IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社ジャパンエンジンコーポレーションの特許一覧

<>
  • 特開-ガスエンジン 図1
  • 特開-ガスエンジン 図2
  • 特開-ガスエンジン 図3
  • 特開-ガスエンジン 図4
  • 特開-ガスエンジン 図5
  • 特開-ガスエンジン 図6
  • 特開-ガスエンジン 図7
  • 特開-ガスエンジン 図8
  • 特開-ガスエンジン 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023096412
(43)【公開日】2023-07-07
(54)【発明の名称】ガスエンジン
(51)【国際特許分類】
   F02M 21/02 20060101AFI20230630BHJP
   F02B 23/10 20060101ALI20230630BHJP
【FI】
F02M21/02 G
F02M21/02 301R
F02B23/10 310E
F02B23/10 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021212163
(22)【出願日】2021-12-27
(71)【出願人】
【識別番号】303047034
【氏名又は名称】株式会社ジャパンエンジンコーポレーション
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上田 哲司
【テーマコード(参考)】
3G023
【Fターム(参考)】
3G023AA05
3G023AA14
3G023AB02
3G023AC05
3G023AC07
3G023AD07
3G023AF02
(57)【要約】
【課題】燃焼性が良いガスを燃焼させるガスエンジンであって、シリンダの筒内に、燃料のガスを噴射する複数の燃料噴射弁を設けて、燃焼性を良くしつつも、シリンダ等に大きな熱負荷を与えないようにして、エンジン自体の剛性を高める必要がなく、また、NOx排出量も抑制できるガスエンジンを提供する。
【解決手段】(a)に示すように、燃料噴射弁A30からの噴射された水素溜まりαだけが点火プラグA32で着火Pされる。その後、(b)に示すように、水素溜まりαの燃焼によって生じた火炎αは、シリンダ10の筒内を半周して、燃料噴射弁B31から噴射された水素溜まりβに追いつき、水素溜まりβを着火Pして、その後、水素溜まりβも燃焼させる。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素等の燃焼性が良いガスを燃焼させるガスエンジンであって、
前記エンジンには、内部が燃焼室となる円筒形状のシリンダを設け、
該シリンダに、互いに離間した位置でガスを噴射する複数の燃料噴射弁を設けて、
該複数の燃料噴射弁から噴射される複数のガス溜まりの内、少なくとも一つのガス溜まりを他のガス溜まりよりも先に燃焼させる点火手段を備えたことを特徴とするガスエンジン。
【請求項2】
前記シリンダの筒内に吸入するエアに旋回流を生じさせる旋回流生成手段を設けて、
前記燃料噴射弁で噴射するガス溜まりが前記エアの旋回流によって旋回するように構成した
ことを特徴とする請求項1記載のガスエンジン。
【請求項3】
前記燃料噴射弁が、先に燃焼させるガス溜まりを噴射とする第一燃料噴射弁と、後から燃焼させるガス溜まりを噴射する第二燃料噴射弁とで構成されて、
前記第一燃料噴射弁から噴射されるガス溜まりの量を、前記第二燃料噴射弁から噴射されるガス溜まりの量よりも少なくする制御手段を備えた
ことを特徴とする請求項1又は2記載のガスエンジン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素等の燃焼性が良いガスを燃焼させるガスエンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化等の問題から二酸化炭素の排出量をゼロにするいわゆるゼロ・エミッションの実現が求められている。このため、重油等の化石燃料を燃料として用いる既存のエンジンではゼロ・エミッションの実現が難しいので、最近では水素等の分子構造中に炭素を持たない可燃ガスを用いるガスエンジンの開発が数多く行われている。
【0003】
例えば、下記特許文献1では、水素を燃料として用いる水素エンジンが提案されている。この特許文献1では、水素エンジンにおいて、点火プラグ近傍の温度上昇を抑えて燃焼ガス中のNOx濃度を低下させるため、シリンダの筒内に、対向配設した2つの点火プラグと2つの燃料噴射弁を設けて、この2つの点火プラグを同時に点火することで、燃焼火炎の伝播距離を短くして点火プラグ近傍の温度上昇を抑えるものが記載されている。
【0004】
確かに、水素のような燃焼性の良いガスを燃焼させる場合には、化石燃料を燃料として用いる従来型のエンジンよりも、燃料が急激に燃えて、プラグ周りの温度が急激に高まることから、燃焼ガス(排気ガス)中のNOx量が増加するため、特許文献1のように点火プラグを2つ設けることで、個々の点火プラグ周囲の燃料総量を減らして、燃焼温度を下げる工夫が必要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公昭58-12457号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、前記特許文献1のように、シリンダの筒内に2つの燃料噴射弁と2つの点火プラグを設けて、2つの点火プラグを同時に点火すると、確かに燃焼火炎の伝播距離は短くなる。
【0007】
しかし、2つの燃焼が一つの筒内で同時に生じることで、筒内の圧力が急峻に高まってしまい、シリンダに大きな熱負荷を与えてしまう可能性がある。このようにシリンダに大きな熱負荷を与えてしまうと、シリンダやピストン等の筒内内面の耐圧性や、点火プラグの取付け強度等を高める必要が生じて、エンジン自体の剛性を高める必要が生じ、エンジン製造のコストが増加するという問題、また、急峻な燃焼となることで、有害物質であるNOx排出量が依然として多いという問題がある。
【0008】
本発明は、斯かる点に鑑みてなされたもので、その目的は、燃焼性が良いガスを燃焼させるガスエンジンであって、シリンダの筒内に、燃料のガスを噴射する複数の燃料噴射弁を設けて、燃焼性を良くしつつも、シリンダ等に大きな熱負荷を与えないようにして、エンジン自体の剛性を高める必要がなく、また、NOx排出量も抑制できるガスエンジンを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
その目的を達成するために、この発明では、水素等の燃焼性が良いガスを燃焼させるガスエンジンにおいて、シリンダの筒内に、燃料のガスを噴射する燃料噴射弁を複数設け、その複数の燃料噴射弁から噴射される複数のガス溜まりの内、一つのガス溜まりを他のガス溜まりよりも先に燃焼させる点火手段を備えたことを特徴とするものである。
【0010】
具体的に、第1の発明では、水素等の燃焼性が良いガスを燃焼させるガスエンジンであって、前記エンジンには、内部が燃焼室となる円筒形状のシリンダを設け、該シリンダに、互いに離間した位置でガスを噴射する複数の燃料噴射弁を設けて、該複数の燃料噴射弁から噴射される複数のガス溜まりの内、少なくとも一つのガス溜まりを他のガス溜まりよりも先に燃焼させる点火手段を備えたことを特徴とするものである。
【0011】
この構成によれば、シリンダに、互いに離間した位置にガスを噴射する複数の燃料噴射弁を設けて、この複数の燃料噴射弁から噴射される複数のガス溜まりの内、一つのガス溜まりを他のガス溜まりよりも先に燃焼させる点火手段を備えたことにより、複数のガス溜まりの燃焼が、一つずつ順番に生じることになる。すなわち、複数のガス溜まりが同時に燃焼するのではなく、一つのガス溜まりが先に燃焼して、その後、他のガス溜まりが、先に燃焼したガス溜まりの火炎の影響を受けて燃焼することになるのである。
【0012】
このため、複数のガス溜まりが、一つずつ順番に燃焼して、燃焼が緩やかになり、シリンダの筒内の燃焼による圧力上昇が緩やかに生じることになる。
【0013】
なお、前記点火手段としては、一般的な点火プラグであっても良いし、グロープラグや焼玉等、ガスの燃焼を促進する点火手段であっても良い。
【0014】
また、点火手段の数についても、一つに限定されず、燃料噴射弁の数等に応じて複数設けても良い。このように複数の点火手段を設けた場合には、一回の燃焼サイクルで一つの点火手段だけを作動させるようにすれば良い。そしてこの場合には、一定期間ごとに作動する点火手段を切り換えるようにしても良い。
【0015】
第2の発明では、前記シリンダの筒内に吸入するエアに旋回流を生じさせる旋回流生成手段を設けて、前記燃料噴射弁で噴射するガス溜まりが前記エアの旋回流によって旋回するように構成したことを特徴とするものである。
【0016】
この構成によれば、旋回流生成手段で、シリンダの筒内に吸入するエアに旋回流を生じさせて、そのエアの旋回流によって、燃料噴射弁で噴射したガス溜まりがシリンダ内で旋回することになる。
【0017】
このため、一つのガス溜まりが先に燃焼して、他のガス溜まりが先に燃焼したガス溜まりの影響を受けて燃焼する際に、エアの旋回流によって火炎の影響をより受けやすくなり、燃焼間隔を早めることができる。
【0018】
よって、複数のガス溜まりが順番に燃焼する際の各燃焼の間隔が短くなり、圧力上昇に伴う圧力変動がスムーズに生じて、エンジンの回転に悪影響を生じさせないようにできる。
【0019】
第3の発明では、前記燃料噴射弁が、先に燃焼させるガス溜まりを噴射する第一燃料噴射弁と、後から燃焼させるガス溜まりを噴射する第二燃料噴射弁とで構成されて、前記第一燃料噴射弁から噴射されるガス溜まりの量を、前記第二燃料噴射弁から噴射されるガス溜まりの量よりも少なくする制御手段を備えたことを特徴とするものである。
【0020】
この構成によれば、先に燃焼させるガス溜まりのガスの量が少なく、後から燃焼させるガス溜まりの量が多いため、燃焼によって生じる熱発生率、すなわち、エンジン内の燃焼によって発生する単位時間当たり熱量(ROHR・rate of heat release)の波形は、燃焼の前半が小さく、燃焼の後半が大きくなる。
【0021】
このため、ピストンが上死点近傍で燃焼室が小さい燃焼初期では、熱量を少なくして熱エネルギーの損失を抑えて、燃焼温度も抑えることでNOxの発生を少なくしつつも、ピストンが上死点から離間して燃焼室が大きい燃焼後期では、熱量を増やして熱エネルギーの効果を最大限得て、燃焼温度もさほど上昇しないためNOxも発生しにくくなる。
【0022】
よって、より理想的なエンジンの燃焼状態を得ることができる。
【発明の効果】
【0023】
以上、説明したように、本発明によれば、複数のガス溜まりが、一つずつ順番に燃焼して、シリンダの筒内の燃焼による圧力上昇が緩やかに生じることになる。
【0024】
よって、燃焼性が良いガスを燃焼させるガスエンジンであって、シリンダの筒内に、燃料のガスを噴射する複数の燃料噴射弁を設けて、燃焼性を良くしつつも、シリンダ等に大きな熱負荷を与えないようにして、エンジン自体の剛性を高める必要がないようにできる。また、NOx排出量も抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明の実施形態1に係るガスエンジンの構成を示した模式概略図である。
図2】ガスエンジンのユニフロー掃気方式を説明する図で、(a)がシリンダ下部の詳細断面図、(b)がシリンダ下部の横断面図である。
図3】実施形態1のシリンダヘッドの詳細断面図である。
図4】実施形態1のシリンダヘッドの天井面を示した図である。
図5】実施形態1のガスエンジンの制御システムのシステムブロック図である。
図6】実施形態1のガスエンジンの燃焼状態を示した図で、(a)が燃焼初期の図、(b)が燃焼後期の図である。
図7】実施形態1の燃焼によって生じる熱発生率(ROHR)の変化を示した図である。
図8】実施形態2のガスエンジンの燃焼状態を示した図で、(a)が燃焼初期の図、(b)が燃焼後期の図である。
図9】実施形態2の燃焼によって生じる熱発生率(ROHR)の変化を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施形態を、図面に基づいて詳細に説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物、或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0027】
(実施形態1)
図1は、舶用のガスエンジン1の構成を例示する模式概略図であり、この図を使ってガスエンジン1の概略を説明する。以下、舶用のガスエンジン1を単に「エンジン1」という。
【0028】
エンジン1は、複数のシリンダ10を備えた直列多気筒式のガスエンジンである。このエンジン1は、ユニフロー掃気方式を採用した2ストローク1サイクル機関として構成されており、タンカー、コンテナ船、自動車運搬船等、大型の船舶に搭載される。なお、ユニフロー掃気方式については、図2を使って後述する。
【0029】
船舶に搭載されたエンジン1は、その船舶を推進させるための主機関として用いられる。すなわち、エンジン1の出力軸は、プロペラ軸(不図示)を介して船舶のプロペラ(不図示)に連結されている。エンジン1が運転されることにより、その出力がプロペラに伝達されて、船舶が推進するように構成されている。
【0030】
特に、本実施形態に係るエンジン1は、そのロングストローク化を実現するべく、いわゆるクロスヘッド式の内燃機関として構成されている。すなわち、このエンジン1においては、下方からピストン21を支持するピストン棒22と、クランクシャフト23に連接される連接棒24と、がクロスヘッド25により連結されている。
【0031】
また、このエンジン1は、下方に位置する台板11と、台板11上に設けられる架構12と、架構12上に設けられるシリンダジャケット13と、を備えている。台板11、架構12およびシリンダジャケット13は、上下方向に延びる複数のタイボルトB…およびナットにより締結されている。エンジン1はまた、シリンダジャケット13内に設けられるシリンダ10と、シリンダ10内に設けられるピストン21と、ピストン21の往復運動に連動して回転する出力軸(例えばクランクシャフト23)と、を備えている。
【0032】
台板11は、エンジン1のいわゆるクランクケースを構成するものであり、クランクシャフト23と、クランクシャフト23を回転自在に支持する軸受26と、を収容している。クランクシャフト23には、クランク27を介して連接棒24の下端部が連結されている。
【0033】
架構12は、一対のガイド板28,28と、連接棒24と、クロスヘッド25と、を収容している。このうち、一対のガイド板28,28は、ピストン軸方向に沿って設けられた一対の板状部材からなり、エンジン1の幅方向(図1の紙面左右方向)に間隔を空けて配置されている。連接棒24は、その下端部がクランクシャフト23に連結された状態で、一対のガイド板28,28の間に配置されている。連接棒24の上端部は、クロスヘッド25を介してピストン棒22の下端部に連結されている。
【0034】
具体的に、クロスヘッド25は、一対のガイド板28,28の間に配置されており、各ガイド板28,28に沿って上下方向に摺動する。すなわち、一対のガイド板28,28は、クロスヘッド25の摺動を案内するように構成されている。クロスヘッド25は、クロスヘッドピン29を介してピストン棒22および連接棒24と接続されている。クロスヘッドピン29は、ピストン棒22に対しては一体的に上下動するよう接続されている一方、連接棒24に対しては、連接棒24の上端部を支点として、連接棒24を回動させるように接続されている。
【0035】
シリンダジャケット13は、内筒としてのシリンダライナ14が配置されてなる。シリンダライナ14の内部には、前述のピストン21が配置されている。このピストン21は、シリンダライナ14の内壁に沿って上下方向に往復運動する。また、シリンダライナ14の上部にはシリンダカバー15が固定されている。シリンダカバー15は、シリンダライナ14とともにシリンダ10を構成している。
【0036】
また、シリンダカバー15には、不図示の動弁装置によって作動される排気弁18が設けられている。排気弁18は、シリンダライナ14およびシリンダカバー15から構成されるシリンダ10、並びに、ピストン21の頂面とともに燃焼室17を区画している。排気弁18は、その燃焼室17と排気管19との間を開閉するものである。排気管19は、燃焼室17に通じる排気口(不図示)を有しており、排気弁18は、その排気口を開閉するように構成されている。
【0037】
また、シリンダカバー15は、燃焼室17の天井面16を区画している。この天井面16には、後述するように複数の燃料噴射弁(燃料噴射弁A,燃料噴射弁B)30,31が設けられている。この実施形態では、各シリンダ10に、2つの燃料噴射弁(燃料噴射弁A,燃料噴射弁B)30,31が設けられている。
【0038】
図2は、シリンダ10内でエアの旋回流を生成するユニフロー掃気方式を説明する図で、(a)がシリンダ下部の詳細断面図、(b)がシリンダ下部の横断面図である。
【0039】
図2に示すように、前記したシリンダ10下部のシリンダライナ14には、その外部からエアを取り込む掃気孔40…を、複数設けている。この掃気孔40…は、(b)に示すように、シリンダライナ40の接線方向にやや傾いた形で開口されている。
【0040】
このため、図2に示すように、エアが掃気孔40…からシリンダ10内に取り込まれると、シリンダ10の筒内において、エアの旋回流が生じるようになっているのである。
【0041】
このように、シリンダ10内でエアの旋回流が生じることで、後述するように、ガスの燃焼において、有効な機能を発揮するようになっている。
【0042】
次に、図3図4を使って、本実施形態のエンジンのシリンダカバー15付近の詳細構造について説明する。図3は、実施形態1のシリンダヘッドの詳細断面図で、図4は、実施形態1のシリンダヘッドの天井面を示した図である。
【0043】
このシリンダカバー15には、前述したように、排気弁18が天井面16の中央に位置するように配設されて、この天井面16には、複数の燃料噴射弁(燃料噴射弁A,燃料噴射弁B)30,31を設けている。具体的には、天井面16の傾斜面のほぼ対角位置に二つの燃料噴射弁(燃料噴射弁A,燃料噴射弁B)30,31を設けている。これらの燃料噴射弁(燃料噴射弁A,燃料噴射弁B)30,31からは、可燃ガスである水素が噴射される。なお、これらの燃料噴射弁30,31までの水素の供給経路等については、周知構造であるため、詳細な説明は省略する。
【0044】
また、シリンダカバー15の天井面16には、燃料噴射弁(燃料噴射弁A,燃料噴射弁B)30,31から周方向に少しズレた位置に、点火手段としての点火プラグ(点火プラグA,点火プラグB)32,33を設けている。この点火プラグ32,33(点火プラグA,点火プラグB)も前述の燃料噴射弁(燃料噴射弁A,燃料噴射弁B)30,31と同様に複数設けられている。
【0045】
この点火プラグ(点火プラグA,点火プラグB)32,33の燃料噴射弁(燃料噴射弁A,燃料噴射弁B)30,31からの周方向のズレ量であるが、本実施形態では、約10°~45°程度に設定している。もっとも、この周方向のズレ量は、燃料噴射弁(燃料噴射弁A,燃料噴射弁B)30,31の性能や、噴射する水素の量や、噴射スピード、さらには、エアの旋回流の旋回速度等によって、適切に設定するのが望ましい。
【0046】
この点火プラグ(点火プラグA,点火プラグB)32,33では、燃料噴射弁(燃料噴射弁A,燃料噴射弁B)30,31で噴射された水素(水素溜まり)に、火花を与えることで、着火して、燃焼させるようにしている。このように点火プラグ(点火プラグA,点火プラグB)32,33で水素を燃焼させることで、エンジン1に適切なガスエンジンの燃焼を生じさせることができる。
【0047】
次に、本実施形態のエンジン1の制御システムのシステムブロックの概略について説明する。
【0048】
図5に示すように、本実施形態のエンジン制御システムは、入力手段として、エンジン1の始動を行う始動スイッチ51、エンジン1の回転数を制御する操縦ハンドル52、燃焼状態のモードを切り替える選択スイッチ53、さらに外部環境を検出してその外部環境の情報を入力する環境センサ54を有している。これらの入力手段からの情報に基づいて、エンジン制御ユニット50で演算処理が行われる。このエンジン制御ユニット50には、記憶手段55が接続されており、演算処理で用いられる各種データや所定のマップ情報等を、この記憶手段55から取り出すようにしている。
【0049】
このエンジン制御ユニット50で演算された出力信号を、出力手段である燃料噴射弁A30、燃料噴射弁B31、点火プラグA32、点火プラグB33に、それぞれ送信するように構成している。
【0050】
このように構成することで、本実施形態のエンジン1の制御システムは、エンジン1の運転状態を適切に制御している。
【0051】
次に、本実施形態のエンジンの運転状態について、図6図7を使って説明する。図6は、燃焼状態を示した図で、(a)が燃焼初期の図で、(b)が燃焼後期の図である。図7は、本実施形態の燃焼によって生じる熱発生率(ROHR)の変化を示した図である。
【0052】
図6(a)で示すように燃焼初期には、二つの燃料噴射弁、具体的には、燃料噴射弁A30と燃料噴射弁B31から、それぞれ燃料である水素が同量噴射される。この噴射される水素は、シリンダ10の筒内で水素溜まりα,水素溜まりβを構成する。
【0053】
このうち、燃料噴射弁A30から噴射された水素溜まりαだけが点火プラグA32で着火Pされる。このように、一つの水素溜まりαだけが着火Pされて燃焼すると、燃焼による圧力上昇が、二つの水素溜まりα,βに同時に着火して燃焼させた場合よりも抑えることができる。
【0054】
その後、(b)に示すように、水素溜まりαの燃焼によって生じた火炎αは、シリンダ10の筒内を半周して、燃料噴射弁B31から噴射された水素溜まりβに追いつき、水素溜まりβを着火Pして、その後、水素溜まりβも燃焼させることになる。すなわち、水素溜まりβは点火プラグB33(図6(a)参照)で着火されるのではなく、先に燃焼した水素溜まりの火炎αにより、着火Pされて燃焼するのである。
【0055】
このような燃焼状態になっているため、本実施形態のエンジン1では、図7に示すような熱発生率(ROHR)の変化となる。なお、この図で、縦軸が熱発生率(ROHR)の値で、横軸がピストン21が上死点近傍から下死点に向かう際の時間経過の値である。
【0056】
この図において、実線で示した値が、二つの水素溜まりα,βが二つの点火プラグ(点火プラグA,点火プラグB)32,33で同時に着火されて燃焼した際の値であり、破線で示した値が本実施形態で燃焼した際の値である。
【0057】
この図から分かるように、二つの水素溜まりα,βを、同時に二つの点火プラグ(点火プラグA,点火プラグB)32,33で着火した場合(実線の場合)は、熱発生率(ROHR)の値が急峻に上昇して、その後短期間で減少する。このように、熱発生率(ROHR)が急峻に高まると、シリンダ10の筒内に大きな熱負荷を与えてしまう可能性がある。そうすると、シリンダ10やピストン21等の筒内内面の耐圧性や、点火プラグ32,33の取付け強度等を高める必要が生じて、エンジン1自体の剛性を高める必要が生じ、エンジン製造のコストが増加するという問題が生じる。また、燃料が比較的小さな領域に存在するうちに燃え切るので、局所空間で温度が上昇して、依然としてNOxの発生が多い状態につながる。
【0058】
これに対して、本実施形態の場合(破線の場合)では、熱発生率(ROHR)の値が、緩やかに高まり、一旦減少するものの、再度上昇して、その後緩やかに減少する。このように、熱発生率(ROHR)の値が緩やかに増加して、長期間に亘って維持されることで、本実施形態では、シリンダ10の筒内に大きな熱負荷を与えない。このため、シリンダ10やピストン21等の筒内内面の耐圧性や、点火プラグ32,33の取付け強度等を高める必要がなく、エンジン1自体の剛性も高める必要がない。また、燃料の拡散領域が広がり、燃焼領域が広がるため、同時に二つの点火プラグで着火する場合よりも、温度上昇量が減少してNOxの発生を抑制することができる。
【0059】
よって、エンジン製造のコストを抑えることができる。すなわち、本実施形態によると、水素のような燃焼性の良いガスを燃焼させる場合であっても、エンジン1自体の剛性を高める必要がなくなるのである。
【0060】
以上のように、本実施形態では、燃焼性の良い水素を燃焼させるエンジン1であって、該エンジン1には、内部が燃焼室17となる円筒形状のシリンダ10を設け、該シリンダ10に、互いに離間した位置で水素を噴射する複数の燃料噴射弁(燃料噴射弁A,燃料噴射弁B)30、31を設けて、該複数の燃料噴射弁(燃料噴射弁A,燃料噴射弁B)30、31から噴射される複数の水素溜まりα,βの内、一つの水素溜まりαを他の水素溜まりβよりも先に燃焼させる点火プラグ(点火プラグA)32を備えたことを特徴としている。
【0061】
これにより、複数の水素溜まりα,βの燃焼が一つずつ順番に生じることになる。すなわち、複数の水素溜まりα、βが同時に燃焼するのではなく、一つの水素溜まりαが先に燃焼して、その後、他の水素溜まりβが、先に燃焼した水素溜まりαの火炎の影響を受けて燃焼するのである。
【0062】
このため、複数の水素溜まりα,βが、一つずつ順番に燃焼して、燃焼が緩やかになり、シリンダ10の筒内の圧力上昇が緩やかに生じることになる。
【0063】
よって、燃焼性が良い水素を燃焼させるエンジン1であって、シリンダ10の筒内に、燃料の水素を噴射する複数の燃料噴射弁(燃料噴射弁A,燃料噴射弁B)30,31を設けて、燃焼性を良くしつつも、シリンダ10等に大きな熱負荷を与えないようにして、エンジン1自体の剛性を高める必要がないようにできる。また、NOx排出量も抑制することができる。
【0064】
また、本実施形態では、シリンダ10の筒内に吸入するエアに旋回流を生じさせる掃気孔40…を、シリンダ10下部に設けて、燃料噴射弁(燃料噴射弁A,燃料噴射弁B)30,31で噴射する水素溜まりα、βが、そのエアの旋回流によって旋回するように構成している。
【0065】
これにより、燃料噴射弁(燃料噴射弁A,燃料噴射弁B)30,31で噴射した水素溜まりα、βが、そのエアの旋回流によってシリンダ10内で旋回することになる。
【0066】
このため、一つの水素溜まりαが先に燃焼して、他の水素溜まりβが先に燃焼した水素溜まりαの影響を受けて燃焼する際に、エアの旋回流によって火炎の影響をより受けやすくなり、燃焼間隔を早めることができる。
【0067】
よって、複数の水素溜まりを同時に着火するよりも燃焼期間が長い状態にあっても、複数の水素溜まりα,βが順番に燃焼する際の各燃焼の間隔が短くなり、圧力上昇に伴う圧力変動がスムーズに生じて、エンジン1の回転に悪影響を生じさせないようにできる。
【0068】
(実施形態2)
次に、図8図9を使って、実施形態2を説明する。図8は、図6と同様に、実施形態2の燃焼状態を示した図で、(a)が燃焼初期の図で、(b)が燃焼後期の図である。図9図7と同様に、実施形態2の燃焼によって生じる熱発生率(ROHR)の変化を示した図である。なお、前提のエンジン1構造については、実施形態1と同様であるため、説明を省略する。
【0069】
この実施形態2は、燃料噴射弁A30の水素の噴射量が、燃料噴射弁B31の水素の噴射量よりも少なくされたものである。このため、図8(a)に示すように、燃料噴射弁A30から噴射される水素溜まりγの方が、燃料噴射弁B31から噴射される水素溜まりλよりも、小さくなっている。
【0070】
この実施形態2でも、燃料噴射弁A30から噴射される水素溜まりγだけを点火プラグ32で着火Pする。この場合も、二つの水素溜まりγ,λを同時に着火して燃焼させる場合よりも圧力上昇を抑えることができる。
【0071】
その後、(b)に示すように、この実施形態2でも、水素溜まりγの燃焼によって生じた火炎γが、シリンダ10内を半周して、燃料噴射弁B31から噴射された水素溜まりλに追いつき、水素溜まりλに着火Pして、水素溜まりλも燃焼する。
【0072】
この実施形態2では、図9の破線に示すように、一つ目の水素溜まりγだけが燃焼したときの熱発生率(ROHR)が低く、二つ目の水素溜まりλも加えて燃焼したときの熱発生率(ROHR)が高くなっている。
【0073】
これは、実施形態1と異なる点である。このように、一つ目の水素溜まりγが燃焼したときの熱発生率(ROHR)が低く、二つ目の水素溜まりλも加えて燃焼したときの熱発生率(ROHR)が高くなることで、理想的なエンジンの燃焼状態を得ることができる。
【0074】
すなわち、理論的なエンジンの燃焼状態は、ピストンが上死点にある際に全ての燃焼が生じて、爆発エネルギーの全てがピストン降下の運動エネルギーに変換されることであるが、実際のエンジンにおいては、爆発エネルギーの一部が熱エネルギーとしてシリンダやピストン等に逃げてしまう。このため、全ての燃焼をピストンの上死点にある時に行わせるのは、効率的でない。また、上死点近傍で全ての燃焼を生じさせると、燃焼温度が急激に高まってしまうため、NOxの発生量も増えてしまう。
【0075】
そこで、ピストンが上死点から降下し、燃焼室の容積が増えた際に、より多くの燃焼を生じさせるようにすること(最初の熱発生率(ROHR)より、二番目の熱発生率(ROHR)を大きくすること)で、熱エネルギーとして一部損失していたエネルギーも、運動エネルギーとして使うことができる。また、上死点以降に大きな燃焼が生じることで、燃焼温度も抑制できるため、NOxの発生量も抑えることができる。
【0076】
こうしたことから、この実施形態2の燃焼によると、理想的なエンジンの燃焼状態を得ることができるのである。
【0077】
このように、本実施形態では、燃料噴射弁A30から噴射される水素溜まりγの量を、燃料噴射弁B31から噴射される水素溜まりλの量よりも少なくするように制御されている。
【0078】
これにより、燃焼によって生じる熱発生率(ROHR)の波形は、燃焼の前半が小さく、燃焼の後半が大きくなる。
【0079】
このため、ピストンが上死点近傍で燃焼室が小さい燃焼初期では、熱量を少なくして熱エネルギーの損失を抑えて、燃焼温度も抑えることでNOxの発生を少なくしつつも、ピストンが上死点から離間して燃焼室が大きい燃焼後期では、熱量を増やして熱エネルギーの効果を最大限得て、燃焼温度もさほど上昇しないためNOxも発生しにくくなる。
【0080】
よって、より理想的なエンジンの燃焼状態を得ることができる。
【0081】
(その他の実施形態)
次に、その他の実施形態について説明する。
【0082】
まず、点火手段について、前述の実施形態1等では一般的な点火プラグであったが、ガスの燃焼を促進する点火手段であれば、グロープラグや焼玉等であっても良い。
【0083】
また、点火手段の数についても、前述の実施形態では、燃料噴射弁に対応して二つ設けていたが一つであっても良い。さらに、点火手段を二つ設けた場合には、例えば、エンジン始動のタイミングや一定期間ごとで、作動する点火手段を切り換えるように制御しても良い。
【0084】
さらに、燃焼させるガスについても、水素に限定されず、メタン、プロパン、イソブタン等の可燃性ガスであっても良い。
【産業上の利用可能性】
【0085】
以上説明したように、本発明は、水素等の燃焼性が良いガスを燃焼させるガスエンジンにおいて有用である。
【符号の説明】
【0086】
1…ガスエンジン
10…シリンダ
30…燃料噴射弁A
31…燃焼噴射弁B
32…点火プラグA(点火手段)
33…点火プラグB
40…掃気孔
α,β,γ,λ…水素溜まり(ガス溜まり)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9