(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024102717
(43)【公開日】2024-07-31
(54)【発明の名称】ポリマー多孔体、マイクロニードルおよびそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
C08J 9/24 20060101AFI20240724BHJP
A61M 37/00 20060101ALI20240724BHJP
B29C 39/24 20060101ALI20240724BHJP
B29C 67/20 20060101ALI20240724BHJP
A61K 9/70 20060101ALI20240724BHJP
A61K 47/32 20060101ALI20240724BHJP
A61K 9/06 20060101ALI20240724BHJP
【FI】
C08J9/24
A61M37/00 510
A61M37/00 505
B29C39/24
B29C67/20
A61K9/70
A61K47/32
A61K9/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023006793
(22)【出願日】2023-01-19
(71)【出願人】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106297
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 克博
(74)【代理人】
【識別番号】100130845
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邉 伸一
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 拓也
(72)【発明者】
【氏名】池原 清
(72)【発明者】
【氏名】松元 亮
【テーマコード(参考)】
4C076
4C267
4F074
4F204
4F214
【Fターム(参考)】
4C076AA09
4C076AA71
4C076AA95
4C076AA99
4C076BB31
4C076EE03A
4C076FF70
4C267AA72
4C267CC01
4C267FF10
4C267GG06
4F074AA18
4F074CA52
4F074CC04X
4F074CC04Y
4F074CC05Z
4F074CC12Y
4F074CC32Y
4F074CC37Y
4F074CC47Y
4F074CC55Y
4F074DA02
4F074DA03
4F074DA08
4F074DA53
4F204AA06
4F204AC06
4F204AG20
4F204AG28
4F204AH63
4F204EA03
4F204EB01
4F204EF27
4F214AA06
4F214AC06
4F214AG20
4F214AG28
4F214AH63
4F214UA01
4F214UB01
4F214UF27
(57)【要約】
【課題】力学的強度と薬剤の送達能を両立し得るマイクロニードルに好適に用いることのできるポリマー多孔体を提供する。
【解決手段】ポリマー多孔体は、ポリマー粒子がポリマー粒子間の空隙を保ちながら溶融固着されたものであり、ポリマー粒子の粒子径φとポリマー多孔体の細孔径Dとの間に、0.22φ<D<0.25φとなる関係を有する。ここで、粒子径φは、重量粒度分布の最頻値で与えられ、細孔径Dは、水銀圧入法で測定した表面積細孔分布の最頻値で与えられる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリマー粒子が前記ポリマー粒子間の空隙を保ちながら溶融固着されたポリマー多孔体であって、
前記ポリマー粒子の粒子径φと前記ポリマー多孔体の細孔径Dとの間に、
0.22φ<D<0.25φ
となる関係を有し、
前記粒子径φは、重量粒度分布の最頻値で与えられ、
前記細孔径Dは、水銀圧入法で測定した表面積細孔分布の最頻値で与えられる、ポリマー多孔体。
【請求項2】
前記ポリマー粒子を構成するポリマーの融点が50℃~300℃である請求項1に記載のポリマー多孔体。
【請求項3】
前記ポリマーはポリエチレンである請求項2に記載のポリマー多孔体。
【請求項4】
前記ポリマー粒子の粒子径φは1μm~100μmである請求項1に記載のポリマー多孔体。
【請求項5】
水銀圧入法で測定した表面積細孔分布の半値幅Hが0.21以下である請求項1に記載のポリマー多孔体。
【請求項6】
ベース部と、
前記ベース部に支持された複数のニードルと、
薬剤を担持することができ、かつ、前記薬剤の透過性を有するゲル組成物と、
を有し、
前記ベース部および前記ニードルの少なくとも一方は、請求項1~5のいずれか一項に記載のポリマー多孔体を有し、
前記ゲル組成物は、前記ポリマー多孔体の空隙を満たすように前記ポリマー多孔体の空隙中に充填されているマイクロニードル。
【請求項7】
前記ゲル組成物は、フェニルボロン酸系単量体ユニットを含む共重合体を含む、請求項6に記載のマイクロニードル。
【請求項8】
型を用意する工程と、
前記型に、ポリマー粒子を充填する工程と、
前記型に充填されたポリマー粒子を、前記ポリマー粒子間の空隙を保ちながら溶融固着されるように加熱処理して前記型から取り出すことによって、前記ポリマー粒子からなる成型体を得る工程と、
を含み、
前記成型体を得る工程は、
加熱後の前記ポリマー粒子の粒子径φと前記ポリマー多孔体の細孔径Dとの間に、
0.22φ<D<0.25φ
となる関係を有するように前記ポリマー粒子を加熱することを含み、
前記粒子径φは、重量粒度分布の最頻値で与えられ、
前記細孔径Dは、水銀圧入法で測定した表面積細孔分布の最頻値で与えられる、ポリマー多孔体の製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載のポリマー多孔体の製造方法を用いたマイクロニードルの製造方法であって、
前記型を用意する工程は、ベース部および前記ベース部上の複数のニードルに対応するキャビティを有する型を用意することを含み、
前記成型体を得る工程の後、薬剤を担持することができ、かつ、前記薬剤の透過性を有するゲル組成物を、前記成型体の空隙を満たすように前記成型体の空隙中に充填する工程をさらに有する、マイクロニードルの製造方法。
【請求項10】
請求項8に記載のポリマー多孔体の製造方法を用いたマイクロニードルの製造方法であって、
前記型に充填されたポリマー粒子を、前記ポリマー粒子間の空隙を保ちながら溶融固着されるように加熱処理する際、水蒸気を充満させたオーブンの中で、マイクロ波を照射することによって前記ポリマー粒子を溶融固着させるマイクロニードルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬剤送達デバイスの一種であるマイクロニードルに好適に用いられるポリマー多孔体およびマイクロニードルに関する。本発明はまた、ポリマー多孔体およびマイクロニードルの製造方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
薬剤を経皮的に投与するデバイスとしてマイクロニードルが知られている。マイクロニードルは、例えば特許文献1に開示されるように、投与する薬剤を担持した長さが1mm以下の複数のニードルをアレイ状に配列したパッチとして提供され、皮膚表面に貼付することでニードルを経由して薬剤が送達されるように構成される。そのため、マイクロニードルは、低侵襲的に、かつ長時間にわたって連続的に薬剤を投与できるという特徴を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
マイクロニードル型薬剤送達デバイスを皮膚に装着する際には、ニードルが皮膚に十分に突き刺さるように、デバイスを皮膚にしっかりと押し当てる必要がある。しかしながら、従来のマイクロニードル型薬剤送達デバイスは、主にベース部分(リザーバ部分)の強度が不十分なために、穿刺する際に加圧しにくいことがあった。また、従来のマイクロニードルは、ニードルが非常に微細であることから力学的強度が不足し、ニードルを皮膚に押し当てた際に、ニードルが皮膚に穿刺されなかったり、ニードルが折れたり座屈したりすることがあった。これを防止するため、ニードルを高い力学的強度を有する材料で構成したり、ニードルの表面を高い力学的強度を有する材料でコーティングしたりすることが考えられる。しかし一般に、力学的強度が高い材料は密な構造を有しているため、ニードルからの薬剤の放出量が減少するなど薬剤の送達能が低下する可能性があった。
【0005】
本発明は、力学的強度と薬剤の送達能を両立し得るマイクロニードルに好適に用いることのできるポリマー多孔体、そのポリマー多孔体を用いたマイクロニードル、およびそれらの製造方法を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様によれば、ポリマー粒子が前記ポリマー粒子間の空隙を保ちながら溶融固着されたポリマー多孔体であって、
前記ポリマー粒子の粒子径φと前記ポリマー多孔体の細孔径Dとの間に、
0.22φ<D<0.25φ
となる関係を有し、
前記粒子径φは、重量粒度分布の最頻値で与えられ、
前記細孔径Dは、水銀圧入法で測定した表面積細孔分布の最頻値で与えられる多孔体が提供される。
【0007】
本発明の他の態様によれば、
ベース部と、
前記ベース部に支持された複数のニードルと、
薬剤を担持することができ、かつ、前記薬剤の透過性を有するゲル組成物と、
を有し、
前記ベース部および前記ニードルの少なくとも一方は、請求項1~5のいずれか一項に記載のポリマー多孔体を有し、
前記ゲル組成物は、前記ポリマー多孔体の空隙を満たすように前記ポリマー多孔体の空隙中に充填されているマイクロニードルが提供される。
【0008】
本発明のさらに他の態様によれば、
型を用意する工程と、
前記型に、ポリマー粒子を充填する工程と、
前記型に充填されたポリマー粒子を、前記ポリマー粒子間の空隙を保ちながら溶融固着されるように加熱処理して前記型から取り出すことによって、前記ポリマー粒子からなる成型体を得る工程と、
を含み、
前記成型体を得る工程は、
加熱後の前記ポリマー粒子の粒子径φと前記ポリマー多孔体の細孔径Dとの間に、
0.22φ<D<0.25φ
となる関係を有するように前記ポリマー粒子を加熱することを含み、
前記粒子径φは、重量粒度分布の最頻値で与えられ、
前記細孔径Dは、水銀圧入法で測定した表面積細孔分布の最頻値で与えられる、ポリマー多孔体の製造方法が提供される。
【0009】
本発明のさらに他の態様によれば、
上記のポリマー多孔体の製造方法を用いたマイクロニードルの製造方法であって、
前記型を用意する工程は、ベース部および前記ベース部上の複数のニードルに対応するキャビティを有する型を用意することを含み、
前記成型体を得る工程の後、薬剤を担持することができ、かつ、前記薬剤の透過性を有するゲル組成物を、前記成型体の空隙を満たすように前記成型体の空隙中に充填する工程をさらに有する、マイクロニードルの製造方法が提供される。
【0010】
(用語の定義)
本出願において、「生理的条件」とは、生体内と同等のpH、温度およびイオン組成に調整された水溶液を意味する。例えば、pHは、好ましくは1~9、さらに好ましくは7~8、温度は、好ましくは30~40℃、イオン組成は、塩化ナトリウム濃度が好ましくは100~200mMである。
また、本出願において「約」という用語は、それに続く数値の前後10%の範囲を指すために使用される。すなわち、約30mol%は27mol%~33mol%の範囲を意味する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、力学的強度と薬剤の送達能を両立し得るマイクロニードルに好適に用いることのできるポリマー多孔体、そのポリマー多孔体を用いたマイクロニードル、およびそれらの製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の一形態によるマイクロニードルの模式的断面図である。
【
図2】
図1に示すマイクロニードルの製造に用いられる型の一形態の断面図である。
【
図3A】ポリマー多孔体の評価に用いた型を作製するための原型の要部平面図である。
【
図3B】
図3Aに示す原型の、原型ニードルでの要部断面図である。
【
図4】ポリマー多孔体の力学的強度の測定方法を説明する図である。
【
図5】ポリマー多孔体の評価において水銀の圧入により得られるデータをプロットした積算圧入体積-圧力曲線である。
【
図6】水銀圧入法により求めたポリマー多孔体の細孔分布の一例を示すグラフである。
【
図7】試供体1~7について細孔径Dと力学的強度の関係をプロットしたグラフである。
【
図8】試供体1~7について細孔径Dと気孔率との関係をプロットしたグラフである。
【
図9】試供体1~7について表面積細孔分布の半値幅と力学的強度との関係をプロットしたグラフである。
【
図10】試供体1~7について力学的強度と気孔率との関係をプロットしたグラフである。
【
図11A】マイクロニードルの皮膚刺入性試験における試供体1の顕微鏡写真である。
【
図11B】マイクロニードルの皮膚刺入性試験における試供体3の顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1を参照すると、ベース部100と、複数のニードル110とを有し、皮膚に貼付するパッチとして提供される、本発明の一実施形態によるマイクロニードル10が示されている。ベース部100は、複数のニードル110を支持するシート状の部分であり、これらニードル110を支持でき、穿刺時の加圧に耐えうる力学的強度を有している。複数のニードル110がベース部100に支持されることで、複数のニードル110は、ニードルアレイとして構成される。
【0014】
以下、マイクロニードル10についてより詳しく説明する。
【0015】
[薬剤]
本発明に係る薬剤送達デバイスを用いて送達され得る薬剤としては、タンパク質、ペプチド、核酸、他の高分子ポリマー、低分子化合物などが挙げられるが、これらに限定はされない。薬剤は、疾患の治療剤、予防薬、ワクチン、栄養サプリメントなどであってもよい。特に好ましい薬剤は、インスリンである。様々な天然型インスリンあるいは改変インスリンが市販品の購入あるいは合成により利用可能となっている。インスリンとしては、例えば、ヒューマリン(登録商標)を使用してもよい。ヒューマリン(登録商標)は、イーライリリー社が販売しているヒト(遺伝子組換え)インスリンである。インスリン製剤には、速効型、中間型、持効型を含む各種製剤が開発されており、適宜選択して使用することができる。
【0016】
[ベース部およびニードル]
ベース部100およびニードル110は、ポリマー多孔体とゲル組成物とを有する。ポリマー多孔体は、マイクロニードル10の力学的強度を担う構造体である。ゲル組成物は、薬剤を担持することができ、かつ薬剤の透過性を有し、薬剤の担持および放出を担う。ゲル組成物は、ポリマー多孔体の空隙を満たすようにポリマー多孔体の空隙中に充填されている。ベース部100およびニードル110の少なくとも一方は、構造体として、ゲル組成物を含有し得るものであれば、ポリマー多孔体ではない他の構造体で構成することもできる。ただし、マイクロニードル10の構造体は、ベース部100およびニードル110の一体性の観点およびマイクロニードル10の製造上の観点からは、ベース部100およびニードル110の両方がポリマー多孔体で構成され、これによって、ベース部100およびニードル110が、境界のない1つの部分として構成されることが好ましい。
【0017】
ベース部100およびニードル110がポリマー多孔質体を有することで、この多孔質体を薬剤のリザーバとして利用し、薬剤を長期間(例えば7日間)にわたって放出することができるようになる。長期間にわたる薬剤の放出が可能なマイクロニードルは、血中グルコース濃度に応じて薬剤としてインスリンを投与するインスリン送達マイクロニードルとして好適に用いることができる。
【0018】
ベース部100の平面形状は、円形、楕円形および多角形など任意の形状であってよく、例えば矩形状とすることができる。
【0019】
ニードル110の長さは、ニードル110を皮膚に穿刺したときにニードル110が角質層に達する十分な長さを有していればよく、好ましくは5mm以下、より好ましくは1mm以下であってよい。ニードル110の数および配置は任意であってよい。例えば、複数のニードル110を、M×N(M、Nはそれぞれ1~30の整数)のマトリックス状に配列することができる。具体的な配置の一例としては、8mm×8mmの矩形領域中に、10×12本のニードル110が500μmピッチで配置される。ニードル110の形状は、皮膚に穿刺できる先端を有していれば任意であってよく、好ましくは円錐形状または角錐形状、例えばピラミッド形状とすることができる。
【0020】
以下に、ポリマー多孔体およびゲル組成物について詳細に説明する。
【0021】
(ポリマー多孔体)
ポリマー多孔体は、複数のポリマー粒子が、ポリマー粒子間の空隙を保ちながら溶融固着されたものであり、ポリマー粒子の粒子径φとポリマー多孔体の細孔径Dとの間に次の関係を有する。
0.22φ<D<0.25φ
ここで、粒子径φは重量粒度分布の最頻値であり、細孔径Dは水銀圧入法で測定した表面積細孔分布の最頻値である。
【0022】
ポリマー粒子を構成するポリマーとしては、融点が、例えば50℃以上、80℃以上、または100℃以上のものを用いることができる。また、ポリマー粒子を構成するポリマーとしては、融点が、例えば300℃以下、250℃以下、または200℃以下のものを用いることができる。この観点からは、ポリマーとしてポリエチレンを好ましく用いることができる。
【0023】
ポリマー粒子の粒子径φは、1μm以上、5μm以上、10μm以上、15μm以上、または20μmであってよい。ポリマー粒子の粒子径φが1μm未満の場合は、ポリマー多孔体の空隙中へのゲル組成物の充填が困難になり、マイクロニードル10に気泡が残る可能性がある。また、ポリマー粒子の粒子径φは、100μm以下、80μm以下、70μm以下、または60μm以下であってよい。ポリマー粒子の粒子径φが100μmを超えると、マイクロニードル10においてゲル組成物自身の力学的強度の影響が大きくなり、マイクロニードル10に十分な力学的強度が得られなくなる可能性がある。また、ポリマー多孔体は、水銀圧入法で測定した表面積細孔分布の半値幅H(
図6、詳しくは後述する)が0.21以下であることが好ましい。
【0024】
(ゲル組成物)
ゲル組成物は、送達する薬剤に応じて、薬剤の透過性を有している限り、任意の成分を含むことができる。以下、マイクロニードル10を、薬剤としてインスリンを血中グルコース濃度に応じて送達するデバイスとして用いる場合に好ましいゲル組成物について説明する。
【0025】
この種のゲル組成物として好ましいのは、フェニルボロン酸系単量体ユニットを含む共重合体を含むゲル組成物である。ゲル組成物は、具体的には後述するようにフェニルボロン酸系単量体を含む単量体混合物を共重合することで得られ、その結果、共重合体の架橋分子構造を有するゲルが得られる。本出願において、「単量体ユニット」は、単量体に由来する(共)重合体中の構造単位を意味し、以下の説明において「単量体」を「単量体ユニット」の意味で使用することもある。フェニルボロン酸系単量体とは、下記式:
【化1】
(式中、Xは置換基を示し、好ましくはFであり、nは1~4の整数を表す。)
で表されるフェニルボロン酸官能基を有する単量体を意味する。
【0026】
インスリン送達マイクロニードルでは、以下に記載するような、フェニルボロン酸構造がグルコース濃度に依存して構造を変化させるメカニズムを利用する。
【0027】
【0028】
水中で解離したフェニルボロン酸(以下、本明細書において「PBA」と表記することもある)は糖分子と可逆的に結合し、上記の平衡状態を保っている。グルコース濃度が高くなると結合して体積も膨張するが、グルコース濃度が低い場合には収縮する。ニードル110が皮膚に穿刺された状態では、血液と接触したゲル界面でこの反応が生じ、界面でのみゲルが収縮して本発明者等が「スキン層」と呼ぶ脱水収縮層を生じる。この性質をインスリンの放出制御のために利用する。
【0029】
好適に使用可能なゲル組成物は、上記の性質を有するフェニルボロン酸系単量体ユニットを含む共重合体を含むゲル組成物である。ゲル組成物は、特に限定するものではないが、例えば特許第5696961号公報に記載されたものが挙げられる。
【0030】
ゲル組成物の調製のために使用するフェニルボロン酸系単量体は、限定するものではないが、例えば下記の一般式で表される。
【0031】
【化3】
[式中、RはHまたはCH
3であり、Fは独立に存在し、nが1、2、3または4のいずれかであり、mは0または1以上の整数である。]
【0032】
上記のフェニルボロン酸系単量体は、フェニル環上の水素が、1~4個のフッ素で置換されたフッ素化フェニルボロン酸(以下、本明細書では「FPBA」と表記することもある)基を有し、当該フェニル環にアミド基の炭素が結合した構造を有する。上記構造を有するフェニルボロン酸系単量体は、高い親水性を有しており、またフェニル環がフッ素化されていることにより、pKaを生体レベルの7.4以下に設定し得る。さらに、このフェニルボロン酸系単量体は、生体環境下での糖認識能を獲得するのみならず、不飽和結合により後述するゲル化剤や架橋剤との共重合が可能となり、グルコース濃度に依存して相変化を生じるゲルとなり得る。
【0033】
上記のフェニルボロン酸系単量体において、フェニル環上の1つの水素がフッ素で置換されている場合、F及びB(OH)2の導入箇所は、オルト、メタ、パラのいずれであってもよい。
【0034】
一般に、mを1以上としたときのフェニルボロン酸系単量体は、mを0としたときのフェニルボロン酸系単量体に比べて、pKaを低くすることができる。mは例えば20以下、好ましくは10以下、さらに好ましくは4以下である。
【0035】
上記のフェニルボロン酸系単量体の一例としては、nが1、mが2であるフェニルボロン酸系単量体があり、これはフェニルボロン酸系単量体として特に好ましい4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(4-(2-acrylamidoethylcarbamoyl)-3-fluorophenylboronic acid、AmECFPBA)である。
【0036】
ゲル組成物は、生体内において生体機能に有毒作用や有害作用が生じない性質(生体適合性)を有するゲル化剤と、上記のフェニルボロン酸系単量体と、架橋剤とから調製され得る。調製方法は、特に限定するものではないが、ゲル(共重合体)の主鎖となるゲル化剤、フェニルボロン酸系単量体、および架橋剤を、所定の仕込みモル比で含む単量体成分と混合し、単量体を重合反応させることにより、調製することができる。重合のために、必要に応じて重合開始剤を使用する。
【0037】
ゲル組成物中に予めインスリンが含まれていることが好ましい。そのためには、インスリンが所定濃度で含まれたリン酸緩衝水溶液(PBS)等の水溶液中にゲルを浸すことにより、ゲル内にインスリンを拡散させることができる。次いで、水溶液中から取り出したゲルを、例えば塩酸中に所定時間浸すことで、ゲル本体の表面に薄い脱水収縮層(スキン層と呼ぶ)を形成することにより、ニードル110に薬剤を内包(ローディング)させることができる。
【0038】
ゲル化剤と、フェニルボロン酸系単量体と、架橋剤との好適な比率は、生理的条件下でグルコース濃度に応じてインスリンの放出を制御可能な組成であれば良く、用いる単量体等によって変動するものであり、特に限定するものではない。本発明者等は既に、種々のフェニルボロン酸系単量体を種々の比率でゲル化剤および架橋剤と組み合わせてゲルを調製し、その挙動を検討している(例えば特許第5622188号公報を参照されたい)。当業者であれば、本明細書の記載および当分野で報告されている技術情報に基づいて、好適な組成のゲルを取得することが可能である。
【0039】
ゲル化剤、フェニルボロン酸系単量体、および架橋剤から得られる共重合体によって形成されるゲル本体が、グルコース濃度に応答して膨張又は収縮し得るとともに、pKa7.4以下の特性を維持でき、ゲル状に形成することができれば、ゲル化剤/フェニルボロン酸系単量体の仕込みモル比を、適宜の数値に設定してゲルを調製することができる。
【0040】
ゲル化剤としては、生体適合性を有し、かつゲル化し得る生体適合性材料であればよく、例えば生体適合性のあるアクリルアミド系単量体が挙げられる。具体的には、N-イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)、N,N-ジメチルアクリルアミド(DMAAm)、N,N-ジエチルアクリルアミド(DEAAm)等が挙げられる。
【0041】
また、架橋剤としては、同じく生体適合性を有し、単量体を架橋できる物質であればよく、例えばN,N’-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)、エチレングリコールジメタクリレート(EGDMA)、N,N’-メチレンビスメタクリルアミド(MBMAAm)その他種々の架橋剤が挙げられる。
【0042】
好適な一実施形態では、ゲル組成物は、以下に示すように、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPAAm)、4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)、およびN,N’-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)を、適宜配合比で溶媒に溶解し、重合することによって得られるものである。重合は、常温および水性条件下で行うことができる。
【0043】
【0044】
溶媒としては、単量体を可溶な任意の溶媒を用いることができる。そのような溶媒として、例えば、水、アルコール、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、テトラヒドロフラン(THF)、イオン液体およびそれらの1種以上の組み合わせが挙げられる。これらの中でもメタノール水溶液を溶媒として好ましく用いることができる。
【0045】
このような溶媒に、ゲル化剤、PBAおよび架橋剤を溶解したプレゲル溶液を作製し、重合を行う。
【0046】
上記のゲル組成物では、フェニルボロン酸系単量体がゲル化剤および架橋剤と共重合してゲル本体を形成している。このゲルにインスリンを拡散させるとともに、ゲル本体の表面を脱水収縮層で取り囲む構成とすることができる。この構成をニードル110に適用することで、例えばpKa7.4以下であり、温度35℃~40℃の生理的条件下において、グルコース濃度が高くなると、ニードル110を構成するゲルが膨張する。これに伴って、脱水収縮層が消失し、ゲル内のインスリンを外部へ放出させることができる。
【0047】
一方、グルコース濃度が再び低くなると、膨張していたゲルが収縮して表面全体に再び脱水収縮層(スキン層)が形成され、ゲル内のインスリンが外部へ放出されることを抑制できる。
【0048】
従って、このようなゲル組成物は、グルコース濃度に応答してインスリンを自律的に放出させることができる。
【0049】
重合には、開始剤、促進剤などの触媒を用いることができる。開始剤としては、例えば過硫酸アンモニウム(APS)を用いることができる。促進剤としては、例えばテトラメチルエチレンジアミン(TEMED)を用いることができる。この場合、プレゲル溶液1mlごとに、10重量%の過硫酸アンモニウム6.2μlおよびテトラメチルエチレンジアミン12μlを加え、室温にて重合を行ったところ、10分以内にゲル化が開始された。
【0050】
ゲル組成物は、フェニルボロン酸系単量体ユニットを含む共重合体にさらにシルクフィブロイン(SF)を含む複合ゲル組成物であってもよい。この複合ゲル組成物は、フェニルボロン酸系単量体を含む単量体混合物を、SFの存在下で共重合することで得られ、その結果、共重合体の架橋分子構造中にSFの分子がほぼ均一に分散分布している。
【0051】
複合ゲル組成物に含まれるSFは、ベース部100にも使用できる。SFはニードル110に機械的強度を付与する。SFの量(固形分重量)は、マイクロニードルの機械的強度が好適な値となるように決めることができるが、単量体(フェニルボロン酸系単量体、ゲル化剤および架橋剤)の合計100重量部に対して、例えば10~90重量部とすることができ、好ましくは24~60重量部、より好ましくは40~60重量部である。単量体の合計に対するSFの重量分率を高くするほど複合ゲル組成物の機械的強度を高くすることができる。ただし、SFの重量分率を高くすると、それだけ単量体濃度が低くなる。単量体濃度が低すぎるとゲル組成物が形成されにくくなるので、ゲル組成物の形成が阻害されない範囲で単量体の合計に対するSFの重量分率を決定することが重要である。
【0052】
好適な一実施形態では、複合ゲル組成物は、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPAAm)、4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)、N,N’-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)およびSFを、適宜配合比で溶媒に溶解してプレゲル溶液を調製し、これを重合することによって得られる。プレゲル溶液は、ゲル化剤、PBAおよび架橋剤を必要に応じて含んでいてもよい。重合は、SFの変性を避けるために、常温および水性条件下で行うことが好ましい。
【0053】
なお、SFはゲル化しやすい性質を有するため、プレゲル溶液の調製に際しては、溶媒中にゲル化剤、PBAおよび架橋剤等を溶解させた後に、その溶液にSFをSF溶液の状態で添加するようにすることが好ましい。
【0054】
溶媒としてメタノール水溶液を用いる場合、SF添加前のプレゲル溶液中のメタノールの体積%は、例えば、40体積%となるようなアルコール水溶液を用いることができる。この場合、SF添加後のプレゲル溶液中のメタノールの好ましい体積%は、3体積%~30体積%、より好ましくは5体積%~20体積%、最も好ましいのは8体積%である。また、溶媒としてエタノール水溶液を用いる場合、PBAはエタノール中での溶解度が低い。そのため、メタノール水溶液を用いる場合と比べて高い体積%、例えばSF添加前のプレゲル溶液中のエタノールの体積%が60体積%となるようにすることが好ましい。
【0055】
ゲル組成物は、N-ヒドロキシエチルアクリルアミド(NHEAAm)のような水酸基を有する単量体を含んでいてもよい。これにより、温度変化に対する耐性を備えたゲル組成物が得られる。このようなゲル組成物は、以下の態様を含む。
【0056】
下記一般式(1)
【化5】
[式中、RはH又はCH
3であり、Fは独立に存在し、nが1、2、3又は4のいずれかであり、mは0又は1以上の整数である。]で表されるフェニルボロン酸系単量体、及び下記一般式(2)
【化6】
[式中、R1はH又はCH
3であり、mは0又は1以上の整数であり、R
2はOH、1以上の水酸基で置換された飽和若しくは不飽和のC
1-6アルキル基、1以上の水酸基で置換された飽和若しくは不飽和のC
3-10シクロアルキル基、1以上の水酸基で置換されたNH、O及びSより選ばれる1~4個のヘテロ原子を含有するC
3-12複素環式基、1以上の水酸基で置換されたC
6-12アリール基、単糖基、又は多糖基である。]で表される単量体(以下、ヒドロキシル系単量体ともいう。)を含むゲル組成物。
【0057】
上記一般式(2)の単量体は、分子内に水酸基を有している。特定の理論に拘束するものではないが、この水酸基は、ゲルの親水性を高めて、ボロン酸による疎水性を相殺するとともに、ゲル中のボロン酸に作用して、ゲルの過度な膨潤を防ぐ効果を有すると考えられる。mの上限は特に限定されないが、例えば20以下、好ましくは10以下、さらに好ましくは4以下である。
【0058】
上記のヒドロキシル系単量体の一例としては、R1が水素であり、mが1であり、R2がOHである単量体が挙げられ、これはヒドロキシル系単量体として特に好ましいN-ヒドロキシエチルアクリルアミド(N-(Hydroxyethyl)acrylamide、NHEAAm)である。特に、側鎖をメチルの代わりにエチルとすることで、側鎖の回転自由度を高め、分子間(ボロン酸側鎖との)架橋反応の効率を格段に向上させる効果がある。そのため、NHEAAmとすることにより、グルコース濃度に依存して相変化を生じる最適なゲルとなり得る。なお、他のヒドロキシル系単量体の例においては、R2は例えば、カテコール基あるいはグリコリル基等の糖誘導体であってもよい。単糖は例えばグルコースでありうる。
【0059】
一般式(2)で表されるヒドロキシル系単量体は、ゲル組成物中に例えば、1mol%以上、5mol%以上、10mol%以上、15mol%以上、20mol%以上、25mol%以上、30mol%以上、35mol%以上、40mol%以上、45mol%以上、50mol%以上、又は60mol%以上の割合で含まれることができる。また、一般式(2)で表されるヒドロキシル系単量体は、ゲル組成物中に例えば、90mol%以下、80mol%以下、70mol%以下、60mol%以下、50mol%以下、45mol%以下、40mol%以下、35mol%以下、30mol%以下、25mol%以下、又は20mol%以下の割合で含まれることができる。濃度範囲としては、一般式(2)で表されるヒドロキシル系単量体は、ゲル組成物中に例えば、10mol%~90mol%、15mol%~45mol%、20mol%~40mol%、又は25mol%~35mol%の範囲内の割合としてもよい。濃度範囲は、上記の上限と下限の任意の組み合わせにより特定されうる。好ましいヒドロキシル系単量体の割合は、約10mol%である。
【0060】
ゲル組成物は、生体内において生体機能に有毒作用や有害作用が生じない性質(生体適合性)を有するゲル化剤と、上記のフェニルボロン酸系単量体と、上記のヒドロキシル系単量体と、架橋剤とから調製され得る。ゲルの調製方法は、特に限定するものではないが、先ず、ゲルの主鎖となるゲル化剤と、フェニルボロン酸系単量体と、ヒドロキシル系単量体と、架橋剤とを、所定の仕込みモル比で混合し、重合反応をさせることにより、調製することができる。重合のために、必要に応じて重合開始剤を使用する。
【0061】
重合開始剤としては、例えば、2,2’-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)、1,1’-アゾビス(シクロヘキサンカルボニトリル)(ABCN)などの当業者に公知の開始剤を使用することができる。ゲル組成物に加える重合開始剤の割合は、例えば約0.1mol%とすることができる。
【0062】
重合反応は、例えば、反応溶媒にジメチルスルホキシド(DMSO)を用いて行うことができ、反応温度は、例えば60℃とすることができ、反応時間は、例えば24時間とすることができるが、これらの条件は、当業者であれば適宜調整することができる。
【0063】
水酸基を有する単量体を含むゲル組成物の好適な一形態としては、例えば、ゲル化剤(主鎖)としてN-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)、フェニルボロン酸系単量体として4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)、ヒドロキシル系単量体としてN-ヒドロキシエチルアクリルアミド(NHEAAm)、架橋剤としてN,N’-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)、重合開始剤として2,2’-アゾビスイソブチロニトリルを、例えば、仕込みモル比62/27/11/5/0.1に調整したものが挙げられる。このように調整することで、正常血糖値(1g/L)近傍での温度依存性を大幅に軽減できる。しかしながら、これに限らず、ゲル化剤、フェニルボロン酸系単量体、ヒドロキシル系単量体及び架橋剤を含むゲル組成物によって形成できるゲル本体が、グルコース濃度に応答して膨張又は収縮し得るとともに、所望の温度耐性を示すことができれば、ゲル化剤/フェニルボロン酸系単量体/ヒドロキシル系単量体/架橋剤の仕込みモル比を、その他種々の数値に設定してゲルを調製してもよい。例えば、ゲル組成物は、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)、4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)、N-ヒドロキシエチルアクリルアミド(NHEAAm)、N,N’-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)を、約62/約27/約11/約5(mol%)の仕込みモル比で重合して調製したものであってもよい。
【0064】
水酸基を有する単量体を含むゲル組成物の好適な他の形態としては、例えば、ゲル化剤(主鎖)としてN-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)、フェニルボロン酸系単量体として4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)、ヒドロキシル系単量体としてN-(2-ヒドロキシエチル)アクリルアミド(NHEAAm)、架橋剤としてN,N’-メチレンビス(アクリルアミド)(MBAAm)を、例えば、約60.7/約10.7/約23.8/約4.8の仕込みモル比で溶媒に添加し、これを重合開始剤として還元型開始剤を用いて重合して調製したものであってよい。例えば、ゲル組成物は、NIPMAAm、AmECFPBA、NHEAAm、MBAAmをそれぞれ、55~65mol%、8~12mol%、20~25mol%、2~8mol%の仕込みモル比で調製したものでありうる。還元型開始剤としては、例えば、過硫酸アンモニウム(APS)を用いることができる。還元型開始剤を用いることにより、薬剤の放出挙動が優れる比較的緩いゲル組成物が形成される。重合には、促進剤、例えばテトラメチルエチレンジアミン(TEMED)を併用することもできる。溶媒としては、例えば、水とメタノールを4/6の体積比で混合した溶液を用いることができる。
【化7】
【0065】
[マイクロニードルの製造]
ベース部100およびニードル110は、型を用いたマイクロモールディング技術を用いて一体的に形成することができる。型としては、例えば、
図2に示すようなマイクロニードル型200を用いることができる。マイクロニードル型200は、ベース部100およびニードル110(
図1参照)を合わせた形状に対応するキャビティ(凹部)201を有することができる。
【0066】
このようなマイクロニードル型200を用いた場合のマイクロニードルの製造方法の一例を以下に説明する。まず、ポリマー粒子を、マイクロニードル型200のキャビティ201に摺り切り状態で充填する。この際、ポリマー粒子がキャビティ201内にできるだけ均一、かつ、密に充填されるように、マイクロニードル型200をタッピングすることが好ましい。また、ポリマー粒子がより密にキャビティ201内に充填されるように、マイクロニードル型200を遠心機にかけてもよい。この場合、マイクロニードル型200は、例えばポリジメチルシロキサン(PDMS)などの多孔質材料で構成することが好ましい。
【0067】
ポリマー粒子をマイクロニードル型200に充填した後、マイクロニードル型200に充填されたポリマー粒子を加熱処理してマイクロニードル型200から取り出すことによって、ポリマー粒子からなる成型体を得る。ポリマー粒子の加熱処理は、ポリマー粒子をマイクロニードル型200に充填したまま加熱すること、および加熱後のポリマー粒子を室温まで冷却することを含むことができる。ポリマー粒子の加熱処理では、ポリマー粒子が、ポリマー粒子間の空隙を保ちながら溶融固着されるように、加熱温度、加熱時間、および加熱方法を含む加熱条件を設定することができる。このような加熱処理は、焼成ということもでき、また、加熱処理によって得られた成型体は、焼結体ということもできる。
【0068】
以上の一連の工程によって、ベース部100および複数のニードル110を有するマイクロニードル10の形状に成型された、ポリマー多孔体からなる成型体が得られる。得られたポリマー多孔体には親水処理を施すことができる。
【0069】
一方、ゲル組成物については、ゲル組成物を構成する単量体を含む単量体混合物を溶媒に溶解させた溶液(プレゲル溶液)を調製しておき、これを成型体であるポリマー多孔体に添加する。プレゲル溶液の添加によって、プレゲル溶液はポリマー多孔体の空隙に浸入し、空隙にはプレゲル溶液が充填される。適宜方法により単量体混合物を重合することにより、プレゲル溶液はポリマー多孔体の空隙に充填された状態でゲル組成物となる。これによって、ポリマー多孔体とゲル組成物とが複合され、かつ、ベース部100およびニードル110が境界のない1つの部分として構成されたマイクロニードル10が製造される。
【0070】
ポリマー多孔体へのプレゲル溶液の添加は、例えば、ポリマー多孔体をプレゲル溶液に浸漬し、その後、ポリマー多孔体をプレゲル溶液から引き上げることによって行うことができる。ポリマー多孔体をプレゲル溶液から引き出した後、単量体混合物を重合することによって、プレゲル溶液をゲル化する方法が挙げられる。プレゲル溶液のゲル化後に、ポリマー多孔体をマイクロニードル型200から取り出すことによって、ポリマー多孔体の空隙にゲル組成物が充填されてポリマー多孔体とゲル組成物とが複合されたマイクロニードル10を得ることができる。
【0071】
マイクロニードル型200を用いてベース部100およびニードル110を形成する他の方法として、例えば、上述の工程において、成型体であるポリマー多孔体をマイクロニードル型200から取り出す前に、ポリマー多孔体にプレゲル溶液を注入し、プレゲル溶液の単量体混合物を重合することによって、ポリマー多孔体の空隙にゲル組成物が充填された構造を得る方法が挙げられる。
【0072】
この場合、ポリマー多孔体へプレゲル溶液を十分に充填するために、プレゲル溶液の重合前に、遠心処理または真空処理を行なうことが好ましい。
【0073】
遠心処理には、遠心分離機を利用することができる。より詳しくは、プレゲル溶液を流し込んだマイクロニードル型200をファルコンチューブに入れ、遠心分離機を用いて遠心分離する。
【0074】
真空処理は、例えば、多孔質材料でマイクロニードル型200を構成し、そのマイクロニードル型200を減圧下に置いてマイクロニードル型200内の空気を除去した後、溶プレゲル液をマイクロニードル型200に流し込むことによって行なうことができる。マイクロニードル型200を構成する多孔質材料としては、例えばポリジメチルシロキサン(PDMS)を用いることができる。
【0075】
[ポリマー多孔体の評価]
ポリマー多孔体について、7種類の試供体1~7を作製し、評価を行った。
【0076】
(試供体の作製)
型として、
図2に示すような、ベース部およびニードルに相当するキャビティを有する型を用意した。型は、例えば、得ようとするベース部およびニードルに対応するベース部およびニードルを有する原型を用意し、この原型のベース部およびニードルを例えばPDMSで型取りすることによって、原型のベース部およびニードルがキャビティとして転写された型を得ることができる。この評価では、
図3Aおよび
図3Bに示すように、原型ベース部310上に複数のニードル320がマトリックス状に配置された原型300を用いた。これら原型ベース部310および原型ニードル320の寸法および形状は、最終的に得られるマイクロニードルのベース部およびニードルの寸法および形状と実質的に等しい。
【0077】
この型のキャビティに、ポリマー粒子として粒子径φ=25μm(重量粒度分布の最頻値)の超高分子量ポリエチレン粒子(三井化学株式会社、XM-221U)を擦り切れで充填し(充填量:約120mg)、タッピングした。次いで、ポリマー粒子を充填した型を遠心処理した。遠心処理には、遠心機(ベックマン・コールター社製、AllegraX-30R)を用い、相対遠心力4000Gで5分間行なった。
【0078】
遠心処理後、型をコンベクションオーブン(シャープ株式会社製、AX-XA20)に入れて、ポリマー粒子の加熱処理を行なった。加熱処理後、型をウォーターオーブンから取り出して室温まで冷却し、成型されたポリマー粒子を型から取り出すことによって、成型体(焼結体)である試供体を得た。加熱処理において、温度(コンベクションオーブンの設定温度)、時間、および加熱方法といった加熱条件を変更して試供体1~7を作製した。
【0079】
(力学的強度の測定)
試供体1~7について強度を測定した。強度の測定は、ボンドテスター(ノードソン社、米国、オハイオ州、ASYMTEK TCM-3300)を用い、次のようにして行なった。
【0080】
図4に示すように、ボンドテスターの試料台410の上に、ニードル370を上に向けて試供体350を固定した。次に、ボンドテスターのプローブ420(ステンレス製)を、その下端が試供体350の平板状のベース部360の表面から高さH=200μmに位置し、かつ、試供体350のニードル370に接するようにセットした。プローブ420をセットした後、プローブ420をニードル370に向けて速度100μm/secで450μm移動させた。プローブ420が移動している間にプローブ420に作用する力を測定、その最大値を力学的強度とした。
【0081】
(細孔分析)
試供体1~7の細孔について、細孔径D、気孔率および表面積細孔分布の半値幅Hの分析を行なった。細孔分析には水銀圧入法によるポロシメータ(マイクロメリティックス社製、AutoPore IV 9520)、およびそれに付属のソフトウェア(MicroActive AutoPore 5 9600 20.3.00)を使用した。
【0082】
各試供体から切り出した約0.06~0.15gの試料片を標準5ccの大片用セルに採取し、初期圧力4kPa(細孔径約320μm相当)の条件で水銀を試料片に圧入した。測定間隔は、1μm<D<20μmでのlogD≒0.02になるように設定した。
ここで、Dは細孔径であり、細孔径Dは圧力Prと下記式の関係がある。
細孔径D(μm)=-4σcosθ/Pr
ここで、水銀パラメータは、ポロシメータにデフォルトで設定されている、水銀接触角θ=130°、水銀表面張力σ=485dynes/cmとした。
水銀の圧入により得られるデータを積算圧入体積-圧力曲線としてプロットすると
図5のようになる。
【0083】
また、上記ソフトウェアにより1μm~20μmの範囲で分析し、20μmに相当する9.04psia(≒62329Pa)のかさ密度と、1μmに相当する180.86psia(≒1246986Pa)の見掛け密度より、下記式に従って気孔率を算出した。
気孔率(%)=(1-かさ密度/見掛け密度)×100
ここで、
かさ密度=試料片重量/(セル容積-水銀の体積)
見掛け密度=試料片重量/(セル容積-水銀の体積-全細孔容積×試料片重量)
水銀の体積=水銀の重量/水銀の密度=(低圧測定後のセル重量-セル担体の重量-試料片重量)/水銀の密度
水銀の密度=13.5335
である。
【0084】
出力される各測定点のデータ表より、Log微分細孔容積(mL/g)に4/dを乗じて求めたLog微分細孔表面積(m
2/g)と細孔径Dとの関係として、Log微分細孔表面積を縦軸、細孔径DをLogで表した値であるLogDを横軸とし、Log微分細孔表面積の各測定点のデータを直線で結んだ細孔分布グラフ(
図6)を得た。また、上記データ表より、Log微分細孔表面積の最大値に対応する細孔径Dの値を細孔分布最頻値とした。また、上記細孔分布グラフの、最大値の1/2となる点に対応するLogD間の幅を表面積細孔分布の半値幅Hとした。
【0085】
表1に、試供体1~7の成型時の加熱条件(加熱方法、加熱温度、加熱時間)、力学的強度(mN)、気孔率P(%)、表面積細孔分布の最頻値で与えられる細孔径D(μm)、強度/気孔率両立性、および表面積細孔分布の半値幅Hを示す。
【0086】
【0087】
また、試供体1~7について、細孔径Dと力学的強度の関係をプロットしたグラフを
図7に、細孔径Dと気孔率との関係をプロットしたグラフを
図8に、表面積細孔分布の半値幅と力学的強度の関係をプロットしたグラフを
図9に、それぞれ示す。
【0088】
図7より、ポリマー多孔体は、細孔径Dが6.2未満であれば、加熱条件によらず140mN以上の高い力学的強度を有することが分かる。また、
図8より、ポリマー多孔体は、細孔径Dが5.5より大きければ、加熱条件によらず、30%以上の高い気孔率を有することが分かる。これらより、ポリマー粒子の粒子径φ(重量粒度分布の最頻値)が25μmであり、かつ、5.5μm<細孔径D<6.2μmであれば、ポリマー多孔体は、高い力学的強度と高い気孔率を両立でき、その結果、このようなポリマー多孔体をマイクロニードルの構造体として用いることにより、高い力学的強度と高い薬剤送達能を両立し得るマイクロニードルを得ることができるといえる。ここで、上記の関係式の下限値および上限値は、ポリマー粒子の粒子径φが25μmの場合の値である。そこで、上記関係式の下限値および上限値を、粒子径をパラメータにした式で表すと、下限値および上限値はそれぞれ5.5μm=0.22φおよび6.2μm≒0.25φとなり、
0.22φ<D<0.25φ
と表すことができる。
【0089】
また、力学的強度と気孔率との関係をプロットしたグラフを
図10に示す。
図10において、加熱処理における加熱方法に着目すると、過熱水蒸気加熱によって行なった場合は、力学的強度と気孔率との間に負の相関が見られる。150℃で過熱水蒸気加熱した場合、ポリマー多孔体の力学的強度はほぼ200-1.6P線上にあり、これと実際の力学的強度との差を、表1に強度/気孔率両立性として示した。
【0090】
水蒸気を充満させた庫内でマイクロ波加熱した試供体6、7は気孔率の割に力学的強度が高く好ましい。通常の過熱水蒸気加熱では、表面から内部に熱が伝わるため温度の不均一が生じるが、マイクロ波加熱では表面と内部がほぼ同時に加熱されて、試料全体が均質に加熱されるためであると考えられる。
【0091】
一方、150℃よりも高温の170℃で加熱した試供体5は、気孔率の割に強度が低い。これは、高温で加熱したため表面と内部に温度のむらが生じ、不均一な多孔構造になるため相対的に力学的強度が低くなったと考えられる。多孔構造の均質性は細孔径Hのばらつき、すなわち細孔表面積分布の広がりに現れると考えられる。表1には、細孔径DをLogで表した場合の細孔表面積分布の半値幅Hを記載しているが、試供体5の半値幅Hは0.222であり、気孔率が30%以上の他の試供体の半値幅H0.156~0.197と比較すると大きく、不均一な多孔構造になっていると考えられる。このことから、半値幅Hは0.21以下であることが好ましいといえる。
【0092】
[マイクロニードルの皮膚刺入性試験]
前述したポリマー多孔体の評価においてマイクロニードル形態で得られた試供体1、3を用いて、マウスの皮膚への刺入性をテストした。より詳しくは、マウスの皮膚を、トリパンブルーを用いて15分間染色し、余分な染色液を拭き取った後、試供体をマウスの皮膚に1分間貼付した。その後、試供体を剥離して、マウスの皮膚表面を光学顕微鏡によって観察した。観察の結果、試供体1、3の両方において、マウスの皮膚表面にトリパンブルー染色によるマイクロニードル由来の明らかな刺入穴が確認された。このことから、前述したポリマー多孔体の力学的強度の測定方法に従って測定された力学的強度が約140m/N以上であれば、マイクロニードルは十分な皮膚刺入性を有しているといえる。
図11Aおよび11Bに、試供体1および3のそれぞれの顕微鏡写真を示す。
【符号の説明】
【0093】
10 マイクロニードル
100 ベース部
110 ニードル
200 マイクロニードル型
201 キャビティ