(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023098089
(43)【公開日】2023-07-10
(54)【発明の名称】摺動部材および軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/12 20060101AFI20230703BHJP
F16C 33/14 20060101ALI20230703BHJP
F16C 33/20 20060101ALI20230703BHJP
C08L 101/00 20060101ALI20230703BHJP
C22C 9/02 20060101ALN20230703BHJP
C22C 9/00 20060101ALN20230703BHJP
C22C 30/04 20060101ALN20230703BHJP
C22C 30/02 20060101ALN20230703BHJP
C22C 9/06 20060101ALN20230703BHJP
B22F 3/11 20060101ALN20230703BHJP
B22F 7/00 20060101ALN20230703BHJP
【FI】
F16C33/12 B
F16C33/14 Z
F16C33/20 Z
C08L101/00
C22C9/02
C22C9/00
C22C30/04
C22C30/02
C22C9/06
B22F3/11 A
B22F7/00 D
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021214609
(22)【出願日】2021-12-28
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-08-25
(71)【出願人】
【識別番号】000199197
【氏名又は名称】千住金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】230117802
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100184181
【弁理士】
【氏名又は名称】野本 裕史
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 直樹
(72)【発明者】
【氏名】八城 拓実
(72)【発明者】
【氏名】赤川 隆
(72)【発明者】
【氏名】川又 勇司
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 良一
【テーマコード(参考)】
3J011
4J002
4K018
【Fターム(参考)】
3J011DA01
3J011QA03
3J011QA04
3J011QA05
3J011SB03
3J011SB05
3J011SE01
3J011SE10
4J002BD151
4J002BD161
4J002DA026
4J002DA056
4J002DA076
4J002DA086
4J002DA116
4J002DC006
4J002FD176
4J002FD206
4J002GM05
4J002GN00
4K018BA02
4K018BB04
4K018BC12
4K018CA45
4K018FA46
4K018GA04
4K018KA02
4K018KA03
4K018KA22
(57)【要約】
【課題】LBC3よりも耐焼付性の点で改善された摺動部材を提供する。
【解決手段】摺動部材は、金属基材と、金属基材の一の面に形成される多孔質層と、多孔質層を被覆する摺動層を備える。摺動層は、樹脂組成物で形成されており、多孔質層は、CuおよびSnを含むマトリックス相と、マトリックス相中に分散している硬質粒子であって、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子と、を有する。
【選択図】
図2A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材と、
前記金属基材の一の面に形成される多孔質層と、
前記多孔質層を被覆する摺動層を備え、
前記摺動層は、樹脂組成物で形成され、
前記多孔質層は、
CuおよびSnを含むマトリックス相と、
前記マトリックス相中に分散している硬質粒子であって、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子と、を有する
ことを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記多孔質層は、
前記マトリックス相中に分散している化合物相であって、Co、Fe、Ni、SiおよびCrを含む化合物相をさらに有する
ことを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記多孔質層全体を100質量%とした時に前記硬質粒子の含有率は40質量%以下である
ことを特徴とする請求項1または2に記載の摺動部材。
【請求項4】
前記摺動層中には、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子粉末と、MoS2粉末と、ラーベス相を含まない青銅粉末の少なくとも1つ以上が分散されている
ことを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項5】
金属基材と、
前記金属基材の一の面に形成される多孔質層と、
前記多孔質層を被覆する摺動層を備え、
前記摺動層は、樹脂組成物で形成され、
前記摺動層中には、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子粉末が分散されている
ことを特徴とする摺動部材。
【請求項6】
前記多孔質層の厚みと前記摺動層の厚みの比率は、6:4~8:2である、
ことを特徴とする請求項1~5のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項7】
前記多孔質層と前記摺動層とを合わせた全体を100質量%とした時に前記硬質粒子の含有率と前記硬質粒子粉末の含有率との合計は1~20質量%である、
ことを特徴とする請求項1~6のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項8】
請求項1~7のいずれかに記載の摺動部材から構成される軸受であって、
円筒状の内周面を有し、前記内周面が前記摺動層で構成されている
ことを特徴とする軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材および当該摺動部材から構成される軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
鉛青銅系焼結軸受合金は自動車や一般産業機械の摺動部材料として広く用いられている。鉛青銅の主成分は、Cu、Sn、Pbであり、銅合金鋳物としてJIS H5120などで規定されている。この中で、CAC603(以下LBC3と称する)として規定されている銅合金は、中高速・高荷重用軸受、大形エンジン用軸受などが用途として挙げられている。この銅合金中に質量で10%程度含まれている鉛は、固体潤滑剤として摩擦特性を向上させる役割を担っている。軟質金属である鉛が容易に塑性変形することで、摩擦する二面間の間で潤滑剤として働き、結果的に摩擦特性の優れた材料となる。
【0003】
しかしながら、汎用品であるLBC3では、使用環境の高速化や高荷重化などにより、十分な潤滑が得られない境界潤滑のような使用環境においては著しい摩耗や焼付が発生し、その改善が課題となっている。
【0004】
特許文献1、2では、鉛を含まない摺動材料として、Cuを主成分としてCu基にSnとBiを添加したCu-Sn-Bi合金の銅系摺動材料が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008-50688号公報
【特許文献2】特開2005-163074号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、以上のような点を考慮してなされたものである。本発明の目的は、LBC3よりも耐焼付性の点で改善された摺動部材および軸受を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様に係る摺動部材は、
金属基材と、
前記金属基材の一の面に形成される多孔質層と、
前記多孔質層を被覆する摺動層を備え、
前記摺動層は、樹脂組成物で形成され、
前記多孔質層は、
CuおよびSnを含むマトリックス相と、
前記マトリックス相中に分散している硬質粒子であって、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子と、を有する。
【0008】
本発明の第2の態様に係る摺動部材は、第1の態様に係る摺動部材であって、
前記多孔質層は、
前記マトリックス相中に分散している化合物相であって、Co、Fe、Ni、SiおよびCrを含む化合物相をさらに有する。
【0009】
本発明の第3の態様に係る摺動部材は、第1または2の態様に係る摺動部材であって、
前記多孔質層全体を100質量%とした時に前記硬質粒子の含有率は40質量%以下である。
【0010】
本発明の第4の態様に係る摺動部材は、第1~3のいずれかの態様に係る摺動部材であって、
前記摺動層中には、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子粉末と、MoS2を含む粉末と、ラーベス相を含まない青銅粉末の少なくとも1つ以上が分散されている。
【0011】
本発明の第5の態様に係る摺動部材は、
金属基材と、
前記金属基材の一の面に形成される多孔質層と、
前記多孔質層を被覆する摺動層を備え、
前記摺動層は、樹脂組成物で形成され、
前記摺動層中には、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子粉末が分散されている。
【0012】
本発明の第6の態様に係る摺動部材は、第1~5のいずれかの態様に係る摺動部材であって、
前記多孔質層の厚みと前記摺動層の厚みの比率は、6:4~8:2である。
【0013】
本発明の第7の態様に係る摺動部材は、第1~6のいずれかの態様に係る摺動部材であって、
前記多孔質層と前記摺動層とを合わせた全体を100質量%とした時に前記硬質粒子の含有率と前記硬質粒子粉末の含有率との合計は1~20質量%である。
【0014】
本発明の第8の態様に係る軸受は、
第1~7のいずれかの態様に係る摺動部材から構成される軸受であって、
円筒状の内周面を有し、前記内周面が前記摺動層で構成されている。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、LBC3よりも耐焼付性の点で改善された摺動部材および軸受を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、一実施の形態に係る摺動部材の概略構成を示す縦断面図である。
【
図2A】
図2Aは、一実施の形態に係る摺動部材の断面組織の反射電子組成像である。
【
図2B】
図2Bは、一実施の形態に係る摺動部材の多孔質層の断面組織の反射電子組成像である。
【
図2C】
図2Cは、一実施の形態に係る摺動部材の多孔質層の断面組織のEPMAによるSnのマッピング画像である。
【
図2D】
図2Dは、一実施の形態に係る摺動部材の多孔質層の断面組織のEPMAによるCoのマッピング画像である。
【
図2E】
図2Eは、一実施の形態に係る摺動部材の多孔質層の断面組織のEPMAによるMoのマッピング画像である。
【
図2F】
図2Fは、一実施の形態に係る摺動部材の多孔質層の断面組織のEPMAによるSiのマッピング画像である。
【
図3A】
図3Aは、一実施の形態の一変形例に係る摺動部材の断面組織の反射電子組成像である。
【
図3B】
図3Bは、一実施の形態の一変形例に係る摺動部材の断面組織のEPMAによるSnのマッピング画像である。
【
図3C】
図3Cは、一実施の形態の一変形例に係る摺動部材の断面組織のEPMAによるCoのマッピング画像である。
【
図3D】
図3Dは、一実施の形態の一変形例に係る摺動部材の断面組織のEPMAによるMoのマッピング画像である。
【
図3E】
図3Eは、一実施の形態の一変形例に係る摺動部材の断面組織のEPMAによるSiのマッピング画像である。
【
図4】
図4は、一実施の形態の別の一変形例に係る摺動部材の概略構成を示す縦断面図である。
【
図5A】
図5Aは、一実施の形態の第1変形例に係る摺動部材の摺動層の断面組織の反射電子組成像である。
【
図5B】
図5Bは、一実施の形態の第1変形例に係る摺動部材の摺動層の断面組織のEPMAによるMoのマッピング画像である。
【
図5C】
図5Cは、一実施の形態の第1変形例に係る摺動部材の摺動層の断面組織のEPMAによるSのマッピング画像である。
【
図6A】
図6Aは、一実施の形態の第2変形例に係る摺動部材の摺動層の断面組織の反射電子組成像である。
【
図6B】
図6Bは、一実施の形態の第2変形例に係る摺動部材の摺動層の断面組織のEPMAによるCoのマッピング画像である。
【
図6C】
図6Cは、一実施の形態の第2変形例に係る摺動部材の摺動層の断面組織のEPMAによるMoのマッピング画像である。
【
図6D】
図6Dは、一実施の形態の第2変形例に係る摺動部材の摺動層の断面組織のEPMAによるSiのマッピング画像である。
【
図7】
図7は、一実施の形態に係る軸受の概略構成を示す斜視図である。
【
図8】
図8は、一実施の形態に係る摺動部材の製造工程を示す図である。
【
図9】
図9は、スラスト試験機の概略構成を示す図である。
【
図10】
図10は、実施例1および比較例1の試験片についての周速に対する熱抵抗を示すグラフである。
【
図11】
図11は、実施例1および比較例1の試験片についての限界PV曲線を示すグラフである。
【
図12】
図12は、実施例2~4の試験片についての限界PV曲線を示すグラフである。
【
図13】
図13は、実施例5~8の試験片についての限界PV曲線を示すグラフである。
【
図14】
図14は、実施例8および比較例1、2の試験片についての限界PV曲線を示すグラフである。
【
図15】
図15は、実施例4、7、8および比較例1、2の試験片についての面圧10MPaにおける摩耗量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、添付の図面を参照して、本発明の実施の形態を詳細に説明する。なお、本明細書において、組成に関する「%」は、特に指定しない限り「質量%」である。また、本明細書において、「○○~△△」(○○、△△はいずれも数字)は、特に指定しない限り「○○以上△△以下」を意味する。また、本明細書において、「主成分」とは、組成物全体に対して50質量%以上含まれている成分をいう。また、本明細書において、「硬質粒子粉末」とは、焼結前の混合粉末中の粉末または摺動層の樹脂組成物中に分散している粉末をいい、「硬質粒子」とは、焼結後の多孔質層中の粒子をいう。後述するように、焼結時に硬質粒子粉末に含まれるCuとSnがマトリックス相中にある程度移動するため、多孔質層中の硬質粒子の含有量は、混合粉末中の硬質粒子粉末の配合量から変動し、硬質粒子中の各構成元素の含有量は、硬質粒子粉末中の各構成元素の含有量とは異なるものとなる(硬質粒子は、化学成分のうちSnとCuの含有率が硬質粒子粉末に比べてある程度下がった組成の粒子である)。
【0018】
<摺動部材の構成>
図1は、一実施の形態に係る摺動部材1の概略構成を示す縦断面図であり、
図2Aは、摺動部材1の断面組織の反射電子組成像である。
図1および
図2Aに示すように、摺動部材1は、金属基材2と、金属基材2の一の面である表面に形成される多孔質層3と、多孔質層3を被覆する摺動層4と、を備えている。
【0019】
このうち金属基材2の材質は、軸受の裏金母材として利用できる程度の強度および形状安定性を有するものであれば、特に限定されないが、たとえば、低炭素鋼(SPCC,SS400など)であってもよいし、Fe系の板材にCuがめっきされた銅メッキ鋼板であってもよい。
【0020】
多孔質層3は、金属基材2の表面に、金属粉末(後述する混合粉末、または噴霧時に混合粉末を合金化させた合金粉末)が焼結されて形成されている。多孔質層3の厚さは、金属粉末が少なくとも2個以上重なって焼結され得る厚さであってもよく、たとえば0.3mm以下であってもよい。
【0021】
多孔質層3は、CuおよびSnを含むマトリックス相と、マトリックス相中に分散している硬質粒子とを有している。
図2Bは、多孔質層3の断面組織の反射電子組成像である。
図2Cは、多孔質層3の断面組織の電子線マイクロアナライザ(Electron Probe Micro Analyzer;EPMA)によるSnのマッピング画像であり、
図2Dは、Coのマッピング画像であり、
図2Eは、Moのマッピング画像であり、
図2Fは、Siのマッピング画像である。なお、
図2B~
図2Fに示す例では、多孔質層3は、後述する混合粉末を噴霧時に合金化させた合金粉末が焼結されて形成されたものである。合金粉末にされることで、粉末の焼結が促進してネックが形成され、粉末同士が十分に接合され得る。また、合金粉末にされることで、硬質粒子が微細化され、マトリックス相中に一様に分散される。一変形例として、後述する摺動層4中に硬質粒子粉末4aが分散されている場合には、多孔質層3は硬質粒子を含んでいなくてもよい。
図3Aは、多孔質層3が硬質粒子を含んでおらず、摺動層4中に硬質粒子粉末4aが分散されている摺動部材1の断面組織の反射電子組成像であり、
図3Bは、EPMAによるSnのマッピング画像であり、
図3Cは、EPMAによるCoのマッピング画像であり、
図3Dは、EPMAによるMoのマッピング画像であり、
図3Eは、EPMAによるSiのマッピング画像である。
【0022】
図2Cおよび
図3Bに示すように、マトリックス相は、主成分としてCuを含み、さらにSnを含む青銅系合金である。マトリックス相は、Cu、SnおよびNiの固溶体で構成されていてもよい。
【0023】
マトリックス相の結晶粒界にはBi粒子が分布していてもよい。この場合、摺動層4が摩耗して多孔質層3の一部が露出される摩擦面においてBiが従来の鉛青銅のPbと同様の自己潤滑作用を発現し、摩擦する二面間の間で潤滑剤として働くことで、摩擦低減を図ることができる。
【0024】
図2D~
図2Fに示すように、硬質粒子は、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含んでいる。また、
図3B~
図3Eに示すように、硬質粒子粉末4aは、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含んでいる。ここで、ラーベス相とは、原子半径比が1.2:1付近となるA元素とB元素からなるAB
2型を基本とした金属間化合物であり、MgZn
2(C14)型、MgCu
2(C15)型、MgNi
2(C36)型の3種の構造がある。Co、MoおよびSiの組成(より詳しくは、Co
3Mo
2Si)で構成されるラーベス相は、A元素をMo、B元素をCoとし、Coの25at%をSiに置換したラーベス相であり、六方晶構造を有するMgZn
2型である。Co
3Mo
2Siで構成されるラーベス相のビッカース硬さは、Hv1000~1200である。
【0025】
摺動層4が摩耗して多孔質層3の一部が露出される際に、マトリックス相の中に分散している硬質粒子は、マトリックス相となる軟質な青銅よりも高い荷重を受けると考えられるが、Co、MoおよびSiの組成で構成される硬いラーベス相が摩擦面に析出して負荷を支えることで、多孔質層3の摩耗低減に有利に作用し得る。また、摺動層4中に硬質粒子粉末4aが分散されている場合でも、摺動層4が摩耗して硬質粒子粉末4aが露出した際に上記と同様の効果を得ることができる。
【0026】
また、本実施の形態では、ラーベス相中のMoと潤滑油中のSによって摩擦面にMoS2の硫化被膜が形成され得る。MoS2は、鉛の固体潤滑性を代替させ摩擦特性の向上に寄与する硫化物として知られている材料であり、モリブデン間、モリブデンと硫黄間の結合に比べて、硫黄間の結合が弱いため、摩擦が起こると選択的に硫黄間の結合が切れることによって潤滑が起こり、摩耗の抑制に有効に作用し得る。また、ラーベス相中のMoの摺動中の酸化によって摩擦面に生じるMo酸化物も潤滑効果を発揮して摩耗の抑制に有効に作用し得る。
【0027】
多孔質層3が硬質粒子を含んでいる場合には、多孔質層3全体を100質量%とした時に、硬質粒子の含有率は、たとえば40質量%以下であってもよい。多孔質層3全体を100質量%とした時に、硬質粒子の含有量は、たとえば0.1質量%以上であってもよい。硬質粒子の含有量が0.1質量%以上であれば、上述したような多孔質層3の摩耗低減の効果が得られる。また、多孔質層3全体を100質量%とした時に、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相の含有率は、たとえば0.1~20質量%であってもよい。後述する摺動層4中に硬質粒子粉末4aが分散されており、多孔質層3が硬質粒子を含んでいない場合には、多孔質層3全体を100質量%とした時に、CuおよびSnの含有率の合計は、99.9%以上であってもよい。
【0028】
多孔質層3は、マトリックス相中に分散している化合物相をさらに有していてもよい。
【0029】
化合物相は、Co、Fe、Ni、SiおよびCrを含んでいる。マトリックス相の中に化合物相が形成されることで、マトリックス相の硬度を高めることができ、耐焼付性の向上に有利に作用し得る。
【0030】
摺動層4は、多孔質層3に樹脂組成物が所定の厚さで含浸され、多孔質層3に含浸された樹脂組成物が焼成されて形成される。摺動層4の厚さ(金属基材2の表面からの厚さ)は、多孔質層3が露出しないように、多孔質層3の厚さより平均して厚く設定されてもよい。
【0031】
摺動層4の樹脂組成物は、主成分としてフッ素樹脂を含む。樹脂組成物のベース樹脂となるフッ素樹脂としては、たとえばPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)、PFA(パーフルオロアルコキシアルカン)、FEP(パーフルオロエチレンプリペンコポリマー)、EFFE(エチレンテトラフルオロエチレンコポリマー)などが用いられてもよい。
【0032】
樹脂組成物は、フッ素樹脂としてPTFEを主成分として含み、PTFE以外のPFA等の他のフッ素樹脂を任意の添加物として含んでもよい。任意の成分として含まれる他のフッ素樹脂の含有量は、樹脂組成物中0vol%以上20vol%以下であってもよい。
【0033】
PTFE樹脂の市販品としては、ポリフロン(登録商標) D-210C、F-201(ダイキン工業社製)、Fluon(登録商標) AD911D(旭硝子社製)、テフロン(登録商標) 31JR、6C-J(三井・デュポンフロロケミカル社製)などを挙げることができる。
【0034】
一変形例として、
図4に示すように、摺動層4の樹脂組成物中には、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子粉末4aと、二硫化モリブデン(MoS
2)粉末4bと、ラーベス相を含まない青銅粉末のうちの少なくとも1つ以上が分散されていてもよい。なお、多孔質層3が硬質粒子を含んでいない場合には、摺動層4中に硬質粒子粉末4aが分散されていることは必須である。
【0035】
図5Aは、樹脂組成物中に二硫化モリブデン粉末4bが分散されている摺動層4の断面組織の反射電子組成像であり、
図5Bは、EPMAによるMoのマッピング画像であり、
図5Cは、EPMAによるSのマッピング画像である。上述したように、MoS
2は、鉛の固体潤滑性を代替させ摩擦特性の向上に寄与する硫化物として知られている材料であり、モリブデン間、モリブデンと硫黄間の結合に比べて、硫黄間の結合が弱いため、摩擦が起こると選択的に硫黄間の結合が切れることによって潤滑が起こり、摩耗の抑制に有効に作用し得る。
【0036】
図6Aは、樹脂組成物中に硬質粒子粉末4aが分散されている摺動層4の断面組織の反射電子組成像であり、
図6Bは、EPMAによるCoのマッピング画像であり、
図6Cは、EPMAによるMoのマッピング画像であり、
図6Dは、EPMAによるSiのマッピング画像である。摺動層4中に分散している硬質粒子粉末4aは、摺動層4を形成する樹脂組成物よりも高い荷重を受けると考えられるが、Co、MoおよびSiの組成で構成される硬いラーベス相が摩擦面に析出して負荷を支えることで、摺動層4の摩耗低減に有利に作用し得る。
【0037】
別の一変形例として、摺動層4の樹脂組成物は、亜鉛化合物(ZnS(硫化亜鉛)、ZnO(酸化亜鉛)、ZnSO4(硫酸亜鉛など)、炭素繊維、酸化鉄、硫酸バリウム、アラミド繊維、黒鉛、カルシウム化合物(CaCO3(炭酸カルシウム)、CaSO4(硫酸カルシウム)、Ca(OH)2(水酸化カルシウム)など)、亜鉛、亜鉛合金のいずれか、または複数種を、任意の添加物として含んでいてもよい。樹脂組成物が亜鉛化合物を含むことで、弾性率の向上により摺動層4の変形が抑制され、外力により摺動層4が変形して接触面積が増減することが抑制され得る。また、樹脂組成物が炭素繊維を含むことで、動摩擦力の値、および静摩擦力と動摩擦力の変化を改善し、摺動特性を改善することができる。樹脂組成物が酸化鉄を含むことで、耐摩耗性の向上に加え、弾性率を向上させることができる。樹脂組成物が硫酸バリウムまたはアラミド繊維を含むことで、亜鉛化合物の添加により弾性率を改善することを阻害することなく、耐摩耗性を高くすることができる。樹脂組成物が黒鉛を含むことで、亜鉛化合物の添加により弾性率を改善することを阻害することなく、摩擦抵抗を低下させることができる。樹脂組成物がカルシウム化合物、亜鉛または亜鉛合金を含むことで、亜鉛化合物の添加により弾性率を改善することを阻害することなく、耐摩耗性を改善させることができる。
【0038】
多孔質層3の厚みと摺動層4の厚みの比率は、6:4~8:2であってもよく、たとえば7:3であってもよい。
【0039】
本実施の形態に係る摺動部材1として、(1)多孔質層3に硬質粒子が含まれるが、摺動層4には硬質粒子粉末4aが含まれない態様、(2)多孔質層3には硬質粒子が含まれないが、摺動層4に硬質粒子粉末4aが含まれる態様、(3)多孔質層3に硬質粒子が含まれ、かつ、摺動層4に硬質粒子粉末4aが含まれる態様の3つがあるが、(1)~(3)のいずれの態様おいても、多孔質層3と摺動層4とを合わせた全体(すなわち、摺動部材1全体から金属基材2を除いたもの)を100質量%とした時に、硬質粒子の含有率と硬質粒子粉末4aの含有率との合計は1~20質量%であってもよく、たとえば、15質量%であってもよい。
【0040】
<軸受の構成>
次に、一実施の形態に係る軸受20の構成について説明する。
図7は、一実施の形態に係る軸受20の概略構成を示す斜視図である。
図7に示すように、軸受20は、たとえばすべり軸受であり、上述した構成を有する摺動部材1を、摺動層4を内側として環状に構成される。軸受20は、円筒状の内周面を形成する摺動層4にて被摺動物である軸21を支持する。
【0041】
軸受20は、軸21が回転運動する形態、あるいは直線運動する形態のいずれであっても適用可能である。軸受20は、たとえば、自動車等のショックアブソーバ等、直線運動する形態で油が用いられる摺動部に使用されてもよい。また、軸受20は、歯車状の部材が回転することで、油を送出するギアポンプ等、回転運動する形態で油が用いられる摺動部に使用されてもよい。また本実施の形態に係る軸受の別形態として、トランスミッション等で用いられる転がり軸受も挙げられる。
【0042】
<摺動部材および軸受の製造方法>
次に、
図8を参照し、本実施の形態に係る摺動部材1および軸受20の製造方法について説明する。
図8は、摺動部材1の製造工程を示す図である。
【0043】
図8に示すように、まず、CuおよびSnを含む第1粉末と、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子粉末とを混合して混合粉末を作製する(ステップS10)。第1粉末および硬質粒子粉末に加えて、さらにCu、Co、Fe、Ni、SiおよびCrを含む第2粉末を混合して混合粉末を作製してもよい。
【0044】
ここで、第1粉末は、主成分としてCuを含み、さらにSnを含む青銅系合金粉末である。第1粉末は、BiまたはPをさらに含んでいてもよい。第1粉末がBiを含む場合には、後述する混合粉末の焼結時(すなわちステップS12)に、マトリックス相10の中にBi粒子が析出し、Biが従来の鉛青銅のPbと同様の自己潤滑作用を発現するため、低摩擦化を図ることができる。また、第1粉末がPを含む場合には、銅に混入した酸素を除去(脱酸)して水素脆化を抑制することができる。第1粉末の各構成元素の含有量は、Sn:10~11質量%、Cu:残部であってもよい。更にBiを含有する場合は、Bi:7~9質量%、Pを含有する場合は、P:0.02質量%以下が好ましい。混合粉末における第1粉末の配合量は、混合粉末全体の配合量より第1粉末以外の粉末の合計配合量を差し引いた残部の量である。
【0045】
硬質粒子粉末は、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相とCuを含む合金粉末であって、Cu、Si、Fe、Mo、CoおよびCrを含む硬質粒子粉末である。硬質粒子粉末は、Snをさらに含んでいてもよく、たとえば、Snを1質量%以上含んでいてもよい。Snを含まない硬質粒子粉末の固相温度は1450℃近くに達するが、Snを含有させることで、硬質粒子粉末の固相温度を低減させることができ、800℃近くで硬質粒子粉末を裏金母材へ固相焼結させることが可能となる。また、硬質粒子粉末に内包されたSnは、焼結時に第1粉末によるCu-Snマトリックス相側へ固溶し、拡散接合される。Snを介しての粉末収縮により焼結が進行することで、マトリックス相中のSnと硬質粒子粉末に内包されたSnによる固溶強化が発現し得る。硬質粒子粉末中の各構成元素の含有量は、硬質粒子粉末全体を100質量%とした時にCo:14~20質量%、Mo:24~28質量%、Si:3~7質量%、Fe:2~16質量%、Cr:1~10質量%、Cu:残部であってもよい。Snを含む場合には、硬質粒子粉末中の各構成元素の含有量は、硬質粒子粉末全体 を100質量%とした時にCo:14~20質量%、Mo:24~28質量%、Si:3~7質量%、Fe:2~16質量%、Cr:1~10質量%、Sn:1~15質量%、Cu:残部であってもよい。混合粉末全体を100質量%とした時(すなわち摺動層3全体を100質量%とした時)に硬質粒子粉末の配合量は1~40質量%であってもよく、1~3質量%が好ましい。焼結時に硬質粒子粉末よりCuとSnが溶け出すため、摺動層3中の硬質粒子の含有量は、混合粉末中の硬質粒子粉末の配合量から変動する。
【0046】
第2粉末は、主成分としてCuを含み、さらにCo、Fe、Ni、SiおよびCrを含む合金粉末である。第2粉末は、Snをさらに含んでいてもよく、たとえば、Snを1質量%以上含んでいてもよい。Snを含まない第2粉末の固相温度は1240℃近くに達するが、Snを含有させることで、第2粉末の固相温度を低減させることができ、800℃近くで第2粉末を裏金母材へ固相焼結させることが可能となる。Snを含む場合には、第2粉末中の各構成元素の含有量は、第2粉末全体を100質量%とした時にCo:0.6~4.6質量%、Fe:1.6~5.6質量%、Ni:10~14質量%、Si:0.5~4.5質量%、Cr:0.5~1.5質量%、Sn:1~15質量%、Cu:残部であってもよい。混合粉末中に第2粉末を含む場合は、混合粉末全体を100質量%とした時に第2粉末の配合量は2~38質量%であってもよく、10~38質量%が好ましく、17~19質量%がより好ましい。
【0047】
混合粉末全体を100質量%とした時に硬質粒子粉末の配合量は1~40質量%であり、第2粉末の配合量は15~18質量%であってもよい。この場合、優れた剪断加工性を実現できる。
【0048】
第1粉末、硬質粒子粉末および第2粉末はそれぞれ、たとえばガスアトマイズ法による噴霧により製造することできる。ガスアトマイズ法において、溶解の熱源は高周波であってもよく、ルツボ(底部にノズル付)にはジルコニア質を使用してもよい。
【0049】
第1粉末の粒径は、たとえば45μm~180μmであってもよい。硬質粒子粉末の粒径は、53μm以下の微粉であってもよい。第2粉末の粒径は、53μm~150μmであってもよい。ここで「粒径」とは、マイクロトラック・ベル社製 粒子径分布測定装置MT3300EXIIを用いたレーザー回折・散乱法により測定される粒子径分布をいう。この測定方法は、JIS Z3284-2の「4.2.3のレーザー回折式粒度分布測定試験」のうちペーストから粉末を抽出する工程以降の試験手順に準じた測定方法である。
【0050】
次に、
図8に示すように、金属基材2の一の面上に第1粉末、硬質粒子粉末を含む混合粉末を散布する(ステップS11)。混合粉末は、第2粉末を含んでもよい。ステップS11において、噴霧時にアトマイズ処理により混合粉末を合金化させた合金粉末を金属基材2の一の面上に散布してもよい。そして、金属基材2上に散布された混合粉末(または合金粉末)を800~900℃で焼結して多孔質層3を形成する(ステップS12)。上述したように、Snを含まない硬質粒子粉末、第2粉末の固相温度はそれぞれ1450℃、1240℃近くに達するが、Snを含有させることで、硬質粒子粉末、第2粉末の固相温度を低減させることができ、800℃近くで硬質粒子粉末、第2粉末を金属基材3(裏金母材)へ固相焼結させることが可能となる。また、硬質粒子粉末に内包されたSnは、焼結時に第1粉末によるCu-Snマトリックス相側へ固溶し、拡散接合される。Snを介しての粉末収縮により焼結が進行することで、マトリックス相中のSnと硬質粒子粉末に内包されたSnによる固溶強化が発現し、最終的には高強度の合金が形成され得る。
【0051】
次に、
図8に示すように、金属基材2の表面に形成された多孔質層3上に、所定の量の樹脂組成物を供給し、樹脂組成物を多孔質層3に押圧することで、樹脂組成物を多孔質層3に含浸させる(ステップS13)。多孔質層3上に供給される樹脂組成物には、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子粉末4aと、二硫化モリブデン(MoS
2)粉末4bのうちの少なくとも1つ以上が分散されていてもよい。多孔質層3上に供給される樹脂組成物の量は、後述する樹脂組成物の焼成後に、多孔質層3が摺動層4の表面から露出しない厚さで多孔質層3を被覆する量である。
【0052】
次に、樹脂組成物に含まれる樹脂の融点を超える温度で樹脂組成物を加熱することで、樹脂を溶融させるとともに有機溶剤を揮発させたのち、樹脂を硬化させることで、摺動層4を形成する(ステップS14)。樹脂組成物を所定の温度で加熱して摺動層4を形成することを焼成と称する。なお、樹脂として使用されるポリテトラフルオロエチレンの融点は、327℃である。
図8に示す例では、焼成炉を使用して、ポリテトラフルオロエチレンの融点を超える温度(たとえば400~500℃)で樹脂組成物を加熱することで、摺動層4を焼成する。
【0053】
次に、
図8に示すように、多孔質層3および摺動層4が形成された金属基材2を圧延する(ステップS15)。これにより、上述した構成を有する摺動部材1(
図1~
図4参照)が製造される。その後、圧延された金属基材(摺動部材1)を、摺動層を内側として巻ブッシュ状に加工することで、上述した構成を有する軸受20(
図7参照)が製造される。
【0054】
<実施例>
次に、本実施の形態に係る具体的な実施例について説明する。
【0055】
(試験片の作製)
本件発明者らは、まず、第1粉末、硬質粒子粉末および第2粉末のサンプルをそれぞれ、ガスアトマイズ法による噴霧により、下表1に示す化学成分の質量比にて作製した。すなわち、第1粉末のサンプルは、Snが10.75質量%、Pが0.1質量%未満、Cuが残部となる組成で構成されている。また、硬質粒子粉末のサンプルは、Snが4.5質量%、Siが5質量%、Feが15質量%、Coが16質量%、Crが4質量%、Moが26質量%、Cuが残部となる組成で構成されている。また、第2粉末のサンプルは、Snが7.8質量%、Niが12質量%、Siが2.5質量%、Feが3.6質量%、Coが2.6質量%、Crが1質量%、Cuが残部となる組成で構成されている。
【0056】
【0057】
次に、実施例1~8の試験片を、以下の手順にて作製した。すなわち、第1粉末と硬質粒子粉末と第2粉末のサンプルを、質量比80:2:18にて混合して混合粉末を作製したのち、混合粉末をアトマイズ処理により噴霧時に合金化させて合金粉末を作製した。合金粉末の粒径は53~180μmである。合金粉末の粒子中には、噴霧時に針状の粒子が入ったため、篩で分級して針状粒子を取り除いた粉末を、裏金母材SS400上に散布し、焼結温度870℃、焼結時間60分で焼結して多孔質層を形成した。混合粉末中の第1粉末、硬質粒子粉末、第2粉末の配合割合、多孔質層を形成する合金粉末(焼結粉末)の組成比率の計算値および測定値を上表1に示す。
【0058】
次に、下表2に示す組成の樹脂組成物であって、さらに黒鉛粉末(下表2では記載を省略)を2vol%混合した樹脂組成物を多孔質層に含浸させたのち、樹脂組成物を焼成することで、多孔質層を被覆する摺動層を形成し、その後、圧延を施工することで、実施例1~8の試験片を作製した。よって、実施例1~8の摺動層には、全て黒鉛粉末が含まれている。なお、
図3A~
図3Eは、実施例1の試験片における多孔質層の断面組織の反射電子像およびEPMAによるSn、Co、Mo、Siのマッピング画像を示している。
【0059】
また、実施例9の試験片を、以下の手順にて作製した。すなわち、第1粉末のみを、裏金母材SS400上に散布し、焼結温度870℃、焼結時間60分で焼結して多孔質層を形成した。次に、下表2に示す組成の樹脂組成物であって、さらに黒鉛粉末(下表2では記載を省略)を2vol%混合した樹脂組成物を多孔質層に含浸させたのち、樹脂組成物を焼成することで、多孔質層を被覆する摺動層を形成し、その後、圧延を施工することで、実施例9の試験片を作製した。
【0060】
【0061】
同様に、裏金母材SS400上にLBC3を焼結したのち圧延を施工することで、比較例1の試験片を作製した。
また、裏金母材(炭素鋼)上に、粒度180μm以下、Cu:残部、Sn:10~11.5%、P:0.1%以下の青銅粉末を散布し、焼結温度870℃、焼結時間60分で焼結して(硬質粒子を含まない)多孔質層を形成したのち、以下の組成の樹脂組成物を多孔質層に含浸させ、当該樹脂組成物を焼成することで、多孔質層を被覆する摺動層を形成し、その後、圧延を施工することで、樹脂複合軸受である比較例2の試験片を作製した。
比較例2の樹脂組成物の配合(体積比率%)は次のとおりである。
PTFE樹脂:98%、黒鉛2%
なお、実施例1~8および比較例1、2の試験片の寸法は、いずれも、40mm角×板厚1mm(ライニング厚み0.3mm、裏金厚み0.7mm)である。ここで、ライニング厚みとは、裏金表面から摺動層(実施例1~8および比較例2の場合は樹脂層、比較例1の場合はLBC3)表面までの厚み方向の長さをいう。
【0062】
(評価試験)
次に、実施例1~9および比較例1、2の試験片について、耐焼付性および耐摩耗性を比較するために、以下に説明する評価試験を行った。
【0063】
本評価では、
図9に示すスラスト試験機を使用した。使用油は油圧作動油(銘柄 VG32)を用いた。ジンバル容器中への油量は250cc、相手側円筒リングは、外径Φ30、内径Φ24である。なお、本評価は、油中での評価試験であるが、円筒リングと軸受メタルの間には隙間が無く完全に接触した状態で摺接させため、実際には油膜が殆ど形成されない境界潤滑環境での評価に属する。
【0064】
(1)耐焼付性評価
軸受の負荷容量の限界を表す指標として、限界PV値が適用範囲の判定に利用される。軸受の限界PV値を求める方法として、本件発明者らは、μPVとT(潤滑油温度)の間には直線関係が得られることに着目した。潤滑油の劣化開始温度(80℃)に対するμPV値を求め、さらにそのとき得られた摩擦係数μ値からPV値を解析した。また、限界PV曲線の作図に際し、周速は0.2m/s、1m/s、3m/sの3水準で実施した。負荷は0.6MPa/30sのステップ荷重とし、摩擦係数が0.5または試験片背面温度が200℃に達した時点の荷重を、摩擦断面積254mm2で除した値を焼付面圧と定義した。相手材は硬くて靭性のあるS45C浸炭浸窒、表面粗度はRa0.17μmに研磨仕上げを施工した。
(2)耐摩耗性評価
摩耗試験は面圧と周速一定の稼働条件のもと、面圧1MPa、5MP、10MPa、周速0.2m/s、3m/s(試験片がほぼサチュレートする条件と短時間で発熱する条件)の合計6水準の組み合わせで行った。連続稼働時間は1hrを基本としたが、試験片背面温度が200℃に達した時点でリミッター作動により試験機が停止するように設定した。相手材は上述の耐焼付性評価で説明したS45Cに浸炭浸窒処理を施した円筒リングを使用し、摺接面の表面粗度はRa0.17μm狙いに研磨仕上げした。
【0065】
(結果と考察)
図10は、実施例1および比較例1の試験片について、周速に対する熱抵抗の測定値を示しており、
図11は、限界PV曲線を示している。熱抵抗は、接触面に発生する摩擦発熱量Qと潤滑油温度から得られる線形近似直線の勾配から、各周速別に求めた。摩擦発熱量Qは、荷重、速度、摩擦係数から下式(1)を用いて解析した。
Q=μwV ・・・(1)
ここで、Qは接触面に発生する発熱量(N・m/s=J/s=W)、wは荷重(N)、Vは速度(m/s)、μは接触面の摩擦係数である。
【0066】
実施例1の試験片は、
図3C~
図3Eに示すように、多孔質層のなかにCo、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子を含んでいる試験片である。前記の通り、実施例1の試験片の摺動層はPTFEと黒鉛粉末とからなり、摺動層中にMoS
2粉末や硬質粒子粉末を含んでいない。
図11を参照し、実施例1の試験片は、比較例1の試験片と比べてPV値が全体的に高く、耐焼付性が向上していることが確認された。また、
図10および
図11を参照し、周速0.2m/sの低速域において、実施例1の試験片は、比較例1の試験片より熱抵抗が低減し、焼付面圧が1.35倍高い40MPa以上に達し、優れた耐焼付性能を発現することが確認された。
【0067】
図12は、実施例2~4の試験片についての限界PV曲線を示しており、
図13は、実施例5~8の試験片についての限界PV曲線を示している。
図14は、実施例8および比較例1、2の試験片についての限界PV曲線を示している。
【0068】
図11と
図12とを比べると、摺動層中にMoS
2粉末が添加されている実施例2~4の試験片はいずれも、摺動層中にMoS
2が添加されていない実施例1の試験片と比べてPV値が全体的に高く、耐焼付性が向上しているが確認された。また、
図12を参照し、周速に対する焼付面圧について、MoS
2粉末の影響を見ると、0.2m/sの低速域での焼付面圧は約50MPa程度、1m/sの中速域では約15MPa程度、3m/sの高速域では約10MPa程度であり、添加量を増やしても焼付性向上には寄与しない結果であった。
【0069】
また、
図11と
図13とを比べてみると、多孔質層中に硬質粒子が分散されており、摺動層中に硬質粒子粉末が添加されている実施例5~8の試験片はいずれも、摺動層中に硬質粒子粉末が添加されていない実施例1の試験片と比べてPV値が全体的に高く、耐焼付性が向上していることが確認された。図示は省略するが、多孔質層中に硬質粒子が分散されておらず、摺動層中に硬質粒子粉末が添加されている実施例9の試験片でも、同様に、良好な耐焼付性を示すことが確認された。また、
図13を参照し、硬質粒子粉末の影響を見ると、0.2m/sの低速域では、硬質粒子粉末1質量%の実施例5が81.8MPa、硬質粒子粉末5質量%の実施例6が65.2MPa、硬質粒子粉末10質量%の実施例7が70.7MPaの焼付面圧であった。1m/sの中速域では、硬質粒子粉末1質量%の実施例5が20.1MPa、硬質粒子粉末5質量%の実施例6が19.9MPaに対し、硬質粒子粉末10質量%の実施例7が37.1MPaであり、焼付性向上が認められた。3m/sの高速域では、硬質粒子粉末1質量%の実施例5が7.8MPa、硬質粒子粉末5質量%の実施例6が8.3MPa、硬質粒子粉末10質量%の実施例7が11.6MPaであった。摺動層中に硬質粒子粉末が10質量%添加されている実施例7および15質量%添加されている実施例8の試験片は、PV値が全体的に他のもの(すなわち実施例1~6および比較例の試験片)より高く、焼付性向上の効果が認められた。硬質粒子粉末の添加量に応じて摺動層(樹脂層)が硬くなったことが起因したと考えられる。
図14を参照し、硬質粒子粉末が15質量%添加されている実施例8の試験片は、比較例1、2の試験片と比べて、3m/sの高速域での焼付面圧が約2倍高い値を示すことが確認された。以上より、摺動層中への硬質粒子粉末の添加量は、10質量%以上が好ましいと推測される。
【0070】
図15は、実施例4、7、8、9および比較例の試験片について、面圧10MPaのときの摩耗量を示している。
図15を参照し、面圧10MPaの高荷重域において、多孔質層中に硬質粒子が分散されており、摺動層中にMoS
2粉末が10質量%添加されている実施例4は0.01mm/km、多孔質層中に硬質粒子が分散されており、摺動層中に硬質粒子粉末が10質量%添加されている実施例7は0.003mm/km、15質量%添加されている実施例8は0.0054mm/km、多孔質層中に硬質粒子が分散されておらず、摺動層中に硬質粒子粉末が15質量%添加されている実施例9は0.0027mm/km、比較例1は0.048mm/km、比較例2は0.033mm/kmであった。特に摩耗低減に寄与したのは、摺動層中に硬質粒子粉末が10質量%添加されている実施例7および15質量%添加されている実施例8、9であった。樹脂化合物中に硬い硬質粒子粉末(ラーベス粒子)を添加することにより、摺動層(樹脂層)の耐摩耗性が上がり、稼働初期段階からの摩耗低減に貢献したものと推察される。
【0071】
以上、本発明の実施の形態および変形例を例示により説明したが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではなく、請求項に記載された範囲内において目的に応じて変更・変形することが可能である。また、各実施の形態および変形例は、処理内容を矛盾させない範囲で適宜組み合わせることが可能である。
【符号の説明】
【0072】
1 摺動部材
2 金属基材
3 多孔質層
4 摺動層
4a 硬質粒子粉末
4b 二硫化モリブデン粉末
20 軸受
21 軸