IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人 岡山大学の特許一覧

特開2023-97830非晶性炭素及びその製造方法、並びに、階層状カーボン系被膜層及びその製造方法
<>
  • 特開-非晶性炭素及びその製造方法、並びに、階層状カーボン系被膜層及びその製造方法 図1
  • 特開-非晶性炭素及びその製造方法、並びに、階層状カーボン系被膜層及びその製造方法 図2
  • 特開-非晶性炭素及びその製造方法、並びに、階層状カーボン系被膜層及びその製造方法 図3
  • 特開-非晶性炭素及びその製造方法、並びに、階層状カーボン系被膜層及びその製造方法 図4
  • 特開-非晶性炭素及びその製造方法、並びに、階層状カーボン系被膜層及びその製造方法 図5
  • 特開-非晶性炭素及びその製造方法、並びに、階層状カーボン系被膜層及びその製造方法 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023097830
(43)【公開日】2023-07-10
(54)【発明の名称】非晶性炭素及びその製造方法、並びに、階層状カーボン系被膜層及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/04 20060101AFI20230703BHJP
   C01B 32/05 20170101ALI20230703BHJP
【FI】
C30B29/04 V
C01B32/05
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021214162
(22)【出願日】2021-12-28
(71)【出願人】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村岡 祐治
【テーマコード(参考)】
4G077
4G146
【Fターム(参考)】
4G077AA03
4G077AB05
4G077AB10
4G077BA03
4G077EJ04
4G077HA08
4G146AA05
4G146AB07
4G146AD26
4G146BA01
4G146CB16
(57)【要約】
【課題】新規な高sp分率非晶性炭素の製造方法及び高sp分率非晶性炭素、並びに新規な階層状カーボン系被膜層の製造方法及び階層状カーボン系被膜層等を提供する。
【解決手段】ダイヤモンドライクカーボン(以下「DLC」という)層を備える被膜層に対して紫外線の照射を行う工程(1)を含む、高sp分率非晶性炭素の製造方法であって、
(A)前記被膜層の飽和磁化を測定し、前記飽和磁化を指標とし、
(B)前記DLC層のsp分率及び前記紫外線の照射量を変数として制御される、
高sp分率非晶性炭素の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンドライクカーボン(以下「DLC」という)層を備える被膜層に対して紫外線の照射を行う工程(1)を含む、高sp分率非晶性炭素の製造方法であって、
(A)前記被膜層の飽和磁化を測定し、前記飽和磁化を指標とし、
(B)前記DLC層のsp分率及び前記紫外線の照射量を変数として制御される、
高sp分率非晶性炭素の製造方法。
【請求項2】
前記高sp分率非晶性炭素は、sp分率が60%以上100%未満である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記高sp分率非晶性炭素は、飽和磁化10emu/cm以上である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記工程(1)に次いで、前記工程(1)により形成された、前記DLCよりもsp構造を多く含む低sp分率非晶性炭素/該低sp分率非晶性炭素よりもsp構造を多く含む高sp分率非晶性炭素の複合体からなる前記被膜層から高sp分率非晶性炭素を分離する工程(2)を含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記工程(1)において、
(1-1)前記DLC層のsp分率は30%未満、かつ、前記紫外線の照射量は0.5J/cm以上、
又は、
(1-2)前記DLC層のsp分率は30%以上、かつ、前記紫外線の照射量は1.0J/cm以下、
で行われる、請求項1~4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
DLC層を備える被膜層に対して紫外線の照射を行う工程(1)により得られる高sp分率非晶性炭素であって、
(A)前記被膜層の飽和磁化を測定し、前記飽和磁化を指標とし、
(B)前記DLC層のsp分率及び前記紫外線の照射量を変数として制御され、
sp分率が60%以上100%未満である、高sp分率非晶性炭素。
【請求項7】
前記高sp分率非晶性炭素は、飽和磁化10emu/cm以上である、請求項6記載の高sp分率非晶性炭素。
【請求項8】
前記工程(1)において、
(1-1)前記DLC層のsp分率は30%未満、かつ、前記紫外線の照射量は0.5J/cm以上、
又は、
(1-2)前記DLC層のsp分率は30%以上、かつ、前記紫外線の照射量は1.0J/cm以下、
で行われる、請求項6又は7記載の高sp分率非晶性炭素。
【請求項9】
前記工程(1)に次いで、前記工程(1)により形成された、前記DLCよりもsp構造を多く含む低sp分率非晶性炭素/該低sp分率非晶性炭素よりもsp構造を多く含む高sp分率非晶性炭素の複合体からなる前記被膜層から高sp分率非晶性炭素を分離する工程(2)により得られる、請求項6~8のいずれか1項に記載の高sp分率非晶性炭素。
【請求項10】
基材表面に設けられたカーボン系被膜層に対して紫外線の照射を行う工程(3)を含む、階層状カーボン系被膜層の製造方法であって、
(C)紫外線照射後の前記被膜層の飽和磁化を測定し、前記飽和磁化を指標とし、前記基材表面側の高sp分率非晶性炭素の形成が確認されるまで紫外線照射を行い、
(D)前記基材表面側の高sp分率非晶性炭素層から該高sp分率非晶性炭素よりもsp構造を少なく含む低sp分率非晶性炭素層までの階層、あるいは高sp分率非晶性炭素層からダイヤモンド層までの階層を形成させる、
階層状カーボン系被膜層の製造方法。
【請求項11】
基材表面に設けられたカーボン系被膜層に対して紫外線の照射を行う工程(3)により得られる階層状カーボン系被膜層であって、
(C)紫外線照射後の前記被膜層の飽和磁化を測定し、前記飽和磁化を指標とし、前記基材表面側の高sp分率非晶性炭素の形成が確認されるまで紫外線照射を行い、
(D)前記基材表面側の高sp分率非晶性炭素層から該高sp分率非晶性炭素よりもsp構造を少なく含む低sp分率非晶性炭素層までの階層、あるいは高sp分率非晶性炭素層からダイヤモンド層までの階層を形成させる、
階層状カーボン系被膜層。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高sp分率を有する非晶性炭素及びその製造方法、並びに、階層状カーボン系被膜層及びその製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
Qカーボン(quenched carbon)は2015年にノースカロライナ大学から報告された新しい炭素同素体であり、高いsp分率を有し、室温強磁性、わずかなエネルギーでの発光、ダイヤモンドを凌ぐ硬度、ホウ素ドープ(添加)による超伝導等の従前にない特性を有する物質として注目されつつある(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
上記のQカーボンを作製する方法では、原料のダイヤモンドライクカーボン(以下、「DLC」という)に照射するための紫外光光源としてArFエキシマレーザー(波長193nm、パルス幅20ns)が用いられおり、またその製造過程における操作も非常に難しく、これまで他の研究グループで上記Qカーボンを再現することが非常に困難であった。ここで、DLCは、一般にsp結合とsp結合が混在した非磁性の非晶性の炭素をいう。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】J.Narayanほか,J.App.Phys.118,215303(2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような事情に照らし、新規な高sp分率非晶性炭素の製造方法及び高sp分率非晶性炭素等を提供することを目的とする。
【0006】
また、本発明は、新規な階層状カーボン系被膜層の製造方法及び階層状カーボン系被膜層等提供すること等を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究した結果、新規な高sp分率非晶性炭素の製造方法等を見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は以下の高sp分率非晶性炭素の製造方法を提供する。
【0009】
[1]
DLC層を備える被膜層に対して紫外線の照射を行う工程(1)を含む、高sp分率非晶性炭素の製造方法であって、
(A)上記被膜層の飽和磁化を測定し、上記飽和磁化を指標とし、
(B)上記DLC層のsp分率及び上記紫外線の照射量を変数として制御される、
高sp分率非晶性炭素の製造方法。
【0010】
[2]
上記高sp分率非晶性炭素は、sp分率が60%以上100%未満である、[1]に記載の製造方法。
【0011】
[3]
上記高sp分率非晶性炭素は、飽和磁化10emu/cm以上である、[1]又は[2]に記載の製造方法。
【0012】
[4]
上記工程(1)において、
(1-1)上記DLC層のsp分率は30%未満、かつ、上記紫外線の照射量は0.5J/cm以上、
又は、
(1-2)上記DLC層のsp分率は30%以上、かつ、上記紫外線の照射量は1.0J/cm以下、
で行われる、[1]~[3]のいずれか1に記載の製造方法。
【0013】
[5]
上記工程(1)に次いで、上記工程(1)により形成された、上記DLCよりもsp構造を多く含む低sp分率非晶性炭素/該低sp分率非晶性炭素よりもsp構造を多く含む高sp分率非晶性炭素の複合体からなる上記被膜層から高sp分率非晶性炭素を分離する工程(2)を含む、[1]~[4]のいずれか1に記載の製造方法。
【0014】
また、本発明は以下の高sp分率非晶性炭素を提供する。
【0015】
[6]
DLC層を備える被膜層に対して紫外線の照射を行う工程(1)により得られる高sp分率非晶性炭素であって、
(A)上記被膜層の飽和磁化を測定し、上記飽和磁化を指標とし、
(B)上記DLC層のsp分率及び上記紫外線の照射量を変数として制御され、
sp分率が60%以上100%未満である、高sp分率非晶性炭素。
【0016】
[7]
上記高sp分率非晶性炭素は、飽和磁化10emu/cm以上である、[6]記載の高sp分率非晶性炭素。
【0017】
[8]
上記工程(1)において、
(1-1)上記DLC層のsp分率は30%未満、かつ、上記紫外線の照射量は0.5J/cm以上、
又は、
(1-2)上記DLC層のsp分率は30%以上、かつ、上記紫外線の照射量は1.0J/cm以下、
で行われる、[6]又は[7]記載の高sp分率非晶性炭素。
【0018】
[9]
上記工程(1)に次いで、上記工程(1)により形成された、上記DLCよりもsp構造を多く含む低sp分率非晶性炭素/該低sp分率非晶性炭素よりもsp構造を多く含む高sp分率非晶性炭素の複合体からなる上記被膜層から高sp分率非晶性炭素を分離する工程(2)により得られる、[6]~[8]のいずれか1に記載の高sp分率非晶性炭素。
【0019】
また、本発明は以下の階層状カーボン系被膜層の製造方法を提供する。
【0020】
[10]
基材表面に設けられたカーボン系被膜層に対して紫外線の照射を行う工程(3)を含む、階層状カーボン系被膜層の製造方法であって、
(C)紫外線照射後の上記被膜層の飽和磁化を測定し、上記飽和磁化を指標とし、上記基材表面側の高sp分率非晶性炭素の形成が確認されるまで紫外線照射を行い、
(D)上記基材表面側の高sp分率非晶性炭素層から該高sp分率非晶性炭素よりもsp構造を少なく含む低sp分率非晶性炭素層までの階層、あるいは高sp分率非晶性炭素層からダイヤモンド層までの階層を形成させる、
階層状カーボン系被膜層の製造方法。
【0021】
また、本発明は以下の階層状カーボン系被膜層を提供する。
【0022】
[11]
基材表面に設けられたカーボン系被膜層に対して紫外線の照射を行う工程(3)により得られる階層状カーボン系被膜層であって、
(C)紫外線照射後の上記被膜層の飽和磁化を測定し、上記飽和磁化を指標とし、上記基材表面側の高sp分率非晶性炭素の形成が確認されるまで紫外線照射を行い、
(D)上記基材表面側の高sp分率非晶性炭素層から該高sp分率非晶性炭素よりもsp構造を少なく含む低sp分率非晶性炭素層までの階層、あるいは高sp分率非晶性炭素層からダイヤモンド層までの階層を形成させる、
階層状カーボン系被膜層。
【発明の効果】
【0023】
本発明の高sp分率非晶性炭素の製造方法を用いることにより、従来製造が極めて困難であった高sp分率の非晶性炭素を簡易な設備等により、簡便に製造することが可能となる。また、指標とする飽和磁化の変化を追跡することによって、製造工程における「高sp分率非晶性炭素」の作製状態の把握及び作製物のsp分率の推定を行うことが可能となる。さらに、高sp分率非晶性炭素の高い強度特性を利用し、簡便な方法で紫外線照射後の被膜層からの分離を行い純度の高い高sp分率非晶性炭素を取り出すことができる。
【0024】
また、本発明の高sp分率非晶性炭素を用いることにより、DLCよりもsp分率が高く、高飽和磁化を有する炭素材を提供することができる。例えば、その室温強磁性等の特性を利用した応用使用が可能となる。
【0025】
また、本発明の階層状カーボン系被膜層の製造方法を用いることにより、「低sp分率非晶性炭素」層から「高sp分率非晶性炭素」層までの階層状カーボン系被膜層、あるいは「ダイヤモンド」層から「高sp分率非晶性炭素」層までの階層状カーボン系被膜層を作製することができる。さらに各層から「低sp分率非晶性炭素」、「高sp分率非晶性炭素」やダイヤモンド等を取り出すだけではなく、これらの混合物あるいは各層が混成された混成物として取り出すことによって、種々の結晶構造や高い飽和磁化を有する炭素材を作製ことができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】高sp分率非晶性炭素層の作製方法を示す概念図である。
図2】紫外線の照射後の試料(DLC被膜層)のsp分率と飽和磁化の相関を例示するチャートである。
図3】実施例におけるグラファイトターゲット及びDLC膜のラマンスペクトル測定のチャートである。
図4】実施例において得られた各膜の飽和磁化測定のチャートである。
図5】実施例における粘着テープ試験前後の膜の磁化曲線のチャートである。
図6】実施例における紫外線照射量と照射後の試料の飽和磁化の関係を検証した結果を例示するチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施形態について、詳細に説明するが、本発明はこれらの実施形態に限定されるものではない。
【0028】
〔高sp分率非晶性炭素の製造方法〕
本発明の高sp分率非晶性炭素の製造方法は、DLC層を備える被膜層に対して紫外線の照射を行う工程(1)を含み、
(A)上記被膜層の飽和磁化を測定し、上記飽和磁化を指標とし、
(B)上記DLC層のsp分率及び上記紫外線の照射量を変数として制御される
ことを特徴とする。
【0029】
具体的には、図1に例示するように、基材10に配設されたDLC層20を備える被膜層に対して紫外線の照射30を行う工程(a)を含み、上記被膜層中のDLC層20が液体炭素状態40となり(b)、それが放熱して非晶性の炭素に再構成される過程を経て、基材表面側の高sp分率非晶性炭素層50及びその上層に高sp分率非晶性炭素よりもsp構造を少なく含む低sp分率非晶性炭素層60が形成され(c)、さらに上記上層においてダイヤモンド層70が形成される(d)。
【0030】
上記高sp分率非晶性炭素の製造方法を用いることにより、従来製造が極めて困難であった高sp分率非晶性炭素を簡易な設備等により、簡便に製造することが可能となる。また、指標とする飽和磁化の変化を追跡することによって、製造工程における「高sp分率非晶性炭素」の作製状態の把握及び作製物のsp分率の推定を行うことが可能となる。
【0031】
本発明において、高sp分率非晶性炭素とは、後述するように、sp構造とsp構造を含む非晶性の炭素であって、DLCを基に作製され、DLCよりもsp分率が高いものをいう。このとき「sp分率」は、後述するように、60%以上100%未満であるものが好ましい。また、上記高sp分率非晶性炭素は、後述するように、飽和磁化10emu/cm以上が好ましい。
【0032】
上記sp分率としては、例えば、sp分率60%以上の非晶性炭素であり得、61%以上、62%以上、63%以上、64%以上、65%以上、66%以上、67%以上、68%以上、69%以上、70%以上、71%以上、72%以上、73%以上、74%以上、75%以上、76%以上、77%以上、78%以上、79%以上、80%以上、81%以上、82%以上、83%以上、84%以上、85%以上、86%以上、87%以上、88%以上、89%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上等であってもよい。また、上記sp分率としては、100%未満であればよく、例えば、99.9%以下、99.8%以下、99.7%以下、又は99.5%以下等であってもよい。
【0033】
また、上記高sp分率非晶性炭素は、例えば、磁化率10emu/cm以上の非晶性炭素であり得、20emu/cm30emu/cm以上、40emu/cm以上、50emu/cm以上、60emu/cm以上、70emu/cm以上、80emu/cm以上、90emu/cm以上、100emu/cm以上、110emu/cm以上、120emu/cm以上、130emu/cm以上、140emu/cm以上、150emu/cm以上、160emu/cm以上、170emu/cm以上、180emu/cm以上、190emu/cm以上、又は200emu/cm以上であってもよい。また、上記磁化率としては、上限値は特に制限がなく、例えば、10000emu/cm以下、5000emu/cm以下、3000emu/cm以下、1000emu/cm以下、又は500emu/cm以下等であってもよい。
【0034】
上記高sp分率非晶性炭素の製造方法は、DLC層を備える被膜層に対して紫外線の照射を行う工程(1)を含む。
【0035】
DLC層を備える被膜層は、通常、基材表面に設けられる。上記被膜層は、塗布や転写等、適宜公知の手段を用いて達成することができる。
【0036】
上記DLCは、sp結合性とsp結合性の両者を有する炭素原子の骨格構造を有する。DLCは、一般にsp結合とsp結合が混在した非磁性の非晶性の炭素をいう。上記DLC層は、後述するように、本発明においてはグラファイト材から作成したものを用いたが、本発明の作用効果を奏し得るものであれば、公知にものを特に制限なく用いることができる。
【0037】
上記DLC層は、上記DLCが層状になっているものであれば、公知にものを特に制限なく用いることができる。基板上に数十nm~数μmのDLCの薄層を形成することによって、層内への紫外線の照射を効率よく行うことができる。
【0038】
上記基材として、紫外線照射工程で変質や変性、劣化等しないものであれば特に限定せず公知の基板などが用いることができる。例えば、サファイア、石英、ガラス、ポリマー、プラスチック、炭化タングステン、シリコン、銅、ステンレス鋼、又は窒化チタン等の基板が挙げられる。
【0039】
本発明は、こうして作製された高sp分率非晶性炭素層中のsp分率と飽和磁化の相関を基に、
(A)上記被膜層の飽和磁化を測定し、上記飽和磁化を指標とし、
(B)上記DLC層のsp分率及び上記紫外線の照射量を変数として制御される
ことによって、製造工程における「高sp分率非晶性炭素」の作製状態の把握及び作製物のsp分率の推定を行うことが可能となる。
【0040】
上記(A)において、上記被膜層の飽和磁化の測定は、製造工程における連続測定あるいは製造工程の中間におけるバッチ測定を問わない。例えば前者について、上記被膜層の表面の上方等から測定され、例えば、高sp分率非晶性炭素の上部、下部、又はその両方に、高sp分率ではない非晶性炭素等の層が含まれる場合であっても、上記被膜層全体を測定するものである。
【0041】
また、上記(A)において、上記「飽和磁化を指標とし」とは、上記被膜層中に上記高sp分率非晶性炭素が生成され、増加するに伴い上昇する被膜層の飽和磁化の変化を追跡することによって、被膜層中の高sp分率非晶性炭素の生成量を推定することができることをいう。つまり、上記被膜層の飽和磁化を測定してそれに基づき、上記(B)における制御条件を設定・調整することができること、及び/又は、上記高sp分率非晶性炭素の製造有無の確認等を行うことをいう。
【0042】
上記(B)における「上記DLC層のsp分率及び上記紫外線の照射量を変数として制御される」とは、後述するように、高sp分率非晶性炭素の生成量が上記被膜層に備えられる「DLC層のsp分率」と当該被膜層に照射される「紫外線の照射量」の両方に依存するものであり、これらを変数とし上記「飽和磁化を指標」としつつ、上記高sp分率非晶性炭素の製造に向けて制御することをいう。
【0043】
上記紫外線照射は、例えば、ArFエキシマレーザー(波長193nm)、KrFエキシマレーザー(波長248nm)等の公知のレーザー(パルスレーザー等含む)を本発明の条件下で適宜使用できる。なかでも特に、本発明では、空気中での減衰の少ない波長200nm以上のレーザーで、より設備的にも簡易で汎用性が高く、生産性に優れ、人体や環境にもより安全に使用できるKrFエキシマレーザーを用いることがより好ましい。
【0044】
上記紫外線は、例えば、150nm以上の波長域であり、160、170、180、190、200、210、220、230、又は240nm以上等の波長域であってもよい。
【0045】
上記紫外線照射は、例えば、0.1nsec以上のパルスレーザーによって行うことができ、0.2nsec以上、0.3nsec以上、0.5nsec以上、0.8nsec以上、0.9nsec以上、1.2nsec以上、1.4nsec以上、1.5nsec以上、1.8nsec以上、2.0nsec以上、3nsec以上、5nsec以上、8nsec以上、10nsec以上、15nsec以上、20nsec以上、又は25nsec以上等が挙げられる。
【0046】
上記紫外線照射は、例えば、200nm以上の波長域、かつ、20nsec以上のパルスレーザーによって行われることが好ましい。
【0047】
上記紫外線の照射量は、例えば、0.1J/cm以上で行うことができ、0.2J/cm以上、0.3J/cm以上、0.5J/cm以上、0.8J/cm以上、0.9J/cm以上、1.0J/cm以上、1.1J/cm以上、1.2J/cm以上、1.3J/cm以上、1.5J/cm以上、1.8J/cm以上、又は2.0J/cm以上等であってもよい。
【0048】
ここで、上記高sp分率非晶性炭素の生成量に対する「DLC層のsp分率」と「紫外線の照射量」の作用は、各変量の範囲において相違する。つまり、後述するように、高sp分率非晶性炭素の生成には、DLC層のsp分率が低い場合には、高い紫外線照射量を必要とし、DLC層のsp分率が高い場合には、低い紫外線照射量で十分であることとの知見が得られた。
【0049】
具体的には、上記工程(1)において、
(1-1)上記DLC層のsp分率は30%未満、かつ、上記紫外線の照射量は0.5J/cm以上、
又は、
(1-2)上記DLC層のsp分率は30%以上、かつ、上記紫外線の照射量は1.0J/cm以下、
で行われることが好ましい。
【0050】
上記(1-1)において、上記DLC層のsp分率は、例えば、29%未満、28%未満、27%未満、26%未満、25%未満、20%未満、15%未満、又は10%未満等であってもよい。
【0051】
また、上記(1-1)において、上記紫外線の照射量は、例えば、0.8J/cm以上、0.9J/cm以上、1.0J/cm以上、1.1J/cm以上、1.2J/cm以上、1.3J/cm以上、1.5J/cm以上、1.8J/cm以上、又は2.0J/cm以上等であってもよい。
【0052】
上記(1-2)において、上記DLC層のsp分率は、例えば、31%以上、32%以上、33%以上、34%以上、35%以上、又は40%以上等であってもよい。
【0053】
また、上記(1-2)において、上記紫外線の照射量は、例えば、0.9J/cm以下、0.85J/cm以下、0.8J/cm以下、又は0.75J/cm以下等であってもよい。
【0054】
また、本発明において、上記工程(1)に次いで、上記工程(1)により形成された、上記DLCよりもsp構造を多く含む低sp分率非晶性炭素/該低sp分率非晶性炭素よりもsp構造を多く含む高sp分率非晶性炭素の複合体からなる上記被膜層から高sp分率非晶性炭素を分離する工程(2)を含むことが好ましい。
【0055】
上記低sp分率非晶性炭素は、上記被膜層中に製造された高sp分率非晶性炭素以外の非晶性炭素層をいう。上記低sp分率非晶性炭素は、上記被膜層中の上記紫外線照射により低sp分率非晶性炭素となったものも、上記紫外線照射前から低sp分率非晶性炭素であったものも含み得る。
【0056】
上記工程(2)において、上記被膜層から高sp分率非晶性炭素を分離する方法は、特に制限されず公知に手法を適宜用いることができ得るが、例えば、後述するように、粘着剤付きのテープ(粘着テープ)により不要な上記低sp分率非晶性炭素部分等を剥離し、高sp分率非晶性炭素を分離する方法等が挙げられる。
【0057】
上記製造方法で得られた高sp分率非晶性炭素は、上記工程(2)等を用いることにより、上層の低sp分率非晶性炭素を除去でき、高sp分率非晶性炭素のみを簡易に取り出すことができる。また、後述するように、本発明において上層の低sp分率非晶性炭素は飽和磁化にほぼ影響を与えないことが分かり、上層除去後に飽和磁化を評価することで、高sp分率非晶性炭素を特定することが可能であるとの知見を得た。
【0058】
〔高sp分率非晶性炭素〕
本発明の高sp分率非晶性炭素は、
DLC層を備える被膜層に対して紫外線の照射を行う工程(1)により得られる高sp分率非晶性炭素であって、
(A)上記被膜層の飽和磁化を測定し、上記飽和磁化を指標とし、
(B)上記DLC層のsp分率及び上記紫外線の照射量を変数として制御され、
sp分率が60%以上100%未満である、
ことを特徴とする。
【0059】
本発明において、作製された高sp分率非晶性炭素層中のsp分率と飽和磁化の相関について検証した。
【0060】
磁化の起源はsp混成軌道の炭素と考えられる。sp結合のダングリングボンド(p軌道の不対電子)ひとつあたりの磁化は0.4μBと報告されているので、このことを用いて下記式1(式(1))より紫外線の照射後の試料のsp分率を見積もった。
【0061】
【数1】
式1において、
Ms:飽和磁化測定で得られた飽和磁気モーメント(emu/cm)、
9.27×10-21:cgsガウス系のボーア磁子μの値、
uc:ダイヤモンド単位格子の体積(45.38×10-24cm/unit cell)、
Z:単位格子内の炭素原子の数(8個)、
sp2:sp分率である。
【0062】
式1では、左辺はsp混成軌道炭素に関する原子数あたりの磁化(μ/atom)、右辺はsp結合をもつ炭素ひとつあたりの磁化の大きさ0.4(μ/atom)であり、これらが等しいとしている。飽和磁化が最大を示した試料(sp分率20%、紫外線の照射量1.0J/cm)の場合、飽和磁化の値は138emu/cmであるので、これを式1に代入するとsp分率fsp2は21%と求まる。sp以外はsp結合と考えるので、試料内のsp分率は
1-fsp2=79%
となる。
【0063】
この値は、非特許文献1において報告されている「Qカーボン」のsp分率の値とよく合っており、本発明においても当該「Qカーボン」と同等の高sp分率の非晶性炭素が得られていることを支持する結果となっている。
【0064】
図2に、式1を使って得られた紫外線の照射後の試料のsp分率と飽和磁化の関係をプロットした。ここで式1はsp分率の高い領域に適用している。sp分率が80%程度のときに飽和磁化は100emu/cmを超える大きな値となる。sp分率が増大すると飽和磁化は減少するが、これは磁化の起源であるsp結合のダングリングボンド量が減るためである。一方、sp分率が0から80%までの領域では、sp分率が80%以上の領域の変化とは異なると予想される。sp分率が比較的低い場合には磁化はほとんど発生しない。これはsp結合の多くが炭素六員環クラスターの形成に使われるために、sp結合にダングリングボンドが生じ難いからである。sp分率が増大していくと、sp結合の存在によりsp六員環クラスター形成が阻害され、その結果、sp結合にダングリングボンドが発生し始める。ダングリングボンドの量はsp分率に対して指数関数的に大きくなると考えられるため、磁化の値も同様に増大すると予想される。さらにsp分率が増加すると、sp結合が減るためにダングリングボンド量も減少し、飽和磁化はsp分率に対して高止まり(極大値)を示す。その後、80%以上の高sp分率の領域につながると予想される。sp分率の低い領域では、磁化が発現するための閾値が存在することやこの変化は出発原料DLCが非磁性のため出発原料のsp分率には依らず同じであることが想定される。
【0065】
上記作用効果が発現する作用機序は定かではないが、図1に示すように、上記被膜層中のDLC層が液体炭素状態となり、それが放熱して非晶性の炭素に再構成される過程において、上記「DLC層のsp分率」と「紫外線の照射量」の両方が作用し生成する高sp分率非晶性炭素の生成量に影響している。つまり、高sp分率非晶性炭素の製造において「DLC層のsp分率」と「紫外線の照射量」が重要な要素と推測される、数百ナノ秒等のごく短時間内での熱の操作性(過冷却度と急冷度の対処等)を格段に向上できることが関与していると推測しているが、本発明の権利範囲を当該推測した作用機序にのみ等に限定する意図ではない。
【0066】
本発明において、高sp分率非晶性炭素とは、sp構造とsp構造を含む非晶性の炭素であって、DLCを基に作製され、DLCよりもsp分率が高いものをいう。このとき「sp分率」は、60%以上100%未満であるものが好ましい。上記sp分率の範囲において、本発明によって得られる「高sp分率非晶性炭素」固有の特性の1つである高い飽和磁化を有する炭素材を確保することができる。
【0067】
上記sp分率としては、例えば、sp分率60%以上の非晶性炭素であり得、61%以上、62%以上、63%以上、64%以上、65%以上、66%以上、67%以上、68%以上、69%以上、70%以上、71%以上、72%以上、73%以上、74%以上、75%以上、76%以上、77%以上、78%以上、79%以上、80%以上、81%以上、82%以上、83%以上、84%以上、85%以上、86%以上、87%以上、88%以上、89%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上等であってもよい。また、上記sp分率としては、100%未満であればよく、例えば、99.9%以下、99.8%以下、99.7%以下、又は99.5%以下等であってもよい。
【0068】
また、上記高sp分率非晶性炭素は、例えば、磁化率10emu/cm以上の非晶性炭素であり得、20emu/cm30emu/cm以上、40emu/cm以上、50emu/cm以上、60emu/cm以上、70emu/cm以上、80emu/cm以上、90emu/cm以上、100emu/cm以上、110emu/cm以上、120emu/cm以上、130emu/cm以上、140emu/cm以上、150emu/cm以上、160emu/cm以上、170emu/cm以上、180emu/cm以上、190emu/cm以上、又は200emu/cm以上であってもよい。また、上記磁化率としては、上限値は特に制限がなく、例えば、10000emu/cm以下、5000emu/cm以下、3000emu/cm以下、1000emu/cm以下、又は500emu/cm以下等であってもよい。
【0069】
また、上記高sp分率非晶性炭素は、例えば、飽和磁化10emu/cm以上が好ましい。常温で高い飽和磁化を有し、炭素材固有の軽量・耐食性の強い素材として有用性が高い。
【0070】
上記高sp分率非晶性炭素を用いることにより、DLCよりもsp分率が高く、高い飽和磁化を有する炭素材を提供することができる。例えば、その室温強磁性等の特性を利用した応用使用が可能となる。
【0071】
上記高sp分率非晶性炭素における各構成は、上述の高sp分率非晶性炭素の製造方法の項に記載した内容等を、適宜同様に用いることができる。
【0072】
〔階層状カーボン系被膜層の製造方法〕
本発明の階層状カーボン系被膜層の製造方法は、
基材表面に設けられたカーボン系被膜層に対して紫外線の照射を行う工程(3)を含む、階層状カーボン系被膜層の製造方法であって、
(C)紫外線照射後の上記被膜層の飽和磁化を測定し、上記飽和磁化を指標とし、上記基材表面側の高sp分率非晶性炭素の形成が確認されるまで紫外線照射を行い、
(D)上記基材表面側の高sp分率非晶性炭素層から該高sp分率非晶性炭素よりもsp構造を少なく含む低sp分率非晶性炭素層までの階層、あるいは高sp分率非晶性炭素層からダイヤモンド層までの階層を形成させる。
【0073】
図1は、階層状カーボン系被膜層の作製方法をも示す概念図である。基材10に配設されたDLC層20を備える被膜層に対して紫外線の照射30を行う工程(a)を含み、上記被膜層中のDLC層20が液体炭素状態40となり(b)、それが放熱して非晶性の炭素に再構成される過程を経て、基材表面側の高sp分率非晶性炭素層50及びその上層に高sp分率非晶性炭素よりもsp構造を少なく含む低sp分率非晶性炭素層60が形成された階層状カーボン系被膜層を作製することができる(c)。さらに紫外線の照射30がされば場合あるいはsp構造を多く含むDLC層20への紫外線の照射量を多くした場合には、上記上層においてダイヤモンド層が形成された階層状カーボン系被膜層を作製することができる(d)。
【0074】
上記階層状カーボン系被膜層の製造方法によって、「低sp分率非晶性炭素」層から「高sp分率非晶性炭素」層までの階層状カーボン系被膜層、あるいは「ダイヤモンド」層から「高sp分率非晶性炭素」層までの階層状カーボン系被膜層を作製することができる。さらに各層から「低sp分率非晶性炭素」、「高sp分率非晶性炭素」やダイヤモンド等を取り出すだけではなく、これらの混合物あるいは各層が混成された混成物として取り出すことによって、種々の結晶構造や飽和磁化を有する炭素材を作製ことができる。
【0075】
上記高sp分率非晶性炭素における各構成は、上述の高sp分率非晶性炭素の製造方法の項に記載した内容等を、適宜同様に用いることができる。
【0076】
本発明において、階層状カーボン系被膜層とは、非晶性炭素層を含む種々の炭素層が階層状に形成された被膜層をいう。例えば、「低sp分率非晶性炭素」層から「高sp分率非晶性炭素」層まで階層状に形成されたカーボン系被膜層や、「ダイヤモンド」層から「高sp分率非晶性炭素」層まで階層状に形成されたカーボン系被膜層を作製することができる。
【0077】
上記作用効果が発現する作用機序は定かではないが、カーボン系被膜層に対して紫外線の照射を行うことにより、カーボン系被膜層中の炭素層が液体炭素状態となり、それが放熱してカーボン層に再構成する過程において、基材表面側の高sp分率非晶性炭素層から低sp分率非晶性炭素層あるいはダイヤモンド層までの階層状に炭素層が形成されると推測しているが、本発明の権利範囲を当該推測した作用機序にのみ等に限定する意図ではない。
【0078】
上記ダイヤモンド層は、例えば、ナノダイヤモンド、マイクロダイヤモンド、単結晶ダイヤモンドナノニードル又はマイクロニードル等を含み、単結晶ダイヤモンドフィルムの成長のためのシードを提供し得るナノダイヤモンド核等を含む。これらの化合物は単独で含んでいてもよく、また2種以上を含んでいてもよい。
【0079】
〔階層状カーボン系被膜層〕
本発明の階層状カーボン系被膜層は、基材表面に設けられたカーボン系被膜層に対して紫外線の照射を行う工程(3)により得られ、上記工程(3)は、上述の階層状カーボン系被膜層の項に記載した内容等を、適宜同様に用いることができる。
【0080】
すなわち、(C)紫外線照射後の上記被膜層の飽和磁化を測定し、上記飽和磁化を指標とし、上記基材表面側の高sp分率非晶性炭素の形成が確認されるまで紫外線照射を行い、
(D)基材表面側の高sp分率非晶性炭素層から該高sp分率非晶性炭素よりもsp構造を少なく含む低sp分率非晶性炭素層までの階層、あるいは高sp分率非晶性炭素層からダイヤモンド層までの階層を形成させる。
【0081】
本発明の階層状カーボン系被膜層は、各層から「低sp分率非晶性炭素」、「高sp分率非晶性炭素」やダイヤモンド等を取り出すだけではなく、これらの混合物あるいは各層が混成された混成物として取り出すことによって、種々の結晶構造や飽和磁化を有する炭素材を作製することができる。また、連続的にsp分率が異なる階層状カーボン系被膜層においては、結晶構造の異なる階層状被膜層における
【実施例0082】
次に、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0083】
〔実施例1〕
DLC中のsp分率の特定
本実施例では、DLC層に含まれるsp構造の割合(sp分率)を変数とするため、PLD(Pulsed Laser Deposition)法を用いてDLC層を作製した。ただし、層状になっているものであれば、公知にものを特に制限なく用いることができる。PLD法でDLC膜を作製するために、ターゲットにはペレット状のグラファイト固体(高純度化学研究所、純カーボン、φ20×t5mm)を使用した。基板には、熱的な絶縁性をもつc-サファイアを選択した。
【0084】
DLCの初期sp分率とPLAの際のレーザーエネルギー密度を系統的に変化させ、試料を作製した。PLDレーザーエネルギー密度を0.4、0.8、1.3J/cmと変化させて試料を作製した。これらの試料のラマンスペクトルを図3に示す。得られたDLC膜のラマンスペクトルは、ターゲットグラファイトとはっきり異なることがわかった。それぞれ、20、35、42%であることが分かった。本実施例では、上記方法により、高sp分率非晶性炭素作製原料となるDLCの作製を行い、該DLC中のsp分率を特定した。
【0085】
〔実施例2〕
DLC中のsp分率とレーザー照射量を変数として作製した試料の磁化曲線
図4は、実施例1に基づき作製された原料膜DLC中のsp分率(20、35、42%)とDLC膜に照射するレーザー照射量(エネルギー密度:0.5、1.0、1.2J/cm)を実験変数として、変数の組み合わせを系統的に変えて作製した試料の磁化曲線である。
【0086】
各試料の飽和磁化の値(図4の縦軸)は、得られたデータからサファイア基板からの反磁性の寄与を差し引き、DLC膜の体積で規格化することで決定した。測定は300Kで行った。
【0087】
実験変数にsp量20%とレーザーエネルギー密度1.0と1.2J/cmを選び(図4右下)、これらを組み合わせて作製した試料では、高sp分率非晶性炭素に特徴的な強磁性的な振舞いが見られた。印加磁場を増加すると試料の飽和磁化は増大し、その値は印加磁場1000 Oe以上で飽和し140emu/cm程度となった。磁化曲線にはヒステリシスがみられ、保磁力は80 Oeであった。これらの実験変数の組み合わせは高sp分率非晶性炭素が作製できる新しい実験条件であり、本願の実験方法によって初めて発見された。他にも図の左上の組み合わせ(sp量42%とレーザーエネルギー密度0.5J/cm)で高sp分率非晶性炭素由来の強磁性的振舞いが観測された。飽和磁化の値はおおよそ60emu/cmであった。
【0088】
一方、図4の左下にあるsp量20%とレーザーエネルギー密度0.5J/cm、及び図4右上にある42%と1.2J/cmの組み合わせで作製した試料では強磁性は観察されず、これらの条件では高sp分率非晶性炭素は得られなかった。上記に示したように、DLC膜のsp量と照射レーザーのエネルギー密度の2つを実験変数として選び、適切に組み合わせることで高sp分率非晶性炭素を得ることができた。この作製方法では、複数の組み合わせで高sp分率非晶性炭素を得られる点に特長があり、単一変数よりも効率よく高sp分率非晶性炭素を作製できる利点がある。また、本作製手法では、高sp分率非晶性炭素を作るためにDLC膜へ照射するレーザーとして、過去Qカーボン製造においてはArFエキシマレーザー(波長193nm)を用いられていたが、本願の実験では空気中で扱いやすく汎用性の高いKrFエキシマレーザー(波長248nm)を用いてそれを可能にすることを見出した。
【0089】
〔実施例3〕
剥離試験前後における高sp分率非晶性炭素含有被膜層の磁化曲線
図5は、粘着剤付きのテープ(粘着テープ)を使った剥離試験前後における高sp分率非晶性炭素含有被膜層の磁化曲線である。試験前後での飽和磁化値の違いを精査するために、図5の縦軸は実測値にしている。
【0090】
試料として、上記図1(c)に例示する高sp分率非晶性炭素含有被膜層を用いた。この試料には高sp分率非晶性炭素に加え、その上層に低sp分率非晶性炭素が形成されており、粘着テープで上層の低sp分率非晶性炭素を取り除いた試料と、取り除く前の試料とを対比した。
【0091】
図5中、作製した試料の磁化曲線と粘着テープで上層の低sp分率非晶性炭素を取り除いた試料の磁化曲線とを記載しているが、両者は実質的にほぼ重なり合う結果となった。すなわち、粘着テープで上層の低sp分率非晶性炭素をはぎ取っても高sp分率非晶性炭素の飽和磁化の大きさは変化しないことが分かった。これは、上層の低sp分率非晶性炭素膜のみが除去され、高sp分率非晶性炭素は基板に全て残っていることを示している。
【0092】
このとき、高sp分率非晶質膜の膜厚20nmとすると、図5の飽和磁化の値は114emu/cmとなる。この値を式(1)に代入すると、粘着テープで分離した高sp分率非晶性炭素のsp分率を83%と見積もることができる。得られた値は、非特許文献1において報告された「Qカーボン」のsp分率とよく対応しており、粘着テープで「高sp分率非晶性炭素」の分離に成功していることを支持する結果となっている。
【0093】
このように、高sp分率非晶性炭素のみの試料が得られたことにより、高sp分率非晶性炭素自体の飽和磁化の大きさ及びsp分率を測定できることが確認され、実施例において、飽和磁化100emu/cm以上、sp分率80%以上のなることが確認された。このことは、上記図1(c)に例示する被膜層の飽和磁化を測定することによって、当該被膜層のsp分率を推算し、高sp分率非晶性炭素の作製量を推算することができることを裏付けるものである。
【0094】
また、上記被膜層上層の低sp分率非晶性炭素は粘着テープで容易に除去できたことから、高sp分率非晶性炭素層が、低sp分率非晶性炭素層よりも高い剥離強度を有することが裏付けられた。さらには低sp分率非晶性炭素よりもsp分率が小さいDLC層と比べても高い剥離強度を有することを意味する。また、高sp分率非晶性炭素層の特性として、剥離強度の高さとともに基材との密着性の高さを有することも裏付けられた。
【0095】
〔実施例4〕
DLC被膜層への紫外線照射量と照射後の試料の飽和磁化の相関
図6は、実施例1に基づき作製されたDLC(sp分率20%、35%、42%)を用いて紫外線照射量(レーザーエネルギー照射密度)と照射後の試料の飽和磁化(飽和磁化)の関係を検証した結果を例示する。
【0096】
図6左図は、DLC膜のsp分率が20%のときには、紫外光照射量が1.0J/cmよりも大きいときに100emu/cmを超える大きな飽和磁化の値を示す。図6右図は、DLC膜のsp分率が35%のときには、紫外光照射量が0.5~1.2J/cmの範囲で飽和磁化の値は50emu/cm程度であり、大きく変化しない。DLC膜のsp3分率が42%のときには、紫外光照射量が1.0J/cmよりも小さいときに磁化が発生する。
【0097】
以上の結果から、原料DLC層のsp分率に応じて、紫外線の照射量の最適制御範囲を変えることが好ましいとの知見を得た。つまり、本発明のDLC層を備える被膜層に対して紫外線の照射を行う工程(1)において
(1-1)上記DLC層のsp分率は30%未満、かつ、上記紫外線の照射量は0.5J/cm以上、
又は、
(1-2)上記DLC層のsp分率は30%以上、かつ、上記紫外線の照射量は1.0J/cm以下、
で行われることが好適であることを推算することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6