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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024103845
(43)【公開日】2024-08-02
(54)【発明の名称】車両制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60W 30/045 20120101AFI20240726BHJP
   B60T 8/1755 20060101ALI20240726BHJP
   B60K 17/35 20060101ALI20240726BHJP
   F16H 48/22 20060101ALI20240726BHJP
【FI】
B60W30/045
B60T8/1755 A ZYW
B60K17/35 B
F16H48/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023007772
(22)【出願日】2023-01-23
(71)【出願人】
【識別番号】000005348
【氏名又は名称】株式会社SUBARU
(74)【代理人】
【識別番号】110000936
【氏名又は名称】弁理士法人青海国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100100413
【弁理士】
【氏名又は名称】渡部 温
(72)【発明者】
【氏名】松野 浩二
【テーマコード(参考)】
3D043
3D241
3D246
3J027
【Fターム(参考)】
3D043AA03
3D043AB17
3D043EA02
3D043EA05
3D043EA18
3D043EA43
3D043EB03
3D043EB06
3D043EE07
3D043EE08
3D043EE12
3D043EF09
3D043EF18
3D043EF26
3D043EF27
3D241BA16
3D241BC04
3D241CA03
3D241CC08
3D241CC14
3D241DA13Z
3D241DA52Z
3D241DB02Z
3D241DB05Z
3D241DB12Z
3D241DB13Z
3D241DB32Z
3D246DA01
3D246EA02
3D246EA13
3D246GB05
3D246GC16
3D246HA08A
3D246HA13A
3D246HA70A
3D246HA81B
3D246JA04
3D246JA12
3D246JB23
3J027FA34
3J027FB04
3J027HA01
3J027HA03
3J027HA05
3J027HB07
3J027HC27
3J027HE03
3J027HF13
3J027HG03
3J027HH04
3J027HJ01
3J027HK05
3J027HK09
3J027HK34
(57)【要約】
【課題】差動制限機構を有する場合であっても内輪制動によるヨーモーメント増加効果を効果的に得られる車両制御装置を提供する。
【解決手段】旋回内輪FWRと、旋回外輪FWLと、旋回内輪と旋回外輪との間で駆動力を伝達するとともに旋回内輪と旋回外輪との差回転を制限する差動制限部41とを有する車両に設けられる車両制御装置を、車両の目標ヨーモーメントを設定する目標ヨーモーメント設定部120と、目標ヨーモーメントに応じて旋回内輪に付加する目標制動力を設定する目標制動力設定部120と、目標制動力に基づいて前記旋回内輪に制動力を付加するブレーキ装置60とを備え、制動力設定部は、差動制限部における旋回内輪側から旋回外輪側への伝達トルクに応じて目標制動力を増加補正する構成とする。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
旋回内輪と、
旋回外輪と、
前記旋回内輪と前記旋回外輪との間でトルクを伝達するとともに前記旋回内輪と前記旋回外輪との差回転を制限する差動制限部と
を有する車両に設けられる車両制御装置であって、
車両の目標ヨーモーメントを設定する目標ヨーモーメント設定部と、
前記目標ヨーモーメントに応じて前記旋回内輪に付加する目標制動力を設定する目標制動力設定部と、
前記目標制動力に基づいて前記旋回内輪に制動力を付加するブレーキ装置と
を備え、
前記目標制動力設定部は、前記差動制限部における前記旋回内輪側から前記旋回外輪側への伝達トルクに応じて前記目標制動力を増加補正すること
を特徴とする車両制御装置。
【請求項2】
前記目標制動力設定部は、前記ブレーキ装置の制動力発生前に前記差動制限部が発生していたヨーモーメントと同等以上のヨーモーメントを制動力発生後に発生可能なよう前記目標制動力を設定すること
を特徴とする請求項1に記載の車両制御装置。
【請求項3】
前記差動制限部の前記伝達トルクを制御する差動制限制御部を備え、
前記差動制限制御部は、前記旋回内輪の駆動力増加に起因するスリップの増加に応じて前記伝達トルクを増加させること
を特徴とする請求項1又は請求項2に記載の車両制御装置。
【請求項4】
前記差動制限部の前記伝達トルクを制御する差動制限制御部を備え、
前記差動制限制御部は、前記ブレーキ装置が前記旋回内輪に制動力を付加すると共に前記伝達トルクを低下させること
を特徴とする請求項1又は請求項2に記載の車両制御装置。
【請求項5】
前記旋回内輪と前記旋回外輪との回転速度差を検出する回転速度差検出部を備え、
前記目標制動力設定部は、前記回転速度差が所定の範囲を逸脱しないよう前記目標制動力を設定すること
を特徴とする請求項1又は請求項2に記載の車両制御装置。
【請求項6】
前記車両の目標ヨーレートを設定する目標ヨーレート設定部と、
前記回転速度差に基づいて推定ヨーレートを推定するヨーレート推定部と
を備え、
前記所定の範囲は、前記推定ヨーレートが、前記目標ヨーレートに基づいて設定される許容範囲を逸脱しないよう設定されること
を特徴とする請求項5に記載の車両制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の旋回内輪に制動力を発生させてヨーモーメントを発生させる車両制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車両の挙動制御に関する技術として、例えば特許文献1には、車両に付加する目標ヨーモーメントと車両の駆動力を算出し、この駆動力をハンドル角、自車両から障害物までの距離、左右輪間の差回転で補正し、この補正した値に応じて、目標ヨーモーメントを発生させるために旋回外輪に付加する駆動力制御の割合と旋回内輪に付加する制動力制御の割合を可変設定し、クラッチ駆動部、ブレーキ駆動部に出力して、それぞれの制御を実行させる車両の制御装置が記載されている。
特許文献2には、車両のアンダーステア傾向を抑制する目標ヨーモーメントに応じた目標制駆動力を算出し、トランスファクラッチと左右のホイールクラッチによる駆動力配分制御で車両に付加自在な後軸旋回外輪の目標駆動力を算出し、目標制駆動力と後軸旋回外輪の目標駆動力とを比較して後軸旋回外輪の目標駆動力の不足量を旋回内輪の目標制動力として算出し、後軸旋回外輪の目標駆動力は、後軸の旋回外輪側のホイールクラッチを締結すると共に、旋回内輪側のホイールクラッチを開放し、トランスファクラッチの締結力を制御して発生させ、旋回内輪の目標制動力は、ドライバの加速意思に応じて前後配分して付加する4輪駆動車の制御装置が記載されている。
特許文献3には、左右輪間の駆動力配分を変更するようにした車両の制御装置において、不整路を走行しているときでもヨーモーメントの不足を軽減するため、要求ヨーモーメントの大きさが所定の制限値以上であれば、この制限値に対応する制限後ヨーモーメントが得られるように、左右の後輪への駆動力配分を制御し、要求ヨーモーメントから制限後ヨーモーメントを減算した差分値に基づいて、ヨーモーメントが増大するように旋回内側の前輪に制動力を付加することが記載されている。
特許文献4には、車両の左右車輪の車輪速度の差と横方向の運動量とに基づいて、車両の挙動状態を推定し、挙動状態に基づいて車輪制動力発生手段に対する車輪制動力付与量を設定し、車輪制動力付与量に基づいて車輪制動力を調整する車体挙動制御装置が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2013-193553号公報
【特許文献2】特開2014- 43213号公報
【特許文献3】特開2017-136908号公報
【特許文献4】特開2000-272489号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
左右輪の間に差動制限機構(LSD)を組み込んだ車両においては、旋回加速中に旋回内輪側から旋回外輪側への駆動トルクの移動が行われ、旋回外輪の駆動力が増加することによって、旋回を促進する方向(オーバーステア方向)へのヨーモーメントが発生する。
しかし、この状態からさらにヨーモーメントを増加させるため、旋回内輪に制動力を付与すると、差動制限機構の機能と内輪制動制御とが干渉し、十分なヨーモーメントの増加効果が得られない場合があった。
上述した問題に鑑み、本発明の課題は、差動制限機構を有する場合であっても内輪制動によるヨーモーメント増加効果を効果的に得られる車両制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上述した課題を解決するため、本発明の一態様に係る車両制御装置は、旋回内輪と、旋回外輪と、前記旋回内輪と前記旋回外輪との間でトルクを伝達するとともに前記旋回内輪と前記旋回外輪との差回転を制限する差動制限部とを有する車両に設けられる車両制御装置であって、車両の目標ヨーモーメントを設定する目標ヨーモーメント設定部と、前記目標ヨーモーメントに応じて前記旋回内輪に付加する目標制動力を設定する目標制動力設定部と、前記目標制動力に基づいて前記旋回内輪に制動力を付加するブレーキ装置とを備え、前記目標制動力設定部は、前記差動制限部における前記旋回内輪側から前記旋回外輪側への伝達トルクに応じて前記目標制動力を増加補正することを特徴とする。
これによれば、差動制限部の旋回内輪側から旋回外輪側へのトルク伝達により、外輪駆動によるオーバーステア方向のヨーモーメントが発生している場合に、さらにヨーモーメントを増加させようとして旋回内輪に制動力を付与した際に、制動力を差動制限部の伝達トルクに応じて増加補正することにより、差動制限部の伝達トルクが制動力によって吸収された場合であっても、内輪制動の効果を高めて適切なヨーモーメントを発生することができる。
【0006】
本発明において、前記目標制動力設定部は、前記ブレーキ装置の制動力発生前に前記差動制限部が発生していたヨーモーメントと同等以上のヨーモーメントを制動力発生後に発生可能なよう前記目標制動力を設定する構成とすることができる。
これによれば、差動制限部の伝達トルクによるオーバーステア方向のヨーモーメントが発生中に旋回内輪の制動を始めた場合に、実際に発生するヨーモーメントが一時的に減少することを防止し、連続性の高いヨーモーメント制御を行うことができる。
【0007】
本発明において、前記差動制限部の前記伝達トルクを制御する差動制限制御部を備え、前記差動制限制御部は、前記旋回内輪の駆動力増加に起因するスリップの増加に応じて前記伝達トルクを増加させる構成とすることができる。
これによれば、例えば電子制御式等の差動制限部を用いることにより、旋回内輪のグリップ余力に余裕がある状態では伝達トルクを発生させないことにより、一時的にアンダーステア方向のヨーモーメントが発生することを抑制できる。
また、旋回内輪のスリップが発生した後は、先ず差動制限部の伝達トルクを増加させることにより外輪駆動によるオーバーステア方向のヨーモーメントを応答性よく発生させることができる。
【0008】
本発明において、前記差動制限部の前記伝達トルクを制御する差動制限制御部を備え、前記差動制限制御部は、前記ブレーキ装置が前記旋回内輪に制動力を付加すると共に前記伝達トルクを低下させる構成とすることができる。
これによれば、旋回内輪への制動力を付加しながら、差動制限部の伝達トルクを低下させることにより、内輪制動によって差動制限部の伝達トルクが吸収される際のブレーキの引き摺り損失を低減することができる。
【0009】
本発明において、前記旋回内輪と前記旋回外輪との回転速度差を検出する回転速度差検出部を備え、前記目標制動力設定部は、前記回転速度差が所定の範囲を逸脱しないよう前記目標制動力を設定する構成とすることができる。
これによれば、旋回内輪と旋回外輪との回転速度が所定の範囲を逸脱しないよう目標制動力を設定することにより、過度な内輪制動による車両のスピンモードへの移行を防止するとともに、左右車輪速差によるヨーレートの推定精度を確保することができる。
【0010】
本発明において、前記車両の目標ヨーレートを設定する目標ヨーレート設定部と、前記回転速度差に基づいて推定ヨーレートを推定するヨーレート推定部とを備え、前記所定の範囲は、前記推定ヨーレートが、前記目標ヨーレートに基づいて設定される許容範囲を逸脱しないよう設定される構成とすることができる。
これによれば、上述した効果を簡単なロジックにより確実に得ることができる。
【発明の効果】
【0011】
以上説明したように、本発明によれば、差動制限機構を有する場合であっても内輪制動によるヨーモーメント増加効果を効果的に得られる車両制御装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明を適用した車両制御装置の第1実施形態を有する車両の構成を模式的に示す図である。
図2】旋回内輪のブレーキ制御介入前後の左右前輪間のトルク伝達状態を模式的に示す図である。
図3】旋回内輪に制動力を付与した際の旋回内外輪の制駆動力及びLSDトランスファトルクの推移の一例を示す図である。
図4】旋回内輪に制動力を付与した際のヨーレートと旋回内輪ブレーキ液圧の推移の一例を示す図である。
図5】第1実施形態の車両制御装置の動作を示すフローチャートである。
図6】旋回内側の前輪に制動を行った際の各車輪の車輪速の推移の一例を示す図である。
図7】第1実施形態の車両制御装置において旋回中にアクセルオンした場合の制御波形の一例を示す図である。
図8】第2実施形態の車両制御装置において旋回中にアクセルオンした場合の制御波形の一例を示す図である。
図9】第3実施形態の車両制御装置において旋回中にアクセルオンした場合の制御波形の一例を示す図である。
図10】第4実施形態の車両制御装置において旋回中にアクセルオンした場合の制御波形の一例を示す図である。
図11】第5実施形態の車両制御装置において旋回中にアクセルオンした場合の制御波形の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<第1実施形態>
以下、本発明を適用した車両制御装置の第1実施形態について説明する。
第1実施形態の車両制御装置は、例えば乗用車等の自動車に設けられ、旋回時に左右車輪(旋回内輪・旋回外輪)の制駆動力差によって車体にヨーモーメントを発生させるものである。
【0014】
図1は、第1実施形態の車両制御装置を有する車両の構成を模式的に示す図である。
車両1は、右前輪FWR、左前輪FWL、右後輪RWR、左後輪RWLを有する4輪車である。
車両1は、エンジン10、トランスミッション20、センタディファレンシャル30、フロントディファレンシャル40、リアディファレンシャル50、ブレーキ60(60FR,60FL,60RR,60RL)、車速センサ71、アクセルペダルセンサ72、舵角センサ73、加速度センサ74、ヨーレートセンサ75、AWD制御ユニット110、ブレーキ制御ユニット120等を有する。
【0015】
エンジン10は、車両1の走行用動力源となる例えばガソリンエンジン等の内燃機関である。
トランスミッション20は、エンジン10の出力をセンタディファレンシャル30に伝達する動力伝達装置である。
トランスミッション20は、例えばチェーン式CVTなどの変速機構部、トルクコンバータ等の発進デバイス、前後進切替機構などを備えている。
【0016】
センタディファレンシャル30は、トランスミッション20から伝達されるエンジン10の出力を、フロントディファレンシャル40、リアディファレンシャル50に伝達するものである。
センタディファレンシャル30は、フロントディファレンシャル40、リアディファレンシャル50の差回転(回転速度差)を許容する差動機構を備えている。
【0017】
センタディファレンシャル30は、センタLSD31を有する。
センタLSD31は、センタディファレンシャル30のフロントディファレンシャル40側の出力部と、リアディファレンシャル50側の出力部との差回転を拘束する例えば電磁式、油圧式などの湿式多板クラッチ(摩擦締結要素)を備えている。
センタLSD31の拘束力は、後述するセンタLSDクラッチ駆動部111により制御される。
【0018】
フロントディファレンシャル40は、車両1の第1の駆動軸である前軸に設けられるアクスルディファレンシャルである。
フロントディファレンシャル40は、センタディファレンシャル30から伝達される駆動力を、右前輪FWR、左前輪FWLに伝達するものである。
フロントディファレンシャル40は、右前輪FWR、左前輪FWLの差回転を許容する差動機構を備えている。
【0019】
フロントディファレンシャル40は、フロントLSD41を有する。
フロントLSD41は、フロントディファレンシャル40の右前輪FWR側の出力部と、左前輪FWL側の出力部との差回転を拘束する例えば電磁式、油圧式などの湿式多板クラッチ(摩擦締結要素)を備えている。
フロントLSD41及びリアLSD51は、本発明の差動制限部として機能する。
フロントLSD41の拘束力(伝達トルク)は、後述するフロントLSDクラッチ駆動部112により制御される。
フロントLSD41は、AWD制御ユニット110からの指令に応じて拘束力を変化させることが可能な電子制御LSDとして構成されている。
フロントディファレンシャル40と右前輪FWR、左前輪FWLとの間には、動力伝達軸である右ドライブシャフト42R、左ドライブシャフト42Lがそれぞれ設けられている。
【0020】
リアディファレンシャル50は、車両1の第2の駆動軸である後軸に設けられるアクスルディファレンシャルである。
センタディファレンシャル30は、プロペラシャフトPSを介してリアディファレンシャル50に駆動力を伝達する。
リアディファレンシャル50は、センタディファレンシャル30から伝達される駆動力を、右後輪RWR、左後輪RWLに伝達するものである。
リアディファレンシャル50は、右後輪RWR,左後輪RWLの差回転を許容する差動機構を備えている。
【0021】
リアディファレンシャル50は、リアLSD52を有する。
リアLSD51は、リアディファレンシャル50の右後輪RWR側の出力部と、左後輪RWL側の出力部との差回転を拘束する例えば電磁式、油圧式などの湿式多板クラッチ(摩擦締結要素)を備えている。
リアLSD51の拘束力(伝達トルク)は、後述するリアLSDクラッチ駆動部113により制御される。
リアLSD51は、AWD制御ユニット110からの指令に応じて拘束力を変化させることが可能な電子制御LSDとして構成されている。
リアディファレンシャル50と右後輪RWR、左後輪RWLとの間には、動力伝達軸である右ドライブシャフト52R、左ドライブシャフト52Lがそれぞれ設けられている。
【0022】
ブレーキ60は、各車輪にそれぞれ設けられ、制動力を発生するブレーキ装置である。
図1においては、右前輪FWR、左前輪FWL、右後輪RWR、左後輪RWLにそれぞれ設けられるブレーキ60に、それぞれ添え字FR,FL,RR,RLを付して図示している。
ブレーキ60は、例えば液圧式サービスブレーキであって、後述するブレーキ液圧駆動部121から供給されるブレーキフルード液圧に応じて制動力を発生する。
【0023】
車速センサ71は、各車輪を回転可能に支持するハブベアリングハウジング部に設けられ、車輪の回転速度に応じた車速信号を出力するものである。
車速信号に基づいて、各車輪の車輪速(車輪回転速度)を算出することが可能である。
また、旋回内輪及び旋回外輪の車速センサ71の出力に基づいて、これらの回転速度差を算出することが可能である。
車速センサ71は、本発明の回転速度差検出部として機能する。
【0024】
アクセルペダルセンサ72は、運転者がアクセル操作を行うアクセルペダルの操作量(ストローク)を検出するセンサである。
エンジン10及びその補機類を統括的に制御するエンジン制御ユニットは、アクセルペダルセンサ72の出力等に基づいてドライバ要求トルクを設定し、エンジン10が実際に発生するトルクがドライバ要求トルクに一致するようエンジン10の出力を制御する。
【0025】
舵角センサ73は、操向輪である前輪(右前輪FWR、左前輪FWL)の操舵角を検出するセンサである。
舵角センサ73は、例えば、ステアリングホイールに連結されたステアリングシャフトの回転角度位置を検出するエンコーダを有する構成とすることができる。
加速度センサ74は、車体に作用する前後方向及び横方向の加速度をそれぞれ検出するセンサである。
ヨーレートセンサ75は、車体の鉛直軸回りの自転角速度であるヨーレートを検出するセンサである。
【0026】
AWD制御ユニット110は、車両の走行状態に応じてセンタLSDクラッチ駆動部111、フロントLSDクラッチ駆動部112、リアLSDクラッチ駆動部113に指令を与え、センタLSD31、フロントLSD41、リアLSD51の拘束力(クラッチ締結力)を制御する制御装置である。
センタLSDクラッチ駆動部111、フロントLSDクラッチ駆動部112、リアLSDクラッチ駆動部113は、AWD制御ユニット110からの指令に応じて、センタLSD31、フロントLSD41、リアLSD51のクラッチに駆動力を供給し、各LSDの拘束力を変化させる駆動装置である。
AWD制御ユニット110は、本発明の差動制限制御部として機能する。
【0027】
AWD制御ユニット110は、車両1の旋回加速時においては、旋回内輪の駆動力増加に応じた旋回内輪のスリップの増加に応じて、フロントLSD41、リアLSD51を拘束(締結)状態とし、さらに伝達トルク(トランスファトルク)を増加させる構成とすることができる。
このような制御を行うことにより、旋回内輪側から旋回外輪側へのトランスファトルクの移動が行われ、旋回外輪の駆動力が増加することでオーバーステア方向のヨーモーメントを発生させることができる。
一方、旋回内輪のグリップに余裕がある状態で各LSDを締結すると、旋回内輪、旋回外輪の差回転が拘束されることで各車輪の通過軌跡差に応じたアンダーステア方向のヨーモーメントが発生することになる。
【0028】
ブレーキ制御ユニット120は、運転者によるブレーキ操作や車両の走行状態に応じてブレーキ液圧駆動部121に指令を与え、各車輪のブレーキ60の制動力を制御する制御装置である。
ブレーキ液圧駆動部121は、ブレーキ制御ユニット120からの指令に応じて、各車輪のブレーキ60にそれぞれ供給されるブレーキフルード液圧を個別に発生させ、各ブレーキ60に制動力を発生させる駆動装置である。
ブレーキ制御ユニット120は、本発明の目標ヨーモーメント設定部、目標制動力設定部として機能する。
さらに、ブレーキ制御ユニット120は、車速センサ71が検出した旋回内輪と旋回外輪との回転速度差に基づいてヨーレートγwを推定するヨーレート推定部として機能する。
【0029】
AWD制御ユニット110、ブレーキ制御ユニット120は、例えば、CPU等の情報処理部、RAMやROMなどの記憶部、入出力インターフェイス、及び、これらを接続するバス等を有するコンピュータとして構成することができる。
AWD制御ユニット110とブレーキ制御ユニット120は、例えばCAN通信システム等の車載LANを介して、あるいは直接に、通信可能に接続されている。
各センサ71乃至75の出力は、AWD制御ユニット110、ブレーキ制御ユニット120にそれぞれ伝達される。
【0030】
以下、第1実施形態の車両制御装置における制御上の特徴について説明する。
一般に、旋回時に旋回内輪に制動力を付与し、オーバーステア方向へのヨーモーメントを発生させる公知の車両挙動制御を適用した場合、第1実施形態のように駆動軸にLSDを有する車両の場合、かえってオーバーステア方向のヨーモーメントが減少する場合がある。
以下、理解を容易とするために、左右前輪及びフロントディファレンシャルにおいて発生している現象に着目して説明するが、後輪側においても同様の事象は発生し得る。
【0031】
図2は、旋回内輪のブレーキ制御介入前後の左右前輪間のトルク伝達状態を模式的に示す図である。
図2において、矢印の大きさはトルク又は制駆動力の大きさを示している。
図2(a)は、内輪制動開始前の状態を示し、図2(b)は、内輪制動開始後の状態を示している。
【0032】
図2(a)に示すように、車両1がアクセルオンの状態で加速しながら旋回する場合、荷重移動によって接地荷重が減少した旋回内輪が駆動力過多となってスリップを開始すると、フロントLSD41を介した旋回内輪側から旋回外輪側への駆動トルクの移動が発生する。
これにより、旋回外輪の駆動力Doは、旋回内輪の駆動力Diに対して相対的に増大し、フロントLSD41によるオーバーステア方向のヨーモーメントが発生する。
【0033】
図2(a)に示す状態から、さらにオーバーステア方向のヨーモーメントを増大させるため、旋回内輪のブレーキ60に制動力を発生させた場合、図2(b)に示すように、LSDで旋回外輪側へ流れていたトルクを旋回内輪側のブレーキ60が吸収してしまうため、結果的に制動輪ではない旋回外輪の駆動力が減少する。
このため、旋回内輪に制動力を発生させることによって、かえってオーバーステア方向のヨーモーメントが減少してしまう。
【0034】
図3は、旋回内輪に制動力を付与した際の旋回内外輪の制駆動力及びLSDトランスファトルクの推移の一例を示す図である。
図3において、横軸は時間を示し、縦軸は制駆動力(上が駆動側、下が制動側)、及び、LSDのトランスファトルク(上が旋回外輪側から旋回内輪側)を示している。
図3においては、例えば1秒の時点からアクセルオンしている。
アクセルオンに応じて、旋回内輪側から旋回外輪側へのトルク移動が生じ、旋回外輪の駆動力が増大する。
これにより、オーバーステア方向のヨーモーメントが発生する。
【0035】
その後、2秒前後から旋回内輪への制動力付与を開始しているが、このとき、LSDトランスファトルクは、旋回内輪のブレーキトルクによって吸収され、旋回外輪側から旋回内輪側へのトルク移動に切り替わっている。
このため、旋回内輪を制動したにも関わらず、旋回外輪の駆動力が減少し、オーバーステア方向のヨーモーメントはかえって減少してしまう。
【0036】
図4は、旋回内輪に制動力を付与した際のヨーレートと旋回内輪ブレーキ液圧の推移の一例を示す図である。
図4において、横軸は時間(図3と対応する)を示し、縦軸はヨーレート(上が回頭方向)及びブレーキ液圧を示している。
図4に示すように、旋回内輪への制動力付与を開始した後、オーバーステア方向のヨーモーメントが一度減少し、アンダーステア方向に推移した後に、再びオーバーステア方向のヨーモーメントが発生していることがわかる。
【0037】
これに対し、第1実施形態の車両制御装置においては、旋回内輪のブレーキ制御を行う駆動軸のLSDトランスファトルクに応じて、ブレーキトルクを増加補正することで、所望のヨーモーメントを車両に付加する。
なお、以下の説明においては、理解を容易とするために、例えば前軸側でのみLSD及び内輪制動の制御を行う場合を例として説明しているが、前軸側、後軸側でそれぞれ制御を行う場合には、目標ヨーモーメントを前軸側、後軸側で所定の制御分担比で按分すればよい。
【0038】
旋回外輪の駆動トルクT、旋回内輪の駆動トルクTは、式1、式2により表わすことができる。
【数1】
Fin:ファイナルドライブ(ディファレンシャル)への駆動入力トルク
LSD:LSD機能による外輪から内輪へのトランスファトルク
:旋回内輪に付加するブレーキトルク
【0039】
車両に働く回頭方向のヨーモーメントMは、式3により表わすことができる

【数2】
:タイヤ径
D:トレッド(左右タイヤの間隔)
なお、ここで、T=0と置けば、ブレーキ制御を介入させる前に作用していたヨーモーメントとなる。
【0040】
LSDによる回頭方向のヨーモーメントMDは、式4により表わすことができる。
【数3】
ブレーキ制御による目標ヨーモーメントMB(回頭方向)は、式5により表わすことができる。

B(回頭方向)=KAy・|横加速度|・KDt・駆動トルク (式5)

ここで、KAy、KDtはそれぞれ所定の定数である。
ここから、目標ヨーモーメントMBを実現するブレーキトルクTは、式6により表わすことができる。
【数4】
なお、LSDトランスファトルクTLSDは式7により表わすことができる。

LSD=|TFin|・TBRLSD+TILSD (式7)

TBRLSD:LSDトランスファトルクの入力トルク感応係数
TILSD:LSDトランスファトルクのイニシャル成分(定常的な内部フリクション)や電子制御によるクラッチトルク
【0041】
車両の目標ヨーレートは、前輪の舵角と車速から、適切な旋回状態を想定して設定することができる。
例えば、目標ヨーレートγは、式8により設定することができる。
【数5】
m:車両質量
l:ホイールベース
:前軸-車両重心間距離
:後軸-車両重心間距離
:前輪の等価コーナリングパワー
:後輪の等価コーナリングパワー
V:車速
δ:前輪舵角
A:スタビリティファクタ
【0042】
スタビリティファクタAは、式9により表わされる。
【数6】
【0043】
図5は、第1実施形態の車両制御装置の動作を示すフローチャートである。
以下、ステップ毎に順を追って説明する。
<ステップS01:各種センサ信号読み込み>
ブレーキ制御ユニット120は、各センサの出力信号を読み込み、モニタする。
その後、ステップS02に進む。
【0044】
<ステップS02:ブレーキ制御要求ヨーモーメントMB演算>
ブレーキ制御ユニット120は、上述した式5を用いて、ブレーキ制御により発生させるべき要求ヨーモーメントMBを演算する。
その後、ステップS03に進む。
【0045】
<ステップS03:LSD発生ヨーモーメントMD演算>
ブレーキ制御ユニット120は、上述した式4を用いて、LSDが発生するヨーモーメントMDを演算する。
その後、ステップS04に進む。
【0046】
<ステップS04:ドライバ加速操作判断>
ブレーキ制御ユニット120は、アクセルペダルセンサの出力に基づいて、ドライバが加速操作を行っているか否かを判別する。
例えば、アクセルペダルセンサ72が検出したアクセル開度が所定値以上である場合に加速操作を行っていると判別することができる。
ドライバが加速操作を行っている場合はステップS05に進み、その他の場合はステップS07に進む。
【0047】
<ステップS05:ヨーモーメントMBとMDを比較>
ブレーキ制御ユニット120は、ステップS02で演算したブレーキ制御要求ヨーモーメントMBと、ステップS03で演算したLSD発生ヨーモーメントMDとを比較する。
BがMDよりも大きい場合はステップS06に進み、その他の場合はステップS07に進む。
【0048】
<ステップS06:ブレーキ制御要求ヨーモーメント加算補正>
ブレーキ制御ユニット120は、ブレーキ制御要求ヨーモーメントMBを、LSD発生ヨーモーメントMzDに基づいて増加補正する。
その後、ステップS07に進む。
【0049】
<ステップS07:要求ヨーモーメントから目標ブレーキトルクTB演算>
ブレーキ制御ユニット120は、ステップS06において加算補正したブレーキ制御要求ヨーモーメントMBから、旋回内輪のブレーキで発生すべき目標ブレーキトルクTを演算する。
目標ブレーキトルクTは、上述した式6を用いて算出することができる。
その後、ステップS08に進む。
【0050】
<ステップS08:舵角・車速から目標ヨーレートγ演算>
ブレーキ制御ユニット120は、上述した式8を用いて、車両1の舵角、車速から目標ヨーレートγを演算する。
その後、ステップS09に進む。
【0051】
<ステップS09:左右車輪速差からヨーレートγw演算>
ブレーキ制御ユニット120は、車速センサ71が検出した左右前輪の車輪速差に基づいて、ヨーレートγwを算出する。
その後、ステップS10に進む。
【0052】
<ステップS10:車輪速差に基づくヨーレートγw判断>
ブレーキ制御ユニット120は、ステップS09において算出した車輪速差に基づくヨーレートγwの絶対値|γw|を、ステップS08において算出した目標ヨーレートγに、現在の車両1の走行状態における車体スリップ角βの単位時間あたり目標変化量(dβ/dt)を加算した値の絶対値|γ+目標dβ/dt|と比較する。
ここで、|γ+目標dβ/dt|は、目標ヨーレートγに基づいて設定されかつ車両1が取り得るヨーレートの許容範囲である。
|γw|≧|γ+目標dβ/dt|である場合はステップS12に進み、その他の場合はステップS11に進む。
【0053】
図6は、旋回内側の前輪に制動を行った際の各車輪の車輪速の推移の一例を示す図である。
図6において、横軸は時間を示し、縦軸は各車輪の車輪速を示している。
制動制御が介入する前において、フロントLSD41が拘束された状態においては、前輪外輪と前輪内輪との車輪速は実質的に一致する。
この状態から前輪内輪にブレーキトルクBが付与されて前輪外輪による駆動状態が打ち消されると、前輪内輪の制動による車輪速低下が始まる。
一方、リアLSD52を解放状態とした場合、後輪外輪と後輪内輪との間には、左右輪の走行軌跡差に応じた車輪速差が発生している。
【0054】
前輪内輪の制動により、前輪外輪と前輪内輪との間に走行軌跡差に応じた車輪速差を超過する車輪速差が生じている場合(図6に示す領域R1よりも右側の領域)には、前輪内輪のスリップないしはロックが始まっており、左右輪の車輪速差から演算されるヨーレート(車輪速ヨーレートγw)は、車両挙動を適切に反映していないことになる。
そこで、第1実施形態においては、以下説明する手法により、旋回内輪と旋回外輪との回転速度差が、車輪速からヨーレートγwの検出が可能な所定の範囲を逸脱しないよう、ブレーキトルクBTを設定している。
【0055】
<ステップS11:今回の目標ブレーキトルクをリミッタ値として保存>
ブレーキ制御ユニット120は、今回の目標ブレーキトルクTを、今回のリミッタ値TBLimとして保存する。
リミッタ値TBLimは、内輪制動制御におけるブレーキトルクの上限値である。
その後、ステップS13に進む。
【0056】
<ステップS12:min(前回の目標ブレーキトルク、前回のリミッタ値)をリミッタ値として保存>
ブレーキ制御ユニット120は、前回の目標ブレーキトルクTと前回のリミッタ値TBLimとのうち小さい方の値を、今回のリミッタ値として保存する。
その後、ステップS13に進む。
【0057】
<ステップS13:min(目標ブレーキトルク、今回のリミッタ値)を指示>
ブレーキ制御ユニット120は、式6により算出された目標ブレーキトルクTと、今回のリミッタ値TBLimのうち、小さい方の値をブレーキ液圧駆動部121に指示し、内輪制動制御を行わせる。
その後、一連の処理を終了する。
【0058】
図7は、第1実施形態の車両制御装置において旋回中にアクセルオンした場合の制御波形の一例を示す図である。
図7において、横軸は時間を示し、縦軸はアクセル開度(実線)、目標ヨーレート(破線細線)、車輪速ヨーレート(破線太線)、目標ヨーモーメント(一点鎖線細線)、LSDトランスファトルク(二点鎖線)、ブレーキトルク(三点鎖線)、実ヨーモーメント(一点鎖線太線)を示している。(後述する図8等において同様)
【0059】
図7に示す例においては、1秒の時点においてアクセルオンが開始され、ここからアクセル顔度が4.7秒付近まで連続的に増加している。
2秒の時点より目標ヨーモーメントが発生し、時間の経過に応じて連続的に増加している。
2.8秒付近において、フロントLSD41の拘束が開始されており、このとき、車両1には旋回外輪の駆動力によるヨーモーメントが発生する。
フロントLSD41によるヨーモーメントは3.5秒付近まで、目標ヨーモーメントに沿って増加するが、その後、ブレーキトルクBの付与を行う内輪制動制御が開始される。
このとき、ブレーキトルクBによるLSDトランスファトルクTLSDの吸収のため、ヨーモーメントは一時的に低下するが、ブレーキトルクBによるヨーモーメントが発生し、車輪速ヨーレート(車輪速に基づいて演算されたヨーレート)γwは目標ヨーレートγに接近するよう増加する。
その後、4.2秒付近において、車輪速ヨーレートγwと目標ヨーレートγとが近接し、このときのブレーキトルクBがリミッタ値BTLimとされることにより、ブレーキトルクBは制限され、車輪速ヨーレートγwは目標ヨーレートγに沿って推移する。
【0060】
以上説明した第1実施形態によれば、以下の効果を得ることができる。
(1)フロントLSD41の旋回内輪側から旋回外輪側へのトルク伝達により、外輪駆動によるオーバーステア方向のヨーモーメントが発生している場合に、さらにヨーモーメントを増加させようとして旋回内輪にブレーキトルクTを付与した際に、ブレーキトルクTをフロントLSD41のトランスファトルクTLSDに応じて増加補正することにより、フロントLSD41のトランスファトルクTLSDがブレーキトルクTによって吸収された場合であっても、内輪制動の効果を高めて適切なヨーモーメントを発生することができる。
(2)任意にトランスファトルクTLSDを設定可能な電子制御式のフロントLSD41を用いることにより、旋回内輪のグリップ余力に余裕がある状態では、トランスファトルクTLSDを発生させないことにより、一時的にアンダーステア方向のヨーモーメントが発生することを抑制できる。
また、旋回内輪のスリップが発生した後は、先ずフロントLSD41のトランスファトルクTLSDを増加させることにより。外輪駆動によるオーバーステア方向のヨーモーメントを応答性よく発生させることができる。
(3)内輪制動時の旋回内輪と旋回外輪との車輪速差が、|γw|<|γ+目標dβ/dt|を充足する範囲となるようにブレーキトルクBが制限されることにより、過度な内輪制動による車両のスピンモードへの移行を防止するとともに、左右車輪速差によるヨーモーメントγwの推定精度を確保することができる。
【0061】
<第2実施形態>
次に、本発明を適用した車両制御装置の第2実施形態について説明する。
以下説明する各実施形態において、従前の実施形態と同様の箇所には同じ符号を付して説明を省略し、主に相違点について説明する。
第2実施形態の車両制御装置は、駆動軸のLSD(フロントLSD41)として、第1実施形態の電子制御式LSDに代えて、トルク感応型又は差回転感応型のパッシブなLSDを有する車両に設けられる。
【0062】
ここで、トルク感応型のLSDにおいては、入力トルク(旋回内輪側と旋回外輪側との駆動トルク差)に基づいてLSDトランスファトルクTLSDを演算することができる。
例えば、入力トルクに所定の係数を乗じてLSDトランスファトルクTLSDの推定値を算出することができる。
また、例えばビスカスカップリング式などの差回転感応型のLSDにおいては、差回転(旋回内輪側と旋回外輪側との車輪速差)に基づいてLSDトランスファトルクTLSDを演算することができる。
例えば、差回転に所定の係数を乗じてLSDトランスファトルクTLSDの推定値を求めることができる。
【0063】
図8は、第2実施形態の車両制御装置において旋回中にアクセルオンした場合の制御波形の一例を示す図である。
第2実施形態においても、制御の内容は基本的に第1実施形態と同じであるが、第2実施形態においては、旋回内輪のスリップが始まる前の領域(例えば図8において1秒から2秒の間)でLSDの締結力が発生することから、この領域では旋回外輪側から旋回内輪側へのLSDトランスファトルクTLSDが発生し、アンダーステア方向のヨーモーメントが発生している(LSDトランスファトルクTLSDがマイナス側へ振れている)。
そこで、第2実施形態においては、このような領域において、旋回内輪に制動力(ブレーキトルク)を付与することにより、LSDトランスファトルクTLSDによるアンダーステア方向のヨーモーメントを相殺している。
以上説明した第2実施形態においても、上述した第1実施形態の効果と同様の効果を得ることができる。
【0064】
<第3実施形態>
次に、本発明を適用した車両制御装置の第3実施形態について説明する。
上述した第1実施形態によれば、ブレーキトルクTを増加補正することにより、ブレーキ制御としての目標ヨーモーメントを不感帯なく付加できるが、ブレーキ制御の介入前からLSDによって車両に働いていたヨーモーメントを加味した統合制御としたものが第3実施形態である。
付加ヨーモーメントの連続性を考慮して、さらに加算補正したブレーキトルクTBは、式10によって表される。
【数7】
【0065】
図9は、第3実施形態の車両制御装置において旋回中にアクセルオンした場合の制御波形の一例を示す図である。
第3実施形態においては、ブレーキトルクTの加算補正量を第1実施形態に対して増加させることにより、ブレーキ装置の制動力発生前にフロントLSD41が発生していたヨーモーメントと同等以上のヨーモーメントを制動力発生後に発生可能となっている。
図9に示すように、第3実施形態においては、LSDトランスファトルクの発生後、ブレーキトルクが発生する際に、実ヨーモーメントが目標ヨーモーメントに沿って連続的に増加するよう構成されている。
【0066】
<第4実施形態>
次に、本発明を適用した車両制御装置の第4実施形態について説明する。
第4実施形態の車両制御装置は、第2実施形態と同様に駆動軸のLSDとして、第1実施形態の電子制御式LSDに代えて、トルク感応型又は差回転感応型のパッシブなLSDを有する車両に設けられる。
また、第4実施形態においては、第3実施形態と同様に、ブレーキ装置の制動力発生前にフロントLSD41が発生していたヨーモーメントと同等以上のヨーモーメントを制動力発生後に発生可能となるよう、式9を用いたブレーキトルクTの増加補正を行っている。
図10は、第4実施形態の車両制御装置において旋回中にアクセルオンした場合の制御波形の一例を示す図である。
以上説明した第4実施形態においても、上述した第3実施形態の効果と同様の効果を得ることができる。
【0067】
<第5実施形態>
次に、本発明を適用した車両制御装置の第5実施形態について説明する。
第5実施形態においては、内輪制動制御を開始すると共に、フロントLSD41の拘束力を低下させ、その後拘束力をゼロ(LSD解放)することを特徴とする。
図11は、第5実施形態の車両制御装置において旋回中にアクセルオンした場合の制御波形の一例を示す図である。
第5実施形態においては、フロントLSD41による外輪駆動状態から内輪制動制御を介入させる際に、トランスファトルクTLSDに応じたブレーキトルクBの増加補正を行うとともに、ブレーキトルクBの付与後に、フロントLSD41のトランスファトルクTLSDを低下させている。
トランスファトルクTLSDが減少し、最終的にはゼロとなることに伴い、ブレーキトルクBの増加補正も終了し、ブレーキトルクBは低下される。
以上説明した第5実施形態によれば、フロントLSD42を解放した後、ブレーキトルクTBの増加補正を終了することが可能となり、ブレーキ60の引き摺りによるフリクションロスを低減することができる。
【0068】
(変形例)
本発明は、以上説明した実施形態に限定されることなく、種々の変形や変更が可能であって、それらも本発明の技術的範囲内である。
例えば、車両制御装置及び車両の構成は、上述した各実施形態に限定されず、適宜変更することができる。
例えば、各実施形態において、車両は前後軸がそれぞれ駆動軸でありLSDを有する全輪駆動車であったが、本発明はこれに限らず、前軸と後軸とのいずれか一方にLSDを有する全輪駆動車や、前輪駆動車、後輪駆動車にも適用することができる。
また、走行用動力源もエンジンに限定されず、電動モータや、エンジン及び電動モータを有するハイブリッドシステムであってもよい。
【符号の説明】
【0069】
1 車両
FWR 右前輪 FWL 左前輪
RWR 右後輪 RWL 左後輪
10 エンジン 20 トランスミッション
30 センタディファレンシャル 31 センタLSD
40 フロントディファレンシャル 41 フロントLSD
42R 右ドライブシャフト 42L 左ドライブシャフト
PS プロペラシャフト
50 リアディファレンシャル 51 リアLSD
52R 右ドライブシャフト 53L 左ドライブシャフト
60(60FR,60FL,60RR,60RL) ブレーキ
110 AWD制御ユニット 111 センタLSDクラッチ駆動部
112 フロントLSDクラッチ駆動部 113 リアLSDクラッチ駆動部
120 ブレーキ制御ユニット 121 ブレーキ液圧駆動部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11