IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ サンリット・シードリングス株式会社の特許一覧

特開2024-100941植物育成用組成物及び植物の育成方法
<>
  • 特開-植物育成用組成物及び植物の育成方法 図1
  • 特開-植物育成用組成物及び植物の育成方法 図2
  • 特開-植物育成用組成物及び植物の育成方法 図3
  • 特開-植物育成用組成物及び植物の育成方法 図4
  • 特開-植物育成用組成物及び植物の育成方法 図5
  • 特開-植物育成用組成物及び植物の育成方法 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024100941
(43)【公開日】2024-07-26
(54)【発明の名称】植物育成用組成物及び植物の育成方法
(51)【国際特許分類】
   A01N 63/38 20200101AFI20240719BHJP
   A01P 21/00 20060101ALI20240719BHJP
   A01N 63/30 20200101ALI20240719BHJP
   A01P 3/00 20060101ALI20240719BHJP
   A01G 7/00 20060101ALI20240719BHJP
【FI】
A01N63/38
A01P21/00
A01N63/30
A01P3/00
A01G7/00 605Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024083783
(22)【出願日】2024-05-23
(62)【分割の表示】P 2023541670の分割
【原出願日】2023-02-27
(31)【優先権主張番号】P 2022030704
(32)【優先日】2022-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】520360486
【氏名又は名称】サンリット・シードリングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100187838
【弁理士】
【氏名又は名称】黒住 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100220892
【弁理士】
【氏名又は名称】舘 佳耶
(74)【代理人】
【識別番号】100205589
【弁理士】
【氏名又は名称】日野 和将
(72)【発明者】
【氏名】石川 奏太
(57)【要約】
【課題】
所望の効果を得やす植物育成用組成物を提供する。
【解決手段】
為的に育成される植物である育成植物に対し施用するための植物育成用組成物を、液状の基材と、前記育成植物の生育を促進することができる生育促進機能、前記育成植物の病害菌及び/又は害虫を防除することができる防除機能、前記育成植物の根圏の生物叢の多様性を増加させることができる多様性増強機能、非生物的ストレスに対する前記育成植物の耐性を高めることができる耐性強化機能、及び前記育成植物の根圏の生物叢を改変することができる生物叢改変機能から成る群より選ばれる1又は2以上の機能を有する非菌根性の機能性糸状菌とを含むものとするとともに、植物育成用組成物に含まれる前記機能性糸状菌のうち、菌糸体の占める割合が80%以上となるようにした。
【選択図】 図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
為的に育成される植物である育成植物に対し施用するための植物育成用組成物であって、
液状の基材と、
前記育成植物の生育を促進することができる生育促進機能、前記育成植物の病害菌及び/又は害虫を防除することができる防除機能、前記育成植物の根圏の生物叢の多様性を増加させることができる多様性増強機能、非生物的ストレスに対する前記育成植物の耐性を高めることができる耐性強化機能、及び前記育成植物の根圏の生物叢を改変することができる生物叢改変機能から成る群より選ばれる1又は2以上の機能を有する非菌根性の機能性糸状菌の菌糸体と
を含み、
植物育成用組成物に含まれる前記機能性糸状菌のうち、菌糸体の占める割合が80%以上である
植物育成用組成物。
【請求項2】
前記基材は、糖類を1g/L以上含む請求項1記載の植物育成用組成物。
【請求項3】
前記菌糸体は、前記機能性糸状菌を液体培地で好気的条件において培養した培養物に由来し、
前記基材の少なくとも一部は、前記液体培地に由来する
請求項1記載の植物育成用組成物。
【請求項4】
前記液体培地のC/N比が、1.5以上30以下である請求項3記載の植物育成用組成物。
【請求項5】
請求項1~いずれか記載の植物育成用組成物を育成植物に対して施用する植物の育成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、育成植物に対して施用するための植物育成用組成物及びその製造方法に関する。本開示はまた、この植物育成用組成物を用いた植物の育成方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
従来、農林業や人工緑地の造成で必要とされる植物を人為的に育成するため、様々な資材や装置が用いられている。こうした資材としては、植物の成長を促進させるための養分を含む肥料、土壌の物理化学性を改善する土壌改良材、植物を病害虫から防御する農薬などがある(以下、肥料、土壌改良材(剤)および農薬を「植物栽培資材」と総称する場合がある)。
【0003】
こうした植物栽培資材のうち、化学的に合成された肥料(化学肥料)は、植物が必要とする窒素やリンなどの栄養素を、植物が吸収しやすい形態で(すなわち無機物として)植物に供給する。このため、化学肥料は効果を奏しやすく広く用いられてきた。化学的に合成された農薬(化学農薬)は、虫や微生物を死滅させる作用機序を有する化学物質であるため、化学肥料と同じく、迅速かつ確実な効果を奏し、広く用いられてきた。
【0004】
このような化学肥料や化学農薬は、確実で高い効果を奏する一方、農林地の生態系に与える影響が大きい。このため、近年では環境保全の観点から化学肥料や化学農薬に代わる植物栽培資材や、化学品を用いない植物育成方法へのニーズが高まっている。こうした状況に対し、病害生物に対する防御作用を奏する微生物を農薬として用いる技術が提案されている。例えば特許文献1には、非菌根性の糸状菌であるトリコデルマ属菌を固体培地(穀物の種子やその精白物)で培養した培養物を粉砕して調整した微生物農薬が開示されている。
【0005】
特許文献1で微生物農薬として用いられているトリコデルマ属菌は、糸状菌(「菌類」「真菌」とも呼ばれることがある)であり、糸状菌は一般的に菌糸を形成することができる多細胞生物である。糸状菌には、菌根を形成して植物と共生する菌根性の糸状菌(菌根菌)と、菌根を形成しない非菌根性の糸状菌とが知られており、トリコデルマ属菌はこのうち非菌根性の糸状菌に該当する。非菌根性の糸状菌は、植物の根に菌根を形成しなくとも(例えば、人工培地等によって)増殖させることができるため、培養が容易であるという利点を有している。糸状菌は、「カビ」や「キノコ」等と呼ばれることもあり、農作物の病害菌として農業現場では忌避される場合もある。
【0006】
しかし糸状菌の中にも植物の生育に有益な機能を奏するものがおり、特許文献1で採用しているトリコデルマ属菌には病害防除作用があることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】WO2017/188051
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところが、特許文献1に記載の農薬製剤組成物では、得られる効果に改善の余地があった。というのも、特許文献1の農薬製剤組成物はトリコデルマ属菌の固体培養物である(すなわち、乾燥状態である)ことから、同組成物に含まれるトリコデルマ属菌は主に胞子体や分生子体であると考えられるところ、胞子体や分生子体は糸状菌における休眠状態であり、活性が低い状態だからである。
【0009】
加えて、特許文献1に記載の農薬製剤組成物では、遺伝子資源の人為的拡散に対する配慮が全くなされていなかった。
【0010】
本開示は、上記課題を解決するために為されたものであり、所望の効果を得やすく、遺伝子資源の人為的拡散に配慮した植物育成用組成物を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題は、
定植地に定植して人為的に育成される植物である育成植物に対し、定植前若しくは定植後又はその両方に施用するための植物育成用組成物であって、
液状の基材と、
前記育成植物の生育又は育成環境に有益な機能を有する非菌根性の機能性糸状菌の菌糸体と
を含み、
前記機能性糸状菌は、前記定植地またはその近隣地において取得された試料から単離された非菌根性糸状菌に由来するものである
植物育成用組成物
を提供することによって解決される。
【0012】
ここで、本明細書における「施用」には、植物育成用組成物をそのまま育成植物の栽培系に導入する場合と、植物育成用組成物に加工(例えば、希釈、濃縮、別種類の植物育成用組成物との混合、添加物の添加等)を行ってから育成植物の栽培系に導入する場合との両方を含むものとする。また、本明細書における「液状」とは、少なくとも常温(例えば、10°C~35°C程度。以下同じ。)において液体様の流動性を有するもの全般を意味するものとする。したがって、「液状」のもの(例えば基材)には、水溶性の成分だけでなく、不溶性の粒子等を含むこともできる。さらに、「非菌根性の糸状菌」は、植物の根に菌根を形成しない糸状菌のことを意味するものとする。別の表現として、「非菌根性の糸状菌」は、全ての糸状菌のうち菌根菌以外の糸状菌と定義することもできる。以下においては、植物育成用組成物のことを、「液剤」、「菌糸体含有液剤」又は「微生物液剤」と呼ぶことがある。
【発明の効果】
【0013】
以上のように、本開示によって、所望の効果を得やすく、遺伝子資源の人為的拡散に配慮した植物育成用組成物を提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例1により特定された生育促進糸状菌と防除糸状菌それぞれの単離培養物の写真である。
図2】実施例1により得られた非菌根性糸状菌を当該糸状菌の増殖基質を含む液体培地で菌糸体として増殖させた液剤の写真である。
図3】実施例1と比較例1による、容器苗(ヒノキ)の根部の成長状態を示す写真である。
図4】実施例2(右)と比較例2(左)による、ネギおよびトマト苗の育苗培土における病原菌の優占状態を示す写真である。
図5】実施例3の植物育成用組成物の光学顕微鏡写真である。
図6図5と同種の糸状菌の胞子体の光学顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
1.植物育成用組成物の概要
植物育成用組成物は、定植地に定植して人為的に育成される植物である育成植物に対し、定植前若しくは定植後又はその両方に施用するためのものである。植物育成用組成物は、液状の基材と、前記育成植物の生育又は育成環境に有益な機能を有する非菌根性の機能性糸状菌の菌糸体とを含んでいる。菌糸体は、胞子体や分生子体に比べて代謝活性等が高いため、これを含む植物育成用組成物では、胞子や分生子を主成分とする従来の農薬製剤組成物に比べて、機能性糸状菌の機能が効果的に発揮されやすい。また、植物育成用組成物の施用後、比較的早期に効果が得られやすい場合がある。植物育成用組成物に含まれる機能性糸状菌のうち、菌糸体の割合(菌糸体率)は、いくつかの実施形態では50%以上100%以下であり、いくつかの実施形態では70%以上100%以下であり、いくつかの実施形態では80%以上100%以下であり、いくつかの実施形態では90%以上100%以下であり、いくつかの実施形態では95%以上100%以下であり、いくつかの実施形態では98%以上100%以下である。
【0016】
植物育成用組成物に含まれる機能性糸状菌は、育成植物の定植地(定植前の場合には、定植予定地。以下同様。)またはその近隣地において取得された試料から単離された非菌根性糸状菌に由来するものである。これにより、植物育成用組成物を施用した育成植物の苗を定植地に定植した際や、定植地に定植した後の育成植物に植物育成用組成物を施用した際に、遺伝子資源の人為的拡散が起こりにくくすることができる。また、育成植物と機能性糸状菌との相性を高めることにより、機能性糸状菌の機能がより発揮されやすくなる場合がある。
【0017】
植物育成用組成物は、その基材が常温において液状である(すなわち、植物育成用組成物全体としても液体様の流動性を有する)ため、多様な施用方法に用いることができる。また、施用のタイミングに制約が少なく、使い勝手がよい。すなわち、例えば、植物育成用組成物を育成植物の地下部(根部等)に対して施用する場合には、育成植物を植える前の栽培用土に植物育成用組成物を予め染み込ませておくという方法や、育成植物の植物体又は種子が植えられている土壌に対して植物育成用組成物を潅注するという方法や、育成植物の種又は植物体が植えられているポット等を植物育成用組成物に浸漬するという方法等も採用することができる。あるいは、育成植物を水耕栽培によって育成している場合には、植物育成用組成物を水耕栽培の育成溶液に混合するという方法や、水耕栽培の育成溶液そのものとして植物育成用組成物を用いるという方法等を採用することができる。一方、植物育成用組成物を育成植物の地上部(葉部や、茎部や、実部や、花部等)に対して施用する場合には、例えば、当該地上部に対して植物育成用組成物を散布することや、当該地上部を植物育成用組成物に浸漬すること等を採用することができ、植物育成用組成物を育成植物に付着させやすい。
【0018】
機能性糸状菌は、育成植物の生育又は育成環境に有益な機能を有している。ここで、「育成植物の生育に有益な機能」としては、例えば、育成植物の生育を促進することができる生育促進機能、育成植物の病害菌及び/又は害虫を防除することができる防除機能、育成植物の根圏の生物叢の多様性を増加させることができる多様性増強機能、非生物的ストレス(例えば、干害、高温障害、塩害、冷害、霜害、活性酸素によるダメージ、雹害、風害、農薬等による薬害等が例示されるが、これに限定されない。)に対する育成植物の耐性を高めることができる耐性強化機能、育成植物の根圏の生物叢を改変することができる生物叢改変機能等が例示されるが、これに限定されない。生物叢改変機能を有する機能性糸状菌は、例えば、生物叢における種組成や系統構成等を改変することによって、バランスを崩してしまっている定植地の土壌生物叢を、育成植物の生育に適したバランスに整えることができる。ここで、「根圏」とは、植物の根部と、植物の根部を支持している支持材(例えば、天然土壌や、人工土壌や、栽培用吸水性ポリマや、水耕栽培における根部支持用スポンジ等が挙げられるが、これに限定されない。以下同じ。)とで構成される領域のことをいう。以下においても同様とする。
【0019】
一方、「育成植物の育成環境に有益な機能」は、育成植物の生育自体に直接的に寄与する機能ではないが、育成植物の育成環境を調整することができる機能である。このような機能としては、例えば、育成植物の環境順化能(例えば、炭素固定能等)を向上させ温室効果ガスの発生を抑制することができる温室効果ガス発生抑制機能や、温室効果ガスの低減機能等が例示されるが、これに限定されない。
【0020】
機能性糸状菌としては、育成植物の生育又は育成環境に有益な機能を2種類以上有するものを採用することもできる。以下においては、「育成植物の生育又は育成環境に有益な機能」のことを、「調整機能」と呼ぶことがある。また、育成植物の生育に有益な機能を有する機能性糸状菌のことを、「好機能糸状菌」と呼ぶことがある。さらに、育成植物の育成環境に有益な機能を有する機能性糸状菌のことを、「環境制御糸状菌」と呼ぶことがある。
【0021】
機能性糸状菌が、特定の育成植物に対して生育促進機能を有することは、以下のようにして特定することができる。すなわち、機能性糸状菌を含む植物育成用組成物を施用し所定期間が経過した育成植物を施用群とし、機能性糸状菌を含まない液(すなわち、基材)を施用し所定期間が経過した育成植物を対照群とした場合に、施用群の植物体の全部又は一部の重量又は長さが対照群よりも統計的に有意に大きければ、その機能性糸状菌はその育成植物に対する生育促進機能を有するものとする。生育促進機能は、育成植物の植物体全体の生育を促進するものであることもできるし、育成植物の植物体の一部の生育を促進するものであることもできる。生育促進機能としては、例えば、育成植物の発根を促進し、根量を増大させる根量増大機能や、育成植物の地上部の生育を促進する地上部生育促進機能、育成植物の根圏内の生物叢の組成を改変することで病害虫を抑制する機能等が挙げられる。
【0022】
機能性糸状菌が、特定の病害菌に対して防除機能を有することは、以下のようにして特定することができる(以下、防除対象の菌を「ターゲット病害菌」と呼ぶことがある。)。すなわち、機能性糸状菌とターゲット病害菌とを固形培地上で対峙培養した際に、ターゲット病害菌の増殖や菌糸伸長が阻害された場合、及び/又は、ターゲット病害菌が死滅した場合には、その機能性糸状菌はその病害菌に対する防除機能を有するものとする。また、別の方法として、ターゲット病害菌を含む土壌に対して機能性糸状菌を含む植物育成用組成物を施用(例えば、ターゲット病害菌を含む土壌約200mlに対し植物育成用組成物約30~80ml程度。いくつかの実施形態においては、50ml。)し、施用前と施用後所定期間(例えば、1週間~3週間程度。いくつかの実施形態においては、2週間程度。)経過後の土壌中の微生物叢をアンプリコンシーケンス解析して、ターゲット病害菌の相対ゲノム量が有意に減少していれば、その機能性糸状菌はそのターゲット病害菌に対する防除機能を有するものとすることができる。
【0023】
ターゲット病害菌は、少なくとも1種類の植物に対して病害を引き起こすことができるものであれば、その種類を限定されない。ターゲット病害菌は、真菌(例えば、糸状菌等)や、細菌や、ウイルスや、古細菌であることができる。真菌であるターゲット病害菌としては、例えば、萎黄病、萎凋病、うどんこ病、疫病、黒斑病、菌核病、さび病、立枯病、炭疽病、つる割病、苗立枯病、根こぶ病、白斑病、半身萎凋病、べと病、根腐病、乾腐病、黒腐菌核病、基腐病(例えば、サツマイモ基腐病等)等の原因菌が挙げられるが、これに限定されない。真菌であるターゲット病害菌としては、例えば、Fusarium(フザリウム)属菌、Sclerotium cepivorum、Verticillium(バーティシリウム)菌、Rhizoctonia(リゾクトニア)属菌、Pythium(ピシウム)属菌、Plasmodiophora brassicae、Phytophthora(フィトフソラ)属菌、Pectobacterium carotovorum、Alternaria(アルタナリア)属菌、Pseudoperonospora(シュードペロノスポラ)属菌、Peronospora(ペロノスポラ)属菌、Plasmopara(プラズモパラ)属菌、Bremia(ブレミア)属菌、Albugo(アルブゴ)属菌、Puccinia(プクシニア)属菌、Botrytis(ボトリチス)属菌、Colletotrichum(コレトトリカム)属菌、Glomerella(グロメレラ)属菌、Cercospora(サーコスポラ)属菌、Cercosporella(サーコスポレラ)属菌、Mycovellosiella(マイコベロシラ)属菌、Diaporthe(ディアポルテ)属菌(例えば、Diaporthe destruens(ディアポルテ・デストルエンス)等)等が挙げられるが、これに限定されない。細菌であるターゲット病害菌としては、例えば、青枯病、萎黄病、黒腐病、軟腐病、腐敗病等の原因菌が挙げられるが、これに限定されない。ウイルスであるターゲット病害菌としては、例えば、ウイスル・モザイク病、黄化えそ病、イネの縞葉枯れ病、萎縮病等の原因ウイルスが挙げられるが、これに限定されない。
【0024】
機能性糸状菌が、特定の害虫に対して防除機能を有することは、以下のようにして特定することができる(以下、防除対象の虫を「ターゲット害虫」と呼ぶことがある。)。すなわち、生きたターゲット害虫を、機能性糸状菌を含む植物育成用組成物に1秒程度浸漬したものを菌接触群、機能性糸状菌を含まない基材に同時間浸漬したものを対照群とし、それぞれのターゲット害虫を浸漬後しばらく(1~2週間程度)飼育した際に、菌接触群の死亡率が対照群よりも統計的に有意に高ければ、その機能性糸状菌はそのターゲット害虫に対する防除機能を有するものとすることができる。
【0025】
ターゲット害虫は、少なくとも1種類の植物に対して害(例えば、食害や吸汁や病害等)を与えることができるものであれば、その種類を限定されない。ターゲット害虫は、例えば、線形動物門、軟体動物門又は節足動物門に属する生物とすることができるが、これに限定されない。ターゲット害虫は、例えば、アザミウマ目、カメムシ目、甲虫目、ダニ目、チョウ目、ハエ目、バッタ目、ハチ目、ハリセンチュウ目、マイマイ目、ワラジムシ目等に属する生物とすることができるが、これに限定されない。
【0026】
機能性糸状菌が、多様性増強機能を有することは、以下のようにして特定することができる。すなわち、試験用土壌(例えば、育成植物の定植地の土壌。以下同じ。)に対して機能性糸状菌を含む植物育成用組成物を施用(例えば、試験用土壌約200mlに対し植物育成用組成物約30~80ml程度。いくつかの実施形態においては、50ml。)し、施用前と施用後所定期間(例えば、1週間~3週間程度。いくつかの実施形態においては、2週間程度。)経過後の試験用土壌中の微生物叢をアンプリコンシーケンス解析して、試験用土壌中の微生物叢の多様性(例えば、属数)が有意に増加していれば、その機能性糸状菌は多様性増強機能を有するものとする。
【0027】
機能性糸状菌が、特定の育成植物に対して耐性強化機能を有することは、以下のようにして特定することができる。すなわち、機能性糸状菌を含む植物育成用組成物を施用し所定期間が経過した育成植物を施用群とし、機能性糸状菌を含まない液(すなわち、基材)を施用し所定期間が経過した育成植物を対照群として、施用群及び対照群に対し、略同一の非生物的ストレスを略同期間与えた場合に、施用群における元気な(枯れたり、病気になったり、弱ったりしていない)個体の割合が、対照群における元気な個体の割合よりも統計的に有意に高ければ、その機能性糸状菌はその育成植物に対する耐性強化機能を有するものとする。
【0028】
機能性糸状菌が、生物叢改変機能を有することは、以下のようにして特定することができる。すなわち、試験用土壌に対して機能性糸状菌を含む植物育成用組成物を施用(例えば、試験用土壌約200mlに対し植物育成用組成物約30~80ml程度。いくつかの実施形態においては、50ml。)し、施用前と施用後所定期間(例えば、1週間~3週間程度。いくつかの実施形態においては、2週間程度。)経過後の試験用土壌中の微生物叢をアンプリコンシーケンス解析して、施用前と施用後の属レベルにおける真菌群集組成の違いが、Bray-Curtis指標のベータ多様性で所定の基準値(以下、「生物叢改変基準値」と呼ぶことがある。)以上であれば、その機能性糸状菌は生物叢改変機能を有するものとする。アンプリコンシーケンス解析のプライマーとしては、真菌のITS(Internal Transcribed Spacer)領域の少なくとも一部をターゲットとするものを用いることができる。生物叢改変基準値としては、例えば、0.3、0.35、0.4、0.45等を採用することができる。
【0029】
機能性糸状菌は、育成植物との共生能力を有するものとすることができる。ここで、「共生」とは、植物体に自己の細胞を侵入させたり融合させたりする物理的な共生だけでなく、植物との間で物質のやり取りを行う化学的な共生も含むものとする。また、自身が植物と直接的に共生する場合だけでなく、他の菌(糸状菌に限定されず、真菌、細菌、古細菌であることもできる)を介して植物と間接的に共生する場合も「共生」に含むものとする。機能性糸状菌としては、例えば、育成植物の根圏において植物と共生することができるrhizosphere(soil)fungiを採用することができる。
【0030】
機能性糸状菌は、非菌根性の糸状菌であれば、その目や科や属や種を限定されない。機能性糸状菌の属する目としては、例えば、Pleosporales目、Cladosporiales目、Helotiales目、Hypocreales目、Boletales目、Mortierellales目、Venturiales目、Malasseziales目、Chaetothyriales目、Dothideales目、Eurotiales目、Magnaporthales目、Adinetida目、Mucorales目、Xylariales目、Cantharellales目、Polyporales目、及びGlomerellales目等が例示されるが、これに限定されない。
【0031】
また、機能性糸状菌の属する科としては、例えば、Didymellaceae科、Cladosporiaceae科、Hypocreaceae科、Astraeaceae科、Hyaloscyphaceae科、Mortierellaceae科、Venturiaceae科、Malasseziaceae科、Herpotrichiellaceae科、Mollisiaceae科、Aspergillaceae科、Didymosphaeriaceae科、Pseudeurotiaceae科、Pyriculariaceae科、Pleosporaceae科、Adinetidae科、Bionectriaceae科、Mucoraceae科、Apiosporaceae科、Ceratobasidiaceae科、Hamatocanthoscyphaceae科、Morosphaeriaceae科、Fomitopsidaceae科、Glomerellaceae科、Ploettnerulaceae科、Vibrisseaceae科、Hyphodiscaceae科、及びNectriaceae科等が例示されるが、これに限定されない。
【0032】
さらに、機能性糸状菌の属する属としては、例えば、Cladosporium(クラドスポリウム)属、Trichoderma(トリコデルマ)属、Astraeus属、Hyaloscypha属、Leptodophora属、Malassezia(マラセチア)属、Cladophialophora(クラドフィアロフォラ)属、Mortierella(モルティエレラ)属、Phialocephala属、Penicillium(ペニシリウム)属、Pseudeurotium属、Linnemannia属、Pyricularia(ピリクラリア)属、Curvularia(カーブラリア)属、Adineta属、Clonostachys(クロノスタキス)属、Mucor(ムコール)属、Nigrospora(ニグロスポラ)属、Rhizoctonia(リゾクトニア)属、Gremmenia属、Acrocalymma属、Fomitopsis属、Colletotrichum属、Cadophora(カドフォラ)属、Phialocephala(フィアロセファラ)属、Meliniomyces(メリニオマイセス)属、Glutinomyces(グルティノマイセス)属、及びFusarium(フザリウム)属等が例示されるが、これに限定されない。
【0033】
植物育成用組成物は、機能性糸状菌を1種類だけ含むこともできるし、2種類以上含むこともできる。植物育成用組成物に2種類以上の機能性糸状菌を含む場合において、複数の機能性糸状菌は、同一の目に属するものであることもできるし、2以上の異なる目に属するものであることもできる。また、複数の機能性糸状菌は、同一の科に属するものであることもできるし、2以上の異なる科に属するものであることもできる。さらに、複数の機能性糸状菌は、同一の属に属するものであることもできるし、2以上の異なる属に属するものであることもできる。さらにまた、複数の機能性糸状菌は、同一又は類似の機能を有するものであることもできるし、異なる機能を有するものであることもできる。
【0034】
いくつかの実施形態において、機能性糸状菌は、所謂「微生物農薬」に該当する。また、いくつかの実施形態において、機能性糸状菌は、植物の生物的・非生物的環境への耐性を高める作用や植物を取り巻く生物的・非生物的環境を調整する作用等を持つ「バイオスティミュラント」に該当する。
【0035】
植物育成用組成物における基材は、常温において液状であれば、その具体的な組成を限定されない。いくつかの実施形態において、基材は、水を主体とする液状とされる。
【0036】
基材には、糖類を含むことができる。これにより、後述するように、菌糸体の割合をより効率的に高めやすくなる場合がある。また、植物育成用組成物に含まれる機能性糸状菌の菌糸体を、高活性な(元気な)状態に維持しやすくなる場合がある。糖類は、その種類を限定されない。糖類としては、例えば、単糖、二糖、オリゴ糖等が例示されるが、これに限定されない。また、糖類としては、例えば、スクロース、グルコース、ガラクトース、フルクトース、ラクトース、トレハロース等が例示されるが、これに限定されない。基材には、糖類を1種類だけ含むこともできるし、2種類以上含むこともできる。
【0037】
基材に含まれる糖類は、いくつかの実施形態においては1g/L以上であり、いくつかの実施形態においては3g/L以上であり、いくつかの実施形態においては5g/L以上であり、いくつかの実施形態においては7g/L以上であり、いくつかの実施形態においては10g/L以上である。基材に含まれる糖類は、いくつかの実施形態において50g/L以下であり、いくつかの実施形態においては30g/L以下であり、いくつかの実施形態においては20g/L以下である。基材に含まれる糖類の濃度を一定以下とすることで、機能性糸状菌の活性をむしろ高めることができる場合がある。また、植物育成用組成物のコストを下げることができる。
【0038】
糖類の定量は、例えば、HPLC法やフェノール-硫酸法、LC/MSやGC/MSを用いた解析等によって行うことができる。スクロースの定量は、例えば、酵素インベルターゼを用いてスクロースをフルクトースとグルコースに分解し、フルクトースアッセイ試薬を用いた比色法でフルクトース濃度を求めることによって行うことができる。以下においても同様とする。
【0039】
植物育成用組成物における基材には、アミノ酸、ペプチド及び/又はタンパク質(以下、「アミノ酸系物質」と呼ぶことがある。)を含むことができる。これにより、植物育成用組成物に含まれる機能性糸状菌を、より高活性な状態に維持しやすくなる場合がある。基材に含まれるアミノ酸系物質は、いくつかの実施形態においては0.5g/L以上であり、いくつかの実施形態においては1g/L以上であり、いくつかの実施形態においては3g/L以上である。基材に含まれるアミノ酸系物質は、いくつかの実施形態において10g/L以下である。
【0040】
いくつかの実施形態において、植物育成用組成物に含まれる菌糸体は、後で詳しく説明するように、機能性糸状菌を液体培地で好気的条件において培養した培養物に由来する。いくつかの実施形態においては、基材の少なくとも一部は、液体培地に由来する。
【0041】
育成植物は、その種類を限定されない。育成植物としては、例えば、被子植物(広葉樹、草本系被子植物等)、裸子植物(針葉樹、草本系裸子植物等)、シダ植物、コケ植物等が例示されるが、これに限定されない。
【0042】
育成植物として採用することができる広葉樹としては、例えば、ヒメヤシャブシ、ヤシャブシ、オオバヤシャブシ、ミヤマヤシャブシ、ナラ、ミズナラ、カンバ、ブナ、クヌギ、ケヤキ、タモ、トチノキ、キリ、クリ、ニレ、カエデ、カツラ、シオジ、クワ、シイノキ、クスノキ、アカシア、タブノキ、ミズメ、アサダ、クルミ、カシ、サクラ、モモ、ウメ、ビワ、アンズ、リンゴ、ナシ、ブドウ、ミカン、ツバキ、カカオ、アボカド、ラワン、ローズウッド、紫檀(シタン)、花梨(カリン)、黒檀(コクタン)、ウォールナット、チーク、ゴムノキ(例えば、パラゴムノキ等)、ファルカタ、ヒッコリー、チェリー、オーク、ハックベリー、ホワイトアッシュ、ポプラ、メープル、マホガニー、ビーチ、バーチ、ヤシ、コーヒー等が例示されるが、これに限定されない。
【0043】
育成植物として採用することができる草本系被子植物としては、例えば、イネ科(例えば、イネ、ムギ、トウモロコシ、アワ等)、バラ科(例えば、イチゴ、キイチゴ、フユイチゴ等)、ヒガンバナ科(例えば、ネギ、タマネギ、ニラ、ニンニク等)、ナス科(例えば、ナス、トマト、ピーマン、パプリカ、ジャガイモ等)、ウリ科(例えば、キュウリ、ウリ、スイカ、メロン、カボチャ、ズッキーニ等)、キク科(例えば、レタス、春菊、ゴボウ、フキ等)、アブラナ科(例えば、キャベツ、ブロッコリー、白菜、大根等)、セリ科(例えば、ニンジン、セロリ等)、アオイ科(例えば、オクラ等)、アカザ科(例えば、ホウレンソウ等)、ユリ科(例えば、アスパラガス等)、マメ科、ヤシ科、バショウ科、タデ科、ヒルガオ科、サトイモ科、ショウガ科、ヤマノイモ科等が例示されるが、これに限定されない。
【0044】
育成植物として採用することができる針葉樹としては、例えば、スギ、マツ、ヒノキ、ヒバ、ツガ、モミ、サワラ、イチイ、カヤ、イチョウ、ピーラー、レッドウッド、パイン、ラーチ、ソテツ等が例示されるが、これに限定されない。
【0045】
育成植物として採用することができるシダ植物としては、例えば、ワラビ、ゼンマイ、ツクシ、ウラジロ等が例示されるが、これに限定されない。
【0046】
2.植物育成用組成物の製造方法
以下、植物育成用組成物の製造方法について詳しく説明する。いくつかの実施形態において、植物育成用組成物の製造方法は、定植地特定工程と、糸状菌特定工程と、培養工程とを経る。いくつかの実施形態において、植物育成用組成物の製造方法は、さらに糸状菌採取工程を経ることができる。いくつかの実施形態において、培養工程は、液体培地を用いる液体培養工程であることができる。いくつかの実施形態において、植物育成用組成物の製造方法は、さらに培養液保管工程を経ることができる。
【0047】
2.1 定植地特定工程
定植地特定工程は、育成対象である育成植物の定植地を特定する工程である。ここで、「定植地」は、一定の範囲を持つ特定の土地であれば、その広さを特に限定されない。「定植地」としては、例えば、州、群、都道府県、市町村、地域、地帯、植林地、圃場等が例示されるが、これに限定されない。いくつかの実施形態においては、「定植地」として、農林業や緑地造成業等の事業活動において、1まとまりで扱われる範囲(例えば、地帯、植林地、圃場等)が採用される。
【0048】
2.2 糸状菌採取工程
糸状菌採取工程は、機能性糸状菌の候補である非菌根性の候補糸状菌を、環境中から採取する工程である。具体的には、まず、候補糸状菌を採取するための採取用試料を取得する(以下、採取用試料を単に「試料」と呼ぶ場合がある。)。採取用試料としては、例えば、環境中に既に生息している採取元植物の植物体切片や土壌等を用いることができる。続いて、採取用試料に含まれる糸状菌を、固形培地(例えば、平板培地や斜面培地等。以下同じ。)上で単離培養する。単離された糸状菌は、候補糸状菌として、固形培地上で保管される(以下、単離状態で保管された候補糸状菌や機能性糸状菌を「種菌」と呼ぶことがある。)。採取用試料として用いる植物体切片は、採取元植物のどの部位の切片であるかを限定されない。植物体切片としては、例えば、根部や、葉部や、茎部や、実部や、花部等の切片が例示されるが、これに限定されない。
【0049】
糸状菌採取工程と、定植地特定工程とは、どちらを先に行うこともできる。いくつかの実施形態においては、糸状菌採取工程よりも前に定植地特定工程を行う。この場合には、糸状菌採取工程において、採取用試料を、定植地特定工程で特定された定植地またはその近隣地から取得することができる。これにより、植物育成用組成物に含まれる機能性糸状菌として、育成植物の定植地またはその近隣地に生息していた糸状菌を用いることができるため、植物育成用組成物を育成植物に施用した際に、遺伝子資源の人為的拡散が起こりにくくすることができる。また、育成植物と機能性糸状菌との相性を高めることができ、機能性糸状菌の機能が発揮されやすくなる場合がある。
【0050】
ここで、定植地の「近隣地」としては、通常、定植地と地続きである地域が採用される。ただし、定植地と近隣地とは、必ずしも連続している必要はなく、間に別の地域が介在していてもよい。定植地の「近隣地」としては、例えば、育成植物の定植地から半径500km以内の地域を採用することもできる。いくつかの実施形態においては、「近隣地」として、育成植物の定植地から半径300km以内の地域を採用しており、いくつかの実施形態においては、「近隣地」として、育成植物の定植地から半径100km以内の地域を採用しており、いくつかの実施形態においては、近隣地」として、育成植物の定植地から半径50km以内の地域を採用しており、いくつかの実施形態においては、「近隣地」として、育成植物の定植地から半径30km以内の地域を採用しており、少なくとも1つの実施形態においては、「近隣地」として、育成植物の定植地から半径10km以内の地域を採用している。
【0051】
いくつかの実施形態においては、採取用試料を、例えば、気候条件や、仮に人が全く手を入れなかった場合に形成されると考えられる植生(以下「仮想自然植生」と表現することがある。)の種類が、定植地と同様である地域から取得することができる。仮想自然植生の種類としては、例えば、高山植生、常緑針葉樹林、北方針・広混交林、落葉広葉樹林、モミ・ツガ林、常緑広葉樹林等が例示されるが、これに限定されない。
【0052】
いくつかの実施形態においては、採取用試料を、自然環境や二次的自然環境から取得することができる。自然環境や二次的自然環境においては、人の手によらない自然生態系が形成されている場合が多く、例えば人為的に整備された圃場等と比較して、植生や土壌生物叢の多様性が高いことが多い。したがって、自然環境や二次的自然環境において採取用試料を取得することにより、多様な候補糸状菌を採取しやすくすることができる。また、採取した候補糸状菌が、広範な植物に対する共生能を有している可能性を高めることもできる。同様の理由で、いくつかの実施形態においては、採取用試料を、人為的に整備された圃場以外の場所から取得することができる。ここで、自然環境としては、例えば、原生林、自生林、自生草原等が例示されるが、これに限定されない。二次的自然環境としては、例えば、植林地やその周辺の草地、里山の草地、圃場周辺の草地、無舗装道路やその周辺の草地、空き地やその周辺の草地、放棄農地、放棄林、雑木林等が例示されるが、これに限定されない。
【0053】
いくつかの実施形態においては、糸状菌採取工程の後で定植地特定工程を行う。この場合には、糸状菌採取工程で単離され保管された候補糸状菌の中から、定植地特定工程で特定された定植地またはその近隣地から採取された候補糸状菌を選択し、その候補糸状菌を用いて後述する糸状菌特定工程を行うことができる。これにより、既に述べたように、遺伝子資源の人為的拡散を防ぐことができる。また、育成植物と機能性糸状菌との相性を高めることができる場合がある。
【0054】
採取元植物は、その具体的な種類を限定されない。採取元植物としては、在来種の植物(特定外来生物として指定されていない植物)を採用することができる。これにより、育成植物と機能性糸状菌との相性をより高めることができる場合がある。採取元植物としては、通常、維管束植物が採用される。採取元植物としては、例えば、育成植物の例として前述した植物と同様の植物を採用することができる。育成植物と採取元植物とは、同種類とすることも、異種類とすることもできる。木本植物を採取元植物として採取した機能性糸状菌を草本植物に適用することもできるし、草本植物を採取元植物として採取した機能性糸状菌を木本植物に適用することもできる。
【0055】
候補糸状菌の単離や保管に用いる固形培地は、その具体的な組成を限定されない。固形培地としては、寒天培地を用いることが多いが、他のゲル化剤(例えば、ゼラチン等)を用いて固形化された培地を用いることもできる。固形培地としては、例えば、ポテトデキストロース寒天培地(PDA培地)や、Modified Melin-Norkrans培地(MMN培地)や、オートミール寒天培地や、ポテトスクロース寒天培地(PSA寒天培地)や、ポテトキャロット寒天培地や、麦芽エキス寒天培地や、ツァペック・ドックス寒天培地や、ツァペック酵母エキス寒天培地や、MY20寒天培地や、サブロー・ブドウ糖寒天培地や、1%酵母抽出物添加サブロー寒天培地(SDY寒天培地)や、標準寒天培地等を用いることができる。本明細書中における他の記載箇所の「固形培地」でも、同様の培地を採用することができる。いくつかの実施形態における糸状菌採取工程では、PDA培地を採用している。
【0056】
2.3 糸状菌特定工程
糸状菌特定工程は、機能性糸状菌の候補である候補糸状菌のなかから、機能性糸状菌として採用する糸状菌を特定する工程である。いくつかの実施形態においては、候補糸状菌として、前述した糸状菌採取工程で採取された候補糸状菌を用いる。一方、いくつかの実施形態においては、候補糸状菌として、寄託されている微生物資源又は市販されている糸状菌を用いる。いくつかの実施形態においては、糸状菌特定工程よりも前に定植地特定工程を行い、定植地特定工程で特定された定植地またはその近隣地から採取された候補糸状菌を用いて糸状菌特定工程を行う。いくつかの実施形態における糸状菌特定工程は、解析基準特定工程と、実験基準特定工程とを含んでいる。候補糸状菌は、1種類の育成植物に対して1種類だけを用意することもできるし、複数種類を用意することもできる。
【0057】
解析基準特定工程は、土壌微生物叢解析に基づいて候補糸状菌を絞り込む工程である。土壌微生物叢解析は、例えば、環境DNA分析(アンプリコンシーケンス解析)等によって行うことができる。これにより、その土壌微生物叢を構成する菌の組成や機能などに関する統計的な情報を得ることができる。このような情報に基づけば、実験等を行わなくとも候補糸状菌をある程度絞り込むことができ、機能性糸状菌の特定を効率化することができる。
【0058】
いくつかの実施形態においては、解析基準特定工程において、候補糸状菌の採取地(いくつかの実施形態においては、育成植物の定植地またはその近隣地)における土壌微生物叢を解析する。一方、いくつかの実施形態においては、解析基準特定工程において、育成植物の定植地の土壌微生物叢を解析する。解析基準特定工程においては、候補糸状菌の採取地と育成植物の定植地の両方の土壌微生物叢を解析することもできる。
【0059】
実験基準特定工程は、実験結果に基づいて、機能性糸状菌を特定する工程である。例えば、生育促進機能を有する機能性糸状菌を求めている場合には、候補糸状菌の単培養物を含む植物育成用組成物を製造し、例えば上記「1.植物育成用組成物の概要」に記載の方法等によって、当該植物育成用組成物を実際に育成植物に施用してみる。その結果、その候補糸状菌が生育促進機能を有することが特定されれば、その候補糸状菌を機能性糸状菌として採用することができる。同様に、防除機能を有する機能性糸状菌や、多様性増強機能を有する機能性糸状菌や、耐性強化機能を有する機能性糸状菌や、生物叢改変機能を有する機能性糸状菌等を求めている場合にも、上記「1.植物育成用組成物の概要」に記載の方法等によって、候補糸状菌が所望の機能を有しているかどうかを特定することができ、有している場合には、その候補糸状菌を機能性糸状菌として採用することができる。いくつかの実施形態においては、解析基準特定工程で絞り込まれた候補糸状菌を用いて、実験基準特定工程を行う。
【0060】
2.4 液体培養工程
液体培養工程は、糸状菌特定工程で特定された機能性糸状菌を液体培地で培養する工程である。具体的には、固形培地上で単離保管されている機能性糸状菌を、白金耳等で掻き採って液体培地に接種するか、固形培地ごと切り取って液体培地に入れ、好気的条件において培養する。
【0061】
好気的条件における培養は、振盪培養又は攪拌培養によって行うことができる。振盪培養は、例えば、試験管やフラスコ等の被振盪容器と振盪機とを用いて行うことができる。攪拌培養は、例えば、スピナーフラスコとスターラーや、ジャーファーメンターや、培養タンク等を用いて行うことができる。液体培養工程において培養を行っている培地の溶存酸素量は、いくつかの実施形態において1mg/L以上10mg/L以下であり、いくつかの実施形態において2mg/L以上10mg/L以下であり、いくつかの実施形態においては4mg/L以上10mg/L以下である。いくつかの実施形態では、液体培養工程が終了した段階の培養液を、植物育成用組成物として提供することができる。
【0062】
液体培養工程で用いる液体培地は、通常、滅菌(例えば、オートクレーブ滅菌やフィルター滅菌等。)されたものを使用する。液体培地は、通常、水を主体とする液状とされる。
【0063】
液体培地の具体的な組成は限定されない。液体培地には、炭素源を含むことができる。炭素源としては、例えば、糖類、植物残渣、デンプン、セルロース、植物抽出物、糖アルコール類(例えばグリセロール等)、有機酸等を用いることができるが、これに限定されない。糖類としては、例えば、スクロース、グルコース、ガラクトース、フルクトース、ラクトース、トレハロース、オリゴ糖等を用いることができるが、これに限定されない。植物残渣としては、例えば、米ぬか、もみがら、樹皮、おがくず、わら、野菜くず、大豆かす、酒かす、コーヒーかす、ビールかす、茶かす等を用いることができるが、これに限定されない。植物抽出物としては、例えば、野菜(例えば、ジャガイモ、サツマイモ、ニンジン等)の抽出物、モルトエクストラクト、糖蜜等を用いることができるが、これに限定されない。有機酸としては、例えば、フマル酸、クエン酸、ピルビン酸等を用いることができるが、これに限定されない。液体培地には、炭素源を1種類だけ加えることもできるし、2種類以上加えることもできる。いくつかの実施形態において、液体培地には、炭素源として、糖類と植物残渣とを含む。これにより、液体培地のコストを抑えつつ、より効率的に菌糸体を成長させることができる場合がある。
【0064】
液体培地における炭素源の総添加量は、いくつかの実施形態においては1g/L以上であり、いくつかの実施形態においては5g/L以上であり、いくつかの実施形態においては10g/L以上であり、いくつかの実施形態においては15g/L以上であり、いくつかの実施形態においては20g/L以上である。液体培地における炭素源の添加量は、いくつかの実施形態においては100g/L以下であり、いくつかの実施形態においては80g/L以下であり、いくつかの実施形態においては60g/L以下であり、いくつかの実施形態においては40g/L以下である。
【0065】
液体培地に糖類と植物残渣とを含む場合において、液体培地における糖類の添加量は、いくつかの実施形態においては1g/L以上100g/L以下であり、いくつかの実施形態においては5g/L以上50g/L以下であり、いくつかの実施形態においては10g/L以上30g/L以下である。また、液体培地における植物残渣の添加量は、いくつかの実施形態においては1g/L以上100g/L以下であり、いくつかの実施形態においては10g/L以上70g/L以下であり、いくつかの実施形態においては20g/L以上50g/L以下である。
【0066】
液体培地には、窒素源を含むことができる。窒素源としては、例えば、乾燥酵母、イーストエクストラクト(酵母エキス)、モルトエクストラクト(麦芽エキス)、ペプトン、トリプトン、カザミノ酸、肉エキス、大豆粉、コーン・スティープ・リカー、綿実粉等の天然有機窒素源や、アミノ酸類等を用いることができるが、これに限定されない。乾燥酵母としては、例えば、ビール酵母、ワイン酵母、清酒酵母、焼酎酵母、パン酵母等が例示されるが、これに限定されない。液体培地には、窒素源を1種類だけ加えることもできるし、2種類以上加えることもできる。液体培地における窒素源の添加量は、いくつかの実施形態においては1g/L以上であり、いくつかの実施形態においては3g/L以上であり、いくつかの実施形態においては5g/L以上である。液体培地における窒素源の添加量は、いくつかの実施形態においては50g/L以下であり、いくつかの実施形態においては30g/L以下であり、いくつかの実施形態においては10g/L以下である。
【0067】
液体培地には、有機塩や無機塩を含むことができる。有機塩や無機塩としては、例えば、マグネシウム、ナトリウム、カリウム、鉄、マンガン、コバルト、亜鉛等の、リン酸塩、硫酸塩、塩化物塩、酢酸塩、炭酸塩等が例示されるが、これに限定されない。液体培地には、また、ビタミン類として、チアミン等を加えることもできる。液体培地には、有機塩や無機塩やビタミン類を1種類だけ含むこともできるし、2種類以上含むこともできる。液体培地における、有機塩や無機塩やビタミン類の添加量は、いくつかの実施形態において0.01g/L以上であり、いくつかの実施形態において0.5g/L以上である。液体培地における、有機塩や無機塩やビタミン類の添加量は、いくつかの実施形態において10g/L以下であり、いくつかの実施形態において5g/L以下である。
【0068】
液体培養の開始時における液体培地のC/N比(Carbon to Nitrogen Ratio)は、いくつかの実施形態において1.5以上であり、いくつかの実施形態において3以上であり、いくつかの実施形態において5以上である。液体培地のC/N比は、いくつかの実施形態において30以下であり、いくつかの実施形態において20以下であり、いくつかの実施形態において15以下である。C/N比は、液体培地に含まれる全炭素量(%)を、全窒素量(%)で除することによって求めることができる。全炭素量(%)及び全窒素量(%)は、CHNコーダー等の元素分析装置を用いて測定することができる。あるいは、全炭素量(%)としては、強熱減量法(液体培地における水以外の原料を、液体培地製造時の割合にてよく混合したものを2g計量し、るつぼに入れて580°Cで2時間以上加熱し灰化させる。灰化後にるつぼ内に残ったものの重量Wを測定し、有機物含量(%)=W/2X100を求める。)によって求められた有機物含量(%)に0.47を掛けた値を、近似値として用いることができる。また、全窒素量(%)は、ケルダール分解(蒸留法又はイオン電極法)によっても求めることができる。
【0069】
液体培地としては、例えば、ポテトデキストロース液体培地、サブロー液体培地、オートミール培地等を用いることができる。
【0070】
いくつかの実施形態においては、炭素源として米ぬか(Rice Bran)及びスクロース(Sucrose)を含み、窒素源としてビール酵母(Beer Yeast)を含む液体培地(以下、この液体培地を「YBS液体培地」と呼ぶことがある。)を採用する。このYBS液体培地については、後の<検討例1>でも検討を行っている。YBS液体培地における米ぬかの添加量は、いくつかの実施形態においては1g/L以上100g/L以下であり、いくつかの実施形態においては10g/L以上70g/L以下であり、いくつかの実施形態においては20g/L以上50g/L以下である。YBS液体培地におけるスクロースの添加量は、いくつかの実施形態においては1g/L以上100g/L以下であり、いくつかの実施形態においては5g/L以上50g/L以下であり、いくつかの実施形態においては10g/L以上30g/L以下である。YBS液体培地におけるビール酵母の添加量は、いくつかの実施形態においては1g/L以上50g/L以下であり、いくつかの実施形態においては3g/L以上30g/L以下であり、いくつかの実施形態においては5g/L以上10g/L以下である。
【0071】
液体培養工程における培養温度は、限定されない。培養温度は、いくつかの実施形態においては10°C以上35°C以下であり、いくつかの実施形態においては15°C以上30°C以下である。液体培地のpHは、いくつかの実施形態においては4~11の範囲であり、いくつかの実施形態においては約5~7である。
【0072】
液体培養工程における培養時間も限定されない。培養時間は、いくつかの実施形態においては1日間(24時間)以上10日間以下であり、いくつかの実施形態においては2日間以上5日間以下である。液体培養工程における培養時間は、培養液の濁度や吸光度によって決定することもできる。例えば、目視観察により培養液の濁りや菌糸の塊等が明確に確認できる状態になるまで培養を行うことができる。培養時間は、培養液の吸光度によって決定することもできる。すなわち、例えば、培養中の培養液を一部サンプリングし、後述する分散工程と同様の方法によって分散させることで菌糸懸濁液を調製し、当該菌糸懸濁液の、所定波長(例えば、600nmや、660nmや、700nm等)における吸光度が、所定の値(例えば、0.5や、1.0や、2.0や、3.0等)以上となった時点で培養を終了することができる。
【0073】
いくつかの実施形態においては、液体培養工程において、1バッチの液体培地に対し、機能性糸状菌を1種類だけ加えて液体培養を行っている。これにより、所望の機能性糸状菌を効率よく増殖させることができる場合がある。別の実施形態においては、1バッチの液体培地に対して、機能性糸状菌を2種類以上加えることができる。すなわち、2種類以上の機能性糸状菌を、1バッチの液体培地内で共培養することもできる。
【0074】
2.5 培養液保管工程
培養液保管工程は、液体培養工程を経た培養液を保管する工程である。培養液保管工程では、通常、液体培養工程における培養温度よりも低い温度において、静置状態で培養液を保管する。温度を下げることにより、培養液に含まれる機能性糸状菌の増殖を抑えて、酸素の消費を抑えることができ、静置状態で保管したとしても、機能性糸状菌を元気な状態に維持しやすくなる場合がある。いくつかの実施形態では、培養液保管工程が終了した段階の培養液を、植物育成用組成物として提供することができる。
【0075】
培養液保管工程における保管温度は、いくつかの実施形態においては0°C以上、25°C以下であり、いくつかの実施形態においては4°C以上、15°C以下であり、少なくとも1つの実施形態においては4°C以上、10°C以下である。保管期間は、いくつかの実施形態において1ヶ月以下とされる。
【0076】
液体培養工程を経た培養液は、これに含まれる機能性糸状菌の菌糸を、後述する分散工程と同様の方法によって切断し分散させてから培養液保管工程に供することもできる。一方、いくつかの実施形態においては、液体培養工程を経た培養液をそのまま(機能性糸状菌の菌糸を分散させずに)培養液保管工程に供するようにしている。これにより、機能性糸状菌の菌糸体をより元気な状態で保管できる場合がある。
【0077】
培養液保管工程を行う前や、行っている最中や、行った後には、培養液に添加物を加えることができる。添加物は、その種類を限定されない。添加物としては、例えば、酸、塩基、糖類、アミノ酸、ペプチド、リン化合物、窒素化合物、カリウム化合物等が例示されるが、これに限定されない。添加物は、1種類だけを加えることも、2種類以上を加えることもできる。また、添加物としては、液体培地の製造に用いられる各種の材料を用いることもできる。添加物の添加は、1回だけ行うことも、2回以上行うこともできる。
【0078】
以上のようにして製造した植物育成用組成物は、機能性糸状菌の液状培養物に由来しており、液状の基材中に、機能性糸状菌の菌糸体が含まれた状態となる。基材の一部又は全部は、液体培養工程で使用した液体培地に由来する。植物育成用組成物の基材のうち、液体培地に由来する部分の割合は、いくつかの実施形態において50%以上であり、いくつかの実施形態において70%以上であり、いくつかの実施形態において90%以上であり、いくつかの実施形態において略100%である。液体培地を基材として流用することにより、機能性糸状菌が空気に直接触れにくくすることができ、機能性糸状菌の菌糸体の割合を高く維持しやすくなる場合がある。また、機能性糸状菌をより活性が高い状態に維持しやすくなる場合がある。
【0079】
4.育成植物の育成方法
以下、植物育成用組成物を用いて育成植物を育成する方法について詳しく説明する。植物育成用組成物は、育成植物の植物体における地上部若しくは地下部、又は育成植物の種子に植物育成用組成物を接触させることにより、育成植物に施用することができる。また、植物育成用組成物は、育成植物の根部を支持するための支持材に浸み込ませることによっても、育成植物に対して施用することができる。さらに、植物育成用組成物は、水耕栽培の育成溶液に混合したり、水耕栽培の育成溶液そのものとして用いたりすることによっても、育成植物に対して施用することができる。植物育成用組成物は、既に育成植物が植えられている支持材に浸み込ませることもできるし、これから育成植物を植える支持材に浸み込ませることもできる。
【0080】
いくつかの実施形態においては、植物育成用組成物の施用前に、植物育成用組成物に含まれる機能性糸状菌の菌糸を切断し分散(懸濁)させるための分散工程を行う。分散工程は、例えば、ブレンダーや、ミキサや、ミルや、ホモジナイザ等を用いて行うことができる。ブレンダーやミキサを採用する場合において、ブレンダーやミキサの容量は、いくつかの実施形態においては0~20Lであり、いくつかの実施形態においては0~5Lである。ミキサの回転数は、いくつかの実施形態においては5000回転/分以上、50000回転/分以下であり、いくつかの実施形態においては10000回転/分以上、30000回転/分以下である。ミキサの運転時間は、いくつかの実施形態において、10秒~2分程度である。いくつかの実施形態では、分散工程が終了した段階の培養液を、植物育成用組成物として提供することができる(すなわち、分散工程を、植物育成用組成物の製造方法に含むことができる。)。
【0081】
いくつかの実施形態においては、植物育成用組成物の施用前に、植物育成用組成物を加工する加工工程を行う。加工工程で行う加工としては、例えば、植物育成用組成物の希釈、濃縮、別種類の植物育成用組成物との混合、添加物の添加等が例示されるが、これに限定されない。加工工程においては、1種類の加工だけを行うこともできるし、2種類以上の加工を行うこともできる。いくつかの実施形態では、加工工程が終了した段階の培養液を、植物育成用組成物として提供することができる。(すなわち、加工工程を、植物育成用組成物の製造方法に含むことができる。)
【0082】
加工工程において、植物育成用組成物の希釈は、水や、液体培地や、その他の液状物を希釈溶液として行うことができる。植物育成用組成物の希釈倍率は、限定されないが、いくつかの実施形態では2倍以上とすることができ、いくつかの実施形態では3倍以上とすることができ、いくつかの実施形態では5以上倍とすることができる。植物育成用組成物の希釈倍率は、いくつかの実施形態では1000倍以下とすることができ、いくつかの実施形態では100倍以下とすることができ、いくつかの実施形態では50倍以下とすることができる。植物育成用組成物の濃縮は、例えば、ろ過や遠心分離等により行うことができる。
【0083】
加工工程において、植物育成用組成物の混合は、それぞれ異なる種類の機能性糸状菌を含む2以上の培養液を混合することにより行うことができる。これにより、2種類以上の機能性糸状菌を含む植物育成用組成物を得ることができ、施用の手間を減らすことができる。混合する複数種類の機能性糸状菌は、通常、互いに相手の生育や増殖を阻害しない組み合わせとされる。
【0084】
加工工程において、添加物を添加する場合、添加物の種類は限定されない。添加物としては、例えば、酸、塩基、糖類、アミノ酸、ペプチド、リン化合物、窒素化合物、カリウム化合物等が例示されるが、これに限定されない。また、添加物としては、液体培地の製造に用いられる各種の材料を用いることもできる。添加物は、1種類だけを加えることも、2種類以上を加えることもできる。分散工程と加工工程とを両方行う場合において、その順番は特に限定されないが、いくつかの実施形態においては分散工程を先に行う。加工工程は、複数回行うこともできる。
【0085】
植物育成用組成物は、育成植物の育成期間中(種子の時期を含む)、どのタイミングで施用するのかを限定されない。植物育成用組成物が、防除機能、多様性増強機能、耐性強化機能又は/及び生物叢改変機能を有する機能性糸状菌を含むいくつかの実施形態においては、育成植物が苗の段階又は定植後に、植物育成用組成物を施用する。これにより、防除機能又は/及び多様性増強機能が発揮されやすくなる場合がある。一方、植物育成用組成物が、生育促進機能を有する機能性糸状菌を含むいくつかの実施形態においては、育成植物が種子又は苗の段階で、植物育成用組成物を施用する。これにより、生育促進効果が発揮されやすくなる場合がある。植物育成用組成物は、1の育成植物に対して1回だけ施用することもできるし、複数回施用することもできる。
【0086】
いくつかの実施形態において、植物育成用組成物は、事業用の育成植物の育成に用いられる。換言すると、「業として」使用する目的で供給される。この場合の事業としては、例えば、農業、林業、造成業、建築業等が挙げられるが、これに限定されない。
【0087】
本開示では、植物の育成や育成環境を良好に保つために有益な機能を奏する糸状菌を単離した種菌として液体培地で培養し、種菌に由来する菌糸体を含む液剤(植物育成用組成物)を調整して、液剤を植物の栽培系(すなわち根圏や地上部にある植物体)に導入する。なお本明細書において、植物の栽培系とは、植物が生育している領域を指し、具体的には、植物根と植物根が存在している土壌または人工土壌のような材(以下「支持基盤」と称することがある)とで構成される地下部である「根圏」と、植物の地上部と、で構成されるものとする。また「液剤を植物の栽培系に導入する」とは、植物の栽培系にある植物体(地上部)または根とその周囲(根圏)に液剤を塗布、散布または含浸させるなどして植物体(地上部)や根圏(地下部)が液剤で濡れた状態になることを意味するものとする。
【0088】
本明細書において、植物の育成や育成環境を良好にするために有益な機能を「調整機能」と称し、特に植物の育成に有益な機能を「好機能」と称することがある。また、植物の育成環境を調整する機能については「環境制御機能」と称することがある。本開示では、調整機能を持つ糸状菌として、植物の栽培系に存在する生物叢であって、特に植物の根圏に存在している生物叢の構成や機能について、植物の生育に有益な構成や機能にする好機能糸状菌、または植物の育成環境を人為的に設定された状態(例えば温室効果ガスの発生を低減する、生物多様性を高める、支持基盤の物理化学性を良好にするなど)にする機能を奏する環境制御糸状菌を特定することができる。
【0089】
好機能糸状菌としては、植物の生育を良好にすることができる生育促進糸状菌として、例えば、モルティエレラ属菌を採用することができるが、これに限定されない。防除糸状菌としては、例えば、植物の病害菌・害虫に対する広範な防除機能を奏することができるトリコデルマ属菌などを採用することができるが、これに限定されない。環境制御糸状菌としては、高温・乾燥・高二酸化炭素環境下において植物の環境馴化能を向上させることで温室効果ガスの発生を低減する温室効果ガス抑制機能を奏する温室効果ガス抑制糸状菌として、例えば、カドフォラ属菌、フィアロセファラ属菌、メリニオマイセス属菌等を採用することができるが、これに限定されない。温室効果ガス抑制糸状菌とは別の環境制御糸状菌として、生物多様性を高める多様性増強機能を奏する菌として、例えば、好機能糸状菌を含む多様な糸状菌と共生関係を構築することができるクラドフィアロフォラ属菌やグルティノマイセス属菌等を採用することができるが、これに限定されない。
【0090】
いくつかの実施形態では、植物を育成する定植地やその近隣地(日本の場合、いくつかの実施形態では定植地から100~300km圏内、外国など地続きで広大な土地であれば、いくつかの実施形態で500km程度の圏内とすることができる)に存在する植物やその根圏の微生物叢を解析し、当該微生物叢を構成している非菌根性の糸状菌であって植物と共生する共生型の糸状菌(共生型土着非菌根性糸状菌)の中から、上述した機能を奏する糸状菌を特定することができる。共生型土着非菌根性糸状菌の中から特定することで、本開示に用いる非菌根性糸状菌の特定を容易化できる。また、土着の糸状菌を用いることで遺伝資源の人為的拡散を回避できる。さらに土着の糸状菌は、土着でない糸状菌に比べて、その地域に存在する様々な生物との親和性が高く、土着の糸状菌を用いることで、設定した機能を発揮させやすくできると考えられる。
【0091】
ここで、糸状菌には菌根(特殊な形態を持つ植物と菌糸体との共生体)を形成する菌根性の糸状菌と、菌根を形成しない非菌根性の糸状菌とがある。菌根菌は、一般に、生育に生きた宿主植物を必要とする(以下、「絶対共生型」と称することがある)ため、植物根と共生させた状態または特殊な培地や特殊な培養法でしか人工的に増殖させることができない。一方、非菌根性糸状菌は、菌根を形成することなく植物体内に菌糸を侵入させたり、植物の根圏で植物と密接に関係したりして植物と共生関係を持つと考えられ、植物根と共生させることなく、一般的な培地や動植物残渣を基質としてその菌だけを人工的に純粋培養(単離)できる(以下、「単離培養型」と称することがある)。
【0092】
単離培養型の非菌根性糸状菌は、植物栽培資材として用いられる腐葉土のような動植物残渣を増殖基質とすることができ、増殖も速い。非菌根性の糸状菌は、環境条件がよければ菌糸を伸長させ活発な代謝活動を行うが、休眠体である胞子や分生子に比べれば菌糸体はデリケートである。本発明者が検討した結果、取り扱いが簡単で所望の機能を良好に奏する液剤を調整できた。具体的には、増殖させたい糸状菌を単離培養した種菌を液体培地に接種し、好気的条件で振とう培養することにより伸長させた菌糸体を含ませた液剤とすることができる。いくつかの実施形態において、菌糸は略均等な状態で栽培系に導入される。いくつかの実施形態において、菌糸は液中で分散して略均等に存在する。
【0093】
液剤は、2以上の機能性糸状菌の菌糸体を含むことができる。この場合、別種の種菌を別々の液体培地で増殖させて得られた菌糸体を含む2以上の培養液を混合して液剤とすることができる。本開示で使用する第一の機能性糸状菌と第二の機能性糸状菌とは、互いに共存できる共存型であることができる。ここで「共存する」とは、互いに相手の糸状菌を侵襲したり増殖を抑制したりしないことを意味するものとする。このような組み合わせを特定する方法としては、例えば第一の糸状菌と第二の糸状菌のそれぞれの候補を対峙培養する方法がある。
【0094】
液剤は、植物の根圏に潅注したり、地上部の植物に散布したり、植物の根圏を液剤に浸漬したりして栽培系に導入することができる。例えば、育苗用培土を充填して育成対象の植物を播種した育苗箱を栽培系に液剤を導入させる導入具とし、育苗箱を浸漬できる大きさの「トロ舟(またはプラ舟、プラ箱など)」と称される農園芸用の箱を液体保持具とした植物栽培装置を用いて栽培系に導入できる。あるいは、液剤を保持するタンクを液体保持具とし、タンク内の液体を散布するノズルを導入具とするじょうろのような植物栽培装置を用いて栽培系に導入することもできる。
【0095】
本開示によれば、植物の育成や育成環境を良好に保つために有益な機能を奏する糸状菌を簡便な操作で、育成する植物やその育成環境に導入できる。例えば、本開示によって、植物の生育を促進する機能を有する糸状菌を栽培系に導入することで植物の生育を促進し、定植するまでの育苗期間を短縮することができる。また本開示によって、植物の病害菌への防除作用を有する糸状菌を栽培系に導入し、病害を抑制できる。さらに植物の栽培系の生物多様性を増強する糸状菌、例えば育成する植物に友好的な機能を有する非菌根性糸状菌を定植地周辺の生物叢から植物苗へ招集し、植物苗の根部の生物の多様性を良好にして、定植後の植物苗の活着を向上させることができる。また、本開示によって植物の環境順化能の向上機能を奏する糸状菌を栽培系に導入することで栽培系からの温室効果ガスの発生を抑制できる。
【0096】
本開示によれば、製造が容易で安価に提供可能で取り扱い易い植物栽培資材を提供できる。本開示に係る液剤は、生物性を向上させる機能性素材として用いられている微生物(非菌根性糸状菌)の素性(属・種・系統など、遺伝的情報から推測される機能など)が特定されていることから、所望の機能を奏させやすい。例えば、定植地やその近隣地に存在する糸状菌の中からを機能性素材とする糸状菌を特定すれば、使用地で効果を奏しやすく、遺伝資源の人為的拡散の影響を少なくできる可能性がある。
【0097】
以下、本開示の一実施形態について説明する。まず、育成植物にとっての生育促進機能(生育促進型)、病原菌や環境ストレスへの防除機能(防除型)、根部の生物多様性増強機能(多様性増強型)、温室ガス排出削減機能(温室ガス抑制型)に寄与する非菌根性糸状菌を特定する。防除型の非菌根性糸状菌は、育成植物の定植地の土壌微生物叢を構成する病害菌を把握し、これに対する防除作用を有するものを特定することができる。定植地の土壌微生物叢を構成する病原菌を把握することで、防除型菌の範囲を限定し、その特定を容易にできる。多様性増強型の非菌根性糸状菌としては、例えば、育成植物の定植地または近隣地の土壌微生物叢から育成植物にとって友好的な複数微生物を把握し、これを招集する機能を有する糸状菌を特定する。
【0098】
生育促進型、防除型、多様性増強型、温室ガス抑制型の非菌根性糸状菌のいずれか好ましくはすべてが、定植地または近隣地の土着の土壌微生物叢を構成するものであることができる。特定法としては、文献調査や微生物データベース検索などにより、育成植物に対する成育促進または防除効果または多様性増強効果または温室ガス抑制効果を持つ微生物を特定する方法、Toju, H. et al. Core microbiomes for sustainable agroecosystems. Nature Plants 4 247-257(2018)に従った解析を行う方法、定植地やその近隣地で採取された試料に含まれていた糸状菌の単離菌株を試験して、所望の効果を奏する糸状菌を得るといった方法が挙げられる。
【0099】
生育促進型、防除型、多様性増強型、温室ガス抑制型の非菌根性糸状菌は、それぞれの糸状菌の単離培養物を種菌として微生物用の培養基質に接種してこれを増殖させる。種菌は、育成植物を定植する定植地(農林地)またはその近隣地の土壌やそこに生育している植物組織から単離し培養したものを用いることができる。単離培養が可能な非菌根性糸状菌は、植物根との共生体(菌根)を形成させることなく一般的な培地(例えばPDA培地やオートミール培地など)や動植物残渣を基質として、その菌のみを単離して人工培養できる。なお、定植地や近隣地の「土壌」には、定植地が施設栽培の場合の人工的な土壌代替材も含むものとする。
【0100】
いくつかの実施形態では、育成植物ごとに生育促進型、防除型、多様性増強型、温室ガス抑制型の単離培養可能な非菌根性糸状菌またはこれらのうち2以上の組み合わせを特定する。特定した組み合わせの調整機能をもつ非菌根性糸状菌は、単独または混在させた液剤として育成植物の栽培系に導入することで、育成植物を育成する段階に応じて育成植物との共生を誘導する。生育促進型と防除型の非菌根性糸状菌は、互いに共存する組み合わせとすることができる。
【0101】
生育促進型と多様性増強型は、育成植物を定植地以外で初期育成(育苗)する間の任意のタイミングで育成植物と共生させるよう栽培系に導入することができる。また防除型菌および温室効果ガス抑制型は、生育促進型あるいは多様性増強型の糸状菌が育成植物と共生関係を確立した後とすることができる。例えば、育成植物を定植して土壌で植物の活着が始まる間の任意のタイミングで栽培系に導入することもできる。これらの非菌根性糸状菌は、育成植物の根圏あるいは葉表面で増殖するよう、液剤を栽培系に導入することができる。
【0102】
例えば固形培地などで培養しておいた種菌を液体培地で増殖させて菌糸成長させ、菌糸体を含む液剤を調整する。この液剤を育成植物の根元に散布(すなわち潅注)する、地上部の植物(例えば葉面)に散布する、育成植物を保持する容器を液剤に浸漬するといった方法で栽培系に導入できる。種菌から菌糸体を増殖させる液体培地としては、非菌根性糸状菌の栄養源となる有機質残渣を含み、かつ育成植物にも栄養源として吸収されやすい成分を含むものを用いることができる。以下、種菌の調整から液剤の調整について述べる。
【0103】
単離培養型非菌根性糸状菌は生育促進型、防除型、多様性増強型、温室ガス抑制型を問わず、微生物培養用の培地を用いて単離し、人工的にその菌だけを増殖させる、すなわち純粋培養して種菌とすることができる。具体的には、生育促進型、防除型、多様性増強型、温室ガス抑制型として特定した非菌根性糸状菌を含む試料(例えば、定植地やその近隣地から採取した土壌や植物体)を、糸状菌培養用の培地(例えばPDA培地)で培養し、生じた菌体を単離用の培地(PDA培地などの糸状菌培養用培地)に移して純粋培養して種菌とする。
【0104】
本開示においては、育成植物を育成する農林地またはその近隣地で採取した試料に含まれる生育促進型あるいは防除型あるいは多様性増強型あるいは温室ガス抑制型の単離培養型非菌根性糸状菌を、微生物培養培地を用いて単離し、培養した種菌を液体培地で増殖させて得られる菌糸体を含む液剤を調整することができる。
【0105】
単離培養可能な非菌根性糸状菌は、植物組織の抽出物(エキス、粕)、酵母細胞質の分解物、動物性ゼラチン質といった有機物残渣であって、微生物の増殖に必要なブドウ糖などの糖類を含む有機培地を基質として、増殖させることができる。このような有機培地は安価で入手や取り扱いも容易である。そこで、いくつかの実施形態では、試料から単離して培養して得られた種菌を、有機物培地に接種して菌糸体を生育させて増殖させて増殖物を得る。
【0106】
生育促進型の糸状菌は、植物苗の発根時に根圏に定着させることができる。いくつかの実施形態においては、植物組織の抽出物を主体とし、必要に応じて糖類を添加した液体培地に生育寄与型の糸状菌の種菌を接種し、菌糸が伸長するように増殖させ、伸長した菌糸を含む液を植物育成用の培土に灌注あるいは植物苗に直接散布し、育成植物の根部周辺へ浸透させて、生育促進型の糸状菌を育成植物に共生させるように誘導する。
【0107】
種菌を増殖させる基質(微生物増殖用の基質)としては、植物を育成する培土より窒素およびリンを多く含む基質を用いることができる。増殖用の基質としては液体培地を用いる。液体培地としては、非菌根性糸状菌の培養に用いられる植物抽出物を含む液体などの液体培地(例えばジャガイモブドウ糖液体培地など)、種菌の調整に用いるような微生物培養実験用の培養基質を用いることができる。また、入手が容易で園芸用の液体肥料(液肥)としても用いられるような、植物組織の抽出物を主体とする有機培地を増殖用の基質とすることもできる。具体的には、麦芽やトウモロコシなどの植物残渣を主体としたものを用いることができる。あるいはデンプンなどのブドウ糖源を混合することもできる。種菌を増殖する液体培地は、窒素、リン、カリウムを含むものを用いることができる。
【0108】
液体培地は、滅菌して種菌を接種することができる。特に市販の園芸用液肥には様々な微生物が混入している可能性がある。そこで、液体培地を滅菌して種菌以外の微生物を死滅または不活性化した状態で、培養した種菌を接種することで種菌が増殖基質中で優占的となり種菌が菌糸を伸長させやすい状態にする。種菌は、体積比で滅菌処理した液体培地100mlに対し、培養した種菌を、寒天培地を含めて1g程度投入することができる。種菌の接種量が少ないと育成植物へ定着させるに十分な菌糸体を得られるまでの増殖時間が長くなり、種菌の接種量が多すぎると液体培地中の栄養源が枯渇し菌糸体が不活性化するおそれがある。
【0109】
種菌を接種した液体培地は、非菌根性糸状菌の生育に適した温度(概ね常温)で培養して菌糸成長を行わせ、種菌由来の微生物の菌糸体を優占させた液体を得る。種菌の液体培養は好気的条件で行うことができ、例えば、振とう培養器を使用して振とう培養を行うことができる。培養は、種菌由来の菌糸体が増殖し、肉眼で観察できる程度に菌糸が集まることにより液体培地が懸濁して見える状態となるまで行うことができる。例えば種菌を接種した液体培地を振とう培養することで菌糸がマリモ状に集まったり、藻のような浮遊体となったりする。このように肉眼で観察できる程度に集まった菌糸は、例えば攪拌するなどして、液体培地の中で菌糸ができるだけ分散した状態とすることができる。いくつかの実施形態においては、培養時間は、種菌由来の菌糸体が肉眼で確認できる状態になるまで十分な時間を取る。
【0110】
液体培地で増殖させた種菌由来の菌糸体を含む培養液は、そのまま、または希釈したり、液体培地以外の液剤や添加物などを加えたりして、液剤とすることができる。例えば、透明の液体培地に種菌を接種して培養し、マリモ状または藻状の菌糸の集まりを分散させるなどして懸濁液とした場合、懸濁液を2~10倍に希釈するなどした液剤を栽培系に導入することができる。
【0111】
種菌を増殖させて生じた菌糸体を含む液剤は、種菌が生育促進型あるいは多様性増強型のものである場合、植物苗の育成中にその根部周辺に浸透させ、植物育成用の液肥を含む液剤に含ませた糸状菌の菌糸が植物根部に物理的に定着しやすい状態にすることができる。植物育成用の液肥の材料は特に限定されないが、共生微生物が菌糸を伸長させられるように有機物、例えば、植物残渣を含むことができる。
【0112】
菌糸体を含む液剤を植物育成用培土に灌注あるいは散布する場合、容量比で培土約200mlに対し液肥約30~80ml程度を投入することができる。投入する液肥が少なすぎると種菌の菌糸体が植物根部に十分に定着しない恐れがあるが、液肥が多すぎると植物育成培土が過栄養な状態となるおそれがある。
【0113】
液剤を浸透させる培土には、既に育成植物の苗が播種、発芽、または発根した状態で育成されていることができる。例えば、培土中で育成植物がある程度、発根し、さらに根が伸長する状態で液剤を施用することができる。このように育成植物の根が伸長する状態で液剤を育成植物の根圏に導入すると、液剤の導入から数日~数週間で、育成植物の根圏で種菌とした共生微生物由来の糸状菌の菌糸が伸長する。そして伸長した菌糸が、育成植物の根部組織の外周あるいは内部に定着あるいは侵入することで、育成植物と微生物の共生関係を構築することができる。
【0114】
育成植物は、生育促進型あるいは多様性増強型の非菌根性糸状菌を定着させた状態で育苗し、その苗を定植地に定植して育成することができる。例えば、育苗容器を用いて育苗し、本開示に係る液剤を施用して生育促進型の糸状菌と共生させることで苗の初期成育を良好にして頑健で生育が早い(すなわち早期に定植できる)苗を得ることができる。あるいは、多様性増強型の糸状菌と共生させることで、育成植物に友好的な共生菌による土壌微生物叢を定植前の段階の植物苗根圏に形成することができる。
【0115】
生育促進型あるいは多様性増強型の非菌根性糸状菌のみならず、防除型あるいは温室ガス抑制型の非菌根性糸状菌と育成植物との共生関係も人為的に誘導することができる。防除型または温室ガス抑制型の非菌根性糸状菌と育成植物との共生関係は、例えば、生育促進型の非菌根性糸状菌と育成植物とを人為的に共生させた後とすることができ、いくつかの実施形態では、育成植物の苗を定植地に定植する前後とすることができる。
【0116】
防除型あるいは温室効果ガス抑制型で、単離培養可能な非菌根性糸状菌の特定、単離、種菌の調整方法は、生育促進型と同様である。生育促進型の非菌根性糸状菌は、植物苗の初期成育を促進するため、育成植物の発根時に根圏に存在させることができるのに対し、防除型あるいは温室効果ガス抑制型の糸状菌は、植物苗の初期成育後、例えば植物苗の定植時(定植の前後数日~数週間程度)に植物苗と共生させることができる。例えば、防除型の糸状菌は、その糸状菌が防除機能を発揮できる特定の病原菌が、定植後の植物苗に感染し病徴を発現する前のタイミングで植物苗と共生させることができる。
【0117】
防除型あるいは温室ガス抑制型の非菌根性糸状菌の菌糸体を含む液剤は、上述した方法で調整することができる。防除型または温室効果ガス抑制型の糸状菌の菌糸体を含む液剤は、育成中の植物苗の根部に直接浸透させることで植物苗との共生を誘導することができる。
【0118】
なお、生育促進型または多様性増強型の非菌根性糸状菌は、液剤として栽培系に導入せず、特願2021-146540号に開示された方法に従って、発根用培土に混合することで植物苗と共生させることもできる。すなわち、生育促進型または多様性増強型の非菌根性糸状菌を単離して培養した種菌を腐葉土のような固体培地で増殖させて菌糸体を含ませた培養物を発根用培土に含ませて、育成植物を播種、発根させて育苗する。そして、得られた植物苗に、防除型または温室ガス抑制型の非菌根性糸状菌の菌糸体を含ませた液剤を散布、含浸などすることもできる。
【0119】
上述した液剤は、いくつかの実施形態においては、育成植物の定植地またはその近隣地で使用される。土壌微生物や定植地で栽培される植物は、定植地の自然環境や土壌の物理・化学・生物的環境と影響し合っており、土着の植物や微生物はその土地に適応していること、遺伝資源の人為的拡散による影響を少なくすることができることによる。
【0120】
そこで、いくつかの実施形態においては、農林地を所定の広さ(例えば日本国内の場合、いくつかの実施形態では200km四方程度、いくつかの実施形態では100km四方程度、米国や中国など農林地が広大な場合は、いくつかの実施形態では500km~300km四方程度)で区分けし、区分けしたエリアごとに、育成植物と生育促進型、多様性増強型、防除型、温室ガス抑制型の単離培養型非菌根性糸状菌の組をリスト化して管理することができる。
【0121】
また、本開示の実施に際しては、定植地またはその近隣地の土壌または植物の微生物叢を解析して栽培系に導入する調整機能を有する糸状菌を特定し、育成する植物の育成状況に応じて、本開示に係る菌糸体を含む液剤の使用法を決定し、決定した液剤の使用法に従った植物栽培法を植物栽培者に提供する植物栽培の指導、支援を提供することができる。
【0122】
いくつかの実施形態では、
人為的に育成する植物を定植する定植地またはその近隣地に存在し菌根を形成することなく植物と共生する共生型の土着の非菌根性糸状菌であって、前記植物の生育に有益な機能を有する好機能糸状菌を特定し、
前記好機能糸状菌を単離して培養して得られた種菌を当該糸状菌の増殖基質を含む液体培地で増殖させることにより得られる液剤であって、前記好機能糸状菌の菌糸体を含む菌糸体含有液剤を、前記植物の地上部に付着させるまたは地下部に浸透させる植物の育成方法
が提供される(以下、この実施形態を「実施形態E1」と呼ぶことがある。)。
【0123】
前記実施形態E1においては、
前記好機能糸状菌として、前記植物の生育を促進する生育促進機能を奏する生育促進糸状菌と、前記植物の病害菌を防除する防除機能を奏する防除糸状菌と、をそれぞれ特定し、
前記液剤として、前記生育促進糸状菌および前記防除糸状菌のそれぞれの菌糸体をそれぞれ単独で含む第一の液剤と第二の液剤、または前記生育促進糸状菌および前記防除糸状菌のそれぞれの菌糸体を同時に含む混合剤を用いる
ことができる(以下、この実施形態を「実施形態E2」と呼ぶことがある。)。
【0124】
いくつかの実施形態では、
菌根を形成することなく植物と共生する共生型の非菌根性糸状菌を当該糸状菌の増殖基質を含む液体培地で増殖させた液剤を用いて人為的に植物を育てる植物の育成方法であって、
植物の根圏の生物叢を人為的に調整するために設定される複数の調整機能のいずれか一つである第一の機能を奏する第一機能糸状菌と、前記複数の調整機能であって第一の機能とは異なる第二の機能を奏する第二機能糸状菌と、をそれぞれ単離して培養した種菌の少なくとも一方を前記増殖基質で増殖させた菌糸体を含む前記液剤を、前記植物の地上部に付着させるまたは地下部に浸透させる植物の育成方法
が提供される(以下、この実施形態を「実施形態E3」と呼ぶことがある。)。
【0125】
前記実施形態E3においては、
前記複数の調整機能は、前記植物の生育を促進する生育促進機能、前記植物の病害菌を防除する防除機能を奏する防除機能、前記植物の環境順化能を向上させ温室効果ガスの発生を抑制する温室効果ガス抑制機能、および前記植物の根圏の生物叢の多様性を増加させる多様性増強機能から選ばれる2つ以上の機能である
ことができる(以下、この実施形態を「実施形態E4」と呼ぶことがある。)。
【0126】
前記実施形態E4においては、
前記第一機能糸状菌として、生育促進機能を奏する成育促進糸状菌を特定し、
前記第二機能糸状菌として、前記防除機能を奏する防除糸状菌を特定し、
前記植物を、前記生育促進糸状菌を含む培土で発根させて育苗し、
前記防除糸状菌の菌糸体を含む前記液剤を、前記育苗した植物の地上部に付着させるまたは地下部に浸透させる
ことができる(以下、この実施形態を「実施形態E5」と呼ぶことがある。)。
【0127】
前記実施形態E4においては、
前記植物を定植する定植地またはその近隣地の土壌の生物叢を解析し、当該生物叢を構成する非菌根性糸状菌の中から、前記複数の調整機能として、前記生育促進機能を奏する生育促進糸状菌と、前記防除機能を奏する防除糸状菌と、をそれぞれ特定し、
前記液剤として、前記生育促進糸状菌および前記防除糸状菌のそれぞれの菌糸体をそれぞれ単独で含む第一の液剤と第二の液剤、または前記生育促進糸状菌および前記防除糸状菌のそれぞれの菌糸体を同時に含む混合剤を用いる
ことができる(以下、この実施形態を「実施形態E6」と呼ぶことがある。)。
【0128】
前記実施形態E2又は実施形態E6においては、
前記防除糸状菌は、前記生育促進糸状菌と共存できる共存可能防除型であり、
前記植物の育苗期に前記生育促進糸状菌の菌糸体を含む第一の液剤を当該植物の地上部に付着させるまたは地下部に浸透させ、
育苗期を過ぎた前記植物に前記防除糸状菌の菌糸体を含む第二の液剤を当該植物の地上部に付着させるまたは地下部に浸透させる
ことができる(以下、この実施形態を「実施形態E7」と呼ぶことがある。)。
【0129】
いくつかの実施形態では、
人為的に植物を育てるために用いられる液剤であって、菌根を形成することなく植物と共生する共生型の非菌根性糸状菌を当該糸状菌の増殖基質を含む液体培地で増殖させた液剤を、植物の根圏を構成する地下部と植物の地上部とで構成される栽培系に導入する植物栽培装置であって、
前記液剤は、植物の根圏の生物叢を人為的に調整するために設定される複数の調整機能のいずれか一つである第一の機能を奏する第一機能糸状菌と、前記複数の調整機能であって第一の機能とは異なる第二の機能を奏する第二機能糸状菌と、をそれぞれ単離して培養した種菌を前記液体培地で増殖させて得られる菌糸体を含み、
前記液剤を保持する液体保持具と、前記液体保持具に保持される前記液剤を前記植物の地上部に付着させるまたは地下部に浸透させる導入具と、を有する植物栽培装置
が提供される(以下、この実施形態を「実施形態E8」と呼ぶことがある。)。
【0130】
<実施例1>
実施例1では、育成植物の定植予定地(植栽地)の周辺に位置する二次林一帯(約10km四方)にて野外調査を行い、在来植物(採取元植物。具体的には、ヒメヤシャブシ。)の根部切片を試料として、在来植物の根圏に共生する微生物を単離した。単離された微生物より取得された遺伝子配列情報をデータベースに参照して、子嚢菌類に分類されるトリコデルマ(Trichoderma)属の糸状菌を、防除機能を有する防除型糸状菌として特定し、接合菌類に分類されるモルティエレラ(Mortierella)属の糸状菌を、生育促進機能を有する生育促進型糸状菌として特定した。これらの糸状菌は、PDA寒天培地を用いて単離培養し種菌とした(図1)。なお、図1においては、向かって左側のシャーレで培養されているのがモルティエレラ属糸状菌であり、向かって右側のシャーレで培養されているのがトリコデルマ属糸状菌である。
【0131】
種菌を増殖させる増殖基質を含む液体培地として、市販の園芸用液肥資材の原液を100倍希釈したものをオートクレーブ滅菌したものを用意した。液肥資材は、植物組織の抽出液を含むもので、窒素全量3%、水溶性リン酸3%、水溶性カリ2%を肥料成分として含み、規程希釈倍率が1000倍のものを使用した。この液肥資材を100倍希釈した液体培地に、寒天培地上で培養された、モルティエレラ属の種菌のコロニーを含む3cm程度の培地切片を1片、投入した。種菌を接種した液体培地を振盪培養用のフラスコに適量充填し、23℃を目安に、150rpm~170rpmの回転数で3日間、振盪培養器上で培養した。
【0132】
得られた培養液は接種した糸状菌の菌糸が略球状の塊(菌糸塊)を形成し、増殖基質で十分に菌糸が成長したことが目視できることを確認できた(図2)。得られた微生物液剤(植物育成用組成物)は、種菌を増殖させた液体培地(培養液)をさらに10倍希釈したものであり、液体培地の原液とした液肥資材に対する希釈倍率は1000倍希釈とした。
【0133】
200ml容器に充填された育苗培土で生育中のヒノキの当年生苗に対し、容量比として培土200mlにつき、上記で得られた微生物液剤を50ml潅注した。潅注には市販の計量カップあるいはスポイトを使用した。
【0134】
<比較例1>
比較例1として、実施例1で用いた園芸用液肥資材に種菌を接種せず、そのまま1000倍希釈した液剤を実施例1と同じ条件でヒノキ当年生苗に潅注し育成を行った。
【0135】
図3に、実施例1(処理区)と比較例1(無処理区)で育成した、液剤潅注後4週間経過後のヒノキ苗の根部写真を示す。実施例1で、生育促進型の種菌を接種した微生物液剤を潅注した苗は図3下に示すように、図3上に示す比較例1で生育した苗に比べ、苗の根部が生育促進され、育苗容器の堆積でより密な根部を形成していることが確認できた。
【0136】
<実施例2>
実施例2では、育成対象植物として、食用として用いられるネギとトマトの育苗を行った。
【0137】
実施例2では、ネギの周年栽培(連作)を行っている圃場を定植地としこの定植地の環境DNA分析による土壌微生物叢分析を行った。定植地の土壌微生物叢分析の結果、ネギに感染する病原菌としてフザリウム(Fusarium)属菌が含まれていた。そこで、定植地から直線距離で約100km離れた場所について、地続きで定植地の「近隣地」として許容できると判断し、その周辺山林に自生する在来植物根部から試料を得て複数の単離培養可能な非菌根菌性糸状菌を単離した。
【0138】
単離された株について遺伝子配列情報を取得し、データベースとの照合の結果、子嚢菌類に分類されるトリコデルマ属の糸状菌をフザリウム病原菌に対する防除型糸状菌として特定した。単離菌株を種菌として、実施例1と同じ要領で種菌を接種した微生物液剤を作成した。ただし、増殖基質を含む液体培地としては酵母細胞壁の分解物を含み、窒素全量1%、水溶性リン酸5%、水溶性カリ5%を肥料成分として含む市販の園芸用液肥資材を原液として使用した。
【0139】
市販の育苗ポットに充填された育苗用培土にネギおよびトマトの種を播種し、発芽後2週間経過した状態の苗に対し、防除型糸状菌を種菌として増殖させた種菌由来の菌糸体を含む微生物液剤を散布した。液剤はポット1つにつき1000倍希釈液を50ml程度用意し、スポイトを用いて均等に散布した。防除型糸状菌を液剤として散布したのち、同じ要領でフザリウム病原菌を種菌として接種した微生物液剤を作成し、ネギおよびトマトの育苗培土に散布した。
【0140】
<比較例2>
比較例2として、実施例2で用いた園芸用液肥資材に種菌を接種せず、そのまま1000倍希釈した液剤を実施例2と同じ条件でネギおよびトマトの苗に散布し、そののちに同じ要領でフザリウム病原菌を種菌として接種し作成した微生物液剤を散布し、育成を行った。
【0141】
液剤散布後1週間経過後のネギおよびトマトの育苗培土表面を比較したところ、実施例2で防除型の種菌を接種した微生物液剤を散布した苗の育苗培土(図4右)では、比較例2で種菌を接種せず液剤を散布した苗の育苗培土(図4左)に比べ、土壌表面に蔓延するフザリウム病原菌の白い胞子が確認されず、フザリウム病原菌の育苗培土およびそこで生育する苗への感染が抑えられた。
【0142】
以上、示した通り、本開示によれば、植物苗の定植先の近隣地より単離された防除型の非菌根菌性糸状菌を増殖させた微生物液剤を潅注あるいは散布することにより、病原菌の植物への感染を防除することができる。
【0143】
<実施例3>
[植物育成用組成物の製造]
機能性糸状菌としてトリコデルマ属菌を採用し、この機能性糸状菌を含む植物育成用組成物を下記の要領で製造した。まず、滅菌済の200mL三角フラスコ内に入れた滅菌済液体培地100mLに対し、寒天培地上に単離培養された機能性糸状菌を、寒天培地ごと約3cm角に切り出して入れた。続いて、振盪機を用いて160rpmで振盪培養を行った。培養は、室温(25°C程度)で3日間行い、得られた培養液を植物育成用組成物とした。液体培地は、ビール酵母を5g/L、米ぬかを20g/L、スクロースを10g/L含むYBS液体培地を使用した。
【0144】
[菌糸体率の算出]
図5は、実施例3の植物育成用組成物の光学顕微鏡写真である。植物育成用組成物に含まれる機能性糸状菌のうち、菌糸体の占める割合(菌糸体率)の算出は、以下の要領で行った。まず、前記[植物育成用組成物の製造]で得られた植物育成用組成物に含まれる機能性糸状菌を、前述した分散工程と同様の方法で分散させた。分散は、ハミルトンビーチ社製ブレンダー(型番:HBH450)を用いて、20000rpmで20~30秒程度行った。続いて、分散後の植物育成用組成物を少量取り、メチルブルー染色を施したうえ、光学顕微鏡(アズワン社製生物顕微鏡デジタルカメラ内蔵DN-107T)を用いて倍率100倍にて観察し、写真撮影を行った(図5)。撮影した写真は、フリーウェアであるGIMPというソフトウェアを用いて画像解析を行い、撮影視野中における菌糸体の占める面積(ピクセル数)Sと、胞子体及び/又は分生子体(以下、「胞子体等」と記載することがある)の占める面積(ピクセル数)Sscとをそれぞれ算出した。
【0145】
図6は、図5と同種の糸状菌の胞子体の光学顕微鏡写真である。菌糸体の面積Sと胞子体等の面積Sscとを算出するにあたり、菌糸体であるか、胞子体等であるかは、図5及び図6を比較すれば明確なように、当業者であれば容易に判別できる。菌糸体と胞子体等との判別は、例えば、アスペクト比(長手方向長さ/短手方向長さ)が所定の基準値(以下、「アスペクト比基準値」と呼ぶことがある。)以上であれば菌糸体、アスペクト比基準値未満であれば胞子体等と判断させることができる。アスペクト比基準値としては、例えば、2、3、4、5、10等の数値を採用することができる。アスペクト比による菌糸体と胞子体等との判別は、コンピューターを用いた画像解析によって行うこともできる。なお、分散後の植物育成用組成物が濃すぎる場合には適宜希釈し、薄すぎる場合には適宜濃縮(例えば、遠心分離やフィルター濃縮等)して観察及び撮影を行うことができる。
【0146】
菌糸体率R[%]は、以上のようにして求めた面積Sと面積Sscとから、以下の式によって算出した。図5における菌糸体率は、98~99%程度であった。
=S/(S+Ssc)×100
【0147】
<検討例1>
液体培養工程で用いる液体培地の組成を、以下の要領で検討した。
[液体培地の製造]
表1又は表2に記載のYBS液体培地M01~M13を以下のように製造した。すなわち、表1又は表2に記載の各組成のうち、米ぬかを除く組成にて液体培地を調製し、オートクレーブ滅菌した。滅菌済の液体培地10mlを、55mmシャーレにいれ、別途滅菌した米ぬかを、表1又は表2に記載の量だけシャーレに入れた。
【0148】
[液体培養実験]
前記[液体培地の製造]で培地を入れたシャーレに、固形培地上で単離保管しておいた機能性糸状菌を白金耳で接種した。液体培地M01~M09では、機能性糸状菌として、Motierella属菌及びTrichoderma属菌を用いた。液体培地M10~M13では、機能性糸状菌として、Motierella属菌、Trichoderma属菌及びHelotiales目菌(Helotiales sp.)を用いるとともに、機能性糸状菌を摂取しないネガティブコントロール(Control)も作製した。機能性糸状菌を接種したシャーレ(及びコントロール)は、室温(25°C前後)において、振盪せずに1週間~2週間程度培養し、菌糸体の成長を観察した。シャーレ内の液体培地の深さは1mm程度であるため、振盪しなくとも好気的条件であると判断した。
【0149】
[結果]
液体培養実験の結果を表1及び表2に示す。表中の「Mycelium Growth」における「-」は、シャーレ内で菌糸体の成長が目視確認できなかったことを示している。「+」は、シャーレ底面積の50%未満で菌糸体が目視確認できたことを示している。「++」は、シャーレ底面積の50%以上100%未満で菌糸体が目視確認できたことを示している。「+++」は、シャーレ底面積の略100%で菌糸体が目視確認できたことを示している。「++++」は、シャーレ底面積の略100%で菌糸体が目視確認でき、シャーレの厚み方向にも菌糸体が成長していたことを示している。「*」は、胞子体等の形成が少なかった又は遅かったことを示している。
【表1】
【表2】
【0150】
本開示は、以下の植物育成用組成物(1)~(7)、植物育成用組成物の製造方法(8)、及び植物の育成方法(9)を開示する。
【0151】
(1)定植地に定植して人為的に育成される植物である育成植物に対し、定植前若しくは定植後又はその両方に施用するための植物育成用組成物であって、
液状の基材と、
前記育成植物の生育又は育成環境に有益な機能を有する非菌根性の機能性糸状菌の菌糸体と
を含み、
前記機能性糸状菌は、前記定植地またはその近隣地において取得された試料から単離された非菌根性糸状菌に由来するものである
植物育成用組成物。
【0152】
(2)前記基材は、糖類を1g/L以上含む前記(1)記載の植物育成用組成物。
【0153】
(3)前記菌糸体は、前記機能性糸状菌を液体培地で好気的条件において培養した培養物に由来し、
前記基材の少なくとも一部は、前記液体培地に由来する
前記(1)又は(2)記載の植物育成用組成物。
【0154】
(4)前記液体培地のC/N比が、1.5以上30以下である前記(3)記載の植物育成用組成物。
【0155】
(5)植物育成用組成物に含まれる前記機能性糸状菌のうち、菌糸体の占める割合が50%以上である前記(1)~(4)いずれか記載の植物育成用組成物。
【0156】
(6)前記機能性糸状菌は、
育成植物の生育を促進することができる生育促進機能、
育成植物の病害菌及び/又は害虫を防除することができる防除機能、
育成植物の根圏の生物叢の多様性を増加させることができる多様性増強機能、
非生物的ストレスに対する育成植物の耐性を高めることができる耐性強化機能、及び
育成植物の根圏の生物叢を改変することができる生物叢改変機能
から成る群より選ばれる1又は2以上の機能を有する
前記(1)~(5)いずれか記載の植物育成用組成物。
【0157】
(7)前記定植地の土壌に対して植物育成用組成物を施用し、施用前と施用後2週間経過後の前記土壌中の微生物叢をそれぞれ、Internal Transcribed Spacer(ITS)領域の少なくとも一部をターゲットとするプライマーを用いてアンプリコンシーケンス解析した際に、施用前と施用後の属レベルにおける真菌群集組成の違いが、Bray-Curtis指標のベータ多様性で0.3以上である前記(1)~(6)いずれか記載の植物育成用組成物。
【0158】
(8)定植地に定植して人為的に育成される植物である育成植物に対し、定植前若しくは定植後又はその両方に施用するための植物育成用組成物の製造方法であって、
前記定植地を特定する定植地特定工程と、
前記定植地またはその近隣地において取得された試料から単離された非菌根性糸状菌の中から、前記育成植物の生育又は育成環境に有益な機能を有する機能性糸状菌を特定する糸状菌特定工程と、
糸状菌特定工程で特定された前記機能性糸状菌を培養する培養工程と
を経ることにより、
液状の基材と、
前記機能性糸状菌の菌糸体と
を含む植物育成用組成物を製造する
植物育成用組成物の製造方法。
【0159】
(9)前記(1)~(7)いずれか記載の植物育成用組成物又は前記(8)記載の方法により製造された植物育成用組成物を育成植物に対して施用する植物の育成方法。
図1
図2
図3
図4
図5
図6