(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024103849
(43)【公開日】2024-08-02
(54)【発明の名称】ステンレス鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
B32B 15/082 20060101AFI20240726BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20240726BHJP
【FI】
B32B15/082 Z
C23C26/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023007779
(22)【出願日】2023-01-23
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】古谷 真一
(72)【発明者】
【氏名】水谷 映斗
(72)【発明者】
【氏名】松田 武士
【テーマコード(参考)】
4F100
4K044
【Fターム(参考)】
4F100AA20A
4F100AB04B
4F100AJ11A
4F100AK04A
4F100AK07A
4F100AK12A
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4K044AA03
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4K044BA17
4K044BA21
4K044BB01
4K044BC01
4K044BC02
4K044CA53
(57)【要約】
【課題】厳しい深絞りや張出しが含まれる成形困難な場合においてもプレス成形時の摺動抵抗が小さく、優れたプレス成形性を有するステンレス鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】少なくとも片面にアクリル系樹脂およびワックスを含む皮膜が形成されたステンレス鋼板であって、前記アクリル系樹脂はガラス転移点(Tg)が100℃以上、酸価とガラス転移点の比率R=酸価(mg-KOH/g)/Tg(℃)が1.50以上であり、前記ワックスは融点が100℃以上145℃以下かつ平均粒径が3.0μm以下のポリオレフィンワックスであり、前記皮膜中のワックスの割合が5質量%以上であり、前記皮膜の片面当たりの付着量Wが0.2g/m2以上2.5g/m2以下であるステンレス鋼板。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも片面にアクリル系樹脂およびワックスを含む皮膜が形成されたステンレス鋼板であって、前記アクリル系樹脂はガラス転移点(Tg)が100℃以上、酸価とガラス転移点の比率R=酸価(mg-KOH/g)/Tg(℃)が1.50以上であり、前記ワックスは融点が100℃以上145℃以下かつ平均粒径が3.0μm以下のポリオレフィンワックスであり、前記皮膜中のワックスの割合が5質量%以上であり、前記皮膜の片面当たりの付着量Wが0.2g/m2以上2.5g/m2以下であるステンレス鋼板。
【請求項2】
前記アクリル系樹脂の酸価が180mg-KOH/g以上350mg-KOH/g以下である請求項1に記載のステンレス鋼板。
【請求項3】
前記アクリル系樹脂の酸価とガラス転移点の比率Rが2.05以下である請求項1または2に記載のステンレス鋼板。
【請求項4】
前記皮膜は、前記アクリル系樹脂を30質量%以上含み、前記ワックスの割合が50質量%以下である請求項1~3のいずれかに記載のステンレス鋼板。
【請求項5】
前記アクリル系樹脂の質量平均分子量が5000以上30000以下である請求項1~4のいずれかに記載のステンレス鋼板。
【請求項6】
前記アクリル系樹脂がスチレンアクリル樹脂である請求項1~5のいずれかに記載のステンレス鋼板。
【請求項7】
前記皮膜形成前のステンレス鋼板表面の算術平均粗さRaが0.03μm以上2.5μm以下である請求項1~6のいずれかに記載のステンレス鋼板。
【請求項8】
前記皮膜中に防錆剤を1質量%以上30質量%以下含有する請求項1~7のいずれかに記載のステンレス鋼板。
【請求項9】
前記防錆剤がリン酸類のアルミニウム塩、亜鉛塩および酸化亜鉛からなる群より選ばれる少なくとも1種である請求項1~8のいずれかに記載のステンレス鋼板。
【請求項10】
前記ワックスの平均粒径が0.01μm以上0.5μm以下である請求項1~9のいずれかに記載のステンレス鋼板。
【請求項11】
前記皮膜中にシリカを1質量%以上10質量%以下含有する請求項1~10のいずれかに記載のステンレス鋼板。
【請求項12】
請求項1~11のいずれかに記載のステンレス鋼板の製造方法であって、請求項1~11のいずれかに記載のアクリル系樹脂およびワックスが含まれる塗料をステンレス鋼板の少なくとも片面に塗布し乾燥するステンレス鋼板の製造方法。
【請求項13】
前記乾燥時のステンレス鋼板の最高到達温度が60℃以上かつ前記ワックスの融点以下である請求項12に記載のステンレス鋼板の製造方法。
【請求項14】
前記塗料における全固形分の割合が1質量%以上30質量%以下である請求項12または13に記載のステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレス成形における摺動性に優れたステンレス鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼板はその優れた耐食性や美麗な外観から自動車部品や家電製品などに広く使用されている。しかし、ステンレス鋼板は一般的な軟鋼板と比べて強度が高くプレス成形性が劣るという欠点を有する。代表的なステンレス鋼板には大別してフェライト系ステンレス鋼板とオーステナイト系ステンレス鋼板があるが、フェライト系ステンレス鋼板はランクフォード値が高く深絞り成形には優れるものの延性が低いため張出し成形性に劣り、オーステナイト系ステンレス鋼板は逆に延性があるため張出し成形性には優れるものの深絞り成形性に劣るという特徴の差があるが、いずれのステンレス鋼板も加工時の成形性の向上が望まれている。
【0003】
ステンレス鋼板の加工時の成形性を向上させるための一般的な方法として潤滑油を塗布する方法が広く用いられる。しかし、この方法ではプレス時の油切れにより、プレス性能が不安定になる問題や、潤滑油の垂れ落ちや揮発により作業環境が低下するなどの問題があった。
【0004】
また、その他にプレス成形性を向上させる方法として、金型への表面処理が挙げられる。金型への表面処理は、広く用いられる方法ではあるが、この方法では、表面処理を施した後、金型の調整を行えない。また、コストが高いという問題もある。したがって、潤滑油や金型の表面処理に頼らない、ステンレス鋼板自身のプレス成形性の改善が要求されている。
【0005】
そこで、上記の問題を解決する方法として、各種固体潤滑皮膜を表面に形成したステンレス鋼板が検討されている。ステンレス鋼板をプレス成形後に他の塗装処理をしたり溶接をしたりする場合には固体潤滑皮膜は脱膜する必要があり、アルカリ溶液で剥離可能な脱膜型潤滑皮膜が検討されている。
【0006】
特許文献1には、表面に凹凸面を持つコア・シェル型のアクリルエマルジョン樹脂皮膜を形成したクリヤ塗装ステンレス鋼板が記載されている。
【0007】
特許文献2には、アクリル樹脂にポリエチレンワックスを含有させた皮膜を片面当たり0.5~2.5g/m2形成した潤滑ステンレス鋼板が記載されている。
【0008】
特許文献3には、変性ポリオレフィン樹脂とアクリル樹脂を含有する樹脂膜積層金属板が記載されている。
【0009】
特許文献4には、可溶型ポリウレタン水性組成物と潤滑機能付与剤を主性分とする潤滑皮膜を形成した燃料タンク用可溶型潤滑表面処理ステンレス鋼板が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2019-006036号公報
【特許文献2】特開2017-105986号公報
【特許文献3】特開2005-161562号公報
【特許文献4】特開2002-120323号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1に示されている加工は180度曲げ加工であり、厳しい深絞りや張出しを想定した加工ではない。
【0012】
特許文献2は深絞り性及び耐型かじり性に優れることを課題とし、摩擦係数の記載もあるが、摩擦係数測定条件は接触面圧が高く引き抜き速度も速いため、厳しい深絞りや張出しを評価するものではなく、厳しい深絞りや張出しを行った場合には必ずしもプレス成形性が十分良好とはならなかった。
【0013】
特許文献3は潤滑性を摩擦係数で評価した記載はあるものの、摺動速度が速く、摩擦係数測定条件は厳しい深絞りや張出しを評価するものではない。
【0014】
特許文献4は燃料タンク用ステンレス鋼板に関する技術であり、成形性を円筒ポンチを用いた限界絞り値と型カジリ性で評価しているが、この評価は厳しい深絞りや張出しを評価するものではない。
【0015】
以上のように、特許文献1~4では、含有する潤滑剤等による潤滑効果で潤滑性は発現するものの、厳しい深絞りや張出しを有する成形において必ずしもプレス成形性が十分なものではなかった。
【0016】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであって、厳しい深絞りや張出しが含まれる成形困難な場合においてもプレス成形時の摺動抵抗が小さく、優れたプレス成形性を有するステンレス鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【0017】
また、前記鋼板が無塗装で使用される場合における防錆性も必要とされる。塗装されて用いられる場合には、塗装工程の中のアルカリ脱脂工程において十分な脱膜性を有することも必要とされる。さらに、組立工程における接着性、溶接性に優れることも必要とされる。
【0018】
本発明においてステンレス鋼板の種類は限定されず、フェライト系、オーステナイト系、マルテンサイト系、フェライト-オーステナイト二相系いずれのステンレス鋼板でも優れたプレス成形性が得られる。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、ガラス転移点(Tg)が100℃以上であり、酸価の比率R=酸価(mg-KOH/g)/Tg(℃)が1.50以上であるアクリル系樹脂と融点が100℃以上145℃以下かつ平均粒径が3.0μm以下のポリオレフィンワックスを5質量%以上含有する有機樹脂皮膜を片面当たりの付着量Wが0.2g/m2以上2.5g/m2以下の範囲でステンレス鋼板表面に形成することで上記課題を解決できることを見出した。
【0020】
本発明は、以上の知見に基づき完成されたものであり、その要旨は以下の通りである。
[1]少なくとも片面にアクリル系樹脂およびワックスを含む皮膜が形成されたステンレス鋼板であって、前記アクリル系樹脂はガラス転移点(Tg)が100℃以上、酸価とガラス転移点の比率R=酸価(mg-KOH/g)/Tg(℃)が1.50以上であり、前記ワックスは融点が100℃以上145℃以下かつ平均粒径が3.0μm以下のポリオレフィンワックスであり、前記皮膜中のワックスの割合が5質量%以上であり、前記皮膜の片面当たりの付着量Wが0.2g/m2以上2.5g/m2以下であるステンレス鋼板。
[2]前記アクリル系樹脂の酸価が180mg-KOH/g以上350mg-KOH/g以下である[1]に記載のステンレス鋼板。
[3]前記アクリル系樹脂の酸価とガラス転移点の比率Rが2.05以下である[1]または[2]に記載のステンレス鋼板。
[4]前記皮膜は、前記アクリル系樹脂を30質量%以上含み、前記ワックスの割合が50質量%以下である[1]~[3]のいずれかに記載のステンレス鋼板。
[5]前記アクリル系樹脂の質量平均分子量が5000以上30000以下である[1]~[4]のいずれかに記載のステンレス鋼板。
[6]前記アクリル系樹脂がスチレンアクリル樹脂である[1]~[5]のいずれかに記載のステンレス鋼板。
[7]前記皮膜形成前のステンレス鋼板表面の算術平均粗さRaが0.03μm以上2.5μm以下である[1]~[6]のいずれかに記載のステンレス鋼板。
[8]前記皮膜中に防錆剤を1質量%以上30質量%以下含有する[1]~[7]のいずれかに記載のステンレス鋼板。
[9]前記防錆剤がリン酸類のアルミニウム塩、亜鉛塩および酸化亜鉛からなる群より選ばれる少なくとも1種である[1]~[8]のいずれかに記載のステンレス鋼板。
[10]前記ワックスの平均粒径が0.01μm以上0.5μm以下である[1]~[9]のいずれかに記載のステンレス鋼板。
[11]前記皮膜中にシリカを1質量%以上10質量%以下含有する[1]~[10]のいずれかに記載のステンレス鋼板。
[12][1]~[11]のいずれかに記載のステンレス鋼板の製造方法であって、[1]~[11]のいずれかに記載のアクリル系樹脂およびワックスが含まれる塗料をステンレス鋼板の少なくとも片面に塗布し乾燥するステンレス鋼板の製造方法。
[13]前記乾燥時のステンレス鋼板の最高到達温度が60℃以上かつ前記ワックスの融点以下である[12]に記載のステンレス鋼板の製造方法。
[14]前記塗料における全固形分の割合が1質量%以上30質量%以下である[12]または[13]に記載のステンレス鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、金型等との摩擦係数が顕著に低下してプレス成形性に優れたステンレス鋼板が得られる。このため、ステンレス鋼板が厳しいプレス加工を施される場合においても、安定的に優れたプレス成形性を有することになる。
【0022】
また、好適な皮膜を付与したステンレス鋼板の接着性と脱膜性も良好なため、従来のステンレス鋼板と同様の方法で接着剤の使用が可能であり、アルカリ脱脂による脱膜性に優れるため塗装工程を阻害することもない。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】
図1は、摩擦係数測定装置を示す概略正面図である。
【
図2】
図2は、
図1中のビード形状・寸法を示す概略斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0025】
本発明のステンレス鋼板は、少なくとも片面にアクリル系樹脂およびワックスを含む皮膜が形成されたステンレス鋼板であって、前記アクリル系樹脂はガラス転移点(Tg)が100℃以上で、酸価とガラス転移点の比率R=酸価(mg-KOH/g)/Tg(℃)が1.50以上であり、前記ワックスは融点が100℃以上145℃以下、平均粒径が3.0μm以下のポリオレフィンワックスであり、前記皮膜中のワックスの割合が5質量%以上であり、前記皮膜を片面当たりの付着量Wが0.2g/m2以上2.5g/m2以下であることを特徴とする。
【0026】
以下、酸価とガラス転移点の比率R=酸価(mg-KOH/g)/Tg(℃)をR=酸価/Tgと表記する。
【0027】
本発明の皮膜のアクリル系樹脂のガラス転移点を100℃以上とするのは、良好な潤滑性を得るためである。ガラス転移点が100℃未満の場合には、摺動時に樹脂が軟化してしまいワックスの保持力が低下するとともに亜鉛系めっき鋼板と金型の直接接触を防止する能力が低下するため良好な摺動性が得られない。ガラス転移点は、好ましくは110℃以上150℃以下である。ガラス転移点が150℃を超えた場合には、逆に摺動時に樹脂の硬度が高くもろくなりやすく優れた潤滑性が得られない場合がある。
【0028】
ここで、ガラス転移点とは、JIS K 7121「プラスチックの転移温度測定方法」に基づき測定される中間ガラス転移温度である。
【0029】
アクリル系樹脂の酸価とガラス転移点の比率R=酸価/Tgは1.50以上とする。ガラス転移点が100℃以上であっても酸価が低い場合(R<1.50)には優れた潤滑性が得られない。この原因は明確ではないが、アクリル系樹脂中のカルボキシ基は金型との親和性が高く、摺動時に皮膜中のポリオレフィンワックスを金型に移着させる効果が得られると考えられる。摺動時にポリオレフィンワックスを含んだアクリル系樹脂成分が金型に移着することで金型表面がポリオレフィンワックスで保護され、亜鉛系めっき鋼板との直接接触を防止する効果が高まり摺動性が向上する。従って、酸価が低い場合(R<1.50)にはカルボキシ基が不足するため摺動性が劣る。アクリル系樹脂のガラス転移点が上昇した場合には摺動により樹脂が軟化しにくくなるため金型に移着しにくくなる。そのためガラス転移点が上昇した場合に優れた摺動性を得るには、酸価も上昇させる必要がある。すなわち酸価とガラス転移点の比率R=酸価/Tgを1.50以上とする必要がある。Rは、好ましくは1.80以上である。なお、Rの上限は特に限定されるものではないが、2.05以下とすることが好ましい。この理由は、Rが2.05を超えると防錆性が劣化する場合があるからである。
【0030】
また、アクリル系樹脂の酸価は180mg-KOH/g以上350mg-KOH/g以下であることが好ましい。180mg-KOH/g未満の場合はアルカリによる脱膜性が劣る場合があり、また接着剤による接着強度が十分得られない場合がある。350mg-KOH/gを超える場合には防錆性が劣化する場合がある。
【0031】
ここで、酸価とは樹脂1g中に含まれるカルボキシ基を中和するのに必要な水酸化カリウムのmg数のことであり、JIS K 0070「化学製品の酸価,けん化価,エステル価,よう素価,水酸基価及び不けん化物の試験方法」に基づき測定される。本発明では単位をmg-KOH/gとして示した。
【0032】
本発明に用いるワックスは融点が100℃以上145℃以下かつ平均粒径が3.0μm以下のポリオレフィンワックスであればよい。
【0033】
ワックスとしてポリオレフィンワックスを用いるのは、表面エネルギーが低く、自己潤滑性を有するため、良好な潤滑性が得られるためである。また、ポリオレフィンは密度や分子量を制御することで融点を100℃以上145℃以下に調整することも比較的容易である。
【0034】
ポリオレフィンワックスの融点が100℃以上145℃以下の場合には、ポリオレフィンワックス自身の自己潤滑性に加え、プレス成形時の摺動によりポリオレフィンワックスが半溶融状態となることでアクリル系樹脂と混合した潤滑皮膜成分が金型表面を被覆することが可能である。これにより、金型とステンレス鋼板の直接の接触を抑制することで優れた潤滑効果が得られる。ポリオレフィンワックスの融点が100℃未満の場合には、プレス成形時の摺動による摩擦熱で完全に溶融しポリオレフィンワックス自身の十分な潤滑効果が得られない上に前述した金型の被覆効果も得られない。また、ポリオレフィンワックスの融点が145℃を超えると、摺動時にポリオレフィンワックスが溶融せず十分な潤滑効果が得られず、金型の被覆効果も得られない。さらに、ポリオレフィンワックスの融点は120℃以上140℃以下であることが好ましい。
【0035】
ここで、ポリオレフィンワックスの融点とは、JIS K 7121「プラスチックの転移温度測定方法」に基づき測定される融解温度である。
【0036】
ポリオレフィンワックスの平均粒径が3.0μmを超えると、摺動時にアクリル系樹脂と混合しにくくなり、前述した金型の被覆効果が得られず十分な潤滑性が得られない。ポリオレフィンワックスの平均粒径は好ましくは0.5μm以下、さらにより好ましくは0.3μm以下である。
【0037】
ポリオレフィンワックスの平均粒径は0.01μm以上であることが好ましい。ポリオレフィンワックスの平均粒径が0.01μm未満では摺動時に潤滑油に溶解しやすくなり、十分な潤滑性向上効果が発揮されない場合があり、皮膜を形成させるための塗料中でも凝集しやすいため塗料安定性も低い。ポリオレフィンワックスの平均粒径は、さらに好ましくは0.03μm以上である。上記アクリル系樹脂との混合性も考慮すると、ポリオレフィンワックスの平均粒径は0.01μm以上、0.5μm以下であることが好ましい。
【0038】
前記平均粒径とは体積平均径のメジアン径であり、レーザー回折/散乱法により求められる。例えば、レーザー回折/散乱式粒子径分布測定装置partica(登録商標) LA-960V2(株式会社堀場製作所製)を用いて、純水で希釈した試料を測定することにより求めることが出来る。
【0039】
ポリオレフィンワックスの中でもポリエチレンワックスを用いた場合に最も潤滑効果が得られるため、ポリエチレンワックスを用いることが好ましい。
【0040】
皮膜中のポリオレフィンワックスの質量割合は5質量%以上とする。皮膜中のポリオレフィンワックスの質量割合が5質量%未満の場合には十分な潤滑効果が得られない。皮膜中のポリオレフィンワックスの質量割合が10質量%以上であれば、特に良好な潤滑効果が得られる。また、皮膜中のポリオレフィンワックスの質量割合は50質量%以下であることが好ましい。皮膜中のポリオレフィンワックスの質量割合が50質量%を超える場合には、ベース樹脂成分の不足によりポリオレフィンワックスが脱落しやすく、鋼板への密着性が劣り、皮膜として安定に存在できず接着性に劣る場合がある。また、自動車車体として用いられる場合に塗装工程の中のアルカリ脱脂工程において十分な脱脂性が得られない場合があり、アルカリ脱脂工程で十分に脱膜せず皮膜が残存し、塗装性を劣化させる場合がある。皮膜中のポリオレフィンワックスの質量割合は、さらに好ましくは30質量%以下である。
【0041】
ここで、皮膜中のポリオレフィンワックスの質量割合とは、塗料中の全固形分の質量に対するポリオレフィンワックスの固形分の質量の割合である。
【0042】
本発明の皮膜は、前記アクリル系樹脂を30質量%以上含むことが好ましい。皮膜中のアクリル系樹脂の質量割合が30質量%以上の場合には、摺動時の金型への移着による潤滑性向上効果や脱膜性、接着性などのアクリル系樹脂成分の物性が影響する特性が十分に得られる。皮膜中のアクリル系樹脂の質量割合が30質量%未満の場合には他の成分の影響が大きくなり、目標とする性能が得られない場合がある。
【0043】
前記アクリル系樹脂の質量平均分子量は5000以上30000以下であることが好ましい。アクリル系樹脂の質量平均分子量が5000未満の場合には防錆性が劣る場合があり、30000を超えると接着性が劣化する場合がある。
【0044】
ここで、質量平均分子量とは、JIS K 7252「プラスチック-サイズ排除クロマトグラフィーによる高分子の平均分子量及び分子量分布の求め方」に基づき測定される質量平均分子量である。
【0045】
さらに前記アクリル系樹脂はスチレンアクリル樹脂であることが好ましい。樹脂のモノマーにスチレンを含有することで耐水性が向上するため防錆性が良好となる。さらにはスチレンを含有しない場合に比べて良好な摺動性が得られる効果も発現する。
【0046】
本発明の皮膜は、皮膜中に防錆剤を1質量%以上30質量%以下含有することが好ましい。防錆剤を含有しない場合でも通常の保管環境では錆や変色が発生することはないが、防錆剤の含有率が1質量%未満では、良好でない保管環境下で錆が発生する場合がある。特に鋼帯をコイル状に重ね合わせた状態で湿度が高い環境で保管した場合に吸湿して変色が発生する場合がある。防錆剤の比率が30質量%を超えると接着性が劣化する場合があり、また、塗料の状態において防錆剤が沈殿し、塗料安定性が劣化する場合がある。防錆剤としてはリン酸類のアルミニウム塩、亜鉛塩および酸化亜鉛からなる群より選ばれる少なくとも1種を用いることが好ましい。ここで、リン酸類とはオルトリン酸の他、ピロリン酸、トリポリリン酸、テトラポリリン酸、メタリン酸などの縮合リン酸を含む。これらの防錆剤を用いることで十分な防錆効果を発揮することができ、さらには塗料安定性の劣化も小さい。
【0047】
さらに、本発明の皮膜は皮膜中にシリカを1質量%以上10質量%以下含有することが好ましい。シリカを含有することで皮膜の撥水性が高まり、防錆性が向上する。また、シリカを含有することで防錆剤の沈殿を抑制することが可能となり塗料安定性が向上する。また、含有量が1質量%未満の場合は前述の効果が得られにくく、10質量%を超えると接着性が劣化する場合がある。本発明の被膜にシリカを含有する場合は、粒子径5nm以上200nm以下のコロイダルシリカを用いることが用いることが好ましい。
【0048】
本発明においてアクリル系樹脂、ワックス、防錆剤、シリカ以外の成分として、一般的に塗料に添加される表面調整剤や消泡剤、分散剤などを含んでもよい。
【0049】
本発明に用いるステンレス鋼板の皮膜形成前の表面粗さは、算術平均粗さRaで0.03μm以上2.5μm以下であることが好ましい。Raが2.5μm以下であれば皮膜による潤滑効果が安定的に得られる。Raが0.03μmより小さい場合にはプレス成形時に起こりうる微細な傷が目立ちやすい場合がある上に、プレス成形時に型カジリが発生する場合がある。Raが2.5μmを超えると鋼板の凹凸が大きくなるため凹部の皮膜が摺動時に有効に作用しにくくなり、皮膜による潤滑効果が小さくなる場合がある。鋼板の算術平均粗さRa(μm)はJIS B 0633:2001(ISO 4288:1996)に従い測定することが出来る。例えば、Raが0.1より大きく2以下の場合には、カットオフ値および基準長さを0.8mm、評価長さを4mmとして、測定した粗さ曲線から求める。Raが2を超え、10以下の場合にはカットオフ値および基準長さを2.5mm、評価長さを12.5mmとして、測定した粗さ曲線から求める。
【0050】
ステンレス鋼板の片面当たりの皮膜付着量が乾燥質量で0.2g/m2以上2.5g/m2以下となるように形成する。0.2g/m2未満では十分な摺動性が得られない場合があり、2.5g/m2を超えるとアルカリによる溶接性や脱膜性、接着性が劣化する場合がある。
【0051】
次に、本発明のステンレス鋼板の製造方法について説明する。
【0052】
本発明のステンレス鋼板の製造方法とは、少なくとも片面にアクリル系樹脂およびワックスを含む皮膜が形成された鋼板であって、アクリル系樹脂はガラス転移点(Tg)が100℃以上であり、酸価とガラス転移点の比率R=酸価/Tgが1.50以上であるアクリル系樹脂と融点が100℃以上145℃以下、かつ平均粒径が3.0μm以下のポリオレフィンワックスを5質量%以上含有するアクリル系樹脂皮膜を有するステンレス鋼板の製造方法である。
【0053】
溶媒にアクリル系樹脂を溶解または分散したアクリル系樹脂溶液またはエマルションにワックスを添加した塗料をステンレス鋼板の少なくとも片面に塗布して乾燥する。塗料の溶媒としては水または有機溶剤を用いることが出来るが、水を用いることが好ましい。塗料中の全固形分の濃度は1質量%以上30質量%以下であることが好ましい。塗料中の全固形分の濃度が1質量%未満や30質量%超えでは塗装ムラが発生する場合がある。塗布方法は特に制限されないが、例としてロールコーターやバーコーターを使用する方法や、スプレー、浸漬、刷毛による塗布方法が挙げられる。塗布後の鋼板の乾燥方法は一般的な方法で行うことができる。例えば、熱風による乾燥や、IHヒーターによる乾燥、赤外加熱による方法が挙げられる。乾燥時のステンレス鋼板の最高到達温度は60℃以上かつ使用したワックスの融点以下であることが好ましい。ステンレス鋼板の最高到達温度が60℃未満では乾燥に時間がかかる上に、防錆性が劣る場合がある。ステンレス鋼板の最高到達温度がワックスの融点を超える場合はワックスが溶融、合体し、粒径が粗大化することで潤滑性が劣化する場合がある。またステンレス鋼板の片面当たりの皮膜付着量が乾燥質量で0.2g/m2以上2.5g/m2以下となるように形成する。皮膜付着量は、皮膜塗布前後の亜鉛系めっき鋼板の重量差を面積で除する方法や、皮膜塗布後のステンレス鋼板の皮膜をpH10以上のアルカリ水溶液や有機溶剤により完全に除去し、皮膜除去前後のステンレス鋼板の重量差を面積で除する方法により、求めることが出来る。
【実施例0054】
以下、本発明を実施例により説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されない。
表1に示す算術平均粗さRaを有する板厚1.0mmのステンレス鋼板(SUS430J1L)を用い、表2に示す組成の塗料をバーコーターで塗布し、鋼板の最高到達温度が80℃となるようIHヒーターで乾燥することで本発明のステンレス鋼板を作成して供試材とした。なお、シリカとしては体積平均粒子径9nmのコロイダルシリカを用いた。
【0055】
皮膜付着量は、皮膜塗布後のステンレス鋼板の皮膜をpH12の水酸化ナトリウム水溶液で除去し、皮膜除去前後のステンレス鋼板の質量差を面積で除して求めた。
【0056】
【0057】
【0058】
(1)プレス成形性(摺動特性)の評価方法
プレス成形性を評価するために、各供試材の摩擦係数を以下のようにして測定した。
【0059】
図1は、摩擦係数測定装置を示す概略正面図である。同図に示すように、供試材から採取した摩擦係数測定用試料1が試料台2に固定され、試料台2は、水平移動可能なスライドテーブル3の上面に固定されている。スライドテーブル3の下面には、これに接したローラ4を有する上下動可能なスライドテーブル支持台5が設けられ、これを押上げることにより、ビード6による摩擦係数測定用試料1への押付荷重Nを測定するための第1ロードセル7が、スライドテーブル支持台5に取付けられている。上記押し付け力を作用させた状態でスライドテーブル3を水平方向へ移動させるための摺動抵抗力Fを測定するための第2ロードセル8が、スライドテーブル3の一方の端部に取付けられている。なお、本試験は潤滑油を塗布せずに試験を行った。
【0060】
図2は使用したビードの形状・寸法を示す概略斜視図である。ビード6の下面が試料1の表面に押し付けられた状態で摺動する。
図2に示すビード6の形状は幅10mm、試料の摺動方向長さ59mm、摺動方向両端の下部は曲率4.5mmRの曲面で構成され、試料が押し付けられるビード下面は幅10mm、摺動方向長さ50mmの平面を有する。
【0061】
摩擦係数測定試験は、
図2に示すビードを用い、押し付け荷重N:400kgf、試料の引き抜き速度(スライドテーブル3の水平移動速度):20cm/minとし行った。供試材とビードとの間の摩擦係数μは、式:μ=F/Nで算出した。
【0062】
図1の摩擦係数測定装置と
図2のビードを用いて、上記の押付荷重と引き抜き速度で測定した摩擦係数が0.130以下の場合に、厳しい深絞りや張出しが含まれる成形困難な場合でのプレス成形性が良好であることを確認した。
【0063】
摺動特性の評価は、摩擦係数が0.119以下の場合を特に優れた摺動性であるとして◎、0.119を超え0.130以下を良好な摺動性であるとして〇、0.130を超える場合は不十分として×と評価した。なお、潤滑皮膜を塗布していないステンレス鋼板は摩擦が大きく試験途中で型かじりが生じて途中で試験を止めた。その場合も摺動性不十分として×と評価した。
【0064】
(2)溶接性の評価方法
各試験片について、使用電極:DR型Cr-Cu電極、加圧力:200kgf、通電時間:10サイクル/60Hz、溶接電流:10kAの条件で連続打点性の溶接試験を行い、連続打点数で評価した。連続打点数が1000点以上の場合は溶接性良好であるとして○、1000点未満の場合は溶接性不十分として×と評価した。
【0065】
(3)脱膜性の評価方法
本発明に係る鋼板が、自動車用途で使用される場合を想定して、脱脂時の脱膜性を評価した。皮膜の脱膜性を求めるために、まず、各試験片をアルカリ脱脂剤のファインクリーナー(登録商標)E6403(日本パーカライジング(株)製)で脱脂処理した。脱脂処理は、試験片を、脱脂剤濃度20g/L、温度40℃の脱脂液に所定の時間浸漬し、水道水で洗浄することにより行った。脱脂処理後の試験片に対し、蛍光X線分析装置を用いて表面炭素強度を測定し、測定値と予め測定しておいた脱脂前表面炭素強度および無処理金属板の表面炭素強度の測定値を用いて、以下の式により皮膜剥離率を算出した。
【0066】
皮膜剥離率(%)=[(脱脂前炭素強度-脱脂後炭素強度)/(脱脂前炭素強度-無処理鋼板の炭素強度)]×100
【0067】
皮膜の脱膜性は、皮膜剥離率が98%以上となるアルカリ脱脂液への浸漬時間により、以下に示す基準で評価し、120秒以内である場合を良好な脱膜性であるとして〇、120秒超えの場合は不十分な脱膜性であるとして△と評価した。
【0068】
(4)防錆性の評価方法
本発明に係るステンレス鋼板が、無塗装で使用される場合を想定し、塩分付着環境における防錆性を評価した。供試材の各試験片を150mm×70mmのサイズに加工し、塩水噴霧、乾燥、湿潤のサイクル試験(JIS K 5600-7-9 サイクルA)を実施した。防錆性の評価は5サイクルごとに試験片表面を確認し、赤錆が発生するまでのサイクル数を評価し、30サイクル以上である場合を特に良好な防錆性として◎、15サイクル以上である場合を良好な防錆性として○、15サイクル未満の場合を不十分な防錆性として△と評価した。
【0069】
(5)接着性の評価方法
供試材の各試験片を100×25.4mmのサイズに加工し、防錆油に浸漬後24時間垂直に立て掛けて余分な油を除去したものを2枚使用し、25.4mm×13mmの部分にエポキシ系接着剤を0.2mm厚に均一に塗布後、クリップで重ね合わせて挟み、180℃で20分焼付けし、乾燥・硬化させた。冷却後、オートグラフ試験機によりせん断引張試験を行い、せん断接着力を測定した。接着性は接着力20MPa以上を良好な接着性として○、20MPa未満を不十分な接着性として△と評価した。
【0070】
【0071】
【0072】
【0073】
表3-1乃至表3-3によれば、本発明例のステンレス鋼板は、いずれも優れたプレス成形性と溶接性を有している。これに対し、本発明の技術的特徴を有さない比較例のステンレス鋼板はいずれもプレス成形性に劣っている。また、本発明例のステンレス鋼板は、好適な技術範囲を選択することで、良好な脱膜性、防錆性、接着性を具備することが可能である。
本発明のステンレス鋼板はプレス成形時の摺動性、溶接性に優れる。また、好適な技術範囲を選択することで、良好な脱膜性、防錆性、接着性を具備することが可能であり、これらの優れた特性を有することから、ステンレス鋼板をプレス成形して製造される部品、例えば自動車車体用途、自動車の排気系部品、燃料電池セパレータ、家電、厨房機器などを中心に広範な分野で適用できる。