(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023009484
(43)【公開日】2023-01-20
(54)【発明の名称】制振システムおよび制振方法
(51)【国際特許分類】
E04H 9/02 20060101AFI20230113BHJP
F16F 15/02 20060101ALI20230113BHJP
【FI】
E04H9/02 341D
E04H9/02 331
F16F15/02 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021112826
(22)【出願日】2021-07-07
(71)【出願人】
【識別番号】000002299
【氏名又は名称】清水建設株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100161506
【弁理士】
【氏名又は名称】川渕 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(72)【発明者】
【氏名】吉田 直人
(72)【発明者】
【氏名】小槻 祥江
(72)【発明者】
【氏名】福喜多 輝
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 正樹
(72)【発明者】
【氏名】冨吉 雄太
【テーマコード(参考)】
2E139
3J048
【Fターム(参考)】
2E139AA01
2E139AA05
2E139AC19
2E139AC43
2E139BA30
2E139BB58
2E139BC11
2E139BD33
2E139CA00
2E139CC07
3J048AA06
3J048AB08
3J048AB09
3J048AD03
3J048BF20
3J048CB21
3J048EA38
(57)【要約】
【課題】頻発する中小地震から極めて稀におこる大地震までを対象に建物の制振性能を向上することができる制振システムおよび制振方法を提供する。
【解決手段】中間層に他の層よりも水平剛性が小さい柔層部3を有する建物2(多層構造物)の制振を行う制振システム1において、建物2の頂部に設けられるAMD6(アクティブマスダンパー)と、建物2に外力が作用した際に、建物2およびAMD6の応答を予測し、予測した応答に応じて建物2の応答加速度を低減させるようにAMD6を制御するMPC7(モデル予測制御部)と、を有する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
中間層に他の層よりも水平剛性が小さい柔層部を有する多層構造物の制振を行う制振システムにおいて、
前記多層構造物の頂部に設けられるアクティブマスダンパーと、
前記多層構造物に外力が作用した際に、前記多層構造物および前記アクティブマスダンパーの応答を予測し、予測した応答に応じて前記多層構造物の応答加速度を低減させるように前記アクティブマスダンパーを制御するモデル予測制御部と、を有することを特徴とする制振システム。
【請求項2】
前記多層構造物における前記柔層部よりも上に位置する上部構造部がビルディングマスダンパーとして使用され、
前記モデル予測制御部は、前記ビルディングマスダンパーが付与する付加減衰が増加するように前記アクティブマスダンパーを制御する請求項1に記載の制振システム。
【請求項3】
前記モデル予測制御部は、前記多層構造物における任意の階の応答加速度を低減させるように前記アクティブマスダンパーを制御する請求項1に記載の制振システム。
【請求項4】
前記モデル予測制御部は、前記多層構造物における柔層部の直下の階の応答加速度を低減させるように前記アクティブマスダンパーを制御する請求項3に記載の制振システム。
【請求項5】
中間層に他の層よりも水平剛性が小さい柔層部を有する多層構造物の制振を行う制振方法において、
前記多層構造物の頂部にアクティブマスダンパーを設け、
前記多層構造物に外力が作用した際に、前記多層構造物および前記アクティブマスダンパーの応答を予測し、予測した応答に応じて前記多層構造物の応答加速度を低減させるように前記アクティブマスダンパーを制御することを特徴とする制振方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制振システムおよび制振方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、超高層建物やアスペクト比の高い中高層建物が増加し、建物の耐震・制振性能への要求も高度化・複雑化している。大地震時の安全性確保だけではなく、頻発する中小地震時の居住性の向上や大地震後の後揺れの早期収束による機能維持や安心性の向上、エレベータを停止させない等、より細やかな対応が必要となるケースが増えている。例えば、特許文献1には、免震や制振に用いるダンパーの減衰力を地震の特性と建物の応答特性を考慮して決定する免震システムが開示されている。
【0003】
制振架構の一つとして、建物内の単層あるいは複層を他層に比べて水平剛性の小さい柔層部とし、この柔層部の上部をマスダンパーとして用いるビルディングマスダンパー(BMD)としたり、中間階に柔層部となる免震層を設け、柔層部によって効果的に減衰を付加したりすることで建物の制振性能を高める架構が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このような架構は、主に極めて稀に起こる大地震(Lv.2)に対する制振効果を高めるように柔層部の特性を設定するため、頻発する中小地震などに対しては十分な制振効果が得られないケースがある。また、ビルディングマスダンパーとして柔層特性を設定する場合でも、暴風時の変形を抑制できるようにするために、柔層部の剛性をビルディングマスダンパーとしての最適な柔層部の剛性よりも大きく設定し、付加減衰が小さくなるケースもある。
【0006】
そこで本発明は、頻発する中小地震から極めて稀におこる大地震までを対象に建物の制振性能を向上することができる制振システムおよび制振方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明に係る制振システムは、中間層に他の層よりも水平剛性が小さい柔層部を有する多層構造物の制振を行う制振システムにおいて、前記多層構造物の頂部に設けられるアクティブマスダンパーと、前記多層構造物に外力が作用した際に、前記多層構造物および前記アクティブマスダンパーの応答を予測し、予測した応答に応じて前記多層構造物の応答加速度を低減させるように前記アクティブマスダンパーを制御するモデル予測制御部と、を有することを特徴とする。
【0008】
上記目的を達成するため、本発明に係る制振方法は、中間層に他の層よりも水平剛性が小さい柔層部を有する多層構造物の制振を行う制振方法において、前記多層構造物の頂部にアクティブマスダンパーを設け、前記多層構造物に外力が作用した際に、前記多層構造物および前記アクティブマスダンパーの応答を予測し、予測した応答に応じて前記多層構造物の応答加速度を低減させるように前記アクティブマスダンパーを制御することを特徴とする。
【0009】
本発明では、モデル予測制御部がアクティブマスダンパーの応答を予測し装置制約を考慮することにより、小さな入力レベルから大きな入力レベルまで対象とする外乱レベルを制限せずに、装置の性能限界(ストローク、推力、速度)を活用することが可能となる。このため、アクティブマスダンパーの動作範囲が広がり、頻発する中小地震や大地震に対する制振効果を向上することができる。
また、本発明では、アクティブマスダンパー装置の制約を明確に考慮できるため、装置の限界性能に対して過大な安全率を見込む必要がなく、装置の性能限界まで有効活用した積極的かつ安定した制御が可能となる。
【0010】
また、本発明に係る制振システムでは、前記多層構造物における前記柔層部よりも上に位置する上部構造部がビルディングマスダンパーとして使用され、前記モデル予測制御部は、前記ビルディングマスダンパーが付与する付加減衰が増加するように前記アクティブマスダンパーを制御してもよい。
【0011】
本発明では、モデル予測制御部がビルディングマスダンパーの動きをアクティブマスダンパーにより制御することにより、ビルディングマスダンパー架構を最適同調状態に近づけ、構造物全体の応答加速度をより低減することができる。
また、本発明では、ビルディングマスダンパーをアクティブマスダンパーの制御対象とすることにより、構造物全体に対するアクティブマスダンパーの質量比が十分ではない場合においても、効率的に地震時の制振効果を向上することができる。
さらに、本発明では、ビルディングマスダンパーとアクティブマスダンパーとを組み合わせた架構である。これにより、主な制振要素は、柔層と建物頂部の制振装置(アクティブマスダンパー)にほぼ集約されるため、層間に設置するダンパー台数を減らすことができる。
【0012】
また、本発明に係る制振システムでは、前記モデル予測制御部は、前記多層構造物における任意の階の応答加速度を低減させるように前記アクティブマスダンパーを制御してもよい。
【0013】
このような構成とすることにより、アクティブマスダンパーの制約を明確に考慮できるため、装置の限界性能に対して過大な安全率を見込む必要がなく、装置の性能限界まで有効活用した積極的かつ安定した制御が可能となる。
また、モデル予測制御部がアクティブマスダンパーにより任意層の加速度低減を行うことで、柔層直下階などパッシブ架構においては加速度応答が増大傾向となる階の加速度応答を低減することができる。
【0014】
また、本発明に係る制振システムでは、前記モデル予測制御部は、前記多層構造物における柔層部の直下の階の応答加速度を低減させるように前記アクティブマスダンパーを制御してもよい。
【0015】
このような構成とすることにより、加速度応答が増大する柔層部の直下階の加速度を低減することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、頻発する中小地震から極めて稀におこる大地震までを対象に建物の制振性能を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の実施形態による制振システムが採用された建物を示す図である。
【
図3】MPCによる制御則と従来の制御則によるAMDの挙動の違いの例を示すグラフである。
【
図4】30秒付近における応答予測値の挙動を示すグラフである。
【
図5】BMDおよび中間階免震における付加減衰を示す図である。
【
図6】柔層部の剛性を最適値としたとき、最適値の2倍としたときの下部構造の応答倍率を示すグラフである。
【
図7】MB部とBMDによる2質点モデルを示す図である。
【
図8】最適同調時と剛性を2倍とした際の下部構造部と上部構造部のインパルス応答を示すグラフである。
【
図10】非制御時に対する最大応答比を示すグラフである。
【
図11】5層とBMD層加速度のフーリエスペクトルを示すグラフである。
【
図12】重みに関するシグモイド曲線を示すグラフである。
【
図13】告示ランダム波×200%に対する時刻歴応答を示し、(a)はBMD層変位、(b)は重みf(x
BMD)、(c)はAMD推力である。
【
図14】告示ランダム波×100%に対する時刻歴応答を示し、(a)はBMD層変位、(b)は重みf(x
BMD)、(c)はAMD推力である。
【
図15】建物の最大応答比で(a)はK-R1×200%、(b)はK-R1×100%である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態による制振システムおよび制振方法について、
図1-
図15に基づいて説明する。
図1に示すように、本実施形態による制振システム1は、中高層建物や超高層建物などの建物2(多層構造物)に設けられる。本実施形態の建物2は、中間層に他の階よりも水平剛性の小さい柔層部3が設けられている。建物2における柔層部3よりも下側の部分を下部構造部4とし、柔層部3よりも上側の部分を上部構造部5とする。
図1に示す建物2Aは、柔層部3が建物2の比較的上部に設けられており、上部構造部5がマスダンパーとして作用する。すなわち、建物2Aには、ビルディングマスダンパー(以下、BMD、BMD層と表記する)の制振架構が構築されている。建物2Aでは、柔層部3を構成する層(階)は、1つの層であってもよいし、複数の層であってもよい。
図1に示す建物2Bは、下部構造部4と上部構造部5との間の中間層(中間階)に免震層が設けられており、この免震層が柔層部3である。以下では、柔層部3よりの下側の下部構造部4をMB部(Main Building)と表記することがある。
【0019】
制振システム1は、上部構造部5の屋上(頂部)に設けられたアクティブマスダンパー6(以下、AMD6と表記する)と、建物2に外力が作用した際に、建物2およびAMD6の応答を予測し、予測した応答に応じて建物2の応答加速度を低減させるようにAMD6を制御するモデル予測制御部7(Model Predictive Control、以下、MPC7と表記する)と、を有している。
【0020】
AMD6の制振性能は、建物2に対する質量比やストローク(可動範囲)などの装置自体のスペックと可動部の質量をどのように動かすかを決める制御則の2つから決定される。建物2屋上に設置される特性上、AMD6には実現できるストロークや質量に限界がある。このため、本実施形態では、AMD6による制振性能を向上させるために、限られたスペックを活かして効果的な制振が可能な制御則を設定する。
【0021】
なお、従来のAMD6制御則は装置の機械的な制約が明確に考慮されていないため、安定的な動作を維持するために制御対象とする入力レベルを制約して、主に風外乱や地震時の後揺れを対象に設計されている。一定の入力レベルを超える中小地震~大地震に対しては、ストロークを超えないよう出力を抑えて保守的な動作をさせるか、装置自体を停止、あるいはパッシブ化させてTMDとして動作させている。このため、地震に対してはあまり積極的にAMD6の制振性能が活かされていないのが現状である。そこで、MPC7は、対象とする外乱の入力レベルを制約せずに、AMD6の制約を考慮して性能限界まで活用可能な制御を行うように構成されている。
【0022】
MPC7は、建物2に外力が作用した際の各時刻での建物2の未来の応答を、建物2の数式モデルを用いて予測することで、予め決められた制約の範囲内で最適な制御入力を導出する。これにより、MPC7は、AMD6のストロークや速度指令値、推力の制約を考慮して、AMD6の性能限界まで有効活用した積極的かつ安定した制御を行う。
【0023】
図2に、MPC7における応答予測のイメージを示す。MPC7では、建物2の数式モデルである以下に示す離散状態方程式を用いて各ステップの応答を予測する。と制御入力を導出する。
【0024】
【0025】
MPC7の一般的な評価関数を以下に示す。
【0026】
【0027】
上記の評価関数は予測した状態量(建物2およびAMD6の応答)と制御入力の二次形式からなり、Q,Rはそれぞれに対する重み行列である。状態量の選択(例えば、各層の変位と速度)や重み行列は設計パラメーターであり、制御目的に合わせて任意に設定するものである。
図3に本実施形態によるMPC7による制御則でのAMD6の挙動と、従来の制御則(従来手法)でのAMD6挙動との違いの例を示す。
図3では、従来手法を細線で示し、MPC7による制御則を太線で示す。破線は、装置のスペックの限界を示す。
従来手法では、装置のスペックの限界の7~8割のストロークで稼働している。これに対し、MPC7による制御則では、スペックの限界付近まで活用した挙動になっていることが分かる。また、
図4には、30秒付近における予測した応答値の挙動を示す。
【0028】
第1実施形態による制振システム1および制振方法の制御は、MPC7がBMDとして付与される付加減衰を増加するようにAMD6を制御することにより、下部構造部4を含めた建物2全体の応答加速度および揺れを効率的に低減する。第1実施形態による制振システム1および制振方法の制御は、
図1に示すようなビルディングマスダンパーの制振架構が構築されている建物2Aを対象としている。
【0029】
最適同調から外れたBMDに対し、付加減衰増加のためAMD6を設置する。
建物2の応答を予測(例えば、建物2の半周期分)することで、下部構造部4に対してBMDの位相を遅らせ最適同調状態に近づけるように、BMDをAMD6により制御する。
評価関数に上部構造部5と下部構造部4の応答のクロスターム項を加えることにより、位相をずらす効果が得られるような制御入力を導出する。
【0030】
BMDは、超高層建物2をターゲットとした制振架構である。建物2の比較的上部に他層に比べて剛性の小さい柔層を設け、柔層よりも上部の上部構造部5をTMD(Tuned Mass Damper)として設計し、地震や風に対する建物2応答の低減を図る構造である。TMDは、同調質量を大きく動かすことで、主要構造部の応答を低減する制振システム1であるが、BMDは、一般的なTMDに比べて圧倒的に大きな質量比を実現できることから、主要構造部である柔層よりも下部の下部構造部4のみならず、同調質量部である上部構造部5の応答低減も可能となる。ただし、実建物2においては柔層変位には制限があることにより、大地震時や暴風時に柔層変位が制限を超えないようにするためには、定点理論から求められるTMDの最適値よりも大きな剛性・減衰を確保する必要がある。その場合、
図5に示すようにTMDとして得られる付加減衰は小さくなる。
図6には、剛性を最適値と最適値の2倍としたときの下部構造の応答倍率を示す。
【0031】
本実施形態では、上記のような、定点理論におけるTMDの最適特性よりも大きな剛性・減衰を持つBMD架構に対して、上部構造部5の上(BMDの上部)にAMD6を設置し制御することでBMDをTMDとしての理想的な挙動に近づけ、さらなる建物2応答低減を可能にするAMD6の制御を説明する。
TMDの設計で用いられる定点理論から求められる最適同調状態では、主構造物(建物2)に対しTMDの位相が90°遅れた状態となる。BMDでは、
図7に示すような2自由度系で表現したモデルに対し定点理論を適用することにより、TMDの場合と同様に上部構造部5と下部構造部4の位相がずれた理想的な挙動となり、より高い付加減衰が得られる。
図8には、2自由度系で表現したBMDに対し、剛性を最適値と最適値の2倍としてインパルス応答を与えた際の下部構造部4と上部構造部5の挙動を示す。剛性が最適値の2倍となった場合は上部構造部5と下部構造部4の位相のずれが小さくなっていることが確認できる。このような場合、上部構造部5と下部構造部4の間にある柔層の層間変位・層間速度が小さくなり、柔層で散逸されるエネルギーが小さくなり、その結果BMDとして付与される付加減衰が小さくなってしまう。そこで、本実施形態のMPC7による制御則では、最適値よりも大きな剛性・減衰を持つBMDの変位・速度の位相をMB部の最上層に対して遅らせるようにAMD6を制御することにより、建物2の振動時に柔層で散逸されるエネルギーを増大させ、BMDによる付加減衰を増大させることを考える。
【0032】
本実施形態のMPC7による制御則では、最適同調からずれたBMDを理想的な挙動に近づけるために、BMDの位相を下部構造部4から遅らせるようにずらすことを考える。MPC7では一定区間未来までの建物2応答を予測して制御入力を導出するため、ある区間での位相のずれといった時間応答を考慮した制御則を設計することが可能である。上記の式(2)で示したように、MPC7では通常、各状態量と入力の二乗和からなる評価関数を用いて制約条件を満たす制御入力を導出する。しかし、このような二乗和のみでは、各状態量の大きさに対して重み付けをしているため、各層の応答の位相のずれを考慮することはできない。これに対し、各層の二乗和に加え、下部構造部4と上部構造部5の応答を掛け合わせた項(以下、クロスターム項とする)を用いて、次式のような評価関数を設定した。
【0033】
【0034】
上記の評価関数内の1行目の1項目と2項目はそれぞれ下部構造部4の柔層の直下層(今回は6質点モデルを用いているため5層目)と上部構造部5の変位と速度応答の和の二次形式であり、式展開した2行目にクロスターム項が現れることが分かる。このクロスターム項は位相がずれている場合には負となるため、予測区間における応答の位相がずれているほど小さい値をとる項と考えることができる。これにより、下部構造部4の応答に対し、BMDの位相をずらす方向、つまり最適同調に近づける方向に動かす制御入力の導出が可能となる。
柔層の剛性を2.3倍とした場合のBMD架構に対し、上記評価関数を用いて制御した場合の制振効果を検討した。解析には
図9に示す6質点モデルを用いた。また、入力波として、レベル1のランダム位相で作成した告示波×200%を用いた。制御により最適同調状態に近づいているかを確認するため、応答波形を用いて建物2モデルを同定し複素固有値解析することにより制御後の周期、減衰定数の変化を調べた。
図10に非制御時に対する最大応答比、
図11に5層とBMD層の加速度のフーリエスペクトル、表2に複素固有値解析の結果をそれぞれ示す。
【0035】
【0036】
表1に示すように、制御することにより主に1次モードで周期が長くなり最適同調に近づいていることが分かる。また、減衰定数も大きくなっており、AMD6を制御することによりBMD架構が最適同調状態に近づき付加減衰が増加したと考えられる。
【0037】
次に、第1実施形態による制振システム1および制振方法の作用・効果について説明する。
第1実施形態による制振システム1および制振方法では、MPC7がAMD6の応答を予測し装置制約を考慮することにより、小さな入力レベルから大きな入力レベルまで対象とする外乱レベルを制限せずに、装置の性能限界(ストローク、推力、速度)を活用することが可能となる。このため、AMD6の動作範囲が広がり、頻発する中小地震や大地震に対する制振効果を向上することができる。
第1実施形態による制振システム1および制振方法では、AMD6の制約を明確に考慮できるため、装置の限界性能に対して過大な安全率を見込む必要がなく、装置の性能限界まで有効活用した積極的かつ安定した制御が可能となる。
【0038】
第1実施形態による制振システム1および制振方法では、BMDの動きをAMD6により制御することにより、BMD架構を最適同調状態に近づけ、構造物全体の応答加速度をより低減することができる。
第1実施形態による制振システム1および制振方法では、BMDをAMD6の制御対象とすることにより、構造物全体に対するAMD6の質量比が十分ではない場合においても、効率的に地震時の制振効果を向上することができる。
【0039】
第1実施形態による制振システム1および制振方法では、BMDとAMD6とを組み合わせた架構である。これにより、主な制振要素は、柔層と建物2頂部の制振装置(AMD6)にほぼ集約されるため、層間に設置するダンパー台数を減らすことができる。
【0040】
(第2実施形態)
次に、第2実施形態について、添付図面に基づいて説明するが、上述の第1実施形態と同一又は同様な部材、部分には同一の符号を用いて説明を省略し、実施形態と異なる構成について説明する。
第2実施形態による制振システムおよび制振方法は、第1実施形態による制振システムおよび制振方法と制御が異なる。第2実施形態による制振システムおよび制振方法の制御は、加速度応答が増大する柔層直下階など、任意階の加速度を低減するように制御する。また、予測した建物2応答を基に制御重みを変化させることにより、入力レベルに合わせた可変ゲイン制御を行う。
第2実施形態による制振システムおよび制振方法の制御は、
図1に示すようなビルディングマスダンパーの制振架構が構築されている建物2A、および中間階に免震層を有する建物2Bのいずれも対象としている。
【0041】
ニューマークのβ法をもとにして、次式のように状態量に加速度項を加えた離散状態方程式を用いる。
【0042】
【0043】
【0044】
上記の状態方程式を用いて評価関数を設計することで、建物2の加速度応答に直接重みをかけることが可能となる。任意の層の加速度(例えば、柔層の直下層)応答に重みをかけることにより、狙った層の加速度を低減可能な制御則とする。
建物2応答を予測し、予測区間内の最大応答値に基づいて評価関数内の重みを変化させることで、入力レベルに合わせて適切にAMD6の出力を調節可能な可変ゲイン制御を行う。なお、可変ゲイン制御は、上記の第1実施形態による制振システム1および制振方法の制御にも適用可能である。
【0045】
ニューマークのβ法をもとにした離散状態方程式の作り方について述べる。まず、制御力を受ける建物2全体の運動方程式は次式のように与えられる。
【0046】
【0047】
この時、時間を時間間隔tΔで区切った任意ステップk+1で成立するべき運動方程式は次式のようになる。
【0048】
【0049】
また、ニューマークのβ法においてk+1ステップでの変位ベクトル、速度ベクトルは次式で仮定される。ただし、δやαはニューマークのβ法の精度に寄与するパラメーターでありδは約0.5、αは約0.25とした。
【0050】
【0051】
【0052】
上記の式(7)、式(8)、式(9)の連立方程式を解くことで、現ステップの変位ベクトルX[k]、速度ベクトルX(Xの上に・)[k]、次ステップの制御力u[k+1]を用いて次ステップの変位、速度、加速度がいずれも求まる。この時、制御力u[k+1]は未来の情報であるため、微小ステップΔtの間制御力は変化しないと仮定し、u[k+1]=u[k]とおいている。式(7)、式(8)、式(9)を基に離散状態方程式を以下のように書くことができる。
【0053】
【0054】
【0055】
上記の状態方程式を用いて評価関数を設計することで、建物2の加速度応答に直接重みをかけることが可能となる。
第2実施形態において提案する制御則では、加速度応答が増大しやすい柔層直下階(5層)の加速度応答を低減することを主な目的として以下の評価関数を設定した。
【0056】
【0057】
ここで、評価関数第1項はMB部最上層の加速度を低減する項であり、第2項はMB部最上層とBMDの加速度の和を低減する項である。これはAMD6によりBMDの応答加速度が増大してしまうことを抑制するための項である。ここで、第1項、第2項は予測区間において地面の加速度は0であるものとし、建物2は自由振動するものとしている。これは未来の地面加速度の予測が困難であるためである。
次に、様々な強度の地震動に対してAMD6の能力を十分に活用するために式(12)の赤字で示される重みq
3、q
4、rを建物2の状態量に依存させることで建物2応答に応じて制御特性を入力レベルに合わせて適切にAMD6の出力を調節可能な制御系を設計する。q
3、q
4、rはいずれも
図12に示すシグモイド関数f(x
BMD)を用いてそれぞれ次式で決定した。ただし、このシグモイド曲線はK-R1_200%とK-R1_50%を設計用地震動として固定ゲインMPC7を設計した場合の重みや6層(BMD層)の変位応答を基に設計した。
【0058】
【0059】
【0060】
【0061】
また、以下の解析検討で用いる比較手法である固定ゲインMPC7はf(xBMD)を10で固定した。
【0062】
第2実施形態による制振システムおよび制振方法の制御は、第1実施形態による制振システム1および制振方法の制御と同様に柔層の剛性を2.3倍とした場合のBMD架構に対し、上記評価関数を用いて制御した場合の制振効果を検討した。解析には
図9に示す6質点モデルを用いた。また、入力波として、レベル1のランダム位相で作成した告示波×200%と告示波×100%を用いた。
図13に告示波×200%に対する時刻歴応答を示す。20s~26sに着目すると、BMD層の変位が小さい時間帯では、f(x
BMD)が小さくなっており、その結果AMD6の推力が比較手法よりも本実施形態のMPC7による制御で大きくなっていることが確認できる。また、27s~36sに着目すると、BMD層の変位が大きい時間帯ではf(x
BMD)が大きくなっており、その結果、AMD6の推力が比較手法と同程度の大きさになっていることが確認できる。
次に、
図14に告示波×100%に対する時刻歴応答を示す。全ての時間帯でBMD層の変位が小さいためf(x
BMD)が小さくなっており、その結果AMD6の推力が比較手法よりも本実施形態のMPC7による制御で大きくなっていることが確認できる。
これらのことから、本実施形態のMPC7による制御則では、建物2応答の大きさによらず比較手法よりもAMD6の能力を十分に使うことができていることが確認できる。
【0063】
図15に固定ゲインMPC7と可変ゲインMPC7の非制御に対する最大応答比を示す。K-R1×200%のような強度の大きい地震動に対しては固定ゲインMPC7と可変ゲインMPC7で5層の加速度、変位ともに同程度の低減率である。しかし、K-R1×100%のような比較的強度の小さい地震動に対しては可変ゲインMPC7の方が固定ゲインMPC7よりも5層加速度、変位ともに大きく応答を低減していることが確認できる。これらのことから、強度の大きい地震動に対しては固定ゲインMPC7と同程度の応答低減効果を持ち、かつ強度の小さい地震動に対しては固定ゲインMPC7よりも大きな応答低減効果を持つことが確認でき、本実施形態のMPC7による制御則は、建物2応答の大きさに合わせて適切に重みを変更することで様々な強度の地震動に対してAMD6の装置能力を十分に利用して建物2の地震応答を低減することが可能であることが確認できる。
【0064】
第2実施形態による制振システムおよび制振方法では、第1実施形態による制振システム1および制振方法と同様に、MPC7がAMD6の応答を予測し装置制約を考慮することにより、小さな入力レベルから大きな入力レベルまで対象とする外乱レベルを制限せずに、装置の性能限界(ストローク、推力、速度)を活用することが可能となる。このため、AMD6の動作範囲が広がり、頻発する中小地震や大地震に対する制振効果を向上することができる。
第2実施形態による制振システムおよび制振方法では、AMD6の制約を明確に考慮できるため、装置の限界性能に対して過大な安全率を見込む必要がなく、装置の性能限界まで有効活用した積極的かつ安定した制御が可能となる。
【0065】
第2実施形態による制振システムおよび制振方法では、AMD6により任意層の加速度低減を行うことで、柔層直下階などパッシブ架構においては加速度応答が増大傾向となる階の加速度応答を低減することが可能となる。
例えば、柔層部の直下の階の応答加速度を低減させるように制御することで、加速度応答が増大する柔層部の直下階の加速度を低減することができる。
【0066】
以上、本発明による制振システムおよび制振方法の実施形態について説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【符号の説明】
【0067】
1 制振システム
2 建物(多層構造物)
3 柔層部
4 下部構造部
5 上部構造部
6 AMD(アクティブマスダンパー)
7 MPC(モデル予測制御部)