(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024102380
(43)【公開日】2024-07-31
(54)【発明の名称】変異型SARS-CoV-2の検出方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6888 20180101AFI20240724BHJP
C12Q 1/68 20180101ALI20240724BHJP
C12Q 1/6844 20180101ALI20240724BHJP
G01N 33/569 20060101ALI20240724BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20240724BHJP
C12N 15/50 20060101ALN20240724BHJP
【FI】
C12Q1/6888 Z ZNA
C12Q1/68
C12Q1/6844 Z
G01N33/569 L
G01N33/569 Z
C12N15/09 Z
C12N15/50
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021067394
(22)【出願日】2021-04-12
(71)【出願人】
【識別番号】302019245
【氏名又は名称】タカラバイオ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】秋友 美和
(72)【発明者】
【氏名】相良 武宏
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 憲介
(72)【発明者】
【氏名】上森 隆司
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ10
4B063QQ52
4B063QR32
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS34
4B063QS36
(57)【要約】
【課題】
SARS-CoV-2の変異株は、これまでに構築されたウイルス検出方法では元のウイルスと区別することが難しかった。ウイルスゲノムの塩基配列を解読することにより変異を網羅的に検出することは可能であるが、高速シーケンサーを必要とするなど、迅速、簡便に実施可能な方法ではない。以上のとおり、変異が生じたSARS-CoV-2を特異的にかつ簡便に検出できる方法が求められていた。
【解決手段】
SARS-CoV-2ならびにその変異株のゲノムRNA配列を比較、検討し、スパイクタンパク質に特定の変異が生じたウイルス変異株を核酸増幅法により検出するのに有用なオリゴヌクレオチドを見出した。さらに、当該オリゴヌクレオチドを使用する変異型SARS-CoV-2の検出方法を構築した。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
変異型SARS-CoV-2の検出に使用されるオリゴヌクレオチドであって、
(1)配列番号35に示される塩基配列もしくは当該配列に相補的な配列を含む15塩基以上のオリゴヌクレオチド、および、
(2)配列番号36に示される塩基配列もしくは当該配列に相補的な配列を含む18塩基以上のオリゴヌクレオチド、
から選択されるオリゴヌクレオチド。
【請求項2】
配列番号16に示される塩基配列もしくは当該配列に相補的な配列からなる、請求項1記載のオリゴヌクレオチド。
【請求項3】
配列番号30に示される塩基配列もしくは当該配列に相補的な配列からなる、請求項1記載のオリゴヌクレオチド。
【請求項4】
蛍光物質及び消光物質で標識されている請求項1記載のオリゴヌクレオチド。
【請求項5】
副溝結合剤(MGB)が付加されている請求項1記載のオリゴヌクレオチド。
【請求項6】
試料中の変異型SARS-CoV-2を検出する方法であって、
(1)試料に含まれるSARS-CoV-2ゲノムに相補的なDNAまたはその断片を合成する工程、および
(2)請求項1~5いずれか記載のオリゴヌクレオチドを使用して、工程(1)で得られたDNAまたはその断片に含まれる変異型スパイクタンパク質をコードする塩基配列またはその一部を検出する工程、
を包含することを特徴とする方法。
【請求項7】
工程(1)が、合成されたDNA断片を増幅する工程をさらに含む請求項6記載の方法。
【請求項8】
工程(2)において、DNAまたはその断片とハイブリダイズしたオリゴヌクレオチドの分解により変異型スパイクタンパク質をコードする塩基配列またはその一部の検出が実施される、請求項6記載の方法。
【請求項9】
試料中の変異型SARS-CoV-2を検出するためのキットであって、
(1)請求項1~5いずれか記載のオリゴヌクレオチド、および
(2)SARS-CoV-2ゲノムに相補的なDNAまたはその断片を合成するための試薬
を含むキット。
【請求項10】
SARS-CoV-2ウイルスゲノムに相補的なDNA断片を増幅する試薬をさらに含む請求項9記載のキット。
【請求項11】
SARS-CoV-2ウイルスゲノムに相補的なDNA断片の増幅に使用されるプライマー対を含む請求項10のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変異型SARS-CoV-2の検出に使用されるオリゴヌクレオチド、当該オリゴヌクレオチドを使用する変異型SARS-CoV-2の検出方法ならびに当該検出方法に使用されるキットに関する。
【背景技術】
【0002】
細菌やウイルスによりヒトに引き起こされる感染症の中には、もっぱら局地的な感染にとどまるもの、地理的条件とはかかわりなく広く蔓延する可能性のあるものが存在する。ヒト-ヒト間で感染が成立する感染症は後者に該当し、その感染力や感染患者が呈する症状の重篤度によっては社会問題化することもある。天然痘、ペスト、インフルエンザ(スペイン風邪)等、大規模な流行を起こしてその後の歴史に影響を与えた感染症も少なくない。
【0003】
多くの感染症について治療や予防の方法が開発された現代でも、引き続き注意を要する感染症が残されているのに加え、さらに新興感染症のリスクが存在している。2003年に発見されたSARSコロナウイルス(SARS-CoV)は重篤な呼吸器疾患を引き起こすウイルスであることが明らかとされた。さらに、2019年には新たなコロナウイルスであるSARS-CoV-2が出現し、2020年には世界的に蔓延している。
【0004】
感染症への対応手段としては治療薬等の開発と普及、ならびに衛生面での環境整備が挙げられる。加えて、病原体の存在や感染者を特定して早期に隔離措置を講じ、感染経路を遮断することは、感染症の蔓延防止において極めて重要である。上記のSARS-CoV-2を検出する方法としては、ウイルスRNAを標的とする核酸検査法(例えば非特許文献1)、ウイルスタンパク質を標的とする抗原検査法、感染が疑われるヒトの血液を試料とする抗体検査法等がすでに開発されている。現在は、主に検出感度の観点から核酸検査法がウイルス検査の主流となっている。一方、当該ウイルスからは複数の変異ウイルス(変異株)が発生しており、これらは元のウイルスとは異なる性質を持つと報告されている(例えば非特許文献2、非特許文献3)。
【0005】
これらの変異株は、これまでに構築されたウイルス検出方法では元のウイルスと区別することが難しく、ウイルスの変異を疫学的に検討する上では問題を有している。さらに、変異株は変異前のウイルスの情報に基づいて構築されたウイルス検出系では検出できない、もしくは検出感度が低下する可能性がある。ウイルスゲノムの塩基配列を解読することにより変異を網羅的に検出することは可能であるが、高速シーケンサーを必要とするなど、迅速、簡便に実施可能な方法ではない。
【0006】
以上のとおり、変異が生じたSARS-CoV-2を特異的にかつ簡便に検出できる方法が求められていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Japanese Journal of Infectious Diseases(2020)、73(4)、304-307
【非特許文献2】Science(2021)、372(6538)、eabg3055
【非特許文献3】Cell Mol. Immunol.(2021)、18(4)、1058-1060
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
変異型SARS-CoV-2の多くはスパイクタンパク質に多重変異が生じている。代表的なものとして、発生国を基に3系統〔英国VOC-202012/01(B.1.1.7)、南アフリカ501Y.V2(B.1.351)、ブラジル501Y.V3(P.1)〕が報告されている。変異株については感染伝播力の上昇およびワクチン効果を減弱させる免疫逃避の可能性が指摘されている。これら変異株のスパイクタンパク質に生じている変異に関する、国立感染症研究所の報告(2021年4月7日付)に記載された情報を表1に示す。
【0009】
【0010】
スパイクタンパク質において、受容体との結合に関与するといわれるN501、中和抗体の中心エピトープに位置しているE484が変異している変異型SARS-CoV-2については、その伝播の状況を把握することが特に重要である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、SARS-CoV-2ならびにその変異株のゲノムRNA配列を比較、検討し、スパイクタンパク質に特定の変異が生じたウイルス変異株を核酸増幅法により検出するのに有用なオリゴヌクレオチドを見出した。さらに、当該オリゴヌクレオチドを使用する変異型SARS-CoV-2の検出方法を構築し、本発明を完成させた。
【0012】
本発明は以下に概説するとおりである。
[1]変異型SARS-CoV-2の検出に使用されるオリゴヌクレオチドであって、
(1)配列番号35に示される塩基配列もしくは当該配列に相補的な配列を含む15塩基以上のオリゴヌクレオチド、および、
(2)配列番号36に示される塩基配列もしくは当該配列に相補的な配列を含む18塩基以上のオリゴヌクレオチド、
から選択されるオリゴヌクレオチド。
[2]配列番号16に示される塩基配列もしくは当該配列に相補的な配列からなる、[1]記載のオリゴヌクレオチド。
[3]配列番号30に示される塩基配列もしくは当該配列に相補的な配列からなる、[1]記載のオリゴヌクレオチド。
[4]蛍光物質及び消光物質で標識されている[1]記載のオリゴヌクレオチド。
[5]副溝結合剤(MGB)が付加されている[1]記載のオリゴヌクレオチド。
[6]試料中の変異型SARS-CoV-2を検出する方法であって、
(1)試料に含まれるSARS-CoV-2ゲノムに相補的なDNAまたはその断片を合成する工程、および
(2)[1]~[5]いずれか記載のオリゴヌクレオチドを使用して、工程(1)で得られたDNAまたはその断片に含まれる変異型スパイクタンパク質をコードする塩基配列またはその一部を検出する工程、
を包含することを特徴とする方法。
[7]工程(1)が、合成されたDNA断片を増幅する工程をさらに含む[6]記載の方法。
[8]工程(2)において、DNAまたはその断片とハイブリダイズしたオリゴヌクレオチドの分解により変異型スパイクタンパク質をコードする塩基配列またはその一部の検出が実施される、[6]記載の方法。
[9]試料中の変異型SARS-CoV-2を検出するためのキットであって、
(1)[1]~[5]いずれか記載のオリゴヌクレオチド、および
(2)SARS-CoV-2ゲノムに相補的なDNAまたはその断片を合成するための試薬を含むキット。
[10]SARS-CoV-2ウイルスゲノムに相補的なDNA断片を増幅する試薬をさらに含む[9]記載のキット。
[11]SARS-CoV-2ウイルスゲノムに相補的なDNA断片の増幅に使用されるプライマー対を含む[10]のキット。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、スパイクタンパク質においてN501YまたはE484Kの変異を生じた変異型SARS-CoV-2を、核酸増幅法を利用して短時間に検出する方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【発明を実施するための形態】
【0015】
「本発明のオリゴヌクレオチド」
【0016】
本発明は、変異型SARS-CoV-2、具体的にはSARS-CoV-2のスパイクタンパク質においてN501YまたはE484Kの変異を有する変異株ウイルスを検出するためのオリゴヌクレオチドを提供する。
本明細書において、N501Y変異とは、GeneBankにNC_045512.2のアクセッション番号で公開されているSARS-CoV-2のスパイクタンパク質のアミノ酸配列(YP_009724390.1)中、501番目のアスパラギン(N)がチロシン(Y)に置換されていることを指す。ここで、この変異はSARS-CoV-2ゲノムRNAのスパイクタンパク質をコードする領域において、前記のNに対応するコドンであるAATがTATに変化していることに起因する、したがって、前記トリプレットの最初の塩基がAからTに変化している塩基配列を検出することにより、N501Y変異を有する変異株を検出することができる。
【0017】
また、E484K変異とは、SARS-CoV-2の上記スパイクタンパク質のアミノ酸配列中、484番目のグルタミン酸(E)がリジン(K)に置換されていることを指す。ここで、この変異はSARS-CoV-2ゲノムRNAのスパイクタンパク質をコードする領域において、前記のEに対応するコドンであるGAAがAAAに変化していることに起因する、したがって、前記トリプレットの最初の塩基がGからAに変化している塩基配列を検出することにより、E484K変異を有する変異株を検出することができる。
【0018】
本発明の、N501Y変異を有するSARS-CoV-2変異株を検出可能なオリゴヌクレオチドは、SARS-CoV-2ゲノムRNAのスパイクタンパク質をコードする領域中の、N501位に該当するコドンがチロシンに対応するコドンに変化している塩基配列またはこれと相補的な配列に相補的な配列を有するオリゴヌクレオチドである。当該オリゴヌクレオチドとしては、配列番号35に示される塩基配列もしくは当該配列に相補的な配列を含む、15塩基以上の鎖長のものが例示される。また、当該オリゴヌクレオチドの鎖長は30塩基以下、好ましくは25塩基以下、さらに好ましくは23塩基以下である。
【0019】
また、E484K変異を有する変異株を検出可能なオリゴヌクレオチドは、SARS-CoV-2ゲノムRNAのスパイクタンパク質をコードする領域中の、E484位に該当するコドンがリジンに対応するコドンに変化している塩基配列またはこれと相補的な配列に相補的な配列を有するオリゴヌクレオチドである。当該オリゴヌクレオチドとしては、配列番号36に示される塩基配列もしくは当該配列に相補的な配列を含む、18塩基以上の鎖長のものが例示される。また、当該オリゴヌクレオチドの鎖長は30塩基以下、好ましくは25塩基以下、さらに好ましくは23塩基以下である。
【0020】
当然のことながら、本発明のオリゴヌクレオチドは変異株のゲノムRNA由来の核酸と特異的にハイブリダイズする。ここで「特異的にハイブリダイズする」とは、本発明のオリゴヌクレオチドが、親株のゲノムRNA由来の核酸とはハイブリダイズしない条件において変異株のゲノムRNA由来の核酸とハイブリダイズすることができ、変異株由来の核酸と親株由来の核酸とを区別することができることを意味する。
【0021】
本発明のオリゴヌクレオチドは、変異型SARS-CoV-2由来の核酸、例えば変異株のゲノムRNAに相補的なDNA(cDNA)またはその断片を検出するプローブとして使用することができる。したがって、変異株の検出に使用される検出方法に応じてオリゴヌクレオチドの鎖長や塩基配列、付加する標識を適宜選択することにより、効率よく変異型SARS-CoV-2を検出可能なプローブを設計することができる。
【0022】
標的核酸をプローブにより検出する技術としては、TaqMan法、サイクリングプローブ法、モレキュラービーコン法等、種々の方法が知られている。TaqMan法はPCRによる核酸増幅と並行して標的核酸とハイブリダイズしたプローブを分解する方法であり、核酸増幅に5’-3’ヌクレアーゼ活性を有するDNAポリメラーゼを使用することを特徴とする。サイクリングプローブ法に使用されるプローブは分子内にRNAを含有しており、標的核酸とハイブリダイズした場合にはリボヌクレアーゼHにより切断される。モレキュラービーコン法に使用されるプローブは分子内で二本鎖を形成しており、標的核酸とハイブリダイズすると分子内二本鎖構造が解消される。これらのプローブは、適切な標識を施すことにより、いずれも標識由来のシグナル(例えば蛍光)の発生を指標とした標的核酸の検出に使用することができる。
【0023】
以下、TaqManプローブとして使用される本発明のオリゴヌクレオチドを例にとって説明する。本発明のオリゴヌクレオチドは、当該方法に好適に使用でき、その配列や鎖長は適宜調整することができる。特に本発明を限定するものではないが、配列番号35および36に示される塩基配列のオリゴヌクレオチドは、本発明の好適な態様の一つである。さらに、本発明を特に限定するものではないが、このオリゴデオキシヌクレオチドの3’末端は、このオリゴデオキシヌクレオチドからのDNAポリメラーゼによる伸長反応を防止するための修飾を施されていてもよい。前記修飾としては、例えば蛍光物質や消光物質による標識が例示される。
【0024】
本発明のオリゴヌクレオチドは、本発明を特に限定するものではないが、通常、デオキシリボヌクレオチド(DNA)で構成され、当業者に周知の方法で合成することができる。なお、変異型SARS-CoV-2由来の核酸とハイブリダイズする性質を失わない範囲で、本発明のオリゴヌクレオチドはDNA以外のヌクレオチド、例えばRNA、非天然型の塩基(例えばデオキシウリジン、イノシン、7-デアザグアノシン、7-デアザアデノシン等)を有するヌクレオチド、架橋構造を有するリボースを含むヌクレオチド(BNA、LNA等)を含んでいてもよい。
【0025】
標的核酸(変異株ゲノムRNA由来の核酸)にハイブリダイズしたオリゴヌクレオチドの分解を検出するため、本発明のオリゴヌクレオチドは適切な標識されている。蛍光物質および消光物質の両方で、両者の間に適切な距離を保って標識されたオリゴヌクレオチドは、そのままでは蛍光を発することはないが、分解されると蛍光物質と消光物質の距離が増加するために蛍光が発せられるようになる。使用する蛍光物質、消光物質には特に限定はないが、蛍光物質としては6-FAM、VIC、HEX、ROX、TET、TAMRA、Cy3、Cy5等、消光物質としてはDABCYL、Eclipse(登録商標)、TAMRA、BHQ(登録商標、black hole quencher)等が挙げられる。これらを適宜組み合わせて、二重標識された本発明のオリゴヌクレオチドを作製することができる。蛍光物質および消光物質を付加する位置は、両者が適切な距離を保つ限りにおいて特に限定はない。例えば、蛍光物質および消光物質は本発明のオリゴヌクレオチドの両端に付加してもよく、そのいずれか一方もしくは両方を末端以外の位置に付加してもよい。
【0026】
本発明のオリゴヌクレオチドには副溝結合剤(マイナー・グルーブ・バインダー:MGB)が付加されていてもよい。MGBは二本鎖DNAの副溝(minor groove)に入り込む性質を有する物質であり、MGBが付加されたオリゴヌクレオチドは、MGBを付加されていない場合に比べ、相補的な配列を有する核酸との間で形成した二本鎖核酸のTm値が上がる(例えば、特表平11-504626)。MGB修飾されたオリゴヌクレオチドは、ハイブリダイズする核酸の1塩基の違いによりTm値により大きな差が生じることから、バックグラウンドを低減して標的核酸を検出することができる。一般的に、MGBは三日月型の三次元構造と約150~約2000ダルトンの分子量を有する。MGBの例として、ネトロプシン、ジスタマイシン、ジスタマイシンA、レキシトロプシン、ミトラマイシン、クロモマイシンA3、オリボマイシン、アントラマイシン、シビロマイシン、ペンタミジン、スチルバミジン、ブレニル、CC-1065、ヘキスト33258、4’-6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAP1)、CDPI3およびそれらの誘導体が挙げられる。本発明のオリゴヌクレオチドにおいてMGBを付加する位置には特に限定はないが、例えば3’末端や5’末端が挙げられる。
【0027】
「本発明の変異型SARS-CoV-2検出方法」
【0028】
本発明は、前記の本発明のオリゴヌクレオチドを使用して試料中の変異型SARS-CoV-2を検出する方法を提供する。
本発明の変異型SARS-CoV-2の検出方法は、スパイクタンパク質においてN501YまたはE484Kの変異を有する変異型SARS-CoV-2を検出する方法である。具体的には、試料に含まれるSARS-CoV-2ゲノムに相補的なDNAまたは相補的なDNAの断片を合成し、次いでこれと本発明のオリゴヌクレオチドとを接触させる。変異型スパイクタンパク質をコードする塩基配列またはその一部を含むDNAは本発明のオリゴヌクレオチドとハイブリダイズするため、こうして試料中に変異株が存在するかどうかを判断することができる。
【0029】
なお、本発明の方法はN501YまたはE484K変異を有する変異株であれば、さらに他の変異が生じている変異型SARS-CoV-2であっても検出することが可能である。
SARS-CoV-2はRNAウイルスであり、ウイルス粒子はRNAゲノムを保持している。RNAゲノムに相補的な配列を有するDNA、すなわちcDNAまたはその断片は、ゲノムRNAを鋳型とした逆転写反応により合成される。逆転写反応は逆転写酵素と適切なプライマーを含む、逆転写反応において一般的に使用される反応液を使用して実施することができる。この工程により合成されたcDNAまたはcDNA断片は当業者に周知の方法で二本鎖DNAに変換されてもよい。
【0030】
逆転写酵素としては、モロニーマウス白血病ウイルス(MMLV)由来の逆転写酵素またはその変異体、トリ骨髄芽球症ウイルス(AMV)由来の逆転写酵素またはその変異体、逆転写活性を有するDNAポリメラーゼ(Tth DNAポリメラーゼ、Bca DNAポリメラーゼ等)またはその変異体が使用できるが、これらに限定されるものではない。
【0031】
プライマーはウイルスゲノム上の特定の配列に相補的なもの、ランダムな配列を持つもの、のいずれも本発明に使用することができる。特に本発明を限定するものではないが、ウイルスゲノム上の、スパイクタンパク質をコードする領域に対応する、好ましくはN501またはE484のコドンを含む領域に対応するcDNAが合成されるように設計されたプライマーを好適に使用することができる。
【0032】
本発明の好適な態様においては、ウイルスの検出感度を向上させる観点から、本発明のオリゴヌクレオチドがハイブリダイズし得る領域を含むcDNA断片の増幅が実施される。当該工程に使用される核酸増幅法には限定はなく、PCR法、LAMP法をはじめとする公知の方法を使用することができる。前記の核酸増幅法は、ウイルスゲノムRNAを鋳型とした逆転写反応によって合成されたcDNAまたはcDNA断片を鋳型として実施され、増幅産物として変異箇所を含む核酸(DNA)断片を生成する。
【0033】
本発明の好適な態様においては、核酸増幅法としてPCR法が使用される。PCR法は1以上のプライマー対、耐熱性DNAポリメラーゼ、dNTPを主な構成要素とする反応液を温度サイクル装置で処理する核酸検出技術として広く普及している。使用される耐熱性DNAポリメラーゼとしてはThermus属細菌由来のTaqポリメラーゼ、Tthポリメラーゼやそれらの変異体、好熱性古細菌由来のPfuポリメラーゼ、KODポリメラーゼやそれらの変異体が例示される。複数種のDNAポリメラーゼを混合してPCRを行うこともできる。PCRに適した耐熱性DNAポリメラーゼが多数市販されているが、それらを本発明の方法に使用することもできる。
【0034】
cDNA断片の合成とその増幅は一連の反応で行うことができる。本発明を限定するものではないが、逆転写とPCRを一つの反応容器中で実施する1ステップRT-PCRは本発明の方法に好適な態様である。RT-PCR反応液は使用する酵素が異なるなど種々のものが知られており、また、キットの形態で市販されているものも多い。本発明の方法を1ステップのRT-PCRで実施する場合、逆転写酵素と耐熱性DNAポリメラーゼの両方を含むものを使用してもよく、逆転写活性を有する耐熱性DNAポリメラーゼ(例えばTth DNAポリメラーゼ)を単独で含む反応液を使用してもよい。
【0035】
本発明のオリゴヌクレオチドがハイブリダイズし得る領域を含むcDNA断片を増幅できる1対のプライマーを反応液に添加することにより、その一方がcDNA合成のプライマーを兼ねることができる。本発明において、PCRに使用されるプライマーは、増幅することが望まれるcDNA断片に対応するウイルスゲノムRNA上の領域において存在する可能性のある変異を考慮して設計される。特に本発明を限定するものではないが、N501Y変異を有する変異株の検出には配列番号1、5、9、17、19から選択される塩基配列のフォワードプライマーおよび配列番号2、6、10、18、20から選択される塩基配列のリバースプライマーからなるプライマー対、E484K変異を有する変異株の検出には配列番号21、28、9、17から選択される塩基配列のフォワードプライマーおよび配列番号22、25、6、10、18から選択される塩基配列のリバースプライマーからなるプライマー対が、それぞれ好適である。
【0036】
さらに、適切に修飾した本発明のオリゴヌクレオチドを共存させてRT-PCRを実施する場合、標的核酸、すなわち変異株のゲノム由来のcDNA断片をDNAの増幅と並行して検出することができる。前記のTaqMan法、サイクリングプローブ法、モレキュラービーコン法等に適したデザインとした本発明のオリゴヌクレオチドを作製し、かつ反応液組成を検出手段に適したものとすることにより、経時的、光学的に標的核酸の増幅をモニターすることができる。
【0037】
本発明の好適な態様では、1ステップRT-PCR法により、変異型SARS-CoV-2をリアルタイムに検出する方法が提供される。当該方法では、逆転写酵素および耐熱性DNAポリメラーゼ(もしくは逆転写活性を有する耐熱性DNAポリメラーゼ)、少なくとも1つのプライマー対、dNTP、蛍光物質および消光物質で標識された本発明のオリゴヌクレオチドならびにRT-PCRに必要なその他の成分を含む反応液が調製され、さらに試料が添加される。この反応液は逆転写反応に適した温度で保温された後、そのまま温度サイクル反応に移行してcDNA断片が増幅される。温度サイクル反応中にcDNA断片の増幅量に応じた蛍光が反応液より発せられるため、それを指標として試料中に変異型SARS-CoV-2が存在することが確認できる。
【0038】
1ステップRT-PCRにおける逆転写反応、PCRの条件(反応温度、保持時間、熱サイクルの回数等)は適宜設定すればよい。例えば、市販のRT-PCRキット(SARS-CoV-2検出キット等)で推奨されている条件や、それを改変した条件で反応を実施すればよい。
【0039】
並行して複数のPCR試験を実施する場合、反応後に生成した増幅DNA断片が反応前の他の反応液へ混入すると誤った試験結果を生み出す。このような反応液の汚染を防止する方法が知られている。鎖中にウラシル(U)が取り込まれているDNAにウラシル-N-グルコシダーゼ(UNG)を作用させると、このDNAはウラシルの位置で切断される。dUTPと易熱性のUNGを含有するPCR反応液を用いて増幅されたDNA断片はウラシルを含有することとなる。この増幅DNA断片が反応実施前の他の反応液(dUTPと易熱性UNGを含有する反応液)に混入した場合には、反応開始前に反応液をUNGの作用する温度に保温することで、混入DNAを分解して鋳型としての機能を失わせることができる。続いて行われるPCRの温度サイクルでUNGは失活するため、増幅時にはUを取り込んだDNAの分解は起こらない。本発明の検出方法においても、dUTPと易熱性のUNGを含む反応液を使用して相互汚染を防ぐことができる。
【0040】
本発明の方法が適用される試料には特に限定はない。変異型SARS-CoV-2が存在していると疑われるすべての試料が本発明の方法の対象となる。特に限定はされないが口腔内擦過物、咽頭拭い液、鼻腔拭い液、鼻咽頭拭い液、鼻腔吸引液、喀痰、気管支洗浄液、肺胞洗浄液、直腸拭い液、各種の体液(唾液、血液、脳脊髄液、汗)、組織、尿または便懸濁液が例示される。また前記試料以外にもRNAウイルスの存在が疑われる環境由来試料として、環境水(海水、河川水、湖沼水、下水、家庭排水、産業排水等)、スワブなどによる物体表面の拭取り操作で得られた採取物や空気中からの捕集物の懸濁液が挙げられる。これら試料はそのまま本発明の方法に供してもよいが、簡易的な処理(熱処理、希釈、濃縮、不溶物除去、可溶化処理、細胞溶解処理、夾雑タンパク質の変性または分解等)あるいは核酸の精製を行った後に使用することもできる。処理の方法は、試料中に含まれる核酸量や夾雑物の性質および量を考慮して選択される。
【0041】
「本発明のキット」
【0042】
本発明は、本発明の変異型SARS-CoV-2の検出方法に使用されるキットを提供する。
【0043】
本発明のキットは、前記の本発明のオリゴヌクレオチドと、SARS-CoV-2ゲノムに相補的なDNAを合成するための試薬を含むことを特徴とする。
【0044】
「SARS-CoV-2ゲノムに相補的なDNAを合成するための試薬」としては、逆転写酵素とcDNA合成用プライマーが挙げられる。さらに、逆転写反応液の調製に使用されるその他の成分(例えば緩衝成分、2価金属塩、dNTP等)を含んでいてもよい。これらはそれぞれ、本発明の検出方法において説明されたものを使用することができる。
【0045】
さらに、本発明のキットはcDNAを増幅するための試薬を含むことができる。特に本発明を限定するものではないが、例えばPCR法によりcDNAを増幅するための試薬、すなわち耐熱性DNAポリメラーゼ、ウイルスゲノム上の、スパイクタンパク質をコードする領域相当するcDNAを増幅できるように設計されたプライマー対、PCR用の反応液を調製するための各種の成分を含むことができる。
【0046】
本発明の好適な態様においては、1ステップのRT-PCRによってウイルスゲノムからのcDNA断片の合成、cDNA断片の増幅、標的核酸の検出、を一つの反応容器で実施するための各種試薬を含むキットが提供される。当該キットは、標的核酸を光学的に検出できるよう設計、標識された本発明のオリゴヌクレオチド、逆転写酵素および耐熱性DNAポリメラーゼ(もしくは逆転写活性を有する耐熱性DNAポリメラーゼ)、少なくとも1対のプライマー、RT-PCR用の反応液を調製するための各種成分(緩衝成分、2価金属塩、dNTP、等)を含む。
【0047】
前記の各種成分は、それぞれ別の容器に収納され、用時にRT-PCR用の反応液を調製するように構成されていてもよく、複数の成分からなる混合物としてキットに含まれていてもよい。試料以外の反応に必要な成分のすべてを含み、適切に処理および/または希釈した試料と混合するだけで反応液を調製できるプレミックス形態の試薬を含むキットも本発明に包含される。さらに、本発明のキットは、試料の処理や試料からの核酸精製に使用される試薬や器具、反応阻害物質の存在の指標となる陽性対照と陽性対照増幅・検出用のプライマー、プローブ等を含んでもよい。
【0048】
以下に本発明の実施例により具体的に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例0049】
実施例1
N501Y変異株検出用プライマー・プローブ
本発明の検出方法によるN501Y変異株の検出について検討した。まず、表2に記載したフォワードプライマー(名称中にFを含むもの)、リバースプライマー(名称中にRを含むもの)、プローブ(野生型SARS-CoV-2検出用、変異型SARS-CoV-2検出用の2種)で構成される#1~8のセットをそれぞれ人工合成した。プローブの3’末端にはMGBを付加するとともに、その5’末端をFAM、3’末端をBHQ(登録商標)1でそれぞれ標識した。
【0050】
また試験用の検体として、野生型のSARS-CoV-2ウイルスゲノムの配列を有する合成一本鎖RNA(製品名 Twist Synthetic SARS-CoV-2 RNA Control 2 (MN908947.3)、Twist Bioscience社製)と、変異型(N501Y変異及びE484K変異を含む)SARS-CoV-2ウイルスゲノムの配列を有する合成一本鎖RNA(製品名 Twist Synthetic SARS-CoV-2 RNA Control 16 (B.1.351,EPI_ISL_678597)、Twist Bioscience社製)を用意した。この二つの合成RNAを本明細書中ではそれぞれ野生型RNA、変異型RNAと記載する。またネガティブコントロールとしてはRNase Free H2Oを用意した。
【0051】
【0052】
1.Rnase Free H2Oに終濃度が5000コピー/μlとなるように野生型RNAと変異型RNAをそれぞれ添加し、試験検体溶液とした。試験検体の検出には、市販されている製品名SARS-cov-2 Direct Detection RT-qpcr Kit(タカラバイオ社製、製品#RC300A)のコンポーネントを使用した。すなわち前記した試験検体溶液1μlと酵素・基質等を含むRT-qpcr Mix 15μl、フォワードプライマー(最終濃度0.2μM)及びリバースプライマー(最終濃度0.2μM)、プローブ(最終濃度0.2μM;野生型RNA検出用または変異型RNA検出用のいずれか)を混合し、rnase Free H2Oで、最終容量30μlの1ステップRT-PCR反応液を調製した。キットに付属する試薬Solution Aは未精製試料前処理試薬のため本試験では使用しなかった。
【0053】
2.表1記載の各セットで調製した反応液を作製し、実験精度を高めるため2連で試験を実施した。
【0054】
サーマルサイクラーは、Thermal Cycler Dice(登録商標) Real Time System III(Cy5) with PC(タカラバイオ社製)を用いた。PCR条件は、52℃5分、95℃10秒の後、95℃5秒、60℃30秒を1サイクルとする45サイクル反応とした。その結果を表3及び
図1(各反応の増幅曲線)に示した。
【0055】
【0056】
結果
検討の結果、すべての組み合わせにおいてプローブに対応するRNAを検出することが確認できた。特にセット#2及び#5の反応は野生型RNA検出、変異型RNA検出ともにCt値は早く、SN比は高く、N501における一塩基置換を高感度で判別できることが分かった。なお、検体に変えてネガティブコントロールを加えた反応液のすべてで増幅産物は確認されなかった。
【0057】
実施例2
E484K変異株検出用プライマー・プローブ
実施例1と同様に5セットのプライマー・プローブ、#9、#10,#11、#12、#13を合成し、E484K変異を有する変異型RNA検出について試験を行った。このうち、他のセットに比べて良好な性能を有すると判断された#10、#11、#12のセットに含まれるプライマー・プローブの組み合わせを変更し、新たに#14、#15のプライマー・プローブセットを構築した。この2つのセットについて実施例1同様の操作で反応確認を行った。以上の試験に使用されたプライマー・プローブセットに含まれるフォワードプライマー、リバースプライマー、3’末端MGB標識プローブの塩基配列を表4に示した。なお、両セットに含まれる、野生型RNA検出用プローブは5’末端をFAM、3’末端をBHQ(登録商標)1でそれぞれ標識し、野生型RNA検出用プローブは5’末端をVIC、3’末端をBHQ(登録商標)1でそれぞれ標識した。試験検体としては、野生型RNAと変異型RNAには実施例1と同じRNAを使用し、それぞれRNase Free H2Oに終濃度が5000コピー/μl、500コピー/μl、50コピー/μl、となるように系列希釈した溶液を調製した。またネガティブコントロールとしてはRNase Free H2Oを用意した。
【0058】
【0059】
実施例1と同様に、各検体を含有する1ステップRT-PCR反応液を調製した。また、サーマルサイクラーは、Applied Biosystems(登録商標)7500Fast リアルタイムPCRシステムを用いた。RT-PCR条件は、52℃ 5分、95℃10秒の後、95℃5秒、60℃30秒を1サイクルとする45サイクル反応とした。その結果を表5及び
図2(各反応の増幅曲線)に示した。
【0060】
【0061】
結果
検討の結果、両方のセットにおいてプローブに対応するRNAを検出することが確認できた。特に#15の反応は野生型RNA検出、変異型RNA検出ともにCt値は早く、SN比は高く、E484Kにおける一塩基置換を高感度に判別できることが分かった。なお、検体に変えてネガティブコントロールを加えた反応液のすべてで増幅産物は確認されなかった。
本発明の変異型遺伝子を特異的に増幅し、高感度に検出することができる技術を用いて変異型SARS-CoV-2を検出することが出来る。当該方法は、遺伝子工学、生物学、医学等幅広い分野において有用である。