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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024103480
(43)【公開日】2024-08-01
(54)【発明の名称】固形がんの悪性度を予測する方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/65 20060101AFI20240725BHJP
【FI】
G01N21/65
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024006929
(22)【出願日】2024-01-19
(31)【優先権主張番号】63/440,102
(32)【優先日】2023-01-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、ムーンショット型研究開発事業、「健康寿命伸長にむけた腸内細菌動作原理の理解とその応用」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】390016470
【氏名又は名称】公益財団法人実中研
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】末松 誠
(72)【発明者】
【氏名】久保 亜紀子
(72)【発明者】
【氏名】眞杉 洋平
(72)【発明者】
【氏名】林田 哲
【テーマコード(参考)】
2G043
【Fターム(参考)】
2G043AA04
2G043BA16
2G043EA03
2G043FA06
2G043KA01
2G043NA01
(57)【要約】
【課題】固形がんの悪性度の予測を客観的に行う技術を提供する。
【解決手段】固形がんの悪性度を予測する方法であって、非染色のがん組織試料の薄切切片のラマンスペクトルデータを取得する工程(a)と、前記ラマンスペクトルデータにおいて、1又は複数の所定の波数のラマンシフトのピークのラマン強度に基づいて、前記がんの悪性度が予測される工程(b)と、を含む、方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
固形がんの悪性度を予測する方法であって、
非染色のがん組織試料の薄切切片のラマンスペクトルデータを取得する工程(a)と、
前記ラマンスペクトルデータにおいて、1又は複数の所定の波数のラマンシフトのピークのラマン強度に基づいて、前記がんの悪性度が予測される工程(b)と、
を含む、方法。
【請求項2】
前記工程(b)における前記ラマンスペクトルデータが、がん間質細胞領域から取得されたものである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記固形がんが乳がんであり、
前記工程(b)において、382±10cm-1、480±10cm-1、974±10cm-1及び1140±10cm-1からなる群より選択されるいずれかの波数のラマンシフトのピークのラマン強度に基づいて、前記がんがDuctal carcinoma in situ(DCIS)であるかInvasive breast cancer(IBC)であるかが識別され、前記がんがIBCであった場合には、前記がんがDCISであった場合と比較してより悪性度が高いと予測される、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記工程(b)において、382±10cm-1、974±10cm-1又は1140±10cm-1の波数のラマンシフトのピークのラマン強度が所定の閾値よりも高いことが、前記がんがDCISであることを示す、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記工程(b)において、480±10cm-1の波数のラマンシフトのピークのラマン強度が所定の閾値よりも低いことが、前記がんがDCISであることを示す、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
前記固形がんが膵臓がんであり、
前記工程(b)において、298±10cm-1、480±10cm-1及び720±10cm-1からなる群より選択されるいずれかの波数のラマンシフトのピークのラマン強度に基づいて、前記がんの悪性度が予測される、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項7】
前記工程(b)において、298±10cm-1又は480±10cm-1の波数のラマンシフトのピークのラマン強度が所定の閾値よりも高いことが、前記がんの悪性度が高いことを示す、請求項6に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固形がんの悪性度を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
がん組織は、がん細胞とその周囲のがん間質細胞、免疫担当細胞等から構成され、それらの量比は、がんの種類によって大きく異なる。生体内に存在する多くの因子をインビトロで再現することは極めて難しいが、近年、オルガノイド技術のブレイクスルーによって微小環境を再現した単一細胞レベルでのオミックス解析が可能になりつつある。
【0003】
一方、生体組織そのものをあるがままに代謝解析に供することは極めて難しい。まず、患者検体を液体窒素等で固定すること自体が、原則としてがん組織の断端診断上の禁忌とされている。したがって、断端病理診断に必要なホルムアルデヒド固定・パラフィン包埋組織(以下、FFPE)を確保した上で、がん組織の一部を凍結切片として得る必要がある。FFPEでは、組織内の低分子代謝物情報がほとんど消失する。臨床検体から得られた凍結切片の解析によって、従来の病理情報では得られない知見や、新規の代謝システムの制御機構が明らかになりつつある。
【0004】
発明者らは、生体組織の凍結切片を用いて、無標識・非染色のイメージングメタボロミクス技術を開発してきた(例えば、非特許文献1~3を参照)。現在用いられるイメージングメタボロミクス技術には、質量分析イメージング(Imaging MS、IMS)技術と、表面増強ラマン(Surface-enhanced Raman scattering、SERS)イメージング技術がある。強大なエネルギーを有するレーザーによって組織表面の代謝物をイオン化するIMSとは対照的に、SERSイメージングでは比較的低エネルギーの近赤外レーザーを用いることが可能である。興味深いことに、SERSイメージングでは、がんの代謝制御に重要な役割を果たす複数のレドックス代謝物の検出・画像化が容易である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Yamazoe S., et al., Large-Area Surface-Enhanced Raman Spectroscopy Imaging of Brain Ischemia by Gold NanoparticlesGrown on Random Nanoarrays of Transparent Boehmite, ACS Nano, 8 (6), 5622-5632, 2014.
【非特許文献2】Shiota M., et al., Gold-nanofeve surface-enhanced Raman spectroscopy visualizes hypotaurine as a robust anti-oxidant consumed in cancer survival, NATURE COMMUNICATIONS, 9, 1561, 2018.
【非特許文献3】Honda K., et al., On-tissue polysulfide visualization by surface-enhanced Raman spectroscopy benefits patients with ovarian cancer to predict post-operative chemosensitivity, Redox Biology, 41, 101926, 2021.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
病理専門医によるがん組織試料の顕微鏡観察により、固形がんの悪性度の予測が行われる場合がある。例えば、乳がんでは、針生検組織から作製した薄切切片をヘマトキシリン・エオジン(HE)染色した標本を顕微鏡観察することにより、Ductal carcinoma in situ(DCIS)とInvasive breast cancer(IBC)の鑑別がなされている。DCISは予後良性であるが、IBCは予後不良である。しかしながら、DCISとIBCの鑑別は、病理医にとっても容易ではない作業である。また、例えば、膵臓がんにおいても、病理専門医によるがん組織試料の顕微鏡観察により、悪性度を予測することは困難である。そこで、本発明は、固形がんの悪性度の予測を客観的に行う技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の態様を含む。
[1]固形がんの悪性度を予測する方法であって、非染色のがん組織試料の薄切切片のラマンスペクトルデータを取得する工程(a)と、前記ラマンスペクトルデータにおいて、1又は複数の所定の波数のラマンシフトのピークのラマン強度に基づいて、前記がんの悪性度が予測される工程(b)と、を含む、方法。
[2]前記工程(b)における前記ラマンスペクトルデータが、がん間質細胞領域から取得されたものである、[1]に記載の方法。
[3]前記固形がんが乳がんであり、前記工程(b)において、382±10cm-1、480±10cm-1、974±10cm-1及び1140±10cm-1からなる群より選択されるいずれかの波数のラマンシフトのピークのラマン強度に基づいて、前記がんがDuctal carcinoma in situ(DCIS)であるかInvasive breast cancer(IBC)であるかが識別され、前記がんがIBCであった場合には、前記がんがDCISであった場合と比較してより悪性度が高いと予測される、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]前記工程(b)において、382±10cm-1、974±10cm-1又は1140±10cm-1の波数のラマンシフトのピークのラマン強度が所定の閾値よりも高いことが、前記がんがDCISであることを示す、[3]に記載の方法。
[5]前記工程(b)において、480±10cm-1の波数のラマンシフトのピークのラマン強度が所定の閾値よりも低いことが、前記がんがDCISであることを示す、[3]に記載の方法。
[6]前記固形がんが膵臓がんであり、前記工程(b)において、298±10cm-1、480±10cm-1及び720±10cm-1からなる群より選択されるいずれかの波数のラマンシフトのピークのラマン強度に基づいて、前記がんの悪性度が予測される、[1]又は[2]に記載の方法。
[7]前記工程(b)において、298±10cm-1又は480±10cm-1の波数のラマンシフトのピークのラマン強度が所定の閾値よりも高いことが、前記がんの悪性度が高いことを示す、[6]に記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、固形がんの悪性度の予測を客観的に行う技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、凍結した生検標本から作製した薄切切片の代謝物をSERSイメージングにより画像化するシステムを説明する概略図である。
図2図2(a)は、実験例1において、乳がん針生検組織切片のSERSイメージングにより測定された平均SERSスペクトルデータである。図2(b)は、主要なラマンシフトのピークである、382cm-1、480cm-1、722cm-1、974cm-1、1140cm-1の波数におけるSERS像を示す画像である。
図3図3は、実験例2において、DCIS由来の試料及びIBC由来の試料のSERSイメージングにより測定された典型的なSERS画像である。
図4図4(a)は、実験例2において、DCIS由来の試料及びIBC由来の試料の「がん細胞領域」のみに着目した平均SERSスペクトルデータである。図4(b)は、実験例2において、DCIS由来の試料及びIBC由来の試料の「がん間質細胞領域」のみに着目した平均SERSスペクトルデータである。
図5図5は、実験例4において、膵管腺がん(pancreatic ductal adenocarcinoma、PDAC)の針生検組織切片のSERSイメージングにより測定された平均SERSスペクトルデータである。
図6図6は、実験例4において、図5における主要なラマンシフトのピークである、298±10cm-1、480±10cm-1、720±10cm-1の波数におけるSERS像を示す画像である。
図7図7は、実験例4において、13例のPDAC由来の試料のSERSスペクトルデータに基づいて、各試料の298±10cm-1、480±10cm-1、720±10cm-1、978±10cm-1の波数におけるラマン強度を示したグラフである。
図8図8(a)は、実験例4において、膵がん組織のがん間質細胞領域を質量分析イメージングにより解析し、ポリスルフィドの基質になるシステインの量を測定した結果に基づいて、システインの量が平均値より高い患者と低い患者に分け、治療後の予後を示した無病生存率を示したグラフである。図8(b)は、膵がん組織のがん細胞領域をSERSイメージングにより解析し、480cm-1のピークで示されるポリスルフィドの量を測定した結果に基づいて、ポリスルフィドの量が平均値より高い患者と低い患者に分け、手術後の予後を示した無病生存率を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[固形がんの悪性度を予測する方法]
一実施形態において、本発明は、固形がんの悪性度を予測する方法であって、非染色のがん組織試料の薄切切片のラマンスペクトルデータを取得する工程(a)と、前記ラマンスペクトルデータにおいて、1又は複数の所定の波数のラマンシフトのピークのラマン強度に基づいて、前記がんの悪性度が予測される工程(b)と、を含む、方法を提供する。実施例において後述するように、本実施例の方法により、固形がんの悪性度の予測を客観的に行うことができる。
【0011】
ラマンスペクトルデータは、ラマン散乱測定装置で二次元走査することにより取得することが好ましい。ラマン散乱測定装置としては、表面増強ラマン(Surface-enhanced Raman scattering、SERS)イメージング装置を好適に用いることができる。光電場増強基板上に、非染色のがん組織試料の薄切切片を配置し、SERSイメージングによりラマンスペクトルデータを取得する。
【0012】
光電場増強基板は、局在プラズモン共鳴を誘起する微細な金属凹凸構造を備えている。光電場増強基板は、この金属凹凸構造の局在プラズモン共鳴による光電場増強効果を利用して、非染色のがん組織試料の薄切切片からの微弱なラマン散乱光を増強する。金属凹凸構造は、例えば、金、銀、銅、アルミニウム、白金等で形成される。また、金属凹凸構造は、例えば、凸部の頂点から隣接する凹部の底点までの距離の平均が200nm以下であり、隣接する凸部の頂点の間隔の平均が200nm以下であることが好ましい。光電場増強基板としては、実施例において後述する、金ナノ粒子の2次元基板(GNF基板)を好適に用いることができる。
【0013】
ラマン分光法は、その測定方法の特性上、測定ごとにラマンシフト上の特定のピークが数cm-1シフトする場合がある。この測定ごとのピークのシフトは、多くの場合±10cm-1以内である。そこで、ピーク位置から±10cm-1以内のラマンシフトは同一のシグナルを表すものとする。
【0014】
非染色のがん組織試料の薄切切片としては、液体窒素等で凍結したがん組織試料から作製した薄切切片を用いることができる。このような薄切切片は、非染色であるため、低分子代謝物情報を保持している。
【0015】
固形がんとしては、例えば、乳がん、膵臓がん、卵巣がん等が挙げられる。固形がんが乳がんである場合、工程(b)において、382±10cm-1、480±10cm-1、974±10cm-1及び1140±10cm-1からなる群より選択されるいずれかの波数のラマンシフトのピークのラマン強度に基づいて、前記がんがDuctal carcinoma in situ(DCIS)であるかInvasive breast cancer(IBC:浸潤がん)であるかが識別され、前記がんがIBCであった場合には、前記がんがDCISであった場合と比較してより悪性度が高いと予測される。
【0016】
より詳細には、工程(b)において、382±10cm-1、974±10cm-1又は1140±10cm-1の波数のラマンシフトのピークのラマン強度が所定の閾値よりも高いことが、前記乳がんがDCISであることを示す。あるいは、382±10cm-1、974±10cm-1又は1140±10cm-1の波数のラマンシフトのピークのラマン強度が所定の閾値よりも低いことが、前記乳がんがIBCであることを示すということもできる。
【0017】
あるいは、工程(b)において、480±10cm-1の波数のラマンシフトのピークのラマン強度が所定の閾値よりも低いことが、前記乳がんがDCISであることを示す。あるいは、480±10cm-1の波数のラマンシフトのピークのラマン強度が所定の閾値よりも高いことが、前記乳がんがIBCであることを示すということもできる。
【0018】
ここで、所定の閾値は特に限定されず、例えば、専門病理医によりDCISと鑑別された試料について蓄積されたラマンスペクトルデータと、専門病理医によりIBCと鑑別された試料について蓄積されたラマンスペクトルデータを比較し、両者を鑑別できるラマン強度を所定の閾値として設定することができる。あるいは、統計解析法により判別式を作成し、この式を用いてこれらの蓄積されたラマンスペクトルデータから閾値を算出してもよい。あるいは、実施例において後述するように、上記の蓄積されたラマンスペクトルデータをAIに機械学習させて、DCISとIBCとを自動判別させてもよい。
【0019】
例えば固形がんが膵臓がんである場合、工程(b)において、298±10cm-1、480±10cm-1及び720±10cm-1からなる群より選択されるいずれかの波数のラマンシフトのピークのラマン強度に基づいて、前記がんの悪性度が予測される。
【0020】
より詳細には、工程(b)において、298±10cm-1又は480±10cm-1の波数のラマンシフトのピークのラマン強度が所定の閾値よりも高いことが、前記膵臓がんの悪性度が高いことを示す。あるいは、298±10cm-1又は480±10cm-1の波数のラマンシフトのピークのラマン強度が所定の閾値よりも低いことが、前記膵臓がんの悪性度が低いことを示すということもできる。
【0021】
ここで、所定の閾値は上述したものと同様であり、例えば、予後不良であった膵がん患者由来の試料について蓄積されたラマンスペクトルデータと、予後良好であった膵がん患者由来の試料について蓄積されたラマンスペクトルデータを比較し、両者を鑑別できるラマン強度を所定の閾値として設定することができる。あるいは、統計解析法により判別式を作成し、この式を用いてこれらの蓄積されたラマンスペクトルデータから閾値を算出してもよい。あるいは、上記の蓄積されたラマンスペクトルデータをAIに機械学習させて、膵がんの悪性度を自動判別させてもよい。
【0022】
工程(b)におけるラマンスペクトルデータは、がん間質細胞領域から取得されたものであってもよい。実施例において後述するように、乳がんにおいても膵臓がんにおいても、がん細胞領域において測定されたラマンスペクトルデータだけでなく、がん間質細胞領域において測定されたラマンスペクトルデータに基づいて、がんの悪性度を予測することができる。
【0023】
がんの悪性度とは、がん細胞の増殖、転移、再発のしやすさの程度の指標である。悪性度が高いとは、例えば術後の無病生存期間が短いこと、術後の化学療法感受性が低いこと等を意味する。乳がんにおいては、DCISである場合よりもIBCである場合のほうが、悪性度が高いということができる。膵臓がんにおいては、例えば、無病生存期間が1年以下である場合には、悪性度が高いということができる。
【実施例0024】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0025】
[材料及び方法]
(基板の作成)
24×24×0.5mmのガラスプレートを、表面活性剤(W304/LB93、アデカ)で洗浄し、超音波槽において超精製水でリンスした。スピンドライヤーでガラスプレートを乾燥させた後、反応性DCマグネトロンスパッタリングシステム(SPF-530H、キヤノンアネルバ)を使用して、アルミニウム(Al)を5Ås-1の蒸着速度で50nmの厚さになるようにガラスプレートに蒸着した。
【0026】
続いて、Alフィルムを熱水(100℃)で15分間煮沸して、ベーマイト(AlO(OH))を形成させ、窒素ガスで乾燥させた。さらに、電子ビーム蒸着システム(EBX-8C、アルバック)によって、金(Au)を80°の蒸着角度で蒸着させた。この方法により、基板上に、Gold-nanofeve(GNF)と名付けたソラマメ型金(Au)ナノ粒子のランダム配列を構築した。この基板を使用することで、表面増強ラマン分光法(SERS)解析において、励起源としての電磁的なホットスポットを生み出し、組織切片中の代謝物の分子振動を十分な感度と均一性で広範囲に可視化することができる。
【0027】
(ラマンスペクトルの測定)
ラマンスペクトルの測定は、50倍(NA=0.65)の対物レンズを備えた倒立ラマン顕微鏡システム(RAMANforce、ナノフォトン)により行った。表面増強ラマン分光法(SERS)測定を行う前に、顕微鏡システムの感度と周波数を、シリコンフォノンモードのラマンシフト520cm-1で較正した。SERSシグナルのバックグラウンドノイズは、Lanczosの第二関数で加重平均フィッティングを行うことにより、測定したスペクトルから差し引いた。
【0028】
(代謝産物のSERSイメージング)
図1は、凍結した生検標本から作製した薄切切片の代謝物をSERSイメージングにより画像化するシステムを説明する概略図である。金ナノ粒子の2次元基板(GNF基板)を用いたSERSイメージングにより、無標識・非染色で金粒子と接触した代謝物のSERSスペクトルを得ることができる。質量分析イメージングも搭載可能である。ピクセルベースのSERSスペクトルの情報はIMAGEREVEAL MS Softwareを経て画像として取り込まれる。
【0029】
また、SERSイメージング終了後に基板上のサンプルをそのまま使ってヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を実施し、検鏡と画像取得を行い、病理専門医によりアノテーションを付けることができる。IMAGEREVEALの情報はAIであるXGBoostに組み込まれ、例えば、乳がんがDuctal carcinoma in situ(DCIS)であるか、Invasive breast cancer(IBC)であるかの判定を行う。XGBoostは、判定を行うだけでなく、どのSERSピークが判定に貢献したかを自動的に出力することができる。
【0030】
SERSイメージングの空間分解能は約9ミクロンであり、1ピクセル毎に波数が200cm-1から2000cm-1に及ぶ検出が可能である。特に200~1600cm-1の領域は低分子代謝物の官能基に対応したシグナルが取れる領域(指紋領域)として重要である。
【0031】
非染色のがん組織試料の凍結ブロックから5μm厚の組織切片を作製し、GNF基板に載せた。続いて、GNF基板を真空乾燥チャンバーに入れ、代謝産物のSERSイメージングを行った。
【0032】
SERSイメージングの前に、マイクロニードルを使用して、SERS基板の表面の組織切片の外側領域に3つのマイクロスクラッチを付けた。このマイクロスクラッチは光学顕微鏡法とSERSイメージングによって特定できるため、SERS画像とHE染色の向きを一致させることができた。より高いS/N比でSERSイメージングを達成するために、±10cm-1の中心ピーク波数でSERSシグナルを蓄積した。
【0033】
SERSスペクトルデータを収集した後、同一薄切切片を動かさずにHE染色することができる。そして、HE標本を病理専門医に検鏡してもらい、がん細胞領域とがん間質細胞領域のアノテーションを示してもらうことができる。HE染色画像と、SERSイメージングの各波数に対応した画像との位置関係を検証することにより、がん細胞領域とがん間質細胞領域との代謝物分布の違いを検出することができる。
【0034】
(がん細胞領域及びがん間質細胞領域の病理学的アノテーション)
組織切片のSERSイメージングを行った直後に、同じ組織切片を用いてHE染色を行った。NanoZoomer v.2.0-HT(浜松ホトニクス)を使用して、光学的に透明なGNF基板上にマウントしたHE染色組織切片の顕微鏡画像をデジタル写真ファイルとしてインポートした。がん細胞は、NDPview2ソフトウェア(浜松ホトニクス)を使用して、病理の専門家ががん細胞領域及びがん間質細胞領域にそれぞれアノテーションを付けた。がん組織内において、がん間質細胞領域の候補領域にがん細胞が含まれる場合には、その領域にはアノテーションを付けなかった。
【0035】
[実験例1]
(乳がん針生検組織を用いたSERSイメージング)
病理診断によってDuctal carcinoma in situ(DCIS)とInvasive breast cancer(IBC)の区別が可能になるが、そもそも両者の鑑別診断は病理医による判定でも容易ではない作業である。本実験例では、乳がんのDCISとIBCの鑑別診断がSERSスペクトルの判別によって客観的に可能であるかどうかを検証した。
【0036】
DCIS(14例)とIBC(32例)の乳がん針生検組織切片のSERSイメージングを行った。図2(a)は測定された平均SERSスペクトルデータである。縦軸はシグナル強度(相対値)を示す。図2(a)の「All anotation」は、がん細胞領域とがん間質細胞領域を合わせた結果であることを示す。図2(a)中の数字は2つのSERSスペクトルデータで有意差のあった波数を示す。その結果、DCIS由来の試料とIBC由来の試料の間には明らかな差があり、両群間で有意差が認められた波数は30か所に及んだ。
【0037】
続いて、これらのラマンシフトのピークの違いが、2次元画像上にどのように表れるかを詳細に検討した。図2(b)は、主要なラマンシフトのピークである、382cm-1、480cm-1、722cm-1、974cm-1、1140cm-1の波数におけるSERS像を示す画像である。図2(b)中、上段はDCIS由来の試料の画像であり、下段はIBC由来の試料の画像である。スケールバーは100μmを示す。一番左の画像は、SERSイメージングを行った直後に、同じ組織切片を用いてHE染色を行った画像である。その結果、複数の幾つかのピークに着目することによって、DCISとIBCを客観的に識別することが可能であることが示唆された。
【0038】
発明者らは、これらのピークのうち、722cm-1のピークがATP、ADP等の高エネルギーリン酸化アデニンヌクレオチド由来のものであることを以前に確認しており、サンプルの質の確認に有用であると考えている。
【0039】
ラマンシフトのピークは、質量分析と同様に、すべてのピークの帰属が明らかにされているわけではないが、図2(a)の298cm-1はグルタチオン由来のピークである。また、480cm-1はヒドロポリスルフィド由来のピークと考えられ、IBCでDCISよりも有意に高値を示していることが示された。また、974cm-1はヒポタウリン由来のピークと考えられ、DCISでIBCよりも有意に高値を示していることが示された。
【0040】
[実験例2]
(病理アノテーションとの照合によるがん細胞領域とがん間質細胞領域の代謝プロファイルの鑑別)
専門病理医により、「がん細胞領域」と「がん間質細胞領域」にアノテーションされた領域から検出されたSERSスペクトルを別々に加算し、比較検討した。
【0041】
図3は、DCIS由来の試料及びIBC由来の試料の典型的なSERS画像である。スケールバーは100μmを示す。図3中、DCIS由来の試料のHE染色像における「*」は、腺管に集積したがん細胞を示す。癌細胞の周囲の線で囲んだ領域はがん間質細胞領域を示す。また、IBC由来の試料のHE染色像における黒線で囲んだ領域は「がん細胞領域」を示し、白線で囲んだ領域は「がん間質細胞領域」を示す。
【0042】
その結果、IBC由来の試料における480cm-1のシグナルは、がん細胞領域と比較してがん間質細胞領域で強いことが示された。
【0043】
図4(a)は、DCIS由来の試料及びIBC由来の試料の「がん細胞領域」のみに着目した平均SERSスペクトルデータである。縦軸はシグナル強度(相対値)を示す。「Cancer cell nests」は「がん細胞領域」を示す。図4(b)は、DCIS由来の試料及びIBC由来の試料の「がん間質細胞領域」のみに着目した平均SERSスペクトルデータである。縦軸はシグナル強度(相対値)を示す。「Stroma」は「がん間質細胞領域」を示す。
【0044】
その結果、ヒドロポリスルフィドを示すと考えられる480cm-1のピークは、「がん細胞領域」及び「がん間質細胞領域」の双方でIBCがDCISより有意に高値を示した。また、がん細胞領域に比べてがん間質細胞領域でより高値を示すことが明らかになった。ところで、ヒドロポリスルフィドはシステインから生成される。IBCでは、通常はほとんど検出できないヒドロポリスルフィドが、がん間質細胞領域で顕著に増加する一方、ヒドロポリスルフィドと同じくシステインから生成される抗酸化物質であるグルタチオンやヒポタウリンが低下することが示された。この結果から、これらの抗酸化代謝物が、がんの微小環境の変化に応じて異なる制御を受けていることが示唆された。
【0045】
[実験例3]
(AIによる自動判別の検討)
SERS画像上には数千のピクセルが存在し、ピクセル毎に独立したSERSスペクトルを収集できるため、これらを自動的にAIに入力して、部位特異的なスペクトル解析が可能である。
【0046】
XGBoostと呼ばれるオープンソースのAIを用いて解析を行った結果、乳がん組織でDCISとIBCを鑑別するために重要な上位4つのピークは298cm-1、382cm-1、480cm-1、974cm-1であることが判明した。これらの複数の波数のピークのラマン強度を利用すると、DCISとIBCの鑑別診断が客観的に可能になり、病理診断の補助手段となると考えられる。
【0047】
現時点では382cm-1の帰属は不明であるが、298cm-1はグルタチオンであり、480cm-1は(ヒドロ)ポリスルフィドであり、974cm-1はヒポタウリンであると考えられる。
【0048】
ところで、ポリスルフィドはシスプラチン等の抗がん剤の無力化に関与することが知られている。そして、ポリスルフィドの分解剤であり、臨床でも去痰剤として使用されているアンブロキソールが、抗がん剤の腫瘍退縮効果を増強することが知られている。
【0049】
本実験例により、治療抵抗性の解除戦略として活性硫黄種の抑制が利用できること、更にはイメージングメタボロミクスを治療効果のバイオマーカーとして利用できることが示された。
【0050】
[実験例4]
(膵臓がん針生検組織を用いたSERSイメージング)
13例の膵管腺がん(pancreatic ductal adenocarcinoma、PDAC)の針生検組織切片のSERSイメージングを行った。
【0051】
図5は測定された平均SERSスペクトルデータである。縦軸はシグナル強度(相対値)を示す。図5中、「Stroma in PDAC」は、膵管腺がんのがん間質細胞領域の結果であることを示し、「Cancer cells in PDAC」は、膵管腺がんのがん細胞領域の結果であることを示し、「Control」は対照としての慢性膵炎に由来する組織切片の結果であることを示す。その結果、「がん細胞領域」及び「がん間質細胞領域」の双方で対照との間に有意差が認められるピークが見出された。
【0052】
図6は、主要なラマンシフトのピークである、298±10cm-1、480±10cm-1、720±10cm-1の波数におけるSERS像を示す画像である。図6中、上段はPDAC由来の試料の画像であり、下段は対照の画像である。スケールバーは2mmを示す。一番右の画像は、SERSイメージングを行った直後に、同じ組織切片を用いてHE染色を行った画像である。その結果、複数の幾つかのピークに着目することによって、PDACを客観的に識別することが可能であることが示唆された。
【0053】
図7は、13例のPDAC由来の試料のSERSスペクトルデータに基づいて、各試料の298±10cm-1、480±10cm-1、720±10cm-1、978±10cm-1の波数におけるラマン強度を示したグラフである。縦軸はシグナル強度(相対値)を示す。図7中、「Control」は対照としての慢性膵炎に由来する組織切片の結果であることを示し、「Stroma」は、膵管腺がんのがん間質細胞領域の結果であることを示し、「Cancer」は、膵管腺がんのがん細胞領域の結果であることを示す。また、「*」は対照に対して有意差が存在することを示し、「†」は「Stroma」に対して有意差が存在することを示す。
【0054】
図8(a)は、膵がん組織のがん間質細胞領域を質量分析イメージングにより解析し、ポリスルフィドの基質になるシステインの量を測定した結果に基づいて、システインの量が平均値より高い患者と低い患者に分け、治療後の予後を示した無病生存率を示したグラフである。その結果、システインの量ががん間質細胞領域で高い症例は予後が悪いことが明らかとなった。
【0055】
図8(b)は、膵がん組織のがん細胞領域をSERSイメージングにより解析し、480cm-1のピークで示されるポリスルフィドの量を測定した結果に基づいて、ポリスルフィドの量が平均値より高い患者と低い患者に分け、手術後の予後を示した無病生存率を示したグラフである。その結果、ポリスルフィドの量が高い症例は予後が悪いことが明らかとなった。
【0056】
以上の本実験例の結果より、膵臓がんにおいてもラマンスペクトルデータに基づいて、がんの悪性度を客観的に予測することができることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明によれば、固形がんの悪性度の予測を客観的に行う技術を提供することができる。
図1
図2
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図4
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図7
図8