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特開2024-103375in vitro口唇モデル及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024103375
(43)【公開日】2024-08-01
(54)【発明の名称】in vitro口唇モデル及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20240725BHJP
【FI】
C12N5/071
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023007663
(22)【出願日】2023-01-20
(71)【出願人】
【識別番号】000145862
【氏名又は名称】株式会社コーセー
(71)【出願人】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100174001
【弁理士】
【氏名又は名称】結城 仁美
(72)【発明者】
【氏名】小林 エリ
(72)【発明者】
【氏名】中矢 恵理子
(72)【発明者】
【氏名】成 英次
(72)【発明者】
【氏名】泉 健次
(72)【発明者】
【氏名】干川 絵美
(72)【発明者】
【氏名】小林 亮太
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AA93X
4B065BC42
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】口唇モデルを製造する新たな技術を提供する。
【解決手段】少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び少なくとも一種の皮膚角化細胞を含むとともに、ヒト由来培養基質を非含有である、in vitro口唇モデルである。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び少なくとも一種の皮膚角化細胞を含むとともに、ヒト由来培養基質を非含有である、in vitro口唇モデル。
【請求項2】
前記少なくとも一種の粘膜上皮細胞として口腔粘膜上皮細胞を含み、且つ、前記少なくとも一種の皮膚角化細胞として表皮角化細胞を含む、請求項1に記載のin vitro口唇モデル。
【請求項3】
前記in vitro口唇モデルがシート状であり、シート面内の少なくとも一部の帯状領域が、前記少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び前記少なくとも一種の皮膚角化細胞が混在する口唇相当領域である、請求項1に記載のin vitro口唇モデル。
【請求項4】
前記帯状領域の幅が、1.0mm以上10.0mm以下である、請求項3に記載のin vitro口唇モデル。
【請求項5】
前記in vitro口唇モデルが複数のポアを備えるシート状の培養基材Aを含み、
前記少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び前記少なくとも一種の皮膚角化細胞が、前記培養基材Aの片面上に配置されてなり、
前記培養基材Aのポアサイズが0.1μm以上2.0μm以下である、
請求項1に記載のin vitro口唇モデル。
【請求項6】
前記in vitro口唇モデルが複数のポアを備えるシート状の培養基材Aを含み、
前記培養基材Aが少なくとも一方の面上にコーティング層を有し、
前記少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び前記少なくとも一種の皮膚角化細胞が、前記培養基材Aの前記コーティング層上に配置されてなる、
請求項1~5の何れかに記載のin vitro口唇モデル。
【請求項7】
ヒト由来培養基質を用いることなく、少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び少なくとも一種の皮膚角化細胞を用いて、in vitro口唇モデルを製造する、in vitro口唇モデルの製造方法。
【請求項8】
培養基材A上に、前記少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び前記少なくとも一種の皮膚角化細胞を、前記培養基材A上にて帯状領域を区画するバリアを隔てて播種する播種ステップ、及び、
前記バリアを除去し、前記帯状領域に前記少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び前記少なくとも一種の皮膚角化細胞をマイグレーションさせつつ培養する培養ステップ
を含む、請求項7に記載のin vitro口唇モデルの製造方法。
【請求項9】
前記帯状領域の幅が、1.0mm以上10.0mm以下である、請求項8に記載のin vitro口唇モデルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、in vitro口唇モデル及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生物学分野、医学分野、及びその他の産業分野等において、細胞培養技術が導入されてきた。導入当初は、二次元的に細胞を培養する二次元細胞培養技術が実践されていたが、より生体内(in vivo)の環境に近い状態で培養して高精度なモデルを構築すべく、三次元細胞培養技術が検討されるようになった。三次元細胞培養技術によれば、二次元細胞培養技術よりも生理学的環境に近い条件で細胞モデルを培養することができる。その結果、例えば、ある現象の改善に有益な作用を奏する可能性がある候補成分をスクリーニングする目的において、三次元細胞培養技術により得た細胞モデルを用いた試験を行った場合、二次元細胞培養技術により得られる試験結果よりも正確な試験結果を得ることができる。
【0003】
人体組織の中でも、口唇は皮膚から粘膜へと移行する特殊な器官である。例えば、唇用化粧料の試験をする場合には、上市されている表皮モデル等によっては、高精度の試験結果を得ることが難しかった。そこで、高精度の試験結果が得られる口唇モデルが必要とされてきた。従来、口唇組織の三次元細胞培養に関しては、主に組織再建などの医療用途での使用を視野に入れた試みがなされてきた(例えば、非特許文献1及び2参照)。これらの非特許文献1及び2では、口唇組織の培養に際してヒト由来培養基質が用いられていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Tissue Eng Part C Methods. 2012 Apr;18(4):273-82.
【非特許文献2】J Oral Maxillofac Surg. 2016 Nov;74(11):2317-2326.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、ヒト由来培養基質を用いた組織培養技術は、倫理的観点及び製造コストの観点から汎用性が不十分であった。そこで、本願発明は、口唇モデルを製造する新たな技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記課題を有利に解決することを目的とするものであり、〔1〕本発明の一態様に従うin vitro口唇モデルは、少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び少なくとも一種の皮膚角化細胞を含むとともに、ヒト由来培養基質を非含有であることを特徴とする。
【0007】
〔2〕上記〔1〕に記載したin vitro口唇モデルが、前記少なくとも一種の粘膜上皮細胞として口腔粘膜上皮細胞を含み、且つ、前記少なくとも一種の皮膚角化細胞として表皮角化細胞を含むことが好ましい。
【0008】
〔3〕上記〔1〕又は〔2〕に記載したin vitro口唇モデルが、シート状であり、シート面内の少なくとも一部の帯状領域が、前記少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び前記少なくとも一種の皮膚角化細胞が混在する口唇相当領域であることが好ましい。
【0009】
〔4〕上記〔3〕に記載のin vitro口唇モデルにおいて、前記帯状領域の幅が、1.0mm以上10.0mm以下であることが好ましい。
【0010】
〔5〕上記〔1〕~〔4〕の何れかに記載のin vitro口唇モデルが、複数のポアを備えるシート状の培養基材Aを含み、前記少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び前記少なくとも一種の皮膚角化細胞が、前記培養基材Aの片面上に配置されてなり、前記培養基材Aのポアサイズが0.1μm以上2.0μm以下であることが好ましい。
【0011】
〔6〕上記〔1〕~〔5〕の何れかに記載のin vitro口唇モデルが、複数のポアを備えるシート状の培養基材Aを含み、前記培養基材Aが少なくとも一方の面上にコーティング層を有し、前記少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び前記少なくとも一種の皮膚角化細胞が、前記培養基材Aの前記コーティング層上に配置されてなることが好ましい。
【0012】
〔7〕上記課題を有利に解決することができる、本発明の一態様に従うin vitro口唇モデルの製造方法では、ヒト由来培養基質を用いることなく、少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び少なくとも一種の皮膚角化細胞を用いて、in vitro口唇モデルを製造することを特徴とする。
【0013】
〔8〕上記〔7〕に記載のin vitro口唇モデルの製造方法が、培養基材A上に、前記少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び前記少なくとも一種の皮膚角化細胞を、前記培養基材A上にて帯状領域を区画するバリアを隔てて播種する播種ステップ、及び、前記バリアを除去し、前記帯状領域に前記少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び前記少なくとも一種の皮膚角化細胞をマイグレーションさせつつ培養する培養ステップを含むことが好ましい。
【0014】
〔9〕上記〔8〕に記載のin vitro口唇モデルの製造方法において、前記帯状領域の幅が、1.0mm以上10.0mm以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、口唇モデルを製造する新たな技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】in vitro口唇モデルについてCK2e抗体陽性部位及びSPRR3抗体陽性部位の双方が表示された蛍光顕微鏡画像である。
図2】in vitro口唇モデルについてCK2e抗体陽性であった部位を強調表示した蛍光顕微鏡画像である。
図3】in vitro口唇モデルについてSPRR3抗体陽性であった部位を強調表示した蛍光顕微鏡画像である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。本発明のin vitro口唇モデルは、本発明の製造方法に従って効率的に製造することができる。また、本発明のin vitro口唇モデルは、特に限定されることなく、例えば、生物学分野、医学分野、及びその他の産業分野等において広く用いられることができる。より具体的には、唇用化粧料に配合する有効成分のスクリーニング試験等に好適に用いることができる。
【0018】
(in vitro口唇モデル)
本発明の一態様にかかるin vitro口唇モデルは、少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び少なくとも一種の皮膚角化細胞を含むとともに、ヒト由来培養基質を非含有であることを特徴とする。ヒト由来培養基質を非含有であるin vitro口唇モデルは倫理的観点及び製造コストの観点から汎用性に優れており、様々な用途に好適に用いることができる。
【0019】
少なくとも一種の粘膜上皮細胞としては特に限定されることなく、口腔、腸、食道、及び胃などの粘膜上皮細胞が挙げられる。中でも、実際の口唇に挙動が近いより良好なin vitro口唇モデルを製造する観点からは、少なくとも一種の粘膜上皮細胞として口腔粘膜上皮細胞を用いることが好ましい。また、粘膜上皮細胞は、上記のうちから一種又は複数種を用いてもよいが、より良好な口唇モデルを製造する観点からは、一種の粘膜上皮細胞を用いることがより好ましい。
【0020】
少なくとも一種の皮膚角化細胞としては、表皮角化細胞、毛包角化細胞、及び爪角化細胞を挙げることができる。中でも、より良好なin vitro口唇モデルを製造する観点からは、少なくとも一種の皮膚角化細胞として表皮角化細胞を用いることが好ましい。皮膚角化細胞としては、上記のうちから一種又は複数種を用いてもよいが、より良好な口唇モデルを製造する観点からは、一種の皮膚角化細胞を用いることが好ましい。
【0021】
また、in vitro口唇モデルは、シート状であることが好ましい。そして、シート状のin vitro口唇モデルの、シート面内の少なくとも一部に帯状領域が存在し、かかる帯状領域において、上述した少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び少なくとも一種の皮膚角化細胞が混在しており、口唇相当領域を形成していることが好ましい。少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び少なくとも一種の皮膚角化細胞が混在する口唇相当領域は、実際の口唇に挙動が近く、in vitro口唇モデルとして良好に使用することができる。なお、シート状のin vitro口唇モデルにおいては、種々の細胞は一層の細胞配置をなす二次元的な態様ではなく、三次元的に重層した態様で存在しうる。また、帯状領域とは、幅方向及び長手方向に広がる「帯」状の領域である。
【0022】
ここで、帯状領域の幅は、1.0mm以上が好ましく、2.0mm以上がより好ましく、2.5mm以上が更に好ましく、10.0mm以下が好ましく、6.0mm以下がより好ましく、5.0mm以下がより好ましく、3.5mm以下が更に好ましい。帯状領域の幅が上記下限値以上であれば、実際の口唇に挙動が近いより良好なin vitro口唇モデルとなりうる。また、帯状領域の幅が上記上限値以下であれば、口唇モデルの製造のための培養に要する時間が過度に長くなることを抑制して、状態の良好なin vitro口唇モデルとなりうる。
【0023】
さらに、in vitro口唇モデルが複数のポアを備えるシート状の培養基材Aを含むことが好ましい。複数のポアを備えるシート状の培養基材Aを含むin vitro口唇モデルは、すなわち、生理学的環境に近い条件に従う培養技術である三次元細胞培養技術を用いて製造されたことを意味し、実際の口唇に挙動が近い良好な口唇モデルでありうる。さらに、シート状の培養基材Aを含むin vitro口唇モデルには、取り扱いし易く且つ、口唇モデルの上下位置を確認し易いなどの利点もある。ここで、in vitro口唇モデルが複数のポアを備えるシート状の培養基材Aを含む場合に、上述した少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び少なくとも一種の皮膚角化細胞が、培養基材Aの片面上に配置されうる。
【0024】
複数のポアを備えるシート状の培養基材Aのポアサイズは、0.1μm以上が好ましく、2.0μm以下が好ましく、1.0μm以下がより好ましく、0.5μm以下がさらに好ましい。培養基材Aのポアサイズが上記下限値以上であれば、口唇モデルの培養時における培養液等の透過又は浸透が良好であり、状態の良好な口唇モデルとなりうる。培養液等の透過又は浸透が良好であれば、培養液の透過量が不足することによる重層及び形成不全の発生を抑制することができる。培養基材Aのポアサイズが上記上限値以下であれば、口唇モデルの培養時に、培養基材Aの過大なポア径に起因した細胞のマイグレーションの阻害を抑制することができる。その結果、細胞のマイグレーションの阻害又は遅延により、粘膜上皮細胞及び皮膚角化細胞の形成速度に差が生じてしまい口唇モデルの形成が遅延することを抑制することができる。このように、培養基材Aのポアサイズが上記範囲内であれば、粘膜上皮細胞及び皮膚角化細胞が一層良好に混在する口唇モデルとなりうる。
【0025】
また、培養基材Aのポア密度は、特に限定されないが、1.0×106個/cm2以上であることが好ましく、2.0×106個/cm2以上であることがより好ましい。また、培養基材Aのポア密度の上限は特に限定されないが、例えば、2.0×108個/cm2以下でありうる。ポア密度が上記下限値以上であれば、口唇モデルの培養時における培養液等の透過又は浸透が良好であり、状態の良好な口唇モデルとなりうる。培養液等の透過又は浸透が良好であれば、培養液不足に起因する細胞の増殖不全によるマイグレーションの遅延、培養液不足により細胞分裂が抑制されて、重層化が不足したことに起因するモデル層の菲薄化、並びに、栄養不足及び老廃物蓄積による細胞への毒性の影響を回避又は抑制することができる。
【0026】
また、培養基材Aの材質は特に限定されないがポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、及びセルロース混合エステルなどが挙げられる。また、培養基材Aの表面は表面処理されていてもよい。
【0027】
さらに、上述した培養基材Aは、少なくとも一方の面上にコーティング層を有し、上述した少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び少なくとも一種の皮膚角化細胞が、培養基材Aのコーティング層上に配置されてなることが好ましい。培養基材Aのコーティング層上に粘膜上皮細胞及び皮膚角化細胞が配置されていれば、培養基材Aに対する細胞接着が促進され、細胞接着に要する時間が短縮されることで細胞へのストレスを低減して、分化特性の劣化を抑制することが可能となる。
【0028】
コーティング層の構成材料としては、特に限定されることなく、Collagen Type IV、Laminin 322、及びLaminin 511が挙げられる。中でも、細胞のマイグレーションを促進し状態の良好な口唇モデルとなるため、Collagen Type IVが好ましい。
【0029】
(in vitro口唇モデルの製造方法)
本発明の一態様にかかるin vitro口唇モデルの製造方法は、ヒト由来培養基質を用いることなく、少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び少なくとも一種の皮膚角化細胞を用いて、in vitro口唇モデルを製造することを特徴とする。ヒト由来培養基質を使用しないin vitro口唇モデルの製造方法は倫理的観点及び製造コストの観点から汎用性に優れており、製造されたin vitro口唇モデルは、様々な用途に好適に用いることができる。
【0030】
in vitro口唇モデルの製造方法は、培養基材A上に、少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び少なくとも一種の皮膚角化細胞を、培養基材A上にて帯状領域を区画する仕切りとして機能するバリアを隔てて播種する播種ステップ、及び、バリアを除去し、帯状領域に少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び少なくとも一種の皮膚角化細胞をマイグレーションさせつつ培養する培養ステップを含むことが好ましい。これらのステップを含むin vitro口唇モデルの製造方法によれば、汎用性に優れる良好なin vitro口唇モデルを効率的に製造することができる。さらに、任意で、播種ステップに先立って、培養基材Aの表面上にコーティング液を適用するコーティングステップを実施することが好ましい。なお、培養基材Aとしては、(in vitro口唇モデル)の項目にて上述したものを好適に用いることができる。また、培養基材Aは、所謂カップ型の形状を有するセルカルチャーインサートの底面に備えられうる。かかるセルカルチャーインサートは、複数のウェルを有するウェルプレートに設置された状態で、所望の溶液に対して浸漬することができる。
【0031】
<コーティングステップ>
コーティングステップでは、播種ステップに先立って、培養基材Aの表面上にコーティング液を適用することにより、培養基材Aの表面上にコーティング層を形成する。コーティング層は培養基材Aの片面上に形成する。コーティング層の形成方法は、特に限定されないが、例えば、コーティング液の液滴を培養基材Aの表面上に滴下することによりコーティング層を形成することができる。コーティング液としては、Collagen Type IV、Laminin 322、Laminin 511、Collagen Type I、ポリ-L-リジン、フィブロネクチン、ゼラチン、およびその同等品のうちの何れかを含む溶液を用いることができる。中でも、細胞のマイグレーションを促進し状態の良好な口唇モデルとなるため、Collagen Type IVを含む溶液が好ましい。コーティング液の溶媒としては、特に限定されることなく、水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、HEPES緩衝液、生理食塩水などを挙げることができる。これらは一種単独で、又は複数種を混合して用いることができる。また、コーティング液は、任意成分として、エチレンジアミン四酢酸等を含んでいてもよい。コーティング液におけるコラーゲンなどの有効成分の濃度は特に限定されない。例えば、コーティング液の濃度は、得られるコーティング層における有効成分の単位面積相当量が20ng/cm2以上200ng/cm2以下となる濃度とすることができる。そのようなコーティング液の濃度としては、例えば、0.5μg/mL以上5μg/mL以下の濃度が挙げられる。
【0032】
そして、コーティング液を培養基材Aの表面上に適用した後に、室温(25℃)にてインキュベートし、培養基材Aの表面をコートすることが好ましい。インキュベート時間は、特に限定されることなく、例えば30分以上1日以内でありうる。その後、培養基材Aの表面からコーティング液を除去する。
【0033】
<播種ステップ>
播種ステップにおいては、少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び少なくとも一種の皮膚角化細胞を、培養基材A上にて帯状領域を区画するバリアの仕切りを隔てて播種する。少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び少なくとも一種の皮膚角化細胞としては、(in vitro口唇モデル)の項目にて上述したものを好適に用いることができる。なお、培養基材A上にて帯状領域を区画する仕切りとして機能するバリアは、事前にエタノール等の消毒剤により消毒したものを用いることができる。また、培養ステップに先立って、培養液中で使用する粘膜上皮細胞及び皮膚角化細胞を培養することが好ましい。この際の培養液としては、Thermo Fisher Scientific社製のEpiLife(登録商標)及びKuRaBo社製のHumedia(登録商標) KG2などの既知の培養液を用いることができる。
【0034】
ここで、帯状領域の幅を確定するバリアの仕切り幅は、1.0mm以上が好ましく、2.0mm以上がより好ましく、2.5mm以上が更に好ましく、10.0mm以下が好ましく、6.0mm以下がより好ましく、5.0mm以下がより好ましく、3.5mm以下が更に好ましい。バリアの仕切り幅が上記下限値以上であれば、実際の口唇に挙動が近いより良好なin vitro口唇モデルを形成することが可能となりうる。また、バリアの仕切り幅が上記上限値以下であれば、口唇モデルの製造のための培養に要する時間が過度に長くなることを抑制して、状態の良好なin vitro口唇モデルを形成することが可能となりうる。
【0035】
また、バリアにより仕切られる領域に細胞が入り込むことを防ぐために、圧着を補助するものを用いることができる。用いる素材は特に限定されないが、シリコーンゴム、合成糊、天然ゴム、粘着テープなどを用いて、バリアもしくは培養基材Aの表面を処理することにより、仕切り領域を細胞がない状態に維持することが可能となる。
【0036】
播種方法は特に限定されず、既知の一般的な方法に従うことができる。例えば、少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び少なくとも一種の皮膚角化細胞をそれぞれ、バリアの仕切りの片側ずつに播種する。播種に先立って、培養基材Aに対して培養液を適用することが好ましい。
【0037】
<培養ステップ>
培養ステップでは、バリアを除去し、帯状領域に少なくとも一種の粘膜上皮細胞及び少なくとも一種の皮膚角化細胞をマイグレーションさせつつ培養する。例えば、バリアの除去は、播種から1時間以上24時間以下経過したタイミングで実施することができる。また、培養ステップは培養液の存在下で実施することができる。この際に用いる培養液としては、粘膜上皮細胞及び皮膚角化細胞を培養するために用いる培養液として上記列挙したものを用いることができる。
【0038】
バリアを除去した状態で培養を継続することで、バリアによりそれまで区画されていた空間である帯状領域に粘膜上皮細胞及び皮膚角化細胞がそれぞれマイグレーションしつつ増殖する。そうすると、帯状領域において粘膜上皮細胞及び皮膚角化細胞が混在する状態になる。このようにして、培養ステップにおいては粘膜上皮細胞及び皮膚角化細胞が帯状領域にマイグレーションしつつ増殖することで、in vitro口唇モデルが構築される。培養日数は、10日以上が好ましく、13日以上がより好ましく、20日以下が好ましく、17日以下がより好ましい。培養日数が上記下限値以上であれば、マイグレーションを十分に進行させて良好なin vitro口唇モデルを構築することができる。また、培養日数が上記上限値以下であれば、in vitro口唇モデルを形成する細胞が劣化することを抑制することができ、良好なin vitro口唇モデルを構築することができる。
【0039】
なお、上記工程を経て得られたin vitro口唇モデルは、口述する実施例で立証したように、皮膚角化細胞に多く発現するCytokeratin 2e(CK2e)と、これとは逆に、粘膜上皮細胞に多く発現するSmall Proline Rich Protein 3(SPRR3)とをマーカーとした免疫組織化学的解析により、解析することができる。
【実施例0040】
以下、実施例及び検討例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0041】
(検討例)
―コーティング液の検討―
コーティング液としての、Collagen Type IV、Laminin 322、及びLaminin 511(iMatrix 511)を、それぞれ別の培養基材Aとしてのエアリキッドインサート(ポア密度:1.0×108個/cm2、材質:ポリカーボネート)に対して滴下し、室温で1時間インキュベートし、培養基材Aの片面をコートした。また、コントロールとして、Cell Culture Gradeのプラスチック6ウェルプレートに、培養基材としてのエアリキッドインサートを装着した。各エアリキッドインサートにエタノールで滅菌したバリアを設置した。培養インサート内は、バリアで仕切られた帯状領域と、その両側に広がる各細胞の播種領域とに区分けされた状態となった。一方の播種領域を粘膜上皮細胞播種領域、他方を皮膚角化細胞播種領域と称する。下記実施例1と同様にして準備した各細胞を、各細胞の個数が、各播種領域について3.5×105個相当となるように、培養基材A上(コーティング層のあるものについてはコーティング層上)にそれぞれ播種した。
そして、バリアを除去して、マイグレーションを開始した(1日目)。培養液は全期間を通じてEpilife(Thermo Fisher Scientific社製;0.06mMCa)を用いた。5日目に、コントロールでのマイグレーションが完了したため、100%メタノールにて固定した。そして、クリスタルバイオレットで細胞染色した。
得られた結果より、マイグレーションスピードは、コーティング液として、Collagen Type IV、Laminin 322、Laminin 511(iMatrix 511)を用いた順に速かった。
この結果より、細胞のマイグレーションを促進し状態の良好な口唇モデル観点からは、Collagen Type IVをコーティング液として形成したコーティング層が好ましいことが示唆された。
【0042】
(実施例1)
<準備工程>
粘膜上皮細胞としての口腔粘膜上皮細胞と、皮膚角化細胞としての表皮角化細胞とを、表皮角化細胞用の培養液である、Epilife(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて培養した。培養した口腔粘膜上皮細胞及び表皮角化細胞を、被覆率が70~80%に達した段階で0.025%トリプシン(0.05% Trypsin-EDTA, Gibco社製をPBS(-)で倍量に希釈)にて剥離させトリプシン中和液(Cascade Biologics社製)にて回収し、150g、4℃の条件で5分間遠心し、細胞を回収した。
<コーティングステップ>
6ウェルプレートに設置した、培養基材Aとしての0.4μmのポアサイズを有する培養インサート(ポア密度:4.0×106個/cm2、材質:PET)に対して、コーティング液としてのIV型コラーゲン溶液(Sigma社製)(濃度2.5μg/mL)を滴下し、室温で1時間インキュベートし、培養基材Aの片面をコートした。そして、コーティング液を除去し、エタノールで滅菌したバリアを培養基材Aとしての培養インサートに設置した。シリコーンゴムを貼付したバリアにより区画される帯状領域の幅は、3.0mmとした。培養インサート内は、Epilifeが培養液として存在しており、バリアで仕切られた帯状領域と、その両側に広がる各細胞の播種領域とに区分けされた状態となった。一方の播種領域を粘膜上皮細胞播種領域、他方を皮膚角化細胞播種領域と称する。
<播種ステップ>
上記準備工程にて準備した各細胞を、各細胞の個数が、各播種領域について2.7×105個/cm2相当となるように、培養基材A上に形成されたコーティング層上にそれぞれ播種した。
<培養ステップ>
播種ステップを実施した翌日にバリアを除去し、両側から細胞のマイグレーションを開始させた。なお播種ステップ以降の工程は条件(37℃、5%CO、95%RH以上)の下で実施した。そして、播種から5日後、カルシウムを終濃度1.2mMとなるよう添加した培養液(EpiLife)に交換した。さらに、播種から8日後、培養インサート内の培養液を除去し、細胞を空気に接触させ気液界面培養を行った。そして、播種から15日後に、構築された口唇モデルを、パラホルムアルデヒドを用いて固定して、下記方法に従って評価した。
【0043】
<口唇モデルの免疫組織化学的解析>
上記で固定した口唇モデルをCK2e抗体、及びSPRR3抗体を用いて、常法に従って免疫蛍光染色処理し、共焦点レーザー顕微鏡にて観察した。結果を図1~3に示す。図1は、CK2e抗体陽性部位及びSPRR3抗体陽性部位の双方が表示された蛍光顕微鏡画像である。図2は、図1と同じ画像について、CK2e抗体陽性であった部位を強調表示した蛍光顕微鏡画像であり、図3は、図1と同じ画像について、SPRR3抗体陽性であった部位を強調表示した蛍光顕微鏡画像である。図2~3より明らかなように、帯状領域では、CK2e抗体陽性であった部位とSPRR3抗体陽性であった部位との出現態様が、粘膜上皮細胞領域と皮膚角化細胞領域との中間となる態様となっていることが分かり、口唇モデルが構築できたことが分かる。言い換えると、帯状領域では、粘膜上皮細胞及び皮膚角化細胞が交錯する態様となっていたことが分かる。より詳細には、帯状領域はマイグレーション開始時点では無細胞状態であったが、マイグレーション開始後に両側から帯状領域内に向かい細胞が遊走し、両側から押し寄せてきた細胞同士が相互に接触して交錯した。これにより、帯状領域内では、粘膜上皮細胞及び皮膚角化細胞が混在する状態となっていた。
【0044】
<口唇モデルの表面観察>
上記で得られた口唇モデルの表面を目視観察したところ、クレーター様に陥没した領域が一か所認められた。クレーター様の領域は、細胞の重層化にムラが生じた領域と推察される。このためクレーター様の領域の発生数が少ないほど、良好な口唇モデルであると考えられる。
【0045】
(実施例2)
<コーティングステップ>においてバリアにより区画される帯状領域の幅を、5.0mmとした以外は、実施例1と同様にして各種操作を実施し口唇モデルを構築した。そして、得られた口唇モデルについて、実施例1と同様にして目視観察したところ、クレーター様に陥没した領域が二か所認められた。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明によれば、口唇モデルを製造する新たな技術を提供することにより、ヒト由来培養基質を非含有である、in vitro口唇モデルを提供することができる。
図1
図2
図3