(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023095555
(43)【公開日】2023-07-06
(54)【発明の名称】歯科用接着キット
(51)【国際特許分類】
A61K 6/30 20200101AFI20230629BHJP
A61K 6/74 20200101ALI20230629BHJP
A61K 6/75 20200101ALI20230629BHJP
A61K 6/62 20200101ALI20230629BHJP
【FI】
A61K6/30
A61K6/74
A61K6/75
A61K6/62
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021211516
(22)【出願日】2021-12-24
(71)【出願人】
【識別番号】301069384
【氏名又は名称】クラレノリタケデンタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107641
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 耕一
(74)【代理人】
【識別番号】100174779
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 康晃
(72)【発明者】
【氏名】松浦 亮
(72)【発明者】
【氏名】野尻 大和
【テーマコード(参考)】
4C089
【Fターム(参考)】
4C089AA10
4C089BA16
4C089BC12
4C089BD01
4C089BD02
4C089BD03
4C089BD06
4C089BD10
(57)【要約】
【課題】本発明によれば、健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質に対しても高い接着性(初期接着力及び接着耐久性)を示す歯科用接着キットを提供すること。
【解決手段】リン酸四カルシウム(a)、及びリン酸のアルカリ金属塩(b)を含有する、象牙質石灰化剤(X)と、酸性基を有する単量体(c)、酸性基を有しない単量体(d)、及び25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性光重合開始剤システム(e)を含有する、1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)と、を備え、前記リン酸四カルシウム(a)の含有量が、前記象牙質石灰化剤(X)の総量100質量部に対して1~80質量部であり、かつ前記リン酸のアルカリ金属塩(b)の含有量が、前記リン酸四カルシウム(a)100質量部に対して1~100質量部である、歯科用接着キット。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸四カルシウム(a)、及びリン酸のアルカリ金属塩(b)を含有する、象牙質石灰化剤(X)と、
酸性基を有する単量体(c)、酸性基を有しない単量体(d)、及び25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性光重合開始剤システム(e)を含有する、1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)と、を備え、
前記リン酸四カルシウム(a)の含有量が、前記象牙質石灰化剤(X)の総量100質量部に対して1~80質量部であり、かつ
前記リン酸のアルカリ金属塩(b)の含有量が、前記リン酸四カルシウム(a)100質量部に対して1~100質量部である、
歯科用接着キット。
【請求項2】
前記リン酸のアルカリ金属塩(b)がリン酸一水素二ナトリウム及び/又はリン酸二水素一ナトリウムである、請求項1に記載の歯科用接着キット。
【請求項3】
前記象牙質石灰化剤(X)が、さらに酸性リン酸カルシウム(f)を含有する、請求項1又は2に記載の歯科用接着キット。
【請求項4】
前記酸性リン酸カルシウム(f)が、無水リン酸一水素カルシウム[CaHPO4]粒子、無水リン酸二水素カルシウム[Ca(H2PO4)2]粒子、リン酸三カルシウム[Ca3(PO4)2]粒子、非晶性リン酸カルシウム[Ca3(PO4)2・xH2O]粒子、酸性ピロリン酸カルシウム[CaH2P2O7]粒子、リン酸一水素カルシウム2水和物[CaHPO4・2H2O]粒子、及びリン酸二水素カルシウム1水和物[Ca(H2PO4)2・H2O]粒子からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項3に記載の歯科用接着キット。
【請求項5】
前記水溶性光重合開始剤システム(e)が、25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性開裂型光重合開始剤(e-1)を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の歯科用接着キット。
【請求項6】
前記水溶性開裂型光重合開始剤(e-1)が、一般式(1)で表される化合物及び一般式(2)で表される化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項5に記載の歯科用接着キット。
【化1】
【化2】
[式中、R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、及びR
6は互いに独立して、炭素数1~4の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基又はハロゲン原子であり、Mは水素イオン、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、マグネシウムイオン、ピリジニウムイオン(ピリジン環が置換基を有していてもよい)、又はHN
+Z
1Z
2Z
3(式中、Z
1、Z
2、及びZ
3は互いに独立して、有機基又は水素原子)で示されるアンモニウムイオンであり、nは1又は2を表す。]
【請求項7】
25℃での水への溶解度が10g/L未満である非水溶性還元剤(e-3)と25℃での水への溶解度が10g/L未満である非水溶性光増感剤(e-4)とをさらに含む、請求項5又は6に記載の歯科用接着キット。
【請求項8】
前記水溶性光重合開始剤システム(e)が、25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性光増感剤(e-2)と25℃での水への溶解度が10g/L未満である非水溶性還元剤(e-3)とを含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の歯科用接着キット。
【請求項9】
前記水溶性光重合開始剤システム(e)が、25℃での水への溶解度が10g/L未満である非水溶性光増感剤(e-4)と25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性還元剤(e-5)とを含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の歯科用接着キット。
【請求項10】
前記水溶性光重合開始剤システム(e)が、25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性光増感剤(e-2)と25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性還元剤(e-5)とを含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の歯科用接着キット。
【請求項11】
前記酸性基を有しない単量体(d)が、酸性基を有しない疎水性単量体(d-1)を含む、請求項1~10のいずれか1項に記載の歯科用接着キット。
【請求項12】
前記酸性基を有しない単量体(d)が、酸性基を有しない親水性単量体(d-2)をさらに含む、請求項11に記載の歯科用接着キット。
【請求項13】
前記親水性単量体(d-2)の含有量が、酸性基を有しない疎水性単量体(d-1)と酸性基を有しない親水性単量体(d-2)の総量100質量部において50質量部以下である、請求項12に記載の歯科用接着キット。
【請求項14】
前記酸性基を有する単量体(c)が、リン酸基を有する単量体である、請求項1~13のいずれか1項に記載の歯科用接着キット。
【請求項15】
前記1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)が、25℃での水への溶解度が10g/L未満である非水溶性光重合開始剤システム(h)をさらに含む、請求項1~14のいずれか1項に記載の歯科用接着キット。
【請求項16】
前記1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)において、水溶性光重合開始剤システム(e)と非水溶性光重合開始剤システム(h)の質量比[(e):(h)]が、10:1~1:10である、請求項15に記載の歯科用接着キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン及び象牙質石灰化剤を備える歯科用接着キットに関する。より詳細には、健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質に対しても高い接着性(初期接着力及び接着耐久性)を示す歯科用接着キットに関する。
【背景技術】
【0002】
歯の齲蝕やそれに伴う欠損の治療に際して、従来から歯科用コンポジットレジンや歯科用補綴物による修復が一般的に行われている。当該修復治療の際には、通常、以下の手順で作業が行われる。欠損が比較的小さい場合には、まず、齲蝕部分を削って窩洞を形成した後、窩洞に歯科用ボンディング材を塗布し、続いて歯科用ボンディング材を塗布した部位に可視光を照射して硬化させる。次に、硬化した歯科用ボンディング材層の上に歯科用コンポジットレジンを充填し、これに可視光を照射して硬化させる。また、欠損が比較的大きい場合は、同様に齲蝕部分を削って窩洞を形成した後、別途製作された歯科用補綴物と窩洞のそれぞれの接着面に歯科用ボンディング材や歯科用プライマーを塗布した上で、歯科用セメントを用いて歯科用補綴物と歯質とを接着させる。
【0003】
前記の修復方法においては、歯科用ボンディング材や歯科用プライマーを歯科用コンポジットレジンないし歯科用セメントと共に使用するが、最近、歯科用コンポジットレジンや歯科用セメント自体に接着性を持たせた自己接着型のものが開発され、歯科用ボンディング材や歯科用プライマーの使用を省略し修復治療の操作ステップを減少することのできる材料として実用化され始めている。
【0004】
自己接着性の歯科用コンポジットレジンや歯科用セメントは、例えば、機械的強度を付与するための架橋性単量体、フィラー、及び、硬化性を向上させるための重合開始剤といった、従来から歯科用コンポジットレジンや歯科用セメントに使用されてきた成分の他に、歯質への接着性を付与するものとして、従来から歯科用ボンディング材に用いられている酸性基を有する単量体をさらに含む(例えば、特許文献1及び2などを参照)。また、特許文献3には、象牙質表面に対する硬化性組成物の接着性が良好となる象牙細管封鎖材、及び象牙細管封鎖材と硬化性組成物とを組み合わせてなる歯科用処置材が提案されており、硬化性組成物として自己接着性コンポジットレジンも記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】欧州特許出願公開第2153811号明細書
【特許文献2】特表2015-507610号公報
【特許文献3】特開2013-82702号公報
【0006】
【非特許文献1】接着歯学、17巻、3号、186~191頁、1999年
【非特許文献2】接着歯学、25巻、1号、12~18頁、2007年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、歯質治療においては、意図してあるいは意図せずに齲蝕部分が取り残される場合がある。意図して齲蝕部分を残す場合としては、齲蝕部分が小さい場合には、できるだけ天然歯を長持ちさせるために歯髄を残し、歯を削る量を最小限に抑える点から、抗菌剤などの薬剤を用いて殺菌する低侵襲治療などが検討され始めている。
【0008】
一方、歯質に齲蝕部分が存在する場合には、例えば非特許文献1に記載されているように、齲蝕を有する象牙質では、樹脂含浸層の形成が阻害されるため、十分な接着性が得られにくいという困難性が存在した。そのため、齲蝕部分が存在しない健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質に対しても高い接着性(初期接着力及び接着耐久性)を示す歯科用組成物を得ることが課題となる。しかしながら、当該課題は、特許文献1及び2に記載されているような従来技術では未だ十分に解決することができない困難な課題であった。また、特許文献3の自己接着性歯科用コンポジットレジンは健全象牙質との接着性に優れるものの、本発明者らの検討によると、齲蝕部分が存在する歯質に対する初期接着力及び接着耐久性には改善の余地があることがわかった。
【0009】
そこで本発明は、健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質に対しても高い接着性(初期接着力及び接着耐久性)を示す歯科用接着キットに関する。
【0010】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、特定の組成の象牙質石灰化剤と特定の組成の1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジンとを備える歯科用接着キットが上記課題を解決できることを見出し、さらに検討を重ねて本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
[1]リン酸四カルシウム(a)、及びリン酸のアルカリ金属塩(b)を含有する、象牙質石灰化剤(X)と、
酸性基を有する単量体(c)、酸性基を有しない単量体(d)、及び25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性光重合開始剤システム(e)を含有する、1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)と、を備え、
前記リン酸四カルシウム(a)の含有量が、前記象牙質石灰化剤(X)の総量100質量部に対して1~80質量部であり、かつ
前記リン酸のアルカリ金属塩(b)の含有量が、前記リン酸四カルシウム(a)100質量部に対して1~100質量部である、
歯科用接着キット。
[2]前記リン酸のアルカリ金属塩(b)がリン酸一水素二ナトリウム及び/又はリン酸二水素一ナトリウムである、[1]に記載の歯科用接着キット。
[3]前記象牙質石灰化剤(X)が、さらに酸性リン酸カルシウム(f)を含有する、[1]又は[2]に記載の歯科用接着キット。
[4]前記酸性リン酸カルシウム(f)が、無水リン酸一水素カルシウム[CaHPO
4]粒子、無水リン酸二水素カルシウム[Ca(H
2PO
4)
2]粒子、リン酸三カルシウム[Ca
3(PO
4)
2]粒子、非晶性リン酸カルシウム[Ca
3(PO
4)
2・xH
2O]粒子、酸性ピロリン酸カルシウム[CaH
2P
2O
7]粒子、リン酸一水素カルシウム2水和物[CaHPO
4・2H
2O]粒子、及びリン酸二水素カルシウム1水和物[Ca(H
2PO
4)2・H
2O]粒子からなる群から選択される少なくとも1種である、[3]に記載の歯科用接着キット。
[5]前記水溶性光重合開始剤システム(e)が、25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性開裂型光重合開始剤(e-1)を含む、[1]~[4]のいずれかに記載の歯科用接着キット。
[6]前記水溶性開裂型光重合開始剤(e-1)が、一般式(1)で表される化合物及び一般式(2)で表される化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種である、[5]に記載の歯科用接着キット。
【化1】
【化2】
[式中、R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、及びR
6は互いに独立して、炭素数1~4の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基又はハロゲン原子であり、Mは水素イオン、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、マグネシウムイオン、ピリジニウムイオン(ピリジン環が置換基を有していてもよい)、又はHN
+Z
1Z
2Z
3(式中、Z
1、Z
2、及びZ
3は互いに独立して、有機基又は水素原子)で示されるアンモニウムイオンであり、nは1又は2を表す。]
[7]25℃での水への溶解度が10g/L未満である非水溶性還元剤(e-3)と25℃での水への溶解度が10g/L未満である非水溶性光増感剤(e-4)とをさらに含む、[5]又は[6]に記載の歯科用接着キット。
[8]前記水溶性光重合開始剤システム(e)が、25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性光増感剤(e-2)と25℃での水への溶解度が10g/L未満である非水溶性還元剤(e-3)とを含む、[1]~[4]のいずれかに記載の歯科用接着キット。
[9]前記水溶性光重合開始剤システム(e)が、25℃での水への溶解度が10g/L未満である非水溶性光増感剤(e-4)と25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性還元剤(e-5)とを含む、[1]~[4]のいずれかに記載の歯科用接着キット。
[10]前記水溶性光重合開始剤システム(e)が、25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性光増感剤(e-2)と25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性還元剤(e-5)とを含む、[1]~[4]のいずれかに記載の歯科用接着キット。
[11]前記酸性基を有しない単量体(d)が、酸性基を有しない疎水性単量体(d-1)を含む、[1]~[10]のいずれかに記載の歯科用接着キット。
[12]前記酸性基を有しない単量体(d)が、酸性基を有しない親水性単量体(d-2)をさらに含む、[11]に記載の歯科用接着キット。
[13]前記親水性単量体(d-2)の含有量が、酸性基を有しない疎水性単量体(d-1)と酸性基を有しない親水性単量体(d-2)の総量100質量部において50質量部以下である、[12]に記載の歯科用接着キット。
[14]前記酸性基を有する単量体(c)が、リン酸基を有する単量体である、[1]~[13]のいずれかに記載の歯科用接着キット。
[15]前記1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)が、25℃での水への溶解度が10g/L未満である非水溶性光重合開始剤システム(h)をさらに含む、[1]~[14]のいずれかに記載の歯科用接着キット。
[16]前記1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)において、水溶性光重合開始剤システム(e)と非水溶性光重合開始剤システム(h)の質量比[(e):(h)]が、10:1~1:10である、[15]に記載の歯科用接着キット。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質に対しても高い接着性(初期接着力及び接着耐久性)を示す歯科用接着キットを提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係る歯科用接着キットの好適な実施の形態を説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施の形態に何ら限定されるものではない。
【0014】
本発明の歯科用接着キットは、象牙質石灰化剤(X)と1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)とを備える。本発明の象牙質石灰化剤(X)は、リン酸四カルシウム(a)、及びリン酸のアルカリ金属塩(b)を含有する組成物である。象牙質石灰化剤(X)における前記リン酸四カルシウム(a)の含有量は、該象牙質石灰化剤(X)の総量100質量部に対してリン酸四カルシウム(a)を1~80質量部であり、かつ前記リン酸のアルカリ金属塩(b)の含有量は、リン酸四カルシウム(a)100質量部に対してリン酸のアルカリ金属塩(b)の含有量が1~100質量部である。本発明の1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)は、酸性基を有する単量体(c)、酸性基を有しない単量体(d)、及び25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性光重合開始剤システム(e)(以下、単に「水溶性光重合開始剤システム(e)」と称する。)を含有する。
【0015】
本発明の歯科用接着キットが本発明の効果が奏される機序は明らかではないが、以下のように推定される。齲蝕部分が存在する象牙質の接着においては、樹脂含浸層構造は粗造であり、また齲蝕部分が存在する象牙質自体が健全象牙質に比べて脆弱であるために、従来の接着システムにおいては接着力が低下していると考えられていた。本発明の歯科用接着キットでは、脆弱な齲蝕部分が存在する象牙質を強化させると同時に、強固な樹脂含浸層を形成させることができると推測される。すなわち、リン酸四カルシウム(a)、及びリン酸のアルカリ金属塩(b)を一定量含有する象牙質石灰化剤(X)を水の存在下で調製して齲蝕部分が存在する象牙質に適用すると、リン酸四カルシウム(a)が溶解して得られるカルシウムイオンと、リン酸のアルカリ金属塩(b)が溶解して得られるリン酸イオンとが反応してエネルギー的に安定なハイドロキシアパタイト(HAp)が析出する。その結果、脆弱な管間象牙質の表層部にHApが形成されるとともに、象牙細管の深部にまでHApが析出して象牙細管が封鎖され、脆弱な齲蝕部分が存在する象牙質を強化させることができると推定される。さらに前記強化された象牙質に対し、本発明の1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)を適用することで、強固な樹脂含浸層を形成させる。本発明の1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)は、前記水溶性光重合開始剤システム(e)を含有することで、親水的な歯質界面での重合硬化性が向上する。歯質、特に象牙質は、水分を含んでいるため、界面が親水的であり、象牙質に対する接着力を高めるためには、その親水的な歯質界面に1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)の単量体が浸透した樹脂含浸層を形成させ、重合率を高めて強固な接着層とする必要がある。本発明の1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)は、水溶性光重合開始剤システム(e)を用いることによって、歯質(湿潤体)表面と接触し、水に局所的に溶解した部分では、水溶性光重合開始剤システム(e)が高濃度となり、接着界面部及び樹脂含浸層内部の重合硬化性を選択的に高めることができ、強固な樹脂含浸層を形成させることができると推定される。以上の象牙質強化、強固な樹脂含浸層形成の2つの効果が相乗的に働くことにより、本発明の歯科用接着キットは齲蝕部分が存在する歯質に対しても高い接着性(初期接着力及び接着耐久性)を有すると考えている。
【0016】
以下、本発明の含む象牙質石灰化剤(X)と1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)とを備える歯科用接着キットについて、それぞれの構成材料、及びそれらに用いられる各成分について説明する。なお、本明細書において、数値範囲(各成分の含有量、各成分から算出される値及び各物性等)の上限値及び下限値は適宜組み合わせ可能である。また、本明細書において、「(メタ)アクリル」とは、メタクリルとアクリルの総称であり、これと類似の表現についても同様である。
【0017】
以下、本発明の歯科用接着キットに用いられる各成分について、説明する。
【0018】
・象牙質石灰化剤(X)
本発明の象牙質石灰化剤(X)は、リン酸四カルシウム(a)、及びリン酸のアルカリ金属塩(b)を含有するものである。リン酸四カルシウム(a)を含む組成物を水の存在下で混合するとHApへ徐々に転化する。
【0019】
象牙質石灰化剤(X)は、象牙質石灰化剤の総量100質量部に対してリン酸四カルシウム(a)を1~80質量部含む。リン酸四カルシウム(a)の含有量が1質量部未満の場合、HApの析出が阻害されて石灰化効果が得られないおそれがあり、5質量部以上であることが好ましく、10質量部以上であることがより好ましく、20質量部以上であることがさらに好ましい。一方、リン酸四カルシウム(a)の含有量が80質量部を超える場合、HApの析出が阻害されて石灰化効果が得られないおそれがあり、75質量部以下であることが好ましく、70質量部以下であることがより好ましく、60質量部以下であることがさらに好ましい。分散性及び象牙細管の封鎖性の点から、リン酸四カルシウム(a)は粒子の形態であることが好ましい。
【0020】
本発明で使用されるリン酸四カルシウム[Ca4(PO4)2O](a)の製造方法は特に限定されない。リン酸四カルシウム(a)が粒子の形態である場合、市販されているリン酸四カルシウム粒子をそのまま用いてもよいし、適宜粉砕して粒径を整えて使用してもよい。粉砕方法としては、後に説明する酸性リン酸カルシウム(f)の粉砕方法と同様の方法を採用できる。
【0021】
リン酸四カルシウム(a)が粒子の形態である場合、本発明で用いられるリン酸四カルシウム(a)の粒子の平均粒子径は、0.5~40μmであることが好ましい。リン酸四カルシウム(a)の粒子の平均粒子径が0.5μm以上である場合、リン酸四カルシウム(a)の溶解が適切な量に調整されることにより水溶液中のpHが高くなりすぎず、HApの析出を円滑にでき、石灰化効果が得られやすい。リン酸四カルシウム(a)の粒子の平均粒子径は、より好適には5μm以上であり、さらに好適には10μm以上である。一方、リン酸四カルシウム(a)の粒子の平均粒子径が40μm以下である場合、液剤との混合により得られるペーストが十分な粘性を有するなど良好なペースト性状が得られる。また、ペースト練和時のざらつき感も少なく、操作性に優れる。リン酸四カルシウム(a)の粒子の平均粒子径は、35μm以下であることがより好ましく、30μm以下であることがさらに好ましい。本発明で使用するリン酸四カルシウム(a)の粒子の平均粒子径とは、レーザー回折式粒子径分布測定装置を用いて測定し、算出したものである。レーザー回折式粒子径分布測定装置を用いた測定方法は、後述するフィラー(i)と同様である。
【0022】
本発明の象牙質石灰化剤(X)は、リン酸四カルシウム(a)100質量部に対してリン酸のアルカリ金属塩(b)を1~100質量部含む。リン酸四カルシウム(a)に加えてリン酸のアルカリ金属塩(b)を一定量含有することにより、石灰化効果が高く、特に象牙細管の深部にまでHApが析出する象牙質石灰化剤を提供することができる。リン酸のアルカリ金属塩(b)の含有量が1質量部未満の場合、HApの析出が阻害されて石灰化効果が得られないおそれがあり、2質量部以上であることが好ましく、5質量部以上であることがより好ましい。一方、リン酸のアルカリ金属塩(b)の含有量が100質量部を超える場合、HApの析出が阻害されて石灰化効果が得られないおそれがあり、98質量部以下であることが好ましく、95質量部以下であることがより好ましく、90質量部以下であることがさらに好ましい。
【0023】
本発明で用いられるリン酸のアルカリ金属塩(b)としては特に限定されず、リン酸一水素二ナトリウム、リン酸一水素二カリウム、リン酸二水素一リチウム、リン酸二水素一ナトリウム、リン酸二水素一カリウム、リン酸三ナトリウム、リン酸三カリウム等が挙げられ、これらのうちの1種又は2種以上が用いられる。中でも、安全性や純度の高い原料が容易に入手できる観点から、リン酸のアルカリ金属塩(b)がリン酸一水素二ナトリウム及び/又はリン酸二水素一ナトリウムであることが好ましい。また、安全性の観点から、リン酸のアルカリ金属塩(b)におけるアルカリ金属イオンはナトリウムイオンであることが好ましい。分散性及び象牙細管の封鎖性の点から、リン酸のアルカリ金属塩(b)は粒子の形態であることが好ましい。
【0024】
リン酸のアルカリ金属塩(b)が粒子の形態である場合、本発明で用いられるリン酸のアルカリ金属塩(b)の粒子の平均粒子径が0.5~20μmであることが好ましい。リン酸のアルカリ金属塩(b)の粒子の平均粒子径が0.5μm以上である場合、象牙質石灰化剤(X)の組成物中で顕著な凝集が発生せず、液剤又は粉剤中にリン酸のアルカリ金属塩(b)を均一に分散させるできるため、本発明の象牙質石灰化剤(X)がHApに転化した際に、当該HApに孔が生じることを抑制し、象牙細管の封鎖性(象牙質透過抑制率)の低下を抑制できる。また、分散性及び象牙細管の封鎖性の点から、リン酸のアルカリ金属塩(b)の粒子の平均粒子径は、1μm以上であることがより好ましい。一方、リン酸のアルカリ金属塩(b)の粒子の平均粒子径が20μm以下である場合、本発明の象牙質石灰化剤(X)がHApに転化した際に、当該HApに孔が生じることを抑制し、象牙細管の封鎖性の低下を抑制できる。特に、象牙細管において当該孔が生じることを抑制できるため、知覚過敏を抑制することができる。また、象牙質表面にすり込んで象牙質知覚過敏を抑制する際に未溶解のリン酸のアルカリ金属塩(b)がペースト中に残存することがなく、ざらつき感も生じないため、操作性に優れ、象牙質を傷付けることも抑制できる点から、リン酸のアルカリ金属塩(b)の平均粒子径は、15μm以下であることがより好ましく、10μm以下であることがさらに好ましい。本発明で使用するリン酸のアルカリ金属塩(b)の平均粒子径とは、レーザー回折式粒子径分布測定装置を用いて測定し、算出したものである。レーザー回折式粒子径分布測定装置を用いた測定方法は、後述するフィラー(i)と同様である。
【0025】
本発明の象牙質石灰化剤(X)は、リン酸四カルシウム(a)及びリン酸のアルカリ金属塩(b)に加えて、さらに酸性リン酸カルシウム(f)を含有することが好ましい。このことにより、石灰化効果をより高めることが可能となる。本発明者らは、この理由について、リン酸四カルシウム(a)及びリン酸のアルカリ金属塩(b)に加えて溶解度の低い酸性リン酸カルシウム(f)を含有することにより、ペースト塗布後にカルシウムイオンとリン酸イオンをより長時間供給できるだけでなく、供給バランスがより適切となるためと推測している。分散性及び象牙細管の封鎖性の点から、酸性リン酸カルシウム(f)は粒子の形態であることが好ましい。
【0026】
本発明で用いられる酸性リン酸カルシウム(f)としては特に限定されず、無水リン酸一水素カルシウム[CaHPO4]、無水リン酸二水素カルシウム[Ca(H2PO4)2]、リン酸三カルシウム[Ca3(PO4)2]、非晶性リン酸カルシウム[Ca3(PO4)2・xH2O]、酸性ピロリン酸カルシウム[CaH2P2O7]、リン酸一水素カルシウム2水和物[CaHPO4・2H2O]、及びリン酸二水素カルシウム1水和物[Ca(H2PO4)2・H2O]からなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。これらの中でも、無水リン酸一水素カルシウム[CaHPO4]、無水リン酸二水素カルシウム[Ca(H2PO4)2]、リン酸一水素カルシウム2水和物[CaHPO4・2H2O]、及びリン酸二水素カルシウム1水和物[Ca(H2PO4)2・H2O]からなる群から選択される少なくとも1種がより好適に使用され、特に無水リン酸一水素カルシウム[CaHPO4]、及び無水リン酸二水素カルシウム[Ca(H2PO4)2]からなる群から選択される少なくとも1種がさらに好適に使用される。
【0027】
酸性リン酸カルシウム(f)が粒子の形態である場合、本発明で用いられる酸性リン酸カルシウム(f)の粒子の平均粒子径は、0.1~7μmであることが好ましい。平均粒子径が0.1μm未満の場合、液剤への溶解が過多となるためカルシウムイオンとリン酸イオンの供給バランスが崩れるだけでなく、液剤との混合により得られるペーストの粘度が高くなり過ぎるおそれがあり、より好適には0.3μm以上である。一方、平均粒子径が7μmを超える場合、酸性リン酸カルシウム(f)が液剤へ溶解しにくくなるためリン酸四カルシウム(a)の溶解が過度となるおそれがある。その結果、カルシウムイオンとリン酸イオンの供給バランスが崩れることに加え、水溶液のpHが高くなることでHApの析出が円滑でなくなり、石灰化効果が低下するおそれがある。酸性リン酸カルシウム(f)の粒子の平均粒子径は、より好適には3μm以下である。酸性リン酸カルシウム(f)の粒子の平均粒子径は、上記リン酸四カルシウム(a)の粒子の平均粒子径と同様にして算出される。
【0028】
このような平均粒子径を有する酸性リン酸カルシウム(f)の製造方法は特に限定されず、市販品を入手できるのであればそれを使用してもよいが、市販品をさらに粉砕することが好ましい場合が多い。その場合、ボールミル、ライカイ機、ジェットミルなどの粉砕装置を使用することができる。また、酸性リン酸カルシウム(f)の原料粉体をアルコールなどの液体の媒体と共にライカイ機、ボールミル等を用いて粉砕してスラリーを調製し、得られたスラリーを乾燥させることにより酸性リン酸カルシウム(f)を得ることもできる。このときの粉砕装置としては、ボールミルを用いることが好ましく、そのポット及びボールの材質としては、好適にはアルミナやジルコニアが採用される。
【0029】
ある好適な実施形態としては、象牙質石灰化剤(X)が酸性リン酸カルシウム(f)をさらに含有し、リン酸四カルシウム(a)が粒子の形態であり、リン酸四カルシウム(a)の粒子の平均粒子径が0.5~40μmであり、酸性リン酸カルシウム(f)の粒子の平均粒子径が0.1~7μmであり、リン酸四カルシウム(a)の粒子の平均粒子径が酸性リン酸カルシウム(f)の粒子の平均粒子径より大きい、象牙質石灰化剤(X)を備える歯科用接着キットが挙げられる。酸性リン酸カルシウム(f)の粒子の平均粒子径に比べてリン酸四カルシウム(a)の粒子の平均粒子径を大きくすることによって、両者の溶解度のバランスが適切となり、水溶液のpHを中性付近に維持することが可能となる。その結果、HApの析出が円滑となり、石灰化効果を向上させることができる。具体的にはリン酸四カルシウム(a)の粒子の平均粒子径が酸性リン酸カルシウム(f)の粒子の平均粒子径の2倍以上であることがより好ましく、4倍以上であることがさらに好ましく、7倍以上であることが特に好ましい。一方、リン酸四カルシウム(a)の粒子の平均粒子径が酸性リン酸カルシウム(f)の粒子の平均粒子径の35倍以下であることがより好ましく、30倍以下であることがさらに好ましく、25倍以下であることが特に好ましい。
【0030】
リン酸四カルシウム(a)と酸性リン酸カルシウム(f)の配合割合((a)/(f))は特に限定されず、モル比で40/60~60/40の範囲となるような配合割合で使用されることが好ましい。このことにより、石灰化効果の高い本発明の象牙質石灰化剤(X)を得ることができる。上記配合割合((a)/(f))は、より好適には45/55~55/45であり、実質的に50/50であることが最適である。
【0031】
本発明の象牙質石灰化剤(X)は、さらにフッ素化合物を含有することが好ましい。このことにより、歯質に耐酸性を付与させるとともに石灰化を促進させることが可能となる。本発明で用いられるフッ素化合物としては特に限定されず、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化アンモニウム、フッ化リチウム、フッ化セシウム、フッ化マグネシウム、フッ化カルシウム、フッ化ストロンチウム、フッ化ストロンチウム、フッ化バリウム、フッ化銅、フッ化ジルコニウム、フッ化アルミニウム、フッ化スズ、モノフルオロリン酸ナトリウム、モノフルオロリン酸カリウム、フッ化水素酸、フッ化チタンナトリウム、フッ化チタンカリウム、ヘキシルアミンハイドロフルオライド、ラウリルアミンハイドロフルオライド、グリシンハイドロフルオライド、アラニンハイドロフルオライド、フルオロシラン類、フッ化ジアミン銀等が挙げられる。中でも石灰化促進効果の観点からフッ化ナトリウム、モノフルオロリン酸ナトリウム、フッ化スズが好適に用いられる。フッ素化合物の含有量は特に限定されず、象牙質石灰化剤(X)の総量100質量部に対してフッ素化合物の換算フッ化物イオンを0.01~3質量部であることが好ましい。フッ素化合物の換算フッ化物イオンの含有量が0.01質量部未満の場合、石灰化を促進する効果が低下するおそれがあり、0.05質量部以上であることがより好ましい。一方、フッ素化合物の換算フッ化物イオンの含有量が3質量部を超える場合、安全性が損なわれるおそれがあり、1質量部以下であることがより好ましい。
【0032】
本発明の象牙質石灰化剤(X)は、本発明の効果を阻害しない範囲でリン酸四カルシウム(a)、リン酸のアルカリ金属塩(b)、酸性リン酸カルシウム(f)及びフッ素化合物以外の成分を含有しても構わない。例えば、必要に応じて増粘剤を配合できる。増粘剤の具体例としては、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、ポリアクリル酸、ポリスチレンスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸塩、ポリグルタミン酸、ポリグルタミン酸塩、ポリアスパラギン酸、ポリアスパラギン酸塩、ポリ-L-リジン、ポリ-L-リジン塩、セルロース以外のデンプン、アルギン酸、アルギン酸塩、カラジーナン、グアーガム、キタンサンガム、セルロースガム、ヒアルロン酸、ヒアルロン酸塩、ペクチン、ペクチン塩、キチン、キトサン等の多糖類、アルギン酸プロピレングリコールエステル等の酸性多糖類エステル、またコラーゲン、ゼラチン及びこれらの誘導体などのタンパク質類等の高分子などから選択される1つ又は2つ以上が挙げられる。増粘剤は、水への溶解性及び粘性の面からはカルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、アルギン酸、アルギン酸塩、キトサン、ポリグルタミン酸、ポリグルタミン酸塩から選択される少なくとも1つが好ましい。増粘剤は、粉体に配合してもよいし液剤に配合してもよく、また混合中のペーストに配合してもよい。増粘剤の含有量は、象牙質石灰化剤(X)の総量100質量部に対して増粘剤を0.01~5質量部であることが好ましい。
【0033】
また、必要に応じてシリカ、金属酸化物等に代表される無機フィラー;グリセリン、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジグリセリン等の多価アルコール;キシリトール、ソルビトール、エリスリトール等の糖アルコール;ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等のポリエーテル;アスパルテーム、アセスルファムカリウム、カンゾウ抽出液、サッカリン、サッカリンナトリウム等の人工甘味料などを加えてもよい。ある実施形態においては、本発明の象牙質石灰化剤(X)は、操作性の点、リン酸四カルシウム(a)を含むその他の粒子の凝集を抑制できる点から、無機フィラーを含有することが好ましく、平均粒子径が0.002~2μmであるシリカ又は金属酸化物から選択される粒子を含有することがより好ましく、平均粒子径が0.002~2μmであるシリカ粒子を含有することがさらに好ましい。象牙質石灰化剤(X)における無機フィラーの含有量は、象牙質石灰化剤(X)の総量100質量部に対して0.01~5質量部であることが好ましい。
【0034】
本発明の象牙質石灰化剤(X)は、さらに、薬理学的に許容できる薬剤等を配合できる。前記薬剤としては、薬理学的に許容できる限り特に限定されず、セチルピリジニウムクロリド等に代表される抗菌剤、消毒剤、抗癌剤、抗生物質、アクトシン、PEG1などの血行改善薬、bFGF、PDGF、BMPなどの増殖因子、骨芽細胞、象牙芽細胞、さらに未分化な骨髄由来幹細胞、胚性幹(ES)細胞、線維芽細胞等の分化細胞を遺伝子導入により脱分化・作製した人工多能性幹(iPS:induced Pluripotent Stem)細胞ならびにこれらを分化させた細胞など硬組織形成を促進させる細胞などが挙げられる。
【0035】
本発明の歯科用接着キットは、象牙質石灰化剤(X)を象牙質表面に塗布して、象牙細管内に固体粒子を充填した後に、水を用いた擦り洗いにより象牙質表面に付着した固体成分を除去してから、固体成分が除去された該象牙質表面に1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)を塗布して硬化させることが好適な実施形態である。すなわち、本発明の歯科用接着キットは、象牙質石灰化剤(X)が象牙質表面に塗布されて象牙細管内が固体粒子で充填された後に、水を用いた擦り洗いにより象牙質表面に付着した固体成分を除去することができるため、その後に象牙質表面に1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)を塗布して硬化させた際に接着性が阻害されないものである。このように、象牙質表面に1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)を塗布する前に、予め本発明の象牙質石灰化剤(X)により、脆弱な管間象牙質の表層部にHApが形成されるとともに、象牙細管の深部にまでHApが析出して象牙細管が封鎖され、脆弱な齲蝕部分が存在する象牙質を強化させることができるため、象牙質表面に対する硬化性組成物の接着性も良好となる。
【0036】
本発明の象牙質石灰化剤(X)は、象牙質表面に塗布して象牙細管内に固体粒子を充填させるために、象牙質表面に塗布した後、マイクロブラシ、綿棒、あるいはラバーカップ等で塗布した象牙質石灰化剤(X)を象牙細管内へすり込む操作を行うことが好ましい。すり込む操作としては、マイクロブラシ等で象牙質表面を30秒程度擦るだけでよく、それにより象牙細管内に固体粒子を充填させることができる。
【0037】
本発明において、水を用いた擦り洗いにより象牙質表面に付着した固体成分を除去する方法としては特に限定されず、水を含ませた綿球、マイクロブラシ、スポンジ、綿棒、小筆等のアプリケーターを用いて擦り洗うことにより、象牙質表面に付着した固体成分を好適に除去することができる。
【0038】
・1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)
本発明の1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)(以下、単に「自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)」と称する。)は、齲蝕などにより損傷した歯質(エナメル質、象牙質及びセメント質)の修復に用いられる組成物であり、酸性基を有する単量体(c)、酸性基を有しない単量体(d)、及び水溶性光重合開始剤システム(e)を含有する。以下、本発明の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)に用いられる各成分について、説明する。
【0039】
<酸性基を有する単量体(c)>
酸性基を有する単量体(c)は、酸エッチング効果及びプライマー処理効果を有しており、脱灰作用及び浸透作用を与える成分である。また、酸性基を有する単量体(c)は、重合可能であり、硬化作用も付与する。酸性基を有する単量体(c)を含有することにより、象牙質石灰化剤(X)と組み合わせた場合に、健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質に対する接着性と接着耐久性が向上する。
【0040】
酸性基を有する単量体(c)としては、リン酸基、ピロリン酸基、チオリン酸基、ホスホン酸基、スルホン酸基、カルボン酸基などの酸性基を少なくとも1個有し、かつアクリロイル基、メタクリロイル基、ビニル基、スチレン基などの重合性基を少なくとも1個有する単量体が挙げられる。下記に酸性基を有する単量体(c)の具体例を挙げる。
【0041】
リン酸基を有する単量体としては、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルジヒドロジェンホスフェート、3-(メタ)アクリロイルオキシプロピルジヒドロジェンホスフェート、4-(メタ)アクリロイルオキシブチルジヒドロジェンホスフェート、5-(メタ)アクリロイルオキシペンチルジヒドロジェンホスフェート、6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシルジヒドロジェンホスフェート、7-(メタ)アクリロイルオキシヘプチルジヒドロジェンホスフェート、8-(メタ)アクリロイルオキシオクチルジヒドロジェンホスフェート、9-(メタ)アクリロイルオキシノニルジヒドロジェンホスフェート、10-(メタ)アクリロイルオキシデシルジヒドロジェンホスフェート、11-(メタ)アクリロイルオキシウンデシルジヒドロジェンホスフェート、12-(メタ)アクリロイルオキシドデシルジヒドロジェンホスフェート、16-(メタ)アクリロイルオキシヘキサデシルジヒドロジェンホスフェート、20-(メタ)アクリロイルオキシイコシルジヒドロジェンホスフェート、ビス〔2-(メタ)アクリロイルオキシエチル〕ヒドロジェンホスフェート、ビス〔4-(メタ)アクリロイルオキシブチル〕ヒドロジェンホスフェート、ビス〔6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシル〕ヒドロジェンホスフェート、ビス〔8-(メタ)アクリロイルオキシオクチル〕ヒドロジェンホスフェート、ビス〔9-(メタ)アクリロイルオキシノニル〕ヒドロジェンホスフェート、ビス〔10-(メタ)アクリロイルオキシデシル〕ヒドロジェンホスフェート、1,3-ジ(メタ)アクリロイルオキシプロピルジヒドロジェンホスフェート、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルフェニルヒドロジェンホスフェート、2-(メタ)アクリロイルオキシエチル-2-ブロモエチルヒドロジェンホスフェート、ビス〔2-(メタ)アクリロイルオキシ-(1-ヒドロキシメチル)エチル〕ヒドロジェンホスフェート及びこれらの酸塩化物、アルカリ金属塩、アンモニウム塩が挙げられる。
【0042】
ピロリン酸基を有する単量体としては、ピロリン酸ビス〔2-(メタ)アクリロイルオキシエチル〕、ピロリン酸ビス〔4-(メタ)アクリロイルオキシブチル〕、ピロリン酸ビス〔6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシル〕、ピロリン酸ビス〔8-(メタ)アクリロイルオキシオクチル〕、ピロリン酸ビス〔10-(メタ)アクリロイルオキシデシル〕及びこれらの酸塩化物、アルカリ金属塩、アンモニウム塩が挙げられる。
【0043】
チオリン酸基を有する単量体としては、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルジヒドロジェンチオホスフェート、3-(メタ)アクリロイルオキシプロピルジヒドロジェンチオホスフェート、4-(メタ)アクリロイルオキシブチルジヒドロジェンチオホスフェート、5-(メタ)アクリロイルオキシペンチルジヒドロジェンチオホスフェート、6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシルジヒドロジェンチオホスフェート、7-(メタ)アクリロイルオキシヘプチルジヒドロジェンチオホスフェート、8-(メタ)アクリロイルオキシオクチルジヒドロジェンチオホスフェート、9-(メタ)アクリロイルオキシノニルジヒドロジェンチオホスフェート、10-(メタ)アクリロイルオキシデシルジヒドロジェンチオホスフェート、11-(メタ)アクリロイルオキシウンデシルジヒドロジェンチオホスフェート、12-(メタ)アクリロイルオキシドデシルジヒドロジェンチオホスフェート、16-(メタ)アクリロイルオキシヘキサデシルジヒドロジェンチオホスフェート、20-(メタ)アクリロイルオキシイコシルジヒドロジェンチオホスフェート及びこれらの酸塩化物、アルカリ金属塩、アンモニウム塩が挙げられる。
【0044】
ホスホン酸基を有する単量体としては、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルフェニルホスホネート、5-(メタ)アクリロイルオキシペンチル-3-ホスホノプロピオネート、6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシル-3-ホスホノプロピオネート、10-(メタ)アクリロイルオキシデシル-3-ホスホノプロピオネート、6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシル-3-ホスホノアセテート、10-(メタ)アクリロイルオキシデシル-3-ホスホノアセテート及びこれらの酸塩化物、アルカリ金属塩、アンモニウム塩が挙げられる。
【0045】
スルホン酸基を有する単量体としては、2-(メタ)アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、スチレンスルホン酸、2-スルホエチル(メタ)アクリレートが挙げられる。
【0046】
カルボン酸基を有する単量体としては、分子内に1つのカルボキシ基を有する単量体と、分子内に複数のカルボキシ基を有する単量体とが挙げられる。
【0047】
分子内に1つのカルボキシ基を有する単量体としては、(メタ)アクリル酸、N-(メタ)アクリロイルグリシン、N-(メタ)アクリロイルアスパラギン酸、O-(メタ)アクリロイルチロシン、N-(メタ)アクリロイルチロシン、N-(メタ)アクリロイルフェニルアラニン、N-(メタ)アクリロイル-p-アミノ安息香酸、N-(メタ)アクリロイル-o-アミノ安息香酸、p-ビニル安息香酸、2-(メタ)アクリロイルオキシ安息香酸、3-(メタ)アクリロイルオキシ安息香酸、4-(メタ)アクリロイルオキシ安息香酸、N-(メタ)アクリロイル-5-アミノサリチル酸、N-(メタ)アクリロイル-4-アミノサリチル酸、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルヒドロジェンサクシネート、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルヒドロジェンフタレート、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルヒドロジェンマレート及びこれらの酸ハロゲン化物が例示される。
【0048】
分子内に複数のカルボキシ基を有する単量体としては、6-(メタ)アクリロイルオキシヘキサン-1,1-ジカルボン酸、9-(メタ)アクリロイルオキシノナン-1,1-ジカルボン酸、10-(メタ)アクリロイルオキシデカン-1,1-ジカルボン酸、11-(メタ)アクリロイルオキシウンデカン-1,1-ジカルボン酸、12-(メタ)アクリロイルオキシドデカン-1,1-ジカルボン酸、13-(メタ)アクリロイルオキシトリデカン-1,1-ジカルボン酸、4-(メタ)アクリロイルオキシエチルトリメリテート、4-(メタ)アクリロイルオキシエチルトリメリテートアンハイドライド、4-(メタ)アクリロイルオキシブチルトリメリテート、4-(メタ)アクリロイルオキシヘキシルトリメリテート、4-(メタ)アクリロイルオキシデシルトリメリテート、2-(メタ)アクリロイルオキシエチル-3’-(メタ)アクリロイルオキシ-2’-(3,4-ジカルボキシベンゾイルオキシ)プロピルサクシネート及びこれらの酸無水物又は酸ハロゲン化物が例示される。
【0049】
これらの酸性基を有する単量体(c)の中でも、リン酸基を有する単量体又はピロリン酸基を有する単量体が象牙質石灰化剤(X)と組み合わせた場合に、健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質に対してより優れた接着性を発現するので好ましく、特に、リン酸基を有する単量体が好ましい。その中でも、有機溶媒の不存在下で高い脱灰性を示し、齲蝕部分が存在する歯質に対しても高い接着性を示すという点で、分子内に主鎖として炭素数が6~20のアルキル基又はアルキレン基を有する2価のリン酸基を有する単量体がより好ましく、10-メタクリロイルオキシデシルジヒドロジェンホスフェートなどの分子内に主鎖として炭素数が8~12のアルキレン基を有する2価のリン酸基を有する単量体がさらに好ましい。
【0050】
酸性基を有する単量体(c)は、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。齲蝕部分が存在する歯質への接着性及び該硬化物の耐水性が良好である観点から、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)における単量体の総量100質量部において、1~40質量部であることが好ましく、2.5~35質量部であることがより好ましく、5~30質量部であることがさらに好ましい。
【0051】
<酸性基を有しない単量体(d)>
酸性基を有しない単量体(d)としては、酸性基を有しない疎水性単量体(d-1)、酸性基を有しない親水性単量体(d-2)等が挙げられる。
【0052】
<酸性基を有しない疎水性単量体(d-1)>
ある実施形態としては、酸性基を有しない単量体(d)が、酸性基を有しない疎水性単量体(d-1)を含む、1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)を備える、歯科用接着キットが挙げられる。酸性基を有しない疎水性単量体(d-1)(以下、単に「疎水性単量体(d-1)」と称することがある)としては、酸性基を有さず、重合性基を有するラジカル単量体が好ましく、ラジカル重合が容易である観点から、重合性基は(メタ)アクリル基及び/又は(メタ)アクリルアミド基がより好ましい。酸性基を有しない疎水性単量体(d-1)とは、酸性基を有しておらず、かつ25℃における水に対する溶解度が10g/L未満のものを意味し、例えば、芳香族化合物系の二官能性単量体、脂肪族化合物系の二官能性単量体、三官能性以上の単量体などの架橋性の単量体が例示される。疎水性単量体(d-1)は、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)の機械的強度、取り扱い性などを向上させる。
【0053】
芳香族化合物系の二官能性単量体としては、例えば、2,2-ビス((メタ)アクリロイルオキシフェニル)プロパン、2,2-ビス〔4-(3-(メタ)アクリロイルオキシ-2-ヒドロキシプロポキシ)フェニル〕プロパン、2,2-ビス(4-(メタ)アクリロイルオキシエトキシフェニル)プロパン、2,2-ビス(4-(メタ)アクリロイルオキシポリエトキシフェニル)プロパン、2,2-ビス(4-(メタ)アクリロイルオキシジエトキシフェニル)プロパン、2,2-ビス(4-(メタ)アクリロイルオキシトリエトキシフェニル)プロパン、2,2-ビス(4-(メタ)アクリロイルオキシテトラエトキシフェニル)プロパン、2,2-ビス(4-(メタ)アクリロイルオキシペンタエトキシフェニル)プロパン、2,2-ビス(4-(メタ)アクリロイルオキシジプロポキシフェニル)プロパン、2-(4-(メタ)アクリロイルオキシジエトキシフェニル)-2-(4-(メタ)アクリロイルオキシエトキシフェニル)プロパン、2-(4-(メタ)アクリロイルオキシジエトキシフェニル)-2-(4-(メタ)アクリロイルオキシトリエトキシフェニル)プロパン、2-(4-(メタ)アクリロイルオキシジプロポキシフェニル)-2-(4-(メタ)アクリロイルオキシトリエトキシフェニル)プロパン、2,2-ビス(4-(メタ)アクリロイルオキシプロポキシフェニル)プロパン、2,2-ビス(4-(メタ)アクリロイルオキシイソプロポキシフェニル)プロパンなどが挙げられる。これらの中でも、2,2-ビス〔4-(3-メタクリロイルオキシ-2-ヒドロキシプロポキシ)フェニル〕プロパン(通称「Bis-GMA」)、2,2-ビス(4-(メタ)アクリロイルオキシエトキシフェニル)プロパン、2,2-ビス(4-メタクリロイルオキシポリエトキシフェニル)プロパン(エトキシ基の平均付加モル数が2.6のもの、通称「D-2.6E」)、2,2-ビス(4-(メタ)アクリロイルオキシジエトキシフェニル)プロパン、2,2-ビス(4-(メタ)アクリロイルオキシトリエトキシフェニル)プロパン、2,2-ビス(4-(メタ)アクリロイルオキシテトラエトキシフェニル)プロパン、2,2-ビス(4-(メタ)アクリロイルオキシペンタエトキシフェニル)プロパンが好ましい。
【0054】
脂肪族化合物系の二官能性単量体としては、例えば、グリセロールジ(メタ)アクリレート、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ブチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ネオペンチルグリコールジ(メタ)アクリレート、1,3-ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,5-ペンタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,6-ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、1,10-デカンジオールジ(メタ)アクリレート、1,2-ビス(3-メタクリロイルオキシ-2-ヒドロキシプロポキシ)エタン、2,2,4-トリメチルヘキサメチレンビス(2-カルバモイルオキシエチル)ジ(メタ)アクリレート、N-メタクリロイルオキシエチルアクリルアミド、N-メタクリロイルオキシプロピルアミドなどが挙げられる。これらの中でも、トリエチレングリコールジアクリレート、トリエチレングリコールジメタクリレート(通称「3G」)、ネオペンチルグリコールジ(メタ)アクリレート、1,2-ビス(3-メタクリロイルオキシ-2-ヒドロキシプロポキシ)エタン、2,2,4-トリメチルヘキサメチレンビス(2-カルバモイルオキシエチル)ジメタクリレート(通称「UDMA」)が好ましい。健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質に対しても高い初期接着力及び接着耐久性を示すためには、1,10-デカンジオールジメタクリレート(通称「DD」)、2,2,4-トリメチルヘキサメチレンビス(2-カルバモイルオキシエチル)ジメタクリレート、N-メタクリロイルオキシエチルアクリルアミド(通称「MAEA」)が好ましい。
【0055】
三官能性以上の単量体としては、例えば、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、トリメチロールエタントリ(メタ)アクリレート、トリメチロールメタントリ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールトリ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールテトラ(メタ)アクリレート、ジペンタエリスリトールペンタ(メタ)アクリレート、N,N-(2,2,4-トリメチルヘキサメチレン)ビス〔2-(アミノカルボキシ)プロパン-1,3-ジオール〕テトラ(メタ)アクリレート、1,7-ジアクリロイルオキシ-2,2,6,6-テトラ(メタ)アクリロイルオキシメチル-4-オキサヘプタンなどが挙げられる。これらの中でも、N,N-(2,2,4-トリメチルヘキサメチレン)ビス〔2-(アミノカルボキシ)プロパン-1,3-ジオール〕テトラメタクリレートが好ましい。
【0056】
上記の疎水性単量体(d-1)の中でも、取り扱い性、硬化物の機械的強度の観点で、芳香族化合物系の二官能性単量体、及び脂肪族化合物系の二官能性単量体が好ましく用いられる。芳香族化合物系の二官能性単量体としては、2,2-ビス〔4-(3-メタクリロイルオキシ-2-ヒドロキシプロポキシ)フェニル〕プロパン、及び2,2-ビス(4-メタクリロイルオキシポリエトキシフェニル)プロパン(エトキシ基の平均付加モル数が2.6のもの)が好ましい。脂肪族化合物系の二官能性単量体としては、グリセロールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ネオペンチルグリコールジ(メタ)アクリレート、1,6-ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、1,10-デカンジオールジ(メタ)アクリレート、1,2-ビス(3-メタクリロイルオキシ-2-ヒドロキシプロポキシ)エタン、及び2,2,4-トリメチルヘキサメチレンビス(2-カルバモイルオキシエチル)ジメタクリレート、N-メタクリロイルオキシエチルアクリルアミドが好ましい。
【0057】
上記の疎水性単量体(d-1)の中でも、健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質に対する初期接着力及び接着耐久性、並びに硬化物の機械的強度の観点からは、Bis-GMA、D-2.6E、3G、UDMA、DD、MAEAがより好ましく、Bis-GMA、3G、UDMAがさらに好ましい。健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質に対してもより高い初期接着力及び接着耐久性を示す観点からは、Bis-GMA、D-2.6E、3G、UDMA、DD、MAEAがより好ましく、D-2.6E、DD、MAEAがさらに好ましい。
【0058】
疎水性単量体(d-1)は、1種単独を配合してもよく、2種以上を組み合わせて配合してもよい。疎水性単量体(d-1)の含有量は、組成物の歯質への浸透性及び硬化物の機械的強度の観点から、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)における単量体の総量100質量部において、9~90質量部の範囲が好ましく、15~80質量部の範囲がより好ましく、20~75質量部の範囲がさらに好ましい。一方、健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質に対しても高い初期接着力及び接着耐久性を示すためには、疎水性単量体(d-1)の含有量は、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)における単量体の総量100質量部において、40~99質量部であることが好ましく、50~90質量部であることがより好ましく、55~80質量部であることがさらに好ましい。
【0059】
<酸性基を有しない親水性単量体(d-2)>
ある実施形態としては、酸性基を有しない単量体(d)が、酸性基を有しない親水性単量体(d-2)をさらに含む、1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)を備える、歯科用接着キットが挙げられる。酸性基を有しない親水性単量体(d-2)(以下、単に「親水性単量体(d-2)」と称することがある)としては、酸性基を有さず、重合性基を有するラジカル単量体が好ましく、ラジカル重合が容易である観点から、重合性基は(メタ)アクリル基及び/又は(メタ)アクリルアミド基がより好ましい。酸性基を有しない親水性単量体(d-2)とは、酸性基を有しておらず、かつ25℃における水に対する溶解度が10g/L以上のものを意味し、該溶解度が30g/L以上のものが好ましく、25℃において任意の割合で水に溶解可能なものがより好ましい。親水性単量体(d-2)は、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)の成分の歯質への浸透を促進するとともに、自らも歯質に浸透して歯質中の有機成分(コラーゲン)に接着する。親水性単量体(d-2)としては、水酸基、オキシメチレン基、オキシエチレン基、オキシプロプレン基、アミド基などの親水性基を有するものが好ましく、例えば、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、3-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、1,3-ジヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、2,3-ジヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、2-((メタ)アクリロイルオキシ)エチルトリメチルアンモニウムクロライド、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート(オキシエチレン基の数が9以上のもの)などの親水性の単官能性(メタ)アクリレート系単量体;N-メチロール(メタ)アクリルアミド、N-ヒドロキシエチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)(メタ)アクリルアミド、N-メトキシメチル(メタ)アクリルアミド、N-エトキシメチル(メタ)アクリルアミド、ジアセトン(メタ)アクリルアミド、4-(メタ)アクリロイルモルホリン、N-トリヒドロキシメチル-N-メチル(メタ)アクリルアミド及び下記一般式(d-i)で表される単官能性(メタ)アクリルアミド系単量体などの親水性の単官能性(メタ)アクリルアミド系単量体などが挙げられる。
【0060】
【化3】
(式(d-i)中、A
1及びA
2は互いに独立して、置換基を有していてもよい直鎖状又は分岐鎖状の炭素数1~3のアルキル基であり、A
3は水素原子又はメチル基である)
【0061】
A1及びA2における前記置換基としては、式(1)の置換基を同様に使用できる。A1及びA2における前記炭素数1~3のアルキル基としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基が挙げられる。
【0062】
上記の親水性単量体(d-2)の中でも、健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質に対する接着性の観点から、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2,3-ジヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、親水性の単官能性(メタ)アクリルアミド系単量体が好ましく、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、一般式(d-i)で表される単官能性(メタ)アクリルアミド系単量体がより好ましい。親水性単量体(d-2)は、1種を単独で配合してもよく、2種以上を組み合わせて配合してもよい。
【0063】
また、一般式(d-i)で表される単官能性(メタ)アクリルアミド系単量体の中でも、貯蔵安定性の観点から、N,N-ジメチルアクリルアミド及びN,N-ジエチルアクリルアミドがより好ましく、N,N-ジエチルアクリルアミドがさらに好ましい。
【0064】
自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)が親水性単量体(d-2)を含むことによって接着力のさらなる向上を期待できるが、過多な場合には機械的強度が低下することがある。そこで、親水性単量体(d-2)の含有量は、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)における単量体の総量100質量部において、9~90質量部の範囲が好ましく、15~80質量部の範囲がより好ましく、20~75質量部の範囲がさらに好ましい。一方、健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質に対しても高い初期接着力及び接着耐久性を示すためには、親水性単量体(d-2)の含有量は、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)における単量体の総量100質量部において、0~50質量部であることが好ましく、0~40質量部であることがより好ましく、0~30質量部であることがさらに好ましい。親水性単量体(d-2)の含有量は0質量部であってもよい。また、ある実施形態では、親水性単量体(d-2)の含有量は、酸性基を有しない疎水性単量体(d-1)と酸性基を有しない親水性単量体(d-2)の総量100質量部において50質量部以下であることが好ましく、40質量部以下であることがより好ましく、35質量部以下であることがさらに好ましい。
【0065】
<水溶性光重合開始剤システム(e)>
水溶性光重合開始剤システム(e)は、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)が健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質(湿潤体)表面と接触した際に、歯質の表面もしくは歯質に含まれる水に局所的に溶解し、水溶性光重合開始剤システム(e)が溶解した部分では、開始剤は高濃度となり、接着界面部及び樹脂含浸層内部の重合硬化性を選択的に高める作用をもたらす。
【0066】
水溶性光重合開始剤システム(e)は、25℃での水への溶解度が10g/L以上であり、15g/L以上であることが好ましく、20g/L以上であることがより好ましく、25g/L以上であることがさらに好ましい。同溶解度が10g/L未満の場合は、本発明の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)を湿潤体に適用した場合に、接着界面部において水溶性光重合開始剤システム(e)が湿潤体の水に十分に溶解せず、その結果、重合促進効果が発現しにくくなる。
【0067】
水溶性光重合開始剤システム(e)の例としては、(i)水溶性開裂型光重合開始剤(e-1)、(ii)25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性光増感剤(e-2)と25℃での水への溶解度が10g/L未満である非水溶性還元剤(e-3)との組合せからなる水溶性光重合開始剤システム、(iii)25℃での水への溶解度が10g/L未満である非水溶性光増感剤(e-4)と25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性還元剤(e-5)との組合せからなる水溶性光重合開始剤システム、及び、(iv)25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性光増感剤(e-2)と25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性還元剤(e-5)との組合せからなる水溶性光重合開始剤システムが挙げられる。これらの光重合開始剤、及び水溶性光重合開始剤システムは1種を単独で、あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。例えば、水溶性光重合開始剤システム(e)が水溶性開裂型光重合開始剤(e-1)を含む場合、重合開始剤としては、水溶性開裂型光重合開始剤(e-1)のみであってもよく、水溶性開裂型光重合開始剤(e-1)に加えて、さらに非水溶性還元剤(e-3)、及び非水溶性光増感剤(e-4)を含んでいてもよい。
本発明において、水溶性光重合開始剤システム(e)が上記(ii)~(iv)の水溶性光重合開始剤システムの場合、当該システムを構成する剤のうち少なくとも1つが25℃での水への溶解度が10g/L以上であることが必要である。上記(ii)~(iv)の水溶性光重合開始剤システム(e)は、少なくとも1つの剤の溶解度が上記条件を満たす限り、上記(i)と同様、重合促進効果を発現しうる。水溶性光重合開始剤システム(e)が上記(ii)~(iv)に相当する場合、水溶性光重合開始剤システム(e)の「25℃での水への溶解度が10g/L以上である」とは、そのシステムを構成する剤の少なくとも1つの25℃での水への溶解度が10g/L以上であることを意味する。
【0068】
水溶性光重合開始剤システム(e)は、健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質(湿潤体)表面の水に溶解し、接着界面部及び樹脂含浸層内部の重合硬化性を選択的に高めることができれば、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)に溶解されていても組成物中に粉末の形態で分散されていてもよい。
【0069】
水溶性光重合開始剤システム(e)を組成物中に粉末の形態で分散させる場合、その平均粒子径が過大であると沈降しやすくなるため、500μm以下が好ましく、100μm以下がより好ましく、50μm以下がさらに好ましい。一方、平均粒子径が過小であると粉末の比表面積が過大になって組成物への分散可能な量が減少するため、0.01μm以上が好ましい。すなわち、水溶性光重合開始剤システム(e)の平均粒子径は0.01~500μmの範囲が好ましく、0.01~100μmの範囲がより好ましく、0.01~50μmの範囲がさらに好ましい。
【0070】
水溶性光重合開始剤システム(e)を組成物中に粉末の形態で分散させる場合の光重合開始剤の形状については、球状、針状、板状、破砕状など、種々の形状が挙げられるが、特に制限されない。水溶性光重合開始剤システム(e)は、粉砕法、凍結乾燥法、再沈殿法などの従来公知の方法で作製することができる。例えば、以下の方法で得ることができる。
方法1:水溶性光重合開始剤システム(e)の水溶液を調製し、この水溶液を-50℃にて凍結させた後、凍結状態で真空乾燥を行うことで得る方法;
方法2:水溶性光重合開始剤システム(e)の飽和水溶液を調製し、この水溶液を0℃のエタノールへ注ぎ、生じた結晶をろ別しエタノールで洗浄後、空気乾燥させることで得る方法;
方法3:水溶性光重合開始剤システム(e)の飽和水溶液を調製し、この水溶液を0℃に急冷却した後、生じた結晶をろ別し、空気乾燥させることで得る方法;及び
方法4:機械的粉砕及びふるい分けにより得る方法。
【0071】
これらの水溶性光重合開始剤システム(e)の作製方法のうち、得られる粉末の平均粒子径の観点で、凍結乾燥法(方法1)及び再沈殿法(方法2)が好ましく、凍結乾燥法(方法1)がより好ましい。
【0072】
各々の水溶性光重合開始剤システム(e)の粉末の平均粒子径は、粒子100個以上の電子顕微鏡写真をもとに画像解析ソフト(Mac-View;株式会社マウンテック製)を用いて画像解析を行った後に体積平均粒子径として算出することができる。
【0073】
水溶性光重合開始剤システム(e)の含有量は、得られる自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)の硬化性などの観点からは、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)における単量体の総量100質量部に対して、0.01~20質量部が好ましく、健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質に対してより高い初期接着力及び接着耐久性を示す点から、0.05~10質量部がより好ましく、0.1~5質量部がさらに好ましい。水溶性光重合開始剤システム(e)の含有量が20質量部以下であると、水溶性光重合開始剤システム(e)の重合性能が低い場合においても、齲蝕部分が存在する歯質に対して十分な接着性が得られやすく、さらには自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)における溶解、分散、拡散が十分に行われやすい。
【0074】
以下に、水溶性開裂型光重合開始剤(e-1)、水溶性光増感剤(e-2)、非水溶性還元剤(e-3)、非水溶性光増感剤(e-4)、及び、水溶性還元剤(e-5)について詳細に説明する。
【0075】
・25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性開裂型光重合開始剤(e-1)
水溶性開裂型光重合開始剤(e-1)としては、例えば、水溶性アシルホスフィンオキシド類、水溶性チオキサントン類、1-[4-(2-ヒドロキシエトキシ)-フェニル]-2-ヒドロキシ-2-メチル-1-プロパン-1-オンの水酸基へ(ポリ)エチレングリコール鎖を導入したもの、1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトンの水酸基及び/又はフェニル基へ(ポリ)エチレングリコール鎖を導入したもの、1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトンのフェニル基へ-OCH2COO-Na+を導入したもの、2-ヒドロキシ-2-メチル-1-フェニルプロパン-1-オンの水酸基及び/又はフェニル基へ(ポリ)エチレングリコール鎖を導入したもの、2-ヒドロキシ-2-メチル-1-フェニルプロパン-1-オンのフェニル基へ-OCH2COO-Na+を導入したものなどのα-ヒドロキシアルキルアセトフェノン類;2-メチル-1[4-(メチルチオ)フェニル]-2-モルホリノプロパン-1-オン、2-ベンジル-2-ジメチルアミノ-1-(4-モルホリノフェニル)ブタノン-1などのα-アミノアルキルフェノン類のアミノ基を四級アンモニウム塩化したものなどが挙げられる。水溶性開裂型光重合開始剤(e-1)は、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0076】
前記水溶性アシルホスフィンオキシド類は、下記一般式(1)で表される化合物、一般式(2)で表される化合物等が挙げられる。
【0077】
【0078】
【0079】
[式中、R1、R2、R3、R4、R5、及びR6は互いに独立して、炭素数1~4の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基又はハロゲン原子であり、Mは水素イオン、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、マグネシウムイオン、ピリジニウムイオン(ピリジン環が置換基を有していてもよい)、又はHN+Z1Z2Z3(式中、Z1、Z2、及びZ3は互いに独立して、有機基又は水素原子)で示されるアンモニウムイオンであり、nは1又は2を表す。]
【0080】
R1、R2、R3、R4、R5、及びR6のアルキル基としては、炭素数1~4の直鎖状又は分岐鎖状のものであれば特に限定されず、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、2-メチルプロピル基、tert-ブチル基などが挙げられる。Mがピリジニウムイオンである場合のピリジン環の置換基としては、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子)、カルボキシ基、炭素数2~6の直鎖状又は分岐鎖状のアシル基、炭素数1~6の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基、炭素数1~6の直鎖状又は分岐鎖状のアルコキシ基などが挙げられる。Mとしては、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、マグネシウムイオン、ピリジニウムイオン(ピリジン環が置換基を有していてもよい)、又はHN+Z1Z2Z3(式中、記号は上記と同一意味を有する)で示されるアンモニウムイオンが好ましい。アルカリ金属イオンとしては、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、ルビジウムイオン、セシウムイオンが挙げられる。アルカリ土類金属イオンとしては、カルシウムイオン、ストロンチウムイオン、バリウムイオン、ラジウムイオンが挙げられる。Z1、Z2、及びZ3の有機基としては、前記ピリジン環の置換基と同様のもの(ハロゲン原子を除く)が挙げられる。
【0081】
これらの中でも、R1、R2、R3、R4、R5、及びR6がメチル基である化合物が自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)中での保存安定性及び色調安定性の点から好ましい。また、アンモニウムイオンとしては、各種のアミンから誘導されるアンモニウムイオンが挙げられる。アミンの例としては、アンモニア、トリメチルアミン、ジエチルアミン、ジメチルアニリン、エチレンジアミン、トリエタノールアミン、N,N-ジメチルアミノメタクリレート、N,N-ジメチルアミノ安息香酸及びそのアルキルエステル、N,N-ジエチルアミノ安息香酸及びそのアルキルエステル、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)-p-トルイジンなどが挙げられる。
【0082】
これらの水溶性アシルホスフィンオキシド類の中でも、フェニル(2,4,6-トリメチルベンゾイル)ホスフィン酸ナトリウム塩、フェニル(2,4,6-トリメチルベンゾイル)ホスフィン酸リチウム塩、ビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)ホスフィン酸ナトリウム塩、ビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)ホスフィン酸リチウム塩が特に好ましい。
【0083】
このような構造を有する水溶性アシルホスフィンオキシド類は、公知方法に準じて合成することができ、一部は市販品としても入手可能である。例えば、特開昭57-197289号公報や国際公開第2014/095724号などに開示された方法により合成することができる。
【0084】
前記水溶性チオキサントン類としては、例えば、2-ヒドロキシ-3-(9-オキソ-9H-チオキサンテン-4-イルオキシ)-N,N,N-トリメチル-1-プロパンアミニウムクロライド、2-ヒドロキシ-3-(1-メチル-9-オキソ-9H-チオキサンテン-4-イルオキシ)-N,N,N-トリメチル-1-プロパンアミニウムクロライド、2-ヒドロキシ-3-(9-オキソ-9H-チオキサンテン-2-イルオキシ)-N,N,N-トリメチル-1-プロパンアミニウムクロライド、2-ヒドロキシ-3-(3,4-ジメチル-9-オキソ-9H-チオキサンテン-2-イルオキシ)-N,N,N-トリメチル-1-プロパンアミニウムクロライド、2-ヒドロキシ-3-(3,4-ジメチル-9H-チオキサンテン-2-イルオキシ)-N,N,N-トリメチル-1-プロパンアミニウムクロライド、2-ヒドロキシ-3-(1,3,4-トリメチル-9-オキソ-9H-チオキサンテン-2-イルオキシ)-N,N,N-トリメチル-1-プロパンアミニウムクロライドなどが使用できる。
【0085】
・水溶性光増感剤(e-2)
次に、水溶性光増感剤(e-2)について説明する。なお、本発明の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)において、水溶性光重合開始剤システム(e)が25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性光増感剤(e-2)を含む実施形態では、重合促進剤として、後述する25℃での水への溶解度が10g/L未満である非水溶性還元剤(e-3)及び/又は25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性還元剤(e-5)を併用することが、健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質に対して高い初期接着力及び接着耐久性を示す点から好ましい。25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性光増感剤(e-2)は、下記一般式(3)で表される化合物であることが好ましい。25℃での水への溶解度が10g/L以上である水溶性光増感剤(e-2)は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0086】
【化6】
[式中、R
8、R
9、R
10、R
11、R
12、R
13、R
14及びR
15は互いに独立して、水素原子、炭素数1~4の直鎖状もしくは分岐鎖状のアルキル基、炭素数1~4の直鎖状又は分岐鎖状のアルコキシ基、ハロゲン原子、-OH又は-COOY
1であり、かつR
8~R
15の内の少なくとも1つは-COOY
1であり、Y
1は有機カチオン、又は無機カチオンを表す。]
【0087】
R8~R15のアルキル基としては、炭素数1~4の直鎖状又は分岐鎖状のものであれば特に限定されず、R1~R6のアルキル基と同様のものが挙げられる。R8~R15のアルキル基としては、炭素数1~3の直鎖状のアルキル基が好ましく、メチル基又はエチル基がより好ましく、メチル基がさらに好ましい。R8~R15のアルコキシ基としては、炭素数1~4の直鎖状又は分岐鎖状のものであれば特に限定されず、メトキシ基、エトキシ基、n-プロポキシ基、イソプロポキシ基、n-ブトキシ基、sec-ブトキシ基、tert-ブトキシ基等が挙げられる。前記アルコキシ基としては、炭素数1~3の直鎖状のアルコキシ基が好ましく、メトキシ基又はエトキシ基がより好ましく、メトキシ基がさらに好ましい。
【0088】
Y1としては、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、マグネシウムイオン、ピリジニウムイオン(ピリジン環が置換基を有していてもよい)、又はHN+Z4Z5Z6(式中、Z4、Z5、及びZ6は互いに独立して、有機基又は水素原子を表す)で表されるアンモニウムイオンが好ましい。
【0089】
前記アルカリ金属イオンとしては、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、ルビジウムイオン、セシウムイオンが挙げられる。前記アルカリ土類金属イオンとしては、カルシウムイオン、ストロンチウムイオン、バリウムイオン、ラジウムイオンが挙げられる。Y1がピリジニウムイオンである場合のピリジン環の置換基としては、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子)、カルボキシ基、炭素数2~6の直鎖状又は分岐鎖状のアシル基、炭素数1~6の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基、炭素数1~6の直鎖状又は分岐鎖状のアルコキシ基などが挙げられる。HN+Z4Z5Z6で表されるアンモニウムイオンとしては、各種のアミンから誘導されるものが挙げられる。前記アミンの例としては、アンモニア、トリメチルアミン、ジエチルアミン、ジメチルアニリン、エチレンジアミン、トリエタノールアミン、N,N-ジメチルアミノメタクリレート、4-(N,N-ジメチルアミノ)安息香酸及びそのアルキルエステル、4-(N,N-ジエチルアミノ)安息香酸及びそのアルキルエステル、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)-p-トルイジンなどが挙げられる。Z4、Z5、及びZ6の有機基としては、前記ピリジン環の置換基と同様のもの(ハロゲン原子を除く)が挙げられる。これらのうち、Y1としては、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、HN+Z4Z5Z6で表されるアンモニウムイオンが好ましく、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオンがより好ましく、リチウムイオン、ナトリウムイオンがさらに好ましい。例えば、Y1が2価のイオン(例えば、カルシウムイオン)の場合、「-COOY1」は「-COOCa1/2」と表される。言い換えると、Y1が2価のイオンの場合、一般式(3)で表される化合物は二量体を形成する。
【0090】
一般式(3)で表される化合物としては、R8~R15の内の少なくとも1つの基が-COOY1である化合物が好ましく;R8~R15の内の少なくとも1つの基が-COOY1であり、かつR8~R15の残りの基が水素原子又はメチル基である化合物がより好ましく;R8~R15の内の少なくとも1つの基が-COOY1であり、かつR8~R15の残りの基が水素原子又はメチル基であり、メチル基の数は3個以下である化合物がさらに好ましく;R8が水素原子又はメチル基であり、R9がメチル基又は-COOY1であり、R10がメチル基であり、かつ(i)R9がメチル基である場合、R11~R15のいずれか1つが-COOY1であり、他の4つが水素原子であり、(ii)R9が-COOY1である場合、R11~R15がいずれも水素原子である化合物が特に好ましい。これらの中でも、R8が水素原子又はメチル基であり、R9及びR10がメチル基であり、R11、R12、R13、及びR14がいずれも水素原子であり、R15がCOOY1である化合物が健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質への接着性の点から最も好ましい。
【0091】
このような構造を有する一般式(3)で表される化合物は、公知方法に準じて合成することができる。
【0092】
一般式(3)で表される化合物の具体例としては、特に限定されないが、以下に示すものが挙げられる。
【0093】
【0094】
・非水溶性還元剤(e-3)
本発明の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)の水溶性光重合開始剤システム(e)の他の実施形態として、水溶性光増感剤(e-2)を含む場合は、組み合わせて使用される重合促進剤として、非水溶性還元剤(e-3)が用いられてもよい。非水溶性還元剤(e-3)としては、例えば、25℃での水への溶解度が10g/L未満であるアミン類、スルフィン酸及びその塩、ボレート化合物、バルビツール酸誘導体、トリアジン化合物、銅化合物、スズ化合物、バナジウム化合物、ハロゲン化合物、アルデヒド類、チオール化合物、亜硫酸塩、亜硫酸水素塩、チオ尿素化合物などが挙げられる。非水溶性還元剤(e-3)は、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0095】
非水溶性還元剤(e-3)として用いられるアミン類は、脂肪族アミン及び芳香族アミンに分けられる。脂肪族アミンとしては、例えば、n-オクチルアミン等の第1級脂肪族アミン;ジブチルアミン等の第2級脂肪族アミン;N-ラウリルジエタノールアミン、N-エチルジエタノールアミンジメタクリレート、トリエタノールアミンジメタクリレート、トリエタノールアミントリメタクリレート、トリブチルアミン等の第3級脂肪族アミン等が挙げられる。これらの中でも、組成物の硬化性及び保存安定性の観点から、第3級脂肪族アミンが好ましく、中でも、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)の硬化性及び保存安定性の観点から、2-(ジメチルアミノ)エチルメタクリレートがより好ましい。
【0096】
また、芳香族アミンとしては、例えば、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)-3,5-ジメチルアニリン、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)-p-トルイジン、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)-3,4-ジメチルアニリン、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)-4-エチルアニリン、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)-4-イソプロピルアニリン、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)-4-t-ブチルアニリン、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)-3,5-ジ-イソプロピルアニリン、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)-3,5-ジ-t-ブチルアニリン、N,N-ジメチルアニリン、N,N-ジメチル-p-トルイジン、N,N-ジメチル-m-トルイジン、N,N-ジエチル-p-トルイジン、N,N-ジメチル-3,5-ジメチルアニリン、N,N-ジメチル-3,4-ジメチルアニリン、N,N-ジメチル-4-エチルアニリン、N,N-ジメチル-4-イソプロピルアニリン、N,N-ジメチル-4-t-ブチルアニリン、N,N-ジメチル-3,5-ジ-t-ブチルアニリン、4-(N,N-ジメチルアミノ)安息香酸エチル、4-(N,N-ジメチルアミノ)安息香酸メチル、4-(N,N-ジメチルアミノ)安息香酸n-ブトキシエチル、4-(N,N-ジメチルアミノ)安息香酸2-(メタクリロイルオキシ)エチル、4-(N,N-ジメチルアミノ)ベンゾフェノン、4-(N,N-ジメチルアミノ)安息香酸ブチルが挙げられる。これらの中でも、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)に優れた硬化性を付与できる観点から、4-(N,N-ジメチルアミノ)安息香酸エチル、4-(N,N-ジメチルアミノ)安息香酸n-ブトキシエチル及び4-(N,N-ジメチルアミノ)ベンゾフェノンからなる群から選ばれる少なくとも1種が好ましく用いられる。
【0097】
スルフィン酸及びその塩、ボレート化合物、バルビツール酸誘導体、トリアジン化合物、銅化合物、スズ化合物、バナジウム化合物、ハロゲン化合物、アルデヒド類、チオール化合物、亜硫酸塩、亜硫酸水素塩、及びチオ尿素化合物の具体例としては、国際公開第2008/087977号に記載のものが挙げられる。
【0098】
・非水溶性光増感剤(e-4)
本発明の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)の水溶性光重合開始剤システム(e)の他の実施形態として、水溶性還元剤(e-5)を含む場合は、組み合わせて使用される光重合開始剤として、非水溶性光増感剤(e-4)が用いられてもよい。非水溶性光増感剤(e-4)としては、例えば、25℃での水への溶解度が10g/L未満であるチオキサントン類、ケタール類、α-ジケトン類、クマリン類、アントラキノン類、ベンゾインアルキルエーテル化合物、α-アミノケトン系化合物などが挙げられる。非水溶性光増感剤(e-4)は、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。光増感剤と還元剤の光反応は水素引き抜き反応などが複雑に起こっており、未解明な点も残されているが、光増感剤と還元剤双方にラジカルが生成することから、光増感剤と還元剤の双方、あるいはいずれかが水溶性であることは、象牙質石灰化剤(X)と自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)とを備える歯科用接着キットに、本発明の効果をもたらすこととなる。
【0099】
前記チオキサントン類としては、例えば、チオキサントン、2-クロロチオキサンテン-9-オンなどが挙げられる。
【0100】
前記ケタール類としては、例えば、ベンジルジメチルケタール、ベンジルジエチルケタールなどが挙げられる。
【0101】
前記α-ジケトン類としては、例えば、ジアセチル、ベンジル、カンファーキノン、2,3-ペンタジオン、2,3-オクタジオン、9,10-フェナントレンキノン、4,4’-オキシベンジル、アセナフテンキノンなどが挙げられる。この中でも、可視光域に極大吸収波長を有している観点から、カンファーキノンが特に好ましい。
【0102】
前記クマリン化合物としては、例えば、3,3’-カルボニルビス(7-ジエチルアミノクマリン)、3-(4-メトキシベンゾイル)クマリン、3-チエノイルクマリン、3-ベンゾイル-5,7-ジメトキシクマリン、3-ベンゾイル-7-メトキシクマリン、3-ベンゾイル-6-メトキシクマリン、3-ベンゾイル-8-メトキシクマリン、3-ベンゾイルクマリン、7-メトキシ-3-(p-ニトロベンゾイル)クマリン、3-(p-ニトロベンゾイル)クマリン、3,5-カルボニルビス(7-メトキシクマリン)、3-ベンゾイル-6-ブロモクマリン、3,3’-カルボニルビスクマリン、3-ベンゾイル-7-ジメチルアミノクマリン、3-ベンゾイルベンゾ[f]クマリン、3-カルボキシクマリン、3-カルボキシ-7-メトキシクマリン、3-エトキシカルボニル-6-メトキシクマリン、3-エトキシカルボニル-8-メトキシクマリン、3-アセチルベンゾ[f]クマリン、3-ベンゾイル-6-ニトロクマリン、3-ベンゾイル-7-ジエチルアミノクマリン、7-ジメチルアミノ-3-(4-メトキシベンゾイル)クマリン、7-ジエチルアミノ-3-(4-メトキシベンゾイル)クマリン、7-ジエチルアミノ-3-(4-ジエチルアミノ)クマリン、7-メトキシ-3-(4-メトキシベンゾイル)クマリン、3-(4-ニトロベンゾイル)ベンゾ[f]クマリン、3-(4-エトキシシンナモイル)-7-メトキシクマリン、3-(4-ジメチルアミノシンナモイル)クマリン、3-(4-ジフェニルアミノシンナモイル)クマリン、3-[(3-ジメチルベンゾチアゾール-2-イリデン)アセチル]クマリン、3-[(1-メチルナフト[1,2-d]チアゾール-2-イリデン)アセチル]クマリン、3,3’-カルボニルビス(6-メトキシクマリン)、3,3’-カルボニルビス(7-アセトキシクマリン)、3,3’-カルボニルビス(7-ジメチルアミノクマリン)、3-(2-ベンゾチアゾリル)-7-(ジエチルアミノ)クマリン、3-(2-ベンゾチアゾリル)-7-(ジブチルアミノ)クマリン、3-(2-ベンゾイミダゾリル)-7-(ジエチルアミノ)クマリン、3-(2-ベンゾチアゾリル)-7-(ジオクチルアミノ)クマリン、3-アセチル-7-(ジメチルアミノ)クマリン、3,3’-カルボニルビス(7-ジブチルアミノクマリン)、3,3’-カルボニル-7-ジエチルアミノクマリン-7’-ビス(ブトキシエチル)アミノクマリン、10-[3-[4-(ジメチルアミノ)フェニル]-1-オキソ-2-プロペニル]-2,3,6,7-テトラヒドロ-1,1,7,7-テトラメチル-1H,5H,11H-[1]ベンゾピラノ[6,7,8-ij]キノリジン-11-オン、10-(2-ベンゾチアゾリル)-2,3,6,7-テトラヒドロ-1,1,7,7-テトラメチル-1H,5H,11H-[1]ベンゾピラノ[6,7,8-ij]キノリジン-11-オンなどの特開平9-3109号公報、特開平10-245525号公報に記載されている化合物が挙げられる。
【0103】
上述のクマリン化合物の中でも、特に、3,3’-カルボニルビス(7-ジエチルアミノクマリン)及び3,3’-カルボニルビス(7-ジブチルアミノクマリン)が好適である。
【0104】
前記アントラキノン類としては、例えば、アントラキノン、1-クロロアントラキノン、2-クロロアントラキノン、1-ブロモアントラキノン、1,2-ベンズアントラキノン、1-メチルアントラキノン、2-エチルアントラキノン、1-ヒドロキシアントラキノンなどが挙げられる。
【0105】
前記ベンゾインアルキルエーテル化合物としては、例えば、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテル、ベンゾインイソブチルエーテルなどが挙げられる。
【0106】
前記α-アミノケトン系化合物としては、例えば、2-メチル-1-[4-(メチルチオ)フェニル]-2-モルホリノプロパン-1-オンなどが挙げられる。
【0107】
これらの非水溶性光増感剤(e-4)の中でも、α-ジケトン類、及びクマリン化合物からなる群より選択される少なくとも一種を用いることが好ましい。
【0108】
・水溶性還元剤(e-5)
本発明の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)の水溶性光重合開始剤システム(e)の他の実施形態として、水溶性光増感剤(e-2)及び/又は非水溶性光増感剤(e-4)を含む場合は、組み合わせて使用される重合促進剤として、水溶性還元剤(e-5)が用いられる。水溶性還元剤(e-5)としては、例えば、25℃での水への溶解度が10g/L以上であるアミン類、スルフィン酸及びその塩、ボレート化合物、バルビツール酸誘導体、トリアジン化合物、銅化合物、スズ化合物、バナジウム化合物、ハロゲン化合物、アルデヒド類、チオール化合物、亜硫酸塩、亜硫酸水素塩、チオ尿素化合物などが挙げられる。
【0109】
水溶性還元剤(e-5)の中でも、特に一般式(4)で表される化合物(e-5a)を用いることが、象牙質に対して高い接着性を示す点から好ましい。
【化8】
[式中、R
16及びR
17は互いに独立して、炭素数1~4の直鎖状もしくは分岐鎖状のアルキル基であり、R
18、R
19、R
20、R
21及びR
22は互いに独立して、水素原子、炭素数1~4の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基、炭素数1~4の直鎖状又は分岐鎖状のアルコキシ基、ハロゲン原子、-OH、-COOH又は-COOY
2であり、かつR
18~R
22の内の少なくとも1つは-COOH、又は-COOY
2であり、Y
2は有機カチオン、又は無機カチオンを表す。]
【0110】
R16~R22のアルキル基としては、炭素数1~4の直鎖状又は分岐鎖状のものであれば特に限定されず、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、2-メチルプロピル基、tert-ブチル基などが挙げられる。前記アルキル基としては、炭素数1~3の直鎖状のアルキル基が好ましく、メチル基又はエチル基がより好ましく、メチル基がさらに好ましい。R18~R22のアルコキシ基としては、炭素数1~4の直鎖状又は分岐鎖状のものであれば特に限定されず、メトキシ基、エトキシ基、n-プロポキシ基、イソプロポキシ基、n-ブトキシ基、sec-ブトキシ基、tert-ブトキシ基等が挙げられる。前記アルコキシ基としては、炭素数1~3の直鎖状のアルコキシ基が好ましく、メトキシ基又はエトキシ基がより好ましく、メトキシ基がさらに好ましい。
【0111】
Y2としては、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、マグネシウムイオン、ピリジニウムイオン(ピリジン環が置換基を有していてもよい)、又はHN+Z7Z8Z9(式中、Z7、Z8、及びZ9は互いに独立して、有機基又は水素原子)で表されるアンモニウムイオンが好ましい。
【0112】
アルカリ金属イオンとしては、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、ルビジウムイオン、セシウムイオンが挙げられる。アルカリ土類金属イオンとしては、カルシウムイオン、ストロンチウムイオン、バリウムイオン、ラジウムイオンが挙げられる。Y2がピリジニウムイオンである場合のピリジン環の置換基としては、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子)、カルボキシ基、炭素数2~6の直鎖状又は分岐鎖状のアシル基、炭素数1~6の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基、炭素数1~6の直鎖状又は分岐鎖状のアルコキシ基などが挙げられる。HN+Z7Z8Z9で表されるアンモニウムイオンとしては、各種のアミンから誘導されるものが挙げられる。アミンの例としては、アンモニア、トリメチルアミン、ジエチルアミン、ジメチルアニリン、エチレンジアミン、トリエタノールアミン、N,N-ジメチルアミノメタクリレート、4-(N,N-ジメチルアミノ)安息香酸及びそのアルキルエステル、4-(N,N-ジエチルアミノ)安息香酸及びそのアルキルエステル、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)-p-トルイジンなどが挙げられる。Z7、Z8、及びZ9の有機基としては、前記ピリジン環の置換基と同様のもの(ハロゲン原子を除く)が挙げられる。これらのうち、Y2としては、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、HN+Z7Z8Z9で表されるアンモニウムイオンが好ましく、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオンがより好ましく、リチウムイオン、ナトリウムイオンがさらに好ましい。例えば、Y2が2価のイオン(例えば、カルシウムイオン)の場合、「-COOY2」は「-COOCa1/2」と表される。言い換えると、Y2が2価のイオンの場合、一般式(4)で表される化合物(e-5a)は二量体を形成する。
【0113】
一般式(4)で表される化合物(e-5a)としては、R16及びR17がメチル基又はエチル基であり、かつR18~R22の内の少なくとも1つの基が-COOH、又は-COOY2である化合物が好ましく;R16及びR17がメチル基又はエチル基であり、R18~R22の内の少なくとも1つの基が-COOH、又は-COOY2であり、かつR18~R22の残りの内の少なくとも1つの基が-OH又は炭素数1~3の直鎖状のアルコキシ基である化合物がより好ましく;R16及びR17がメチル基であり、R18及びR19のいずれか一方が-COOH又は-COOY2であり、R20~R22の内の少なくとも1つの基いずれか1つの基が-OH又はメトキシ基である化合物がさらに好ましく;R16及びR17がメチル基であり、R18及びR19のいずれか一方が-COOH又は-COOY2であり、かつ(i)R18が-COOH又は-COOY2である場合、R19、R21、及びR22が水素原子であり、R20が-OH又はメトキシ基であり、(ii)R19が-COOH又は-COOY2である場合、R18、R20、及びR22が水素原子であり、R21が-OH又はメトキシ基である化合物が特に好ましい。これらの中でも、R16及びR17がメチル基であり、R18が-COOH又は-COOY2であり、R19、R21、及びR22が水素原子であり、R20がメトキシ基の場合、歯質への接着性の点から最も好ましい。
【0114】
このような構造を有する一般式(4)で表される化合物(e-5a)は、公知方法に準じて合成することができ、一部は市販品としても入手可能である。
【0115】
一般式(4)で表される化合物(e-5a)の具体例としては、特に限定されないが、以下に示すものが挙げられる。
【0116】
【0117】
本発明の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)は、非水溶性光重合開始剤システム(h)を含んでいてもよい。
【0118】
<非水溶性光重合開始剤システム(h)>
本発明の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)は、硬化性の観点から、水溶性光重合開始剤システム(e)以外に25℃での水への溶解度が10g/L未満である非水溶性光重合開始剤システム(h)(以下、単に「非水溶性光重合開始剤システム(h)」と称する。)を含んでいてもよい。非水溶性光重合開始剤システム(h)は、公知の非水溶性の光重合開始剤を使用することができる。非水溶性光重合開始剤システム(h)は、1種単独を配合してもよく、2種以上を組み合わせて配合してもよい。
【0119】
非水溶性光重合開始剤システム(h)としては、水溶性開裂型光重合開始剤(e-1)以外の(ビス)アシルホスフィンオキシド類、α-ジケトン類、及びクマリン化合物等の非水溶性光重合開始剤(h-1);25℃での水への溶解度が10g/L未満である非水溶性還元剤(e-3)と25℃での水への溶解度が10g/L未満である非水溶性光増感剤(e-4)との組み合わせからなる非水溶性光重合開始剤システム(h-2)等が挙げられる。ある好適な実施形態としては、象牙質石灰化剤(X)と自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)とを備え、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)が、酸性基を有する単量体(c)、酸性基を有しない単量体(d)、水溶性開裂型光重合開始剤(e-1)を含む水溶性光重合開始剤システム(e)、及び非水溶性光重合開始剤システム(h)を含む、接着性歯科材料キットが挙げられる。自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)において、水溶性光重合開始剤システム(e)として上記(ii)~(iv)の水溶性光重合開始剤システムを用いる場合、必要に応じて非水溶性光重合開始剤(h-1)及び/又は非水溶性還元剤(e-3)と非水溶性光増感剤(e-4)との組み合わせからなる非水溶性光重合開始剤システム(h-2)を含まなくてもよい。
【0120】
前記(ビス)アシルホスフィンオキシド類のうち、アシルホスフィンオキシド類としては、2,4,6-トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキシド、2,6-ジメトキシベンゾイルジフェニルホスフィンオキシド、2,6-ジクロロベンゾイルジフェニルホスフィンオキシド、2,4,6-トリメチルベンゾイルメトキシフェニルホスフィンオキシド、2,4,6-トリメチルベンゾイルエトキシフェニルホスフィンオキシド、2,3,5,6-テトラメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキシド、ベンゾイルジ(2,6-ジメチルフェニル)ホスホネートなどが挙げられる。ビスアシルホスフィンオキシド類としては、ビス(2,6-ジクロロベンゾイル)フェニルホスフィンオキシド、ビス(2,6-ジクロロベンゾイル)-2,5-ジメチルフェニルホスフィンオキシド、ビス(2,6-ジクロロベンゾイル)-4-プロピルフェニルホスフィンオキシド、ビス(2,6-ジクロロベンゾイル)-1-ナフチルホスフィンオキシド、ビス(2,6-ジメトキシベンゾイル)フェニルホスフィンオキシド、ビス(2,6-ジメトキシベンゾイル)-2,4,4-トリメチルペンチルホスフィンオキシド、ビス(2,6-ジメトキシベンゾイル)-2,5-ジメチルフェニルホスフィンオキシド、ビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)フェニルホスフィンオキシド、ビス(2,5,6-トリメチルベンゾイル)-2,4,4-トリメチルペンチルホスフィンオキシドなどが挙げられる。
【0121】
これらの非水溶性光重合開始剤(h-1)の中でも、(ビス)アシルホスフィンオキシド類、α-ジケトン類、及びクマリン化合物からなる群より選択される少なくとも一種を用いることが好ましい。これにより、可視及び近紫外領域での光硬化性に優れ、ハロゲンランプ、発光ダイオード(LED)、キセノンランプのいずれの光源を用いても十分な光硬化性を示す自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)が得られる。
【0122】
非水溶性光重合開始剤システム(h)の含有量は特に限定されないが、得られる組成物の硬化性などの観点からは、非水溶性光重合開始剤システム(h)の含有量は、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)における単量体の総量100質量部において、0.01~10質量部の範囲が好ましく、0.05~7質量部の範囲がより好ましく、0.1~5質量部の範囲がさらに好ましい。なお、非水溶性光重合開始剤システム(h)の含有量が10質量%以下である場合、非水溶性光重合開始剤システム(h)自体の重合性能が低い場合にも、齲蝕部分が存在する歯質に対して十分な接着性が得られやすく、さらには自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)からの非水溶性光重合開始剤システム(h)自体の析出を抑制できる。
【0123】
本発明における水溶性光重合開始剤システム(e)と非水溶性光重合開始剤システム(h)の質量比〔(e):(h)〕は、好ましくは10:1~1:10であり、より好ましくは7:1~1:7であり、さらに好ましくは5:1~1:5であり、特に好ましくは3:1~1:3である。水溶性光重合開始剤システム(e)が質量比10:1を超えない場合、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)自体の硬化性に優れ、健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質に対する高い初期接着力及び接着耐久性を発現できる。一方、非水溶性光重合開始剤システム(h)が質量比1:10を超えない場合、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)自体の硬化性が高められ、かつ接着界面部分の重合促進も十分に進み、健全な歯質のみならず、齲蝕部分が存在する歯質に対して高い初期接着力及び接着耐久性を発現させることできる。
【0124】
<化学重合開始剤>
本発明の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)は、さらに化学重合開始剤を含有することができ、有機過酸化物が好ましく用いられる。上記の化学重合開始剤に使用される有機過酸化物は特に限定されず、公知のものを使用することができる。代表的な有機過酸化物としては、例えば、ケトンペルオキシド、ヒドロペルオキシド、ジアシルペルオキシド、ジアルキルペルオキシド、ペルオキシケタール、ペルオキシエステル、ペルオキシジカーボネートなどが挙げられる。これら有機過酸化物の具体例としては、国際公開第2008/087977号に記載のものが挙げられる。
【0125】
本発明の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)は、実施形態によっては、さらにフィラー(i)を含むことが好ましい。
【0126】
<フィラー(i)>
フィラー(i)は、通常、無機フィラー、有機無機複合フィラー、及び有機フィラーに大別される。フィラー(i)は、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0127】
無機フィラーの素材としては、石英、シリカ、アルミナ、シリカ-チタニア、シリカ-チタニア-酸化バリウム、シリカ-ジルコニア、シリカ-アルミナ、ランタンガラス、ホウケイ酸ガラス、ソーダガラス、バリウムガラス、ストロンチウムガラス、ガラスセラミック、アルミノシリケートガラス、バリウムボロアルミノシリケートガラス、ストロンチウムボロアルミノシリケートガラス、フルオロアルミノシリケートガラス、カルシウムフルオロアルミノシリケートガラス、ストロンチウムフルオロアルミノシリケートガラス、バリウムフルオロアルミノシリケートガラス、ストロンチウムカルシウムフルオロアルミノシリケートガラス、酸化イッテルビウム、シリカコートフッ化イッテルビウムなどが挙げられる。これらもまた、1種単独で又は2種以上を混合して用いることができる。自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)の取り扱い性及び機械的強度等の観点から、前記無機フィラーの平均粒子径は0.001~50μmであることが好ましく、0.001~10μmであることがより好ましい。なお、本明細書において、フィラーの平均粒子径とは、フィラーの一次粒子の平均粒子径(平均一次粒子径)を意味する。なお、本明細書において、無機フィラーに、後記するように表面処理をした場合は、無機フィラー平均粒子径は、表面処理前の平均粒子径を意味する。
【0128】
無機フィラーの形状としては、無機フィラーの形状は特に限定されず、フィラーの粒子径を適宜選択して使用することができ、例えば、不定形フィラー及び球状フィラーが挙げられる。自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)の機械的強度を向上させる観点からは、前記無機フィラーとして球状フィラーを用いることが好ましい。ここで球状フィラーとは、走査型電子顕微鏡(以下、SEMと略す)でフィラーの写真を撮り、その単位視野内に観察される粒子が丸みを帯びており、その最大径に直交する方向の粒子径をその最大径で割った平均均斉度が0.6以上であるフィラーである。前記球状フィラーの平均粒子径は、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)中の球状フィラーの充填率が低下せず、機械的強度を維持できる点から、0.1μm以上が好ましく、前記球状フィラーの表面積が得られる硬化物の機械的強度を維持するのに十分である点から5μm以下が好ましい。
【0129】
前記無機フィラーは、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)の流動性を調整するため、必要に応じてシランカップリング剤等の公知の表面処理剤で予め表面処理してから用いてもよい。例えば、シランカップリング剤で無機フィラーの表面に存在する水酸基を表面処理することで、該水酸基が表面処理された無機フィラーを得ることができる。前記表面処理剤としては、例えば、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリ(β-メトキシエトキシ)シラン、γ-メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン、8-メタクリロイルオキシオクシルトリメトキシシラン、11-メタクリロイルオキシウンデシルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ-アミノプロピルトリエトキシシラン等のシランカップリング剤等が挙げられる。
【0130】
表面処理の方法としては、公知の方法を特に限定されずに用いることができ、例えば、無機フィラーを激しく撹拌しながら上記表面処理剤をスプレー添加する方法、適当な溶媒へ無機フィラーと上記表面処理剤とを分散又は溶解させた後、溶媒を除去する方法、あるいは水溶液中で上記表面処理剤のアルコキシ基を酸触媒により加水分解してシラノール基へ変換し、該水溶液中で無機フィラー表面に付着させた後、水を除去する方法などがあり、いずれの方法においても、通常50~150℃の範囲で加熱することにより、無機フィラー表面と上記表面処理剤との反応を完結させ、表面処理を行うことができる。なお、表面処理量は特に制限されず、例えば、処理前の無機フィラー100質量部に対して、表面処理剤を1~10質量部用いることができる。
【0131】
本発明で用いられる有機無機複合フィラーとは、上述の無機フィラーにモノマー化合物を予め添加し、ペースト状にした後に重合させ、粉砕することにより得られるものである。前記有機無機複合フィラーとしては、例えば、TMPTフィラー(トリメチロールプロパンメタクリレートとシリカフィラーを混和、重合させた後に粉砕したもの)等を用いることができる。前記有機無機複合フィラーの形状は特に限定されず、フィラーの粒子径を適宜選択して使用することができる。自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)の取り扱い性及び機械的強度等の観点から、前記有機無機複合フィラーの平均粒子径は、0.001~50μmであることが好ましく、0.001~10μmであることがより好ましい。
【0132】
有機フィラーの素材としては、例えば、ポリメタクリル酸メチル、ポリメタクリル酸エチル、メタクリル酸メチル-メタクリル酸エチル共重合体、架橋型ポリメタクリル酸メチル、架橋型ポリメタクリル酸エチル、ポリアミド、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、クロロプレンゴム、ニトリルゴム、エチレン-酢酸ビニル共重合体、スチレン-ブタジエン共重合体、アクリロニトリル-スチレン共重合体、アクリロニトリル-スチレン-ブタジエン共重合体等が挙げられ、これらは1種単独で又は2種以上の混合物として用いることができる。有機フィラーの形状は特に限定されず、フィラーの粒子径を適宜選択して使用することができる。自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)の取り扱い性及び機械的強度等の観点から、前記有機フィラーの平均粒子径は、0.001~50μmであることが好ましく、0.001~10μmであることがより好ましい。
【0133】
なお、本明細書において、フィラー(i)の平均粒子径は、レーザー回折散乱法や粒子の電子顕微鏡観察により求めることができる。具体的には、0.1μm以上の粒子の粒子径測定にはレーザー回折散乱法が、0.1μm未満の超微粒子の粒子径測定には電子顕微鏡観察が簡便である。0.1μmはレーザー回折散乱法により測定した値である。
【0134】
レーザー回折散乱法は、具体的に例えば、レーザー回折式粒子径分布測定装置(SALD-2300:株式会社島津製作所製)により、0.2%ヘキサメタリン酸ナトリウム水溶液を分散媒に用いて体積基準で測定することができる。
【0135】
電子顕微鏡観察は、具体的に例えば、粒子の走査型電子顕微鏡(株式会社日立製作所製、S-4000型)写真を撮り、その写真の単位視野内に観察される粒子(200個以上)の粒子径を、画像解析式粒度分布測定ソフトウェア(Mac-View(株式会社マウンテック製))を用いて測定することにより求めることができる。このとき、粒子の粒子径は、粒子の最長の長さと最短の長さの算術平均値として求められ、粒子の数とその粒子径より、平均一次粒子径が算出される。
【0136】
本発明では、異なった材質、粒度分布、形態を持つ2種以上のフィラーを、混合又は組み合わせて用いてもよく、また、本発明の効果を損なわない範囲内で、意図せずに、フィラー(i)以外の粒子が不純物として含まれていてもよい。本発明におけるフィラーは、市販品を使用してもよい。中でも、本発明の自己接着性歯科用コンポジットレジン(X)のハンドリング性とペースト性状の観点から、前記フィラー(i)が、平均粒子径1nm以上0.1μm未満のフィラー(i-1)と、平均粒子径0.1μm以上1μm以下のフィラー(i-2)との組み合わせ(I)、平均粒子径1nm以上0.1μm未満のフィラー(i-1)と、平均粒子径1μm超10μm以下のフィラー(i-3)との組み合わせ(II)、平均粒子径1nm以上0.1μm未満のフィラー(i-1)と、平均粒子径0.1μm以上1μm以下のフィラー(i-2)、平均粒子径1μm超10μm以下のフィラー(i-3)との組み合わせ(III)、及び平均粒子径0.1μm以上1μm以下のフィラー(i-2)同士の組み合わせ(IV)が好ましく、これらの組み合わせの中でも、齲蝕部分が存在するに対するより優れた接着性の観点から、(I)、(II)、(III)がより好ましく、(I)、(II)がさらに好ましい。平均粒子径0.1μm以上1μm以下のフィラー(i-2)同士の組み合わせ(IV)とは、平均粒子径が異なる2種の0.1μm以上1μm以下のフィラー(i-2)を含む実施形態を意味する。なお、上記組み合わせであれば、各粒子径のフィラー(i)に異なる種類のフィラーが含まれていてもよい。また、本発明の効果を損なわない範囲内で、意図せずに、フィラー以外の粒子が不純物として含まれていてもよい。
【0137】
自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)に用いられるフィラー(i)の含有量は特に限定されず、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)における単量体の総量100質量部に対して、0~2000質量部であることが好ましく、50~2000質量部がより好ましく、00~1500質量部がさらに好ましく、100~1000質量部が特に好ましい。また、ある実施形態では、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)の総量100質量部において、50~90質量部が好ましく、55~85質量部がより好ましく、60~80質量部がさらに好ましい。
【0138】
<フッ素イオン放出性物質>
自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)は、さらにフッ素イオン放出性物質を含んでいてもよい。フッ素イオン放出性物質を配合することによって、歯質に耐酸性を付与することができる自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)が得られる。かかるフッ素イオン放出性物質としては、例えば、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、モノフルオロリン酸ナトリウム、フッ化リチウム、フッ化イッテルビウムなどの金属フッ化物類などが挙げられる。上記フッ素イオン放出性物質は、1種単独を配合してもよく、2種以上を組み合わせて配合してもよい。
【0139】
この他、自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)には、本発明の効果を阻害しない範囲で、N-メチルジエタノールアミン及びトリエタノールアミン等のpH調整剤、重合禁止剤、増粘剤、着色剤(染料、顔料)、蛍光剤、香料などを配合してもよい。これらは、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。また、セチルピリジニウムクロライド、塩化ベンザルコニウム、(メタ)アクリロイルオキシドデシルピリジニウムブロマイド、(メタ)アクリロイルオキシヘキサデシルピリジニウムクロライド、(メタ)アクリロイルオキシデシルアンモニウムクロライド、トリクロサンなどの抗菌性物質を配合してもよい。
【0140】
本発明の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)は、上記したように、硬化不良や硬化遅延などの不都合を生じない限りにおいて、微量の水分や有機溶媒の混入(例えば、該組成物に対して3質量%以下)は許容され、該組成物に対して、水及び有機溶媒の含有量は、1質量%以下が好ましく、0.1質量%以下がより好ましい。
【0141】
本発明は、本発明の効果を奏する限り、本発明の技術的思想の範囲内において、上記の構成を種々組み合わせた実施形態を含む。
【実施例0142】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。また、実施例の中で説明されている特徴の組み合わせすべてが本発明の解決手段に必須のものとは限らない。以下の実施例及び比較例で用いた各種成分とその略称、構造、並びに試験方法は、以下の通りである。
【0143】
・象牙質石灰化剤(X)
[リン酸四カルシウム(a)の調製]
本実施例で使用するリン酸四カルシウム粒子(平均粒子径:5.0μm、9.2μm)は、太平化学産業株式会社の製品をそのまま使用した。
【0144】
[リン酸のアルカリ金属塩(b)の調製]
本実施例で使用するリン酸一水素ナトリウム(平均粒子径4.6μm)は、市販のリン酸一水素ナトリウム(富士フイルム和光純薬株式会社製)をナノジェットマイザー(NJ-100型、株式会社アイシンナノテクノロジーズ製)で、粉砕圧力条件を原料供給圧:0.7MPa/粉砕圧:0.7MPa、処理量条件を8kg/hrとし、1回処理することにより得た。
【0145】
[酸性リン酸カルシウム(f)の調製]
本実施例で使用する無水リン酸一水素カルシウム(DCPA)粒子(平均粒子径1.1μm)は、市販の無水リン酸一水素カルシウム粒子(太平化学産業株式会社製、平均粒子径15.0μm)50g、95%エタノール(富士フイルム和光純薬株式会社製「Ethanol(95)」)を120g、及び直径が10mmのジルコニアボール240gを400mlのアルミナ製粉砕ポット(株式会社ニッカトー製「Type A-3 HDポットミル」)中に加えて120rpmの回転速度で24時間湿式粉砕を行うことで得られたスラリーをロータリーエバポレータでエタノールを留去した後、60℃で6時間乾燥させ、さらに60℃で24時間真空乾燥することで得た。
【0146】
・自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)
[酸性基を有する単量体(c)]
MDP:10-メタクリロイルオキシデシルジヒドロジェンホスフェート
【0147】
[酸性基を有しない疎水性単量体(d-1)]
Bis-GMA:2,2-ビス〔4-(3-メタクリロイルオキシ-2-ヒドロキシプロポキシ)フェニル〕プロパン
UDMA:2,2,4-トリメチルヘキサメチレンビス(2-カルバモイルオキシエチル)ジメタクリレート
3G:トリエチレングリコールジメタクリレート
【0148】
[酸性基を有しない親水性単量体(d-2)]
HEMA:2-ヒドロキシエチルメタクリレート
DEAA:N,N-ジエチルアクリルアミド
【0149】
[水溶性光重合開始剤システム(e)]
・水溶性開裂型光重合開始剤(e-1)
Li-TPO:フェニル(2,4,6-トリメチルベンゾイル)ホスフィン酸リチウム(下記式(5)で表される化合物)
【化10】
25℃での水への溶解度:45g/L
【0150】
Na-TPO:フェニル(2,4,6-トリメチルベンゾイル)ホスフィン酸ナトリウム(下記式(6)で表される化合物)
【化11】
25℃での水への溶解度:28g/L
【0151】
BAPO-OLi:ビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)ホスフィン酸リチウム(下記式(7)で表される化合物)
【化12】
25℃での水への溶解度:52g/L
【0152】
BAPO-ONa:ビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)ホスフィン酸ナトリウム(下記式(8)で表される化合物)
【化13】
25℃での水への溶解度:60g/L
【0153】
・水溶性増感剤(e-2)
CQ-COONa(下記式(9)で表される化合物)
【化14】
25℃での水への溶解度:>10g/L
【0154】
・非水溶性還元剤(e-3)
DABE:4-(N,N-ジメチルアミノ)安息香酸エチル
25℃での水への溶解度:<1g/L
【0155】
・非水溶性光増感剤(e-4)
CQ:dl-カンファーキノン
25℃での水への溶解度:1.7g/L
【0156】
・水溶性還元剤(e-5)
AMN-COOLi(下記式(10)で表される化合物)
【化15】
25℃での水への溶解度:>10g/L
【0157】
[非水溶性光重合開始剤(h-1)]
TMDPO-A1(下記式(11)で表される化合物)
【化16】
25℃での水への溶解度:<10g/L
【0158】
BAPO-A1(下記式(12)で表される化合物)
【化17】
25℃での水への溶解度:<10g/L
【0159】
TMDPO:2,4,6-トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキシド
25℃での水への溶解度:<1g/L
BAPO:ビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)フェニルホスフィンオキシド
25℃での水への溶解度:<1g/L
【0160】
[フィラー(i)]
無機フィラー1:日本アエロジル株式会社製の微粒子シリカ「アエロジル(登録商標) 380」、平均粒子径:7nm
無機フィラー2:シラン処理珪石粉
珪石粉(株式会社ニッチツ製、商品名:ハイシリカ)をボールミルで粉砕し、粉砕珪石粉を得た。得られた粉砕珪石粉の平均粒子径をレーザー回折式粒子径分布測定装置(株式会社島津製作所製、型式「SALD-2300」)を用いて体積基準で測定したところ、2.2μmであった。この粉砕珪石粉100質量部に対して、常法により4質量部のγ-メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランで表面処理を行い、シラン処理珪石粉を得た。
無機フィラー3:シラン処理バリウムガラス粉
バリウムガラス(エステック社製、商品名「E-3000」)をボールミルで粉砕し、バリウムガラス粉を得た。得られたバリウムガラス粉の平均粒子径をレーザー回折式粒子径分布測定装置(株式会社島津製作所製、型式「SALD-2300」)を用いて体積基準で測定したところ、2.4μmであった。このバリウムガラス粉100質量部に対して常法により3質量部のγ-メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランで表面処理を行い、シラン処理バリウムガラス粉を得た。
【0161】
[その他]
BHT:2,6-ジ-t-ブチル-4-メチルフェノール(安定剤(重合禁止剤))
【0162】
[実施例1~17及び比較例1~6]
[象牙質石灰化剤の粉剤の調製]
リン酸四カルシウム(a)の粒子26.2g、リン酸一水素二ナトリウム(b)の粒子5g、無水リン酸一水素カルシウム(f)の粒子9.8及び特開平2-258602号公報に開示の方法で微粒子化したフッ化ナトリウム粒子(平均粒子径0.7μm)0.21gを高速回転ミル(アズワン株式会社製「SM-1」)中に加え、1000rpmの回転速度で3分間混合することで象牙質石灰化剤の粉剤を得た。
【0163】
[象牙質石灰化剤(X)の調製]
上記で得た象牙質石灰化剤の粉剤と精製水を象牙質石灰化剤の粉剤/精製水=1.2の質量比で混合することでペースト状の象牙質石灰化剤を調製した。
【0164】
[1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジン(Y)の調製]
表1~3に示す原料を常温(23℃)暗所で混合、及び混練してペースト状の1材型の自己接着性歯科用コンポジットレジンを調製し、以下の試験例1の方法に従って特性を調べた。
【0165】
[人工脱灰象牙質の調製]
齲蝕部分が存在する歯質を想定した人工脱灰象牙質を以下のようにして調製した。すなわち、まずウシ下顎前歯の唇面を流水下にて#80のシリコンカーバイド紙(日本研紙株式会社製)で研磨して、象牙質の平坦面を露出させたサンプルを得た。得られたサンプルを流水下にて#1000のシリコンカーバイド紙(日本研紙株式会社製)でさらに研磨した。研磨後、表面の水をエアブローすることで乾燥した。次に、非特許文献2の人工脱灰象牙質の作製に関する記載を参考にして、象牙質露出面の中央部(4mm×4mm)を除いた歯面をネイルバーニッシュでコーティング後、1NのKOH水溶液でpH5.0に調製した、2.2mmol/LのCaCl2、2.2mmol/LのNa2HPO4、及び、50mmol/LのCH3COOHを含有する脱灰水溶液に5日間浸漬して、象牙質露出面に脱灰象牙質を形成させた。
【0166】
〔試験例1:人工脱灰象牙質に対する引張り接着強さ〕
上記のように調製した人工脱灰象牙質を流水下にて洗浄し、表面の水をエアブローすることで乾燥した。乾燥後の平滑面(脱灰象牙質が形成された部分)の象牙質表面のうち4mm×4mmの範囲に、マイクロブラシを用いて象牙質石灰化剤を30秒間擦り塗った。次いで、表面に僅かに残存するペーストの微小粒子を水で濡らした綿球で10秒間、象牙質表面を清掃し、象牙質石灰化剤処理面を形成した。
【0167】
被着体サンプルの象牙質石灰化剤処理面に、直径3mmの丸穴を有する厚さ約150μmの粘着テープを貼着して接着面積を規定した。上記各実施例又は比較例で作製した自己接着性歯科用コンポジットレジンを上記の丸穴内に充填し、離型フィルム(ポリエステル)で被覆した。次いで、その離型フィルムの上にスライドガラスを載置して押しつけることで、前記自己接着性歯科用コンポジットレジンの塗布面を平滑にした。続いて、前記離型フィルムを介して、前記自己接着性歯科用コンポジットレジンに対して、歯科用LED光照射器(ウルトラデント社製、商品名「VALO」)にて10秒間光照射することにより、前記自己接着性歯科用コンポジットレジンを硬化させた。
得られた自己接着性歯科用コンポジットレジンの硬化物の表面に対して、市販の歯科用レジンセメント(クラレノリタケデンタル株式会社製、商品名「パナビア(登録商標)21」)を用いてステンレス製円柱棒(直径7mm、長さ2.5cm)の一方の端面(円形断面)を接着した。接着後、当該サンプルを30分間室温で静置した後、蒸留水に浸漬して、接着試験供試サンプルを得た。当該接着試験供試サンプルは各実施例又は比較例毎に20個作製し、蒸留水に浸漬した状態で、37℃に保持した恒温器内に24時間静置した。
上記のサンプル20個のうちの10個については、初期接着力を評価するため、上記のように24時間静置した後、直ちにそれらの引張り接着強さを測定した。当該引張り接着強さの測定は、万能試験機(株式会社島津製作所製)を用いて、クロスヘッドスピードを2mm/分に設定して行った。得られた引張り接着強さの値の平均値を初期接着力とした。
また、残りのサンプル10個については、接着耐久性を評価するため、さらに、4℃の冷水と60℃の温水に交互に1分間浸漬する工程を1サイクルとする熱サイクルを4000サイクル行った後に、上記と同様にして引張り接着強さを測定した。得られた引張り接着強さの値の平均値を接着耐久性とした。
【0168】
【0169】
【0170】
【0171】
上記の結果からも明らかなように、本発明に係る歯科用接着キット(実施例1~17)は、齲蝕部分が存在する歯質を想定した人工脱灰象牙質に対し、初期接着力として11MPa以上の引張り接着強さと、接着耐久性として10MPa以上の引張り接着強さを発現しており、齲蝕部分が存在する歯質に対しても高い接着性(初期接着力及び接着耐久性)を示すことがわかった。
【0172】
これに対して、本発明の構成を満たさない比較例1~5の歯科用接着キットでは、人工脱灰象牙質に対する初期接着力は高い場合でも6.9MPaであり、接着耐久性は3.3MPa以下であった。また、本発明の象牙質石灰化剤(X)を用いず自己接着性歯科用コンポジットレジンのみである比較例6では、接着耐久性については、3.7MPaであった。