(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023096658
(43)【公開日】2023-07-07
(54)【発明の名称】タイヤ物理情報推定システム、演算モデル生成システムおよびタイヤ物理情報推定方法
(51)【国際特許分類】
B60C 19/00 20060101AFI20230630BHJP
【FI】
B60C19/00 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021212566
(22)【出願日】2021-12-27
(71)【出願人】
【識別番号】000003148
【氏名又は名称】TOYO TIRE株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 寛篤
【テーマコード(参考)】
3D131
【Fターム(参考)】
3D131LA06
3D131LA22
(57)【要約】
【課題】演算モデルを簡易的に構築してタイヤに関する物理情報を推定することができるタイヤ物理情報推定システム、演算モデル生成システムおよびタイヤ物理情報推定方法を提供する。
【解決手段】タイヤ物理情報推定システム100は、物理情報推定部32およびデータ取得部31を備える。物理情報推定部32は、入力層から出力層に至る学習型の演算モデル32aを有し、タイヤ10の運動によって生じるタイヤ物理情報を推定する。データ取得部31は、入力層への入力データを取得する。演算モデル32aは、タイヤ10、車両および路面状態の第1組合せにおいてフィルタが設定された畳み込み演算を実行する特徴抽出部、および第1組合せとは異なる第2組合せにおいて学習した全結合部を有する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力層から出力層に至る学習型の演算モデルを有し、タイヤの運動によって生じるタイヤ物理情報を推定する物理情報推定部と、
前記入力層への入力データを取得するデータ取得部と、を備え、
前記演算モデルは、タイヤ、車両および路面状態の第1組合せにおいてフィルタが設定された畳み込み演算を実行する特徴抽出部、および前記第1組合せとは異なる第2組合せにおいて学習した全結合部を有することを特徴とするタイヤ物理情報推定システム。
【請求項2】
前記第2組合せは、前記第1組合せにおけるタイヤと異なるタイヤを含むことを特徴とする請求項1に記載のタイヤ物理情報推定システム。
【請求項3】
前記第2組合せは、前記第1組合せにおける路面状態と異なる路面状態を含むことを特徴とする請求項1に記載のタイヤ物理情報推定システム。
【請求項4】
前記第2組合せは、前記第1組合せにおける車両と異なる車名の車両を含むことを特徴とする請求項1に記載のタイヤ物理情報推定システム。
【請求項5】
前記データ取得部は、タイヤにおいて計測される加速度データを取得し、
前記演算モデルは、前記入力層に前記加速度データが入力され、前記出力層からタイヤ力を出力することを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載のタイヤ物理情報推定システム。
【請求項6】
入力層から出力層に至る学習型の演算モデルを有し、タイヤの運動によって生じるタイヤ物理情報を推定する物理情報推定部と、
前記入力層への入力データを取得するデータ取得部と、
タイヤで計測される前記タイヤ物理情報を教師データとして前記演算モデルを学習させる学習処理部と、を備え、
前記演算モデルは、タイヤ、車両および路面状態の第1組合せにおいてフィルタが設定された畳み込み演算を実行する特徴抽出部、および前記第1組合せとは異なる第2組合せにおいて学習させる全結合部を有することを特徴とする演算モデル生成システム。
【請求項7】
入力層から出力層に至る学習型の演算モデルを有し、タイヤの運動によって生じるタイヤ物理情報を推定する物理情報推定ステップと、
前記入力層への入力データを取得するデータ取得ステップと、を備え、
前記演算モデルは、タイヤ、車両および路面状態の第1組合せにおいてフィルタが設定された畳み込み演算を実行する特徴抽出部、および前記第1組合せとは異なる第2組合せにおいて学習した全結合部を有することを特徴とするタイヤ物理情報推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タイヤ物理情報推定システム、演算モデル生成システムおよびタイヤ物理情報推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今、タイヤおよび車両等において計測される情報を学習型の演算モデルに入力し、タイヤ力等のタイヤ物理情報を推定するシステムの研究が行われている。
【0003】
特許文献1には従来のタイヤ物理情報推定システムが記載されている。タイヤ物理情報推定システムは、物理情報推定部およびデータ取得部を備える。物理情報推定部は、タイヤの運動によって生じるタイヤに関する物理情報を推定すべく入力層から出力層に至る学習型の演算モデルを有する。データ取得部は、入力層への入力データを取得する。演算モデルは、入力層から出力層へ向けての途中演算において畳み込み演算を実行して特徴量を抽出する特徴抽出部を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載のタイヤ物理情報推定システムでは、タイヤ物理情報の推定においてリアルタイム性が確保される。本願発明者は、タイヤ物理情報を推定する演算モデルの転用を考慮し、演算モデルの構築コストおよび時間を低減する上で改善の余地があることに気づいた。
【0006】
本発明は、斯かる事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、演算モデルを簡易的に構築してタイヤに関する物理情報を推定することができるタイヤ物理情報推定システム、演算モデル生成システムおよびタイヤ物理情報推定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある態様はタイヤ物理情報推定システムである。タイヤ物理情報推定システムは、入力層から出力層に至る学習型の演算モデルを有し、タイヤの運動によって生じるタイヤ物理情報を推定する物理情報推定部と、前記入力層への入力データを取得するデータ取得部と、を備え、前記演算モデルは、タイヤ、車両および路面状態の第1組合せにおいてフィルタが設定された畳み込み演算を実行する特徴抽出部、および前記第1組合せとは異なる第2組合せにおいて学習した全結合部を有する。
【0008】
本発明の別の態様は演算モデル生成システムである。演算モデル生成システムは、入力層から出力層に至る学習型の演算モデルを有し、タイヤの運動によって生じるタイヤ物理情報を推定する物理情報推定部と、前記入力層への入力データを取得するデータ取得部と、タイヤで計測される前記タイヤ物理情報を教師データとして前記演算モデルを学習させる学習処理部と、を備え、前記演算モデルは、タイヤ、車両および路面状態の第1組合せにおいてフィルタが設定された畳み込み演算を実行する特徴抽出部、および前記第1組合せとは異なる第2組合せにおいて学習させる全結合部を有する。
【0009】
また本発明の別の態様はタイヤ物理情報推定方法である。タイヤ物理情報推定方法は、入力層から出力層に至る学習型の演算モデルを有し、タイヤの運動によって生じるタイヤ物理情報を推定する物理情報推定ステップと、前記入力層への入力データを取得するデータ取得ステップと、を備え、前記演算モデルは、タイヤ、車両および路面状態の第1組合せにおいてフィルタが設定された畳み込み演算を実行する特徴抽出部、および前記第1組合せとは異なる第2組合せにおいて学習した全結合部を有する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、演算モデルを簡易的に構築してタイヤに関する物理情報を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施形態に係るタイヤ物理情報推定システムの概要を説明するための模式図である。
【
図2】実施形態に係るタイヤ物理情報推定システムの機能構成を示すブロック図である。
【
図4】演算モデル生成システムの機能構成を示すブロック図である。
【
図5】タイヤ物理情報推定装置によるタイヤ物理情報推定処理の手順を示すフローチャートである。
【
図6】車両を変えた転移学習の検証結果の一例を示すグラフである。
【
図7】タイヤおよび路面状態を変えた転移学習の検証結果の一例を示すグラフである。
【
図8】変形例に係るタイヤ物理情報推定システムの機能構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに
図1から
図8を参照しながら説明する。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、各図面における部材の寸法は、理解を容易にするために適宜拡大、縮小して示される。また、各図面において実施の形態を説明する上で重要ではない部材の一部は省略して表示する。
【0013】
(実施形態)
図1は、実施形態に係るタイヤ物理情報推定システム100の概要を説明するための模式図である。タイヤ物理情報推定システム100は、タイヤ10に配設されたセンサ20およびタイヤ物理情報推定装置30を備える。また、タイヤ物理情報推定システム100は、タイヤ物理情報推定装置30で推定したタイヤ力Fや路面摩擦係数、タイヤ10に働く3軸まわりのモーメント等のタイヤ物理情報を通信ネットワーク91を介して取得して蓄積し、タイヤ物理情報を監視するためのサーバ装置40などを含んでもよい。
【0014】
センサ20は、タイヤ10における加速度および歪、タイヤ空気圧、並びにタイヤ温度などタイヤ10の物理量を計測しており、計測したデータをタイヤ物理情報推定装置30へ出力する。タイヤ物理情報推定装置30は、タイヤ10、車両および路面状態の1つの組合せ(以下、第1組合せと表記する)において学習させた演算モデルを、第1組合せと異なる組合せ(以下、第2組合せと表記する)に転用し、センサ20で計測されたデータに基づいてタイヤ物理情報を推定する。タイヤ物理情報推定装置30は、タイヤ物理情報を推定する演算においてセンサ20で計測されるデータを用いるが、車両加速度等の車両側からの情報を車両制御装置90等から取得し、タイヤ物理情報を推定する演算に用いてもよい。
【0015】
タイヤ物理情報推定装置30は、推定したタイヤ力F、路面摩擦係数、およびタイヤ10に働く3軸まわりのモーメント等のタイヤ物理情報を例えば車両制御装置90へ出力する。車両制御装置90は、タイヤ物理情報推定装置30から入力されたタイヤ物理情報を、例えば制動距離の推定、車両制御への適用、更には車両の安全走行に関する情報の運転者への報知などに用いる。また車両制御装置90は、地図情報や気象情報などを用いて、将来における車両の安全走行に関する情報を提供することもできる。また、タイヤ物理情報推定システム100は、車両制御装置90が車両を自動運転する機能を有する場合には、自動運転における車速制御等に用いるデータとして、推定したタイヤ物理情報を車両制御装置90へ提供する。
【0016】
サーバ装置40は、タイヤ物理情報推定装置30から、センサ20で計測されたタイヤ10の物理量、並びにタイヤ10について推定したタイヤ力Fおよび路面摩擦係数等のタイヤ物理情報を取得する。サーバ装置40は、複数の車両から、タイヤ10で計測された物理量、およびタイヤ物理情報推定装置30で推定されたタイヤ物理情報等を蓄積するようにしてもよい。
【0017】
図2は、実施形態に係るタイヤ物理情報推定システム100の機能構成を示すブロック図である。タイヤ物理情報推定システム100のセンサ20は、加速度センサ21、歪ゲージ22、圧力ゲージ23および温度センサ24等を有し、タイヤ10における物理量を計測する。これらのセンサは、タイヤ10の物理量として、タイヤ10の変形や動きに関わる物理量を計測している。
【0018】
加速度センサ21および歪ゲージ22は、タイヤ10とともに機械的に運動しつつ、それぞれタイヤ10に生じる加速度および歪量を計測する。加速度センサ21は、例えばタイヤ10のトレッド、サイド、ビードおよびホイール等に配設されており、タイヤ10の周方向、軸方向および径方向の3軸における加速度を計測する。
【0019】
歪ゲージ22は、タイヤ10のトレッド、サイドおよびビード等に配設されており、配設箇所での歪を計測する。また、圧力ゲージ23および温度センサ24は、例えばタイヤ10のエアバルブに配設されており、それぞれタイヤ空気圧およびタイヤ温度を計測する。温度センサ24は、タイヤ10の温度を正確に計測するために、タイヤ10に直接、配設されていてもよい。タイヤ10は、各タイヤを識別するために、例えば固有の識別情報が付与されたRFID11等が取り付けられていてもよい。
【0020】
タイヤ物理情報推定装置30は、データ取得部31、物理情報推定部32および通信部33を有する。タイヤ物理情報推定装置30は、例えばPC(パーソナルコンピュータ)等の情報処理装置である。タイヤ物理情報推定装置30における各部は、ハードウェア的には、コンピュータのCPUをはじめとする電子素子や機械部品などで実現でき、ソフトウェア的にはコンピュータプログラムなどによって実現されるが、ここでは、それらの連携によって実現される機能ブロックを描いている。したがって、これらの機能ブロックはハードウェア、ソフトウェアの組合せによっていろいろな形態で実現できることは、当業者には理解されるところである。
【0021】
データ取得部31は、無線通信等によりセンサ20で計測された加速度、歪、空気圧および温度の情報を取得する。通信部33は、車両制御装置90およびサーバ装置40等の外部装置との間で有線または無線通信等によって通信する。通信部33は、センサ20で計測されたタイヤ10の物理量、およびタイヤ10について推定したタイヤ物理情報等を通信回線、例えばCAN(コントロールエリアネットワーク)、インターネット等を介して外部装置へ送信する。
【0022】
物理情報推定部32は、演算モデル32aを有し、データ取得部31からの情報を演算モデル32aに入力し、タイヤ力F、路面摩擦係数、およびタイヤ10に働く3軸まわりのモーメント等のタイヤ物理情報を推定する。
図2に示すように、タイヤ力Fは、タイヤ10の前後方向の前後力Fx、横方向の横力Fy、および鉛直方向の荷重Fzの3軸方向成分を有する。物理情報推定部32は、これら3軸方向成分のすべてを算出してもよいし、少なくともいずれか1成分の算出または任意の組合せによる2成分の算出を行うようにしてもよい。
【0023】
演算モデル32aは、ニューラルネットワーク等の学習型モデルを用いる。
図3は、演算モデル32aの構成を示す模式図である。演算モデル32aは、CNN(Convolutional Neural Network)型であり、その原型であるいわゆるDenseNetで使用された畳み込み演算およびプーリング演算を備える学習型モデルである。
図3では演算モデル32aへの入力データとして3軸方向の加速度データを用い、3軸方向のタイヤ力Fx、FyおよびFzを出力する例を示している。
【0024】
演算モデル32aは、入力層50、Stemブロック51、特徴抽出部52、中間層53、全結合部54および出力層55を備える。入力層50には、データ取得部31で取得した3軸方向の加速度の時系列データが入力される。加速度データはセンサ20において時系列的に計測されており、一定の時間区間のデータを窓関数によって切り出して入力データとする。入力データは、例えば各軸方向において一定の時間区間に含まれる128個の加速度データとする。
【0025】
タイヤ10で計測される加速度はタイヤ10の1回転ごとに周期性がある。窓関数によって切り出す入力データの時間区間は、例えばタイヤ10の回転周期に相当する時間とし、入力データ自体に周期性を持たせるとよい。尚、窓関数は、タイヤ10の1回転分よりも短い時間区間または長い時間区間における入力データを切り出すようにしてもよく、少なくとも切り出した入力データに周期的な情報が含まれていれば演算モデル32aの学習が可能である。
【0026】
Stemブロック51は、入力データの特徴を維持しつつ入力データ数のサイズを低減化する。Stemブロック51では、例えば畳み込み演算やプーリング演算等を実行している。
【0027】
特徴抽出部52は、Denseブロック52a、畳み込み演算52bおよびプーリング演算52cを複数回(
図3ではn回と表記している)繰り返して特徴量を抽出し、中間層53の各ノードへ伝達する。
図3に示す特徴抽出部52の例では、入力されたデータについてDenseブロック52aで適切なフィルタ長の畳み込み演算を実行し、後続の畳み込み演算52bおよびプーリング演算52cを実行する。
【0028】
Denseブロック52aでの畳み込み演算は、適宜1から5程度の長さのフィルタを用い、時系列的に並んだ入力データにフィルタを移動させながら、乗算して加算する。畳み込み演算は、時系列の入力データにおける連続するフィルタ長分のデータ(例えばA1,A2,A3)に、フィルタ内の各値(f1,f2,f3)をそれぞれ乗算し、乗算して得られた値を加算し、A1×f1+A2×f2+A3×f3とする。尚、入力データの端に「0(ゼロ)」のデータを付加するゼロパティングを行って、畳み込み演算を実行するようにしてもよい。また、畳み込み演算におけるフィルタの移動量は、通常、1入力データとされるが、演算モデル32aを小さくするために、適宜変更することが可能である。
【0029】
畳み込み演算52bは、フィルタ長が1の畳み込み演算を実行する。プーリング演算52cは、畳み込み演算52b後のデータに対して、平均値プーリング演算を実行する。プーリング演算52cは、例えば時系列的に並んだ2つの値の平均値を求めている。特徴抽出部52は、Denseブロック52a、畳み込み演算52bおよびプーリング演算52cによる演算を複数回繰り返し、結果として64個のデータを中間層53へ出力する。
【0030】
全結合部54は、中間層53の各ノードからのデータを複数の階層で全結合し、タイヤ力Fx、FyおよびFzを出力層55の各ノードへ出力する。全結合部54は、重みづけを用いた線形演算等を実行する全結合のパスによる演算を実行するが、線形演算に加えて、活性化関数などを用いて非線形演算を実行するようにしてもよい。
【0031】
出力層55の各ノードには、3軸方向のタイヤ力のほか、路面摩擦係数、およびタイヤ10に働く3軸まわりのモーメント等のタイヤ物理情報を出力してもよい。出力層55は、3軸方向のタイヤ力、路面摩擦係数、およびタイヤ10に働く3軸まわりのモーメント等のタイヤ物理情報のうち、1種類または任意の組み合わせによる複数の種類のタイヤ物理情報を出力するようにしてもよい。
【0032】
また出力層55は、路面摩擦係数の推定において、路面摩擦係数の推定値を出力しても良いし、路面摩擦係数を乾燥、湿潤、積雪または氷結状態などのカテゴリーに分類していずれのカテゴリーに当てはまるかを出力するようにしてもよい。
【0033】
図4は、演算モデル生成システム110の機能構成を示すブロック図である。演算モデル生成システム110は、タイヤ物理情報計測装置60、および学習処理部71を有する演算モデル生成装置70を備える。演算モデル生成装置70は、タイヤ物理情報推定装置30の各構成に加えて学習処理部71を有する。演算モデル生成装置70におけるタイヤ物理情報推定装置30の各構成に相当する部分は、タイヤ物理情報推定装置30のそれらと同等の機能を有するが、演算モデル32aは学習前または学習中のものとなる。
【0034】
タイヤ物理情報計測装置60は、3軸方向のタイヤ力F、路面摩擦係数、およびタイヤ10に働く3軸まわりのモーメント等のタイヤ物理情報を計測する。学習処理部71は、タイヤ物理情報計測装置60によって計測されたタイヤ物理情報を教師データとして用い、演算モデル32aを学習させる。演算モデル32aの学習過程では、入力情報に基づいて演算モデル32aによってタイヤ物理情報を推定し、教師データと比較する。
【0035】
学習処理部71は、演算モデル32aによって推定したタイヤ物理情報と教師データとを比較し、重みづけ等の演算過程における各種係数を演算モデル32aに新たに設定し、モデルの更新を繰り返すことで学習を実行する。タイヤ物理情報推定システム100は、演算モデル生成システム110によって学習済みの演算モデル32aを用いてタイヤ物理情報を推定する。
【0036】
演算モデル32aは、タイヤ10、車両および路面状態についての第1組合せに対して学習させる。ここで、タイヤ10には或る仕様のものを用い、車両には或る車名のものを用いる。路面状態は、例えば乾燥、湿潤、積雪または氷結状態のうちのいずれかとする。尚、タイヤ10の仕様には、例えばタイヤサイズ、タイヤ幅、扁平率、タイヤ強度、タイヤ外径、ロードインデックス、製造年月日など、タイヤの性能に関する情報が含まれる。
【0037】
演算モデル32aは、第1組合せにおける学習が完了した後、タイヤ10、車両および路面状態のうち2つが第1組合せと同じであり、1つが第1組合せと異なる第2組合せによる学習を実行する。第1組合せにおける学習の完了によって、演算モデル32aのStemブロック51および特徴抽出部52におけるフィルタ長や各種パラメータが設定される。
【0038】
第2組合せの演算モデル32aは、学習済みの第1組合せにおけるStemブロック51および特徴抽出部52を用い、全結合部54について学習させる。第2組合せの演算モデル32aの学習では、学習済みの第1組合せにおけるStemブロック51および特徴抽出部52を転用し、全結合部54について学習させる転移学習によって、学習のコストおよび時間を低減し、演算モデルの簡易的な構築を図る。
【0039】
第2組合せは、第1組合せと、タイヤ10の仕様が異なるタイヤ、車名が異なる車両、または状態が異なる路面状態としている。同様にして、タイヤ10、車両および路面状態のいずれか1つが第2組合せと異なる第3組合せの演算モデルを、学習済みの第2組合せの演算モデルをベースに転移学習させても良い。
【0040】
更にタイヤ10、車両および路面状態のいずれか1つが第3組合せと異なる第4組合せの演算モデルを、学習済みの第3組合せの演算モデルをベースに転移学習させても良い。このような転移学習を繰り返すことで、第1組合せとはタイヤ10、車両および路面状態の全てが異なる組合せに対する演算モデルを学習させることができる。
【0041】
また演算モデル32aは、第1組合せにおける学習が完了した後、タイヤ10、車両および路面状態のうち1つが第1組合せと同じであり、2つが第1組合せと異なる第2組合せについて、第1組合せをベースに転移学習させてもよい。この場合、上述のようなタイヤ10、車両および路面状態のうち1つが第1組合せと異なる第2組合せに対して転移学習させた場合に比べて、タイヤ物理情報の推定精度は低下する傾向にあると考えられる。
【0042】
第1組合せによる演算モデル32aの学習は、例えば車両を走行させるための試験場などにおいて実施するとよい(
図3参照)。第2組合せによる演算モデル32aの学習は、同じ試験場でタイヤ10、車両および路面状態を変えて行ってもよいし、試験場ではない公道などで実施してもよい。
【0043】
タイヤ10に関して、厳密に仕様ごとに演算モデル32aの学習を実行する必要性はなく、例えば乗用車用タイヤ、トラック用タイヤなどのタイプ別に演算モデル32aを学習させてもよい。また、車両に関して、厳密に車名、エンジン型式ごとに演算モデル32aの学習を実行する必要性はなく、例えば駆動方式、車体重量などの共通性に基づいてタイプを設定し、タイプ別に演算モデル32aを学習させてもよい。
【0044】
次にタイヤ物理情報推定システム100の動作を説明する。
図5は、タイヤ物理情報推定装置30によるタイヤ物理情報推定処理の手順を示すフローチャートである。以下では、タイヤ10、車両および路面状態に関して、第1組合せおよび第2組合せによる学習が完了しており、第2組合せの演算モデル32aによってタイヤ物理情報を推定する処理を説明する。
【0045】
タイヤ物理情報推定装置30は、センサ20で計測されたタイヤ10における加速度、歪、タイヤ空気圧およびタイヤ温度などの物理量を、データ取得部31によって取得する(S1)。物理情報推定部32は、データ取得部31において取得されたデータから一定の時間区間の入力データを抽出する(S2)。
【0046】
タイヤ物理情報の推定においては、少なくとも1軸分(例えば周方向)の加速度データが入力データとして必要である。また、タイヤ物理情報の推定において、例えばタイヤ10の周方向および軸方向の2軸分の加速度データを入力データとしても良いし、3軸分の加速度データを入力データとしても良い。更に、タイヤ10における歪、タイヤ空気圧およびタイヤ温度のうち少なくとも1つ以上の時系列データを入力データに含むようにしても良い。
【0047】
演算モデル32aは、ステップS2で抽出した入力データに基づきStemブロック51で演算し、結果を特徴抽出部52へ入力する。特徴抽出部52は、入力されたデータに対してDenseブロック52a、畳み込み演算52bおよびプーリング演算52cによって、特徴量を抽出する処理を実行する(S3)。上述のように演算モデル32aのStemブロック51および特徴抽出部52は、第1組合せに対して学習したものが第2組合せに転用されている。
【0048】
演算モデル32aの全結合部54は、特徴抽出部52において抽出され中間層53の各ノードへ入力された特徴量に対して全結合による演算を実行してタイヤ物理情報を推定し(S4)、処理を終了する。上述のように演算モデル32aの全結合部54は、第1組合せのStemブロック51および特徴抽出部52を転用した第2組合せにおいて学習されている。全結合部54の全結合演算において用いる重みづけ等のパラメータは、第2組合せの演算モデル32aの学習において決定されている。全結合演算によって、例えばタイヤ力F、路面摩擦係数、およびタイヤ10に働く3軸まわりのモーメント等のタイヤ物理情報が出力層55の各ノードに出力される。
【0049】
図6は、車両を変えた転移学習の検証結果の一例を示すグラフである。
図6では、比較例1として他車両に適応した例、比較例2として他車両で学習した例、本実施形態での転移学習の例におけるタイヤ力Fx、FyおよびFzの推定値と実測値のRMSE(二乗平均平方根誤差)を求め、比較例1でのRMSEを100%として他例の比率(%)を示している。
【0050】
比較例1は、或る仕様の夏用タイヤ、車名A1の車両および通常の乾燥した路面状態の第1組合せで学習させた演算モデルを、同じ夏用タイヤ、車名A2の車両および同じ乾燥した路面状態の第2組合せにそのまま流用して適応させている。比較例2は、第1組合せと関係なく第2組合せで学習させた演算モデルを用いている。本実施形態での転移学習では、第1組合せで学習させた演算モデルをベースに第2組合せで転移学習させた演算モデルを用いている。
【0051】
図6に示すように、本実施形態の転移学習の例は、第2組合せで学習させた比較例2と、概ね同等のRMSEとなっており、転移学習によってタイヤ力の推定精度が良好となっていることが判る。一方、比較例1は、第1組合せで学習させた演算モデルを第2組合せにそのまま流用してタイヤ力を推定しており、本実施形態の転移学習の例に比べて、推定精度が劣化することが判る。
【0052】
図7は、タイヤおよび路面状態を変えた転移学習の検証結果の一例を示すグラフである。
図7では、比較例3(基準の推定)、比較例4(流用での推定)および本実施形態での転移学習の例におけるタイヤ力Fx、FyおよびFzの推定値と実測値のRMSEを求め、比較例3でのRMSEを100%として他例の比率(%)を示している。
【0053】
比較例3では、或る仕様の夏用タイヤ、車名A1の車両および乾燥した路面状態の多い地方B1かつ夏場の第1組合せで学習させた演算モデルでタイヤ力を推定している。比較例4では、比較例3で学習した演算モデルを、冬用タイヤ、同じ車名A1の車両、および積雪や氷結状態の多い地方B2かつ冬場の第2組合せにそのまま流用してタイヤ力を推定している。本実施形態での転移学習では、第1組合せで学習させた演算モデルをベースに第2組合せで転移学習させた演算モデルを用いている。
【0054】
図7に示すように、本実施形態の転移学習の例は、第1組合せで学習させた比較例3(基準の推定)と、概ね同等のRMSEとなっており、転移学習によってタイヤ力の推定精度が良好となっていることが判る。一方、比較例4は、第1組合せで学習させた演算モデルを第2組合せにそのまま流用してタイヤ力を推定しており、本実施形態の転移学習の例に比べて、推定精度が劣化することが判る。
【0055】
タイヤ物理情報推定システム100は、畳み込み演算を実行する特徴抽出部52および全結合部54を有する演算モデル32aを有し、タイヤ10の運動によって生じるタイヤ力F等のタイヤ物理情報を推定する。特徴抽出部52は、タイヤ10、車両および路面状態の第1組合せにおいてフィルタが設定された畳み込み演算を実行する。全結合部54は、第1組合せとは異なる第2組合せにおいて学習した全結合演算によってタイヤ物理情報を算出する。
【0056】
タイヤ物理情報推定システム100は、第1組合せによって学習させた演算モデルからの転移学習によって第2組合せにおけるタイヤ物理情報を推定するので、第2組合せにおける学習のコストおよび時間を低減して演算モデルを簡易的に構築し、タイヤに関する物理情報を推定することができる。また演算モデル生成システム110は、第1組合せによって学習させた演算モデルからの転移学習によって第2組合せにおける演算モデルを生成するので、演算モデルを簡易的に生成することができる。
【0057】
タイヤ物理情報推定システム100は、第2組合せが第1組合せにおけるタイヤと異なるタイヤを含むことによって、異なるタイヤに対する演算モデル32aを簡易的に構築することができる。タイヤ物理情報推定システム100は、第2組合せが第1組合せにおける路面状態と異なる路面状態を含むことによって、異なる路面状態に対する演算モデル32aを簡易的に構築することができる。
【0058】
タイヤ物理情報推定システム100は、第2組合せが第1組合せにおける車両と異なる車名の車両を含むことによって、異なる車名の車両に対する演算モデル32aを簡易的に構築することができる。
【0059】
タイヤ物理情報推定システム100は、タイヤ10において計測される加速度データをデータ取得部31により取得し、演算モデル32aに加速度データを入力し、タイヤ力Fを出力する。これにより、タイヤ物理情報推定システム100は、タイヤ10におけるスリップ等の挙動の解析に必要な情報を提供することができる。
【0060】
(変形例)
図8は変形例に係るタイヤ物理情報推定システム100の機能構成を示すブロック図である。
図8に示す変形例では演算モデル32aへ入力するデータを車両制御装置90から取得する。尚、車両制御装置90からのデータと、センサ20からのデータ(
図2参照)の両方を演算モデル32aへ入力するデータとして用いることもできる。
【0061】
車両制御装置90は、車両のデジタルタコメータ等において、例えば車両の走行速度、3軸方向の加速度および3軸角速度等の走行データ、並びに車両の重量および車軸にかかる軸重などの荷重データを取得している。車両制御装置90は、これらの走行データおよび荷重データをタイヤ物理情報推定装置30へ出力する。
【0062】
タイヤ物理情報推定装置30は、車両制御装置90から入力されたデータに対して演算モデル32aでタイヤ力F、路面摩擦係数、およびタイヤ10に働く3軸まわりのモーメント等のタイヤ物理情報を推定する。尚、演算モデル32aは、予め車両制御装置90から入力されたデータに対してタイヤ物理情報を推定する学習を、例えば実際の車両による試験走行によって実行し、構築される。
【0063】
上述の実施形態および変形例では、演算モデル32aで推定するタイヤ物理情報としてタイヤ力F、路面摩擦係数、およびタイヤ10に働く3軸まわりのモーメント等について説明したが、例えばタイヤ10を取り付けるために用いるホイールナット等の締結部品の緩みを推定することもできる。タイヤ10で計測される加速度データにホイールナット等の締結部品の緩みによる振動が表われるので、他のタイヤ力Fとの比較により、締結部品の緩みを推定する演算モデル32aをCNN型で構築して学習させる。タイヤ物理情報推定システム100は、実際の車両走行時に取得する加速度データ等の入力データに基づいて演算モデル32aによる演算を実行し、タイヤ10の締結部品の緩みを推定することができる。
【0064】
またセンサ20は、
図1に基づき説明した各センサに限られず、例えばタイヤ10またはタイヤ10の周辺に設けたマイクなどを用いてもよい。演算モデル32aは、マイクなどにより集音した音声データを用いてタイヤ物理情報を推定してもよい。
【0065】
上述の実施形態および変形例において、演算モデル32aはCNN型DenceNetモデルを用いたが、いわゆるLeNetモデル、ResNetモデル、MobileNetモデルやPeleelNetモデルなどのモデル構造を用いてもよい。また演算モデル32a中にResidual Blockなどのモジュール構造を取り入れてモデルを構築してもよい。
【0066】
次に実施形態に係るタイヤ物理情報推定システム100、演算モデル生成システム110およびタイヤ物理情報推定方法の特徴について説明する。
実施形態に係るタイヤ物理情報推定システム100は、物理情報推定部32およびデータ取得部31を備える。物理情報推定部32は、入力層50から出力層55に至る学習型の演算モデル32aを有し、タイヤ10の運動によって生じるタイヤ物理情報を推定する。データ取得部31は、入力層50への入力データを取得する。演算モデル32aは、タイヤ10、車両および路面状態の第1組合せにおいてフィルタが設定された畳み込み演算を実行する特徴抽出部52、および第1組合せとは異なる第2組合せにおいて学習した全結合部54を有する。これにより、タイヤ物理情報推定システム100は、演算モデル32aを簡易的に構築してタイヤ10に関する物理情報を推定することができる。
【0067】
また第2組合せは、第1組合せにおけるタイヤと異なるタイヤを含む。これにより、タイヤ物理情報推定システム100は、異なるタイヤに対する演算モデル32aを簡易的に構築することができる。
【0068】
また第2組合せは、第1組合せにおける路面状態と異なる路面状態を含む。これにより、タイヤ物理情報推定システム100は、異なる路面状態に対する演算モデル32aを簡易的に構築することができる。
【0069】
また第2組合せは、第1組合せにおける車両と異なる車名の車両を含む。これにより、タイヤ物理情報推定システム100は、異なる車名の車両に対する演算モデル32aを簡易的に構築することができる。
【0070】
またデータ取得部31は、タイヤ10において計測される加速度データを取得する。
演算モデル32aは、入力層50に加速度データが入力され、出力層55からタイヤ力Fを出力する。これにより、タイヤ物理情報推定システム100は、タイヤ10におけるスリップ等の挙動の解析に必要な情報を提供することができる。
【0071】
演算モデル生成システム110は、物理情報推定部32、データ取得部31および学習処理部71を備える。物理情報推定部32は、入力層50から出力層55に至る学習型の演算モデル32aを有し、タイヤ10の運動によって生じるタイヤ物理情報を推定する。データ取得部31は、入力層50への入力データを取得する。学習処理部71は、タイヤ10で計測されるタイヤ物理情報を教師データとして前記演算モデルを学習させる。演算モデル32aは、タイヤ10、車両および路面状態の第1組合せにおいてフィルタが設定された畳み込み演算を実行する特徴抽出部52、および第1組合せとは異なる第2組合せにおいて学習させる全結合部54を有する。これにより、演算モデル生成システム110は、第1組合せによって学習させた演算モデルからの転移学習によって第2組合せにおける演算モデルを生成するので、演算モデルを簡易的に生成することができる。
【0072】
タイヤ物理情報推定方法は、物理情報推定ステップおよびデータ取得ステップを備える。物理情報推定ステップは、入力層50から出力層55に至る学習型の演算モデル32aを有し、タイヤ10の運動によって生じるタイヤ物理情報を推定する。データ取得ステップは、入力層50への入力データを取得する。演算モデル32aは、タイヤ10、車両および路面状態の第1組合せにおいてフィルタが設定された畳み込み演算を実行する特徴抽出部52、および第1組合せとは異なる第2組合せにおいて学習した全結合部54を有する。このタイヤ物理情報推定方法によれば、演算モデル32aを簡易的に構築してタイヤ10に関する物理情報を推定することができる。
【0073】
以上、本発明の実施の形態をもとに説明した。これらの実施の形態は例示であり、いろいろな変形および変更が本発明の特許請求範囲内で可能なこと、またそうした変形例および変更も本発明の特許請求の範囲にあることは当業者に理解されるところである。従って、本明細書での記述および図面は限定的ではなく例証的に扱われるべきものである。
【符号の説明】
【0074】
10 タイヤ、 32 物理情報推定部、 32a 演算モデル、
50 入力層、 52 特徴抽出部、 55 出力層、 71 学習処理部、
100 タイヤ物理情報推定システム、 110 演算モデル生成システム。