IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ トヨタ自動車株式会社の特許一覧 ▶ 協同油脂株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-導電性潤滑剤及び摺動部材 図1
  • 特開-導電性潤滑剤及び摺動部材 図2
  • 特開-導電性潤滑剤及び摺動部材 図3
  • 特開-導電性潤滑剤及び摺動部材 図4
  • 特開-導電性潤滑剤及び摺動部材 図5
  • 特開-導電性潤滑剤及び摺動部材 図6
  • 特開-導電性潤滑剤及び摺動部材 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023095563
(43)【公開日】2023-07-06
(54)【発明の名称】導電性潤滑剤及び摺動部材
(51)【国際特許分類】
   C10M 171/00 20060101AFI20230629BHJP
   C10M 103/02 20060101ALI20230629BHJP
   F16C 33/10 20060101ALI20230629BHJP
   F16C 33/66 20060101ALI20230629BHJP
   C10N 50/10 20060101ALN20230629BHJP
   C10N 30/00 20060101ALN20230629BHJP
   C10N 40/02 20060101ALN20230629BHJP
【FI】
C10M171/00
C10M103/02 Z
F16C33/10 Z
F16C33/66 Z
C10N50:10
C10N30:00 D
C10N40:02
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021211531
(22)【出願日】2021-12-24
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000162423
【氏名又は名称】協同油脂株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 健一朗
(72)【発明者】
【氏名】林 圭二
(72)【発明者】
【氏名】新吉 隆利
(72)【発明者】
【氏名】吉原 径孝
(72)【発明者】
【氏名】飯島 昌俊
【テーマコード(参考)】
3J011
3J701
4H104
【Fターム(参考)】
3J011AA06
3J011AA20
3J011JA02
3J011RA01
3J011SE02
3J701AA02
3J701BA77
3J701CA40
3J701EA63
3J701EA64
3J701EA70
3J701EA72
3J701GA03
3J701GA11
3J701GA14
3J701GA24
3J701GA41
3J701GA51
3J701XB48
3J701XE01
3J701XE03
3J701XE32
3J701XE38
3J701XE40
3J701XE50
4H104BA07A
4H104BB08A
4H104BB31A
4H104BB41A
4H104CB14A
4H104CJ02A
4H104DA02A
4H104EA14C
4H104LA14
4H104PA02
4H104QA18
(57)【要約】
【課題】優れた導電性を安定して有することができる導電性潤滑剤、並びにそれを用いた摺動部材の提供。
【解決手段】導電性物質を含む導電性潤滑剤であって、パルスNMR測定により得られる下記R2SP値が、0.8以上であることを特徴とする導電性潤滑剤。
R2SP=(ブランク緩和時間/導電性潤滑剤緩和時間)-1
前記導電性潤滑剤は、ゼータ電位が-12mV以下であることが好ましく、増ちょう剤をさらに含むグリースであることが好ましい。また、前記導電性物質は、カーボン系導電性物質であることが好ましい。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性物質を含む導電性潤滑剤であって、
パルスNMR測定により得られる下記R2SP値が、0.8以上であることを特徴とする導電性潤滑剤。
R2SP=(ブランク緩和時間/導電性潤滑剤緩和時間)-1
【請求項2】
ゼータ電位が-12mV以下である、請求項1に記載の導電性潤滑剤。
【請求項3】
前記導電性物質が、カーボン系導電性物質である、請求項1または2に記載の導電性潤滑剤。
【請求項4】
前記導電性潤滑剤が、さらに、増ちょう剤を含むグリースである、請求項1~3のいずれか一項に記載の導電性潤滑剤。
【請求項5】
摺動面に、請求項1~4のいずれか一項に記載の導電性潤滑剤からなる塗膜を有することを特徴とする摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性物質を含む導電性潤滑剤及びそれを用いた摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで、導電性潤滑剤の導電性を向上及び維持させる方法が種々検討されてきた。具体的には、導電性潤滑剤が含有する導電性物質の処方量や粒子径、組み合わせる分散剤、体積抵抗率やちょう度などの性状、部品への封入量などの検討が行われてきた。
【0003】
特許文献1には、特定量の導電性カーボンを含む、特定の体積抵抗率及び混和ちょう度を有する導電性潤滑グリースが開示されている。また、特許文献1には、当該導電性潤滑グリースを充填させた転がり軸受は、使用中における経時的な導電性の低下を防ぐことができる旨記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002-053890号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1を始めとした従来の検討は、導電性潤滑剤の成分処方や性状に着目したものであり、得られる導電性潤滑剤の導電性が不十分な場合があった。
また、これらの検討では、導電性に優れる潤滑剤成分の存在状態は不明であり、導電性潤滑剤における分散性と導電性との関係は明らかになっていなかった。このように、導電性潤滑剤の性能向上には不明確な部分が多々残されており、検討の余地が残されていた。
【0006】
本発明は、このような課題を鑑みてなされたものであり、優れた導電性を安定して有することができる導電性潤滑剤、並びにそれを用いた摺動部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するための一態様は、導電性物質を含む導電性潤滑剤であって、パルスNMR測定により得られる下記R2SP値が、0.8以上である導電性潤滑剤である。
R2SP=(ブランク緩和時間/導電性潤滑剤緩和時間)-1
【0008】
本発明者らは、導電性潤滑剤の分散性と導電性との関係に着目し、分散性としてパルスNMR(nuclear magnetic resonance:核磁気共鳴)の測定の緩和時間を、導電性としてMTM(mini traction machine)試験のECR(Electrical Contact Resistance/接触部電気抵抗)を指標にした際に、導電性潤滑剤におけるパルスNMRの緩和時間が短い(分散性が良好である)と、良好な導電性を有することを発見した。具体的には、本発明に係る導電性潤滑剤は、上述したR2SP値を0.8以上とすることで、良好な導電性を安定して有することができる。
【0009】
ここで、前記導電性潤滑剤における、ゼータ電位は、-12mV以下であることが好ましい。ゼータ電位が-12mV以下であると、導電性潤滑剤の分散安定性がより向上する。
【0010】
さらに、前記導電性物質は、カーボン系導電性物質であることが好ましい。導電性物質として、カーボンブラック及び黒鉛等のカーボン系導電性物質を用いることで、耐摩耗性及び耐焼付き性をより向上させることができる。
【0011】
また、前記導電性潤滑剤は、さらに、増ちょう剤を含むグリースであることが好ましい。グリース組成物とすることで、潤滑剤の膜が付着した状態を保つのが困難な潤滑面が動く摺動部材であっても、容易に潤滑剤の塗膜を保持した状態に維持できる。
【0012】
また、上記目的を達成するための一態様は、摺動面に、上述した導電性潤滑剤からなる塗膜を有する摺動部材である。本発明に係る摺動部材は、摺動面により安定した導電性を有することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、優れた導電性を安定して有することができる導電性潤滑剤、並びにそれを用いた摺動部材を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】導電性潤滑剤の分散性を示す指標であるパルスNMR測定における緩和時間(R2SP)と、導電性を示す指標であるMTM試験における電気抵抗(ECR)との間の関係の例を示すグラフである。
図2】ゼータ電位とECRとの間の関係の例を示すグラフである。
図3】微粒子分散液における、微粒子(分散質)と、液体粒子(分散媒)との関係を示す概略図である。
図4】微粒子分散液における微粒子化と、緩和時間との関係の例を示すグラフである。
図5】MTM試験方法を説明するための図である。
図6】MTM試験方法における実施例1に対応するECR測定チャートを示すグラフである。
図7】MTM試験方法における比較例1に対応するECR測定チャートを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
特許文献1を始めとした従来の検討では、導電性潤滑剤の導電性向上のために、含有する導電性物質等の各成分の処方や導電性潤滑剤の性状等に着目していたため、制限が多く組成が制限される場合や、他の要素の影響で安定した導電性が得られない場合があった。
【0016】
一方、本発明に係る導電性潤滑剤(以下、本潤滑剤と称することがある)では、導電性の指標として潤滑剤成分の分散性に着目した。すなわち、この潤滑剤成分の分散性が一定の条件、具体的には、パルスNMR測定のR2SP値が0.8以上であり、優れた分散性を有することにより、導電性潤滑剤が良好な導電性を安定して有することを見出した。
【0017】
通常、潤滑剤の主成分である基油は、絶縁性物質であるため、金属間に存在した場合であっても電気を通さない。このため、カーボンブラックなどの導電性カーボンを始めとした導電性物質を添加することで、潤滑剤が導電性を有し、通電するようになる。このことから、本発明者らは、潤滑剤中の導電性物質の分散状態の違いにより導電性が変化すると推測した。そして、詳細は後述するが、同一処方の分散状態の異なる導電性潤滑剤(グリース)を複数製造し、各潤滑剤の導電性を測定したところ、図1に示すように、予測通り異なる結果が得られた。図1は、R2SP値で表される緩和時間(分散状態)の異なる導電性潤滑剤の導電性測定結果の例を示すものであり、導電性潤滑剤の分散性を示す指標であるパルスNMR測定における緩和時間と、導電性を示す指標であるMTM試験における電気抵抗との間の関係を示すグラフである。
【0018】
このように、導電性潤滑剤の分散状態を表す手法としては、パルスNMRの緩和時間を用いる。すなわち、微粒子(分散質)に束縛される液体粒子(分散媒)が多いほど、言い換えると、微粒子化し分散されている(分散性が良好な)ほど、パルスNMR測定において、与えられた電磁波のエネルギー交換がおこりやすくなる。したがって、パルスNMR測定において、パルスを照射して励起した状態から元の安定状態に戻るまでの時間(緩和時間)が短くなる。なお、図1に示すR2SP値は大きいほど、緩和時間が短いことを表す。
【0019】
また、導電性潤滑剤の導電性を表す手法としては、MTM試験のECRを用いて、微量の電圧を印加した際の接触部電気抵抗により導電性を評価する。なお、図1に示すECRは小さいほど、導電性が良好であることを表す。
【0020】
なお、従来より導電性を示す値として、単位体積あたりの電気抵抗値を表す体積抵抗率が用いられてきた。当該値は、具体的には、互いに向かい合う2面の電極にはさまれた物質の抵抗値を測定するもので、通常、数mm~数十mmの厚みのある、静止状態の物質の抵抗値を測定する。しかしながら、この方法は、物質固有の抵抗を容易に測定できる一方、実際に部品内で使用される環境での抵抗値測定から乖離が生じる場合があった。
【0021】
本発明では、MTM試験による抵抗値測定により、実部品に近い状態、例えば軸受内のせん断のかかる場所で、かつボールと溝のサブミクロンオーダーの薄い隙間に存在する潤滑剤の導電性評価を可能とするとともに、パルスNMRの分散性評価にて、その導電性と関連づけることができる。このように、本発明におけるMTM試験による導電性評価方法は、従来の方法と比較して実使用条件に近い状態で評価を行うことができる。
【0022】
上述した検討の結果、パルスNMRにおける緩和時間が短いと、良好な導電性が得られることが分かり、導電性潤滑剤の分散状態と導電性の評価指標および関係性を見出すことができた。
【0023】
以下、本発明を適用した具体的な実施形態について、図面を参照しながらより詳細に説明する。ただし、本発明がこれらの実施形態に限定される訳ではない。また、説明を明確にするため、本明細書の記載及び図面は、適宜、簡略化されている。
【0024】
<導電性潤滑剤>
本潤滑剤は、導電性物質を含む導電性潤滑剤組成物であり、パルスNMR測定により得られる下記R2SP値が0.8以上であり、0.85以上であることが好ましい。
R2SP=(ブランク緩和時間/導電性潤滑剤緩和時間)-1
【0025】
R2SPが0.8以上の場合、導電性潤滑剤中で、導電性物質やその他の固体潤滑剤が均一に微分散することができ、分散性が良好となり、導電性潤滑剤中の電位の移動が円滑となる。また、例えば、金属間に導電性潤滑剤を配した際に、金属表面に配される防錆剤等の絶縁性被膜の隙間に導電性物質がコンタクトし易い。その結果、良好な導電性を安定して与えることができる。このように、R2SP値は大きい程、分散性が良好となり、緩和時間が短くなり、結果的に導電性が良好となる。
【0026】
一方、R2SPが0.8未満の場合、導電性潤滑剤中で、導電性物質やその他の固体潤滑剤が凝集してしまい、電位の移動が遮断される。また、上記絶縁性被膜の隙間に導電性物質がコンタクトし難く、良好な導電性を安定して得ることができない。このように、R2SP値は小さい程、分散性が低下し(凝集しやすくなり)、緩和時間が長くなり、結果的に良好な導電性を得ることが困難となる。これらの内容は後述する実施例1及び比較例1の実験結果(図1参照)からも明らかである。なお、実施例1及び比較例1と異なる処方の導電性潤滑剤組成物に対して、同様に、R2SP値を測定したところ、いずれにおいてもR2SP値が0.8以上の場合に、導電性が良好になることが確認された。具体的には、実施例1と潤滑剤の処方を変更した2つの例では、それぞれR2SP値が、0.857と0.896の場合に、ECRが39.6%と20.1%となった。また、実施例1に対して導電性物質を増量させた例であってもR2SP値が1.261の場合に、ECRが11.0%となり、処方によらず、R2SPが0.8以上であれば、良好な導電性を得られることが分かった。
【0027】
次に、図3及び図4を参照する。図3は、微粒子分散液における、微粒子(分散質)と、液体粒子(分散媒)との関係を示す概略図である。また、図4は、微粒子分散液における微粒子化と、緩和時間との関係の例を示すグラフである。
図3に示すように、微粒子分散液である導電性潤滑剤では、導電性物質やその他の固体潤滑剤等で構成される(微)粒子1(分散質)と、基油や水、液体添加剤等の固体以外の成分で構成される液体粒子(分散媒)とが存在している。そして、当該液体粒子には、粒子表面に接触していない自由な状態、すなわちバルク状態の液体粒子2として存在しているものと、粒子1の表面に接触し、粒子表面に拘束された状態の液体粒子3として存在しているものとがある。
図4に示すように、符号aに示すバルク状態の液体粒子(バルク液)は、緩和時間が長くなる。また、符号bに示す微粒子分散液の緩和時間は、粒子表面に拘束された液体粒子が増えれば増えるほど、短くなる。さらに、符号cに示す粒子表面に拘束された状態の液体粒子は緩和時間が短くなる。したがって、微粒子分散液における粒子表面に拘束された状態の液体粒子が増えるほど、すなわち、分散性が良くなるほど、緩和時間が短くなる。なお、粒子自体の大きさが異なる場合には、比表面積が大きい、すなわち、粒子径が小さいほど、分散性が良くなり、緩和時間は短くなる。導電性潤滑剤のR2SP値の測定方法に関しては後述する。
【0028】
このように、本潤滑剤は、特定のR2SP値を有するため、安定した導電性を提供することができる。
【0029】
本潤滑剤では、ゼータ電位が、-12mV以下であることが好ましく、-18mV以下であることがより好ましい。ここで、ゼータ電位とは、粒子から十分に離れて電気的に中性である領域の電位をゼロと定義した際に、ゼロ点を基準とした摺動面(滑り面)の電位のことを意味する。微粒子の場合、ゼータ電位の絶対値が増加する程、粒子間の反発力が大きくなり、分散性が安定する。一方、ゼータ電位がゼロに近づく程、粒子は凝集しやすくなる。このため、ゼータ電位は、粒子の分散安定性の指標として用いることができる。
すなわち、導電性潤滑剤のゼータ電位が、-12mV以下であれば、分散性がより安定し好ましい。ゼータ電位の測定方法に関しては後述する。
【0030】
本潤滑剤は、導電性物質の他に、基油、増ちょう剤、その他添加剤を含むことができる。各成分の配合量は本発明の効果を得られる範囲で適宜設定でき、特に限定されない。以下に各成分に関して詳しく説明する。
【0031】
(基油)
基油は、本潤滑剤に含まれる成分のうち、最も多く含む成分(主成分)であることができ、導電性潤滑剤の技術分野で通常使用される基油から適宜選択して用いることができる。
基油としては、例えば、鉱油及び合成油を用いることができる。
【0032】
・鉱油
鉱油としては、例えば、パラフィン系鉱油及びナフテン系鉱油を用いることができる。この中でも、例えば、減圧蒸留、油剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、硫酸洗浄、白土精製、及び水素化精製等の精製方法から選択される1種以上を適宜組み合わせて製造された鉱油を基油として用いることが好ましい。
【0033】
・合成油
合成油としては、例えば、炭化水素系合成油、フェニルエーテル系合成油、エステル系合成油、ポリグリコール系合成油、及びシリコーン油等を用いることができる。
炭化水素系合成油としては、具体的に、1-デセンを出発原料とするポリα-オレフィン油及びα-オレフィンとエチレンとのコオリゴマー油等を挙げることができる。
これらの合成油の中でも、炭素及び水素原子のみからなる炭化水素系合成油を基油として用いることが好ましい。
【0034】
このように、基油は、これらの鉱油及び合成油のうちの1種を単独で用いてもよいし、複数種を併用して、例えば、混合物として用いてもよい。
本潤滑剤は、基油を含有することにより、摺動部、例えば、車軸転がり軸受の摺動面に所望の潤滑性を発現することができる。
【0035】
基油の動粘度は、適宜設定できるが、40℃において、40~200mm/sであることが好ましく、60~100mm/sであることがより好ましい。
基油の動粘度が40mm/s以上であれば、本潤滑剤を適用する摺動部材、例えば、車軸転がり軸受において十分な油膜を容易に形成でき、摺動面への損傷を容易に防ぐことができる。基油の動粘度は、ガラス細管粘度計を用いて、JIS K2283に基づき測定できる。
【0036】
(導電性物質)
導電性物質は、導電性潤滑剤の技術分野において、通常使用される各種物質より適宜選択して用いることができる。導電性物質としては、例えば、カーボン系導電性物質及び金属系導電性物質を挙げることができる。
【0037】
・カーボン系導電性物質
カーボン系導電性物質としては、例えば、カーボンブラック等のカーボン粉末;PAN(Poly acrylonitrile)系炭素繊維、ピッチ系炭素繊維等の炭素繊維;膨張化黒鉛粉砕品等のカーボンフレーク;カーボンナノチューブ等の炭素超短繊維、フラーレン等のナノ粒子炭素材等を用いることができる。
【0038】
・金属系導電性物質
金属系導電性物質としては、例えば、Ag,Ni,Cu,Zn,Al,ステンレス等の金属粉末;Ag,Ni,Cu,Zn,Al等の金属フレーク;Fe,Cu,ステンレス,銀メッキCu,黄銅等の金属繊維等を用いることができる。
【0039】
これらの中でも、導電性物質としては、カーボンブラック及び黒鉛などのカーボン系導電性物質を用いることが好ましい。これらのカーボン系導電性物質を用いることで、例えば、車軸転がり軸受において、固体潤滑剤として作用でき、耐摩耗性及び耐焼付き性を向上させることができる。
【0040】
さらに、この中で、導電性物質として、より好ましくはカーボンブラックであり、より具体的には、ファーネス法導電性カーボンブラック、アセチレンブラック、ケッチェンブラックが好ましい。カーボンブラックの1次粒径は10~100nmが好ましく、10~50nmがより好ましい。1次粒径が10~10nmと細かいことで、良好な分散状態において金属表面に配される防錆剤等の絶縁性被膜の隙間に導電性物質がよりコンタクトし易くなる。また、カーボンブラックの比表面積としては、50~1500m/gが好ましく、200~1000m/gがより好ましい。50~1500m/gと適度な比表面積を有することで、少量で硬さを容易に維持でき、部品への付着性を一層あげることができる上に、例えば硬くなりすぎることによるトルクの上昇を容易に抑えることができる。カーボンブラックのDBP吸油量としては、50~500ml/100gが好ましく、100~400ml/100gがより好ましい。50~500ml/100gと適度な油分保持能力を有することで、潤滑場への油分供給を容易に維持できるとともに、外部への油分漏洩を容易に抑制できる。
【0041】
なお、導電性物質は、1種を単独で用いてもよいし、複数種を併用して(例えば、混合物として使用して)もよい。
【0042】
(増ちょう剤)
増ちょう剤は、導電性潤滑剤の技術分野で通常使用される各種物質より適宜選択して用いることができる。増ちょう剤としては、例えば、カルシウム石けん、リチウム石けんなどの石けん系増ちょう剤;カルシウムコンプレックス、リチウムコンプレックスなどの複合石けん系増ちょう剤;ジウレア、ポリウレアなどのウレア系増ちょう剤;ナトリウムテレフタラメート、PTFEなどの有機系増ちょう剤;有機化クレイ、シリカなどの無機系増ちょう剤を用いることができる。
これらの中でも、耐熱性、せん断安定性、耐水性に優れ、低コストであることから、増ちょう剤として、ウレア系増ちょう剤を用いることが好ましい。本潤滑剤を増ちょう剤を含むグリース組成物とすることで、潤滑剤の膜が付着した状態を保つのが困難な潤滑面が動く摺動部材であっても、容易に潤滑剤の塗膜を保持した状態に維持できる。なお、グリースは、通常、基油、増ちょう剤及び添加剤を含むものであり、増ちょう剤の3次元的網目構造により基油を半固体状に固めた状態となっている。
【0043】
(添加剤)
その他の添加剤としては、導電性潤滑剤の技術分野で通常使用される各種添加剤から任意に選択して用いることができる。添加剤としては、例えば、二硫化モリブデン、PTFE及びMCA等の固体添加剤;硫化オレフィン、硫化エステル、硫化油脂等の極圧剤;リン酸エステル、酸性リン酸エステル、酸性リン酸エステルアミン塩、亜鉛ジチオフォスフェート及び亜鉛ジチオカーバメート等の耐摩耗剤;アルコール類、アミン類、エステル類、動植物系油脂等の油性剤;フェノール系酸化防止剤及びアミン系酸化防止剤等の酸化防止剤;脂肪酸アミン塩類、ナフテン酸亜鉛類及び金属スルフォネート類等の錆止め剤;ベンゾトリアゾール類、チアジアゾール類等の金属不活性化剤を用いることができる。
なお、これらの添加剤は、1種を単独で用いてもよいし、複数種を併用して(例えば、混合物として使用して)もよい。
【0044】
本潤滑剤の混和ちょう度は、250~350であることが好ましい。混和ちょう度が250以上であれば、摺動部材(例えば車軸転がり軸受)において、適度なトルクを容易に保つことができる。また、混和ちょう度が350以下であれば、適度な柔らかさの潤滑剤とすることができ、漏洩の心配がない。なお、混和ちょう度は、グリースの硬さを表し、ちょう度の数値が大きい程軟らかく、小さい程硬いグリースとなり、JIS K 2220 7に記載の方法に基づいて測定することができる。
【0045】
<摺動部材>
本発明に係る摺動部材(以下、本摺動部材と称することがある)は、上述した本発明に係る導電性潤滑剤からなる塗膜を摺動面に有する。このため、本摺動部材は、摺動面に良好な導電性を安定して有することができる。
【0046】
なお、摺動部材は、摺動面を有する部材であればよく、例えば、すべり軸受及び転がり軸受(ベアリング)をも含むものである。より具体的には、摺動部材としては、産業機械用各種モータ、事務機器用各種モータ、自動車用各種モータに使用される転がり軸受、自動車車輪用軸受、オルタネータ、電磁クラッチ、アイドラプーリ、タイミングベルト用テンショナー等の自動車用電装部品や補機部品に使用される転がり軸受、風車やロボット、自動車などの減速機や増速機等に使用される各種歯車、電動パワーステアリングや工作機械等に使用されるボールねじ、産業機器や電子機器等に使用される直動案内軸受、自動車のドライブシャフトやプロペラシャフト等に使用される等速ジョイント、ジャーナル軸受、ピストン、ネジ、ロープ、チェーンなどが挙げられる。この中で、本発明は、車輪支持用転がり軸受装置、車軸軸受、ハブユニット、ハブベアリング、ホイールハブベアリング又はホイールベアリング等と呼称される車軸を支持する転がり軸受に好適に使用される。
【実施例0047】
以下に、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、以下の実施例は本発明の権利範囲を何ら制限するものではない。
【0048】
(実施例1及び比較例1)
鉱物油中でジフェニルメタンジイソシアネートとアミンとを反応させ、昇温、冷却した後、添加剤を混合し、3本ロールミルで分散して製造した。
3本ロールミルのせん断隙間(クリアランス)を変えて分散性に差をつけた以外は、同一の増ちょう剤、基油、導電性物質(カーボンブラック)及びその他添加剤(酸化防止剤、防錆剤等)を同量添加、混合して、実施例1及び比較例1の導電性潤滑剤(グリース)組成物を調製した。3本ロールミルのクリアランスに関しては、実施例1は分散性を強化するため狭く(10~40μm)設定、比較例1は分散性を弱くするため広く(70~100μm)設定した。
得られた各組成物に対して、パルスNMR測定、MTM試験、ゼータ電位測定を行った。各測定方法を以下に示し、各測定結果を表1に示す。また、実施例1及び比較例1における分散性(R2SP値)と、導電性(ECR)との関係を図1に示す。さらに、実施例1及び比較例1における分散性(R2SP値)と、ゼータ電位との関係を図2に示す。
【0049】
・パルスNMR測定
評価NMR装置として、Acorn Area(商品名、米国Xigo Nanotool社製)を使用し、室温(25℃)条件下、固体成分を含まない溶媒(ブランク)及び得られた各導電性潤滑剤の緩和時間をそれぞれ測定し、R2SP値を求めた。なお、R2SP値は、(ブランク緩和時間/潤滑剤緩和時間)-1の値である。なお、ブランクの緩和時間は同一であるため、導電性潤滑剤の緩和時間が短いと、R2SP値は大きくなる。
【0050】
・MTM試験
図5に示すMTM試験機を用いてMTM試験を行い、ECR(接触部電気抵抗)により導電性を評価した。具体的には、当該MTM試験機のプレート4に測定対象である導電性潤滑剤5(グリース)を塗布した状態で、ボール6を回転させるとともに、プレート4を回転させる転がりすべり運動を行い、その際に微量の電圧(15mV)を印加し、ECR(接触部電気抵抗)を測定した。なお、具体的な試験条件は、荷重:50N(面圧:1.1GPa)、温度:室温(25℃)、すべり率:10%、ボール径:19.05mm、ボールの回転速度:431rpm(SRR0%における)、プレート径:46mm、プレートの回転速度:179rpm(SRR0%における)、測定時間:5分×10回である。図6及び図7に、実施例1及び比較例1に対応するMTM試験におけるECR測定チャートをそれぞれ示す。導電性潤滑剤のECR(%)は、上記5分×10回の全てのECR値の平均値とした。当該ECR値が小さい程、電気抵抗が小さく、導電性が良好であることを示す。
【0051】
・ゼータ電位測定
ゼータ電位評価装置として、DT-300(商品名、米国Dispersion Technology社製)を使用し、超音波法を用いて、室温(25℃)条件下、ゼータ電位を測定した。微粒子分散液に超音波を照射することにより、荷電粒子と周囲のカウンターイオンの分極により電場が発生し、その電位変化よりゼータ電位を測定することができる。なお、各例とも5回ずつ測定を行い、その平均値と各潤滑剤のゼータ電位(mV)とした。実施例1におけるゼータ電位(mV)の1~5回目の測定結果は、それぞれ、-17.85,-28.29,-12.65,-12.03及び-22.18mVであった。また、比較例1におけるゼータ電位(mV)の1~5回目の測定結果は、それぞれ、-4.31,-2.11,-2.26,-3.98及び-4.66mVであった。
【0052】
【表1】
【0053】
上記表1より、同一処方の導電性潤滑剤とした場合でも、分散条件を変えることで、分散性が変化し、パルスNMRの緩和時間が変化するとともに、ECR(%)、すなわち、導電性が異なることが分かった。なお、図1に示す実施例1および比較例1の2点の測定値を線で結ぶと、R2SPが0.8以上の場合に、ECRは50%以下になる。ECRは金属接触時など完全に導通している場合は0%となり、絶縁物質などで完全に隔てられている場合は100%となる。したがって、ECRが50%以下の場合は、完全導通の半分以上の優れた導通性能を有すると考えられる。よって、R2SPが0.8以上であり、緩和時間の短い実施例1の導電性潤滑剤(グリース)は、比較例1と比較して導電性に優れることが分かった。さらに、図2において、実施例1および比較例1の2点の測定値を線で結ぶと、-12mV以下ではR2SPが0.8以上となり、上記ECRとの関係より、優れた導電性を有することが分かった。
【符号の説明】
【0054】
1 (微)粒子
2 バルク状態の液体粒子
3 粒子表面に拘束された状態の液体粒子
4 プレート
5 導電性潤滑剤
6 ボール
a バルク状態の液体粒子
b 微粒子分散液
c 粒子表面に拘束された状態の液体粒子
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7