(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023094387
(43)【公開日】2023-07-05
(54)【発明の名称】高度好塩菌体の分離方法
(51)【国際特許分類】
C12P 7/625 20220101AFI20230628BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20230628BHJP
【FI】
C12P7/625
C12N1/20 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021209833
(22)【出願日】2021-12-23
(71)【出願人】
【識別番号】000183428
【氏名又は名称】住友林業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】猪野 光太郎
(72)【発明者】
【氏名】篠崎 博子
(72)【発明者】
【氏名】森田 友岳
(72)【発明者】
【氏名】福岡 徳馬
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 俊
(72)【発明者】
【氏名】雜賀 あずさ
(72)【発明者】
【氏名】牛丸 和乗
(72)【発明者】
【氏名】和田 圭介
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AD83
4B064BJ04
4B064CA02
4B064CA36
4B064CE08
4B064DA16
4B065AA01X
4B065AC14
4B065BD25
4B065CA12
4B065CA57
(57)【要約】
【課題】高度好塩菌の培養液から高度好塩菌の菌体を分離するための、従来の方法より効率的な方法を提供すること。
【解決手段】以下の工程を含む、高度好塩菌が培養された培養液から、前記高度好塩菌の菌体を分離する方法:
(1)高度好塩菌の培養液に、水よりも比重が小さく、高度好塩菌の菌体が不溶な有機溶剤を加えて混和し、混和液を得ること
(2)前記混和液を、水溶性成分相(下層)及び脂溶性成分相(上層)に不溶な、前記高度好塩菌の菌体の細胞内成分を含む中間層に層分離させ、前記中間層に高度好塩菌の菌体を分離すること。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、高度好塩菌が培養された培養液から、前記高度好塩菌の菌体を分離する方法:
(1)高度好塩菌の培養液に、水よりも比重が小さく、高度好塩菌の菌体が不溶な有機溶剤を加えて混和し、混和液を得ること
(2)前記混和液を、水溶性成分相(下層)及び脂溶性成分相(上層)に不溶な、前記高度好塩菌の菌体の細胞内成分を含む中間層に層分離させ、前記中間層に高度好塩菌の菌体を分離すること。
【請求項2】
層分離に遠心分離を用いることを特徴とする請求項1に記載の方法
【請求項3】
高度好塩菌が菌体内にポリヒドロキシアルカン酸(PHA)を含有している、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
水溶性成分に対する脂溶性成分の体積の割合が0.05~2である、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
培養液の塩濃度が10%以上である、請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
高度好塩菌がHaloferax
mediterraneiである、請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
有機溶剤が、11.2未満の溶解度パラメータδを有する、請求項1~6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
有機溶剤が、アセトン、イソプロパノール、酢酸エチル又はそれらの2種以上の混合物である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
ポリヒドロキシアルカン酸が、ポリヒドロキシブタン酸、3-ヒドロキシブタン酸と3-ヒドロキシバレリル酸とがランダムに共重合した共重合体、3-ヒドロキシブタン酸と3-ヒドロキシヘキサン酸とがランダムに共重合した共重合体、及び3-ヒドロキシブタン酸と4-ヒドロキシブタン酸とがランダムに共重合した共重合体、の1種又は2種以上を含む、請求項3~8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
分離の後に分離前よりポリヒドロキシアルカン酸の分子量が増加していることを特徴とする、請求項3~9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
ポリヒドロキシアルカン酸が、3-ヒドロキシブタン酸と3-ヒドロキシバレリル酸とがランダムに共重合した共重合体を含む、請求項3~10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
遠心分離の遠心力が4,400G以下であり、遠心時間が5分以下である、請求項2~11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
請求項3~12のいずれかに記載の方法により培養液から分離された、PHAを菌体内に含有する高度好塩菌の菌体からPHAを精製することを含む、PHAを製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高度好塩菌の培養液からのPHA(ポリヒドロキシアルカン酸)を含む菌体の分離・回収方法、及び該菌体の分離・回収方法を用いる、PHAを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生分解性プラスチックは、通常の使用では実用的物性を保持し使用後は土壌中や海洋中の微生物により水と二酸化炭素にまで分解されるため、環境に負荷を与えない材料として注目されており、今後様々な分野で用途の拡大が期待されている。その中でもとくにポリヒドロキシアルカン酸(PHA)はある種の微生物に脂質や糖質などのバイオマスを炭素源(栄養)として与えるとエネルギー貯蔵物質として蓄えるプラスチックであり、使用後は環境中で生分解する環境負荷の小さいバイオプラスチックである。
【0003】
商業生産のためには、微生物培養の効率化、培養液から菌体及びPHAを分離・精製する技術、用途に応じた物性を発現するような成形加工技術などが必要とされている。とくに分離・精製する技術に関してはプラスチックの物性・コストに大きく影響するため、これまでに多くの研究がなされてきた。
PHAの中でも、とくに超高分子量体は、一般的には30万から100万程度である重量平均分子量が300万以上に高められたPHAであり、通常の分子量のものと比べて成型加工後に重要な物性(例えば、引張強度など) が向上することが知られている。
超高分子量PHAを生産しても精製や成型加工の際に分子量が低下してしまい、実際に用いられる際には分子量が低くなり、物性も低下してしまうことがある。
【0004】
培養液から菌体及びPHAを分離する技術として、以下の技術が知られている。
・特許文献1(特開平7-303490号公報)
高度好塩菌を水や界面活性剤を用いて溶菌させてPHAを抽出する方法が開示されている。
・特許文献2(特開平7-31489号公報)
アルカリを用いて高圧下でPHAを抽出する方法が開示されている。
・特許文献3(特開平7-79787号公報)
界面活性剤を用いてPHAを精製する方法が開示されている。
・特許文献4(特開平7-177894号公報)
ホモジナイザーを用いた高圧破砕と酸素系漂白剤を用いたPHAの分離方法が開示されている。
・特許文献5(特表平10-504460号公報)
微生物菌体中のPHAを低級ケトン、ジアルキルエーテル、又は低級アルコールもしくはこれらのモノカルボン酸エステルである溶媒に溶解させて溶液からPHAを回収する方法が開示されている。
【0005】
・特許文献6(特開2001-340095号公報)
PHAをマイクロ波を用いて有機溶剤に溶解させPHAを回収したのち、次いで溶解しない有機溶剤により沈殿させて回収する方法が開示されている。
・特許文献7(特開2002-306190号公報)
PHAを含む菌体を超音波等の物理的な方法で破砕して酸化剤を用いてPHAを回収する方法が開示されている。
・特許文献8(特開2005-348640号公報)
PHAを含む菌体にアルカリを添加して分離精製したあと、さらに次亜塩素酸塩を添加して純度の高いPHAを回収する方法が開示されている。
・特許文献9(特開2007-028987号公報)
PHAを含む菌体を水に懸濁し、界面活性剤を加えて加熱して回収する方法が開示されている。
・特許文献10(特表2007-524345号公報)
PHAを含む菌体からアルカリ及び界面活性剤を利用してPHAを回収する方法が開示されている。
【0006】
・特許文献11(特開2008-095022号公報)
PHAとポリリン酸の混合物を塩酸、低級アルコールを用いて精製する方法が開示されている。低級アルコールには本発明のイソプロパノールが含まれる。
・特許文献12(特開2009-207380号公報)
中鎖PHAとポリリン酸の混合物を塩酸、低級アルコールを用いて精製する方法が開示されている。低級アルコールには本発明のイソプロパノールが含まれる。
【0007】
高濃度塩化ナトリウム水溶液中でのみ生きる高度好塩菌と呼ばれるタイプの中にも、PHAを生産する微生物がいることが知られている。高濃度塩化ナトリウム水溶液中でPHAを生産する菌体は、生産後低濃度塩化ナトリウム水溶液中又は水中で溶菌し、中に蓄えているPHAを取り出せることも知られている。
通常、PHAは菌体から回収する際に有機溶媒や界面活性剤などを大量に使用するが、高度好塩菌の場合は水や界面活性剤を用いて回収することが不可能ではないため、コスト面でのメリットが大きい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平7-303490号公報
【特許文献2】特開平7-31489号公報
【特許文献3】特開平7-79787号公報
【特許文献4】特開平7-177894号公報
【特許文献5】特表平10-504460号公報
【特許文献6】特開2001-340095号公報
【特許文献7】特開2002-306190号公報
【特許文献8】特開2005-348640号公報
【特許文献9】特開2007-028987号公報
【特許文献10】特表2007-524345号公報
【特許文献11】特開2008-095022号公報
【特許文献12】特開2009-207380号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
PHAを菌体から回収する際には、PHA生産細菌の菌体の細胞に含有されるPHAを該細胞から回収する必要があるところ、現在の分離方法においては、培養液から、10,000G程度の強い遠心力をかけた遠心分離により菌体を沈降させて、菌体の培養液からの分離及びPHAの回収がなされている。
しかしながら、高度好塩菌において菌体を沈降させるためには、高度好塩菌ではない菌体を遠心・沈降させる場合の遠心力より強い遠心力で、より長時間にわたり遠心分離を行う必要がある。高度好塩菌の菌体と菌体内に含有するPHAは、塩濃度の高い培養液との比重差が少ないため、沈降しづらいことが影響している。
より強い遠心力でより長時間にわたり遠心分離を行うことは、効率やコストの面で好ましくないにもかかわらず、高度好塩菌の菌体を培養液から分離する方法を改良する試みはなされていない。そのため、高度好塩菌の菌体を培養液から分離するための新たな方法には、大きなメリットが生じえることを、本発明者らは見出した。かかる新たな知見を基に、本発明においては、高度好塩菌の培養液から高度好塩菌の菌体を分離するための、従来の方法より効率的な方法を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、高度好塩菌の培養液に、ある種の有機溶剤を加えることにより、PHAを含む菌体を培養液から、従来技術より弱い遠心力で簡便に分離できることを見出し、さらに検討を加えて本発明を完成させた。
すなわち本発明は、少なくとも以下の発明に関する:
[1]
以下の工程を含む、高度好塩菌が培養された培養液から、前記高度好塩菌の菌体を分離する方法:
(1)高度好塩菌の培養液に、水より比重が小さく、高度好塩菌の菌体が不溶な有機溶剤を加えて混和し、混和液を得ること
(2)前記混和液を、水溶性成分相(下層)及び脂溶性成分相(上層)に不溶な、前記高度好塩菌の菌体の細胞内成分を含む中間層に層分離させ、前記中間層に高度好塩菌の菌体を分離すること。
[2]
分離に遠心分離を用いることを特徴とする請求項1に記載の方法。
[3]
高度好塩菌が菌体内にポリヒドロキシアルカン酸(PHA)を含有している、上記項1又は2に記載の方法。
[4]
水溶性成分に対する脂溶性成分の体積の割合が0.05~2である、上記項1~3のいずれかに記載の方法。
[5]
培養液の塩濃度が10%以上である、上記項1~4のいずれかに記載の方法。
[6]
高度好塩菌がHaloferax
mediterraneiである、上記項1~5のいずれかに記載の方法。
[7]
有機溶剤が、11.2未満の溶解度パラメータδを有する、上記項1~6のいずれかに記載の方法。
[8]
有機溶剤が、アセトン、イソプロパノール、酢酸エチル又はそれらの2種以上の混合物である、上記項7に記載の方法。
[9]
ポリヒドロキシアルカン酸が、ポリヒドロキシブタン酸、3-ヒドロキシブタン酸と3-ヒドロキシバレリル酸とがランダムに共重合した共重合体、3-ヒドロキシブタン酸と3-ヒドロキシヘキサン酸とがランダムに共重合した共重合体、及び3-ヒドロキシブタン酸と4-ヒドロキシブタン酸とがランダムに共重合した共重合体、の1種又は2種以上を含む、上記項3~8のいずれかに記載の方法。
[10]
分離の後に分離前よりポリヒドロキシアルカン酸の分子量が増加していることを特徴とする、上記項3~9のいずれかに記載の方法。
[11]
ポリヒドロキシアルカン酸が、3-ヒドロキシブタン酸と3-ヒドロキシバレリル酸 とがランダムに共重合した共重合体を含む、上記項3~10のいずれかに記載の方法。
[12]遠心分離の遠心力が4,400G以下であり、遠心時間が5分以下である、上記項2~11のいずれかに記載の方法。
[13]
3~12のいずれかに記載の方法により培養液から分離された、PHAを菌体内に含有する高度好塩菌の菌体からPHAを精製することを含む、PHAを製造する方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明者らは、上記のように、培養液を含む水溶性成分相と有機溶剤を含む脂溶性成分相のそれぞれからなる下層及び上層と、両相に不溶の中間層と層分離を行うと、前記中間層に高度好塩菌の菌体を回収できること、及び回収した菌体にPHAが含まれた状態で菌体を回収できることを明らかにした。本発明の分離方法によれば、培養液から高度好塩菌の菌体を弱い遠心力で短時間に分離・回収することができる。
すなわち、本発明によれば、従来用いられることがなかった簡便な方法により、PHAを含有する高度好塩菌の菌体を高い効率で分離する方法が提供される。
【0012】
特許文献1には、高度好塩菌から水又は界面活性剤を用いてPHAを分離・精製する方法が開示されているが、かかる方法は、培養液から高度好塩菌の菌体を強い遠心力を用いて長時間にわたり遠心分離してから洗浄プロセスに移る必要があり効率的ではない。これに対して、本発明の分離方法は、簡便かつより高い効率で、PHAを含有する高度好塩菌の菌体を分離することができるため、規模の大きいPHAの製造に適用することが可能である。
【0013】
また、本発明の分離方法によれば、分子量の低下を抑えてPHAを含有する高度好塩菌の菌体を分離することができるため、より分子量が高いPHAを回収することができる。最終的にPHAを回収するためには、高度好塩菌の菌体からPHAを精製する必要があるところ、かかる精製には、従来技術を用いることができる。
高度好塩菌を対象とするものではないが、特許文献4、特許文献7、特許文献8などに記載されているアルカリや次亜塩素酸などの酸化剤を用いる方法では、PHAを回収する際にPHAの分子量が下がってしまうという問題がある。このような従来技術における問題点を考慮すると、本発明の分離方法を用いることにより、分子量の低下を抑えてPHAを高度好塩菌の菌体成分から分離できることは、PHAの製造における大きなメリットであり、当業者が予測しえない格別な効果である。
【0014】
それどころか、本発明の分離方法のうち、一層好適な方法によれば、回収するPHAのうち、分子量の低い(鎖長の短いPHA)画分を除去することもできる。この場合、PHA全体の収率は低下するものの、より分子量が高いPHAの割合を高めてPHAを回収することができる。そのため、最終生成物であるPHAの分子量が増加することにより、さらなる精製や成型加工の際に分子量が減少してもなお、PHAの高い分子量を維持することができ、高い力学物性を発現しやすくなるという効果も、かかる本発明は奏する。
これまでに、高度好塩菌を簡便に回収できるうえに物性に直接寄与する分子量を分画して高分子量のもののみを回収する方法は知られていないことを考慮すると、本発明の方法が奏するかかる効果も、当業者が予測しえない格別な効果である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の方法により、水溶性成分相(下層)及び脂溶性成分相(上層)に不溶な中間層に、高度好塩菌の菌体を分離した例を示す写真図である。楕円形の破線により囲んで示した部分が、高度好塩菌の菌体が分離された中間層を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に本発明について、より詳細に説明する。なお本明細書におけるPHAの分子量は、他の記載がない限りポリスチレン標準を用いたゲルろ過クロマトグラフィーにより測定された数値である。
本明細書において「~」の記号は、該記号により結ばれた2つの数値の間の範囲により特定される数値範囲(前記2つの数値を包含する)を表す。例えば「20万~600万」の記載は20万及び600万を含む、20万から600万の間に存在するすべての数値により構成される範囲を意味する。同じ意味を表すために、「20万以上600万以下」の表記が用いられることがある。
本明細書においてポリマーの分子量を数値により表す場合、本技術分野における当業者により理解される数値の幅を含むことにより特定される数値が意図される。
【0017】
本発明の高度好塩菌の菌体の分離方法を再掲して示すと、下記の工程を含む方法である:
(1)高度好塩菌の培養液に、水より比重が小さく、高度好塩菌の菌体が不溶な有機溶剤を加えて混和し、混和液を得ること
(2)前記混和液を、水溶性成分相(下層)及び脂溶性成分相(上層)に不溶な、前記高度好塩菌の菌体の細胞内成分を含む中間層に層分離させ、前記中間層に高度好塩菌の菌体を分離すること。
【0018】
本発明の方法により分離された高度好塩菌の菌体から、細胞内成分であるポリヒドロキシアルカン酸を回収し、ポリヒドロキシアルカン酸を製造することができる。
【0019】
本発明の分離方法では、ポリヒドロキシアルカン酸を含有する高度好塩菌の培養液に水と混合する有機溶剤を加えて混和すると、水溶性成分相(下層)、脂溶性成分相(上層)、及び両相に不溶な中間層に分離する現象を利用している。水と相溶する有機溶剤において本発明のような分離が可能であるのは、培養液の塩濃度が高く、塩濃度の低い水よりも極性が高いためであると考えることができる。本発明の原理は、かかる理論に束縛されるものではない。
【0020】
(発明の実施形態)
<高度好塩菌>
本発明において用いられる高度好塩菌は限定されないが、該高度好塩菌のうち、Haloferax属、Halalkalicoccus属、Haloarchaeobius属、Haloarcula属、Halobacterium属、Halobaculum属、Halococcus属、Halogranum属、Halomarina属、Halorubrum属、Haloterrigena属、Natrialba属、Natronobacterium属は好ましく、Haloferax属はより好ましく、Haloferax
mediterraneiはより一層好ましい。
【0021】
本発明の分離方法における培養液からの分離対象は、培養によりPHAを生産して菌体に貯蔵した高度好塩菌の菌体である。
高度好塩菌の培養方法については、とくに制限されないがジャーファーメンター培養のようにpH、温度、酸素供給量などを制御しながら培養する方法が好ましい。回文培養、流加培養、連続培養を用いることができる。
本発明の製造方法における高度好塩菌の培養時間としては、回分培養では24時間~168時間、流加培養では72時間~14日間、連続培養では14日間を超える長期間が例示される。培養温度としては、該高度好塩菌が生育可能な温度であれば限定されないところ、例えば約10℃~約65℃が挙げられ、20℃~50℃は好ましく、35℃~45℃はより好ましい。
【0022】
高度好塩菌の培養において用いられる培地については、高度好塩菌が生育できる環境を提供する培地であれば限定されないところ、高度好塩菌の増殖速度、有機溶剤との分離しやすさの観点から塩濃度としては10~30%が好ましく、15%~25%はより好ましい。
本発明の分離方法の分離及び回収の対象である高度好塩菌を培養し、PHAを製造させる製造方法において用いられる培地として、NBRC(独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンター)がウェブサイトにおいて公開している培地一覧(https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/cultures/culture-list.html)におけるNo.1380の培地は好ましい。本培地から一部の成分を改変して増殖速度が上がるような培地を用いることは好ましい。
当該No.1380の培地組成を上記培地一覧から引用して示す:
【0023】
本発明の分離方法において採用される工程について、以下に説明する。
●工程(1)
工程(1)は、高度好塩菌の培養液に、水(培養液)よりも比重が小さく、高度好塩菌の菌体が不溶な有機溶剤を加えて混和し、混和液を得る工程である。
【0024】
<有機溶剤>
本発明の分離方法において、用いられる有機溶剤の種類は、水よりも比重が小さく、高度好塩菌の菌体が不溶な有機溶剤であれば限定されないところ、極性がエタノールより小さい有機溶剤は好ましい。かかる有機溶剤として、アセトン、イソプロパノール、酢酸エチルは好ましい。有機溶剤として、イソプロパノールはとくに好ましい。
なお、本発明において用いられる有機溶剤の極性の指標は限定されないところ、本明細書においては、例として、有機溶剤の極性の指標として溶解度パラメータδを用いることとする。
δの値は、例えばメタノール、エタノール、アセトン、酢酸エチル、イソプロパノールで、それぞれ12.9、11.2、9.4,8.6,10.2であることが知られている。
培養液の極性として、δが、12.0以下であることは好ましく、11.2より低いことはより好ましく、10.5以下であることは一層より好ましく、10.3以下であることは最も好ましい。
本発明の方法において用いられる有機溶剤の量や、水溶性成分(培養液)に対する脂溶性成分(有機溶剤)の割合は限定されない。分離のしやすさ、又は有機溶剤の使用量を抑制する観点から、水溶性成分に対する脂溶性成分の割合は、0.05~2であることは好ましく、0.3~1.0であることはより好ましい。
【0025】
高度好塩菌の菌体が不溶な有機溶剤を加えて混和し、混和液を得る方法は限定されず、マニュアルによる撹拌又はミキサーを用いる撹拌により、行ってよい。撹拌を行う時間は限定されず、撹拌のせん断力や回転速度に応じて改変してよい。撹拌を行う時間は、例えば、1分間から3時間であり、好ましくは15分間から1時間である。
【0026】
●工程(2)
工程(2)は、前記混和液を、水溶性成分相(下層)及び脂溶性成分相(上層)に不溶な、前記高度好塩の菌体の細胞内成分を含む中間層に層分離させ、前記中間層に高度好塩菌の菌体を分離する工程である。
層分離させる方法は、上層、下層及び中間層に層分離がなされる方法であれば限定されないところ、遠心分離が例示される。遠心分離に遠心分離機又はディスクセパレーターを用いることは好ましい。
遠心分離の際の遠心力は限定されないところ、遠心力として10,000G以下は好ましい。6,000G以下はより好ましく、4,400G以下の遠心力、例えば4,400G~1,000Gの遠心力は、さらにより好ましい。遠心力が4,400G以下であれば、工業的な規模での操作をより効率的に行いえる。
遠心分離を用いる場合の遠心時間は限定されないところ、30分以内は好ましい。遠心時間として、15分以内はより好ましく、5分以内はさらにより好ましい。
遠心分離の遠心力が4,400G以下であり、遠心時間が30分以内である本発明の方法は好ましく、遠心分離の遠心力が4,400G以下であり、遠心時間が15分以内である本発明の方法は、一層好ましい。
【0027】
前記層分離が行われることにより、上層及び下層の間に、高度好塩菌の菌体、及び該菌体の細胞内成分を含む中間層が得られる。該中間層は、菌体及び菌体由来の細胞内成分に加えて、水及び水溶性成分並びに有機溶剤等が、それぞれわずかに存在してなる、平板上の層である(
図1)。一方、上層及び下層の間には、菌体はほとんど存在しない。細胞内成分のうち、比較的分子量が小さいPHAは上層にも存在しえると考えられる。
細胞内成分にはPHAが含有されているから、前記中間層により、培養液に存在していた菌体中のPHAを濃縮して得ることができるのである。
なお、前記中間層を構成する成分全体を指す語として、本明細書及び特許請求の範囲においては、「菌体」と総称することがある。
【0028】
本発明の分離方法において、低分子量画分を除去することにより、高分子量化させることは好ましい。分離の後に重量平均分子量が増加することは好ましく、1.02倍以上に増加させることはより好ましく、1.05倍以上に増加させることはよりさらに好ましい。
なお、高分子量化の方法として、一般にはジイソシアネートを用いて架橋する方法や電子線により架橋する方法などが知られているが、どちらの方法も高分子量化の際に直鎖構造を維持することが困難である。これに対して本発明の方法では、低分子量画分を除去するだけであるから、直鎖のまま分子量を増加させることができるという優位性がある。
本発明において、水溶性成分にドデシル硫酸ナトリウムなどの界面活性剤や、塩酸等の酸類を加えてもよい。また、本発明の分離方法の適用後にその他の方法でさらなる精製を適用することは何ら制限されない。
【0029】
<PHA>
本発明の分離方法における生成物であるPHAの種類は限定されないところ、PHBV(3-ヒドロキシブタン酸-co-3-ヒドロキシバレリル酸重合体。3-ヒドロキシブタン酸と3-ヒドロキシバレリル酸とがランダムに共重合した共重合体である)及び/又はPHBH(3-ヒドロキシブタン酸/3-ヒドロキシヘキサン酸共重合体。3-ヒドロキシブタン酸と3-ヒドロキシヘキサン酸とがランダムに共重合した共重合体である)及び/又はP(3HB)(3-ヒドロキシブタン酸重合体)及び/又はP(3HB-co-4HB)(3-ヒドロキシブタン酸/4-ヒドロキシブタン酸共重合体。3-ヒドロキシブタン酸と4-ヒドロキシブタン酸とがランダムに共重合した共重合体である)が好適な生成物である。PHBV及び/又はP(3HB)(3-ヒドロキシブタン酸重合体)がとくに好適な生成物である。
本発明のPHAは上記のとおりランダムに共重合した共重合体を包含するところ、交互共重合又はブロック共重合により生成される共重合体も、本発明のPHAに包含される。
【0030】
本発明の分離方法における生成物であるPHAの重量平均分子量は限定されないところ、成型加工性の観点から本発明の方法を適用後で約30万以上は好ましく、300万以上はより好ましい。成型後に約300万以上の分子量を確保するためには、回収されたPHAの重量平均分子量の測定値は、約400万以上であることは好ましい。本発明のおける培養液のpHは限定されないところ、扱いやすさの観点、PHAの加水分解を防ぐ観点から4~10は好ましい。
【0031】
<PHAを製造する方法>
本発明により、本発明の分離方法により培養液から分離された前記高度好塩の菌体を精製してPHAを得ることを含む、PHAを製造する方法も提供される。
【0032】
前記高度好塩の菌体を精製してPHAを得る方法は限定されず、本技術分野において用いられる通常の方法を用いることができる。かかる方法として、水による洗浄、界面活性剤を用いる洗浄、酸化剤を用いる洗浄、酸・アルカリを用いる洗浄、酵素を用いる洗浄、等が例示される。
【実施例0033】
本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。本発明は、いかなる意味においてもかかる実施例に限定されるものではない。
すべての実施例にNBRCより提供の菌株Haloferax
mediterranei NBRC 14739を用いて実験を行った。
分離実験に用いた培養液は、以下のように調製した。
【0034】
●(材料と方法)5 L容ジャーファーメンターを用いて、以下の各成分を加えて72 h、37 ℃、2 L、初期グルコース濃度10 g/Lで培養を行った。培養中、8M KOH + 1M K3PO4を用いてpHを7.2に保った。
培地中の成分(g/L):グルコース 10、酵母エキス0.1、カザミノ酸 0.1、グルタミン酸水素ナトリウム1水和物 1、クエン酸ナトリウム2水和物 1、KCl 2、K2HPO4 0.3、CaCl2・2H2O 0.15、NH4Cl 1、MgSO4・7HO 50、NaCl 200、Trace elements 2ml/L
培養中、24h後、48h後に、グルコース 20g/L、酵母エキス 0.1g/L、カザミノ酸 0.1g/L、グルタミン酸水素ナトリウム1水和物1g/L、KCl 2g/L、K2HPO40.3g/L、クエン酸ナトリウム2水和物1g/L、 CaCl2・2H2O 015g/L、Trace element 2mL/Lをそれぞれ加えた。
なお、微小金属塩類水溶液は上記NBRC指定培地#1380に記載のものを用いた。
【0035】
培養後の培養液は、乾燥菌体重量が7.8g/L、PHBV濃度が2.9g/L、菌体内のPHBV含率が36.6%、3HV分率が10.0%、重量平均分子量が4.7×106、Mw/Mn=1.8であった。下記のすべての実施例において他に記載がない限り、上記菌を培養・分離後、得られたPHA(PHBV)の分子量をポリスチレン標準を用いたGPC(ゲルろ過クロマトグラフィー)により測定し、分子量として示した。
【0036】
GPC測定には、東ソー株式会社製EcoSEC HLC-8320GPCを使用した。ガードカラムはTSKgel guardcolumn SuperHZ-Hを、カラムはTSKgel Super HZM-H2本を直列につないで用いた。移動相にはクロロホルム(0.6mL/min)を用い、カラム温度は40℃とした。サンプル濃度は約0.5 mg/mLとし、サンプル注入量は10μLとした。検量線の作成には、ポリスチレン標準を用いた。
【0037】
共重合体の3-ヒドロキシバレリル酸(3HV)分率、PHBV生産量とPHBV純度(回収物の総重量に対するPHBVの重量%)の測定はガスクロマトグラフィー-質量分析(GC-MS法)を用いて以下のように行った(機器名:Agilent 6890 / 5973 GCMS System)。すなわち、乾燥菌体の約2mg~25mgに2mlの硫酸-メタノール混液(15:85)と2mlのクロロホルムを添加して密栓し、100℃で140分間加熱することでポリエステル分解物のメチルエステルを得て、これに水1mLを加えて攪拌後、クロロホルム層をGC-MS法により分析して行った。
【0038】
これらのPHA生産量、分子量、3HV分率、PHBV純度の測定方法は、PHAの生産量、分子量、3HV分率を特定するための手法として本技術分野において通常用いられるものである。また、これらの方法により特定されたPHAの生産量、分子量及び3HV分率の数値は公知文献に記載されているPHAの生産量、分子量及び3HV分率の数値と、その大小をそれぞれ正確に比較することができるものである。
【0039】
乾燥菌体重量は、凍結乾燥法などの公知の方法により測定することができる。乾燥菌体に含まれる無機塩を定量したいときは、高温で無機塩以外の有機物をすべて熱分解する方法を用いてもよい。
【0040】
[実施例1]有機溶剤の選定
培養液20mLにメタノール、エタノール、アセトン、イソプロパノール、酢酸エチルをそれぞれ20mL加えて1時間攪拌した。その後、遠心分離機(HITACHI CF16R-II)を用いて12,000Gで15分遠心分離を行い、分離の様子を検討した。
結果は、下表の通りになった。中間層に菌体を回収できた例を、
図1に示した。
【表1】
上記の結果から、アセトン、酢酸エチル、イソプロパノールで中間層に菌体を回収できることが分かった。
【0041】
次に、アセトン、酢酸エチル、イソプロパノールを用いて得られた中間層に回収したPHAの収率、PHBVの純度、分子量を測定すると、下表のようになった。
【表2】
上記の結果から、とくにイソプロパノールで高い収率で純度の高いPHAを含む菌体を回収できることが分かった。
なお、ここで「収率」とは、培養後の培養液中に含まれていたPHAの重量に対する、実際に菌体を分離(精製)して最終的に回収することができたPHAの重量の割合を示している。「純度」は、培養液から回収した回収物の総重量に対する、上記最終的に回収することができたPHBVの重量%を示している。ここで、「精製前の純度」は上述のPHBV含率と同義で、36.6%である。
分離(精製)前の重量平均分子量は4.7×10
6、Mw/Mn=1.8であったが、有機溶剤を用いる本発明の方法により菌体を分離(精製)した後は、回収されたPHA(PHBV)の分子量が増加し、かつ分子量分布(Mw/Mn)が狭くなっている。さらに、収率が低い場合には、より分子量が高く、分子量分布が狭いことが分かる。このことは、分離の際に低分子量画分が溶媒(有機溶剤)によって分画されたことを示している。
次に、ここでの回収物に1g/Lのドデシル硫酸ナトリウム20mLを加えて1時間攪拌した後、遠心分離により精製された沈殿を回収した。回収した沈殿にさらに20mLの水を加えて攪拌後、遠心分離してさらに精製したPHAを得た。回収物の性状は下記の通りであった。
【表3】
上記表に示すとおり、本発明のPHAを製造する方法により、重量平均分子量が4.9×10
6以上のPHAを、純度95%以上で得ることができた。
本発明の分離方法と公知の精製方法を組み合わせることにより、高分子量を有するPHAを、効率よく高い純度で回収し製造できることが分かった。
【0042】
[実施例2]分離に要する遠心力の検討
次に、実施例1において用いられた培養液を得た培養液と同じ培養液から分取した培養液20mlにアセトン、酢酸エチル、イソプロパノールを20ml加えて遠心力による分離の違いを検討した。遠心時間は5分に固定し、遠心力Gを変えて分離の違いを確認した。
【0043】
【表4】
ここで、×はうまく分離していないことを示す。△は分離するが中間層に厚みがあり不安定なことを示す。〇は、中間層が、菌体を回収可能な状態で、水溶性成分相(下層)と脂溶性成分相(上層)との間に固まっていることを示す。◎は、安定して中間層に菌体を回収可能なことを示す。〇の評価であれば、中間層から菌体を回収することが可能である。
表4に示すように、各溶媒(有機溶剤)を用いることにより、従来用いられていた遠心力である10,000Gより低い遠心力であっても安定的に菌体を回収(分離)できることが分かる。
【0044】
[実施例3]分離に要する有機溶剤の量の検討
実施例1及び2において用いられた培養液を得た培養液と同じ培養液から分取した培養液20mlにアセトン、酢酸エチル、イソプロパノールを1mL、6mL、20mL、40mL加えて3,000Gで5分間の遠心分離に付した。その際、分離の様子を観察した。
【表5】
ここで、〇は中間層に菌体を分離できることを示す。
その結果、3,000Gの遠心分離においては、少なくとも、各溶媒(有機溶剤)を、培養液20mLに対して1mL(5%)以上混和すれば、中間層に菌体を回収(分離)できることが明らかになった(表5)。
【0045】
[実施例4]
実施例1~3において用いられた培養液を得た培養液と同じ培養液から分取した培養液20mlにアセトン、酢酸エチル、イソプロパノールを20ml加えて1000Gで5分、15分、30分遠心した。その際、分離の様子を観察した。
【表6】
上記表6において、〇は、中間層が、菌体を回収可能な状態で、水溶性成分相(下層)と脂溶性成分相(上層)との間に固まっていることを示す。◎は、より安定して中間層に菌体を回収可能なことを示す。〇の評価であれば、中間層から菌体を回収することが可能である。
その結果、表6に示されるとおり、本発明の方法においては、従来の方法の1/10というはるかにより低い遠心力で、菌体を含有する中間層を分離することが可能なことが、より明確に立証された。
本発明によれば、高度好塩菌の培養液からのPHAを含む菌体の分離・回収方法、及び該菌体の分離・回収方法を用いる、PHAを製造する方法が提供される。したがって、本発明は、PHA製造業及び関連産業の発展に寄与するところ大である。