(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024102296
(43)【公開日】2024-07-30
(54)【発明の名称】高アンモニア血症を治療するための医薬組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/194 20060101AFI20240723BHJP
A61K 31/225 20060101ALI20240723BHJP
A61P 1/16 20060101ALI20240723BHJP
A61P 39/02 20060101ALI20240723BHJP
【FI】
A61K31/194
A61K31/225
A61P1/16
A61P39/02
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024076867
(22)【出願日】2024-05-10
(62)【分割の表示】P 2021513555の分割
【原出願日】2020-03-25
(31)【優先権主張番号】P 2019075524
(32)【優先日】2019-04-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.日本先天代謝異常学会雑誌 第35巻 第61回日本先天代謝異常学会 総会号第176頁 発行者 : 井田博幸(日本先天代謝異常学会事務局) 発行日 : 令和 1年 9月20日 2.第61回日本先天代謝異常学会 総会 開催場所: 秋田キャッスルホテル(秋田県秋田市中通1-3-5) 開催日 : 令和 1年10月26日
(71)【出願人】
【識別番号】599045903
【氏名又は名称】学校法人 久留米大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【弁理士】
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100138911
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻井 陽子
(72)【発明者】
【氏名】芳野 信
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 知之
(72)【発明者】
【氏名】福井 香織
(72)【発明者】
【氏名】石原 直忠
(72)【発明者】
【氏名】長嶋 比呂志
(57)【要約】 (修正有)
【課題】高アンモニア血症の治療薬を提供する。
【解決手段】本開示は、高アンモニア血症を治療するための、α-ケトグルタル酸もしくはジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩を含む医薬組成物を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高アンモニア血症を治療するための、α-ケトグルタル酸もしくはジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩を含む医薬組成物。
【請求項2】
前記高アンモニア血症が、先天代謝異常症に起因する、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記先天代謝異常症が、尿素サイクル異常症である、請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
前記高アンモニア血症が、肝障害に起因する、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項5】
前記肝障害が、肝硬変である、請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩を含む、請求項1~5のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項7】
前記α-ケトグルタル酸の医薬上許容される塩が、α-ケトグルタル酸ナトリウムである、請求項1~6のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項8】
前記α-ケトグルタル酸の医薬上許容される塩が、オルニチンα-ケトグルタル酸である、請求項1~6のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項9】
ジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩を含む、請求項1~5のいずれかに記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願は、日本国特許出願第2019-075524号について優先権を主張するものであり、ここに参照することによって、その全体が本明細書中へ組み込まれるものとする。
本開示は、高アンモニア血症の治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
高アンモニア血症は、遺伝的障害を含む様々な要因により血中アンモニア濃度が高くなる疾患である。高アンモニア血症の治療法として、肝臓移植は、生着すれば長期的に安定な状態が期待できるが、その実施にはかなりの準備期間が必要である。また、高アンモニア血症の発作は、いったん発症すると時間単位で増悪し、死に至ることもまれではなく、救命できたとしても神経学的障害を遺す危険性がある。したがって、高アンモニア血症の治療法の改善は必須である。
【0003】
現在、高アンモニア血症の治療法として、栄養学的治療(タンパク質摂取制限および非タンパク質性熱量の供給)、窒素代替経路賦活化療法、N-カルバミルグルタミン酸投与、尿素サイクル中間代謝産物補充療法、血液浄化療法などがあり、多くの場合、そのいくつかが併用されている。しかし、これらはしばしば窒素平衡を負とする治療であり、タンパク合成(同化)を回復させる効果は、非タンパク質性熱量の供給を除けば期待できない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示は、高アンモニア血症の治療薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
ある態様において、本開示は、高アンモニア血症を治療するための、α-ケトグルタル酸もしくはジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩を含む医薬組成物を提供する。
【発明の効果】
【0006】
本開示の治療薬は、既存の治療薬や治療方法と異なる機序により血中アンモニア濃度を低下させることができ、高アンモニア血症治療の有効な選択肢となる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、野生型マウス胎児線維芽細胞(WT MEF)の培養液中のアンモニア濃度の経時的変化を示す。各カラムは、無細胞ブランク(cell-free blank)濃度、総アンモニア濃度(gross concentration)、正味のアンモニア濃度(net concentration)を示す。
【
図2】
図2は、各濃度のブドウ糖存在下または非存在下におけるWT MEFの培養液中のアンモニア濃度を示す。
【
図3】
図3は、ブドウ糖欠乏が体タンパク質異化およびアミノ酸分解に及ぼす影響を示す図である。AMPK, AMP活性化プロテインキナーゼ;CPS1, カルバミルリン酸合成酵素;DAc, 脱アセチル化;GDH, グルタミン酸脱水素酵素;GLS, グルタミナーゼ;GLUL, グルタミン合成酵素;OTC,オルニチントランスカルバミラーゼ;PGC-1α, ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γ(PPARγ)コアクチベーター-1α;SIRT, サーチュイン;Cit, クエン酸;α-KG, α-ケトグルタル酸;OAA, オキサロ酢酸;Fum, フマル酸;Citr, シトルリン;AS, アルギニノコハク酸;Orn, オルニチン;Arg, アルギニン;Glu, グルタミン酸;Gln, グルタミン。
【
図4】
図4は、WT MEFおよびAtg5の遺伝子をノックアウトしたMEFであるAtg5
-/-MEFにおけるブドウ糖充足または欠乏条件下でのアンモニア濃度を示す。
【
図5】
図5は、WT MEFにおけるブドウ糖充足または欠乏条件下でのアンモニア濃度に与えるジメチル-α-ケトグルタル酸(DKG)の効果を示す。
【
図6】
図6は、WT MEFにブドウ糖充足または欠乏条件下でDKGを添加したときの培養液中の各アミノ酸の濃度を示す。
【
図7】
図7は、WT MEFをブドウ糖添加または非添加およびDKGを非添加または添加の各条件で培養し、培養液中のアンモニアとアミノ酸濃度のそれぞれの、無細胞ブランク(cell-free blank)値との差(ΔμM)を示す。各アミノ酸およびアンモニアの値は3実験の平均値。
【
図8】
図8は、WT MEFおよびAtg5
-/-MEFにおける、グルタミン酸脱水素酵素I(Glud1)、グルタミナーゼ(Gls)、およびグルタミン合成酵素(Glul)の遺伝子発現レベルを示す。いずれもGapdh遺伝子の発現レベルに対する相対比で表示。
【
図9】
図9は、WT MEFにおけるブドウ糖充足下でのアンモニア濃度に与えるラパマイシンの効果を示す。
【
図10】
図10は、ブドウ糖添加または非添加状態でのWT MEFおよびAtg5
-/-MEFにおけるSirtuin(Sirt)3、4および5の遺伝子発現レベルを示す。
【
図11】
図11は、オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)欠損症モデルブタにおけるDKG輸注が血液中アンモニア濃度に及ぼす影響を示す。「Control range」は、健常な新生仔ブタにおける血中アンモニア濃度の範囲を示す。
【
図12】
図12は、塩化アンモニウムを負荷したマウスにおける血漿中のアンモニア濃度の変化を示す。
【
図13】
図13は、実験的高アンモニア血症モデルマウスにおいてDKGおよびα-ケトグルタル酸(AKG)が血漿中のアンモニア濃度に及ぼす影響を示す。S:生理食塩水、N:塩化アンモニウム、D:DKG、A:AKG。
【
図14】
図14は、実験的高アンモニア血症モデルマウスにおける血漿中のアミノ酸の変化を示す。
【
図15】
図15は、WT MEFにおけるブドウ糖充足または欠乏条件下でのAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化およびこれに対するDKGの効果を示す。結果は、リン酸化(活性型)AMPKと非リン酸化(非活性型)AMPKとのタンパク質濃度の比率(pAMPK/AMPK)で示す。
【
図16】
図16は、WT MEFにおけるブドウ糖充足または欠乏条件下でのS6キナーゼ1(S6K1)の活性化およびこれに対するDKGの効果を示す。結果は、リン酸化(活性型)S6K1と非リン酸化(非活性型)S6K1とのタンパク質濃度の比率(pS6K1/S6K1)で示す。
【
図17】
図17は、WT MEFにおけるブドウ糖充足または欠乏条件下での4E-BP1の活性化およびこれに対するDKGの効果を示す。結果は、リン酸化(活性型)4E-BP1と非リン酸化(非活性型)4E-BP1とのタンパク質濃度の比率(p4E-BP1/4E-BP1)で示す。
【
図18】
図18は、WT MEFにおけるブドウ糖充足または欠乏条件下でのオートファジー進行状態およびこれに対するDKGの効果を示す。結果は、非脂質化型LC3(LC3-I)と脂質化型LC3(LC3-II)とのタンパク質濃度の比率(LC3-I/LC3-II)で示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
特に具体的な定めのない限り、本明細書で使用される用語は、有機化学、医学、薬学、分子生物学、微生物学等の分野における当業者に一般に理解されるとおりの意味を有する。以下にいくつかの本明細書で使用される用語についての定義を記載するが、これらの定義は、本明細書において、一般的な理解に優先する。
【0009】
高アンモニア血症は、遺伝的障害を含む様々な要因により血中のアンモニア濃度が高くなる疾患である。体内のアンモニアは、タンパク質の代謝の過程で作られ、肝臓の尿素サイクルにおいて尿素に合成され排泄されることにより、解毒される。本開示における「高アンモニア血症」は、特定の原因による高アンモニア血症に限定されない。高アンモニア血症は、尿素サイクルの酵素やトランスポーターの遺伝的障害による原発性高アンモニア血症と、尿素サイクルが他の経路の障害などにより二次的に影響をうける二次性高アンモニア血症とに分けられる。高アンモニア血症は、先天代謝異常症、肝障害、門脈大循環短絡路(シャント)の形成、感染、薬物などにより生じる。先天代謝異常症としては、尿素サイクル異常症、シトリン欠損症、リジン尿性蛋白不耐症、高オルニチン血症・高アンモニア血症・ホモシトルリン尿症症候群(HHH症候群)、有機酸代謝異常症、脂肪酸代謝異常症などが挙げられる。
【0010】
一実施形態において、高アンモニア血症は、尿素サイクル異常症に起因する。尿素サイクル異常症では、尿素サイクルにおける尿素を生成する過程の遺伝的障害によって高アンモニア血症を呈する。尿素サイクルにかかわる酵素としては、N-アセチルグルタミン酸合成酵素(NAGS)、カルバミルリン酸合成酵素(CPS1)、オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)、アルギニノコハク酸合成酵素(ASS)、アルギニノコハク酸分解酵素(ASL)、アルギナーゼ1(ARG1)が挙げられる。尿素サイクル異常症には、NAGS欠損症、CPS1欠損症、OTC欠損症、シトルリン血症I型、アルギニノコハク酸尿症、アルギニン血症が含まれる。別の実施形態において、高アンモニア血症は、シトリン欠損症、リジン尿性蛋白不耐症、HHH症候群に起因する。
【0011】
一実施形態において、高アンモニア血症は、有機酸代謝異常症に起因する。有機酸代謝異常症は、アミノ酸や脂肪酸などの代謝経路に関わる酵素異常が原因で中間代謝産物ある有機酸が蓄積し、様々な症状をきたす疾患である。有機酸代謝異常症としては、メチルマロン酸血症、プロピオン酸血症、マルチプルカボキシラーゼ欠損症、イソ吉草酸血症、グルタル酸血症1型などが挙げられる。
【0012】
一実施形態において、高アンモニア血症は、脂肪酸代謝異常症に起因する。脂肪酸代謝異常症は、脂肪酸のミトコンドリアへの取り込みのためのカルニチン回路または脂肪酸β酸化系の異常を原因とする疾患である。脂肪酸代謝異常症としては、極長鎖アシル-CoA脱水素酵素欠損症、三頭酵素欠損症、中鎖アシル-CoA脱水素酵素欠損症、CPT1(カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1)欠損症、CACT(カルニチンアシルカルニチントランスロカーゼ)欠損症、CPT21(カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ2)欠損症、OCTN2欠損症(全身性カルニチン欠乏症)、グルタル酸血症2型などが挙げられる。
【0013】
一実施形態において、高アンモニア血症は、肝障害により生じる。本明細書における肝障害には、肝臓におけるアンモニアの解毒が低下するあらゆる障害が含まれる。肝障害としては、肝硬変または劇症肝炎が挙げられる。
【0014】
本開示において、対象は、ヒト、または非ヒト動物、例えばマウス、ハムスター、ラット、モルモット、ウサギ、イヌ、サルなどであってよく、好ましくはヒトである。当業者は、対象の年齢や健康状態、使用する血中アンモニア濃度の測定法などの因子を考慮して、高アンモニア血症の対象を特定することができる。高アンモニア血症と判断される血中アンモニア濃度の基準値は、限定はされないが、例えば、ヒトの場合、新生児では120μg/dL以上、それ以降は(成人を含め)60μg/dL以上でありうる。
【0015】
高アンモニア血症の治療には、血中アンモニア濃度の低減、および高アンモニア血症と関連する疾患または症状の治療が含まれる。高アンモニア血症と関連する疾患または症状の治療には、当該疾患または症状の軽減もしくは除去または進行の抑制が含まれる。高アンモニア血症と関連する症状としては、意識障害、行動異常、昏睡、脳浮腫、嘔吐、けいれんなどが挙げられる。
【0016】
対象は、高アンモニア血症の原因となる、または高アンモニア血症と関連する、疾患または症状(例えば、本明細書に記載の疾患または症状)のいずれかを有しうる。一実施形態において、対象は、肝障害(例えば、肝硬変または劇症肝炎)を患っている。別の実施形態において、対象は、先天代謝異常症(例えば、尿素サイクル異常症、シトリン欠損症、リジン尿性蛋白不耐症、HHH症候群、有機酸代謝異常症または脂肪酸代謝異常症)を患っている。
【0017】
本開示の医薬組成物は、α-ケトグルタル酸(本明細書において、AKGまたはα-KGとも記載する)もしくはジメチル-α-ケトグルタル酸(本明細書において、DKGとも記載する)またはその医薬上許容される塩を含む。
α-ケトグルタル酸
ジメチル-α-ケトグルタル酸
【0018】
医薬上許容される塩としては、無機酸(例えば、塩酸、臭化水素酸、リン酸、または硫酸)との塩;有機酸(例えば、トリフルオロ酢酸、プロピオン酸、マレイン酸、フマル酸、リンゴ酸、クエン酸、酒石酸、乳酸、安息香酸、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、トルエンスルホン酸またはナフタレンジスルホン酸)との塩;アルカリ土類金属塩(例えばナトリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、カリウム塩);アルギニン、ロイシン、イソロイシン、ピリドキシン、キトサン、クレアチンまたはオルチニンとの塩が挙げられる。一実施形態において、α-ケトグルタル酸の医薬上許容される塩は、α-ケトグルタル酸ナトリウム、α-ケトグルタル酸カルシウム、α-ケトグルタル酸マグネシウム、α-ケトグルタル酸カリウムである。さらなる実施形態において、α-ケトグルタル酸の医薬上許容される塩は、α-ケトグルタル酸ナトリウムである。別の実施形態において、α-ケトグルタル酸の医薬上許容される塩は、オルニチンα-ケトグルタル酸である。
【0019】
本明細書において、α-ケトグルタル酸もしくはジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩の有効量とは、所望の高アンモニア血症の治療効果を発揮しうる量を意味する。α-ケトグルタル酸もしくはジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩は、投与対象の年齢、体重、健康状態等によって適宜選択される量で投与される。α-ケトグルタル酸もしくはジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩は、限定はされないが、例えば、体重1kgあたり、0.01mg~100g、0.1mg~10g、1mg~10g、または0.01g~1gで投与されうる。α-ケトグルタル酸もしくはジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩は、1日1回または複数回(例えば2、3または4回)に分けて投与しても、持続的に投与してもよく、連日投与しても、1日または数日(例えば2、3、4、5または6日)、1週間または数週間(例えば2、3、4、5または6週間)、1ヶ月または数ヶ月(例えば2、3、4、5または6ヶ月)の間隔をあけて投与してもよい。投与を継続する期間も特に限定されず、1日または数日(例えば2、3、4、5または6日)、1週間または数週間(例えば2、3、4、5または6週間)、1ヶ月または数ヶ月(例えば2、3、4、5または6ヶ月)またはそれ以上でありうる。
【0020】
本開示の医薬組成物は、有効成分であるα-ケトグルタル酸もしくはジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩に加えて、医薬上許容される担体および/または添加剤を含んでも良い。医薬上許容される担体としては、滅菌水、生理食塩水、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、植物油、ラクトース、マンニトール、結晶セルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、トウモロコシデンプン、ヒドロキシプロピルメチルセルロースなどが挙げられる。添加剤としては、崩壊剤、安定剤、酸化防止剤、緩衝剤、防腐剤、界面活性剤、キレート剤、結合剤、滑沢剤などが挙げられる。剤形としては、例えば、錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、液剤、懸濁剤、注射剤、坐剤等が挙げられるが、これらに限定されない。医薬組成物は、常法により製剤化することができる。投与方法としては、経口投与および非経口投与(例えば静脈内投与、直腸投与、口腔内投与、経鼻投与、筋肉内投与)などが挙げられる。
【0021】
ある態様において、本開示は、高アンモニア血症の治療に用いるためのα-ケトグルタル酸もしくはジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩を提供する。
ある態様において、本開示は、高アンモニア血症を治療するための医薬の製造のためのα-ケトグルタル酸もしくはジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩の使用を提供する。
ある態様において、本開示は、高アンモニア血症を治療する方法であって、有効量のα-ケトグルタル酸もしくはジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩をその治療を必要とする対象に投与することを含む方法を提供する。
【0022】
理論に限定されるものではないが、α-ケトグルタル酸もしくはジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩は、(1)グルタミンの分解(グルタミノリシス)の抑制による遊離アミノ酸の産生の減少、(2)TCAサイクルへのα-ケトグルタル酸の供給(アナプレロティック反応)による細胞増殖の回復とmRNAの翻訳の回復、および/または(3)mTORC1の活性化を介する過剰なオートファジーの定常化と、mRNAの翻訳の刺激によるタンパク質合成(同化)の促進により、アンモニアの源となるアミノ酸の分解(脱アミノ)を減少させると考えられる。このように、α-ケトグルタル酸もしくはジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩は、既存の高アンモニア血症の治療薬とは異なる機序により、高アンモニア血症を治療しうる。特に、窒素排泄を促すのではなく、体タンパク質の合成に向かわせる効果が期待できることから、成長という成人と比べ特別な生理的負荷をもつ小児に適すると考えられる。
【0023】
本開示の例示的実施形態を以下に示す。
[1]
高アンモニア血症を治療するための、α-ケトグルタル酸もしくはジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩を含む医薬組成物。
[2]
高アンモニア血症が、先天代謝異常症に起因する、前記1に記載の医薬組成物。
[3]
先天代謝異常症が、尿素サイクル異常症である、前記2に記載の医薬組成物。
[4]
高アンモニア血症が、肝障害に起因する、前記1に記載の医薬組成物。
[5]
肝障害が、肝硬変である、前記4に記載の医薬組成物。
[6]
α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩を含む、前記1~5のいずれかに記載の医薬組成物。
[7]
α-ケトグルタル酸の医薬上許容される塩が、α-ケトグルタル酸ナトリウムである、前記1~6のいずれかに記載の医薬組成物。
[8]
α-ケトグルタル酸の医薬上許容される塩が、オルニチンα-ケトグルタル酸である、前記1~6のいずれかに記載の医薬組成物。
[9]
ジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩を含む、前記1~5のいずれかに記載の医薬組成物。
【0024】
[10]
高アンモニア血症の治療に用いるための、α-ケトグルタル酸もしくはジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩。
【0025】
[11]
高アンモニア血症を治療するための医薬の製造のための、α-ケトグルタル酸もしくはジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩の使用。
【0026】
[12]
高アンモニア血症を治療する方法であって、有効量のα-ケトグルタル酸もしくはジメチル-α-ケトグルタル酸またはその医薬上許容される塩を、その治療を必要とする対象に投与することを含む方法。
【0027】
以下、実施例により本発明をさらに説明するが、本発明は如何なる意味においてもこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例0028】
尿素サイクルの酵素欠損症の患者では、飢餓が高アンモニア血症の発作の誘因となることが知られている。そのin vitroモデルとして、尿素サイクルの酵素が生理的に発現していないC57BL/6x129svマウス由来の細胞をSV40 large T で不死化した野生型マウス胎児線維芽細胞(WT MEF)において、ブドウ糖欠乏によってアンモニアが上昇するか否かを検討した(実験1)。まず、この細胞を10%ウシ胎仔血清(FBS)、2 mMグルタミン(Gln)、1%ペニシリン/ストレプトマイシン、ダルベッコ改変イーグル培地(D-MEM)を含む培養液(本培養液は特記しない限り25 mMのブドウ糖を含む)で培養し、24時間ごとに培養液中のアンモニア濃度を測定し、これを総アンモニア濃度(gross concentration)とした。並行して孵置した、細胞を含まない培養液のアンモニア濃度を無細胞ブランク濃度(cell-free blank concentration)とし、総アンモニア濃度から無細胞ブランク濃度を差し引いた値を正味のアンモニア濃度(net concentration)として表示した。なお、アンモニア濃度の測定は、アンモニアとα-ケトグルタル酸を基質とするグルタミン酸脱水素酵素を用いる方法によった。その結果、このWT MEFでは経時的に正味のアンモニア濃度の上昇が観察されることから(
図1)、細胞の代謝に伴う正味のアンモニア濃度の増減を観察できる系と判断した。
【0029】
次に、飢餓のモデルとしてブドウ糖欠乏によってアンモニア濃度が上昇するかどうかを検討した(実験2)。WT MEFを培養し、50%のコンフルエンシーに達したのち、25 mM~0 mMの各濃度のブドウ糖を含む培養液に交換した。さらに24時間培養を続けたのち、アンモニア濃度を測定し、正味の濃度を求め細胞数で補正した値(mM/1x106細胞)を「アンモニア濃度」とした。(以下、特記しない限り「アンモニア濃度」とはこの値を指すものとする。)
【0030】
その結果、アンモニア濃度は、添加したブドウ糖濃度が25 mMの時に比べ、1.4 mM以下では有意に上昇した(
図2)。よって、ブドウ糖欠乏は飢餓による高アンモニア血症誘発のin vitroモデルとして利用可能と考えられた。
【0031】
体タンパク質の異化がアンモニア濃度に反映されるには、まず体タンパク質が個別のアミノ酸まで分解され、ついでアミノ酸が脱アミノを受けて遊離のアンモニアを生じるという二つのステップが関わる。体タンパク質の異化の機構として、オートファジー、ユビキチン-プロテアソーム系および細胞質内プロテアーゼ系などが知られている。これらのうち後二者はおおむねペプチドレベルまでの限定的分解であるのに対して、オートファジーは個々のアミノ酸まで分解する。したがって、アンモニア濃度を問題とする場合、体タンパク質分解機構のなかでもオートファジーが最も直接的に関係すると考えられた。そこで、WT MEFと、オートファジーの誘導に必須のタンパク質の一つであるAtg5遺伝子をノックアウトしたC57BL/6x129svマウス由来のMEF(以下、Atg5-/- MEFと記載、東京大学・水島昇教授から供与いただいた)を以下の実験に使用した。Atg5-/- MEFは定常的にも誘導的にもオートファジーが進行しないことが知られている。
【0032】
WT MEFとAtg5-/- MEFとを実験1と同じ培養液で培養し、50%のコンフルエンシーに達したのち、それぞれをブドウ糖を25 mM含む、または含まない培養液に交換し、さらに24時間培養を続け、アンモニア濃度を求めた(実験3)。
【0033】
その結果、25 mMのブドウ糖を含む培養条件下では、Atg5
-/- MEFはWT MEFと比べアンモニア濃度が有意に低かった(
図4)。また、WT MEFをブドウ糖25 mMまたは0 mMの条件下で培養した場合を比較すると、0 mMでアンモニア濃度が有意に上昇した。これらの結果は、アンモニア濃度にオートファジーの誘導が関係するという仮説と矛盾しないと考えられた。しかしながら、ブドウ糖0 mMで培養した場合、Atg5
-/- MEFのアンモニア濃度はWT MEFのそれと有意差を認めない程度に上昇したことから、ブドウ糖欠乏時のアンモニア濃度の上昇はオートファジーの誘導だけでは説明できず、それ以外のアンモニア濃度を上昇させる機構の関与が考えられた。
【0034】
体タンパク質の異化により生じたアミノ酸は脱アミノを受けて遊離のアンモニアを生じる。したがって、上記のブドウ糖欠乏によるアンモニア濃度の上昇の機序の候補として、遊離アミノ酸の脱アミノ機構の関与が考えられる。アミノ酸のアミノ基はアミノ基転移によりα-ケトグルタル酸(α-KG)へ受け渡され、グルタミン酸(Glu)を生じる(
図3)。グルタミン酸は、その後、1)グルタミン合成酵素(GLUL)の作用によってさらにもう1分子のアンモニアを固定してグルタミン(Gln)となる、2)ピルビン酸とのアミノ基転移反応によりアラニンとα-KGを生じる、3)グルタミン酸脱水素酵素(GDH)の作用(酸化的脱アミノ反応)によって再度遊離アンモニアとα-KGとを生じる、のいずれかの道をたどる。このことから、遊離アンモニアの濃度はグルタミン酸およびグルタミンの分解と合成の平衡関係によって調節されていることになる。したがって、GluまたはGlnの分解を抑制する、あるいは合成を促進することにより、遊離アンモニア産生を抑制することができると考えられる。一方、Glnが分解され、その炭素骨格がTCAサイクルに供給される一連の過程をグルタミノリシスと呼ぶ。この反応には、酸化基質をTCAサイクルに供給するという生理的機能(アナプレロティック反応)がある。したがって、遊離アンモニア産生を抑止する方策を考えるうえで、単にグルタミンおよびグルタミン酸の過剰な分解を抑制するだけでなく、アナプレロティック反応をも確保することが必要である。そこで、それらの条件を満たす化合物としてα-KGの膜透過性アナログであるジメチル-α-ケトグルタル酸(DKG)を添加し、その効果を検討した。
【0035】
実験3と同様の条件でWT MEFを培養し、次いでブドウ糖を25 mM含む培養液と含まない培養液のそれぞれに、DKGを非添加の(0 mM)、または1.0 mMもしくは2.0 mM添加した培養液に交換した計6群を設定し、24時間培養後、それぞれのアンモニア濃度を測定した(実験4)。(本明細書および図面において、培養液に添加したブドウ糖の添加濃度A mMとDKGの添加濃度B mMとの組み合わせを、Glc A/DKG BまたはA/Bと示す。例えば、ブドウ糖が25 mM、DKGが0 mMの場合、Glc25/DKG0または25/0と示す)。
【0036】
その結果、ブドウ糖25 mMまたは0 mMのいずれの条件下でも、2.0 mMのDKGの添加により、アンモニア濃度は有意に低下した(
図5)。また、ブドウ糖が0 mMの条件下では、DKG非添加群と1.0 mM添加群、または1.0 mM添加群と2.0 mM添加群とを比較すると、アンモニア濃度はそれぞれ有意に低下した。この結果から、α-KGがアンモニア産生の調節因子であること、またDKGが高アンモニア血症の治療薬となる可能性が示唆された。
【0037】
次に、DKGによるアンモニア濃度の低下の機序を探るため、実験4と同様の6群のおのおのにつき、24時間培養後の培養液について、アンモニア濃度とアミノ酸濃度を測定した(実験5)。アミノ酸濃度は、イオン交換カラムクロマトグラフィーにより測定し、細胞数での補正を行わない値で表示した。
【0038】
その結果、グルタミン酸(Glu)、アラニン(Ala)およびシトルリン(Cit)はブドウ糖およびDKGの濃度によらずcell-free blank値よりも高値を示し、培養中に産生されることが分かった(
図6)。アスパラギン酸(Asp)は、DKGの濃度によってcell-free blank値より高い、または低い値を示した。それ以外のアミノ酸は、グルタミン(Gln)を含め、すべてcell-free blank値より低い値を示し培養中に消費されることが考えられた。
【0039】
上記の結果をもとに、DKG添加によるアンモニア濃度の減少幅と、アミノ基由来の窒素の交換に関係する各アミノ酸の濃度の増減との関係を検討した(
図7)。
図7では、各アミノ酸とアンモニア濃度(細胞数補正値)の増加幅または減少幅(3実験の平均値)を積み上げて示している。
【0040】
まず、ブドウ糖25 mM添加と非添加でいずれもDKGは非添加の培養の比較(25/0 vs 0/0)では、ブドウ糖添加(25/0)に比べ非添加(0/0)ではアンモニア濃度が有意に上昇し、またGlnの消費が有意に増加した。一方、Glu濃度は後者(0/0)で軽度ながら有意に上昇した。このことから、ブドウ糖非添加時にはGlnの分解によってアンモニアとGluを生じ、また遊離したアンモニアの一部もGDHによる還元的アミノ化反応によりGluに取り込まれる可能性が考えられた。次に、DKG添加の効果に関してブドウ糖添加群および非添加群の各々の群内で比較すると、2 mMのDKGの添加によって非添加と比べアンモニア濃度は両群内のいずれ(25/0 vs 25/2、 0/0 vs 0/2)の比較でも有意に下がり、一方、Gluの濃度は両群内での比較で有意に上昇した。Glnの濃度は、両群内のいずれの組み合わせについても有意の変化は認めなかった。これらのことから、DKGがアンモニア濃度を下げる機序の少なくとも一部にGDHの還元的アミノ化反応の促進が関与していると考えられた。しかし、それらのアンモニア濃度の減少幅はGlu濃度の上昇幅を上回り、しかもAlaなどの増加も見られないことから、DKGによるアンモニア濃度の減少にはその他の機序の関与もうかがわれた。
【0041】
以上の結果から、ブドウ糖欠乏によるアンモニア濃度の上昇には、グルタミン酸およびグルタミンの分解および合成の活性調節が関わっている可能性が考えられた。これを検証するため、まず、グルタミン酸脱水素酵素I(Gdh1、マウスではGlud1と表記)、グルタミナーゼ(Gls)、およびグルタミン合成酵素(Glul)の遺伝子発現レベルを解析した(
図8)。
【0042】
実験3に準じてWT-MEFとAtg5-/- MEFとを実験1と同じ培養液で培養し、50%程度のコンフルエンシーに達したのち、ブドウ糖25 mMを含む、または含まない培養液に変更しさらに24時間培養した。細胞を回収し、常法に従ってcDNAを調製し、これを鋳型として定量PCRを行った。各プライマーはPrimer3によって設計した。各遺伝子の発現レベルは、グリセルアルデヒド-3-リン酸脱水素酵素の遺伝子(Gapdh)のそれに対する相対比で示した(実験6)。
【0043】
その結果、Glud1の発現は、WT MEFではブドウ糖が欠乏すると有意に上昇したが、Atg5
-/- MEFでは同様の傾向を示したものの有意差は認められなかった(
図8)。Glsの発現レベルは、ブドウ糖の有無およびWT MEFまたはAtg5
-/- MEFの如何を問わずほぼ一定であった。Glulの発現レベルは、ブドウ糖の有無によらずAtg5
-/- MEFではWT MEFに比べ発現が有意に低かったが、ブドウ糖25 mM添加と非添加との比較では、WT MEFおよびAtg5
-/- MEFのいずれにおいても発現レベルに有意差は認めなかった。
【0044】
以上のとおり、WT MEFでは、ブドウ糖欠乏によりGlud1の発現が高まるが、他の2遺伝子の発現レベルはブドウ糖の有無による差はみられなかった。このことから、グルタミンおよびグルタミン酸の分解および合成に関して、遺伝子発現レベルではGlud1が主要な調節因子であることが示唆された。
【0045】
Atg5-/- MEFにおけるGlulの発現は、ブドウ糖の充足下および欠乏下のいずれにおいてもWT MEFに比べ有意に低かった。その理由は不明であるが、飢餓時にもオートファジーが誘導されないAtg5-/- MEFにおいてアナプレロティック反応を担保する意義があるのかもしれない。
【0046】
近年、mTORを含む分子複合体であるmTORC1が、体タンパク質の異化(オートファジーの誘導)と同化(翻訳の開始)の両方向の反応を一元的に調節していることが明らかにされた。また、mTORC1は、Sirtuin4(Sirt4)およびSirtuin5(Sirt5)に対して抑制的に調節を行う。さらに、Sirt4およびSirt5はグルタミノリシスに対して抑制的な調節をすることも知られている(
図3)。そこでmTORC1阻害剤であるラパマイシンが培養液中のアンモニア濃度に与える効果を検討した。
【0047】
実験3に準じてWT-MEFを実験1と同じ培養液で培養し、50%程度のコンフルエンシーに達したのち、ラパマイシンを含まない培養液、または12.5 nMもしくは25 nM含む培養液でさらに24時間培養した。培養後、培養液中のアンモニア濃度と細胞数を測定した(実験7)。
【0048】
その結果、25 nMのラパマイシンの添加によりアンモニア濃度は有意に低下した(
図9)。この事実は、ラパマイシンの添加によりmTORC1の活性が抑制され、Sirt4およびSirt5に対する抑制的調節が解除される結果、GLSおよびGDH活性が抑制され遊離アンモニア産生が減少するという仮説と矛盾しない。
【0049】
次に、ブドウ糖によるアンモニア濃度の上昇にミトコンドリア局在のSirt3、Sirt4、およびSirt5が関わっているのかを検討するために、これらの遺伝子の発現を検討した(実験8)。その結果、ブドウ糖が欠乏するとSirt3遺伝子の発現が低下し、Sirt4およびSirt5遺伝子の発現は亢進した(
図10)。これらの発現パターンは、ブドウ糖欠乏時にこれらのSirtuinがグルタミノリシスに対してむしろ抑制的に作用することを示している。一方、培養液中のアミノ酸濃度の解析によると、ブドウ糖欠乏状態ではGlnの消費はむしろ増大した(
図7)。したがって、これらのSirtuinの発現パターンは、Sirtuinが何らかの機序によって引き起こされたGln分解亢進に対して抑制的調節をしていることを反映しているのではないかと考えられた。
【0050】
続いて、DKGのin vivoにおけるアンモニア濃度に対する効果を、オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)欠損症のモデルブタ(明治大学農学部発生工学・長嶋比呂志教授研究室で作出)の新生仔(雄、体重0.83 kg)を用いて検討した(実験9)。
【0051】
投与前の血中アンモニア濃度は292 μg/100 mLであった。まずDKG 250 mg/kgを経静脈的にボーラス注入後、10.4 mg/kg/hr(250 mg/kg/24hr)で持続注入を行った(
図11)。血中アンモニア濃度は、注入開始4時間の時点で168 μg/100 mLと、投与前の値の57.5%まで低下した。その時点でDKGをブドウ糖含有電解質液(SOLULACT(登録商標) D)に変更したところ、血中アンモニア値は更に次の2時間にわたり低下し続け、注入開始後6時間の時点で147 μg/100 mL(50.3%)まで低下し、その後上昇に転じた。以上の結果から、DKGはin vivoにおいてアンモニア濃度を低下させる効果があることが示された。
【0052】
次に、DKGおよびAKGのin vivoにおけるアンモニア濃度に対する効果をマウス用いて検討した(実験10)。まず、週齢10~14、体重23.9±2.3 gの雄マウスを使用し、塩化アンモニウム負荷による実験的高アンモニア血症のモデル系作成を試みた。負荷後の血中アンモニア濃度の経時的な変化を知るために、塩化アンモニウム 10 mmol/kgを腹腔内に投与し、0分(対照群、生理的食塩水のみ投与)、15分、30分、60分、120分(各群ともn=3)に心腔採血で得た血漿のアンモニア濃度を測定した。その結果、血中アンモニア濃度は、負荷後15分で8.01 mmol/Lと対照値の100倍に達したが、その後漸次低下し、120分では0.24 mmol/Lと対照値の2.97倍まで低下した(
図12)。
【0053】
以上の結果を踏まえ、塩化アンモニウム負荷による実験的高アンモニア血症に対するDKGおよびAKGの抑制効果を検討した。以下の4群(各群ともn=4);1群(S群、生理的食塩水50 μL/体重10 gのみ投与)、2群(N群、塩化アンモニウム 10 mmol/kg)、3群(N+D群、塩化アンモニウム 10 mmol/kg + DKG 5 mmol/kg)、4群(N+A群、塩化アンモニウム 10 mmol/kg + AKG 5 mmol/kg)を設定し、それぞれの物質を腹腔内に投与し、30分後に心腔採血を行い血漿中のアンモニア濃度を測定した。その結果、血中アンモニア濃度の平均値は、S群(対照群)では0.10 mmol/Lであるのに対し、N群(塩化アンモニウム負荷群)では4.38 mmol/Lと高値を示した(
図13)。それに対して、N+D群では2.00 mmol/L、N+A群では0.43 mmol/Lと、N群の値のそれぞれ45.7%および9.8%と有意に低値を示し、塩化アンモニウム負荷による血中アンモニア濃度上昇に対するDKGおよびAKGの抑制効果が証明された。以上の結果から、DKGおよびAKGともin vivoにおいて急性高アンモニア血症の改善効果があることが確認された。
【0054】
また同じマウスで血漿中のアミノ酸の変化を検討した(
図14)。その結果、S群に比べ塩化アンモニウム負荷群では、Ala、Leu、Val、IleuおよびLysが増加傾向を示し、NH
3負荷が増大したときのおもな受け皿となっていることが伺われた。また、シトルリン(Cit)も増加したが、これは尿素合成亢進の結果と考えられる。
【0055】
以上述べてきた結果がどのような経路を介して調節を受けているかを明らかにし、またDKGの効果を検証するため、以下の検討を行った。WT MEFを、実験3に準じて、まず25 mMのブドウ糖を含む培養液で培養し、ついでブドウ糖を25 mM含む培養液またはブドウ糖を含まない培養液にそれぞれDKGを0、1、2、または5 mMを添加したものに交換し、さらに24時間培養後に細胞を回収し、ウエスタンブロットで解析を行った。
【0056】
ブドウ糖欠乏その他の原因により細胞内のADPの増加またはATP/ADP比の低下が起こると、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)が活性化(リン酸化)される。また、AMPKはmTORC1の活性を抑制的に調節することが知られている。本実験では、AMPKはブドウ糖欠乏条件下ではブドウ糖充足条件下にくらべて活性化される傾向がみられた。DKGは、ブドウ糖充足条件下および欠乏条件下のいずれにおいても、1 mMの添加でAMPK活性を抑制する傾向を認められたが、それ以上の濃度では明らかな抑制効果は認められなかった(
図15)。
【0057】
S6キナーゼ1(S6K1)はリボソームタンパク質S6をリン酸化する酵素であり、タンパク質合成や細胞周期を調節する。S6K1はmTORC1によって活性化(リン酸化)されるため、そのリン酸化はmTORC1の活性の指標となる。S6K1のリン酸化は、ブドウ糖充足条件下および欠乏条件下の間に差は認めなかったが、いずれの場合もDKGの添加により亢進した(
図16)。また、mTORC1の活性のもう一つの指標である4E-BP1の活性化(リン酸化)は、ブドウ糖充足条件下に比べ欠乏条件下では抑制されたが、DKGの添加による明らかな変化は認められなかった(
図17)。DKGがS6K1を活性化することが示されたことから、DKGはタンパク質合成を促進する効果を有することが示唆された。
【0058】
S6K1と4E-BP1はいずれもmTORC1によって促進的な調節を受けるが、mTORC1の抑制による反応は異なるといわれており、さらに、4E-BP1はPI3キナーゼ(PI3K)系によって調節を受けているという報告もある。今回のわれわれの実験ではS6K1と4E-BP1ではDKG添加に対する反応に差が認められたが、その差は両者の活性化の機序の違いを反映しているのかもしれない。つまり、mTORC1の活性を特異的に反映するのはS6K1である。これに基づけば、DKGはブドウ糖の有無にかかわらずmTORC1を活性化させること、そしてその活性化は、AMPKの活性化抑制を介する間接的な調節と、mTORC1に対する直接的な調節の結果と考えられた。
【0059】
また、オートファジー進行の状態をLC3-I/LC3-II比(この値が低いほどオートファジーの進行を意味する)を基に観察した。その結果、オートファジーは、ブドウ糖充足条件下に比べ欠乏条件下の方がむしろ抑制される傾向が認められた(
図18)。さらに、ブドウ糖欠乏条件下でもDKGの添加はオートファジーの進行を抑制する傾向は認めなかった。このことから、完全な栄養素除去培養液とは異なり、ブドウ糖単独の欠乏ではオートファジーは誘導されないか、ごく軽度であると考えられた。