IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 三井金属鉱業株式会社の特許一覧

特開2024-103386近赤外蛍光体、近赤外蛍光体の製造方法、発光素子、及び発光装置
<>
  • 特開-近赤外蛍光体、近赤外蛍光体の製造方法、発光素子、及び発光装置 図1
  • 特開-近赤外蛍光体、近赤外蛍光体の製造方法、発光素子、及び発光装置 図2
  • 特開-近赤外蛍光体、近赤外蛍光体の製造方法、発光素子、及び発光装置 図3
  • 特開-近赤外蛍光体、近赤外蛍光体の製造方法、発光素子、及び発光装置 図4
  • 特開-近赤外蛍光体、近赤外蛍光体の製造方法、発光素子、及び発光装置 図5
  • 特開-近赤外蛍光体、近赤外蛍光体の製造方法、発光素子、及び発光装置 図6
  • 特開-近赤外蛍光体、近赤外蛍光体の製造方法、発光素子、及び発光装置 図7
  • 特開-近赤外蛍光体、近赤外蛍光体の製造方法、発光素子、及び発光装置 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024103386
(43)【公開日】2024-08-01
(54)【発明の名称】近赤外蛍光体、近赤外蛍光体の製造方法、発光素子、及び発光装置
(51)【国際特許分類】
   C09K 11/81 20060101AFI20240725BHJP
   C09K 11/08 20060101ALI20240725BHJP
   H01L 33/50 20100101ALI20240725BHJP
【FI】
C09K11/81
C09K11/08 A
H01L33/50
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023007677
(22)【出願日】2023-01-20
(71)【出願人】
【識別番号】000006183
【氏名又は名称】三井金属鉱業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100166338
【弁理士】
【氏名又は名称】関口 正夫
(74)【代理人】
【識別番号】100203312
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 敬孝
(72)【発明者】
【氏名】田子 愛理
(72)【発明者】
【氏名】稲村 昌晃
【テーマコード(参考)】
4H001
5F142
【Fターム(参考)】
4H001CA02
4H001CF02
4H001XA08
4H001XA15
4H001XA31
4H001XA71
4H001YA24
5F142BA02
5F142BA32
5F142CA02
5F142DA12
5F142DA45
5F142DA52
5F142DA73
5F142DA74
5F142GA33
5F142HA01
(57)【要約】
【課題】波長820~870nmの近赤外域内に発光ピーク波長を調製可能であるとともに、前記波長域での発光強度が比較的高レベルに維持される新規なメタリン酸塩系化合物からなる近赤外蛍光体及びその製造方法が提供される。また前記近赤外蛍光体を備えた発光素子及び発光装置が提供される。
【解決手段】式:M1-y(PO:Crで表される組成(ただし、MはLuを少なくとも含む3価の金属イオン、0.09≦y≦0.20)を有する化合物を主成分として含み、320nm以上380nm以下の波長範囲内に反射率0.75以上となる波長域を有する、近赤外蛍光体。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
式:M1-y(PO:Crで表される組成(ただし、MはLuを少なくとも含む3価の金属イオン、0.09≦y≦0.20)を有する化合物を主成分として含み、320nm以上380nm以下の波長範囲内に反射率0.75以上となる波長域を有する、近赤外蛍光体。
【請求項2】
式:Ga1-x-yLu(PO:Crで表される組成(ただし、0<x≦0.5、及び0.09≦y≦0.20)を有する化合物を主成分として含む、請求項1に記載の近赤外蛍光体。
【請求項3】
式:M1-y(PO:Crで表される組成(ただし、MはLuを少なくとも含む3価の金属イオン、0.09≦y≦0.20)を有する化合物を主成分として含む近赤外蛍光体の製造方法であって、以下の工程;
液相法によりクロム(Cr)原料からクロムを含む沈殿物を得る沈殿工程、
前記沈殿物、M原料、及びリン(P)原料を混合して混合物を得る混合工程、及び
前記混合物を反応させて前記近赤外蛍光体を合成する合成工程
を含む方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の近赤外蛍光体と、前記近赤外蛍光体を励起可能な光を発するLEDとを、組み合わせて備える発光素子。
【請求項5】
請求項4に記載の発光素子を備える発光装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、近赤外蛍光体、近赤外蛍光体の製造方法、発光素子、及び発光装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近赤外光は、およそ700~2500nmの波長を有する電磁波である。近赤外光を放射する発光素子(近赤外発光素子)は、赤外線カメラや赤外線通信などの光学部品に用いられる。また、それ以外にも、植物栽培用の光源、静脈認証用機器、糖度分析等の食品成分の分析機器、及び人体等の生体内部における診断装置などにも用いられる。特に700~1100nmの波長域は、受光素子であるSiフォトダイオードの感度域と一致しているため、近赤外発光素子をSiフォトダイオードと組み合わせれば、双方のデバイス性能を最大限に活用できる機器の構築が可能となる。
【0003】
従来から、近赤外光の光源として、安価で広帯域発光を示すハロゲンランプが多用されている。しかしながら、ハロゲンランプは環境負荷が大きく、その製造及び使用を控える動きが起きている。例えば欧州では2018年9月1日にハロゲンランプ禁止規則(EUエコデザイン規則)が施行されている。このような流れの中、近赤外発光素子においても、ハロゲンランプの代わりに、発光ダイオード(LED)と蛍光体を備えた素子が提案され、そのような素子の開発が進められている。LEDと蛍光体を備えた発光素子は、長寿命であり、且つ小型化及び堅牢化を実現できるという利点を有する。
【0004】
LEDと蛍光体を備えた近赤外発光素子の断面模式図の一例を図1に示す。近赤外発光素子(10)は凹部をもち、蛍光体を励起可能な光を発するLED(2)が凹部底面に設けられている。またLED(2)を覆うように、近赤外蛍光体(4)が凹部内部に充填されている。使用時には、LED(2)が光を放射する。放射した光を近赤外蛍光体(4)が吸収する。近赤外蛍光体(4)は、吸収した光を近赤外光に変換し、変換された近赤外光を放射する。
【0005】
近赤外発光素子の特性を向上させる上で、発光特性に優れた近赤外蛍光体を用いることが重要である。そのような観点から、近赤外蛍光体の開発が従来から進められている。例えば、特許文献1には、近赤外波長範囲に発光を有する発光材料として、Sc1-x-y:Cr(A=Lu等、0<x≦0.5、0≦y≦0.9)が開示され、当該材料は、青色光により励起された場合に880~940nmの重心波長範囲の発光を生じるとされている(特許文献1の要約、及び[0038])。この発光材料は原料混合物を焼成する固相法で合成されている(特許文献1の[0082])。また、非特許文献1には、熱膨張率が0近くにあるAlP:Cr3+蛍光体について、広帯域近赤外放射を有することが開示されている(非特許文献1の全文)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2022-524640号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Decai Huang et al., Efficient and thermally stable broadband near-infrared emitting from near zero thermal expansion AlP3O9:Cr3+ phosphor, Inorganic Chemistry Frontiers, Issue 8, 2022
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように、近赤外蛍光体の開発が従来から進められているものの、従来の蛍光体には改良の余地があった。すなわち、近赤外発光素子をSiフォトダイオードと組み合わせて用いるためには、700~1100nmの波長域で優れた発光特性を示す近赤外蛍光体の使用が求められる。しかしながら、従来の近赤外蛍光体では、この波長域、特に波長800~900nm付近での近赤外領域での発光強度が不十分であった。
【0009】
本発明者らは、このような従来の問題点に鑑みて鋭意検討を行った。その結果、クロムを発光中心として含むリン酸塩系化合物からなる近赤外蛍光体において、ルテチウム(Lu)を含ませてその量を調整することで、波長820~870nmの近赤外域内に発光ピーク波長を制御できるとの知見を得た。また、この近赤外蛍光体を製造するに際し、所定の液相法を用いて合成することで、前記波長域での発光強度が比較的高レベルに維持される蛍光体を得ることができるとの知見を得た。
【0010】
本発明はこのような知見に基づき完成されたものであり、波長820~870nmの近赤外域内に発光ピーク波長が調整されるとともに、前記波長域での発光強度が比較的高レベルに維持される新規なメタリン酸塩系化合物からなる近赤外蛍光体及びその製造方法の提供を課題とする。また本発明は、前記近赤外蛍光体を備えた発光素子及び発光装置の提供をも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、下記(1)~(5)の態様を包含する。なお本明細書において「~」なる表現は、その両端の数値を含む。すなわち「X~Y」は「X以上Y以下」と同義である。
【0012】
(1)式:M1-y(PO:Crで表される組成(ただし、MはLuを少なくとも含む3価の金属イオン、0.09≦y≦0.20)を有する化合物を主成分として含み、320nm以上380nm以下の波長範囲内に反射率0.75以上となる波長域を有する、近赤外蛍光体。
【0013】
(2)式:Ga1-x-yLu(PO:Crで表される組成(ただし、0<x≦0.5、及び0.09≦y≦0.20)を有する化合物を主成分として含む、上記(1)の近赤外蛍光体。
【0014】
(3)式:M1-y(PO:Crで表される組成(ただし、MはLuを少なくとも含む3価の金属イオン、0.09≦y≦0.20)を有する化合物を主成分として含む近赤外蛍光体の製造方法であって、以下の工程;
液相法によりクロム(Cr)原料からクロムを含む沈殿物を得る沈殿工程、
前記沈殿物、M原料、及びリン(P)原料を混合して混合物を得る混合工程、及び
前記混合物を反応させて前記近赤外蛍光体を合成する合成工程
を含む方法。
【0015】
(4)上記(1)又は(2)の近赤外蛍光体と、前記近赤外蛍光体を励起可能な光を発するLEDとを、組み合わせて備える発光素子。
【0016】
(5)上記(4)の発光素子を備える発光装置。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、波長820~870nmの近赤外域内に発光ピーク波長を調整されるとともに、前記波長域での発光強度が比較的高レベルに維持される新規なメタリン酸塩系化合物からなる近赤外蛍光体及びその製造方法が提供される。また前記近赤外蛍光体を備えた発光素子及び発光装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】近赤外発光素子の断面模式図の一例を示す。
図2】近赤外蛍光体のX線回折プロファイルを示す。
図3】近赤外蛍光体の発光スペクトルを示す。
図4】近赤外蛍光体の発光スペクトルを示す。
図5】近赤外蛍光体の励起スペクトルを示す。
図6】近赤外蛍光体の励起スペクトルを示す。
図7】近赤外蛍光体の反射スペクトルを示す。
図8】近赤外蛍光体の反射スペクトルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施形態」という)について説明する。なお本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において種々の変更が可能である。また、以下に説明される好適な態様を組み合わせたものも、本実施形態の範疇に入る。
【0020】
<<1.近赤外蛍光体>>
本実施形態の近赤外蛍光体(以下、単に「蛍光体」と呼ぶことがある。)は、式:M1-y(PO:Crで表される組成を有する化合物を主成分として含む。この蛍光体は、M(PO組成のメタリン酸塩系化合物を母材とし、この母材に発光中心であるクロム(Cr)のイオンが固溶している。Crは3価のクロムイオン(Cr3+)を含むことが好ましく、3価のクロムイオンのみを含むことが特に好ましい。この蛍光体は、波長450nm付近の可視光(青色光)などによって励起されて、波長820~870nmに発光ピークをもつ近赤外光を放射する。
【0021】
6配位の3価のクロムイオン(Cr3+)を発光中心イオンとして用いることで、蛍光体の発光波長を800nm付近に変換できることが知られている。しかしながら、6配位Cr3+による発光は、禁制遷移であるd-d遷移に基づく励起に起因する。そのため、6配位Cr3+を低濃度で含む蛍光体は、その吸収率(Abs)が比較的小さくなり、そのままでは外部量子効率(EQE)を高めることができない。また吸収率及び外部量子効率を高める上でCr3+濃度を高めることが有効であるものの、通常の蛍光体では、発光中心イオンを高濃度に固溶させると3価のクロムイオン(Cr3+)間の距離が近くなるため、濃度消光が生じてしまう。濃度消光が生じると、内部量子効率(IQE)が小さくなり、その結果、外部量子効率及び発光強度がやはり小さくなる。
【0022】
これに対して、発光中心イオンに配位する陰イオンのサイズが大きければ、3価のクロムイオン(Cr3+)の濃度が高くても3価のクロムイオン(Cr3+)間の距離を保つことができるため、濃度消光が抑制される傾向にある。この点、オキソ酸であるリン酸は、そのサイズが比較的大きい。よって、母材をリン酸塩系化合物で構成し、発光中心イオンとしてCr3+を用いることで、発光中心イオン(Cr3+)を高濃度で固溶させても、濃度消光が抑えられる。そのため、外部量子効率及び発光強度を高いレベルに維持した状態で、発光ピーク波長を調整することが可能となる。
【0023】
蛍光体の主成分化合物に含まれるMは、Lu(ルテチウム)を少なくとも含む3価の金属イオンである。つまり、MはLuを必須成分として含む3価金属イオンである。Mは、Luイオン以外に他の3価金属イオンを含んでもよい。他の3価金属イオンとして、ガリウム(Ga)、アルミニウム(Al)、スカンジウム(Sc)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、イットリウム(Y)、インジウム(In)、及びLu以外の希土類元素(Re)のイオンが挙げられ、この中でもGa及び/又はAlが好ましい。3価金属M中のLuの量は、例えば0原子%超50原子%以下である。
【0024】
本実施形態の蛍光体において、Cr量yは、0.09以上0.20以下(0.09≦y≦0.20)である。発光スペクトルにおける蛍光体の発光ピーク波長はCr量に依存し、Cr量が多いほど長波長側にシフトする。吸収率及び量子効率(内部量子効率及び外部量子効率)を高くして、発光強度を高める観点から、Cr量yは0.10以上0.18以下が好ましく、0.12以上0.16以下がより好ましい。
【0025】
本実施形態の蛍光体は320nm以上380nm以下の波長範囲内に反射率0.75以上となる波長域を有する。言い換えれば、上述した波長範囲内の少なくとも1点で蛍光体の反射率は0.75以上となる。上述した波長範囲内での反射率を高くすることで、量子効率が高くなり、その結果、発光強度を高めることが可能となる。なお、反射率は、蛍光体の反射スペクトルを測定し、得られた反射スペクトルから求められる。また反射率は1.00以下である。
【0026】
この点について説明するに、発光中心であるCrは母材中に固溶せず、酸化物(Cr)として存在することがある。例えば、固相法でCr賦活蛍光体を合成する場合には、化学的安定性が高く且つ耐食性に優れるCrをCr源として用いることが多い。しかしながら、Crは化学的安定性が高いが故に他の原料と反応し難く、合成後の蛍光体に残存することがある。またCrは光を吸収するものの、非発光物質である。Crに吸収された光は発光には使われない。蛍光体中にCrが存在すると、これが光損失をもたらす。したがって、発光強度を高める上で、蛍光体中の非発光物質であるCr量は少ないことが望ましい。
【0027】
また、Crは波長350nm付近の光を強く吸収する。そのため、蛍光体がCrを含んでいると、その量に応じて波長350nm付近での反射率が小さくなる。言い換えると、350nm付近の反射率が小さいCr賦活蛍光体は、発光効率が低いと言える。なお、Crが少量であったり、あるいはCrの結晶サイズが小さかったりした場合には、Crの存在をX線回析法では確認できないことがある。しかしながら、上述したようにCrは350nmの光を吸収するために、反射率を測定することで、その存在を確認できる。
【0028】
本実施形態の蛍光体は波長350nm付近での反射率が高く、このことはCr量が少ないことを意味する。励起光を吸収し、かつ非発光物質であるCr量が少ないため、発光強度を高めることが可能である。
【0029】
蛍光体の反射率は高いほど望ましい。反射率が高いほどCr量が少ないことを意味するからである。蛍光体は、320nm以上380nm以下の波長範囲内に、反射率が好ましくは0.80以上、より好ましくは0.85以上となる波長域を有する。また好ましくは、蛍光体は、反射スペクトルにおいて、波長320nm以上380nm以下の範囲内に反射率の極大値(ピーク)をもつ。この波長域内に極大値をもたせることで、反射率をより高くすることが可能となる。
【0030】
好適には、蛍光体は、式:Ga1-x-yLu(PO:Crで表される組成(ただし、0<x≦0.5、及び0.09≦y≦0.20)を有する化合物を主成分として含む。すなわち主成分化合物はGa、Lu、及びCr以外の他の金属イオンを、不可避不純物量を超えて含まない。Ga、Lu、及びCr以外の他の金属イオンの含有量を抑えることで、高い発光強度を確実に確保することが可能となる。
【0031】
上述した式において、Lu量xは0超0.5以下(0<x≦0.5)である。Lu量が多いほど発光ピークが長波長側にシフトする。そのため、Luを加えることで発光ピーク波長を820nm以上870nm以下の範囲内に調整することが可能となる。一方でLu量が過度に多いと、吸収率及び量子効率が小さくなる。要求される発光ピーク波長及び発光強度に応じて、上述した範囲内でLu量を調整すればよい。Lu量xは、例えば0.05以上、0.1以上、0.15以上、0.2以上、0.25以上、0.3以上、0.35以上、0.4以上、または0.45以上であってもよい。あるいはLu量xは、例えば0.45以下、0.4以下、0.35以下、0.3以下、0.25以下、0.2以下、0.15以下、0.1以下、または0.05以下であってもよい。
【0032】
好ましくは、蛍光体は、発光(PL)スペクトルにおいて、最大発光ピーク波長が820nm以上870nm以下の範囲内にある。ここで、最大発光ピーク波長とは、励起光の波長を450nmに固定して得た発光(PL)スペクトルにおいて最大発光強度を与える波長のことである。最大発光ピーク波長は、例えば830nm以上、840nm以上、850nm以上、または860nm以上であってもよい。最大発光ピーク波長は、例えば860nm以下、850nm以下、840nm以下、または830nm以下であってもよい。
【0033】
蛍光体の吸収率(Abs)は40%以上が好ましく、45%以上がより好ましく、50%以上がさらに好ましく、55%以上が特に好ましい。外部量子効率(EQE)は25%以上が好ましく、30%以上がより好ましく、35%以上がさらに好ましく、40%以上が特に好ましい。内部量子効率(IQE)は50%以上が好ましく、60%以上がより好ましく、70%以上がさらに好ましく、75%以上が特に好ましい。吸収率及び量子効率(外部量子効率、内部量子効率)を高めることで、発光強度をより一層高めることが可能になる。なお外部量子効率は、内部量子効率と吸収率の積で表される。また吸収率、外部量子効率、及び内部量子効率は波長450nmの励起光を用いて測定した値である。
【0034】
蛍光体は、上述した組成を有する化合物を主成分として含む限り、その他の成分の含有を排除しない。その他の成分として、アルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、クロム(Cr)、及びリン(P)からなる群から選択される少なくとも一つを含む化合物を含んでもよい。また蛍光体は、表面被覆層を備えてもよい。表面被覆層は、二酸化ケイ素(SiO)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化アルミニウム(Al)、酸化チタン(TiO)、及び/又はホウ素(B)を含有する酸化物や、硫酸バリウム(BaSO)等の金属硫酸塩等の無機化合物の一種以上からなるものが例示される。
【0035】
しかしながら、主成分化合物(メタリン酸塩系化合物)に基づく優れた発光特性を活かすためには、主成分化合物以外の成分の量は少ないほど好ましい。特に非発光物質であるCr量は少ないほど好ましい。蛍光体中の主成分化合物の含有量は50質量%以上が好ましく、70質量%以上がより好ましく、90質量%以上がさらに好ましい。特に好ましくは、蛍光体は主成分化合物であるメタリン酸塩系化合物以外の異相を含まない。「異相を含まない」とは、蛍光体のX線回折(XRD)プロファイルにおいて、主成分化合物に基づく最大ピークに対する異相に基づく最大ピークの強度比が1%以下であることを意味する。
【0036】
主成分化合物は単相であってもよく、あるいはメタリン酸塩系化合物の混相であってもよい。例えば、GaとLuが固溶した(Ga、Lu)(PO組成の母材にCrが完全固溶した化合物であってもよく、あるいは、Ga(POとLu(POの混相からなる母材にCrが固溶した化合物であってもよい。
【0037】
蛍光体の形態は限定されない。粒子状(粉末状)であってもよく、膜状であってもよく、バルク状であってもよい。しかしながら、好ましくは粒子状である。粒子状の蛍光体は製造が容易である。また発光素子の凹部に容易に充填することができる。
【0038】
<<2.近赤外蛍光体の製造方法>>
本実施形態の製造方法は、式:M1-y(PO:Crで表される組成(ただし、MはLuを少なくとも含む3価の金属イオン、0.09≦y≦0.20)を有する化合物を主成分として含む近赤外蛍光体の製造に関する。この製造方法は、以下の工程;液相法によりクロム(Cr)原料からクロムを含む沈殿物を得る沈殿工程、この沈殿物、M原料、及びリン(P)原料を混合して混合物を得る混合工程、及びこの混合物を反応させて近赤外蛍光体を合成する合成工程、を含む。
【0039】
<沈殿工程>
沈殿工程では、液相法によりクロム原料からクロムを含む沈殿物を得る。クロムを含む沈殿物として、水酸化クロム、塩化クロム、酢酸クロム、硝酸クロム、硫酸クロム、クロムのリン酸塩、炭酸クロム、ギ酸クロム、及び/又はクロムの有機酸塩を含むものが例示される。クロムを含む沈殿物は、上述した化合物に、結晶水、水和水、吸着水、及び/又は水酸基の化学状態でHOもしくはOH基を含有したものであってもよい。例えば、Cr(CHCOO)、Cr(OH)(OOCCH 、Cr(CHCOO)、及びCr(CHCOO)(HO)などは、いずれも酢酸クロムとして用いることができる。
【0040】
クロムを含む沈殿物において、クロムの酸化状態は特に限定されないが、より好適には3価(Cr3+)である。例えば、水酸化クロムには、化学式:Cr(OH)で表される水酸化クロム(II)と化学式:Cr(OH)で表される水酸化クロム(III)とが知られている。この中でも3価のクロムイオンを含む水酸化クロム(III)が好ましい。水酸化クロム(III)を用いることで、最終的に得られる蛍光体において、発光中心イオンとして効果的に働くCr3+を容易に生成させることができる。クロムを含む沈殿物としては、上述した化合物の中でも水酸化クロム(III)(Cr(OH))を含むものが特に好ましい。
【0041】
水酸化クロム(III)を含む沈殿物を得る具体的方法として、3価のクロムイオン(Cr3+)を含む水溶液と無機アルカリ水溶液とを混合して、水酸化クロム(III)を含むスラリーを作製し、得られたスラリーから水酸化クロム(III)を回収する手法が挙げられる。この手法により水酸化クロム(III)を容易に得ることができる。3価クロムイオンを含む水溶液の作製手法は特に限定されない。例えば、塩化クロム、硫酸クロム、硫酸クロムアンモニウム、硫酸クロムカリウム、ギ酸クロム、フッ化クロム、過塩素酸クロム、スルファミン酸クロム、硝酸クロム、及び/又は酢酸クロムなどのクロム原料を水溶液に溶解させる手法が挙げられる。この際、溶解を促進させるため、水溶液を加熱してもよい。水溶液として、硝酸溶液や硫酸溶液などの酸溶液を用いてもよい。無機アルカリ水溶液としては、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどのアルカリ金属の水酸化物、あるいはアンモニア等を用いることができる。この中でもアンモニアが好ましい。アンモニアを用いることで、アルカリ金属等の不純物の混入を抑えることができる。
【0042】
3価クロムイオンを含む水溶液と無機アルカリ水溶液とを混合すると、溶液中で中和反応が起こり、水酸化クロム(III)が沈殿する。そのため反応後の溶液は水酸化クロム(III)を含むスラリーとなる。3価クロムイオンを含む水溶液と無機アルカリ水溶液の割合は、水酸化クロム(III)を含むスラリーが得られる限り、特に限定されない。しかしながら、無機アルカリ水溶液の配合量が過剰に多いと、Cr(OH)の代わりに[Cr(OH)などの錯イオンが形成されることがある。したがって、無機アルカリ水溶液を過剰に配合しないことが望ましい。
【0043】
次いで、得られたスラリーに固液分離処理を施して沈殿物(水酸化クロム(III))を回収する。固液分離は、ろ過や遠心分離等の手法により行えばよい。また回収した沈殿物を洗浄し、さらに乾燥してもよい。
【0044】
<混合工程>
混合工程では、沈殿工程で得られた沈殿物、M原料、及びリン(P)原料を混合して混合物を得る。M原料及びP原料は、所望の蛍光体が得られる限り、特に限定されない。しかしながら、M原料はルテチウム(Lu)原料を少なくとも含む。Lu原料は酸化ルテチウム(Lu)が好ましい。またM原料は、Lu原料以外に、ガリウム(Ga)原料及びアルミニウム(Al)原料の少なくとも一方を含むことが好ましい。Ga原料は酸化ガリウム(Ga)が好ましく、Al原料は酸化アルミニウム(Al)が好ましい。さらにP原料は正リン酸(オルトリン酸;HPO)が好ましい。混合手法は、所望の蛍光体が得られる限り、特に限定されない。しかしながら、成分のより一層の均一化が可能な液相法(湿式法)で混合することが好ましい。
【0045】
M原料として酸化ガリウム(Ga原料)及び酸化ルテチウム(Lu原料)を用い、P原料として正リン酸を用いた場合についての手順を以下に説明する。まず沈殿物(水酸化クロム(III))を正リン酸水溶液に加えて溶解させる。沈殿物が十分に溶解した後にリン酸水溶液に酸化ガリウム及び酸化ルテチウムを加える。この際、酸化ガリウムはリン酸水溶液に溶解する。一方で酸化ルテチウムはリン酸水溶液に溶解しないため、溶液はスラリー状になる。そのため、スラリー状の混合物が得られる。
【0046】
<合成工程>
合成工程では、混合工程で得られた混合物を反応させて近赤外蛍光体を合成する。混合物が固体である場合には、混合物を焼成することで反応が起こり、近赤外蛍光体が合成される。一方で、混合物が液体(液状、スラリー状)である場合には、混合物をいきなり焼成すると突沸することがある。したがってこの場合には、混合物を低温で加熱して蛍光体前駆体である固形物を得る固形物合成工程と、この固形物を焼成して反応を起こし、それにより近赤外蛍光体を合成する反応工程を設けることが好ましい。
【0047】
固形物合成工程の際の加熱温度は、固形物が得られる限り、特に限定されない。しかしながら、典型的には250℃以上550℃以下である。固形物合成のための加熱は1回のみ行ってもよく、あるいは複数回行ってもよい。例えば、250℃以上350℃以下の温度で1回目の加熱を行い、その後、450℃以上550℃以下の温度で2回目の加熱を行ってもよい。加熱時間は、限定されるものではないが、典型的には1時間以上24時間以下である。また加熱時の雰囲気は特に限定されないが、例えば、大気、酸素、窒素、及び/又はアルゴンである。加熱の合間または加熱後に処理物(固形物)を粉砕してもよい。
【0048】
近赤外蛍光体を合成するための焼成(反応)温度は、所望の蛍光体が得られる限り、特に限定されない。しかしながら、典型的には1000℃以上1200℃以下である。蛍光体合成のための加熱は1回のみ行ってもよく、あるいは複数回行ってもよい。焼成時間は、限定されるものではないが、典型的には1時間以上24時間以下である。また焼成時の雰囲気は特に限定されないが、例えば、大気、酸素、窒素、及び/又はアルゴンである。焼成の合間または焼成後に処理物(蛍光体)を粉砕してもよい。
【0049】
このようにして、本実施形態の近赤外蛍光体を製造することができる。なお、製造した近赤外蛍光体中に所望の主成分化合物たるM(POが形成されているか否かは、例えば、近赤外蛍光体をX線回折法で分析し、得られたデータを後述するICDDカードと対比して確認できる。
【0050】
本実施形態の近赤外蛍光体は、波長820~870nmの近赤外域内に発光ピーク波長が調整されるとともに、異相が少なく、前記波長域での発光強度が比較的高レベルに維持されるという利点を有する。
【0051】
これに対して、従来の蛍光体はこのような特長を有していない。例えば、特許文献1にはSc1-x-y:Cr組成の発光材料が開示され、当該発光材料では880~940nmの重心波長範囲の発光が観測されるとされている。しかしながら、この発光波長は本実施形態が対象とする発光波長(820~870nm)とは異なる。また、この発光材料は、固体状原料混合物を焼成する固相法で合成されている(特許文献1の[0082])。固相法で合成した材料は、波長350nm付近での反射率が低く、それ故、発光強度に劣ると推察される。非特許文献1にはAlP9:Cr3+蛍光体が開示されるものの、この蛍光体はCr濃度が小さい。また、この蛍光体も固相法で合成されており、波長350nm付近での反射率が低い(非特許文献1のFig.S1)。
【0052】
<<3.発光素子>>
本実施形態の発光素子は、上述した近赤外蛍光体と、この近赤外蛍光体を励起可能な光を発するLEDとを、組み合わせて備える。発光素子として機能する限り、その構造は限定されない。例えば図1に示す構造を有するものが挙げられる。具体的には、凹部をもち、蛍光体を励起可能な光を発するLEDが凹部底面に設けられ、LEDを覆うように蛍光体が凹部内部に充填されている発光素子が挙げられる。蛍光体は、それ単独で充填されていてもよく、あるいは複合材の形で充填されていてもよい。例えば、粉末状の蛍光体を樹脂や溶媒とともに混錬して複合材とし、この複合材を発光素子の凹部内部に充填した態様としてもよい。なお、近赤外蛍光体を励起可能な光を発するLEDとしては、例えば赤色LED及び青色LEDの少なくとも一方などが挙げられる。
【0053】
発光素子の蛍光体は、少なくとも本実施形態の近赤外蛍光体を含んでいればよい。本実施形態の蛍光体のみを含んでもよく、あるいはその他の蛍光体を含んでもよい。例えば、波長820~870nmでの発光強度が高い本実施形態の蛍光体と、他の蛍光体を組み合わせて含む発光素子は、Siフォトダイオードの感度域を広帯域でカバーすることができる。
【0054】
<<4.発光装置>>
本実施形態の発光装置は、上述した発光素子を備える。このような発光装置として、近赤外線センサーが挙げられる。さらに赤外線カメラや赤外線通信などの光学部品、植物栽培用の光源、静脈認証用機器、食品成分分析機器、または生体内診断装置なども挙げられる。
【実施例0055】
本発明を、以下の実施例を用いて更に詳細に説明する。しかしながら、本発明は以下の実施例に限定される訳ではない。
【0056】
(1)蛍光体の作製
[例1(参考例)]
例1では、母材組成がGa(POの蛍光体を本実施形態の方法(液相法)で合成した。具体的には、塩化クロム(III)六水和物(CrCl・6HO)を濃硝酸(HNO)に投入し、投入後の濃硝酸を230℃で加熱した。加熱により塩化クロムが濃硝酸に溶解して酸溶液となった。得られた酸溶液にアンモニア(NH)水を滴下して溶液のpHが8となるように調整した。アンモニア滴下により溶液中に水酸化クロム(Cr(OH))からなる沈殿物が生成した。得られた沈殿物をろ過及び洗浄して回収し、回収した沈殿物を120℃で乾燥した。
【0057】
回収した沈殿物(水酸化クロム)を85%正リン酸(HPO)に溶解させ、得られたリン酸溶液に酸化ガリウム(Ga)を加えた。この際、下記表1に示す理論組成が得られるように酸化ガリウムの配合量を調整した。またリン量に対するガリウムとクロムの合計量のモル比((Ga+Cr)/P)が1/3.3となるように、正リン酸量を調整した。リン酸溶液中で酸化ガリウムは溶解した。
【0058】
酸化ガリウムを加えたリン酸溶液に大気中300℃で2時間の熱処理を施した後に乳鉢で粉砕した。得られた粉砕物にさらに大気中500℃で2時間の熱処理を施して再度乳鉢で粉砕した。これにより蛍光体前駆体である固形物を得た。次いで、得られた固形物を大気中1100℃で4時間焼成して粉末状の蛍光体を得た。
【0059】
[例2~例6(実施例)]
例2~例6では、母材組成がGaLu(POの蛍光体を本実施形態の方法(液相法)で合成した。具体的には、水酸化クロムを溶解させたリン酸溶液に、酸化ガリウム(Ga)と酸化ルテチウム(Lu)の両方を加えた。この際、下記表1に示す理論組成が得られるように酸化ガリウムと酸化ルテチウムの配合量を調整した。またリン量に対するガリウムとルテチウムとクロムの合計量のモル比((Ga+Lu+Cr)/P)が1/3.3となるように、正リン酸量を調整した。リン酸溶液中で酸化ルテチウムは溶解しないものの、酸化ガリウムは溶解した。それ以外は例1と同様の手順で蛍光体を作製した。
【0060】
[例7(比較例)]
例7では、母材組成がAl(POの蛍光体を固相法で合成した。具体的には、酸化アルミニウム(Al)と酸化クロム(Cr)とリン酸二水素アンモニウム(NHPO)を、Al/Cr/Pのモル比が0.94/0.06/3となるように秤量し、その後、乳鉢で混合して混合物を得た。次いで、得られた混合物に大気中500℃で2時間の熱処理を施し、得られた熱処理物を、乳鉢を用いて粉砕した。得られた粉砕物を大気中1100℃で6時間焼成して、蛍光体を得た。
【0061】
蛍光体の製造条件を下記表1にまとめて示す。例1が参考例サンプルであり、例2~例6が実施例サンプルである。一方で、例7が比較例サンプルである。
【0062】
(2)蛍光体の評価
例1~例7で得られた蛍光体について、各種特性の評価を以下の手順で行った。
【0063】
<XRD>
蛍光体をX線回折(XRD)法で分析してX線回折プロファイルを求め、それにより蛍光体中の結晶相を同定した。X線回折分析は以下の条件で行った。
【0064】
‐X線回折装置:多目的試料水平型高出力X線回折装置(株式会社コベルト科研、RINT-TTR III)
‐線源:Cu
‐管電圧:50kV
‐管電流:300mA
‐スキャン速度:20.0°/分
‐スキャン範囲(2θ):5~80°
【0065】
また、結晶相を同定するに際し、解析ソフト(PDXL.exe(2.8.4.0))
を用い、自動検索により同定した。解析条件は以下のとおりとした。
【0066】
‐格子定数許容誤差:3.0%
‐検索対象データベース:ICDD(PDF-2 2022)
【0067】
<発光特性(PLスペクトル、PLEスペクトル)>
例1~例7で得られた蛍光体を発光特性測定用のサンプルとして、蛍光体の発光(PL)スペクトル及び励起(PLE)スペクトルを求めた。測定は、蛍光分光光度計(日本分光株式会社(JASCO)、FP-8700DS)を用いて室温(25℃)で行った。PLスペクトル測定の際に、励起波長を450nmに固定し、蛍光体からの発光スペクトルを波長400~1250nmの範囲で求めた。またPLEスペクトル測定の際は、PLスペクトルで最大発光強度を与える波長に蛍光体の発光波長を固定した上で、励起光の波長を350~700nmの範囲内で変えてスペクトルを求めた。
【0068】
<発光特性(反射スペクトル、反射率)>
蛍光分光光度計(日本分光株式会社(JASCO)、FP-8500)を用いて、蛍光体の反射スペクトルを励起光波長275~850nmの範囲について求めた。測定は室温(25℃)で行い、基準試料として蛍光分光光度計付属の標準白板を用いた。各波長における蛍光体の反射率を、標準白板の反射率が100%となるよう規格化して相対強度(%)を求め、これから反射スペクトルパターンを得た。
【0069】
<発光特性(吸収率、外部量子効率、内部量子効率)>
蛍光分光光度計(日本分光株式会社(JASCO)、FP-8700DS)を用いて、量子効率計算プログラムに従い、蛍光体の吸収率(Abs)、外部量子効率(EQE)、及び内部量子効率(IQE)を求めた。
【0070】
蛍光体の吸収率、内部量子効率および外部量子効率の計算式を以下に示す。
【0071】
(λ)を450nmのLED光スペクトルとし、P(λ)を試料スペクトルとした。スペクトルP(λ)が励起波長範囲430nm~500nmで囲む面積Lを、下記(i)式にしたがって求め、得られた値を励起強度とした。スペクトルP(λ)が励起波長範囲430nm~500nmで囲む面積Lを、下記(ii)式にしたがって求め、得られた値を試料散乱強度とした。スペクトルP(λ)が励起波長範囲500nm~1200nmで囲む面積Eを、下記(iii)式にしたがって求め、得られた値を試料蛍光強度とした。
【0072】
【数1】
【0073】
吸収率(Abs)は励起光の試料による減少分の入射光の比であり、下記(vi)式にしたがって算出した。また外部量子効率(EQE)は、試料から放出される蛍光の光子数Nemを、試料に照射された励起光の光子数Nexで除した値であり、下記(vii)式にしたがって算出した。さらに、内部量子効率(IQE)は、試料から放出される蛍光の光子数Nemを、試料に吸収される励起光の光子数Nabsで除した値であり、下記(viii)式にしたがって算出した。
【0074】
【数2】
【0075】
(3)評価結果
得られた評価結果を図2図8及び表1に示す。なお以下において、Lu割合について付記される「%」は「原子%」を表す。
【0076】
<XRD>
例1~例7で得られた蛍光体のX線回折プロファイルを図2に示す。Lu割合が0%のサンプル(例1)では、全てのピークがGa(POの回折線(ICDDカード番号01-087-0800)と一致した。Lu割合が10~50%のサンプル(例2~例6)では、ピークがGa(POの回折線、及びLu(POの回折線(ICDDカード番号01-077-8282)と一致した。このように、例1~例6では、Lu割合によらず、リン酸塩系化合物(Ga(PO、Lu(PO)以外の異相は殆ど存在しないことが確認された。一方で、固相法で合成したAl(PO母材組成のサンプル(例7)では、全てのピークが立方晶Al(POの回折線(ICDDカード番号00-13-0430)と一致した。
【0077】
<発光特性>
例1~例7のサンプルのPLスペクトルを図3及び4に示す。例1~例6のサンプルでは発光波長820nm~870nmに発光ピークが存在した。Lu割合の影響を見るに、Lu割合に応じて最大発光ピーク波長が変化し、Lu割合が大きくなるほど長波長側にシフトした。一方で、Lu割合が大きくなるにつれ発光ピーク強度は小さくなった。これに対して、例7のサンプルでは、最大発光ピーク波長が800nm未満であった。
【0078】
例1~例7のサンプルのPLEスペクトルを図5及び6に示す。いずれのサンプルも励起光波長450nm付近及び650nm付近で発光強度は最大となった。例1~6についてLu割合の影響を見ると、Lu割合が大きくなるにつれ発光ピーク強度は小さくなった。
【0079】
例1~例7のサンプルの反射スペクトルを図7及び8に示す。例1~例6のサンプルは、いずれも励起光の波長350nm付近に反射率のピークをもち、そのピークでの反射率の値は0.75以上と高かった。これに対して、例7のサンプルでは、低波長領域(400nm以下)での反射スペクトルの形が他のサンプルとは異なり、350nm付近に反射率のピークが存在していなかった。また350nm付近での反射率の値は0.75未満であった。
【0080】
以上の結果を、下記表1にまとめて示す。表1から分かるように、母材組成がGa(PO又はGaLu(POであり、液相法で合成されたサンプル(例1~例6)では、最大発光ピーク波長は820~870nmの範囲内にあった。またLu割合が大きくなるにつれて最大発光ピーク波長は長波長側にシフトした。さらにLu割合が20%でAbsは最大となるものの、EQE及びIQEはLu割合が大きくなるにつれて小さくなった。
【0081】
これに対して、固相法で合成したAl(PO母材組成のサンプル(例7)は、波長350nmにおける反射率が0.75未満と低かった。また最大発光ピーク波長は800nm未満であった。さらに、液相法で合成した、最大発光ピーク波長が近いサンプル(例1)に比べて、Abs、EQE、及びIQEのいずれも低かった。
【0082】
以上の結果から、本実施形態によれば、波長820~870nmの近赤外域内に発光ピーク波長を調製可能であるとともに、異相が少なく、前記波長域での発光強度が比較的高レベルに維持される新規なメタリン酸塩系化合物からなる近赤外蛍光体及びその製造方法が得られることが分かる。
【0083】
【表1】
【符号の説明】
【0084】
2 LED
4 近赤外蛍光体
10 近赤外発光素子
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8