(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024100485
(43)【公開日】2024-07-26
(54)【発明の名称】ばね用線材
(51)【国際特許分類】
B21B 1/16 20060101AFI20240719BHJP
【FI】
B21B1/16 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023004516
(22)【出願日】2023-01-16
(71)【出願人】
【識別番号】000192626
【氏名又は名称】神鋼鋼線工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003041
【氏名又は名称】安田岡本弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】中野 元裕
(72)【発明者】
【氏名】高尾 大
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 淳志
【テーマコード(参考)】
4E002
【Fターム(参考)】
4E002AC14
4E002CA15
(57)【要約】
【課題】ばね高さの規格値からの偏差を所定範囲内に納めてコイリング性を向上することが可能なばね用線材を提供する。
【解決手段】本発明のばね用線材1は、鋳片2を圧延し減面した後にレイイングヘッド3によりコイル状へ巻き取られると共に、コイリングマシンに供給され成形加工されることでコイルばねとなるものであって、レイイングヘッド3により付与された長手方向軸心回りの鋳造組織の回転に対し、当該回転をキャンセルするように逆方向の捻じりが付与されている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋳片を圧延し減面した後にレイイングヘッドによりコイル状へ巻き取られると共に、コイリングマシンに供給され成形加工されることでコイルばねとなるばね用線材において、前記レイイングヘッドにより付与された長手方向軸心回りの鋳造組織の回転に対し、当該回転をキャンセルするように逆方向の捻じりが付与されたことを特徴とするばね用線材。
【請求項2】
前記レイイングヘッドによって付与された「コイル1リングで鋳造組織1回転」の組織が、前記逆方向の捻じりにより「コイル2リング以上で鋳造組織1回転」へと矯正された組織を備えることを特徴とする請求項1に記載のばね用線材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自由長変動の少ないコイルばねの元材となるばね用線材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ばね用線材をコイリングマシンに供給し、当該ばね用線材に対して曲げ加工が施されることでコイルばねが製造される。
【0003】
コイリングマシンによりコイルばねを製造するに際しては、加工時にばね高さ(自由長)を測定しており、この測定結果は、コイリングマシンに備えられたフィードバック機構に入力され、ばね高さを一定とする制御に用いられる。つまり、コイリングマシンに備えられたフィードバック機構により、ばね高さの偏差を所定範囲内に収めて製品歩留まりを向上させるようになっている。
【0004】
しかしながら、製造されるばねの高さ変動が極端に大きい場合は、コイリングマシンに備えられたフィードバック機能だけではその制御が難しく、ばね高さ変動に追従できない虞が生じる。特に近年、ばねの高性能化に伴って寸法精度の高いばねが求められており、ばね高さのばらつきを抑制し、ばね高さが基準値を超えるなどして製造歩留まりが低下することを回避したいとの要望がユーザから挙がってきている。
【0005】
かかる問題の解決策として、ばね用線材の成分を適切に調整したり、ばね用線材の表面に潤滑皮膜を形成したり塗布したりする方法がある。ばね用線材の表面に酸化被膜や潤滑被膜を付与することによりコイリングピンとの摩擦を低減することで、コイリング特性の向上が期待できるからである。
【0006】
例えば、特許文献1は、C:0.4~0.8質量%、Si:1.0~2.5質量%、Mn:0.2~1.0質量%、P:0.05質量%以下、S:0.05質量%以下、Cr:0.6~2質量%を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなる鋼線であって、鋼線表面の鉄酸化物スケールに占める比率はFeO:10~60体積%、Fe2O3:0体積%超、15体積%以下、残部:Fe3O4およびFe2SiO4を満足し、前記鉄酸化物スケールの平均厚さは0.3~2.0μmであり、且つ、前記鉄酸化物スケールの平均結晶粒径は0.2μm以下であるコイリング性に優れた鋼線およびその製造方法を開示している。
【0007】
特許文献2は、硫酸塩、珪酸塩および硼酸塩よりなる群から選択される1種以上の無機塩からなる皮膜層を、線材表面に形成したものであり、前記皮膜には必要によって更に、潤滑性を有する油脂分および/または石鹸分を含有させたオイルテンパー線を開示しており、このオイルテンパー線は、潤滑皮膜に十分な耐熱性を付与して良好な潤滑性を確保し、高強度ワイヤや異形断面のオイルテンパー線においても良好なコイリング性を確保できるものとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2017-115228号公報
【特許文献2】特開2004-232058号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記した特許文献1、2を参照したとしても、コイルばねにおけるばね高さ(自由長)の変動を確実に小さくできる技術の開示はない。
【0010】
特許文献1に開示された技術は、鋼線表面の鉄酸化物スケールの組成、厚さ、および結晶粒径を適切に制御することで、コイリング性に優れたばね用線材を得る技術を開示するもので、ばね高さ変動を可及的に小さくする技術とは全く異なる。
【0011】
特許文献2に開示された技術は、コイリングマシンにおいて、コイリングピンやガイドなどのコイリング用工具とワイヤ表面との潤滑性不足に起こる焼き付きを防ぐために、潤滑皮膜に十分な耐熱性を付与して良好な潤滑性を確保する技術が開示されており、ばね高さの変動を抑制する技術を開示するものとはなっていない。
【0012】
本発明は、上述の問題に鑑みてなされたもので、ばね高さの規格値からの偏差を所定範囲内に収めてコイリング性を向上することが可能なばね用線材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明にかかるばね用線材は、鋳片を圧延し減面した後にレイイングヘッドによりコイル状へ巻き取られると共に、コイリングマシンに供給され成形加工されることでコイルばねとなるばね用線材において、前記レイイングヘッドにより付与された長手方向軸心回りの鋳造組織の回転に対し、当該回転をキャンセルするように逆方向の捻じりが付与されたことを特徴とする。
【0014】
好ましくは、前記レイイングヘッドによって付与された「コイル1リングで鋳造組織1回転」の組織が、前記逆方向の捻じりにより「コイル2リング以上で鋳造組織1回転」へと矯正された組織を備えるとよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明のばね用線材を用いることで、コイリング性がよく、ばね高さの規格値からの偏差が所定範囲内に収まるコイルばねを製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】ばね用線材を製造する工程を模式的に示した図である。
【
図2】本発明のばね用線材を用いて製造したコイルばねの特性を示したグラフであり、(a)は比較例、(b)は実施例である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明にかかるばね用線材の実施形態を、図面を参照して説明する。以下に説明する実施形態は、本発明を具体化した一例であって、その具体例をもって本発明の構成を限定するものではない。
【0018】
ばね用線材1は、コイルばねの元材となる線材であり、
図1に示す工程に従って製造される。
【0019】
まず、連続鋳造および分解圧延により製造されたビレットなどの鋼片2を、熱間にて粗圧延および仕上圧延を施して所定の線径まで減面加工する。所定の線径になった線材は、レイイングヘッド3によりコイル状に巻き取られる。 次いで、得られた線材に皮削り加工を行い、皮削り加工により生じた表面の加工層除去のための焼鈍処理またはパテンティング処理を行なう。場合によっては、線材に皮削り加工を行わずに、そのまま焼鈍処理またはパテンティング処理を行なう。
【0020】
次に、表面に潤滑処理を施して所定の線径まで冷間で伸線加工した後、必要に応じて表面に形成される潤滑皮膜を電解酸洗または熱処理などで除去する。
【0021】
その後、伸線された線材をオーステナイト域まで焼入れ加熱して保持し、焼入れ焼戻し処理(オイルテンパー処理)を実施することで、ばね用線材1を得る。このようにして得られたばね用線材1はオイルテンパー線材であり、このばね用線材1をコイリングマシンでばね形状にコイリング加工し、必要に応じて座研磨等の加工およびショットピーニング処理等の表面処理を行うことにより、コイルばねを得る。コイリング加工時に、ばね用鋼線の表面に潤滑処理が施される場合もある。
【0022】
このようにして製造されるばね用線材1において、以下に述べる事象が発生していることを、出願人は知見するに至った。
【0023】
すなわち、ばね用線材1の製造工程において、レイイングヘッド3にて線材をコイル状に巻き取る際、線材にはレイイングヘッド3により巻かれる1リングに対して、線材の長手方向軸心回りに1回転の捻じれ(鋳造組織の回転)が付与されることになる。言い換えれば、レイイングヘッド3出側のコイル1リングあたり、軸心回りに1回転の鋳造組織の異方性が生じている。
【0024】
出願人は種々の実験を行うことで、「コイル1リングあたり1回転の鋳造組織の異方性」が、製造されたコイルばねのばね高さ変動(自由長変動)の原因となることを知見した。最終製品のコイルばねにおいては様々な仕様や客先からの要求があり、コイルばねに負荷をかけない際のばね長(所定の偏差を含む)が決められている。この無負荷時の長さを「ばね高さ」乃至は「自由長」という。このばね高さが規定より大きく外れると、製品欠陥となり出荷できないことになる。
【0025】
出願人は鋭意研究を重ね、「線材軸心回りの鋳造組織の異方性」を可及的に抑制したばね用線材1をコイリングマシンへ供給し、コイルばねを製造することで、最終製品であるコイルばねにおけるばね高さ変動を抑制することが可能となることを知見した。すなわち、ばね高さを所定のものとすべく鋳造組織を捻じり戻す手段について、考察・実験を行い、以下のような構成を採用すれば好適であることを知見し本発明を完成した。
【0026】
以下、実施例とし、本発明の詳細を説明する。
【実施例0027】
前述した如く、レイイングヘッド3により巻き取られた線材には、「線材軸心回りの鋳造組織の異方性」すなわち「捻じれ」が存在する。この捻じれが存在するばね用線材1を、コイリングマシンにより成形加工した場合、レイイングヘッド3により巻き取られたリングの半周期(半リング)に対し、製造されたコイルばねのばね高さ変動が1周期存在することが明らかとなった。このばね高さ変動の周期性は、
図1に示す如く、ばね用線材1における鋳造組織が、レイイングヘッド3の巻取りにより180°回転することにより発生していると考えられ、出願人はかかる鋳造組織の回転を抑制する手法を検討した。
【0028】
具体的な抑制方法は以下の通りである。
【0029】
レイイングヘッド3により巻き取られて「線材軸心回りの鋳造組織の異方性」を有するものとなったばね用線材1を、線材軸心回りに回転可能な原料供給装置に供給し、上記した異方性をキャンセルする方向に線材を捻じり、実施例1、2を製作した。つまり、原料供給装置から線材を送り出す際、原料1リング長さで線材軸心回りに原料供給装置を1回転させ伸線を行うこととした。この際、原料供給装置の回転方向は原料の鋳造組織の回転をキャンセルする方向とし、回転速度はコイル1リングに1回転するよう、原料供給速度によって調整を行った。伸線後は新たに捻じれを付与せずオイルテンパー処理を実施し、ばね用線材1を製造した。
【0030】
製造した線材を用いた評価結果を以下に示す。
【0031】
【0032】
表1に示す実施例1、2および比較例1の計3種のばね用線材を製造し、各種評価を行った。原料供給速度、捻り速度(線材軸心回り回転速度)は、表1に示す通りとした。
鋳造組織の回転をキャンセルする方向に原料供給装置を回転することにより、レイイングヘッド3によって付与された線材の捻りがキャンセルされ、「鋳造組織1回転に必要な線材長さ」が、比較例1の1リングから、2.8~4.6リングに増加していることがよく分かる。言い換えれば、原料供給装置で線材に対し逆方向の捻りを付与することで、原料鋳造組織の回転周期を引き延ばすことができたと考えられる。
【0033】
上記のように製造した実施例1、2および比較例1をコイリングマシンへ供給し、コイルばねを作成してその特性を調査した。コイリングマシンには、ばね高さを適切なものとするためにフィードバック機構が備えられているが、そのフィードバック機構の条件とコイリング時のばね高さ良品率を表2に示す。
【0034】
コイリングマシンにおけるフィードバック条件は、フィードバックなし(FB無効)、通常行うフィードバック制御適用(FB有効)を採用した。
【0035】
【0036】
表2においては、比較例1のFB有効における自由長良品率を1として基準化しており、例えば、実施例1のFB有効における自由長良品率は1.6であって、コイリング時のばね高さ良品率が1.6倍に向上していることがわかる。他の値も同様に解釈する。
【0037】
すなわち、コイリングマシンにてコイルばねを製造した結果、コイリング時にフィードバック機能を使用することで、比較例1に比べ、本発明の技術を適用した実施例1は良品率が1.6倍まで向上することが確認された。
【0038】
図2は、本発明のばね用線材1の特性を模式的に示している。
【0039】
図2から明らかなように、比較例(FB無効)では、レイイングヘッド3により巻かれたコイルの0.5リングで1周期のばね高さ変動が存在し、フィードバック制御を用いた場合も自由長偏差は大きく変化しないことを確認している。それに対し、本発明の実施例(FB無効)では、2.5リングで1周期(コイリングマシンでのフィードバック制御無し)のばね高さ変動である。これは、逆方向の捻じりが付与されたことにより、鋳造組織の回転周期が大きくなった効果である。さらには、実施例にフィードバック制御を用いることにより自由長変動が1/4程度まで低減し良品率が大きく向上する。
【0040】
比較例では、フィードバック機能による良品率改善効果が小さいが、実施例ではフィードバック機能による良品率改善効果が大きい結果である。これは、コイルばね1個当たりのばね高さ変動の量が低減した為、フィードバックによる補正機能が有効に作用したためと考えられる。
【0041】
なお、今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。特に、今回開示された実施形態において、明示されていない事項、例えば、作動条件や操作条件、構成物の寸法、重量などは、本明細書に開示されている本発明の解決課題、解決手段、作用及び効果等を参照することによって、通常の当業者であれば、容易に選定することが可能な事項である。