(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024010353
(43)【公開日】2024-01-24
(54)【発明の名称】分化細胞又は分化組織を製造する方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/02 20060101AFI20240117BHJP
C12Q 1/6897 20180101ALI20240117BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20240117BHJP
C12N 15/63 20060101ALN20240117BHJP
【FI】
C12N5/02
C12Q1/6897 Z
C12N5/10
C12N15/63 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022111643
(22)【出願日】2022-07-12
(71)【出願人】
【識別番号】503027931
【氏名又は名称】学校法人同志社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山本 浩司
(72)【発明者】
【氏名】森田 有亮
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA20
4B063QQ02
4B063QQ53
4B063QR33
4B063QR58
4B063QR60
4B063QR72
4B063QR77
4B063QS05
4B063QS25
4B063QS36
4B063QX01
4B065AA90X
4B065AB01
4B065BA02
4B065BA25
(57)【要約】
【課題】刺激の負荷により細胞の分化を促進する際に刺激の初期条件に依らずにより効率的に分化を促進する技術を提供すること。
【解決手段】分化細胞又は分化組織を製造する方法であって、細胞を、複数の方向のひずみの組合せが互いに異なる複数のひずみ場が生じる条件で刺激を負荷しながら培養する培養工程、前記培養工程において、各ひずみ場における前記細胞の分化に関する遺伝子の発現量を非侵襲に測定する測定工程、前記測定工程の結果に基づいて刺激を調整して培養する調整培養工程、を含む、方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
分化細胞又は分化組織を製造する方法であって、
細胞を、複数の方向のひずみの組合せが互いに異なる複数のひずみ場が生じる条件で刺激を負荷しながら培養する培養工程、
前記培養工程において、各ひずみ場における前記細胞の分化に関する遺伝子の発現量を非侵襲に測定する測定工程、
前記測定工程の結果に基づいて刺激を調整して培養する調整培養工程、
を含む、方法。
【請求項2】
前記刺激が力学刺激、電気刺激、又は薬剤刺激である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記刺激が力学刺激である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記力学刺激が引張刺激、圧縮刺激、せん断刺激、静水圧、摺動(滑り)刺激、及びねじりからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記方向が2つである、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
2つの前記方向が60~120度で交差する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記培養工程が二次元培養又は三次元培養である、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記細胞が軟骨前駆細胞、軟骨細胞、筋前駆細胞、筋細胞、骨芽細胞、骨細胞、及び幹細胞からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記遺伝子が、I型コラーゲン遺伝子、II型コラーゲン遺伝子、X型コラーゲン遺伝子、PRG4遺伝子、アグリカン遺伝子、MMP13遺伝子、及びSOX9遺伝子からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記細胞が、前記遺伝子のプロモーター及びその下流に配置されたレポーター遺伝子を含む発現カセットを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記測定工程が、前記細胞のレポーターシグナル強度を測定することにより行われる、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記調整培養工程において、前記測定工程の結果に基づいて、細胞の分化が促進するように刺激を調整して培養する、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分化細胞又は分化組織を製造する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
関節軟骨は、関節表面を覆い、荷重支持、衝撃吸収および潤滑などの優れた力学機能を有している。また歩行運動等の関節運動により、軟骨細胞に圧縮力やせん断力など複合的な力学刺激が負荷されており、関節軟骨の形成や細胞の形質維持に影響を与えている。しかし、関節軟骨はリンパ管、血管および神経が存在しないため自己修復能が乏しく、損傷した関節軟骨が自己修復することは困難である。関節軟骨の代表的な疾患には変形性膝関節症があり、培養担体を用いた自家培養軟骨移植術が注目されている。しかし、培養軟骨は形質を維持して長時間培養を行うことが困難であり、生体の関節軟骨と比較し力学特性が劣ることが問題である。実際に軟骨細胞をin vitroで培養すると、軟骨分化マーカーであるCol2a1の発現量が減少するとともに、脱分化マーカーであるCol1a1の発現量が増加し、線維軟骨化することが報告されている。そのため培養軟骨作製においては、Col2a1発現量を増加させ、如何にCol1a1発現量を抑制させるのかが重要とされている。
【0003】
これまで多くの研究で、生理的な力学刺激が軟骨細胞の活性や形質維持に影響を与えることを報告しており、培養過程の力学刺激により、培養軟骨組織の基質産生量や力学機能が向上している。例えば、非特許文献1及び2では、培養軟骨組織に対して周期的静水圧や機械的圧縮刺激負荷によってII型コラーゲンやアグリカンといった細胞外基質タンパク質の産生が促進されたと報告している。また、非特許文献3及び4では、軟骨細胞に過度なひずみ量を生じさせるとCol2a1の発現量は減少し、Col1a1の発現量が増加したことを報告している。またこれらに加え、細胞ソースの問題の解決を目指してES/iPS細胞や間葉系幹細胞を用いた骨、軟骨の再生医療に関する研究が行われている。間葉系幹細胞はES/iPS細胞と比較すると増殖能や分化能は劣るが、腫瘍化のリスクが低く、比較的容易に自家細胞を利用できる点で、臨床応用に向けて障壁が低い。間葉系幹細胞の軟骨分化に関しても力学刺激は有効であり、せん断刺激や圧縮刺激が軟骨分化を促進することが報告されている。生体組織は、細胞周辺の力学場を介して伝達された刺激に対する細胞応答を反映して構造構築や機能発現を達成している。そのため、組織状態に応じて細胞に適切な刺激を負荷することができれば、効率的な培養軟骨の作製が可能になると考えられる。
【0004】
上述のように、培養に応じて細胞周囲の力学場も変化するため、適切な力学刺激を設定するためには力学場に応じた遺伝子の発現動態をモニタリングする必要がある。しかし現在までの多くの研究では、フィードフォワードに刺激量や刺激負荷のタイミングを設定し、一定期間培養後の遺伝子発現量やタンパク質産生量の評価を行っているため、細胞分化に関する情報は組織全体の量として取得されており、細胞周囲の微小な「力学場」などの空間情報や、リアルタイム性などの時間情報との関連が失われている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Buschmann, M. D., Kim, Y. J., Wong, M., Frank, E., Hunziker, E. B., and Grodzinsky, J., Stimulation of aggrecan synthesis in cartilage explants by cyclic loading is localized to regions of high interstitial fluid flow, Archives of Biochemistry and Biophysics, Vol. 366, (1999), pp. 1-7.
【非特許文献2】Ueki, M., Tanaka, N., Tanimoto, K., Nishio, C., Honda, K., Lin, Y. Y., Tanne, Y., Ohkuma, S., Kamiya, T., Tanaka, E., and Tanne, K, The effect of mechanical loading on the metabolism of growth plate chondrocytes, Annals of Biomedical Engineering, Vol. 36, (2008), pp. 793-800.
【非特許文献3】Zhu, G., Yuepeng, O., Weiting, W., and Runguang, L., Negative effects of high mechanical tensile strain stimulation on chondrocyte injury in vitro, Biochemical and Biophysical Research Communications, Vol. 510, No. 1, (2019), pp. 48-52.
【非特許文献4】Dongyan, Z., Chen, X., Zhang, W., and Luo, Z., Excessive tensile strain induced the change in chondrocyte phenot, Acta of Bioengineering and Biomechanics, Vol. 20, No.2, (2018).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、刺激の負荷により細胞の分化を促進する際に刺激の初期条件に依らずにより効率的に分化を促進する技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記課題に鑑みて鋭意研究を進めた結果、分化細胞又は分化組織を製造する方法であって、細胞を、複数の方向のひずみの組合せが互いに異なる複数のひずみ場が生じる条件で刺激を負荷しながら培養する培養工程、前記培養工程において、各ひずみ場における前記細胞の分化に関する遺伝子の発現量を非侵襲に測定する測定工程、前記測定工程の結果に基づいて刺激を調整して培養する調整培養工程、を含む、方法、であれば、上記課題を解決できることを見出した。本発明者はこの知見に基づいてさらに研究を進めた結果、本発明を完成させた。即ち、本発明は、下記の態様を包含する。
【0008】
項1. 分化細胞又は分化組織を製造する方法であって、
細胞を、複数の方向のひずみの組合せが互いに異なる複数のひずみ場が生じる条件で刺激を負荷しながら培養する培養工程、
前記培養工程において、各ひずみ場における前記細胞の分化に関する遺伝子の発現量を非侵襲に測定する測定工程、
前記測定工程の結果に基づいて刺激を調整して培養する調整培養工程、
を含む、方法。
【0009】
項2. 前記刺激が力学刺激、電気刺激、又は薬剤刺激である、項1に記載の方法。
【0010】
項3. 前記刺激が力学刺激である、項1に記載の方法。
【0011】
項4. 前記力学刺激が引張刺激、圧縮刺激、せん断刺激、静水圧、摺動(滑り)刺激、及びねじりからなる群より選択される少なくとも1種である、項3に記載の方法。
【0012】
項5. 前記方向が2つである、項1に記載の方法。
【0013】
項6. 2つの前記方向が60~120度で交差する、項5に記載の方法。
【0014】
項7. 前記培養工程が二次元培養又は三次元培養である、項1に記載の方法。
【0015】
項8. 前記細胞が軟骨前駆細胞、軟骨細胞、筋前駆細胞、筋細胞、骨芽細胞、骨細胞、及び幹細胞からなる群より選択される少なくとも1種である、項1に記載の方法。
【0016】
項9. 前記遺伝子が、I型コラーゲン遺伝子、II型コラーゲン遺伝子、X型コラーゲン遺伝子、PRG4遺伝子、アグリカン遺伝子、MMP13遺伝子、及びSOX9遺伝子からなる群より選択される少なくとも1種である、項1に記載の方法。
【0017】
項10. 前記細胞が、前記遺伝子のプロモーター及びその下流に配置されたレポーター遺伝子を含む発現カセットを含む、項1に記載の方法。
【0018】
項11. 前記測定工程が、前記細胞のレポーターシグナル強度を測定することにより行われる、項10に記載の方法。
【0019】
項12. 前記調整培養工程において、前記測定工程の結果に基づいて、細胞の分化が促進するように刺激を調整して培養する、項1に記載の方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、刺激の負荷により細胞の分化を促進する際に刺激の初期条件に依らずにより効率的に分化を促進する技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】実施例で使用した力学刺激負荷培養装置を示す。
【
図2】実施例で使用した培養シートのシート形状および寸法を示す。
【
図3】ステッピングモーターにより変位(シート変位量:(a)1.520 mm, (b)1.380 mm, (c)1.240 mm, (d)1.100 mm, (e)0.960 mm, (f)0.820 mm, (g)0.680 mm, (h)0.540 mm)を加えた際に生じるひずみε
xxについての2次元ひずみ場のコンターマップを示す。
【
図4】ステッピングモーターにより変位(シート変位量:(a)1.520 mm, (b)1.380 mm, (c)1.240 mm, (d)1.100 mm, (e)0.960 mm, (f)0.820 mm, (g)0.680 mm, (h)0.540 mm)を加えた際に生じるひずみε
yyについての2次元ひずみ場のコンターマップを示す。
【
図5】蛍光観察画像により算出した各平均蛍光輝度値とRT-qPCRによって測定した各遺伝子発現量の関係性を示す(N=4、mean±S.D.)。
【
図6】シグモイド関数を用いた実験値と解析値の比較結果を示す。
【
図7】初期変位量を0.960 mmに設定して力学刺激制御した際の、培養6日目のCol2a1、Col1a1発現量をRT-qPCRによって測定した結果を示す(N=4、mean±S.D.、*はp<0.05を示す(スチューデントt検定))。
【
図8】0.540 mmの一定力学刺激負荷培養6日目のCol2a1、Col1a1発現量をRT-qPCRによって測定した結果を示す(N=4、mean±S.D.、*はp<0.05を示す(スチューデントt検定))。
【
図9】初期変位量を0.540 mmに設定して力学刺激制御した際の、培養6日目のCol2a1、Col1a1発現量をRT-qPCRによって測定した結果を示す(N=4、mean±S.D.、*はp<0.05を示す(スチューデントt検定))。
【
図10】初期変位量を0.960 mmに設定して力学刺激制御した際の、各日((a): day1, (b): day2, (c): day3, (d): day4, (e): day5.)における応答曲面を示す。
【
図11】初期変位量を0.540 mmに設定して力学刺激制御した際の、各日((a): day1, (b): day2, (c): day3, (d): day4, (e): day5.)における応答曲面を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。 本発明は、その一態様において、分化細胞又は分化組織を製造する方法であって、細胞を、複数の方向のひずみの組合せが互いに異なる複数のひずみ場が生じる条件で刺激を負荷しながら培養する培養工程、前記培養工程において、各ひずみ場における前記細胞の分化に関する遺伝子の発現量を非侵襲に測定する測定工程、前記測定工程の結果に基づいて刺激を調整して培養する調整培養工程、を含む、方法(本明細書において、「本発明の方法」と示すこともある。)、に関する。以下にこれについて説明する。
【0023】
培養工程に供される細胞は、刺激の負荷により分化が促進し得る細胞である限り、特に制限されない。細胞としては、例えば軟骨前駆細胞、軟骨細胞、筋(例えば心筋、骨格筋)前駆細胞、筋(例えば心筋、骨格筋)細胞、骨芽細胞、骨細胞、幹細胞(例えば間葉系幹細胞、人工多能性幹細胞、胚性幹細胞等)等が挙げられる。
【0024】
細胞は、細胞株であることもできるし、初代培養細胞であることもできる。また、細胞は、1つ1つの細胞が分離された状態であってもよいし、平面状又は立体状の組織を形成した状態であってもよい。
【0025】
培養工程は、刺激が負荷された状態で行われる。刺激としては、細胞の分化が促進し得る刺激である限り特に制限されず、例えば力学刺激、電気刺激、薬剤刺激等が挙げられる。刺激は、本発明の方法を好適に適用でき、目的の効果が得られやすいという観点から、特に好ましくは力学刺激である。力学刺激としては、例えば引張刺激、圧縮刺激、せん断刺激、静水圧、摺動(滑り)刺激、ねじり等が挙げられる。
【0026】
刺激は、細胞に対して、複数の方向のひずみの組合せが互いに異なる複数のひずみ場が生じる条件で、負荷される。本発明の方法においては、複数の方向のひずみを考慮する点を特徴の一つとする。
【0027】
ひずみ場とは、細胞培養面、又は細胞からなる立体構造体を区分けする、一定の面積又は一定の体積を有する領域である。細胞培養面又は細胞からなる立体構造体は、複数の方向のひずみの組合せが互いに異なる複数のひずみ場に分割される。
【0028】
「複数の方向のひずみの組合せが互いに異なる複数のひずみ場」とは、例えばある方向(方向1)のひずみの数値と方向1とは別の方向(方向2)のひずみの数値の組合せが互いに異なる複数のひずみ場であり、より具体的には、例えば方向1のひずみがX1%且つ方向2のひずみがY1%のひずみ場、方向1のひずみがX2%且つ方向2のひずみがY1%のひずみ場、方向1のひずみがX2%且つ方向2のひずみがY2%のひずみ場、方向1のひずみがX3%且つ方向2のひずみがY2%のひずみ場、・・・からなる複数のひずみ場であることができる(X1、X2、X3、・・・は互いに異なる数値範囲を示し、Y1、Y2、・・・は互いに異なる数値範囲を示す。)。
【0029】
考慮するひずみの方向の数は、例えば2~4、好ましくは2~3、特に好ましくは2である。
【0030】
ある方向と別の方向が交差する角度は、例えば30~150度、好ましくは60~120度、より好ましくは80~100度である。
【0031】
複数の方向の内の1つは、刺激が負荷される方向(例えば引張刺激の場合は引張方向)であることができ、他の1つは当該方向に対して例えば30~150度、好ましくは60~120度、より好ましくは80~100度で交差する方向であることができる。
【0032】
ひずみの範囲としては、好ましくは0~11%が挙げられる。より具体的には、例えば引張刺激の場合は、引張方向は0~11%、引張方向と交差する方向は0~5%であることができる。
【0033】
ひずみ場を区分するひずみ範囲の幅(上記説明におけるX1、X2、X3、Y1、Y2、・・・の数値範囲の幅)は、特に制限されないが、例えば0.1~3%、好ましくは0.3~2%、より好ましくは0.6~1.5%、さらに好ましくは0.8~1.2%であることができる。
【0034】
培養は、細胞にひずみを負荷できるように、伸縮性を有する素材からなる基材上で行うことが好ましい。このような素材としては、特に制限されないが、例えばシリコンシート、アガロースゲル、コラーゲンゲル等が挙げられる。本発明の好ましい一態様においては、上記した複数のひずみ場が生じるように培養基材の形状及び培養基材に負荷する刺激の強度を予め定めておき、この定めた条件で培養基材に刺激を負荷し、これにより細胞に対して同じ刺激を負荷することができる。
【0035】
培養基材の形状は特に制限されないが、通常、シート状である。
【0036】
培地は、動物細胞の培養に用いられる基礎培地を元に調製することができる。基礎培地としては、例えば、Glasgow's Minimal Essential Medium(GMEM)培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle's Minimum Essential Medium (EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco's modified Eagle's Medium (DMEM)培地、Ham's F12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、Neurobasal Medium(ライフテクノロジーズ)およびこれらの混合培地などが包含される。培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。必要に応じて、培地は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3'-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有し得る。
【0037】
培養条件について、培養温度は、特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO2濃度は、好ましくは約2~5%である。
【0038】
培養時間は、少なくとも1つのひずみ場において、分化に関する遺伝子が発現する程度の時間であれば、特に制限されない。培養時間は、例えば12時間~7日間、好ましくは15時間~2日間であることができる。
【0039】
分化に関する遺伝子は、分化を促進、分化を抑制する、又は脱分化を促進する遺伝子である限り、特に制限されない。ここで、分化とは、細胞の種類によって異なり得るが、例えば軟骨分化、骨分化、筋分化等であることができる。軟骨の場合の当該遺伝子の具体例としては、例えばI型コラーゲン遺伝子、II型コラーゲン遺伝子、X型コラーゲン遺伝子、アグリカン遺伝子、PRG4遺伝子、MMP13遺伝子、SOX9遺伝子等が挙げられる。これらの中でも、I型コラーゲン遺伝子、II型コラーゲン遺伝子が好ましく、I型コラーゲン遺伝子とII型コラーゲン遺伝子との組合せが特に好ましい。
【0040】
分化に関連する遺伝子の由来生物は特に制限されず、動物、例えばヒト、サル、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、シカ等の種々の哺乳類動物が挙げられる。これらの中でも、特に好ましくはヒトである。
【0041】
分化に関連する遺伝子の塩基配列は公知であり、NCBI等の各種データベースを利用して知得することが可能である。
【0042】
分化に関する遺伝子の発現量の測定方法は、非侵襲な、すなわち培養状態の細胞を破壊することなく測定可能な方法である限り、特に制限されない。このような方法としては、培養工程に供する細胞として、分化に関する遺伝子のプロモーター及びその下流に配置されたレポーター遺伝子を含む発現カセットを含む細胞を使用し、さらに当該細胞のレポーターシグナル強度を測定することにより行う方法が挙げられる。
【0043】
プロモーターは、分化に関する遺伝子の発現に必要とされる領域であり、この限りにおいて特に制限されない。プロモーターは、典型的には、分化に関する遺伝子の転写開始点、その上流(5’側)の配列、及び必要に応じてその下流(3’側)の配列を含むことができる。上流の配列の塩基長は、例えば100以上、200以上、300以上、500以上、1000以上、2000以上、又は3000以上であることができ、例えば10000以下、7000以下、又は5000以下であることができる。
【0044】
レポーター遺伝子としては、例えばGFP、Azami-Green、ZsGreen、GFP2、HyPer、Sirius、BFP、CFP、Turquoise、Cyan、TFP1、YFP、Venus、ZsYellow、Banana、KusabiraOrange、RFP、DsRed、AsRed、Strawberry、Jred、KillerRed、Cherry、HcRed、mPlum等の蛍光タンパク質遺伝子が挙げられる。
【0045】
上記方法により測定されたレポーターシグナル強度は、分化に関する遺伝子のプロモーターにより発現したレポータータンパク質の量を表しているので、当該シグナル強度は分化に関する遺伝子の発現量を反映している。当該シグナル強度又はその相対値をそのまま分化に関する遺伝子の発現量として取り扱うこともできるし、当該シグナル強度と分化に関する遺伝子の発現量との相関関係を予め測定しておき、当該相関関係に基づいて当該シグナル強度を分化に関する遺伝子の発現量に変換することもできる。
【0046】
測定工程では、複数のひずみ場それぞれにおける、分化に関する遺伝子の発現量を測定する。これにより、各ひずみ場における発現量情報が得られる。本発明の方法では、得られた発現量情報に基づいて、培養工程における刺激を調整してさらに培養を継続する。
【0047】
発現量情報は、刺激の調整のための指標としてそのまま使用することもできるし、加工して使用することもできる。例えば、複数の遺伝子の発現量情報を得た場合は、各発現量情報を加算、減算、乗算、除算などの算術処理に供し、得られた値を刺激の調整のための指標として使用することもできる。好ましい具体例においては、II型コラーゲン遺伝子の発現量からII型コラーゲン遺伝子の発現量を減じた値を指標として使用することができる。
【0048】
調整培養工程においては、好ましくは、前記測定工程の結果に基づいて、細胞の分化が促進するように刺激を調整して培養する。具体例としては、次のとおりである。ひずみ場それぞれにおいて、ひずみ場の面積と上記指標の値を乗じて値Xを算出する。次に、各ひずみ場について得られた値Xを全て足し合わせて合計値Yを算出する。続いて、刺激を変化させた場合の各ひずみ場の面積変化情報に基づいて、合計値Yがより分化が促進する方向に変化するように、力学指摘を変化させて培養する。
【0049】
本発明の方法により、培養工程に供する時点の細胞よりも分化状態が進んだ分化細胞又は分化組織を得ることができる。本発明の方法により、刺激の初期条件に依らずにより効率的に分化を促進することができる。また、本発明の好ましい一態様によれば、一定の刺激を負荷し続ける方法に比べて、より効率的に分化を促進することも可能である。
【0050】
「分化状態が進んだ」とは、細胞の分化状態が進むのみならず、細胞が産生する物質(コラーゲン等の細胞外マトリックス等)や細胞を含む組織が体内の組織の構成により近づくことをも包含する。
【実施例0051】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0052】
試験例1.分化細胞の製造
<1.概要>
細胞に力学刺激を負荷しながら培養を行う際に、引張方向と圧縮方向のひずみの組合せが互いに異なる複数のひずみ場それぞれにおけるI型コラーゲン遺伝子(Col1a1)及びII型コラーゲン遺伝子(Col2a1)の発現量を、これらの遺伝子のプロモーターを利用したレポーターアッセイに基づいて測定し、得られた測定結果に基づいてCol2a1の発現量がより増加するように及び/又はCol1a1の発現量がより抑制するように力学刺激を調整して、さらに培養を行い、分化細胞を製造した。具体的には、以下のようにして行った。
【0053】
<2.試験方法>
<2.1 力学刺激負荷培養装置の概要>
本研究では力学刺激負荷培養下において軟骨分化に伴う遺伝子の転写応答をin situで評価するため、
図1に示す力学刺激負荷培養装置を用いた。力学刺激負荷培養装置の全長は156×230 mmであり、蛍光顕微鏡(ECLIPSE TE2000-U Nikon)の自動位置決めステージの全長以下に収まる。また、力学刺激負荷培養装置基板に自動位置決めステージに固定する穴を設けることで同じ座標位置の蛍光観察が可能である。本研究では力学刺激負荷培養装置中央に設置した幅10 mm、長さ20 mm、厚さ200 μmの4枚のシリコンシート(サンシンエンタープライズ株式会社)上で細胞を培養し、力学刺激を負荷した。この装置では単軸運動のステッピングモーター(DRL28、Oriental motor)を駆動させることで、シリコンシートの両側から強制変位を与えるため、シリコンシートには中心対象に変位が生じる機構である。単軸運動のステッピングモーターはコントローラ(EMP400、Oriental motor)を介してPCでソフトウェア「Hyper terminal」により、方向、駆動速度および駆動量をプログラム制御した。またシリコンシート両側から強制変位を与える際に、シリコンシートを固定している治具を左右にぶれることなく直進させるために、リニアモーションガイドレール(SSEB6-25、MISUMI)を取り付けた。またシリコンシートの両端を固定する際にシリコンシートがねじれる可能性を防止するために、SUS316で作製した固定具を用いてねじ止めした。また観察領域底面にスライドガラスを設置しており、フタを装着したまま蛍光観察可能となるため、蛍光観察後も継続して細胞培養が可能である。この培養装置を用いて、力学刺激負荷培養下における細胞応答をin situで観察した。本研究では、37℃、CO
2濃度5%のインキュベータ内で力学刺激負荷培養装置を用いて培養した。
【0054】
<2.2 ATDC5細胞の培養方法>
本研究では、軟骨発生の初期段階における軟骨分化のモデル細胞として用いられているマウス胚癌由来クローン細胞株ATDC5細胞を用いた。ATDC5細胞はinsulin存在下において、軟骨分化 マーカーであるCol2a1、Acanの発現が増加し、分化が進行することが確認されている。分化培養では、5%のFBS、50 μg/mlのkanamycinを含有したDulbecco’s Modified Eagle’s Medium/Nutrient Mixture F-12 Ham(D8062-500ML, SIGMA-ALDRICH)培養液維持培養液中に終濃度50 μg/mlのtransferrin(10652202001, SIGMA-ALDRICH)、3×10-8 Mのsodium selenite(S5261-10G, SIGMA-ALDRICH)および10 μg/mlのinsulin(11376497001, SIGMA-ALDRICH)を添加した培養液を用いた。分化時は2.4×104 cells/cm2の密度でATDC5細胞を播種し、37℃、CO2濃度5%のインキュベータ内で培養した。なお、培養液の交換は維持培養、分化培養ともに48時間毎に行った。
【0055】
<2.3 有限要素解析による基材シート形状の設計>
本研究ではまず力学刺激を負荷した際に細胞周辺に生じる不均一な2次元ひずみ場を対象とし、それらが生じるシート形状を作製した上でシート全域において目的の遺伝子発現状態を可能とする刺激制御法の確立を目指した。力学刺激が軟骨細胞の基質産生、遺伝子発現量に影響を及ぼすことを検討した。数多くの先行研究では、本研究の培養条件である2次元培養下において、軟骨細胞に0.17 Hz、3%ひずみ、0-2 hours/dayで周期的引張刺激を与えても、基質関連遺伝子の発現にほとんど影響を及ぼさないことが明らかとなっている。また、0.17-0.5 Hz、3-10%ひずみ、2-12 hours/dayの周期的引張刺激を与えた際には、軟骨細胞の同化反応が促進することが報告されており、0.5 Hz、10%以上のひずみ、12 hours/dayの周期的引張刺激を与えた際には、軟骨細胞の異化反応が亢進することが報告されている。これらの情報を元に有限要素解析によって決定したシート形状および寸法を
図2に示す。また、このシートに細胞を播種し、ステッピングモーターにより変位を加えた際に生じる2次元ひずみ場のコンターマップを
図3に示す。
図3に示すように、x方向(引張方向)のひずみε
xxは、上述の先行研究を参考に、軟骨細胞の遺伝子発現量の増加を促す条件として、1-11%に設定した。また、シート形状の設計仕様を、(1)設定したひずみ量を、シート内に分布させることが可能であること、(2)設定した最小1%、最大11%のひずみε
xxにおける蛍光輝度値の変化を力学刺激負荷培養装置の観察領域で蛍光観察可能であること、とした。
図2に示すシート形状はこれらの仕様を満たすよう設計されており、シート長さは30 mm、シート中心を原点として、(x, y)=(±10 mm, ±5 mm)、(x, y)=(0 mm, ±2 mm)の3点を通る円をx軸対称に切り取った形状とした。なお、解析ではシリコンシートの物性値を、ヤング率5.7 MPa、ポアソン比0.49、密度1040 kg/cm
3とし、同一ひずみ場は基準値を境に±0.5%に入る範囲とした。
図3(h)から、本研究で設定した最小のひずみε
xxである1%を力学刺激負荷培養装置で蛍光観察するためには、シート内に最大4%のひずみε
xxが生じるシート変位量が必要であった。したがって、有限要素解析を用いてシート内に生じるひずみε
xxの最大値が11%に達するまで4%から1%ごと増加に必要なシート変位量を探索した。その結果、
図3のように8種類のシート変位量を使用することにより、設定した1%-11%のひずみε
xxをシート内に分布させるとともに、各ひずみ量における蛍光輝度値の変化を力学刺激負荷培養装置で蛍光観察可能となった。本研究ではこのシート形状を用いることで、設定した8種類の力学刺激を細胞状態に応じて負荷する機構とした。
【0056】
<2.4.1 Col2a1特異的プロモーターを有するZsGreen1発現ベクターの構成>
本研究では、生物の遺伝子転写過程におけるプロモーター領域の働きを利用した。 ATDC5細胞の分化促進を評価するため、マウス関節軟骨の主要な基質であるII型コラーゲンの遺伝情報をエンコードするCol2a1遺伝子のプロモーター領域およびエンハンサー領域を利用した。Col2a1プロモーター領域の選定は先行研究を参考に、マウス発生段階において軟骨特異的に働くことが同定されているプロモーター領域の反応領域(309 bp)を含む領域(687 bp)およびエキソン1およびエキソン2のイントロン領域にあるエンハンサー配列(182 bp)を使用した。また、エンハンサー領域を2回タンデムリピートさせることで転写活性を向上させた。先行研究ではこれらの領域を用いることによって、マウス胎児内において肩関節および肋軟骨で軟骨特異的に機能していることが確認されている。また、レポータータンパク質としてZsGreen1を使用した。本研究ではこのZsGreen1配列を有するプロモーターレスベクターであるpZsGreen1-1(Clontech Laboratories, Inc.)を利用した。pZsGreen1-1ベクターのマルチクローニングサイト(MCS)に選定したプロモーター領域および2回タンデムリピートしたイントロン領域を挿入したCol2a1 promoter (687 bp)-Col2a1 intron (182×2 bp)-pZsGreen1-1を作製し使用した。なお、本研究では以後このベクターをCol2a1 promoter (687 bp)-i182×2-pZsGreen1と表記する。
【0057】
<2.4.2 ATDC5細胞へのベクター導入方法>
ATDC5細胞への遺伝子導入方法として、トランスフェクション試薬Lipofectamine LTX Reagent(100014470, Thermo Fisher scientific)およびLipofectamine Plus Reagent(100014473, Thermo Fisher scientific)を用いた。レポーターベクターの導入量は1.2×104 cellsのATDC5細胞に対してCol2a1 promoter (687 bp)-i182×2-pZsGreen1 : CMV-pDsRed-Express2 = 600 ng : 400 ngとした。250 μlのOpti-MEM(31985-070, Thermo Fisher scientific)に対して、7.5 μlのLipofectamine LTX Reagent、2.5 μlのLipofectamine Plus Reagentおよび上述の比率で調製したレポーターベクターを混合し、室温で15 minインキュベートした。インキュベート中に細胞培養液を全量Opti-MEMに変更し、インキュベート終了後に混合液を滴下した。なお、wellやプレートを用いた静置培養時と力学刺激負荷時における総細胞数が異なるため、Lipofectamine LTX ReagentおよびLipofectamine Plus Reagentのメーカープロトコルに基づき、各条件の導入遺伝子量や試薬量を調整した。
【0058】
<2.5.1 Col1a1特異的プロモーターを有するDsRed-Express2発現ベクターの構成>
先行研究より、軟骨細胞のCol2a1発現量が増加した力学刺激の条件が多く報告されている,。しかし、力学刺激によって発現量が変動する遺伝子はCol2a1などの分化促進マーカー遺伝子のみではなく、軟骨脱分化マーカー遺伝子も変動する可能性が考えられる。そのため本研究では、軟骨分化促進マーカーであるCol2a1に加えて、軟骨脱分化マーカーであるCol1a1の転写応答を同時に評価する。そのために、まずCol1a1プロモーターを有する蛍光タンパク質発現ベクターの作製を行った。先行研究より、in vivoのマウスにおいて皮膚線維芽細胞、骨芽細胞、象牙芽細胞、腱、筋膜線維芽細胞で特異的な発現が確認されている3.2 kbpのプロモーター領域を選定した。また、ベクターにはレポータータンパク質であるDsRed-Express2の遺伝子配列を含むプロモーターレスベクター;pDsRed-Express2-1を用いた。まずCol1a1プロモーター領域のDNA断片をBAC clone (Thermo Fisher Scientific)よりクローニングした。
【0059】
<2.5.2 Col1a1特異的プロモーターを有するDsRed-Express2発現ベクターの発現評価>
2.5.1項で作製したCol1a1 promoter (3.2bp)-pDsRed-Express2-1の応答性評価を行った。I型コラーゲンの産生が確認されているマウス由来線維芽細胞であるNIH3T3細胞に作製したベクターを2.4.2項の手法を用いて遺伝子導入し、蛍光観察することでベクターが機能しているかを評価した。また本研究で用いるATDC5細胞における蛍光タンパク質の発現を確認するために、I型コラーゲンの産生が確認されている未分化ATDC5細胞に作製したベクターを2.4.2項の手法を用いて遺伝子導入し、蛍光観察した。各々の細胞の播種18時間後に遺伝子導入を行い、遺伝子導入後5日目に蛍光観察した。なお、Col1a1 promoter (3.2bp)-pDsRed-Express2-1に加えCMV-pZsGreen1-1も同時に導入した。レポーターベクターの導入量は1.2×104 cellsの細胞に対してCol1a1 promoter (3.2bp)-pDsRed-Express2-1 : CMV-pZsGreen1 = 600 ng : 400 ngとした。
【0060】
<2.5.3 Col2a1、Col1a1発現量-各蛍光輝度値の関係性評価>
遺伝子発現量変化に対する蛍光輝度変化を評価した。ATDC5細胞を4日間維持培養、7日間分化培養した後に、2.4×104cells/cm2の密度で播種した。播種18時間後に、Col2a1 promoter (687 bp)-i182×2-pZsGreen1およびCol1a1 promoter (3.2 kbp)-pDsRed-Express2を同時に導入した。レポーターベクターの導入量は1.2×104 cellsの細胞に対してCol2a1 promoter (687 bp)-i182×2-pZsGreen1 : Col1a1promoter (3.2 kbp)-pDsRed-Express2 = 500 ng : 500 ngとした。培養1、3、5、7日に蛍光観察および遺伝子抽出を行い、各遺伝子発現量と各蛍光輝度値の関係性を評価した。mRNA抽出およびRT-qPCRは常法に従った。RT-qPCRの標的遺伝子は、Col2a1、Col1a1および内在性のコントロールとしてG3pdhとし、測定する際は表2.2に示す塩基配列を有するプライマーをそれぞれ使用した。
【0061】
<2.5.4 有限要素解析による圧縮方向のひずみ解析>
本研究では、遺伝子発現量に影響を及ぼし得るひずみとして、ひずみε
xxに加えて引張方向と垂直方向のひずみε
yyも考えられることに着目した。特に2次元平面応力状態では引張ひずみε
xxに対してε
yyは圧縮を示す。そのため本研究では、力学場変動に伴うCol2a1、Col1a1の発現量をシート全体に渡って評価する際に、ひずみε
xxに加えてひずみε
yyの値を考慮して各遺伝子発現量を評価する。2.3項の
図3に示す8種類のシート変位量を用いた際に生じるひずみε
yyを有限要素解析によって取得した。
図4に、取得した8種類の各シート変位量におけるひずみε
yyの解析結果を示す。本研究では、
図3および
図4を用いてひずみε
xxおよびひずみε
yyにおける各遺伝子発現量を評価した。
【0062】
<2.5.5 Col2a1、Col1a1プロモーター活性を利用した力学刺激制御のアルゴリズム>
Col2a1発現量が増加し、Col1a1発現量を減少させることを目指して、Col2a1、Col1a1プロモーター活性に基づいて力学刺激量を変化させることで力学刺激負荷培養を行った。2.3項および2.5.4項で取得した8種類のひずみεxxおよびひずみεyyの分布パターンから、ImageJを用いて各シート内に生じている各ひずみ場の面積を算出した結果を表1及び表2に示す。シート変位量は次のとおりである:(a)1.520 mm, (b)1.380 mm, (c)1.240 mm, (d)1.100 mm, (e)0.960 mm, (f)0.820 mm, (g)0.680 mm, (h)0.540 mm。
【0063】
【0064】
【0065】
ATDC5細胞を4日間維持培養し、7日間分化培養した後に、シリコンシート全領域に2.4×104 cells/cm2の密度で播種した。播種18時間後に、Col2a1 promoter (687 bp)-i182×2-pZsGreen1およびCol1a1 promoter (3.2 kbp)-pDsRed-Express2を2.4.3項で示す方法で導入した。なお、レポーターベクターの導入量は1.2×104 cellsの細胞に対してCol2a1 promoter (687 bp)-i182×2-pZsGreen1 : Col1a1promoter (3.2 kbp)-pDsRed-Express2 = 500 ng : 500 ngとした。力学刺激負荷培養1日目後に各ひずみ場の各蛍光輝度値を取得後、2.5.3項で評価して得られた遺伝子発現量と蛍光輝度値の関係性を基に、各ひずみ場における各遺伝子発現量を推定した。なお、取得した画像から空ベクターのバックグラウンドを減算して蛍光輝度値を取得した。各ひずみ場における発現量の差分、すなわち「Col2a1 mRNAの平均値-Col1a1 mRNAの平均値」をターゲットとして、ひずみεxx:0~11%、ひずみεyy:0~5%において、応答曲面z=β0+β1x+β2y+β3x2+β4y2+β5xyを作成した。ここで、zはCol2a1 mRNA発現量-Col1a1 mRNA発現量、βi (i=1~5)は定数、xはひずみεxxの値、yはひずみεyyの値である。応答曲面図を作成する際、「刺激群のひずみ場のCol2a1 mRNAの平均値 > コントロール群のCol2a1 mRNAの平均値」を満たす条件のみを採用した。応答曲面図により得られた各ひずみ場のzの値と算出した各ひずみ場の面積を乗算し、各ひずみ場におけるzの値の重み付けを行った。その後、「各ひずみ場の面積」×「zの値」を全て足し合わせることで、8種類の各シート全領域のzの合計値を算出した。その後、8個のzの合計値を比較し、最大となる刺激量を次の刺激条件に設定した。この決定方法に従う制御を6日間毎日行った。初期条件として、シート内に1-4%のひずみεxxが生じるシート変位量(0.540 mm)を用いて0.5Hz、1日5時間の周期的引張刺激、およびシート内に1-7%のひずみεxxが生じるシート変位量(0.960 mm)を用いて0.5Hz、1日5時間の周期的引張刺激の二つの条件で力学刺激制御を行った。また、比較対象として0.540 mmおよび0.960 mmの二つのシート変位量の条件で一定力学刺激負荷培養を行った。なお、各々の無刺激群としては細胞を播種したシリコンシートを6 well plate上で静置培養したものを用いた。初期条件が異なる2条件のCol2a1、Col1a1プロモーター活性に基づく力学刺激負荷培養および一定力学刺激負荷培養の条件において、培養6日目にmRNA抽出を行った。抽出後、RT-qPCRを用いて測定した各条件のCol2a1発現量およびCol1a1発現量を各無刺激群で除算して評価した。mRNA抽出およびRT-qPCRは2.4.5項と同様の手法を用いた。標的遺伝子は、Col2a1、Col1a1および内在性のコントロールとしてG3pdhとし、これら3種類の遺伝子発現量を定量的に評価した。
【0066】
<3.結果>
<3.1 Col2a1、Col1a1プロモーター活性に基づく力学刺激に対するCol2a1、Col1a1発現>
量評価
<3.1.1 Col1a1特異的プロモーターを有するDsRed-Express2発現ベクターの発現評価>
CMV-pZsGreen1-1かつCol1a1 promoter (3.2bp)-pDsRed-Express2を導入したNIH3T3細胞において、緑色蛍光タンパク質および赤色蛍光タンパク質が発現したことを確認した。これより、作製したベクターが正常に機能したことを確認した。また同様に導入した未分化ATDC5細胞において、緑色蛍光タンパク質および赤色蛍光タンパク質の発現を確認したことより、本研究で用いるATDC5細胞に作製したベクターを導入することで、Col1a1発現動態を経時的に観察可能であることが示唆された。
【0067】
<3.1.2 Col2a1、Col1a1発現量-各蛍光輝度値の関係性評価>
2.5.3項のATDC5細胞に導入したCol2a1 promoter (687 bp)-i182×2-pZsGreen1およびCol1a1 promoter (3.2 kbp)-pDsRed-Express2の培養日数の経過に伴う定点蛍光観察画像より、定性的に培養日数の経過に伴うZsGreen1およびDsRed-Express2の平均蛍光輝度値の上昇が確認され、同一観察箇所においてCol2a1およびCol1a1の転写が活性化している様子が観察された。
図5に、蛍光観察画像により算出した各平均蛍光輝度値とRT-qPCRによって測定した各遺伝子発現量の関係性を示す。
図5より、各遺伝子発現量の増加に伴い、各平均蛍光輝度値が上昇していることを確認した。そこで、平均蛍光輝度値とmRNA発現量の関係性を求めるために、各値をプロットした
図5のグラフを基に曲線近似を行った。その際に、ルシフェラーゼを使った転写活性評価法の一つであるレポーターアッセイにおいて、発現量と発光量がシグモイド関数で近似されていることを参考に本研究でも蛍光量は一定値に近づく関数としてシグモイド関数を用いた。シグモイド関数は座標点(0,0.5)を変曲点とするS字型の曲線であり、本研究で使用したシグモイド関数を用いた式(1)を下記に示す。
【0068】
【0069】
ここで、遺伝子発現量をx、平均蛍光輝度値をy、ゲインをaとし、bはx軸方向に平行移動した値である。式(1)のa、bは実験値と解析値の残差平方和が最小となるように同定した。なお、実験値には(x, y)=(0, 0)の条件を追加した。
図6に、同定した値を基に算出した解析結果と実験値を比較した結果を示す。
図6より、Col2a1およびCol1a1のゲインaの値はそれぞれ10.15および2.04となり、bの値はそれぞれ1.12および1.95となり、解析値と実験値の相関係数はCol2a1、Col1a1ともに0.99であった。
【0070】
<3.1.3 Col2a1、Col1a1プロモーター活性に基づく力学刺激制御法および評価>
図7に、初期変位量を0.960 mmに設定して力学刺激制御した際の、培養6日目のCol2a1、Col1a1発現量をRT-qPCRによって測定した結果を示す。
図7より、刺激群は無刺激群と比較して、Col1a1発現量は有意に減少し、有意差がないもののCol2a1発現量は増加傾向を示した。表3に、各条件の1日毎のシート変位量を示す。応答曲面は
図10に示す。表3より、力学制御法を用いた条件では、培養2日目にシート変位量は本システムの最大値である1.52 mmに増加し、6日目のシート変位量は0.68 mmとなった。
【0071】
【0072】
図8に、検証実験よりCol2a1発現量の増加が確認されていない初期変位量が0.540 mmの一定力学刺激負荷培養6日目のCol2a1、Col1a1発現量をRT-qPCRによって測定した結果を示す。
図8より、刺激群は無刺激群と比較して、Col2a1発現量に顕著な差はみられず、Col1a1発現量は減少傾向を示したものの有意な差はなかった。以上より、0.540 mmのシート変位量を用いた一定力学刺激は事前の検証実験で確認した分化促進への影響のみならず、脱分化低減に対しても効果がないことを確認した。一方、
図9に、初期変位量を0.540 mmに設定して力学刺激制御した際の、培養6日目のCol2a1、Col1a1発現量をRT-qPCRによって測定した結果を示す。
図9より、刺激群は無刺激群と比較して、Col1a1発現量は有意に減少し、Col2a1発現量は有意な差はないものの増加傾向を示した。表4に、各条件の1日毎のシート変位量を示す。(応答曲面は
図11に示す)。(a)は一定力学刺激の場合を示し、(b)は力学刺激制御の場合を示す。
【0073】
【0074】
表4より、力学制御法を用いた条件では、培養2日目にシート変位量は増加し、培養3日目にシート変位量は減少した後に、4日目以降に最大値である1.52 mmとなり、初期変位0.96 mmの制御における2日目~5日目の変位量と等しくなった。次に各条件の各ひずみの面積割合を算出した。一定の力学刺激群は、2-3%のひずみε
xx、0-2%のひずみε
yyの範囲が、全体に対して77.9%を占めた。一方、本制御法を用いた場合では、7%のひずみε
xx且つ3%のひずみε
yyの割合が最も多く、6日間の全パターンの全体に対して11.3%を占めており、ひずみε
xxは1-11%、ひずみε
yyは0-5%の広範囲に渡って細胞に負荷されていた。
図9に示す力学刺激制御した培養における刺激群は
図8に示す一定力学刺激培養における刺激群と比較した際、Col2a1発現量は増加傾向を示し、Col1a1発現量は減少傾向を示したことから、Col2a1発現量が変化しなかった0.540 mmのシート変位量を初期条件として力学刺激制御した場合でも分化促進および脱分化低減を可能とすることが示唆された。これらのことから、本研究の力学刺激制御法を用いることで初期変位量に依存することなく、無刺激群と比較してCol2a1発現量が増加し、Col1a1発現量を減少させることが可能であることが示唆された。これらの実験を通して、無刺激群と比較してCol2a1発現量が増加し、Col1a1発現量を減少させる可能性があるひずみ分布は5%以上のひずみε
xx、1%以上のひずみε
yyが存在することを確認した。また、1-4%のひずみε
xx、0-2%のひずみε
yyが生じる条件においても、無刺激群と比較して脱分化低減に有効である可能性が示唆された。本システムによる力学刺激法では一定刺激に対して分化促進よりも脱分化低減に対して効果が強く出る結果となったが、これは応答変数(本研究におけるz)の設定や、シート形状に依存したひずみ分布に影響を受けたものと考えられる。
【0075】
なお、本研究の予備研究において1つの方向のひずみ(ひずみεxx)のみを考慮した場合にはCol2a1発現量は、上昇率が低い傾向にあった。この予備研究結果及び上記結果より、応力場において、複数の方向のひずみ(ひずみεxx及びεyy)を考慮して遺伝子発現量を経時的に評価し、遺伝子発現量を推定することで、より効率的に細胞の分化を促し得ることが示唆された。