(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024101518
(43)【公開日】2024-07-29
(54)【発明の名称】マイクロ流路チップ及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B81B 1/00 20060101AFI20240722BHJP
G01N 37/00 20060101ALI20240722BHJP
B81C 1/00 20060101ALI20240722BHJP
B29C 65/48 20060101ALI20240722BHJP
【FI】
B81B1/00
G01N37/00 101
B81C1/00
B29C65/48
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023115312
(22)【出願日】2023-07-13
(31)【優先権主張番号】P 2023005038
(32)【優先日】2023-01-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】TOPPANホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105854
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 一
(74)【代理人】
【識別番号】100116012
【弁理士】
【氏名又は名称】宮坂 徹
(72)【発明者】
【氏名】福上 典仁
(72)【発明者】
【氏名】波木井 秀充
(72)【発明者】
【氏名】古田 薫
【テーマコード(参考)】
3C081
4F211
【Fターム(参考)】
3C081AA01
3C081BA23
3C081CA32
3C081CA40
3C081CA44
3C081DA03
3C081DA06
3C081DA10
3C081DA11
3C081DA31
3C081EA27
4F211AA11
4F211AA13
4F211AA16
4F211AA21
4F211AA24
4F211AA28
4F211AA31
4F211AA33
4F211AD03
4F211AD04
4F211AG03
4F211AG06
4F211AH63
4F211AR02
4F211AR06
4F211TA03
4F211TA13
4F211TC14
4F211TD01
4F211TN42
4F211TQ04
(57)【要約】
【課題】流路を画定する樹脂層と蓋材との界面に存在する微小な隙間が少ないマイクロ流路チップを提供する。
【解決手段】マイクロ流路チップは、基板10と、基板10上に設けられて流路3を画定する隔壁層20と、隔壁層20の基板10に接する面とは反対側の面に設けられた蓋材30と、を備える。蓋材30は樹脂材料で構成され、ナノインデンテーション法によって測定された樹脂材料の複合弾性率は1.68MPa以上44.3MPa以下である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
前記基板上に設けられて流路を画定する隔壁層と、
前記隔壁層の前記基板に接する面とは反対側の面に設けられた蓋材と、を備え、
前記蓋材が樹脂材料で構成され、ナノインデンテーション法によって測定された前記樹脂材料の複合弾性率が1.68MPa以上44.3MPa以下であるマイクロ流路チップ。
【請求項2】
基板と、
前記基板上に設けられて流路を画定する隔壁層と、
前記隔壁層の前記基板に接する面とは反対側の面に設けられた蓋材と、を備え、
前記蓋材が樹脂材料で構成され、ナノインデンテーション法によって測定された前記樹脂材料の硬さが0.12MPa以上1.94MPa以下であるマイクロ流路チップ。
【請求項3】
ナノインデンテーション法によって測定された前記樹脂材料の応力緩和度が10%以上19%以下である請求項1に記載のマイクロ流路チップ。
【請求項4】
ナノインデンテーション法によって測定された前記樹脂材料の応力緩和度が10%以上19%以下である請求項2に記載のマイクロ流路チップ。
【請求項5】
前記樹脂材料がポリジメチルシロキサン、シリコーンゴム、ポリウレタン、及びポリ塩化ビニルのうちの少なくとも1種を含有する請求項1~4のいずれか一項に記載のマイクロ流路チップ。
【請求項6】
前記隔壁層は、紫外光領域である190nm以上400nm以下の波長の光に対して感光性を有する感光性樹脂で構成されている請求項1~4のいずれか一項に記載のマイクロ流路チップ。
【請求項7】
基板上に感光性樹脂を塗工する塗工工程と、
塗工した前記感光性樹脂を露光する露光工程と、
露光した前記感光性樹脂を現像及び洗浄し、前記基板上において流路を画定する隔壁層を形成する現像工程と、
前記隔壁層の前記基板に接する面とは反対側の面に蓋材を接合する接合工程と、
を有し、
前記蓋材が樹脂材料で構成され、ナノインデンテーション法によって測定された前記樹脂材料の複合弾性率が1.68MPa以上44.3MPa以下であるマイクロ流路チップの製造方法。
【請求項8】
基板上に感光性樹脂を塗工する塗工工程と、
塗工した前記感光性樹脂を露光する露光工程と、
露光した前記感光性樹脂を現像及び洗浄し、前記基板上において流路を画定する隔壁層を形成する現像工程と、
前記隔壁層の前記基板に接する面とは反対側の面に蓋材を接合する接合工程と、
を有し、
前記蓋材が樹脂材料で構成され、ナノインデンテーション法によって測定された前記樹脂材料の硬さが0.12MPa以上1.94MPa以下であるマイクロ流路チップの製造方法。
【請求項9】
ナノインデンテーション法によって測定された前記樹脂材料の応力緩和度が10%以上19%以下である請求項7に記載のマイクロ流路チップの製造方法。
【請求項10】
ナノインデンテーション法によって測定された前記樹脂材料の応力緩和度が10%以上19%以下である請求項8に記載のマイクロ流路チップの製造方法。
【請求項11】
前記露光工程は、紫外光領域である190nm以上400nm以下の波長の光によって前記感光性樹脂を露光する工程である請求項7~10のいずれか一項に記載のマイクロ流路チップの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はマイクロ流路チップ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、リソプロセスや厚膜プロセス技術を応用して微細な反応場を形成し、数μLから数nL単位のサンプルでの検査を可能とする技術が提案されている。このような微細な反応場を利用した技術をμ-TAS(Micro Total Analysis System)という。μ-TASは、遺伝子検査、染色体検査、細胞検査、医薬品開発などの領域や、バイオ技術、環境中の微量な物質検査、農作物等の飼育環境の調査、農作物の遺伝子検査などに応用される。μ-TAS技術の導入により、自動化、高速化、高精度化、低コスト、迅速性、環境インパクトの低減など、大きな効果を得られる。
μ-TASでは、多くの場合、基板上に形成されたマイクロメートルサイズの流路(マイクロ流路、マイクロチャンネル)が利用され、このような基板は、チップ、マイクロチップ、マイクロ流路チップ、マイクロ流体チップ、マイクロ流体デバイス、マイクロ流路デバイスなどと呼ばれる。
【0003】
従来、こうしたマイクロ流路チップは、射出成形、モールド成形、切削加工、エッチングなどの技術を用いて作製されていた。また、マイクロ流路チップの基板としては、製造が容易であり、光学的な検出も可能であることから、主にガラス基板が用いられている。一方で、軽量でありながらガラス基板に比べて破損しにくく且つ安価な樹脂材料を用いたマイクロ流路チップの開発も進められている。樹脂材料を用いたマイクロ流路チップの製造方法としては、流路パターンを有する樹脂製基板を主にフォトリソグラフィーによって成形し、それに蓋材を接合してマイクロ流路チップを作製する方法がある。この方法によれば、従来技術では困難な側面もあった微細な流路パターンの形成も可能である。
【0004】
また、マイクロ流路チップの基板と蓋材を貼り合わせる方法としては、数μmから数十μmの厚さの接着剤(粘着剤、シール剤、両面テープ、粘着テープなどを含む)によって接着する方法が比較的一般的である(例えば特許文献1を参照)。ただし、接着剤を用いて貼り合わせた場合は、マイクロ流路チップの用途によっては、接着剤の成分の溶出や検査における視認性が問題となることもある。そのため、接着剤を用いることなく、熱プレス機や超音波溶着機などを用いた圧着(例えば特許文献2を参照)や、大気圧又はその近傍の圧力下においてプロセスガスをプラズマ化し、基板と蓋材の表面を改質して接合する方法も提案されている(例えば特許文献3を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003-60127号公報
【特許文献2】特開2002-139419号公報
【特許文献3】特開2011-104886号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
マイクロ流路チップを製造するに際して、流路パターンを形成した樹脂層を有する基板と蓋材とを、接着剤を用いずに貼り合わせると、樹脂層と蓋材との界面に微小な隙間が形成される不具合が生じる場合がある。微小な隙間が形成される原因は、樹脂層の表面に存在するnmオーダーからμmオーダーの凹凸であると考えられる。すなわち、樹脂層の表面には、表面粗さの元となる微小な凹凸や、僅かな突起が存在するので、接着剤を用いずに蓋材を貼り合わせると、樹脂層と蓋材との界面に上記凹凸や上記突起に起因する微小な隙間が生じることとなる。この微小な隙間の大きさは、流路の製造方法や樹脂層を構成する材料の種類に依存するものの、当然ながら完全にゼロにすることはできない。
【0007】
樹脂層と蓋材との界面に微小な隙間が存在すると、そこから液漏れが生じたり、微小な隙間が気泡溜まりとなったり、微小な隙間によって流体(多くの場合は何らかの検体)の滞留や乱流が生じたり、安定した流速や内圧が得られなくなったりする。そのため、マイクロ流路チップとしての機能や性能が低下してしまうおそれがある。
また、流路の設計にもよるが、隙間が存在する領域が大きい場合は、隣接する流路と隙間が繋がってしまうため、流体(検体)コンタミが生じるおそれがあり、最悪の場合は、隙間を起点として隙間が存在する領域がさらに広がり、流体(検体)がマイクロ流路チップから外部に漏れ出してしまうことになる。マイクロ流路チップで取り扱われる流体の多くは、菌、ウィルス、病原体を有する体液(血液など)、又は、それらへの効果を検査するための抗菌薬などであるため、バイオセーフティの観点からも、流体のチップ外部への漏出は大きな問題である。
【0008】
このような微小な隙間がマイクロ流路チップに存在した場合は、マイクロ流路チップの製造時の検査において不良品と判定されるので、製造歩留まりを著しく低下させる要因となる。また、仮に検査で検出できなかった場合には、上述したような不良品となってしまうおそれがある。
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、流路を画定する樹脂層と蓋材との界面に存在する微小な隙間が少ないマイクロ流路チップ及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様に係るマイクロ流路チップは、基板と、基板上に設けられて流路を画定する隔壁層と、隔壁層の基板に接する面とは反対側の面に設けられた蓋材と、を備え、蓋材が樹脂材料で構成され、ナノインデンテーション法によって測定された樹脂材料の複合弾性率が1.68MPa以上44.3MPa以下であることを要旨とする。
【0010】
本発明の別の態様に係るマイクロ流路チップは、基板と、基板上に設けられて流路を画定する隔壁層と、隔壁層の基板に接する面とは反対側の面に設けられた蓋材と、を備え、蓋材が樹脂材料で構成され、ナノインデンテーション法によって測定された樹脂材料の硬さが0.12MPa以上1.94MPa以下であることを要旨とする。
【0011】
本発明のさらに別の態様に係るマイクロ流路チップの製造方法は、基板上に感光性樹脂を塗工する塗工工程と、塗工した感光性樹脂を露光する露光工程と、露光した感光性樹脂を現像及び洗浄し、基板上において流路を画定する隔壁層を形成する現像工程と、隔壁層の基板に接する面とは反対側の面に蓋材を接合する接合工程と、を有し、蓋材が樹脂材料で構成され、ナノインデンテーション法によって測定された樹脂材料の複合弾性率が1.68MPa以上44.3MPa以下であることを要旨とする。
【0012】
本発明のさらに別の態様に係るマイクロ流路チップの製造方法は、基板上に感光性樹脂を塗工する塗工工程と、塗工した感光性樹脂を露光する露光工程と、露光した感光性樹脂を現像及び洗浄し、基板上において流路を画定する隔壁層を形成する現像工程と、隔壁層の基板に接する面とは反対側の面に蓋材を接合する接合工程と、を有し、蓋材が樹脂材料で構成され、ナノインデンテーション法によって測定された樹脂材料の硬さが0.12MPa以上1.94MPa以下であることを要旨とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、流路を画定する樹脂層と蓋材との界面に存在する微小な隙間が少ないマイクロ流路チップを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】第一及び第二の実施形態に係るマイクロ流路チップの構造を説明する平面図である。
【
図2】第一及び第二の実施形態に係るマイクロ流路チップの構造を説明する断面図である。
【
図3】第一及び第二の実施形態に係るマイクロ流路チップの構造を説明する部分拡大断面図である。
【
図4】第一及び第二の実施形態に係るマイクロ流路チップの製造方法を説明する図である。
【
図5】従来のマイクロ流路チップの構造を説明する部分拡大断面図である。
【
図6】応力緩和度の算出に使用する荷重変位曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の一実施形態について説明する。なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。また、本実施形態には種々の変更又は改良を加えることが可能であり、その様な変更又は改良を加えた形態も本発明に含まれ得る。
【0016】
本発明者らは、鋭意検討の結果、流路を画定する樹脂層(以下、「隔壁層」と記すこともある)と蓋材とを接着剤を用いずに貼り合わせた際に、nmオーダーからμmオーダーの凹凸を表面に有する樹脂層と蓋材との界面に微小な隙間が生じにくくするためには、蓋材を構成する樹脂材料の複合弾性率又は硬さが重要であることを見出した。
【0017】
蓋材を構成する樹脂材料の複合弾性率や硬さが大きすぎると、樹脂層と蓋材とを接着剤を用いずに貼り合わせた際に、蓋材の表面の変形が樹脂層の表面の凹凸形状に十分に追従することができず、微小な隙間が生じやすい。一方、蓋材を構成する樹脂材料の複合弾性率や硬さが小さすぎると、樹脂層と蓋材とを接着剤を用いずに貼り合わせた際に、蓋材が過度に変形してしまい、流路の容積が設計仕様よりも小さくなったり、流路が閉塞状態になったりするおそれがある。蓋材を構成する樹脂材料の複合弾性率や硬さが適度であれば(すなわち、下記の条件を満たせば)、樹脂層と蓋材とを接着剤を用いずに貼り合わせた際に、蓋材の表面が、樹脂層の表面の凹凸形状に追従して弾性変形又は塑性変形するので、樹脂層と蓋材との界面に微小な隙間が生じにくい。さらに、蓋材と樹脂層とが強固に密着する。
【0018】
すなわち、本発明に係るマイクロ流路チップの第一の実施形態は、基板と、基板上に設けられて流路を画定する隔壁層と、隔壁層の基板に接する面とは反対側の面に設けられた蓋材と、を備えるマイクロ流路チップであって、蓋材が樹脂材料で構成され、ナノインデンテーション法によって測定された樹脂材料の複合弾性率が1.68MPa以上44.3MPa以下である。
【0019】
また、本発明に係るマイクロ流路チップの第二の実施形態は、基板と、基板上に設けられて流路を画定する隔壁層と、隔壁層の基板に接する面とは反対側の面に設けられた蓋材と、を備えるマイクロ流路チップであって、蓋材が樹脂材料で構成され、ナノインデンテーション法によって測定された樹脂材料の硬さが0.12MPa以上1.94MPa以下である。
【0020】
さらに、本発明に係るマイクロ流路チップの製造方法の第一の実施形態は、基板上に感光性樹脂を塗工する塗工工程と、塗工した感光性樹脂を露光する露光工程と、露光した感光性樹脂を現像及び洗浄し、基板上において流路を画定する隔壁層を形成する現像工程と、隔壁層の基板に接する面とは反対側の面に蓋材を接合する接合工程と、を有するマイクロ流路チップの製造方法であって、蓋材が樹脂材料で構成され、ナノインデンテーション法によって測定された樹脂材料の複合弾性率が1.68MPa以上44.3MPa以下である。
【0021】
さらに、本発明に係るマイクロ流路チップの製造方法の第二の実施形態は、基板上に感光性樹脂を塗工する塗工工程と、塗工した感光性樹脂を露光する露光工程と、露光した感光性樹脂を現像及び洗浄し、基板上において流路を画定する隔壁層を形成する現像工程と、隔壁層の基板に接する面とは反対側の面に蓋材を接合する接合工程と、を有するマイクロ流路チップの製造方法であって、蓋材が樹脂材料で構成され、ナノインデンテーション法によって測定された樹脂材料の硬さが0.12MPa以上1.94MPa以下である。
【0022】
なお、蓋材を構成する樹脂材料は、ナノインデンテーション法によって測定された複合弾性率及び硬さのうち一方のみが上記条件を満たしていればよいが、両方が上記条件を満たしていてもよい。
また、隔壁層は樹脂製であるが、樹脂以外の材料で隔壁層が構成されている場合でも、本発明を適用可能である。例えば、隔壁層がガラス、金属、セラミックで構成されている場合でも、本発明を適用可能である。
【0023】
以下に、第一及び第二の実施形態に係るマイクロ流路チップ、並びに、第一及び第二の実施形態に係るマイクロ流路チップの製造方法について、さらに詳細に説明する。第一及び第二の実施形態に係るマイクロ流路チップは、蓋材を構成する樹脂材料の物性(複合弾性率、硬さ)が異なるのみで、その他は同一であるから、第一及び第二の実施形態に係るマイクロ流路チップをまとめて説明する。第一及び第二の実施形態に係るマイクロ流路チップの製造方法についても、同様である。
なお、以下の説明においては、マイクロ流路チップの基板側を「下」、マイクロ流路チップの基板側とは反対側(すなわち蓋材側)を「上」と記すことがある。
【0024】
(1)マイクロ流路チップの構成
本実施形態に係るマイクロ流路チップは、
図1の平面図及び
図2のA-A断面図に示すように、基板10と、基板10上に設けられた隔壁層20と、隔壁層20の基板10に接する面とは反対側の面に設けられた蓋材30と、を備えている。また、本実施形態に係るマイクロ流路チップは、流体(例えば液体)を導入するための入力部1と、入力部1から導入された流体が流れる流路3と、流路3から流体や流路3の内部に存在する空気を排出するための出力部2と、を備えている。
【0025】
流路3は、基板10と隔壁層20と蓋材30に囲まれた領域であり、隔壁層20によってパターンが画定されている。入力部1及び出力部2は、蓋材30に設けられた貫通孔であり、流路3の一端に入力部1が、他端に出力部2がそれぞれ連結されている。蓋材30は、流路3内が視認可能となるように透明性を有していてもよいし、不透明であってもよい。
【0026】
本実施形態に係るマイクロ流路チップにおいては、入力部1及び出力部2は、それぞれ少なくとも1つ設けられていればよく、それぞれ複数設けられていてもよい。また、本実施形態に係るマイクロ流路チップにおいては、流路3は、1つ設けられていてもよいし、複数設けられてもよい。さらに、流路3は、入力部1から導入された流体の合流や分岐が可能なパターンを有していてもよい。
【0027】
(2)基板
基板10は、透光性材料又は非透光性材料によって形成することができる。例えば、流路3内の状態(流体の状態)を光によって検出、観察する場合は、該光に対して透明性に優れる材料を用いるとよい。透光性材料としては、樹脂、ガラス等が挙げられる。透光性材料である樹脂としては、アクリル樹脂、メタクリル樹脂、ポリプロピレン、ポリカーボネート、シクロオレフィン樹脂、ポリスチレン、ポリエステル、ウレタン樹脂、シリコーン樹脂、フッ素樹脂等が挙げられる。
【0028】
流路3内の状態(流体の状態)を光によって検出、観察する必要がない場合は、非透光性材料を用いてもよい。非透光性材料としては、シリコンウエハ、銅板等が挙げられる。基板10の厚さは特に限定されるものではないが、マイクロ流路チップを製造する際にある程度の剛性は必要となることから、10μm(0.01mm)以上10mm以下の範囲内が好ましい。
【0029】
(3)隔壁層
隔壁層20は、例えば、感光性樹脂等の樹脂で構成することができる。感光性樹脂の例としては、紫外光領域である190nm以上400nm以下の波長の光に対して感光性を有する樹脂が挙げられる。このような感光性樹脂としては、液体レジスト又はドライフィルムレジスト等のフォトレジストが挙げられる。フォトレジストは、感光領域が溶解するポジ型、感光領域が不溶化するネガ型のいずれであっても使用可能である。
隔壁層20の形成に適する感光性の樹脂組成物の例としては、アルカリ可溶性高分子と付加重合性モノマーと光重合開始剤とを含有するラジカルネガ型の感光性樹脂組成物を挙げることができる。
【0030】
感光性樹脂の基本構造(骨格)は、感光性を有するならば特に限定されるものではなく、例えば、アクリル系樹脂、アクリルウレタン系樹脂(ウレタンアクリレート系樹脂)、エポキシ系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリイミド系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリエーテル系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリスチレン系樹脂、ノルボルネン系樹脂、フェノールノボラック系樹脂が挙げられる。これらは、1種を単独で用いてもよいし、複数種を混合又は共重合して用いてもよい。
【0031】
なお、本実施形態においては、隔壁層20を構成する樹脂は感光性樹脂に限定されるものではなく、例えば合成樹脂を用いてもよい。合成樹脂としては、例えば、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)、ポリカーボネート(PC)、ポリスチレン(PS)、ポリプロピレン(PP)、シクロオレフィンポリマー(COP)、シクロオレフィンコポリマー(COC)などを用いることができる。
【0032】
また、隔壁層20の厚さ、すなわち流路3の高さは特に限定されないが、流路3に導入される流体に含有される解析・検査対象の物質(例えば、薬剤、菌、細胞、赤血球、白血球等)よりも流路3の高さを大きくする必要がある。このため、隔壁層20の厚さ、すなわち流路3の高さは、5μm以上100μm以下であることが好ましい。
また同様に、解析・検査対象の物質よりも流路3の幅を大きくする必要があるので、隔壁層20によって画定される流路3の幅は、5μm以上1000μm以下であることが好ましく、5μm以上100μm以下であることがより好ましい。
【0033】
さらに、本発明の効果が十分に奏されるためには、隔壁層20は、蓋材30を構成する樹脂材料の硬さ以上の硬さを有することが好ましいので、隔壁層20を構成する樹脂は以下の物性を有することが好ましい。すなわち、ナノインデンテーション法によって測定された複合弾性率が500MPa以上であるか、ナノインデンテーション法によって測定された硬さが25MPa以上であることが好ましい。
さらに、蓋材30と接する隔壁層20の表面が平滑であるほど、微小な隙間が生じにくいので、蓋材30と接する隔壁層20の表面に存在する突起の高さは、小さいことが好ましく、例えば10μm以下であることが好ましい。
【0034】
(4)蓋材
本実施形態に係るマイクロ流路チップにおいて、蓋材30は、
図2に示すように流路3を覆っている。また、蓋材30は、隔壁層20の基板10に接する面とは反対側の面に設けられており、隔壁層20を挟んで基板10と対向している。より具体的には、
図2に示すように、断面視において蓋材30は側端部が隔壁層20に支持され、中央領域が基板10と対向しており、該中央領域が流路3の上部を画定している。
【0035】
蓋材30の厚さは特に限定されるものではないが、蓋材30に対して入力部1及び出力部2に該当する貫通孔を設けることを鑑みると、10μm(0.01mm)以上10mm以下の範囲内が好ましく、50μm以上2mm以下の範囲内がより好ましい。なお、蓋材30には、隔壁層20との接合の前に、流体の入力部1、出力部2のそれぞれに相当する貫通孔を予め形成しておくことが望ましい。これにより、隔壁層20との接合後に貫通孔を形成する場合よりも、ゴミやコンタミネーションの問題が生じることを抑制することができる。
【0036】
蓋材30は、透光性材料又は非透光性材料によって形成することができる。例えば、流路3内の状態(流体の状態)を光によって検出、観察する場合は、該光に対して透明性に優れる樹脂材料を用いるとよい。流路3内の状態(流体の状態)を光によって検出、観察する必要がない場合は、非透光性材料を用いてもよい。
【0037】
蓋材30を構成する樹脂材料は、以下の物性を有する必要がある。すなわち、ナノインデンテーション法によって測定された前記樹脂材料の複合弾性率が1.68MPa以上44.3MPa以下であるか、ナノインデンテーション法によって測定された前記樹脂材料の硬さが0.12MPa以上1.94MPa以下である必要がある。前記樹脂材料は、複合弾性率及び硬さのうち一方の物性の条件を満たしていればよいが、両方の物性を満たしていてもよい。
【0038】
蓋材30を構成する樹脂材料が上記の物性を有していれば、隔壁層20と蓋材30を貼り合わせた際に、蓋材30の表面が、隔壁層20の表面の凹凸形状に追従して弾性変形又は塑性変形するので、隔壁層20と蓋材30との界面に微小な隙間が生じにくい。よって、接着剤を用いなくても、隔壁層20と蓋材30を強固に接合することができる。また、蓋材30が変形しすぎることがないので、変形した蓋材30によって流路3の容積が設計仕様よりも小さくなったり、流路3が閉塞状態になったりすることが生じにくい。
【0039】
図3及び
図5を参照しながら説明する。なお、
図3は
図2の部分拡大断面図である。従来のマイクロ流路チップにおいては、隔壁層120の表面に突起141が存在すると、蓋材130の表面の変形が隔壁層120の表面の突起141に十分に追従することができず、隔壁層120と蓋材130との界面に微小な隙間143が生じやすい(
図5を参照)。なお、
図5における符号110は基板であり、符号103は流路である。
【0040】
これに対して、本実施形態に係るマイクロ流路チップにおいては、蓋材30を構成する樹脂材料が上記の条件を満たしているため、蓋材30の表面の変形が隔壁層20の表面の突起41に十分に追従することができるので、隔壁層20と蓋材30との界面に微小な隙間は生じにくい(
図3を参照)。
【0041】
蓋材30を構成する樹脂材料の例としては、シリコーンゴム(例えばポリジメチルシロキサン(PDMS))や合成樹脂が挙げられる。合成樹脂の例としては、アクリル樹脂、メタクリル樹脂(例えばポリメタクリル酸メチル(PMMA))、ポリプロピレン(PP)、ポリカーボネート(PC)、ポリスチレン(PS)、シクロオレフィンポリマー(COP)、シクロオレフィンコポリマー(COC)、ポリエステル(例えばポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリウレタン、ポリ塩化ビニル、シリコーン樹脂、フッ素樹脂等が挙げられる。
【0042】
蓋材30を構成する樹脂材料の複合弾性率と硬さは、ナノインデンテーション法によって25℃において測定された複合弾性率と硬さである。ナノインデンテーション法によって測定された複合弾性率は、材料の弾性変形の成分の硬さを表す物性値である。また、ナノインデンテーション法によって測定された硬さは、材料の弾性変形と塑性変形の両成分を含んだ硬さを表す物性値である。具体的な測定方法は、国際標準化機構(ISO)による国際規格ISO14577に記載されたとおりであるので、説明は省略する。
【0043】
なお、本発明に係るマイクロ流路チップの第一及び第二の実施形態、並びに、本発明に係るマイクロ流路チップの製造方法の第一及び第二の実施形態においては、蓋材30を構成する樹脂材料は、ナノインデンテーション法によって測定された複合弾性率及び硬さのうち一方又は両方が上記条件を満たした上で、ナノインデンテーション法によって測定された応力緩和度が、以下の条件を満たすことが好ましい。すなわち、ナノインデンテーション法によって測定された樹脂材料の応力緩和度が、10%以上19%以下であることが好ましい。応力緩和度とは、一定の歪に対して、応力が変化する度合いを示したパラメータである。
【0044】
蓋材30を構成する樹脂材料の応力緩和度が上記の条件を満たしていれば、隔壁層20と蓋材30を熱プレス機等によって接合する際に、湾曲等の変形が蓋材30に生じにくい。そのため、熱プレス機の荷重が除去された後でも、蓋材30の隔壁層20への応力が弱くなりにくいので、蓋材30の局所的な浮きが生じにくい。また、流路3の部分における基板10と蓋材30の間の距離を、設計値に近い値(例えば、設計値の95%以上105%以下)にすることが容易となる。その結果、流路3の高さや容積が設計値に近いマイクロ流路チップを製造することが容易となる。
【0045】
樹脂材料の応力緩和度は、ナノインデンテーション法によって25℃において測定されたものである。樹脂材料の応力緩和度の測定方法について、詳細に説明する。国際規格ISO14577に記載されたナノインデンテーション法によって樹脂材料製の試験片を分析して、試験片に負荷した荷重と押込み深さ(変位)との関係を示す荷重変位曲線を得る(
図6を参照)。そして、得られた荷重変位曲線において求めた負荷曲線の最大荷重(Fmax)と除荷曲線の最大荷重(Pmax)を、下記の数式に代入することによって、応力緩和度を算出する。
応力緩和度=(Fmax-Pmax)/Fmax × 100(%)
【0046】
(5)中間層
本実施形態に係るマイクロ流路チップは、基板10と隔壁層20との間に中間層を備えていてもよい。すなわち、
図1、2のマイクロ流路チップは、基板10と、基板10上に配された図示しない中間層と、中間層上に配された隔壁層20と、隔壁層20上に配された蓋材30と、を備えていてもよい。
【0047】
中間層としては、基板10と隔壁層20との密着性を向上させる密着層や、マイクロ流路チップに遮光性を付与する遮光層が挙げられる。基板10としてガラスを用いる場合などは、基板10と隔壁層20との間に密着層を設けるとよい。
密着層の例としては、基板10の表面に疎水化表面処理(HMDS処理)を施すことによって形成された疎水化表面処理層や、基板10の表面に被覆された樹脂薄膜等が挙げられる。
【0048】
本実施形態に係るマイクロ流路チップが密着層を有する場合は、流路3を流れる流体(例えば液体)は、基板10ではなく密着層に接することになる。そのため、密着層は、流路3に導入される流体への耐性を有することが好ましい。基板10上に密着層を設けることによって、感光性樹脂により形成される流路のパターンの解像性の向上が図られる場合がある。
【0049】
(6)マイクロ流路チップの製造方法
本実施形態に係るマイクロ流路チップの製造方法について、
図4を参照しながら説明する。ここでは、隔壁層20を感光性樹脂で形成する場合を例に説明する。なお、
図4中の各図は、流路3が延びる方向に平行で且つ基板10の表面に直行する平面で基板10等を切断した場合の断面図である。
【0050】
本実施形態に係るマイクロ流路チップの製造方法は、基板10上に感光性樹脂を塗工する塗工工程と、塗工した感光性樹脂を露光する露光工程と、露光した感光性樹脂を現像及び洗浄し、基板10上において流路3を画定する隔壁層20を形成する現像工程と、隔壁層20の基板10に接する面とは反対側の面に蓋材30を接合する接合工程と、を有する。
【0051】
<塗工工程>
まず、塗工工程を実施する。塗工工程により、基板10上に隔壁層20を形成するための感光性樹脂層51が、基板10上に形成される。
基板10上に感光性樹脂を塗工する方法は特に限定されるものではないが、例えば、スピンコーティング、スプレーコーティング、バーコーティング等が挙げられる。これらの方法の中でも、膜厚の制御性の観点からスピンコーティングが好ましい。
【0052】
基板10上には、例えば、液状、固体状、ゲル状、フィルム状など種々の形態の感光性樹脂を塗工することができる。これらの中でも、液体レジストによって感光性樹脂層51を形成することが好ましい。
感光性樹脂層51の厚さは特に限定されるものではないが、完成した隔壁層20の厚さが目的の数値となるように、感光性樹脂層51の厚さを設定して感光性樹脂の塗工を行うとよい。
なお、感光性樹脂が溶剤を含有している場合には、加熱処理、減圧処理等の方法によって感光性樹脂層51から溶剤を除去してもよい。
【0053】
<露光工程>
塗工工程に続いて露光工程を実施する。すなわち、基板10上の感光性樹脂層51に、露光によって流路3のパターンを描画する。露光に用いる光の種類は特に限定されるものではなく、紫外線やレーザーを用いることができる。すなわち、露光は、例えば、紫外線を照射する露光装置やレーザー描画装置により行うことができる。
【0054】
これらの中でも、紫外線を照射するプロキシミティ露光装置やコンタクト露光装置を用いた露光が好ましい。プロキシミティ露光装置の場合は、マイクロ流路チップにおける流路のパターンを有するフォトマスクを介して露光が行われる。このフォトマスクとしては、例えば、クロム及び酸化クロムの二層構造を有する膜を遮光膜とするフォトマスクを使用すればよい。
【0055】
感光性樹脂として、紫外光領域である190nm以上400nm以下の波長の光に対して感光性を有する感光性樹脂が用いられた場合には、露光には、紫外光領域である190nm以上400nm以下の波長の光を用いて、感光性樹脂を190nm以上400nm以下の波長の光に感光させる。
【0056】
基板10上に塗工された感光性樹脂がポジ型レジストの場合は、露光領域が溶解して流路3となり、未露光領域に残存する感光性樹脂が隔壁層20となる。また、基板10上に塗工された感光性樹脂がネガ型レジストの場合は、露光領域に残存する感光性樹脂が隔壁層20となり、未露光領域が溶解して流路3となる。
図4は、感光性樹脂がネガ型レジストの場合の例であり、符号52が露光領域であり、符号53が未露光領域である。
【0057】
このように、本実施形態に係るマイクロ流路チップの製造方法では、フォトリソグラフィーを用いて、流路3を画定する隔壁層20を基板10上に形成することができる。
なお、基板10上における隔壁層20の形成に化学増幅型レジストなどを用いる場合には、露光により発生した酸の触媒反応を促すために、露光後にさらに加熱処理(ポストエクスポージャーベーク:PEB)を行うとよい。
【0058】
<現像工程>
次に、露光した感光性樹脂に対して現像を行い、流路3のパターンを形成する。現像は、例えば、スプレー形式、ディップ形式、パドル形式などの現像装置にて、感光性樹脂と現像液とを反応させることにより行われる。
【0059】
現像液としては、例えば、炭酸ナトリウム水溶液、水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、有機溶剤を用いることができる。現像液は、感光性樹脂の特性に適したものを適宜選択すればよく、上記のものに限定されるものではない。また、現像液の濃度や現像処理時間は、感光性樹脂の特性に合わせて適した条件に調整すればよい。
【0060】
現像の後に洗浄を行って、現像処理に用いた現像液を基板10上の感光性樹脂層51から除去する。洗浄方法は特に限定されるものではないが、例えば、スプレー形式、シャワー形式、浸漬形式などの洗浄装置によって行うことができる。洗浄液としては、例えば、純水、イソプロピルアルコールなどを用いることができるが、現像処理に用いた現像液を除去するために適した洗浄液を適宜選択すればよい。洗浄後は、スピンドライヤ、IPAベーパドライヤ、自然乾燥などにより乾燥を行ってもよい。
【0061】
<表面改質工程>
現像工程が終了したら、接合工程を行う前に、隔壁層20の表面及び蓋材30の表面の一方又は両方を改質する表面改質処理を行ってもよい。表面改質処理の例としては、プラズマ処理、UV(紫外線)処理、コロナ放電処理、エキシマレーザー処理が挙げられる。表面改質処理によって、隔壁層20の表面及び蓋材30の表面の一方又は両方にヒドロキシ基(-OH)等の官能基を付与すれば、後の接合工程による隔壁層20と蓋材30の接合の強度を高めることができる。
【0062】
<接合工程>
次に、隔壁層20の基板10に接する面とは反対側の面に蓋材30を接合する。蓋材30の接合により、流路3が蓋材30に覆われて、
図1、
図2に示すマイクロ流路チップが得られる。
【0063】
隔壁層20と蓋材30を接合する方法は特に限定されるものではなく、接着剤を用いて接合してもよいが、蓋材30を構成する樹脂材料の物性が本発明の要件を満たしていれば、接着剤を用いずに接合することができる。すなわち、蓋材30を構成する樹脂材料が上記の物性を有していれば、蓋材30の表面が柔軟であるため、隔壁層20と蓋材30と貼り合わせた際に、蓋材30の表面が、隔壁層20の表面の凹凸形状に追従して弾性変形又は塑性変形する。そのため、隔壁層20と蓋材30とが強固に密着するとともに、隔壁層20と蓋材30との界面に微小な隙間が生じにくい。
【0064】
隔壁層20と蓋材30を接合する際の温度条件は特に限定されるものではなく、常温下で接合を行ってもよいし、常温よりも高い温度下で接合を行ってもよい。温度条件は、蓋材30を構成する樹脂材料の上記物性や下記の加圧力条件に応じて適宜設定すればよい。温度条件は、例えば、常温以上で且つ樹脂材料の耐熱温度を超えない温度であることが好ましく、40℃以上200℃以下であることがより好ましく、60℃以上100℃以下であることがさらに好ましい。なお、本発明においては、常温とは20℃を意味する。
【0065】
また、隔壁層20と蓋材30を接合する際の加圧力条件は特に限定されるものではなく、隔壁層20及び蓋材30に圧力を付与することなく接合を行ってもよいし、隔壁層20及び蓋材30の一方又は両方に圧力を付与しつつ接合を行ってもよい。加圧力条件は、蓋材30を構成する樹脂材料の上記物性や上記の温度条件に応じて適宜設定すればよい。加圧力条件は、例えば、0.001MPa以上1MPa以下であることが好ましく、0.001MPa以上0.01MPa以下であることがより好ましい。蓋材30を構成する樹脂材料の上記物性や上記の温度条件によっては、圧力を全く加えなくても自重で変形が生じるので、圧力を全く加えることなく接合を行うことも可能である。
【0066】
なお、蓋材30を構成する樹脂材料がポリジメチルシロキサンである場合は、温度条件は100℃以上200℃以下であることが好ましく、加圧力条件は0.001MPa以上0.01MPa以下であることが好ましい。
樹脂材料がシリコーンゴムである場合は、温度条件は100℃以上200℃以下であることが好ましく、加圧力条件は0.001MPa以上0.01MPa以下であることが好ましい。
【0067】
樹脂材料がポリウレタンである場合は、温度条件は60℃以上100℃以下であることが好ましく、加圧力条件は0.005MPa以上0.05MPa以下であることが好ましい。
樹脂材料がポリ塩化ビニルである場合は、温度条件は20℃以上60℃以下であることが好ましく、加圧力条件は0.005MPa以上0.05MPa以下であることが好ましい。
樹脂材料がポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、ポリメタクリル酸メチル、又はシクロオレフィンポリマーである場合は、温度条件は40℃以上90℃以下であることが好ましく、加圧力条件は0.01MPa以上1MPa以下であることが好ましい。
【0068】
隔壁層20と蓋材30を接合する具体的方法としては、例えば熱プレス機や熱ロール機を用いた熱圧着が挙げられる。また、接着剤を用いて隔壁層20と蓋材30を接合してもよい。用いる接着剤の種類は、隔壁層20と蓋材30を構成する材料との親和性などに基づいて決定することができる。例えば、アクリル樹脂系接着剤、ウレタン樹脂系接着剤、エポキシ樹脂系接着剤等を用いることができる。
【実施例0069】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
以下に説明する手順に従って、実施例1~12及び比較例1~11のマイクロ流路チップを製造した。
【0070】
<隔壁層の形成>
まず、一辺10cmの正方形状のガラス基板上へ透明な感光性樹脂を塗工して、感光性樹脂層を形成した。感光性樹脂としては、エポキシ系樹脂を骨格としたネガ型の感光性樹脂(日本化薬株式会社製の型番KMPR1035)を使用した。感光性樹脂は、スピンコーターを用いてガラス基板上に塗工した。回転速度と塗工時間は、感光性樹脂層の膜厚が50μmになるように調整し、回転速度1700rpm、塗工時間30秒とした。
【0071】
次に、感光性樹脂層内に含有されている溶剤を除去する目的で、ホットプレートを用いて加熱処理(プリベーク)を行った。プリベークは、温度90℃で20分間実施した。
次に、ガラス基板上の感光性樹脂層を露光して、流路のパターンを描画した。具体的には、マイクロ流路のパターン配列を有するフォトマスクを介して、感光性樹脂層へパターン露光した。フォトマスクは、クロム及び酸化クロムの二層構造を有する膜を遮光膜とするフォトマスクを使用した。露光には、プロキシミティ露光装置を用いた。露光装置は高圧水銀灯を光源とし、露光波長はg線、h線、i線を含むブロードバンドとした。流路パターン形成のための露光量は500mJ/cm2とした。
【0072】
次に、露光した感光性樹脂層に対して、ホットプレートによる加熱処理(ポストエクスポージャーベーク:PEB)を100℃で240秒間行い、続いて現像を行って、流路のパターンを形成した。現像の条件は、アルカリ現像液(水酸化テトラメチルアンモニウムを2.38質量%含有する水溶液)を用いて感光性樹脂層を360秒間現像することにより、未露光部分を溶解し、流路構造をパターニングするというものである。
続いて、超純水によるシャワーリンスを行い、基板上の感光性樹脂層から現像液を除去し、スピンドライヤにて乾燥を行って隔壁層を形成した。
以上の工程にて作製した隔壁層の流路の開口部の線幅は、薬剤耐性菌検査チップなどのマイクロ流路で一般的な100μmとした。
【0073】
<隔壁層の流路のパターンの観察>
作製した隔壁層を顕微鏡及び白色干渉計によって観察、計測したところ、流路の開口幅は、ほぼ設計通り100±2μmとなっていた。ただし、隔壁層のうち流路を画定するエッジ部(流路の内壁を構成する部分)には小さな突起(盛り上がり)が形成されており(
図3を参照)、エッジ部はエッジ部以外の平坦部と比較して、高さ(厚さ)が5μm大きいことが判明した。
【0074】
これは、フォトリソグラフィーでは一般的に見られる現象である。特にネガ型の感光性樹脂では、露光やベークでの架橋による硬化収縮が大きいため、レジストの内部に強い引っ張り応力が発生する。感光性樹脂の平坦部では、横方向には力がつり合っているため、縦方向のみの体積収縮が見られるが、エッジ部では片側が開放されるため、縦方向の体積収縮だけでなく、横方向へ(開口部とは反対方向へ)の体積収縮も発生する。これにより、隔壁層のエッジ部のレジストは平坦部のレジストよりも高密度になり、上記のような突起が発生すると考えられる。
【0075】
<断裁>
隔壁層を形成したガラス基板を裁断し、顕微鏡での観察に適したサイズとした。そのサイズは、縦25mm、横75mmである。そして、純水のシャワーにより洗浄し、エアブローにより乾燥した。
【0076】
<蓋材の準備>
シリコーンゴム、ポリウレタン、ポリ塩化ビニル、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート(PC)、又はシクロオレフィンポリマー(COP)で構成された厚さ1.5mmのフィルムをそれぞれ用意した。そして、これらのフィルムを縦25mm、横75mmのサイズに裁断して、蓋材を作製した。さらに、蓋材に打ち抜き加工又は切削加工を行って、入力部及び出力部に相当する直径1mmの貫通孔を開けた。
【0077】
なお、上記シリコーンゴムは、冨田マテックス株式会社製の超透明シリコーンゴムシート・GSSCシリーズである。上記ポリウレタンは、株式会社ADEKA製のウレタン樹脂・BMシリーズである。上記ポリ塩化ビニルは、信越化学工業株式会社製の塩化ビニル樹脂・TKシリーズである。上記ポリメタクリル酸メチルは、株式会社クラレ製のメタクリル樹脂シート・コモグラス(登録商標)である。上記ポリエチレンテレフタレートは、株式会社クラレ製のポリエチレンテレフタレート・クラペット(登録商標)である。上記ポリカーボネートは、帝人株式会社製のポリカーボネート樹脂・パンライト(登録商標)である。上記シクロオレフィンポリマーは、日本ゼオン株式会社製のシクロオレフィンポリマー・ZEONOR(登録商標)である。
【0078】
<樹脂材料の物性評価>
蓋材を構成する樹脂材料の物性、すなわち複合弾性率と硬さと応力緩和度を、ナノインデンテーション法によって測定した。ナノインデンテーション法とは、目的の測定対象物に対して準静的な押し込み試験を行い、測定対象物の機械特性を取得する測定法である。蓋材の作成のために使用したフィルムを裁断して、一辺2cmの正方形状の試験片を作製し、瞬間接着剤(東亜合成株式会社製のアロンアルファ(商品名))を用いて測定装置の試料台に接着した。
【0079】
複合弾性率と硬さと応力緩和度の測定装置としては、ブルカージャパン株式会社製のナノインデンターHysitron TI-Premier(商品名)を用いた。押し込みに用いる圧子としては、ブルカージャパン株式会社製のバーコビッチ型ダイヤモンド圧子を用いた。
【0080】
そして、ナノインデンテーション法による測定は、以下のようにして行った。すなわち、変位制御モードにて、押し込み速度100nm/秒で深さ500nmまで圧子の押し込みを行い、最大深さにて5秒間保持した後に、100nm/秒の速度で除荷した。このような操作を、試験片の表面の30箇所の測定点において行った。なお、各測定点同士の間隔は、100μm以上開けるようにした。
【0081】
上記の測定で得られたデータから、複合弾性率及び硬さを算出した。すなわち、除荷時の最大荷重に対して60~95%領域の除荷曲線をOliver-Pharr法にて解析し、複合弾性率及び硬さを算出した。また、上記の測定で得られた荷重変位曲線を利用して、応力緩和度を算出した。結果を表1に示す。なお、標準試料となる溶融石英についても同様の測定を行い、圧子と試験片の接触深さと接触投影面積の関係を得て、そのデータを用いて試験片の測定データの校正を行った。
【0082】
<蓋材の接合>
隔壁層を形成したガラス基板を裁断したものに蓋材を接合して、マイクロ流路チップを作製した。その際には、隔壁層と蓋材のそれぞれの接合面に対して、UV処理による表面改質処理(10000mJ/cm2)を施した上で、両接合面を接触させ、ホットプレートを用いて加熱処理することによって接合を行った。
【0083】
なお、蓋材がシリコーンゴム、ポリウレタン、及びポリ塩化ビニルで構成されている場合は、両接合面に位置ズレが生じないように、質量800g(換算圧力0.00418MPa)の金属板を錘として蓋材の上に載せた状態で加熱処理を行うことによって接合を行った。
【0084】
また、蓋材がポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、ポリメタクリル酸メチル、及びシクロオレフィンポリマーで構成されている場合は、両接合面が面全体で接触するように、熱プレス装置を用いて荷重500kg(換算圧力2.61MPa)を付加しつつ接合を行った。
【0085】
加熱処理の温度は、各樹脂材料の耐熱温度を超えない温度とした。具体的には、樹脂材料がシリコーンゴムである場合は、加熱処理の条件は200℃で10分間とした。また、ポリウレタンである場合は100℃で10分間、ポリ塩化ビニルである場合は60℃で10分間、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、ポリメタクリル酸メチル、及びシクロオレフィンポリマーである場合は60℃で10分間とした。
【0086】
<隙間及び基板と蓋材の距離の評価>
上記のようにして作製した実施例1~12及び比較例1~11のマイクロ流路チップについて、樹脂層と蓋材との界面を顕微鏡で観察し、隙間が存在するか否かを検査した。具体的には、マイクロ流路チップを蓋材側から光学顕微鏡で観察して、隙間が存在するか否かを確認した。また、流路部分における基板と蓋材の間の距離を、顕微鏡を用いて測定した。結果を表1に示す。
【0087】
なお、表1においては、樹脂層と蓋材との界面に隙間が全く存在しない場合は「OK(無し)」、隙間は存在したが軽微であった場合は「OK(軽微)」、広範囲な隙間が存在していた場合は「NG」と記してある。また、表1においては、流路部分における基板と蓋材の間の距離が、設計距離である50μmの±5%以内(±2.5μm以内)であった場合は「OK」、設計距離である50μmの±5%超過(±2.5μm超過)であった場合は「NG」と記してある。
【0088】
ここで、軽微な隙間とは、エッジ部に沿った方向に長さ1μm以下の浮きが蓋材に生じ、その蓋材の浮きによって樹脂層と蓋材との界面に形成された隙間を指す。広範囲な隙間とは、エッジ部に沿った方向に長さ1μm超過の浮きが蓋材に生じ、その蓋材の浮きによって樹脂層と蓋材との界面に形成された隙間を指す。軽微な隙間は、後述する通液試験において水の侵入には繋がらないため、OKと判定した。
【0089】
<通液試験>
上記のようにして作製した実施例1~12及び比較例1~11のマイクロ流路チップについて、通液試験を行った。すなわち、ピペッターを用いて、マイクロ流路チップの流路に入力部を介して水を注入し、樹脂層と蓋材との界面に水が侵入するか否かを観察した。結果を表1に示す。なお、表1においては、樹脂層と蓋材との界面に水が全く侵入しなかった場合は「OK」、僅かでも水が侵入した場合は「NG」と記してある。
【0090】
【0091】
表1から分かるように、蓋材を構成する樹脂材料の複合弾性率又は硬さが上記の条件よりも大きい場合(比較例4~11)は、樹脂層と蓋材との界面に隙間が生じた。その結果、通液試験において、樹脂層と蓋材との界面に生じた隙間に水が侵入する現象が見られた。一方、蓋材を構成する樹脂材料の複合弾性率又は硬さが上記の条件よりも小さい場合(比較例1~3)は、蓋材の湾曲により、流路部分における基板と蓋材の間の距離が設計値の5%を超えて小さくなり、流路の容積が設計よりも減少していた。このように、蓋材を構成する樹脂材料の複合弾性率又は硬さが上記の条件を満たしていない場合は、流路としての機能が失われるか、低下することが確認された。
【0092】
蓋材を構成する樹脂材料の複合弾性率又は硬さが上記の条件を満たす場合(実施例1~12)でも、応力緩和度が上記の条件を満たしていない場合(実施例3、6、10、11)は、樹脂層と蓋材との界面に軽微な隙間が生じた。ただし、隙間は軽微であるため、通液試験において水は侵入しなかった。
【0093】
蓋材を構成する樹脂材料の複合弾性率が1.68MPa以上44.3MPa以下であるか、又は、硬さが0.12MPa以上1.94MPa以下であるマイクロ流路チップについては、樹脂層と蓋材との界面に液体が侵入するような隙間が生じなかった。また、流路部分における基板と蓋材の間の距離は、設計値の通り(設計値の±5%以内)であった。