(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023096600
(43)【公開日】2023-07-07
(54)【発明の名称】細菌叢改善剤およびその利用
(51)【国際特許分類】
A61K 36/82 20060101AFI20230630BHJP
A61P 17/00 20060101ALI20230630BHJP
A61K 8/9789 20170101ALI20230630BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20230630BHJP
A01N 65/08 20090101ALI20230630BHJP
【FI】
A61K36/82
A61P17/00 101
A61K8/9789
A01P3/00
A01N65/08
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021212468
(22)【出願日】2021-12-27
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-09-20
(71)【出願人】
【識別番号】391044797
【氏名又は名称】株式会社コーワ
(74)【代理人】
【識別番号】100117606
【弁理士】
【氏名又は名称】安部 誠
(72)【発明者】
【氏名】坪島 朱美
(72)【発明者】
【氏名】金井 雅武
【テーマコード(参考)】
4C083
4C088
4H011
【Fターム(参考)】
4C083AA111
4C083AA112
4C083BB48
4C083CC01
4C083FF01
4C088AB45
4C088AC04
4C088BA07
4C088BA09
4C088CA05
4C088MA63
4C088NA05
4C088NA14
4C088ZA90
4H011AA02
4H011BB22
4H011DA13
(57)【要約】
【課題】黄色ブドウ球菌の生育を阻害する一方で、表皮ブドウ球菌の生育を阻害しにくいという選択的抗菌性を有し、表皮ブドウ球菌優位の細菌叢の形成に貢献し得る細菌叢改善剤を提供する。
【解決手段】ここで開示される細菌叢改善剤は、鬼皮を実質的に含有しない茶種子に由来する選択的抗菌成分を含有する。本発明者が行った実験によると、茶種子(チャノキの種子)から鬼皮を除去した茶種子(薄皮、胚乳、子葉および胚軸)は、黄色ブドウ球菌の生育を阻害する一方で、表皮ブドウ球菌の生育を阻害しにくいという選択的抗菌性を発揮することが確認されている。このため、この鬼皮を除去した茶種子に由来する選択的抗菌成分を含有する細菌叢改善剤は、表皮ブドウ球菌優位の細菌叢を形成することに貢献できる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鬼皮を実質的に含有しない茶種子に由来する選択的抗菌成分を含有する、細菌叢改善剤。
【請求項2】
前記選択的抗菌成分として、前記鬼皮を実質的に含有しない茶種子から抽出した抽出物を含有する、請求項1に記載の細菌叢改善剤。
【請求項3】
前記抽出物として、前記鬼皮を実質的に含有しない茶種子から抽出した水溶性成分を含有する、請求項2に記載の細菌叢改善剤。
【請求項4】
前記抽出物として、前記鬼皮を実質的に含有しない茶種子から抽出した油分を含有する、請求項2に記載の細菌叢改善剤。
【請求項5】
前記選択的抗菌成分として、前記鬼皮を実質的に含有しない茶種子に搾油処理を行って得られた成分を含有する、請求項4に記載の細菌叢改善剤。
【請求項6】
前記選択的抗菌成分として、前記鬼皮を実質的に含有しない茶種子の固形分を含有する、請求項1に記載の細菌叢改善剤。
【請求項7】
前記固形分は、搾油後の茶種子の粉砕物である、請求項6に記載の細菌叢改善剤。
【請求項8】
前記固形分は、未搾油の茶種子の粉砕物である、請求項6に記載の細菌叢改善剤。
【請求項9】
薬学的に許容可能な担体をさらに含有する、請求項1~8のいずれか一項に記載の細菌叢改善剤。
【請求項10】
前記担体が、常水、精製水、蒸留水、注射用水、リン酸緩衝生理食塩水、生理食塩水、アルコール水溶液、多価アルコール、液状油からなる群から選択される少なくとも一種である、請求項9に記載の細菌叢改善剤。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか一項に記載の細菌叢改善剤を含有する、皮膚外用剤。
【請求項12】
所定の対象物の細菌叢を改善する細菌叢改善方法であって、
前記対象物は、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)と表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)とを含む細菌叢を有しており、
当該細菌叢における前記黄色ブドウ球菌に対する前記表皮ブドウ球菌の存在比を向上させるように、請求項1~10のいずれか一項に記載の細菌叢改善剤を前記対象物に供給する、細菌叢改善方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
ここに開示される技術は、細菌叢改善剤およびその利用に関する。具体的には、チャノキに由来する抗菌成分を含む細菌叢改善剤と、当該細菌叢改善剤を利用した各種技術に関する。
【背景技術】
【0002】
チャノキ(Camellia sinensis)は、ツバキ科ツバキ属の植物であり、その葉(茶葉)からの抽出物は、茶系飲料(緑茶、紅茶等)として広く飲用されている。また、茶葉は、様々な細菌に対して抗菌作用を有していることが確認されており、食品以外の分野でも広く使用されている。例えば、特許文献1には、茶葉抽出物を不織布に付与することによって抗菌性不織布を作製する技術が開示されている。また、特許文献2には、紅茶からの抽出物を、コリネバクテリウム属(Corynebacterium)菌やミクロコッカス属(Micrococcus)菌に対する抗菌剤として使用する技術が開示されている。
【0003】
また、近年では、茶葉だけでなく、チャノキの実(茶実)も様々な分野で利用されている。例えば、茶実には多くの脂質成分が含まれており、これを抽出(搾油)することによって茶実油を製造できる。かかる茶実油は、食品、化粧品などの様々な分野で使用されている。例えば、特許文献3には、茶実から茶実油を抽出する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012-233275号
【特許文献2】特開2008-285425号
【特許文献3】特開2020-152749号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述の通り、茶葉は、様々な細菌に対する抗菌作用を有しているため、抗菌剤として広く使用されている。しかしながら、この茶葉は、抗菌作用が強くなりすぎる傾向があり、人体の細菌叢(皮膚細菌叢、腸内細菌叢等)のバランスを崩す原因になり得る。具体的には、人間の皮膚には、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)や、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)などを含む皮膚細菌叢が形成されている。これらのうち、表皮ブドウ球菌は、非病原性であり、グリセリンの生産などによって皮膚の保護に貢献するため善玉菌とみなされている。一方、黄色ブドウ球菌は、病原性が高く、炎症や化膿などの原因になり得るため悪玉菌とみなされている。このため、皮膚細菌叢を改善して健康な肌環境を得るには、黄色ブドウ球菌の生育を阻害する一方で、表皮ブドウ球菌の生育を阻害しにくいという選択的抗菌性を有した薬剤の投与が求められる。しかし、茶葉は、黄色ブドウ球菌の生育を阻害するだけでなく、表皮ブドウ球菌の生育も阻害してしまうため、善玉菌の減少による肌荒れの原因になる可能性がある。
【0006】
ここに開示される技術は、かかる実情を鑑みてなされたものであり、黄色ブドウ球菌の生育を阻害する一方で、表皮ブドウ球菌の生育を阻害しにくいという選択的抗菌性を有し、表皮ブドウ球菌優位の細菌叢の形成に貢献し得る細菌叢改善剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記の目的を達成するための検討を行うに際して、茶実油の原料である茶実に着目した。この茶実は、茶葉ほど強力なものではないが、一定以上の抗菌性を有している。そして、この茶実の抗菌性を研究した結果、茶実の最も外側の殻部分である鬼皮は、茶葉と同様に黄色ブドウ球菌と表皮ブドウ球菌の両方に対して強い抗菌作用を発揮することが分かった。一方で、鬼皮を除去した残りの部分は、黄色ブドウ球菌の生育を阻害する一方で、表皮ブドウ球菌の生育を阻害しにくいという選択的抗菌性を有していることが判明した。ここに開示される細菌叢改善剤は、かかる発見に基づいてなされたものである。
【0008】
すなわち、ここに開示される細菌叢改善剤は、鬼皮を実質的に含有しない茶種子に由来する選択的抗菌成分を含有する。かかる細菌叢改善剤を用いることによって、黄色ブドウ球菌の生育が阻害される一方で、表皮ブドウ球菌の生育が阻害されにくくなるため、表皮ブドウ球菌優位の細菌叢の形成に貢献することができる。
【0009】
ここに開示される細菌叢改善剤の一態様では、選択的抗菌成分として、鬼皮を実質的に含有しない茶種子から抽出した抽出物を含有する。これによって、好適な選択的抗菌性を有する細菌叢改善剤を容易に提供できる。なお、上記抽出物としては、鬼皮を実質的に含有しない茶種子から抽出した水溶性成分や油分(典型的には搾油処理を行って得られた成分)などが挙げられる。これらの抽出物を含む細菌叢改善剤は、選択的抗菌性をより適切に発揮できる。
【0010】
ここに開示される細菌叢改善剤の他の態様では、選択的抗菌成分として、鬼皮を実質的に含有しない茶種子の固形分を含有する。このような固形分を選択的抗菌成分として使用した場合でも、好適な選択的抗菌性を有する細菌叢改善剤を提供できる。なお、上記固形分としては、搾油後の茶種子の粉砕物や、未搾油の茶種子の粉砕物が挙げられる。これらの固形物を含む細菌叢改善剤は、選択的抗菌性をより適切に発揮できる。
【0011】
ここに開示される細菌叢改善剤の一態様では、薬学的に許容可能な担体をさらに含有する。これによって、他の製品への添加が容易な細菌叢改善剤を得ることができる。
【0012】
なお、上記担体を含有する態様では、担体が、常水、精製水、蒸留水、注射用水、リン酸緩衝生理食塩水、生理食塩水、アルコール水溶液、多価アルコール、液状油からなる群から選択される少なくとも一種であることが好ましい。これらの担体によると、鬼皮を実質的に含有しない茶種子の細菌叢改善作用をより好適に発揮させることができる。
【0013】
また、ここに開示される細菌叢改善剤は、チャノキ由来の天然成分を使用しているため、人体に接触し得る製品に好適に使用できる。このような製品の一例として、皮膚外用剤が挙げられる。
【0014】
また、ここに開示される技術の他の側面として、所定の対象物の細菌叢を改善する細菌叢改善方法が提供される。かかる細菌叢改善方法の対象物は、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)と表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)とを含む細菌叢を有している。そして、この細菌叢改善方法は、細菌叢における黄色ブドウ球菌に対する表皮ブドウ球菌の存在比を向上させるように、上述した細菌叢改善剤を対象物に供給する。これによって、鬼皮を実質的に含有しない茶種子が有する選択的抗菌性を利用し、表皮ブドウ球菌優位の細菌叢が形成されることを促進できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】第1の試験の試験区A(鬼皮を実質的に含有しない茶種子(搾油後))における抗菌性評価の結果をまとめたグラフである。
【
図2】第1の試験の試験区B(鬼皮を実質的に含有しない茶種子(未搾油))における抗菌性評価の結果をまとめたグラフである。
【
図3】第1の試験の試験区C(鬼皮を実質的に含有しない茶種子の油分)における抗菌性評価の結果をまとめたグラフである。
【
図4】第1の試験の試験区D(茶葉)における抗菌性評価の結果をまとめたグラフである。
【
図5】第1の試験の試験区E(茶種子(鬼皮未除去))における抗菌性評価の結果をまとめたグラフである。
【
図6】第2の試験における抗菌性評価の結果をまとめたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、ここに開示される技術の好適な一実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって、ここに開示される技術の実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。ここに開示される技術は、本明細書に記載した内容と当該分野における技術知識とに基づいて実施することができる。なお、本明細書において数値範囲を「A~B」と示す場合、「A以上B以下(従ってAを上回りBを下回る範囲を包含する)」を意味するものとする。
【0017】
1.細菌叢改善剤
以下、ここに開示される細菌叢改善剤について説明する。
【0018】
(1)作用対象
ここに開示される細菌叢改善剤は、黄色ブドウ球菌の生育を阻害する一方で、表皮ブドウ球菌の生育を阻害しにくいという選択的抗菌性を有している。このような細菌叢改善剤を対象物(人体の皮膚など)に供給することによって、当該対象物の細菌叢における黄色ブドウ球菌が占める割合のみを減らし、表皮ブドウ球菌優位の細菌叢に改善することができる。
【0019】
なお、本明細書における「抗菌作用」とは、殺菌作用や制菌作用を包含する概念である。すなわち、特定の細菌の生菌数を減少させる作用だけでなく、特定の細菌の増殖スピードを抑制する作用が確認された場合も「抗菌作用」を有しているとみなされる。そして、本明細書における「選択的抗菌性」は、黄色ブドウ球菌に対する抗菌作用が相対的に強く、表皮ブドウ球菌に対する抗菌作用が相対的に弱いという性質を指すものとする。すなわち、表皮ブドウ球菌に対して一定以上の抗菌作用を有している場合であっても、当該表皮ブドウ球菌に対する抗菌作用よりも強い抗菌作用が黄色ブドウ球菌に対して認められた場合には、「選択的抗菌性を有している」とみなすものとする。なお、「黄色ブドウ球菌」は、Staphylococcus aureus種に属する細菌のことをいい、亜種(Subspecies)は特に限定されない。同様に、「表皮ブドウ球菌」とは、Staphylococcus epidermidis種に属する細菌のことをいい、亜種は特に限定されない。
【0020】
(2)成分
ここに開示される細菌叢改善剤は、少なくとも、茶種子に由来する選択的抗菌成分を含有する。以下、各成分について説明する。
【0021】
(a)選択的抗菌成分
上述の通り、ここに開示される細菌叢改善剤は、茶種子に由来する選択的抗菌成分を含有する。そして、ここに開示される技術では、通常の茶種子ではなく、鬼皮が除去された茶種子に由来する選択的抗菌成分を使用することを特徴とする。詳しくは後述するが、本発明者による実験の結果、茶実を構成する各部分のうち、鬼皮は、黄色ブドウ球菌と表皮ブドウ球菌の両方に対して強い抗菌作用を有している一方で、鬼皮を除いた他の部分は、黄色ブドウ球菌に対してのみ強い抗菌作用を有することが確認されている。従って、鬼皮が除去された茶種子に由来する選択的抗菌成分を含有する細菌叢改善剤は、黄色ブドウ球菌の生育を阻害する一方で、表皮ブドウ球菌の生育を阻害しにくいという選択的抗菌性を有しているため、表皮ブドウ球菌優位の細菌叢の形成に貢献できる。
【0022】
なお、本明細書における「茶種子」とは、茶実(チャノキの種子)のことをいう。より具体的には、「チャノキ」は、ツバキ科ツバキ属チャノキ種(Camellia sinensis)の植物のことを指す。そして、この茶種子は、胚乳と子葉と胚軸から構成される茶種子胚と、鬼皮と薄皮から構成される茶実殻とを備えている。すなわち、本明細書における「鬼皮を含有しない茶種子」とは、茶種子の胚乳と子葉と胚軸と薄皮のことをいう。
【0023】
そして、上述の通り、茶種子の鬼皮は、黄色ブドウ球菌だけでなく、表皮ブドウ球菌に対しても強い抗菌作用を有しているため、対象物の細菌叢を表皮ブドウ球菌優位に改善することを阻害する要因になり得る。このため、ここに開示される細菌叢改善剤では、鬼皮を実質的に含有しない茶種子に由来する成分が選択的抗菌成分として使用される。ここで、本明細書における「鬼皮を実質的に含有していない」とは、鬼皮の意図的な添加が行われていないことを指す。換言すると、ここに開示される技術では、選択的抗菌成分を得る際の原料として、鬼皮が除去された茶種子を使用する。但し、鬼皮の一部と解釈され得る材料が原料や製造工程等に由来して不可避的かつ微量に含まれるような場合は、本明細書における「鬼皮を実質的に含有していない」の概念に包含される。例えば、鬼皮以外の茶種子の含有量を100wt%としたときの茶実殻の含有量が5wt%以下(好ましくは1wt%以下、より好ましくは0.5wt%以下、特に好ましくは0.1wt%以下)である場合、「鬼皮を実質的に含有していない(鬼皮の意図的な添加を行っていない)」とみなすことができる。
【0024】
また、本明細書における「選択的抗菌成分」は、鬼皮を実質的に含有しない茶種子に由来した成分であれば特に限定されず、種々の形態を採ることができる。選択的抗菌成分の形態の一例として、鬼皮を実質的に含有しない茶種子から抽出された抽出物が挙げられる。この抽出物の一例として、水溶性成分が挙げられる。かかる水溶性成分を抽出する手段は、特に限定されないが、例えば、鬼皮を実質的に含有しない茶種子を水系媒体に分散させた分散液の上澄みを取得するという手段を採用することができる。また、抽出物の他の例として、油分が挙げられる。この油分を抽出する手段の一例として、鬼皮を実質的に含有しない茶種子に対して搾油処理を行うという手段を採用することができる。また、選択的抗菌成分の形態は、上述した抽出物に限定されず、固形分であってもよい。かかる固形分の典型的として、鬼皮を実質的に含有しない茶種子を粉砕した粉砕物が挙げられる。また、このときの粉砕物は、搾油後の茶種子を粉砕したものであってもよいし、未搾油の茶種子を粉砕したものであってもよい。何れの形態においても適切な選択的抗菌性が発揮されることが、本発明者らによる実験において確認されている。
【0025】
(b)担体
また、細菌叢改善剤は、ここに開示される技術による効果が失われない範囲内(すなわち、選択的抗菌成分を発揮し得る範囲内)で、薬学(医薬)上許容され得る程度の安全性を有した担体を含んでいることが好ましい。なお、当該担体の具体的な態様は、細菌叢改善剤の用途や形態に応じて適宜異なり得る。例えば、液体の細菌叢改善剤を得る場合には、上記担体として、常水、精製水、蒸留水、注射用水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、生理食塩水などの水系分散媒を使用することが好ましい。また、液体の担体の他の例として、適当な濃度のアルコール(エタノール等)水溶液、多価アルコール、液状油等が挙げられる。但し、ここに開示される細菌叢改善剤は、上述の担体を含有しない態様を包含し得る。例えば、固形分(粉砕物)を固形の製品(石鹸など)に添加する場合や、搾油した油分をそのまま使用する場合などにおいては、担体を添加しなくてもよい。
【0026】
(c)添加剤
また、ここに開示される細菌叢改善剤は、選択的抗菌性を大きく損なわない限りにおいて、細菌叢改善剤や抗菌剤に使用され得る従来公知の添加剤を含有していてもよい。このような添加剤の一例として、黄色ブドウ球菌の生育を阻害する抗菌成分が挙げられる。この種の抗菌成分としては、各種抗生物質、フェノキシエタノール、メチルパラベン、エチルパラベン、ブチルパラベン、プロピルパラベン、レゾルシン、サリチル酸、デヒドロ酢酸、ヘキサクロロフェン、塩化ベンザルコニウム、イソプロピルメチルフェノール、アルカンジオールなどが挙げられる。また、抗菌成分の他の例として、植物由来の天然抗菌成分が挙げられる。かかる植物由来の成分の一例として、オレガノ抽出物、カラシ抽出物、カンゾウ抽出物、クローブ抽出物、クワ抽出物、チャ抽出物、リンゴ抽出物、シソ抽出物、ショウガ抽出物、セイヨウワサビ抽出物、セージ抽出物、トウガラシ抽出物、ニンニク抽出物、ピメンタ抽出物、ブドウ抽出物、プロポリス抽出物、ペパー抽出物、ホコッシ抽出物、モウソウチク抽出物、ユッカフォーム抽出物、ローズマリー抽出物、ワサビ抽出物などが挙げられる。また、添加剤の他の例として、表皮ブドウ球菌の生育を促進する栄養成分が挙げられる。この種の栄養成分の一例として、グルコース、スクロース、水飴、デキストリン、澱粉、グリセロール、糖蜜等の炭素源が挙げられる。また、栄養成分の他の例として、ポリペプトン、大豆粉、小麦胚芽、コーン・スティープ・リカー、綿実粕、肉エキス、マルトエキス、イーストエキス、硫酸アンモニウム、硝酸ナトリウム、尿素等の窒素源が挙げられる。なお、抗菌成分や栄養成分を添加する場合には、これらの成分が黄色ブドウ球菌と表皮ブドウ球菌の生育に与える影響を考慮した上で、選択的抗菌成分の含有量を調節することが好ましい。
【0027】
また、添加剤の他の例として、増粘剤などが挙げられる。かかる増粘剤としては、カラギーナン、デヒドロキサンタンガム、キサンタンガム、スクレロチウムガム、タマリンドガム、グアーガム、ローストビーンガム、ジェランガム、クインスシード、アラビアガム、アルギン酸塩、ペクチン、寒天、デンプン、マンナン、セルロース、キトサン、スクシノグリカン、ヒアルロン酸塩、シロキクラゲ多糖体、カルボキシビニルポリマープロパンジオール、グリセリン、ジグリセリン、ポリグリセリン-4、ポリグリセリン-6、ポリグリセリン-10、ブチレングリコール、ペンチレングリコール、ソルビトール、マンニトール、グルコース、フルクトース、キシリトール、マルトース、マルチトース、トレハロース、イノシトール、スクロース、グリコシルトレハロース、グリコーゲンなどが挙げられる。これらの増粘剤を添加することによって、細菌叢改善剤が対象物表面に長時間定着しやすくなるため、対象物の細菌叢の改善に貢献することができる。
【0028】
(4)用途
ここに開示される細菌叢改善剤は、チャノキ由来の天然成分を使用しているため、人体に接触し得る製品に好適に使用できる。このような製品の一例として、皮膚外用剤などが挙げられる。この「皮膚外用剤」は、医薬品、医薬部外品、化粧品などの人間の皮膚に付与し得る製品を包含するものである。この種の皮膚外用剤の具体例として、化粧水、乳液、クリーム、洗顔料、クレンジング料、マッサージ料、パック美容液、シャンプー、リンス、トリートメント、ボディソープ、ハンドソープ、入浴剤、整髪料、養毛料、頭皮料、化粧下地、口紅、ファンデーション、おしろい、アイメイク料、頬化粧料、石鹸、シップ剤、軟膏、香水などが挙げられる。但し、ここに開示される細菌叢改善剤は、表皮ブドウ球菌優位となる細菌叢が要求されるものであれば、皮膚外用剤に限定されず、種々の製品に使用することができる。皮膚外用剤以外の例として、食品や洗剤(食器用洗剤など)が挙げられる。また、ここに開示される細菌叢改善剤は、人体に直接接触する製品以外の用途に使用することもできる。かかる用途の一例として、手摺等の人体と接触する部材を消毒する消毒液などが挙げられる。すなわち、ここに開示される細菌叢改善剤は、黄色ブドウ球菌と表皮ブドウ球菌とを含む細菌叢を有する対象物において、表皮ブドウ球菌優位の細菌叢を形成する細菌叢改善方法を実施する際に広く使用できる。
【0029】
また、ここに開示される細菌叢改善剤は、対象物の細菌叢の状態、栄養状態、温度環境、他の添加剤、選択的抗菌成分の形態などの様々な要因を考慮した上で、対象物の細菌叢における黄色ブドウ球菌に対する表皮ブドウ球菌の存在比(表皮ブドウ球菌/黄色ブドウ球菌)が向上するように適宜希釈して使用することが好ましい。また、本発明者による実験の結果、脂質成分を除去した搾油後の茶種子は、未搾油の茶種子と比べて黄色ブドウ球菌に対する抗菌作用が強くなる傾向があることが確認されている。ここに開示される細菌叢改善剤を使用する際には、かかる点も考慮することが好ましい。
【0030】
以下、化粧水を対象とし、選択的抗菌成分として、鬼皮を実質的に含有しない茶種子から抽出した水溶性成分を使用した場合の希釈量の一例を説明する。この場合、化粧水の総量(100wt%)に対する選択的抗菌成分(水溶性成分)の濃度が0.01wt%以上(好適には0.05wt%以上、より好適には0.1wt%以上、さらに好適には0.2wt%以上、特に好適には0.25wt%以上)となるように細菌叢改善剤を化粧水に添加するとよい。これによって、使用者の皮膚における黄色ブドウ球菌の生育を適切に抑制できる。一方、化粧水における選択的抗菌成分(水溶性成分)の濃度の上限値は、10wt%以下でもよく、5wt%以下でもよい。特に、表皮ブドウ球菌の生育阻害を抑制するという点を考慮すると、選択的抗菌成分(水溶性成分)は、4.5wt%以下(好適には4.0wt%以下、より好適には3.5wt%以下、さらに好適には3.0wt%以下、特に好適には1.0wt%以下、例えば0.5wt%以下)になるように細菌叢改善剤を化粧水に添加するとよい。
【0031】
他の例として、クリームを対象とし、選択的抗菌成分として、鬼皮を実質的に含有しない茶種子から抽出した油分を使用した場合の希釈量を説明する。この場合、クリームの総量(100wt%)に対する選択的抗菌成分(油分)の濃度が0.05wt%以上(好適には0.1wt%以上、より好適には0.5wt%以上、さらに好適には1wt%以上、特に好適には2wt%以上)となるように細菌叢改善剤を添加するとよい。これによって、クリーム中の黄色ブドウ球菌の生育を適切に抑制できる。一方、クリームにおける選択的抗菌成分(油分)の濃度の上限値は、20wt%以下でもよく、15wt%以下でもよく、10wt%以下でもよい。特に、表皮ブドウ球菌の生育阻害を抑制するという点を考慮すると、選択的抗菌成分(油分)は、5wt%以下(好適には4.5wt%以下、より好適には4.0wt%以下、さらに好適には3.5wt%以下、特に好適には3.0wt%以下、例えば1wt%以下)になるように細菌叢改善剤を化粧水に添加するとよい。
【0032】
なお、細菌の生育度合いは、対象物の細菌叢の状態、栄養状態、温度環境、他の添加剤などの様々な要因によって変動し得る。このため、上述した各用途における選択的抗菌成分の含有量は、特定の条件における含有量の一例であり、ここに開示される細菌叢改善剤の用途を限定することを意図したものではない。
【0033】
また、細菌叢改善剤を希釈する場合、当該希釈に用いる液体は、ここに開示される技術による効果を大きく損なわない限り特に限定されない。かかる希釈用の液体の一例として、上述した担体として使用され得る液体(常水、精製水、蒸留水、注射用水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、生理食塩水、アルコール水溶液、多価アルコール、液状油など)が挙げられる。
【0034】
2.製造方法
次に、ここに開示される細菌叢改善剤を製造する方法の一例について説明する。ここに開示される細菌叢改善剤は、原料準備工程S10と、茶実殻除去工程S20と、選択的抗菌成分作成工程S30とを経て製造される。以下、各々の工程について説明する。なお、ここに開示される細菌叢改善剤は、以下の方法で製造されたものに限定されない。
【0035】
(1)原料準備工程S10
本工程では、選択的抗菌成分の原料となる茶種子を準備する。この茶種子は、茶種子胚(胚乳、子葉および胚軸)が茶実殻(鬼皮および薄皮)に覆われたものである。なお、収穫時の茶実は、通常、殻斗と呼ばれる外殻に収容されている。本工程において準備する茶種子は、この殻斗を割って取り出したものである。
【0036】
(2)鬼皮除去工程S20
本工程では、茶種子から鬼皮を除去する。鬼皮を除去する手段は、特に限定されず、従来公知の方法を特に制限なく使用できる。例えば、上述した特許文献3(特開2020-152749号)に記載されているように、一対のローラ間で茶種子を押圧して鬼皮を粉砕除去する手段などを採用できる。このような粉砕除去を実施すると、外側の硬い鬼皮のみが除去され、茶種子胚の表面に薄皮が残留した鬼皮を実質的に含有しない茶種子が得られる。また、本工程を実施する前に、茶種子に対して乾燥処理を実施してもよい。これによって、余分な水分が除去されるため、鬼皮をより容易に粉砕除去することができる。
【0037】
(3)選択的抗菌成分作成工程S30
本工程では、鬼皮が除去された茶種子から選択的抗菌成分を作成する。本工程における具体的な処理は、特に限定されず、作成予定の選択的抗菌成分の形態に応じた処理を適宜実施することができる。例えば、選択的抗菌成分の形態を「茶種子の粉砕物」とする場合には、鬼皮が除去された茶種子を所望の大きさに粉砕する粉砕処理を実施するとよい。また、かかる粉砕処理を行う前に搾油処理を実施してもよい。この搾油処理によって油分と搾油後の茶種子(固形分)が得られるが、これらは、何れも選択的抗菌成分として使用できることが実験において確認されている。また、選択的抗菌成分として水溶性成分を使用する場合には、粉砕後の茶種子の粉末を担体(例えば水系媒体)に分散させるとよい。これによって、水溶性成分が担体に溶出した細菌叢改善剤を得ることができる。かかる水溶性成分を選択的抗菌成分とする細菌叢改善剤を得る場合には、鬼皮が除去された茶種子の粉砕物を担体に分散させた分散液を調整し、当該分散液に対して加熱処理を実施するとよい。これによって、水溶性成分をより適切に溶出させることができる。本工程は、上述した内容に限定されない。例えば、鬼皮を実質的に含有しない茶種子を圧搾して得られたエキス(油分や水溶性成分の混合物)を選択的抗菌成分として使用することもできる。また、作成した選択的抗菌成分の形態によっては、上述した担体(水系媒体)等と混合してもよい。これによって、取り扱いが容易な細菌叢改善剤を得ることができる。
【0038】
以上、ここに開示される細菌叢改善剤の実施形態について説明した。しかし、上述の説明は、例示にすぎず、請求の範囲を限定することを意図したものではない。すなわち、請求の範囲に記載の技術には、上述した細菌叢改善剤を様々に変更したものが含まれ得る。
【0039】
[試験例]
次に、ここに開示される細菌叢改善剤に関する試験例を説明する。なお、以下の試験例は、ここに開示される技術を限定することを意図したものではない。
【0040】
[第1の試験]
本試験では、抗菌材料が異なる複数種類の組成物を作製した。そして、各々の組成物について、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)と黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)に対する抗菌性を調べ、表皮ブドウ球菌優位の細菌叢を形成するための細菌叢改善剤として使用できるか否かを評価した。
【0041】
1.試験区の準備
(1)試験区A:鬼皮を実質的に含有しない茶種子(搾油後)
試験区Aでは、鬼皮を実質的に含有しない茶種子(搾油後)を抗菌材料として含有する組成物を調製した。具体的には、まず、下記組成のSD培地を調製し、当該SD培地に1M水酸化ナトリウム(NaOH)を添加してpHを7.5に調整した。そして、茶種子に対して鬼皮を除去する処理を行い、鬼皮を実質的に含有しない茶種子を得た。そして、この鬼皮を実質的に含有しない茶種子に搾油処理を行い、搾油後の固形分を乾燥・粉砕して粉砕物を作成した。そして、この粉砕物をSD培地に添加し、オートクレーブを用いて滅菌処理(121℃、15分)を行った後に冷却した。そして、鬼皮を実質的に含有しない茶種子の粉砕物を含むSD培地に対して遠心分離(25℃、5000×g、15分)を行った後に、上澄み液を試験用組成物として採集した。なお、試験区Aでは、鬼皮を実質的に含有しない茶種子(搾油後)の粉砕物の添加量を0wt%~2wt%の範囲で0.5wt%刻みで異ならせた5種類の試験用組成物(A1~A5)を準備した。
[SD培地の組成]
ハイポリペプトンS(日本製薬株式会社製) : 15g/L
塩化ナトリウム : 5g/L
【0042】
(2)試験区B:鬼皮を実質的に含有しない茶種子(未搾油)
試験区Bでは、鬼皮を実質的に含有しない茶種子(未搾油)を抗菌材料として含む組成物を調製した。具体的には、鬼皮を実質的に含有しない茶種子の粉砕物を作成する前に搾油処理を行わなかった点を除いて、試験区Aと同じ条件で試験用組成物を準備した。また、試験区Bでは、鬼皮を実質的に含有しない茶種子(未搾油)の粉砕物の添加量を0wt%~2wt%の範囲で0.5wt%刻みで異ならせた5種類の試験用組成物(B1~B5)を準備した。
【0043】
(3)試験区C:鬼皮を実質的に含有しない茶種子の油分
試験区Cでは、鬼皮を実質的に含有しない茶種子から抽出した油分を含む組成物を調製した。具体的には、試験区Aと同じ条件で、鬼皮を実質的に含有しない茶種子に搾油処理を行い、抽出された油分の方を抗菌材料として採集した。そして、SD培地と抗菌材料(油分)とが混合した試験用組成物を、試験区A、Bと同じ条件で準備した。なお、試験区Cでは、鬼皮を実質的に含有しない茶種子の油分の添加量を0wt%、0.1wt%、0.2wt%、0.4wt%、0.8wt%、1.6wt%に設定した6種類の試験用組成物(C1~C6)を準備した。
【0044】
(4)試験区D:茶葉
試験区Dでは、茶葉を抗菌材料とする試験用組成物を調製した。具体的には、SD培地に乾燥茶葉の粉末を添加して滅菌処理と遠心分離を行い、上澄み液を試験用組成物として採集した。なお、試験区Dでは、茶葉を使用した点を除いた条件を試験区Aと同じ条件に設定した。また、試験区Dでは、乾燥茶葉の添加量を0wt%、0.001wt%、0.003wt%、0.007wt%、0.0125wt%、0.025wt%に設定した6種類の抗菌組成物(D1~D6)を準備した。
【0045】
(5)試験区E:茶種子(鬼皮未除去)
試験区Eでは、茶実を抗菌材料とする試験用組成物を調製した。具体的には、鬼皮を除去していない乾燥茶種子の粉砕物(未搾油)をSD培地に添加して滅菌処理と遠心分離を行い、上澄み液を試験用組成物として採集した。なお、試験区Eでは、鬼皮を除去していない点を除いた条件を試験区Aと同じ条件に設定した。また、試験区Eでは、茶種子の粉砕物の添加量を0wt%~2wt%の範囲で0.5wt%刻みで異ならせた5種類の抗菌組成物(E1~E5)を準備した。
【0046】
2.抗菌性評価
ここでは、試験例A~Eで準備した抗菌組成物について、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)と、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)の各々に対する抗菌性を調べた。以下、具体的な手順を説明する。
【0047】
(1)表皮ブドウ球菌に対する抗菌性
まず、下記の組成のLB培地を調製し、当該LB培地に1M水酸化ナトリウム(NaOH)を添加してpHを7.5に調整した後に、オートクレーブを用いて滅菌処理(121℃、15分)を行った。そして、このLB培地に表皮ブドウ球菌の種菌を添加し、37℃で一晩振盪培養(240rpm)することによって表皮ブドウ球菌の菌液を得た。
[LB培地の組成]
ハイポリペプトンS(日本製薬株式会社製) : 10g/L
酵母エキス(オリエンタル酵母工業株式会社製) : 5g/L
塩化ナトリウム : 10g/L
【0048】
次に、試験区A~Eで準備した抗菌組成物(A1~A5、B1~B5、C1~C6、D1~D6、E1~E5)の各々をスピッツ管に4ml分採集し、上述の表皮ブドウ球菌の菌液を2μl添加した。そして、37℃で16時間の振盪培養(240rpm)を実施した後、遠心分離(10000×g、5分)を行い、沈殿した表皮ブドウ球菌の菌体重量(g/L)に基づいて各々の試験用組成物の抗菌性を評価した。結果を
図1~
図5中の「S.epidermidis」に示す。なお、
図1は、試験区A(鬼皮を実質的に含有しない茶種子(搾油後))における抗菌性評価の結果をまとめたグラフである。
図2は、試験区B(鬼皮を実質的に含有しない茶種子(未搾油))における抗菌性評価の結果をまとめたグラフである。
図3は、試験区C(鬼皮を実質的に含有しない茶種子の油分)における抗菌性評価の結果をまとめたグラフである。
図4は、試験区D(茶葉)における抗菌性評価の結果をまとめたグラフである。そして、
図5は、第1の試験の試験区E(茶種子(鬼皮未除去))における抗菌性評価の結果をまとめたグラフである。なお、
図1~
図5における縦軸は「菌体重量(g/L)」であり、横軸は「抗菌材料の添加量(wt%)」である。
【0049】
(2)黄色ブドウ球菌に対する抗菌性
次に、上述した「表皮ブドウ球菌に対する抗菌性」と同様の手順に従って、黄色ブドウ球菌に対する抗菌性を評価した。具体的には、上記組成のLB培地で黄色ブドウ球菌を振盪培養することによって黄色ブドウ球菌の菌液を得た。そして、試験区A~Eで準備した試験用組成物の各々をスピッツ管に4ml分採集し、黄色ブドウ球菌の菌液を2μl添加した。そして、37℃で16時間の振盪培養(240rpm)を実施した後、遠心分離(10000×g、5分)を行い、沈殿した黄色ブドウ球菌の菌体重量(g/L)に基づいて各々の抗菌組成物の抗菌性を評価した。結果を
図1~
図5中の「S.aureus」に示す。
【0050】
3.試験結果
まず、
図4に示すように、茶葉を抗菌材料とした試験区Dでは、茶葉の添加量をごく微量にしたにもかかわらず、表皮ブドウ球菌と黄色ブドウ球菌の両方の生育が大きく阻害されていた。このことから、茶葉は、悪玉菌である黄色ブドウ球菌だけでなく、善玉菌である表皮ブドウ球菌の生育も大きく阻害してしまうため、表皮ブドウ球菌優位の細菌叢を形成する選択的抗菌成分として使用できないことが分かった。
【0051】
次に、
図5に示すように、茶種子(鬼皮未除去)を抗菌材料とした試験区Eでは、茶実の添加量を1.5%にした場合(E4)に、表皮ブドウ球菌と黄色ブドウ球菌の菌体重量に若干の違いが確認された。しかしながら、
図5中のE3およびE5に示すように、試験区Eで使用する茶種子(鬼皮未除去)は、含有量を少し変化させるだけで、選択的抗菌性が失われてしまうため、選択的抗菌成分として機能させることが非常に困難であることが分かった。
【0052】
一方、
図1~
図3に示すように、鬼皮を除去した茶種子(鬼皮を実質的に含有しない茶種子)に由来する抗菌材料を含む試験区A~Cでは、表皮ブドウ球菌と黄色ブドウ球菌との間の菌体重量の差が大きくなりやすいことが確認された。このことから、鬼皮を実質的に含有しない茶種子は、善玉菌である表皮ブドウ球菌の生育を阻害しにくく、悪玉菌である黄色ブドウ球菌の生育を阻害する選択的抗菌性を有していることが分かった。なお、試験区A、Bを比較すると、搾油後の鬼皮を実質的に含有しない茶種子を使用している試験例Aの方が、黄色ブドウ球菌に対する抗菌性が強いことが分かった。また、鬼皮を除去した茶種子から水系媒体に水溶性成分を溶出させた場合(試験区A、B)であっても、鬼皮を除去した茶種子を搾油して得た油分を添加した場合(試験区C)であっても、適切な選択的抗菌性を有する細菌叢改善剤が得られることが分かった。
【0053】
[第2の試験]
本試験では、鬼皮を実質的に含有しない茶種子の含有量を変化させた複数種類の組成物を作製し、各々の組成物の選択的抗菌性を調べた。
【0054】
1.試験区の準備
本試験では、上記第1の試験の試験区Aと同様の手順に従って、鬼皮を実質的に含有しない茶種子(搾油後)を含有する抗菌組成物を調製した。但し、本試験では、鬼皮を実質的に含有しない茶種子(搾油後)の粉砕物の添加量を0wt%~5wt%の範囲で0.5wt%刻みで異ならせた11種類の試験用組成物を準備した。
【0055】
2.抗菌性評価
ここでは、第1の試験と同様の手順で表皮ブドウ球菌と黄色ブドウ球菌の各々の菌液を準備した。次に、11種類の抗菌組成物の各々を4ml分スピッツ管に採集し、各々の菌液を5μl添加した。そして、37℃で24時間の振盪培養(150rpm)を実施した後、遠心分離(10000×g、5分)を行って表皮ブドウ球菌と黄色ブドウ球菌の各々の菌体重量を(g/L)測定した。結果を
図6に示す。
【0056】
3.試験結果
図6に示すように、上述した環境では、鬼皮を実質的に含有しない茶種子(搾油後)の添加量を1.5~3wt%の範囲内に調節することによって選択的抗菌性が生じることが確認された。このことから、第1の試験の試験区E(茶種子(鬼皮未除去))と異なり、試験区A(鬼皮を実質的に含有しない茶種子(搾油後))は、適切な選択的抗菌性が発揮されるための含有量に一定の幅があるため、選択的抗菌成分として機能させることが比較的に容易であることが分かった。以上の点から、鬼皮を実質的に含有しない茶種子を選択的抗菌成分として使用することによって、表皮ブドウ球菌優位の細菌叢を形成するための細菌叢改善剤が容易に得られることが分かった。
【0057】
以上、ここに開示される技術の具体的な試験例を説明したが、これらは例示にすぎず、請求の範囲を限定するものではない。例えば、第2の試験にて示した含有量は、上述した実験条件に対応した含有量の一例であり、選択的抗菌成分(鬼皮を実質的に含有しない茶種子に由来する成分)の含有量を限定することを意図したものではない。上述した通り、ここに開示される細菌叢改善剤における選択的抗菌成分の適切な含有量は、改善対象物の細菌叢の状態、栄養状態、栄養状態などによって適宜変化し得る。すなわち、請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【手続補正書】
【提出日】2022-06-08
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鬼皮を実質的に含有しない茶種子に由来し、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)に対する抗菌作用よりも強い抗菌作用を黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)に対して発揮する選択的抗菌成分を含有し、
前記選択的抗菌成分として、前記鬼皮を実質的に含有しない茶種子から抽出した水溶性成分を含有する、細菌叢改善剤。
【請求項2】
鬼皮を実質的に含有しない茶種子に由来し、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)に対する抗菌作用よりも強い抗菌作用を黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)に対して発揮する選択的抗菌成分を含有し、
前記選択的抗菌成分として、前記鬼皮を実質的に含有しない茶種子から抽出した油分を含有する、細菌叢改善剤。
【請求項3】
前記選択的抗菌成分として、前記鬼皮を実質的に含有しない茶種子に搾油処理を行って得られた成分を含有する、請求項2に記載の細菌叢改善剤。
【請求項4】
鬼皮を実質的に含有しない茶種子に由来し、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)に対する抗菌作用よりも強い抗菌作用を黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)に対して発揮する選択的抗菌成分を含有し、
前記選択的抗菌成分として、前記鬼皮を実質的に含有しない茶種子の固形分を含有する、細菌叢改善剤。
【請求項5】
前記固形分は、搾油後の茶種子の粉砕物である、請求項4に記載の細菌叢改善剤。
【請求項6】
前記固形分は、未搾油の茶種子の粉砕物である、請求項4に記載の細菌叢改善剤。
【請求項7】
薬学的に許容可能な担体をさらに含有する、請求項1~6のいずれか一項に記載の細菌叢改善剤。
【請求項8】
前記担体が、常水、精製水、蒸留水、注射用水、リン酸緩衝生理食塩水、生理食塩水、アルコール水溶液、多価アルコール、液状油からなる群から選択される少なくとも一種である、請求項7に記載の細菌叢改善剤。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか一項に記載の細菌叢改善剤を含有する、皮膚外用剤。
【請求項10】
ヒトを除く所定の対象物の細菌叢を改善する細菌叢改善方法であって、
前記対象物は、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)と表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)とを含む細菌叢を有しており、
当該細菌叢における前記黄色ブドウ球菌に対する前記表皮ブドウ球菌の存在比を向上させるように、請求項1~8のいずれか一項に記載の細菌叢改善剤を前記対象物に供給する、細菌叢改善方法。