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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024100113
(43)【公開日】2024-07-26
(54)【発明の名称】溶接部良否判定方法及びその装置
(51)【国際特許分類】
   B23K 31/00 20060101AFI20240719BHJP
【FI】
B23K31/00 K
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023003859
(22)【出願日】2023-01-13
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100105854
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 一
(74)【代理人】
【識別番号】100116012
【弁理士】
【氏名又は名称】宮坂 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】北井 賢吾
(72)【発明者】
【氏名】永廣 昭浩
(72)【発明者】
【氏名】中村 紘樹
(57)【要約】
【課題】溶接部における鋼板長手方向への入熱状態を評価できるようにすることで溶接部の良否判定を確実に行うことが可能な溶接部良否判定方法及びその装置を提供する。
【解決手段】検出・保存された所定期間の溶接部の二次元温度分布の実績データを主成分分析して正常溶接時の鋼板長手方向温度分布における逸脱指標(主成分)を求め(ST4)、この逸脱指標に対する判定対象の溶接部の所定鋼板幅領域の鋼板長手方向温度分布の逸脱度合い(Q統計量)を定量的に算出し(ST6)、この逸脱度合いに基づいて溶接部の良否を判定する(ST7)。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
連続鋼板処理ラインに設置された溶接機を用いて先行鋼板の尾端部と後行鋼板の先端部とを溶接した後で両材の溶接部の良否判定を溶接部の鋼板幅方向及び鋼板長手方向の二次元温度分布に基づいて行う溶接部良否判定方法であって、
判定対象の溶接部の鋼板長手方向の温度分布を、前記溶接部における前記二次元温度分布の実績データを用いて主成分分析により算出された正常溶接時の鋼板長手方向の温度分布における逸脱指標と比較し、前記判定対象の溶接部の前記逸脱指標との逸脱度合いを所定の鋼板幅領域ごとに定量的に算出する逸脱度合い算出ステップと、
算出された前記逸脱度合いに基づいて前記判定対象の溶接部の良否を判定する溶接部良否判定ステップと、を備えたことを特徴とする溶接部良否判定方法。
【請求項2】
前記逸脱度合いは、前記逸脱指標として算出された正常溶接時の鋼板長手方向の温度分布の主成分に対する前記判定対象の溶接部の鋼板長手方向の温度分布のQ統計量として算出されることを特徴とする請求項1に記載の溶接部良否判定方法。
【請求項3】
前記溶接部の良否判定は、前記所定の鋼板幅領域ごとに算出されたQ統計量が規定の閾値以下である場合に前記判定対象の溶接部が良好であると判定することを特徴とする請求項2に記載の溶接部良否判定方法。
【請求項4】
連続鋼板処理ラインに設置された溶接機を用いて先行鋼板の尾端部と後行鋼板の先端部とを溶接した後で両材の溶接部の良否判定を溶接部の鋼板幅方向及び鋼板長手方向の二次元温度分布に基づいて行う溶接部良否判定装置であって、
前記溶接部の前記二次元温度分布を検出する二次元温度分布検出部と、
検出された前記二次元温度分布を保存する二次元温度分布保存部と、
保存された前記二次元温度分布の実績データを用いて主成分分析により正常溶接時の鋼板長手方向の温度分布の逸脱指標を算出する逸脱指標算出部と、
前記二次元温度分布検出部で検出された判定対象の溶接部の鋼板長手方向の温度分布について前記逸脱指標との逸脱度合いを所定の鋼板幅領域ごとに定量的に算出する逸脱度合い算出部と、
算出された前記逸脱度合いに基づいて前記判定対象の溶接部の良否を判定する溶接部良否判定部と、を備えたことを特徴とする溶接部良否判定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接部良否判定方法及びその装置、特に連続鋼板処理ラインで溶接された鋼板同士の溶接部の良否を判定する方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板を製造・処理する生産ラインでは、鋼板に対して酸洗などの前処理や防錆油の塗布などを施す際に、個別の鋼板に対して各処理を施すことは、生産効率が悪く、実用的ではない。このため、生産ライン(鋼板連続処理ライン)に設置された溶接機により個々の鋼板の端部を互いに溶接して鋼板同士を接合することで、これらの処理を連続的に行う方法が用いられている。鋼板の溶接方法としては、一般的に、重ね抵抗溶接の一種であるシーム溶接が用いられる。シーム溶接では、鋼板の送給方向の端部、一般に長手方向の端部同士を重ね合せ、その上下から圧接された1対の電極輪を回転させて鋼板幅方向に移動しながら通電することで、鋼板同士を鋼板幅方向に連続的に溶接する。
【0003】
このようなシーム溶接では、頻度は低いものの、溶接部で溶接不良が発生する可能性があり、溶接不良によって生産ライン内で溶接部が破断し、生産ラインが停止することがあった。接合鋼板の溶接部破断により生産ラインが停止してしまうと、稼動率の低下に加え、生産ラインの復旧に多大な時間が掛かる。
このような鋼板長手方向の溶接部の良否を判定する方法・装置としては、例えば下記特許文献1に記載されるものがある。この溶接部良否判定方法及び装置では、超音波探傷法を利用し、ポイントフォーカス型探触子から送信される超音波ビームを溶接部のナゲットの位置で合焦させながら溶接部の鋼板長手方向及び鋼板幅方向に走査し、溶接部からの反射エコーの鋼板長手方向のスコープ像と鋼板幅方向のスコープ像を合成して溶接部の断層像を求め、この断層像における溶融部の割合から溶接部の良否判定を行う。
【0004】
また、下記特許文献2に記載される溶接部良否判定方法及び装置は、シーム溶接時の無効電流によるスパッタ(チリ)の発生を溶接不良の対象として検出するものであるが、検出された溶接部の二次元温度分布を用いて溶接部の鋼板幅方向の温度分布を求め、この鋼板幅方向温度分布の平均値が第1閾値以下で且つ鋼板幅方向温度分布の最大値と最小値の温度差が第2閾値以上である場合に溶接不良であると判定する。
【0005】
また、下記特許文献3に記載される溶接部良否判定方法及び装置は、溶接部の不良個所から電極輪の異常を検出するものであるが、検出された溶接部の二次元温度分布を用いて溶接部の鋼板幅方向の温度分布を求め、この鋼板幅方向の温度分布の最大値が所定の範囲内にない場合に、その鋼板幅方向領域の溶接部が不良個所(の候補)であると判定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000-180421号公報
【特許文献2】国際公開第2018/181398号
【特許文献3】特開2013-22598号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載される溶接部良否判定方法及び装置では、超音波の振幅を減衰させないように溶接部を水に浸漬することとされているが、溶接直後の溶接部の温度は500℃を超えていることから、生産ライン上で溶接部を水に浸漬しながら特許文献1に記載される溶接部良否判定方法及び装置によって溶接部の良否判定を行うことは実質的にできない。また、特許文献2や特許文献3に記載される溶接部良否判定方法及び装置では、何れも溶接部における鋼板幅方向の温度分布を用いて溶接部の良否を判定するようにしているが、鋼板幅方向の温度分布だけでは溶接部における溶接ビード幅内の入熱状態、換言すれば鋼板長手方向への入熱状態を評価できない。すなわち、溶接部における鋼板幅方向温度分布の最大値や平均値が閾値を上回って(或いは下回って)いても、ある鋼板幅方向領域における鋼板長手方向への入熱状態、すなわち溶接ビード幅内の入熱状態が良好時の入熱状態と同等でなければ、その鋼板幅方向領域では溶接不良となり得る。
【0008】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、溶接部における鋼板長手方向への入熱状態を評価できるようにすることで溶接部の良否判定を確実に行うことが可能な溶接部良否判定方法及びその装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明の一態様に係る溶接部良否判定方法は、連続鋼板処理ラインに設置された溶接機を用いて先行鋼板の尾端部と後行鋼板の先端部とを溶接した後で両材の溶接部の良否判定を溶接部の鋼板幅方向及び鋼板長手方向の二次元温度分布に基づいて行う溶接部良否判定方法であって、判定対象の溶接部の鋼板長手方向の温度分布を、前記溶接部における前記二次元温度分布の実績データを用いて主成分分析により算出された正常溶接時の鋼板長手方向の温度分布における逸脱指標と比較し、前記判定対象の溶接部の前記逸脱指標との逸脱度合いを所定の鋼板幅領域ごとに定量的に算出する逸脱度合い算出ステップと、算出された前記逸脱度合いに基づいて前記判定対象の溶接部の良否を判定する溶接部良否判定ステップと、を備えたことを要旨とする。
【0010】
また、本発明の更なる態様は、前記逸脱度合いは、前記逸脱指標として算出された正常溶接時の鋼板長手方向の温度分布の主成分に対する前記判定対象の溶接部の鋼板長手方向の温度分布のQ統計量として算出されることを特徴とする。
本発明の更なる態様は、前記溶接部の良否判定は、前記所定の鋼板幅領域ごとに算出されたQ統計量が規定の閾値以下である場合に前記判定対象の溶接部が良好であると判定することを特徴とする。
【0011】
また、本発明の一態様に係る溶接部良否判定装置は、連続鋼板処理ラインに設置された溶接機を用いて先行鋼板の尾端部と後行鋼板の先端部とを溶接した後で両材の溶接部の良否判定を溶接部の鋼板幅方向及び鋼板長手方向の二次元温度分布に基づいて行う溶接部良否判定装置であって、前記溶接部の前記二次元温度分布を検出する二次元温度分布検出部と、検出された前記二次元温度分布を保存する二次元温度分布保存部と、保存された前記二次元温度分布の実績データを用いて主成分分析により正常溶接時の鋼板長手方向の温度分布における逸脱指標を算出する逸脱指標算出部と、前記二次元温度分布検出部で検出された判定対象の溶接部の鋼板長手方向の温度分布について前記逸脱指標との逸脱度合いを所定の鋼板幅領域ごとに定量的に算出する逸脱度合い算出部と、算出された前記逸脱度合いに基づいて前記判定対象の溶接部の良否を判定する溶接部良否判定部と、を備えたことを要旨とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の溶接部良否判定方法及びその装置によれば、溶接部の二次元温度分布の実績データを主成分分析して正常溶接時の鋼板長手方向の温度分布における逸脱指標(主成分)を求め、この逸脱指標に対する判定対象の溶接部の所定鋼板幅領域の鋼板長手方向の温度分布の逸脱度合いを定量的に算出することにより、溶接部の鋼板長手方向の入熱状態、いわゆる溶接ビード幅内の入熱状態を評価することが可能となり、この入熱状態が正常溶接時の良好状態の入熱状態から所定以上逸脱しているかどうかを判定することで溶接部の良否判定を確実に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の溶接部良否判定方法及びその装置の一実施形態である溶接部良否判定システムの概略構成図である。
図2図1の演算機内に構築される溶接部良否判定装置のブロック図である。
図3】良好溶接部における二次元温度分布、ピーク温度、Q統計量の説明図である。
図4】不良溶接部における二次元温度分布、ピーク温度、Q統計量の説明図である。
図5図3の二次元温度分布における鋼板長手方向温度分布の説明図である。
図6図4の二次元温度分布における鋼板長手方向温度分布の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明の溶接部良否判定方法及びその装置の一実施形態について図面を参照して詳細に説明する。以下に示す実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、本発明の技術的思想は、良否判定のロジックや装置構成等を下記の実施形態に特定するものではない。また、図面は模式的なものである。
図1は、溶接部良否判定方法及びその装置の一実施形態を示す溶接部良否判定システムが設けられたシーム溶接機1の概略構成図である。この実施形態の溶接部良否判定システムは、鋼板連続処理ライン(生産ライン)で処理される先行鋼板2と後行鋼板3の溶接部の良否判定を行うものであり、シーム溶接機1は、この鋼板連続処理ラインに設置されて先行鋼板2の尾端部と後行鋼板3の先端部をシーム溶接するものである。鋼板連続処理ラインでは、例えばコイルから巻出された鋼板は一般に長手方向に送給されるので、この送給方向を鋼板長手方向とし、それと直交する板面(水平)方向を鋼板幅方向とする。図1では、図に示す鋼板2、3の長手に見える方向が鋼板幅方向に相当し、紙面垂直方向が鋼板長手方向である。なお、図1は、先行鋼板2の尾端部と後行鋼板3の先端部が上下に重ね合わされた状態を示しており、この重ね合わせ位置で鋼板幅方向に向けてシーム溶接が行われる。尾端とは鋼板送給方向の後端であり、先端は鋼板送給方向の先端である。
【0015】
このシーム溶接機1は、鋼板幅方向の一方側が開口した断面コ字状の枠体11に設けられ、この枠体11の開口部内に鋼板2、3が長手方向に送給される。この枠体11の下面(底面)には、図の左右方向に回転移動可能な車輪12が複数取付けられており、図示しない駆動モータの回転駆動力によって図の左右方向に往復移動されるように構成されている。この枠体11には、上下、すなわち重ね合わせ状態の鋼板2、3を挟む方向に対向する1対の電極輪7と、この電極輪7の対と同じ高さ位置で同じく重ね合わせ状態の鋼板2、3を挟む方向に対向する1対のスウェージングロール8が設けられている。
【0016】
このうち、1対の電極輪7は、それぞれロール形状の電極であり、図示しない駆動モータにそれぞれ接続され、この駆動モータの回転駆動力によってロール形状の周方向に回転される。各電極輪7は、図示しない給電装置の互いに異なる電極に接続されている。また、各電極輪7は、図の上下方向、すなわち重ね合わせ状態の鋼板2、3を挟む方向に加圧する加圧シリンダ13を介して枠体11に取付けられている。加圧シリンダ13が何れか一方の電極輪(通常は上側の電極輪)7にだけ設けられる場合もある。
【0017】
1対のスウェージングロール8は圧下ロールであり、後述のように、1対の電極輪7によって重ね合わせられた鋼板2、3が溶接された後でその溶接部を加圧する位置に設けられている。これら1対のスウェージングロール8は、図では互いにまっすぐに対向しているように示されているが、その回転軸は水平面内で図の左右方向に互いに逆向きに傾斜して、互いにねじれの位置にある。この1対のスウェージングロール8は、図示しない駆動モータにそれぞれ接続され、この駆動モータの回転駆動力によってロール形状の周方向に回転される。また、各スウェージングロール8は、図の上下方向、すなわち重ね合わせ状態の鋼板2、3を挟む方向に加圧する加圧シリンダ14を介して枠体11に取付けられている。加圧シリンダ14が何れか一方のスウェージングロール(通常は上側のスウェージングロール)8にだけ設けられる場合もある。
【0018】
このシーム溶接機1では、以下のようにしてシーム溶接が行われる。まず、シーム溶接に先立ち、鋼板2、3の幅方向位置を調整するサイドガイドや鋼板2、3を保持するクランプ装置などによって先行鋼板2の尾端部と後行鋼板3の先端部が所定の重ね代で重ね合わされるように位置調整を行う。このように先行鋼板2の尾端部と後行鋼板3の先端部が所定の重ね代で重ね合わされたら、この重ね合わせ部を1対の電極輪7で加圧しながら電極輪7間に通電することで2枚の鋼板2、3の当接部がジュール熱で互いに溶融する。したがって、車輪12を回転させて枠体11を図の左方から右方に移動し、1対の電極輪7間に通電しながら各電極輪7を鋼板幅方向に回転移動することで、先行鋼板2の尾端部と後行鋼板3の先端部の重ね合わせ部が鋼板幅方向に順次連続的に溶接される。
【0019】
1対の電極輪7による溶接個所は、続いて通過される1対のスウェージングロール8によって加圧される。このスウェージングロール8による加圧箇所は、溶接された直後であるので、2枚の鋼板2、3の溶融部が加圧によって圧接状態となる。その際、1対のスウェージングロール8の回転軸が互いにねじれの位置にあることで、加圧された溶接部がほぼ平坦な状態となる。したがって、このシーム溶接機1によるシーム溶接では、2枚の鋼板2、3の重ね合わせ部が1対の電極輪7によって加圧及び溶接されることで、溶接部の段差が溶接以前に比べて小さくなり、更に1対のスウェージングロール8によって加圧されることで溶接部の形状が平坦化される。このようにシーム溶接では溶接によるビード部分はほぼ平坦であるが、本明細書では、「溶接ビード」という文言を慣用的に使用している。
【0020】
枠体11には、温度計6として放射温度計が取付けられており、例えば1対の電極輪7による溶接直後の鋼板2、3の溶接部の温度を検出している。この温度計6は、例えば、溶接部に対して鋼板長手方向に所定数の測定点で(例えば所定距離ごとに)放射温度(表面温度)を検出するように構成されており、それを枠体11、すなわち温度計6が鋼板幅方向に所定距離だけ移動するたびに繰り返す。したがって、1回のシーム溶接後には、鋼板幅方向と鋼板長手方向の温度分布からなる二次元温度分布(マトリクス)を取得することができる(上記特許文献3と同様の手法)。この温度計6で検出された温度は演算機、具体的にはパーソナルコンピュータ(以下、PC)4に入力される。PC4はシーム溶接機1を制御する溶接機制御装置5と接続されている。
【0021】
PC4は、いうまでもなく、高度な演算処理機能を有する演算処理装置であると共に、例えばセンサ類の信号を入力したり、表示器や印刷機に信号を出力したりするための入出力装置と、プログラムやデータなどを記憶する記憶装置を備えて構成される。記憶装置には、アプリケーションソフトウエアを新たに記憶させることもできる。また、PC4の入出力装置は、他の演算処理装置、例えば溶接機制御装置5と情報を授受することもできる。また、溶接機制御装置5も、例えばプログラマブルロジックコントローラなどのコンピュータシステムを備えて構築される。
【0022】
PC4内には、新たに記憶された主成分分析のアプリケーションソフトウエアを用いて、図2に示す溶接部良否判定装置が構築されている。図2は、この溶接部良否判定装置のブロック図であり、同時に、この溶接部良否判定装置で行われる溶接部良否判定方法のフローチャートを示す。この溶接部良否判定装置(溶接部良否判定方法)では、まず二次元温度分布処理部(二次元温度分布処理ステップ)ST1で、温度計6によって検出された溶接部の鋼板長手方向の温度(分布)を読み込んで鋼板幅方向に並べて蓄積し、それを溶接部における二次元温度分布とする。具体的には、例えば、鋼板幅方向座標と鋼板長手方向座標の座標点に検出された各温度を割り当てて二次元の温度分布マップ(マトリクス)とする。したがって、温度計6とこのステップST1が二次元温度分布検出部を構成する。なお、熱画像カメラ(サーモビューア)などの二次元領域温度を検出できるもので二次元温度分布を直接的に取得することも可能である。
【0023】
次に、データ前処理部(データ前処理ステップ)ST2で、読み込まれた(後に判定対象となる)溶接部の二次元温度分布データの前処理を行う。具体的には、読み込まれた鋼板長手方向の温度分布の正規化、溶接部の二次元温度分布データの標準化などが行われる。鋼板長手方向温度分布におけるデータ数の正規化は、読み込まれた二次元温度分布データから所定の溶接部以外の温度データを除外する。具体的には、鋼板幅方向両端部で実際に溶接されていない領域の温度データを除外する。溶接部の二次元温度分布データの標準化は、一般的な標準化と同様に、温度データの平均値と標準偏差を用いて温度の実測値を基準化変量に標準化する。基準化変量は、実測データから平均値を減じ、それを標準偏差で除して得られる。
【0024】
なお、溶接部の幅は一定にならないので、例えば溶接部の鋼板長手方向の測定波形の幅が一定のデータ数になるように、波形を縮尺(補間)して溶接部の温度データ数を一定に(正規化)してもよい。温度計6は鋼板長手方向の所定距離ごとに温度を検出するのであるが、溶接部の鋼板長手方向寸法は材料仕様(板厚、材質)や溶接条件(溶接電流値、溶接速度、加圧力)によって異なるので、検出されている溶接部内の温度データ数も異なる。しかし、溶接部の鋼板長手方向における温度データ数が溶接部ごとに異なると、後述する主成分分析の次元数が変わってしまい、溶接良否判定に用いる主成分を効率よく求めることができないことから、鋼板長手方向における温度データ数を一様化する。具体的には、後述する鋼板長手方向温度分布の波形を伸縮したりデータを内挿したりして行う。
【0025】
次に、二次元温度分布保存部(二次元温度分布保存ステップ)ST3で、例えばマップ化され且つ前処理が施された二次元温度分布を記憶装置に保存する。ここでは、鋼板長手方向の温度分布のデータも同時に保存(記憶)する。
次に、逸脱指標算出部(逸脱指標算出ステップ)ST4で、1回の溶接が完了し、上記前処理が施された二次元温度分布に対し、鋼板幅方向の所定距離(以下では、所定鋼板幅領域とする)ごとに鋼板長手方向温度分布データの主成分を、判定対象となる溶接部の長手方向温度分布の逸脱指標として求める。後述するように、シーム溶接で生じる鋼板同士の溶接部の溶接不良発生率は非常に小さく、したがってここで求める鋼板長手方向温度分布の主成分とは、正常溶接時の、すなわち溶接部が良好状態である鋼板長手方向の温度分布の主成分を意味する。ここでは、判定対象となる溶接部の二次元温度分布データを含めて主成分分析を行うが、判定対象となる溶接部が溶接不良であると判定された場合には、その二次元温度分布データを主成分分析の対象(保存対象)から除外する。逸脱指標算出部は、主成分分析部であると言い換えることができる。なお、溶接部の鋼板長手方向温度プロファイルが規定されないと主成分分析できないことから、溶接部の同一の鋼板長手方向位置ではそれぞれの所定鋼板幅領域内に温度測定点(温度データ)が1個ずつ存在していることを前提としている。これに対し、例えば、同一の鋼板長手方向位置において所定鋼板幅領域内に複数の温度データが存在する場合には、例えばそれらの平均値を代表値として溶接部の鋼板長手方向温度プロファイルとしてもよい。
【0026】
次に、逸脱指標保存部(逸脱指標保存ステップ)ST5で、求められた主成分を鋼板幅領域ごとに更新記憶して保存する。後述するように、この実施形態の逸脱指標は、所定鋼板幅領域ごとに算出された長手方向温度分布の主成分であるから、逸脱指標保存部は主成分保存部であると言い換えることができる。
次に、逸脱度合い算出部(逸脱度合い算出ステップ)ST6で、更新記憶された主成分に対し、前処理が施された判定対象の溶接部の長手方向温度分布の温度データの定量的な乖離量を示すQ統計量を逸脱度合いとして所定鋼板幅領域ごとに算出する。Q統計量は、下記1式で示すように、主成分(予測値)と長手方向温度分布の各温度データの残差の2乗和(二乗予測誤差)で表れる(URL:http://manabukano.brilliant-future.net/lecture/dataanalysis/doc08_MSPC.pdf 参照)。なお、この例では、1回の溶接が終わる度に逸脱指標(鋼板長手方向の温度分布の主成分)を算出するようにしているが、溶接都度に算出せず、例えば、オフラインで算出した逸脱指標(モデル)をバッチ的に入れ替えることも可能である。
【0027】
【数1】
【0028】
次に、溶接部良否判定部(溶接部良否判定ステップ)ST7で、算出された逸脱度合いである鋼板幅領域ごとのQ統計量を予め設定された閾値と比較し、全ての鋼板幅領域でQ統計量が閾値以下であれば、判定対象の溶接部は溶接良好であると判定する。閾値は、経験値、半経験値、実験による測定値などに基づいて設定される。なお、判定対象の溶接部が溶接良好であると判定されなかった場合には、その判定結果が溶接機制御装置5に出力され、溶接不良の判定結果が溶接機制御装置5に入力されたら鋼板連続処理ラインを停止するように構成されている。
【0029】
図3の上段には、溶接良好状態の溶接部における鋼板幅方向と鋼板長手方向の二次元温度分布を示しており、図のグレー部分が或る温度以上の高温部を示している。図から明らかなように、溶接良好な溶接部では、鋼板長手方向中央部、すなわち溶接ビード幅の中央部の高温領域が鋼板幅方向に向けて一定の鋼板長手方向幅に維持されている。図4の上段には、溶接不良状態の溶接部における鋼板幅方向と鋼板長手方向の二次元温度分布を示しており、図3と同じく、図の濃いグレー部分が高温部を示している。図から明らかなように、溶接不良の溶接部では、鋼板長手方向中央部、すなわち溶接ビード幅の中央部の高温領域の鋼板長手方向幅に変動がみられる。図3図4の中段には、各図の上段に示すそれぞれの溶接部の二次元温度分布の最高温度を示している。例えば、この二次元温度分布の最高温度が図に破線で示す閾値以上であることをもって溶接良好と判定するならば、何れの溶接部も溶接良好と判定されるが、図4の溶接部は溶接不良である。なお、各図における左右両側の破線は、所定の溶接部の鋼板幅方向両端位置を表しており、これより両外側の領域では実質的に溶接がなされていない。
【0030】
図5は、図3の二次元温度分布における各鋼板幅領域の鋼板長手方向温度分布を重ね合わせたものである。実際の鋼板長手方向温度分布は鋼板幅領域ごとに若干の変動はあるものの、殆ど1つの鋼板長手方向温度分布波形に重ね合わせられるので、その状態を象徴的に表している。これに対し、図6は、図4の二次元温度分布における各鋼板幅領域の鋼板長手方向温度分布を重ね合わせたものである。実際の鋼板長手方向温度分布は鋼板幅領域ごとに大きくばらつき、重ね合わせた鋼板長手方向温度分布波形も多数存在するが、代表的な鋼板長手方向温度分布波形を象徴的に表している。図5に示す正常溶接時の、すなわち溶接良好状態の鋼板長手方向温度分布と比較して、溶接不良の鋼板長手方向温度分布はそれとの乖離の状態が区々で、大きく乖離しているものも少なくない。
【0031】
図5図6に示す鋼板長手方向温度分布は溶接部の入熱状態を示している。図5に示す溶接正常状態の正常溶接時の鋼板長手温度分布における逸脱指標を主成分分析による主成分とし、判定対象となる溶接部の長手方向温度分布の温度データの逸脱度合いとして、主成分に対するQ統計量を求め、このQ統計量が閾値を超えていれば、その溶接部は溶接不良であると判定することができる。また、全ての鋼板幅領域におけるQ統計量が閾値以下であれば、その溶接部は溶接良好であると判定することができる。図3の下段には、溶接良好状態の溶接部の鋼板長手方向温度分布のQ統計量を、図4の下段には、溶接不良状態の溶接部の鋼板長手方向温度分布のQ統計量をそれぞれ示す。それぞれの図に破線で示す閾値に対し、図3のQ統計量は、この閾値をはるかに下回って安定している。これに対し、図4のQ統計量は、所定鋼板幅領域の複数の箇所で閾値を上回っており、しかもQ統計量が著しく不安定である。
【0032】
シーム溶接における溶接不良の発生頻度は1/4000程度であり、実測温度データの統計手法では、必然的に解析対象数が数千にのぼる。しかし、発生頻度が低いゆえに、材料仕様や溶接条件が同一となる解析対象から異常とタグ付けできる教師データを収集するには非常に時間がかかる。そこで、教師なしの統計手法である主成分分析であれば、前述のように、種々の正規化によって適用可能な実績データ数を増すことで正常溶接時の長手方向温度分布における主成分を比較的短時間に得ることができる。主成分分析は、実績データの主成分スコア(得点)の分散が最も大きい主成分を第1主成分とし、この第1主成分(軸)と直交し且つ次いで分散が大きい主成分を第2主成分とするといったようにして次々と主成分を決めることで、相関を持った多次元の変数を互いに無相関なデータをよく説明する少数の変数に変換(次元圧縮)する数学的圧縮手法である。また、主成分分析で求めた主成分(予測値)に対する実測データの乖離の状態、すなわち逸脱度合いとして求めたQ統計量の大きさで実測データの異常を判定することができる。この実施形態では、4次元(第4主成分)まで主成分分析を行い、その結果、得られた主成分に対してQ統計量を求めた。なお、データとして存在する全次元について主成分分析を行い、累積寄与率が規定値を超える主成分を選択してQ統計量を求める手法もある。
【0033】
このように、この実施形態の溶接部良否判定システムでは、検出・保存された所定期間の溶接部の二次元温度分布の実績データを主成分分析して正常溶接時の鋼板長手方向の温度分布における逸脱指標を求め、この逸脱指標に対する判定対象の溶接部の所定鋼板幅領域の鋼板長手方向の温度分布の逸脱度合いを定量的に算出し、この逸脱度合いに基づいて溶接部の良否を判定することにより、溶接部の鋼板長手方向の入熱状態、すなわち溶接ビード幅内の入熱状態を評価することが可能となり、この入熱状態が正常溶接時の良好状態の入熱状態から所定以上逸脱しているかどうかを判定することで溶接部の良否判定を確実に行うことができる。
【0034】
また、正常溶接時の鋼板長手方向温度分布における主成分を逸脱指標とし、この主成分に対する判定対象の溶接部の鋼板長手方向温度分布のQ統計量を逸脱度合いとして判定に用いることで、発生頻度の低いシーム溶接不良に対する逸脱指標を比較的短時間に得ることができると共に、この逸脱指標に対する判定対象の溶接部の溶接良否を確実に判定することができる。
【0035】
また、所定鋼板幅領域ごとに算出されたQ統計量が規定の閾値以下である場合に判定対象の溶接部が良好であると判定することで、何れかの所定鋼板幅領域におけるQ統計量が閾値を超えたら溶接不良と判定されることになり、溶接部の鋼板長手方向の入熱状態を鋼板幅方向に厳格に評価して溶接部の溶接良否をより精密に判定することが可能となる。
以上、実施形態に係る溶接部良否判定システムについて説明したが、本件発明は、上記実施の形態で述べた構成に限定されるものではなく、本件発明の要旨の範囲内で種々変更が可能である。例えば、上記実施形態では、判定対象となる溶接部の鋼板長手方向温度分布の逸脱指標として、正常溶接時の鋼板長手方向温度分布における主成分を所定鋼板幅領域ごとに求めたが、前述のように、正常溶接時の、すなわち溶接良好状態の鋼板長手方向温度分布は鋼板幅方向に一様であるから、特定の所定鋼板幅領域での正常溶接時の鋼板長手方向温度分布における主成分を、判定対象となる溶接部の各所定鋼板幅領域の鋼板長手方向温度分布の逸脱指標として用いることも可能である。
【0036】
また、正常溶接時の溶接部の鋼板長手方向温度分布の十分な実績データから主成分が求められたら、その主成分に基づいて、判定対象となる溶接部の各所定鋼板幅領域の鋼板長手方向温度分布の逸脱度合い、すなわちQ統計量を算出するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0037】
1 シーム溶接機(溶接機)
2 先行鋼板
3 後行鋼板
4 PC(パーソナルコンピュータ、演算機)
5 溶接機制御装置
6 温度計
7 電極輪
ST1 二次元温度分布処理部(二次元温度分布処理ステップ)
ST2 データ前処理部(データ前処理ステップ)
ST3 二次元温度分布保存部(二次元温度分布保存ステップ)
ST4 逸脱指標算出部(逸脱指標算出ステップ)
ST5 逸脱指標保存部(逸脱指標保存ステップ)
ST6 逸脱度合い算出部(逸脱度合い算出ステップ)
ST7 溶接部良否判定部(溶接部良否判定ステップ)
図1
図2
図3
図4
図5
図6