(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023097901
(43)【公開日】2023-07-10
(54)【発明の名称】記憶力向上のための認知症治療薬のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20230703BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20230703BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20230703BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20230703BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20230703BHJP
A01K 67/027 20060101ALI20230703BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/543 501A
G01N33/543 575
G01N33/53 D
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
A01K67/027 ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021214275
(22)【出願日】2021-12-28
(71)【出願人】
【識別番号】504145364
【氏名又は名称】国立大学法人群馬大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】川辺 浩志
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CB30
2G045DA36
2G045FB01
2G045FB07
2G045FB12
(57)【要約】
【課題】本発明は、記憶力を向上させることにより認知症を治療できる医薬をスクリーニングする方法を提供することを課題とする。
【解決手段】ユビキチン化の基質特異性を決定するE3(ユビキチンリガーゼ)の一つであるNedd4-2が記憶能力を抑制していることを見出し、またNedd4-2の基質として、シナプス後部の膜貫通タンパク質Prr7を同定した。その結果、Nedd4-2によるPrr7のユビキチン化
を阻害する物質をスクリーニングすることで認知症の治療薬候補物質を得ることが出来ることを見出し、本発明を完成させた。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
認知症治療薬のスクリーニング方法であって、ユビキチン修飾酵素によるPrr7のユビキチン化を阻害する能力を指標にして治療薬候補物質を選択することを特徴とする方法。
【請求項2】
ユビキチン修飾酵素がE1(ユビキチン活性化酵素)、E2(ユビキチン結合酵素)およびNedd4-2を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
以下の工程を含む、請求項2に記載の方法。
(A)基材表面に固相化されたPrr7タンパク質と、標識されたユビキチン、E1、E2及びNedd4-2を含む溶液とを接触させる工程、
(B)前記固相化されたPrr7タンパク質と接触させた前記溶液に、試験物質を添加する工程、
(C)さらに前記溶液にATPを添加し、ユビキチン化反応を促進する条件下でインキュ
ベートする工程、及び
(D)前記標識が検出されないこと、又は標識の検出値が陰性コントロール物質における測定値若しくは予め定められたカットオフ値と比較して低いことを指標として、治療薬候補物質を選択する工程。
【請求項4】
(A’)Prr7タンパク質を基材表面に固相化する工程、を更に含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記基材がマルチウェルプレートである、請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
前記標識が、蛍光標識である、請求項3~5の何れか一項に記載の方法。
【請求項7】
Nedd4-2を欠損させたことにより、シナプス伝達の長期増強が増加した及び/又は空間学
習能力が亢進した、遺伝子改変動物(ただし、ヒトを除く)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、記憶力を向上させるための認知症治療薬のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病や脳血管性認知症に代表される認知症治療薬の開発研究は疾患の原因を解明した上で根治療法を開発するという戦略を取ってきた。例えばアルツハイマー病に対しては原因と考えられているアミロイドβに対する抗体を用いた治療などが研究されてきた。しかしながら、この戦略ではこれまでに認知症治療における大きな成果は得られていなかった。また、これまでにはアミロイドβ以外のタンパク質を標的とした認知症治療薬は開発されてこなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Genome Res., 2003;13(3):476-484
【非特許文献2】Genesis., 2006;44(12):611-21
【非特許文献3】Nat Genetics., 2017;49(7):1107-1112
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
認知症の根治療法の開発が進んでいないため、記憶障害に対する対症療法の開発が重要になっている。本発明は、これまでの認知症治療戦略と異なり、特定の症状を改善すること、すなわち記憶力を向上させることにより認知症を治療できる医薬をスクリーニングする方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
記憶は神経細胞の中でもシナプスで制御されているが、本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討の結果、シナプスの形成と機能の制御機構の中でも、ユビキチン化による制御機構の研究を進めており、ユビキチン化の基質特異性を決定するE3(ユビキチンリガーゼ)の一つであるNedd4-2が記憶能力を抑制していることを見出し、またNedd4-2の基質として、シナプス後部の膜貫通タンパク質Prr7を同定した。その結果、本発明者は、Nedd4-2によるPrr7のユビキチン化を阻害する物質をスクリーニングすることで認知症の治療薬
候補物質を得ることが出来ることを見出した。また、Nedd4-2を欠損させたことにより、
シナプス伝達の長期増強が増加すること及び/又は空間学習能力が亢進することを見出し、本発明を完成させた。
【0006】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]認知症治療薬のスクリーニング方法であって、ユビキチン修飾酵素によるPrr7のユビキチン化を阻害する能力を指標にして治療薬候補物質を選択することを特徴とする方法。
[2]ユビキチン修飾酵素がE1(ユビキチン活性化酵素)、E2(ユビキチン結合酵素)およびNedd4-2を含む、[1]に記載の方法。
[3]以下の工程を含む、[2]に記載の方法。
(A)基材表面に固相化されたPrr7タンパク質と、標識されたユビキチン、E1、E2及びNedd4-2を含む溶液とを接触させる工程、
(B)前記固相化されたPrr7タンパク質と接触させた前記溶液に、試験物質を添加する工程、
(C)さらに前記溶液にATPを添加し、ユビキチン化反応を促進する条件下でインキュ
ベートする工程、及び
(D)前記標識が検出されないこと、又は標識の検出値が陰性コントロール物質における測定値若しくは予め定められたカットオフ値と比較して低いことを指標として、治療薬候補物質を選択する工程。
[4](A’)Prr7タンパク質を基材表面に固相化する工程、を更に含む、[3]に記載の方法。
[5]前記基材がマルチウェルプレートである、[3]又は[4]に記載の方法。
[6]前記標識が、蛍光標識である、[3]~[5]の何れかに記載の方法。
[7]Nedd4-2を欠損させたことにより、シナプス伝達の長期増強が増加した及び/又は
空間学習能力が亢進した、遺伝子改変動物(ただし、ヒトを除く)。
【発明の効果】
【0007】
本発明によって、記憶力を向上させることにより認知症を治療できる医薬をスクリーニングする方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】Nedd4-2欠損マウス作製の戦略を示す図である。
【
図2】Nedd4-2のスパイン内での局在を示す。Aは、海馬初代培養神経細胞をNedd4-2(上パネル)又はGFP(下パネル)で標識した後、誘導放出抑制(STED)顕微鏡で観察した写真図である。Bは、シナプス後部におけるNedd4-2によるPrr7のユビキチン化を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、添付図面を参照して実施形態を詳しく説明するが、特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。
【0010】
<スクリーニング方法>
本発明の一実施態様は、認知症治療薬のスクリーニング方法であって、ユビキチン修飾酵素によるPrr7のユビキチン化を阻害する能力を指標にして治療薬候補物質を選択することを特徴とする方法である。
【0011】
Prr7は、シナプス後部の膜貫通タンパク質であり、具体的な配列は特に限定されないが、例えば配列番号1又は2のアミノ酸配列を有するタンパク質が挙げられる。またPrr7は知性に関する遺伝子としての性質を有する限り、1又は複数のアミノ酸配列が欠失、置換
、付加、挿入されたタンパク質であってもよい。ここで1又は複数とは、例えば、1~30個、1~20個、1~10個、1~5個、1~3個又は1~2個などが挙げられる。また、Prr7は、例
えば配列番号1又は2で表されるアミノ酸配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上同一のアミノ酸配列を有し、かつ知性に関する遺伝子としての性質を有するタンパク質であってもよい。
【0012】
ユビキチン修飾酵素はPrr7のユビキチン化を行うことができるものである限り特に限定されないが、E1(ユビキチン活性化酵素)、E2(ユビキチン結合酵素)及びNedd4-2を含
むものであることが好ましい。具体的な配列は特に限定されないが、例えばE1は、配列番号3のアミノ酸配列を有するタンパク質が挙げられ、E2は、配列番号4のアミノ酸配列を有するタンパク質が挙げられ、Nedd4-2は、配列番号5のアミノ酸配列を有するタンパク
質が挙げられる。またE1、E2及びNedd4-2は、これらを組み合わせてPrr7のユビキチン化
を行うことができる限り、1又は複数のアミノ酸配列が欠失、置換、付加、挿入されたタ
ンパク質であってもよい。ここで1又は複数とは、例えば、E1の場合、1~100個、1~50個、1~40個、1~30個、1~20個、1~10個、1~5個、1~3個又は1~2個などが挙げられ、E2の場合、1~20個、1~10個、1~5個、1~3個又は1~2個などが挙げられ、Nedd4-2の場
合、1~100個、1~50個、1~40個、1~30個、1~20個、1~10個、1~5個、1~3個又は1
~2個などが挙げられる。また、E1、E2及びNedd4-2は、例えばそれぞれ配列番号3~5で表されるアミノ酸配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上同一のアミノ酸配列を有し、かつE1、E2及びNedd4-2を組み合わせて用いることでPrr7のユビキ
チン化を行うことができるタンパク質であってもよい。
【0013】
本実施形態のスクリーニング方法は次の工程(A)~(D)を含むことができる。
(A)基材表面に固相化されたPrr7タンパク質と、標識されたユビキチン、E1、E2及びNedd4-2を含む溶液とを接触させる工程、
(B)前記固相化されたPrr7タンパク質と接触させた前記溶液に、試験物質を添加する工程、
(C)さらに前記溶液にATPを添加し、ユビキチン化反応を促進する条件下でインキュ
ベートする工程、及び
(D)前記標識が検出されないこと、又は標識の検出値が陰性コントロール物質における測定値若しくは予め定められたカットオフ値と比較して低いことを指標として、治療薬候補物質を選択する工程。
【0014】
さらに(A’)Prr7タンパク質を基材の表面に固相化する工程、を含んでもよい。工程(A’)は、通常は工程(A)の前に行われる。
【0015】
また、Prr7のユビキチン化を阻害する認知症治療薬のスクリーニングが妨げられない限り、任意で追加の工程を更に含んでもよい。例えば、基材へのPrr7タンパク質の固相化後に、任意で洗浄工程を追加することができる。
【0016】
工程(A)において、基材は、Prr7のユビキチン化を阻害する認知症治療薬のスクリーニングが妨げられない限り特に限定されず、例えば、96ウェルプレートや384ウェルプレ
ート等のマルチウェルプレートや、シャーレ、ビーズ等を用いることができるが、多数の検体を同時に処理できる観点からマルチウェルプレートであることが好ましい。また、基材の素材は特に限定されず、ポリエチレンやポリスチレン、ポリプロピレン等が挙げられる。
【0017】
基材へのPrr7タンパク質の固相化方法は特に限定されず、当業者に既知の方法で行うことができる。またはPrr7タンパク質が固相化された市販の基材を使用してもよい。
【0018】
基材へのPrr7タンパク質の固相化量は、ユビキチン化反応を阻害しない限り特に限定されず、またユビキチンE1(ユビキチン活性化酵素)、E2(ユビキチン結合酵素)、Nedd4-2、及び試験物質等の量に対して過度に多くない若しくは少なくない限り特に限定されな
い。
【0019】
基材へのPrr7タンパク質の固相化後は、非特異的な吸着を防ぐため、当業者に既知の方法により、スキムミルク、アルブミン、カゼイン等で適宜ブロッキングしてもよい。
【0020】
標識は、Prr7のユビキチン化を阻害する認知症治療薬のスクリーニングが妨げられない限り特に限定されず、例えばFITC等の蛍光標識を用いることができる。
【0021】
標識されたユビキチン、E1(ユビキチン活性化酵素)、E2(ユビキチン結合酵素)及びNedd4-2の添加量は、ユビキチン化反応を阻害しない限り特に限定されず、また基材に固
相化されたPrr7タンパク質の量や試験物質に対して過度に多くない若しくは少なくない限り特に限定されない。
【0022】
溶液に関して、その溶媒の種類は、ユビキチン化反応を阻害しない限り特に限定されず、例えば水や任意の緩衝液を用いることができる。溶液のpH等は適宜調整してよい。
【0023】
標識されたユビキチン、E1(ユビキチン活性化酵素)、E2(ユビキチン結合酵素)及びNedd4-2を含む溶液の調製は、予め行っておいてもよく、又は、例えばPrr7タンパク質を
表面に固相化したマルチプレート等の基材に溶媒を添加した後、その基材上においてE1(ユビキチン活性化酵素)、E2(ユビキチン結合酵素)及びNedd4-2を溶媒に添加すること
で行ってもよい。
【0024】
接触させる時間や温度は、ユビキチン化反応を阻害しない限り特に限定されないが好ましくは20~40℃であり、より好ましくは30~37℃である。
【0025】
工程(B)において、試験物質は、低分子化合物、抗体等であってよい。
試験物質が低分子化合物であるとき、特に限定されないが、例えば理化学研究所の天然化合物バンク(NPDepo)の低分子化合物ライブラリーから得られる低分子化合物を用いることができる。
また、試験物質が抗体であるとき、特に限定されないが、例えばPrr7のNedd4-2結合領
域(配列番号6)を認識するリコンビナント抗体を用いることができ、またこのリコンビナント抗体は、ナノボディー抗体であることが好ましい。
【0026】
試験物質の添加量は、ユビキチン化反応を阻害しない限り特に限定されず、また基材に固相化されたPrr7タンパク質の量や試験物質に対して過度に多くない若しくは少なくない限り特に限定されない。
【0027】
工程(A)及び(B)は、順次行ってもよく、または工程(A)及び工程(B)を同時に行ってもよい。なお、工程(A)及び工程(B)は、工程(B)の後に工程(A)を行うこともでき、すなわち、基材表面に固相化されたPrr7タンパク質と、試験物質を含む溶液とを接触させ、その後、前記固相化されたPrr7タンパク質と接触させた前記溶液に標識されたユビキチン、E1、E2及びNedd4-2を含む溶液とを接触させることもできる。
工程(A)及び工程(B)を同時に行う場合は、標識されたユビキチン、E1(ユビキチン活性化酵素)、E2(ユビキチン結合酵素)、Nedd4-2、試験物質を含む溶液の調製は、
予め行っておいてもよく、又は、例えばPrr7タンパク質を表面に固相化したマルチプレート等の基材に溶媒を添加した後、その基材上においてE1(ユビキチン活性化酵素)、E2(ユビキチン結合酵素)、Nedd4-2及び試験物質を溶媒に添加することで行ってもよい。
【0028】
工程(C)において、ATPの添加量は、ユビキチン化反応を阻害しない限り特に限定さ
れず、また基材に固相化されたPrr7タンパク質の量や試験物質に対して過度に多くない若しくは少なくない限り特に限定されない。
【0029】
インキュベートは、ユビキチン化反応を促進する条件下で行われるものであれば、温度や時間は特に限定されず、例えば37℃で20分間~1時間行うことができる。
【0030】
工程(D)において、陰性コントロール物質とは、ユビキチン化反応を阻害しない物質であり、例えば同じマルチウェルプレートにおいて標識が検出されたウェルに添加した物質を陰性コントロール物質としてもよく、予めユビキチン化反応を阻害しないことが示されている物質を陰性コントロール物質としてもよい。また陽性コントロール物質として、ユビキチン化を阻害する物質を使用してもよく、例えば既知のユビキチン化を阻害する低分子化合物や抗体を用いてもよい。
なお、検出される標識は、基材表面に固相化されたPrr7タンパク質に結合したユビキチンの標識であり、通常は工程(C)におけるインキュベート後に洗浄が行われる。
【0031】
本実施形態において、認知症治療薬は、記憶力を向上させるものであるが、記憶力の向上の指標としては当業者に既知のものを用いることができ、例えば、シナプス伝達の長期増強が増加したことや、空間学習能力が亢進したことにより判断できる。
【0032】
本実施形態のスクリーニング法はハイスループットなものであり、簡便かつ高効率に目的とする治療薬候補物質を見出すことが可能であり、そのような治療薬候補物質を、認知症を治療できる医薬としての利用に応用できる。
【0033】
シナプス伝達の長期増強の増加や空間学習能力の亢進等については、動物モデルで効果を確認することができる。
【0034】
<Nedd4-2欠損動物及びその作製方法>
本発明の他の実施態様は、Nedd4-2を欠損させたことにより、シナプス伝達の長期増強
が増加した及び/又は空間学習能力が亢進した、遺伝子改変動物及びその作製方法である。
【0035】
本実施形態のNedd4-2欠損マウス(Nedd4-2ノックアウトマウス)は、染色体上のNedd4-2遺伝子が不活性型Nedd4-2遺伝子に置換されたことにより、Nedd4-2タンパク質の機能が
欠損したマウスである。「不活性型Nedd4-2遺伝子」とは、Nedd4-2遺伝子の一部の欠損、Nedd4-2遺伝子のコード領域への他の塩基配列の挿入などにより、正常なNedd4-2タンパク質を発現できない遺伝子をいう。欠損型Nedd4-2遺伝子としては、エクソン15が欠損した
遺伝子などが挙げられるが、これには限定されない。「Nedd4-2タンパク質の機能が欠損
した」とは、ユビキチンリガーゼとしてのNedd4-2タンパク質の機能が失われたことをい
い、好ましくは、Nedd4-2タンパク質の機能が完全に失われたことを意味するが、ヘテロ
ノックアウトマウスのように片方のアレルのみ不活性型に置換されて、Nedd4-2タンパク
質の機能が一部失われたような場合も含む。
【0036】
Nedd4-2遺伝子としては、例えば、配列番号7で示される塩基配列を有するマウスNedd4-2遺伝子を挙げることができる。この塩基配列は、GenBankにアクセッションナンバーNM_001114386.1で登録されており、コード領域やエクソンの情報はこの番号を参照すること
によって得ることができる。なお、Nedd4-2遺伝子は、種によっても異なるため、配列番
号7のホモログ遺伝子であってもよい。ホモログ遺伝子は、マウスの染色体上のNedd4-2
遺伝子と相同組換えを起こしうる程度の相同性、例えば、配列番号7の塩基配列と80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の相同性を有するものが挙げられる。また、ホモログ遺伝子は配列番号7の塩基配列を有する遺伝子とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする遺伝子であってもよい。ここで、ストリンジェントな条件としては、例えば、ハイブリダイズを行い、65℃、1×SSC,0.1% SDS、好ましくは、65℃、0.1×SSC,0.1% SDSの条件で洗浄する条件が挙げられる。
【0037】
本発明のNedd4-2遺伝子欠損マウスは、公知の遺伝子組み換え法(ジーンターゲッティ
ング法)により作製することができる。例えば、以下のようにして作製することができる。
先ず、Nedd4-2遺伝子の部分断片を用意し、Nedd4-2遺伝子を欠損型に置換するためのターゲティングベクターを作製する。
組み換え体の選別のため、ターゲティングベクターには薬剤耐性遺伝子を組み込むことが好ましい。薬剤選択のマーカー遺伝子として、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシンBホスホトランスフェラーゼ遺伝子等を使用することができる。
また、Nedd4-2遺伝子の部分配列を欠損させるためにCre-loxPのシステム(R.Kuhn et al.Science,269,1427-1429,1995)やFLP/FRTのシステム(Rodriguez et al. Nat Gene
t 25:139-40.)を用いてもよい。その場合、欠損させる部分配列がloxP配列あるいはFRT
配列の間に挟まれるようにターゲティングベクターを構築する。
【0038】
以下に、上記のようなターゲティングベクターを用いてNedd4-2遺伝子欠損マウスを得
るための一般的な方法について述べる。ただし、本発明のマウスは以下の方法により得られるものには限定されない。
上記の方法により作製したターゲッティングベクターを使用して、相同組み換えを行う。相同組換えには胚性幹細胞(ES細胞)を用いることができる。現在マウス由来のES細胞株がいくつか確立されており、CCE細胞株、TT2細胞株、AB-1細胞株、J1細胞株、R1細胞株、E14TG2a細胞株等を使用することができる。ターゲティングベクターは公知の方法に
準じてマウスES細胞に導入することができる。例えば、エレクトロポレーション法、リポソーム法、リン酸カルシウム法、DEAE-デキストラン法等が利用できる。
次いで、染色体上の野生型Nedd4-2遺伝子がターゲティングベクター中の変異Nedd4-2遺伝子に置換された細胞クローンを選択する。選択は薬剤耐性などに基づいて行うことができ、さらに、サザンブロッティングやPCRなどにより相同組み換えを確認することが好ま
しい。
【0039】
こうして得た変異遺伝子を持つES細胞を、野生型マウスの胚に導入する。そして、このES細胞導入胚を偽妊娠状態の仮親マウスの子宮に移植し、出産させることによりキメラ動物を作製することができる。ES細胞を胚盤胞期胚等の胚に導入する方法としては、マイクロインジェクション法や凝集法が知られているが、マイクロインジェクション法がより好ましい。仮親とするための偽妊娠雌マウスは、正常性周期の雌マウスを、精管結紮などにより去勢した雄マウスと交配することにより得ることができる。
【0040】
次いで、このキメラマウスを純系のマウスと交配し、生殖系列を通してES細胞に由来するマウスを作製する。胚内に移植された組み換えES細胞が生殖系列に移行した動物を選択し、その動物を繁殖させることにより、Nedd4-2遺伝子を欠損したヘテロ接合体を得るこ
とができる。
得られたNedd4-2遺伝子欠損ヘテロ接合体マウス同士を交配させることにより、Nedd4-2遺伝子欠損ホモ接合マウスを得ることができる。
【0041】
なお、本発明のノックアウトマウスを作製するにあたり、コンディショナルなノックアウトマウスの作製において汎用されている、上述のCre/loxPのシステムやFLP/FRTのシス
テムを用いることも可能である。Cre/loxPのシステムを用いる場合、大腸菌のP1ファージ由来の組み換え酵素であるCre組換え酵素を発現している動物と交配させるか、またはCre遺伝子を含むウイルスベクターを感染させることにより、Cre組換え酵素がloxP配列で挟
まれた配列を認識して除去するため、Nedd4-2遺伝子欠損マウスを作出することができる
。また、組織特異的にCre組換え酵素を発現しているマウスと交配させることにより、組
織特異的に遺伝子が欠損した特性を有するノックアウトを作製することもできる。同様に、FLP/FRTのシステムを用いる場合は、FLP組換え酵素を発現する動物と交配させることにより、Nedd4-2遺伝子欠損マウスを作出することができる。
【0042】
上記のようにして作製されたNedd4-2遺伝子欠損マウスは、Nedd4-2遺伝子を欠損させていないマウスと比較して、シナプス伝達の長期増強が増加し、及び/又は空間学習能力が亢進する。したがって、このマウスを用いることにより、認知症の発症メカニズムの解明や治療法の開発を行うことができる。
【0043】
動物は、哺乳動物であれば特に限定されず、ヒト以外の哺乳動物であることが好ましい。
【実施例0044】
以下に実施例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0045】
[実施例1:Nedd4-2欠損マウスの作製]
Nedd4-2 Floxed マウスの作製には当業者に既知であるRecombineering系を使った(非
特許文献1)。Nedd4-2欠損マウス作製に関する戦略は
図1に示す通りである。まず、pL253ベクターにNedd4-2の14から17番目のエクソンを含むマウスゲノムをクローニングした
。その後、15番目のエクソンを挟むようにLoxP配列を挿入した。マウスES細胞にこのベクターを遺伝子導入して相同組換えを起こしたES細胞のみをクローン化した。このES細胞クローンからマウスの個体を起こして、FLIP組替酵素を発現するマウスを掛け合わせて、ゲノムからNeoカセットを排除した。こうして作製したNedd4-2 Floxed マウスとNEX-Creマ
ウス(非特許文献2)と交配することで神経細胞特異的Nedd4-2欠損マウスを作製した。
【0046】
[実施例2:シナプス後部のスパインにおけるNedd4-2によるPrr7のユビキチン化及び分
解への関与]
野生型マウス由来の海馬初代培養細胞をGFP及びNedd4-2を指標としてSTED顕微鏡で観察した。その結果、GFPで標識したシナプス後部のスパイン内に、Nedd4-2が集積していることが示された(
図2Aの矢頭で示す部分)。
また神経細胞特異的Nedd4-2欠損マウス (Nedd4-2 nKO)から厚さ300 μmの海馬スライスを作製して、当業者に既知の方法により細胞外局所フィールド電位を測定した。その結果、海馬CA1領域でシナプス伝達の長期増強が増加していることが明らかになった。また生
後8週齢から5ヶ月齢のマウスを使って、モリス水迷路テストによる行動学的実験を行った結果、空間学習能力が亢進していたことが示された。Nedd4-2は中枢に発現するユビキチ
ン化酵素であり、Nedd4-2によるユビキチン化の亢進が記憶や学習能力の低下に関与して
いると考えられる。長期増強の増加に関与しているNedd4-2の基質として、シナプス後部
の膜貫通タンパク質であるPrr7を同定した。なおこれまでにヒトのPrr7は知性に関連している遺伝子として報告されている(非特許文献3)。Prr7タンパク質の発現量がNedd4-2 nKOで増加していた。これはNedd4-2が欠損することで、Prr7がユビキチン化されないため、分解されないからであると考えられる。Prr7
floxマウスをNedd4-2 nKOと交配してNedd4-2 nKO;Prr7ヘテロザイゴートマウスを作製した。このマウスではNedd4-2が欠損しているが、Prr7の発現量が減少して野生型マウスとほぼ同程度になっていた。このマウスを解析した結果、シナプス伝達の長期増強が野生型マウスとほぼ同程度になっていた。つまり、Nedd4-2 nKOでPrr7の発現量が増加することがシナプス可塑性の増強に本質的であること
を意味しており、Prr7のユビキチン化と分解がシナプス可塑性と記憶を抑制していると考えられた。以上の結果から、認知症患者でPrr7のユビキチン化を阻害することで記憶力が回復すると考えられる。
これらの結果から、シナプス後部のスパインにおいて、Nedd4-2がPrr7をユビキチン化
して分解に導くことが示唆され、これによりシナプス伝達の長期増強と空間学習能力が抑制されることが示唆された(
図2B)。
【0047】
[実施例3:Prr7のユビキチン化を薬理学的に阻害する認知症治療薬を開発するためのスクリーニング法]
Prr7のユビキチン化を阻害する低分子の具体的なスクリーニング手順は以下の通りである。
96ウェルプレートのウェル底にユビキチン化の基質となるPrr7を吸着させる。Prr7のユビキチン化反応をモニターするためにFITC標識したユビキチン(FITC-ユビキチン)と組
換え精製タンパク質(E1(ユビキチン活性化酵素)、E2(ユビキチン結合酵素)、及びE3(ユビキチンリガーゼ)であるNedd4-2)を、Prr7を吸着させた96ウェルプレートのウェ
ルに添加する。また、Prr7のユビキチン化を阻害する低分子化合物をスクリーニングする
ために、理化学研究所の天然化合物バンク(NPDepo)から低分子化合物ライブラリーを取得して、そのライブラリーに含まれる個々の低分子化合物を上記96ウェルプレートの各ウェルにそれぞれ添加する。その後ATPを各ウェルに添加し、37℃でユビキチン化反応を行
う。ユビキチン化反応の終了後、各ウェル底のFITCの蛍光強度を測定し、Prr7がユビキチン化されたウェルと比較してFITCの蛍光強度が減少したときに、そのFITCの蛍光強度が減少したウェルに添加した低分子化合物をPrr7のユビキチン化の阻害剤の有力候補、さらには認知症治療薬の有力候補として同定するものである。
【0048】
そして、上記スクリーニング法によって得られた低分子化合物は、Prr7の特異的ユビキチン化反応を阻害することで記憶力の回復を目指すという画期的な認知症治療薬開発に利用できる。