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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023096518
(43)【公開日】2023-07-07
(54)【発明の名称】高アスパラギン酸トマト
(51)【国際特許分類】
   A01H 6/82 20180101AFI20230630BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20230630BHJP
   C12N 15/29 20060101ALN20230630BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALN20230630BHJP
【FI】
A01H6/82
A01H1/00 Z ZNA
C12N15/29
C12Q1/686 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021212339
(22)【出願日】2021-12-27
(71)【出願人】
【識別番号】000104113
【氏名又は名称】カゴメ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉田 美穂
(72)【発明者】
【氏名】小野里 歩
(72)【発明者】
【氏名】小松 拓樹
【テーマコード(参考)】
2B030
4B063
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB03
2B030AD08
2B030CA05
2B030CB02
4B063QA08
4B063QA17
4B063QQ04
4B063QQ09
4B063QQ28
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QQ62
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR35
4B063QR42
4B063QR62
4B063QR66
4B063QR73
4B063QR78
4B063QS25
4B063QS34
4B063QS36
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】果実のアスパラギン酸含有量が増加したトマト(ソラナム・リコペルシカム(Solanum lycopersicum))及びその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】ソラナム・リコペルシカムであって、第4染色体上にアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子を含み、前記アスパラギン酸高含有形質原因遺伝子は、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,001,206bp~61,179,940bpの遺伝子領域に対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の遺伝子領域に含まれるものである、前記ソラナム・リコペルシカム。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ソラナム・リコペルシカム(Solanum lycopersicum)であって、
第4染色体上にアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子を含み、
前記アスパラギン酸高含有形質原因遺伝子は、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,001,206bp~61,179,940bpの遺伝子領域に対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の遺伝子領域に含まれるものである、
前記ソラナム・リコペルシカム。
【請求項2】
前記アスパラギン酸高含有形質原因遺伝子が、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,483,830bp~60,557,813bpの遺伝子領域に対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の遺伝子領域に含まれるものである、請求項1記載のソラナム・リコペルシカム。
【請求項3】
ソラナム・リコペルシカムであって、
配列番号5の塩基配列を有するDNA及び配列番号6の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、配列番号7の塩基配列を有するDNA及び配列番号8の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、配列番号11の塩基配列を有するDNA及び配列番号12の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、又は配列番号15の塩基配列を有するDNA及び配列番号16の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセットを用いるPCRによって、第4染色体上にホモ接合型又はヘテロ接合型で存在するアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子が検出される、
前記ソラナム・リコペルシカム。
【請求項4】
その果実のアスパラギン酸含有量が、栽培種型のソラナム・リコペルシカムと比較して高い、請求項1~3のいずれか1項記載のソラナム・リコペルシカム。
【請求項5】
その果実のグルタミン酸含有量が、栽培種型のソラナム・リコペルシカムと比較して低い、請求項4記載のソラナム・リコペルシカム。
【請求項6】
ソラナム・リコペルシカムの製造方法であって、
第4染色体上にアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子を含む第一の親品種と、任意の第二の親品種とを交配してF1世代を得る工程、及び、
得られたF1世代又はその後代において、第4染色体上に前記アスパラギン酸高含有形質原因遺伝子をホモ接合型又はヘテロ接合型で含むソラナム・リコペルシカムを選抜する工程、
を含み、
前記アスパラギン酸高含有形質原因遺伝子は、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,001,206bp~61,179,940bpの遺伝子領域に対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の遺伝子領域に含まれるものである、
前記方法。
【請求項7】
前記アスパラギン酸高含有形質原因遺伝子が、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,483,830bp~60,557,813bpの遺伝子領域に対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の遺伝子領域に含まれるものである、請求項6記載の方法。
【請求項8】
前記選抜工程は、配列番号5の塩基配列を有するDNA及び配列番号6の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、配列番号7の塩基配列を有するDNA及び配列番号8の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、配列番号11の塩基配列を有するDNA及び配列番号12の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、又は配列番号15の塩基配列を有するDNA及び配列番号16の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセットを用いるPCRによって、第4染色体上にホモ接合型又はヘテロ接合型で存在するアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子が検出されるPCRにより行われる、請求項6又は7記載の方法。
【請求項9】
製造されるソラナム・リコペルシカムの果実のアスパラギン酸含有量が、栽培種型のソラナム・リコペルシカムと比較して高い、請求項6~8のいずれか1項記載の方法。
【請求項10】
製造されるソラナム・リコペルシカムの果実のグルタミン酸含有量が、栽培種型のソラナム・リコペルシカムと比較して低い、請求項9記載の方法。
【請求項11】
ソラナム・リコペルシカムを鑑別する方法であって、
ソラナム・リコペルシカムの第4染色体上のアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子を含む遺伝子領域を検出する工程を含み、
前記検出工程は、配列番号5の塩基配列を有するDNA及び配列番号6の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、配列番号7の塩基配列を有するDNA及び配列番号8の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、配列番号11の塩基配列を有するDNA及び配列番号12の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、又は配列番号15の塩基配列を有するDNA及び配列番号16の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセットを用いるPCRによって、第4染色体上にホモ接合型又はヘテロ接合型で存在するアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子が検出されるPCRにより行われる、
前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば果実のアスパラギン酸含有量が増加したトマト(ソラナム・リコペルシカム(Solanum lycopersicum))に関する。
【背景技術】
【0002】
アスパラギン酸は、ヒト生体内での機能として毒素となるアンモニアの排出促進やアミノ酸の糖新生への利用による疲労回復の促進といった機能が一般的に知られている。そのため、アスパラギン酸を高含量で含むトマト果実の需要がある。
【0003】
一方、トマトのアスパラギン酸の含有量は71mg/100gFW程度である(出展:食品成分データベース(文科省))。野生種のトマトSolanum chmielewskii (ソラナム・キミエルスキー)LA1318系統は、栽培種やその他野生種と比較して著しくアスパラギン酸含量が高いものの、果重や着果性が悪く、食味も極めて悪い。また、遺伝子組換えによってアスパラギン酸高含有トマトを作出した報告(非特許文献1)はあるものの、野生種であるソラナム・キミエルスキーLA1318系統を素材としてアスパラギン酸を増加させたトマトについての報告はない。
【0004】
また、特許文献1及び2には、水耕栽培時に耐塩性付与剤を接触させることで、トマトの可食部に含まれるアミノ酸が増強された植物体及びその製造方法が開示されている。
【0005】
特許文献3~5には、植物の可食部分における遊離アミノ酸を高度に蓄積するトランスジェニック植物及びその作出方法が開示されている。特許文献3~5は、グルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH)遺伝子又はグルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)遺伝子に関連するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2019-162141号公報
【特許文献2】WO 2018/061870
【特許文献3】WO 2003/000041
【特許文献4】特開2001-238556号公報
【特許文献5】特開2001-238555号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Snowden C.J. et al., A tonoplast Glu/Asp/GABA exchanger that affects tomato fruit amino acid composition., Plant J, 2015, 81(5), pp. 651-660
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述の実情に鑑み、果実のアスパラギン酸含有量が増加したトマト(ソラナム・リコペルシカム(Solanum lycopersicum))及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、ソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体上の特定の遺伝子領域に、トマト果実中のアスパラギン酸含有量を増加させる原因遺伝子が存在することを見出した。そして、該原因遺伝子を第4染色体上にホモ接合型又はヘテロ接合型で含むソラナム・リコペルシカムの果実においては、該原因遺伝子を含まないソラナム・リコペルシカム(栽培種型)の果実に比べて、アスパラギン酸含有量が有意に高いことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、以下を包含する。
[1]ソラナム・リコペルシカム(Solanum lycopersicum)であって、
第4染色体上にアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子を含み、
前記アスパラギン酸高含有形質原因遺伝子は、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,001,206bp~61,179,940bpの遺伝子領域に対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の遺伝子領域に含まれるものである、
前記ソラナム・リコペルシカム。
[2]前記アスパラギン酸高含有形質原因遺伝子が、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,483,830bp~60,557,813bpの遺伝子領域に対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の遺伝子領域に含まれるものである、[1]記載のソラナム・リコペルシカム。
[3]ソラナム・リコペルシカムであって、
配列番号5の塩基配列を有するDNA及び配列番号6の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、配列番号7の塩基配列を有するDNA及び配列番号8の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、配列番号11の塩基配列を有するDNA及び配列番号12の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、又は配列番号15の塩基配列を有するDNA及び配列番号16の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセットを用いるPCRによって、第4染色体上にホモ接合型又はヘテロ接合型で存在するアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子が検出される、
前記ソラナム・リコペルシカム。
[4]その果実のアスパラギン酸含有量が、栽培種型のソラナム・リコペルシカムと比較して高い、[1]~[3]のいずれか1記載のソラナム・リコペルシカム。
[5]その果実のグルタミン酸含有量が、栽培種型のソラナム・リコペルシカムと比較して低い、[4]記載のソラナム・リコペルシカム。
【0011】
[6]ソラナム・リコペルシカムの製造方法であって、
第4染色体上にアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子を含む第一の親品種と、任意の第二の親品種とを交配してF1世代を得る工程、及び、
得られたF1世代又はその後代において、第4染色体上に前記アスパラギン酸高含有形質原因遺伝子をホモ接合型又はヘテロ接合型で含むソラナム・リコペルシカムを選抜する工程、
を含み、
前記アスパラギン酸高含有形質原因遺伝子は、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,001,206bp~61,179,940bpの遺伝子領域に対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の遺伝子領域に含まれるものである、
前記方法。
[7]前記アスパラギン酸高含有形質原因遺伝子が、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,483,830bp~60,557,813bpの遺伝子領域に対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の遺伝子領域に含まれるものである、[6]記載の方法。
[8]前記選抜工程は、配列番号5の塩基配列を有するDNA及び配列番号6の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、配列番号7の塩基配列を有するDNA及び配列番号8の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、配列番号11の塩基配列を有するDNA及び配列番号12の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、又は配列番号15の塩基配列を有するDNA及び配列番号16の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセットを用いるPCRによって、第4染色体上にホモ接合型又はヘテロ接合型で存在するアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子が検出されるPCRにより行われる、[6]又は[7]記載の方法。
[9]製造されるソラナム・リコペルシカムの果実のアスパラギン酸含有量が、栽培種型のソラナム・リコペルシカムと比較して高い、[6]~[8]のいずれか1記載の方法。
[10]製造されるソラナム・リコペルシカムの果実のグルタミン酸含有量が、栽培種型のソラナム・リコペルシカムと比較して低い、[9]記載の方法。
[11]ソラナム・リコペルシカムを鑑別する方法であって、
ソラナム・リコペルシカムの第4染色体上のアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子を含む遺伝子領域を検出する工程を含み、
前記検出工程は、配列番号5の塩基配列を有するDNA及び配列番号6の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、配列番号7の塩基配列を有するDNA及び配列番号8の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、配列番号11の塩基配列を有するDNA及び配列番号12の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、又は配列番号15の塩基配列を有するDNA及び配列番号16の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセットを用いるPCRによって、第4染色体上にホモ接合型又はヘテロ接合型で存在するアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子が検出されるPCRにより行われる、
前記方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、その果実のアスパラギン酸含有量が増加したソラナム・リコペルシカム及びその製造方法が提供される。通常のトマトでは果実中に71mg/100gFWのアスパラギン酸が含有されるのに対して、本発明に係るソラナム・リコペルシカムでは、果実中のアスパラギン酸含有量は190~380mg/100gFWである。
【0013】
また、本発明に係るソラナム・リコペルシカムを用いて育成したトマト品種を用いることで、生鮮トマト、トマトジュース及びトマト加工品のアスパラギン酸量を増加できる。
【0014】
さらに、本発明に係るソラナム・リコペルシカムによれば、アスパラギン酸量の増加によって生鮮トマト及びトマト加工品においてアンモニアの排出促進や疲労回復の促進効果が期待できる。
【0015】
また、高アスパラギン酸遺伝資源ソラナム・キミエルスキーLA1318系統では生鮮トマト品種と比較し果重が著しく低下するが、本発明に係るソラナム・リコペルシカムを用いると、果重低下を抑えられ、且つ、果実の赤熟も起こるため生鮮用トマトとしても適する。
【0016】
さらに、本発明に係るソラナム・リコペルシカムによれば、アスパラギン酸含量の上昇と付随して生じるグルタミン酸含量の低下により後味として残る旨味を低減するとともに、甘味を向上し酸味を低減することができる。よって、本発明に係るソラナム・リコペルシカムは、飲料やデザート等のトマト加工食品のために、又は生食用トマトとして好適である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例1における4番染色体におけるアスパラギン酸高含有個体特有の多型部位と多型数を示すグラフである。
図2】実施例2におけるKc15-148-1の遺伝子型とアスパラギン酸含量を比較した結果を示す表及びグラフである。
図3】実施例3におけるKc14-1026-5-2及びKc15-148-1-1の遺伝子型とアスパラギン酸含量を比較した結果を示す表及びグラフである。
図4】実施例4におけるNo.4プライマーの遺伝子型とアスパラギン酸含量を比較した結果を示すグラフである。
図5】実施例4における各プライマーセットでの多型調査結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係るソラナム・リコペルシカムは、第4染色体上に、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,001,206bp~61,179,940bpの遺伝子領域に対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の遺伝子領域に含まれるアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子をホモ接合型又はヘテロ接合型で含む。当該アスパラギン酸高含有形質原因遺伝子である、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,001,206bp~61,179,940bpの遺伝子領域に対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の遺伝子領域は、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の上記遺伝子領域の塩基配列とソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の塩基配列とをアラインメントし、比較することで決定することができる。アスパラギン酸高含有形質原因遺伝子は、好ましくはソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,483,830bp~60,557,813bpの遺伝子領域に対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の遺伝子領域に含まれるものである。
【0019】
本発明者等は、ソラナム・キミエルスキー LA1318系統は、その果実におけるアスパラギン酸含有量が高いという形質を有することに着目し、第4染色体の上記遺伝子領域に1又は複数のアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子が存在し得ることに想到した。ソラナム・キミエルスキー LA1318系統は、米国TGRC(Tomato Genetics Resource Center)より入手できる(本明細書では、「TK3273」とも称される)。また、上記ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の遺伝子情報は、世界ナス科ネットワークのSol Genomics Networkより入手できる。
【0020】
ここで、「アスパラギン酸高含有形質原因遺伝子」とは、トマト果実中のアスパラギン酸高含有の直接的な又は間接的な原因となる遺伝子をいう。ソラナム・キミエルスキー LA1318系統が上記形質を示すことから、該系統の第4染色体上の上記領域に含まれるアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子では、ソラナム・リコペルシカムの栽培種型遺伝子と比較して、アスパラギン酸生合成促進に関与する遺伝子の活性を増強させる変異、アスパラギン酸生合成抑制に関与する遺伝子の活性を欠失又は減弱化する変異、アスパラギン酸分解促進に関与する遺伝子の活性を欠失又は減弱化する変異等が生じているものと推測される。
【0021】
以下、ソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の上記遺伝子領域に含まれる、果実中のアスパラギン酸含有量を増加させる原因となるアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子を、「ソラナム・キミエルスキー LA1318由来の原因遺伝子」と称する場合がある。
【0022】
なお、ソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の上記遺伝子領域に、既知のグルタミン代謝関連酵素であるグルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)及びグルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH)は座上していないことは、本発明者等により確認されている。
【0023】
本発明に係るソラナム・リコペルシカムにおいて、ソラナム・キミエルスキー LA1318由来の原因遺伝子は、ホモ接合型又はヘテロ接合型で第4染色体上に含まれる。ソラナム・キミエルスキー LA1318系統の上記形質は共優性形質であると考えられることから、ヘテロ接合型でもアスパラギン酸含有量が増加した果実が得られる。
【0024】
また、本発明に係るソラナム・リコペルシカムにおいて、ソラナム・キミエルスキーLA1318由来の原因遺伝子は、前記形質が損なわれない限りにおいて、ソラナム・キミエルスキー LA1318由来の原因遺伝子の塩基配列と90%以上の同一性を有するものであってもよく、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上の同一性を有するものであってもよい。
【0025】
また、本発明に係るソラナム・リコペルシカムは、第4染色体上にソラナム・キミエルスキー LA1318由来の原因遺伝子を含み、前記形質が損なわれない限りにおいて、第4染色体上に、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,001,206bp~61,179,940bpの遺伝子領域に対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の遺伝子領域又は同60,483,830bp~60,557,813bpの遺伝子領域に対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の遺伝子領域の一部又は全部を含んでもよい。
【0026】
本発明に係るソラナム・リコペルシカムの果実のアスパラギン酸含有量は、栽培種型のソラナム・リコペルシカムと比較して高いという特徴を有し、好ましくは栽培種型のソラナム・リコペルシカムの果実のアスパラギン酸含有量の20%以上、より好ましくは30%以上、さらに好ましくは50%以上である。なお、「栽培種型」とは、第4染色体上にソラナム・キミエルスキー LA1318由来の原因遺伝子をホモ接合又はヘテロ接合で座上させる改変を行っていない、ソラナム・リコペルシカムのことをいう。また、ここでいう果実は、赤く熟した状態の果実をいう。
【0027】
果実中のアスパラギン酸含有量は、常法により測定することができ、例えば、破砕により得た果汁に対してバイオケミストリーアナライザー(2900型、YSI社製)等を用いて測定することができる。この方法で測定する場合、例えば、第4染色体上にソラナム・キミエルスキー LA1318由来の原因遺伝子をホモ接合又はヘテロ接合で有しないソラナム・リコペルシカムの果実のアスパラギン酸濃度は30mg%程度であるところ、本発明に係るソラナム・リコペルシカムの果実のアスパラギン酸濃度は好ましくは60mg%以上、より好ましくは100mg%以上、さらに好ましくは200mg%以上である。
【0028】
また、本発明に係るソラナム・リコペルシカムの果実のグルタミン酸含有量は、栽培種型のソラナム・リコペルシカムと比較して低いという特徴を有し、好ましくは栽培種型のソラナム・リコペルシカムの果実のグルタミン酸含有量の50%以下、より好ましくは30%以下、さらに好ましくは20%以下である。
【0029】
果実中のグルタミン酸含有量は、上述の果実中のアスパラギン酸含有量の測定と同様の方法により測定することができる。例えば、第4染色体上にソラナム・キミエルスキー LA1318由来の原因遺伝子をホモ接合又はヘテロ接合で有しないソラナム・リコペルシカムの果実のグルタミン酸濃度は200mg%程度であるところ、本発明に係るソラナム・リコペルシカムの果実のグルタミン酸濃度は好ましくは150mg%以下、より好ましくは100mg%以下、さらに好ましくは50mg%以下である。
【0030】
さらに、本発明に係るソラナム・リコペルシカムの果実中のグルタミン酸濃度(含有量)に対するアスパラギン酸濃度(含有量)の比(Asp/Glu比)は、例えば1~2、好ましくは2~5、特に好ましくは5~10である。
【0031】
また、本発明に係るソラナム・リコペルシカムの果実においては、糖質含有量にアスパラギン酸含有量が増加する形質及び/又はグルタミン酸含有量が低下する形質の発現が影響しない。
【0032】
本発明に係るソラナム・リコペルシカムは、遺伝子工学的手法により製造することができる。遺伝子工学的手法としては、例えば公知のゲノム編集技術が挙げられ、具体的にはCRISPR法、ZFN法、TALEN法等によって、ソラナム・リコペルシカムのゲノムがソラナム・キミエルスキー LA1318由来の原因遺伝子を含むように操作することが挙げられる。また、その他に、以下の製造方法によっても取得することができる。
【0033】
具体的には、まず、第一の親品種として、第4染色体上に、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,001,206bp~61,179,940bpの遺伝子領域に対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の遺伝子領域に含まれるアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子、好ましくは同60,483,830bp~60,557,813bpの遺伝子領域に対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の遺伝子領域に含まれるアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子を含む第一の親品種を用意する。当該第一の親品種としては、ソラナム・リコペルシカムを好ましく用いることができ、また、ソラナム・キミエルスキー LA1318系統でもよいし、ソラナム・キミエルスキー LA1318系統と他の栽培種との交配種でもよい。
【0034】
第二の親品種としては、任意のものを用意すればよく、好ましくはソラナム・リコペルシカムを用いる。また、第二の親品種は、ソラナム・キミエルスキー LA1318由来の原因遺伝子又は当該原因遺伝子を含む上述の遺伝子領域を含まないものであってよい。
【0035】
そして、第一の親品種と第二の親品種とを交配してF1世代を得る工程、得られたF1世代又はその後代において、第4染色体上に、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,001,206bp~61,179,940bpの遺伝子領域に対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の遺伝子領域に含まれるアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子、好ましくは同60,483,830bp~60,557,813bpの遺伝子領域に対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体の遺伝子領域に含まれるアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子をホモ接合型又はヘテロ接合型で含むソラナム・リコペルシカムを選抜する工程、を行うことにより、果実のアスパラギン酸含有量が増加したソラナム・リコペルシカムを製造することができる。また、製造されたソラナム・リコペルシカムは、果実のグルタミン酸含有量が低下している。得られたF1世代の後代は、F1世代を自殖させてF2世代を得る工程、F1世代と第一の親品種又は第二の親品種とを戻し交配(バッククロス)する工程、又はF1世代と任意のソラナム・リコペルシカムとを交配する工程等によって取得することができる。また、本製造方法において、これらの後代を得る工程及び選抜する工程は複数回繰り返してもよい。
【0036】
所望のソラナム・リコペルシカムを選抜する工程は、第4染色体上のソラナム・キミエルスキー LA1318由来の原因遺伝子を含む遺伝子領域を、任意のマーカーで検出することにより行うことができる。
【0037】
例えば、配列番号5の塩基配列を有するDNA及び配列番号6の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット(それぞれ、以下の実施例におけるプライマー名称:04g074490のフォワードプライマー及びリバースプライマーに相当する)を用いるPCRにより、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,483,986bpに対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体のマーカーを検出する。配列番号7の塩基配列を有するDNA及び配列番号8の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット(それぞれ、以下の実施例におけるプライマー名称:04g074530のフォワードプライマー及びリバースプライマーに相当する)を用いるPCRにより、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,520,092bpに対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体のマーカーを検出する。配列番号11の塩基配列を有するDNA及び配列番号12の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット(それぞれ、以下の実施例におけるプライマー名称:04g074610のフォワードプライマー及びリバースプライマーに相当する)を用いるPCRにより、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,557,703bpに対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体のマーカーを検出する。配列番号15の塩基配列を有するDNA及び配列番号16の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット(それぞれ、以下の実施例におけるプライマー名称:04g074900のフォワードプライマー及びリバースプライマーに相当する)を用いるPCRにより、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の60,818,232bpに対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体のマーカーを検出する。
【0038】
好ましい態様では、前記選抜工程は、配列番号5の塩基配列を有するDNA及び配列番号6の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、配列番号7の塩基配列を有するDNA及び配列番号8の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、配列番号11の塩基配列を有するDNA及び配列番号12の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセット、又は配列番号15の塩基配列を有するDNA及び配列番号16の塩基配列を有するDNAを含むプライマーセットを用いるPCRによって、第4染色体上にホモ接合型又はヘテロ接合型で存在するアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子が検出されるPCRにより行われる。そして、前記プライマーセットにより検出されるマーカーが、第4染色体上にソラナム・キミエルスキー LA1318由来の原因遺伝子及び/又はこれを含む遺伝子領域がホモ接合又はヘテロ接合で存在することを示すソラナム・リコペルシカムを選択する。
【0039】
なお、上記の各プライマーの配列番号で示される塩基配列において、1又は数個(例えば、1~10個、1~5個、1~3個、好ましくは1又は2個)の塩基が欠失、置換、挿入又は付加した塩基配列を有し、且つそれぞれのプライマー機能を有するプライマー(ソラナム・キミエルスキー LA1318由来の原因遺伝子及び/又はこれを含む遺伝子領域の所定の位置にアニーリング(ハイブリダイズ)し、起点となって伸長反応を誘導するプライマー)を代替的に含むことができる。
【0040】
前記選抜工程において、選択されるソラナム・リコペルシカムにおいて検出される、第4染色体上にソラナム・キミエルスキー LA1318由来の原因遺伝子がホモ接合又はヘテロ接合で存在することを示すマーカーは、1つでもよく、2つ以上でもよい。
【0041】
好ましくは、ソラナム・リコペルシカム(SL2.50)の第4染色体の、60,483,986bpに対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体のマーカー、60,520,092bpに対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体のマーカー、60,557,703bpに対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体のマーカー及び60,818,232bpに対応するソラナム・キミエルスキー LA1318系統の第4染色体のマーカーから成る群より選択される1以上のマーカーが検出される。
【0042】
マーカーの検出により、ソラナム・キミエルスキー LA1318由来の原因遺伝子及び/又はこれを含む遺伝子領域が、第4染色体上にホモ接合型又はヘテロ接合型で存在することが示された場合、当該ソラナム・リコペルシカムはアスパラギン酸含有量が増加した果実を産生する系統であると判断される。
【0043】
別の観点では、本発明に係るソラナム・リコペルシカムは、上記いずれかのプライマーセットを用いるPCRにより、第4染色体上にソラナム・キミエルスキー LA1318由来の原因遺伝子及び/又はこれを含む遺伝子領域がホモ接合型又はヘテロ接合型で存在することが検出されるソラナム・リコペルシカムであるともいえる。
【0044】
また、本発明の別の態様としては、上記いずれかのプライマーセットを用いるPCRを行うことにより、ソラナム・リコペルシカムの第4染色体上のソラナム・キミエルスキー LA1318由来の原因遺伝子及び/又はこれを含む遺伝子領域を検出する工程を含む、ソラナム・リコペルシカムを鑑別する方法である。この鑑別方法において、ソラナム・キミエルスキー LA1318由来の原因遺伝子及び/又はこれを含む遺伝子領域が、第4染色体上にホモ接合型又はヘテロ接合型で存在することが示された場合、当該ソラナム・リコペルシカムはアスパラギン酸含有量が増加した果実を産生する系統であると鑑別される。
【実施例0045】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0046】
〔実施例1〕ソラナム・リコペルシカムにおけるアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子の座上領域絞り込み
1.材料と方法
2017年上期に、ソラナム・リコペルシカムにおいてアスパラギン酸高含有形質が個体間で分離しているKc15-165-3 (17J11)とKc15-165-4 (17J12)をカゴメ保有の圃場にて各25株ずつ栽培した。Kc15-165-3及びKc15-165-4はTK3273と加工用品種(TK5352)を交配して作製した戻し交配系統(BC4F3世代)である。各個体から葉と完熟果をサンプリングした。サンプリングした完熟果はミキサーで1分間破砕し、サンプル瓶に詰めて30分間煮沸したものをアスパラギン酸分析に供試した。
【0047】
2系統、各25株、合計50株の中からアスパラギン酸含量の高い10個体(アスパラギン酸高含有バルク)、低い10個体(アスパラギン酸低含有バルク)、中程度の10個体(アスパラギン酸中含量バルク)を選定し、バルク毎にサンプリングした葉を混合してバルクシーケンス(全ゲノム配列解析)を実施した。ゲノム配列データを用いてアスパラギン酸高含有形質に関わる変異の探索を行った。
【0048】
2.結果と考察
Kc15-165-3(17J11)、Kc15-165-4(17J12)の各個体におけるアスパラギン酸分析結果を表1に示す。本結果から、Asp/Gluが3以上だった10個体(Asp含有バルク「高」)をアスパラギン酸高含量バルクとして、Asp/Gluが1程度であった10個体(Asp含有バルク「中」)をアスパラギン酸中含量バルクとして、Asp/Gluが0.5程度であった10個体(Asp含有バルク「低」)をアスパラギン酸低含量バルクとしてそれぞれ選抜した。
【0049】
【表1】
【0050】
各バルクについて全ゲノム配列解析を行い、リファレンス配列との塩基配列の違い(以下、「多型」と記述)を抽出した。抽出した多型の中から遺伝子配列上に存在する多型を選抜し、さらにアミノ酸配列の変化を伴う多型を選抜した。なお、アスパラギン酸高含有形質は共優性であるため、アスパラギン酸高含有バルクの個体は原因の多型をホモで、中含有バルクの個体は多型をヘテロで持っており、低含有バルクの個体は通常と同じ塩基配列(多型なし)だと考えられた。そこで選抜した多型をバルク間で比較し、アスパラギン酸高含量バルクでホモ、中含量バルクでヘテロ、低含量バルクで多型なし(リファレンス配列と同じ配列)となるもののみを選抜した。その結果、選抜した多型は4番染色体の59~63Mbの領域に集中して存在していた(図1)。このことからアスパラギン酸高含有形質の原因遺伝子は本領域に座上していると考え、さらなるファインマッピングを試みることとした。
【0051】
〔実施例2〕ファインマッピング
1.材料と方法
評価にはKc15-148-1を用いた。Kc15-148はTK3273戻し交配系統(14Z125-2)と生鮮用ミニペア品種(PK868)を交配して作製したF2系統であり、個体間でアスパラギン酸含量が分離することが予想された。そこでKc15-148-1の中から第4染色体59~63Mbの領域が野生種型(ホモ)・ヘテロ型・栽培種型の個体、及びこの領域内で遺伝子型が分離している個体を選定し、評価を行うこととした。
【0052】
ファインマッピングに用いたプライマーセットを表2に示す。39個体のKc15-148-1からDNAを抽出した。抽出したDNAと表2に示すプライマーセットを用いてPCRを行い、増幅されたDNA断片をキャピラリー電気泳動装置(MCE-202/maltiNA, 島津製作所)を用いて検出した。PCRの条件を表3に示す。選抜した個体を栽培し、遺伝子型調査結果とアスパラギン酸及びグルタミン酸含量を比較することでアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子の座上領域の絞り込みを行った。
【0053】
【表2】
【0054】
【表3】
【0055】
KOD FXシステムを用いた簡易DNA抽出方法とマーカー検定
上述のDNA抽出及びマーカー検定は、以下の通り行った:
1)用意するもの
はさみ、瓶入りの70%エタノール、1.5mlチューブ又は96ウェルディープウェルプレート、破砕用アルミナビーズ(φ3mm又は4mm)、チューブ立て(1.5mlチューブ使用時)、ディープウェルプレート用マット(96ウェルディープウェルプレート使用時)、マジックペン、抽出バッファー(100mM Tris-HCl (pH9.5), 1M KCl, 10mM EDTA)、検定用苗。
2)抽出方法
(1)子葉の半分(小指の爪よりやや小さい程度)をはさみで切除し、1.5mlチューブ又は96ウェルディープウェルプレートに入れた;
(2)抽出バッファー100μLと破砕用ビーズを入れ、ふたを閉じた。96ウェルディープウェルプレート使用時はディープウェルプレート用マットをしっかりとかぶせた。1.5mlチューブ使用時:破砕用ビーズφ3mm。96ウェルディープウェルプレート使用時:破砕用ビーズφ4mm;
(3)1.5mlチューブ又は96ウェルディープウェルプレートをGeno Grinderにセットし、回転数1000rpmで1分間破砕した;
(4)0.5μLをPCR鋳型とした(最初にチューブに入れると乾燥するため、プレミックスを入れた後がよい)。
3)マーカー検定
(1)以下の組成で、プレミックス液を作製した:
(以下は50サンプル用、96サンプルの際は、以下を2本作成)
2X PCR Buffer for KOD FX 625μL
dNTP (2mM) 250μL
F Primer 50μL
R Primer 50μL
(プライマーが複数本の場合、滅菌水の量をプライマーの液量だけ減らす)
滅菌水 237.5μL
KOD FX 12.5μL;
(2)プレミックス液を24.5μlずつPCRチューブ(96穴プレート)に分注した;
(3)PCR鋳型を0.5μLずつPCRチューブ(96穴プレート)に分注した;
(4)以下のプログラムでPCRを実施した:
・94℃ 2min 1回
・98℃ 10sec, Tm℃ 30sec, 68℃ 1min 40回;
(5)アガロースゲル、あるいはキャピラリー電気泳動装置で結果を確認した。
【0056】
2.結果と考察
Kc15-148-1の遺伝子型とアスパラギン酸含量を比較した結果を図2に示す。04g072670プライマーと04g079160プライマーでともに野生種型を示した個体(野生種型)はアスパラギン酸含量が高く、グルタミン酸含量が低かった(Asp/Glu=7.22)。また両プライマーでともにヘテロ型を示した個体(ヘテロ型)ではアスパラギン酸含量は比較的高かったものの、グルタミン酸含量も野生種型ホモの個体と比較して高かった(Asp/Glu=1.23)。さらに両プライマーでともに栽培種型を示した個体(栽培種型)ではアスパラギン酸含量が低く、グルタミン酸含量が高かった(Asp/Glu=0.15)。このことからアスパラギン酸高含有形質は本実施例で調査した04g072670プライマーと04g079160プライマーの間の領域に座上していると判断した。なお、両プライマーの検定結果がともに野生種型・ヘテロ型・栽培種型だったこれらの個体では本領域内で組換えが起こっていない(この領域が全て野生種型・ヘテロ型・栽培種型である)と推測した。
【0057】
本領域内で遺伝子型が分離している個体を比較すると、04g074490プライマーから04g076240プライマーの領域が野生種型ホモの個体(分離A、B、C)はアスパラギン酸含量が高く(Asp/Glu >4.8)、栽培種型ホモの個体(分離I)はアスパラギン酸含量が低かった(Asp/Glu≒0.1)。またヘテロ型の個体(分離D、E、F、G、H)のAsp/Gluは約1.0だった。遺伝子型とアスパラギン酸含量がリンクしていたことから、アスパラギン酸高含有形質の原因遺伝子の座上領域は黒枠で示す60,001,206 ~ 61,863,326 bp(SL2.50)の領域に絞り込まれた。そこで他の系統においても本領域の遺伝子型がアスパラギン酸高含有形質とリンクしていることを確認するとともに、さらなる座上領域の絞り込みを試みることとした。
【0058】
〔実施例3〕ファインマッピング2
1.材料と方法
評価にはKc14-1026-5-2 (15Z155-2)とKc15-148-1-1を用いた。Kc14-1026-5-2はTK3273と生鮮用ラウンド品種(PK515)を交配して作製した戻し交配系統(BC3F2)であり、個体間でアスパラギン酸含量が分離することが予想された。そこでKc14-1026-5-2の中から第4染色体の絞り込んだ領域内が野生種型(ホモ)・ヘテロ型・栽培種型の個体を選定し、評価を行うこととした。
【0059】
またさらなる領域の絞り込みを行うために、実施例2の評価で絞り込んだ領域の遺伝子型がヘテロ型だったKc15-148-1 分離Gの個体(図2参照)から採種した後代(Kc15-148-1-1)を用い、第4染色体の絞り込んだ領域内が野生種型・ヘテロ型・栽培種型の個体、及び領域内で遺伝子型が分離している個体を選定し、評価を行うこととした。マーカー選抜に用いたプライマーセット、DNA抽出方法、PCR条件、検出方法は実施例2と同様であった。
【0060】
2.結果と考察
Kc14-1026-5-2及びKc15-148-1-1の遺伝子型とアスパラギン酸含量を比較した結果を図3に示す。Kc14-1026-5-2では絞り込んだ領域内に存在するAsp-F3/R3プライマーと04g074610プライマーを遺伝子型調査に用いた。両プライマーでともに野生種型ホモの個体(野生種型)はAsp含量が高く(Asp/Glu=7.03)、栽培種型の個体(栽培種型)では含量が低かった(Asp/ Glu=0.16)。またヘテロ型の個体ではAsp/Glu=1.10であり、アスパラギン酸高含有形質は両プライマーセットでの多型検出結果と一致していた。
【0061】
Kc15-148-1-1では絞り込んだ領域内に存在する04g074740プライマー、04g074900プライマー、04g076240プライマーを遺伝子型調査に用いた。04g074740プライマーと04g074900プライマーでともに野生種型ホモの個体はAsp/Glu=6.61、ヘテロ型の個体はAsp/Glu=1.03、栽培種型の個体はAsp/ Glu=0.13であり、アスパラギン酸高含有形質は本プライマーセットでの多型検出結果と一致していた。一方でこれらの個体において、04g076240プライマーで検定した遺伝子型は全て野生種型であった。本結果と図2の結果から、アスパラギン酸高含有形質の原因遺伝子は黒枠で示す60,001,206 ~ 61,179,940bp (SL2.50)の領域に座上していると判断した。
【0062】
〔実施例4〕ソラナム・リコペルシカムにおけるアスパラギン酸高含有形質原因遺伝子の座上領域絞り込み
1.材料と方法
アスパラギン酸高含有形質を持つ品種(保有品種)、Kc15-165-8(17J14-5)とアスパラギン酸高含有形質を持たない品種(非保有品種)、Kc17-332-1(18F250-B)を交配・自殖して得たF2世代、Kc18-121-1をファインマッピングに用いた。また対照にはKc15-165-8-5(17J14-5-1)とPK993を保有品種及び非保有品種として用いた。
【0063】
Kc18-121-1を50粒播種し、各個体から葉をサンプリングして、実施例2に記載のKOD FXシステムを用いた簡易DNA抽出方法とマーカー検定に従いDNAを抽出した。抽出したDNAと実施例2に記載の表2に示すNo.3、4、6プライマーを用いて、実施例2に記載の表3の条件に従いPCRを実施した。PCR結果から遺伝子型毎に定植・栽培を行った(表4)。
【0064】
【表4】
【0065】
2.評価方法
PK993以外の品種については各個体から、PK993については5株からバルクでそれぞれ完熟果をサンプリングし、クラッシュサンプルを作製した。洗浄した果実をミキサーで1分間破砕し、サンプル瓶に詰めて30分間煮沸したものをクラッシュサンプルとした。作製したサンプルを用いて分析要領に従ってRI、リコピン、グルタミン酸、アスパラギン酸高含有分析を実施した。
【0066】
遺伝子型再確認のため各個体から葉をサンプリングし、実施例2に記載のKOD FXシステムを用いた簡易DNA抽出方法とマーカー検定に従って再びDNAを抽出した。抽出したDNAと実施例2に記載の表2に示すNo.3、4、6、8プライマーを用いて、実施例2に記載の表3の条件に従ってPCRを実施した。
【0067】
3.結果と考察
アスパラギン酸、グルタミン酸の含量及び遺伝子型の調査結果を表5に示す。F270、F271_A、F271_Bの個体は全てF270_CやF272の個体と比較してアスパラギン酸含量が高かった。このことから、F270、F271_A、F271_Bの個体で保有型の遺伝子型が共通しているNo.4プライマー付近(No.3プライマーからNo.6プライマーの領域、第4染色体60,483,830bp~60,557,813 bp (SL2.50))にアスパラギン酸高含有形質の原因遺伝子が座上していると考えた(図4)。本実施例の試験でKc15-165-8-5(F270)はアスパラギン酸高含有形質及びその他の栽培特性の固定が確認できたことから、採種した次世代種子(Kc15-165-8-5-1, 19F270-1)をPK1521とした。
【0068】
【表5】
【0069】
絞り込んだ領域には13個の遺伝子が存在した(表6)。そこで実施例3で原因遺伝子の座上領域を絞り込んだ際に取得したバルクシーケンスデータを用いて、13遺伝子上の多型を調査した。その結果、本形質を持つ個体に特異的な多型の無い遺伝子が1つ、多型はあるがアミノ酸置換を伴わない遺伝子が2つ存在した。これらの遺伝子を除いた10遺伝子の中に原因遺伝子が存在すると考えた。絞り込んだ10遺伝子とアスパラギン酸の関連についてはこれまでに報告されていないことから、原因遺伝子はアスパラギン酸の生合成又は代謝に関わる新規の遺伝子である可能性が高かった。
【0070】
【表6】
【0071】
なお、No.4プライマーでPCRを実施した際、非保有品種であるPK993(F272)は240bpのバンドが検出されたが、Kc18-121-1の非保有個体(F271_C)ではバンドが検出されなかった(図5中央)。そのため、Kc18-121-1の個体間においてはNo.4プライマーでは保有ホモ型とヘテロ型ともに同じバンドパターンとなり、遺伝子型を同定できなかった(F271_A、F271_B)。F270及びF271_Aについてはアスパラギン酸含量が高く、前後の遺伝子型からもNo.4の遺伝子型は保有型ホモと推測した(表5)。一方でF271_Bについては前後の遺伝子型が異なるため遺伝子型を判別することは難しいものの、アスパラギン酸含量がF270やF271_Aと同程度に高かったことから、原因遺伝子が座上していると推測されるNo.4プライマーは保有型ホモの可能性が高かった。
【0072】
また、No.3プライマーとNo.6プライマーでの検定においても非保有品種間でバンドサイズが異なった(図5)。このことから栽培種(非保有品種)ではNo.3、No.4、No.6プライマーの場所に複数のアリルが存在すると推測した。
【0073】
作製したNo.4プライマーを用いることで、ソラナム・キミエルスキー由来のアスパラギン酸高含有形質を持つ個体を選抜することが可能であったことから、DNAマーカーとして使用可能だと考えた。
【0074】
まとめ
アスパラギン酸高含有形質のファインマッピングを行い、加工用トマト品種でも利用可能なDNAマーカーの開発を試みた。その結果、原因遺伝子は第4染色体の60,483,830bpから60,557,813bp (SL2.50)の領域に座上していた。この領域の多型を検出するプライマーセット、04g074530-F/Rを用いることで、加工用品種においてもソラナム・キミエルスキー由来のアスパラギン酸高含有形質を持つ個体を選抜することが可能であった。本結果から04g074530-F/Rをアスパラギン酸高含マーカーとして育種利用していく。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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