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  • 特開-電池からの金属回収方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024103086
(43)【公開日】2024-08-01
(54)【発明の名称】電池からの金属回収方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 7/00 20060101AFI20240725BHJP
   C22B 23/00 20060101ALI20240725BHJP
   C22B 47/00 20060101ALI20240725BHJP
   C22B 26/12 20060101ALI20240725BHJP
   C22B 3/16 20060101ALI20240725BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20240725BHJP
   C22B 3/22 20060101ALI20240725BHJP
   H01M 10/54 20060101ALI20240725BHJP
【FI】
C22B7/00 C
C22B23/00 102
C22B47/00
C22B26/12
C22B3/16
C22B3/44 101Z
C22B3/22
H01M10/54
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023007228
(22)【出願日】2023-01-20
(71)【出願人】
【識別番号】591075467
【氏名又は名称】冨士色素株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】311007545
【氏名又は名称】GSアライアンス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100166338
【弁理士】
【氏名又は名称】関口 正夫
(72)【発明者】
【氏名】森 良平
【テーマコード(参考)】
4K001
5H031
【Fターム(参考)】
4K001AA07
4K001AA16
4K001AA19
4K001AA34
4K001BA22
4K001CA01
4K001CA02
4K001CA05
4K001CA09
4K001DB11
4K001DB16
4K001DB22
4K001DB23
5H031RR02
(57)【要約】
【課題】電池から金属成分を、効率よく簡便に回収できる金属回収方法を提供すること。
【解決手段】電池から金属成分を回収する金属回収方法であって、電池部材を、ヒドロキシカルボン酸、炭素数1~8のモノカルボン酸、及び炭素数3~6のジカルボン酸から成る群より選択される1以上のカルボン酸を含有する深共晶溶媒と接触させて抽出液を得る、抽出工程、並びに、抽出液に、シュウ酸、水溶性シュウ酸塩、水溶性炭酸塩、及び二酸化炭素から成る群より選択される1以上の沈殿剤を、塩基性物質の共存下で導入して遷移金属化合物及び/又は重金属化合物の沈殿物を生成させる、分離工程を含み、該分離工程において、前記塩基性物質のモル量が、深共晶溶媒中の全カルボキシ基モル量以上であることを特徴とする、金属回収方法。深共晶溶媒は、さらにアルキルアンモニウム化合物を含有することが好ましい。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電池から金属成分を回収する金属回収方法であって、
電池部材を、ヒドロキシカルボン酸、炭素数1~8のモノカルボン酸、及び炭素数3~6のジカルボン酸から成る群より選択される1以上のカルボン酸を含有する深共晶溶媒と接触させて抽出液を得る、抽出工程、並びに、
前記抽出液に、シュウ酸、水溶性シュウ酸塩、水溶性炭酸塩、及び二酸化炭素から成る群より選択される1以上の沈殿剤を、塩基性物質の共存下で導入して遷移金属化合物及び/又は重金属化合物の沈殿物を生成させる、分離工程を含み、
前記分離工程において、前記塩基性物質のモル量が、前記深共晶溶媒中の全カルボキシ基モル量以上であることを特徴とする、金属回収方法。
【請求項2】
前記深共晶溶媒が、さらにアルキルアンモニウム化合物を含有する、請求項1記載の金属回収方法。
【請求項3】
前記カルボン酸が、グリコール酸、乳酸、タルトロン酸、グリセリン酸、ヒドロキシ酪酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、ギ酸、安息香酸、フェニル酢酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、及びアジピン酸から成る群より選択される1以上である、請求項1又は2に記載の金属回収方法。
【請求項4】
前記アルキルアンモニウム化合物が、トリアルキルグリシン、トリアルキルアラニン、ハロゲン化コリン、ハロゲン化テトラメチルアンモニウム、及びハロゲン化テトラブチルアンモニウムから成る群より選択される1以上である、請求項2記載の金属回収方法。
【請求項5】
前記塩基性物質が、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化アンモニウム、及びアンモニア水から成る群より選択される1以上である、請求項1又は2に記載の金属回収方法。
【請求項6】
前記金属成分が、コバルト、ニッケル、及びマンガンから成る群より選択される1以上である、請求項1又は2に記載の金属回収方法。
【請求項7】
前記電池が、マンガン乾電池、アルカリマンガン乾電池、ニッケル電池、酸化銀電池、水銀電池、空気亜鉛電池、リチウム一次電池、及び注水電池;鉛蓄電池、リチウムイオン二次電池、ニッケル・水素蓄電池、ニッケル・金属水素化物電池、ニッケル・カドミウム蓄電池、ニッケル・亜鉛蓄電池、酸化銀・亜鉛蓄電池、及びリチウム硫黄電池;並びに、燃料電池及び太陽電池から成る群より選択される、請求項1又は2に記載の金属回収方法。
【請求項8】
前記電池部材が、リチウムイオン電池の電極材料を含む、請求項1又は2に記載の金属回収方法。
【請求項9】
請求項8に記載の金属回収方法において、前記分離工程の後に、前記抽出液から前記沈殿物を分離して得られた液より、リチウムを回収する工程をさらに含む、金属回収方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電池からの金属回収方法に関する。具体的には、電池に含まれる金属成分を、特定の深共晶溶媒を用いて抽出する工程と、シュウ酸塩又は炭酸塩として分離する工程とを含む、金属回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、電池は電力の供給源、特に可搬式の供給源として多用されている。中でも二次電池、特にリチウムイオン二次電池は、充電により繰り返し使用することが可能な上、小型で大容量という利点を有するため、パソコンやデジタルカメラ等の様々な電子・電気機器の他、電気自動車(EV)やハイブリッド型電気自動車(HEV)での需要が、近年さらに拡大している。
【0003】
二次電池や、乾電池を始めとする一次電池においては、電極材料として金属成分、特にコバルト、ニッケル、マンガン、水銀等の遷移金属や重金属又はそれらの化合物が使用される。これら金属の幾つかは埋蔵量が少なく高価な上、廃棄された際に環境に悪影響を及ぼす場合がある。そのため、使用済み電池や期限切れの電池、製造工程で不良品として排除された電池から、コバルトを始めとする有価金属や水銀等の有害金属を回収する技術が、以前より検討されて来た。
【0004】
例えば特許文献1には、廃リチウムイオン電池に炭酸カルシウムを加えて焙炒し、次いで溶融した後にスラグを分離して、銅、ニッケル、コバルト等の有価金属を回収する方法が記載されている。こうした加熱工程を伴う回収法、いわゆる乾式法は、低コストで簡便に行うことができる。一方で特許文献2及び3には、電池の正極活物質やスクラップから、酸性溶液を用いて金属を回収する方法が開示されている。こうした湿式での金属回収法には、加熱による金属成分の揮散やそれによる周辺環境の汚染を伴わず、また、電池中の金属を高い純度で回収し得る利点がある。
【0005】
リチウムイオン電池等の需要の伸びに伴い、湿式法のさらなる改善も進められている。例えば、使用する溶媒として、近年、深共晶溶媒が注目されている。深共晶溶媒とは、水素結合ドナー性の化合物と水素結合アクセプター性の化合物とをある一定の割合で混ぜることで得られる、室温で液体の溶媒である。一般に溶解性に優れ、低コストで安全性も高いという利点がある。そのため、電池から金属成分を回収する際の抽出用溶媒としても有望で、研究報告が相次いでなされている(例えば非特許文献1~3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2021-161456号公報
【特許文献2】特開2012-126988号公報
【特許文献3】特表2022-528969号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】C. Padwal, et al.,Adv. Energy Sustainability Res.,2021年,2100133
【非特許文献2】N. Peeters, et al.,Green Chem.,2020年,22,4210-4221
【非特許文献3】L. Yurramendi, et al.,Mater. Proc.,2021年,5,100
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように、電池から金属を回収する方法として種々の手法が開発されているが、いずれも何らかの点で改善の余地がある。例えば特許文献1における焙炒のような高温加熱を伴う方法では、加熱時に多量のエネルギーを消費し、金属成分が揮散して回収効率を低下させる上、揮散した金属成分や発生するガスによって周辺環境を汚染するおそれがある。そのため、水銀のような特定化学物質等の回収には、乾式法は不適切である。一方、慣用の湿式法では、特許文献2及び3記載のように硫酸、硝酸、塩酸等の強酸が多用されるため、回収操作に危険を伴う上、SOやNO、塩素ガス等の二次汚染物が生じる場合もある。こうした危険を低減するために酸の濃度を下げると、抽出効率が低下してしまう。深共晶溶媒が注目を集めているのも、そのためである。
【0009】
しかしながら深共晶溶媒を用いた湿式法による金属回収では、金属成分を効率よく抽出できるものの、抽出液からの金属回収が容易ではない。深共晶溶媒は殆ど揮発しないため、抽出液を加熱乾燥して金属成分を回収することはできない。深共晶溶媒自体を熱分解させて金属成分を得ることは可能だが、この方法では乾式法と同様、金属成分が揮散する難点がある。非特許文献1及び2は、深共晶溶媒の抽出液に炭酸塩やシュウ酸を添加して金属成分を沈殿させる方法についても言及している。しかし、深共晶溶媒は溶解性に優れるため、沈殿を生じ難い傾向がある。後記する実施例にも示すように、抽出液が特定の条件下にないと、沈殿剤を添加しても金属成分は分離しない。深共晶溶媒による電池からの金属回収は、研究の初期段階にあり(非特許文献1)、抽出効率を改善する研究が主体で、抽出液から実際に金属成分を分離及び回収する手法については殆ど検討されていないのが現状である。
【0010】
本発明は、上記のような課題を解決すべく、電池から金属成分を純度の高い固形分として効率よく簡便に回収でき、しかも高温加熱による熱エネルギー消費や金属成分の揮散を伴わない金属回収方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討した結果、電池から金属成分を回収する際に、抽出用の液としてヒドロキシカルボン酸、炭素数1~8のモノカルボン酸、又は炭素数3~6のジカルボン酸を含有する深共晶溶媒を使用し、抽出後の液に所定量の塩基性物質を共存させた上で、シュウ酸、水溶性シュウ酸塩、水溶性炭酸塩、又は二酸化炭素を導入することによって、遷移金属や重金属が純度の高い沈殿として効率よく簡便に回収でき、回収工程においてエネルギーの浪費や金属成分の揮散を防ぎ得ることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
すなわち本発明は、以下の(1)~(9)を提供する。
(1)電池から金属成分を回収する金属回収方法であって、
電池部材を、ヒドロキシカルボン酸、炭素数1~8のモノカルボン酸、及び炭素数3~6のジカルボン酸から成る群より選択される1以上のカルボン酸を含有する深共晶溶媒と接触させて抽出液を得る、抽出工程、並びに、
前記抽出液に、シュウ酸、水溶性シュウ酸塩、水溶性炭酸塩、及び二酸化炭素から成る群より選択される1以上の沈殿剤を、塩基性物質の共存下で導入して遷移金属化合物及び/又は重金属化合物の沈殿物を生成させる、分離工程を含み、
前記分離工程において、前記塩基性物質のモル量が、前記深共晶溶媒中の全カルボキシ基モル量以上であることを特徴とする、金属回収方法。
(2)前記深共晶溶媒が、さらにアルキルアンモニウム化合物を含有する、上記(1)の金属回収方法。
(3)前記カルボン酸が、グリコール酸、乳酸、タルトロン酸、グリセリン酸、ヒドロキシ酪酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、ギ酸、安息香酸、フェニル酢酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、及びアジピン酸から成る群より選択される1以上である、上記(1)又は(2)の金属回収方法。
(4)前記アルキルアンモニウム化合物が、トリアルキルグリシン、トリアルキルアラニン、ハロゲン化コリン、ハロゲン化テトラメチルアンモニウム、及びハロゲン化テトラブチルアンモニウムから成る群より選択される1以上である、上記(2)の金属回収方法。
(5)前記塩基性物質が、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化アンモニウム、及びアンモニア水から成る群より選択される1以上である、上記(1)~(4)のいずれかの金属回収方法。
(6)前記金属成分が、コバルト、ニッケル、及びマンガンから成る群より選択される1以上である、上記(1)~(5)のいずれかの金属回収方法。
(7)前記電池が、マンガン乾電池、アルカリマンガン乾電池、ニッケル電池、酸化銀電池、水銀電池、空気亜鉛電池、リチウム一次電池、及び注水電池;鉛蓄電池、リチウムイオン二次電池、ニッケル・水素蓄電池、ニッケル・金属水素化物電池、ニッケル・カドミウム蓄電池、ニッケル・亜鉛蓄電池、酸化銀・亜鉛蓄電池、及びリチウム硫黄電池;並びに、燃料電池及び太陽電池から成る群より選択される、上記(1)~(6)のいずれかの金属回収方法。
(8)前記電池部材が、リチウムイオン電池の電極材料を含む、上記(1)~(6)のいずれかの金属回収方法。
(9)上記(8)の金属回収方法において、前記分離工程の後に、前記抽出液から前記沈殿物を分離して得られた液より、リチウムを回収する工程をさらに含む、金属回収方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の金属回収方法によれば、各種の電池から金属成分を効率よく回収することができる。本発明の金属回収方法はまた、低コストで簡便に行うことができ、しかも高温加熱によるエネルギーの浪費や金属成分の揮散等を伴うことがない。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例1で回収された沈殿物の、EDXスペクトルを示す図である。
図2】実施例1で適用対象としたブラックマスの、EDXスペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0016】
本発明は、電池から金属成分を回収する金属回収方法であって、電池部材を、ヒドロキシカルボン酸、炭素数1~8のモノカルボン酸、及び炭素数3~6のジカルボン酸から成る群より選択される1以上のカルボン酸を含有する深共晶溶媒と接触させて抽出液を得る、抽出工程;並びに、抽出液に、シュウ酸、水溶性シュウ酸塩、水溶性炭酸塩、及び二酸化炭素から成る群より選択される1以上の沈殿剤を、塩基性物質の共存下で導入して遷移金属化合物及び/又は重金属化合物の沈殿物を生成させる、分離工程を含み;該分離工程において、前記塩基性物質のモル量が、深共晶溶媒中の全カルボキシ基モル量以上であることを特徴とする、金属回収方法である。
【0017】
本発明の金属回収方法はどのような電池や部材にも適用できるが、特に遷移金属及び/又は重金属(化合物)を含有する部材、あるいはそうした部材を備えた電池に好適である。例として、マンガン乾電池、アルカリマンガン乾電池、ニッケル電池、酸化銀電池、水銀電池、空気亜鉛電池、リチウム一次電池、及び注水電池(海水電池)等の一次電池;鉛蓄電池、リチウムイオン二次電池、ニッケル・水素蓄電池、ニッケル・金属水素化物電池、ニッケル・カドミウム蓄電池、ニッケル・亜鉛蓄電池、酸化銀・亜鉛蓄電池、及びリチウム硫黄電池等の二次電池;さらには燃料電池、太陽電池等が挙げられるが、これらに限定されない。尚、リチウム硫黄電池では正極材料に硫黄と銅(化合物)との複合材が用いられる場合がある。同様に、燃料電池では白金触媒等が、太陽電池では銅やカドミウムの化合物が、それぞれ用いられており、本発明の金属回収方法の対象として適している。
【0018】
尚、電池は各種の電池部材から構成されるため、電池全体やその粉砕品、例えばリチウムイオン電池全体の粉砕品を深共晶溶媒と接触させる操作は、必然的に「電池部材」を深共晶溶媒と接触させる操作を包含する。そのため本明細書において「電池部材」を深共晶溶媒と接触させる処理とは、電池部材単体に限らず、例えば未解体の電池全体やその粉砕品等を、深共晶溶媒と接触させる操作をも指すものとする。
【0019】
また、「遷移金属」については、広くdブロック元素の金属全てを指す場合や、d軌道が部分的に電子で占められた第3族~第11族元素、あるいはさらに狭く、第3族~第10族元素のみを指す場合があるが、本発明では最も広い意味で使用する。「重金属」についても、比重が4以上の金属全てを指すものとする。例としてクロム、カドミウム、水銀、マンガン等の遷移金属の他、鉛、スズ、さらにはヒ素等が挙げられるが、これらに限定されない。すなわち、本発明の金属回収方法においては、銅や亜鉛、水銀やカドミウム等も含めた第3族~第12族に属する元素、並びに鉛やヒ素を包含する比重4以上の金属の全てが対象となり、さらには後記するようにリチウムをも回収し得る。
【0020】
本発明においては、抽出溶媒として特定のカルボン酸を含有する深共晶溶媒を選択すること、並びに分離工程において、シュウ酸(イオン)や炭酸イオン系の沈殿剤と共に特定量の塩基性物質を共存させることが、特に重要な要件である。本発明は特定の理論により限定されるものではないが、本発明が効果を奏する第一の理由として、上記のような化合物を成分として含む深共晶溶媒が高い溶解力を示すことと共に、その溶解力の一因となる金属イオンの錯形成環境が、特定量の塩基性物質の共存によって変化することが考えられる。
【0021】
例えばコバルト酸リチウムを正極活物質とするリチウムイオン二次電池から、クエン酸と塩化コリンとを成分とする深共晶溶媒によってコバルトを抽出する場合、3価のコバルトイオンが2価に還元されて溶解性を増し、さらに深共晶溶媒中の塩素イオンやカルボニル化合物と錯体を形成して安定化する結果、コバルトが高収率で抽出されるという機構が提唱されている(例えば非特許文献1及び2参照)。
【0022】
コバルト等のイオンは、水中ではシュウ酸イオンや炭酸イオンと反応して沈殿を形成することが知られている。しかし、後記する実施例にも示すように、深共晶溶媒ベースの抽出液にシュウ酸等を単純に添加しても、沈殿物は必ずしも得られない。深共晶溶媒中で上記のように錯形成した金属イオンは、シュウ酸イオンや炭酸イオンとの反応性が低く、沈殿として回収し難くなっている可能性がある。一方で本発明におけるように塩基性物質を特定量、具体的には該塩基性物質のモル量が、深共晶溶媒中のカルボン酸のカルボキシ基の全モル量以上となる量にて共存させると、例えばコバルト錯イオンの配位子が塩基性物質のヒドロキシ基と交換し、あるいはカルボキシアニオン配位子が塩基性物質のカチオンと対形成し易くなる。その結果として、安定化していたコバルト等の錯イオンが解離し、シュウ酸イオンや炭酸イオンと反応して沈殿を生じるものと考えられる。
【0023】
本発明が効果を奏する第二の理由としては、沈殿剤導入後の抽出液のpHが、塩基性物質の共存によって沈殿に適した値となる点が考えられる。コバルトやニッケル等、一部遷移金属のシュウ酸塩や炭酸塩は、酸に溶解する場合がある。そのため、酸性度の高い、例えばpH3程度未満、特に2未満の条件では、十分に沈殿しない可能性がある。塩基性物質の共存によってpHが高まり、例えば7~8程度以上となる結果、沈殿生成が促進されていることも考えられる。そのため、後記するように、分離工程においては抽出液のpHを7~13程度、特に8~11程度に調整することが好ましい。こうしたpH値は例えば、塩基性物質のモル量を、深共晶溶媒中の全のカルボキシ基のモル量以上とすることにより、達成することができる。
【0024】
第三の理由として、適正量の塩基性化合物の共存による、深共晶溶媒自体の性質の変化も考慮の余地がある。深共晶溶媒は水素結合し得る化合物を構成成分として含むが、塩基性化合物によって例えば構成成分間の水素結合が弱まり、深共晶溶媒自体の溶解性が低下する可能性も考えられる。
【0025】
以下では、本発明を実施形態に基づき、さらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施形態に限定されるものではない。以下の説明では、リチウムイオン電池からニッケル、マンガン、及びコバルト(これらを総称して「NMC金属」という場合もある。)を回収する実施形態、特にリチウムイオン電池の電極材料を含む電池部材からコバルトを回収する実施形態が主体となっているが、本発明は他の電池及び金属成分についても適用することが可能である。
【0026】
≪適用対象の前処理≫
本発明の金属回収方法は、上記のように様々な電池及び電池部材に適用し得る。本発明の典型的な実施形態においては、これら電池及び電池部材等の適用対象に、抽出工程に先立って破砕や細断等の前処理を施すことが好ましい。破砕品や細断品を用いることにより、抽出処理をより効率よく行うことが可能となる。破砕処理及び細断処理の方法に特に制限はなく、種々の慣用の手法を用いることができる。予め破砕された電池又は電池部材を、対象としてもよい。電池又はその部材の破砕品はブラックマス(BM)と呼ばれるが、例えばリチウムイオン電池廃棄物全体を粉体化したBMを、金属回収の対象とすることも可能である。
【0027】
一方、電池を解体して各種電池部材を分別した上で、分別後の電池部材から金属成分を回収してもよい。例えばリチウムイオン電池では、コバルトやニッケル等の有価金属は主に正極活物質として用いられるので、電池から正極部材のみを分別した後に、抽出及び分離処理を行うのが効率的である。負極材料としてチタン酸リチウム(LiTi12:LTO)を使用したリチウムイオン電池から、負極部材を分別し、チタン等を回収してもよい。また、ニッケル・カドミウム電池では通常、正極材としてニッケル(化合物)が、負極剤としてカドミウム(化合物)が使用されるので、正極部材と負極部材とを分別し、それぞれについて抽出及び分離を行うことが好ましい。マンガン乾電池などでは負極材の亜鉛が外缶を兼ねる場合も多いので、分別処理によって金属材料の一つを殆ど直接的に回収することも可能である。尚、これら解体分別後の各部材について、抽出工程の前に破砕等の前処理を施してもよい。
【0028】
破砕や細断、分別等の処理に先立ち、電池を放電させておくことが好ましい。電池内に電荷が残っていると、解体及び分別の際に発熱や爆発等を引き起こすおそれがある。そのため、特に使用期限切れや製品仕様変更によって生じた在庫品、生産工程での不良品等から金属成分を回収する場合には、予め放電処理を行うことが推奨される。放電操作によって爆発等の危険性を回避又は低減し得る上、金属成分が電極材料の内部に濃縮される利点もある。また、分別した電池部材に付着した硫酸等の電解液を、所望により洗浄除去してもよい。特に好ましい実施形態においては、こうした放電処理、解体・分別処理、洗浄処理、及び/又は破砕・細断処理等の任意的な前処理に付した電池もしくはその部材、又はBMを対象として、金属回収処理を行う。
【0029】
≪金属回収処理≫
本実施形態においては、上記のような電池もしくは電池部材、又はBMをそのまま、又は任意的な前処理に付した後に、特定の深共晶溶媒に接触させて金属成分を抽出し、次いでその抽出液に沈殿剤を、特定量の塩基性物質の存在下で導入する。この処理により、コバルト、ニッケル、マンガン等の有価金属、あるいは水銀やカドミウム等の有害金属を、電池等の対象から分離及び回収することができる。ここで、特定の深共晶溶媒を用いる抽出工程、及び特定の沈殿剤と特定量の塩基性物質とを用いる分離工程が、本実施形態において必須である。
【0030】
<抽出工程>
本実施形態における抽出工程は、電池部材、好ましくは分別処理等の前処理後の電池部材を、ヒドロキシカルボン酸、炭素数1~8のモノカルボン酸、及び炭素数3~6のジカルボン酸から成る群より選択される1以上のカルボン酸を含有する深共晶溶媒と接触させて、抽出液を得る工程である。
【0031】
〔深共晶溶媒〕
ここで、深共晶溶媒(Deep Eutectic Solvent:DES)とは、上記のように水素結合ドナー性の化合物と水素結合アクセプター性の化合物とをある一定の割合で混ぜることで得られる、室温で液体の溶媒である。ドナー性化合物とアクセプター性化合物との組み合わせにより、任意の物性の溶媒を作り出すことができ、様々な組み合わせが報告されている。深共晶溶媒は一般に溶解性に優れるため、金属成分の抽出溶媒として期待できるが、本発明者らは今回、ヒドロキシカルボン酸、炭素数1~8のモノカルボン酸、及び炭素数3~6のジカルボン酸から成る群より選択される1以上のカルボン酸を含有する深共晶溶媒であれば、特に抽出効率に優れ、しかも抽出液からの金属成分の固液分離が可能であることを見出した。
【0032】
(ヒドロキシカルボン酸)
深共晶溶媒の成分の一つであるヒドロキシカルボン酸に特に制限はなく、例としてグリコール酸、乳酸、タルトロン酸、グリセリン酸、ヒドロキシ酪酸、2-ヒドロキシ酪酸、3-ヒドロキシ酪酸、γ-ヒドロキシ酪酸、リンゴ酸、酒石酸、シトラマル酸、クエン酸、イソクエン酸、ロイシン酸、メバロン酸、パントイン酸、リシノール酸、リシネライジン酸、セレブロン酸、キナ酸、及びシキミ酸等の脂肪族ヒドロキシカルボン酸;サリチル酸、クレオソート酸、バニリン酸、シリング酸、ピロカテク酸、レソルシル酸、プロトカテク酸、ゲンチジン酸、オルセリン酸、没食子酸、マンデル酸、ベンジル酸、アトロラクチン酸、ケイヒ酸、メリロト酸、フロレト酸、クマル酸、ウンベル酸、コーヒー酸、フェルラ酸、及びシナピン酸等の芳香族ヒドロキシカルボン酸等が挙げられるが、これらに限定されない。複数のヒドロキシカルボン酸を併用することも可能である。
【0033】
ヒドロキシカルボン酸を成分とする深共晶溶媒は、一般に抽出効率に優れる。中でも、グリコール酸、乳酸、タルトロン酸、グリセリン酸、ヒドロキシ酪酸、リンゴ酸、酒石酸、及び/又はクエン酸を成分とする深共晶溶媒を用いれば、抽出処理をさらに効率よく行うことができ、抽出液からの金属回収も容易となる。特に乳酸やクエン酸が好ましい。尚、乳酸はD体、L体、DL体等、どのようなものであってもよい。
【0034】
(モノカルボン酸)
モノカルボン酸についても、分子中の炭素数が1~8という条件以外に特に制限はなく、種々のものを使用することができる。例として、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、安息香酸、及びフェニル酢酸等が挙げられるが、これらに限定されない。複数のモノカルボンを併用することもできる。一般にモノカルボン酸を成分とする深共晶溶媒を使用すると、抽出液からの金属回収がより容易となる傾向がある。金属回収効率の点からは、特にギ酸が好ましい。
【0035】
(ジカルボン酸)
ジカルボン酸についても、分子中の炭素数が3~6という条件以外に特に制限はなく、種々のものを使用することができる。例として、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、及びアジピン酸等が挙げられるが、これらに限定されない。但し、マロン酸やコハク酸はニッケルやマンガン等の一部の遷移金属と不溶性の錯体を形成する場合があるので、ジカルボン酸としては炭素数が5又は6のものを使用することが好ましい。複数のジカルボンを併用することもできる。
【0036】
(好ましいカルボン酸)
上記カルボン酸の内でも、グリコール酸、乳酸、タルトロン酸、グリセリン酸、ヒドロキシ酪酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、ギ酸、安息香酸、フェニル酢酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、及びアジピン酸から成る群より選択される1以上のカルボン酸を、深共晶溶媒の成分として用いることが好ましい。また、ヒドロキシカルボン酸もしくは炭素数1~8のモノカルボン酸を使用することが、抽出効率をさらに高める上で好ましい。特に、乳酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、及び/又はギ酸の使用が好ましい。
【0037】
(深共晶溶媒の組成)
上記のようなカルボン酸を、共晶混合物を形成し得る化合物(以下で、「相手剤」という場合がある。)と特定のモル比で混合することにより、深共晶溶媒とすることができる。相手剤の種類に特に制限はなく、例えばベタインやコリン等のアルキルアンモニウム化合物;イミダゾール等のアミン化合物; グルコースを始めとするアルドース、ケトース等の単糖類;スクロース(ショ糖)、ラクツロース、ラクトース(乳糖)、マルトース(麦芽糖)等の二糖類;尿素;グリセロール等が挙げられるが、これらに限定されない。上記のように、塩化コリン等を成分とする天然深共晶溶媒による金属抽出では、金属イオンが塩素イオンと錯形成するとの報告もあるが、ベタイン等を相手剤とするハロゲン不含の深共晶溶媒であっても、電池(部材)から金属成分を効率よく回収することができる。複数種の相手剤を使用することも可能である。
【0038】
相手剤としては、抽出効率を高め、かつ抽出物からの沈殿生成を容易にする観点から、アルキルアンモニウム化合物を使用することが好ましい。特に、トリアルキルグリシン、トリアルキルアラニン、ハロゲン化コリン、ハロゲン化テトラメチルアンモニウム、及びハロゲン化テトラブチルアンモニウムから成る群より選択される1以上のアルキルアンモニウム化合物を、相手剤として含有する深共晶溶媒が好ましい。尚、環境保全の観点からは、乳酸やクエン酸等の天然有機酸、及びベタインやコリン等の天然物を組み合わせた、天然深共晶溶媒(NADES)の使用が好ましい。
【0039】
上記のヒドロキシカルボン酸、炭素数1~8のモノカルボン酸、及び/又は炭素数3~6のジカルボン酸、特にヒドロキシカルボン酸及び/又は炭素数1~8のモノカルボン酸と、アルキルアンモニウム化合物とを、例えばモル比1:5~5:1、通常は1:3~4:1、特に約1:1~2:1で含有する深共晶溶媒であれば、電池部材から金属成分をさらに効率よく抽出することができ、また、沈殿剤の導入による沈殿形成がより容易となる。
【0040】
これら深共晶溶媒の内でも、乳酸、クエン酸、及び/又はギ酸と、トリメチルグリシン(狭義のベタイン)及び/又は塩化コリンとを、モル比1:3~4:1、特に1:2~3:1、典型的には約1:1~2:1で含有する深共晶溶媒が好ましい。尚、カルボン酸と相手剤とのモル比を変動して、深共晶溶媒の粘度を調整することも可能である。また、乳酸/ベタイン系、クエン酸/ハロゲン化コリン系、ギ酸/ハロゲン化コリン系、特にモル比1:2~2:1のギ酸/塩化コリン系の深共晶溶媒を用いると、後に説明する沈殿回収をより効率的に行うことができる。
【0041】
尚、一般に深共晶溶媒においては、水分が40質量%程度含まれていても水素結合が保持される。すなわち、濃度60質量%程度にまで水で希釈しても、共晶混合物としての性質が維持され、深共晶溶媒として機能し得る。そのため本実施形態においても、上記のような組成の深共晶溶媒に0~40質量%程度、特に10~30質量%程度の水を添加して抽出溶媒として使用することもできる。水の添加によって深共晶溶媒の粘度を調整し得るため、抽出工程や後の分離工程での取扱性を改善し、抽出効率をさらに高めることも可能となる。深共晶溶媒にはさらに、pH調整剤や分散剤、界面活性剤、安定化剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、難燃剤、帯電防止剤等を添加してもよい。
【0042】
〔抽出条件〕
上記のような深共晶溶媒を用いて、電池部材から金属成分を抽出することができるが、その際の温度条件等に、特に制限はない。例えば室温~150℃、より好ましくは30~120℃、さらに好ましくは50~100℃、特に好ましくは70~90℃の温度に保持した深共晶溶媒中に電池部材、好ましくは破砕又は細断した電池部材を、好ましくは15分間~72時間、より好ましくは1~48時間、さらに好ましくは3~24時間、特に好ましくは6~12時間程度浸漬することにより、金属成分の多くを抽出することができる。所望により、攪拌や振とう等の操作を加えてもよい。尚、水分を添加した深共晶溶媒を用いて50℃以上の温度で抽出する場合は、浸漬容器の上部に還流装置を付すことが好ましい。
【0043】
本実施形態では抽出溶媒として深共晶溶媒を使用するため、電池(部材)中の金属成分を、かなりの割合で抽出することができる。それ故、コバルト等の有価金属を効率よく回収し得る。また、適用対象の電池(部材)やBMから、水銀や鉛等の有害金属の殆どを除去し、例えば有害金属量含有量が0.1質量%以下、特に0.01質量%以下、さらにはより微量の廃棄物とすることも可能である。これら有価金属及び有害金属の含有量は、例えば蛍光X線分析法(XRF)やエネルギー分散型X線分光法(EDX、EDS)、X線光電子分光分析法(XPS)、誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)、誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-OES)等の機器分析、滴定等の化学分析の手法によって測定することができる。
【0044】
<分離工程>
上記のようにして得られた抽出液に、次の分離工程にて、シュウ酸、水溶性シュウ酸塩、水溶性炭酸塩、及び二酸化炭素から成る群より選択される1以上の沈殿剤を、塩基性物質の共存下で導入して遷移金属及び/又は重金属の化合物を沈殿させる。本実施形態の分離工程においては、塩基性物質を、該塩基性物質のモル量が、深共晶溶媒中のカルボン酸のカルボキシ基の全モル量以上となる量、すなわち深共晶溶媒中の全カルボキシ基モル量以上の量にて共存させる。
【0045】
〔沈殿剤〕
深共晶溶媒中に抽出された遷移金属成分や重金属成分は、ある程度以上の量の塩基性物質の共存下にて、シュウ酸(イオン)又は炭酸イオンと反応し、沈殿を生じ得る。そのため、シュウ酸、水溶性シュウ酸塩、水溶性炭酸塩、又は二酸化炭素等の沈殿剤を抽出液中に導入することにより、金属成分を固形物として分離し、容易に回収することが可能となる。ここで、複数種の沈殿剤を併用してもよい。
【0046】
分離工程における沈殿形成の容易さ、及び操作の簡便さの観点から、沈殿剤としてシュウ酸;シュウ酸ナトリウム、シュウ酸水素ナトリウム、シュウ酸カリウム、シュウ酸水素カリウム、シュウ酸アンモニウム、シュウ酸水素アンモニウム等の水溶性シュウ酸塩;又は炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、炭酸ナトリウムカリウム、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム等の水溶性炭酸塩を使用することが好ましい。
【0047】
参考のため、電池で使用される代表的な金属について、水100gに対するシュウ酸塩及び炭酸塩の(主に20℃付近での)溶解度(mg)を、下記表1に示す。コバルトや水銀等の塩は極めて難溶であり、条件が揃えば沈殿として回収し得る。本実施形態の分離工程では、塩基性物質が所定量共存するため、これら金属塩が沈殿し易い条件が揃っていると考えられる。表1に示した以外の金属塩、例えば鉄(II)、銅、亜鉛、ストロンチウム、ビスマス等のシュウ酸塩及び炭酸塩、さらにはスカンジウム、チタン(IV)、クロム(II)、モリブデン(III)、スズ(II)、イットリウム、アンチモン、タリウム等のシュウ酸塩も同様に溶解度が小さく、遷移金属及び重金属のシュウ酸塩及び炭酸塩は概ね水等に不溶又は難溶である。そのため、本実施形態の方法によれば、電池(部材)から高い収率で抽出した遷移金属及び重金属の多くを、沈殿させて回収又は除去することができる。
【0048】
【表1】
【0049】
表1に記載の金属の内、リチウムは典型元素であるが、炭酸塩が水にやや難溶であるため、本実施形態の分離工程で回収することも可能である。但し、リチウムに関しては、後記するように遷移金属及び重金属の化合物を分離した後の液(抽出液残分)から回収する方が、高純度品を得易い利点がある。また、マンガンや水銀等の遷移金属ではシュウ酸塩よりも炭酸塩が難溶であるが、コバルト、ニッケル、マンガン等では炭酸塩が二酸化炭素水溶液に多少溶解するため、沈殿剤としてはシュウ酸及び/又はシュウ酸塩を使用することが好ましい。シュウ酸(塩)はまた、還元剤としても機能する。鉄、クロム、モリブデン等のシュウ酸塩に関しては低原子価の塩の方が沈殿し易いため、還元力のあるシュウ酸及び/又はその塩は沈殿剤として好適である。
【0050】
これら沈殿剤は、抽出工程で得られた抽出液中に直接導入してもよく、また、水溶液等の形で抽出液と合わせてもよい。操作の簡便さの観点からは、シュウ酸もしくはその水溶性塩又は水溶性炭酸塩の水溶液を、抽出液に添加することが好ましい。特にシュウ酸はカルシウム塩の溶解度が小であるため、水酸化カルシウム等の添加によって系中からほぼ完全に除去することができる。それ故、後記する分離工程で遷移金属や重金属を回収した後に、シュウ酸を除去して抽出液を再利用することも容易となる。この点からも、沈殿剤としてはシュウ酸、特にその水溶液を使用することが好ましい。
【0051】
本実施形態においては、こうした沈殿剤の抽出液への導入を、所定量の塩基性物質の共存下で行う。尚、「沈殿剤を、塩基性物質の共存下で導入」とは、広く、沈殿剤が抽出液中にて、塩基性物質と一緒に存在するように導入されることを意味し、導入開始の時点以前から塩基性物質が存在していることのみを指すものではない。例えば、抽出液中に先に沈殿剤を導入し、次いで塩基性物質を添加してもよい。沈殿剤として二酸化炭素を使用する場合は、塩基性物質を先に添加しておくことが好ましいが、シュウ酸、水溶性シュウ酸塩、水溶性炭酸塩又はそれらの水溶液の導入は、塩基性物質添加の前であっても後であっても、あるいは同時であっても構わない。
【0052】
尚、沈殿剤の導入量は、抽出液中の遷移金属や重金属成分の殆どを沈殿させる量であればよく、その上限値に特に制限はない。但し、コスト及び後記する抽出溶媒再利用の観点からは、沈殿剤の量を最小限に止めることが好ましい。例えば、抽出液中に沈殿剤を少量づつ導入し、新たな沈殿が生成しなくなった時点で導入を停止する手法も有用である。回収対象のBMの組成が既知である等、抽出液中の金属成分量がある程度予測できる場合には、予測される金属モル量に対して例えば1~5倍、中でも1.1~3.0倍、特に1.2~2.0倍程度のモル量の沈殿剤を導入することが好ましい。
【0053】
〔塩基性物質〕
塩基性物質の種類に、特に制限はない。代表的な例は苛性アルカリであるが、それに限らず、例えばアンモニア水や、さらにはピリジン、トリアルキルアミン、テトラアルキルアンモニウムヒドロキシドのような有機物を用いることもできる。沈殿生成の効率やコストの観点からは、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化アンモニウム、及びアンモニア水から成る群より選択される1以上の塩基性物質を用いるのが好ましい。特に、水酸化ナトリウム及び水酸化カリウムが好適である。アンモニア等では臭気が問題となる上、金属成分が錯形成して可溶化する場合がある。例えばシュウ酸ニッケルや炭酸コバルト等の一部の金属塩はアンモニア水に溶解し得るが、苛性アルカリであればそうした可溶化のおそれを排除し得る。
【0054】
一方で、金属回収の対象とする試料や目的によっては、アンモニアを活用することも考えられる。例えばニッケルとコバルトとを含有する抽出液からコバルトのみを回収するために、アンモニア共存下でシュウ酸を導入してもよい。ニッケルのシュウ酸塩はアンモニア水に易溶なため、コバルト塩を純度の高い沈殿として選択的に回収することが容易となる。
【0055】
(塩基性物質の量)
分離工程においては、塩基性物質のモル量を、深共晶溶媒中のカルボン酸のカルボキシ基の全モル量以上とする。塩基性物質がこうした量以上共存することにより、シュウ酸塩や炭酸塩が深共晶溶媒中であっても沈殿し、遷移金属や重金属を高収率で回収することが可能となる。
【0056】
塩基性物質のモル量は上記カルボキシ基のモル量以上であればよいが、塩基性物質を大過剰に加える必要はない。遷移金属の塩によっては強アルカリに可溶な場合があり、また、作業時の安全性も考慮すると、塩基性物質のモル量がカルボキシ基のモル量に対して1.0~10.0倍、中でも1.1~8.0倍、さらには1.2~6.0倍、特に1.5~4.0倍程度となるように塩基性物質を共存させることが好ましい。塩基性物質のモル量が全カルボキシ基モル量の10倍を超える程度となると、抽出液が強アルカリ性となるため、沈殿の種類によっては再溶解する場合がある上、作業時の危険性も無視し難くなる。特に、塩基性物質として苛性アルカリを使用する場合、そのモル量はカルボキシ基のモル量に対して1.0~3.0倍、中でも1.1~2.5倍、特に1.2~2.0倍程度とするのが好ましい。
【0057】
沈殿の促進と危険性低減の観点から、塩基性物質共存下の抽出液は、pHが7~13程度、特に8~11程度であることが好ましい。分離工程での抽出液をこうしたpHに調整することにより、金属成分をより効率的かつ安全に分離し回収することができる。こうしたpHの抽出液は例えば、塩基性物質のモル量がカルボキシ基のモル量に対して1.0~10.0倍、特に1.5~4.0倍程度となるように塩基性物質を添加することによって、調製することができる。
【0058】
〔分離工程の条件〕
分離工程における温度等の条件に、特に制限はない。例えば0~100℃、中でも10~90℃、特に20~80℃程度の温度で行うことができる。ここで、抽出液に水等を混合して、希釈してもよい。特に深共晶溶媒の粘度が高い場合は、希釈によって沈殿剤との混合やその後の濾過等の操作が容易となる。一般に遷移金属や重金属の多くはシュウ酸イオン又は炭酸イオンと接すると迅速に沈殿を生じるので、沈殿剤を導入した直後に濾過等によって金属成分を分離又は回収してもよい。しかしながら金属成分をより十全に回収するために、沈殿剤の導入後、約20分間~24時間程度、特に1~8時間程度経過してから濾別等を行うことが好ましい。
【0059】
より好ましくは、沈殿剤導入後の抽出液を、例えば50~100℃、特に80~90℃程度の温度に30分間~12時間、特に1~6時間前後保持して、沈殿を養生する。こうした養生処理によって、シュウ酸塩及び/又は炭酸塩の沈降がさらに進むと共に、沈殿物の粒径が増し、濾別等での分離・回収がさらに容易となり得る。尚、分離工程、特に養生処理に際して、容器の上部に還流装置を設けてもよい。
【0060】
沈殿物の分離及び回収は、濾過やデカンテーション等の慣用の手法により行うことができる。例えばガラスフィルターや濾紙、多孔質高分子膜等を使用し、所望により吸引しながら濾別することにより、金属成分の沈殿物を回収することができる。遠心分離後にデカンテーションしてもよい。得られた沈殿を、水等によって洗浄した後に乾燥処理に付せば、金属成分を固体として回収することができる。乾燥処理の条件に特に制限はなく、例えば室温~200℃程度、特に50~150℃程度の温度に10分間~48時間、特に1~12時間前後保持すればよい。水洗後の沈殿をアルコールやエーテル等で洗浄し、室温付近で乾燥させることも可能である。
【0061】
〔複数の分離工程〕
本実施形態においては、シュウ酸、水溶性シュウ酸塩、水溶性炭酸塩、及び/又は二酸化炭素を用いる分離工程を、複数回行ってもよい。例えば、シュウ酸を導入して沈殿物を除去する第1の分離工程の後に、炭酸塩を導入する第2の分離工程を行い、水銀等の有害金属をより十全に除去することができる。また、硫化水素等を導入してヒ素等の有害金属を除去する、さらに別の分離工程を追加してもよい。こうした有害金属の除去を、別の分離工程で行う場合、コバルト等の有価金属を沈殿・回収した後に実施することが、有価金属をより高い純度で回収する上で好ましい。一旦回収した有価金属を強酸等に溶解し、苛性アルカリ、リン酸、硫化水素等の沈殿剤を導入するさらにまた別の分離工程によって、回収物を構成する各金属元素を単離することもできる。
【0062】
尚、沈殿物を分離した後の液(抽出液残分)は、次の別ロットの抽出工程に、再び使用することもできる。この際、水酸化カルシウム水溶液等を加えて残存するシュウ酸イオンや炭酸イオンを除去し、さらに塩酸等の酸を加えてpHを調整した上で再利用することが好ましい。尚、回収対象とする電池の種類によっては、抽出液残分中にアルミニウム等の金属成分が残存することがある。こうした場合、抽出残液に例えば苛性アルカリ水溶液を導入し、水酸化アルミニウム等として沈殿させて除去してもよい。より好ましくは、抽出液残分を硫酸又は塩酸で中和した後、エタノールやTHF等の親水性有機溶媒と混合して、残存するナトリウム等の金属成分を硫酸塩や塩酸塩として沈殿させる。その後、上澄み液や濾液から有機溶媒を除去することにより、元の組成に近い深共晶溶媒を得ることができる。
【0063】
≪金属成分回収物≫
上記のようにして回収された金属成分は、一般にシュウ酸塩及び/又は炭酸塩から主としてなる。例えばコバルト酸リチウムを正極活性剤とするリチウムイオン二次電池の正極部材から回収された金属成分は、純度の高いシュウ酸コバルト及び/又は炭酸コバルトであるため、そのままの形で正極活物質を始めとする電池材料や電子材料等の原料として使用し得る。本発明はまた、上記金属回収方法により得られる金属成分回収物及び金属成分含有原料をも包含する。
【0064】
ここで、回収された金属の種類及び含有率は、例えば上記したXRF、EDX、XPS、ICP-MS、ICP-OES等の機器分析や化学分析の手法によって測定することができる。特にEDXの手法によれば、電子顕微鏡(SEM)観察を行いながら回収物の各粒子の元素組成について分析することも可能である。
【0065】
尚、電極部材の種類によっては、回収物が複数種の遷移金属や重金属の化合物を含有する場合もある。こうした回収物も目的によってはそのまま金属成分含有原料として使用し得るが、慣用の分離処理によって各構成金属成分へと分離して用いてもよい。例えば金属成分としてコバルト、ニッケル、及びマンガンを含有する回収物であれば、硫酸に溶解して乾固させた後、エタノールで抽出することによって専らマンガンを、次いでメタノールで抽出することによって専らコバルトを、それぞれ硫酸塩の溶液として単離することができる。市販の金属抽出液を用いて分離してもよい。これら分離物のアルコール溶液や水溶液にシュウ酸(塩)や炭酸塩を導入し、再沈殿させることによって精製することも可能である。
【0066】
≪リチウムの回収≫
適用対象がリチウム一次電池やリチウムイオン二次電池等のリチウムイオン電池やその部材、特に電極材料を含む場合、上記分離工程後の抽出液残分にはリチウムイオンが溶存しており、この液からリチウムを回収することが可能である。本発明はまた、分離工程の後に、上記の抽出液から沈殿物を分離して得られた液よりリチウムを回収する工程をさらに含む金属回収方法、並びに該方法で得られるリチウム含有原料をも包含する。本実施形態では抽出工程で深共晶溶媒という抽出能力の高い溶媒を用いるため、リチウムイオン電池やその部材から、リチウムを高い収率で回収することができる。
【0067】
抽出液残分からのリチウム回収方法に特に制限はなく、例えば抽出液残分を加熱して水及び有機物を揮発又は分解させる、乾式法を用いてもよい。本実施形態の金属回収法によれば、分離工程において水銀等の重金属が回収除去されているので、加熱時の金属成分揮散によって環境を汚染するおそれが少ない。ここで、適用対象とする電池の種類によっては、抽出液残分中にアルミニウム、さらにはヒ素等が混在する可能性も考えられるが、これらは上記したような苛性アルカリや硫化水素を用いる別の分離工程によって除去しておけばよい。
【0068】
乾式法により得られた固体を、例えば一旦塩酸等に溶解して再び乾固し、次いでエタノール、エーテル、クロロホルム等、特にエタノール/エーテル混合溶媒で抽出することにより、リチウムをナトリウムやカリウムと分別して単離することができる。尚、リチウムは上記したようなXRFやEDXでは分析することができないが、XPS、ICP-MS、ICP-OES、イオンクロマトグラフィー、さらにはNMR等によって分析することが可能である。
【0069】
一方で湿式法によりリチウムを回収すると、乾式法に比べて純度の高い回収物を、より簡便に得ることができる。リチウムもフッ化物、リン酸塩、炭酸塩、長鎖脂肪酸塩等は水中で沈殿を生じ得るため、湿式法による回収が可能である。例えば前記分離工程で沈殿剤としてシュウ酸(塩)を用いた抽出液残分に、可溶性炭酸塩を加えて炭酸リチウムとして回収することもできる。乾式法により得られた回収物を一旦水等に溶解し、湿式法によって精製してもよい。
【0070】
より好ましくは、沈殿剤としてリン酸及び/又はその可溶性塩を使用する。リン酸リチウムの水への溶解度は約9mg/100gと小であるため、抽出したリチウム成分の殆どを沈殿物として回収することができる。リン酸(塩)沈殿剤の導入による沈殿操作及びその後の分離操作の方法に特に制限はなく、上記した分離工程と同様の方法及び条件で行うことができる。例えば、濃度0.1~10モル/L前後のリン酸(塩)水溶液を抽出液残分に添加し、生じた沈殿を濾別、洗浄、乾燥すればよい。ここで、抽出液残分のpHに応じてリン酸とリン酸ナトリウム及びリン酸水素ナトリウム等のリン酸塩とを使い分け、任意的に酸及び/又は塩基を添加して、pHが4~10、特に5~9程度となる条件で沈殿させることが好ましい。所望により、加温等の養生操作を行ってもよい。
【0071】
尚、湿式法によるリチウム回収は分離工程前の抽出液についても行うことができるが、回収物の純度及び操作の簡便性の点で、抽出液残分から回収するのが有利である。抽出液残分では遷移金属及び重金属、さらにはカルシウム及びバリウム等の金属成分の殆どが分離工程で除去されている上、分離工程で添加した塩基性物質に含まれるナトリウム、カリウム、アンモニウム等のリン酸塩はいずれも溶解度が大であるため、リチウムのみを例えばリン酸塩として高い純度で回収することが可能である。また、本発明では抽出工程で溶解性に優れる深共晶溶媒を使用するため、リチウムイオン電池やその部材からのリチウム回収も、高い収率で行うことができる。このように、本発明の金属回収方法によれば、電池及び/又はその部材から、各種の金属成分を高い純度で効率よく回収することが可能である。
【実施例0072】
以下、本発明を、実施例に基づきより具体的に説明する。尚、これらの実施例は、本明細書に開示され、また添付の請求の範囲に記載された、本発明の概念及び範囲の理解を、より容易なものとする上で、特定の態様及び実施形態の例示の目的のためにのみ記載するのであって、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0073】
[実施例1]
適用対象試料としてリチウムイオン二次電池から取り出してきたブラックマス(BM)粉末を、深共晶溶媒として乳酸とベタイン(トリメチルグリシン)のモル比2:1混合物を、それぞれ使用して有価金属の回収を試みた。1gのBM粉末を9gの深共晶溶媒中に浸漬し、80~90℃にて1晩(約12時間)静置したところ、BM粉末の見かけはそのままであったが、溶液が青緑色に変色していた。この溶液をフィルターで濾過して、次の分離工程に進んだ。
【0074】
得られた溶液を5g採取し(カルボキシ基量:33.6mmol)、これを60mlの精製水中に、0.2gのシュウ酸及び5mlの30質量%NaOH水溶液(比重:1.33、NaOH量:49.9mmol)と共に添加し、混合したところ、沈殿が生成した。沈殿を濾過、水洗後、80℃で約12時間乾燥させ、次いでフィルター上の沈殿物について電子顕微鏡下でEDX分析を行った。沈殿物及び適用対象としたBM粉末のEDXスペクトルを、それぞれ図1及び図2に示す。
【0075】
沈殿物からはシュウ酸根由来の炭素及び酸素、分離工程で用いたナトリウム、並びにフィルター由来のケイ素及びカルシウムと共に、ニッケルが23質量%、コバルトが8質量%、マンガンが12質量%検出された(図1)。尚、BM粉末からはニッケルが31質量%、コバルトが10質量%、マンガンが15質量%検出された(図2)。沈殿物中のNi:Co:Mn質量比は約6:2:3でBM粉末における比率とほぼ同一であり、遷移金属成分が殆どそのままの状態で抽出及び沈殿回収できたことが確認された。
【0076】
[実施例2]
適用対象試料としてリチウムイオン二次電池における汎用正極材料であるNCM111(LiNi1/3Co1/3Mn1/3)粉末を、深共晶溶媒としてクエン酸一水和物と塩化コリンとのモル比1:1混合物を使用し、実施例1と同様の操作を行った。1gのNCM111粉末を30gの深共晶溶媒中に浸漬し、80~90℃にて1晩(約12時間)静置したところ、溶液が青緑色に変色していた。この溶液をフィルターで濾過した後、10gを採取し(カルボキシ基量:85.8mmol)、30mlの精製水で希釈した。本実施例で用いた深共晶溶媒は粘度が高いため、抽出液は希釈して「希釈抽出液」とした上で、次の分離工程に進んだ。
【0077】
上記の希釈抽出液全40gを、50mlの精製水中に、0.5gのシュウ酸及び10mlの30質量%NaOH水溶液(NaOH量:99.8mmol)と共に添加し、混合したところ、沈殿が生成した。得られた沈殿を実施例1と同様にして濾過、水洗、乾燥し、EDX分析を行ったところ、ニッケルが13質量%、コバルトが9質量%、マンガンが13質量%検出された。実施例1と同様、遷移金属成分が抽出された後に沈殿として回収できたことが確認された。
【0078】
[比較例1]
実施例2と同様の操作で得られた希釈抽出液40gを、30mlの精製水中に、0.2gのシュウ酸及び2mlの30質量%NaOH水溶液(NaOH量:20.0mmol)と共に添加し、混合した。混合後に静置しても、沈殿の生成は観察されなかった。共存する塩基性物質のモル量が、深共晶溶媒中のカルボキシ基モル量より少ない条件では、沈殿剤を導入しても遷移金属成分が沈殿しないことが明らかとなった。
【0079】
[比較例2]
実施例2と同様の操作で得られた希釈抽出液40gを、50mlの精製水中に、0.5gのシュウ酸及び4mlの30質量%NaOH水溶液(NaOH量:39.9mmol)と共に添加し、混合した。混合後に静置しても、沈殿の生成は観察されなかった。
【0080】
[実施例3]
適用対象試料として実施例1で用いたのと同じBM粉末を、深共晶溶媒としてギ酸と塩化コリンのモル比2:1混合物を、それぞれ使用して有価金属の回収を試みた。1gのBM粉末を30gの深共晶溶媒中に浸漬し、80~90℃で約12時間静置した。攪拌及び静置後の上澄み液(抽出液)を10g採取し(カルボキシ基量:86.4mmol)、30mlの精製水で希釈して希釈抽出液を調製した。
【0081】
上記の希釈抽出液全40gを、50mlの精製水中に、0.2gのシュウ酸及び20mlの28質量%アンモニア水(比重:0.90、アンモニア量:296mmol)と共に添加し、混合したところ、沈殿が生成した。得られた沈殿を実施例1と同様にして濾過、水洗、乾燥し、EDX分析を行ったところ、コバルトとマンガンとが、約2:3の質量比で検出された。実施例1と同様、BM中のコバルト成分とマンガン成分を、回収前の粉末とほぼ同一の比率で、固体として回収することができた。一方、沈殿物からはニッケルは検出されなかった。シュウ酸ニッケルはアンモニア水に易溶であるため、本実施例においては分離工程でニッケル成分が沈殿しなかったと考えられる。このように、本発明の金属回収方法においては、分離工程の条件を調整し、特定の金属成分のみを選択的に回収することも可能である。
【0082】
[実施例4]
実施例3と同様の操作で得られた希釈抽出液40gを、100mlの精製水中に、0.5gのシュウ酸及び30mlの28質量%アンモニア水(アンモニア量:445mmol)と共に添加し、混合したところ、実施例3と同様に沈殿が生成した。
【0083】
実施例1~4及び比較例1~2の試験条件及び結果の一部を、表2にまとめて示す。
【0084】
【表2】
【0085】
実施例1~4より、抽出工程での溶媒として、特定のカルボン酸を成分とする深共晶溶媒を使用し、かつ分離工程で特定量の塩基性物質の共存下、シュウ酸を導入する簡便な方法によって、コバルトを始めとする有価金属を電池(部材)から固体の形で回収できることが実証された。また、比較例1及び2より、分離工程においては、共存する塩基性物質のモル量を、深共晶溶媒中の全カルボキシ基モル量以上とする必要のあることが明らかとなった。さらに、実施例1では、本発明の金属回収方法によって遷移金属成分がそのままの状態で抽出され得ることが示された。また、実施例3では、ニッケル、コバルト、及びマンガンを含有するBMから、コバルトとマンガンのみが選択的に回収された。こうした点に鑑み、本発明の効果は顕著である。
図1
図2