にした二次電池の状態判定は意味をなさない。
【0061】
また、二次電池の劣化の進行状況に応じて劣化部位の個数nも刻々と変化するため、nの値を事前に定めることも困難である。以上は二次電池の電圧V(t)を例に示したが、同様の困難は、二次電池に対して測定可能な応答関数(例えば電圧や電流など)をn個の多項式として表現するあらゆる方法およびその装置に対して当てはまる。
【0062】
上記のように、複合電極の劣化ムラを評価するために緩和時定数の分布状態を測定することは非常に有効な手段であるが、その実現はまた非常に困難なものであった。
以上の問題を鑑み、本発明者が鋭意研究を重ねたところ、以下のような方法が複合電極の劣化ムラの評価方法として非常に有効であることを見出した。すなわち、本発明においては、電圧V(t)の式として以下の式を用いることを提案する。
【0063】
[数8]
V(t)=V_0+∫dτf(τ)exp(-t/τ)
ここで、V_0は開回路電圧(OCV)であり、数学記号∫dx・・・はxについて積分することを示す。また、関数f(τ)は緩和時定数τの分布状態を示す関数であり(図7参照)、以下では分布関数と記載する。なお、f(τ)=Σ_m{B_m×δ(t-τ_m)}とすれば、〔式8〕は〔式6〕に一致するため、〔式8〕は〔式6〕を包含したモデルである。ここで、δ(t-τ_m)はデルタ関数である。
【0064】
本発明における分布関数f(τ)は、緩和時定数τの分布状態(もしくはτをヒストグラム化した時のヒストグラム形状)に対応するパラメータを1つ以上有する。以下に、この条件を満たす関数をいくつか例示するが、本発明は例示した関数のみに限定されるのもではない。また、関数f(τ)は複数の関数の組み合わせによって構成されていてもよく、この場合、f(τ)を構成する関数の少なくとも1つに緩和時定数τの分布状態に対応するパラメータが含まれていればよい。
【0065】
以上により、本発明で状態を判定する装置は、二次電池の電圧や電流、温度などに基づき緩和時定数の分布状態に関するパラメータを決定している。一例として、状態判定装置は、ある電流値を用いて測定した二次電池電圧の時間変化を読み込み、状態判定装置は、緩和時定数の分布状態に関するパラメータを含んだパラメータ群を仮に設定し、状態判定装置は、仮に設定されたパラメータ群に基づき電圧の時間変化を計算し、状態判定装置は、前記パラメータ群に基づき計算された二次電池電圧の時間変化と測定された二次電池電圧の時間変化との比較に基づき、パラメータ群と、それに含まれる緩和時定数の分布状態に関するパラメータを決定している。これにより、二次電池の緩和時定数の分布状態に関するパラメータを正確に把握できる。
【0066】
<関数例1>
前述したように、電極の緩和時定数をヒストグラム化して示した場合、劣化ムラの増大に応じてヒストグラムの形状も幅広い構造へと変化していく。このような挙動を近似的に表す関数の一つとして次式で定義されるガウス関数が挙げられる。
f(τ)=αexp{-(τ-γ)/β}
α、β、γは定数である。この内、βはヒストグラムの広がりを表すものであり、緩和時定数τの分布状態を記述するパラメータに相当する。
【0067】
<関数例2>
別の関数例としては以下に示すガンマ分布が挙げられる。
f(τ)={αβ/Γ(β)}τα-1exp(-β×τ)
ここで、Γ(β)はΓ関数である。この式では、ヒストグラムの広がりはα/βによって表されるため、αとβが緩和時定数の分布状態を記述するパラメータとなる。
【0068】
<関数例3>
その他の関数例としては以下に示すLevyの安定分布が挙げられる。
f(1/τ)=(1/τ)Σ_n{(-1)×τ-βn}/{n!×Γ(-βn)}
この式ではヒストグラムの広がりはβによって表されるため、βが緩和時定数の分布状態を記述するパラメータである。
【0069】
<複数の活物質毎の特徴量算出>
図8に本発明の実施形態の一つである二次電池システムのブロック図を示す。本発明の二次電池診断システムは例えばコンピュータに搭載されたECU内に組み込まれており、ECU内のメモリに記録されたプログラムをプロセッサが実行することによって各種演算を行う等の機能を発揮する。そして、図8に示すように、算出部802と、制御部803とを有する。また、図9には算出部で実行される電池診断、制御フローを示す。リチウムイオン電池801は前記の複合電極が用いられている。その形状や容量・エネルギー密度、寸法については様々な仕様を選択することができる。
【0070】
<算出部802>
リチウムイオン電池の劣化特徴量を導出する算出部802はさらに、SOC算出部804、状態量算出部805、材料特性データベース(DB)806、劣化特徴量算出部807、特徴量蓄積部808、積算部809、及び記憶部810を有する。
【0071】
まず、充放電中の電流及び電圧の時間履歴等の、リチウムイオン電池の運用データは、SOC算出部804、状態量算出部805、及び材料特性DB806に取り込まれる(図9におけるステップ901)。SOC算出部804は、初期の充電率(SOC;State of Charge)と取り込んだ電流値の積算結果とから、電池のSOCを算出する(図9におけるステップ902)。
【0072】
状態量算出部805では、取り込んだ電流値、電圧値から、各SOCに対する電圧値や抵抗値、すなわち電圧値や抵抗値の充電率依存性を得ることができる。加えて、リチウムイオン電池801を一定の電圧まで放電させたのち、放電を停止し、開回路状態にさせたときの電圧挙動から、緩和時定数τと分散パラメータβとに関する関数群を得ることができる(図9におけるステップ903及び904)。
【0073】
算出部802にはまた、あらかじめ取得した電極材料毎の材料特性DB806が保存されている。保存されているデータの一例として、活物質材料毎の単位重量あたりの容量q(Ah/g)、容量Q(Ah)、電極電位V(V)、容量変化に対する電位変化ΔV/Δq(Vg/g)、電気抵抗R(Ω)を挙げることができる。
【0074】
SOC算出部804、状態量算出部805、及び材料特性DB806で得た情報を基にして劣化特徴量算出部807にて電極活物質毎の利用率(m)、容量ずれ(δ)、および緩和時定数の分散パラメータ(β)を解析する。具体的には、まず各材料の利用率(m)、容量ずれ(δ)、時定数の分布状態を示すパラメータ(β)の初期値を設定し、実際の放電曲線や電圧の緩和過程曲線(図6参照)を再現する(図9におけるステップ905)。そして、最小二乗法等により実測データとフィッティングさせることで、各パラメータを決定する(図9におけるステップ906及び907)。
【0075】
劣化特徴量算出部807で得られた利用率を含む各特徴量は、時系列変化も含めて特徴量蓄積部808に格納される。積算部809は、以上のようにして導出した利用率の時系列データから、電池運用に伴う利用率の時間変化率(mn(A)/dt,mn(B)/dt)を導出するとともに、記憶部810へと出力する(図9におけるステップ908)。そして、複合電極に含まれる異なる活物質のうち、利用率の低下の時間変化率の比が一定基準以上を上回った際、一方の活物質が優先的に劣化しているとして、アラートが発出され、充放電条件を更新するよう制御部へ指示が送信される。
【0076】
<制御部803>
算出部802で導かれた各活物質材料の利用率変化を基にして電池の運用条件を更新する制御部803は、さらに条件判定部811と充電・放電制御部812とを有する。条件判定部811は、積算部809から出力された活物質の利用率の時間変化率の比が所定値以内であるかどうか判定する(図9におけるステップ909)。当該比が所定値を超えた場合にはその旨を通知する信号を充電・放電制御部812に送信する(図9におけるステップ910)。
【0077】
充電・放電制御部812は、活物質の利用率の時間変化率の比が所定値を超えたことを通知する信号を受信すると、当該比を低減させるための電池運用条件を決定し、電池システムBMU(Battery Management Unit)の充放電条件を更新する。更新される充放電条件は特に限定されないが、例えば上限電圧、下限電圧、充放電レートを挙げることができる。
【0078】
炭素とシリコンとからなる混合負極の場合、上限電圧と下限電圧の差が大きいと、充放電に伴う体積変化率が高くなるため、シリコンの構造破壊が顕著になり、選択的に利用率が低下する。従って、これを緩和するために上限電圧と下限電圧の差を狭める運用により、シリコンの利用率低下を抑制することができる。
【0079】
以上のスキームにて、電池の運用情報から、活物質毎の劣化特徴量を導出し、その中の利用率の時間変化をモニターすることで、特定の活物質の選択劣化の予兆を診断し、その結果に基づいて、充放電条件を制御することで混合電極を用いた二次電池システムの寿命を向上させることが可能となる。
【0080】
図10は、複合電極における緩和時定数τの分布状態のイメージを示す。緩和時定数τは、電解質内のリチウムイオン拡散に加え、活物質中の電子およびイオン拡散の影響を強く受けるため、活物質毎に固有のτと分散度を示す。例えば、図10(a)は異なる活物質A又は活物質Bを含む電極における緩和時定数τの分布イメージを示したものであり、活物質Aに比べて活物質Bの平均的な緩和時定数が長いことを示している。
【0081】
ここで、図10(b)のように、劣化が進行するとその分布状態を示すパラメータβが大きくなり、活物質AおよびBの頻度を示すピークが広くになる。さらに利用率が低下すると、図10の縦軸の頻度(ピークの積分面積値)が相対的に低下する。以上より、本分散度を示す関数から複合電極内の個別の活物質の利用率の比率の変化を導くことができ、これと式1および式2などを用いることで、複数の活物質を含む電極内での各々の活物質の利用率(mn(A),mn(B))の変化を評価することができる。
【0082】
<実施例>
以下、本発明の実施形態にかかる実施例および比較例を示す。まずは各事例の共通事項である、ラミネートセルの作製および初期化・充放電サイクル試験条件について示す。
【0083】
<ラミネートセルの作製>
評価セルに用いた正極は、Ni組成の高いNCM系正極活物質、LiNi0.8Co0.1Mn0.1(以下高Ni-NCM)である。本報告では、高Ni-NCMと略記する。これに、導電剤(アセチレンブラック)とPVdFバインダを混合し、Nメチル2メチルピロリドンを溶媒として、正極スラリを調製した。正極スラリをアルミ箔上に塗布し、熱風乾燥炉中でNMPを乾燥させた。得られた電極を、熱ロールプレス機に通して、所定の密度になるまで合剤層をプレスした。得られた正極を電池に使用した。
【0084】
評価セルに用いた負極は、Si合金と黒鉛の混合負極とした。Si合金と黒鉛を重量比30:70で混合し、ポリアミドイミド系(PAI)バインダを混合し、NMPを溶媒として、負極スラリを調製した。負極スラリを銅箔上に塗布し、熱風乾燥炉中でNMPを乾燥させた。得られた電極を、熱ロールプレス機に通して、所定の密度になるまで合剤層をプレスした。熱プレスをした後に、所定の寸法に電極を切断した。これを、300℃の真空下で30分間熱処理を施し、PAIバインダを硬化させた。得られた負極を電池に使用した。
【0085】
正極と負極の間にアラミド製の不織布セパレータ(20μm)を設け、ラミネートセル用の電極群を作製した。端子は正極がAl製、負極がNi製で、封止性確保のため、ラミネートフィルムと接触する部分にポリプロピレンフィルムを貼り付けた。
【0086】
電極群をラミネートフィルムに挟み込み、注液用の一辺を残し、三辺(タブ部分を含む)をラミネート封止装置にて180℃で熱封止し、注液前ラミネートセルとした。注液前乾燥として、60℃で20時間真空乾燥させ、電極群の理論空孔体積に対して3000%の電解液を注液し、真空封止した。
【0087】
電解液組成は、(80重量%のLi(SL)TFSAと20重量%の炭酸ブチレン(BC)の混合液に対して、炭酸ビニレン(VC)を3重量%、テトラブチルアンモニウムヘキサホスフェート(TBAPF)を2.5重量%加えたものを用いた。
【0088】
本実施例に用いるラミネートセルでは、スクリーニング用として、電極面積が12cm、設計容量32.4mAhの小型ラミネートセル、大容量電池特性評価用として、片面電極面積が35cm、積層数が正極3、負極4の大型ラミネートセルをそれぞれ作製した。
【0089】
<ラミネートセルの性能評価>
各事例の充放電サイクル特性を満たすかを判断するため、以下に示す初期性能試験と寿命試験を実施した。尚、以降の充放電レート1CAは1時間で設計容量を充電ないし放電する電流値である。
【0090】
1)初期化条件:作製したラミネートセルは、電解液注液後、16時間、25℃放置後に初期化した。充電は、まず、設計容量換算で0.005CAで10hの定電流充電をし、その後、上限電圧4.2V、電流値0.05CA、終止条件0.005CAの定電流-低電位充電した。放電は、下限電圧2.5Vで電流値0.05CAの定電流条件で放電した。以降、本条件で評価した放電容量を「定格容量」とする。
【0091】
2)寿命試験:寿命試験は、25℃環境下で充放電サイクル試験を実施した。サイクルの充電条件は、上限電圧4.2V、電流値0.5CA、終止条件0.005CAの定電流-定電位条件とした。放電条件は、電流値0.5CA、終止条件2.5Vとした。各充放電間の休止は30minとした。この条件での充放電サイクルを20回繰り返した後、1)と同じ条件で定格容量を評価し、これを5回繰り返し、合計で0.5CA充放電サイクル100回と、0.05CAでの容量確認を5回実施した。充放電サイクル前の定格容量比との比率を「容量維持率」と定義する。本報では100サイクル0.5Cで充放電を繰り返した後の定格容量の容量維持率を寿命特性のKPIとした。
【0092】
<寿命試験中のラミネートセルの放電曲線結果取得>
また、20サイクル毎に0.05CAでの放電曲線を取得し、放電曲線形状を劣化前の正極および負極単極の放電曲線結果と比較することで、劣化に伴う活物質の利用率および容量ずれの経時変化を取得した。
【0093】
<寿命試験中のラミネートセルの緩和時定数パラメータ取得>
同様に、20サイクル毎に充電率(SOC)を50%に設定した後、1CAで60s放電し、その後放電電流をゼロとした際の電圧を測定し、電圧緩和挙動(V(t))を取得した。Vの緩和挙動を示すV(t)=V_0+∫dτf(τ)exp(-t/τ)の関数f(τ)を緩和時定数の分散度を示すパラメータβを用いて、f(τ)=αexp{-(τ-γ)/β}のように定義した。
【0094】
上記のようにしてラミネートセルを15セル準備し、それぞれを3種類の方法で診断、充放電制御を実施して、寿命試験時の容量維持率に及ぼす影響を評価した。比較例1は、単純に充放電を繰り返したもの、比較例2は、充放電途中の放電曲線から活物質毎の利用率を取得して電池制御にフィードバックを試みたもの、実施例1は、本発明に係る実施形態のように、充放電サイクル途中の放電曲線および電圧緩和挙動の取得データから、活物質毎の利用率を取得して電池制御へフィードバックしたもの、である。
【0095】
それぞれの比較例及び実施例において、同一のラミネートセルをそれぞれ5セルずつ適用した(比較例1-1~1-5、比較例2-1~2-5、実施例1-1~1-5)。図11に示す図表は各比較例、実施例の電池におけるサイクル試験後の定格放電容量と容量維持率を示す。図12は各電池の容量維持率とサイクル数の関係性、図13はサイクル試験中における比較例1-1と実施例1-1の放電曲線を示す。さらに図14の図表および図15の図表は各電池における放電曲線と電圧緩和挙動の解析で得られる負極活物質(Si、C)毎の利用率(m(Si)、m(C))とサイクル数(Cyc)あたりの利用率の低減率(Δm(Si)/ΔCyc、m(C)/ΔCyc)、さらにCに対するSiの利用率低減率の割合(Δm(Si)/m(C))を示す。
【0096】
<比較例1>
比較例1(1-1~1-5)として、上記の充放電パターンを適用したラミネートセルに対して20サイクル毎の容量維持率を取得した。図11の図表及び図12において、60サイクルまでは一定の比率で劣化していたものが、60サイクル以降急激に容量低下が進行した。100サイクル後の負極の微細構造を調査するため、電極断面をイオンミリングを用いて平坦化し、その表面を走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope)を用いて観察した結果、負極内のSi合金粒子が破壊されて周囲の電極材料から孤立化している様子が確認された。
【0097】
以上より、比較例1では、充放電に伴う負極の体積変化に伴い、特にSi合金が電気化学的に欠落し容量が急落することが示唆された。比較例1―1における20サイクル毎の放電曲線および電圧の緩和挙動より、構成する正極(高NiNCM)、負極活物質(Si合金、黒鉛)の利用率のサイクル数依存性を取得した。その結果を図14および図15に示す。図15の図表におけるΔm(Si)/m(C)は常に1以上であり、Siの利用率が優先的に低下していることがわかる。
【0098】
比較例1-1のΔm(Si)/m(C)は40~60サイクルの間で2以上と高くなり、それ以降、同じ充放電パターンで充放電を繰り返すと、Siの優先劣化が顕著となり、電池全体の容量が急落することが示唆された。この結果より、比較例2および実施例1では、サイクルに伴うΔm(Si)/m(C)が2を上回った場合に、Siの優先劣化を緩和するための充放電制御を施すこととした。
【0099】
<比較例2>
比較例2(2-1~2-5)では、20サイクル毎の放電曲線から、正極の高Ni-NCM、負極のSi合金、黒鉛の活物質をそれぞれ算出し、そのサイクル依存性から、Si合金の利用率が黒鉛の利用率と比べて大きくなることを確認した後、充放電制御を施した。具体的には、比較例1を参考にして、放電曲線の解析で導出したΔm(Si)/m(C)が2を上回った場合に充放電時の下限電圧を2.5Vから3.2Vに調整し、充放電による充電率(SOC)変化を比較例1の100%から60%に変化させた。
【0100】
図14において、放電曲線の解析から得たSiの利用率Δm(Si)はサンプル毎(比較例2-1~2-5)にばらつきが発生した。比較例2-2では40~60サイクル間でのΔm(Si)/m(C)が2を超え、その際に充放電時のSOCを制御することで、その定格容量を高く維持することができているが、その他のサンプル(比較例2-1、2-3~2-5)では、Siの優先劣化が進行していると推定される一方、Δm(Si)/m(C)は高く計測されず、適切な充放電制御が困難であり、結果として図11および図12に示すように急激な容量低下が発生している。
【0101】
<実施例1>
そして、実施例1(1-1~1-5)では、20サイクル毎の放電曲線および電圧の緩和挙動から、正極の高Ni-NCM、負極のSi合金、黒鉛の活物質をそれぞれ算出し、そのサイクル依存性から、Si合金の利用率が黒鉛の利用率と比べて大きくなることを確認した後、充放電時の下限電圧を2.5Vから3.2Vに調整し、充放電による充電率(SOC)変化を比較例1の100%から60%に変化させた。
【0102】
比較例2に比べて、図14および図15に示すようにSiの利用率Δm(Si)のばらつきは抑制されている。実施例1-1~1-5のいずれの場合でも、40~60サイクル間でのΔm(Si)/m(C)が2を超え、その際に充放電時のSOCを制御することで、それ以降の定格容量の急落を抑制でき、結果として長寿命が達成できている。これは本発明の特徴である、放電曲線と電圧の緩和挙動から導出される活物質毎の利用率により、長寿命化に必要な充放電制御が可能となることを示している。
【0103】
以上で説明した本発明の実施例によれば、以下の作用効果を奏する。
(1)二種類の活物質を含んだ負極を有するリチウムイオン電池の運用データを取得し、少なくとも活物質毎の利用率(m)を含むリチウムイオン電池の劣化特徴量を導出する算出部と、算出部で導出した劣化特徴量に基づいてリチウムイオン電池の運用条件を更新する制御部と、を有する二次電池診断システムであって、算出部が、リチウムイオン電池の運用データに基づいて、電池容量の充電率依存性と、電圧の緩和過程の時定数の分布状態に関する関数群とを導出する第一の工程と、第一の工程で得た電池容量の充電率依存性及び関数群を用いて、活物質毎の利用率(m)を導出する第二の工程と、を実行する。
【0104】
すなわち、本発明では、異なる性質の活物質を含み、活物質毎の利用率を解析するためのパラメータが増加した複合電極に対して、従来用いられていた電池容量の充電性依存率に加えて電圧の緩和過程の時定数の分布状態に関する関数群を用いている。これにより、上記の通り例えば2つの活物質を含む負極に対して正確に活物質毎の利用率を測定・制御することが可能になり、リチウムイオン電池の高寿命化を実現できる。
【0105】
(2)活物質毎の利用率(m)の時間変化率の比が所定値以上になった場合に、制御部は、この比を低減させるように、運用条件を更新する工程を実行する。これにより、活物質毎の利用率の時間変化率に大きな差が生じることに起因する構造破壊等の不具合を適切に回避することが可能になる。
【0106】
(3)運用条件の更新が上限電圧、下限電圧、及び充放電レートのうち少なくとも1つの調整である。これにより、電源の操作という簡便な方法によって適切に本発明の効果を得られる。
【0107】
(4)算出部で導出する劣化特徴量が、容量ずれ(δ)及び時定数の分布状態を示すパラメータ(β)の少なくとも一方をさらに含む。これにより、複数のパラメータを用いて二次電池の診断を行うため、診断の精度を向上させることが可能になる。
【0108】
(5)各活物質の特性情報が記録されたメモリをさらに有し、劣化特徴量を導出する工程が、i)活物質毎に利用率(m)、容量ずれ(δ)、及び時定数の分布状態を示すパラメータ(β)を仮定する工程と、ii)仮定した値と、メモリに格納された各活物質の特性情報とを用いて、電池容量の充電率依存性及び電圧の緩和過程の時定数の分布状態に関する関数群を予測する工程と、iii)予測した関数群と運用データから得た関数群の誤差を最小化するように、劣化特徴量を決定する工程を含む。
【0109】
これはすなわち、実測データに対して予測値をフィッティング計算することを意味している。これにより、(4)と同様に複数のパラメータを用いた精度の高い診断を行うことが可能になる。
【0110】
(6)各活物質の特性情報は、単位重量あたりの容量q(Ah/g)、容量Q(Ah)、電極電位V(V)、容量変化に対する電位変化ΔV/Δq(Vg/g)、及び電気抵抗R(Ω)のいずれかの情報を含む。これらの情報は事前に容易に準備しておくことが可能であるため、本発明を迅速に実施することができる。
【0111】
(7)電圧の緩和過程の時定数の分布状態を示すパラメータ(β)を決定する過程において、二次電池の開回路電圧V_0、時間t、及び緩和時定数τの分布状態を示すパラメータ(β)を含む連続関数f(τ)を用いて、電圧の時間変化を表す関数V(t)を下記の式によって表し、測定した電池電圧の経時変化データとの比較に基づいて、活物質毎のパラメータ(β)および利用率(m)を決定する。
[数1]
V(t)=V_0+∫dτf(τ)exp(-t/τ)
【0112】
上記の式は、本発明者が初めて見出した式であり、緩和時定数τは物質毎に既知であり、その分布状態を示すパラメータ(β)も測定可能であるため、上式を用いることで非常に正確な測定を行うことが可能になる。
【0113】
(8)リチウムイオン電池を一定の電圧まで放電後、放電電流をゼロとして電圧の緩和過程のデータを取得して、算出部は、当該データに基づいて関数群を導出する。これにより、電圧の緩和過程のデータを簡便な操作により得られるため、本発明を容易かつ迅速に実施できる。
【0114】
(9)負極はシリコンを含む活物質と炭素を含む活物質とを有する。シリコンを含む活物質と炭素を含む活物質とは充放電時の体積変化率が異なり、特に、シリコンを含む活物質の場合体積膨張による構造破壊が非常に大きな問題となる。このような構成を有する負極に対して本発明を適用することで、シリコンを含む活物質の構造破壊を抑制し、二次電池の高寿命化を実現できる。
【0115】
(10)シリコンの利用率(m)の時間変化率が炭素の利用率(m)の時間変化率の2倍を超えた場合に、制御部は、両者の時間変化率を均一化するために充放電時の下限電圧を高める。制御部が充放電条件を更新する条件をこのように設定することで、二次電池の高寿命化を実現できることが上記実施例で証明されている。
【0116】
(11)使用する電解質の揮発温度が100℃以上である。これにより、環境温度上昇や充放電に伴う発熱に対しての電解液の安定性が向上したり、高温での電解質の揮発化による電池膨張、性能低下を抑制できる。
【0117】
なお、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の精神を逸脱しない範囲で、種々の設計変更を行うことができるものである。例えば、上記の実施例は本発明に対する理解を助けるために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【符号の説明】
【0118】
100 セル(電池セル、二次電池セル、二次電池、リチウムイオン電池)、 802 算出部、803 制御部、 804 SOC算出部、 805 状態量算出部、 806 材料特性DB、 807 劣化特徴量算出部、 808 特徴量蓄積部、 809 積算部、 810 記憶部、 811 条件判定部、 812 充電・放電制御部
図1
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