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特開2024-100095薬剤及びアルツハイマー型認知症予防・治療薬
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024100095
(43)【公開日】2024-07-26
(54)【発明の名称】薬剤及びアルツハイマー型認知症予防・治療薬
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/366 20060101AFI20240719BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20240719BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20240719BHJP
   A61K 36/48 20060101ALI20240719BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240719BHJP
   C07D 493/04 20060101ALN20240719BHJP
【FI】
A61K31/366
A61P25/28
A61K45/00
A61K36/48
A61P43/00 111
C07D493/04 101
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023003823
(22)【出願日】2023-01-13
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】399015388
【氏名又は名称】学校法人九州文化学園
(74)【代理人】
【識別番号】100114661
【弁理士】
【氏名又は名称】内野 美洋
(72)【発明者】
【氏名】田中 宏光
(72)【発明者】
【氏名】松下 博昭
(72)【発明者】
【氏名】安東 由喜雄
【テーマコード(参考)】
4C071
4C084
4C086
4C088
【Fターム(参考)】
4C071AA01
4C071AA07
4C071BB01
4C071BB06
4C071CC12
4C071DD14
4C071EE05
4C071FF17
4C071HH05
4C071LL01
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZA16
4C084ZC20
4C086AA01
4C086AA02
4C086CA01
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA16
4C086ZC20
4C088AB61
4C088AC04
4C088BA11
4C088CA03
4C088MA02
4C088NA14
4C088ZA16
(57)【要約】
【課題】タウタンパク質のリン酸化を抑制することができる薬剤、ひいては、アルツハイマー型認知症の発症を抑制することができる予防薬又は治療薬を提供すること。
【解決手段】本発明では、薬剤において、HASPIN阻害剤を含有し、HASPINによるタウタンパク質のリン酸化を抑制することにした。また、前記薬剤において、前記HASPIN阻害剤として、クメストロールを含有する大豆もやしを用いることにした。また、本発明では、アルツハイマー型認知症予防・治療薬において、HASPIN阻害剤を含有し、脳内でのHASPINによるタウタンパク質のリン酸化を抑制して、アルツハイマー型認知症の発症を抑制することにした。また、前記アルツハイマー型認知症予防・治療薬において、前記HASPIN阻害剤として、クメストロールを含有する大豆もやしを用いることにした。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
HASPIN阻害剤を含有し、HASPINによるタウタンパク質のリン酸化を抑制することを特徴とする薬剤。
【請求項2】
前記HASPIN阻害剤として、クメストロールを含有する大豆もやしを用いたことを特徴とする請求項1に記載の薬剤。
【請求項3】
HASPIN阻害剤を含有し、脳内でのHASPINによるタウタンパク質のリン酸化を抑制して、アルツハイマー型認知症の発症を抑制することを特徴とするアルツハイマー型認知症予防・治療薬。
【請求項4】
前記HASPIN阻害剤として、クメストロールを含有する大豆もやしを用いたことを特徴とする請求項3に記載のアルツハイマー型認知症予防・治療薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬剤及びアルツハイマー型認知症予防・治療薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の高齢化社会においては、高齢者(65歳以上)の約1/5が認知症になると予測されており、また、高齢者に限られず若年者であっても認知症を発症することも知られており、社会問題の一つとなっている。
【0003】
認知症は、脳の病気や障害など様々な原因によって認知機能が低下する状態を指し、その中でも最も多いアルツハイマー型認知症は、脳神経が変性して脳の一部が委縮していく過程で起きることが知られている。
【0004】
そのため、従来より、アルツハイマー型認知症について様々な研究開発が行われている(たとえば、特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第7002799号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
アルツハイマー型認知症では、脳内においてタウタンパク質(MAPT:microtubule-associated protein tau)が過剰にリン酸化され細胞内に蓄積して細胞機能を破壊することが知られている。
【0007】
そのため、本発明者らは、タウタンパク質のリン酸化を抑制することができる薬剤、ひいては、アルツハイマー型認知症の発症を抑制することができる予防薬又は治療薬を鋭意研究開発することにした。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に係る本発明では、HASPIN阻害剤を含有し、HASPINによるタウタンパク質のリン酸化を抑制することを特徴とする薬剤を提供するものである。
【0009】
また、請求項2に係る本発明では、前記請求項1に係る本発明において、前記HASPIN阻害剤として、クメストロールを含有する大豆もやしを用いたことを特徴とする薬剤を提供するものである。
【0010】
また、請求項3に係る本発明では、HASPIN阻害剤を含有し、脳内でのHASPINによるタウタンパク質のリン酸化を抑制して、アルツハイマー型認知症の発症を抑制することを特徴とするアルツハイマー型認知症予防・治療薬を提供するものである。
【0011】
また、請求項4に係る本発明では、前記請求項3に係る本発明において、前記HASPIN阻害剤として、クメストロールを含有する大豆もやしを用いたことを特徴とするアルツハイマー型認知症予防・治療薬を提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明では、HASPINがタウタンパク質をリン酸化することや、アルツハイマー型認知症では脳内にHASPINが発現することを明らかにし、これにより、HASPIN阻害剤によってタウタンパク質のリン酸化を抑制することができ、HASPIN阻害剤がアルツハイマー型認知症(AD)の予防薬や治療薬として用いることができることを実証した。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】組換えヒトタウタンパク質を用いたHASPINキナーゼアッセイを示す。
図2】RT-PCR分析による海馬でのHASPIN発現を示す。
図3】海馬スライスにおけるタウタンパク質のリン酸化に対するHASPIN阻害剤CHR-6494の効果を示す。
図4】マウス海馬神経細胞株のHT-22細胞におけるタウタンパク質のリン酸化を示す。
図5】HT-22細胞におけるHASPINの局在を示す。
図6】タウタンパク質のリン酸化と、大豆もやしを含む餌を与えられた5xFADマウスのアミロイドβの量を示す。
図7】大豆もやしを含む餌を与えたADマウスの海馬におけるアミロイドプラーク病理の定量化を示す。
図8】大豆もやしを含む餌を与えられた5xFADマウスのY迷路試験における空間ワーキングメモリの分析を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明に係る薬剤及びアルツハイマー型認知症予防・治療薬の具体的な構成(本研究)について図面を参照しながら説明する。
【0015】
本研究で使用したC57BL/6Jマウスは、日本クレア(東京、日本)から購入し、Hi-Durability IRRD M/R (日本エスエルシー、静岡、日本)を餌(標準餌)として使用した。また、大豆もやしを含む餌(大豆もやし含有餌)として、クメストロールを多く含むように栽培した大豆もやしを75℃で一晩乾燥させた後にミキサーで粉末化し標準餌と混合して15μg/g(クメストロール/餌)となるように調製した。この大豆もやしを含む餌は、50℃の熱湯で湿らせた餌に、クメストロール粉末を最大15%、結合剤として馬鈴薯澱粉を10%添加し、直径3mmの団子状にカットし、約3cmに成形し、80℃で一晩乾燥させた。マウスは8週齢から各条件で飼育し、5ヶ月齢で実験に使用した。マウスが1日あたり平均4.5gの餌を消費し、餌に含まれるクメストロールの量を考慮すると、マウスは1日あたり67.5μgのクメストロールを消費した。なお、67.5μg/日は、体重に対するヒトのイソフラボンの摂取制限内である。
【0016】
本研究におけるHASPINキナーゼアッセイでは、10ngの組換えヒトHASPIN(ライフテクノロジーズジャパン、東京、日本)と1μgの組換えヒトタウタンパク質(Tau-441:Sigma-Aldrich、St、USA)を反応溶液(40mM HEPES pH7.4、10mM MgCl2、3mM MnCl2、5mM CaCl2、150mM NaCl)に混合し、10μCi γ32P-ATPを反応混合物に添加し、40μlに調整した。反応は37℃で30分間行った。反応後、SDS-PAGE用サンプルバッファーを加えて遠心分離し、ポリアクリルアミド電気泳動(SDS-PAGE)を適用した。信号は、STORM 820 Phosphorimager(GE ヘルスケアライフ サイエンス)を使用して観察した。
【0017】
本研究における海馬スライス実験では、マウスを断頭し、脳を素早く取り出し、氷冷した人工脳脊髄液(ACSF)(124mM NaCl、4.4mM KCl、2.5mM CaCl2、1.3mM MgSO4、1mM NaH2PO4、26mM NaHCO3、10mM グルコース)に入れた。その後、海馬を摘出し、横方向の海馬スライス(厚さ500μm)を切り取り、ACSFに入れ、室温で30分間放置した。HASPIN阻害剤CHR-6494を含むACSF培地に海馬切片を移し、30分間培養した。海馬切片のサンプルをウエスタンブロット分析にかけた。
【0018】
本研究におけるウエスタンブロット分析では、10~50μgの組織又は培養細胞タンパク質をポリアクリルアミド電気泳動(SDS-PAGE)で分離し、ポリフッ化ビニリデン膜(PVDFメンブレン)にエレクトロブロットした。TBS-T(50mM Tris-HCl pH 7.4、138mM NaCl、2.7mM KCl、0.1% Tween20)中の4%スキムミルクでブロッキングした後に、メンブレンを一次抗体と4℃で一晩反応させ、その後、二次抗体と室温で90分間反応させた。抗原抗体複合体は、ECL Select(Cytiva Amersham、MA、USA)を使用して検出した。信号は、Amersham Imager 680(Cytiva Amersham)、Image Quant LAS4000(富士フイルム、東京、日本)、又は、POD Immunostainキット(富士フイルム和光純薬、大阪、日本)を使用して観察した。実験に使用した抗体を表1に示す。信号の強度の分析には、画像処理プログラムImageJを使用した。
【0019】
【表1】
【0020】
本研究における逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)では、マウスの臓器からの全RNAをISOGEN II(ニッポンジーン、東京、日本)のプロトコルに従って抽出した。各条件で飼育した雄マウス3匹からRNAを抽出した。メーカーの推奨に従って、オリゴdTプライマーとPrimeScript RT試薬キット(タカラバイオ、東京、日本)を使用して、1μgの全RNAを逆転写した。EmeraldAmp MAX PCR Master Mix(タカラバイオ)を用いてサンプルのPCR解析を行った。HASPIN用アッパープライマー(5'-TTGAGCACCGGGACTTACAC-3')、Actb用アッパープライマー(5'-CCGTGAAAAGATGACCCAGAT-3')、HASPIN用リバースプライマー(5'-CCATTGAGGGTGTAGCGGAG-3')、Actb用リバースプライマー(5'-GTACATGGCTGGGGTGTTG-3')を用いてHASPINとActb(βアクチン)を増幅した。PCR条件として、94℃で30秒間の変性、58℃で30秒間のアニーリング、及び、72℃で15秒間の伸長を、HASPINでは32サイクル、Actbでは28サイクル行った。PCR産物(HASPIN:79bp、Actb:55bp)を2%アガロースで電気泳動し、臭化エチジウムで検出した。
【0021】
本研究におけるトランスフェクションでは、マウス海馬神経由来HT-22細胞を、10%ウシ胎児血清及び100単位/mLのペニシリン-ストレプトマイシン(ナカライテクス、京都、日本)を含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)で培養した、リポフェクタミン3000(Invitorogen、ウォルサム、マサチューセッツ州、米国)を使用して、製造元の推奨に従ってトランスフェクションを実行した。ここでは、EGFP(改変型GFP(Green Fluorescent Protein))、EGFP-HASPIN、又はEGFP-変異HASPINを含む各発現ベクターをHT-22細胞にトランスフェクトした。細胞は、24時間培養した後に回収した。
【0022】
本研究における顕微鏡観察では、脳を4%パラホルムアルデヒドで固定し、パラフィンに包埋し、10μmの厚さで切片を作成した。脱パラフィン切片をヘマトキシリンとエオジンで染色し、BX50顕微鏡(オリンパス、東京、日本)で観察した。培養細胞は、IX70蛍光倒立顕微鏡(オリンパス、東京、日本)で観察した。
【0023】
本研究におけるコンゴレッド染色では、マウスの脳のパラフィン切片をコンゴレッド溶液(富士フイルム、東京、日本)で60分間染色し、切片をヘマトキシリン(コンゴレッド、富士フイルム、東京、日本)で1分間染色し、100%エタノールで2回洗浄し、NEW MX試薬(松波硝子工業、大阪、日本)を使用してマウントした。
【0024】
本研究におけるY迷路試験では、同じ大きさの3本アームを120°で連結した装置の片方のアームの先にマウスを置き、8分間自由に動かした時の行動(各アームに入った回数)を記録した。マウスが何度も同じアームに入った場合、そのマウスは自分の探索行動を覚えていない(空間作業記憶能力が低い)と判断した。自発的な自発運動量は、アームに入った回数の総数から計算した。これにより、Y迷路試験で、マウスの自発的な自発運動と空間作業記憶を調べた。
【0025】
本研究における統計分析では、全てのデータを、少なくとも3回の独立した実験から得られたものを用い、結果は、各条件の平均±標準偏差(SD)又は標準誤差(SE)として表した。実験条件と対照条件との差は、t検定と多重比較検定を使用して決定され、p値が0.05以下の場合に統計的に有意であるとみなした。
【0026】
本研究では、まず、HASPINによるタウタンパク質のリン酸化について調べるために、組換えタウタンパク質が組換えHASPINでリン酸化されるかどうかを調べた。
【0027】
組換えヒトタウタンパク質を組換えヒトHASPINと共に培養した結果、図1に示すように、リン酸化タウタンパク質のシグナルが得られた。これらのシグナルは、公知の通り、HASPIN阻害剤CHR-6494(ChemScene、ニュージャージー州、米国)とクメストロール(Sigma-Aldrich、ミズーリ州、米国)の添加により、それぞれ約5nMと15μMのIC50(半数阻害濃度)で減少した。
【0028】
図1は、組換えヒトタウタンパク質を用いたHASPINキナーゼアッセイを示しており、組換えヒトタウタンパク質は、HASPIN基質として機能し、HASPIN阻害剤CHR-6494(A、C)及びクメストロール(B、D)は、タウタンパク質のリン酸化を抑制していることを示している。
【0029】
これにより、HASPINのキナーゼ活性がタウタンパク質を直接リン酸化することがわかった。
【0030】
次に、本研究では、マウス海馬におけるHASPINの発現をRT-PCRで調べた。なお、アルツハイマー病モデルマウス(5xFADマウス)におけるHASPINの発現も調べた。
【0031】
その結果、図2に示すように、HASPINの発現が海馬で観察された。HASPINの発現は、雄の5xFADマウスに標準餌を与えた場合(AD ST:1.27±0.01)及び大豆もやしを含む餌を与えた場合(AD SS:1.39±0.03)を与えた場合に、標準餌を与えた野生型マウス(W ST:1)に比べて高いことがわかった。
【0032】
図2は、RT-PCR分析による海馬でのHASPIN発現を示しており、WT STは、標準餌を与えた野生型マウス、AD STは、標準餌を与えた5xFADマウス、AD SSは、大豆もやしを含む餌を与えたマウスを示す。図2に示すように、逆転写酵素がなければ(RT-)、HASPINの増幅産物は各レーンで検出されなかった。なお、Aは、Actb(βアクチン)を内部コントロールとして使用しており、Bのグラフは、ImageJソフトウェアを使用してゲルからの半定量的RT-PCRの結果を示す。データは、平均±標準誤差(SE)として表し、*は、p値が0.01以下であった。
【0033】
これにより、5xFADマウスにおけるHASPIN mRNAの発現レベルが野生型マウスよりも高く、HASPIN阻害剤を含む大豆もやしを添加した餌が5xFADマウスのHASPIN mRNAの発現を減少させなかったことがわかった。
【0034】
次に、本研究では、HASPIN阻害剤CHR-6494を使用して、海馬スライスでタウタンパク質のリン酸化の阻害があるかどうかを調べた。
【0035】
その結果、図3に示すように、リン酸化抗体を使用したウエスタンブロット分析により、HASPIN阻害剤を添加した20nM(0.46±0.04)又は100nM(0.25±0.11)の場合が、コントロール(無添加)(0.80±0.14)の場合よりタウタンパク質のリン酸化が減少した。
【0036】
図3は、海馬スライスにおけるタウタンパク質のリン酸化に対するHASPIN阻害剤CHR-6494の効果を示しており、Aは、海馬スライスにおけるCHR-6494によるタウタンパク質のリン酸化の免疫ブロット、Bは、リン酸化タウタンパク質及びβアクチンの定量分析を示している。データは、平均値±標準誤差(SE)として表し、*は、p値が0.05以下であった。
【0037】
これにより、HASPIN阻害剤CHR-6494が海馬スライスでのタウタンパク質のリン酸化を阻害することがわかった。
【0038】
次に、本研究では、マウス海馬神経細胞のHT-22培養細胞で組換えHASPINを過剰発現させることにより、HT-22細胞におけるタウタンパク質のリン酸化に対する効果を調べた。
【0039】
その結果、図4に示すように、HASPINを発現させたHT-22培養細胞では、リン酸化タウタンパク質の量が増加していることがウエスタンブロット解析により示された。
【0040】
図4は、マウス海馬神経細胞株のHT-22細胞におけるタウタンパク質のリン酸化を示しており、EGFP、EGFP-HASPIN及びEGFP-変異型HASPINをHT-22細胞にトランスフェクトした。リン酸化タウタンパク質の量は、野生型又は変異型HASPIN発現HT-22細胞で、EGPF発現HT-22細胞よりも増加したことがわかる。タウタンパク質のリン酸化は、野生型HASPINを発現する細胞でより強力であった。なお、数値はアクチンのシグナルの濃さで補正したそれぞれのタンパク質のシグナルの濃さを示している。*、**、***は、3回の実験でp値が0.05以下で有意な差が認められた結果を示している。
【0041】
また、図5に示すように、HASPINおよび変異型HASPINはトランスフェクション後24時間で核に局在し、培養細胞は組換えタンパク質の発現により丸くなるが、死滅することはなかった。
【0042】
図5は、HT-22細胞におけるHASPINの局在を示しており、AとBは、EGFP発現細胞を示し、CとD及びG~Jは、EGFP-HASPIN発現細胞を示し、EとF及びK~Nは、EGFP変異HASPIN発現細胞を示す。EGFP発現細胞(B)、EGFP-HASPIN発現細胞(D、F、H、及びL)の核に局在していることがわかる。G~Nは細胞の拡大図を示し、IとMはHoechst33342を持つ核を示す。JとNは、それぞれH-IとL-Mの結合を示す。
【0043】
この結果は、HASPINが、そのキナーゼ活性に関係なく、細胞形態をサポートする微小管に影響を与える可能性があることを示唆している。
【0044】
次に、本研究では、大豆もやしを含む餌を与えたマウスにおけるタウタンパク質のリン酸化について調べた。
【0045】
大豆もやしには、野菜の中でHASPIN阻害物質であるクメストロールが最も多く含まれている。海馬におけるタウタンパク質のリン酸化を調べるために、クメストロールを多く含むように栽培した大豆もやしを含む餌を5xFADマウスに与えた。なお、5xFDAマウスは、アミロイドβを高発現するアルツハイマー病モデルマウスでもある。
【0046】
その結果、図6に示すように、5xFADマウスのタウタンパク質は、野生型マウスと比較してリン酸化タウタンパク質が増加していた。大豆もやしを含む餌を経口摂取した野生型マウスと5xFADマウスの両方で、リン酸化タウタンパク質が3倍減少していた(p値=0.02)。なお、食事の配合とマウスの1日あたりの平均的な餌の消費量(4~5g)により、1日あたり約68μgのクメストロールが摂取されたことになり、その量は、平均体重(60kg)の人間に換算すると、1日あたり135mgに相当する。
【0047】
図6は、タウタンパク質のリン酸化と、大豆もやしを含む餌を与えられた5xFADのアミロイドβの量を示しており、マウス海馬のタンパク質の数は、ウェスタンブロット分析によって調べた。レーン1、2、5、6は、5xFADマウスの海馬タンパク質を示し、レーン3、4、7、8は、野生型マウスの海馬タンパク質を示す。奇数レーンが雄、偶数レーンが雌である。大豆もやしを含む餌を与えたマウスのリン酸化タウタンパク質およびアミロイドβのシグナルは、野生型マウス及び5xFADマウスで弱かったことがわかる。なお、これらの結果は、雄雌で同様であった。また、複数回行い有意差の検定を行った。
【0048】
次に、本研究では、大豆もやしを含む餌を与えたマウスのアミロイドβタンパク質について調べた。
【0049】
クメストロールは活性酸素種(ROS)の捕捉剤として機能し、脳内のアミロイドβの量を減少させることができることが公知であるため、大豆もやしを経口摂取させた5xFADマウスのアミロイドβタンパク質の量を調べた。
【0050】
その結果、図6に示すように、二次抗体としてHRPを使用した発光による定量では、大豆もやしを与えた5xFADマウスのアミロイドβが0.55倍減少することが示された(P値=0.005)。ADマウス切片の海馬組織のコンゴーレッド染色では、標準食群(6.6±0.5)と比較して、大豆もやしを含む食餌を与えた群(3.3±1.1)でアミロイドプラーク数の有意な減少が示された。
【0051】
また、図7に示すように、海馬組織切片のコンゴーレッド染色は、アミロイドβのプラークのシグナル数の有意な減少を示した。
【0052】
これにより、大豆もやしを食べた5xFADマウスは、海馬のアミロイドβが減少していることがわかった。
【0053】
図7は、大豆もやしを含む餌を与えたADマウスの海馬におけるアミロイドプラーク病理の定量化を示しており、ADマウス(A)、及び、標準的な餌と大豆もやしを含む餌を与えられたADマウス(B)の海馬切片の写真を示す。アミロイドプラークの平均数は、コンゴーレッドで染色された脳切片で定量化した。なお、*は、p値が0.05以下であった。矢印はプラークを示す。
【0054】
次に、本研究では、大豆もやしを含む餌を与えたマウスの行動について、Y迷路試験で調べた。
【0055】
その結果、図8に示すように、5xFADマウスの短期記憶が雄(54.8±8.6)、雌(55.2±8.4)ともに低い値であったにもかかわらず、大豆もやしを含む餌を与えた5xFADマウスでは正常マウスとの差が見られなかった。
【0056】
図8は、大豆もやしを含む餌を与えられた5xFADのY迷路試験における空間ワーキングメモリの分析を示しており、Aは、野生型(W)と5xFAD(AD)の5歳マウスに、大豆もやしを含む餌(SS)又は標準餌(ST)を3ヶ月間与え、その行動を観察した結果を示す。5xFADマウスの雄と雌は、Y迷路試験で交替成績が低かったが、大豆もやしを含む餌を与えた5xFAD又は野生型マウスは正常な成績を示した。野生型マウスに大豆もやしを含む餌を与えても異常な行動が観察されないことから、成獣マウスへのHASPIN阻害剤クメストロールの経口摂取はマウスに異常を与えないと考えられる。また、Bは、Y迷路試験におけるアームエントリーの総数を示す。大豆もやしを含む餌を与えられたマウスと標準餌を与えられたマウスの間の各アームへの侵入数は、野生型マウスと5xFADマウスで有意差はなかった。
【0057】
これにより、HASPIN阻害剤であるクメストロールが豊富な大豆を経口摂取したマウスにおいて、アルツハイマー病の発症が抑制されたことがわかった。
【0058】
以上に説明したように、本研究では、HASPINが海馬で発現し、リン酸化基質としてタウタンパク質をリン酸化することがわかった。また、CHR6494とクメストロールは、HASPINのリン酸化を阻害し、タウタンパク質のリン酸化を減少させることがわかった。海馬スライス培養細胞では、HASPIN阻害剤が有効になった後もリン酸化タウタンパク質が残っており、タウタンパク質は複数の部位でリン酸化されるため、HASPINはタウタンパク質の部位特異的リン酸化に関与している可能性がある。
【0059】
また、本研究では、HASPIN阻害剤であるクメストロールを含む大豆もやしを経口投与すると、海馬のリン酸化タウタンパク質が減少し、アルツハイマー病モデルマウス5xFADの短期記憶喪失が抑制されることがわかった。なお、本研究では、5xFADマウスに大豆もやしを継続的に経口摂取させました(約68μg/日)が、クメストロールはHASPINを阻害するものの、阻害のためのIC50濃度は非常に高濃度であり、大豆もやし中のクメストロールの量は、HASPINを完全に阻害するのに十分ではないとも考えられる。
【0060】
本研究では、大豆もやしを経口投与すると、もつれたアミロイドβが減少し、タウタンパク質のリン酸化が抑制され、マウスの短期記憶が改善されることが観察された。クメストロールのHASPIN阻害に加え、相乗効果によりアルツハイマー症状の抑制効果が現れる可能性があると考えられる。
【0061】
このように、本研究では、HASPINがタウタンパク質をリン酸化することや、アルツハイマー型認知症では脳内にHASPINが発現することを明らかにし、これにより、HASPIN阻害剤によってタウタンパク質のリン酸化を抑制することができ、HASPIN阻害剤がアルツハイマー型認知症の予防薬や治療薬として用いることができることを実証した。
【0062】
そして、以上の本研究の成果として、以下の薬剤、アルツハイマー型認知症の予防薬・治療薬が挙げられる。
(1)HASPIN阻害剤を含有し、HASPINによるタウタンパク質のリン酸化を抑制することを特徴とする薬剤。
(2)前記HASPIN阻害剤として、クメストロールを含有する大豆もやしを用いたことを特徴とする薬剤。
(3)HASPIN阻害剤を含有し、脳内でのHASPINによるタウタンパク質のリン酸化を抑制して、アルツハイマー型認知症を発症を抑制することを特徴とするアルツハイマー型認知症予防・治療薬。
(4)前記HASPIN阻害剤として、クメストロールを含有する大豆もやしを用いたことを特徴とするアルツハイマー型認知症予防・治療薬。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【手続補正書】
【提出日】2024-05-08
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
クメストロールを主成分とし、タウタンパク質のリン酸化を抑制するための薬剤。
【請求項2】
クメストロールを主成分とし、脳内でタウタンパク質のリン酸化を抑制しアルツハイマー型認知症の発症を抑制するためのアルツハイマー型認知症予防・治療薬。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0008
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0008】
請求項1に係る本発明では、クメストロールを主成分とし、タウタンパク質のリン酸化を抑制するための薬剤を提供するものである。
【手続補正3】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0009
【補正方法】削除
【補正の内容】
【手続補正4】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0010
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0010】
また、請求項2に係る本発明では、クメストロールを主成分とし、脳内でタウタンパク質のリン酸化を抑制しアルツハイマー型認知症の発症を抑制するためのアルツハイマー型認知症予防・治療薬を提供するものである。
【手続補正5】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0011
【補正方法】削除
【補正の内容】