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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023096657
(43)【公開日】2023-07-07
(54)【発明の名称】培地由来成分の除去方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/02 20060101AFI20230630BHJP
【FI】
C12N1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021212562
(22)【出願日】2021-12-27
(71)【出願人】
【識別番号】504059429
【氏名又は名称】ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三瓶 真菜
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 一謹
(72)【発明者】
【氏名】紙 健次郎
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA93X
4B065BD36
4B065CA44
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】マンニトール水溶液を用いる洗浄方法よりも洗浄後に残存する糖の量を低減できる方法を提供すること
【解決手段】細胞を希少糖水溶液で洗浄する工程を含む、培地由来成分の除去方法
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を希少糖水溶液で洗浄する工程を含む、培地由来成分の除去方法。
【請求項2】
希少糖がエリスリトール、キシリトール及びアラビトールからなる群より選択される少なくとも一種を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記洗浄工程を複数回行う、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記希少糖水溶液がエリスリトールを0.1~10.0質量%含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記希少糖水溶液がキシリトールを0.1~10.0質量%含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記希少糖水溶液がアラビトールを0.1~10.0質量%含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
細胞をエリスリトール、キシリトール及びアラビトールからなる群より選択される少なくとも一種を含む水溶液で洗浄する工程、
上記工程で洗浄した細胞に親水性有機溶媒を添加する工程
上記工程で得られた細胞の有機溶媒懸濁液に水を添加する工程
上記工程で得られた細胞の懸濁液から液相を分取する工程
を含む、抽出された細胞由来成分の製造方法。
【請求項8】
希少糖又は希少糖水溶液を含む、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法に使用するためのキット。
【請求項9】
エリスリトール、キシリトール及びアラビトールからなる群より選択される少なくとも一種を含む水溶液からなる群より選択される少なくとも一種を含む、請求項8に記載のキット。
【請求項10】
内部標準液及び濾過フィルターからなる群より選択される少なくとも一種をさらに含む、請求項8又は9に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞周辺に含まれる培地由来成分を除去する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物、動物、植物等の細胞の構造及び機能の研究は、医学、工学等、様々な分野において非常に重要である。
【0003】
その際、細胞の構成成分の調査であったり、細胞の代謝物等を分析するために、当該細胞の培養に用いる培地成分を除去することが必要となる。
【0004】
従来、細胞からの培地成分の除去には、マンニトール水溶液を用いた細胞の洗浄が用いられていた(特許文献1)。マンニトール水溶液での洗浄の後、当該マンニトール水溶液を除去し、その後に細胞内容物を抽出するが、その際にマンニトールが残存してしまい、乾固後再溶解する際に溶解度が低いため液量を多く必要とし、測定サンプルの濃度が薄くなることで代謝物の検出数が減少する問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許6173667
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Murase, T. et al., Am J Physiol Endocrinol Metab. 2010 Aug;299(2):E266-75.
【非特許文献2】Jeelani, G. et al., J Biol Chem. 2010 Aug 27;285(35):26889-26899.
【非特許文献3】Kitagawa, M. et al., Chem Biol. 2010 Sep 24;17(9):989-98.
【非特許文献4】Husain, A. et al., J Biol Chem. 2010 Dec 10;285(50):39160-70.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、マンニトール水溶液を用いる洗浄方法よりも洗浄後に残存する糖の量を低減でき、マンニトール水溶液洗浄後よりも測定可能物質が多い洗浄方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる状況の下、本発明者らは鋭意検討した結果、細胞を希少糖水溶液で洗浄することにより、マンニトール水溶液を用いる方法よりも洗浄後に残存する糖の量を低減できることを見出した。本発明者はかかる新たな知見に基づくものである。従って、本発明は以下の項を提供する:
【0009】
項1.細胞を希少糖水溶液で洗浄する工程を含む、培地由来成分の除去方法。
【0010】
項2.希少糖がエリスリトール、キシリトール及びアラビトールからなる群より選択される少なくとも一種を含む、項1に記載の方法。
【0011】
項3.前記洗浄工程を複数回行う、項1又は2に記載の方法。
【0012】
項4.前記希少糖水溶液がエリスリトールを0.1~10.0質量%含む、項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【0013】
項5.前記希少糖水溶液がキシリトールを0.1~10.0質量%含む、項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【0014】
項6.前記希少糖水溶液がアラビトールを0.1~10.0質量%含む、項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【0015】
項7.細胞をエリスリトール、キシリトール及びアラビトールからなる群より選択される少なくとも一種を含む水溶液で洗浄する工程、
上記工程で洗浄した細胞に親水性有機溶媒を添加する工程
上記工程で得られた細胞の有機溶媒懸濁液に水を添加する工程
上記工程で得られた細胞の懸濁液から液相を分取する工程
を含む、抽出された細胞由来成分の製造方法。
【0016】
項8.希少糖又は希少糖水溶液を含む、項1~7のいずれか一項に記載の方法に使用するためのキット。
【0017】
項9.エリスリトール、キシリトール及びアラビトールからなる群より選択される少なくとも一種を含む水溶液からなる群より選択される少なくとも一種を含む、項8に記載のキット。
【0018】
項10.内部標準液及び濾過フィルターからなる群より選択される少なくとも一種をさらに含む、項8又は9に記載のキット。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、マンニトール水溶液を用いる洗浄方法よりも洗浄後に残存する糖の量を低減することができる。また、本発明によれば、洗浄後の細胞に含まれる希少糖の残存量がマンニトール水溶液を用いる方法での洗浄後の細胞に含まれるマンニトールよりも少量となるため、より多くの細胞サンプルを1つにまとめてその後の分析に用いることができるため有用である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施例4におけるマンニトール水溶液及びエリスリトール水溶液の再現性を比較して示すグラフを示す。
図2】実施例4におけるマンニトール水溶液及びキシリトール水溶液の再現性を比較したグラフを示す。
図3】実施例4におけるマンニトール水溶液及びアラビトール水溶液の再現性を比較したグラフを示す。
図4】実施例5における主成分分析結果を示す。
図5-1】実施例5におけるCE―MS測定による各代謝物検出量のグラフを示す。
図5-2】実施例5におけるCE―MS測定による各代謝物検出量のグラフを示す。
図5-3】実施例5におけるCE―MS測定による各代謝物検出量のグラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
培地由来成分の除去方法
本発明は、細胞を希少糖水溶液で洗浄する工程を含む、培地由来成分の除去方法を提供する。対象となる細胞は特に限定されず、動物細胞、植物細胞、微生物細胞等が挙げられる。動物細胞としては、例えば、哺乳動物(ヒト、マウス、ラット、イヌ、ネコ、サル等);両生類(ツメガエル、イモリ、サンショウウオ等);爬虫類(カメ、トカゲ、ワニ等);魚類(メダカ、マグロ、サメ等)、等に由来するものが挙げられる。植物細胞としては、例えば、コケ植物(ミズゴケ、ゼニゴケ、ツノゴケ等)、種子植物(イネ、アブラナ、アサガオ等)等に由来するものが挙げられる。微生物としては、菌類酵母、大腸菌、ヘリコバクター・ピロリ等)、原生動物(ゾウリムシ、アメーバ等)等が挙げられる。昆虫細胞また、当該細胞は、原核細胞であっても真核細胞であってもよい。また細胞は初代細胞であっても株化細胞であってもよい。本発明の好ましい実施形態においては、細胞としては培養細胞等を使用することができる。また、当該細胞は、細胞を収納している容器の底面または側壁に付着している接着細胞であっても、浮遊細胞であってもよい。培養細胞の場合、培地としては、液体培地、寒天培地等が挙げられるが、液体培地が好ましい。培養細胞を用いる場合、培地としては、特に限定されないが、例えば、LB 培地、TB培地等が挙げられる。
【0022】
本発明において、用語「洗浄」とは、細胞への洗浄液の添加だけでなく、洗浄液の除去も含む工程を示す。また、「洗浄」工程において、任意選択で、洗浄液添加前に、培地を除去する操作をおこなってもよい。
【0023】
洗浄液の添加前に培地を除去する場合、その方法は特に限定されないが、例えば、アスピレーター、ピペット、デカンテーション等により除去する方法が挙げられる。浮遊細胞を洗浄する場合、例えば、遠心分離の後に上記処理を行うことにより培地を除去することができる。
【0024】
本発明は、洗浄液として、希少糖水溶液を用いることを特徴とする。希少糖としては、例えば、エリスリトール、キシリトール、アラビトール、トレイトールが挙げられ、好ましくはエリスリトール、キシリトール、アラビトール等が挙げられる。これらの希少糖は一種単独で、又は複数種類を組み合わせて用いることができる。希少糖水溶液中における希少糖の濃度は、例えば、0.1~10.0質量%、好ましくは0.5~8.0質量%、より好ましくは1.0~6.0質量%の範囲で適宜設定できる。希少糖としてエリスリトールを用いる実施形態において、希少糖水溶液中のエリスリトールの濃度の上限は、例えば、10.0質量%以下、好ましくは8.0質量%以下、より好ましくは6.0質量%以下の範囲で適宜設定できる。希少糖水溶液中のエリスリトールの濃度の下限は、例えば、好ましくは0.1質量%以上、0.5質量%以上、より好ましくは1.0質量%以上の範囲で適宜設定できる。希少糖水溶液中のエリスリトールの濃度の範囲としては、例えば、0.1~10.0質量%、好ましくは0.5~8.0質量%、より好ましくは1.0~6.0質量%の範囲で適宜設定できる。希少糖としてキシリトールを用いる実施形態において、希少糖水溶液中のキシリトールの濃度の上限は、例えば、10.0質量%以下、好ましくは8.0質量%以下、より好ましくは6.0質量%以下の範囲で適宜設定できる。希少糖水溶液中のキシリトールの濃度の下限は、例えば、好ましくは0.1質量%以上、0.5質量%以上、より好ましくは1.0質量%以上の範囲で適宜設定できる。希少糖水溶液中のキシリトールの濃度の範囲としては、例えば、0.1~10.0質量%、好ましくは0.5~8.0質量%、より好ましくは1.0~6.0質量%の範囲で適宜設定できる。希少糖水溶液中のアラビトール濃度の範囲としては、例えば、0.1~10.0質量%、好ましくは0.5~8.0質量%、より好ましくは1.0~6.0質量%の範囲で適宜設定できる。希少糖としてキシリトールを用いる実施形態において、希少糖水溶液中のアラビトールの濃度の上限は、例えば、10.0質量%以下、好ましくは8.0質量%以下、より好ましくは6.0質量%以下の範囲で適宜設定できる。希少糖水溶液中のアラビトールの濃度の下限は、例えば、好ましくは0.1質量%以上、0.5質量%以上、より好ましくは1.0質量%以上の範囲で適宜設定できる。希少糖水溶液中のアラビトールの濃度の範囲としては、例えば、0.1~10.0質量%、好ましくは0.5~8.0質量%、より好ましくは1.0~6.0質量%の範囲で適宜設定できる。細胞の等張等観点から希少糖水溶液中の希少糖の濃度を上記範囲とすることが好ましい。本発明によれば、希少糖の濃度が比較的低濃度の水溶液で細胞を洗浄することができる。そのため、洗浄後に細胞付近に残存する希少糖の量を低減することができる。本発明の効果が得られる範囲において、希少糖水溶液は、希少糖以外の成分を含んでいてもよい。希少糖以外の成分としては、例えば、ポリエチレングリコール、リン酸緩衝食塩水等が挙げられる。
【0025】
洗浄工程において、細胞に対する希少糖水溶液の添加量は特に限定されないが、細胞1.0×10~1.0×10cellsに対し、希少糖水溶液を、例えば、50.0mL以下、好ましくは45.0mL以下、より好ましくは40.0mL以下が挙げられる。細胞に対する希少糖水溶液の添加量の下限は特に限定されないが、細胞1.0×10~1.0×10に対し、希少糖水溶液を、例えば、0.01mL以上、好ましくは0.05mL以上、より好ましくは0.1mL以上が挙げられる。細胞に対する希少糖水溶液の添加量の範囲は特に限定されないが、細胞1.0×10~1.0×10に対し、希少糖水溶液を、例えば、0.01~50.0mL、好ましくは0.05~45.0mL、より好ましくは0.1~40.0mL添加することが挙げられる。好ましい実施形態において細胞に対し、希少糖水溶液を添加した後、細胞に希少糖水溶液を接触させた状態で保持し、なじませてもよい。浮遊細胞を洗浄する場合、上記保持する操作の際、細胞が懸濁された希少糖水溶液を静置しても攪拌してもよい。上記保持する操作を行う場合、その時間は特に限定されないが、例えば、0.01~600sec、好ましくは0.05~300sec、より好ましくは0.1~180secの範囲で設定できる。
【0026】
典型的な洗浄工程において、細胞に対し希少糖水溶液を添加し、任意選択で上記保持する操作を行った後、希少糖水溶液の除去を行う。希少糖水溶液を除去する方法は特に限定されないが、例えば、アスピレーター、ピペット、デカンテーション、フィルトレーション等により除去する方法が挙げられる。浮遊細胞を洗浄する場合、例えば、遠心分離の後に上記処理を行うことにより希少糖水溶液を除去することができる。
【0027】
洗浄工程を行う際の温度は特に限定されないが、例えば、4~40℃、好ましくは10~35℃、より好ましくは15~28℃が挙げられる。
【0028】
本発明の方法においては、上記洗浄工程を1回行ってもよく、2回以上繰り返してもよい。洗浄工程を2回以上繰り返す実施形態において、2回目以降の洗浄は、希少糖水溶液の添加、(任意選択の保持)、希少糖水溶液の除去を繰り返す。
【0029】
上記洗浄工程を行うことにより、培地由来成分を除去することができる。培地由来成分としては、例えば、糖、アミノ酸、ビタミン、等が挙げられる。また、本発明にかかる培地由来成分の除去方法は、上記洗浄工程に加え、濾過、遠心や固相抽出を行ってもよい。
【0030】
細胞由来成分の抽出方法
別の実施形態において、本発明は、上記洗浄工程により培地由来成分を除去した細胞から細胞由来成分を抽出する方法を提供する。細胞由来成分としては、細胞を構成する成分(細胞膜の構成成分、細胞壁の構成成分)、細胞の代謝物(親水性代謝物等)等が挙げられる。親水性代謝物としては、例えば、アミノ酸および誘導体、有機酸(解糖系・TCA回路関連物質、脂肪酸等)、核酸、糖・糖リン酸、水溶性ビタミン、補酵素などが挙げられる。かかる抽出工程は、例えば、特許文献2の記載に準じて行うことができる。
【0031】
典型的な実施形態において、細胞由来成分の抽出方法は、
上記工程で洗浄した細胞に親水性有機溶媒を添加する工程
上記工程で得られた細胞の有機溶媒懸濁液に水を添加する工程
上記工程で得られた細胞の懸濁液から液相を分取する工程
を含む。
【0032】
細胞由来成分の抽出方法の典型的な実施形態において、まず上記工程で洗浄した細胞に親水性有機溶媒を添加する。親水性有機溶媒としては、例えば、メタノール、アセトニトリル、エタノール、プロパノール等が挙げられる。当該親水性有機溶媒は、少量(例えば、10質量%以下、5質量%以下、3質量%以下、1質量%以下程度)の水が混合していてもよい。当該工程において、細胞に対する親水性有機溶媒の添加量は特に限定されないが、細胞1.0×10~1.0×10に対し、親水性有機溶媒を、例えば、0.01~10mL、好ましくは0.05~8mL、より好ましくは0.1~6mL添加することが挙げられる。接着細胞を用いる場合、接着細胞を容器からはがして親水性有機溶媒に懸濁することもできるが、本発明の方法においては接着細胞を容器からはがすことなく細胞由来成分を抽出することができるため好ましい。好ましい実施形態において細胞に対し、親水性有機溶媒を添加した後、細胞に親水性有機溶媒を接触させた状態で保持してもよい。上記保持する操作の際、細胞が懸濁された親水性有機溶媒を静置しても攪拌してもよい。上記保持する操作を行う場合、その時間は特に限定されない。親水性有機溶媒添加工程を行う際の温度は特に限定されないが、例えば、4~40℃、好ましくは10~35℃、より好ましくは15~28℃が挙げられる。当該工程により代謝物の酸化を抑制しながら細胞中の酵素を失活させることができる。メタボローム解析等において代謝をより正確に把握するためには当該工程が重要である。
【0033】
細胞由来成分の抽出方法の典型的な実施形態において、次に、上記工程で得られた細胞の有機溶媒懸濁液に水を添加する工程を行う。係る工程でもちいる水としては、不純物の問題が無い範囲であれば限定されず、超純水、純水、水道水等を用いることができ、超純水が好ましい。添加する水は、有機溶媒を含まないことが好ましいが、少量(例えば、10質量%以下、5質量%以下、3質量%以下、1質量%以下)の有機溶媒(例えば、前述の親水性有機溶媒)を含んでいてもよい。当該工程において、細胞の有機溶媒懸濁液に対する水の添加量は特に限定されないが、有機溶媒懸濁液15mLに対し、水を、例えば、例えば、0.01~10mL、好ましくは0.05~8mL、より好ましくは0.1~6mL添加することが挙げられる。好ましい実施形態において有機溶媒懸濁液に対し水を添加した後、それらの混合液を保持してもよい。上記保持する操作の際、混合液を静置しても攪拌してもよい。上記保持する操作を行う場合、その時間は特に限定されない。当該水添加工程を行う際の温度は特に限定されないが、例えば、4~40℃、好ましくは10~35℃、より好ましくは15~28℃が挙げられる。細胞由来成分が親水性の場合、当該成分は有機溶媒に溶けにくいため、水を添加することにより、親水性成分が液相に溶解しやすくなる。細胞由来成分の抽出乾固後の再溶解のための溶媒水の他、有機溶媒、有機溶媒混濁液、水溶液のいずれかを用いてもよい。
【0034】
細胞由来成分の抽出方法の典型的な実施形態において、次に、上記工程で得られた細胞の懸濁液から液相を分取する工程を行う。液相の分取方法は、本発明が属する分析化学の分野において通常用いられる方法を適宜使用することができる。当該分取工程を行う際の温度は特に限定されないが、例えば、1~28℃が挙げられる。
【0035】
好ましい実施形態において、分取した液相をろ過してもよい。当該ろ過は、通常のフィルタによるろ過であっても、限外ろ過であってもよいが、限外ろ過が好ましい。当該ろ過工程により、液相からタンパク質を除くことができるため、その後の液相中の細胞由来成分の測定(例えば、キャピラリー電気泳動質量分析計(CE-MS) による測定)を制度よく行うことができる。
【0036】
キット
別の実施形態において、本発明は、希少糖又は希少糖水溶液を含む、細胞又はその周辺から培地由来成分を除去するためのキットを提供する。希少糖及び希少糖を含む水溶液については前述したものを使用することができる。
【0037】
前述のように、希少糖としては、エリスリトール、キシリトール、アラビトール等が好ましい。従って、好ましい実施形態において、本発明のキットは、エリスリトール、キシリトール、ならびにエリスリトール、キシリトール及びアラビトールの一つ又は2つ以上を含む水溶液からなる群より選択される少なくとも一種を含む。
【0038】
また、本発明のキットは、さらに、内部標準液、濾過フィルター、等を含んでいてもよい。本発明のキットは、前述した培地由来成分の除去方法、細胞由来成分の抽出方法等に用いることができる。
【0039】
以下に本発明の特定の実施形態を実施例を用いて具体的に例示するが、本発明は以下の実施例に限定されない。
【実施例0040】
以下の実施例では特別の記載がない限り、細胞はHep G2(理研BRCより入手)を用いた。培養中の培地はD-MEM(低グルコース)(L-グルタミン、フェノールレッド含有)細胞培養用(富士フィルム和光, 041-29775)にFetal Bovine Serum, qualified, Brazil(以下FBS、Thermo Fisher Scientific、10270106) 500mLを10%、Penicillin-Streptomycin-Neomycin (PSN) antibiotic mixture 100mL(以下PSN、Thermo Fisher Scientific、15640055)を1%添加したものを用いた。
【実施例0041】
≪検出物質数の比較≫
直径90mmシャーレ上に接着状態で当該細胞を24時間培養した。培養後、6×105個の培養細胞の培養上清を除去し、その後、5%マンニトール水溶液を10mL加え、全体に馴染ませた。
【0042】
マンニトール水溶液を除去後、5%マンニトール水溶液を2mL加え、全体に馴染ませた。
【0043】
マンニトール水溶液を完全に除去し、従来法(特許文献1の実施例1)と同様にメタノールと水を用いて親水性物質を抽出した。
【0044】
抽出液1mLを回収し、遠心分離した後、上澄み700μLを限外ろ過し、ろ液を蒸発乾固させ、50μLの水に溶解し、CE―MSで測定を行った。
【0045】
比較のため、同じ培養細胞に対して培養上清を除去後、5%マンニトール水溶液の替わりに3.4%エリスリトール水溶液を用いて同様の実験を行った。
【0046】
3.4%エリスリトール水溶液を用いた実験では親水性物質を25μLの水に溶解することが可能であったため、25μLの水に溶解し、CE―MSで測定を行った。
【0047】
用いた装置はAgilent CE-TOFMS system(Agilent Technologies社)、フューズドシリカキャピラリーの径及び長さはi.d. 50 μm × 80 cmであった。
【0048】
陽イオン性代謝物測定における測定条件は次の通りである:
Buffer: Cation Buffer Solution (p/n :H3301-1001)
Sample injection: Pressure injection 50 mbar, 10 sec
CE voltage: Positive, 30 kV
MS ionization: ESI Positive
MS capillary voltage: 4,000 V
MS scan range: m/z 50-1,000
Sheath liquid: HMT Sheath Liquid (p/n :H3301-1020)
陰イオン性代謝物測定における測定条件は次の通りである:
Buffer: Anion Buffer Solution (p/n :I3302-1023)
Sample injection: Pressure injection 50 mbar, 10 sec
CE voltage: Positive, 30 kV
MS ionization: ESI Negative
MS capillary voltage: 3,500 V
MS scan range: m/z 50-1,000
Sheath liquid: HMT Sheath Liquid (p/n :H3301-1020) エリスリトール水溶液及びマンニトール水溶液で細胞を洗浄した後の検出物質数の比較結果を表1に示す。
【0049】
【表1】
【0050】
従来のマンニトール水溶液を用いた洗浄と比較して、本発明法では乾固後に少量の水で再溶解させることが可能であり、検出物質数が増加した。
【実施例0051】
≪抽出物の濃縮≫
1ウェルあたり直径30mmの6ウェルプレートを用いて接着性細胞を24時間培養した。
【0052】
培養後、1ウェルあたり1×10個の培養細胞の培養上清を除去し、その後、各ウェルに洗浄液を1.5mL加え、全体に馴染ませた。
【0053】
洗浄液を除去後、各ウェルに新しく洗浄液を0.5mL加え、全体に馴染ませた。
【0054】
洗浄液を完全に除去し、各ウェルにつきメタノール250μLと水170μLを用いて親水性物質を抽出した。
【0055】
抽出液全量を回収し、遠心分離した後、上澄み300μLを限外ろ過し、ろ液を蒸発乾固させ、25μLの水に溶解させた。
【0056】
洗浄液として次の4種類を用い、比較を行った;3.4%エリスリトール水溶液、4.2%キシリトール水溶液、4.2%アラビトール水溶液、5%マンニトール水溶液。
【0057】
各洗浄液について25μLの水に溶解可能なウェル数を表2に示す。
【0058】
【表2】
【0059】
従来のマンニトール水溶液を用いた洗浄と比較して、本発明法ではより多くのウェルからの抽出物をまとめることができる。
【実施例0060】
≪濃縮した抽出物の検出物質数≫
実施例2で用いた、マンニトール水溶液及びエリスリトール水溶液で細胞を洗浄し25μLの水に再溶解させた後の検体についてCE―MSで測定を行った。測定条件は実施例1と同様である。検出物質数の比較結果を表3に示す。
【0061】
【表3】
【0062】
従来のマンニトール水溶液を用いた洗浄と比較して、エリスリトール水溶液を用いた場合ではより多くのウェルからの抽出物をまとめることができ、検出物質数が増加した。
【実施例0063】
≪各々の洗浄液を用いた際の代謝物プロファイル≫
直径90mmシャーレ上に接着状態で当該細胞を24時間培養した。培養後、7×106個の培養細胞の培養上清を除去後、洗浄液を10mL加え、全体に馴染ませた。
【0064】
洗浄液を除去後、新しく洗浄液を2mL加え、全体に馴染ませた。
【0065】
洗浄液を完全に除去し、従来法(特許文献1の実施例1)と同様にメタノールと水を用いて親水性物質を抽出した。
【0066】
抽出液1mLを回収し、遠心分離した後、上澄み700μLを限外ろ過し、ろ液を蒸発乾固させた。CE-MS測定用サンプルは50μLの水で再溶解し、LC-MS測定用サンプルは500μLの水:2-プロパノール=1:1の溶液で再溶解を行った。再溶解したサンプルを用いて、CE―MS及びLC―MSで測定を行った。
【0067】
CE-MSの測定条件は実施例1と同様である。
【0068】
LC-MSの測定はAgilent 1200 series RRLC system SL(Agilent Technologies社)及びAgilent LC/MSD TOF(Agilent Technologies社)を用いて行った。陽イオン性及び陰イオン性代謝物に共通する測定条件については次の通りである:
Column: ODS column, 2×50 mm, 2μm
Column temp.: 40℃
Mobile phase A:H2O / 0.1% HCOOH
Mobile phase B: Isopropanol: Acetonitrile: H2O (65:30:5) / 0.1% HCOOH, 2 mM HCOONH4
Flow rate: 0.3 mL / min
Run time: 20 min
Post time: 7.5 min
Gradient condition: 0-0.5 min: B 1%, 0.5-13.5 min: B 1-100%, 13.5-20 min: B 100%
MS Nebulizer pressure: 40 psi
MS dry gas flow: 10 L / min
MS dry gas temp: 350℃
MS scan range: m/z100-1,700
Sample injection: 1 μL
陽イオン性代謝物の検出はESI Positiveモード、MS capillary voltage 4,000 Vで行った。また、陰イオン性代謝物の検出はESI Negativeモード、MS capillary voltage 3,500 Vで行った。
【0069】
洗浄液として次の4種類を用い、比較を行った;5%マンニトール水溶液、3.4%エリスリトール水溶液、4.2%キシリトール水溶液、4.2%アラビトール水溶液。
図1にマンニトール水溶液及びエリスリトール水溶液、図2にマンニトール水溶液及びキシリトール水溶液、図3にマンニトール水溶液及びアラビトール水溶液、の各再現性を比較したグラフを示す。測定の結果、マンニトール水溶液を用いる方法で検出される物質についてのプロファイルは各洗浄液間で大差なかった。従って、マンニトール水溶液を用いる方法で検出される物質については、エリスリトール水溶液、キシリトール水溶液、又はアラビトール水溶液を用いる方法でも同等のプロファイルが得られることが確認された。
【実施例0070】
≪グルコース飢餓状態での代謝物プロファイル≫
D-MEM(低グルコース)(L-グルタミン、フェノールレッド含有)細胞培養用(富士フィルム和光, 041-29775)にFetal Bovine Serum, qualified, Brazil(以下FBS、Thermo Fisher Scientific、10270106) 500mLを10%、Penicillin-Streptomycin-Neomycin (PSN) antibiotic mixture 100mL(以下PSN、Thermo Fisher Scientific、15640055)を1%添加し培地Aとした。D-MEM (グルコース不含)(L-グルタミン、フェノールレッド含有)細胞培養用(富士フィルム和光, 042-32255)に上記FBSを10%、上記PSNを1%、100mmol/L ピルビン酸ナトリウム溶液(×100)(富士フィルム和光, 190-14881)を1%添加し培地Bとした。上記D-MEM (グルコース不含)(L-グルタミン、フェノールレッド含有)に上記FBSを10%、上記PSNを1%添加し培地Cとした。
【0071】
直径90mmシャーレ上に2×10個の接着細胞を播種し、培地Aで24時間培養後に培地A、B及びCの3条件で置換した。培養はいずれも37℃、5% CO2下で行った。
【0072】
各条件で24時間培養後、培養上清を除去し、5%マンニトール水溶液を10mL加え、全体に馴染ませた。
【0073】
マンニトール水溶液を除去後、5%マンニトール水溶液を2mL加え、全体に馴染ませた。
【0074】
マンニトール水溶液を完全に除去し、従来法と同様にメタノールと水を用いて親水性物質を抽出した。
【0075】
抽出液1mLを回収し、遠心分離した後、上澄み700μLを限外ろ過し、ろ液を蒸発乾固させ、25μLの水に溶解し、CE―MSで測定を行った。測定条件は実施例1と同様である。
【0076】
比較のため、同じ培養細胞に対して培養上清を除去後、5%マンニトール水溶液の替わりに3.4%エリスリトール水溶液を用いて同様の実験を行った。
【0077】
検出物質について比較した結果を図4図5に示す。Ref M群が条件Aでマンニトール水溶液で洗浄したもの、ref Eが条件Aでエリスリトール水溶液で洗浄したもの、wp M群が条件Bでマンニトール水溶液で洗浄したもの、wp E群が条件Bでマンニトール水溶液で洗浄したもの、wop M群が条件Cでマンニトール水溶液で洗浄したもの、wop E群が条件Cでマンニトール水溶液で洗浄したものである。A、B、Cの条件でそれぞれ傾向が異なったが、マンニトール水溶液を用いる方法で検出される物質についてのプロファイルはエリスリトールとマンニトールの洗浄では大差なかった。従って、マンニトール水溶液を用いる方法で検出される物質については、エリスリトール水溶液を用いる方法でも同等のプロファイルが得られることが確認された。
図1
図2
図3
図4
図5-1】
図5-2】
図5-3】