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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023093288
(43)【公開日】2023-07-04
(54)【発明の名称】スポット溶接継手性能の推定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 3/00 20060101AFI20230627BHJP
   G06F 30/23 20200101ALI20230627BHJP
【FI】
G01N3/00 Q
G06F30/23
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022072009
(22)【出願日】2022-04-26
(31)【優先権主張番号】P 2021208337
(32)【優先日】2021-12-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129838
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 典輝
(74)【代理人】
【識別番号】100101203
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100104499
【弁理士】
【氏名又は名称】岸本 達人
(72)【発明者】
【氏名】上田 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】古迫 誠司
(72)【発明者】
【氏名】中山 英介
【テーマコード(参考)】
2G061
5B146
【Fターム(参考)】
2G061AA01
2G061AA11
2G061AB01
2G061BA01
2G061CA01
2G061CB01
2G061CB19
2G061DA11
2G061EC04
5B146AA06
5B146DC05
5B146DJ01
5B146DJ07
(57)【要約】
【課題】スポット溶接継手における初期割れ深さと継手強度の関係を精度良く推定する。
【解決手段】スポット溶接継手の引張条件の有限要素法解析により、継手強度限界線と初期割れなし継手強度推定線を導出する、初期割れ深さ又はナゲット径と継手強度の関係の導出の過程と、評価対象のスポット溶接継手の溶接ナゲット径、および/又は、初期割れ深さを入力する継手条件入力の過程と、継手条件入力の過程で入力された溶接ナゲット径、および/又は、初期割れ深さを、継手強度限界線および初期割れなし継手強度推定線に適用し、継手強度に影響を及ぼさない初期割れ深さの限界、および/又は、継手強度に影響を及ぼさない溶接ナゲット径の限界を推定する継手性能推定の過程と、含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スポット溶接継手の性能を推定する方法であって、
前記スポット溶接継手の引張条件の有限要素法解析により、継手強度限界線と初期割れなし継手強度推定線を導出する、初期割れ深さ又はナゲット径と継手強度の関係の導出の過程と、
評価対象のスポット溶接継手の溶接ナゲット径、および/又は、初期割れ深さを入力する継手条件入力の過程と、
前記継手条件入力の過程で入力された前記溶接ナゲット径、および/又は、前記初期割れ深さを、前記継手強度限界線および前記初期割れなし継手強度推定線に適用し、継手強度に影響を及ぼさない初期割れ深さの限界、および/又は、継手強度に影響を及ぼさない溶接ナゲット径の限界を推定する継手性能推定の過程と、含む、
スポット溶接継手性能の推定方法。
【請求項2】
前記初期割れ深さ又はナゲット径と継手強度の関係の導出の過程で得られる継手強度は、引張せん断強度、十字引張強度、およびL字引張強度の少なくとも1つである、請求項1に記載のスポット溶接継手性能の推定方法。
【請求項3】
前記継手強度限界線は初期割れ深さを変数とする1次関数で表される継手強度であり、
前記割れなし継手強度推定線は溶接ナゲット径を変数とする1次関数で表される継手強度である、
請求項1又は2に記載のスポット溶接継手性能の推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スポット溶接継手性能の推定に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、亜鉛系めっきを有する超ハイテン材のスポット溶接部において、液体金属脆化(以下、LME(Liquid Metal Embrittlement))割れが報告されており、特に、電極と鋼板間にクリアランスが存在する等の外乱条件下で、鋼板間の圧接部において割れが発生することがある。このような溶接プロセスで発生した初期割れは、その深さによっては溶接継手強度に影響を及ぼす場合があり、初期割れの深さと継手強度との関係を解明することは重要である。
【0003】
スポット溶接部の破断のメカニズムを解明するFEM解析に関する技術として、非特許文献1には、自動車用鋼板を対象にしたスポット溶接部の破断予測方法に関する技術が開示されている。非特許文献1に開示されている技術によれば、溶接部への負荷モードが異なる任意の板組に対して精度良く継手強度と破断形態を予測することが可能である。
【0004】
特許文献1には有限要素モデルを用いたスポット溶接破断解析方法、特許文献2には有限要素法解析を用いたスポット溶接部破断を考慮した衝突解析に関する方法、特許文献3には有限要素解析法モデルによるスポット溶接部破断判定方法に関してそれぞれ述べられている。
しかしながら、これらの手法では溶接部の初期割れは考慮されておらず、初期割れ深さと継手強度との関係の明確化に関しては述べられていない。
【0005】
非特許文献2には、有限要素法解析を用いて溶接部の初期割れを考慮し継手強度との関係について述べられている。
しかしながら、この手法はナゲット周囲の熱影響部(以下、HAZ(Heat Affected Zone))を起点とした破断形態に限定されており、初期割れによる破断形態の変化については述べられていない。
また、溶接ナゲット径の違いによる破断形態および継手強度の変化についても述べられていない。溶接ナゲット径によっても破断形態および継手強度が変化する場合があるため、溶接ナゲット径および破断形態の影響についても継手強度を明確にすることは重要である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】上田秀樹、他3名、「応力三軸度を考慮したスポット溶接部破断予測技術の研究(第1報)」、自動車技術会論文集、Vol.44、No.2、p727(2013)
【非特許文献2】Fracture modeling of resistance spot welded ultra-high-strength steel considering the effect of liquid metal embrittlement crack、 Materials&Design、210(2021)110075
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007-090366号公報
【特許文献2】特開2007-263830号公報
【特許文献3】特開2010-127933号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで本発明は、初期割れ深さと継手強度の関係を精度良く推定することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
非特許文献1には、自動車用鋼板を対象にしたスポット溶接部の破断予測方法に関する技術が開示されている。この技術を適用すればスポット溶接部の強度評価において、溶接部周辺の組織に応じ適正な変形抵抗曲線と破断基準を設定した精緻な解析モデルを構築できる。
発明者はこの解析モデルから、これをさらに発展させることで、破断形態と継手強度を精度良く予測でき、初期割れを考慮した条件においてスポット溶接継手の破断形態と継手強度を精度良く予測できると考えた。
本発明は、このような着想を得て、これを具体化させることで完成させた。以下、本発明について説明する。
【0010】
本発明の1つの態様は、スポット溶接継手の性能を推定する方法であって、スポット溶接継手の引張条件の有限要素法解析により、継手強度限界線と初期割れなし継手強度推定線を導出する、初期割れ深さ又はナゲット径と継手強度の関係の導出の過程と、評価対象のスポット溶接継手の溶接ナゲット径、および/又は、初期割れ深さを入力する継手条件入力の過程と、継手条件入力の過程で入力された溶接ナゲット径、および/又は、初期割れ深さを、継手強度限界線および初期割れなし継手強度推定線に適用し、継手強度に影響を及ぼさない初期割れ深さの限界、および/又は、継手強度に影響を及ぼさない溶接ナゲット径の限界を推定する継手性能推定の過程と、含む、スポット溶接継手の性能の推定方法である。
【0011】
初期割れ深さ又はナゲット径と継手強度の関係の導出の過程で得る継手強度は、引張せん断強度、十字引張強度、およびL字引張強度の少なくとも1つであってよい。
【0012】
継手強度限界線は初期割れ深さを変数とする1次関数で表される継手強度であり、割れなし継手強度推定線は溶接ナゲット径を変数とする1次関数で表される継手強度であってよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、対象となる継手について都度引張試験を行うことなく初期割れ深さと継手強度の関係を精度良く推定することが可能で、継手性能の推定方法用いて溶接部を備えた部材を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は1つの形態例にかかるスポット溶接継手性能の推定方法S10の概略手順を示すフロー図である。
図2図2は引張せん断強さ(TSS)解析のためのスポット溶接継手の解析モデルの1例を示す図である。
図3図3は初期割れ深さとTSSとの関係を示す図である。
図4図4は溶接ナゲット径と初期割れなし継手のTSSとの関係を示す図である。
図5図5は十字引張強さ(CTS)解析のためのスポット溶接継手の解析モデルの1例を示す図である。
図6図6は初期割れ深さとCTSとの関係を示す図である。
図7図7は溶接ナゲット径と初期割れなし継手のCTSとの関係を示す図である。
図8図8はL字引張強さ(LTS)解析のためのスポット溶接継手の解析モデルの1例を示す図である。
図9図9は初期割れ深さとLTSとの関係を示す図である。
図10図10は溶接ナゲット径と初期割れなし継手のLTSとの関係を示す図である。
図11図11はスポット溶接継手性能の推定装置70の構成を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
1.スポット溶接継手性能の推定方法S10
図1に1つの形態例にかかるスポット溶接継手性能の推定方法S10の流れを示す。スポット溶接継手性能の推定方法S10は、初期割れ深さ又はナゲット径と継手強度の関係の導出の過程S11と、継手条件入力の過程S12と、継手性能推定の過程S13とを備えている。以下に各過程について説明する。
【0016】
1.1.初期割れ深さ又はナゲット径と継手強度の関係の導出の過程S11
初期割れ深さ又はナゲット径と継手強度の関係の導出の過程S11では、スポット溶接継手の引張条件の有限要素法解析(FEM解析)により、引張せん断強さ(TSS)における継手強度限界線、十字引張強さ(CTS)における継手強度限界線、およびL字引張強さ(LTS)における継手強度限界線の少なくとも1つと、初期割れなしの継手によるTSSにおける継手強度推定線、初期割れなしの継手によるCTSにおける継手強度推定線、および初期割れなし継手によるLTSにおける継手強度推定線の少なくとも1つと、を導出する。以下、より具体的に説明する。
【0017】
1.1.1.引張せん断強さ(TSS)
図2に非特許文献1に開示されたスポット溶接に基づくTSSを得るための継手の解析モデルの1例を示す。図2(a)はTSS解析用の継手の試験片形状を示した図で、鋼板11および鋼板12の一部を重ね合わせて、重ね合わせた部分の中央をスポット溶接してスポット溶接部13とする。図2(b)はTSS解析用の継手の解析モデル20で、鋼板21および鋼板22の一部を重ね合わせて、重ね合わせ部の中央にスポット溶接部23を備える試験片モデルを板幅方向1/2対称形でモデル化をしている。図2(c)は解析モデル20のうち、スポット溶接部23の拡大図で、スポット溶接部23では、溶接ナゲット24、HAZ25、HAZ25から母材27への遷移層26、および、母材27の組織毎に要素集合を分け、それぞれに変形抵抗曲線と破断基準を設定する。
【0018】
さらに、鋼板21と鋼板22と間の圧接部を起点とした初期割れ28も設定する。鋼板21の片側端部21aを完全拘束、鋼板22の片側端部22aに矢印方向への引張負荷を与えた条件でFEM解析を行い、破断形態と継手強度を求める。
【0019】
ここで、継手強度とは引張時に試験片にかかる荷重の最大値である。本FEM解析では破断基準に到達した要素を削除して剛性の低下を図ることで、実試験片を用いた引張試験を模擬している。
本形態では、溶接ナゲット径(溶接した鋼板の界面に沿った方向における溶接ナゲットの大きさ)を鋼板の厚さt(mm)に対して、5×t0.5(mm)、4×t0.5(mm)、および、3×t0.5(mm)でそれぞれFEM解析を行う。例えば厚さtとして1.6mmとすることができる。
また、本形態では、初期割れ28の深さを0.1mmから1.4mmまで0.1mmごとにそれぞれ設定した解析モデル、および、割れなし(初期割れ28の深さが0mm)の解析モデルで同様のFEM解析を行う。
【0020】
上記FEM解析の結果として、図3には初期割れの深さ(mm)と継手の引張せん断強さ(TSS)(kN)との関係を示す。図3でナゲット径が5×t0.5(mm)である例を◆および◇、溶接ナゲット径が4×t0.5(mm)である例を●および〇、溶接ナゲット径が3×t0.5(mm)である例を■および□で示している。その中でソリッドマーク(◆、●、■)は初期割れがない継手と同じ破断形態(以下、通常破断)、オープンマーク(◇、〇、□)は初期割れを起点とした破断形態(以下、割れ起点破断)をそれぞれ示している。
【0021】
図3からわかるように、いずれの溶接ナゲット径においてもソリッドマーク(通常破断)のTSSよりもオープンマーク(割れ起点破断)のTSSの方が低くなっており、いずれの溶接ナゲット径においても破断形態が通常破断から割れ起点破断に変化することでTSSが低下する。
【0022】
本FEM解析条件ではHAZ組織の圧接部に初期割れを設定しているため(図2の初期割れ28)、初期割れの深さに応じて板厚方向への破壊が急速に進展し、割れ起点破断に至る。すなわち、破断形態が通常破断から急速な割れ起点破断に変化する条件において継手のTSSが低下するTSS限界点が存在する(図3のA、B、C)。このTSS限界点(A、B、C)は、各溶接ナゲット径において破断形態が変化する境界(通常破断から割れ起点破断へ変化する境界)で表され、図3では、各溶接ナゲット径でソリッドマーク(通常破断)に最も近いオープンマーク(割れ起点破断)である。
【0023】
このTSS限界点から、図3の直線で表したように線形関数でTSSの限界線(継手強度限界線)を近似でき、具体的には次の式(1)のように初期割れ深さを変数とする一次関数で表すことができる。
F1=a・CD+b …(1)
ここで、F1はTSS(kN)、CDは初期割れの深さ(mm)、aとbは-100~100の範囲の定数を示す。これら定数の具体的な値は、初期割れの深さおよび溶接ナゲット径を変更した複数のFEM解析データから得ることができる。
【0024】
一方、図4に溶接ナゲット径と初期割れなし継手のTSSとの関係を示す。溶接ナゲット径と初期割れなし継手のTSSは、式(2)に示すように溶接ナゲット径を変数とする1次関数で、初期割れなし継手強度推定線として近似ができる。
F2=c・ND+d …(2)
ここで、F2はTSS(kN)、NDは溶接ナゲット径(mm)、cとdは-50~50の範囲の定数を示す。これら定数の具体的な値は、初期割れのない溶接ナゲット径を変更した複数のFEM解析データから得ることができる。
【0025】
1.1.2.十字引張強さ(CTS)
本形態では上記した引張せん断強さ(TSS)に関し、継手強度限界線、および、初期割れなし強度推定線とは別に、又は、これとともに、十字引張強さ(CTS)に関して、継手強度限界線、および、初期割れなし継手強度推定線も考慮できる。これらCTSに関する継手強度限界線、および初期割れなし継手強度推定線を得るための考え方は上記TSSに関する継手強度限界線および初期割れなし継手強度推定線と同様であるが、具体的には次の通りである。
【0026】
図5にスポット溶接に関する十字引張強さ解析のための継手の解析モデルの1例を示した。図5(a)は当該継手の試験片30を示した図で、鋼板31および鋼板32を十字状に重ね合わせてその中央にスポット溶接で接合してスポット溶接部33が形成されている。図5(b)は十字引張強さ解析のための継手の解析モデル40で、十字状に重ね合わせて中央に溶接部43を設けた試験片の鋼板41および鋼板42の板幅方向をそれぞれ1/2にした1/4対称形でモデル化をしている。図5(c)は解析モデル40のうち、スポット溶接部43周辺の拡大図で、スポット溶接部43では、溶接ナゲット44、HAZ45、HAZ45から母材47への遷移層46、および母材47の組織毎に要素集合を分けてそれぞれに変形抵抗曲線と破断基準を設定する。また、鋼板間の圧接部を起点とした初期割れ48も設定する。一方の鋼板42のつかみ部42aを完全拘束、他方の鋼板41のつかみ部41aに矢印方向への引張負荷を与えた条件でFEM解析を行い、破断形態と継手強度を求める。
【0027】
図6に初期割れ深さと、継手における十字引張強さ(CTS)と、の関係を示す。図6図3と同様にプロットし、継手におけるCTS限界点(D、E)から継手強度限界線を近似すると式(3)のように、初期割れ深さを変数とする1次関数で表すことができる。なお、本例の3×t0.5(mm)のように割れ起点破断が起こらない条件もある。
F1=a・CD+b …(3)
ここで、F1はCTS(kN)、CDは初期割れ深さ(mm)、aとbは-100~100の範囲の定数を示す。これら定数の具体的な値は、初期割れ深さおよび溶接ナゲット径を変更した複数のFEM解析データから得ることができる。
【0028】
図7に溶接ナゲット径と、初期割れなしの継手におけるCTSと、の関係を示す。溶接ナゲット径と初期割れなし継手のCTSは、式(4)に示すように溶接ナゲット径を変数とする1次関数で、初期割れなし継手強度推定線として近似ができる。
F2=c・ND+d …(4)
ここで、F2はCTS(kN)、NDは溶接ナゲット径(mm)、cとdは-50~50の範囲の定数を示す。これら定数の具体的な値は、初期割れのない溶接ナゲット径を変更した複数のFEM解析データから得ることができる。
【0029】
1.1.3.L字引張強さ(LTS)
同様に、L字引張強さ(LTS)に関して、継手強度限界線、および、初期割れなし継手強度推定線も考慮できる。これらLTSに関する継手強度限界線、および初期割れなし継手強度推定線を得るための考え方は上記TSSに関する継手強度限界線および初期割れなし継手強度推定線と同様であるが、具体的には次の通りである。本発明ではLTSのみが考慮されてもよいし、上記したTSS及びCTSの少なくとも一方と合わせて考慮されてもよい。
【0030】
図8にスポット溶接に関するL字引張強さ解析のための継手の解析モデルの1例を示した。図8(a)は当該継手の試験片50を示した図で、L字状の鋼板51および鋼板52を図8(a)のように重ね合わせてそのフランジ中央にスポット溶接で接合してスポット溶接部53が形成されている。図8(b)はL字引張強さ解析のための継手の解析モデル60で、重ね合わせてフランジ中央に溶接部63を設けたL字状の試験片の鋼板61および鋼板62の板幅方向をそれぞれ1/2にした1/2対称形でモデル化をしている。図8(c)は解析モデル60のうち、スポット溶接部63周辺の拡大図で、スポット溶接部63では、溶接ナゲット64、HAZ65、HAZ65から母材67への遷移層66、および母材67の組織毎に要素集合を分けてそれぞれに変形抵抗曲線と破断基準を設定する。また、鋼板間の圧接部を起点とした初期割れ68も設定する。一方の鋼板62のつかみ部62aを完全拘束、他方の鋼板61のつかみ部61aに矢印方向への引張負荷を与えた条件でFEM解析を行い、破断形態と継手強度を求める。
【0031】
図9に初期割れ深さと、継手におけるL字引張強さ(LTS)と、の関係を示す。図9図3と同様にプロットし、継手におけるLTS限界点(F、G、H)から継手強度限界線を近似すると式(5)のように、初期割れ深さを変数とする1次関数で表すことができる。
F1=a・CD+b …(5)
ここで、F1はLTS(kN)、CDは初期割れ深さ(mm)、aとbは-100~100の範囲の定数を示す。これら定数の具体的な値は、初期割れ深さおよび溶接ナゲット径を変更した複数のFEM解析データから得ることができる。
【0032】
図10に溶接ナゲット径と、初期割れなしの継手におけるLTSと、の関係を示す。溶接ナゲット径と初期割れなし継手のLTSは、式(6)に示すように溶接ナゲット径を変数とする1次関数で、初期割れなし継手強度推定線として近似ができる。
F2=c・ND+d …(6)
ここで、F2はLTS(kN)、NDは溶接ナゲット径(mm)、cとdは-50~50の範囲の定数を示す。これら定数の具体的な値は、初期割れのない溶接ナゲット径を変更した複数のFEM解析データから得ることができる。
【0033】
1.1.4.その他
上記では、解析モデルを作成してFEM解析により各継手強度限界線および初期割れなし強度推定線を得たが、これに限らず実際の試験片を作製して試験を行い、その実測値データを用いて上記各継手強度限界線および初期割れなし強度推定線を得てもよい。
【0034】
また、上記で引張せん断強さ(TSS)における継手強度限界線である式(1)、十字引張強さ(CTS)における継手強度限界線である式(3)、およびL字引張強さ(LTS)における継手強度限界線である式(5)を求めるに際して、当該限界線(近似式)を得るための点は、限界点(各溶接ナゲット径において破断形態が変化する境界、すなわち通常破断から割れ起点破断へ変化する境界)とし、図3図6図9では、各溶接ナゲット径でソリッドマーク(通常破断)に最も近いオープンマーク(割れ起点破断)のみを用いた。
これに対して、その代わりに、継手強度限界線を得るための点として、割れ起点破断となった全ての点(すなわち、図3図6図9における全てのオープンマーク)を用いてもよい。発明者らの検討によれば、いずれの場合も概ね同じ近似式を得ることができることが確認された。
【0035】
1.2.継手条件入力の過程S12
継手条件入力の過程S12では、評価対象のスポット溶接継手の溶接ナゲット径(mm)、および/又は、初期割れ深さ(mm)を入力する。すなわち、この過程では、各継手強度限界線(式(1)、式(3)、式(5))、各割れなし継手強度推定線(式(2)、式(4)、式(6))における値を得るために必要な情報を入力する。従って、式(1)、式(3)、式(5)に対しては初期割れの深さ(mm)、式(2)、式(4)、式(6)に対しては溶接ナゲット径(mm)をそれぞれ入力する。
【0036】
1.3.継手性能推定の過程S13
継手性能推定の過程S13では、式(1)~式(6)のうち必要に応じた式を適用して、継手強度に影響を及ぼさない初期割れ深さの限界、および/又は、継手強度に影響を及ぼさない溶接ナゲット径の限界を算出し、これら限界を推定する。より詳しくは次の通りである。
【0037】
1.3.1.継手強度に影響を及ぼさない初期割れ深さの限界の推定
始めに、継手条件入力の過程S12で入力した評価対象のスポット溶接継手のナゲット径をNDとし、式(2)のNDにNDを代入して初期割れなし継手のTSSを算出する。この計算により溶接ナゲット径がNDの初期割れなし継手のTSSであるF2Teを得る。
【0038】
次に、式(1)を用いて初期割れ深さを算出する。すなわち、求めたF2Teを式(1)のF1に代入し、初期割れの深さCDについて解き、初期割れ深さCDを得る。
【0039】
これによれば、径がNDである溶接ナゲットでは初期割れ深さがCDで破断形態が変化(通常破断から割れ起点破断への変化)、すなわち、継手強度が低下するため、径がNDの溶接ナゲットでは初期割れ深さがCDまでは継手強度に影響を及ぼさないと推定することができる。
【0040】
1.3.2.継手強度に影響を及ぼさない溶接ナゲット径の限界の推定
始めに、継手条件入力の過程S12で入力した評価対象のスポット溶接継手の初期割れ深さをCDとし、式(1)のCDにCDを代入してTSSを算出する。この計算により初期割れ深さがCDのTSSであるF1Tfを得る。
【0041】
次に、式(2)を用いて溶接ナゲット径を算出する。すなわち、求めたF1Tfを式(2)のF2に代入し、溶接ナゲット径について解き、溶接ナゲット径NDを得る。
【0042】
これによれば、初期割れ深さCDでは溶接ナゲット径NDで破断形態が変化(通常破断から割れ起点破断への変化)、すなわち、継手強度が低下するため、初期割れ深さがCDでは溶接ナゲット径NDまでは継手強度に影響を及ぼさないと推定することができる。
【0043】
上記では式(1)、式(2)を用いて推定を行った。すなわちTSSによる推定の過程を説明したが、これに加えて、又は、これに代えて式(3)、式(4)を用いてCTSによる推定、式(5)、式(6)を用いてLTSによる推定を行うことができる。その際には上記を式(1)の代わりに式(3)、式(5)を用い、式(2)の代わりに式(4)、式(6)を用い、TSSをCTS、LTSに読み替えればよい。
【0044】
2.効果等
本発明によれば、継手強度に影響を及ぼさない初期割れ深さの限界を推定することができる。これにより、評価対象のスポット溶接継手の溶接ナゲット径から、初期割れがどの深さまでであれば継手強度に影響を及ぼさないかを推定でき、初期割れの許容範囲を設定することができる。
さらに本発明においては、継手強度に影響を及ぼさない溶接ナゲット径の大きさを推定することができる。これにより、評価対象のスポット溶接継手の初期割れ深さから、初期割れを許容し得る溶接ナゲット径の大きさを設定することができる。
このように本発明によれば、評価対象の継手に対して都度引張試験を行うことなく初期割れ深さと継手強度との関係を精度良く推定することが可能で、継手性能の推定方法を用いて溶接部を備えた部材を製造することができる。
【0045】
3.スポット溶接継手性能の推定装置
図11は、上記したスポット溶接継手性能の推定方法S10に沿って具体的に演算を行う1つの形態にかかるスポット溶接継手性能の推定装置70の構成を概念的に表した図である。スポット溶接継手性能の推定装置70は、入力手段71、演算装置72、および表示手段78を有している。そして演算装置72は、演算手段73、RAM74、記憶手段75、受信手段76、および、出力手段77を備えている。また、入力手段71にはキーボード71a、マウス71b、および記憶媒体の1つとして機能する外部記憶装置71cが含まれている。
【0046】
演算手段73は、いわゆるCPU(中央演算子)により構成されており、上記した各構成部材に接続され、これらを制御することができる手段である。また、記憶媒体として機能する記憶手段75等に記憶された各種プログラムを実行し、これに基づいて上記したスポット溶接継手性能の推定方法S10の各処理のためのデータ生成やデータベースからのデータの選択をする手段として演算をおこなうのも演算手段73である。
【0047】
RAM74は、演算手段73の作業領域や一時的なデータの記憶手段として機能する構成部材である。RAM74は、SRAM、DRAM、フラッシュメモリ等で構成することができ、公知のRAMと同様である。
【0048】
記憶手段75は、各種演算の根拠となるプログラムやデータが保存される記憶媒体として機能する部材である。また記憶手段75には、プログラムの実行により得られた中間、最終の各種結果を保存することができてもよい。より具体的には記憶手段75には、プログラムが記憶(保存)されている。またその他情報も併せて保存されていてもよい。
【0049】
ここで、保存されているプログラムには、上記したスポット溶接継手性能の推定方法S10の各処理を演算する根拠となるプログラムが含まれる。すなわち、プログラムは、図1に示したスポット溶接継手性能の推定方法S10の各過程に対応するように、初期割れ深さ又はナゲット径と継手強度の関係の導出の過程S11で得た式(1)~式(6)が記憶手段75に記憶され、継手条件入力の過程S12による入力が入力手段71に行われた結果により、継手性能推定の過程S13で説明した演算を行うステップを含んでいる。
【0050】
受信手段76は、外部からの情報を演算装置72に適切に取り入れるための機能を有する構成部材であり、入力手段71が接続される。いわゆる入力ポート、入力コネクタ等もこれに含まれる。
【0051】
出力手段77は、得られた結果のうち外部に出力すべき情報を適切に外部に出力する機能を有する構成部材であり、モニター等の表示手段78や各種装置がここに接続される。いわゆる出力ポート、出力コネクタ等もこれに含まれる。
【0052】
入力装置71には、例えばキーボード71a、マウス71b、外部記憶装置71c等が含まれる。キーボード71a、マウス71bは公知のものを用いることができ、説明は省略する。
外部記憶装置71cは、公知の外部接続可能な記憶手段であり、記憶媒体としても機能する。ここには特に限定されることなく、必要とされる各種プログラム、データを記憶させておくことができる。例えば上記した記憶手段75と同様のプログラム、データがここに記憶されていても良い。
外部記憶装置71cとしては、公知の装置を用いることができる。これには例えばCD-ROMおよびCD-ROMドライブ、DVDおよびDVDドライブ、ハードディスク、各種メモリ等を挙げることができる。
【0053】
また、その他、ネットワークや通信により受信手段76を介して演算装置に情報が提供されてもよい。同様にネットワークや通信により出力手段77を介して外部の機器に情報を送信することができてもよい。
【0054】
このようなスポット溶接継手性能の推定装置70によれば、上記説明した継手性能推定方法S10を効率的に精度よく行なうことが可能となる。このような継手性能推定装置70としては例えばコンピュータを用いることができ、プログラムはコンピュータプログラムとすることができる。
【実施例0055】
以下、実施例により、本発明に係るスポット溶接継手性能の推定方法について、より詳しく説明する。ただし、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0056】
評価対象としたのは板厚1.6mmの980MPa級鋼板を用いたスポット溶接の引張せん断解析用の継手である。
【0057】
初期割れ深さ又はナゲット径と継手強度の関係の導出の過程S11では、溶接ナゲット径の大きさを3×t0.5(mm)、4×t0.5(mm)、5×t0.5(mm)のそれぞれについて、初期割れ深さを0.0mm(割れなし)から1.4mmまで0.1mmごとに図2に示したように解析モデルを作成した。そしてそれぞれの解析モデルに対して引張条件のFEM解析により、上記説明したようにして式(1)、式(2)に対応する式(1)’、式(2)’を得た。具体的には次の通りである。ここで近似式は表計算ソフトウエア(マイクロソフトExcel)を用いて最小二乗法により求めた。なお、本例は引張せん断解析用の継手についての例であるが、参考として十字引張強さ解析用の継手も解析して式(3)、式(4)に対応する式(3)’、式(4)’を得た。
F1=-17.1・CD+32.0 …(1)’
F2=6.7・ND-13.2 …(2)’
F1=-3.5・CD+10.3 …(3)’
F2=1.5・ND-0.3 …(4)’
【0058】
次に、継手条件入力の過程S12で、溶接ナゲット径が4.5×t0.5(≒5.7mm)の溶接部を有する継手を対象とした。
そして、継手性能推定の過程S13で、式(1)’および式(2)’から初期割れ深さ0.4mmで破断形態が変化、すなわち、継手強度が低下するため、初期割れ深さ0.4mmまでは継手強度に影響を及ぼさないことが推定される。
【0059】
また、継手条件入力の過程S12で、割れ深さを0.3mmの溶接部を有する継手を対象とした。
そして継手性能推定の過程S13で、式(1)’および式(2)’より溶接ナゲット径5.96mmで破断形態が変化、すなわち、継手強度が低下するため、溶接ナゲット径5.96mmまでは継手強度に影響を及ぼさないことが推定される。
【符号の説明】
【0060】
20 スポット溶接によるTSSを得るための継手の解析モデル
40 スポット溶接によるCTSを得るための継手の解析モデル
60 スポット溶接によるLTSを得るための継手の解析モデル
70 スポット溶接継手性能の推定装置
S10 スポット溶接継手性能の推定方法
S11 初期割れ深さ又はナゲット径と継手強度の関係の導出の過程
S12 継手条件入力の過程
S13 継手性能推定の過程
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11