(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023098655
(43)【公開日】2023-07-10
(54)【発明の名称】水潤滑摺動部材用組成物、水潤滑摺動部材及び水潤滑軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/20 20060101AFI20230703BHJP
C08J 5/16 20060101ALI20230703BHJP
C10M 143/00 20060101ALI20230703BHJP
C10M 159/06 20060101ALI20230703BHJP
C10N 30/06 20060101ALN20230703BHJP
C10N 40/02 20060101ALN20230703BHJP
【FI】
F16C33/20 A
C08J5/16 CER
C08J5/16 CEZ
C10M143/00
C10M159/06
C10N30:06
C10N40:02
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022200585
(22)【出願日】2022-12-15
(31)【優先権主張番号】P 2021214804
(32)【優先日】2021-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000107619
【氏名又は名称】スターライト工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003823
【氏名又は名称】弁理士法人柳野国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲黒▼川 正也
(72)【発明者】
【氏名】松本 剛
【テーマコード(参考)】
3J011
4F071
4H104
【Fターム(参考)】
3J011AA20
3J011DA01
3J011JA02
3J011MA01
3J011PA10
3J011RA01
3J011SA03
3J011SC02
4F071AA41
4F071AA71
4F071EA02
4H104CA00
4H104DA05C
4H104LA03
4H104PA02
(57)【要約】
【課題】水潤滑と無潤滑の両条件下で使用される場合でも、従来よりも良好な摩擦摩耗特性を有することが可能な水潤滑摺動部材用組成物、当該水潤滑摺動部材用組成物を含む水潤滑摺動部材、当該水潤滑摺動部材を有する水潤滑軸受を提供すること。
【解決手段】基材と、親水性基を有する熱硬化性樹脂及びワックスを含むマトリックス樹脂組成物と、を有し、前記基材が、20℃、65%相対湿度における水分率が5%以下の繊維で構成されており、前記熱硬化性樹脂(A)と前記ワックス(B)の重量比(A/B)が固形分基準で3~7である、水潤滑摺動部材用組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、親水性基を有する熱硬化性樹脂及びワックスを含むマトリックス樹脂組成物と、を有し、
前記基材が、20℃、65%相対湿度における水分率が5%以下の繊維で構成されており、
前記熱硬化性樹脂(A)と前記ワックス(B)の重量比(A/B)が固形分基準で3~7である、水潤滑摺動部材用組成物。
【請求項2】
前記ワックスが、天然ワックス及び合成ワックスから選択される少なくとも1種である請求項1記載の水潤滑摺動部材用組成物。
【請求項3】
前記ワックスが、非イオン系エマルジョンワックス、アニオン系エマルジョンワックス、ディスパージョンワックスから選択される少なくとも1種である請求項1又は2に記載の水潤滑摺動部材用組成物。
【請求項4】
前記基材が、不織布である請求項1又は2に記載の水潤滑摺動部材用組成物。
【請求項5】
前記熱硬化性樹脂が、フェノール樹脂である請求項1又は2に記載の水潤滑摺動部材用組成物。
【請求項6】
前記繊維と前記熱硬化性樹脂との溶解度パラメータ(SP値)の差が、2以下である請求項1又は2に記載の水潤滑摺動部材用組成物。
【請求項7】
前記繊維が、ポリエチレンテレフタレート繊維及びポリフェニレンサルファイド繊維から選択される少なくとも一種である請求項1又は2に記載の水潤滑摺動部材用組成物。
【請求項8】
請求項1又は2に記載の水潤滑摺動部材用組成物を含む水潤滑摺動部材。
【請求項9】
請求項8に記載の水潤滑摺動部材を有する水潤滑軸受。
【請求項10】
親水性基を有する熱硬化性樹脂、ワックス及び溶剤を含み、前記ワックスが均一に分散したワニスを調製する工程、
前記ワニスに基材を浸漬し、該基材にワニスを含浸させた後、乾燥させてプリプレグを調製する工程を含み、
前記基材が、20℃、65%相対湿度における水分率が5%以下の繊維で構成されており、
前記熱硬化性樹脂(A)と前記ワックス(B)の重量比(A/B)が固形分基準で3~7であり、
前記ワックスが、非イオン系エマルジョンワックス、アニオン系エマルジョンワックス、ディスパージョンワックスから選択される少なくとも1種である、水潤滑摺動部材用組成物の製造方法。
【請求項11】
前記熱硬化性樹脂が水溶性であり、溶剤が水である請求項10記載の水潤滑摺動部材用組成物の製造方法。
【請求項12】
前記熱硬化性樹脂が非水溶性であり、溶剤が有機溶剤である請求項10記載の水潤滑摺動部材用組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水潤滑摺動部材用組成物、水潤滑摺動部材及び水潤滑軸受に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、熱硬化性樹脂を繊維で構成される基材に含浸させた繊維強化樹脂組成物は、軸受等の摺動部材の構成材料として使用されている。例えば、綿布にフェノール樹脂を含浸させた樹脂組成物の積層体は、耐摩耗性、耐荷重性、剛性に優れる摺動部材として有用であることが知られている。一方、フェノール樹脂等のように親水性基を有する熱硬化性樹脂は、吸湿性が高く、また、綿布は吸水性が高い。そのため、綿布にフェノール樹脂を含浸させた樹脂組成物の積層体は水中環境下では水により膨潤して、寸法変化が大きく、摺動部材としての特性が大きく低下することも知られている。
【0003】
この改善策として、綿布に代えてポリエステル繊維等の吸湿性の低い合成繊維を用いることが知られている(特許文献1)。特許文献1に記載の発明では、木綿繊維とポリエステル繊維の混紡糸からなる織布又は混織布、グラファイト、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ワックス類、フェノール樹脂を所定の配合比で含む要滑部材が開示されている。また、このようにポリエステル繊維を木綿繊維と併用することで、膨潤を低下させ、耐摩耗性を向上させることができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
たとえば、特許文献1に記載の要滑部材を、水潤滑の条件で使用すると水による膨潤を抑制し、ある程度の耐摩耗性を向上させることは可能であると考えられる。しかし、水潤滑の条件で使用される軸受等の用途によっては、常に水潤滑の条件であるとは限らず、無潤滑の条件になる場合がある。このように、水潤滑と無潤滑の両条件下で使用される場合に、特許文献1に記載の要滑部材を適用すると、摩擦摩耗特性に改善の余地があることが判明した。
【0006】
そこで、本発明の目的は、水潤滑と無潤滑の両条件下で使用される場合でも、従来よりも良好な摩擦摩耗特性を有することが可能な水潤滑摺動部材用組成物、当該水潤滑摺動部材用組成物を含む水潤滑摺動部材、当該水潤滑摺動部材を有する水潤滑軸受を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、前述の課題解決のために、鋭意検討を行った。その結果、特定の繊維で構成される基材を採用し、所定の熱硬化性樹脂とワックスとを所定範囲の重量比で含むマトリックス樹脂組成物を採用することで、前述の課題を解決可能であることを見出した。本発明の要旨は以下のとおりである。
【0008】
(1)基材と、親水性基を有する熱硬化性樹脂及びワックスを含むマトリックス樹脂組成物と、を有し、前記基材が、20℃、65%相対湿度における水分率が5%以下の繊維で構成されており、前記熱硬化性樹脂(A)と前記ワックス(B)の重量比(A/B)が固形分基準で3~7である、水潤滑摺動部材用組成物。
(2)前記ワックスが、天然ワックス及び合成ワックスから選択される少なくとも1種である項(1)記載の水潤滑摺動部材用組成物。
(3)前記ワックスが、非イオン系エマルジョンワックス、アニオン系エマルジョンワックス、ディスパージョンワックスから選択される少なくとも1種である項(1)又は(2)に記載の水潤滑摺動部材用組成物。
(4)前記基材が、不織布である項(1)~(3)の何れか一項に記載の水潤滑摺動部材用組成物。
(5)前記熱硬化性樹脂が、フェノール樹脂である項(1)~(4)の何れか一項に記載の水潤滑摺動部材用組成物。
(6)前記繊維と前記熱硬化性樹脂との溶解度パラメータ(SP値)の差が、2以下である項(1)~(5)の何れか一項に記載の水潤滑摺動部材用組成物。
(7)前記繊維が、ポリエチレンテレフタレート繊維及びポリフェニレンサルファイド繊維から選択される少なくとも一種である項(1)~(6)の何れか一項に記載の水潤滑摺動部材用組成物。
(8)項(1)~(7)の何れか一項に記載の水潤滑摺動部材用組成物を含む水潤滑摺動部材。
(9)項(8)に記載の水潤滑摺動部材を有する水潤滑軸受。
【0009】
(10)親水性基を有する熱硬化性樹脂、ワックス及び溶剤を含み、前記ワックスが均一に分散したワニスを調製する工程、
前記ワニスに基材を浸漬し、該基材にワニスを含浸させた後、乾燥させてプリプレグを調製する工程を含み、
前記基材が、20℃、65%相対湿度における水分率が5%以下の繊維で構成されており、
前記熱硬化性樹脂(A)と前記ワックス(B)の重量比(A/B)が固形分基準で3~7であり、
前記ワックスが、非イオン系エマルジョンワックス、アニオン系エマルジョンワックス、ディスパージョンワックスから選択される少なくとも1種である、水潤滑摺動部材用組成物の製造方法。
(11)前記熱硬化性樹脂が水溶性であり、溶剤が水である前項(10)記載の水潤滑摺動部材用組成物の製造方法。
(12)前記熱硬化性樹脂が非水溶性であり、溶剤が有機溶剤である前項(10)記載の水潤滑摺動部材用組成物の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、水潤滑と無潤滑の両条件下で使用される場合でも、従来よりも良好な摩擦摩耗特性を有することが可能な水潤滑摺動部材用組成物、当該水潤滑摺動部材用組成物を含む水潤滑摺動部材、当該水潤滑摺動部材を有する水潤滑軸受を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例及び比較例で得られた評価用摺動部材の摩擦係数及び摩耗係数を測定するために用いられたジャーナル型軸受試験機の構成を模式的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明に係る水潤滑摺動部材用組成物は、基材と、親水性基を有する熱硬化性樹脂(以下、「熱硬化性樹脂」と称する場合がある。)及びワックスを含むマトリックス樹脂組成物と、を有する。基材は、20℃、65%相対湿度における水分率が5%以下の繊維(以下、「所定の繊維」と称する場合がある。)で構成されている。熱硬化性樹脂(A)とワックス(B)の重量比(A/B)が固形分基準で3~7である。
【0013】
このように、例えば綿等と比べて水分率が低い所定の繊維で構成された基材を用いることで基材に由来する水による膨潤を抑制するとともに、マトリックス樹脂組成物中に親水性基を有する熱硬化性樹脂に対してワックスを相当量含有させることで、樹脂の親水性基がもたらす水潤滑作用とワックスの作用の相乗的な効果により、従来よりも水潤滑および無潤滑条件において良好な摩擦摩耗特性を有するものと考えられる。
【0014】
水潤滑摺動部材用組成物に適用可能な基材は、20℃、65%相対湿度(RH)における水分率(以下、単に「水分率」又は「標準状態の水分率」と称する場合がある。)が5%以下の繊維で構成されていれば特に限定はない。ここで、20℃、65%相対湿度(RH)における水分率は、下記式により算出される。
【0015】
(水分率)=(繊維の重さ-絶乾繊維の重さ)/(繊維の重さ)×100
【0016】
式中、「繊維の重さ」は、温度20(±2)℃、相対湿度65(±4)%の恒温恒湿の状態にある環境条件で、水分平衡にある状態(以下、「標準状態」と称する場合がある。)の試料(繊維)を測定したときの重さである。また、「絶乾繊維の重さ」は、絶乾状態の試料(繊維)を測定した時の重さである。尚、この式の説明で用いた用語は、JIS L0208、JIS L0105に基づくものであり、各重さの測定は、JIS L0208に記載の方法に準じて行うことができる。
【0017】
所定の繊維としては、例えば、トリアセテート-フィラメント(標準状態の水分率:3.0~4.0%)、ビニロン繊維(標準状態の水分率:3.5~5.0%)、ポリアミド繊維(標準状態の水分率:3.5~5.0%)、ポリ塩化ビニル繊維(標準状態の水分率:0%)、ポリエステル繊維(標準状態の水分率:0.4~0.5%)、アクリル繊維(アクリロニトリルを主成分とする繊維)(標準状態の水分率:1.2~2.0%)、アクリル系繊維(アクリロニトリルの重量割合が40%以上50%未満の繊維、モダクリル繊維とも称する。)(標準状態の水分率:0.6~1.0%)、ポリエチレン繊維(水分率:0%)、超高分子量ポリエチレン繊維(水分率:0%)、ポリプロピレン繊維(標準状態の水分率:0%)、ポリウレタン繊維(標準状態の水分率:0.4~1.3%)、ビニリデン繊維、ポリフェニレンサルファイド(PPS)繊維(標準状態の水分率:0.2%)、ポリエーテルエーテルケトン繊維(水分率:0.14%)、ポリイミド繊維(水分率:<0.9%)、フッ素繊維(水分率:0.02%)等の化学繊維が挙げられる。
【0018】
所定の繊維は、熱硬化性樹脂との親和性が良好なものが好ましい。親和性の指標としては、SP値を用いることができる。そして、所定の繊維と熱硬化性樹脂とのSP値の差(絶対値)が、2以下であるのが好ましい。SP値の差は、0(ゼロ)に近いほどよい。SP値は、一般にはHansenの方法により求めることができる。尚、基材を構成する所定の繊維と熱硬化性樹脂の密着性向上のため、基材にワニスを浸漬させる前に、基材に対してシランカップリング処理、チタンカップリング処理、プラズマコート処理等の公知の表面処理を行っても良い。さらに、熱硬化性樹脂との親和性を向上する目的で、所定の繊維に親水化処理を施してもよい。このような親水化処理に適用可能な親水化処理剤としては、熱硬化性樹脂がフェノール樹脂の場合は、例えば、小西化学工業株式会社製のジヒドロキシジフェニルスルホンをベースとしたスルホン酸化合物である水溶性フェノール樹脂等が挙げられる。
【0019】
前述の繊維の種類のうち、熱硬化性樹脂との親和性の観点からは、ポリエステル繊維、ポリフェニレンサルファイド繊維、ポリエーテルエーテルケトン繊維、ポリイミド繊維、アクリル繊維が好ましく、ポリエステル繊維、ポリフェニレンサルファイド繊維がより好ましい。また、ポリエステル繊維としては、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)繊維、ポリブチレンテレフタレート(PBT)繊維等が挙げられ、前述の親和性の観点からは、PET繊維が特に好ましい。繊維の種類としては、ポリエチレンテレフタレート繊維及びポリフェニレンサルファイド繊維から選択される少なくとも一種であるのが好ましい。
【0020】
繊維の繊維径は、特に限定はなく、例えば、5~25μmとすることができる。繊維径が25μmを超えると、炭素鋼等からなる相手材と摺動する場合に、該相手材の摺動面を傷付け、積層成形体(素材)からなる摺動部材の摩耗を増長させる傾向がある。一方、繊維径が5μm未満の場合では、積層成形体(素材)を作製する工程における繊維の熱劣化等の影響により補強効果が発揮されない場合がある。
【0021】
基材の形態は、特に限定はなく、例えば、布帛状の形態とすることができる。また、布帛状の形態の場合は、基材は、不織布、織物、編物等とすることができる。これらのうち、不織布が好ましい。不織布の場合、液状のマトリックス樹脂組成物を基材に含浸する際に、他の形態より浸透性が良好で、基材に対するマトリックス樹脂組成物の付着量を他の形態より向上させることができる。不織布としては、特に限定はなく、例えば、繊維を積層してシート状に広げたウェブにおいて、ワニスを含浸させた際のワニスの重量により基材が垂れ下がって基材の幅が小さくなったり、ワニスを含浸した基材を熱乾燥する際に熱収縮したりする現象による基材の幅方向の寸法変化量が5%以下となるように、繊維間を次の(a)~(e)により適度に結合させ、布状にしたものが挙げられる;(a)接着剤による化学的接着(ケミカルボンド)、(b)加熱による融着(サーマルボンド)、(c)鉤付き針による機械的な絡み合わせ(ニードルパンチ)、(d)高圧水流の噴射による絡み合わせ(スパンレース)、(e)ウェブの縫い合わせ(ステッチボンド)。
【0022】
基材の厚みは、特に限定はないが、後述するようにワニスを基材に含浸させてプリプレグを作製し、これを積層して、基材とマトリックス樹脂組成物を含む積層成形体を作製する場合は、1mm~4mmが好ましく、1~3mmがより好ましく、1.5~2.5mmがさらに最も好ましい。また、ワニスを含浸しない未含浸基材を、ワニスを含浸した含浸基材同士の間に挟んで積層成形体を製造する場合は、基材のフラジール法による通気度は50~150cm3/cm2/secが好ましく、80~120cm3/cm2/secがより好ましい。未含浸基材とワニスを含浸した基材とを積層成形する場合、積層成形後の層間強度の観点から、未含浸基材とマトリックス樹脂とのSP値の差は5.5以下とすることができる。
【0023】
基材の含量は、水潤滑摺動部材用組成物が後述するプリプレグの状態において、水潤滑摺動部材用組成物中、30~70重量%が好ましい。また、無潤滑条件で摺動する場合は、摩耗形態として凝着摩耗が生じることになり、ワックスの効果をいっそう高めて凝着摩耗作用を低減させるために、プリプレグの状態におけるマトリックス樹脂組成物の含量は55~70重量%、即ち、基材の含量が30~45重量%がより好ましい。
【0024】
マトリックス樹脂組成物に含まれる熱硬化性樹脂は、親水性基を有するものである。また、親水性基を有する熱硬化性樹脂は、水溶性であってもよいし、非水溶性であってもよい。水溶性熱硬化性樹脂とは、例えば、純水を25℃で樹脂固形分の50重量%以上含んでも、白濁や沈殿を起こさないものをいい、非水溶性熱硬化性樹脂とは、水溶性熱硬化性樹脂に該当しないものをいう。親水性基としては、例えば、ヒドロキシ基、アミノ基、カルボキシ基、アミド基等が挙げられる。これらは水素結合によって水分子を吸着させるため、水潤滑条件において、水潤滑摺動部材とした時に、その表面に水膜を形成し易く、摺動面における摩擦係数を低下させることができる。このような熱硬化性樹脂としては、例えば、フェノール樹脂、ユリア樹脂、イミド樹脂等が挙げられる。このうち、ノボラック型及びレゾール型のそれぞれで架橋剤、触媒等を適宜選定することにより架橋密度を制御できることから、フェノール樹脂が好ましい。
【0025】
フェノール樹脂としては、フェノール類とアルデヒド類との反応物であればよく、公知のものを採用することができる。フェノール類は、特に限定されず、アルキルフェノール(クレゾール、キシレノール等)、多価フェノール類(レゾルシン等)、フェニルフェノール、アミノフェノール等が挙げられる。また、アルデヒド類は、特に限定されず、ホルムアルデヒド、パラホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、フルフラール等が挙げられる。また、フェノール樹脂は、レゾール型、ノボラック型の何れでもよい。変性フェノール樹脂でもよい。これらは、例えば水潤滑摺動部材の用途等に応じて適宜選択することができる。
【0026】
レゾール型フェノール樹脂は、例えば、フェノール類とアルデヒド類をアルデヒド類過剰かつ塩基触媒(例えば、アルカリ金属又はアルカリ土類金属の水酸化物、アンモニア、アミン類等)下で反応させたもの等である。ノボラック型フェノール樹脂は、例えば、フェノール類とアルデヒド類をフェノール類過剰かつ酸触媒下で反応させたもの等である。このようなレゾール型フェノール樹脂及びノボラック型フェノール樹脂は、水媒体中で乳化剤等によりエマルジョン化したもの、ディスパージョン化したもの、あるいは親水性官能基の導入により水に可溶化したものを使用することができる。これらは、定法に従って調製可能であるが、市販のものを使用することもできる。また、これらのうち、水溶性熱硬化性樹脂として親水性官能基の導入により水に可溶化した水溶性フェノール樹脂を用いた場合、溶媒としてメタノールやアセトン等の有機溶剤は用いず、水を用いることができる。そのため、環境に配慮した環境適応性の高い水潤滑摺動用部材組成物及びその製造方法を提供することができる。このような水溶性フェノール樹脂は、例えば、国際公開2022/050143号、特開2009-84382号公報等に記載のものや、市販のものを使用することができる。
【0027】
水潤滑摺動部材用組成物中のレゾール型フェノール樹脂及びノボラック型フェノール樹脂を硬化させることで水潤滑摺動部材とし得る。レゾール型フェノール樹脂は加熱又は酸添加により硬化させることができる。ノボラック型フェノール樹脂は、架橋剤の存在下で加熱することで硬化させることができる。ノボラック型フェノール樹脂を硬化させる際の架橋剤は、例えばヘキサメチレンテトラミン等が挙げられる。また、硬化の際の条件は、レゾール型フェノール樹脂及びノボラック型フェノール樹脂の種類等に応じて、適宜選択することができる。
【0028】
熱硬化性樹脂は、前述のように、所定の繊維と親和性が良いものが好ましく、所定の繊維のSP値との差が2以下となるものが好ましい。このような、熱硬化性樹脂と所定の繊維の組み合わせとしては、例えば、フェノール樹脂とPET繊維やPPS繊維の組み合わせが挙げられる。フェノール樹脂のSP値は一般に11.5、PET繊維のSP値は一般に10.7、PPS繊維のSP値は一般に12.5である。尚、SP値はそれぞれの高分子の分子鎖の集合状態よりはむしろ、分子構造に依存するとの考えに基づき、各繊維のSP値はそれぞれの固体高分子の文献値を援用することができる。
【0029】
後述するように、基材に熱硬化性樹脂及びワックスを含むワニスを含浸させ、プリプレグを作製する場合、ワニスに含まれる熱硬化性樹脂の重量平均分子量としては、樹脂種に応じて適宜決定することができる。例えば、フェノール樹脂の場合は、架橋密度の低いフェノール樹脂をワニス中に低粘度で均一に溶融させる観点から、1500~20000が好ましい。
【0030】
ワックスは、特に限定はなく各種のものを採用可能であり、例えば、天然ワックス、合成ワックスが挙げられる。また、これらから選択される少なくとも1種を用いることができる。即ち、これらのうち1種を単独で用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0031】
天然ワックスとしては、特に限定はなく、例えば、動植物系ワックス、鉱物ワックス、石油ワックス等が挙げられる。このうち、潤滑性及び製造コストの観点からは、石油ワックスが好ましい。石油ワックスとしては、例えば、JIS K2235に規定される、パラフィンワックス、マイクロクリスタリンワックス及びペトロラム等が挙げられる。合成ワックスとしては、例えば、フィッシャー・トロプシュワックス、ポリエチレンワックス、ポリプロピレンワックス等の炭化水素系合成ワックスの他、高級脂肪酸エステル、脂肪酸アミド、ケトン・アミン類、水素硬化油等が挙げられる。
【0032】
ワックスは、水潤滑摺動部材用組成物を含む水潤滑摺動部材を有する軸受の停止時のブリードアウトを防止する観点から、融点が、60℃以上であるのが好ましく、80℃以上がより好ましく、100℃以上がさらに好ましい。このようなワックスとしては、例えば、融点60℃以上の天然ワックス、合成ワックス等が挙げられる。合成ワックスは、一般に融点が60℃以上である。融点60℃以上の天然ワックスとしては、融点60℃以上の石油ワックスが好ましい。合成ワックスとしては、炭化水素系合成ワックスが好ましい。炭化水素系合成ワックスには、融点が100℃以上或いは100℃を超えるものがある。
【0033】
ワックスの形態は特に限定はないが、マトリックス樹脂組成物中でのワックスの分散性の観点、水潤滑摺動部材の機械的特性の観点から、溶媒中にワックスを均一に分散させた形態のものが好ましく、例えば、エマルジョンワックス、ディスパージョンワックス等が挙げられる。エマルジョンワックスは界面活性剤によりワックスの微粒子を溶媒中に均一に分散させたものであり、界面活性剤の種類に応じて、非イオン系、アニオン系、カチオン系、両性系のエマルジョンワックスが存在し、何れも使用可能である。ディスパージョンワックスは、界面活性剤を用いることなく、サブミクロンサイズのワックスの微粒子を溶媒中に均一に分散させたものである。エマルジョンワックス又はディスパージョンワックスを使用することで、ワックスをマトリックス樹脂中に均一に微細分散させることができるので、数十ミクロンサイズ以上でワックスが介在する場合と比較し、水潤滑条件では摺動面における水の潤滑皮膜の形成を阻害しないと考えられる。これらのうち、マトリックス樹脂組成物中でのワックスの良好な分散性の観点からは、非イオン系エマルジョンワックス、アニオン系エマルジョンワックス、ディスパージョンワックスから選択される少なくとも1種(換言すると、1種単独又は2種以上の組み合わせ)がより好ましい。また、水潤滑摺動部材の相手材に対する電蝕耐性の観点からは、非イオン系エマルジョンワックス、ディスパージョンワックスが好ましい。マトリックス樹脂組成物中でのワックスの分散性の観点、水潤滑摺動部材の機械的特性の観点、水潤滑摺動部材の相手材に対する電蝕耐性の観点からは、非イオン系エマルジョンワックスがより好ましい。エマルジョンワックスを2種以上を組合わせる場合、界面活性剤の種類を統一してもよいし、異なる種類を組合わせてもよい。例えば、非イオン系同士、アニオン系同士、カチオン系同士でも良いし、非イオン系とアニオン系の組み合わせ等でもよい。エマルジョンワックス及びディスパージョンワックスは市販のものを用いることができる。
【0034】
以上より、ワックスとしては、水潤滑摺動部材用組成物を含む水潤滑摺動部材を有する軸受の停止時のブリードアウトを防止するの観点から、融点が60℃以上の天然ワックス及び合成ワックスから選択される1種又は2種以上を溶媒中に均一に分散させた形態のワックスを用いることが好ましく、水潤滑摺動部材の相手材に対する電蝕耐性の観点をさらに考慮すると、融点が100℃以上の合成ワックスを用いた非イオン系エマルジョンワックス、及び、融点が100℃以上の合成ワックスを用いたディスパージョンワックスから選択される1種又は2種以上で構成されるワックスがより好ましい。
【0035】
使用可能なエマルジョンワックス及びディスパージョンワックスの例を示すと以下の通りであるが、これらに限定されるわけではない。
【0036】
非イオン系エマルジョンワックスとしては、乳化剤の種類に応じて、例えば、エステル型、エーテル型、ポリオキシエチレンアルキルエーテル型、エステル・エーテル型(ポリエチレングリコール型とも称される)等が挙げられる。エステル型としては、例えば、多価アルコールと脂肪酸がエステル結合した構造を有するものが挙げられる。エーテル型としては例えば、高級アルコールに酸化エチレン等を付加した構造を有するものが挙げられる。市販品としては、例えば、日本精蝋株式会社製のEMUSTAR-042X、EMUSTAR-1155、EMUSTAR-0136、EMUSTAR-1463、EMUSTAR-6315、EMUSTAR-1315D等、東邦化学工業株式会社製のハイテックEシリーズ等、BYK社のAQUACER 515、AQUACER 531、AQUACER 539、AQUACER 552、AQUACER 593等が挙げられる。
【0037】
アニオン系エマルジョンワックスとしては、乳化剤の種類に応じて、例えば、カルボン酸塩型、スルホン酸塩型、硫酸エステル塩型等が挙げられる。市販品としては、例えば、日本精蝋株式会社製のEMUSTAR-0001、EMUSTAR-0135、EMUSTAR-3085等、BYK社のAQUACER 507、AQUACER 526、AQUACER 537、AQUACER 1547等が挙げられる。
【0038】
カチオン系エマルジョンワックスとしては、乳化剤の種類に応じて、例えば、アミン塩型、第4級アンモニウム塩型等が挙げられる。市販品としては、例えば、BYK社のAQUACER 840等が挙げられる。
【0039】
尚、エマルジョンワックスを用いる場合、例えば後述するワニスに添加する際に、濃度、添加時のワニスの温度等に応じて熱硬化性樹脂のプレポリマーが沈殿することがあるため、これを防止することを目的として、適宜、プレポリマーが可溶な有機溶剤を添加することがある。
【0040】
ディスパージョンワックスとしては、有機溶媒系、水系のものを用いることができるが、水系のものが好ましい。水系ディスパージョンワックスとしては、例えば、ポリオレフィン系の水系ディスパージョンが挙げられ、例えば、三井化学株式会社製のケミパールが挙げられる。
【0041】
マトリックス樹脂組成物中の熱硬化性樹脂(A)とワックス(B)の重量比(A/B)は、固形分基準で3~7である。このように、ワックスが熱硬化性樹脂に対して高濃度に含まれることで、水潤滑及び無潤滑の条件において良好な摩擦摩耗特性を水潤滑摺動部材に付与することを可能にしている。また、ワックスが溶媒中に均一に分散した形態のものを用いることで、このような重量比の範囲の高濃度でワックスが含まれる場合であっても、より良好な均一分散性を実現することができる。ここで、前述の重量比(A/B)は、例えば、後述するワニスを調製する際のワニスに含まれる熱硬化性樹脂とワックスの重量(固形分基準)に基づき算出することができ、ワニスに含まれるマトリックス樹脂組成物中の熱硬化性樹脂量(A)としては、ワニスに含まれる樹脂固形分、或いは架橋剤を添加する場合は樹脂固形分に前記樹脂成分と反応する架橋剤を含むものを熱硬化性樹脂量(A)とする。
【0042】
水潤滑摺動部材用組成物に含まれる熱硬化性樹脂及びワックスの含有量は、用途等に応じて適宜決定することができるが、基材、熱硬化性樹脂及びワックスの合計重量に対して30~70重量%が好ましく、40~70重量%がより好ましい。
【0043】
水潤滑摺動部材用組成物には、熱硬化性樹脂とワックス以外に、必要に応じて他の成分を添加することができる。このような、添加可能な他の成分としては、例えば、耐熱剤、補強剤、難燃剤、耐衝撃剤、着色剤、結晶核剤等が挙げられる。尚、固体潤滑剤としてグラファイト、フッ素樹脂、硫化モリブデン等を添加してもよいが、水潤滑条件における電蝕耐性の観点から、グラフファイトは用いないのが好ましい。また、マトリックス樹脂組成物中における分散性の観点から、フッ素樹脂は用いないのが好ましい。ワニスにした場合のワニスに対する分散性の観点等から硫化モリブデン(MoS2)は用いないのが好ましい。もっとも、グラファイト、フッ素樹脂、硫化モリブデン等は、例えば水潤滑摺動部材の摩耗特性等に影響を与えない範囲で含むことは許容される。
【0044】
水潤滑摺動部材用組成物は、前述の基材及びマトリックス樹脂組成物を有する。このような水潤滑摺動部材用組成物は、例えば、以下のようにして調製することができる。
【0045】
先ず、熱硬化性樹脂(原料モノマーやプレポリマーを含む)及びその硬化剤や架橋剤等の反応性成分、ワックス、必要に応じて添加する他の任意成分、必要に応じて添加する溶剤を混合してワックスを分散させることで、或いは、それら反応性成分を混合し、反応性成分を一部反応させながらワックスを分散させることで熱硬化性樹脂、ワックス、任意成分、任意の溶剤を含むワニスを得ることができる(ワニスを調製する工程)。熱硬化性樹脂、ワックスなどの成分や熱硬化性樹脂とワックスの固形分基準の重量比は前述のとおりである。ワニスとして、非イオン系エマルジョンワックス、アニオン系エマルジョンワックス、ディスパージョンワックスから選択される少なくとも1種を用いた場合、この工程において、親水性基を有する熱硬化性樹脂、ワックス及び溶剤を含み、ワックスが均一に分散したワニスを調製することができる。ワニスを調製する工程において使用可能な溶剤は、熱硬化性樹脂やワックスの種類に応じて適宜選択することができる。また、熱硬化性樹脂に含まれ得る溶剤の濃度を考慮して溶剤は必要に応じて添加することができる。このような溶剤としては、例えば、水、有機溶剤などが挙げられる。有機溶剤としては、水溶性でも良いし、非水溶性でもよいが、水溶性有機溶媒が好ましい。水溶性有機溶媒としては、例えば、炭素数1~3の一価のアルコール、アセトン、テトラヒドロフラン等の環状エーテル等が挙げられる。
【0046】
次いで、このワニスを前述の基材に含浸させた後、乾燥/固化させてプリプレグを得る。つまり、前述のようにして得られたワニスに基材を浸漬し、該基材にワニスを含浸させた後、乾燥させてプリプレグを調製する工程を行う。乾燥させることで、溶剤などの揮発成分か気化して熱硬化性樹脂、ワックスなどの固形分が固化する。この際、使用するワックスが水中にエマルジョンとして分散、あるいは水性ディスパージョンとして分散している場合は、水溶系の熱硬化性樹脂(プレポリマー)を用いると、メタノールやアセトン等の有機系溶媒を使用せずとも、環境に配慮して水溶媒系でプリプレグを作製することも可能である。また、例えば、水溶媒系であれば、プリプレグの乾燥時に有機溶剤の気化ガスが発生しないことから、その回収の必要がなく、有機溶媒系と比較して安価にプリプレグを製造でき、ひいては、水潤滑摺動部材用組成物も安価に製造することができる。基材に対する熱硬化性樹脂の含浸率(RC)は、特に限定はないが、固形分基準で40~70%が好ましい。この含浸率は、例えば、後述する方法で測定、算出することができる。また、この含浸率は、例えば、ワニス含浸基材を2つのロール間を通す際のロール間隔を調整することで制御することが可能である。次いで、プリプレグを積層して加熱加圧して熱硬化性樹脂のプレポリマーを硬化させることでマトリックス樹脂組成物と基材との積層体で構成される水潤滑摺動部材用組成物を得ることができる。尚、水潤滑摺動部材用組成物には前述のプリプレグも含まれ得る。
【0047】
このようにして得られる水潤滑摺動部材用組成物は、所定の繊維の基材を有し、ワックスがマトリックス樹脂組成物中に高濃度で均一に分散されており、水潤滑条件においては吸水や水による膨潤を抑制でき、水潤滑及び無潤滑条件において良好な摩擦摩耗特性を有するため、水潤滑摺動部材として好適である。特に、ワックスの微粒子を含む所定のエマルジョンワックスやディスパージョンワックスを用いることでより良好な均一分散性が確保される。さらに、ワックスとして非イオン性エマルジョンワックスやディスパージョンワックスを含む場合は、導電性を有するグラファイト等の固体潤滑剤とは異なり、水潤滑条件でも優れた電蝕耐性を有するため、水潤滑摺動部材による相手材の摩耗を大幅に抑制することができる。また、基材として不織布を用いた場合は、不織布に対してワニスの含浸量を多くすることができることで、基材の繊維間にもマトリックス樹脂組成物を多く存在させることができるため、ワックスによる潤滑作用をより効果的に発揮させることができるとともに、硬化後の熱硬化性樹脂の吸水や水による膨潤をより適度に抑制することも可能になる。このように、前述の水潤滑摺動部材は水潤滑軸受を構成する部材として好適である。また、このような水潤滑摺動部材を有する水潤滑軸受は、洋上風力発電、波力発電、海流発電、海洋工事船、ケーブル敷設船等において水潤滑となり得る条件下で使用される各種の滑り軸受への適用が期待できる。
【実施例0048】
以下、実施例に基づき本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0049】
(実施例1)
レゾール型フェノール樹脂(住友ベークライト株式会社製、スミライトレジン(登録商標) PR-51283)1000g(固形分相当量:600g)、ワックス(日本精蝋株式会社製、EMUSTAR-6315、非イオン系エマルジョンワックス、合成ワックスのエマルジョン、融点:113℃、粒子径:<0.5μm)300g(固形分相当量:120g)、溶剤(メタノール)410g、溶剤(アセトン)150gのワニスを調製した。
基材としてPET繊維の不織布(株式会社フジコー製、3.3dtexのPET繊維(水分率:0.4~0.5%)、ニードルパンチ不織布、通気度(フラジール法):72cm3/cm2/sec、長さ:50m、厚み:2.0mm、密度:300g/m2、引張強度:10N/mm2)をワニスに浸漬した後、ワニスに浸漬させた不織布を絞りロール間に通してワニスを不織布に含浸させた。その後、90℃で30分乾燥させプリプレグを得た。プリプレグは、フェノール樹脂(X)とPET繊維の不織布(Y)との固形分基準の重量比(X/Y)が55/45、即ち、マトリックス樹脂組成物の固形分基準の含浸率(RC)が55(=55/(55+45)×100)%であった。
フェノール樹脂の硬化反応に伴う脱水縮合によって生成される水分がPET繊維の劣化を顕著に促進しない120℃から160℃に加熱された芯棒(外径φ20mm)にプリプレグを巻き付け、120℃から160℃の温度範囲でポストキュアした後に芯棒を抜き取ることで、外径φ40mm、内径φ20mm、長さ960mmの円筒形状の積層成形体(素材)を作製した。
評価用摺動部材は、製作したロール形状の積層成形体(素材)から、外径φ38mm、内径φ30mm、長さ15mmの評価用試験片となるように、機械加工により作製した。
尚、水潤滑摺動部材用組成物である積層成形体(素材)における、熱硬化性樹脂であるフェノール樹脂(A)とワックス(B)の重量比(A/B)は、固形分基準で600/120=5である。
【0050】
(実施例2~4)
ワニスを含浸させた基材を絞りロール間に通す際の、ロール間隔を調整することで、RCを表1となるようにした以外は、実施例1と同様にして積層成形体(素材)を作製し、同じ大きさの評価用摺動部材を得た。
【0051】
(実施例5)
PET繊維の不織布に替えて、PPS繊維(水分率:0.2%)の不織布(東レ株式会社製、トルコン(登録商標)RF55、ニードルパンチ不織布、長さ:50m、厚み:1.4mm、密度:550g/m2、引張強度:40N/mm2、繊維太さ:14μm(2.1dtex相当)、通気度(フラジール法):65cm3/cm2/sec)を用い、ワニスを含浸させた基材を絞りロール間に通す際の、ロール間隔を調整することで、RCを表1となるようにした以外は、実施例1と同様にして積層成形体(素材)を作製し、同じ大きさの評価用摺動部材を得た。
【0052】
(実施例6)
ワックスの配合量を300gに替えて、375g(固形分相当量:150g)とし、ワニスを含浸させた基材を絞りロール間に通す際の、ロール間隔を調整することで、RCを表1となるようにした以外は、実施例1と同様にして積層成形体(素材)を作製し、同じ大きさの評価用摺動部材を得た。尚、水潤滑摺動部材用組成物である積層成形体(素材)の熱硬化性樹脂であるフェノール樹脂(A)とワックス(B)の重量比(A/B)は、固形分基準で600/150=4である。
【0053】
(比較例1)
基材として、PET繊維の不織布に替えて、綿帆布(11号帆布、平織りの織物、綿繊維の水分率:7%)を用い、ワニスを含浸させた基材を絞りロール間に通す際の、ロール間隔を調整することで、RCを表1となるようにした以外は、実施例1と同様にして積層成形(素材)体を作製し、同じ大きさの評価用摺動部材を得た。
【0054】
(比較例2~4)
マトリックス樹脂組成物の配合を表1に示すものとし、ワニスを含浸させた綿帆布を絞りロール間に通す際の、ロール間隔を調整することで、RCを表1となるようにした以外は、比較例1と同様にして積層成形体(素材)を作製し、同じ大きさの評価用摺動部材を得た。
【0055】
(比較例5)
親水性基を有さない熱硬化性樹脂としてエポキシ樹脂(DIC株式会社製、1051-75M、ビスフェノールA型エポキシ樹脂)1400g(固形分相当量:1050g)、
硬化剤としてジシアンジアミド37g、硬化促進剤として2-ウンデシルイミダゾール(C11Z)1.1g、溶剤としてメチルセルソルブ200g及びジメチルホルムアミド150g、ワックス(実施例1と同じもの)543g(固形分相当量:217g)のワニスを調製した。
得られたワニスを用い、ワニスを含浸させた基材を絞りロール間に通す際の、ロール間隔を調整することで、RCを表1となるようにした以外は、実施例1と同様にして積層成形体(素材)を作製し、同じ大きさの評価用摺動部材を得た。
【0056】
(比較例6)
基材として、綿帆布(比較例1と同じもの)を用い、ワニスを含浸させた基材を絞りロール間に通す際の、ロール間隔を調整することで、RCを表1となるようにした以外は、比較例5と同様にして積層成形体(素材)を作製し、同じ大きさの評価用摺動部材を得た。
【0057】
(評価)
<含浸率(RC)>
原料となる基材並びに各実施例及び比較例において作製したプリプレグを用いて各重量を測定し、下記の式より含浸率(RC)を算出した。
含浸率(RC)=(P1-B1)/P1×100(%)
B1:φ80mmの円形に切り出した基材3枚の合計重量、
P1:φ80mmの円形に切り出したプリプレグ3枚の合計重量、
【0058】
<吸水率>
各実施例及び比較例で得られた評価用摺動部材を用い、JIS K6911に準拠して吸水率を測定、算出した。
【0059】
<膨潤率>
<<測定サンプルの作製>>
各実施例及び比較例で得られたプリプレグから100mm×200mmのシートを切り出し、15枚重ねて120℃、5MPaでプレス成形して試験用積層体を作製した。この試験用積層体から、長さ50mm×幅50mm×厚み4mmの大きさの積層体プレートを測定用サンプルとして作製した。
【0060】
<<測定方法>>
得られた積層体プレート5枚を、23±0.5℃の蒸留水に浸漬し、24時間ごとに取り出して、表面の水分を除去後直ちに長さ、幅、厚みの3方向の寸法を測定し、浸漬前の寸法に対する変化率の平均値を算出し、その変化率の平均値が平衡状態となった時の値を膨潤率とした。
【0061】
<ジャーナル軸受試験(水潤滑)>
各実施例及び比較例で得られた評価用摺動部材、
図1に模式的に示すジャーナル型軸受試験機(スターライト工業株式会社製)を用い、下記の条件で、摩擦係数及び摩耗係数を測定した。
相手材(相手シャフト):SUS304(Ra:0.6μm)、面圧:5MPa、速度:55m/min、常温、水潤滑(100ml/minで摺動部にハウジングの上側から水を供給(
図1参照))
【0062】
<ジャーナル軸受試験(無潤滑)>
摺動面に水を供給しなかった以外は、ジャーナル軸受試験(水潤滑)と同様にして試験を行った。
【0063】
実施例1~6及び比較例1~6の配合、評価結果を表1に示す。尚、表1中の配合量の単位「重量部」は固形分基準で示したものである。
【0064】
【0065】
表1に示すように、所定の繊維で構成された基材、所定の重量比の範囲の熱硬化性樹脂とワックスを含むマトリックス樹脂組成物を有する各実施例の水潤滑摺動部材用組成物を水潤滑摺動部材として用いることで、各比較例の場合と比較して、水潤滑条件でも無潤滑条件でも、良好な摩擦係数及び摩耗係数を示し、良好な摩擦摩耗特性を有することが分かる。したがって、前記水潤滑摺動部材は例えば水潤滑軸受の構成部材として好適であることが分かる。
【0066】
(実施例7)
使用するワックスを、ワックス1(三井化学株式会社製、ケミパール(登録商標)W300、ポリオレフィン系の水系ディスパージョンワックス、融点:132℃、粒子径:3μm、固形分:40重量%)に変更した以外は、実施例1と同様にして、ワニス、プリプレグ、積層成形体、評価用摺動部材を作製した。また、得られたプリプレグ、評価用摺動部材を用いて、前述の各評価を行った。
【0067】
(実施例8~12)
使用するワックスを、表2に示す配合比(固形分基準)のワックス2(実施例1と同じワックスである、日本精蝋株式会社製、EMUSTAR-6315、固形分:40重量%)、ワックス3(日本精蝋株式会社製、EMUSTAR-0001、アニオン系エマルジョンワックス、マイクロクリスタリンワックスのエマルジョン、融点:84℃、固形分:40重量%)及びワックス4(東邦化学工業株式会社製、ハイテックE-6400、非イオン系エマルジョンワックス、ポリエチレンワックスのエマルジョン、融点:120℃、固形分:35重量%)から選択される2種に変更した以外は、実施例1と同様にして、ワニス、プリプレグ、積層成形体、評価用摺動部材を作製した。プリプレグ、評価用摺動部材を用いて、前述の各評価を行った。
【0068】
(実施例13)
ワックス(ワックス2)を300g(固形分相当量:120g)使用するのに替えて、ワックス4を343g(固形分相当量:120g)使用した以外は、実施例1と同様にして、ワニス、プリプレグ、積層成形体、評価用摺動部材を作製した。また、得られたプリプレグ、評価用摺動部材を用いて、前述の各評価を行った。
【0069】
(実施例14)
レゾール型フェノール樹脂(住友ベークライト株式会社製、PR-X21102、超低モノマー水溶性フェノール樹脂、溶媒:水)1000g(固形分相当量:400g)、ワックス1(実施例7と同じワックスである、三井化学株式会社製、ケミパール(登録商標)W300)250g(固形分相当量:100g)、水240gのワニスを調製した。その後、実施例1と同様にして、プリプレグ、積層成形体、評価用摺動部材を作製した。また、得られたプリプレグ、評価用摺動部材を用いて、前述の各評価を行った。
【0070】
実施例7~14の配合、評価結果を表2に示す。尚、表2中の配合量の単位「重量部」は固形分基準で示したものである。
【0071】
【0072】
表2に示すように、各種のワックスを用いた場合や、熱硬化性樹脂として水溶性熱硬化性樹脂を用いた場合でも、各実施例の水潤滑摺動部材用組成物を水潤滑摺動部材として用いることで、水潤滑条件及び無潤滑条件において、良好な摩擦係数及び摩耗係数を示し、良好な摩擦摩耗特性を有することが分かる。また、実施例14は、溶媒が水系で有機溶剤を含まないワニスであり、環境適応性が高い摺動部材及びその製造方法を提供可能にする。