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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024101848
(43)【公開日】2024-07-30
(54)【発明の名称】前立腺がんの判定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/574 20060101AFI20240723BHJP
【FI】
G01N33/574 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023006009
(22)【出願日】2023-01-18
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【弁理士】
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【弁理士】
【氏名又は名称】坂西 俊明
(72)【発明者】
【氏名】松本 浩幸
(72)【発明者】
【氏名】新家 智美
(72)【発明者】
【氏名】岡田 裕之
(57)【要約】
【課題】本発明は、感度を維持しつつ特異度が向上した前立腺がんの判定方法を提供することを目的とする。
【解決手段】被験者が前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがあると判定する方法であって、
血清中の前立腺特異抗原(PSA)量を第1の閾値と比較すること、
尿中のα1-アンチトリプシン(AAT)量を第2の閾値と比較すること、
血清中のPSA量が第1の閾値以上であり、かつ尿中のAAT量が第2の閾値以上である被験者を前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがあると判定することを含む、方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者が前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがあると判定する方法であって、
血清中の前立腺特異抗原(PSA)量を第1の閾値と比較すること、
尿中のα1-アンチトリプシン(AAT)量を第2の閾値と比較すること、
血清中のPSA量が第1の閾値以上であり、かつ尿中のAAT量が第2の閾値以上である被験者を前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがあると判定すること、を含む、方法。
【請求項2】
前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがある被験者を選択するスクリーニング方法であって、
血清中の前立腺特異抗原(PSA)量を第1の閾値と比較すること、
尿中のα1-アンチトリプシン(AAT)量を第2の閾値と比較すること、
血清中のPSA量が第1の閾値以上であり、かつ尿中のAAT量が第2の閾値以上である被験者を前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがある被験者として選択すること、を含む、スクリーニング方法。
【請求項3】
被験者が前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがあると判定するためのデータ収集方法であって、
血清中の前立腺特異抗原(PSA)量を第1の閾値と比較すること、
尿中のα1-アンチトリプシン(AAT)量を第2の閾値と比較すること、を含む、方法。
【請求項4】
前記尿中のAAT量が、内部標準物質で規格化された量である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記内部標準物質が、クレアチニン(Cre)である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記尿中のAAT量が、尿中のAAT量を尿中のCre量で除すことで規格化された量である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記第2の閾値が、0.01μg/mg以上2μg/mg未満の範囲内にある、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記第1の閾値が、1ng/mL以上5ng/mL以下の範囲内にある、請求項3~7のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験者が前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがあると判定するための前立腺がんの判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
前立腺がんの罹患率と死亡率は年々増加している。従来、前立腺がんの検査としては、血清中の前立腺特異的抗原(PSA)を定量する検査であるPSA検査が主に行われている。PSA検査は、血清中のPSA量が所定の閾値以上(通常は4ng/mL以上)である被験者を前立腺がんである、又は前立腺がんの疑いがあると判定する方法である(例えば、非特許文献1)。
【0003】
また、被験者の尿を使用したがんの検査方法も知られている。例えば、特許文献1には、被験者から採取された尿を所定の前処理をして処理尿を得る前処理工程と、処理尿中の分子量52KDaのα1-アンチトリプシン量を酵素結合免疫吸着アッセイ(ELISA)で定量する定量工程と、得られた定量値が予め設定された閾値を上回る場合に、被験者が癌に罹患している、又は被験者が癌に罹患しているおそれがあると判定する判定工程と、を備える癌の検査方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2015-169608号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Haese A. et al., “Clinical Evaluation of the Elecsys Total Prostate-specificAntigen Assay on the Elecsys 1010 and 2010 Systems”, Clinical Chemistry 48(6),944-947 (2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1に記載されるようにPSA検査は、前立腺がんに対する感度は高い一方で特異度が低い。また、本発明者らの検討によれば、尿中のα1-アンチトリプシン(以下、「AAT」ともいう。)量に基づいて前立腺がんを判定する方法も、感度は高い一方で特異度が低いことが明らかになった(後述の実施例のNo.8参照)。これらの検査のいずれも、特異度が低いことから、偽陽性が多いという問題がある。
【0007】
本発明は、感度を維持しつつ特異度が向上した前立腺がんの判定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、血清中のPSA量に基づく判定と、尿中のAAT量に基づく判定とを組み合わせることで、意外にも、感度及び特異度が共に高い前立腺がん判定方法になることを見い出した。なお、一般的に感度が高くかつ特異度が低い検査を組み合わせても特異度が向上するとは言えない。本発明は、この新規な知見に基づくものである。
【0009】
本発明は、被験者が前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがあると判定する方法(以下、「判定方法」ともいう。)であって、血清中の前立腺特異抗原(PSA)量を第1の閾値と比較すること、尿中のα1-アンチトリプシン(AAT)量を第2の閾値と比較すること、血清中のPSA量が第1の閾値以上であり、かつ尿中のAAT量が第2の閾値以上である被験者を前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがあると判定することを含む、方法に関する。
【0010】
本発明の判定方法は、血清中のPSA量に基づく判定と、尿中のAAT量に基づく判定とを組み合わせているため、感度及び特異度が共に高い。
【0011】
上記判定方法において、尿中のAAT量は、内部標準物質で規格化された量であることが好ましい。尿中のAAT量として、内部標準物質で規格化された量を使用することで、より正確な判定を行うことができる。また、内部標準物質が、尿中のクレアチニン(Cre)であることが好ましい。
【0012】
上記判定方法において、尿中のAAT量として、尿中のクレアチニン(Cre)で規格化された量を使用する場合、第2の閾値は、0.01μg/mg以上2μg/mg未満の範囲内にあってよい。
【0013】
上記判定方法において、第1の閾値は、1ng/mL以上5ng/mL以下の範囲内にあってよい。
【0014】
本発明はまた、前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがある被験者を選択するスクリーニング方法であって、血清中の前立腺特異抗原(PSA)量を第1の閾値と比較すること、尿中のα1-アンチトリプシン(AAT)量を第2の閾値と比較すること、血清中のPSA量が第1の閾値以上であり、かつ尿中のAAT量が第2の閾値以上である被験者を前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがある被験者として選択することを含む、スクリーニング方法と捉えることもできる。
【0015】
本発明は更に、被験者が前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがあると判定するためのデータ収集方法であって、血清中の前立腺特異抗原(PSA)量を第1の閾値と比較すること、尿中のα1-アンチトリプシン(AAT)量を第2の閾値と比較すること、を含む、方法と捉えることもできる。
【0016】
本発明は、例えば、以下の各発明を包含する。
[1]
被験者が前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがあると判定する方法であって、
血清中の前立腺特異抗原(PSA)量を第1の閾値と比較すること、
尿中のα1-アンチトリプシン(AAT)量を第2の閾値と比較すること、
血清中のPSA量が第1の閾値以上であり、かつ尿中のAAT量が第2の閾値以上である被験者を前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがあると判定すること、を含む、方法。
[2]
前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがある被験者を選択するスクリーニング方法であって、
血清中の前立腺特異抗原(PSA)量を第1の閾値と比較すること、
尿中のα1-アンチトリプシン(AAT)量を第2の閾値と比較すること、
血清中のPSA量が第1の閾値以上であり、かつ尿中のAAT量が第2の閾値以上である被験者を前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがある被験者として選択すること、を含む、スクリーニング方法。
[3]
被験者が前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがあると判定するためのデータ収集方法であって、
血清中の前立腺特異抗原(PSA)量を第1の閾値と比較すること、
尿中のα1-アンチトリプシン(AAT)量を第2の閾値と比較すること、を含む、方法。
[4]
上記尿中のAAT量が、内部標準物質で規格化された量である、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]
上記内部標準物質が、尿中のクレアチニン(Cre)である、[4]に記載の方法。
[6]
上記尿中のAAT量が、尿中のAAT量を尿中のCre量で除すことで規格化された量である、[5]に記載の方法。
[7]
上記第2の閾値が、0.01μg/mg以上2μg/mg未満の範囲内にある、[6]に記載の方法。
[8]
上記第1の閾値が、1ng/mL以上5ng/mL以下の範囲内にある、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、感度を維持しつつ特異度が向上した前立腺がんの判定方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】血清中PSA量及び尿中AAT/Cre値をプロットした散布図である。
図2図1の散布図において、設定した閾値を示す補助線を追加し、スケールを拡大した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0020】
〔判定方法〕
本実施形態に係る判定方法は、被験者が前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがあると判定する方法であって、血清中の前立腺特異抗原(PSA)量を第1の閾値と比較すること、尿中のα1-アンチトリプシン(AAT)量を第2の閾値と比較すること、血清中のPSA量が第1の閾値以上であり、かつ尿中のAAT量が第2の閾値以上である被験者を前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがあると判定すること、を含む。
【0021】
被験者は、例えば、ヒト、サル、マウス及びラットであってよいが、ヒトであることが好ましい。
【0022】
血清中のPSA量を第1の閾値と比較することは、血清中のPSA量が、第1の閾値以上又は第1の閾値未満であると判定することであってもよい。
【0023】
第1の閾値は、例えば、被験者から得た血清を用いた統計的な処理によって設定してもよく、ROC曲線に基づいて設定してもよい。
【0024】
統計的な処理による設定は、例えば、予め前立腺がんに罹患しているか否かを診断された被験者から得た血清をサンプルとし、被験者の血清中のPSA量のデータを得る。複数の被験者(例えば、50人)から得た「前立腺がんの罹患の有無」のデータ、及び「血清中のPSA量」のデータを統計的に処理することにより、これらデータ間の相関を解析する。解析された結果から、感度を維持しつつ特異度が高くなるように閾値を設定すればよく、その中で例えば、陽性率の高さ(感度の高さ)を重視するか、偽陽性率の低さ(特異度の高さ)を重視するか、又は陽性率と偽陽性率をどの程度でバランスさせるか等の目的に応じて、閾値を設定することができる。
【0025】
ROC曲線に基づく閾値の設定方法としては、例えば、左上隅からの距離が最小となる点を閾値としてもよく、ROC曲線下面積が0.500となる斜点線から最も離れた点(Youden Index)を閾値としてもよく、任意の感度又は特異度になるような閾値を設定してもよい。
【0026】
第1の閾値は特に限定されないが、例えば、1ng/mL以上5ng/mL以下の範囲内にあってよく、1.5ng/mL以上4.5ng/mL以下、2ng/mL以上4ng/mL以下、3ng/mL以上4ng/mL以下の範囲内にあってもよい。
【0027】
一実施形態に係る判定方法は、血清中のPSA量を定量することを更に含んでいてもよい。血清中PSA量は、当業者がタンパク質の定量又は同定に通常用いる方法によって、血清から定量できる。血清は、被験者から採取した血液を遠心分離する、血液分離フィルターを使用する方法等の常法に従って得ることができる。
【0028】
血清中PSA量の定量方法としては、血清中PSA量を定量できれば特に限定されないが、例えば、ウェスタンブロッティング法、酵素結合免疫吸着アッセイ法(ELISA法)、フローストリップ法及びラテックス凝集免疫法等の抗原抗体反応検出法、並びにアミノ酸配列決定法及び質量分析法等が挙げられる。
【0029】
尿中のAAT量を第2の閾値と比較することは、尿中のAAT量が、第2の閾値以上又は第2の閾値未満であると判定することであってもよい。
【0030】
尿中のAATは、尿中で検出できるものであればよく、完全長のAATのみであっても、完全長のAAT及び部分的に加水分解されたAATであってもよい。
【0031】
尿中のAAT量は、内部標準物質で規格化された量であってもよい。これにより、尿中のAAT量をより正確に定量することができ、ひいてはより正確な判定を行うことができる。内部標準物質は、尿中に一定濃度で存在する物質であることが好ましい。内部標準物質でAAT量を規格化することで、例えば、尿量の多寡等の影響を除した値を得ることができる。規格化は、例えば、尿中のAAT量を尿中の内部標準物質量で除すことであってもよい。
【0032】
内部標準物質としては例えば、総タンパク質、アルブミン、クレアチニン(Cre)等が挙げられ、Creであることが好ましい。
【0033】
第2の閾値の設定は、上述の第1の閾値の設定と同様にして設定することができる。
【0034】
第2の閾値は、特に限定されないが、例えば、0.01μg/mg以上、0.03μg/mg以上、0.05μg/mg以上、0.1μg/mg以上、0.2μg/mg以上、0.3μg/mg以上、0.4μg/mg以上、0.5μg/mg以上、0.6μg/mg以上、0.7μg/mg以上、0.8μg/mg以上、0.9μg/mg以上、1μg/mg以上の範囲内であってもよい。また、第2の閾値は、例えば、9μg/mg以下、8μg/mg以下、7μg/mg以下、6μg/mg以下、5μg/mg以下、4μg/mg以下、3μg/mg以下、2μg/mg以下、1.3μg/mg以下の範囲内であってもよい。
【0035】
第2の閾値は、尿中のAAT量が尿中のAAT量を尿中のCreで除することにより規格化されたものである場合、より感度を維持しつつ特異度が向上するという観点から、0.01μg/mg以上2μg/mg未満の範囲内であってよく、0.03μg/mg以上1.8μg/mg以下、0.1μg/mg以上1.5μg/mg以下、0.5μg/mg以上1.3μg/mg以下、0.8μg/mg以上1.3μg/mg以下の範囲内であってもよい。
【0036】
一実施形態に係る判定方法は、尿中のAAT量を定量することを更に含んでいてもよい。尿中のAAT量の定量は、当業者がタンパク質の定量又は同定に通常用いる方法によって、尿中から定量できる。
【0037】
尿中AAT量の定量方法としては、尿中AAT量を定量できれば特に限定されないが、例えば、ウェスタンブロッティング法、ELISA法、フローストリップ法及びラテックス凝集免疫法等の抗原抗体反応検出法、並びにアミノ酸配列決定法及び質量分析法等が挙げられ、好ましくは抗原抗体反応検出法であり、より好ましくはELISA法である。
【0038】
ELISA法により尿中のAAT量を定量する場合、ELISA法は、AATが抗α1-アンチトリプシン抗体又はその機能的断片に結合する性質を利用して、尿中のAAT量を定量するものであればよく、例えば、直接吸着法、サンドイッチ法、競合法のいずれであってもよい。ELISA法は本技術分野においてよく知られた技術であり、当業者であれば、抗体及び標識等の試薬の選定、ブロッキング、抗原抗体反応及び各種洗浄等の諸条件(例えば、試薬の種類、温度、時間、回数等)、並びに標識の検出条件等の各種条件を適宜設定することができる。
【0039】
尿中のAAT量を定量する際には、得られた尿をそのまま定量に用いてもよく、得られた前処理を施した尿を定量に用いてもよい。前処理としては、定量方法等によって適宜選択すればよいが、例えば尿中のAAT以外の夾雑物を除去する処理(以下、「除去処理」ともいう。)、尿中のAATを変性させる処理(以下、「変性処理」ともいう。)等が挙げられる。前処理を行うことで、より正確に尿中のAAT量を定量することができる。
【0040】
除去処理としては、例えば、ゲルろ過による方法、電気泳動とゲルからの切り出しとを組み合わせた方法、サイズ排除クロマトグラフィーによる方法、限外ろ過による方法、逆浸透による方法、遠心分離による方法、沈殿による方法、透析による方法等が挙げられる。除去処理は、1種を単独で行ってもよく、また2種以上を組み合わせて行ってもよい。
【0041】
本明細書において、「変性処理」とは、タンパク質の高次構造を破壊することでタンパク質を変性させる処理を意味する。変性処理としては例えば、熱変性処理、低温変性処理、酸変性処理、アルカリ変性処理、圧力変性処理、超音波処理、変性剤による変性処理、有機溶媒処理等が挙げられる。変性処理は、1種を単独で行ってもよく、また2種以上を組み合わせて行ってもよい。
【0042】
変性剤としては、例えば、尿素及びグアニジン塩酸塩(又は塩酸グアニジン)等の水素結合を破壊する変性剤、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、臭化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム(CTAB)、コール酸ナトリウム等の疎水結合を破壊する変性剤、2-メルカプトエタノール、ジチオスレイトール等のジスルフィド結合を還元する変性剤を挙げることができる。変性剤は、1種を単独で用いてもよく、また2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0043】
血清中のPSA量を第1の閾値と比較することと、尿中のAAT量を第2の閾値と比較することは、任意の順で実施することができる。また、例えば、血清中のPSA量を第1の閾値と比較した結果、血清中のPSA量が第1の閾値以上である場合のみ、尿中のAAT量を第2の閾値と比較することを実施してもよい。また、尿中のAAT量を第2の閾値と比較した結果、尿中のAAT量が第2の閾値以上である場合のみ、血清中のPSA量を第1の閾値と比較することを実施してもよい。さらに、例えば、ある第1の時点にて血清中のPSA量が第1の閾値以上である一方で、尿中のAAT量が第2の閾値以下である被験者のみ、第1の時点から一定期間経過後の第2の時点において尿中のAAT量を第2の閾値と比較してもよい。逆に、ある第1の時点にて血清中のPSA量が第1の閾値以下である一方で、尿中のAAT量が第2の閾値以上である被験者のみ、第1の時点から一定期間経過後の第2の時点において血清中のPSA量を第1の閾値と比較してもよい。
【0044】
血清中のPSA量が第1の閾値以上であり、かつ尿中のAAT量が第2の閾値以上である被験者を前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがあると判定することは、血清中のPSA量を第1の閾値と比較すること、及び尿中のAAT量を第2の閾値と比較することに基づいているため、被験者を前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがあると機械的に判定できる。
【0045】
〔スクリーニング方法〕
本実施形態に係るスクリーニング方法は、前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがある被験者を選択するスクリーニング方法であって、血清中の前立腺特異抗原(PSA)量を第1の閾値と比較すること、尿中のα1-アンチトリプシン(AAT)量を第2の閾値と比較すること、血清中のPSA量が第1の閾値以上であり、かつ尿中のAAT量が第2の閾値以上である被験者を前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがある被験者として選択すること、を含む。
【0046】
本実施形態に係るスクリーニング方法における血清中の前立腺特異抗原(PSA)量を第1の閾値と比較すること、及び尿中のα1-アンチトリプシン(AAT)量を第2の閾値と比較することは、上述したとおりである。血清中のPSA量が第1の閾値以上であり、かつ尿中のAAT量が第2の閾値以上である被験者を前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがある被験者として選択することは、上述の血清中のPSA量が第1の閾値以上であり、かつ尿中のAAT量が第2の閾値以上である被験者を前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがあると判定することと同様である。
【0047】
本実施形態に係るスクリーニング方法は、上述の判定方法で説明した各実施形態を適用できる。
【0048】
〔データ収集方法〕
本実施形態に係るデータ収集方法は、被験者が前立腺がんに罹患している、又は罹患している疑いがあると判定するためのデータ収集方法であって、血清中の前立腺特異抗原(PSA)量を第1の閾値と比較すること、尿中のα1-アンチトリプシン(AAT)量を第2の閾値と比較すること、を含む。
【0049】
本実施形態に係るデータ収集方法における血清中の前立腺特異抗原(PSA)量を第1の閾値と比較すること、及び尿中のα1-アンチトリプシン(AAT)量を第2の閾値と比較することは、上述したとおりである。また、血清中の前立腺特異抗原(PSA)量を第1の閾値と比較することにより比較データ1を得ることができる。同様に、尿中のα1-アンチトリプシン(AAT)量を第2の閾値と比較することにより比較データ2を得ることができる。本実施形態に係るデータ収集方法は、この比較データ1及び比較データ2を収集する方法と捉えることもできる。
【0050】
本実施形態に係るデータ収集方法は、上述の判定方法で説明した各実施形態を適用できる。また、本実施形態に係るデータ収集方法は、血清中のPSA量を定量することにより得られる血清中PSA量データを収集すること、尿中のAAT量を定量することにより得られる尿中AAT量データを収集すること、尿中AAT量を内部標準物質で規格化した規格化尿中AAT量(例えば、尿中AAT/Cre値)データを収集することを含むものであってよい。
【実施例0051】
以下、実施例に基づき本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0052】
(1.血清中PSA量及び尿中AAT量の定量)
がん検診を受診する男性718名に対して、受診当日、各種検査前の状態で採尿及び採血を行った。採取した尿を使用し、尿中のα1-アンチトリプシン量及びクレアチニン量を定量した。次いで、尿中のα1-アンチトリプシン量(単位:μg/mL)を尿中のクレアチニン量(単位:mg/mL)で除した値(以下、「尿中AAT/Cre値(単位:μg/mg)」ともいう。)を以下のとおりに求めた。採取した血液を使用し、血清中PSA量(単位:ng/mL)を以下のとおりに定量した。
【0053】
<尿中AAT量の定量>
被験者より採取した尿に対して、遠心分離(3,000×g、4℃、10分間)した。得られた上清のうち50μlを分取し、等量の25mM Tris-HCl緩衝液(pH6.8)を混和後、限外ろ過により分子量10kDa以下の溶質が分画される画分を除去した。限外ろ過は、限外ろ過装置(ミリポア社製、Microcon 10)のメンブレン上に添加して遠心分離(13,200×g、4℃、60分間)し、遠心分離後、メンブレン上に25mM Tris-HCl緩衝液(pH6.8)100μlを添加して更に遠心分離操作(13,200×g、4℃、60分間)する工程を計4回繰り返した。最終的に限外ろ過装置のメンブレンを逆転させ、メンブレン上に25mM Tris-HCl緩衝液(pH6.8)を50μl添加して遠心分離操作(13,200×g、4℃、10分間)を行い、得られた溶液を測定試料とし、ELISA法による尿中AAT量の定量に供した。
【0054】
尿中AAT量の定量系は、以下の手順で構築した。抗α1-アンチトリプシンポリクローナル抗体(BETHYL社製)を125ng/100μlとなるよう0.1M炭酸緩衝液(pH9.5)に溶解し、Nunc社製イムノプレート(MaxiSorp)の各ウェルへ100μlずつ添加し、4℃にて一昼夜反応(固相化反応)させた。固相化反応後、ダルベッコりん酸緩衝液(以下、「D-PBS(-)」)で各ウェルを3回洗浄し、超純水で5倍希釈したポリマー系ブロッキング溶液(N101,日油社製)を各ウェルへ200μlずつ添加し、4℃にて一昼夜反応(ブロッキング反応)させた。ブロッキング反応後、0.05%Tween20を含有するD-PBS(-)で各ウェルを5回洗浄し、抗α1-アンチトリプシン抗体固相化プレートを得た。
【0055】
上記測定試料に0.1%ウシ血清アルブミン及び0.05%Tween20を含有するD-PBS(-)を添加して様々な濃度の希釈系列を調製し、上記抗α1-アンチトリプシン抗体固相化プレートを用いてELISA法による検出系で測定を行った。同一濃度につき2つのウェルを使用して各ウェルへ100μlずつ添加し(duplicate添加)、4℃にて一昼夜反応させた。反応後、0.05%Tween20を含有するD-PBS(-)で各ウェルを5回洗浄し、0.1%ウシ血清アルブミン及び0.05%Tween20を含有するD-PBS(-)で10ng/100μlに調製したHRP標識抗α1-アンチトリプシンポリクローナル抗体(BETHYL社)を各ウェルへ100μlずつ添加し、遮光下で、室温にて1時間反応させた。反応後、0.05%Tween20を含有するD-PBS(-)で各ウェルを5回洗浄した。TMB溶液(SIGMA社製)を各ウェルへ100μlずつ添加し、遮光下で、室温にて15分間反応させた。反応後、1N硫酸を各ウェルへ100μlずつ添加し、室温にて15分間反応させた。反応後、プレートリーダー(モレキュラーデバイス社製、SPECTRAMAX250)を用いて450nmの吸光度を測定した。
【0056】
<尿中クレアチニン量の定量>
被験者より採取した尿に対して、遠心分離(3,000×g、4℃、10分間)した。得られた上清を用い、生化学自動分析装置JCA-BM6050 BioMajesty(日本電子社製)によってクレアチニンキット シカリキッド―S CRE(関東化学社製)を使用してクレアチニン量を定量した。
【0057】
得られた定量値と、同一のプレート上の別のウェルで同時に測定して得られたヒトAATの標品タンパク質の検量線とから、尿中AAT量の定量値を求め、同じ試料中のクレアチニン量の定量値で除することで、尿中AAT/Cre値(単位:μg/mg)を算出した。
【0058】
<血清中PSA量の定量>
被験者より抗凝固剤の入っていない採血管で採取した血液に対して、遠心分離(3,500rpm、4℃、5分間)して血清を得た。得られた血清を用い、全自動化学発光酵素免疫測定装置UniCel Dxl800(ベックマン・コールター社製)によって、前立腺特異抗原キット アクセス ハイブリテックPSA(ベックマン・コールター社製)を使用してPSA量を定量した。
【0059】
(2.前立腺がんについての血清中PSA量と尿中AAT/Cre値との関連性の評価)
検診受診から2年以内に、前立腺がんの罹患が確定した被験者は8名であった。さらに、前立腺炎又は前立腺肥大症と診断された被験者は3名であった。前立腺がんの罹患が確定した8名、及び前立腺炎又は前立腺肥大症3名を除く計707名を健常者とし、この718名について、それぞれの血清中PSA量と尿中AAT/Cre値との関連性を評価した。図1は、血清中PSA量及び尿中AAT/Cre値をプロットした散布図である。
【0060】
血清中PSA量の閾値を4.0ng/mLとし、尿中AAT/Cre値の閾値を変化させた場合の感度及び特異度を算出した。感度及び特異度は、血清中PSA量の閾値のみを設定した場合(No.1)、尿中AAT/Cre値の閾値のみを設定した場合(No.2,4,6,8,10,12,14,16,18,20,22及び24)、血清中PSA量及び尿中AAT/Cre値の閾値を両方設定した場合(No.3,5,7,9,11,13,15,17,19,21,23及び25)に分けて算出した。結果を表1及び表2に示す。図2は、図1の散布図において、設定した血清中PSA量の閾値及び尿中AAT/Cre値の閾値を示す補助線を追加し、スケールを拡大した図である。図2中、血清中PSA量の閾値は横線で示し、尿中AAT/Cre値の閾値は1~11の縦線で示す。なお、1~11の縦線(尿中AAT/Cre値の閾値)はそれぞれ、No.2~3,4~5,6~7,8~9,10~11,12~13,14~15,16~17,18~19,20~21,22~23におけるAAT/Cre値の閾値に対応している。
【0061】
また、尿中AAT/Cre値の受信者操作特性(ROC)曲線に基づく解析を実施したところ、(感度+特異度-1)が最大値となる閾値(Youden Index)は、1.3μg/mgであった。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
血清中PSA量の閾値を、PSA検査値のカットオフ値である4.0ng/mLに設定した場合(No.1)、感度1(100%)、特異度0.935(93.5%)であり、いわゆる偽陽性となった受診者は計46名であった。
【0065】
尿中AAT/Cre値の閾値を最適カットオフ値である1.3μg/mgに設定した場合(No.8)、感度1(100%)、特異度0.782(78.2%)であり、いわゆる偽陽性となった受診者は計155名であった。
【0066】
また、表1及び表2に示すとおり、尿中AAT/Cre値の閾値と血清中PSA量の閾値とを組み合わせて被験者を分離した場合(No.3,5,7,9,11,13,15,17,19,21,23及び25)、尿中AAT/Cre値の閾値が増加するほど特異度が上昇することが判明した。このことは、血清中PSA量の閾値をPSA検査値のカットオフ値である4.0ng/mLに設定した場合、当該閾値以上である被験者における偽陽性者を、さらに尿中AAT/Cre値の閾値との比較を組み合わせることで減少できていることを意味している。特に、尿中AAT/Cre値の閾値を1.3μg/mgに設定した場合、血清中PSA量の閾値(4.0ng/mL)の設定と組み合わせて被験者を分離すると、感度が1(100%)のまま、特異度が約0.993(99.3%)となり、いわゆる偽陽性となった被験者は計5名となった。
【0067】
一方、尿中AAT/Cre値の閾値を2.0μg/mgに設定した場合、特異度は変化しないものの、感度が0.875(87.5%)となった。血清中PSA量の閾値をPSA検査値のカットオフ値である4.0ng/mLに設定した場合、当該閾値以上である被験者において、前立腺がんの罹患が確定した8名全員は陽性と判定できず、いわゆる偽陰性となる被験者が発生していることを意味している。さらに、表1及び表2の結果から、尿中AAT/Cre値の閾値を大きく設定するにしたがって、特異度は上昇し、反対に感度が低下することが明らかになった。
【0068】
図2からも分かる通り、前立腺炎又は前立腺肥大症と診断された被験者についても、血清中PSA量が高くなる傾向がある。したがって、従来の被験者の血清中PSA量を閾値と比較する方法においては、被験者が前立腺炎又は前立腺肥大症であるのか、前立腺がんであるのか判断が難しかった。対して本発明は、図2にも示されている通り、第1及び第2の閾値を適切に設定することにより(本実施例の場合には、例えば、血清中PSA量の閾値を4ng/mLに設定し、AAT/Cre値の閾値を0.8μg/mgとすることにより)、前立腺がんの被験者と前立腺炎又は前立腺肥大症の被験者を区別することが可能となり、前立腺がん判定の特異度が上昇することが明らかになった。
【0069】
以上の結果から、血清中PSA量が任意の閾値以上の被験者に対して、尿中AAT/Cre値を組み合わせて分離することで、血清中PSA量の定量及び閾値との比較に基づく検査単独で問題となる偽陽性者を減少させることが可能となった。AAT/Cre値の閾値については、血清中PSA量の定量値から得られた陽性率の高さ(感度の高さ)を重視するか、偽陽性率の低さ(特異度の高さ)を重視するか、又は陽性率と偽陽性率をどの程度でバランスさせるか等の目的に応じて閾値を設定することも可能であることが判明した。
図1
図2