(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024102691
(43)【公開日】2024-07-31
(54)【発明の名称】噛み合いクラッチの制御システム
(51)【国際特許分類】
F16D 48/06 20060101AFI20240724BHJP
【FI】
F16D28/00 A
F16D48/06 102
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023006753
(22)【出願日】2023-01-19
(71)【出願人】
【識別番号】000004695
【氏名又は名称】株式会社SOKEN
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110001128
【氏名又は名称】弁理士法人ゆうあい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 岳嗣
(72)【発明者】
【氏名】河野 隆修
(72)【発明者】
【氏名】木村 優介
(72)【発明者】
【氏名】安東 宏哉
(72)【発明者】
【氏名】錦織 正孝
(72)【発明者】
【氏名】岡本 亮太郎
(72)【発明者】
【氏名】湯谷 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】荒木田 大吾
【テーマコード(参考)】
3J057
【Fターム(参考)】
3J057BB01
3J057GA67
3J057GB13
3J057GB14
3J057GB36
3J057GE01
3J057HH02
3J057JJ01
(57)【要約】
【課題】噛み合いクラッチの応答性を高める。
【解決手段】演算制御装置30は、第1係合部材11と第2係合部材12とを係合させる係合指示を受けると、第1係合部材11と第2係合部材12との回転数差を時間の経過とともに減少させる回転数調整を行う。さらに、演算制御装置60は、その回転数調整を行っているときであって、回転数差が所定値よりも大きいときの第1係合部材11と第2係合部材12との係合が可能な係合可能時期の推定を行うとともに、推定した係合可能時期で、第1係合部材11と第2係合部材12とを係合させる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
噛み合いクラッチ制御システムであって、
軸線(AL1)を中心に回転し、前記軸線を中心に回転するときの回転方向の全周にわたって複数の第1ギア歯(13)が形成された第1係合部材(11)と、前記軸線を中心に前記第1係合部材と同じ方向に回転し、前記複数の第1ギア歯と噛み合う複数の第2ギア歯(14)が、前記回転方向の全周にわたって形成された第2係合部材(12)と、を有する噛み合いクラッチ(10)と、
前記第1係合部材と前記第2係合部材との少なくとも一方を、前記軸線に平行な軸線方向に移動させることにより、前記複数の第1ギア歯と前記複数の第2ギア歯とが噛み合って前記第1係合部材と前記第2係合部材とが係合する係合状態と、前記第1係合部材と前記第2係合部材とが離間する解放状態とを切り替える、アクチュエータ(20)と、
前記アクチュエータの作動を制御するとともに、前記第1係合部材と前記第2係合部材とを係合させる係合指示を受けると、前記第1係合部材と前記第2係合部材との回転数差を時間の経過とともに減少させる回転数調整を行う制御部(60)と、を備え、
前記制御部は、前記回転数調整を行っているときであって、前記回転数差が所定値よりも大きいときの前記第1係合部材と前記第2係合部材との係合が可能な係合可能時期の推定を行うとともに、推定した前記係合可能時期で、前記第1係合部材と前記第2係合部材とを係合させる、噛み合いクラッチ制御システム。
【請求項2】
前記第1係合部材と前記第2係合部材の位相差に応じたセンサ信号を出力する位相差センサ(40)を備え、
前記制御部は、前記係合可能時期の推定を行うときにおいて、前記センサ信号の時系列データから抽出した、前記センサ信号の時系列データが示す波形よりも周波数が低い低周波成分に基づいて、前記係合可能時期を推定する、請求項1に記載の噛み合いクラッチ制御システム。
【請求項3】
前記第1係合部材と前記第2係合部材の位相差に応じたセンサ信号を出力する位相差センサ(40)を備え、
前記制御部は、前記係合可能時期の推定を行うときにおいて、前記センサ信号の時系列データにおける前記第1係合部材と前記第2係合部材のうち回転数が大きい方に対する前記第1係合部材と前記第2係合部材のうち回転数が小さい方の回転数比が50%であるときを含む所定期間の部分に基づいて、前記係合可能時期を推定する、請求項1に記載の噛み合いクラッチ制御システム。
【請求項4】
前記制御部は、前記係合可能時期の推定を行うときにおいて、前記第1係合部材と前記第2係合部材のそれぞれの回転数を検出する回転数検出部(31、41)の検出結果から求めた前記第1係合部材と前記第2係合部材のそれぞれの回転角度に基づいて、前記係合可能時期を推定する、請求項1に記載の噛み合いクラッチ制御システム。
【請求項5】
前記第1係合部材と前記第2係合部材の位相差に応じたセンサ信号を出力する位相差センサ(40)を備え、
前記制御部は、前記センサ信号の時系列データに基づいて、前記第1係合部材と前記第2係合部材との係合が可能な係合可能時期を検出するとともに、検出した係合可能時期での前記第1係合部材と前記第2係合部材のそれぞれの回転角度を0度に設定する、請求項4に記載の噛み合いクラッチ制御システム。
【請求項6】
前記第1係合部材と前記第2係合部材の位相差に応じたセンサ信号を出力する位相差センサ(40)を備え、
前記制御部は、前記係合可能時期の推定を行うときにおいて、前記センサ信号の時系列データから、前記第1係合部材の回転数に応じた第1周波数帯域の第1成分と、前記第2係合部材の回転数に応じた周波数帯域の第2成分とを抽出するとともに、前記第1成分と前記第2成分とに基づいて、前記係合可能時期を推定する、請求項1に記載の噛み合いクラッチ制御システム。
【請求項7】
前記制御部は、前記第1係合部材と前記第2係合部材とを係合させる際に、前記第1係合部材と前記第2係合部材の少なくとも一方を振動させる、請求項1ないし6のいずれか1つに記載の噛み合いクラッチ制御システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、噛み合いクラッチの制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に開示された噛み合いクラッチの制御システムでは、制御装置は、第1係合部材と第2係合部材とを係合させる係合指示を受けると、両者の回転数差が時間の経過とともに減少するように、両者の回転数調整を行う。そして、制御装置は、両者の回転数差が所定値よりも小さな状態であって、第1係合部材と第2係合部材のギア歯が対向していない状態のときに、第1係合部材と第2係合部材の係合を開始する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の従来技術では、係合指示を受けてから回転数差が所定値よりも小さな状態になるまで、係合を待機させる必要がある。このため、係合指示を受けてから係合実行までの期間が長い。すなわち、噛み合いクラッチの応答性が低い。
【0005】
本発明は上記点に鑑みて、噛み合いクラッチの応答性を高めることができるクラッチ制御システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の発明によれば、
噛み合いクラッチ制御システムは、
軸線(AL1)を中心に回転し、軸線を中心に回転するときの回転方向の全周にわたって複数の第1ギア歯(13)が形成された第1係合部材(11)と、軸線を中心に第1係合部材と同じ方向に回転し、複数の第1ギア歯と噛み合う複数の第2ギア歯(14)が、回転方向の全周にわたって形成された第2係合部材(12)と、を有する噛み合いクラッチ(10)と、
第1係合部材と第2係合部材との少なくとも一方を、軸線に平行な軸線方向に移動させることにより、複数の第1ギア歯と複数の第2ギア歯とが噛み合って第1係合部材と第2係合部材とが係合する係合状態と、第1係合部材と第2係合部材とが離間する解放状態とを切り替える、アクチュエータ(20)と、
アクチュエータの作動を制御するとともに、第1係合部材と第2係合部材とを係合させる係合指示を受けると、第1係合部材と第2係合部材との回転数差を時間の経過とともに減少させる回転数調整を行う制御部(60)と、を備え、
制御部は、回転数調整を行っているときであって、回転数差が所定値よりも大きいときの第1係合部材と第2係合部材との係合が可能な係合可能時期の推定を行うとともに、推定した係合可能時期で、第1係合部材と第2係合部材とを係合させる。
【0007】
これによれば、回転数差が所定値よりも大きな状態での噛み合いクラッチの係合が可能となる。このため、噛み合いクラッチの応答性を高めることができる。
【0008】
なお、各構成要素等に付された括弧付きの参照符号は、その構成要素等と後述する実施形態に記載の具体的な構成要素等との対応関係の一例を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】第1実施形態における動力伝達システムの構成を示す図である。
【
図2】第1係合部材と第2係合部材とが同じ回転方向に回転し、両者の回転数差が所定値よりも大きく、両者の相対位相が係合可能な第1状態のときのギア歯と位相差センサの検出範囲との関係を示す図である。
【
図3】第1実施形態における第1係合部材の回転数、第2係合部材の回転数およびセンサ信号の時間変化を示す図である。
【
図6】第1実施形態における演算制御装置が実行する処理を示すフローチャートである。
【
図7】第2実施形態における演算制御装置が実行する処理を示すフローチャートである。
【
図8】第1係合部材と第2係合部材とが同じ回転方向に回転し、両者の回転数差が所定値よりも大きく、両者の相対位相が係合可能な第2状態のときのギア歯と位相差センサの検出範囲との関係を示す図である。
【
図9】第3実施形態における第1係合部材の回転数、第2係合部材の回転数およびセンサ信号の時間変化を示す図である。
【
図12】
図11中のA1~A9のそれぞれの時刻での第1係合部材と第2係合部材の相対位相を示す図である。
【
図13】第3実施形態における演算制御装置が実行する処理を示すフローチャートである。
【
図14】第4実施形態を説明するための図であって、第1係合部材と第2係合部材のそれぞれの回転角度の時系列データを示す図である。
【
図15】第4実施形態を説明するための図であって、第1係合部材と第2係合部材のそれぞれの回転角度の時系列データを示す図である。
【
図16】第4実施形態における演算制御装置が実行する処理を示すフローチャートである。
【
図17】第4実施形態における演算制御装置が実行する処理を示すフローチャートである。
【
図18】第5実施形態におけるセンサ信号の時系列データを示す図である。
【
図19A】
図18に示すセンサ信号から抽出した第1周波数帯域の時系列データを示す図である。
【
図19B】
図18に示すセンサ信号から抽出した第2周波数帯域の時系列データを示す図である。
【
図21】第5実施形態における演算制御装置が実行する処理を示すフローチャートである。
【
図22】第6実施形態における演算制御装置が実行する処理を示すフローチャートである。
【
図23】第6実施形態を説明するための図であって、トルクリップルの補正制御前と補正制御後とを示す図である。
【
図24】第6実施形態を説明するための図であって、第1係合部材と第2係合部材との回転数差が所定値よりも大きいときの第1係合部材と第2係合部材の係合途中の状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態について図に基づいて説明する。なお、以下の各実施形態相互において、互いに同一もしくは均等である部分には、同一符号を付して説明を行う。
【0011】
(第1実施形態)
図1に示す動力伝達システム1に、本発明の噛み合いクラッチ制御システムが適用されている。動力伝達システム1は、車両に搭載され、電動機30の動力を車輪40に伝達したり遮断したりする。具体的には、動力伝達システム1は、噛み合いクラッチ10と、アクチュエータ20と、電動機30と、位相差センサ50と、演算制御装置60とを備える。
【0012】
噛み合いクラッチ10は、第1係合部材11と、第2係合部材12とを有する。第1係合部材11は、軸線AL1を中心に回転する。軸線AL1に平行な方向が軸線方向DR1である。第1係合部材11の軸線方向DR1の端部には、軸線AL1を中心に回転するときの回転方向の全周にわたって複数の第1ギア歯13が形成されている。複数の第1ギア歯13のそれぞれは、間を空けて列をなしている。このため、複数の第1ギア歯13は、第1ギア歯13列とも呼ばれる。回転方向で隣り合う第1ギア歯13と第1ギア歯13との間には、第1空隙部15が存在する。
【0013】
第2係合部材12は、第1係合部材11と同じ軸線AL1を中心に、第1係合部材11と同じ方向に回転する。第2係合部材12の軸線方向DR1の第1係合部材11側の端部には、複数の第1ギア歯13と噛み合う複数の第2ギア歯14が、回転方向の全周にわたって形成されている。複数の第2ギア歯14のそれぞれは、間を空けて列をなしている。このため、複数の第2ギア歯14は、第2ギア歯14列とも呼ばれる。回転方向で隣り合う第2ギア歯14と第2ギア歯14との間には、第2空隙部16が存在する。
【0014】
第2係合部材12は、車輪40の回転軸(すなわち、車軸)につながっている。複数の第1ギア歯13と複数の第2ギア歯14とが噛み合う(すなわち、嵌合する)ことで、第1係合部材11と第2係合部材12とが係合する(すなわち、つながった状態となる)。
【0015】
アクチュエータ20は、第1係合部材11を軸線方向DR1の一方側と他方側とに移動させる。第1係合部材11が軸線方向DR1に移動することで、複数の第1ギア歯13と複数の第2ギア歯14とが噛み合って第1係合部材11と第2係合部材12とが係合する係合状態と、第1係合部材11と第2係合部材12とが離間する解放状態との切り替えが可能である。解放状態から係合状態へ切り替わるとき、第1係合部材11は第2係合部材12に向かって軸線方向D1に移動する。アクチュエータ20としては、電動機や電磁ソレノイドが用いられる。
【0016】
電動機30は、第1係合部材11が回転する回転力を第1係合部材11に与える駆動源である。すなわち、電動機30は、第1係合部材11を回転させる。
【0017】
位相差センサ50は、第1係合部材11と第2係合部材12との位相差、すなわち、相対位相を検出するために用いられる。位相差は、第1係合部材11の位相と第2係合部材12の位相との違いである。相対位相は、第1係合部材11の位相と第2係合部材12の位相との関係である。位相は、周方向におけるギア歯の位置のことであり、回転角と同じ意味である。位相差が無い状態は、複数の第1ギア歯13と複数の第2ギア歯14とが噛み合って第1係合部材11と第2係合部材12とが係合可能な状態である。位相差がある状態は、第1ギア歯13と第2ギア歯14とが衝突して第1係合部材11と第2係合部材12とが係合不可能な状態である。位相差センサ50は、下記の通り、位相差に応じたセンサ信号を出力する。
【0018】
図2に示すように、位相差センサ50は、検出範囲51を有する。その検出範囲51内に、第1ギア歯13と第2ギア歯14との両方が入ることができる位置に、位相差センサ50は設置される。より具体的には、
図1に示すように、位相差センサ50は、複数の第1ギア歯13および複数の第2ギア歯14の両方に対して、軸線AL1を中心とする径方向DR2の外側に設置される。径方向DR2は、軸線AL1に直交する方向と同じである。径方向DR2の外側は、径方向DR2における中心から離れる側である。このように、位相差センサ50は、第1係合部材11と第2係合部材12との係合を阻害しない位置に設置される。位相差センサ50は、検出範囲51内の第1ギア歯13と第2ギア歯14のギア歯の面積に応じたセンサ信号を出力する。位相差センサ50としては、例えば、ホール素子や距離センサが用いられる。
【0019】
演算制御装置60の入力側には、位相差センサ50が接続されている。位相差センサ50のセンサ信号が演算制御装置60に入力される。また、演算制御装置60の入力側には、車輪40に設けられた車輪速センサ41と、電動機30に設けられたレゾルバ31とが接続されている。車輪速センサ41のセンサ信号と、レゾルバ31の信号とが演算制御装置60に入力される。
【0020】
演算制御装置60の出力側には、アクチュエータ20と電動機30とが接続されている。演算制御装置60は、電動機30の作動を制御するとともに、アクチュエータ20の作動を制御する制御部である。
【0021】
演算制御装置60は、プロセッサ、メモリを含むマイクロコンピュータとその周辺回路から構成される。メモリには、電動機30、アクチュエータ20の作動を制御するための制御プログラムおよび制御データ等が記憶されている。プロセッサが制御プログラムを実行することで、各種処理が実行される。
【0022】
演算制御装置60は、第1係合部材11と第2係合部材12の両者を係合させる係合指示を受けると、両者の回転数差を時間の経過とともに減少させる、第1係合部材11の回転数調整を行う。その後、演算制御装置60は、両者の回転数差が所定値よりも大きなときに、両者を係合させる。この所定値は、50rpmである。
【0023】
図3の上側は、第1係合部材11が停止し、第2係合部材12が回転している状態から、第1係合部材11の回転数が第2係合部材12の回転数に近づくように、第1係合部材11の回転数が増大するときの第1係合部材11および第2係合部材12の回転数と時間との関係を示している。
図3の下側は、そのときのセンサ信号の時間変化、すなわち、センサ信号の時系列データを示している。
図4は、
図3中の領域IVの拡大図である。すなわち、
図4は、第1係合部材11と第2係合部材12の回転数差が所定値よりも大きいときであって、第2係合部材12に対する第1係合部材11の回転数比が50%よりも小さいときのセンサ信号の時系列データを示している。
図5は、
図4中の領域Vの拡大図である。センサ信号の値は、電圧値である。
【0024】
図4に示すように、第1係合部材11と第2係合部材12の回転数差が所定値よりも大きいときに、実線で示す波形のセンサ信号の時系列データから、破線で示す波形の低周波成分を抽出することができる。低周波成分は、センサ信号の時系列データが示す波形よりも周波数が低い成分である。低周波成分は、回転数が小さい側の係合部材である第1係合部材11の回転数に応じた周波数を有する。低周波成分の一周期は、1つの第1ギア歯13が検出範囲51を通過する周期である。
図4に示す低周波成分は、センサ信号の時系列データにおける一周期間の平均値の時系列データである。これに限らず、低周波成分は、センサ信号の時系列データにおける包括線成分の時系列データであってもよい。
【0025】
センサ信号の時系列データそのものは、高周波成分である。高周波成分は、回転数が大きい側の係合部材である第2係合部材12の回転数に応じた周波数を有する。高周波成分の一周期は、1つの第2ギア歯14が検出範囲を通過する周期である。
【0026】
図5に示すように、低周波成分の波形において、下に凸の向きの凸部の頂点の時刻は、下側ピーク時刻である。この下側ピーク時刻は、高周波成分の波形における上に凸の向きの1つの凸部の頂点の時刻と一致する。この下側ピーク時刻は、
図2に示す第1状態のタイミングに対応する。
図2は、第1係合部材11と第2係合部材12とが同じ回転方向DR3に回転し、両者の回転数差が所定値よりも大きいときの第1係合部材11と第2係合部材12とを示している。
図2では、第2係合部材12の回転数は、第1係合部材の回転数よりも大きい。
図2に示す第1状態は、第1係合部材11と第2係合部材12とが係合可能状態であって、検出範囲51内に存在する第1ギア歯13の面積が最小の状態である。
【0027】
次回以降の第1状態のタイミングは、回転数調整のときの回転数差の時間変化に応じた周期で訪れる。このため、低周波成分と、回転数調整のときの回転数差の時間変化とに基づいて、将来の第1状態のタイミングを算出することが可能である。そこで、演算制御装置60は、位相差センサ50のセンサ信号の時系列データから低周波成分を抽出する。演算制御装置60は、抽出した低周波成分と、回転数差の時間変化と、に基づいて、第1係合部材11と第2係合部材12の回転数差が所定値よりも大きいときの係合可能時期を推定する。そして、演算制御装置60は、推定した係合可能時期で、第1係合部材11と第2係合部材12とを係合させる。
【0028】
次に、演算制御装置60が実行する本実施形態の演算制御について具体的に説明する。演算制御装置60は、係合指示を受けたときに、第1係合部材11の回転数調整を行うとともに、
図6に示す処理を行うことで、噛み合いクラッチ10を係合させる。図中に示したステップは、各種機能を実現する機能部に対応するものである。このことは、他の図においても同様である。
【0029】
ステップS1では、演算制御装置60は、時刻t、t-1、t-2のそれぞれのセンサ信号を取得する。
【0030】
続いて、ステップS2では、演算制御装置60は、時刻t、t-1、t-2それぞれの低周波成分tb(t)、tb(t-1)、tb(t-2)を算出する。これらの低周波成分の算出は、フィルタを用いて行われる。
【0031】
続いて、ステップS3では、演算制御装置60は、時刻t-1のときの低周波成分tb(t-1)の大きさが、時刻t-2、時刻tのそれぞれのときの低周波成分tb(t)、tb(t-2)よりも小さいか否かを判定する。これにより、センサ信号の低周波部分の時系列データから下側ピーク時刻を求める。NO判定の場合、演算制御装置60は、所定時間経過後に、ステップS1に戻り、新たにセンサ信号を取得する。一方、YES判定の場合、演算制御装置60は、ステップS4に進む。
【0032】
ステップS4では、演算制御装置60は、係合可能状態のタイミングt0を、時刻t-1に決定する。このように、演算制御装置60は、時刻tまでのセンサ信号の時系列データから係合可能状態のタイミングを求める。
【0033】
続いて、ステップS5では、演算制御装置60は、次の係合可能タイミングtzを算出する。このとき、演算制御装置60は、下記の式(1)を用いて、将来の係合可能タイミングtzを算出する。
【0034】
【数1】
式(1)において、nzは、複数の第1ギア歯13と複数の第2ギア歯14のそれぞれのギア歯数である。t0は、ステップS4で求めた係合可能状態のタイミングである。N1は、第1係合部材11の回転数である。N2は、第2係合部材12の回転数である。式(1)は、第1係合部材11の回転数、第2係合部材12の回転数、複数の第1ギア歯13と複数の第2ギア歯14のそれぞれのギア歯数および時間の関係を示す関数である。
【0035】
続いて、ステップS6では、ステップS5の時刻tzで第1係合部材11と第2係合部材12とが係合するように、演算制御装置60は、アクチュエータ20に対して係合指示信号を出力する。これにより、アクチュエータ20が作動し、第1係合部材11と第2係合部材12とが係合する、すなわち、噛み合いクラッチ10が係合する。ステップS6が行われることで、
図6に示す処理が終了する。
【0036】
以上の説明の通り、本実施形態によれば、演算制御装置60は、ステップS1~S5を行うことにより、センサ信号の時系列データにおける低周波成分に基づいて、第1係合部材11と第2係合部材12の回転数差が所定値よりも大きなときの係合可能時期を推定する。そして、ステップS6を行うことにより、演算制御装置60は、推定した係合可能時期で、第1係合部材11と第2係合部材12とを係合させる。
【0037】
これによれば、第1係合部材11と第2係合部材12の回転数差が所定値よりも大きなときに、第1係合部材11と第2係合部材12とを係合させることができる。このため、第1係合部材11と第2係合部材12の回転数差が所定値よりも小さくなるまで待つ場合と比較して、早期に第1係合部材11と第2係合部材12とを係合させることができ、応答性を高めることができる。
【0038】
(第2実施形態)
本実施形態では、演算制御装置60は、
図6に示す処理の代わりに、
図7に示す処理を行う。動力伝達システム1の他の構成は、第1実施形態と同じである。
図7に示す処理は、
図6のステップS3がステップS3-1に変更されたものである。
図7のうちステップS3-1以外のステップは、
図6と同じである。
【0039】
ここで、
図5に示すように、低周波成分の波形において、上に凸の向きの凸部の頂点の時刻は、上側ピーク時刻である。この上側ピーク時刻は、高周波成分の波形における下に凸の向きの1つの凸部の頂点の時刻と一致する。この上側ピーク時刻は、
図8に示す第2状態のタイミングに対応する。
図8は、第1係合部材11と第2係合部材12とが同じ回転方向DR3に回転し、両者の回転数差が所定値よりも大きいときの第1係合部材11と第2係合部材12とを示している。
図8では、第2係合部材12の回転数は、第1係合部材の回転数よりも大きい。
図8に示す第2状態は、第1係合部材11と第2係合部材12とが係合可能状態であって、検出範囲51内に存在する第1係合部材11の第1ギア歯13の面積が最大の状態である。第2状態のタイミングは、回転数調整のときの回転数差の時間変化に応じた周期で訪れる。このため、低周波成分と、回転数調整のときの回転数差の時間変化とに基づいて、将来の第2状態のタイミングを算出することが可能である。
【0040】
そこで、ステップS3-1で、演算制御装置60は、時刻t-1のときの低周波成分tb(t-1)の大きさが、時刻t、t-2のそれぞれのときの低周波成分tb(t)、tb(t-2)よりも大きいか否かを判定する。これにより、センサ信号の低周波部分の時系列データから上側ピーク時刻を求める。
【0041】
その後、演算制御装置60は、
図6に示す処理と同様に、ステップS4で、係合可能状態のタイミングt0を時刻t-1に決定し、ステップS5で、次の係合可能タイミングtzを算出する。
【0042】
本実施形態によっても、演算制御装置60は、第1係合部材11と第2係合部材12の回転数差が所定値よりも大きなときの係合可能時期を推定することができる。このため、第1実施形態と同じ効果が得られる。
【0043】
(第3実施形態)
本実施形態では、演算制御装置60が行う第1係合部材11と第2係合部材12の回転数差が所定値よりも大きなときの係合可能時期の推定方法が、第1実施形態と異なる。それ以外の動力伝達システム1の構成は、第1実施形態と同じである。
【0044】
図9の上側は、第1係合部材11が停止し、第2係合部材12が回転している状態から、第1係合部材11の回転数が第2係合部材12の回転数に近づくように、第1係合部材11の回転数が増大するときの第1係合部材11および第2係合部材12の回転数と時間との関係を示している。
図9の下側は、そのときのセンサ信号の時間変化、すなわち、センサ信号の時系列データを示している。
図10は、
図9中の領域Xの拡大図である。
図10の横軸は、第2係合部材12に対する第1係合部材11の回転数比である。この回転数比は、
図9の第1係合部材11の回転数が増大するときの時間に対応している。
【0045】
図11のセンサ信号と記載された波形は、
図10中の領域XIの拡大図である。
図11の第1係合部材と記載された波形は、位相差センサ50の検出範囲51に第1係合部材11の第1ギア歯13のみが通過するときのセンサ信号の波形である。
図11の第2係合部材と記載された波形は、位相差センサ50の検出範囲51に第2係合部材12の第2ギア歯14のみが通過するときのセンサ信号の波形である。
【0046】
図10、11に示すように、第1係合部材11の回転数が第2係合部材12の回転数に近づくように、第1係合部材11の回転数が調整されるときのセンサ信号の時系列データは、回転数比が50%を含む所定期間のとき、規則的な波形である。所定期間は、48%以上、52%以下の範囲である。所定期間以外では、センサ信号の時系列データは、不規則な波形である。
【0047】
図11に示すように、上記の所定期間のとき、第1係合部材の波形の周波数をfとすると、第2係合部材の波形の周波数は2fに近い関係となる。上記の所的期間のとき、これらの波形が重なり合って、規則的な波形が現れる。この規則的な波形は、1つの大きな山と1つの小さな山とを一組として、大きな山と小さな山とが交互に複数組並ぶ波形である。
図11では、大きな山と小さな山とが交互に四組並んでいる。
【0048】
図11に示すセンサ信号において、係合可能状態のタイミングは、時刻A1~A9のうち時刻A5およびA6を含む時刻A5からA6までの期間である。すなわち、小さな山のうち傾きが正の部分であって、センサ信号のFS(すなわち、フルスケール)に対するセンサ信号の値の比が50%よりも小さいときである。FSは、センサ信号の最大値である。なお、本実施形態で用いた位相差センサ50のセンサ信号の最小値は0である。しかし、最小値が0ではない場合、上記の「センサ信号のFSに対するセンサ信号の値の比」は、「センサ信号の最大値と最小値との差の絶対値に対するセンサ信号の値とセンサ信号の最小値との差の絶対値の比」とされる。
【0049】
図12は、
図11のセンサ信号の波形における一組の大きな山と小さな山の部分での第1係合部材11と第2係合部材12の相対位相を示している。
図12中のA1~A9のそれぞれは、
図11中のA1~A9のそれぞれの時刻での相対位相を示している。
図12に示すように、時刻A6のとき、第1ギア歯13と第2ギア歯14とが対向していない。また、時刻A6の前の時刻A5のとき、第1ギア歯の一部と第2ギア歯の一部とが対向している。しかし、時刻A5から時間が少し進むと、第1ギア歯13と第2ギア歯14とが対向しなくなる。このため、時刻A6の状態だけでなく、時刻A5の状態も、係合可能状態に含まれる。よって、係合可能状態のタイミングは、時刻A5からA6までの期間である。
【0050】
そこで、演算制御装置60は、センサ信号の時系列データにおける第2係合部材12に対する第1係合部材11の回転数比が50%を含む所定期間の部分に基づいて、係合可能時期を推定する。所定期間の部分は、1つの大きな山と1つの小さな山とを一組として、大きな山と小さな山とが交互に複数組並ぶ波形となる。演算制御装置60は、その所定期間の部分において、小さな山のうち傾きが正となり、かつ、センサ信号のFSに対するセンサ信号の値の比が50%よりも小さいときを、係合可能時期であると推定する。
【0051】
次に、演算制御装置60が実行する本実施形態の演算制御について具体的に説明する。演算制御装置60は、係合指示を受けたときに、回転数調整を行うとともに、
図13に示す処理を行うことで、噛み合いクラッチ10を係合させる。
【0052】
ステップS11では、演算制御装置60は、第1係合部材11と第2係合部材12のそれぞれの回転数を取得する。レゾルバ31の信号から第1係合部材11の回転数を取得する。車輪速センサ41のセンサ信号から第2係合部材12の回転数を取得する。
【0053】
続いて、ステップS12では、演算制御装置60は、第2係合部材12に対する第1係合部材11の回転数比が0.48よりも大きいか否かを判定する。NO判定の場合、演算制御装置60は、ステップS11に戻る。YES判定の場合、演算制御装置60は、ステップS13に進む。
【0054】
ステップS13では、演算制御装置60は、現在の時刻における位相差センサ50のセンサ信号を取得する。
【0055】
続いて、ステップS14では、センサ信号のFSに対するステップS13で取得したセンサ信号の値の比が、0.9よりも大きいか否かを判定する。これにより、大きな山の立ち上がりの部分を過ぎたか否かを判定する。NO判定の場合、演算制御装置60は、所定時間経過後に、ステップS13に戻り、新たにセンサ信号を取得する。YES判定の場合、演算制御装置60は、ステップS15に進む。
【0056】
ステップS15では、演算制御装置60は、現在の時刻における位相差センサのセンサ信号および現在の時刻における位相差センサのセンサ信号の微分値を取得する。
【0057】
続いて、ステップS16では、演算制御装置60は、ステップS15で取得したセンサ信号の微分値が正であるか否かを判定する。NO判定の場合、演算制御装置60は、所定時間経過後に、ステップS15に戻る。YES判定の場合、演算制御装置60は、ステップS17に進む。
【0058】
ステップS17では、演算制御装置60は、ステップS15で取得したセンサ信号の値がセンサ信号のFSの50%よりも小さいか否かを判定する。NO判定の場合、演算制御装置60は、所定時間経過後に、ステップS15に戻る。YES判定の場合、演算制御装置60は、ステップS18に進む。
【0059】
ステップS18では、演算制御装置60は、アクチュエータ20に対して係合指示信号を出力する。これにより、アクチュエータ20が作動し、第1係合部材11と第2係合部材12とが係合する、すなわち、噛み合いクラッチ10が係合する。ステップS18が行われることで、
図13に示す処理が終了する。
【0060】
以上の説明の通り、本実施形態によれば、演算制御装置60は、ステップS11~S17を行うことにより、センサ信号の時系列データにおける回転数比が50%を含む所定期間の部分に基づいて、係合可能時期を推定する。そして、ステップS18を行うことにより、演算制御装置60は、推定した係合可能時期で、第1係合部材11と第2係合部材12とを係合させる。
【0061】
これによれば、第1係合部材11と第2係合部材12の回転数差が所定値よりも大きなときに、第1係合部材11と第2係合部材12とを係合させることができる。具体的には、第2係合部材12に対する第1係合部材11の回転数比が50%に近いときに、第1係合部材11と第2係合部材12とを係合させることができる。よって、第1実施形態と同じ効果が得られる。
【0062】
(第4実施形態)
本実施形態では、演算制御装置60が行う第1係合部材11と第2係合部材12の回転数差が所定値よりも大きなときの係合可能時期の推定方法が、第1実施形態と異なる。それ以外の動力伝達システム1の構成は、第1実施形態と同じである。
【0063】
第1係合部材11と第2係合部材12のそれぞれが回転しているとともに、第2係合部材12の回転数が第1係合部材11の回転数よりも大きく、両者の回転数差が所定値よりも大きいときに、演算制御装置60は、第1係合部材11と第2係合部材12のそれぞれの回転角度の時系列データを取得する。複数の第1ギア歯13と複数の第2ギア歯14のそれぞれの歯の数が36の場合、
図14に示すように、第1係合部材11と第2係合部材12のそれぞれの回転角度は、10deg(すなわち、度)までインクリメントされるとともに、10degに到達すると、0degとされる。
【0064】
第1係合部材11の回転角度は、レゾルバ31からの信号から求められる。レゾルバ31からの信号は、第1係合部材11の回転数を検出する回転数検出部の検出値に対応する。第2係合部材12の回転角度は、車輪速センサ41からのセンサ信号から求められる。車輪速センサ41からのセンサ信号は、第2係合部材12の回転数を検出する回転数検出部の検出値に対応する。
【0065】
このとき、
図15に示すように、演算制御装置60は、第1実施形態で説明した方法によって推定された係合可能状態の時刻での第1係合部材11と第2係合部材12のそれぞれの回転角度を0度に設定する。すなわち、演算制御装置60は、角度リセットを行う。このように設定されることで、
図15中の円で囲まれているように、両者の回転角度が一致する時刻が、係合可能状態の時期となる。
【0066】
次に、演算制御装置60が実行する本実施形態の演算制御について具体的に説明する。演算制御装置60は、係合指示を受けたときに、第1係合部材11の回転数調整を行うとともに、
図16に示す処理を行うことで、第1係合部材11と第2係合部材12のそれぞれの角度リセットを行う。
図16に示す処理は、第1係合部材11と第2係合部材12のそれぞれについて別々に行われる。
【0067】
ステップS21では、演算制御装置60は、係合完了か否かを判定する。係合完了の場合、演算制御装置60は、
図16に示す処理を終了する。係合完了していな場合、演算制御装置60は、ステップS22に進む。
【0068】
ステップS22では、演算制御装置60は、回転数検出部の検出値を取得する。第1係合部材11についての処理では、レゾルバ31からの信号を取得する。第2係合部材12についての処理では、車輪速センサ41からのセンサ信号を取得する。
【0069】
続いて、ステップS23では、演算制御装置60は、ステップS22で取得した回転数検出部の検出値を用いて、回転角度を算出する。すなわち、演算制御装置60は、回転角度をカウントアップする。第1係合部材11についての処理では、レゾルバ31からの信号と、複数の第1ギア歯13の数とを用いて、第1係合部材11の回転角度を算出する。第2係合部材12についての処理では、車輪速センサ41からのセンサ信号と、複数の第2ギア歯14の数とを用いて、第2係合部材12の回転角度を算出する。
【0070】
続いて、ステップS24では、演算制御装置60は、位相差センサ50を用いて係合可能状態を検出したか否かを判定する。具体的には、演算制御装置60は、現在の時刻が、第1実施形態の
図6に示す処理で算出された係合可能タイミングtzになったか否かを判定する。ステップS24でNO判定の場合、演算制御装置60は、ステップS25に進む。
【0071】
ステップS25では、演算制御装置60は、ステップS23で算出された回転角度が規定値であるか否かを判定する。複数の第1ギア歯13と複数の第2ギア歯14のそれぞれの歯の数が36の場合、規定値は、10degである。ステップS25で、NO判定の場合、演算制御装置60は、ステップS21に戻る。ステップS25で、YES判定の場合、演算制御装置60は、ステップS26に進み、回転角度を0度にリセットする。これにより、
図14に示すように、第1係合部材11と第2係合部材12のそれぞれの回転角度が、0~10degの間で、カウントアップされる。
【0072】
一方、ステップS24でYES判定の場合、演算制御装置60は、ステップS26に進み、回転角度を0度にリセットする。これにより、
図15に示すように、位相差センサ50を用いて検出された係合可能状態の時刻での第1係合部材11と第2係合部材12のそれぞれの回転角度が、0度に設定される。ステップS26の後、演算制御装置60は、ステップS21に戻る。
【0073】
また、演算制御装置60は、係合指示を受けたときに、
図17に示す処理を行うことで、噛み合いクラッチ10を係合させる。
図17に示す処理は、
図16に示す処理が開始されて所定期間経過後に行われることが好ましい。この所定期間は、ステップS24でYES判定され、ステップS26が行われるように設定される。
【0074】
ステップS31では、演算制御装置60は、第1係合部材11と第2係合部材12のそれぞれについて、回転数検出部の検出値を取得する。検出値の取得は、ステップS22と同様に行われる。
【0075】
続いて、ステップS32では、演算制御装置60は、ステップS31で取得した回転数検出部の検出値を用いて、第1係合部材11と第2係合部材12のそれぞれの回転角度を算出する。回転角度の算出は、ステップS23と同様に行われる。
【0076】
続いて、ステップS33では、ステップS32で算出した第1係合部材11と第2係合部材12のそれぞれの回転角度が、一致するか否かを判定する。NO判定の場合、演算制御装置60は、ステップS31に戻る。YES判定の場合、演算制御装置60は、ステップS34に進む。
【0077】
ステップS34では、演算制御装置60は、アクチュエータ20に対して係合指示信号を出力する。これにより、アクチュエータ20が作動し、第1係合部材11と第2係合部材12とが係合する。ステップS34が行われることで、
図17に示す処理が終了する。
【0078】
以上の説明の通り、本実施形態によれば、演算制御装置60は、回転数検出部の検出結果から求めた第1係合部材11と第2係合部材12のそれぞれの回転角度に基づいて、回転数差が所定値よりも大きなときの係合可能時期を推定する。そして、ステップS34を行うことにより、演算制御装置60は、推定した係合可能時期で、第1係合部材11と第2係合部材12とを係合させる。これによれば、第1実施形態と同じ効果が得られる。さらに、本実施形態によれば、下記の効果が得られる。
【0079】
第1実施形態では、検出範囲51内での第1ギア歯13と第2ギア歯14の一方の面積が最大であって、検出範囲51内での第1ギア歯13と第2ギア歯14の他方の面積が最小であるときが、係合可能な状態なときとして検出される。しかし、係合可能な状態であっても、検出範囲51内での第1ギア歯と第2ギア歯の面積が上記以外のときを、係合可能な状態なときとして検出することができない。これに対して、本実施形態によれば、係合可能状態のタイミングを、第1実施形態よりも短い間隔で、第1実施形態よりも多く検出することができる。
【0080】
また、本実施形態によれば、演算制御装置60は、位相差センサ50を用いて検出された係合可能時期での第1係合部材11と第2係合部材12のそれぞれの回転角度を0度に設定する。これにより、第1係合部材11と第2係合部材12のそれぞれの回転角度から精度よく係合可能時期を推定することができる。
【0081】
(第5実施形態)
本実施形態では、演算制御装置60が行う第1係合部材11と第2係合部材12の回転数差が所定値よりも大きなときの係合可能時期の推定方法が、第1実施形態と異なる。それ以外の動力伝達システム1の構成は、第1実施形態と同じである。
【0082】
図18の波形は、第1係合部材11が停止し、第2係合部材12が回転している状態から、第1係合部材11の回転数が第2係合部材12の回転数に近づくように、第1係合部材11の回転数が増大するときのセンサ信号の時系列データである。第1係合部材11の回転開始時刻は、430ms付近である。
【0083】
図19Aの波形は、センサ信号から抽出した第1周波数帯域の時系列データの波形である。第1周波数帯域は、第1係合部材11と第2係合部材12の回転数差が所定値よりも大きい所定時刻での第1係合部材11の回転数に応じた周波数帯域である。回転数に応じた周波数帯域とは、その回転数に一対一で対応する周波数を含む周波数帯域である。第1周波数帯域の時系列データは、検出範囲51を通過する第1係合部材11の第1ギア歯13の面積の変化に対応する。第1周波数帯域は、例えば、400Hz以上550Hz以下である。
【0084】
図19Bの波形は、センサ信号から抽出した第2周波数帯域の時系列データの波形である。第2周波数帯域は、第1周波数帯域と同じ所定時刻での第2係合部材12の回転数に応じた周波数帯域である。第2周波数帯域の時系列データは、検出範囲51を通過する第2係合部材12の第2ギア歯14の面積の変化に対応する。第2周波数帯域は、例えば、570Hz以上700Hz以下である。
【0085】
図20は、
図19Aと
図19Bのそれぞれの同じ期間の一部分P1、P2を重ねて示した図である。本実施形態のように、検出範囲51内のギア歯の面積に応じたセンサ信号を出力する位相差センサ50を用いた場合、係合可能状態のとき、検出範囲51内に存在する一方のギア歯の面積が最大となり、他方のギア歯の面積が最小となる。このため、
図20に示すように、2つの波形の一方の上向きのピークと、2つの波形の他方の下向きのピークの位置が一致するとき(すなわち、位相差が180°のとき)が、係合可能状態のタイミングとなる。
【0086】
そこで、本実施形態では、演算制御装置60は、係合指示を受けると、第1係合部材11と第2係合部材12の回転数差を小さくする回転数調整を行う。具体的には、第1係合部材の回転数を増大させる。そして、演算制御装置60は、センサ信号の時系列データから第1周波数帯域の第1成分と、第2周波数帯域の第2成分とを抽出する。その後、演算制御装置60は、抽出した第1成分と第2成分とに基づいて、係合可能時期を推定する。
【0087】
次に、演算制御装置60が実行する本実施形態の演算制御について具体的に説明する。演算制御装置60は、係合指示を受けたときに、回転数調整を行うとともに、
図21に示す処理を行うことで、噛み合いクラッチ10を係合させる。
【0088】
ステップS41では、演算制御装置60は、現在の時刻までの位相差センサ50のセンサ信号を取得する。
【0089】
続いて、ステップS42では、演算制御装置60は、第1周波数帯域と第2周波数帯域とを決定する。このとき、演算制御装置60は、レゾルバ31の信号から取得した現在の時刻における第1係合部材11の回転数に基づいて、第1周波数帯域を決定する。また、演算制御装置60は、車輪速センサ41のセンサ信号から取得した現在の時刻における第2係合部材12の回転数に基づいて、第2周波数帯域を決定する。
【0090】
続いて、ステップS43では、演算制御装置60は、バンドパスフィルタを用いて、ステップS41で取得したセンサ信号から第1周波数帯の第1成分の時系列データと第2周波数帯の第2成分の時系列データとを抽出する。
【0091】
続いて、ステップS44では、演算制御装置60は、第1成分と第2成分のそれぞれについての位相と時間との関係を算出する。このとき、第1成分についての位相と時間との関係は、ステップS43で得られた第1成分の時系列データの波形に基づいて算出される。第2成分についての位相と時間との関係は、ステップS43で得られた第2成分の時系列データの波形に基づいて算出される。
【0092】
続いて、ステップS45では、演算制御装置60は、現在の時刻における第1成分と第2成分との位相差(すなわち、θ)を算出する。
【0093】
続いて、ステップS46では、演算制御装置60は、ステップS45で算出した位相差が180°であるか否かを判定する。NO判定の場合、演算制御装置60は、ステップS41に戻る。YES判定の場合、演算制御装置60は、ステップS47に進む。
【0094】
ステップS47では、演算制御装置60は、アクチュエータ20に対して係合指示信号を出力する。これにより、アクチュエータ20が作動し、第1係合部材11と第2係合部材12とが係合する、すなわち、噛み合いクラッチ10が係合する。ステップS47が行われることで、
図21に示す処理が終了する。
【0095】
以上の説明の通り、本実施形態では、演算制御装置60は、ステップS41~S46を行うことにより、センサ信号の時系列データから抽出した第1周波数帯域の第1成分と、第2周波数帯域の第2成分とに基づいて、係合可能時期を推定する。そして、ステップS47を行うことにより、演算制御装置60は、推定した係合可能時期で、第1係合部材11と第2係合部材12とを係合させる。これによれば、第1係合部材11と第2係合部材12の回転数差が所定値よりも大きなときに、第1係合部材11と第2係合部材12とを係合させることができる。よって、第1実施形態と同じ効果が得られる。
【0096】
演算制御装置60は、センサ信号の時系列データから、第1係合部材11の回転数に応じた第1周波数帯域の第1成分と、第2係合部材12の回転数に応じた第2周波数帯域の第2成分とを抽出する。これによれば、回転一次変動やギア歯の噛み合い振動などの外乱を排除することができる。このため、係合可能時期の推定の精度を向上させることができる。
【0097】
なお、本実施形態では、センサとして、検出範囲51内のギア歯の面積に応じたセンサ信号を出力する位相差センサ50が用いられているが、この場合に限られない。係合可能状態と係合不可状態とにおいて、センサ信号が異なるセンサを用いることができる。用いるセンサによっては、位相差が0°のときが係合可能状態のタイミングとなる。
【0098】
また、本実施形態では、ステップS42において、演算制御装置60は、レゾルバ31の信号から取得した現在の時刻における第1係合部材11の回転数に基づいて、第1周波数帯域を決定する。また、演算制御装置60は、車輪速センサ41のセンサ信号から取得した現在の時刻における第2係合部材12の回転数に基づいて、第2周波数帯域を決定する。この場合に限らず、演算制御装置60は、センサ信号の時系列データに対する短時間の周波数解析を行うことで、第1周波数帯域と第2周波数帯域とを決定してもよい。この場合、センサ信号の時系列データの周波数特性から所定の閾値以上の周波数情報を抽出することで、第1周波数帯域と第2周波数帯域とを決定することができる。
【0099】
(第6実施形態)
本実施形態では、演算制御装置60は、
図22に示す処理を行うことで、噛み合いクラッチ10を係合させる。動力伝達システム1の他の構成は、第1実施形態と同じである。
図22中のステップS1~S6は、第2実施形態の
図6のステップS1~S6と同じである。
図22に示す処理において、演算制御装置60は、ステップS1~S6を行った後、ステップS51にて、第1係合部材11を振動させる。
【0100】
ステップS51では、演算制御装置60は、電動機30が回転中に出力するトルクを変動させることで、第1係合部材11を微細に振動させる。トルクを変動させる方法としては、トルクリップルの補正制御が行われている場合において、このトルクリップルの補正制御を解除することが挙げられる。トルクリップルは、電動機30が回転中に出力するトルクの変動量のことである。
図23に示すように、トルクリップルの補正制御が行われると、補正制御前と比較して、トルクの変動量が小さく抑えられる。このため、補正制御を解除することで、電動機30が回転中に出力するトルクを変動させることができる。続くステップS52では、演算制御装置60は、係合完了か否かを判定する。係合完了していない場合は、ステップS52の判定を繰り返す。係合完了の場合、ステップS53に進む。ステップS53では、ステップS51にて行った第1係合部材11の振動制御を終了する。例えば、ステップS51でトルクリップルの補正制御を解除した場合は、その補正制御を再開する。ステップ53の後、
図22の処理を終了する。
【0101】
図24に示すように、第1係合部材11と第2係合部材12との回転数差が所定値よりも大きいときに両者を係合させる際には、複数の第1ギア歯13と複数の第2ギア歯14の噛み合い途中に、第1ギア歯13と第2ギア歯14の側面同士が衝突する。このときに側面に発生する摩擦力にて、引っ掛かりが生じ、複数の第1ギア歯13と複数の第2ギア歯14とが完全に係合しない場合がある。
【0102】
そこで、本実施形態では、演算制御装置60は、ステップS51を行う。すなわち、第1係合部材11と第2係合部材12との回転数差が所定値よりも大きい状態で両者を係合させる際に、演算制御装置60は、第1係合部材11を振動させる。これにより、接触している第1ギア歯13と第2ギア歯14の側面同士を離すことができる。このため、摩擦による静止状態を解消することができ、係合を完了させることができる。
【0103】
なお、本実施形態では、演算制御装置60は、第1係合部材11を振動させていたが、第2係合部材12を振動させたり、第1係合部材11と第2係合部材12の両方を振動させたりしてもよい。第2係合部材12を振動させる方法としては、第2係合部材12の振動を抑制する制御が行われる場合において、この制御を解除することが挙げられる。
【0104】
また、第1実施形態に本実施形態が適用される場合を説明したが、第2~第5実施形態のそれぞれに対して本実施形態を適用することも可能である。
【0105】
(他の実施形態)
上記した各実施形態の動力伝達システム1は、車両に搭載され、電動機30の動力を駆動輪に伝達したり遮断したりする用途に適用されているが、他の用途に適用されてもよい。また、上記した各実施形態の動力伝達システム1では、第1係合部材11が軸線方向DR1に移動する。しかしながら、用途によっては、第2係合部材12が軸線方向DR1に移動してもよい。第1係合部材11と第2係合部材12との両方が軸線方向DR1に移動してもよい。すなわち、アクチュエータによって、第1係合部材11と第2係合部材12との少なくとも一方が軸線方向DR1に移動するようになっていればよい。
【0106】
また、用途によっては、第1係合部材11と第2係合部材12とを係合させるときに、第2係合部材12の方が第1係合部材11よりも回転数が大きくてもよい。この場合、第3実施形態において、第2係合部材12に対する第1係合部材の回転数比は、第1係合部材11に対する第2係合部材の回転数比と読み替えられる。
【0107】
また、上記した各実施形態では、演算制御装置60は、係合指示を受けたときに、第1係合部材11の回転数調整を行う。しかしながら、用途によっては、演算制御装置60は、係合指示を受けたときに、第1係合部材11と第2係合部材12の両方または第2係合部材12の回転数調整を行って、回転数差を時間の経過とともに減少させてもよい。
【0108】
本発明は上記した実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した範囲内において適宜変更が可能であり、様々な変形例や均等範囲内の変形をも包含する。また、上記各実施形態は、互いに無関係なものではなく、組み合わせが明らかに不可な場合を除き、適宜組み合わせが可能である。また、上記各実施形態において、実施形態を構成する要素は、特に必須であると明示した場合および原理的に明らかに必須であると考えられる場合等を除き、必ずしも必須のものではないことは言うまでもない。
【0109】
本開示に記載の制御部及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載の制御部及びその手法は、一つ以上の専用ハードウエア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載の制御部及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと一つ以上のハードウエア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。
【符号の説明】
【0110】
10 噛み合いクラッチ
11 第1係合部材
12 第2係合部材
13 第1ギア歯
14 第2ギア歯
20 アクチュエータ
40 位相差センサ
60 演算制御装置