(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023099616
(43)【公開日】2023-07-13
(54)【発明の名称】注入器及びそれを用いた注入対象の細胞核内への生体分子を含む溶液の注入方法
(51)【国際特許分類】
A61M 5/303 20060101AFI20230706BHJP
【FI】
A61M5/303
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023078360
(22)【出願日】2023-05-11
(62)【分割の表示】P 2019571181の分割
【原出願日】2019-02-08
(31)【優先権主張番号】P 2018021910
(32)【優先日】2018-02-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三木 克哉
(72)【発明者】
【氏名】跡部 真吾
(72)【発明者】
【氏名】宮▲崎▼ 洋
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 理乃
(72)【発明者】
【氏名】坂口 裕子
(57)【要約】
【課題】注入対象の細胞核内に生体分子を含む溶液を高効率で直接注入できる注入器、及び、前記注入器を用いて注入対象の細胞核内に生体分子を含む溶液を高効率で直接注入する方法の提供。
【解決手段】注入器本体から、所定の構造物が注入対象内に挿入された状態での前記所定の構造物を介した注入を行うことなく、生体分子を含む溶液を前記注入対象に対して注入する注入器であって、生体分子を含む溶液を収容する収容部と、加圧された前記生体分子を含む溶液が流れ、前記注入対象に対して射出される射出口を有するノズル部と、を備え、前記生体分子を含む溶液の射出開始時刻から時刻0.20ミリ秒までの間に前記生体分子を含む溶液の射出速度が40m/秒以上となる時刻が存在する、注入器。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
注入器本体から、所定の構造物が注入対象内に挿入された状態での前記所定の構造物を介した注入を行うことなく、生体分子を含む溶液を前記注入対象に対して注入する注入器であって、
生体分子を含む溶液を収容する収容部と、
加圧された前記生体分子を含む溶液が流れ、前記注入対象に対して射出される射出口を有するノズル部と、
を備え、
前記生体分子を含む溶液の射出開始時刻から時刻0.20ミリ秒までの間に前記生体分子を含む溶液の射出速度が40m/秒以上となる時刻が存在する、
注入器。
【請求項2】
前記生体分子を含む溶液の射出開始時刻から時刻0.20ミリ秒までの間に前記生体分子を含む溶液の射出速度が75m/秒以上となる時刻が存在する、
請求項1に記載の注入器。
【請求項3】
前記生体分子を含む溶液の射出開始時刻から時刻0.15ミリ秒までの間に前記生体分子を含む溶液の射出速度が75m/秒以上となる時刻が存在する、
請求項1又は2に記載の注入器。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の注入器を用いて、注入対象(ヒトを除く。)の細胞核内に生体分子を含む溶液を注入する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、注入器及びそれを用いた注入対象の細胞核内への生体分子を含む溶液の注入方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体等に薬液を注入する注入器として、注射針を介して注射を行う有針注射器、注射針を介することなく注射を行う無針注射器のほか、薬液を注入対象に輸送するために注射針や駆動源を備えたカテーテルなどが存在する。
このうち無針注射器では、加圧ガスやバネ、電磁力により注射液が収容された収容室に対して圧力を加えることで注射成分を射出する構成が採られることがある。例えば、注射器本体の内部に複数のノズル孔が形成されるとともに、各ノズル孔に対応して射出時に駆動されるピストンを配置させる構成が採用されている(特許文献1)。この構成により、複数のノズル孔から注射液を同時に噴射させて対象への均一な注射を実現しようとしている。そして、ルシフェラーゼ遺伝子を含むプラスミドをラットに注射し、高効率に細胞移入できている。
また、無針注射器での注射液の射出動力源として、加圧ガスを利用する形態がある。例えば、射出初期に瞬間的に大きな加圧を行った後、40~50msecかけて加圧力を徐々に低減させていく加圧形態が例示されている(特許文献2)。
【0003】
しかし、注入器により、注入対象の細胞核内に生体分子を含む溶液を高効率で直接注入できることは報告されていない。また、注入対象の細胞核内に生体分子を含む溶液が高効率で直接注入されるために必要な、注入器からの生体分子を含む溶液の射出条件に着目した報告はなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004-358234号公報
【特許文献2】米国特許出願公開第2005/0010168号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明はこの様な状況下でなされたものであり、注入対象の細胞核内に生体分子を含む溶液を高効率で直接注入できる注入器、及び、前記注入器を用いて注入対象の細胞核内に生体分子を含む溶液を高効率で直接注入する方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意検討した結果、生体分子を含む溶液を収容した注入器において、該注入器から射出される該生体分子を含む溶液の射出開始時刻から所定時間内の該生体分子を含む溶液の射出速度に着目した結果、下記の注入器が上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。本発明は以下に示すとおりである。
【0007】
〔1〕注入器本体から、所定の構造物が注入対象内に挿入された状態での前記所定の構造物を介した注入を行うことなく、生体分子を含む溶液を前記注入対象に対して注入する注入器であって、生体分子を含む溶液を収容する収容部と、加圧された前記生体分子を含む溶液が流れ、前記注入対象に対して射出される射出口を有するノズル部と、を備え、前記生体分子を含む溶液の射出開始時刻から時刻0.20ミリ秒までの間に前記生体分子を含
む溶液の射出速度が40m/秒以上となる時刻が存在する、注入器。
〔2〕前記生体分子を含む溶液の射出開始時刻から時刻0.20ミリ秒までの間に前記生体分子を含む溶液の射出速度が75m/秒以上となる時刻が存在する、〔1〕に記載の注入器。
〔3〕前記生体分子を含む溶液の射出開始時刻から時刻0.15ミリ秒までの間に前記生体分子を含む溶液の射出速度が75m/秒以上となる時刻が存在する、〔1〕又は〔2〕に記載の注入器。
〔4〕〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の注入器を用いて、注入対象の細胞核内に生体分子を含む溶液を注入する方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、注入対象の細胞核内に生体分子を含む溶液を高効率で直接注入できる注入器、及び、前記注入器を用いて注入対象の細胞核内に生体分子を含む溶液を高効率で直接注入する方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の第一の発明の一実施態様に係る注入器の概略構成を示す図である。
【
図2】本発明の第一の発明の一実施態様に係る、充填した水の射出速度の時間経過を示すグラフである。
【
図3-1】本発明の第二の発明の一実施態様に係る、哺乳動物個体(生体)内の細胞核と哺乳動物個体(生体)内に注入されたDNAの分布を示す図である(図面代用写真)。
【
図3-2】本発明の第二の発明の一実施態様に係る、哺乳動物個体(生体)内の細胞核と哺乳動物個体(生体)内に注入されたDNAの分布を示す図である(図面代用写真)。
【
図3-3】本発明の第二の発明の一実施態様に係る、哺乳動物個体(生体)内の細胞核と哺乳動物個体(生体)内に注入されたDNAの分布を示す図である(図面代用写真)。
【
図3-4】本発明の第二の発明の一実施態様に係る、哺乳動物個体(生体)内の細胞核と哺乳動物個体(生体)内に注入されたDNAの分布を示す図である(図面代用写真)。
【
図3-5】本発明の第二の発明の一実施態様に係る、DNAが細胞核内に直接注入された細胞の数の割合の分布を示す図である(図面代用写真)。
【
図3-6】本発明の第二の発明の一実施態様に係る、DNAが細胞核内に直接注入された細胞の数の割合の分布を示す図である(図面代用写真)。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、注入器の発明(第一の発明)、及び、前記注入器を用いて注入対象の細胞核内に生体分子を含む溶液を注入する方法の発明(第二の発明)を含む。
【0011】
<第一の発明>
本発明の第一の発明は、注入器本体から、所定の構造物が注入対象内に挿入された状態での前記所定の構造物を介した注入を行うことなく、生体分子を含む溶液を前記注入対象に対して注入する注入器であって、生体分子を含む溶液を収容する収容部と、加圧された前記生体分子を含む溶液が流れ、前記注入対象に対して射出される射出口を有するノズル部と、を備え、前記生体分子を含む溶液の射出開始時刻から時刻0.20ミリ秒までの間に前記生体分子を含む溶液の射出速度が40m/秒以上となる時刻が存在する、注入器である。
【0012】
本発明の第一の発明に係る注入器では、生体分子を含む溶液の射出開始時刻から時刻0
.20ミリ秒までの間に前記生体分子を含む溶液の射出速度が40m/秒以上となる時刻が存在することにより、注入対象の細胞核内に生体分子を含む溶液を高効率で直接注入することができる。
詳細には、例えば、注入対象が哺乳動物個体(生体)内の細胞である場合、生体分子を含む溶液の射出開始時刻から時刻0.20ミリ秒までの間に前記生体分子を含む溶液の射出速度が40m/秒以上となる時刻が存在することにより、生体分子を含む溶液が哺乳動物個体(生体)の表皮を貫通し、真皮に注入される際にせん断力により細胞が変形して、生体分子を含む溶液が哺乳動物個体(生体)内の細胞の細胞核内に高効率で直接注入されると期待される。
このとき、生体分子を含む溶液が注入対象の細胞核内により高効率に直接注入されることから、生体分子を含む溶液の射出開始時刻から時刻0.20ミリ秒までの間に前記生体分子を含む溶液の射出速度が75m/秒以上となる時刻が存在することが好ましく、また、生体分子を含む溶液の射出開始時刻から時刻0.15ミリ秒までの間に前記生体分子を含む溶液の射出速度は75m/秒以上となる時刻が存在することがより好ましい。また、例えば、注入対象が哺乳動物個体(生体)内の細胞である場合、該哺乳動物個体(生体)自体を貫通することなく、注入対象内に生体分子を含む溶液が注入されると期待されることから、生体分子を含む溶液の射出開始時刻から時刻0.20ミリ秒までの間の前記生体分子を含む溶液の射出速度が250m/秒以下であることが好ましく、200m/秒以下であることがより好ましい。例えば、注入対象がブタの細胞である場合、好ましい一態様としてその腹部の皮膚内の細胞である場合には、200m/秒以下であることが好ましい。また、注入対象がラットの細胞である場合、好ましい一態様としてその腰背部の皮膚内の細胞である場合には、150m/秒以下であることが好ましい。
【0013】
本発明の第一の発明における、注入対象の細胞核内に注入される生体分子とは、注入対象の細胞核内に注入された際に該注入対象の細胞核内又は細胞内において機能するものであれば特に制限されない。また、該生体分子は天然物であってもよいし、人工的に合成されたものであってもよい。例えば、核酸又はその誘導体;ヌクレオシド、ヌクレオチド、又はそれらの誘導体;アミノ酸、ペプチド、タンパク質、又はそれらの誘導体;脂質又はその誘導体;金属イオン;低分子化合物、又はその誘導体;抗生物質;ビタミン又はその誘導体等が挙げられる。核酸であれば、DNAでもRNAでもよく、それらは遺伝子を含んでもよい。後述の実施例では、生体分子として、遊離のCy3標識プラスミドDNAを用いている。
注入対象の細胞核内に注入される生体分子は、生体分子が安定して存在し、また、注入される注入対象や注入対象の細胞核を破壊するなどの悪影響がなければ、遊離の形態でもナノ粒子等の担体に固定されている形態でもよく、修飾されていてもよく、溶媒を含め、その態様は特に限定されない。
DNAが遺伝子を含む場合には、発現カセットや発現ベクターに該遺伝子が含まれた形態で設計されること等が挙げられる。さらに、例えば、DNAが注入される注入対象の種類および注入部位に適したプロモーターの制御下に遺伝子が配置されていてもよい。すなわち、いずれの態様においても公知の遺伝子工学的手法を用いることができる。
【0014】
本発明の第一の発明に係る注入器において、「先端側」とは、注入器から生体分子を含む溶液が射出される射出口が配置されている側を意味し、「基端側」とは、注入器において先端側とは反対の側を意味するものであり、これらの文言は、特定の箇所や位置を限定的に指すものではない。
【0015】
本発明の第一の発明に係る注入器は、注入器本体から、所定の構造物が注入対象内に挿入された状態での前記所定の構造物を介した注入を行うことなく、生体分子を含む溶液を前記注入対象に対して注入するものである。本発明の第一の発明に係る注入器は、例えば、注入器本体から注入対象までの距離が大きい場合等に、生体分子を含む溶液を注入器本
体から注入対象まで誘導するもの、例えば、カテーテル等のような所定の構造物を含んでもよい。したがって、本発明の第一の発明に係る注入器とは、そのような所定の構造物を含んでも含まなくてもよいが、所定の構造物を含む場合には、該所定の構造物が注入対象内に挿入された状態で生体分子を含む溶液が該注入対象に注入されるものではない。
【0016】
本発明の第一の発明に係る注入器において、生体分子を含む溶液を加圧するための駆動部は特に制限されない。加圧は、例えば、圧縮ガスの圧力が解放される際に生じる圧力によってもよいし、点火装置によって点火される火薬の燃焼により生じる圧力によってもよい。また、電磁力を用いた加圧、例えば、リニア電磁アクチュエータによる加圧によってもよい。好ましくは、少なくとも、点火装置によって点火される火薬の燃焼により生じる圧力を用いる態様であり、さらには、上記他の2つの加圧態様のいずれか、または両者と併用してもよい。
加圧として、点火装置によって点火される火薬の燃焼により生じる圧力を用いる態様を採用する場合、火薬としては、例えば、ジルコニウムと過塩素酸カリウムを含む火薬(ZPP)、水素化チタンと過塩素酸カリウムを含む火薬(THPP)、チタンと過塩素酸カリウムを含む火薬(TiPP)、アルミニウムと過塩素酸カリウムを含む火薬(APP)、アルミニウムと酸化ビスマスを含む火薬(ABO)、アルミニウムと酸化モリブデンを含む火薬(AMO)、アルミニウムと酸化銅を含む火薬(ACO)、アルミニウムと酸化鉄を含む火薬(AFO)のうち何れか一つの火薬、又はこれらのうち複数の組み合わせからなる火薬であってもよい。これらの火薬の特徴としては、その燃焼生成物が高温状態では気体であっても常温では気体成分を含まないため、点火後燃焼生成物が直ちに凝縮を行う。
また、ガス発生剤の発生エネルギーを射出エネルギーとして利用する場合、ガス発生剤としては、シングルベース無煙火薬や、エアバッグ用ガス発生器やシートベルトプリテンショナ用ガス発生器に使用されている各種ガス発生剤を用いることも可能である。
【0017】
本発明の第一の発明に係る注入器では、充填室には当初から生体分子を含む溶液が収容されているのではなく、射出口を有するノズルを介して生体分子を含む溶液を充填室内に吸引することにより収容する。このように、充填室への充填操作を必要とする構成を採用することで、必要とする任意の生体分子を含む溶液を注入対象に注入することが可能となる。そのため、本発明の第一の発明に係る注入器では、シリンジ部は着脱可能に構成されている。
【0018】
以下に、図面を参照して本発明の第一の発明における一実施形態に係る注入器の例として、注射器1(無針注射器)について説明する。なお、以下の実施形態の構成は例示であり、本発明の第一の発明はこの実施の形態の構成に限定されるものではない。なお、注射器1の長手方向における相対的な位置関係を表す用語として、「先端側」及び「基端側」を用いる。当該「先端側」は、後述する注射器1の先端寄り、すなわち射出口31a寄りの位置を表し、当該「基端側」は、注射器1の長手方向において「先端側」とは反対側の方向、すなわち駆動部7側の方向を表している。また、本例示は、点火装置によって点火される火薬の燃焼エネルギーを射出エネルギーとして、また、DNA溶液を、生体分子を含む溶液として用いる例示であるが、本発明の第一の発明はこれに限定されるものではない。
【0019】
(注射器1の構成)
図1は、注射器1の概略構成を示す図であり、注射器1のその長手方向に沿った断面図でもある。注射器1は、シリンジ部3とプランジャ4とで構成されるサブ組立体と、注射器本体6とピストン5と駆動部7とで構成されるサブ組立体とが一体に組み立てられた注射器組立体10が、ハウジング(注射器ハウジング)2に取り付けられることで構成される。
【0020】
上記の通り、注射器組立体10は、ハウジング2に対して脱着自在となるように構成されている。注射器組立体10に含まれるシリンジ部3とプランジャ4との間に形成される充填室32にはDNA溶液が充填され、そして、当該注射器組立体10は、DNA溶液の射出を行う度に使い捨てられるユニットである。一方で、ハウジング2側には、注射器組立体10の駆動部7に含まれる点火器71に電力供給するバッテリ9が含まれている。バッテリ9からの電力供給は、ユーザがハウジング2に設けられたボタン8を押下する操作を行うことで、配線を介してハウジング2側の電極と、注射器組立体10の駆動部7側の電極との間で行われることになる。なお、ハウジング2側の電極と注射器組立体10の駆動部7側の電極とは、注射器組立体10がハウジング2に取り付けられると、自動的に接触するように両電極の形状および位置が設計されている。またハウジング2は、バッテリ9に駆動部7に供給し得る電力が残っている限りにおいて、繰り返し使用することができるユニットである。なお、ハウジング2においては、バッテリ9の電力が無くなった場合には、バッテリ9のみを交換しハウジング2は引き続き使用してもよい。
【0021】
また、
図1に示す注射器本体6内には、特に追加的な火薬成分は配置されていないが、ピストン5を介してDNA溶液にかける圧力推移を調整するために、点火器71での火薬燃焼によって生じる燃焼生成物によって燃焼しガスを発生させるガス発生剤等を、点火器71内や注射器本体6の貫通孔内に配置することもできる。点火器71内にガス発生剤を配置する構成は、国際公開公報01-031282号や特開2003-25950号公報等に開示されているように既に公知の技術である。また、ガス発生剤の一例としては、ニトロセルロース98質量%、ジフェニルアミン0.8質量%、硫酸カリウム1.2質量%からなるシングルベース無煙火薬が挙げられる。また、エアバッグ用ガス発生器やシートベルトプリテンショナ用ガス発生器に使用されている各種ガス発生剤を用いることも可能である。貫通孔内に配置されるときのガス発生剤の寸法や大きさ、形状、特に表面形状を調整することで、該ガス発生剤の燃焼完了時間を変化させることが可能であり、これにより、DNA溶液にかける圧力推移を所望の推移、すなわち注入対象にDNA溶液が適切に注入され得る推移とすることができる。本発明の第一の発明では、必要に応じて使用されるガス発生剤なども駆動部7に含まれるものとする。
【0022】
(注入対象)
本発明の第一の発明における注入対象は、例えば、細胞、細胞シート内の細胞、組織内の細胞、器官(臓器)内の細胞、器官系内の細胞、個体(生体)内の細胞等のいずれであってもよく制限はない。好ましい注入対象としては、哺乳動物由来の前記注入対象が挙げられる。より好ましくは、哺乳動物個体(生体)内の細胞であり、さらに好ましくは皮膚内の細胞であり、よりさらに好ましくは、皮内、皮下及び皮筋からなる群から選択される一以上の組織内の細胞である。
尚、当該皮下は、哺乳動物個体(生体)が脂肪層を有する場合には脂肪層を含む。例えば、ブタは厚い脂肪層を含むが、一方で、ラットは脂肪層を含まない、又は脂肪層を含むとしても薄い。
この場合、注入器から哺乳動物個体(生体)の皮膚表面に生体分子を含む溶液を射出し、該皮膚表面から該皮膚内の皮内、皮下及び皮筋からなる群から選択される一以上の組織内の細胞に注入する方法を採用できる。
また、注入器から注入対象に生体分子を含む溶液を注入する場合の系としては、in vitro系、in vivo系、ex vivo系をはじめ、いずれであってもよい。
また、哺乳動物としては特に制限されないが、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウシ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、サル、イヌ、ネコ等が挙げられる。また、注入対象によっては、哺乳動物としてヒトを除く態様も挙げられる。
【0023】
(注入対象の細胞核内に生体分子を含む溶液が直接注入されたことを確認する方法)
注入対象の細胞核内に生体分子を含む溶液が直接注入されたことを確認する方法は、特に制限されず、公知の生物学的手法を用いることができる。例えば、生体分子を予め蛍光標識しておき、注入対象の細胞核内に注入した後に蛍光顕微観察する方法などが挙げられる。後述の実施例では、哺乳動物個体(生体)内の細胞の細胞核に直接注入されるDNAとしてCy3標識プラスミドV7905(Mirus社製)を用い、核染色色素としてDAPIを用いている。サンプルは、例えば、DNAを注入後に直ちに組織を取得し、切片化して調製することができる。このとき、DAPI染色を同時に行ってもよい。Cy3標識プラスミドV7905が注入された位置では赤色の蛍光を発し、細胞核の位置ではDAPIにより青色の蛍光を発することから、蛍光顕微観察により、青紫色の蛍光を発する位置が、細胞核内に直接注入されたCy3標識プラスミドV7905の位置であると同定できる。
【0024】
<第二の発明>
本発明の第二の発明は、第一の発明の注入器を用いて、注入対象の細胞核内に生体分子を含む溶液を注入する方法である。
本発明の第二の発明における注入器、注入対象、生体分子を含む溶液については、上記した本発明の第一の発明の説明を援用する。
【実施例0025】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はその要旨を逸脱しない限り、下記の実施例に限定されるものではない。
【0026】
(注入器の射出速度の評価)
[実施例1-1]
図1に示す注入器(ノズル径:直径0.1mm)に、100μLの水を充填し、点火薬の燃焼による水の射出開始時刻からの前記水の射出速度を評価した。火薬として、ジルコニウムと過塩素酸カリウムを含む火薬(ZPP)を35mg用い、ガス発生剤は用いなかった。水の射出速度は、高速カメラ(Photoron社製、FASTCAM SA-X2)で注入器の先端を
撮影し、射出された水の変位と時間から算出した。
[実施例1-2]
ZPPを15mg用いたこと以外は、実施例1-1と同様にした。
[実施例1-3]
ZPPを55mg用いたこと以外は、実施例1-1と同様にした。
[実施例1-4]
ZPPを90mg用いたこと以外は、実施例1-1と同様にした。
【0027】
図2と表1は、それぞれ、各実施例における、水の射出速度の時間経過を示すグラフと表である。尚、表1においては、ある時刻の射出速度は、その1つ前に記載した時刻の水の変位と、その1つ後に記載した時刻の水の変位との差をその時間で除したものである。例えば、実施例1-1において、時刻0.013ミリ秒欄の射出速度は、時刻0.000ミリ秒における水の変位と時刻0.020ミリ秒における水の変位との差をその時間0.020ミリ秒間で除したものである。
【0028】
【0029】
(哺乳動物個体(生体)内の細胞の細胞核内へのDNA溶液の注入試験)
[実施例2-1]
上記実施例1-1で用いた注入器に、火薬として、ジルコニウムと過塩素酸カリウムを含む火薬(ZPP)を35mg、ガス発生剤として、シングルベース無煙火薬を40mg用い、Cy3標識プラスミドV7905を含む溶液30μL(溶媒:エンドトキシンフリーTEバッファ)、終濃度:0.1mg/mL)を充填し、雌性SDラット(10週齢)の腰背部の皮膚に注入した。尚、上記の通り、実施例1-1ではガス発生剤を用いなかったが、本実施例ではガス発生剤を使用した。これは、ガス発生剤の有無は、本発明で規定される初期の射出速度に影響を及ぼさないと考えられるからである。
注入後直ちに採皮し、OCTコンパウンド(凍結組織切片作製用包埋剤(ティシュー・テックO.C.T.コンパウンド)、サクラファインテックジャパン社製)中でドライアイスにより凍結した。クライオスタット(ライカ社製)を用いて注入部断面を6μmの厚さで薄切しDAPI入り封入剤で封入した。作成した試料をオールインワン蛍光顕微鏡(Z-X700、キーエンス社製)で蛍光観察し、Cy3の赤色蛍光画像とDAPIの青色蛍光画像を0.1~0.4μm厚みで取得した。注入領域での注入分布を得るために複数の視野での画像を取得した。その結果を
図3-1に示す。スケールバーは0.73mmを示す。
DNAが直接注入された細胞数の割合を、ハイブリッドセルカウント機能を用いて次のように算出した。すなわち、各解析対象領域(
図3-1における白枠で囲われた各領域)内の各細胞について、細胞の面積に対して、青色蛍光と赤色蛍光とが重なった紫色蛍光の面積が50%以上である細胞を、DNAが直接注入された細胞と定義し、その細胞数を数えた(これを細胞数Aとする。)。一方で、各解析対象領域内の全細胞数を細胞核の個数を指標にして数えた(これを細胞数Bとする。)。
図3-1の各解析対象領域に記載した割合は、細胞数Bに対する細胞数Aの割合である。尚、Cy3の赤色蛍光がほとんど観察されない表皮と毛包については解析対象から除外した。
【0030】
[実施例2-2]
ZPPを15mg用いたこと以外は、実施例2-1と同様にした。結果を
図3-2に示す。
【0031】
図3-1~
図3-2より、実施例2-1、実施例2-2においては、皮内の細胞の細胞核内にDNAを直接注入することができた。また、注射口から注入対象への直線方向に存在する細胞に限っても、それらの細胞核に直接注入されるDNAの割合が顕著に大きいことが分かった。
【0032】
[実施例2-3]
ZPPを55mg用いたこと、及び雌性SDラット(10週齢)の代わりに雌性ブタ(15週齢、食用三元豚(LWD)(ランドレース種、大ヨークシャー種、及びデュロック種
の掛け合わせ))を用い、腹部の皮膚に注入したこと以外は、実施例2-1と同様にした。
尚、DNAが直接注入された細胞数の割合の算出に当たり、解析対象領域として、
図3-3における上側の白破線枠で囲われた領域(a1)と、下側の白破線枠で囲われた領域(b1)を採用した。領域(a1)は皮内の一部であり、領域(b1)は脂肪層の一部である。
図3-5の上側に示した、数値を含む画像(a2)は、当該領域(a1)を複数の区画に分け、各区画における、細胞数Bに対する細胞数Aの割合と、細胞数Bと、細胞数Aとを付したものである。例えば、「2.4(2/83)」との記載は、細胞数Bに対する細胞数Aの割合が2.4%であり、細胞数Bが2、細胞数Aが83であったことを示している。数値が記載されていない区画は、細胞数Bに対する細胞数Aの割合が0であった区画である。
図3-5の下側に示した画像(b2)についても同様である。
【0033】
[実施例2-4]
ZPPを90mg用いたこと以外は、実施例2-3と同様にした。結果を
図3-4と
図3-6に示す。
【0034】
図3-3~
図3-6より、実施例2-3、実施例2-4においては、皮内の細胞の細胞核内と皮下の細胞の細胞核内にDNAを直接注入することができ、皮下では脂肪層の細胞の細胞核内にまでDNAを直接注入することができた。