(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024101120
(43)【公開日】2024-07-29
(54)【発明の名称】白血球表面の過酸化脂質の測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20240722BHJP
【FI】
G01N33/53 Y
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023004864
(22)【出願日】2023-01-17
(71)【出願人】
【識別番号】000230962
【氏名又は名称】日本光電工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】IBC一番町弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】中村 勘彦
(72)【発明者】
【氏名】金 大憲
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 禎司
(57)【要約】
【課題】血液中の白血球の過酸化脂質の状態を測定する方法を提供する。
【解決手段】全血試料と溶血剤とを混合して、血液試料を調製することと、前記血液試料に含まれる白血球の過酸化脂質を過酸化脂質検出蛍光試薬で処理することと、前記処理した白血球をフローサイトメトリー法を用いて解析することと、を含む、白血球表面の過酸化脂質の測定方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
全血試料と溶血剤とを混合して、血液試料を調製することと、
前記血液試料に含まれる白血球の過酸化脂質を過酸化脂質検出蛍光試薬で処理することと、
前記処理した白血球をフローサイトメトリー法を用いて解析することと、を含む、白血球表面の過酸化脂質の測定方法。
【請求項2】
前記解析が白血球表面の蛍光染色された過酸化脂質の蛍光強度の測定と白血球分類の測定とを含む、請求項1に記載の測定方法。
【請求項3】
請求項1に記載の測定方法により、白血球表面の蛍光染色された過酸化脂質の蛍光強度のデータを得ることと、
前記蛍光強度のデータに基づいて被験体の酸化ストレス状態を評価することと、を含む、被験体における酸化ストレス状態の評価方法。
【請求項4】
前記被験体の酸化ストレス状態の評価が前記蛍光強度のデータと参考試料の蛍光強度のデータとを比較することで行われる、請求項3に記載の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、白血球表面の過酸化脂質の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化ストレスの上昇は、生体酸化損傷の増加により様々な疾患(がん、糖尿病、高血圧などの生活習慣病)、老化亢進に関わるとされている。
【0003】
酸化ストレスとは、生体の酸化反応と抗酸化反応とのバランスが崩れ、反応が前者に傾き、生体に好ましくない状態である。通常、酸化ストレスを受け生体内で発生した活性酸素種は、抗酸化物質、抗酸化酵素などの働きにより大半が消去される。しかし、過剰に発生した活性酸素種は、重要な生体成分を酸化する。さらに、活性酸素種は、DNA、脂質、タンパク質、酵素などの生体高分子と反応する。その結果、脂質過酸化、DNA変異、タンパク質変性などが起こる。
【0004】
酸化ストレスの程度の指標の一つとして、過酸化脂質量がある。過酸化脂質を測定する方法としては、ヒトの血液の血清/血漿中の過酸化脂質の測定法、培養細胞表面の過酸化脂質の状態を測定する測定法が知られている(例えば、特許文献1および2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2006/030985号
【特許文献2】特開2013-113741号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、血清/血漿中の過酸化脂質を測定することは従来行われている。しかし、血清/血漿中の過酸化脂質の測定は、もともと血清中で生成した過酸化脂質を直接測定しているのではなく、赤血球を含めた様々な細胞膜脂質、遊離脂肪酸などが酸化されてできた過酸化脂質から遊離してくる二次生成物のアルデヒドを反応対象物としているので、由来が限定的ではない。また、血液中の血球成分を対象として過酸化脂質を測定する場合、血球成分のほとんどを占める赤血球が測定対象となっている。しかし、赤血球には、酸素運搬機能のため、赤血球自身が酸化のリスクにさらされており、その防御のために還元GSHにて膜の酸化を防ぐ機能が備わっている。そのため、赤血球を測定対象とした場合、過酸化脂質の程度を十分に把握することができないおそれがある。
【0007】
そこで本発明では、血液中の白血球の過酸化脂質の状態を測定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題に鑑み鋭意検討を行った。その結果、全血試料と溶血剤とを混合して、血液試料を調製することと、前記血液試料に含まれる白血球の過酸化脂質を過酸化脂質検出蛍光試薬で処理することと、前記処理した白血球をフローサイトメトリー法を用いて解析することと、を含む、白血球表面の過酸化脂質の測定方法によって、上記課題が解決されることを見出し、本発明の完成に至った。
【発明の効果】
【0009】
本発明では、血液中の白血球の過酸化脂質の状態を測定する方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例の試験例1において、過酸化脂質検出蛍光試薬で処理した白血球をフローサイトメーターで測定した結果を示す散布図である(縦軸:FSC、横軸:蛍光強度)。
【
図2A】実施例の試験例2において、過酸化脂質検出蛍光試薬で処理した白血球をフローサイトメーターで測定した結果を示す散布図(上段)およびゲーティングされた好中球、リンパ球および単球のみを表示した散布図(下段)である(縦軸:FSC、横軸:SSC)。
【
図2B】実施例の試験例2において、過酸化脂質検出蛍光試薬で処理した白血球をフローサイトメーターで測定した結果を示す散布図(上段)およびゲーティングされた好中球、リンパ球および単球のみを表示した散布図(下段)である(縦軸:FSC、横軸:SSC)。
【
図3】実施例の試験例2において、ゲーティングされた好中球、リンパ球および単球のみを表示した散布図である(縦軸:FSC、横軸:蛍光強度)。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を実施するための形態について、詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態のみには限定されず、特許請求の範囲内で種々改変することができる。また、本明細書において、範囲を示す「X~Y」は、XおよびYを含み、「X以上Y以下」を意味する。本明細書において、「Xおよび/またはY」とは、XおよびYの少なくとも一方を含むことを意味し、「X単独」、「Y単独」および「XおよびYの組み合わせ」を包含する。また、特記しない限り、操作および物性等の測定は室温(20~25℃)/相対湿度30~80%RHの条件で測定する。
【0012】
<白血球表面の過酸化脂質の測定方法>
本発明の一形態は、全血試料と溶血剤とを混合して、血液試料を調製することと、前記血液試料に含まれる白血球の過酸化脂質を過酸化脂質検出蛍光試薬で処理することと、前記処理した白血球をフローサイトメトリー法を用いて解析することと、を含む、白血球表面の過酸化脂質の測定方法に関する。
【0013】
本形態に係る白血球表面の過酸化脂質の測定方法では、血液中の白血球の過酸化脂質の状態を測定することができる。過酸化脂質の状態の測定とは、過酸化脂質の量および存在を定性的および定量的に測定することを含む。また、フローサイトメトリー法を用いることで、白血球成分を染め分けることができ、よって白血球表面の過酸化脂質の測定と白血球分類の測定とを同時に行うことができる。さらに、全血試料をそのまま用いることができるため、全血試料を採取した被験体の過酸化脂質(酸化ストレス状態)を把握することができる。
【0014】
本明細書中、本形態に係る白血球表面の過酸化脂質の測定方法を単に「過酸化脂質の測定方法」とも称する。
【0015】
(血液試料の調製工程)
本発明に係る過酸化脂質の測定方法は、全血試料と溶血剤とを混合して、血液試料を調製することを含む。これにより、全血試料に含まれる赤血球を溶血させて、白血球が主の細胞成分となるようにすることができる。
【0016】
ここで、全血試料とは、被験体から採取した血液であって、血清、血漿などを分離する処理を行っていない血液を意味する。
【0017】
これにより、本発明に係る過酸化脂質の測定方法では、遠心分離、フィルターろ過などの手段を用いることなく、簡便に過酸化脂質を測定することができる。
【0018】
全血試料としては、被験体から採取した直後の血液であってもよく、保存した血液であってもよい。血液試料の保存方法としては、白血球が変化しない条件であれば特に制限はされない。保存条件としては、例えば0~10℃の凍結しない程度の低温条件、暗所条件および無振動条件下であることが好ましい。
【0019】
全血試料が由来する被験体(動物)については、特に制限されないが、好ましくは哺乳動物である。哺乳動物としては、例えば霊長類、実験用動物、家畜、ペット等が挙げられ特に限定されない。哺乳動物の具体的な例としては、例えばヒト、サル、ラット、マウス、ウサギ、ウマ、ウシ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコなどが挙げられ、好ましくはヒトである。
【0020】
溶血剤としては、塩化アンモニウム、サポニン、非イオン性界面活性剤、両性界面活性剤、アニオン性界面活性剤などが挙げられる。溶血剤は、好ましくは塩化アンモニウムまたはサポニンであり、より好ましくは塩化アンモニウムである。溶血剤は、1種を単独で使用しても、または2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0021】
非イオン性界面活性剤としては、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ノニルフェニルポリエチレングリコールなどが挙げられる。非イオン性界面活性剤は、合成しても、または市販品を使用してもよい。市販品としては、ポリオキシエチレン(9)オクチルフェニルエーテル(オクチルフェノキシポリ(エチレンオキシ)エタノールまたはオクチルフェニル-ポリエチレングリコール)(Sigma-Aldrich社製、NonidetTM P-40)、Triton(登録商標) X-100(ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル)、Triton(登録商標) X-114(ポリオキシエチレン(8)オクチルフェニルエーテル)等のポリオキシエチレンp-t-オクチルフェニルエーテル(Triton系界面活性剤);Tween(登録商標) 85等のポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル;Dodecyl-β-D-maltose;Octyl-β-D-glucoside;Nonidet(登録商標)P-40(オクチルフェノキシポリ(エチレンオキシ)エタノール、)及びNonidet(登録商標)P-40代替品;Tergitol(登録商標) NP-10 Surfactant(Nonylphenol Ethoxylate);IGEPAL(登録商標) CA-630(オクチルフェノキシポリ(エチレンオキシ)エタノール);エマルゲン(登録商標) 108(ポリオキシエチレンラウリルエーテル)、エマルゲン(登録商標) 109P;Brij(登録商標) 96ポリエチレングリコールモノオレイルエーテル(n=約2)などが使用できる。
【0022】
両性界面活性剤としては、CHAPS(3-(3-cholamidepropyl)dimethylammonio-1-propanesulphonate)、塩化アルキルポリアミノエチルグリシンなどが挙げられる。
【0023】
アニオン性界面活性剤としては、ドデシル硫酸ナトリウムなどが挙げられる。
【0024】
全血試料と溶血剤との混合条件については、全血試料に含まれる赤血球を溶血することができ、白血球への悪影響を与えなければ、特に制限されず、従来公知の手法を使用することができる。すなわち、溶血剤の添加量は、赤血球の溶血が行われるように適宜設定することができる。赤血球の溶血は、例えば、全血試料と溶血剤または溶血剤を含む液とを混合した後、室温にて所定時間(例えば約5~10分間)静置することにより、全血試料に含まれる赤血球を溶血することができる。溶血剤として塩化アンモニウムを使用する場合、溶血剤を含む液は、水に加えて、白血球へのダメージを抑制するために、炭酸水素カリウムなどの炭酸塩、エチレンジアミン四酢酸およびその塩(ナトリウム塩、カリウム塩など)などのキレート剤などを含んでもよい。
【0025】
このように、全血試料と溶血剤とを混合して、全血試料に含まれる赤血球を溶解させることにより、血液試料を調製することができる。
【0026】
(白血球の過酸化脂質の処理工程)
本発明に係る過酸化脂質の測定方法は、上記で調製した血液試料に含まれる白血球の過酸化脂質を過酸化脂質検出蛍光試薬で処理することを含む。これにより、後述の解析工程において、白血球表面の過酸化脂質を蛍光検出することができる。
【0027】
過酸化脂質検出蛍光試薬としては、フローサイトメトリー法による測定に対応できるものであれば、特に制限されない。過酸化脂質検出蛍光試薬の例としては、N-(4-ジフェニルホスフィノフェニル)-N’-(3,6,9,12-テトラオキサトリデシル)ペリレン-3,4,9,10-テトラカルボキシジイミド、2-(4-ジフェニルホスファニル-フェニル)-9-(1-ヘキシル-ヘプチル)-アントラ[2,1,9-def,6,5,10-d’ef’]ジイソキノリン-1,3,8,10-テトラオンなどが挙げられる。
【0028】
過酸化脂質検出蛍光試薬は、合成しても、市販品を使用してもよい。市販品としては、Liperfluo(N-(4-ジフェニルホスフィノフェニル)-N’-(3,6,9,12-テトラオキサトリデシル)ペリレン-3,4,9,10-テトラカルボキシジイミド)、SPY-LHP(2-(4-ジフェニルホスファニル-フェニル)-9-(1-ヘキシル-ヘプチル)-アントラ[2,1,9-def,6,5,10-d’ef’]ジイソキノリン-1,3,8,10-テトラオン)(以上、株式会社 同仁化学研究所)、Image-iT Lipid Peroxidation Kit(以上、サーモフィッシャーサイエンティフィック)、LipiRADICAL Green(以上、フナコシ株式会社)などが挙げられる。市販品としては、Liperfluoを用いることが好ましい。
【0029】
血液試料に含まれる白血球の過酸化脂質を過酸化脂質検出蛍光試薬で処理する方法は、白血球表面の過酸化脂質が蛍光染色される方法であれば、特に制限されず、使用する過酸化脂質検出蛍光試薬に応じて従来公知の手法を使用することができる。処理方法としては、例えば血液試料と過酸化脂質検出蛍光試薬を含む液とを混合して、混合液を約37℃で所定時間(例えば約5~30分間)静置する方法などが挙げられる。混合液において、全血試料に対する過酸化脂質検出蛍光試薬の濃度は、例えば0.01mmol/L以上であり、好ましくは0.1~0.5mmol/Lである。混合液中の過酸化脂質検出蛍光試薬の濃度は、例えば0.05μmol/L以上であり、好ましくは0.5~2.5μmol/Lである。この処理により、白血球表面の過酸化脂質と過酸化脂質検出蛍光試薬とを反応させることができる。
【0030】
過酸化脂質検出蛍光試薬として市販品を使用する場合、過酸化脂質検出蛍光試薬による白血球の処理は、製造会社のプロトコルに従って、行うことができる。
【0031】
過酸化脂質検出蛍光試薬を含む液における溶媒は、使用する過酸化脂質検出蛍光試薬に応じて、適宜選択することができる。例えば、過酸化脂質検出蛍光試薬としてLiperfluoを使用する場合、溶媒としては、ジメチルスルホキシド(DMSO)などが挙げられる。
【0032】
このように、血液試料に含まれる白血球の過酸化脂質を過酸化脂質検出蛍光試薬で処理することにより、後述のフローサイトメトリー法を用いて白血球表面に存在し得る過酸化脂質を解析することができる。
【0033】
(解析工程)
本発明に係る過酸化脂質の測定方法は、上記で処理した白血球をフローサイトメトリー法を用いて解析することを含む。これにより、白血球表面の過酸化脂質が蛍光染色されたことによる蛍光強度を測定することができ、さらに白血球分類を測定することができる。蛍光染色された過酸化脂質とは、過酸化脂質検出蛍光試薬が白血球表面の過酸化脂質と特異的に反応して蛍光性化合物となり、蛍光性化合物が白血球内(例えば細胞膜)に存在している状態を含む。
【0034】
フローサイトメトリー法は、蛍光標識または未標識の細胞などを大きさ、光散乱様式、蛍光などの因子について定量的に解析し、その情報に基づいて特定の細胞などを迅速に選択分離する方法である。
【0035】
解析工程で使用できるフローサイトメーターは、特に制限されず、公知の機器を用いることができる。フローサイトメーターとしては、セルソーター(自動細胞解析分取装置)、セルアナライザー(自動細胞解析装置)、高分解能型セルアナライザー、高速型セルアナライザーなどが挙げられる。
【0036】
フローサイトメトリー法の具体的な手順については、特に制限されず、従来公知の知見(例えば、特開2012-47594号公報、特開2014-23439号公報など)を適宜参照することができる。また、フローサイトメトリー法は、フローサイトメーターの製造会社のプロトコルに従って、行うことができる。
【0037】
フローサイトメトリー法により、過酸化脂質検出蛍光試薬で処理した白血球おいて、個々の白血球の蛍光発光、前方散乱光および側方散乱光に基づくデータを取得することができる。蛍光発光の強度(蛍光強度)は、過酸化脂質の存在および量を定性的および定量的に示す。前方散乱光の強度は、白血球の大きさを反映する。側方散乱光の強度は、白血球の内部構造の複雑さを反映する。これらのデータを用いて、粒度分布図(例えば単一パラメータヒストグラム)やプロット図(例えば2パラメータヒストグラム、スキャッタグラム、サイトグラム、ドットプロット、密度プロット、等高線図)などを作成することができる。白血球には、主に好中球、リンパ球、単球、好酸球および好塩基球の5種類の細胞が存在する。そのため、これらの細胞の集団を決定するために、ゲーティングを行ってもよい。
【0038】
解析工程では、白血球表面の過酸化脂質の量だけではなく、白血球の大きさおよび蛍光強度の違いから、白血球の各細胞の過酸化脂質の状態を把握することができる。そのため、解析工程における解析は、白血球表面の蛍光染色された過酸化脂質の蛍光強度の測定と白血球分類の測定との両方を含むことができる。
【0039】
(用途)
本発明に係る過酸化脂質の測定方法は、白血球表面の過酸化脂質量を測定することができる。これにより、全血試料を採取した被験体の酸化ストレス状態を把握することで、病態把握が可能になる。また、酸化ストレス低減のための対策を施すことができ、未病診断、病気予防、老化制御などに利用することができる。さらに、本発明に係る過酸化脂質の測定方法では、白血球分類の測定を同時に行うことができるため、白血球の各細胞の過酸化脂質の状態から酸化ストレスと感染症の罹患との関係に関する情報を提供することができる。白血球の中でも特に顆粒球は、寿命が10時間と短く、顆粒球は、ウイルス、寄生虫感染などに対する反応の他に、慢性炎症、喘息、アレルギー、免疫制御、自己免疫、がんなどの疾患に直接関与して、炎症性の酸化反応に寄与する細胞である。このことから、顆粒球自身の過酸化状態は、炎症性の酸化ストレス状態を直近の体内変化として把握できる可能性がある。
【0040】
<被験体における酸化ストレス状態の評価方法>
本発明の一形態は、上述の過酸化脂質の測定方法により、白血球表面の蛍光染色された過酸化脂質の蛍光強度のデータを得ることと、前記蛍光強度のデータに基づいて被験体の酸化ストレス状態を評価することと、を含む、被験体における酸化ストレス状態の評価方法に関する。
【0041】
本明細書中、本形態に係る被験体における酸化ストレス状態の評価方法を単に「酸化ストレスの評価方法」とも称する。
【0042】
上述のとおり、本発明に係る過酸化脂質の測定方法により、被験体から採取した全血試料を用いて白血球表面の過酸化脂質に関する蛍光強度のデータを得ることができる。蛍光強度は、白血球表面の過酸化脂質の量を表すことができる。
【0043】
本発明に係る酸化ストレスの評価方法では、得られた蛍光強度のデータに基づいて、すなわち白血球表面の過酸化脂質量を指標として被験体の酸化ストレス状態を評価することができる。被験体の酸化ストレス状態の評価は、例えば得られた蛍光強度のデータ(被験体の蛍光強度)と参考試料の蛍光強度のデータ(参考試料の蛍光強度)とを比較することにより行うことができる。
【0044】
参考試料の蛍光データとしては、被験体の過去の血液試料から得られた蛍光強度のデータ、健常体の血液試料から得られた蛍光強度のデータなどが挙げられる。健常体としては、従来の酸化ストレスの測定方法により、生体の酸化反応と抗酸化反応とのバランスが良好であると診断された者などが挙げられる。
【0045】
本発明に係る酸化ストレスの評価方法では、被験体の蛍光強度が参考試料の蛍光強度よりも増加している場合には、被験体が酸化ストレス状態である、または酸化ストレスのリスクがあるとの指標となり得る。被験体の蛍光強度が参考試料の蛍光強度よりも減少している場合には、被験体の酸化ストレスが改善している、または被験体が酸化ストレス状態ではないとの指標となり得る。
【0046】
<実施形態>
以下に、本発明の実施形態を例示する。
[1]
全血試料と溶血剤とを混合して、血液試料を調製することと、
前記血液試料に含まれる白血球の過酸化脂質を過酸化脂質検出蛍光試薬で処理することと、
前記処理した白血球をフローサイトメトリー法を用いて解析することと、を含む、白血球表面の過酸化脂質の測定方法。
[2]
前記解析が白血球表面の蛍光染色された過酸化脂質の蛍光強度の測定と白血球分類の測定とを含む、上記[1]に記載の測定方法。
[3]
上記[1]または[2]に記載の測定方法により、白血球表面の蛍光染色された過酸化脂質の蛍光強度のデータを得ることと、
前記蛍光強度のデータに基づいて被験体の酸化ストレス状態を評価することと、を含む、被験体における酸化ストレス状態の評価方法。
[4]
前記被験体の酸化ストレス状態の評価が前記蛍光強度のデータと参考試料の蛍光強度のデータとを比較することで行われる、請求項3に記載の評価方法。
【実施例0047】
以下、実施例を用いて本発明の実施形態をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲が下記の実施例に限定されるわけではない。
【0048】
ヒトからの全血試料の採取はすべて、インフォームドコンセントを行って提供者の意思を確認した後に実施した。
【0049】
<試験例1>
白血球表面の過酸化脂質の状態を以下の手順により評価した。
【0050】
(実験方法)
4名の健常な成人(提供者1~4)から採取した全血試料50μLと塩化アンモニウム溶血剤(組成は下記の表1を参照)950μLとを混合し、室温(約20~30℃)で5分間静置して、反応液を得た。
【0051】
【0052】
反応液1000μLに0.10mmol/Lの過酸化脂質検出蛍光試薬(Liperfluo、株式会社同仁化学研究所)を含むジメチルスホキシド(DMSO)溶液5μLを添加して混合した。
【0053】
混合後、37℃で5分間反応させた。反応液をフローサイトメーター(FACS Via、ベクトンディッキンソン社製)を用いて測定した。横軸を蛍光強度(FL1-A:FITC-A)、縦軸を前方散乱光(FSC)にて散布図を作成した。結果を
図1に示す。
(フローサイトメーター測定条件)
流速:Fast(66μL/min)
測定液量:50μL
スレッショルド:0.8M(FCS)。
【0054】
(考察)
図1に示すように、白血球の各成分の大きさおよび蛍光染色された過酸化脂質の蛍光強度から、各提供者における過酸化脂質の状態を把握することができる。また、過酸化脂質の状態は、提供者ごとに異なっていることが分かる。
【0055】
<試験例2>
酸化ストレスによる白血球表面の過酸化脂質の状態の変化を以下の手順により評価した。
【0056】
塩化アンモニウム溶血剤、過酸化脂質検出蛍光試薬およびフローサイトメーターは、試験例1で使用したものと同様である。
【0057】
以下の実験で使用したハンクス平衡塩溶液(HBSS)(EDTA-2K添加、pH調整(NaOH使用))の組成を下記表2に示す。
【0058】
【0059】
(実験方法)
以下の実験では、同一の提供者から採取した全血試料を使用した。
1.全血試料5mLを遠心分離(1000×g、10分間)した。
2.血しょう成分を除き、2.5~3mL程度の血球成分に対して、塩化アンモニウム溶血剤50mLを加え溶血後、再び遠心分離(1000×g、5分間)して、上清を抜き取った。
3.HBSSを50mL加えて転倒混和した後、遠心分離(1000g、5分間)した。
4.遠心分離後、上清のHBSS部分を取り除いた。
5.HBSSを50mL加えて、遠心分離(1000g、5分間)した。
6.遠心分離後、上清を取り除いた。
7.HBSSを1mL程度加えて、測定サンプルを調製した(白血球数:10000~5000/μl)。
8.遮光チューブにHBSSを450μL、測定サンプルを50μL加えた。
9.8の各チューブに0.10mmol/Lの過酸化脂質検出蛍光試薬を含むジメチルスホキシド(DMSO)を5μL加えて、28℃で5分間染色した。
10.クメンヒドロキシペルオキシドを含むHBSS、tert-ブチルヒドロペルオキシドを含むHBSSまたはHBSSを500μL加えて、調製サンプルを作製した。クメンヒドロキシペルオキシドおよびtert-ブチルヒドロペルオキシドは、酸化ストレス導入剤であり、最終濃度が50μMまたは100μMとなるように添加した。
11.各調製サンプルを37℃で2時間静置した。
*対照として処理を行っていない全血試料を測定に加えた。(全血の測定は、通常の測定手順で行った)
*対照のみ37℃、0時間(加温なし)の測定も行った。対照では、全血試料を37℃で2時間静置した。
12.静置後、フローサイトメーターを用いて、試験例1と同じ測定条件で測定を行った。
【0060】
(解析方法)
1.横軸を側方散乱光(SSC)、縦軸をFSCにて散布図を作成した。結果を
図2A(上段)および
図2B(下段)に示す。
2.ゲーティングを行い、好中球(Ne)、リンパ球(Ly)、単球(Mo)の集団を決定した。結果を
図2A(下段)および
図2B(下段)に示す。各血球には、解析で色を付けた(好中球:青、リンパ球:赤、単球:橙)。
3.上記ゲーティングされた各血球のみの散布図において、横軸を蛍光強度(FL1-A:FITC-A)にして再解析した。結果を
図3に示す。
【0061】
(考察)
図3に示すように、酸化ストレス導入剤により白血球表面の過酸化脂質の蛍光強度が増加していることが分かる。このことより、白血球が酸化ストレス状態を評価するための指標になり得ることが分かる。