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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024102716
(43)【公開日】2024-07-31
(54)【発明の名称】ウイルスゲノムDNAの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/50 20060101AFI20240724BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20240724BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20240724BHJP
   C12N 15/10 20060101ALI20240724BHJP
【FI】
C12N15/50 ZNA
C12N15/63 Z
C12N1/21
C12N15/10 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023006792
(22)【出願日】2023-01-19
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(71)【出願人】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健次郎
(72)【発明者】
【氏名】相澤 康則
(72)【発明者】
【氏名】金子 真也
(72)【発明者】
【氏名】倉澤 光
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA15X
4B065AA15Y
4B065AA95Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA23
4B065CA44
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】本発明の目的は、簡便に大量のウイルスのゲノムDNAを製造する方法を提供することである。
【解決手段】前記課題は、本発明の(a)ウイルスゲノムDNAを含むベクターを枯草菌に導入する工程、及び(b)前記枯草菌を培養し、そしてベクターを回収する工程、を含む、ウイルスゲノムDNAの製造方法によって解決することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)ウイルスゲノムDNAを含むベクターを枯草菌に導入する工程、及び
(b)前記枯草菌を培養し、そしてベクターを回収する工程、
を含む、ウイルスゲノムDNAの製造方法。
【請求項2】
前記ウイルスがオルトコロナウイルス亜科に属するアルファコロナウイルス、ベータコロナウイルス、ガンマコロナウイルス、又はデルタコロナウイルスである、請求項1に記載のウイルスゲノムDNAの製造方法。
【請求項3】
前記ウイルスゲノムDNAを含むベクターが、複数のDNA断片を繋ぎ合わせて作製される、請求項1又は2に記載のウイルスゲノムDNAの製造方法。
【請求項4】
前記ベクターが、Θ型複製起点を有し、枯草菌で複製できるプラスミドである、請求項1又は2に記載のウイルスゲノムDNAの製造方法。
【請求項5】
ウイルスゲノムDNAを含むベクターを含む枯草菌。
【請求項6】
前記ウイルスがオルトコロナウイルス亜科に属するアルファコロナウイルス、ベータコロナウイルス、ガンマコロナウイルス、又はデルタコロナウイルスである、請求項5に記載の枯草菌。
【請求項7】
前記ウイルスゲノムDNAを含むベクターが、複数のDNA断片を繋ぎ合わせて作製された、請求項5又は6に記載の枯草菌。
【請求項8】
前記ベクターが、Θ型複製起点を有し、枯草菌で複製できるプラスミドである、請求項5又は6に記載の枯草菌。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルスゲノムDNAの製造方法に関する。本発明によれば、大量のウイルスゲノムを容易に取得することができる。
【背景技術】
【0002】
ウイルスには、ヒト及び動物などの疾患を引き起こすものがあり、世界中でそれらのウイルスの研究が進められている。例えばコロナウイルス、特にSARS-CoV、MARS-CoV、SARS-CoV-2などはヒトの呼吸器に感染し、肺炎などを引き起こし、致死的な経過をたどることもある。従って、コロナウイルスの感染機構の解明及び感染対策の研究が全世界で進められている。(非特許文献1及び2)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】「ネイチャー(Nature)」2020(英国)第582巻、p561-565
【非特許文献2】「セル・リポーツ(Cell Reports)」2021(米国)April;p20
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ウイルスの感染機構の解明及び感染対策の研究のためには、ウイルスゲノムを用いた研究が必要である。本発明者らは、大腸菌に対する形質転換法を用いて、例えばコロナウイルスのDNA断片の取得を行った。しかしながら、大腸菌では、得られるDNAに変異が入りやすく、更に大腸菌の生育が悪く、大量のDNAを取得することが困難であった。
従って、本発明の目的は、簡便に大量のウイルスのゲノムDNAを製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、簡便に大量のウイルスのゲノムDNAを製造する方法ついて、鋭意研究した結果、驚くべきことに、枯草菌を用いることにより、クローン化した変異のない安定なウイルスゲノムを大量に取得できることを見出した。
本発明は、こうした知見に基づくものである。
従って、本発明は、
[1](a)ウイルスゲノムDNAを含むベクターを枯草菌に導入する工程、及び(b)前記枯草菌を培養し、そしてベクターを回収する工程、を含む、ウイルスゲノムDNAの製造方法、
[2]前記ウイルスがオルトコロナウイルス亜科に属するアルファコロナウイルス、ベータコロナウイルス、ガンマコロナウイルス、又はデルタコロナウイルスである、[1]に記載のウイルスゲノムDNAの製造方法、
[3]前記ウイルスゲノムDNAを含むベクターが、複数のDNA断片を繋ぎ合わせて作製される、[1]又は[2]に記載のウイルスゲノムDNAの製造方法、
[4]前記ベクターが、Θ型複製起点を有し、枯草菌で複製できるプラスミドである、[1]又は[2]に記載のウイルスゲノムDNAの製造方法、
[5]ウイルスゲノムDNAを含むベクターを含む枯草菌、
[6]前記ウイルスがオルトコロナウイルス亜科に属するアルファコロナウイルス、ベータコロナウイルス、ガンマコロナウイルス、又はデルタコロナウイルスである、[5]に記載の枯草菌、
[7]前記ウイルスゲノムDNAを含むベクターが、複数のDNA断片を繋ぎ合わせて作製された、[5]又は[6]に記載の枯草菌、及び
[8]前記ベクターが、Θ型複製起点を有し、枯草菌で複製できるプラスミドである、[5]又は[6]に記載の枯草菌、
に関する。
【発明の効果】
【0006】
本発明のウイルスゲノムDNAの製造方法によれば、クローン化し変異のない安定なウイルスゲノムDNAを容易に、かつ大量に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】ギャップ・リペアー・クローニング法によるコロナウイルスゲノムDNAの作製を模式的に示した図である。
図2】ギャップ・リペアー・クローニング法に用いる、フラグメント1+、フラグメント2+、フラグメント3+、フラグメントD+、フラグメント4+、フラグメント5+、フラグメント6+、フラグメント7+、フラグメント8+、フラグメント9+、及びフラグメント10+の構築方法を示した図である。
図3】複数のDNA断片を出芽酵母で繋ぎ合わせて作成して得られたコロナウイルスゲノムDNAを含むベクターを、直接出芽酵母から回収した結果を示す図である。
図4】複数のDNA断片を出芽酵母で繋ぎ合わせて作成して得られたコロナウイルスゲノムDNAを含むベクターを、大腸菌から回収した結果を示す図である。
図5】コロナウイルスゲノムDNAを含むベクターの大腸菌又は枯草菌から大量精製を比較した図である。
図6】本発明の製造方法に用いるシャトルベクターの構造を示した図である。
図7】コロナウイルスゲノムDNAを含むベクターの大腸菌又は枯草菌から大量精製を示した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明のウイルスゲノムDNAの製造方法は、(a)ウイルスゲノムDNAを含むベクターを枯草菌に導入する工程、及び(b)前記枯草菌を培養し、そしてベクターを回収する工程、を含む。また、本発明の枯草菌は、ウイルスゲノムDNAを含むベクターを含む。
【0009】
《ウイルスゲノムDNA》
本発明に用いられるウイルスゲノムDNAは、ウイルスゲノムの全長のゲノムDNA、又はウイルスゲノムのDNA断片を含む限りにおいて、特に限定されるものではない。
ウイルスゲノムDNA(例えば、コロナウイルスゲノムDNA及びその断片)を含むベクターは、実施例に示すように大腸菌に導入することによって、容易に変異が起こる。また、ウイルスゲノムDNA(例えば、1000bp以上のコロナウイルスゲノムDNA)を含むベクターは、大腸菌に導入することによって、大腸菌の生育を阻害し、従ってベクターを回収することが困難である。
【0010】
ウイルスとしては、DNAウイルスであってよく、RNAウイルスであってもよい。
dsDNAウイルスとしては、ミオウイルス科(Myoviridae)、ポドウイルス科(Podoviridae)、シホウイルス科(Siphoviridae)、アロヘルペスウイルス科(Alloherpesviridae)、ヘルペスウイルス科(Herpesviridae)、マラコヘルペスウイルス科(Malacoherpesviridae)、リポスリクスウイルス科(Lipothrixviridae)、ルディウイルス科(Rudiviridae)、アデノウイルス科(Adenoviridae)、アムプラウイルス科(Ampullaviridae)、アスコウイルス科(Ascoviridae)、アスファウイルス科(Asfaviridae)、バキュロウイルス科(Baculoviridae)、ビカウダウイルス科(Bicaudaviridae)、クラバウイルス科(Clavaviridae)、コルチコウイルス科(Corticoviridae)、フセロウイルス科(Fuselloviridae)、グロブロウイルス科(Globuloviridae)、グッタウイルス科(Guttaviridae)、ヒトロサウイルス科(Hytrosaviridae)、イリドウイルス科(Iridoviridae)、マルセイユウイルス科(Marseilleviridae)、ミミウイルス科(Mimiviridae)、ニマウイルス科(Nimaviridae)、パンドラウイルス科(Pandoraviridae)、パピローマウイルス科(Papillomaviridae)、フィコドナウイルス科(Phycodnaviridae)、プラズマウイルス科(Plasmaviridae)、ポリドナウイルス科(Polydnaviruses)、ポリオーマウイルス科(Polyomaviridae)、ポックスウイルス科(Poxviridae)、スファエロリポウイルス科(Sphaerolipoviridae)、及びテクティウイルス科(Tectiviridae)に属するウイルスが挙げられる。
【0011】
ssDNAウイルスとしては、アネロウイルス科(Anelloviridae)、バシラリオドナウイルス科(Bacillariodnaviridae)、ビドナウイルス科(Bidnaviridae)、サーコウイルス科(Circoviridae)、ジェミニウイルス科(Geminiviridae)、イノウイルス科(Inoviridae)、ミクロウイルス科(Microviridae)、ナノウイルス科(Nanoviridae)、パルボウイルス科(Parvoviridae)、及びスピラウイルス科(Spiraviridae)に属するウイルスが挙げられる。
【0012】
dsRNAウイルスとしては、ビルナウイルス科(Birnaviridae)、クリソウイルス科(Chrysoviridae)、シストウイルス科(Cystoviridae)、エンドルナウイルス科(Endornaviridae)、ハイポウイルス科(Hypoviridae)、メガビルナウイルス科(Megavirnaviridae)、パルティティウイルス科(Partitiviridae)、ピコビルナウイルス科(Picobirnaviridae)、レオウイルス科(Reoviridae)、ロタウイルス科(Rotavirus)及びトティウイルス科(Totiviridae)に属するウイルスが挙げられる。
【0013】
プラス鎖ssRNAウイルスとしては、アルファフレキシウイルス科(Alphaflexiviridae)、アルファテトラウイルス科(Alphatetraviridae)、アルベルナウイルス科(Alvernaviridae)、アルテリウイルス科(Arteriviridae)、アストロウイルス科(Astroviridae)、バルナウイルス科(Barnaviridae)、ベータフレキシウイルス科(Betaflexiviridae)、プロモウイルス科(Bromoviridae)、カリチウイルス科(Caliciviridae)、カルモテトラウイルス科(Carmotetraviridae)、クロステロウイルス科(Closteroviridae)、コロナウイルス科(Coronaviridae)、ジシストロウイルス科(Dicistroviridae)、フラビウイルス科(Flaviviridae)、ガンマフレキシウイルス科(Gammaflexiviridae)、イフラウイルス科(Iflaviridae)、レヴィウイルス科(Leviviridae)、ルテオウイルス科(Luteoviridae)、マルナウイルス科(Marnaviridae)、メソニウイルス科(Mesoniviridae)、ナルナウイルス科(Narnaviridae)、ノダウイルス科(Nodaviridae)、ペルムトテトラウイルス科(Permutotetraviridae)、ピコルナウイルス科(Picornaviridae)、ポチウイルス科(Potyviridae)、ロニウイルス科(Roniviridae)、セコウイルス科(Secoviridae)、トガウイルス科(Togaviridae)、トンブスウイルス科(Tombusviridae)、ティモウイルス科(Tymoviridae)、及びビルガウイルス科(Virgaviridae)に属するウイルスが挙げられる。
【0014】
マイナス鎖ssRNAウイルスとしては、ボルナウイルス科(Bornaviridae)、フィロウイルス科(Filoviridae)、パラミクソウイルス科(Paramyxoviridae)、ラブドウイルス科(Rhabdoviridae)、ニアミウイルス科(Nyamiviridae)、アレナウイルス科(Arenaviridae)、ブニヤウイルス科(Bunyaviridae)、オフィオウイルス科(Ophioviridae)、及びオルソミクソウイルス科(Orthomyxoviridae)に属するウイルスが挙げられる。
【0015】
(コロナウイルス)
コロナウイルスは、ニドウイルス目のコロナウイルス科に属するウイルスである。コロナウイルス科は、コロナウイルス亜科及びトロウイルス亜科に分類されるが、本明細書において、「コロナウイルス」は、コロナウイルス科に含まれるウイルスを意味する。
また、コロナウイルスは、遺伝子的にアルファ(α)コロナウイルス、ベータ(β)コロナウイルス、ガンマ(γ)コロナウイルス、及びデルタ(δ)コロナウイルスに分類される。アルファ(α)コロナウイルスとしては、例えば猫コロナウイルス(猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV))、犬コロナウイルス、豚伝染性胃腸炎ウイルス(TGEV)、ヒトコロナウイルス229E、又はヒトコロナウイルスNL63が挙げられる。ベータ(β)コロナウイルスとしては、例えばヒトコロナウイルスMARS-CoV、ヒトコロナウイルスSARS-CoV、ヒトコロナウイルスSARS-CoV-2、ヒトコロナウイルスOC43、ヒトコロナウイルスHKU1、牛コロナウイルス、馬コロナウイルス、又はマウスコロナウイルス(マウス肝炎ウイルス)が挙げられる。ガンマ(γ)コロナウイルスとしては、例えば鳥コロナウイルス(鶏伝染性気管支炎ウイルス(IBV)、七面鳥コロナウイルスなど)、又はシロナガスクジラウイルスが挙げられる。
【0016】
コロナウイルスゲノムは、図2に示すように、約30kbの遺伝子であり、5´UTRから2つのオープンリーディングフレーム(SARS-CoV-2において、ORF1a及びORF1b)を有し、その後ろにSタンパク質、Eタンパク質、Mタンパク質、及びNタンパク質などをコードする遺伝子が存在する。ORF1a及びORF1bには、非構造タンパク質がコードされており、長いポリプロテインとして翻訳され、ウイルス由来のプロテアーゼなどでnsp1~nsp16の非構造タンパク質に切断される。ORF1a及びORF1bの後ろのゲノム遺伝子から、複数のnested構造のサブジェノミックmRNAが作成され、Sタンパク質、Eタンパク質、Mタンパク質、及びNタンパク質などの構造タンパク質が翻訳される。
【0017】
《枯草菌》
本発明に用いる枯草菌は、本分野で使用される枯草菌である限りにおいて、特に限定せずに使用することができる。具体的には、168TrpC2株、RM125株、RM125(RecAα)株、MT-2株、BUSY9797株、BEST310株、BEST7003株など、が挙げられる。なお、RM125株は、168TrpC2系統株で制限修飾系酵素の欠損株である。また、RM125(RecAα)株は、RM125由来の枯草菌であり、ゲノム中の相同組換え酵素のRecAがキシロース誘導型プロモーターを有したRecAに置き換えた株である。キシロースの誘導によってRecAが発現し、相同組み換えが起きる。
【0018】
《ベクター》
本発明に用いるベクターは、枯草菌で複製できるベクターである限りにおいて、特に限定されるものではないが、例えばpYEB101、pHT253ベクター、pHT255ベクター、pHT01ベクター、pHT8ベクター、pHT09ベクター、pHT10ベクター、又はpHT43ベクター、が挙げられる。
また、本発明に用いるベクターは、好ましくは、Θ型複製起点を有する枯草菌で複製できるベクターである。この複製様式を有することにより枯草菌において、効率的にベクターを複製することができる。repAは、特に限定されるものではないが、例えばサーモフィリック・バシリ由来(配列番号13)で表されるrepAが挙げられる。また、配列番号13で表されるrepAと90%以上(好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、更に好ましくは99%以上)の塩基配列を有し、且つrepAを含まないオリジナルのベクターと比較して枯草菌における複製効率を増加させることができるrepAでもよい。
複製効率の増加は、例えば、コロニー数の増加、又は回収ベクターDNAの増加などで、確認することができる。
【0019】
《工程a》
前記工程aにおいては、ウイルスゲノムDNAを含むベクターを枯草菌に導入する。本工程におけるウイルスゲノムDNAの取得方法は、特に限定されるものではなく、例えばウイルスが感染した患者からウイルス粒子を取得し、ウイルスRNAから逆転写酵素によりcDNAを合成し、取得することができる。この場合、例えば、得られたcDNAを鋳型として、PCRにより二本鎖DNAを増幅することができる。
また、プラスミドベクター等に、一旦クローニングされたDNAから取得することもできる。例えば、制限酵素によって、プラスミドベクター等から二本鎖DNAを切り出し、枯草菌で複製可能なベクターに組み込むことができる。また、前記プラスミドベクターを鋳型として、PCRによりウイルスゲノムDNAを増幅し、枯草菌で複製可能なベクターに組み込んでもよい。
例えば、ウイルスゲノムの全長、又は比較的長いDNA断片(例えば10kb以上のDNA断片)を取得する場合、1回のPCRにより取得することもできるが、複数のDNA断片を繋ぎ合わせて取得することもできる。
【0020】
(複数のDNA断片を繋ぎ合わせて作成する方法)
複数のDNA断片をつなぎ合わせる方法として、出芽酵母の細胞内において相同組換えを利用して作成する方法がある。出芽酵母の細胞内では相同組み換えの活性が非常に高いため、25bp程度の相同領域があれば相同組み換えがおきる。この性質を利用して、酵母細胞内でDNAのコンストラクトを構築することができる。また、試験管中で複数の断片を混ぜて、例えばCircular polymerase extension reaction(CPER)法などによって作成することもできる。
本発明に用いるウイルスゲノムDNAは、例えば図1に示す出芽酵母を用いた方法によって取得することができる。具体的には、約30kbのウイルスゲノムから、例えば11のDNA断片を取得する。この11のDNA断片と、ベクターDNAとを用いて、出芽酵母を形質転換する。前記DNA断片及びベクターDNAは、出芽酵母の細胞内で相同組換えを起こし、目的のDNAを含むベクターを取得することができる。この方法においては、制限酵素を用いることなく、複数のDNA断片を一度に結合させ、目的のDNA断片をクローニングすることができる。
酵母からのベクターの取得は、特に限定されるものではなく、例えば、アルカリ-SDS法、除タンパク及びエタノール又はイソプロパノールによってDNAを沈殿させて生成することもできる。
【0021】
ウイルスゲノムDNAを含むベクターの枯草菌の導入方法は、特に限定されるものではなく、例えば形質転換法(例えば、自然形質転換法)、トランスフェクト法、エレクトロポレーション法(電気穿孔法)、又はプロトプラスト法が挙げられる。
自然形質転換法とは、枯草菌を貧栄養培地で培養すると、枯草菌の細胞膜上にコンピテントマシナリーと呼ばれる膜貫通複合体が形成され、ATPを用いて外来のDNAを一本鎖として、能動的に細胞中に取り込む現象を利用する形質転換法である。
【0022】
《工程b》
工程bにおいては、前記枯草菌を培養し、そしてベクターを回収する。枯草菌の培養は、特に限定されるものではなく、本分野で用いられている培養方法を、用いることができる。枯草菌の培地としては、例えば、LB培地、Antibiotic Medium 3(Penassay Broth)培地、又はSuper broth培地などを用いることができる。
ベクターDNAの回収方法も、本分野で通常用いられている方法(例えば、リゾチウムを用いたアルカリ-SDS法や、超遠心法など)を、限定することなく用いることができる。
【実施例0023】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0024】
《比較例1》
本比較例では、cDNAライブラリーを鋳型としてPCRにより当該配列を増幅し、配列番号1を参照して修復及び追加配列の付加を施す事で図1に記載のフラグメント1+(配列番号2)、フラグメント2+(配列番号3)、フラグメント3+(配列番号4)、フラグメントD+(配列番号5)、フラグメント4+(配列番号6)、フラグメント5+(配列番号7)、フラグメント6+(配列番号8)、フラグメント7+(配列番号9)、フラグメント8+(配列番号10)、フラグメント9+(配列番号11)、及びフラグメント10+(配列番号12)を構築した。
より具体的には以下の通りである。
RNAseqに用いたcDNAライブラリーをテンプレート(鋳型)にして、まず、300~950bpの長さのDNA断片が増幅できるプライマーを用いてPCRを行った。その後、オーバーラップPCRによって1~2kbのDNA断片を作成した後、更にオーバーラップPCRによって2~3kbのDNA断片を作成した。この段階で一度大腸菌のプラスミドベクターにクローニングして塩基配列の確認を行った(フラグメント1~フラグメント10)。
【0025】
フラグメントDは、Bluescript SK+ではベクターDNAが十分に取得できなかったため、pBR322を用いてベクターDNAを取得した。また、図2に示すように、フラグメント1に3箇所、フラグメント2に2箇所、フラグメント3に4箇所、フラグメントDに2箇所、フラグメント4に7箇所、フラグメント5に5箇所、フラグメント6に3箇所、フラグメント7に7箇所、フラグメント8に2箇所、フラグメント9に1箇所、及びフラグメント10に1箇所の変異が発生した。フラグメント4及び7の変異発生率が高かった。これらの変異を以下の方法で修正した。
塩基配列の確認の結果、判明した変異箇所(アスタリスク)は、正常な配列を含むオリゴヌクレオチドのプライマーを作成し、PCRを用いながら全ての配列の変異の修正を行った。また隣接するフラグメントと重複するように両端にオーバーラップ配列(300-700bp)を付加した。(GFPやCMVプロモーターなどもこの時に付加した)こうしてフラグメント1+(配列番号2)、フラグメント2+(配列番号3)、フラグメント3+(配列番号4)、フラグメントD+(配列番号5)、フラグメント4+(配列番号6)、フラグメント5+(配列番号7)、フラグメント6+(配列番号8)、フラグメント7+(配列番号9)、フラグメント8+(配列番号10)、フラグメント9+(配列番号11)、及びフラグメント10+(配列番号12)を構築した。
【0026】
《参考例1》
本参考例では、比較例1で得られたフラグメントを出芽酵母に導入し、酵母細胞中で相同組換えによってフラグメント同士を連結させ、約30kbのコロナウイルスゲノムDNA含むベクターを構築した。
各大腸菌プラスミドからフラグメント1+~10+のDNA断片を精製し、これら11の各DNAフラグメントと直鎖化したYAC-BAC-枯草菌シャトルベクター(pYEP101)を同時に用いて出芽酵母へ導入した。出芽酵母の形質転換法は、通常行われている陽イオンリチウム法(酢酸リチウム法)で実施した。各フラグメントとベクターの両端には300bp~700bpのオーバーラップ領域が付加されており、酵母細胞に導入されると相同組み換えによって全てのフラグメントとベクターが一度に繋がり、約27.5kbのコロナゲノムを持つ、環状のプラスミドが構築できた。その後、同プラスミドを持つ酵母株を培養して、同酵母株からコロナゲノムを有するベクターの精製を試みた。精製法は、一般的なプロトコルに従い、Zymolyaseを用いたアルカリ-SDS法又はZymolyaseを用いたSDS法である。しかしながら精製溶液を適当な制限酵素で切断して、電気泳動によってバンドパターンを確認したところ、予想されるバンドを確認することができなかった。培養条件、培地の量など変えて何度か精製を試みたが、同様に綺麗に精製することはできず、予想されるバンドパターンを電気泳動で確認することはできなかった。原因として、今回用いているpYEP101のコピー数が少ないことと、酵母細胞に含まれるゲノムDNAやミトコンドリアDNAが阻害している可能性が考えられる。
【0027】
《比較例2》
本比較例では、出芽酵母の相同組換えによるDNA断片集積法で取得したコロナウイルスゲノムDNAを含むベクターを用いて、大腸菌によるベクターの調製を試みた。
コロニーPCRによって予想されるバンドを検出できた大腸菌株(DH10B株、BL21株、HB101株)について大腸菌からの同プラスミドの精製を試みた。精製法は一般に用いられているアルカリ-SDS法で、100kb以上サイズも精製可能な精製キットを使用した。回収後、適当な制限酵素で切断して電気泳動によってバンドパターンを確認したが、予想されるバンドを確認することができなかった。
【0028】
《実施例1~3及び比較例3~9》
本実施例及び比較例では、前記コロナウイルスゲノムDNAを含むベクターを用いて、3種の枯草菌(実施例1~3)及び7種の大腸菌(比較例3~9)を形質転換し、効率を検討した。
今回構築したコロナゲノムを有するベクターは、出芽酵母、大腸菌、枯草菌で複製可能である。
コロニーPCRによって全断片を保持しているベクターを酵母株から、上記同様にZymolyaseを用いて抽出・精製し、枯草菌(3株)と大腸菌(7株)に形質転換法によって導入した。枯草菌の形質転換は、一般的に行われている自然形質転換法を用いた。大腸菌の形質転換法は、エレクトロポレーション法によって行った。その結果、枯草菌では通常通り一晩でコロニーが得られたが、大腸菌は1晩ではコロニーがほとんど得られず、株によって2晩(HB101株)、あるいは3日以降でやっとコロニーが形成された(DH5α株、DH10B株、BL21株、JA221株)。しかしながらこれらのコロニーを新しい抗生物質入りのプレートにストリークしたところ、DH5α株では全く生育が確認できなかった。新しいプレートで生育が確認されたコロニーに関して、コロニーPCRによってコロナゲノムを正しく有しているか確認したところ、DH10B株、BL21株、HB101株でのみ候補株が得られた。これらの形質転換体(大腸菌)に関して、コロナゲノムを有するベクターを精製して適当な制限酵素によって切断して電気泳動でバンドパターンを確認したところ、図7で示したように正しいコロナゲノムを有するクローンは得られなかった。一方、枯草菌の得られた形質転換体は、新しいプレートでも問題なく全コロニーが生育し、コロニーPCR、及び精製後の制限酵素による電気泳動の確認でも予想されるバンドパターンを確認することができた。また、生育速度も遅くなることはなく、問題なくコロナゲノムを有するベクターを精製することができた。精製後、次世代シーケンサーiSeqTM100 system(illumine, U.S.A.)を用いて全塩基配列を確認したところ、変異は検出されなかった。
【0029】
【表1】
【0030】
表1に示すように大腸菌では1晩の培養によってほとんどコロニーが得られなかった。これに対して枯草菌では、1晩の培養で、多数のコロニーを得ることができた。
【0031】
《比較例10及び実施例4》
本比較例及び実施例では、前記コロナウイルスゲノムDNAを含むベクターにより、大腸菌及び枯草菌を形質転換し、コロナウイルスゲノムを含むベクターの大量精製を試みた。
新しい抗生物質入りのプレートで生育できた大腸菌及び枯草菌の形質転換体についてコロニーPCRで問題のなかったクローンについて、コロナウイルスゲノムを含むベクターを精製して、適当な制限酵素で切断して、電気泳動を行った結果を図7に示した。枯草菌では予想されるバンドパターンが確認できたが、大腸菌ではイレギュラーなバンドが出現してしまい、正しいコロナウイルスゲノムを有するクローンは得られなかった。枯草菌においては、RM125株、RM125RecAα株において期待されるバンドが確認でき、特にRM125RecAα株では、より綺麗に精製できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明のコロナウイルスゲノムDNAの製造方法、及びコロナウイルスゲノムDNAを含む枯草菌によれば、効率的にコロナウイルスゲノムDNAを取得及び製造することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
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