(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023098873
(43)【公開日】2023-07-11
(54)【発明の名称】医療用の環状構造物の製造方法、医療用の環状構造物の製造方法で使用する芯材及び医療用の環状構造物
(51)【国際特許分類】
A61L 27/36 20060101AFI20230704BHJP
A61L 27/22 20060101ALI20230704BHJP
A61L 27/50 20060101ALI20230704BHJP
A61L 27/34 20060101ALI20230704BHJP
【FI】
A61L27/36 100
A61L27/22
A61L27/50 300
A61L27/34
A61L27/36 320
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022212834
(22)【出願日】2022-12-29
(31)【優先権主張番号】P 2021215399
(32)【優先日】2021-12-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】516351935
【氏名又は名称】西山 鉄隆
(74)【代理人】
【識別番号】100154966
【弁理士】
【氏名又は名称】海野 徹
(72)【発明者】
【氏名】西山 鉄隆
【テーマコード(参考)】
4C081
【Fターム(参考)】
4C081AB12
4C081AB13
4C081CD111
4C081CD112
4C081CD33
4C081DA03
4C081DC03
4C081DC04
4C081DC05
4C081EA02
(57)【要約】
【課題】 生体親和性、柔軟性、漏出のし難さ等を備えた血管や臓器等の一部として使用する医療用の環状構造物の製造方法、医療用の環状構造物の製造方法で使用する芯材及び医療用の環状構造物を提供する。
【解決手段】 本発明の医療用の環状構造物の製造方法は、芯材の始点から終点まで隙間が生じないように絹フィブロイン繊維40を密に巻き付けることで筒状の第一層10を形成する第1ステップ、第一層の外周面に接着剤層20を形成する第2ステップ、接着剤層の接着剤が硬化する前に軸方向に隙間が生じるように絹フィブロイン繊維を粗に巻き付けて被覆層30を形成する第3及び第4ステップ、絹フィブロイン繊維が所定の厚さになるまで第3及び第4ステップを繰り返す第5ステップを備える。環状構造物1全体に占める硬化絹フィブロイン繊維41と非硬化絹フィブロイン繊維42の割合を調節することで、環状構造物の変形し難さ・し易さを調節できる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
芯材の始点から終点まで前記芯材の軸方向に隙間が生じないように絹フィブロイン繊維を密に巻き付けることで筒状の第一層を形成する第1ステップと、
前記第一層の外周面に接着剤層を形成する第2ステップと、
前記接着剤層の接着剤が硬化する前に、前記終点から前記始点まで前記軸方向に隙間が生じるように前記絹フィブロイン繊維を前記第一層の周囲に粗に巻き付けて被覆層を形成する第3ステップと、
前記接着剤層の接着剤が硬化する前に、前記始点から前記終点まで前記軸方向に隙間が生じるように前記絹フィブロイン繊維を前記第一層の周囲に粗に巻き付けて被覆層を形成する第4ステップと、
前記絹フィブロイン繊維が所定の厚さになるまで前記第3ステップ及び前記第4ステップを繰り返す第5ステップを備えることを特徴とする医療用の環状構造物の製造方法。
【請求項2】
前記第5ステップの後に、最表面の前記被覆層の表面にコーティング層を形成する第6ステップを備えることを特徴とする請求項1に記載の医療用の環状構造物の製造方法。
【請求項3】
前記第1ステップにおいて、前記絹フィブロイン繊維を前記軸方向の前記始点側に押圧することで前記絹フィブロイン繊維同士を密着させることを特徴とする請求項1又は2に記載の医療用の環状構造物の製造方法。
【請求項4】
前記第5ステップにおいて前記絹フィブロイン繊維の外周面に第2の接着剤層を形成することを特徴とする請求項1に記載の医療用の環状構造物の製造方法。
【請求項5】
前記絹フィブロイン繊維を1本だけ使用することを特徴とする請求項1に記載の医療用の環状構造物の製造方法。
【請求項6】
前記第5ステップの後に、前記接着剤層の接着剤が硬化する前に前記芯材を抜き取ることを特徴とする請求項1に記載の医療用の環状構造物の製造方法。
【請求項7】
前記第6ステップの後に、前記接着剤層の接着剤が硬化する前に前記芯材を抜き取ることを特徴とする請求項2に記載の医療用の環状構造物の製造方法。
【請求項8】
請求項1に記載の医療用の環状構造物の製造方法で使用する芯材において、
丸棒と、前記丸棒の円周面を覆う断面円弧状の複数のカバー部材とを備えており、前記丸棒の円周面を複数の前記カバー部材で覆った状態で、隣り合う前記カバー部材の間に長手方向にのびるスリットを備えることを特徴とする芯材。
【請求項9】
請求項1に記載の医療用の環状構造物の製造方法で使用する芯材において、
丸棒と、前記丸棒の円周面を覆う第一円筒部材と、前記第一円筒部材の円周面を覆う第二円筒部材と、前記第二円筒部材の円周面を覆う第三円筒部材とを備えており、
前記第一円筒部材、前記第二円筒部材及び前記第三円筒部材は長手方向にのびるスリットを備えることを特徴とする芯材。
【請求項10】
始点から終点まで軸方向に隙間が生じないように絹フィブロイン繊維が密に巻き付けられて成る筒状の第一層と、
前記第一層の外周面に形成される接着剤層と、
前記軸方向に隙間が生じるように前記絹フィブロイン繊維が前記第一層の周囲に粗に巻き付けられて成る複数の被覆層を備えており、
前記被覆層を構成する前記絹フィブロイン繊維の一部が前記接着剤層と共に硬化しており、前記絹フィブロイン繊維の残りの部分が前記接着剤層と共に硬化していないことを特徴とする医療用の環状構造物。
【請求項11】
最表面の前記被覆層の表面に形成されるコーティング層を備えることを特徴とする請求項10に記載の医療用の環状構造物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血管や臓器等の一部として使用する医療用の環状構造物の製造方法、医療用の環状構造物の製造方法で使用する芯材及び医療用の環状構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
血管や臓器等の一部に使用する医療用の環状構造物が知られており、その代表例が人工血管である。
人工血管には生体親和性、柔軟性、伸縮性、耐久性、縫合のし易さ、端部のほつれ難さ、血液の漏出のし難さ等が求められており、これら諸条件を満たし得る素材として絹糸が知られている。
例えば特許文献1には、生糸を精練した絹フィブロイン繊維を編、組、織及び絡から選ばれる方法により環状に巻いて成る管状構造物の外壁表面に平滑化処理を施す技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1のような絹フィブロイン繊維を編んだり織ったりする方法では伸縮時に編目等に隙間が生じてそこから血液が漏出し易いという問題、編目等に血栓が生じ易いという問題、必要以上に厚みが増してしまうという問題がある。このような問題は絹糸から成る環状構造物を血管として使用する場合だけでなく、臓器等の一部として使用する場合にも生じ得るものである。
【0005】
本発明はこのような問題を考慮して、生体親和性、柔軟性、漏出のし難さ等を備えた血管や臓器等の一部として使用する医療用の環状構造物の製造方法、医療用の環状構造物の製造方法で使用する芯材及び医療用の環状構造物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の医療用の環状構造物の製造方法は、芯材の始点から終点まで前記芯材の軸方向に隙間が生じないように絹フィブロイン繊維を密に巻き付けることで筒状の第一層を形成する第1ステップと、前記第一層の外周面に接着剤層を形成する第2ステップと、前記接着剤層の接着剤が硬化する前に、前記終点から前記始点まで前記軸方向に隙間が生じるように前記絹フィブロイン繊維を前記第一層の周囲に粗に巻き付けて被覆層を形成する第3ステップと、前記接着剤層の接着剤が硬化する前に、前記始点から前記終点まで前記軸方向に隙間が生じるように前記絹フィブロイン繊維を前記第一層の周囲に粗に巻き付けて被覆層を形成する第4ステップと、前記絹フィブロイン繊維が所定の厚さになるまで前記第3ステップ及び前記第4ステップを繰り返す第5ステップを備えることを特徴とする。
また、前記第5ステップの後に、最表面の前記被覆層の表面にコーティング層を形成する第6ステップを備えることを特徴とする。
また、前記第1ステップにおいて、前記絹フィブロイン繊維を前記軸方向の前記始点側に押圧することで前記絹フィブロイン繊維同士を密着させることを特徴とする。
また、前記第5ステップにおいて前記絹フィブロイン繊維の外周面に第2の接着剤層を形成することを特徴とする。
また、前記絹フィブロイン繊維を1本だけ使用することを特徴とする。
また、前記第5ステップの後に、前記接着剤層の接着剤が硬化する前に前記芯材を抜き取ることを特徴とする。
また、前記第6ステップの後に、前記接着剤層の接着剤が硬化する前に前記芯材を抜き取ることを特徴とする。
【0007】
本発明の芯材は、上記医療用の環状構造物の製造方法で使用する芯材において、丸棒と、前記丸棒の円周面を覆う断面円弧状の複数のカバー部材とを備えており、前記丸棒の円周面を複数の前記カバー部材で覆った状態で、隣り合う前記カバー部材の間に長手方向にのびるスリットを備えることを特徴とする。
本発明の芯材は、上記医療用の環状構造物の製造方法で使用する芯材において、丸棒と、前記丸棒の円周面を覆う第一円筒部材と、前記第一円筒部材の円周面を覆う第二円筒部材と、前記第二円筒部材の円周面を覆う第三円筒部材とを備えており、前記第一円筒部材、前記第二円筒部材及び前記第三円筒部材は長手方向にのびるスリットを備えることを特徴とする。
本発明の医療用の環状構造物は、始点から終点まで軸方向に隙間が生じないように絹フィブロイン繊維が密に巻き付けられて成る筒状の第一層と、前記第一層の外周面に形成される接着剤層と、前記軸方向に隙間が生じるように前記絹フィブロイン繊維が前記第一層の周囲に粗に巻き付けられて成る複数の被覆層を備えており、前記被覆層を構成する前記絹フィブロイン繊維の一部が前記接着剤層と共に硬化しており、前記絹フィブロイン繊維の残りの部分が前記接着剤層と共に硬化していないことを特徴とする。
また、最表面の前記被覆層の表面に形成されるコーティング層を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
絹フィブロイン繊維を隙間が生じないように密に巻き付けて第一層を形成した後、接着剤層の接着剤が硬化する前に絹フィブロイン繊維を第一層の周囲に粗に巻き付けていくことにより、第一層に近い被覆層では絹フィブロイン繊維の大部分が接着剤層と共に硬化し、ごく一部が接着剤層と共に硬化していない状態になる。そして、被膜層が第一層から遠くなるにつれて、接着剤層と共に硬化する絹フィブロイン繊維(硬化絹フィブロイン繊維)の割合が少なくなっていき、反対に接着剤層と共に硬化していない絹フィブロイン繊維(非硬化絹フィブロイン繊維)の割合が増えていく。したがって、環状構造物全体に占める硬化絹フィブロイン繊維と非硬化絹フィブロイン繊維の割合を調節する、つまり各被覆層における絹フィブロイン繊維の巻き数・ピッチを調節したり、接着剤層を構成する接着剤の量を調節したり、被覆層の数を調節したりすることで、環状構造物の変形し難さ・し易さを調節することができる。
【0009】
主材料として絹フィブロイン繊維を使用するので生体親和性が高い医療用の環状構造物を製造することができる。
第一層が絹フィブロイン繊維を軸方向に隙間なく密に巻き付けて成るので、その内周面は凹凸が少ない滑らかな面になる。したがって、血栓等を生じ難くすることができる。
密に巻いた第一層の外周面に接着剤層を形成することで軸方向に外力を付加した場合でも軸方向に伸び難く、中空部内を通る血液や体液が外部に漏出し難くなる。
最表面の被覆層の表面にコーティング層を設けることで、最表面の被覆層を構成する絹フィブロイン繊維の位置ずれや毛羽立ちを抑えて環状構造物の表面を滑らかにできると共に、絹フィブロイン繊維の端部を被覆層の表面に固定することができる。更に、環状構造物の端部(始点と終点)における絹フィブロイン繊維のほつれを防止することもできる。
第2の接着剤層を形成することで硬化絹フィブロイン繊維の割合を増加させて環状構造物を変形し難くすることができ、また、中空部内を通る血液や体液を外部に漏出し難くすることができる。
丸棒と複数のカバー部材を備える芯材を使用することで、丸棒を引き抜いた後にできる中空部を利用してカバー部材を取り出すことができるので医療用の環状構造物の製造効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】医療用の環状構造物の正面図(a)、A-A線断面図(b)、B-B線断面図(c)及び部分拡大断面図(d)
【
図2】芯材の正面図(a)、軸方向に直交する方向の断面図(b)、芯材に絹フィブロイン繊維を巻き付けて第一層を形成した状態を示す正面図(c)及び断面図(d)
【
図3】軸方向に隙間が生じた状態を示す正面図(a)及び修正した状態を示す正面図(b)
【
図4】接着剤層を形成した状態を示す断面図(a)及び部分拡大断面図(b)
【
図5】被覆層を形成した状態を示す正面図(a)、断面図(b)及び部分拡大断面図(c)
【
図6】被覆層を形成した状態を示す正面図(a)、断面図(b)及び部分拡大断面図(c)
【
図7】被覆層を重ねていった状態を示す部分拡大断面図(a)~(c)
【
図8】コーティング層を形成した状態を示す部分拡大断面図
【
図9】環状構造物が外力を受けて変形した状態を示す正面図(a)及び部分拡大断面図(b)
【
図10】芯材の斜視図(a)、断面図(b)及び芯材の変形例を示す断面図(c)
【
図11】丸棒を抜き取る前の断面図(a)、丸棒を抜き取った状態を示す断面図(b)及びカバー部材を取り出した状態を示す断面図(c)
【
図12】第2の実施の形態の芯材の構造を示す斜視図(a)~(d)
【
図13】環状構造物の製造方法を示す斜視図(a)~(d)
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の医療用の環状構造物及びその製造方法について説明する。なお、以下の説明において「医療用の環状構造物」を単に「環状構造物」と表記する場合がある。
図1に示すように医療用の環状構造物1は第一層10、接着剤層20及び被覆層30を備える。
第一層10は中空部を備える筒状であり、
図2(c)に示すようにその始点から終点まで軸方向に隙間が生じないように芯材Cの周囲に絹フィブロイン繊維40が密に巻き付けられて成る。
図1(d)は
図1(c)の四角枠箇所の拡大断面図であり、第一層10を構成する絹フィブロイン繊維40は密に巻き付けられているので絹フィブロイン繊維40の長手方向に沿った縦断面が現れる。
フィブロインとは「硬蚕白質の一種で、絹繊維・蜘蛛糸などの主要成分」(広辞苑)である。本発明において「絹フィブロイン繊維」とはフィブロインのうち蚕の繭からとった生糸を精練したものを指す。精練により生糸のセリシンが除去される。また本発明において「絹フィブロイン繊維を巻き付ける」とは、絹フィブロイン繊維を撚って糸(練糸)にしたものを巻き付けることを指す。
【0012】
精練は周知の方法を使用すればよく、例えば、加熱したマルセル石鹸、炭酸ナトリウム混合水溶液、繭層や繭糸、生糸などを容器に入れて、操糸の後、撹拌しながら煮沸する。その後炭酸ナトリウム水溶液で煮沸し、加熱した蒸留水中で洗浄する作業を数回行った後、乾燥させることでセリシンを除去する。
【0013】
接着剤層20は第一層10の外周面に形成される。
接着剤の種類としては人体に対して有害な物質、例えばホルムアルデヒド、有機水銀化合物、トリクロロエチレン、塩化水素等を発生させないものである必要がある。接着剤の例として天然物原料では澱粉のりが挙げられる。合成系接着剤としてはアクリル樹脂エマルジョン接着剤、ウレタン樹脂系接着剤、エーテル系セルロース、エチレンー酢酸ビニル樹脂エマルジョン接着剤、エポキシ樹脂系接着剤、酢酸ビニル樹脂エマルジョン接着剤、水性高分子-イソシアネート系接着剤、ポリ酢酸ビニル樹脂溶液系接着剤、ポリビニルアルコール系接着剤が挙げられる。好ましくは、酢酸ビニル樹脂エマルジョン接着剤、より好ましくはポリビニルアルコール系接着剤が低コストで水分散性がよく、実用に優れる。
【0014】
接着剤層20を形成する際には例えば接着性物質を溶剤に溶かすことで流動性を持った接着剤液とし、これを噴射ノズル装置を介して微粒子状にして第一層10の外周面に噴射する方法が挙げられる。或いは接着剤を刷毛等で第一層10の外周面に直接塗布してもよい。
接着剤層20を形成することで、軸方向に隙間が生じないように密に巻き付けた第一層10の絹フィブロイン繊維40同士が接着・固定されるので外力を受けた場合でも密な状態を維持することができる。これにより中空部内を通る血液や体液が外部に漏出し難くなる。
【0015】
被覆層30は接着剤層20の接着剤が硬化する前に絹フィブロイン繊維40を第一層10の周囲に軸方向に隙間が生じるように粗に巻き付けて成る。
図2(c)に示すように絹フィブロイン繊維40を芯材Cの始点P1から終点P2まで密に巻き付けることで第一層10が形成され、次に
図5(a)に示すように絹フィブロイン繊維40を終点P2から始点P1まで粗に巻き付けることで第一層10の外周面に最初の被覆層30が形成され、更に
図6(a)に示すように絹フィブロイン繊維40を切断せずに始点P1から終点P2まで粗に巻き付けることで次の被覆層30が形成される。このように、絹フィブロイン繊維40を始点P1から終点P2まで、そして終点P2から始点P1まで粗に巻き付けることを繰り返し、
図1(c)及び(d)に示すように環状構造物1が所望の厚さになるまで第一層10の周囲に複数の被覆層30を形成する。
【0016】
最表面の被覆層30の表面にコーティング層50を備える。コーティング層50により最表面の被覆層30を構成する絹フィブロイン繊維40の位置ずれや毛羽立ちを抑えて環状構造物1の表面を滑らかにできると共に、絹フィブロイン繊維40の端部を被覆層30の表面に接着・固定することができる。更に、環状構造物1の端部(始点と終点)における絹フィブロイン繊維40のほつれを防止することもできるので、例えば環状構造物1の端部と血管の端部とを強固に吻合することができる。
コーティング層50を構成するコーティング剤の種類としては人体に対して有害な物質を発生させないものである必要がある。コーティング剤の例としては上記接着剤と同様のものが挙げられるが、これらに限られない。
【0017】
接着剤層20の接着剤が硬化する前に絹フィブロイン繊維40を第一層10の周囲に粗に巻き付けることにより、
図1(d)に示すように第一層10に近い被覆層30では絹フィブロイン繊維40の大部分が接着剤層20と共に硬化し、ごく一部が接着剤層20と共に硬化していない状態になる。そして、被覆層30が第一層10から遠くなるにつれて、接着剤層20と共に硬化する絹フィブロイン繊維40の割合が少なくなっていき、反対に接着剤層20と共に硬化していない絹フィブロイン繊維40の割合が増えていく。本明細書において接着剤層20と共に硬化している絹フィブロイン繊維40を「硬化絹フィブロイン繊維41」と表記し、接着剤層20と共に硬化していない絹フィブロイン繊維40を「非硬化絹フィブロイン繊維42」と表記する。
【0018】
硬化絹フィブロイン繊維41は環状構造物1が外力を受けた際に第一層10と一体となって変形、つまり撓んだり捩じれたりする。したがって、硬化絹フィブロイン繊維41が多くなるほど環状構造物1を変形し難くする効果を有する。
一方、非硬化絹フィブロイン繊維42は環状構造物1が外力を受けた際に隙間60の中を移動するため、第一層10と一体となって変形しない又は変形する度合いが少ない。したがって、非硬化絹フィブロイン繊維42が多くなるほど環状構造物1を変形し易くする効果を有する。
上述のとおり被覆層30に占める硬化絹フィブロイン繊維41と非硬化絹フィブロイン繊維42の割合を見ると、第一層10に近い被覆層30では硬化絹フィブロイン繊維41の割合が相対的に高く、第一層10から遠くなるにつれて硬化絹フィブロイン繊維41の割合が相対的に低くなる。したがって、環状構造物1全体に占める硬化絹フィブロイン繊維41と非硬化絹フィブロイン繊維42の割合を調節する、つまり各被覆層30における絹フィブロイン繊維40の巻き数やピッチを調節したり、接着剤層20を構成する接着剤の量を調節したり、被覆層30の数を調節したりすることで、環状構造物1の変形し難さ・し易さを調節することができる。
【0019】
医療用の環状構造物1の製造方法について説明する。
まず、
図2(a)及び(b)に示すように絹フィブロイン繊維40を巻き付けるための芯材Cを用意する。芯材Cは断面が円形の棒状部材であり、素材はプラスチック樹脂、金属、木材、紙等、特に限定されない。芯材Cは中実でも中空でもよいが、本実施の形態では中空のものを使用する。芯材Cの長さ及び直径は製造する環状構造物1の長さ及び直径に基づいて決定すればよい。芯材Cの表面に始点P1と終点P2を決めておく。
次に、
図2(c)及び(d)に示すように芯材Cの始点P1から終点P2まで芯材Cの軸方向に隙間が生じないように絹フィブロイン繊維40を密に巻き付けることで筒状の第一層10を形成する(第1ステップ)。なお、理解を容易にするために
図2には絹フィブロイン繊維40を実際よりも太く表している。巻き付ける作業は機械を使用してもよいし、作業員が手作業で行ってもよい。
【0020】
第1ステップにおいて、絹フィブロイン繊維40を巻き付けていく際に、
図3(a)に示すように軸方向に僅かな隙間が生じた場合は、所定のタイミングで
図3(b)に示すように絹フィブロイン繊維40を軸方向の始点P1側に押圧して修正すればよい。これにより絹フィブロイン繊維40同士を密着させながら巻き付けることができる。
第一層10を形成した後、
図4(a)及び(b)に示すように第一層10の外周面に接着剤層20を形成する(第2ステップ)。接着剤は上述のとおり液状にして噴射したり塗布したりすればよい。この際に接着剤が第一層10の外周面に留まるように、つまり第一層10の内周面まで至らないようにするのが好ましい。接着剤が第一層10の内周面まで至ると、接着剤が溶出して血液や体液に混入してしまう可能性がある。接着剤を第一層10の外周面に留めるためには接着剤の粘度や浸透度を考慮して適当なものを選択する必要がある。
【0021】
次に、
図5(a)及び(b)に示すように接着剤層20の接着剤が硬化する前に終点P2から始点P1まで軸方向に隙間が生じるように絹フィブロイン繊維40を第一層10の周囲に粗に巻き付けて被覆層30を形成する(第3ステップ)。なお、理解を容易にするために
図5(a)では被覆層30を構成する絹フィブロイン繊維40の色を第一層10を構成する絹フィブロイン繊維40よりも濃い色で示している。絹フィブロイン繊維40の一方の端部(始点P1側の端部)の上から押さえつけるように絹フィブロイン繊維40を巻き付けることで一方の端部がほつれることを防止できる。被覆層30を構成する絹フィブロイン繊維40を巻き付ける際のピッチは
図5(a)に示すように均等でもよく、或いは
図1(a)に示すようにランダムでもよい。
図5(c)に示すようにこの段階ではほぼ全ての絹フィブロイン繊維40が接着剤層20と密着しており、これら絹フィブロイン繊維40は接着剤が硬化した後は硬化絹フィブロイン繊維41になる。
【0022】
更に、
図6(a)及び(b)に示すように接着剤層20の接着剤が硬化する前に、始点P1から終点P2まで軸方向に隙間が生じるように絹フィブロイン繊維40を第一層10の周囲に粗に巻き付けて被覆層30を形成する(第4ステップ)。
図6(c)に示すようにこの段階でもほぼ全ての絹フィブロイン繊維40が接着剤層20と密着しており、これら絹フィブロイン繊維40は接着剤が硬化した後は硬化絹フィブロイン繊維41になる。なお、接着剤層20の接着剤の量が少ない場合にはこの段階で絹フィブロイン繊維40の一部が接着剤層20と密着していないこともある。
以後、絹フィブロイン繊維40が所定の厚さになるまで第3ステップ及び第4ステップを繰り返す(第5ステップ)。
【0023】
図7(a)~(c)に示すように第3ステップ及び第4ステップを繰り返して絹フィブロイン繊維40を粗に巻き付けていくにつれて、つまり第一層10から遠くなるにつれて硬化絹フィブロイン繊維41の割合が相対的に低くなり、非硬化絹フィブロイン繊維42の割合が相対的に高くなっていく。
次に、
図8に示すように最表面の被覆層30の表面にコーティング層50を形成する(第6ステップ)。絹フィブロイン繊維40の他方の端部はコーティング層50によって接着・固定されるのでほつれを防止できる。
最後に芯材Cを抜き取ることで環状構造物1が完成する。芯材Cを抜き取るタイミングとしては接着剤層20の接着剤が硬化する前が好ましい。なお、芯材Cを抜き取った後にコーティング層50を形成することにしてもよい。
【0024】
図9(a)に矢印で示すように環状構造物1は外力を受けると変形する。このとき、
図9(b)に示すように非硬化絹フィブロイン繊維42は隙間60の中を移動するので、外力を受けた際に非硬化絹フィブロイン繊維42は環状構造物1の柔軟性を高めて変形し易くし、環状構造物1が破断したり、割けたりする事態を生じ難くする。
【0025】
なお、厚みが大きい環状構造物1を製造する場合には、上記第5ステップにおいて第2の接着剤層20を形成してもよい。つまり、絹フィブロイン繊維40を粗に巻き付けている途中のタイミングで被覆層30に接着剤を噴射・塗布等することで硬化絹フィブロイン繊維41の割合を増加させてもよい。
1本の絹フィブロイン繊維40を切断することなく巻き付けて環状構造物1を製造するのが好ましいが、製造過程において絹フィブロイン繊維40が切断された場合には、切断された端部同士を結び合わせて、又は撚り合わせて接合すればよい。
【0026】
芯材の第1の実施の形態について説明する。
上述のとおり芯材Cは断面が円形の中実又は中空の棒状部材でもよいが、
図10(a)及び(b)に示すように丸棒70と複数のカバー部材71を備えるものでもよい。
図10(c)はカバー部材71を3つ備える場合を示している。
丸棒70は中実でも中空でもよい。カバー部材71は丸棒の円周面を覆う断面円弧状である。断面を見た場合に丸棒70の円周面(外周面)の曲率半径と、カバー部材71の内周面の曲率半径とが一致或いはほぼ一致している。
丸棒70の円周面を複数のカバー部材71で覆った状態では、隣り合うカバー部材71の間に長手方向にのびるスリット72が形成される。
【0027】
図11(a)に示すように環状構造物を製造する際にはカバー部材71の外周面に絹フィブロイン繊維を巻き付けて第一層10を形成し、次に接着剤層20、複数の被覆層30、コーティング層50を形成する。そして、最後に芯材を抜き取る際に、まず
図11(b)に示すように丸棒70を引き抜く。絹フィブロイン繊維40を何重にも巻き付ける結果、カバー部材71の外周面に対して大きな押圧力が作用しており、また、接着剤の一部が第一層10の内周面まで至っていると、接着剤がカバー部材71に付着して硬化しているので丸棒70とカバー部材71を同時に引き抜くのは難しいが、丸棒70のみであれば比較的容易に引き抜くことができる。
次に、丸棒70を引き抜いた後には中空部73が形成されるので、
図11(c)に示すように中空部73を利用して複数のカバー部材71を順次取り出していけばよい。
【0028】
芯材の第2の実施の形態について説明するが、上記第1の実施の形態と同一の構成となる箇所においては同一の符号を付してその説明を省略する。
図12(a)に示すように本実施の形態では芯材Cが丸棒70、第一円筒部材80、第二円筒部材81及び第三円筒部材82を備える点に特徴を有する。
各円筒部材80~82は長手方向にのびるスリット83を備える。各円筒部材80~82の材質は特に限定されず、ポリプロピレン等のプラスチック、紙、木材等を使用すればよい。各円筒部材80~82の曲率半径は丸棒70の曲率半径とほぼ同一になっている。
【0029】
まず、
図12(b)に示すように丸棒70に対して第一円筒部材80を装着する。具体的には第一円筒部材80のスリット83を拡げながら、第一円筒部材80の一方の端部の開口から丸棒70を挿入する。これにより第一円筒部材80は丸棒70の円周面を覆うことになる。
次に、
図12(c)に示すように第二円筒部材81のスリット83を拡げながら、第二円筒部材81の一方の端部の開口から丸棒70及び第一円筒部材80を挿入する。これにより第二円筒部材81は第一円筒部材80の円周面を覆うことになる。
【0030】
最後に、
図12(d)に示すように第三円筒部材82のスリット83を拡げながら、第三円筒部材82の一方の端部の開口から丸棒70、第一円筒部材80及び第二円筒部材81を挿入する。これにより第三円筒部材82は第二円筒部材81の円周面を覆う、つまり丸棒70の表面を第一円筒部材80、第二円筒部材81及び第三円筒部材82の三層で覆うことになる。
なお、予め第一円筒部材80、第二円筒部材81及び第三円筒部材82を重ねた状態にしておき、丸棒70を最後に挿入することにしてもよい。
【0031】
図13(a)に示すように環状構造物を製造する際には第三円筒部材82の外周面に絹フィブロイン繊維40を巻き付けて第一層10を形成し、次に接着剤層20、複数の被覆層30、コーティング層50を形成する。そして、接着剤層20が硬化する前に、
図13(b)に示すようにまず第二円筒部材81だけを丸棒70から抜き取る。上述の通り、絹フィブロイン繊維40を何重にも巻き付ける結果、第三円筒部材82の外周面に対して大きな押圧力が作用しており、また、接着剤の一部が第一層10の内周面まで至っていると、接着剤が第三円筒部材82に付着して硬化している場合があり、環状構造物1を第三円筒部材82からいきなり抜き取るのは難しい。しかし、第一円筒部材80と第三円筒部材82に挟まれている第二円筒部材81だけを抜き取ることは容易である。特に、各円筒部材80~82をポリプロピレン等のプラスチックで形成することにすれば、表面が滑らかで摺動性が高まるので第二円筒部材81だけを容易に抜き取ることができる。
【0032】
次に、
図13(c)に示すように第三円筒部材82を環状構造物1と共に丸棒70から抜き取る。第二円筒部材81が存在しなくなった分、第一円筒部材80と第三円筒部材82の間に若干の隙間が生じるため、第三円筒部材82を環状構造物1と共に抜き取ることが容易になる。
最後に、第三円筒部材82の中心方向に向けて圧力を加える。第三円筒部材82はスリット83を備えるので、圧力を加えることでその直径が小さくなるように変形させることができる。
図13(d)に示すように直径を小さくした状態の第三円筒部材82を抜き取ることで環状構造物1を得られる。
【実施例0033】
図14に示すように本発明の医療用の環状構造物の製造方法を用いて環状構造物を製造した。長さは約10センチ、外形は約4ミリ、内径は約3ミリで84デニールの練糸を使用した。可撓性を備えており、中空部に液体を通したが漏れは確認されず、長手方向に引っ張ったところ破断や割けは生じなかった。
本発明は、生体親和性、柔軟性、漏出のし難さ等を備えた血管や臓器等の一部として使用する医療用の環状構造物の製造方法、医療用の環状構造物の製造方法で使用する芯材及び医療用の環状構造物であり、産業上の利用可能性を有する。