(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024103145
(43)【公開日】2024-08-01
(54)【発明の名称】防霜性物品
(51)【国際特許分類】
C09K 3/18 20060101AFI20240725BHJP
【FI】
C09K3/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023007323
(22)【出願日】2023-01-20
(71)【出願人】
【識別番号】000232542
【氏名又は名称】日本特殊塗料株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002505
【氏名又は名称】弁理士法人航栄事務所
(72)【発明者】
【氏名】加藤 歩並
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 智也
【テーマコード(参考)】
4H020
【Fターム(参考)】
4H020AB01
4H020BA32
(57)【要約】
【課題】オイルの保持力に優れる防霜性物品を提供する。
【解決手段】基材と、前記基材の表面に共有結合により結合してなる潤滑オイル層とを含む、防霜性物品。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の表面に共有結合により結合してなる潤滑オイル層とを含む、防霜性物品。
【請求項2】
前記基材の表面が平滑である、請求項1に記載の防霜性物品。
【請求項3】
前記基材が無機基材である、請求項1又は2に記載の防霜性物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、防霜性物品に関する。
【背景技術】
【0002】
物品の表面に防霜性を付与する技術は、熱交換器のアルミニウムフィンや送電線、太陽光パネルなど幅広い分野での応用が期待されている。防霜表面技術の代表的な作製技術として、SLIPS(Slippery Liquid Infused Porous Surface)が知られている。
例えば、特許文献1には、多孔質の表面に潤滑性液体を保持する方法とその防霜効果について記載されている。
また、特許文献2には、ナノポアを有する酸化アルミニウム膜に、フッ素含有有機リン酸化合物の単分子層を有し、さらにこの単分子層の上にフッ素含有油の被覆層を有する着雪抑制に用いるためのアルミニウム複合材が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第6619403号公報
【特許文献2】特開2019-85597号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、SLIPSは多孔質表面の孔に潤滑オイルを充填して形成されており、孔表面は潤滑オイルとの親和性を高めるための表面処理が施しているものの、水圧などの外部刺激により潤滑オイルが流出してしまい、滑水性が低下してしまうため、防霜性が持続しないという問題がある。また、SLIPSの多孔質構造の形成には特殊な加工が必要であり、平滑な表面と比較して脆弱であるといった欠点を有する。
【0005】
本発明の課題は、オイルの保持力に優れる防霜性物品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、以下の構成により上記課題を解決できることを見出した。
【0007】
(1)
基材と、前記基材の表面に共有結合により結合してなる潤滑オイル層とを含む、防霜性物品。
(2)
前記基材の表面が平滑である、(1)に記載の防霜性物品。
(3)
前記基材が無機基材である、(1)又は(2)に記載の防霜性物品。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、オイルの保持力に優れる防霜性物品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施例1及び比較例1の着霜・除霜試験結果の写真である。
【
図3】除霜後の各試験板表面の水滴付着量を測定した結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明について説明する。以下の実施形態における各構成及びそれらの組み合わせは例であり、本発明は実施形態によって限定されることはない。
本明細書において、「~」とはその前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0011】
[防霜性物品]
本発明の防霜性物品は、基材と、前記基材の表面に共有結合により結合してなる潤滑オイル層とを含む、防霜性物品である。
【0012】
(基材)
基材は特に限定されないが、例えば、金属やガラスなどの無機基材が好ましい。
本発明の防霜性物品の表面粗さは、その滑水性と除霜性に影響し、平滑であるほど性能は向上する。また、潤滑オイルの単分子層により形成されるため、基材の表面粗さが防霜性物品の表面粗さに大きく影響することから、使用する基材の表面は平滑であることが好ましい。
基材表面の平滑性を向上させることや、潤滑オイルの結合を促進することを目的として、テトラアルコキシシランやポリシラザン等のプライマー層を本発明の潤滑オイル層と基材の間に設けることもできる。
【0013】
(潤滑オイル層)
潤滑オイル層は、基材の表面に共有結合により結合してなる。潤滑オイル層は、シリコーン化合物またはフッ素化合物を含有する反応性潤滑オイルであることが好ましい。各化合物はその構造中に反応性基を有しており、さらには分子構造の片末端のみに反応性基を有していることが好ましい。反応性基としては、例えば、エポキシ基、アルコキシシリル基、カルボキシル基、アミノ基、メタクリル基等が挙げられる。シリコーン化合物を含有する反応性潤滑オイルとしては、X-22-173-BX、X-22-173DX、X-22-3710、X-22-170BX、X-22-170DX、X-22-176DX、X-22-176GX-A、X-22-174DX、X-22-2426、X-22-2404(信越化学工業株式会社)、フッ素化合物を含有する反応性潤滑オイルとしては、KrytoxTM157FSL、KrytoxTM157FSM、KrytoxTM157FSH(Krytox)などが使用可能である。
潤滑オイル層は、基材を反応性潤滑オイル溶液中に浸漬したり、スピンコーターや刷毛、スプレー等で基材表面に塗布したりすることで得ることができる。その後、加熱処理することにより、反応性潤滑オイルと基材表面の共有結合反応を促進させることができる。また、塗布方法によっては過剰分の反応性潤滑オイルが基材表面に付着し、未反応の反応性潤滑オイルが残存することにより、滑水性の低下を誘発する可能性があるため、反応性潤滑オイルが可溶な溶媒で表面を数回洗浄することで、単分子層で形成された潤滑オイル層を得ることができる。
反応性潤滑オイルに導入されている反応性基が無機基材表面やプライマー層の表面の官能基と反応性をもたない場合、予め反応性潤滑オイルとシランカップリング剤等を反応させることにより、反応性潤滑オイルを基材表面へ共有結合させることができるようになる。シランカップリング剤としては、KBM-303、KBM-402、KBM-403、KBE-402、KBE-403、KBM-602、KBM-603、KBM-903、KBE-903、KBE-9007N(信越化学工業株式会社)などが使用可能である。
潤滑オイル層は、紫外線吸収剤、酸化防止剤等の添加剤を含むこともできる。
【実施例0014】
以下に実施例に基づいて本発明を更に詳細に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、及び処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更できる。
【0015】
<実施例1>
反応性潤滑オイルとして片末端にエポキシ基をもつシリコーン化合物X-22-173BXおよびX-22-173DX(信越化学工業)とアミノ基をもつシランカップリング剤KBM-603(信越化学工業)をイソプロピルアルコール中に混合し、エポキシ基とアミノ基の反応の触媒として、2,4,6-トリス(ジメチルアミノメチル)フェノールを添加した後、室温下で4時間撹拌し、シリコーン化合物のエポキシ基とKBM-603のアミノ基を反応させた。次に、酢酸と水を添加し、室温下で16時間撹拌することによりKBM-603のメトキシシリル基を加水分解したものをそれぞれ塗布液A及びBとした。
【0016】
(塗布液Aの組成)
イソプロピルアルコール 96.65g
X-22-173BX 2.50g
KBM-603 0.15g
2,4,6-トリス(ジメチルアミノメチル)フェノール 0.10g
酢酸 0.50g
水 0.10g
【0017】
(塗布液Bの組成)
イソプロピルアルコール 94.55g
X-22-173DX 4.60g
KBM-603 0.15g
2,4,6-トリス(ジメチルアミノメチル)フェノール 0.10g
酢酸 0.50g
水 0.10g
【0018】
アルカリ洗浄剤により表面洗浄した厚み0.5mmのアルミニウムA1050基材の全面に塗布液A及びBを滴下し、800rpmで10秒間の条件でスピンコーターし、風乾後、130℃で30分間加熱した。その後、イソプロピルアルコールで基材表面を数回洗浄し、実施例1の試料を作製した。
【0019】
<比較例1>
アルカリ洗浄剤により表面洗浄した厚み0.5mmのアルミニウムA1050基材を比較例1として使用した。
【0020】
<比較例2>
厚み0.5mmのアルミニウムA1050基材に対して、0.3mol/L硫酸水溶液中で、22Vで35分間、陽極酸化処理を行い、その後、希クロメート溶液中で封孔処理することにより、アルミニウム基材の表面に陽極酸化皮膜からなる多孔質膜を形成した。多孔質膜は、約100nmのサイズの孔を多数有していた。
次に、多孔質膜を有するアルミニウム基材を、簡易オートクレーブ内にトリエトキシ-1H,1H,2H,2H-ヘプタデカフルオロデシルシラン(Triethoxy-1H,1H,2H,2H-heptadecafluorodecylsilane)とともに入れ、80℃で約16時間蒸着させることで、多孔質膜上に撥水性膜を形成した。
更に、上記撥水性膜に、潤滑オイルであるGPLオイル101を塗布することで、潤滑オイル層を保持させ、過剰量のオイルはエアスプレーで除去し、SLIPS表面を形成した。潤滑オイルの保持量は約0.8mg/cm2であった。
このようにして、比較例2の試料を作製した。
【0021】
(水接触角の測定)
自動接触角計DMS-601(協和界面科学株式会社)を使用し、作製した試料表面の水接触角測定を実施した。測定時の水滴量は2μLとした。
【0022】
(水滴滑落角の測定)
水接触角の測定と同様の装置を使用し、20μLの水滴に対する滑落角を測定した。
試料面を水平な状態から徐々に傾斜させ、水滴が滑落し始めるときの傾斜角を滑落角とし、試料面を垂直まで傾斜させた際、水滴が計測カメラ内に残留している場合、滑落角の結果は「×」とした。
【0023】
(耐汚染性試験)
一般財団法人土木研究センターが制定した防汚材料評価促進試験方法Iに則り、耐汚染性試験を行い、その前後での水滴滑落角を比較することにより潤滑オイルの保持性を評価した。耐汚染性試験の手順としては、イオン交換水に5重量%のカーボンブラックを懸濁させた溶液を作製し、懸濁液を試験板にスプレーで均一に塗付した。60℃で1時間を乾燥後、室温まで放冷した試験板表面に対して流水で汚れ物質が落ちなくなるまで洗浄した。
試験後、比較例2では、完全に滑水性が消失していた。これは、懸濁液を試験板にスプレー塗装する際や流水洗浄の際に、多孔質表面中に保持されていた潤滑オイルが流出してしまったためであると考えられる。一方、実施例1では滑落角の上昇はみられたものの、滑水性能は維持されていたことから、潤滑オイルを共有結合させたことにより、オイル保持力が向上したものと考えられる。
【0024】
【0025】
(着霜・除霜試験)
恒湿恒温槽内に、実施例1及び比較例1の試料を、垂直に設置した冷却装置表面に固定した。また、各試料は2.5×7.5cmの大きさのものを使用した。恒湿恒温槽内は、10℃、相対湿度90%RHに設定した。
あらかじめ25℃に設定した冷却装置に各試料を設置した後、冷却装置で各試料の表面を-10℃にし、20分間、試料表面の温度を-10℃に保った。ここで、試料表面を目視で観察し、着霜を評価したところ、試料が全面着霜までの時間において、実施例1は約11分、比較例1は約5分であった。
続いて、試料表面の温度を-10℃から1℃まで、2℃/分の速度で上昇させ、3分間、試料表面の温度を1℃に保った。ここで、試料表面を目視で観察し、除霜性を評価したところ、実施例1では比較的大きな水滴は滑落により表面上から除去されたのに対し、比較例1では表面に残留する結果であった。
図1に実施例1及び比較例1の着霜・除霜試験結果の写真を示す。各写真はそれぞれの温度及び時間におけるものである。各写真において右側が実施例1の試料であり、左側が比較例1の試料である。
【0026】
(平滑性の評価)
表面の算術平均面粗さが異なるアルミニウム板を用いて、実施例1と同様の手法で試験板を作製し、表面粗さと滑水性の相関を調査した。アルミニウム板の平均表面粗さRaは、それぞれ0.02μm、0.05μm、0.1μm、0.3~0.8μm(グラフ中には0.3μmとして記載)の4種類を用い、各アルミニウム板に塗布液AおよびBを塗布し、水滴滑落角を測定した。
図2は表面粗さと滑落角のグラフである。
図2に示すように、表面粗さの増大に伴い滑落角も上昇する結果となった。また、分子量約4600のX-22-173DX(塗布液B)よりも、分子量約2500のX-22-173BX(塗布液A)でその傾向は顕著であった。したがって、表面粗さは滑水性の低下を誘発し、分子量の大きい潤滑オイルを使用することにより、表面粗さによる滑水性の低下を抑制することが分かった。
【0027】
つぎに、塗布液Aの試験板を用いて着霜・除霜試験をおこなったところ、着霜性に差はみられなかった。また、除霜試験においては、全ての試験板で除霜後に水滴が滑落する様子はみられたものの、表面粗さが0.3~0.8μmの試験板では水滴付着量が大幅に増加していた。したがって、表面粗さが大きい表面では、表面凹凸に結露水や霜が入り込んで付着し、除霜後に流れ落ちにくくなっているのではないかと考えられる。
図3に除霜後の各試験板表面の水滴付着量を測定した結果を示す。
【0028】
以上のことから、本発明に用いられる基材は、滑水性及び除霜性の理由から平滑であることが求められ、平均表面粗さは0.1μm以下が好ましい。また、X-22-173DX(塗布液B)の使用により、表面粗さによる性能低下が抑制されたことから、分子量は4600以上あることが好ましい。