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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024101802
(43)【公開日】2024-07-30
(54)【発明の名称】水素エンジン
(51)【国際特許分類】
   F02D 19/12 20060101AFI20240723BHJP
   F02B 23/10 20060101ALI20240723BHJP
   F02D 19/02 20060101ALI20240723BHJP
   F02M 25/03 20060101ALI20240723BHJP
   F02M 21/02 20060101ALI20240723BHJP
【FI】
F02D19/12 A
F02B23/10 D
F02B23/10 F
F02B23/10 310E
F02D19/02 B
F02M25/03
F02M21/02 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023005944
(22)【出願日】2023-01-18
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2021年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「グリーンイノベーション基金事業/次世代船舶の開発/水素燃料船の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】303047034
【氏名又は名称】株式会社ジャパンエンジンコーポレーション
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上田 哲司
【テーマコード(参考)】
3G023
3G092
【Fターム(参考)】
3G023AA06
3G023AB02
3G023AC05
3G023AC07
3G023AD06
3G023AF02
3G092AA01
3G092AA03
3G092AB09
3G092AB17
3G092AC10
3G092DE03
3G092FA15
3G092HE01Z
(57)【要約】
【課題】水噴射可能な水素エンジンにおいて、異常燃焼を従来よりも抑制する。
【解決手段】エンジン1は、シリンダ16内に吸入される空気によるスワールを生成する掃気ポート14aと、燃焼室17内に水素ガスを噴射するガス噴射弁30と、燃焼室17内に水を噴射する水噴射弁50と、ガス噴射弁30及び水噴射弁50を制御するコントローラ100と、を備える。コントローラ100は、ガス噴射弁30に水素ガスを噴射させることで、該水素ガスをスワールに従って流動させるとともに、そのスワールの上流側から水噴射弁50に水を噴射させることで、該水の噴霧W2を水素ガスに衝突させる。
【選択図】図8C
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素ガスを燃焼させる水素エンジンであって、
燃焼室を区画するシリンダと、
前記燃焼室内に前記水素ガスを噴射するガス噴射弁と、
前記シリンダ内に吸入される空気の流動を整えることで、該空気によるスワールを生成する整流手段と、
前記燃焼室内に、前記スワールの流れ方向に沿って水を噴射する水噴射弁と、
前記ガス噴射弁及び前記水噴射弁を制御するコントローラと、を備え、
前記コントローラは、前記ガス噴射弁に前記水素ガスを噴射させることで、該水素ガスを前記スワールに従って流動させるとともに、該スワールの上流側から前記水噴射弁に前記水を噴射させることで、該水の噴霧を前記水素ガスに衝突させる
ことを特徴とする水素エンジン。
【請求項2】
請求項1に記載された水素エンジンにおいて、
前記水噴射弁は、前記ガス噴射弁に対し、前記スワールの流れ方向の上流側に隣接して配置され、
前記水噴射弁は、前記水を前記スワールの流れ方向の下流側に向けて噴射する
ことを特徴とする水素エンジン。
【請求項3】
請求項2に記載された水素エンジンにおいて、
前記コントローラは、所定の燃焼サイクル中、前記ガス噴射弁から前記水素ガスを噴射させた後に、前記水噴射弁から前記水を噴射させる
ことを特徴とする水素エンジン。
【請求項4】
請求項3に記載された水素エンジンにおいて、
前記コントローラによって制御され、前記水素ガスに点火する点火プラグを備え、
前記コントローラは、前記所定の燃焼サイクル中、前記水噴射弁から前記水を噴射させた後に、前記点火プラグを作動させる
ことを特徴とする水素エンジン。
【請求項5】
請求項4に記載された水素エンジンにおいて、
前記水噴射弁は、前記流れ方向に沿って開口する水噴射口を有し、
前記水噴射口は、前記シリンダの中心軸を横断する断面視において、前記水噴射口の中心線と前記点火プラグとが交わらないように配置される
ことを特徴とする水素エンジン。
【請求項6】
請求項3に記載された水素エンジンにおいて、
前記コントローラによって制御され、前記水素ガスに着火するための油燃料を噴射する燃料噴射弁を備え、
前記コントローラは、前記所定の燃焼サイクル中、前記水噴射弁から前記水を噴射させた後に、前記燃料噴射弁から前記油燃料を噴射させる
ことを特徴とする水素エンジン。
【請求項7】
請求項6に記載された水素エンジンにおいて、
前記水噴射弁は、前記スワールの流れ方向に沿って開口する水噴射口を有し、
前記水噴射口は、前記シリンダの中心軸を横断する断面視において、前記水噴射口の中心線と前記燃料噴射弁とが交わらないように配置される
ことを特徴とする水素エンジン。
【請求項8】
請求項3から7のいずれか1項に記載された水素エンジンにおいて、
前記コントローラは、前記所定の燃焼サイクル中、
前記シリンダの内壁面に到達させるように、前記水噴射弁に前記水を噴射させる第1の水噴射工程と、
前記ガス噴射弁に前記水素ガスを噴射させるガス噴射工程と、
前記水の噴霧を前記水素ガスに衝突させるように、前記水噴射弁に前記水を噴射させる第2の水噴射工程と、を順番に実行する
ことを特徴とする水素エンジン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、水素ガスを燃焼させる水素エンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、水噴射可能な内燃機関の一例が開示されている。具体的に、この特許文献1に開示されたガソリンエンジンは、シリンダ内部に燃料を噴霧する燃料噴射用インジェクタと、この燃料噴射用インジェクタを挟んで両サイド領域のそれぞれに設けられ、該両サイド領域近傍のそれぞれに向けて水を噴射する水噴射用インジェクタと、を具備している。前記特許文献1によると、運転状況に応じて水噴射を行うことで、シリンダ内部を効率的に冷却するとともに、理論空燃比近傍での燃焼を実現することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2021-143629号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、いわゆる水素エンジンでは、水素ガスの燃焼し易さに起因して、ノッキング、過早着火等の異常燃焼を招く可能性がある。そうした異常燃焼を抑制するために、前記特許文献1に開示されているような水噴射装置を用いることが考えられる。
【0005】
本願発明者らは、異常燃焼のさらなる抑制について鋭意検討を進めた結果、水噴射可能な水素エンジンにおいて新たな構成を想到し、本開示を創作するに至った。
【0006】
ここに開示する技術は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、水噴射可能な水素エンジンにおいて、異常燃焼を従来よりも抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の第1の態様は、水素ガスを燃焼させる水素エンジンに係る。この水素エンジンは、燃焼室を区画するシリンダと、前記燃焼室内に前記水素ガスを噴射するガス噴射弁と、前記シリンダ内に吸入される空気の流動を整えることで、該空気によるスワールを生成する整流手段と、前記燃焼室内に、前記スワールの流れ方向に沿って水を噴射する水噴射弁と、前記ガス噴射弁及び前記水噴射弁を制御するコントローラと、を備える。
【0008】
そして、前記第1の態様によれば、前記コントローラは、前記ガス噴射弁に前記水素ガスを噴射させることで、該水素ガスを前記スワールに従って流動させるとともに、該スワールの上流側から前記水噴射弁に前記水を噴射させることで、該水の噴霧を前記水素ガスに衝突させる。
【0009】
前記第1の態様によると、コントローラは、スワールの上流側から水を噴射させることで、その水の噴霧を水素ガスに衝突させる。この噴霧はスワールの流れ方向に沿って噴射されるため、その貫徹力によって水素ガスを撹拌することができる。これにより、水素エンジンにおける筒内流動を促進し、燃焼室内における水素ガスの濃度ムラを抑制することができる。その結果、異常燃焼を従来よりも抑制することが可能になる。
【0010】
また、本開示の第2の態様によれば、前記水噴射弁は、前記ガス噴射弁に対し、前記スワールの流れ方向の上流側に隣接して配置され、前記水噴射弁は、前記水を、前記スワールの流れ方向の下流側に向けて噴射する、としてもよい。
【0011】
前記第2の態様によると、水噴射弁をガス噴射弁の上流側に配置することで、スワールの上流側から噴射された水が、水素ガスに衝突し易くなる。また、スワールの流れ方向の下流側に向けて水を噴射するように構成することで、その水を、ガス噴射弁から噴射された直後の水素ガスに衝突させることができる。その結果、より早いタイミングで水素ガスの撹拌を開始することができる。より早いタイミングで撹拌が開始された分、より長時間にわたって水素ガスを撹拌することができる。これにより、異常燃焼を抑制する上で有利になる。
【0012】
また、本開示の第3の態様によれば、前記コントローラは、所定の燃焼サイクル中、前記ガス噴射弁から前記水素ガスを噴射させた後に、前記水噴射弁から前記水を噴射させる、としてもよい。
【0013】
前記第3の態様によると、コントローラは、水素ガスの噴射に続いて水を噴射させる。これにより、噴射された水を、より確実に水素ガスに衝突させることができる。その結果、水による水素ガスの撹拌をより確実に行うことができ、異常燃焼を抑制する上で有利になる。
【0014】
また、本開示の第4の態様によれば、前記水素エンジンは、前記コントローラによって制御され、前記水素ガスに点火する点火プラグを備え、前記コントローラは、前記所定の燃焼サイクル中、前記水噴射弁から前記水を噴射させた後に、前記点火プラグを作動させる、としてもよい。
【0015】
前記第4の態様によると、コントローラは、水を噴射した後に点火プラグを作動させる。これにより、水によって濃度ムラが抑制された後に水素ガスを燃焼させることができる。その結果、異常燃焼を抑制する上で有利になる。
【0016】
また、本開示の第5の態様によれば、前記水噴射弁は、前記流れ方向に沿って開口する水噴射口を有し、前記水噴射口は、前記シリンダの中心軸を横断する断面視において、前記水噴射口の中心線と前記点火プラグとが交わらないように配置される、としてもよい。
【0017】
前記第5の態様によると、水噴射口の中心線は、点火プラグと交わらない。これにより、点火プラグに浴びせられる水の量を抑制することができる。その結果、より確実に水素ガスに点火することができる。また、点火プラグの急激な温度変化を抑制し、信頼性を向上させることができる。
【0018】
また、本開示の第6の態様によれば、前記水素エンジンは、前記コントローラによって制御され、前記水素ガスに着火するための油燃料を噴射する燃料噴射弁を備え、前記コントローラは、前記所定の燃焼サイクル中、前記水噴射弁から前記水を噴射させた後に、前記燃料噴射弁から前記油燃料を噴射させる、としてもよい。
【0019】
前記第6の態様によると、コントローラは、水を噴射した後に油燃料を噴射させる。これにより、水によって濃度ムラが抑制された後に水素ガスを燃焼させることができる。その結果、異常燃焼を抑制する上で有利になる。
【0020】
また、本開示の第7の態様によれば、前記水噴射弁は、前記スワールの流れ方向に沿って開口する水噴射口を有し、前記水噴射口は、前記シリンダの中心軸を横断する断面視において、前記水噴射口の中心線と前記燃料噴射弁とが交わらないように配置される、としてもよい。
【0021】
前記第7の態様によると、水噴射口の中心線は、燃料噴射弁と交わらない。これにより、燃料噴射弁に浴びせられる水の量を抑制することができる。その結果、より確実に水素ガスに着火することができる。また、燃料噴射弁の急激な温度変化を抑制し、信頼性を向上させることができる。
【0022】
また、本開示の第8の態様によれば、前記コントローラは、前記所定の燃焼サイクル中、前記シリンダの内壁面に到達させるように、前記水噴射弁に前記水を噴射させる第1の水噴射工程と、前記ガス噴射弁に前記水素ガスを噴射させるガス噴射工程と、前記水の噴霧を前記水素ガスに衝突させるように、前記水噴射弁に前記水を噴射させる第2の水噴射工程と、を順番に実行する、としてもよい。
【0023】
前記第8の態様によると、第1の水噴射工程で噴射された水は、ガス噴射工程において噴射される水素ガスがシリンダの内壁面に到達するよりも先に、当該内壁面に到達する。水素ガスよりも先に水を到達させておくことで、前記内壁面近傍のデポジット(例えば、筒内の燃焼残渣、シリンダ油残渣によるデポジット)から吸熱し、そのデポジットの温度を事前に低下させておくことができる。これにより、デポジット等を過早着火源とした異常燃焼を抑制することが可能になる。また、壁面近傍に水蒸気膜を形成し、結果的に壁面への熱損失を抑制することが可能になる。
【発明の効果】
【0024】
以上説明したように、本開示によれば、水噴射可能な水素エンジンにおいて、異常燃焼を従来よりも抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1図1は、水素エンジンの構成を例示する模式図である。
図2図2は、水素エンジンの燃焼室を拡大して示す図である。
図3図3は、燃焼室の上部構造を示す図である。
図4図4は、シリンダライナの構造を例示する縦断面図である。
図5図5は、シリンダライナの構造を例示する横断面図である。
図6図6は、水素エンジンのコントローラの構成を例示するブロック図である。
図7図7は、エンジン制御の具体例を示すフローチャートである。
図8A図8Aは、1段目の水噴射について説明するための図である。
図8B図8Bは、水素噴射について説明するための図である。
図8C図8Cは、2段目の水噴射について説明するための図である。
図9図9は、点火手段の変形例を示す図3対応図である。
図10図10は、変形例における水噴射について説明するための図8C対応図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本開示の実施形態を図面に基づいて説明する。なお、以下の説明は例示である。図1は、水素エンジン(以下、単に「エンジン」ともいう)1の構成を例示する模式図である。
【0027】
<全体構成>
エンジン1は、水素ガスを燃焼させる直列多気筒式の水素エンジンである。このエンジン1は、ユニフロー掃気方式の2ストローク1サイクル機関として構成されており、タンカー、コンテナ船、自動車運搬船等、大型の船舶に搭載される。
【0028】
エンジン1は、ガス燃料に水素ガスを用いるように構成されており、この水素ガスをシリンダ16内で燃焼させることができる。エンジン1は、水素ガスの単独燃焼と、水素ガスに油燃料を併用した混焼と、の少なくとも一方を実行可能とすればよい。
【0029】
船舶に搭載されたエンジン1は、その船舶を推進させるための主機関として用いられる。主機関としてのエンジン1の出力軸は、プロペラ軸(不図示)を介して船舶のプロペラ(不図示)に連結されている。エンジン1が運転することで、その出力がプロペラに伝達されて、船舶が推進するようになっている。
【0030】
<主要構成>
図1に示されるように、エンジン1は、シリンダ16を有する機関本体10と、機関本体10に電気的に接続されたコントローラ100と、を備えている。シリンダ16は、ガス燃料を燃焼させるための燃焼室17を区画している。
【0031】
(1)機関本体10
図2は、エンジン1の燃焼室17を拡大して示す図であり、図3は、その燃焼室17の上部構造(天井面17aの周辺構造)を例示する図である。また、図4は、シリンダライナ14の構造を例示する縦断面図であり、図5は、シリンダライナ14の構造を例示する横断面図である。
【0032】
機関本体10は、複数(図1図3では1つのみ例示)のシリンダ16を有しており、船舶の機関室に設置されている。
【0033】
本実施形態に係る機関本体10は、そのロングストローク化を実現するべく、いわゆるクロスヘッド式の内燃機関を構成している。すなわち、この機関本体10においては、下方からピストン21を支持するピストン棒22と、クランクシャフト23に連接される連接棒24と、がクロスヘッド25により連結されている。
【0034】
具体的に、機関本体10は、下方に位置する台板11と、台板11上に設けられる架構12と、架構12上に設けられるシリンダジャケット13と、を備えている。各シリンダ16は、シリンダジャケット13内に設けられている。また、機関本体10は、シリンダ16内に配置されるピストン21と、ピストン21の往復運動に連動して回転する出力軸(例えばクランクシャフト23)と、を備えている。
【0035】
ここで、台板11は、エンジン1のクランクケースを構成するものであり、クランクシャフト23と、クランクシャフト23を回転自在に支持する軸受26と、を収容している。クランクシャフト23には、クランク27を介して連接棒24の下端部が連結されている。
【0036】
架構12は、一対のガイド板28と、連接棒24と、クロスヘッド25とを収容している。一対のガイド板28は、エンジン1の幅方向(図1の紙面左右方向)に間隔を空けて配置されている。連接棒24は、その下端部がクランクシャフト23に連結された状態で、一対のガイド板28の間に配置されている。連接棒24の上端部は、クロスヘッド25を介してピストン棒22の下端部に連結されている。
【0037】
クロスヘッド25は、一対のガイド板28の間に配置されており、各ガイド板28に沿って上下方向に摺動する。すなわち、一対のガイド板28は、クロスヘッド25の摺動を案内する。クロスヘッド25は、クロスヘッドピン29を介してピストン棒22及び連接棒24と接続されている。クロスヘッドピン29は、ピストン棒22に対しては一体的に上下動するよう接続されている一方、連接棒24に対しては、連接棒24の上端部を支点として、連接棒24を回動させるように接続されている。
【0038】
シリンダジャケット13は、内筒としてのシリンダライナ14を支持している。シリンダライナ14の内部には、前述のピストン21が配置されている。このピストン21は、シリンダライナ14の内壁に沿って上下方向に往復運動する。また、シリンダライナ14の上部にはシリンダカバー15が固定されている。シリンダカバー15は、シリンダライナ14とともにシリンダ16を構成している。
【0039】
また、シリンダカバー15には、不図示の動弁装置によって作動される排気弁18が設けられている。排気弁18は、シリンダライナ14及びシリンダカバー15から構成されるシリンダ16、並びに、ピストン21の頂面とともに燃焼室17を区画している(図2参照)。排気弁18は、その燃焼室17と排気管19との間を開閉するものである。排気管19は、燃焼室17に通じる排気口を有しており、排気弁18は、その排気口を開閉するように構成されている。
【0040】
また、シリンダカバー15には、燃焼室17内に水素ガスを噴射する1つ又は複数のガス噴射弁30が設けられている。特に本実施形態では、図1図3に例示するように、シリンダ16毎に2つのガス噴射弁30が設けられている。以下、2つのガス噴射弁30のうちの一方を「第1ガス噴射弁31」と呼称し、他方を「第2ガス噴射弁32」と呼称する場合がある。
【0041】
各ガス噴射弁30は、前記天井面17aを通じて燃焼室17の室内に臨んでおり、それぞれ、水素ガスを噴射するための噴射口(不図示)を有している。各ガス噴射弁30は、例えば、電磁弁(不図示)等を介してコントローラ100と間接的に接続されている。コントローラ100から入力された制御信号に従って電磁弁が作動することで、各ガス噴射弁30が開閉する。
【0042】
さらに、シリンダカバー15には、燃焼室17内に供給された水素ガスに点火する1つ又は複数の点火手段が設けられている。本実施形態に係る点火手段は、シリンダ16毎に2つずつ設けられた点火プラグ40によって構成されている。以下、2つの点火プラグ40のうちの一方を「第1点火プラグ41」と呼称するとともに、他方を「第2点火プラグ42」と呼称する場合がある。
【0043】
各点火プラグ40は、前記天井面17aを通じて燃焼室17の室内に臨んでいる。各点火プラグ40は、コントローラ100と電気的に接続されている。各点火プラグ40は、コントローラ100から入力された制御信号に従って作動することで、燃焼室17内に火花を発生する。
【0044】
第1点火プラグ41は、第1ガス噴射弁31に対し、周方向に所定の第1角度θaずらして配置されている(図3を参照)。同様に、第2点火プラグ42は、第2ガス噴射弁32に対し、周方向に所定角度(不図示)ずらして配置されている。
【0045】
第1角度θaは、本実施形態では10~90°程度に設定されている。第1角度θaの大きさは、機関本体10の各部の寸法、第1ガス噴射弁31の性能、第1ガス噴射弁31の制御パラメータ(例えば、水素ガスの噴射量を特徴付けるパラメータ)等に応じて設定され得る。
【0046】
また、第2ガス噴射弁32に対する第2点火プラグ42の相対角度(前記所定角度)は、本実施形態では第1角度θaと同一の値に設定されているが、そうした設定には限定されない。例えば、第1ガス噴射弁31及び第2ガス噴射弁32の間に仕様等の差異が存在する場合、前記所定角度は、第1角度θaと異なる値に設定してもよい。
【0047】
なお、前述の「周方向」とは、シリンダライナ14、シリンダ16及びピストン21の中心軸Cを周回する方向を指す(中心軸Cについては、図2及び図3を参照)。前記第1角度θa及び所定角度は、双方とも、この中心軸Cを横断する断面視、つまり、図3の断面で視た場合の角度に相当する。
【0048】
ここで、中心軸Cに沿って延びる方向を「軸方向」と定義し、この中心軸Cから放射状に延びる方向を「径方向」と定義する。この場合、第1ガス噴射弁31及び第2ガス噴射弁32の各先端部(噴射口)は、軸方向及び径方向において等距離となるように配置されている。同様に、第1点火プラグ41及び第2点火プラグ42の各先端部は、軸方向及び径方向において等距離となるように配置されている。なお、ここでいう「距離」とは、図2及び図3に示すように中心軸C上に置かれた一点(基準点C0)から、前記各先端部までの距離を意味する。
【0049】
前述のように、周方向に沿ってガス噴射弁30及び点火プラグ40を配置した場合、ガス噴射弁30から噴射された水素ガスを、点火プラグ40へとスムースに導くような仕組みを設けることが好ましい。
【0050】
エンジン1は、水素ガスを点火プラグ40へ導くために、前述の周方向に沿って流れる空気の流動、すなわち、当該空気によるスワールを利用する。このエンジン1は、そうしたスワールを生成するための整流手段を備えている。
【0051】
整流手段は、シリンダ16内に吸入される空気の流動を整えることで、当該空気によるスワールを生成する手段である。本実施形態に係る整流手段は、前述のシリンダライナ14、特にシリンダライナ14に設けられた複数の掃気ポート14aによって構成されている。
【0052】
なお、ここでいう「空気」とは、燃焼室17内に供給される空気であって、特に、機関本体10の外部から取り込まれたフレッシュエア、及び、不図示のEGRシステムによって環流された排気ガス(いわゆる「EGRガス」)の少なくとも一方によって構成される空気をいう。
【0053】
具体的に、シリンダライナ14は、図4及び図5に示すように、該シリンダライナ14の下部に設けられる複数の掃気ポート14aと、シリンダライナ14の内部空間を区画する内壁部14bと、を備えている。
【0054】
このうち、複数の掃気ポート14aは、それぞれ、周方向に沿って並んで配置されている。各掃気ポート14aは、シリンダライナ14の内壁部14bを貫通する掃気孔として形成されている。
【0055】
また、各掃気ポート14aは、軸方向においては、シリンダライナ14のうちシリンダジャケット13内に挿入された部分(シリンダライナ14の下部に相当する部分)に配置されている。図示は省略するが、各掃気ポート14aは、下死点に位置するピストン21よりも上方に位置するように配置される。
【0056】
また、図5に示すように、複数の掃気ポート14aは、それぞれ、中心軸Cに垂直な横断面で視た場合に、シリンダジャケット13から吸い込んだ空気を、周方向におけるいずれか一方向である所定の流れ方向D1に渦を巻くように流動させる。図5の紙面上では、流れ方向D1は、中心軸Cを中心とした時計回り方向に等しい。このような流動を実現するために、各掃気ポート14aは、径方向において外側から内側に向かうに従って、周方向において時計回り方向に向かうように傾斜している。
【0057】
なお、流れ方向D1は、図例のような時計回り方向には限定されない。中心軸Cを中心とした反時計回り方向を流れ方向D1とすることもできる。その場合、各掃気ポート14aの傾斜方向は、径方向において外側から内側に向かうに従って、周方向において反時計回り方向に向かって傾斜することになる(図例とは反対方向に向かって傾斜することになる)。
【0058】
各掃気ポート14aはまた、ピストン21が下死点付近に位置するときに開状態となり、シリンダジャケット13およびシリンダライナ14を介して掃気トランク(不図示)と燃焼室17とを連通させる。
【0059】
各掃気ポート14aが開状態となったときにシリンダライナ14内に吸い込まれる空気は、図5の矢印A1に示すように、流れ方向D1に渦を巻くように流動する。そうして渦を巻いた空気は、図4の矢印Aに示すように、中心軸Cまわりの旋回流、すなわちスワールとなって燃焼室17へ向かって流れることになる。
【0060】
ガス噴射弁30から噴射される水素ガスは、空気のスワールに従って、流れ方向D1に渦を巻くように流動する。水素ガスは、その流動によって燃焼室17内の各部へと拡散する。水素ガスの異常燃焼を抑制するためには、水素ガスを広範囲かつ均一に拡散させることが好ましい。
【0061】
本実施形態に係るエンジン1は、水素ガスの拡散を促すべく、燃焼室17内に水を噴射する。そのために、このエンジン1は、燃焼室17内に水を噴射する1つ又は複数の水噴射弁50を備えている(図3を参照)。水噴射弁50は、シリンダ16毎に、ガス噴射弁30と同数にすることが好ましい。1つ又は複数の水噴射弁50は、水を噴射するための水噴射口50aを有している。この水噴射弁50は、燃焼室17内に、スワールの流れ方向D1に沿って水を噴射する。
【0062】
例えば本実施形態では、シリンダ16毎に2つの水噴射弁50が設けられている。以下、2つの水噴射弁50のうちの一方を「第1水噴射弁51」と呼称し、他方を「第2水噴射弁52」と呼称する場合がある。
【0063】
以下、第1水噴射弁51の構成と、第1水噴射弁51、第1ガス噴射弁31及び第1点火プラグ41の相対的な位置関係と、について詳細に説明する。なお、以下の説明は、第2水噴射弁52の構成と、第2水噴射弁52、第2ガス噴射弁32及び第2点火プラグ42の相対的な位置関係と、に対しても適用可能である。
【0064】
例えば、以下の説明は、第1水噴射弁51、第1ガス噴射弁31及び第1点火プラグ41を、それぞれ、第2水噴射弁52、第2ガス噴射弁32及び第2点火プラグ42に置き換えることができる。
【0065】
本実施形態に係る第1水噴射弁51は、燃焼室17内に配置されている。具体的に、第1水噴射弁51は、燃焼室17を区画する天井面17a、又は、燃焼室17側方の内壁面17bに沿って配置されている。
【0066】
第1水噴射弁51は、第1ガス噴射弁31に対し、流れ方向D1の上流側に隣接して配置されている。詳しくは、本実施形態に係る第1水噴射弁51は、流れ方向D1において、第1ガス噴射弁31よりも上流側かつ第2ガス噴射弁32よりも下流側に配置されている。周方向における第1水噴射弁51と第1ガス噴射弁31との間隔は、周方向における第1水噴射弁51と第2ガス噴射弁32との間隔よりも狭い。
【0067】
例えば、第1水噴射弁51が、第1ガス噴射弁31に対し、周方向に所定の第2角度θbずらして配置されているものとする。同様に、第1水噴射弁51が、第2ガス噴射弁32に対し、周方向に所定の第3角度θcずらして配置されているものとする。前述のように間隔が設定されている場合、本実施形態に係る第3角度θcは、図3に示すように第2角度θbよりも大きくなる。第2角度θb及び第3角度θcは、双方とも、180°未満に設定することが好ましい。このうち、第2角度θbは、90°以下に設定することが好ましく、45°以下に設定することがさらに好ましい。
【0068】
また、前述した第1点火プラグ41は、図3に示すように、第1ガス噴射弁31及び第1水噴射弁51の双方に対し、流れ方向D1の下流側に配置されている。第1水噴射弁51及び第1ガス噴射弁31との位置関係に鑑みると、流れ方向D1の上流側から下流側に向かって、第1水噴射弁51、第1ガス噴射弁31及び第1点火プラグ41の順番で配置されることになる。
【0069】
詳しくは、本実施形態に係る第1点火プラグ41は、流れ方向D1において、第1ガス噴射弁31よりも下流側かつ第2水噴射弁52よりも上流側に配置されている。周方向における第1ガス噴射弁31と第1点火プラグ41との間隔は、周方向における第1点火プラグ41と第2水噴射弁52との間隔よりも狭い。
【0070】
また、第1ガス噴射弁31は、流れ方向D1において、図3のように第1点火プラグ41よりも第1水噴射弁51に近接して配置してもよいし、それとは反対に、第1水噴射弁51よりも第1点火プラグ41に近接して配置してもよい。第1角度θaと第2角度θbとの大小関係は、第1ガス噴射弁31の配置に応じて変わり得る。例えば、前者(第1角度θa>第2角度θb)のように配置することは、水素ガスの噴流の先端から着火させる場合に有効である。一方、後者(第1角度θa<第2角度θb)のように配置することは、水素ガスの噴流の後端(根元)から着火させる場合に有効である。
【0071】
そして、第1水噴射弁51は、第1及び第2ガス噴射弁31,32のうち、第1水噴射弁51に隣接する第1ガス噴射弁31付近のスペースに向けて水を噴射する。詳しくは、第1水噴射弁51は、水を、流れ方向D1の下流側(特に、第1水噴射弁51から見て流れ方向D1の下流側)に向けて噴射する。第1ガス噴射弁31付近のスペースに向けて水を噴射するために、本実施形態に係る第1水噴射弁51の水噴射口50aは、スワールの流れ方向D1に沿って開口している。水噴射口50aをこのように開口させることで、第1水噴射弁51は、スワールの流れ方向D1に沿って水を噴射することができるようになる。
【0072】
ここで、水噴射口50aの中心線C1は、中心軸Cを横断する断面視において、前記内壁面17bの所定部位(図3の被噴射面17cを参照)と交わるように延びている。なお、ここでいう中心線C1とは、水噴射口50aの開口面(特に、開口面の中央部)に対する垂線であって、第1水噴射弁51と交わることなく該第1水噴射弁51から離れる方向に延びる仮想線をいう。
【0073】
例えば図3に示すように配置した場合(第1角度θa>第2角度θb)、中心線C1は、前記断面視において、第1ガス噴射弁31及び第1点火プラグ41のうち、少なくとも第1点火プラグ41と交わらないように延びる。図3に示す例では、中心線C1は、第1ガス噴射弁31及び第1点火プラグ41の双方と交わらないよう、第1ガス噴射弁31及び第1点火プラグ41の間を縫うように延びている。
【0074】
また、中心線C1は、前記軸方向において、燃焼室17の上側部分と交わるように延びている。ここでいう上側部分とは、前記内壁面17bの上側部分であって、ピストン21が上死点に位置するときに、そのピストン21の頂面に比して天井面17aに近接する部分をいう。前述の被噴射面17cは、この上側部分に相当する。
【0075】
被噴射面17cは、流れ方向D1において、第2ガス噴射弁32、第2点火プラグ42及び第2水噴射弁52と比べて第1ガス噴射弁31、第1点火プラグ41及び第1水噴射弁51と近接するように設定されている。
【0076】
詳しくは、被噴射面17cは、流れ方向D1において、第1水噴射弁51と比べて第1ガス噴射弁31及び第1点火プラグ41と近接するように設定されている。さらに詳しくは、被噴射面17cは、流れ方向D1において、第1ガス噴射弁31と比べて第1点火プラグ41と近接するように設定してもよい。
【0077】
(2)コントローラ100
図6は、水素エンジンのコントローラの構成を例示するブロック図である。コントローラ100は、プロセッサ、揮発性メモリ、不揮発性メモリ及び入出力バスを有している。コントローラ100には、例えば、水素タンク(不図示)からエンジン1に供給される水素ガスの流量を検出するガス流量センサSw1と、エンジン1に供給される水素ガスの圧力を検出するガス圧センサSw2と、エンジン1の出力回転数を検出する回転数センサSw3と、テレグラフ101と、が接続されている。各種センサSw1~Sw3及びテレグラフ101は、図6にのみ示す。
【0078】
コントローラ100は、それらのセンサ及びデバイスから入力された信号に基づいて制御信号を生成し、その制御信号を、点火プラグ40に直接入力したり、ガス噴射弁30及び水噴射弁50を作動させるための電磁弁等に入力したりする。コントローラ100は、それらの制御信号を通じて、ガス噴射弁30、点火プラグ40及び水噴射弁50を直接的に又は間接的に制御する。
【0079】
コントローラ100がエンジン1の各部を制御することで、燃焼室17内に水素ガスを供給したり、その水素ガスの供給に併せて、燃焼室17内に水を噴射したりすることができる。
【0080】
ところで、従来知られた水素エンジンでは、水素ガスの燃焼し易さに起因して、ノッキング、過早着火等の異常燃焼を招く可能性がある。そうした異常燃焼を抑制するために、前述のように水を噴射することが考えられる。
【0081】
本願発明者らは、異常燃焼のさらなる抑制について鋭意検討を進めた結果、水噴射弁50のレイアウトについて前述の如き構成を見出すとともに、その噴射タイミングについて新たな制御態様を創作し、本開示を創作するに至った。
【0082】
以下、本実施形態に係るエンジン制御について、水噴射との関係を中心に説明する。
【0083】
<エンジン制御の詳細>
図7は、エンジン制御の具体例を示すフローチャートである。また、図8Aは、1段目の水噴射について説明するための図であり、図8Bは、水素噴射について説明するための図であり、図8Cは、2段目の水噴射について説明するための図である。
【0084】
図7に例示するフローは、nを1以上の整数とすると、n回目の燃焼サイクルにおける下降行程から、n+1回目の燃焼サイクルにおける上昇行程及び下降行程までの処理及び動作を表している。なお、このフローは、水素ガスによる運転が継続される限り、エンジン1によって繰り返し実行されるようになっている。
【0085】
まず、図7のステップS1では、エンジン1は、横渦状に流れる空気を、燃焼室17内に導入する。このステップS1において、エンジン1は、n回目の燃焼サイクルにおける下降行程を実行するとともに、それに続いて、n+1回目の燃焼サイクルにおける上昇行程を開始する。
【0086】
具体的に、ステップS1の下降行程では、燃焼室17内で水素ガスが燃焼した結果、ピストン21が下死点に向かって下降する。そのとき、排気弁18の開弁によって燃焼室17が開放されるとともに、ピストン21の下降によって掃気ポート14aが開く。これにより、掃気ポート14aから燃焼室17に空気が導入されて、その空気によって排気ガスが排気管19に押し出される。その際に導入される空気は、整流手段としての掃気ポート14aによって整流される。掃気ポート14aによって整流された空気は、中心軸Cを横断する断面視においてスワール(横渦)となる。燃焼室17には、横渦状に流動する空気が流入する。
【0087】
また、ステップS1においてピストン21が下降から上昇に転じると、n+1回目の燃焼サイクルにおける上昇行程が開始される。この上昇行程の前半では、ピストン21の上昇に伴って、掃気ポート14a及び排気弁18が順次閉塞される。一方、上昇行程の後半では、燃焼室17内に導入された空気が、ピストン21の上昇によって圧縮される。
【0088】
なお、上昇行程の「前半」及び「後半」とは、上昇行程を2等分したときの前半と後半に相当する。下降行程の「前半」及び「後半」についても、同様に定義されている。
【0089】
図7のステップS2~S5は、前記上昇行程の後半から、n+1回目の燃焼サイクルにおける下降行程の前半までの所定期間内に実行される。この所定期間は、TDCの直前から直後にかけての期間に相当する。コントローラ100は、ステップS2~S5に係る処理の全てをTDC直後に実行してもよいし、ステップS2~S5に係る処理のうちの一部をTDC直後に実行してもよい。
【0090】
自動車に用いられるような高速エンジンの場合、2000rpm程度の回転数で運転することになるため、ピストンがTDCに位置する時間(より詳細には、TDCから1deg.CA変化するのに要する時間)は、80~100μs程度の短時間となる。この場合、水素ガスの着火遅れを考慮してTDCよりも早期に水素ガスを噴射し、TDC直後に燃焼ピークが到来するように調整する必要がある。
【0091】
それに対し、本実施形態のような低速かつ大型の舶用エンジンの場合、100rpm程度の回転数で運転することになるため、1~2ms程度の長時間となる。この場合、TDCよりも早期に水素ガスを噴射する必要はなく、エンジン1の仕様、運転状態等に基づいたタイミングで水素ガスを噴射することが可能になる。水の噴射タイミングについても同様である。水素ガス及び水は、TDC後の下降行程中に噴射することもできる。この場合、TDCからやや遅れたタイミングで燃焼ピークが到来するように調整することが許容される。
【0092】
このように、本実施形態に係るエンジン1は、水素ガス及び水の噴射タイミングの自由度が、高速エンジンと比べて高い。燃焼ピークの到来タイミングを遅らせることが許容されるため、水による水素ガスの撹拌期間を、高速エンジンと比べて長く確保することができる。
【0093】
ステップS1から続くステップS2において、コントローラ100は、図8Aに示すように、前記中心線C1に沿って水噴射弁50から水を噴射させる(図中の噴霧W1を参照)。この水噴射は、n+1回目の燃焼サイクル中、シリンダ16、特にシリンダライナ14の内壁面(被噴射面17c)に到達させるように水噴射弁50に水を噴射させるためのものであり、1段目の水噴射(第1の水噴射工程)に相当する。
【0094】
ステップS2で噴射された水は、ガス噴射弁30から噴射される水素ガスが内壁面17bに到達するよりも先に、当該内壁面17bに到達する。水素ガスよりも先に水を到達させておくことで、内壁面17b近傍のデポジット(例えば、筒内の燃焼残渣、シリンダ油残渣によるデポジット)から吸熱し、そのデポジットの温度を事前に低下させておくことができる。これにより、デポジット等を過早着火源とした異常燃焼を抑制することが可能になる。
【0095】
また、前記1段目の水噴射のように相対的に早いタイミングで水を噴射することで、水素ガスの燃焼によって生じる火炎が内壁面17bに到達するよりも先に、当該内壁面17bに水を到達させることができる。これにより、内壁面17b近傍に水蒸気膜を張ることができる。水は支燃性を持たないため、水蒸気膜によって消炎距離を長くすることができる。消炎距離を長くすることで、ヒートロスを抑制することができる。これにより、水素ガスを燃焼させることに起因したサイクル効率の低下を抑制することができる。また、これによって排ガスエネルギーも維持することができ、過給機(不図示)の作動点を変更することなくエンジン1を運転することができるため、λを維持する上で有利になる。λを維持することは、EGRシステム(不図示)の効果を最大限に発揮させる上で有効である。また、更に水の量を多くして水蒸気膜の厚さを厚くすることで、ヒートロスをさらに抑制し、サイクル効率を改善するとともに排ガスエネルギーも増加させ、過給機の作動点を高圧大風量側に移動させることができる。これにより、λを従来よりも大きくすることができ、水素ガスの希薄燃焼が可能になる。希薄燃焼が可能になることで、排ガス中の窒素酸化物の生成を抑制することも可能になる。
【0096】
次に、ステップS2から続くステップS3において、コントローラ100は、図8Bに示すように、ガス噴射弁30に水素ガスを噴射させることで、該水素ガスをスワールに従って流動させる(図中の噴霧G1を参照)。そうして噴射された水素ガスは、流れ方向D1に沿って渦を巻くように流動し、燃焼室17内に拡散する。この工程は、n+1回目の燃焼サイクル中に行われるガス噴射工程に相当する。
【0097】
次に、ステップS3から続くステップS4において、コントローラ100は、図8Cに示すように、スワールの上流側から水噴射弁50に水を噴射させることで、該水の噴霧W2を水素ガス(より詳細には、水素ガスの噴霧G1)に衝突させる。この水噴射は、n+1回目の燃焼サイクル中、水の噴霧W2を水素ガスに衝突させるように水噴射弁50に水を噴射させるものであり、2段目の水噴射(第2の水噴射工程)に相当する。
【0098】
ステップS3とステップS4との前後関係に示すように、コントローラ100は、n+1回目の燃焼サイクル中、ガス噴射弁30から水素ガスを噴射させた(ステップS3)後に、水噴射弁50から水を噴射させる(ステップS4)。
【0099】
ステップS4で噴射された水は、前記中心線C1に沿って流動する。この水の噴霧W2は、スワールの上流側から水素ガスの噴霧G1に衝突する。水素ガスの噴霧G1に衝突した水は、その貫徹力によって水素ガスを撹拌する。中心線C1が流れ方向D1に沿って延びているため、水の貫徹力を、スワールの流動を阻害することなく水素ガスの撹拌に用いることができる。この撹拌によって、水素ガスの拡散が促進される。これにより、水素ガスの濃度ムラを抑制し、異常燃焼を抑制することが可能になる。
【0100】
また、水自体の蒸発熱によって、シリンダ16内の温度上昇を抑制することもできる。これにより、異常燃焼に要するエネルギー密度の達成を妨げることができ、異常燃焼を抑制する上で有利になる。
【0101】
次に、ステップS4から続くステップS5において、コントローラ100は、点火手段としての点火プラグ40を作動させることで、水素ガスに点火する。
【0102】
ステップS4とステップS5との前後関係に示すように、コントローラ100は、n+1回目の燃焼サイクル中、水噴射弁50から水を噴射させた(ステップS4)後に、点火プラグ40を作動させる(ステップS5)。
【0103】
ステップS5で点火された水素ガスは、燃焼室17内で燃焼する。この燃焼によって、ピストン21を往復運動させるための動力が得られる。ピストン21の下降が促進され、前述の下降行程が進行する。
【0104】
図示は省略したが、水素ガスの燃焼を継続する場合、ステップS1からステップS5にかけての工程が、前述のように繰り返し行われることになる。
【0105】
<本実施形態に係る水噴射の意義>
以上説明したように、本実施形態に係るコントローラ100は、図8Cを用いて説明したように、スワールの上流側から水を噴射させることで、その水の噴霧W2を水素ガス(噴霧G1)に衝突させる。この噴霧W2はスワールの流れ方向に沿って噴射されるため、その貫徹力によって水素ガスを撹拌することができる。これにより、エンジン1における筒内流動を促進し、燃焼室17内における水素ガスの濃度ムラを抑制することができる。その結果、異常燃焼を従来よりも抑制することが可能になる。
【0106】
また、水の噴霧W2によって水素ガスを撹拌することで、燃焼室17の室温を抑制することができる。これにより、水素ガスの燃焼によって到達し得る最大燃焼温度を抑制し、NOx排出量を低減することができる。
【0107】
また、図3等に例示したように、水噴射弁50をガス噴射弁30の上流側に配置することで、スワールの上流側から噴射された水が、水素ガスに衝突し易くなる。また、ガス噴射弁30に向けて水を噴射するように構成することで、その水を、ガス噴射弁30から噴射された直後の水素ガスに衝突させることができる(図8Cを参照)。その結果、より早いタイミングで水素ガスの撹拌を開始することができる。より早いタイミングで撹拌が開始された分、より長時間にわたって水素ガスを撹拌することができる。これにより、異常燃焼を抑制する上で有利になる。
【0108】
また、図7のステップS3~ステップS4に例示したように、コントローラ100は、水素ガスの噴射に続いて水を噴射させる。これにより、噴射された水を、より確実に水素ガスに衝突させることができる。その結果、水による水素ガスの撹拌をより確実に行うことができ、異常燃焼を抑制する上で有利になる。
【0109】
また、図7のステップS4~ステップS5に例示したように、コントローラ100は、水を噴射した後に点火プラグ40を作動させる。これにより、水によって濃度ムラが抑制された後に水素ガスを燃焼させることができる。その結果、異常燃焼を抑制する上で有利になる。
【0110】
また、図3に例示したように、水噴射口50aの中心線C1は、点火プラグ40と交わらない。これにより、点火プラグ40に浴びせられる水の量を抑制することができる。その結果、より確実に水素ガスに点火することができる。また、点火プラグ40の急激な温度変化を抑制し、信頼性を向上させることができる。
【0111】
<点火手段の変形例>
図9は、点火手段の変形例を示す図3対応図である。図10は、変形例における水噴射について説明するための図8C対応図である。図9及び図10において、図1図8に例示した構成要素と実質的に同一の構成要素には、同一の参照符号が付されている。
【0112】
前記実施形態に係る点火手段は、シリンダ16毎に2つずつ設けられた点火プラグ40によって構成されていたが、本開示は、そうした構成には限定されない。例えば、水素ガスに着火するためのパイロット油(油燃料)を噴射する1つ又は複数の燃料噴射弁60によって点火手段を構成してもよい。図例の場合、シリンダ16毎に2つずつ設けられた燃料噴射弁60によって、点火手段が構成されている。以下、2つの燃料噴射弁60のうちの一方を「第1燃料噴射弁61」と呼称するとともに、他方を「第2燃料噴射弁62」と呼称する場合がある。
【0113】
各燃料噴射弁60は、前記天井面17aを通じて燃焼室17の室内に臨んでいる。各燃料噴射弁60は、電磁弁(不図示)等を介してコントローラ100と電気的に接続されている。コントローラ100から入力された制御信号に従って電磁弁が作動することで、各燃料噴射弁60が開閉する。各燃料噴射弁60は、コントローラ100によって間接的に制御される。
【0114】
以下、第1水噴射弁51、第1ガス噴射弁31及び第1燃料噴射弁61の相対的な位置関係、並びに、第1燃料噴射弁61等の噴射タイミングについて順番に説明する。なお、以下の説明は、第2水噴射弁52、第2ガス噴射弁32及び第2燃料噴射弁62に関しても適用可能である。
【0115】
例えば、以下の説明は、第1水噴射弁51、第1ガス噴射弁31及び第1燃料噴射弁61を、それぞれ、第2水噴射弁52、第2ガス噴射弁32及び第2燃料噴射弁62に置き換えることができる。
【0116】
図9に示すように、第1燃料噴射弁61は、径方向において、第1ガス噴射弁31及び第1水噴射弁51の間に配置されている。言い換えると、この第1燃料噴射弁61は、前記流れ方向D1において、第1水噴射弁51の下流側かつ第1ガス噴射弁31の上流側に配置されている。
【0117】
また、第1燃料噴射弁61の燃料噴射口60aは、スワールの流れ方向D1に沿って開口している。燃料噴射口60aをこのように開口させることで、第1燃料噴射弁61は、スワールの流れ方向D1に沿ってパイロット油を噴射することができる。
【0118】
なお、第1水噴射弁51の水噴射口50aは、シリンダ16の中心軸を横断する断面視において、その水噴射口50aの中心線C1と、第1燃料噴射弁61とが交わらないように配置されている。このように配置することで、図3に例示した構成と同様に、第1燃料噴射弁61に浴びせられる水の量を抑制することができる。その結果、第1燃料噴射弁61から噴射されるパイロット油(より正確には、パイロット油が着火温度に到達したことで生じる火種)によって、より確実に水素ガスに着火することができる。さらに、第1燃料噴射弁61の急激な温度変化を抑制し、信頼性を向上させることができる。
【0119】
第1燃料噴射弁61によるパイロット油の噴射タイミングは、前記実施形態と同様に、図7に示すフローに従って制御される。すなわち、コントローラ100は、所定の燃焼サイクル中、第1水噴射弁51から水を噴射させた後に、第1燃料噴射弁61から油燃料を噴射させる(図10中の噴霧G2を参照)。
【0120】
このような噴射タイミングを用いることで、水によって濃度ムラが抑制された後に水素ガスを燃焼させることができる。その結果、異常燃焼を抑制する上で有利になる。
【0121】
<その他の変形例>
前記実施形態では、水素ガスを撹拌するための2段目の水噴射を行う前に、内壁面17b近傍に水を到達させるための1段目の水噴射が行われるように構成されていたが、本開示は、そうした構成には限定されない。例えば、1段目の水噴射を行う代わりに、2段目の水噴射における噴霧範囲を拡大するように構成してもよい。そのように構成する場合、点火プラグ40又は燃料噴射弁60と比べて水噴射弁50に近接した内壁面17bが含まれるように水の噴霧範囲を拡大したり、そうした内壁面17bを指向するように水噴射口50aの中心線C1を設定したりしてもよい。
【0122】
前記実施形態では、所定の燃焼サイクル(n+1回目の燃焼サイクル)において水を噴射することについて説明したが、全ての燃焼サイクルにおいて水を噴射する必要はない。例えば、コントローラ100は、エンジン1の運転状態、外部環境等に応じて、水素ガスに併せて水を噴射する制御態様と、水素ガスのみを噴射する制御態様とを使い分けてもよい。
【0123】
また、点火プラグ40又は燃料噴射弁60によって構成される点火手段について例示したが、点火手段の構成は、前述の例示には限定されない。点火手段は、グロープラグによって構成してもよいし、いわゆる焼玉によって構成してもよい。
【符号の説明】
【0124】
1 エンジン(水素エンジン)
14 シリンダライナ
14a 掃気ポート(整流手段)
16 シリンダ
17 燃焼室
30 ガス噴射弁
31 第1ガス噴射弁
32 第2ガス噴射弁
40 点火プラグ
41 第1点火プラグ
42 第2点火プラグ
50 水噴射弁
50a 水噴射口
51 第1水噴射弁
52 第2水噴射弁
60 燃料噴射弁
60a 燃料噴射口
61 第1燃料噴射弁
62 第2燃料噴射弁
100 コントローラ
C シリンダの中心軸
C1 水噴射口の中心線
D1 スワールの流れ方向
G1 水素ガスの噴霧
W2 水の噴霧
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8A
図8B
図8C
図9
図10