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特開2024-101428シリンダブロックの製造方法、および治具
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024101428
(43)【公開日】2024-07-29
(54)【発明の名称】シリンダブロックの製造方法、および治具
(51)【国際特許分類】
   F02F 1/00 20060101AFI20240722BHJP
   C23C 4/06 20160101ALI20240722BHJP
   C23C 4/123 20160101ALI20240722BHJP
【FI】
F02F1/00 R
C23C4/06
C23C4/123
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023005398
(22)【出願日】2023-01-17
(71)【出願人】
【識別番号】000005348
【氏名又は名称】株式会社SUBARU
(74)【代理人】
【識別番号】110002066
【氏名又は名称】弁理士法人筒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】出口 智崇
【テーマコード(参考)】
3G024
4K031
【Fターム(参考)】
3G024AA22
3G024BA04
3G024CA01
3G024FA01
3G024FA06
3G024FA14
3G024GA19
3G024HA07
4K031AA02
4K031DA03
4K031DA04
4K031EA03
(57)【要約】
【課題】溶射皮膜の耐久性を高める。
【解決手段】シリンダブロックの製造方法は、ウォータジャケットに治具を収容し、前記治具の突起部をボア壁の外周面に対向させる治具取り付け工程を有する。シリンダブロックの製造方法は、前記シリンダブロックを加熱して前記ボア壁を膨張させ、前記ボア壁の内周面を凸状に変形させる加熱工程を有する。シリンダブロックの製造方法は、前記内周面を凸状に変形させた状態のもとで、前記内周面に金属材料を溶射して皮膜を形成する溶射工程を有する。シリンダブロックの製造方法は、前記シリンダブロックを冷却して前記ボア壁を収縮させ、前記ウォータジャケットから前記治具を取り出す治具取り外し工程を有する。
【選択図】図14
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダボアとウォータジャケットとを仕切るボア壁を備えたシリンダブロックの製造方法であって、
前記ウォータジャケットに治具を収容し、前記治具の突起部を前記ボア壁の外周面に対向させる治具取り付け工程と、
前記シリンダブロックを加熱して前記ボア壁を膨張させ、前記突起部と前記外周面とを互いに押し付けて前記ボア壁の内周面を凸状に変形させる加熱工程と、
前記内周面を凸状に変形させた状態のもとで、前記内周面に金属材料を溶射して皮膜を形成する溶射工程と、
前記シリンダブロックを冷却して前記ボア壁を収縮させ、前記ウォータジャケットから前記治具を取り出す治具取り外し工程と、
を有する、シリンダブロックの製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載のシリンダブロックの製造方法において、
前記治具は、前記ボア壁を囲む本体と、前記本体から突出する前記突起部と、を有しており、
前記治具の線膨張係数は、前記ボア壁の線膨張係数よりも小さい、
シリンダブロックの製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載のシリンダブロックの製造方法において、
前記シリンダボアの中心線を含み、かつ前記シリンダブロックのクランクジャーナルボアの中心線に一致または平行な平面を、仮想平面とした場合に、
前記外周面は、前記仮想平面よりもスラスト側に位置する第1外周面と、前記仮想平面よりも反スラスト側に位置する第2外周面と、からなり、
前記治具取り付け工程では、前記第1外周面と前記第2外周面との少なくとも何れか一方に前記突起部を対向させる、
シリンダブロックの製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載のシリンダブロックの製造方法において、
前記治具は、前記突起部として、第1突起部と、前記第1突起部に対向する第2突起部と、を有しており、
前記治具取り付け工程では、前記第1突起部を前記第1外周面に対向させ、前記第2突起部を前記第2外周面に対向させる、
シリンダブロックの製造方法。
【請求項5】
シリンダブロックを製造する際にウォータジャケットに収容される治具であって、
環状の本体と、
前記本体の内周部から突出する複数の第1突起からなる第1突起部と、
前記内周部から突出する複数の第2突起からなり、前記第1突起部に対向する第2突起部と、
を有する、治具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリンダブロックの製造技術に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンの性能向上や小型軽量化を達成するため、鋳鉄製のシリンダライナを省いたアルミニウム合金製のシリンダブロックが開発されている。このシリンダブロックに形成されるシリンダボアの内壁面には、鉄系材料からなる皮膜つまり薄い金属層が形成されている。シリンダボアの内壁面に皮膜を形成する際には、鉄系材料を溶かして吹き付ける溶射技術が用いられている(特許文献1,2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3464841号公報
【特許文献2】特許第5835347号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、シリンダボア内ではピストンが往復することから、シリンダボアの内壁面に対してピストンから衝撃荷重が入力される。このため、内壁面に形成される溶射皮膜の耐久性を高めることが求められている。
【0005】
本発明の目的は、溶射皮膜の耐久性を高めることである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
一実施形態に係るシリンダブロックの製造方法は、シリンダボアとウォータジャケットとを仕切るボア壁を備えたシリンダブロックの製造方法であって、前記ウォータジャケットに治具を収容し、前記治具の突起部を前記ボア壁の外周面に対向させる治具取り付け工程と、前記シリンダブロックを加熱して前記ボア壁を膨張させ、前記突起部と前記外周面とを互いに押し付けて前記ボア壁の内周面を凸状に変形させる加熱工程と、前記内周面を凸状に変形させた状態のもとで、前記内周面に金属材料を溶射して皮膜を形成する溶射工程と、前記シリンダブロックを冷却して前記ボア壁を収縮させ、前記ウォータジャケットから前記治具を取り出す治具取り外し工程と、を有する。
【0007】
一実施形態に係る治具は、シリンダブロックを製造する際にウォータジャケットに収容される治具であって、環状の本体と、前記本体の内周部から突出する複数の第1突起からなる第1突起部と、前記内周部から突出する複数の第2突起からなり、前記第1突起部に対向する第2突起部と、を有する。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様によれば、溶射皮膜の耐久性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】パワートレインが搭載された車両の一例を示す図である。
図2図1のII-II線に沿ってエンジンの内部構造の一例を示す断面図である。
図3A】デッキ面側からシリンダブロックの一例を示す図である。
図3B図3AのIII-III線に沿ってシリンダブロックの断面を示す図である。
図4A】デッキ面側からシリンダブロックの一例を示す図である。
図4B図4AのIV-IV線に沿ってシリンダブロックの断面を示す図である。
図5】ピストンの一例を示す図である。
図6】ピストンスラップの発生状況を示す図である。
図7】第1実施形態に係るシリンダブロックの製造方法の実行手順を示す図である。
図8A】第1実施形態に係る治具を示す図である。
図8B図8AのVIII-VIII線に沿って治具を示す断面図である。
図9A】ボア壁およびその近傍を示す図である。
図9B図9AのIX-IX線に沿ってボア壁およびその近傍を示す断面図である。
図10A】治具取り付け工程におけるボア壁およびその近傍を示す図である。
図10B図10AのX-X線に沿ってボア壁およびその近傍を示す断面図である。
図11】シリンダブロックにおける仮想平面の一例を示す図である。
図12】加熱工程におけるボア壁およびその近傍を示す図である。
図13】溶射工程におけるボア壁およびその近傍を示す図である。
図14図13のXIV-XIV線に沿ってボア壁およびその近傍を示す断面図である。
図15図9BのXIV-XIV線に沿ってボア壁を示す断面図である。
図16A】第2実施形態に係る治具を示す図である。
図16B図16AのXVI-XVI線に沿って治具を示す断面図である。
図17A】第3実施形態に係る治具を示す断面図である。
図17B】第4実施形態に係る治具を示す断面図である。
図17C】第5実施形態に係る治具を示す断面図である。
図17D】第6実施形態に係る治具を示す断面図である。
図18A】第7実施形態に係る治具を示す図である。
図18B図18AのXVIII-XVIII線に沿って治具を示す断面図である。
図19】第8実施形態に係る治具が用いられている加熱工程を示す図である。
図20図19のXX-XX線に沿ってシリンダブロックおよび治具を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<第1実施形態>
以下、第1実施形態に係るシリンダブロックの製造方法および治具を図面に基づいて詳細に説明する。なお、以下の説明において、同一または実質的に同一の構成や要素については、同一の符号を付して繰り返しの説明を省略する。
【0011】
<車両構造>
図1はパワートレイン10が搭載された車両11の一例を示す図である。図1に示すように、車両11は、エンジン12およびトランスミッション13からなるパワートレイン10を有している。パワートレイン10の出力軸14は、プロペラ軸15およびデファレンシャル機構16を介して車輪17に連結されている。図示するパワートレイン10は、後輪駆動用のパワートレインであるが、これに限られることはなく、前輪駆動用や全輪駆動用のパワートレインであっても良い。また、後述するように、図示するエンジン12は、4気筒の水平対向エンジンであるが、これに限られることはなく、例えば、直列エンジン、V型エンジン或いは単気筒エンジンであっても良い。
【0012】
<エンジン構造>
図2図1のII-II線に沿ってエンジン12の内部構造の一例を示す断面図である。図2に示すように、エンジン12は、一方のシリンダバンクを構成するシリンダブロック20と、他方のシリンダバンクを構成するシリンダブロック21と、を有している。また、エンジン12は、一対のシリンダブロック20,21によって回転可能に支持されるクランク軸22を有している。各シリンダブロック20,21には、動弁機構23等を備えたシリンダヘッド24が取り付けられている。各シリンダヘッド24は、燃焼室25に連通する吸気ポート26と、燃焼室25に連通する排気ポート27と、を有している。また、各シリンダヘッド24は、吸気ポート26を開閉する吸気バルブ28と、排気ポート27を開閉する排気バルブ29と、を有している。なお、各シリンダヘッド24は、燃焼室25内の混合気に点火する図示しない点火プラグと、吸入空気に向けて燃料を噴射する図示しないインジェクタと、を有している。
【0013】
各シリンダブロック20,21は、半円状のジャーナルボア(クランクジャーナルボア)30が形成された支持壁31を有している。ジャーナルボア30には図示しない軸受メタルが組み付けられており、支持壁31は軸受メタルを介してクランク軸22のクランクジャーナル32を支持している。また、各シリンダブロック20,21には、ピストン33を収容するシリンダボア34が形成されている。シリンダボア34に収容されるピストン33には、ピストンピン35を介してコネクティングロッド36の小端部37が連結されている。また、クランク軸22のクランクピン38には、コネクティングロッド36の大端部39が連結されている。このように、クランク軸22とピストン33とは、コネクティングロッド36を介して互いに連結されている。なお、シリンダブロック20,21の材料は、アルミニウム合金である。
【0014】
<シリンダブロック構造>
図3Aは、デッキ面40側からシリンダブロック20の一例を示す図である。図3Bは、図3AのIII-III線に沿ってシリンダブロック20の断面を示す図である。また、図4Aは、デッキ面41側からシリンダブロック21の一例を示す図である。図4Bは、図4AのIV-IV線に沿ってシリンダブロック21の断面を示す図である。さらに、図5はピストン33の一例を示す図である。
【0015】
図3Aおよび図3Bに示すように、シリンダブロック20は、スリーブ状に形成される2つのボア壁B1,B3と、これらのボア壁B1,B3を取り囲む外壁42と、を有している。ボア壁B1,B3の径方向内側にはシリンダボア34が区画されており、ボア壁B1,B3の径方向外側にはウォータジャケット43が区画されている。つまり、シリンダブロック20は、シリンダボア34とウォータジャケット43とを仕切るボア壁B1,B3を有している。また、ボア壁B1,B3と外壁42との間に区画されるウォータジャケット43は、シリンダブロック20のデッキ面40に露出している。このように、図示するシリンダブロック20は、所謂オープンデッキ構造を有している。なお、ボア壁B1,B3は、アルミスリーブやアルミフープ等とも呼ばれている。
【0016】
同様に、図4Aおよび図4Bに示すように、シリンダブロック21は、スリーブ状に形成される2つのボア壁B2,B4と、これらのボア壁B2,B4を取り囲む外壁44と、を有している。ボア壁B2,B4の径方向内側にはシリンダボア34が区画されており、ボア壁B2,B4の径方向外側にはウォータジャケット43が区画されている。つまり、シリンダブロック21は、シリンダボア34とウォータジャケット43とを仕切るボア壁B2,B4を有している。また、ボア壁B2,B4と外壁44との間に区画されるウォータジャケット43は、シリンダブロック21のデッキ面41に露出している。このように、図示するシリンダブロック21は、所謂オープンデッキ構造を有している。なお、ボア壁B2,B4は、アルミスリーブやアルミフープ等とも呼ばれている。
【0017】
図3Bおよび図4Bの拡大部分に示すように、ボア壁B1~B4の内周面45つまりシリンダボア34の内周面45には、炭素鋼や特殊鋼等の鉄系材料からなる皮膜46が形成されている。すなわち、アルミニウム合金からなるボア壁B1~B4には、鉄系材料からなる薄い金属層である皮膜46が形成されている。後述するように、ボア壁B1~B4の内周面45に皮膜46を形成する際には、鉄系材料を溶かして内周面45に吹き付ける溶射技術が用いられる。このように、ボア壁B1~B4に鉄系材料の皮膜46(以下、溶射皮膜46と記載する。)を形成することにより、シリンダブロック20,21から鋳鉄製のシリンダライナを省くことができる。すなわち、溶射皮膜46をシリンダライナとして機能させることができ、エンジン12の性能向上や小型軽量化を達成することができる。
【0018】
ところで、シリンダボア34内で往復するピストン33は、所謂ピストンスラップによってスラスト側のボア壁B1~B4に衝突することがある。ここで、図3Bおよび図4Bに示すように、ピストン33から衝撃荷重が入力される部位として、スラスト側の内周面45には仮想平面PL2を挟んで配置される一対の部位α1がある。なお、仮想平面PL2とは、シリンダボア34の中心線C1を含み、かつ後述する仮想平面PL1に直交する平面である。内周面45における一対の部位α1は、図5に示すように、ピストンスカート49の縁部α2が接触する部位と考えられる。このように、内周面45の部位α1にはピストン33から衝撃荷重が入力されるため、部位α1に位置する溶射皮膜46の耐久性を高めることが求められている。
【0019】
なお、スラスト側とは、後述するように、膨張行程で生じるサイドスラストによってピストン33が付勢される側である。換言すれば、スラスト側とは、クランク軸22の回転方向の逆側である。つまり、スラスト側とは、ピストン33の上死点近傍におけるクランクピン38の移動方向の逆側である。図2に示すように、一方のシリンダブロック20については、鉛直方向の下側がスラスト側になっており、他方のシリンダブロック21については、鉛直方向の上側がスラスト側になっている。つまり、シリンダブロック20のボア壁B1,B3は、ブロック下部を構成するスラスト側のボア壁部47aと、ブロック上部を構成する反スラスト側のボア壁部47bと、を有している。一方、シリンダブロック21のボア壁B2,B4は、ブロック上部を構成するスラスト側のボア壁部48aと、ブロック下部を構成する反スラスト側のボア壁部48bと、を有している。
【0020】
<ピストンスラップ>
ピストン33の首振り運動であるピストンスラップについて説明する。図6は、ピストンスラップの発生状況を示す図である。図6には、圧縮行程における終盤の状況が<BTDC>として示されており、圧縮行程から膨張行程に移行する上死点近傍の状況が<TDC>として示されている。また、図6には、膨張行程における序盤の状況が<ATDC1>として示されており、膨張行程における中盤の状況が<ATDC2>として示されている。なお、BTDCは「Before Top Dead Center」であり、TDCは「Top Dead Center」であり、ATDCは「After Top Dead Center」である。
【0021】
以下の説明では、シリンダブロック20に組み込まれる2つのピストン33を、ピストンP1として記載する。一方、シリンダブロック21に組み込まれる2つのピストン33を、ピストンP2として記載する。また、図6に記載された矢印R1は、クランク軸22の回転方向を示している。なお、ピストン動作の理解を容易にするため、図6にはピストンP1,P2の傾きが誇張して記載されている。
【0022】
図6に<BTDC>として示すように、圧縮行程の終盤において、ピストンP1には、コネクティングロッド36の傾斜角に応じたサイドスラストS1aが作用する。これにより、上死点に向かうピストンP1は、上側のボア壁部47bに押し当てられる。続いて、図6に<TDC>として示すように、ピストンP1の上死点近傍においては、コネクティングロッド36の傾斜角がほぼゼロになるため、ピストンP1に作用するサイドスラストは極めて小さくなる。
【0023】
図6に<ATDC1>として示すように、膨張行程の序盤において、ピストンP1には、コネクティングロッド36の傾斜角に応じたサイドスラストS1bが作用する。このとき、符号X1aで示すように、ピストンスカートは下側のボア壁部47aに接触する一方、符号X1bで示すように、ピストンヘッドは上側のボア壁部47bに留まった状態となる。つまり、膨張行程の燃焼圧力によってピストンリングには大きな摩擦力が発生することから、ピストンヘッドは上側のボア壁部47bに留まった状態となる。
【0024】
図6に<ATDC2>として示すように、膨張行程の中盤においては、ピストンP1に作用するサイドスラストS1cが増加する。また、膨張行程の中盤においては、燃焼圧力の低下によってピストンリングの摩擦力が徐々に低下する。このため、ピストンP1には反時計回りのモーメントM1が作用し、符号X1cで示すように、ピストンP1は下側(スラスト側)のボア壁部47aに衝突する。同様に、シリンダブロック21に収容されるピストンP2についても、膨張行程の中盤においては、ピストンP2に反時計回りのモーメントM2が作用する。そして、符号X2cで示すように、ピストンP2は上側(スラスト側)のボア壁部48aに衝突する。
【0025】
なお、前述のピストンスラップによって、ピストンP1はピストンピン35を中心に回転する。このため、ピストンP1は、下側(スラスト側)のボア壁部47aに衝突するだけでなく、上側(反スラスト側)のボア壁部47bにも衝突する。つまり、ピストンP1からボア壁部47aに入力される衝突荷重より小さいものの、上側(反スラスト側)のボア壁部47bにもピストンP1から衝突荷重が入力されると考えられる。同様に、前述のピストンスラップによって、ピストンP2はピストンピン35を中心に回転する。このため、ピストンP2は、上側(スラスト側)のボア壁部48aに衝突するだけでなく、下側(反スラスト側)のボア壁部48bにも衝突する。つまり、ピストンP2からボア壁部48aに入力される衝突荷重より小さいものの、下側(反スラスト側)のボア壁部48bにもピストンP2から衝突荷重が入力されると考えられる。
【0026】
<シリンダブロックの製造方法>
前述したように、ピストン33からボア壁B1~B4に衝撃荷重が入力されるため、溶射皮膜46の耐久性を高めることが求められている。そこで、後述するシリンダブロックの製造方法を用いることにより、シリンダブロック20,21のボア壁B1~B4に形成される溶射皮膜46の耐久性を高めている。なお、図示する例では、ボア壁B3に対して溶射皮膜46を形成しているが、同様の手順によってボア壁B1,B2,B4にも溶射皮膜46が形成されることはいうまでもない。
【0027】
図7は第1実施形態に係るシリンダブロックの製造方法の実行手順を示す図である。なお、図7は、第1実施形態に係るシリンダブロックの製造方法を含むシリンダブロック製造工程の一部が示されている。また、図8Aは第1実施形態に係る治具50を示す図である。図8B図8AのVIII-VIII線に沿って治具50を示す断面図である。図9Aはボア壁B3およびその近傍を示す図である。図9B図9AのIX-IX線に沿ってボア壁B3およびその近傍を示す断面図である。
【0028】
図10Aは治具取り付け工程におけるボア壁B3およびその近傍を示す図である。図10B図10AのX-X線に沿ってボア壁B3およびその近傍を示す断面図である。図11はシリンダブロック20における仮想平面PL1の一例を示す図である。図12は加熱工程におけるボア壁B3およびその近傍を示す図である。また、図13は溶射工程におけるボア壁B3およびその近傍を示す図である。図14図13のXIV-XIV線に沿ってボア壁B3およびその近傍を示す断面図である。
【0029】
図7に示すように、シリンダブロック製造工程として、ボア壁B1~B4の内周面45を荒らす下地処理工程S100が設定されている。下地処理工程S100においては、ボア壁B1~B4の内周面45に対して切削加工やブラスト加工等が施される。これにより、ボア壁B1~B4の内周面45に適度な粗さを与えることができ、内周面45に対する溶射皮膜46の密着性を高めることができる。
【0030】
図7に示すように、下地処理工程S100が完了すると、治具取り付け工程S110に進み、シリンダブロック20,21のウォータジャケット43に治具50が取り付けられる。ここで、図8Aおよび図8Bに示すように、治具50は、環状の本体51を有している。また、治具50は、本体51の内周部52から突出する複数の第1突起53からなる第1突起部(突起部)54と、本体51の内周部52から突出する複数の第2突起55からなる第2突起部(突起部)56と、を有している。第1突起部54と第2突起部56とは、互いに対向して配置されている。換言すれば、第1突起部54と第2突起部56とは、治具50の中心線C3を対称軸とする軸対称に配置されている。また、治具50の材料は、アルミニウム合金よりも線膨張係数の小さな炭素鋼や特殊鋼等の鋼である。つまり、治具50の線膨張係数は、ボア壁B1~B4の線膨張係数よりも小さい。なお、温度上昇による長さの膨張割合である線膨張係数は、線膨張率とも呼ばれている。
【0031】
図10Aおよび図10Bに示すように、治具取り付け工程S110においては、デッキ面40側からウォータジャケット43に対して治具50が収容される。つまり、治具50の本体51はボア壁B3を囲むように配置され、治具50の突起部54,56はボア壁B3の外周面60に対向する。なお、治具取り付け工程S110では、ロボットアーム等の機器を用いて治具50をウォータジャケット43に挿入しても良く、作業者による手作業によって治具50をウォータジャケット43に挿入しても良い。
【0032】
図10Aおよび図11に示すように、シリンダボア34の中心線C1を含み、かつシリンダブロック20のジャーナルボア30の中心線C2に一致または平行な平面を、仮想平面PL1とする。このとき、ボア壁B3の外周面60は、仮想平面PL1よりもスラスト側に位置する第1外周面61と、仮想平面PL1よりも反スラスト側に位置する第2外周面62と、によって構成される。そして、図10Aに示すように、治具取り付け工程S110では、治具50の第1突起部54はボア壁B3の第1外周面61に対向し、治具50の第2突起部56はボア壁B3の第2外周面62に対向する。換言すれば、第1突起部54が有する一対の第1突起53は、仮想平面PL1に直交する仮想平面PL2を挟んで配置される。同様に、第2突起部56が有する一対の第2突起55は、仮想平面PL1に直交する仮想平面PL2を挟んで配置される。なお、図示する例では、仮想平面PL1がジャーナルボア30の中心線C2に一致しているが、これに限られることはなく、シリンダブロック20がオフセットシリンダである場合には、仮想平面PL1がジャーナルボア30の中心線C2と平行になる。
【0033】
図8Aに示すように、治具50の中心線C3から第1突起53の先端までの長さを「L1」とし、治具50の中心線C3から第2突起55の先端までの長さを「L2」とする。また、図9Aに示すように、ボア壁B3の中心線C1から外周面60までの長さを「L3」とする。このとき、各長さL1,L2,L3は、所定の常温環境下(例えば20℃)においてほぼ一致している。このように、各長さL1,L2,L3がほぼ一致することから、治具取り付け工程S110においては、治具50の各突起53,55がボア壁B3の外周面60に対して接触した状態となる。なお、治具取り付け工程S110においては、治具50の各突起53,55を外周面60に接触させることが望ましいが、突起53,55と外周面60との間に隙間が生じていても良い。
【0034】
図7に示すように、治具取り付け工程S110が完了すると、加熱工程S120に進み、シリンダブロック20,21が図示しない加熱炉に収容される。加熱工程S120においては、シリンダブロック20,21および治具50が所定温度(例えば190℃)まで加熱される。ここで、前述したように、治具50の線膨張係数はボア壁B1~B4の線膨張係数よりも小さいことから、ボア壁B1~B4は治具50によって拘束されつつ径方向外側に膨張する。つまり、図12に示すように、治具50の各突起53,55がボア壁B3の外周面60に押し付けられ、ボア壁B3の内周面45が凸状に変形した状態となる。なお、加熱工程S120は、予熱工程と呼ばれることもある。
【0035】
図7に示すように、加熱工程S120が完了すると、溶射工程S130に進み、ボア壁B1~B4の内周面45に溶射皮膜46が形成される。図13および図14に示すように、溶射工程S130においては、シリンダボア34に溶射ガン70を挿入して回転させつつ、溶射ガン70から内周面45に溶けた鉄系材料(金属材料)を吹き付ける。前述したように、ボア壁B3の内周面45は凸状に膨れた状態であるため、内周面45に沿って溶射皮膜46も凸状に積層される。なお、溶射ガン70から噴射される鉄系材料として、例えばクロムモリブデン鋼等の特殊鋼を用いることができる。また、溶射ガン70による鉄系材料の溶射方式として、アークおよび圧縮空気を用いて鉄系材料を噴射するアーク溶射方式を採用しても良く、プラズマを用いて鉄系材料を噴射するプラズマ溶射方式を採用しても良い。
【0036】
図7に示すように、溶射工程S130が完了すると、冷却工程S140を経て治具取り外し工程S150に進み、シリンダブロック20,21のウォータジャケット43から治具50が取り外される。つまり、冷却工程S140によってボア壁B1~B4を収縮させて治具50による拘束を解いた後に、治具取り外し工程S150によってウォータジャケット43から治具50が取り出される。なお、治具取り外し工程S150では、ロボットアーム等の機器を用いて治具50をウォータジャケット43から取り出しても良く、作業者による手作業によって治具50をウォータジャケット43から取り出しても良い。また、冷却工程S140では、例えば、自然空冷によってシリンダブロック20,21が冷却される。
【0037】
図15図9BのXIV-XIV線に沿ってボア壁B3を示す断面図である。図15には溶射皮膜46が形成されたボア壁B3が示されている。図15の拡大部分に矢印β1で示すように、内周面45に形成された溶射皮膜46に対して圧縮応力を与えることができる。つまり、凸状に膨らんだ内周面45に対して溶射皮膜46を形成した後に、ボア壁B3の冷却によって内周面45の膨らみが解消されるため、内周面45の膨らみ解消に併せて溶射皮膜46を圧縮することができる。しかも、治具50によって押し出される内周面45の部位は、図3Bおよび図4Bに示した部位α1に重なる部位である。つまり、部位α1を覆う溶射皮膜46に圧縮応力を与えることができるため、ピストン33の衝撃荷重を受ける溶射皮膜46を適切に強化することができる。
【0038】
図15に示した例では、溶射皮膜46に圧縮応力を与えているが、これに限られることはない。例えば、溶射皮膜46の引張応力を緩和しても良く、溶射皮膜46の内部応力を解消しても良い。これらの場合であっても、溶射皮膜46の引張応力を減少させることができ、溶射皮膜46の耐久性を高めることができる。換言すれば、溶射皮膜46における引張り側の残留ひずみを減らすことができ、溶射皮膜46の耐久性を高めることができる。なお、治具取り外し工程S150が完了すると、溶射皮膜46の表面粗さを調整するホーニング工程、シリンダブロック20,21を洗浄する洗浄工程、およびシリンダブロック20,21の傷等を検査する検査工程等が実行される。これらの工程を経て、ボア壁B1~B4に溶射皮膜46を備えたシリンダブロック20,21が完成する。
【0039】
<第2実施形態>
以下、第2実施形態に係る治具80を図面に基づいて詳細に説明する。なお、以下の説明において、前述の実施形態と同一または実質的に同一の構成や要素については、同一の符号を付して繰り返しの説明を省略する。図16Aは第2実施形態に係る治具80を示す図である。図16B図16AのXVI-XVI線に沿って治具80を示す断面図である。
【0040】
図8Aおよび図8Bに示した例では、治具50の本体51に、互いに対向する第1および第2突起部54,56を設けているが、これに限られることはない。図16Aおよび図16Bに示すように、治具80は、環状の本体81と、本体81の内周部82から突出する一対の突起83からなる突起部84と、を有している。このような治具80を用いた場合には、前述した治具取り付け工程S110において、第1外周面61と第2外周面62との何れか一方に突起部84を対向させる。これにより、スラスト側または反スラスト側に形成された溶射皮膜46の耐久性を高めることができる。
【0041】
なお、前述したように、ピストン33の首振り運動であるピストンスラップにより、ピストン33は主にスラスト側のボア壁部47a,48aに衝突している。このため、1つの突起部84を備えた治具80を用いる場合には、スラスト側の第1外周面61に突起部84を対向させることにより、スラスト側に位置する溶射皮膜46の耐久性を高めることが望ましい。しかしながら、ピストン構造によっては、衝撃荷重の入力部位が変化することも考えられるため、反スラスト側の第2外周面62に突起部84を対向させ、反スラスト側に位置する溶射皮膜46の耐久性を高めても良い。
【0042】
<第3~第6実施形態>
以下、第3~第6実施形態に係る治具90,100,110,120を図面に基づいて詳細に説明する。なお、以下の説明において、前述の実施形態と同一または実質的に同一の構成や要素については、同一の符号を付して繰り返しの説明を省略する。図17Aは第3実施形態に係る治具90を示す断面図である。図17Bは第4実施形態に係る治具100を示す断面図である。図17Cは第5実施形態に係る治具110を示す断面図である。図17Dは第6実施形態に係る治具120を示す断面図である。なお、図17A図17Dには、図8Bに示した断面と同様の断面が示されている。
【0043】
図8Aおよび図8Bに示した例では、治具50の本体51に一対の突起53(55)からなる突起部54(56)を設けているが、突起の数や突起の形状については、図示する例に限られることはない。図17Aに示すように、治具90の本体91に対して複数の点状突起92からなる突起部93を設けても良い。図17Bに示すように、治具100の本体101に対して1つの線状突起102からなる突起部103を設けても良い。また、図17Cに示すように、治具110の本体111に対して1つの点状突起112からなる突起部113を設けても良い。さらに、図17Dに示すように、治具120の本体121に対して周方向に延びる1つの線状突起122からなる突起部123を設けても良い。
【0044】
<第7実施形態>
以下、第7実施形態に係る治具130を図面に基づいて詳細に説明する。なお、以下の説明において、前述の実施形態と同一または実質的に同一の構成や要素については、同一の符号を付して繰り返しの説明を省略する。図18Aは第7実施形態に係る治具130を示す図である。図18B図18AのXVIII-XVIII線に沿って治具130を示す断面図である。
【0045】
図8Aに示した例では、1つのボア壁B3に対して1つの治具50が取り付けられるが、これに限られることはなく、複数のボア壁B1,B3に対して1つの治具130を取り付けても良い。図18Aおよび図18Bに示すように、治具130は、略C字状の第1本体131と、第1本体131に連結される略C字状の第2本体141と、を有している。また、治具130は、第1本体131の内周部132から突出する一対の突起133からなる突起部134と、第1本体131の内周部132から突出する一対の突起135からなる突起部136と、を有している。さらに、治具130は、第2本体141の内周部142から突出する一対の突起143からなる突起部144と、第2本体141の内周部142から突出する一対の突起145からなる突起部146と、を有している。
【0046】
このように、治具130に対して略C字状の本体131,141を設けることにより、2つのボア壁B1,B3に対して1つの治具130を取り付けることができる。また、図18Aおよび図18Bに示す治具130を用いることにより、隣り合うボア壁が互いに連なるシリンダ構造であっても、前述したシリンダブロック製造工程を実行することができる。なお、図示する例では、2つのボア壁B1,B3に対して1つの治具130を取り付けているが、これに限られることはなく、3つ以上のボア壁に対して1つの治具を取り付けても良い。
【0047】
<第8実施形態>
以下、第8実施形態に係る治具150を図面に基づいて詳細に説明する。なお、以下の説明において、前述の実施形態と同一または実質的に同一の構成や要素については、同一の符号を付して繰り返しの説明を省略する。図19は第8実施形態に係る治具150が用いられている加熱工程S120を示す図である。図20図19のXX-XX線に沿ってシリンダブロックおよび治具150を示す断面図である。
【0048】
図3Aに示した例では、所謂オープンデッキ構造のシリンダブロック20を用いているが、これに限られることはなく、所謂クローズドデッキ構造のシリンダブロック160を用いても良い。図19および図20に示すように、各ボア壁B1,B3に対して2つの治具150が取り付けられている。各治具150は、一対の突起151からなる突起部152を有している。前述した治具取り付け工程S110において、スラスト側のウォータジャケット43の開口部161から治具150が収容され、治具150の突起部152がボア壁B1,B3の外周面60に対向する。また、反スラスト側のウォータジャケット43の開口部162から治具150が収容され、治具150の突起部152がボア壁B1,B3の外周面60に対向する。
【0049】
各治具150の材料として、ボア壁B1,B3の材料よりも線膨張係数の大きな材料が用いられる。例えば、ボア壁B1,B3をアルミニウム合金によって形成する場合には、治具150をマグネシウム合金によって形成することが可能である。このように、各治具150の線膨張係数をボア壁B1,B3の線膨張係数よりも大きくすることにより、前述した加熱工程S120において、治具150を膨張させてボア壁B1,B3の内周面45を凸状に変形させることができる。これにより、前述したように溶射皮膜46の引張応力を減少させることができるため、溶射皮膜46の耐久性を高めることができる。
【0050】
本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることはいうまでもない。図示するエンジン12は、車両11に搭載されるエンジンであるが、これに限られることはなく、他の装置等に動力源として用いられるエンジンに対し、本発明の実施形態に係るシリンダブロックの製造方法および治具を適用しても良い。また、図示するエンジン12は、燃料としてガソリンを用いたガソリンエンジンであるが、これに限られることなく、燃料として軽油や水素等を用いたエンジンに対し、本発明の実施形態に係るシリンダブロックの製造方法および治具を適用しても良い。
【0051】
前述の説明では、図3Bおよび図4Bに示すように、ピストン33から衝撃荷重が入力される部位α1を例示し、この部位α1を覆う溶射皮膜46の耐久性を高めているが、これに限られることはない。つまり、ピストン構造によっては、衝撃荷重の入力部位が変化することも考えられるため、突起部54,56の位置を変えて溶射皮膜46の耐久性を高める部位を適宜変更しても良い。また、前述の説明では、シリンダブロック20,21,160の材料としてアルミニウム合金を例示しているが、この材料に限られることはない。また、前述の説明では、治具50の材料として鋼を例示し、治具150の材料としてマグネシウム合金を例示しているが、これらの材料に限られることはない。また、前述の説明では、皮膜46の鉄系材料として鋼を例示しているが、この材料に限られることはない。
【符号の説明】
【0052】
20,21 シリンダブロック
30 ジャーナルボア(クランクジャーナルボア)
34 シリンダボア
43 ウォータジャケット
45 内周面
46 皮膜
50 治具
51 本体
52 内周部
53 第1突起
54 第1突起部(突起部)
55 第2突起
56 第2突起部(突起部)
60 外周面
61 第1外周面
62 第2外周面
80 治具
84 突起部
90 治具
93 突起部
100 治具
103 突起部
110 治具
113 突起部
120 治具
123 突起部
130 治具
134,136,144,146 突起部
150 治具
152 突起部
160 シリンダブロック
B1~B4 ボア壁
C1 中心線
C2 中心線
PL1 仮想平面
図1
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
図5
図6
図7
図8A
図8B
図9A
図9B
図10A
図10B
図11
図12
図13
図14
図15
図16A
図16B
図17A
図17B
図17C
図17D
図18A
図18B
図19
図20