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特開2023-97112水電解用の非貴金属電極とその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023097112
(43)【公開日】2023-07-07
(54)【発明の名称】水電解用の非貴金属電極とその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25B 11/089 20210101AFI20230630BHJP
   C25B 11/052 20210101ALI20230630BHJP
   C25B 11/061 20210101ALI20230630BHJP
   C25B 1/04 20210101ALI20230630BHJP
   C25B 9/00 20210101ALI20230630BHJP
   C25B 9/23 20210101ALI20230630BHJP
   C25D 3/56 20060101ALI20230630BHJP
   H01M 4/90 20060101ALN20230630BHJP
   H01M 4/88 20060101ALN20230630BHJP
【FI】
C25B11/089
C25B11/052
C25B11/061
C25B1/04
C25B9/00 A
C25B9/23
C25D3/56 A
H01M4/90 M
H01M4/88 K
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021213273
(22)【出願日】2021-12-27
(71)【出願人】
【識別番号】509164164
【氏名又は名称】地方独立行政法人山口県産業技術センター
(74)【代理人】
【識別番号】100111132
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 浩
(72)【発明者】
【氏名】中邑 敦博
(72)【発明者】
【氏名】村中 武彦
【テーマコード(参考)】
4K011
4K021
4K023
5H018
【Fターム(参考)】
4K011AA22
4K011AA48
4K011BA02
4K011BA08
4K011DA01
4K021AA01
4K021BA02
4K021DB18
4K021DB19
4K021DB43
4K021DB53
4K023AB15
4K023BA08
4K023DA07
5H018BB07
5H018EE02
5H018EE04
5H018HH02
5H018HH05
5H018HH06
(57)【要約】
【課題】貴金属電極の代替となる材料・製造コストの安い非貴金属電極を採用した水電解に関わり、触媒活性度が高く、その高い触媒活性度を長時間に亘って維持可能な高い耐久性を備えた水電解用の非貴金属電極とその製造方法を提供する。
【解決手段】水電解用の非貴金属電極の製造方法は、基材上に前駆体となる塩化物塩を湿式成膜法によって配置する工程と、湿式成膜法によってNi-Fe-Sn複合膜を成膜する成膜工程と、を有し、成膜工程におけるめっき電流密度は40 ~100 mA/cmとするものである。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、この基材上に設けられたNi-Fe-Sn複合膜と、を有し、前記Ni-Fe-Sn複合膜は、Ni、Fe及びSnの合計を100 質量%としたとき、Fe含有率が3 ~ 15質量%、Ni含有率が50 ~ 65質量%、Sn含有率が30 ~ 50質量%であることを特徴とする水電解用の非貴金属電極。
【請求項2】
前記Ni-Fe-Sn複合膜は、電気化学有効表面積(ECSA)が1.0 ~ 2.9 m/gの範囲であることを特徴とする請求項1に記載の水電解用の非貴金属電極。
【請求項3】
前記Ni-Fe-Sn複合膜は、(102)面の結晶子サイズが15 ~ 100Åであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の水電解用の非貴金属電極。
【請求項4】
前記Ni-Fe-Sn複合膜は、電流密度400 mA/cmで18時間、電流密度500 mA/cmで18時間、電流密度600 mA/cmで18時間、電流密度700 mA/cmで18時間、電流密度800 mA/cmで58時間、合計130時間の運転が継続できる耐久性を有することを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の水電解用の非貴金属電極。
【請求項5】
基材上に前駆体となる塩化物塩を湿式成膜法によって配置する工程と、
前記湿式成膜法によってNi-Fe-Sn複合膜を成膜する成膜工程と、を有し、前記成膜工程におけるめっき電流密度は40 ~ 100 mA/cmであることを特徴とする水電解用の非貴金属電極の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、本発明は、水の電気分解による水素等の電解製造に用いる電極に関し、特に、非貴金属で高い触媒活性及び高耐久性を有した電極及びその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
今日、化石燃料の枯渇が問題視される中、クリーンで且つ、持続可能な代替エネルギー源を探すことが急務とされている。この問題の解決策として、水素キャリア社会の実現が挙げられる。水素キャリア社会では、水電解を通してCOを排出しない水素を生産し、その水素をエネルギーが必要な際に、燃料電池等を用いエネルギーへと変換することができる。すなわち、水素自身が新たなエネルギー媒体となる。炭素社会から脱却できるこの水素キャリア社会を構築するため、現在、世界中で水素燃料の生産コストを削減する努力がなされている。水素生産コスト削減のため、中でも、水電解で使用される電極の性能を上げることがキーテクノロジーとされている。
【0003】
現在、水素キャリア社会実現のために国が示している水素基本戦略では、水素製造コストの単価を20 円/Nm以下に抑えることを目標として掲げている。水素製造コストには水電解装置の運転に関する設備費、維持費、人件費等、が考慮されているが、中でも電気代が大きく寄与するとされている。できるだけ、安価で水素を製造するためには、水の電解反応を生じさせるための電気代を如何に節約するかが問われ、本発明のような電極の高機能化が重要視される。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)では水電解においてセル電流密度600 mA/cmにて1.8 V以下の電解電圧となるようなセルの構築を目標として掲げており、この値を目標に電極開発がなされている。
【0004】
特に、水電解の性能を上げることにおけるボトルネックは、水電解装置の陰極で行われる水素発生反応及び陽極で行われるOER(酸素発生反応)である。両反応は多段階反応であり、本質的に遅い反応速度を有することが知られているが、特にOERは4つのプロトン共役電子移動が含まれているため、陽極の高効率化が求められている。これら問題点から、水電解を商用運転させるとなると、Pt(白金)、 Ru(ルテニウム)及びIr(イリジウム)ベースの酸化物などの貴金属系の電極を使用しているのが現状である。しかしながら、これらの電極はコストが高く、希少性があり、耐久性が低いなどの欠点により、大規模な使用が大幅に制限されている。
そこで、安価な触媒金属としてNi(ニッケル)やCo(コバルト)等の非貴金属が広く用いられてきた。そして、特許文献1では、「溶解性電極触媒」という名称でNiにSn(スズ)を複合させた非貴金属のNi-Sn複合膜に関する発明が開示されている。この発明では、水素発生反応(2H+2e-=H)を伴う陰極として使用した際、電解中にSnが選択的に溶解し、電解時間が増すごとにつれ、電極表面の表面積が増大し、活性が維持されるという機能を発揮することができる。
また、貴金属電極の代替となる電極として非貴金属のNi-Fe(ニッケル鉄)合金などの遷移金属が注目されており、これらは活性が高く、安価でかつ、地殻資源として豊富であるという理由から、これまで多くの検討がなされてきた。そして、非特許文献1では、表面積を増大させる狙いから、Ni-Fe合金にSnを添加する研究も開示されている(非特許文献1)。
この非特許文献1では、電解中に生じるNiOOH(オキシ水酸化ニッケル)の電気伝導率を向上させ、酸素過電圧を低減させることができるNi-Fe合金化の効果と電極表面の凹凸形成に寄与するSnを複合化させたNi-Fe-Sn複合電極に関する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2013-117041号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Wu, Y., Gao, Y., He, H., & Zhang, P. (2019). Electrodeposition of self-supported Ni-Fe-Sn film on Ni foam: An efficient electrocatalyst for oxygen evolution reaction. Electrochimica Acta 301, 39-46.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に開示される発明では、酸素発生反応(4OH-=2HO+O+4e-)に伴う陽極として使用すると、前述の水素発生反応のメカニズムとは異なるため、Ni-Sn複合膜を陽極に使用しても十分な活性及び耐久性は得られないという課題があった。
また、非特許文献1に開示される技術では、電気めっき法を用いたNi-Fe-Sn複合電極の作製方法として、めっき電流密度を20 mA/cmとし、めっき浴中に含まれるNi、Fe、Snの3元素の前駆体としては硫酸塩を用いている。このような方法で作製した電極では、膜中の結晶子サイズが微細化しておらず、ECSA(電気化学的活性表面積)が増大せず、十分な触媒活性は得られないという課題があった。そして、実際に商用運転を模擬したセルにこれら電極を使用すると、高い触媒活性が得られず、あるいは一定時間を過ぎると触媒活性が低下してしまうという課題があった。
なお、ECSAとは、BET法(BETの吸着等温式に基づく表面積測定法)などで算出する物理的な表面積とは異なり、溶液中で電気化学反応を行うことができる電極中の反応場の表面積のことを言う。測定方法としては、サイクリックボルタンメトリー(CV)解析からCdl(電気二重層静電容量)を算出する方法が一般的である。
本発明はかかる従来の事情に対処してなされたものであり、貴金属電極の代替となる材料・製造コストの安い非貴金属電極を採用した水電解反応に関わり、触媒活性度が高く、その高い触媒活性度を長時間に亘って維持可能な高い耐久性を備えた水電解用の非貴金属電極とその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、第1の発明である水電解用の非貴金属電極は、基材と、この基材上に設けられたNi-Fe-Sn複合膜と、を有し、前記Ni-Fe-Sn複合膜は、Ni、Fe及びSnの合計を100質量%としたとき、Fe含有率が3 ~ 15質量%、Ni含有率が50 ~ 65質量%、Sn含有率が30 ~ 50質量%であることを特徴とするものである。
上記構成の水電解用の非貴金属電極では、Ni-Fe-Sn複合膜の高いFe含有率によって膜中の結晶子サイズが減少するように作用し、これによって電極としての反応場が増加するという作用を有する。
【0009】
第2の発明である水電解用の非貴金属電極は、第1の発明において、前記Ni-Fe-Sn複合膜は、電気化学有効表面積(ECSA)が1.0 ~ 2.9 m/gの範囲であることを特徴とするものである。
上記構成の水電解用の非貴金属電極では、ECSAが十分大きいため、電極としての反応場が増加するという作用を有する。
【0010】
第3の発明である水電解用の非貴金属電極は、第1又は第2の発明において、前記Ni-Fe-Sn複合膜は、(102)面の結晶子サイズが15 ~ 100 Åであることを特徴とするものである。
上記構成の水電解用の非貴金属電極では、Ni-Fe-Sn複合膜の結晶子サイズが小さいため、電極としての反応場が増加するという作用を有する。
【0011】
第4の発明である水電解用の非貴金属電極は、第1乃至第3のいずれか1つの発明において、前記Ni-Fe-Sn複合膜は、電流密度400 mA/cmで18時間、電流密度500 mA/cmで18時間、電流密度600 mA/cmで18時間、電流密度700 mA/cmで18時間、電流密度800 mA/cmで58時間、合計130時間の運転が継続できる耐久性を有することを特徴とするものである。
上記構成の水電解用の非貴金属電極では、長時間の運転が継続されるように作用する。
【0012】
第5の発明である水電解用の非貴金属電極の製造方法では、基材上に前駆体となる塩化物塩を湿式成膜法によって配置する工程と、前記湿式成膜法によってNi-Fe-Sn複合膜を成膜する成膜工程と、を有し、前記成膜工程におけるめっき電流密度は40 ~ 100 mA/cmであることを特徴とするものである。
上記構成の水電解用の非貴金属電極の製造方法では、前駆体として塩化物塩を湿式成膜法によって配置する工程と、めっき電流密度を40 ~ 100 mA/cmとして成膜する工程が、Ni-Fe-Sn複合膜のFe含有率を高め、結晶子を微細化してECSAを十分に増大させるように作用し、電極としての反応場を増加させるように作用する。また、長時間運転を可能とする高い耐久性を備えたNi-Fe-Sn複合膜を成膜するように作用する。
【発明の効果】
【0013】
第1の発明に係る水電解用の非貴金属電極では、高い触媒活性度を発揮することが可能である。
【0014】
第2の発明に係る水電解用の非貴金属電極においても、高い触媒活性度を発揮することが可能である。
【0015】
第3の発明に係る水電解用の非貴金属電極においても、高い触媒活性度を発揮することが可能である。
【0016】
第4の発明に係る水電解用の非貴金属電極では、第1の発明乃至第3の発明における高い触媒活性度に関する効果に加えて、高い耐久性を発揮することが可能である。
【0017】
第5の発明に係る水電解用の非貴金属電極の製造方法では、高い触媒活性度と高い耐久性を発揮することが可能な水電解用の非貴金属電極を製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本実施の形態に係る水電解用の非貴金属電極の製造方法を示すフロー図である。
図2】(a)は本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の表面のSEM(Scanning Electron Microscope;走査電子顕微鏡)画像であり、(b)はNi-Fe電極の表面のSEM画像であり、(c)はNi-Sn電極の表面のSEM画像である。
図3】図中の(a)は図2(b)に示したNi-Fe電極の結晶構造の解析結果、(b)は図2(c)に示したNi-Sn電極の結晶構造の解析結果、(c)は図2(a)に示した本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の結晶構造の解析結果をそれぞれ示すグラフである。
図4図2(a)に示した本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の複合膜、図2(b)に示したNi-Fe電極及び図2(c)に示したNi-Sn電極の複合膜及びbareNiに対する酸素過電圧測定のためのLSV(Linear Sweep Voltammetry)測定結果を示すグラフである。
図5図2(a)に示した本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の複合膜、図2(b)に示したNi-Fe電極及び図2(c)に示したNi-Sn電極の複合膜及びbareNiに対する水素過電圧測定のためのLSV測定結果を示すグラフである。
図6図2(a)に示した本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の複合膜、図2(b)に示したNi-Fe電極及び図2(c)に示したNi-Sn電極の複合膜の耐久性評価のための定電流測定(クロノアンペロメトリー解析)結果を示すグラフである。
図7】(a)は商用を模擬した水電解システムの構成概念図であり、(b)は製作した水電解システムの写真である。
図8図2(a)に示した本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極、図2(b)に示したNi-Fe電極及び図2(c)に示したNi-Sn電極を二極式電極セルのアノード(陽極)に用いた商用条件での電極性能評価結果を示すグラフである。
図9図2(a)に示した本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極、図2(b)に示したNi-Fe電極及び図2(c)に示したNi-Sn電極を二極式電極セルのカソード(陰極)に用いた商用条件での電極性能評価結果を示すグラフである。
図10図2(a)に示した本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の複合膜を、めっき電流密度をパラメータとして作製し、それぞれに対する酸素過電圧測定のためのLSV測定結果を示すグラフである。
図11】(a)はめっき電流密度が10 mA/cmで作製したNi-Fe-Sn電極のECSA測定のためのCV(Cyclic Voltammetry)測定結果を示し、(b)はめっき電流密度が20 mA/cmで作製したNi-Fe-Sn電極のECSA測定のためのCV測定結果を示すグラフである。
図12】(a)はめっき電流密度が30 mA/cmで作製したNi-Fe-Sn電極のECSA測定のためのCV測定結果を示し、(b)はめっき電流密度が40 mA/cmで作製したNi-Fe-Sn電極のECSA測定のためのCV測定結果を示すグラフである。
図13】(a)はめっき電流密度が60 mA/cmで作製したNi-Fe-Sn電極のECSA測定のためのCV測定結果を示し、(b)はめっき電流密度が80 mA/cmで作製したNi-Fe-Sn電極のECSA測定のためのCV測定結果を示すグラフである。
図14】めっき電流密度が100 mA/cmで作製したNi-Fe-Sn電極のECSA測定のためのCV測定結果を示すグラフである。
図15図11図14で得られたCV測定結果から得られたESCA算出のための電位掃引速度とアノード(陽極)とカソード(陰極)の電流値の平均値との関係を示すグラフである。
図16】前駆体を塩化物にした場合と硫化物にした場合のそれぞれで作製されたNi-Fe-Sn電極の複合膜に対する酸素過電圧測定のためのLSV測定結果を示すグラフである。
図17】前駆体を硫化物にしてめっき電流密度が80 mA/cmで作製されたNi-Fe-Sn電極のECSA測定のためのCV測定結果を示すグラフである。
図18図17で得られたCV測定結果から得られたESCA算出のための電位掃引速度とアノード(陽極)とカソード(陰極)の電流値の平均値との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明の実施の形態に係る水電解用の非貴金属電極及びその製造方法について図1及び図2を参照しながら説明する。
図1は本実施の形態に係る水電解用の非貴金属電極の製造方法のフロー図である。
図1において、ステップS1は基材の前処理工程である。本実施の形態において使用される基材は、アルカリ溶液中でも耐食性を有するNiが好ましいが、実際に溶液中に暴露される箇所は基材表面を被覆した膜であるため、Cu(銅)やAl(アルミニウム)等の安価な材料でもよい。但し、基材は反応時に発生する気体の泡離れを効率よく行うため、メッシュ状であることが望ましい。
このステップS1の基材の前処理工程の前処理としては、脱脂処理と活性化処理を行う。
具体的には、例えば脱脂処理としては、1分間程度のアルカリ電解脱脂処理を行うが、この処理では基材表面の油分等のいわゆるコンタミ成分を取り除くことを目的としている。処理の内容としては、アルカリ溶液中で、カソードに処理対象の基材を設置し、アノードにはPtプレートを設置してカソードの電流密度20 ~ 50 mA/cmで1分間程度通電するものである。
また、活性化処理としては、塩化第二鉄が含まれた塩酸中で浸漬させ、基材表面に形成されている酸化被膜を取り除く処理を行う。
【0020】
ステップS2は、基材上へ前駆体である塩化物塩を配置する工程である。具体的には、湿式成膜法として基材をめっき浴へ浸漬する工程である。めっき浴組成は、0.06 mol/dmのNiCl・6HO(塩化ニッケル6水和物)、0.02 mol/dmのSnCl・2HO(塩化スズ2水和物)、0.02 mol/dmのFeCl・2HO(塩化鉄2水和物)、0.025 mol/dmのK(ピロリン酸)、0.1 mol/dmのCNO(グリシン)で、pHが7となるように、HCl(塩酸)とNaOH(水酸化ナトリウム)を用いて調整する。
なお、めっき組成としては上記の値に特定されるのではなく、NiCl・6HO(塩化ニッケル6水和物)は0.001 ~ 0.5 mol/dm、SnCl・2HO(塩化スズ2水和物)は0.001 ~ 0.5 mol/dm、FeCl・2HO(塩化鉄2水和物)は0.01 ~ 0.1 mol/dm、K(ピロリン酸)は0.1 ~ 1 mol/dm、CNO(グリシン)は0.05 ~ 1 mol/dmであれば電析による成膜に望ましい条件となる。
【0021】
ステップS3は、本実施の形態に係る水電解用の非貴金属電極(以下、Ni-Fe-Sn電極ともいう。)を構成する複合膜(以下、単にNi-Fe-Sn複合膜ともいう。)を基材上に成膜する工程である。めっきの浴温度は50 ℃として常時撹拌しながら行う。電解条件は、電流密度を80 mA/cmで2時間めっきする。このようにしてNi-Fe-Sn複合膜が基材上に成膜される。
なお、めっきの浴温度及びめっき電流密度は上記の値に特定されるものではなく、めっき浴温度は20 ~ 90 ℃であればよく、めっき電流密度は40 ~100 mA/cmであればよい。
以上のようなステップS1~S3を経て水電解用の非貴金属電極が作製される。
作製されたNi-Fe-Sn複合膜が形成されたNi-Fe-Sn電極の表面のSEM画像を図2(a)に示す。本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の複合膜は10 μm程度の粒子が凝集し、カリフラワー状の凹凸が形成されていることがわかる。
また、Ni-Fe-Sn複合膜の組成を、エネルギー分散型成分分析装置によって定量した。その結果、Ni、Fe及びSnの合計組成濃度を100 質量%としたとき、Fe含有量は5.32 質量% 、Ni含有量は59.15 質量% 、Sn含有量は35.53 質量%であった。
【0022】
次に、本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の複合膜の特性について、図3乃至図9を参照しながら、従来技術に係る非貴金属電極であるNi-Fe電極の基材上に成膜されたNi-Fe複合膜及び従来技術に係る非貴金属電極であるNi-Sn電極の基材上に成膜されたNi-Sn複合膜と比較する。
<従来技術に係る複合膜の作製>
水電解用の非貴金属電極を構成するNi-Fe-Sn複合膜の製造方法と条件と統一するためにめっき浴の組成を除いて図1に示す製造方法によって作製した。
すなわち、Ni-Fe複合膜は、図1のステップS3においてSnCl・2HOを除いためっき浴組成とし、その他は図1のステップS1~S3に示される工程を実施して作製した。このようにして作製されたNi-Fe複合膜が形成されたNi-Fe電極の表面のSEM画像を図2(b)に示す。
このNi-Fe複合膜では、凹凸のない滑らかな表面ではあるが、電気めっき処理時の内部応力に起因すると思われるクラックが形成されていることがわかる。
Ni-Sn複合膜も、図1のステップS3においてFeCl・2HOを除いためっき浴組成として、その他は図1のステップS1~S3に示される工程を実施して作製した。このようにして作製されたNi-Sn複合膜が形成されたNi-Sn電極の表面のSEM画像を図2(c)に示す。
このNi-Sn複合膜では、Ni-Fe-Sn複合膜と同様に10 μm程度の粒子が凝集し、カリフラワー状の凹凸が形成されていることがわかる。
【0023】
<本実施の形態と従来技術に係る複合膜の結晶構造の比較>
図3を参照しながら、本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の複合膜と従来技術に係るNi-Fe電極とNi-Sn電極の複合膜の結晶構造を比較して説明する。
結晶構造はXRD(X線回折)装置を用いて解析した。X線源としてCuKα放射線(λ=0.154051nm)を使用した。また、解析条件としては、40 kVのビーム電圧と30 mAのビーム電流下で1°/分のスキャン速度とし、25°から80°までの2θ(回折角)領域に亘って回折されたX線を測定した。
図3は、本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の複合膜(c)に加え、従来のNi-Fe電極の複合膜(a)及びNi-Sn電極の複合膜(b)の結晶構造の解析結果を示すグラフである。横軸は2θ(回折角)を示しており、縦軸は回折X線の強度を示している。
その結果、Ni-Fe複合膜ではFeNi(ICSD No.01-077-7971 a=3.55Å、b=3.55Å、c=3.55Å、V=44.706Å)に帰属されることがわかった。Ni-FeのようにSnを添加していない複合膜では、シャープな回折パターンが得られ結晶性を有していることが分かった。
一方、Ni-Sn複合膜及びNi-Fe-Sn複合膜は、43°付近にNiSn(ICSD No.01-072-2561 a=4.103Å、b=4.103Å、c=5.178Å、V=75.491Å)の(101)、(102)、(110) に帰属されるブロードなピークが存在することからアモルファスに近い構造をとることが確認された。
【0024】
<本実施の形態と従来技術に係る複合膜の酸素過電圧の測定比較>
図4を参照しながら、各複合膜の触媒性能を比較するために、本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の複合膜と従来技術に係るNi-Fe電極とNi-Sn電極の複合膜及びbareNiの酸素過電圧を測定し比較した結果について説明する。
図4は本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の複合膜、従来技術に係るNi-Fe電極及びNi-Sn電極の複合膜と、bareNiに対するLSV測定を実施した結果をまとめたグラフである。横軸の電圧では、未補償溶液抵抗(iR)の補償を行っている。すなわち、作用電極と参照電極の間の溶液抵抗に比例した電位降下分を考慮して、実測した電圧(V)から発生した電流値(i)×溶液抵抗(Ru)を差し引く補正を行っている。また、溶液抵抗はポテンショスタット(電気化学測定装置)では直接認識できないことからポジティブフィードバック法(正帰還)を採ってフィードバック率を60 %として求めている。
LSV測定は、1.0 MのKOHの水溶液中で、1 mV/sのスキャン速度で開回路電位から実行した。過電圧(η)の算出は、電流密度10 mA/cmに到達するまでに要する電位をη10=E(RHE)-1.23 V(酸素発生理論電位)として計算した。この酸素過電圧が低いほど触媒性能が高いとして評価できる。
具体的には、図4おいて、縦軸の電流密度10 mA/cmにおける電圧はNi-Fe-Sn複合膜で1.523 mVとなり、過電圧(η10)はη10=1.523-1.23で293 mVとなる。同様に他の複合膜の過電圧も計算すると、Ni-Fe-Sn複合膜(η10=293 mV)<Ni-Fe複合膜(η10=303 mV)<Ni-Sn複合膜(η10=337 mV)<Ni膜(η10=351 mV)の順となり、Ni-Fe-Sn複合膜を形成するNi-Fe-Sn電極の酸素触媒活性が最も優れていることが確認できた。
したがって、本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極は、他の非貴金属電極を備える従来技術に比較して、陽極の酸素発生反応に顕著に優れた効果を発揮する。
【0025】
<本実施の形態と従来技術に係る複合膜の水素過電圧の測定比較>
図5を参照しながら、各複合膜の触媒性能を比較するために、本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の複合膜と従来技術に係るNi-Fe電極とNi-Sn電極の複合膜及びNi膜の水素過電圧を測定し比較した結果について説明する。
図5は本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の複合膜、従来技術に係るNi-Fe電極及びNi-Sn電極の複合膜と、bareNiに対するLSV測定を実施した結果をまとめたグラフである。LSV測定は、1.0 MのKOHの水溶液中で、1 mV/sのスキャン速度で開回路電位から実行した。過電圧(η)は、水素発生理論電位が0 V(vsRHE)であるため、電流密度10 mA/cmに到達するまでに要する電位の絶対値を採用した。この水素過電圧も低いほど触媒性能が高いとして評価できる。
図5において、電流密度10 mA/cmにおける水素過電圧(η10)はNi-Fe-Sn複合膜(η10=15 mV)<Ni-Sn複合膜(η10=76 mV)<Ni-Fe複合膜(η10=170 mV)<bareNi(η10=271 mV)の順となり、Ni-Fe-Sn複合膜を形成するNi-Fe-Sn電極の水素触媒活性が最も優れていることが確認できた。
したがって、本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極は、他の非貴金属電極を備える従来技術に比較して、陰極の水素発生反応にも顕著に優れた効果を発揮する。
【0026】
<本実施の形態と従来技術に係る複合膜の耐久性の評価>
図6を参照しながら、各複合膜の耐久性能を比較するために、本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の複合膜と従来技術に係るNi-Fe電極とNi-Sn電極の複合膜に対し、クロノアンペロメトリー解析を実施して耐久性能を比較した結果について説明する。クロノアンペロメトリー解析では、電流密度400 mA/cmで18時間、電流密度500 mA/cmで18時間、電流密度600 mA/cmで18時間、電流密度700 mA/cmで18時間、電流密度800 mA/cmで58時間、合計130時間、定電流測定を行い、電位変動を記録した。
図6は、本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の複合膜、Ni-Fe電極及びNi-Sn電極の複合膜の定電流測定(クロノアンペロメトリー解析)結果を示すグラフである。図6の横軸は時間(h)であり縦軸は電位を示している。図6からNi-Fe-Sn複合膜では測定時間中の電位の増加が少なく、Ni-Fe複合膜やNi-Sn複合膜のように電流密度700 mA/cmを超えた時点(横軸の72 hを超えた時点)からの急激な電位の増加現象も見られず、耐久性能が最も高いことが確認でき、最大で130 時間の継続運転が可能であることも確認できた。
さらに、Ni-Fe複合膜及びNi-Sn複合膜では、測定当初からNi-Fe-Sn複合膜よりも電位が高く、また、1時間当たりにおける電位の増加量もNi-Fe-Sn複合膜よりも大きく、前述のとおり700 mA/cmを超えた時点から急激に電位が増加して制御不能となる等の不具合が生じた。
したがって、本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極は、他の非貴金属電極を備える従来技術に比較して、耐久性にも顕著に優れた効果を発揮する。
【0027】
<本実施の形態と従来技術に係る複合膜の商用条件における性能評価>
商用条件での電解を模擬した水電解システムを構築し、前述の製造方法によって得られたNi-Fe-Sn電極をNi電極に代えてアノード(陽極)に使用した際と、Ni電極に代えてカソード(陰極)に使用した際の二極式電極セルの電解電圧の値を、従来技術に係るNi-Fe電極とNi-Sn電極及びNi電極と比較しながら評価した。
まず、図7(a)に商用条件での電解を模擬した水電解システムの構成概念図と、図7(b)に製作した実際の水電解システムの写真を示す。
図7(a)において、本評価の装置として、溶液抵抗を最小限に抑えるため、隔膜(日本アグフアマテリアルズ社製 Zirfon perl UTP 500)に電極を押し付け、隔膜と電極との距離を小さくしたゼロギャップ構造の電解セルを採用した。
その内部構造は、陰極室(Cathode cell)、陰極の集電体(Current collector)、クッション材(Ni mesh for cushioning)、陰極(Cathode)、隔膜(Diaphragm)、陽極(Anode)、陽極の集電体(Current collector)、陽極室(Anode cell)と並び、クッション材が陰極を隔膜へ押し付ける役割を果たし、ゼロギャップ構造が構築される仕組みとなっている。
KOH溶液は、溶液タンク(図7(b)のKOH tank)から電磁駆動定量ポンプ(イワキ社製 EHNC-BR;図7(b)のPump)を用いて極室へ供給され、再び溶液タンクへ排出される構造となっている。
なお、商用条件を再現するため、30 wt%のKOH溶液を作製し、恒温槽(アズワン社製 TR-1)を用い、80 ℃に常時保温された溶液を極槽内へ供給することとした。両極室の上下には、KOH溶液の供給及び排出用のフランジが設けられており、供給用の極室下部のフランジと電磁駆動定量ポンプ、排出用の極室上部のフランジと溶液タンクの間はPTFEチューブにより接続されている。排出用の極室上部のフランジ(図7(a)のFlange)と溶液タンクの間のPTFEチューブは二又となっているが、これは運転中、極室内部で発生した気体を極室外へ排出するためである。本評価装置の接液部分の材質は、KOH溶液タンク、溶液送入のためのPTFEチューブ、隔膜を除き全てbareNiとした。
【0028】
評価方法を以下に説明する。本評価装置の運転は、電解電圧の測定時を除き、セル電流密度を常時100 mA/cmに保持し、3日間の連続運転を行った。電解電圧の測定は、両極槽の集電体にデジタルマルチメーターを接触させ、その際に表示される電圧値の値をセル電流密度(100,200,300,400,500,600 mA/cm)ごとに計測することとした。電流密度の調整は、直流電源(菊水電子工業社製 PAS10-35)を用いた。電解電圧の測定回数は、所定の時間(10時と15時)に1日2回実施し、3日間の合計である計6回分の電圧値の平均値をセルの電解電圧値とした。
【0029】
図8及び図9を参照しながら電解電圧の測定値について説明する。図8は本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極、Ni-Fe電極及びNi-Sn電極を二極式電極セルの陽極に用いた商用条件での電極性能評価結果を示すグラフであり、図9は同様に陰極に用いた商用条件での電極性能評価結果を示すグラフである。
商用条件での電解を模擬した本水電解システムでは、電流密度を制御し、各電流密度における電圧値をそれぞれの電極に対して測定した。図4図5に示された結果は実験室レベルでの性能評価となるが、温度80 ℃、KOH濃度30 wt%と商用条件である極環境での試験となる。
各電極における電解電圧の値は、図8の陽極ではNi-Fe-Sn電極<Ni-Fe電極<Ni-Sn電極<Ni電極の順となり、Ni-Fe-Sn電極が全てのセル電流密度において最も低い電解電圧の値を示した。
また、図9の陰極においてもNi-Fe-Sn電極<Ni-Sn電極<Ni-Fe電極<Ni電極の順となり、やはりNi-Fe-Sn電極が全てのセル電流密度において最も低い電解電圧の値を示した。
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構では水電解においてセル電流密度600 mA/cmにて1.8 V以下の電解電圧となるようなセルの構築を目標として掲げており、陽極としてのNi-Fe-Sn電極は1.81 Vと+10 mV高い性能まで迫っていることがわかる。すなわち、他の非貴金属電極を備える従来技術に貴金属電極を含めて比較しても、特に陽極としての顕著な触媒活性に基づく有用性を明確に示している。
【0030】
<めっき電流密度の異なるNi-Fe-Sn複合膜の作製>
次に、本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の複合膜を、めっき電流密度を変化させて作製して比較する。
めっき浴組成は図1を参照しながら説明したNi-Fe-Sn電極の製造方法における組成と同一の組成を用い、pHの調整方法も同一である。めっきも浴温度を50 ℃として同一の条件で常時攪拌しながら行った。また、電解条件は、電流密度を10,20,30,40,60,80,100 mA/cmで各2時間めっきした。得られたNi-Fe-Sn複合膜の組成は、エネルギー分散型成分分析装置によって定量した。
7種類のめっき電流密度で作製したNi-Fe-Sn複合膜の組成に関する成分分析結果を表1に示す。表1からめっき電流密度が少なくとも30 mA/cm以上でFeが含有されることがわかる。表1から明らかなとおり、Feが含有されることで酸素過電圧が低下している。特に、めっき電流密度が40 mA/cmで更に大きく酸素過電圧が低下し、結晶子サイズが急激に小さくなっている。
したがって、高い触媒活性を得るためには、特にFeの含有率が重要であると考えられ、その値は約3質量%以上である必要と考えられる。一方、上限値は特に定める必要はないとも考えられるが、NiやSnの含有率からすれば15%程度が妥当と考えられる。また、表1から理解されるとおり、Niの含有率は50 ~ 65質量%、Snの含有率は30 ~ 50質量%である必要がある。
このような含有比率を備えたNi-Fe-Sn複合膜でなければ電解中に生じるNiOOHの高い電気伝導率が得られず、NiFe含有による高い触媒活性は得られない。また、Snの含有率(30 ~ 50質量%)に示すとおりでなければ電極表面の凹凸を増大させる効果と耐久性を有する効果の両方を満足させることができない。
一方、電流密度が100 mA/cm以上の範囲では成膜した複合膜自体が高電流密度で作製した際によく見受けられる不良めっき特有の「焦げ」を形成するため十分な活性が得られない。
【0031】
【表1】
【0032】
7種類のめっき電流密度で作製したNi-Fe-Sn複合膜の(102)面における結晶子サイズを算出した結果を表1に示すが、めっき電流密度が増加するにつれて結晶子サイズが減少することがわかった。また、その値は、めっき電流密度100 mA/cmにおいて、17.1 Åと最小の値を有することがわかった。
結晶子サイズは微細化されるほどECSAが増大して反応場が増大するのでより小さい方が望ましいが、100 Å以下であればよく、100 Åよりも大きくなるとECSAが増大せず、過電圧の低減には至らない。より好ましい結晶子サイズは後述するNi-Fe-Sn複合膜の酸素過電圧として大きく減少しているめっき電流密度40 mA/cm近傍の結晶子サイズである30 Åから焦げを生じないめっき電流密度である100 mA/cm近傍の結晶子サイズである15 Åである。
【0033】
<本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の複合膜の酸素過電圧の測定比較>
図10は本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の複合膜でめっき時の電流密度を変化させた場合の酸素過電圧測定のためのLSV測定結果を示すグラフである。
Ni-Fe-Sn複合膜の酸素過電圧(η)の算出は、前述のとおり電流密度10 mA/cmに到達するまでに要する電位をη10=E(RHE)-1.23 V(酸素発生理論電位)で計算した。その結果、80 mA/cm(η10=293 mV)<100 mA/cm(η10=296 mV)<60 mA/cm10=302mV)<40 mA/cm10=320 mV) <30 mA/cm10=346 mV)<10 mA/cm10=362 mV)<20 mA/cm10=366 mV)の順となり、40 mA/cmから急激に過電圧が減少していることがわかる。これは、40 mA/cm以降、Feが十分に複合膜中に含有され、膜中の結晶子サイズが微細化し、反応場が増加したためと考えられる。
したがって、Ni-Fe-Sn電極の複合膜の成膜工程におけるめっき電流密度としては40 ~ 100 mA/cmが望ましいと考えられる。
【0034】
<電気化学的活性表面積の測定>
本実施の形態に係るNi-Fe-Sn電極の複合膜のECSAは、Cdlに基づいて算出した。Cdlの算出には、CV測定を用い、0 ~ 0.1 V(vs. Hg/HgO)の電位範囲で2 ~ 10 mV/sのスキャンレートで電流応答を測定した。図11図14にその結果を示す。そして、各スキャンレートにおける電流密度(j= janodic+|j|cathodic/2)をプロットし、その傾きをCdlとした(図15)。
図15に示すとおり、めっき電流密度が10 mA/cmでCdl=1.8 mF/cm、20 mA/cmでCdl=3.9 mF/cm、30 mA/cmでCdl=2.0 mF/cm、40 mA/cmでCdl=5.6 mF/cm、60 mA/cmでCdl=10.6 mF/cm、80 mA/cmでCdl=11.5 mF/cm、100 mA/cmでCdl=16.3 mF/cmとなった。
ECSAは式(1)を用いて算出した。
ECSA=Cdl/C (1)
ここでのCは比静電容量であり、1.0 M KOHにおいて0.040 mF/cmの値を使用した。また、めっき膜重量として、めっき電流密度10 mA/cm時で0.0115g、めっき電流密度20 mA/cm時で0.0115g、めっき電流密度30 mA/cm時で0.0125g、めっき電流密度40 mA/cm時で0.0143g、めっき電流密度60 mA/cm時で0.0141g、めっき電流密度80 mA/cm時で0.0134g、めっき電流密度10 mA/cm時で0.0142gを使用した。
その結果、ECSAはめっき電流密度が増加するにつれ増大し、最大で、めっき電流密度100 mA/cmの場合において2.9 m/gと算出された。また、めっき電流密度とECSAの対応は、それぞれ、10 mA/cmで0.4 m/g 、20 mA/cmで0.8 m/g、30 mA/cmで0.4 m/g、40 mA/cmで1.0 m/g、60 mA/cmで1.9 m/g、80 mA/cmで2.1 m/gとなった。これはめっき電流密度が増加するにつれ結晶子サイズが微細化することと一致し、Feが含有されることにより、反応場が増大したことが明らかと言える。
【0035】
<Ni-Fe-Sn電極の複合膜の前駆体の違いによる比較>
1)組成濃度の比較
本実施の形態においては、図1を参照しながら説明したとおり、前駆体として塩化物を使用しているが、非特許文献1で開示された技術と同様に比較対象として硫化物を使用した場合について説明する。
まず、前駆体として硫酸塩を用いたNi-Fe-Sn複合膜の作製に用いためっき浴組成は、前述の塩酸塩を用いためっき浴組成のうち、NiCl・6HOに代えてNiSO・6HO(硫酸ニッケル6水和物)とし、FeCl・2HOに代えてFeSO・7HO(硫酸鉄7水和物)とした以外はモル濃度も含めて同一とした。さらに、pHの調整方法も同一であり、めっき浴温度50 ℃及びめっき処理時の80 mA/cmの電流密度と2時間の処理時間も同一である。
得られたNi-Fe-Sn複合膜の組成をエネルギー分散型成分分析装置によって定量した結果、Ni、Fe及びSnの合計組成濃度を100 質量%としたとき、Fe含有量は1.22 質量% 、Ni含有量は59.95 質量%、Sn含有量は38.81 質量%であった。但し、Fe含有量の1.22 質量%はFeが検出された箇所での数値であり、検出されない部分の方が多くを占めていた。
前駆体が塩化物の場合のFe含有量が5.32 質量%であるのに対し、硫化物の場合は検出されない部分も多く、検出された箇所でも1.22 質量%と特に低く、反応場が増大せず十分な触媒活性は発揮されない可能性が高い。
【0036】
2)酸素過電圧の比較
次に、図16に前駆体を塩化物にした場合と硫化物にした場合のそれぞれで作製されたNi-Fe-Sn電極の複合膜に対する酸素過電圧測定のためのLSV測定結果のグラフを示す。
硫酸塩を前駆体として作製したNi-Fe-Sn複合膜の酸素過電圧(η)の算出も同様に、電流密度10 mA/cmに到達するまでに要する電位をη10=E(RHE)-1.23 V(酸素発生理論電位)で計算した。その結果、酸素過電圧η10=310 mVとなっており、塩化物を前駆体として作製したNi-Fe-Sn複合膜の酸素過電圧η10=293 mVよりも17 mV高く、触媒性能が低下していたことがわかった。
すなわち、前駆体が硫酸塩(硫化物)の場合には、十分に優位な効果は発揮することができず、高い触媒活性を発揮させるためには前駆体は塩化物であることが望ましいことが判明した。
【0037】
3)電気化学的活性表面積(ECSA)の比較
次に、前駆体に硫化物を用いたNi-Fe-Sn電極の複合膜(めっき電流密度80 mA/cm)のECSAは、前駆体に塩化物を用いたNi-Fe-Sn複合膜と同様にCdlに基づいて算出した。Cdlの算出には、CV測定を用い、0 ~ 0.1 V(vs. Hg/HgO)の電位範囲で2 ~ 10 mV/sのスキャンレートで電流応答を測定した。図17にその結果を示す。そして、各スキャンレートにおける電流密度(j= janodic+|j|cathodic/2)をプロットし、その傾きをCdlとした(図18)。
図18に示されるとおりCdlは3.3 mF/cmであり、ECSAは塩化物の場合と同様に式(1)を用いて算出した。
として、1.0 M KOHにおいて0.040 mF/cmの値を使用し、めっき膜重量が0.0145gであることからECSAは0.52 m/gと算出された。
前駆体が塩化物の場合では、めっき電流密度が80 mA/cmで成膜されたNi-Fe-Sn複合膜におけるECSAが2.1 m/gであり、前駆体を硫化物として成膜したNi-Fe-Sn複合膜よりも格段に大きな数値であることが理解でき、反応場の拡大と高い触媒活性も期待できる。
【0038】
以上1)から3)で述べたとおり、Ni-Fe-Sn電極の複合膜の前駆体の違いによって、Fe含有量、酸素過電圧及びECSAのいずれも顕著な差が生じており、前駆体として硫化物よりも塩化物で成膜する方が十分に高い触媒性能を発揮させることができると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
以上説明したとおり、請求項1乃至請求項5に記載された発明は水電解用の電極及び燃料電池の電極やその製造方法として広く利用することが可能である。
図1
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