(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024102776
(43)【公開日】2024-07-31
(54)【発明の名称】下痢・軟便の予防・軽減素材
(51)【国際特許分類】
C12N 1/16 20060101AFI20240724BHJP
A23L 31/10 20160101ALI20240724BHJP
C12N 15/31 20060101ALN20240724BHJP
【FI】
C12N1/16 G ZNA
A23L31/10
C12N15/31
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023006900
(22)【出願日】2023-01-19
(71)【出願人】
【識別番号】591175332
【氏名又は名称】イチビキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100180057
【弁理士】
【氏名又は名称】伴 昌樹
(72)【発明者】
【氏名】浅井 紀之
(72)【発明者】
【氏名】西村 篤寿
(72)【発明者】
【氏名】菅野 友美
【テーマコード(参考)】
4B018
4B065
【Fターム(参考)】
4B018LB10
4B018LE06
4B018MD81
4B018ME11
4B018MF01
4B018MF13
4B065AA72X
4B065AC20
4B065BB03
4B065BB17
4B065BB28
4B065BC26
4B065CA41
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】 下痢・軟便の予防もしくは軽減に対して効果を発揮する新規素材又は組成物を提供する。
【解決手段】 酵母(死菌体)又は酵母分解物を含有する、下痢・軟便を予防もしくは軽減する素材又は組成物である。ここでの下痢・軟便は、ストレス性、胆汁性又は食品摂取性である。酵母としては、Zygosaccharomyces rouxiiが好ましく、なかでも塩分14%、トレハロース5%、しょうゆ10%を含む培地中で30℃で振とう培養した際に、2倍に増殖するまでの最短時間が5.8時間未満であるものが好ましい。酵母は食品由来であることが好ましく、ヒトによる摂取用であることが好ましい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母(死菌体)又は酵母分解物を含有する、下痢・軟便を予防もしくは軽減する素材又は組成物。
【請求項2】
下痢・軟便が、ストレス性、胆汁性又は食品摂取性である請求項1に記載の素材又は組成物。
【請求項3】
酵母が、Zygosaccharomyces rouxiiである請求項1又は請求項2に記載の素材又は組成物。
【請求項4】
Zygosaccharomyces rouxiiが、塩分14%、トレハロース5%、しょうゆ10%を含む培地中で30℃で振とう培養した際に、2倍に増殖するまでの最短時間が5.8時間未満である、請求項3に記載の素材又は組成物。
【請求項5】
酵母が、食品由来である請求項1又は請求項2に記載の素材又は組成物。
【請求項6】
受託番号NITE P-03240(Y1)の酵母又は酵母分解物。
【請求項7】
ヒトによる摂取用である請求項1又は請求項2に記載の素材又は組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母、酵母分解物、及びこれらの菌体を含む下痢・軟便の予防もしくは軽減に資する素材又は組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
-下痢・軟便について
日本において、IBS(過敏性腸症候群)の患者は、推定約1,200万人いると報告されており(非特許文献1)、IBSによるQOL(Quality of Life)の低下が近年問題視されている。IBSは、下痢型、便秘型、混合型(下痢と便秘の繰り返し)に分類されるが、下痢型は全体の29%に該当するとの報告があるため、約360万人が下痢症状に悩まされていると考えられる。このIBSの発症はストレスや腸管の炎症と関与していると考えられているが、発症の原因は未だ特定されていない。
【0003】
他にも、下痢・軟便の原因として、胆嚢除去による胆汁性下痢、食品摂取(糖アルコール、フォルスコリン、乳糖等)による下痢、細菌感染(毒素)による下痢など、様々な要因による下痢が存在し、人々の生活と密接に関わっているため、下痢・軟便を解決することの社会的意義は大きい。
下痢モデル動物は複数種類存在するが、その中でも「副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)を用いたモデル」は、ストレス性下痢の動物モデルとして使用されている(非特許文献2、非特許文献3、特許文献1)。
【0004】
-下痢の改善の既存の技術について
下痢の有効な治療薬として、ラモセトロン塩酸塩、コレスチミド、木クレオソート、塩酸ロペラミド、タンニン酸、ベルベリン等が存在するが、何れも医薬品である。
【0005】
-菌体素材の可能性について
乳酸菌や酵母は、様々な機能があることが確認されており、整腸作用、抗肥満効果、コレステロール低減、免疫改善、アレルギー改善、睡眠改善、美容効果などの様々な効果効能が報告されている。これらの効果の一部は死菌体でも発揮されることが分かってきており、死菌体はラインの汚染が無くハンドリングが良い事からその活用が広がっている。しかしながら一般的に死菌体の場合、生菌体よりも多くの菌体の摂取が必要であると考えられており、菌体を安全かつ安価に大量に製造する技術も望まれている。
【0006】
現在、下痢・軟便の予防・軽減に関与する乳酸菌として、ラクトバチルス・ガセリCP2305株(非特許文献3、特許文献1)の報告がある。また下痢・軟便の予防・軽減に関与する酵母としては、Saccharomyces属(特許文献2)、Saccharomyces boulardii(非特許文献4)、Saccharomyces cerevisiae CNCM I‐3856(非特許文献5)、カンジダ・エスピーCO119株(特許文献3)の報告があるが、生菌の効果であることや、酵母単体では効果がないことが報告されている。
【0007】
オーレオバシジウム属の微生物が産生するβグルカンを含む過敏性腸症候群の下痢抑制剤が開示されている(特許文献4)が、オーレオバシジウム属は酵母ではなくカビであり、またβグルカンは菌体外の培地に産生されるため、菌体自体の効能ではない。
【0008】
炎症性腸疾患及び異常な腸機能の関連疾患の処置又は予防に使用するための酵母由来のグルカンが開示されている(特許文献5)が、グルカンを得るために酸やアルカリで抽出する操作を要するため、菌体そのものの効能ではないし、操作が煩雑である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2014-101282公報
【特許文献2】特開2006-101784号公報
【特許文献3】特表2010-512162号公報
【特許文献4】特開2013-095702号公報
【特許文献5】特表2011-503161号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Miwa H:Patient Prefer Adherence, 2008; 2:143-147
【非特許文献2】日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)133,281-291(2009)
【非特許文献3】Biomedical Research (Tokyo) 40 (6) 225-233, 2019
【非特許文献4】P. Ragavan et al., New Microbes New Infect. 2020 Nov; 38: 100766
【非特許文献5】R. Gayathri et al., International Journal of Colorectal Disease volume 35, pages 139-145 (2020)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
発明者らは、日常的に摂取しやすく食品適性が高い菌体を用いて、下痢・軟便の予防もしくは軽減をすることが出来れば、有用であると考えた。菌体素材のなかでも、特に乳酸菌や酵母は食品適性が高く、日常的に摂取しやすいという利点がある。そのため、乳酸菌や酵母の中から、下痢や軟便に対して効果を発揮するものを見出すことが期待される。また酵母は乳酸菌に比べ、菌体の直径が大きく製造効率が良いため、酵母菌にて効果を発揮するものを見出すことが期待される。さらには、通常食品に添加して摂取することを想定した場合、製造ラインの汚染の少ない死菌体で効果を発揮するものを見出すことが期待される。また安価な設備等で大量製造するために、雑菌に汚染されにくい培地で菌が培養できることが期待される(例えば塩分の高い培地で培養できる等)。
本発明の目的は、上記現状に鑑み、下痢・軟便の予防もしくは軽減に対して効果を発揮する新規素材又は組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明によれば、後述の素材、菌体又は菌体分解物が提供される。
[1] 酵母(死菌体)又は酵母分解物を含有する、下痢・軟便を予防もしくは軽減する素材又は組成物。
[2] 下痢・軟便が、ストレス性、胆汁性又は食品摂取性である[1]に記載の素材又は組成物。
[3] 酵母が、Zygosaccharomyces rouxiiである[1]又は[2]に記載の素材又は組成物。
[4] Zygosaccharomyces rouxiiが、塩分14%、トレハロース5%、しょうゆ10%を含む培地中で30℃で振とう培養した際に、2倍に増殖するまでの最短時間が5.8時間未満である、[3]に記載の素材又は組成物。
[5] 酵母が、食品由来である[1]乃至[4]のいずれか一項に記載の素材又は組成物。
[6] 受託番号NITE P-03240(Y1)の酵母又は酵母分解物。
[7] ヒトによる摂取用である[1]乃至[5]のいずれか一項に記載の素材又は組成物。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、食品適性が高く、日常的に摂取しやすいうえ、下痢・軟便を予防もしくは軽減する素材、菌体及び菌体分解物が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】CRF投与におけるY1酵母の有無や量に応じた総下痢スコアを示すグラフ。
【
図2】CRF投与におけるY1酵母の有無や量に応じた下痢率を示すグラフ。
【
図3】CRF投与におけるY1以外の酵母の総下痢スコアを示すグラフ。
【
図4】CRF投与におけるY1以外の酵母の下痢率を示すグラフ。
【
図5】培養による菌数の増加の経時変化、増加倍率、2倍に増加するまでの所要時間を示す表。
【
図6】ヒトによる摂取試験の実験結果を示すグラフ。
【
図7】ヒトによる摂取試験2の実験結果を示すグラフ。
【
図8】ヒトによる摂取試験3の実験結果を示すグラフ。
【
図9】ヒトによる摂取試験4の実験結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施の形態になんら限定されるものではない。以下に説明される各種パラメタの数値範囲の下限に相当する数値は、その数値を含むその数値「以上」であってもよいし、その数値を含まないようにその数値を「超え」てもよい。また上限に相当する数値は、その数値を含むその数値「以下」であってもよいし、その数値を含まないようにその数値「未満」であってもよい。
【0016】
酵母菌体は食品由来の菌体であることが好ましい。食品由来であると、摂取する際の安全性が高く、培養も容易であるため製造しやすいメリットがある。本明細書において「食品由来」とは、ヒトが摂取する食品又はその製造工程から採取することを意味する。食品は、天然食品又は自然食品であることが好ましく、とりわけ、糀、甘酒、醤油、清酒、塩糀、みりん、みりん風調味料、味噌等の発酵食品であることが好ましい。なお、食品由来の菌体は、そのまま使用してもよいし、食品由来の市販菌株又は分離菌株に対するスクリーニングによる選抜を経たもの、物理的な紫外線(UV)照射や化学的な変異剤の使用等の変異作出手段によって変異を誘発させ、適宜選抜を経たものであってもよい。
【0017】
下痢・軟便の要因としては、ストレス性、胆嚢除去による胆汁性、食品摂取性(糖アルコール、フォルスコリン、乳糖等)、細菌感染(毒素)等が挙げられる。本明細書において「ストレス性下痢・軟便」とは、何らかの精神的又は身体的なストレスに関連づけられた下痢・軟便症状であって、医師等の第三者による診断の有無を問わず、本発明に係る素材又は組成物を摂取する者が自覚する症状をいう。
【0018】
本明細書において「胆汁性下痢・軟便」とは、胆汁分泌又は胆嚢除去に関連づけられた下痢・軟便症状であって、医師等の第三者による診断の有無を問わず、本発明に係る素材又は組成物を摂取する者が自覚する症状をいう。
【0019】
本明細書において「食品摂取性下痢・軟便」とは、権利侵害時に下痢・軟便との関係性が疑われている特定の化合物を含む飲食品の摂取に関連づけられた下痢・軟便症状であって、医師等の第三者による診断の有無を問わず、本発明に係る素材又は組成物を摂取する者が自覚する症状をいう。
【0020】
本発明に係る酵母素材は、上記列挙した要因による下痢・軟便症状のうち、少なくとも1つの症状の発現を予防もしくは軽減にするものである。
【0021】
下痢・軟便を予防もしくは軽減する効果は、(1)「副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)を用いたモデル動物」で引き起こされる、「総下痢スコア」及び「下痢個体率」が抑制されること、又は、(2)「各種要因により下痢・軟便症状のあるヒト」のブリストルスケール平均値の変化によって確認される。具体的には、上記評価指標の少なくともいずれか1つにおいて、被験者群に対する改善に統計的に有意差がある(p<0.05)ことが好ましい。
【0022】
本明細書において、耐塩性酵母とは、塩分濃度の高い培地(塩分濃度7w/v%以上)でも培養が可能な性質を有する酵母である。本明細書において、酵母分解物とは、後述する任意の分解手法により酵母を分解して得られたものである。
【0023】
本発明に用いる酵母は、下痢・軟便を予防もしくは軽減する死菌である。具体的には、ジゴサッカロマイセス属、キャンディダ属、ピキア属からなる群より選択される少なくとも1つに属するものとすることができる。より具体的には、ジゴサッカロマイセス・ルキシー(Zygosaccharomyces rouxii)、キャンディダ・ファーメタ(Candida famata)、ピキア・アノマーラ(Pichia anomala)からなる群より選択される少なくとも1つに属するものとすることができる。なかでもジゴサッカロマイセス・ルキシー(Zygosaccharomyces rouxii)が好ましく、具体的には、塩分14重量%以上の耐塩性環境下で、二糖類又は三糖類に対する資化性を有するものであることがさらに好ましく、塩分14%、トレハロース5%、しょうゆ10%を含む培地中で30℃で振とう培養した際に、2倍に増殖するまでの最短時間が5.8時間未満であるものが特に好ましい。またこれらの菌株を2種以上組み合わせてもよい。
【0024】
本発明に用いる菌株は、受託番号NITE P-03240(Y1)であることが好ましい。この菌株は、安全性が高く、下痢・軟便を予防もしくは軽減することができる。受託番号NITE P-03240(Y1)は、独立行政法人製品評価技術基盤機構の特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託されている。NITE P-03240(Y1)(Zygosaccharomyces rouxii)は、味噌由来の耐塩性菌であり、塩分が高く(例えば18w/v%超の塩分)でも増殖可能であるため、食中毒菌や汚染菌などが生育し難い塩濃度が高い条件で培養することで、選択的に培養することができ、更に、簡易な培養設備で低コストに製造が可能である。
【0025】
[菌株の調製方法]
本発明に用いる菌株は、培養後、殺菌などを行って調製できる。具体的には、培養後、膜処理や遠心分離などにより培地成分を除去し、洗浄・精製する。その後に加熱殺菌を行い、凍結乾燥・熱風乾燥などの手段により乾燥する。このようにして、本発明の菌体を調製することができる。なお調整までの工程に酸やアルカリによる抽出や、菌体を意図的に破砕する工程はないため製造コストが低減されており、また未破砕の菌体を洗浄・精製しているため菌体外分泌物も含まれない。
【0026】
[酵母分解物の調製方法]
本発明に用いる酵母分解物は、培養後、自己消化や酵素分解などの処理を行って調製することができる。具体的には、培養後、膜処理や遠心分離などにより培地成分を除去し、洗浄・精製する。そして、従来公知の自己消化、酵素分解、熱水抽出、酸・アルカリ分解、物理的破壊等の手法のいずれか1つ又は複数の組み合わせで分解を行い、その後に加熱殺菌を行う。最後に、凍結乾燥・熱風乾燥などの手段により乾燥する。このようにして、本発明に用いる酵母分解物を調製することができる。ここで酵母の分解方法としては、典型的には、プロテアーゼ製剤及びグルカナーゼ製剤を併用する方法が挙げられるが、分解されてさえいれば、自己消化や他の方法でも問題なく、酵素分解する場合も添加する酵素の種類や量、反応温度や時間により本発明が制限されるものではない。
【0027】
[素材について]
本発明の他の側面は、酵母及び酵母分解物からなる群より選択される1種又は2種以上を含有する、下痢・軟便を予防もしくは軽減する素材又は組成物である。素材は、酵母又は酵母分解物そのものであってもよい。2種以上とあることから、本発明の素材又は組成物には、1種若しくは2種以上の酵母又は1種若しくは2種以上の酵母分解物の各々が、下痢・軟便を予防もしくは軽減する効果を有するものではないが、1種若しくは2種以上の酵母又は1種若しくは2種以上の酵母分解物が組み合わさることで、相互作用、生育環境等の変化により、物質産生等に変化が生じ、下痢・軟便を予防もしくは軽減する効果を奏する素材が含まれる。本明細書において「素材又は組成物」とは、ヒトが摂取可能な物質のあらゆる形態を意味する。物質の形態としては、典型的には、錠剤、粉末、顆粒、水溶液、シロップ、軟膏、クリーム、ペースト、グミ、ガム、一般的に食材又は食品と称されるもの等が挙げられるが、特に限定されない。素材の摂取方法としては、経口、経鼻、経皮、静脈、経腸、経膣、経肛門等が挙げられるが、特に限定されない。酵母及び酵母分解物については、上述の通りである。
【0028】
上記素材又は組成物の剤型については、特に制限はなく、経口摂取する場合、経口固形剤であっても、経口液剤であってもよい。上記素材又は組成物を経口固形剤とする場合、例えば、上記酵母又は酵母分解物に賦形剤、必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味・矯臭剤などの添加剤を加え、常法により製造することができる。上記素材又は組成物を経口液剤とする場合、例えば、上記酵母又は酵母分解物に、矯味・矯臭剤、緩衝剤、安定化剤などの添加剤を加え、常法により製造することができる。
【0029】
[用法・用量について]
本発明に用いる酵母、酵母分解物又は素材若しくは組成物は、下痢・軟便を予防もしくは軽減する観点から、下痢の要因となる要素の影響を受ける前からの経口摂取がより好適である。
【0030】
[下痢モデル動物について]
実験動物として「副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)を用いた下痢モデル動物」を使用した。
CRFはストレスによる消化管機能異常に深く関与していることが報告されており、中枢及び末梢注射はストレス性下痢を模倣することが知られている。下痢モデル動物を作成するため、拘束ストレスを与える方法で作成してもよいし、下痢誘導物質としてピコスルファートNa、センノシド、ヒマシ油を使用して作成してもよい。
【実施例0031】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
実施例1
<素材の作り方について>
1.菌の分離及び同定
味噌、醤油、及び甘酒の発酵食品の醸造工程より、植物性菌体を集めた。
酵母の分離培地は、MGY寒天培地を使用した。4日程度30℃で好気培養し、コロニーを収集した。「MGY寒天培地」は、醤油(こいくちしょうゆ(イチビキ社製の商品名))10v/v%、ぶどう糖5.0w/v%、塩化ナトリウム6.0w/v%を混合し、寒天末1.5w/v%を加えて、オートクレーブにより処理したものである。分離した酵母は、顕微鏡観察によりサイズと形状を確認した。
また、菌体からDNAを抽出し、酵母については18SrDNAをプライマーITS1F(5'-GTAACAAGGT(T/C)TCCGT-3')及びプライマーITS1R(5'-CGTTCTTCATCGATG-3')を用いてPCRで増幅して、得られたPCR産物の配列「配列番号:1」(配列番号:Y1の18SrDNA塩基配列)、「配列番号:2」(配列番号:Y3の18SrDNA塩基配列)、「配列番号:3」(配列番号:Y4の18SrDNA塩基配列)、「配列番号:4」(配列番号:Y6の18SrDNA塩基配列)、「配列番号:5」(配列番号:Y7の18SrDNA塩基配列)、「配列番号:6」(配列番号:Y8の18SrDNA塩基配列)を分析して入手し、既知の塩基配列データーベースと比較したところ、Y1、Y3、Y4、Y6、Y7、Y8については、それぞれ100.0%、99.4%、99.8%、99.8%、99.6%、99.0%の相同性を示したため、菌種を、Zygosaccharomyces rouxii(Y1、Y3、Y7、Y8)、Pichia anomala(Y4)、Candida famata(Y6)と同定した。解析方法は、第十七改正日本薬局方参照情報「遺伝子解析による微生物の迅速同定法」に準じた。
【0032】
2.菌体粉末の調製
分離した各菌株について、酵母は「MGY培地」を用いて30℃で3日程度好気培養した。「MGY培地」は先述の「MGY寒天培地」から寒天末を抜いた培地である。それぞれの菌株を上記に従い培養後した後に、5000rpmで10分間遠心分離して集菌し、その沈殿を水に再び懸濁して遠心分離する操作を3回以上繰り返して培地成分を除いた。最後に沈殿を水に懸濁した状態で、121℃で20分間オートクレーブ滅菌処理をして、凍結乾燥して各菌体粉末を得た。なお調整までの工程に酸やアルカリによる抽出や、菌体を意図的に破砕する工程はなく、未破砕の菌体を洗浄・精製しているため菌体外分泌物も含まれない。
【0033】
3.菌体分解粉末の調製
2.と同様の操作を行って培地成分を除き、固形分が10%になるように水に懸濁した。pHが中性(6.5-7.5)であることを確認し、サモアーゼPC10F(天野エンザイム株式会社)を0.2w/v%、デナチームGEL-1(長瀬産業株式会社)を0.2w/v%添加してよく混合した。55℃で一晩反応させ、その上清のBrix(可溶性固形分量)が8.0以上、且つ上清の100倍希釈液の260、280、230nmの吸光度(光路長10mm)がそれぞれ1.5、1.0、1.7以上であることを確認した後に、121℃で20分間オートクレーブ滅菌処理をして、凍結乾燥して菌体分解物粉末を得た。
【0034】
<素材の与え方について>
4.摂取餌の調製
通常食群の餌として、F-2飼料(株式会社フナバシファーム)を使用した。試験群には、通常食群と同じ餌に各粉末を混合した餌を使用した。なお、ビール酵母は、「EBIOS 天然素材 ビール酵母粉末(アサヒグループ食品株式会社)」、酵母エキスは、「YE-KM(味の素株式会社)」、βグルカンは、「パン酵母βグルカン85(株式会社大地堂)/β1,3グルカン80%以上含有」を使用した。なお、βグルカンは酵母Y1中の存在量が7.5%であったため、βグルカンの餌への配合量は酵母の10分の1(0.02%)とした。
5.下痢・軟便の予防もしくは軽減の観察
試験には、副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)を用いた下痢モデルラットを使用した。4週齢のSDラット(オス)を表1に示す特定の餌で7週齢まで飼育した後に試験に使用した。下痢誘導する場合は、7週齢のラットに副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)25μg/ml in PBS(CRF:Anaspec社製、PBS:富士フィルム和光純薬株式会社製)を12.5μg/kg体重 となるように腹腔内投与した。下痢誘導をしない場合は、同様にPBSを腹腔内投与した。
【0035】
【0036】
CRF又はPBSの腹腔内投与後、100分間の糞便を20分間隔で採取し、それぞれの下痢スコア、総下痢スコア、下痢率にて評価を実施した。下痢スコアとは、20分間の糞便重量と便性状スコアの積である。便性状スコアとは、ブリストルスケールを参考に下痢方向にのみ点数を付けた物である[1:普通便(水分をやや含み、黒茶色で、形がしっかりしていて、つまんだ際に固さを感じるもの)、2:やや柔らかい便(水分を含み、茶色で、形がしっかりしているが、つまんだ際に柔らかさを感じるもの)、3:泥状便:水分を多く含み、茶色で、形がくずれていて、つまめるがつまんだ際に簡単に崩れてしまうもの)、
4:水様便(水分を非常に多く含み、茶色で、形がくずれていて、水分が分離しており、つまむことが困難な物)]。総下痢スコアとは、下痢スコアの合計(20分間×5区分=100分間分)である。下痢率とは、総下痢スコアが4.0以上の個体の群内比率である。
【0037】
[結果]
CRF投与において、総下痢スコアが増加した(対照:0.39±0.22、CRF:5.45±3.96)(※表記:平均±標準偏差)。また酵母(Y1)を摂取していた場合に、その増加を半減させるレベルで抑制していることが確認できた(CRF:5.45±3.96、CRF+Y1:2.78±2.87、[2.78-0.39]/[5.45-0.39]*100=47%)(
図1)。
さらにCRF投与において、増加した下痢率(対照:0%、CRF:57%)が、酵母(Y1)を摂取していた場合に、大きく減少すること(CRF:57%、CRF+Y1:29%)も確認できた(
図2)。
一方で、Y1以外の各素材を摂取していても(Y3、Y6、Y4、ビール酵母、酵母エキス、βグルカン)、Y1のような総下痢スコアの半減や下痢率の大きな低下は確認できなかった(
図1、
図2)。
以上より、とりわけ酵母(Y1)に下痢・軟便の予防もしくは軽減する効果がある可能性を見出した。
すなわち、ビール酵母である「Saccharomyces cerevisiae」や、酵母エキス(トルラ酵母)である「Candida utilis」では同様の効果が確認できず、Y1と同じ耐塩性酵母である、Y3やY6、Y4でも同様の効果が確認できなかった。下痢・軟便の予防もしくは軽減する効果はY1特有の効果であると考えらえる。また、Y1中に含まれるβグルカン量より多い割合のβグルカンを配合(Y1中βグルカン7.5%→餌配合量0.2%に対しβグルカンは餌配合量0.02%)した餌を摂取した場合において、Y1のような効果が確認できなかったことから、Y1の効果はその中に含まれるβグルカンの作用ではないことも判明した。
【0038】
実施例2
6.下痢・軟便の予防もしくは軽減の観察2
群数を減らし、郡内のn数を一部増やして、実施例1と同様に実施した。餌は表2に示す特定の餌を使用した。
【0039】
【0040】
[結果]
CRF投与において、総下痢スコアが有意に増加し(対照:0.95±0.72、CRF:10.38±3.33、p<0.01)(※表記:平均±標準偏差)、酵母(Y1)を摂取していた場合は、その増加を有意に抑制していることが確認できた(CRF:10.38±3.33、CRF+酵母0.2%:4.94±3.59、p<0.05)(
図3)。
またCRF投与において、増加した下痢率(対照:0%、CRF:89%)が、酵母(Y1)を摂取していた場合、減少すること(CRF:89%、CRF+酵母0.2%:40%)も確認できた(
図4)。
以上より、酵母(Y1)を摂取することで、下痢・軟便の予防もしくは軽減することが出来ることを見出した。
【0041】
実施例3
7.酵母の性質の確認
醤油(こいくちしょうゆ(イチビキ社製の商品名))10v/v%、トレハロース5.0w/v%、塩化ナトリウム12.5w/v%を混合し、オートクレーブにより処理した培地中で、Y1、Y3、Y7、Y8をそれぞれ振とう培養(30℃)した。一定時間毎にサンプリングし、血球計算盤を用いて、顕微鏡で菌数を測定した。
[結果]
培養中に菌数が2倍増殖するまでの最短時間を比較した所、Y1が最も短く(4.4時間)、他(Y3、Y7、Y8)(5.8~6.9時間)と明らかに異なっていた(
図5)。
【0042】
実施例4
8.ヒトによる摂取試験
社内にて、ストレス等により下痢になりやすいと感じている7人に対して、Y1を3週間、1日50mg摂取させた。摂取前の1週間と摂取中最後の1週間の排便状態をブリストルスケールで評価し、その平均値を比較した。(1:コロコロ便、2:硬い便、3:やや硬い便、4:普通便、5:やや柔らかい便、6:泥状便、7:水様便)
[結果]
7人中6人が変化を体感し、ブリストルスケールの平均値は摂取前の5.6から、摂取後の4.8へ減少した(p<0.01)(
図6)。
【0043】
実施例5
9.ヒトによる摂取試験2
社内にて、胆嚢除去により下痢になりやすいと感じている3人に対して、Y1を3週間、1日50mg摂取させた。摂取前の1週間と摂取中最後の1週間の排便状態をブリストルスケールで評価し、その平均値を比較した。(1:コロコロ便、2:硬い便、3:やや硬い便、4:普通便、5:やや柔らかい便、6:泥状便、7:水様便)
[結果]
3人中3人が変化を体感し、ブリストルスケールの平均値は摂取前の5.7から、摂取後の4.9へ減少した。(
図7)
【0044】
実施例6
10.ヒトによる摂取試験3
社内にて、排便に問題がない8人に対して、フォルスコリン(株式会社中原製、以降FCと略す)を50~100mg(エキス末として500~1000mg)の間で本人が決めた一定の量を、本人が決めた一定の時間で、毎日1週間摂取させ、その後、FCと共にY1(1日50mg)を1週間摂取させた。
摂取前の1週間、FCのみ摂取中の1週間、FCとY1を一緒に摂取した1週間の排便状態をブリストルスケールで評価し、その平均値を比較した。(1:コロコロ便、2:硬い便、3:やや硬い便、4:普通便、5:やや柔らかい便、6:泥状便、7:水様便)
[結果]
8人中6人がY1摂取による変化を体感し、ブリストルスケールの平均値は、摂取前の4.7から、FC摂取により5.5に上昇し(p<0.05)、FCとY1摂取により5.2に減少した。(p<0.05)(
図8)
【0045】
実施例7
11.ヒトによる摂取試験4
社内にて、排便に問題がない5人に対して、フォルスコリン(以降FCと略す)を2~4粒(810~1620mg)の間で本人が決めた一定の量を、本人が決めた一定の時間で、毎日1週間摂取させ、その後、FCと共にY1分解物(1日50mg)を1週間摂取させた。
摂取前の1週間、FCのみ摂取中の1週間、FCとY1分解物を一緒に摂取した1週間の排便状態をブリストルスケールで評価し、その平均値を比較した。(1:コロコロ便、2:硬い便、3:やや硬い便、4:普通便、5:やや柔らかい便、6:泥状便、7:水様便)
[結果]
5人中4人がY1分解物摂取による変化を体感し、ブリストルスケールの平均値は、摂取前の4.5から、FC摂取により5.5に上昇し(p<0.05)、FCとY1分解物の摂取により5.1に減少した。(p<0.05)(
図9)
以上のように、本発明に用いる酵母は、ラット又はヒトが摂取することで、下痢・軟便を予防もしくは軽減することが分かった。本発明に用いる酵母は、飲食品、サプリメント、医薬品などに添加したり、そのままを飲食品、サプリメント、医薬品などとしたりすることができる。飲食品としては、例えば、醤油、つゆ、鍋つゆ、味噌、即席味噌汁、調理味噌(味噌加工品)、金山寺味噌などのなめ味噌、調味ソース、調味たれ、ご飯の素、惣菜、あま酒(糀飲料)等が挙げられる。